死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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115:受難なんだかいつも通りなんだか

 ケルピーがザプリと水の中に沈むと同時に、ハンターたちは大きく後ろに飛びのいて川から距離を取る。

“円”が出来ないソラでも、ソラのように予知能力じみた危機察知能力を持ち合わせていない3人でも、ここが、川辺が、水のすぐそばが危険であることを理解出来たから少しでも距離を取る。

 

 既に狩りつくされて絶滅したはずの幻獣だが、絶滅認定されたのは半世紀ほど前。比較的最近だからこそ、本業分野のナックルには「ケルピー」がどのような幻獣なのか正確な知識はあり、そうでなくとも少し電脳ネットを使えば十分な情報を得ることはできた。

 そしてソラも、この目の前の幻獣と全く同じという確証はないが、「ケルピー」という幻想種についての知識はユニコーンに対してと同程度にあった。

 

 馬の姿をしているが、人魚などと同じ水妖であること。

 馬の姿をしておきながら、人間の肉が好物という怪物であること。

 その好物の肉を喰らう為に、人間が気を許すであろう姿に変身する能力を持つこと。

 そして、ケルピーは水を操る魔法に長けていると伝えられている。

 

 これらソラの世界の伝承を、こちらの世界の法則に置き直して考えるとケルピーは間違いなくハンターと同じくらいか下手したらそれ以上の念能力を操る獣だ。

 しかも、奴の系統はおそらく……

 

『!?』

 

 4人が飛びのいた直後、川の水が流れに逆らって津波のようにソラがいた場所に向かって押し寄せ、流れ込む。

 既に無人の川辺に暴流の水が叩きつけられ、悔しそうに唸る声が聞こえる。

 その声と、蠢いて()()()姿()()()()()()こちらを睨み付けるケルピーに、ハンターは一様、気味が悪そうな声を上げた。

 

「……操作系って予測は当たったけど、よりにもよって暗示系じゃなくて特質寄り、自分の体をここまでがっつり変えることが出来る系か」

「姿変えて水も操るって人間より多才な念能力だと思ってたら、自分が水に変身してこっちに向かって来るって事かよ……」

 

 ソラとナックルがドン引きしつつも、納得の声音をそれぞれ上げる。

 二人の意見と同じ納得をしながらシュートは舌を打って、二人も気付いているだろうが一応伝えておく。

 

「……おい、悪いが俺の能力はあまり役に立ってないな。あいつ、変身能力を生かして俺が削り取った右目を再生させてやがる」

「ちょっと本当に人間よりも高レベルな能力過ぎない? 動物も制約と誓約でパワーアップするの? したとしても、どんなルールを課せばあそこまで非常識な変身能力になるのよ?」

 

 シュートの言葉通り、シュートが能力で奪って封じたはずのケルピーの右目は、一度水に変身して襲い掛かって来てから元の馬の姿に戻った時には元通り双眸が揃っていた。

 ただ、鞭のようにしなっていた尻尾が消失しているので、おそらくはその尻尾の分を失われた右目に変身させて補っているのだろう。

 

 だからシュートの能力が無意味という程ではない。質量保存の法則から外れている訳ではないのなら、どこでもいいから削りに削って彼の「暗い宿(ホテル・ラフレシア)」に閉じ込めてしまえば、間違いなくいつかは補いようがなくなって自滅する。

 が、現状だとせっかく削ったと思われた右目が回復されただけでも厄介なのに、相手はまさかの流動体にまで変身が可能と来た。

 

 下手したらユニコーン以上に厄介な相手であるうことを思い知り、4人は深い溜息を吐く。

 しかし、その吐く息に誰も諦観は込められていない。

 吐き出された溜息に宿る感情は、ただひたすらに「面倒くさい」だけだ。

 

 そんなハンターたちの感情にケルピーは気付いた様子もなく、本能とエゴだけでギラつく双眸を獲物に向けてまた姿を変える。

 今度は水にではなく、頭部に角を生やす。ユニコーンに擬態していた時と同じ角を生やして、イノシシのような勢いで駆け出して突っ込んだ。

 

「馬というより牛だな! 闘牛士になった気分だよ!!」

 

 その槍のような角が一直線に自分に向かって来ることに、一切怯えないどころかソラは高らかに笑い、自分の言葉通りひらりと身を翻してケルピーの突進を避ける。

 軽やかに、衣服も相まって踊るように自分を獲物と定めた人食いの突進から紙一重に避けつつ、木の枝を振るう。

 

 木の枝はシュートに奪われ、ひとまず自分の能力で補っている右目ではなく、本物の左目を切り裂く。

 その攻撃にケルピーは痛みの悲鳴を嘶きながら、後ろ足で立ち上がるようにして強靭な前足をハンマーのごとくソラに叩きつけようとした。

 

 が、その無防備となった胴体に何もしない者などこの場にはいない。

 

天上不知唯我独損(ハコワレ)!!」

 

 振り上げた前足が叩き下ろされる前に、ケルピーの不気味な緑の湿疹に覆われた胴体をナックルがオーラを込めた拳で殴りつけた。

 その攻撃でケルピーはバランスを崩すが、寸でのところで倒れるのを踏ん張って堪え、そのまま怒りにまかせて角の生えた頭を振り回し、強靭な後ろ足で地面の小石を礫のように弾き飛ばしながらあたりをがむしゃらに蹴りまくる。

 

 もちろんそのような計算も何もない、駄々をこねる子供のような攻撃に当たる訳もなく、ソラとナックルはケルピーから距離を取る。

 取りつつ、思ったよりどころか全然ダメージが通ったようには見えない攻撃と、その代わりに憑いたと思われる、某マヨネーズのマスコットちっくな念獣っぽいものにソラは疑問を懐く。

 ケルピーはケルピーでソラの直死によって殺された左目を右目と同じく能力で補おうとするが、能力を使おうが回復しないことに戸惑い、その隙にソラは「何したの?」とナックルに問うた。

 

「俺の能力を発動させた。面倒だわ時間はかかるわ、しばらくは相手の方が強化されるが、一定時間が過ぎたら対象を30日間強制的に“絶”状態に出来る」

 

 信頼してるしてない、情報を明かすデメリットなどという問題より、単純に今は事細かい説明をしてやる時間がないという理由でナックルは、自分の念能力をかなり最低限に伝える。

 ソラの方もバカ正直に自分の能力を全部丁寧に説明してくれる期待などしてないので、それ以上特に詳しい説明は求めず、簡素に必要な情報だけを追加で尋ねる。

 

「なるほど。で、あとどれぐらい時間を稼げば、その強制絶は発動するの?」

「どんなに長く見繕っても、5分あれば十分だ」

 

 さすがにまだほとんど戦ってもないのでケルピーのオーラ総量は正確に測れていない為、かなり大雑把にナックルは見積もって答える。

 実はソラとしてはケルピーに“念”を掛けられると、ソラの直死がケルピーごとナックルの能力を殺してしまう可能性があるので少し困るのだが、ナックルと同じように自分の「眼」について詳しく話していなかったのだから仕方がないと納得して、ソラは木の枝を構えてナックルの答えに対して応える。

 

「OK。じゃあ、私があのクソ馬の囮になってやるから、ナックルたちは削れるだけ削れ! 最低でも絶対に強制絶状態にしろ! そしたら、最悪逃げられても変身が出来ないのなら今度こそ竜牙兵の人海戦術で数日も掛ければ見つけられるし、こっちも確実に殺れる!!」

「言われなくても!」

「わかってるつーの!!」

 

 詳しくは話してないが、約一カ月という長期的な強制的な“絶”を施す能力がただの時間経過程度のルールで得られる訳がないことは百も承知。

 一時的に相手を強化することも制約の一つだが、おそらくはそのタイムリミットのタイマーには距離制限もあるとソラは踏んだ。掛けられた対象がナックルの能力効果範囲外から出てしまえば、良くてタイムリミットのタイマーが再びナックルの能力範囲内に戻るまで止まってしまう、悪ければ範囲外に出た時点で能力が解除されるという所だろう。

 

 なので、どうも相手のケルピーは1カ月以上ハンターたちに邪魔をされて相当飢えているのと、ソラが絶妙に自分の好む獲物なのか、ナックル以上に得体のしれない攻撃を仕掛けてきたはずのソラに執着して、彼女一人を狙い撃ちして襲い掛かってきていることを利用し、そのタイムリミットまで自分が囮役を買って出て、出来れば今の内にケルピーを始末するように、それが無理でも確実に強制“絶”にするようにタイムリミット案で逃がすなと指示を出す。

 

 その指示にナックルとシュートは、口では「何でお前が指示出してんだよ?」と文句ありげだが、シュートは心配げに、ナックルの方は少し楽しげに笑っていた。

 一番危ない役目を自分から、何の躊躇もなく買って出たことに男二人はそれぞれ申し訳なさと称賛を懐きながら、その役目を無駄にしない意志を込めてそれぞれ構える。

 

 男だけではなく、メディアも二人と同じ感情をそれぞれ半々といった苦笑を浮かべて、竜牙兵を操ってケルピーを包囲する。

 数こそは多いが、メディアの竜牙兵は見た目の割には戦闘力は高くないのでこれはあくまで少しでもケルピーが逃しにくいようにする為の動く壁にしかならない。

 放出系も得意なので、そこそこ強力な念弾を撃ち出すことも出来るが、ケルピーが捕食を諦めて逃げ出さないようにソラが至近距離で交戦しているので、精密な射撃が得意という訳でもないメディアでは手が出せず、苦笑から自分の無力さを噛みしめるような顔となり、悔しげに叫ぶ。

 

「あぁ! もうどうしてあの馬はソラしか狙わないのよ! 私でもいいじゃない!!」

 

 一番年下の女の子に一番危ない役目をやらせておきながら、なくてもいい役割を安全圏でこなすだけの自分を嫌悪して叫んだ言葉に、同じくソラに遠慮しているのかポックトリンのカウントを早めるための攻撃を仕掛ける隙が見つけられないナックルも、自分のふがいなさに苛ついていたのかついうっかり八つ当たりで言い返す。

 

「若い女の肉が好物なんだろ!! そりゃ、こん中で一番美味そうなのはあいつだしな!」

「……ナックル? それどういう意味? あんた、私をいくつだと思ってるの?」

「あ…………」

 

 ナックルとしては他意などまったくなく素の感想を言っただけなのだが、この男は地雷を踏むのが得意すぎる。

 急に纏う雰囲気がかなり怖くなったメディアにナックルはオドオドしながら、「いや、あいつが一番年下なのは確かだし、あいつがいなけりゃお前の方に一直線だったと思うぜ!」とフォローにしても微妙すぎることを言い出し、シュートとソラに「言ってる場合か!!」と突っ込まれた。

 

 しかしシュートとソラの突っ込みは正論だったが、ナックルの主張もまた正しかった。

 おそらく、ケルピーにとって美味な肉は男より女の肉、そしてより若い者の肉なのだろう。

 

 だからこそ、奴はより美味に思える獲物を見つけた時、あっさりと執着の対象を変えた。

 

「ふべっくしょん!!」

『!!??』

 

 突如、派手に響いたくしゃみにハンターたちだけではなくユニコーンの角に下半身は流動体という気色の悪い変身をしていたケルピーでさえも一瞬唖然とした顔になる。

 4人と一匹がそんな反応をした理由は、くしゃみをしたのはハンター達でもケルピーでもないからだけではなく、そのくしゃみがやけに高い所から聞こえてきたのと、そして声音自体もかなり高かったからだ。

 そう、くしゃみ自体はおっさんみたいだったが声音はまるで幼い女の子のような……。

 

「あー、寝ちゃってたよ。……ん? あ、ハンターのねーちゃんたちだ!

 おーい! 何してんのー? ユニコーン、見つかったー?」

『何でそんな所にいやがる・いるんだ・いるの!?』

 

 がさりと草木をかき分ける音と共に、川辺に生えている木の上から少女が猫のようにソラ達を見下ろして、鼻をすすりながら無邪気に手を振り、ハンター達の突っ込み兼疑問は見事に唱和した。

 

 

 

 日暮れ前、馬の幻獣はユニコーンではなくケルピーであることに気付くきっかけのうちの一人、小柄でトラブルメイカーな少女、タツコがそこにいた。

 

 * * *

 

 ハンターたちの突っ込みユニゾンに、タツコはきょとんとした顔からリスのように頬を膨らませたふくれっ面になって、腕をブンブン振りながら彼らに憤慨を訴える。

 

「そーだ! 聞いてくれよねーちゃん達! スズカもナナキもミミも俺のこと騙してたんだぜ!

 ユニコーンは川のお化けと全然違うのに、川のお化けと一緒だーなんて言ってさー」

 

 どうやら、彼女の友人たちの優しさ1割、面倒だからテキトーに言いくるめようという思惑9割のユニコーンに対する説明は、さすがにテキトー極まりなかった所為でこの言われたことをそのまんま信じそうな少女でも不審に思い、家にでも帰って電脳ネットか何かでユニコーンについて調べてしまったようだ。

 

 そして彼女の友人たちの懸念通りタツコは、何故友人たちが自分に嘘を吐いたのかなど考えられず、ユニコーンという幻獣の「気性が荒く危険」という情報を素通りして、そしておそらくは嘘を吐いていた友人たちに対する怒りすら忘れて、「なにこれ凄いカッコいい、見てみたい!!」の一心で夜中に家から抜け出してやって来たという所だろう。

 

 そこまで察して、初めて見た時から思っていたが思った以上にゴンと同タイプの少女に呆れているやら、その行動力に感心しているやら非常に微妙な顔をしつつ、ソラはタツコに向かって叫ぶ。

 

「うん、わかった! わかったからタツコちゃん、そこから降りないで!」

「ふへ?」

 

 ソラの懇願のような注意にタツコは可愛らしく小首を傾げる。それと同時に、タツコがしがみついている木が大きく揺れた。

 下半身を流動体から馬の姿に戻ったケルピーが力いっぱい、その木をへし折る勢いで体当たりをして、ソラとメディアが悲鳴のような声を上げ、ナックルとシュートが駆ける。

 

 タツコもケルピーが一番木の近くにいた所為で死角となっていた為、体当たりをされてようやくその馬の存在に気づき、「!? ぴゃぁーーーっっ!!」と微妙に気の抜ける悲鳴を上げて、がしっと木の幹にしがみつく。

 

「な、なにこれ!? これがユニコーン!? 全然かっこよくないじゃん!!」

「えぇ、それはユニコーンじゃなくて川のお化けの正体よ!! だからあなたは私たちがそいつを退治するまでそこで大人しくしておいて!!」

 

 とりあえず、タツコが現状を把握してくれたようなのでメディアは声を張り上げてタツコに指示を出し、もう既に泣いているタツコはコアラのようになりながら激しく首肯した。

 

「言われなくても降りないよー!! っていうか、カブトムシを見つけて追いかけてたら降りれなくなったからここで寝てたんだよー!!」

『そこにいたのそんな理由!?』

 

 隠れて待ち伏せでもしてたのかと思ったら、思った以上にアホの子なタツコに思わずまたしてもハンターたちは突っ込みの唱和を決めてしまうが、それはなんだかんだでタツコが木の上という安全地帯にいることと、より若い少女という獲物を見つけたことでハンターたちがケルピーの眼中から外れたことで出来た余裕からだ。

 しかし、残念ながらハンター達は予想外な人物登場でパニクっていたからか判断が非常に甘くなっていた。

 

 そこは、ケルピー相手では決して安全地帯ではなかった。

 

「なっ!?」

「げっ!!」

「「は!? キモッ!!」」

 

 ナックルとシュートが驚愕の声を上げ、ソラとメディアが同時に全く同じ感想を口走る。

 ケルピーは自分に向かってきたナックルたちから逃げることと、獲物を捕らえることを同時に行うために頭部のみユニコーンのような角のある馬のまま体をまた変化させ、大蛇となってスルスルと木を昇って行った。

 

「シュート! 手を使ってタツコちゃんを降ろして! メディアさん、竜牙兵でキャッチできるように集めて!」

「! あぁ、わかった!!」

「任せて!」

 

 驚愕しつつナックルも木の幹にしがみついて、かなり人間離れしたスピードで彼は登って行くがさすがに蛇には敵わない。

 なので、ソラがガンドでケルピーに牽制しつつ他二人に指示を出して動かした。

 

 タツコはというと、幸いながらケルピーがキモすぎる変身をして自分がいる木の上に登っているとはまだ気づいておらず、そこまで酷いパニックには陥っていない。

 なのでこの隙にシュートの独立して浮遊し動き回る左手三つでタツコを木の幹から引きはがして落として、竜牙兵でキャッチしようと試みたのだが、残念ながらこの作戦には大きすぎる欠点があった。

 

「タツコちゃん! 絶対に受け止めるから木から手を離せ!!」

「うぇ? !? ぴぎゃぁぁぁぁぁーーーーっっ!!??」

「うわっ、しまった! ごめんタツコちゃん!! 確かにこれは泣くわ!!」

 

 ソラがガンドの合間にタツコにも指示を出し、涙目でタツコはその言葉の意味を求めるように振り返って見てしまった。

 自分に掴みかかろうとしている浮遊する三つの手首と、眼下のトカゲ人間の骸骨と表現すべきな何かがうじゃうじゃ蠢いているのを。

 

 ソラもシュートもメディアも悪くない、この作戦が現状唯一実行できるものでベスト対応だったことには間違いないのだが、タツコもまたこの時に限っては何も悪くない。

 ユニコーンの頭に体は大蛇な現在のケルピーとタメを張るレベルのホラーな光景が、自分を助けようとしているものとは当然思えず、タツコはパニックを起こしてそのままケルピー以上のスピードでさらに上へと登ってしまったのは仕方がないことだ。

 

 仕方がないことなのだがさらなる状況の悪化にナックルは舌を打ち、「悪ぃ! 一旦、解除するぞ!!」と叫んでせっかく憑けたポットクリンを解除する。

 この状況で自分のオーラを貸し付けて一時強化という自分の能力は、タツコをより危険にさらすと思ったからこそ彼は、この後またポットクリンを憑ける手間やポットクリンを憑けることが出来ずにケルピーに逃げられるという最悪の可能性より、タツコを優先した。

 

 しかし、彼の「プロ失格」と罵られても優先したことは焼け石に水。今更、能力を解除してもケルピーが木に登ってゆくスピードは落ちず、自分が早くなる訳でもない。

 

「ぴぎゃぁぁぁーーっっ!! 何これ!? お化け!? お化けの運動会でもやってんの!! お、お、俺は試験も学校もないのは羨ましいけど、まだお化けになりたくないーっ!!」

「実は余裕あんだろ、君! いいから手を離せマジで!!」

 

 そんなかなり自分が危うい状況だというのに、タツコは木のてっぺんまで登ってしまい、泣きながらコアラのように細く頼りない木の先端にしがみつき、シュートの手に服を引っ張られても離さず、ゆらゆら揺れながら気の抜けることを泣きわめき、下からソラに叱られた。

 

「シュート! もういっそ木を折っちゃいなさい!!」

「そうだな! 受け止めるのは任せた!!」

「ナックルーっ!! シュートの拳と私のガンドでその木を折るから、とにかく頑張って気を付けろ!!」

「どう頑張って気を付けろって言うんだゴルァッッ!!」

 

 タツコの脱力物の悲鳴で抜けそうになる気を何とか押し込めて、メディアはシュートに指示を出し、シュートもタツコを木の幹から引き離すことは諦めて、木を折ってタツコごと落とすという豪快すぎる手段に切り替え、ソラもその作戦に便乗してナックルに注意という無茶ぶりを促し、ナックルはキレる。

 

 もちろん木の根元からブチ折るのではなく、タツコが登ってしまった先端部分だけを折ってタツコを落として保護するつもりなのはわかっているし、その為の流れ弾がケルピーはもちろんそれを追って木に登っている自分に当たってしまうのは仕方がない。

 今となればそれが唯一でベストなのはわかっているが、それでも自分が理不尽な貧乏くじを引いている感がナックルには拭えなかった。

 

 ナックルの叫びは当然黙殺され、シュートはタツコから手を離して代わりに小柄なタツコをギリギリ支えられる程度の太さしかない幹を掴んで折る為にしならせる。

 そしてソラだけではなくメディアも、ケルピーへの牽制と木の幹を折る為に念弾を撃ち出し、ナックルは巻き添えのダメージを最低限にする為オーラで増幅して、“堅”で身を守る。

 

「うえぇぇっっ!? な、何何なにぃぃぃ!!??」

「気持ちはわかるが暴れるな! ……あ」

 

 全部タツコを助ける為にしているのだが、タツコからしたらもはやハンターたちがすること全てが泣きっ面に蜂、自分をビビらせる為にやっているようにしか思えず泣き叫び、木にしがみつきながらも木を折ろうとして掴むシュートの手を離させようと、自分で木をさらに強く揺らす。

 そんなタツコの行動にシュートは叱りつけながらさらに木をグイッと曲げるが、その木はシュートの想定以上に弓に使えば最適そうなほどの強度としなやかさがあったらしい。

 

『あ』

「ひぎゃあぁぁぁっっ!!」

 

 思わずシュート以外の三人も、唖然としてそれしか言えなくなる。

 折る為に曲げていた木はタツコが揺らしたことでシュートの手からすっぽ抜けて、折れる直前までしなっていた木は当然元に戻ろうとする。

 その反動にタツコの両手が耐えられる訳もなく、タツコはパチンコ玉のように吹っ飛ばされた。

 

 ハンター達も完全に想定外、心配して焦るべきなのだがシュールすぎて呆気に取られるこの状況で、一番最初に動き出せたのが最悪なことにケルピーだった。

 ケルピーはタツコの手が幹から離れて落ちると同時に、ケルピーも幹から離れて落下するタツコに跳びかかる。

 ご丁寧に蛇の体にコウモリのような羽を生やして、飛ぶことは出来ていないが滑空して飛距離を伸ばし、吹っ飛んだタツコめがけて跳びかかる。

 

「させるかぁぁっっ!!」

 

 しかし、一番最初でなくとも行動が出来なかった訳でも、遅すぎた訳でもない。

 コウモリの羽を生やしながらタツコにケルピーが跳びかかろうとした時には、ナックルも行動に移していた。

 彼も木から手を離して、伸ばせる限り手を伸ばして蛇に変身しているケルピーの尾を掴んで自分を重しにしてそのまま共に墜ちる。

 

 それでも、ケルピーは往生際が悪かった。

 奴は女性の胴体ほどの太さがあった体をタツコの腕ぐらいの太さに変質させることで、自分の体の長さを伸ばし、ナックルにしがみつかれながらもその体を、首を伸ばし、頭を振るってタツコを角で突く。

 

「ぴゃああああああっっっっ!!!!」

「タツコちゃっ! !?」

 

 タツコが木の弾力で吹っ飛ばされながらも、頭は角の生え片目が潰れた馬、体はコウモリのような翼が生えた蛇という悪夢じみたキメラにしか見えない生き物に襲い掛かられ、泣きながら大絶叫し、そしてソラも悲鳴のような声を上げながら、ナックルとタツコも巻き添えを喰らってしまうが風属性の宝石を投げつけようとした時、見た。

 

 タツコの腹に刺さるはずだった鋭利な角が、熱した鉄板に触れてしまった氷のようにどろりと溶けるのを。

 

 ケルピー自身も予想外だったのと、オーラで作った角ではなくオーラで自分自身を変質して作り上げた角だからダメージがあったのか、絶叫の嘶きを上げてナックルに絡みついて悶えながら落下してゆく。

 ケルピーに絡み付かれてナックルはろくに受け身も取れずに墜落してしまうが、“堅”はしていたので悪いが全員ナックルの安否確認は後回しにして、まだまだ吹っ飛んで飛距離を伸ばしているタツコの落下予測値までダッシュで向かう。

 

 しかし、落としたタツコをキャッチするために集めていたメディアの竜牙兵が仇となり、メディアには悪いが竜牙兵を壊しながら進んだソラでも間に合わず、タツコは土の上とはいえ地面に思いっきり叩きつけられた。

 

「!? タツコちゃん!!」

「うあああぁぁぁーーん!! ねえぇぇぢゃぁぁぁんっっっ!!」

「思ったより元気だな君! まさかの無傷!?」

 

 子供が建物の3,4階分はある木の上から反動をつけて吹っ飛ばされて地面に叩きつけられたので、ソラは泣きそうな声でタツコの名を呼ぶと、呼ばれてすぐにタツコは元気に起き上がって涙と鼻水と泥でグチャグチャになりつつもソラにしがみつき、ソラは安堵より先に他のハンターたちの心の声を代表して突っ込んだ。

 

 泣きじゃくりながらも、タツコの家は農家と兼業で格闘技を教えており、タツコはその恩恵で格闘技そのものはへっぽこだが受け身が天才的に得意だと知り、ソラたちは思っちゃいけないと思いつつも「心配して損した」と思ってしまう。

 しかしとにかく平気そうならこちらにとっても都合がいいと自分を説得して、シュートとメディアはひとまずタツコの保護はソラに一任する。

 

「大丈夫そうなら、俺はケルピー(あっち)に戻るぞ!!」

「私も、ナックルの援護に向かうからあなたはその子をお願い!!」

 

 ソラもタツコが自分にしがみついているのと、この少女は下手したら自分やゴン以上に何をやらかすかわからないタイプなので見張りもかねて、さらに強くタツコを抱きしめて頷いた。

 そして抱きしめて、気付く。

 タツコは腹……というか胴体に何かを付けていることに。

 

「……タツコちゃん、お腹に何つけてんの?」

「うぇ? ぶ、武器に、なりそうなもんは、な、何にもなかったから、せ、せめて、鎧代わりに、てぃ、ティファールを……」

「……そうか。こっちでも取っ手が取れるのはティファールなんだ」

 

 タツコがまだ治まらない涙の合間の答えと、抱擁を緩めて見たタツコが鎧代わりに付けているものを見て、ソラはとりあえず遠い眼で正直な感想を口にしておく。

 タツコが鎧代わりに身につけていたのは、取っ手が取れてパン部分をそのままオーブンや冷蔵庫に入れたり皿代わりに仕えるタイプのフライパンで、それに四つの取っ手をつけ、さらにその取っ手の穴に紐を通して自分の体に括り付けていた。

 

 そんな本来の用途から斜め上に想定していない使い道をしているタツコに、ソラは苦笑しつつ頭を撫でる。

 

「君はなんていうか本当に将来大物になりそうなタイプの、憎めないバカだね。

 だから……君はそのままでいなさい。だいたいピンチをチャンスに変えるのはいつだって、常識に捕らわれない愛すべきバカのやらかす斜め上なんだから!」

 

 褒め言葉には聞こえない褒め言葉だが、実際に否定できないバカであるタツコはソラの言っていることを理解しないまま、とりあえず褒められた気がしたから笑った。

 その笑みにソラは微笑ましそうに笑い返してから、タツコを抱きかかえたまま振り返って思いっきり叫ぶ。

 

「ナックル! シュート! メディアさん!! ケルピーの弱点は鉄! 金気だ!!

 たぶん、金気に触れてる部分は変身が出来ないから、何でもいいから身につけてる金属を武器にしろ!!」

 

 自分がいた世界とこの世界は、あまりに多くの違いがありながら酷く似ている。

 だからこそ、確証など無かった知識に確証を得る。

 そもそもソラは幻想種の研究を専門としていた訳でもないので、幻獣系の知識はファンタジー好きの一般人と大差ないからこそ、思い出せずにいた。

 

 タツコの身につけていたものと、そこに触れたと思わしきケルピーの角がどうなったかを見て、思い出した伝承。

 ソラの世界でのケルピーの弱点が、目の前のケルピーと結び付けられる。

 

 ソラの世界のケルピーは金気を嫌うと伝えられていた。

 何でそんな伝承が残っているのかまでは、ソラにはわからない。ソラの世界でもこちらの世界と同じ理屈、念能力で変身能力を持っていたとしたら、その「金気に触れると変身できない」が制約なのか、それとも元々アレルギーに近い理屈で弱点だったものを制約にすることで変身という念能力を得たのか、それは卵が先か鶏が先かという話になって来るので、深く考えるのはやめる。

 

 ただ、先ほどの一瞬だが確かにあった光景からして、ケルピーの弱点が金物であることに大きな間違いはないだろう。この弱点が真実なら、人間が好物だというのに人里に下りてこないで、わざわざだまし討ちで川に引きずり込むという手段も説明がつく。

 

 金気を嫌うから、金物が溢れている人里には入れない。

 わざわざ人間が警戒心を抱きにくい相手に姿を変えて騙すのは、テリトリーである川に引きずり込むためだけではなく、その前段階、弱点である金物を持っていないかを確かめ、持っていたら自ら外すように誘導する為だと考えたら、このまどろっこしいと思えていた手間に筋が通る。

 

 その証拠に、蛇の体に巻きつかれている所為で「天上不知唯我独損(ハコワレ)」を使ってもすぐにオーラを返済されて意味がないので、自力で引きはがそうと悪戦苦闘していたナックルがソラの声に反応して、ズボンのベルトを引き抜いた瞬間、ケルピーはナックルの体から離れた。

 

 明らかに奴は、ナックルが引き抜いて鞭のように打ち付けようとしたベルト……、正確に言えばそのベルトについているバックルに警戒している。

 その反応にこちらもソラの言葉が真実だと確証したのか、シュートは相手にダメージを与えて奪い取った一部を閉じ込める為の檻である鳥籠を、メディアは竜牙兵を操作する為のアンテナ代わりにしている杖を構えて、それで物理的に殴りかかる。

 

 が、絶滅から逃れた生き残りなだけあってか、ケルピーはどこまでも小賢しかった。

 自分の絶好の獲物であったタツコやソラはもうそばにはいない、自分の弱点も知られてしまったことを理解したのかケルピーは再び姿を流動体に、水に変えてするりとシュートとメディアの間をすり抜け、竜牙兵を鉄砲水の勢いで破壊して川の中に逃れる。

 

「逃がすか!!」

 

 誰もが思っていることを口に出したのは、ソラだった。

 タツコの保護を任されていたソラだが、この女はタツコのことが言えないレベル、というか幼い子供という免罪符があるだけタツコの方がマシなくらい、何をやらかすかわからない斜め上な人格と思考回路の持ち主だった。

 

 そして、彼女は子供が好きだし子供には相当甘いが、子供が好きだからこそ心配して「やってはいけない」と忠告されていたことを破る子供に対しては、自分のやらかしてきたことを豪快に棚上げして、かなり厳しく叱りつける人間であることを、残念ながらこの場の誰も知らなかった。

 

「タツコちゃん!! 君は今のままでも私としては面白いからいいんだけど、ちょっと友達の為に反省しておこうか!!」

「え!? 何!? 何何なにぃぃぃ!? 俺、なにされんのぉぉーーっ!?」

 

 タツコを抱き上げて川に向かって走り、ソラは燦爛と輝くスカイブルーの眼で川を見ながら、抱きかかえていたタツコをそのままソラは肩に担ぎあげていつもとは逆の役割、砲台役を担ってぶちかます。

 

「喰らえ!! 戦乙女浪漫砲台(ヴァージンレイザー・パラディオン)!!」

「みゃあああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

『何やってんだお前はーっっ!!』

 

 まさかの、保護しろと言った相手を川に、ケルピーが水に変身して溶け込む川の中にタツコを何の躊躇もなくぶち込んだ。

 当然ソラは他のハンター達から突っ込みの総攻撃を受けるが、そんなものは無視して彼女は投げつけながらも止めなかった足をさらに速める。

 投げつけたタツコに追いつきそうな勢いで駆け抜ける。

 

 しかし当然、さすがにソラも投げつけたタツコに本当に追いつく訳はなく、そしてあまりにもぶっ飛び過ぎた行動を取られた所為で行動に出るのが遅れ、他のハンター達も投げつけられたタツコを受け止めることが出来ず、タツコは川の中に着水。

 川にぶち込まれた水音とタツコの悲鳴よりも先に響いたのは、馬の嘶き。

 

 タツコが着水したことでフライパンに触れた川の水が、高熱の鉄板に水を垂らしたような音をさせながら、馬が激痛による絶叫を上げる。

 ただの川の水だったものが、蠕動しながら灰色の馬に姿を変える。

 

「ぽぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 目の前で川の水が馬のお化けになるという訳のわからない変身を目の当たりにしたタツコは、やたらと緊張感を爆散させる悲鳴を上げつつも、もはや本能だけで受け身を取って、川から落ちないようにケルピーのたてがみをわし掴んで首根っこにしがみつく。

 

 もちろんそんなことをされたら、タツコが身に着けているフライパンがケルピーの体に密着し、ケルピーはダメージを受けるのに変身が出来なくなり、痛みを訴えるように嘶きながら川の中でタツコを何とか振り落とそうと暴れてもがく。

 しかし、あのパチンコ玉のように弾き飛ばされるまで木にしがみつき続けた、タツコの無駄にある握力から逃れるほど暴れられる時間などありはしない。

 

「君、思った以上に良い働きするね」

 

 感心したように、言う。

 タツコとケルピーの頭上で、タツコをブン投げてから、ケルピーが水から元の姿に戻っても足を止めなかったソラが高く跳び、笑って見降ろしていた。

 

 白いレースのヴェールとトレーンが風を含んで翼のように広がり、蒼天の眼が真っ直ぐにケルピーを捕える。

 妖精のように、天使のように、女神のように美しい死神は、その繊手を振り上げ、重力に捕らわれて落ちる体ごと振り下ろす。

 

 シュートによって右目、ソラによって左目を失っているケルピーには何も見えていなかったはずなのに、ケルピーは今まで以上に声を張り上げて嘶いた。

 目が見えなくても感じ取った死の気配に恐怖して。

 

 その恐怖に答えるよう、ソラは別れの言葉を口にして貫く。

 

「さよならだ。アラヤの敗北者」

 

 ケルピーの鼻っ面、そこにあった「点」を貫くと同時にソラとケルピーは川の中に沈んだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ただいまー。あー疲れたー」

 

 そう言いながら川から這い上がってきたソラは、その数分前までの妖精や女神のように見えた幻想神秘な美しさは完膚なきまでに粉砕されて、言っちゃ悪いが妖怪にしか見えなかった。

 それは全身がずぶぬれで、優雅になびいていたヴェールやトレーンが体に張り付いてしまって、ウェディングドレスというより薄汚れた白装束にしか見えなくなっているのも大いにあるが、それ以上にこの女を幽霊ではなく妖怪に見せるのは、右わきに抱えた気絶したタツコと左手でたてがみを掴んで引き上げたケルピーの死体だ。

 

 タツコはともかくケルピーの所為で、もはや完全にこの女こそが川に生き物を引きずり込む妖怪に見える。脇に抱えるタツコも、保護したのではなく獲物にしか見えない。

 

 そんな突っ込みどころ満載な姿で戻ってきたソラに、メディアたち全員が頭痛に堪えるような顔をしてしばらく黙っていたが、ソラが呑気に「どうしたの?」と小首を傾げて尋ねてくるのでメディアが代表して突っ込んだ。

 

「どうしたの? じゃない!! もう言いたいことがありすぎて何から言えばいいかわからなくなってたのに、これ以上言いたいことを増やすな!!

 っていうか、あなたは本気で何考えてたの? 一般人の子供を川に! それもケルピーが水に変身していた川の中に投げ込むってどういうことなの!?」

「うん、ごめんなさい。反省してます。さすがに私も他の子なら絶対にしなかっただろうけど、この子はなんか固有結界『ギャグ時空・ギャク補正』を持ってるような気がしてつい……」

『同意してしまいそうなほど気持ちはわかるけど、やるな!!』

 

 メディアがフードを跳ね除けてがみがみと怒涛の勢いで叱りつけ、ソラはその叱責に意外と素直にシュンとして謝るが、やらかした理由は相変わらずの斜め上。

 なので当然、メディアだけではなくナックルとシュートから怒られたが、その斜め上は気持ちの上では理解を示された。

 そう思ったから実行した心理はわからないが、「まぁ、この子なら平気だろう」と思ったソラの気持ちはわかる。確かにこのタツコという少女は悪運が強いといういうか、かなり怖い目や不幸な目に遭っても、全部が笑い話になる範囲で納まって事を終わらせそうな気がする。

 

 内心では結構全員がソラの言い分に納得してしまっているのだが、それを認めるとなんだか自分たちがタツコを助けようと頑張った意味はあったのだろうか? と思って虚しくなってくるので、タツコの特性から眼を逸らして3人がかりでソラのやらかしを叱りつける。

 

「おめーは本気で何考えてんだ!? こいつを投げつけたのがちょうど本物の川の水じゃなくてケルピーだったから、結果としては良かったものの、そうじゃなけりゃケルピーに餌をやってるもんじゃねぇか!!」

「そりゃそうだよ。っていうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どこにケルピーがいるかわかってなかったら、ぶち込む訳ないじゃん」

 

 ケルピーの死体をその辺に放置して、タツコをメディアに渡しながらソラはナックルの説教に反論する。

 その反論にナックルだけではなくシュートもメディアも「はぁ?」と声を上げるが、ソラは彼らの反応を気にした様子もなく、ヴェールやトレーンを絞って水気を切りながら答えた。

 

「初日に言わなかったっけ? 私の眼は、物より生体の『死』を見ることに長けてるって。水そのものの『死』なんてさすがに見えないし、水の中にいる微生物もさすがにいちいち捕えていたら脳がオーバーヒートするからか見えないけど、ケルピー相手なら余裕で見えるよ。

 例えその体を水そのものに変えていても、生きているのなら死者だって殺せる私の眼から逃れる訳ないんだよ。

 

 だから、タツコちゃんには悪いけど私の手持ちかつすぐに投げつけられる金物がフライパン鎧装備のタツコちゃんだったから投げつけた。

 私が軽率で悪かったのはわかってるけど、さすがに何の考えもなしに投げ込んだと思われるのは心外だなぁ」

 

 ソラの説明で返せた言葉は、シュートの「……お前の視界はどうなってるんだよ?」だけ。

 その問いに、ソラは少しだけからかうように意地の悪い笑みを浮かべて訊き返す。

 

「知りたい? 私の見ている世界を、本当に知りたい?」

 

 3人ともソラの言葉にただでさえ引き攣っていた顔が更に引き攣り、顔色から血の気を無くして激しく首を横に振った。

 ソラの眼が念能力では説明できない、何やら特殊なものであることはそれこそ初日で理解させられたが、ソラが何も話さなかったので誰も訊かなかった。それは、念能力とは違う異能であったとしても切り札ならば、訊いてもどうせ答えはしないだろうから仕事仲間の礼儀として訊かないだけだったが、今は純粋に知りたくない。

 

 ソラの言っていることの意味は、ほとんど誰もわかっていない。

 わかっていないが、それでも彼女の言っていることはここ一週間ほどの付き合いで築いた信頼が事実だけと告げる。

 この女の言動は飄々として常にふざけているようだが、自分の非は素直に認めてテキトーな言い訳で誤魔化そうとはしない。タツコを投げ込んだことも、ふざけているとしか思えない理由で大真面目にやらかし、そして素直に自分が悪かったことは認めていた。

 だから、ナックルに対する反論は本当に最後の言葉通りの意味しかない。さすがに、何も考えずに無意味どころかケルピーに餌をやるような真似をしたと思われるのは心外だから、そこだけは訂正しておきたかっただけ。

 

 そこまでわかっているからこそ、彼女の意味がわからない言葉が事実だと、ソラの視界が異常であることを理解してしまう。

 彼女の視界は異常であることだけは理解してしまったから、未知を探求するハンターでも本能の警鐘が好奇心を勝り、彼女の「異常」を見て見ぬふりをする。

 

 ソラの答えと問で何も言えなくなった3人に、彼らがお説教すら藪蛇になりそうだから口を閉ざした理由を察しているのか、ソラは肩をすくめて話題を変える。

 

「ところで、一応持って来たけどこいつどうする?」

 

 爪先でツンツンと突いて示すのは、ソラが対峙したケルピー。

 言われて、ナックルたちは面倒くさそうに顔を歪めてそれぞれ愚痴るように口を開いた。

 

「あー、そうなんだよなぁ。本物のユニコーンでも面倒くさかったけど、絶滅種の生き残りってまた更に面倒くせぇな」

「絶対に、『何で生け捕りにしなかったんだ?』って現場の苦労を知らない老害どもがくちばしを突っ込んで来るわよねぇ」

「しかもこいつの能力、報告しても信用してもらえるかどうか怪しいな。変身能力を持つ幻獣や魔獣は他にもいるが、まさか水にまで化けるなんて俺もこの眼で見てなければ信じないぞ」

 

 人間に危害をくわえる強力な特殊能力を持った種ということで滅び尽くしたくせに、のど元過ぎれば熱さを忘れて、「絶滅種の生き残り」という希少性に目が眩み、被害を他人事として見捨てて求める輩たち難癖をつけられるのが目に見えていたので、3人は憂鬱そうに溜息を吐く。

 

「……そもそも、こいつは本当に『たまたま生き延びた』だけなのかなぁ?」

 

 3人の愚痴をただ聞いていたソラは、ケルピーを足で突くのをやめて蒼玉の眼で見降ろしながらふと呟いた。

 その呟きが耳に入った三人は、ひとまず生産性のない愚痴は止めて続きを待つ。

 

「能力が能力だから、逃げ延びようと思えば逃げやすいよね。だからこそ、ケルピー(こいつ)は狩り尽くされて絶滅させられたんだと思う。

 金物に弱いっていう弱点があるとはいえ、人間にも水にも化けられるってのは厄介すぎる。隣人やその辺の水が、人間に化けた人食いの怪物かもしれないって常に疑って生きるのは悪夢だ。正気を保てる訳がない。

 ……そんな厄介すぎる幻獣が、目撃例が少なくなったからって簡単に絶滅宣言が出るとは思えない。かなり念には念を入れて駆逐されたはずだ」

「ソラ、お前は何が言いたいんだ?」

 

 黙って聞いていたが、疑問に思う理由は理解出来るが言いたいことは要領得ないので、ナックルがストレートに問うと、ソラは水をしたたらせながら振り返り、答えた。

 

「今、『絶滅種の生き残り』っていうだけで欲しがる阿呆がいるのなら、絶滅される直前に欲しがる阿呆がいてもおかしくない?」

 

 ソラの質問返しでありながら、シンプルに何を疑っているのかがよくわかる言葉に、問うたナックルだけではなく他二人も目を丸くさせてから、不快そうに顔を歪める。

 

「……絶滅宣言が出たのは半世紀ほど前。たいして昔じゃねぇ。

 ケルピーの寿命なんて知らねぇが、念能力に目覚めているんなら普通の馬より長命の可能性は高いし、雄雌が数頭いりゃ増やすことは難しくとも、ある程度の繁殖は可能だな」

 

 ソラの問いに答えるというより、自分の考えを整理するようにナックルは呟き、苛立ちを露わに頭を乱暴に掻きむしる。

 

「……『肝臓だけを残す』なんて特徴があるんだ。今回は犠牲者が一人だけだったからこそ、その特徴が目立たなかったが、これが本当に生き延びていたんだとしたら、こいつのいる地域で行方不明と肝臓だけが発見されるという事件が立て続けに起こるはずだ。

 ……絶滅宣言から半世紀近く経っている今なら、それらの情報が出てもピンと来るやつは少ないかもしれないが、それこそ絶滅宣言が出て10年ほどなら、すぐに結び付けられる。なのに……この50年ほどそういう事件が起こらなかったということは……」

「あれはどっかに隠れ住んでた生き残りよりも、どっかのバカがペットにしていた奴が逃げ出したって可能性の方が高いわね」

 

 シュートも同じように、本当にこのケルピーがたまたまハンターたちの駆逐から生き延びたとしたら不自然な部分に気付いて声に出すと、タツコを抱きかかえたままのメディアがその不自然を自然に直す仮定で結ぶ。

 その仮定があまりに筋が通ることでさらに胸糞が悪くなって、ハンターたちの浮かべる表情が余計に険しくなる。

 

 胸糞が悪くて当然だ。この仮定が事実だとしたら、ケルピーを非合法に捕えて処分せずに飼い殺し、ペットにしていた者がいたとしたら、その人物がケルピーの餌に何をやっていたかを考えたら反吐しか出ない。

 人食いの獣を非合法にペットにする輩に、牛肉や豚肉などといった肉食獣に対しての真っ当な餌をやる良心など期待できない。

 

 そもそも、あの凶暴性を考えたらそうケルピーを飼い馴らすのは相当難しいはず。

 凶暴な獣を飼い馴らすに一番手っ取り早いのは、「こいつの言うことを聞いていれば、楽に餌がもらえる」と学習させること。獣の躾としては、相手に下に見られて舐められる最悪に近いことだが、真っ当に育てる気がないのなら一番楽で手っ取り早い。

 

 これほどの大きさの獣を隠れて飼うことが出来る時点で、飼い主は間違いなく金にずいぶん余裕がある者だ。

 そんな者からしたら真っ当な食肉を大量に買い入れるよりも、いなくなっても誰も気にも留めない人間を手に入れる方が、不審がられることもなく楽で安上がりなのかもしれない。

 

 そんな気分がひたすら悪くなる最悪の可能性に思い至り、しかめっ面をしている3人をしり目にソラはもう一度、ケルピーを見下ろして言った。

 

「……逃げ出してきたのなら、まだいい」

 

 彼らの推測はまだマシな方だと、蒼玉から蒼天へと変貌した目で語る。

 

「……ペットだったとしたら、こいつは一体どこで今までの定石だった『人間や普通の馬に化けて油断をさせて川に引きずり込む』じゃなくて、『ユニコーンに化けて人間をおびき寄せる』なんて変化球の手段を覚えたんだ?

 そして、ペットだとしたら絶滅前に捕獲した奴から繁殖して生まれた奴はもちろん、元々野生だった奴も50年以上ペットとして飼われていたんなら、自分で狩るんじゃなくて飼い主から餌をもらうことで堕落しきった獣が、今更逃げ出したところで人を襲えるもの?」

 

 ソラの疑問は、ケルピーが人に飼われていたという可能性を否定するものではない。そこを否定しても、謎が深まるだけだ。

 ソラが否定しているもの、ソラが想定している最悪を彼らも思い至り、もはや胸糞悪いや不快というレベルではなく顔から血の気を引かせて「……まさか」と唇を戦慄かせた。

 

「……根拠はない。推測というより妄想だ。むしろ、そうであってほしい」

 

 言わなくたってわかっている、この場の誰もがそうであってほしいという願いを口にして、ソラは自分の手で終わらせた、人間種の「生きたい」という望みに敗北した獣を憐れむように見下ろして、「最悪」を口にする。

 

「逃げ出したわけじゃないだろうね。たぶん、こいつは飼い主に飽きられて捨てられた。

 ケルピーが元々生息していたらしい話があったこの村の森に捨てられたのは、飼い主としての最後の愛情というより、捨てる時でさえも腐った悪趣味を発揮したから。こいつの飼い主がユニコーンに変身するように躾けたのは、ケルピーにとって都合がいいだけじゃなくて飼い主の趣味かも。そうだとしたら、私かタツコちゃんを狙い撃ちした理由も、反吐が出るほど筋が通る。

 

 ……こいつの飼い主は、女子供を生餌にしていた。女子供がケルピーに襲われて死ぬのを見るのが趣味なド外道で、飽きたからってケルピーを殺処分して犠牲を最小限にしようなんて思わなかった。むしろ、増やしたかったんだろうな。自分の眼で見ることが出来なくても、それでも望むほどの悪趣味でこいつは放たれた」

 

 どこにもソラの言葉が真実と言える証拠はない。どの憶測よりも筋が一番通るだけで、やはりこのケルピーがたまたま生き延びて、ユニコーンに化けたら都合がいいと何らかのきっかけで学習して、そうして今まで自分の犠牲者が話題に上がらず、今の今まで来たという可能性だってさほど低くもない。

 

 だから、何もできない自分たちが悔しくてハンターたちはそれぞれ、両手が血で滲むほど握りしめたり、唇を噛みしめて自分の中の悔しさが爆発しないように、無力感に押しつぶされないように耐える。

 

 今度は、ソラがわざわざ口にしなくてもわかった。

 この最悪の可能性が真実だとしたら、生半可な証拠などかえって自分や自分の周りを危険にさらすだけだということを、理解したら悔しくてたまらないというのに理解してしまう。

 

 ケルピーという表に出せる訳がない幻獣をペットにすることといい、女子供を生餌として買い取れる財力といい、どう考えてもケルピーの飼い主はただの富裕層や大物マフィアならまだいい方。それどころか、王族貴族というレベルの雲上人という可能性も低くない。

 そんな相手を、正攻法で捕えて罰することが出来るのは物語の中だけ。例え今ここで決定的な証拠を掴めたとしても、相手の権力そのものを先に剥ぎ取っていなければその証拠は、逆に不敬罪や何らかの難癖をつけられ、自分の首を絞める羽目になりかねない。

 

「……畜生!」

 

 生き物を殺したかったからビーストハンターになったのではない、むしろたとえわかりあえなくても、一匹でも害獣と認定されて駆逐されることがないようという思いでビーストハンターになったナックルが、耐えきれず悔しさを口にした。

 もしも……、もしもこのケルピーが生まれた時から人間ではなく牛肉や豚肉といったものだけを与えていれば、例え野に放たれても人間を襲うことなど無かった、人の血肉さえ知らなければ、危険な肉食獣であることには変わりないが、ライオンや熊とそう変わらないレベルの危険度で、わかりあえずとも共存できたかもしれないと思い至ってしまったのが、悔しくてたまらないのだろう。

 

「……うーん……。むにゃ……ふぁ、ふぁ……ふぇっっぶくしょん!!」

 

 誰も、何も言えなくなって気まずい沈黙が破られる。

 メディアに抱きかかえられていた少女が、タツコが盛大なくしゃみと同時に目を覚ます。

 可愛らしい声でおっさんのようなくしゃみに思わず全員がポカンとタツコに丸くした目で注目すると、寝ぼけまなこでタツコはしばしぼんやり辺りを見渡し、その視線がソラで止まる。

 

「あー! 白いねーちゃん!!」

 

 メディアに抱きかかえられたままタツコはソラに指さし、そしてメディアから飛び降りてソラに駆け寄った。

 遠慮なくタツコを砲弾代わりに投げつけられたことに対して、怒られると思った。

 それは当たり前のことなので、ソラは苦笑して「ごめんね」と謝罪を言葉にするため口を開く。

 が、言葉が声となる前にタツコは言った。

 

 勢いよくソラの腰に跳びかかるように抱き着き、しがみついていて。

 

「ねーちゃん、さっきはすっげーかっこよかった! 妖精とか天使みたいに綺麗なのに、なんか……なんか……とにかくめちゃくちゃかっこよすぎてヤバかった!!

 ハンターってやっぱり、めちゃくちゃカッコいいんだな!! なぁ、ねーちゃんみたいなハンターにはどうやったらなれるんだ!?」

 

 キラキラした目で、無邪気に、少ない語彙で懸命に言葉を紡ぎ出して自分の感動を伝える。

 その目は、自分がケルピーに向かって武器代わりに投げつけられたという事実をすっかり忘れている。

 まるでハンター最終試験の時のゴンのように、ソラに向けて当然の怒りなど完全に吹っ飛んでいる。彼女の中にあるのは、気を失う直前の光景だけ。

 

 自分を助けに来た、ハンターであるソラの姿だけがその心に焼付いていると訴える。

 

 タツコの言葉に、ソラは先ほどのくしゃみ以上に唖然として何も言えなかったが、しばらくして彼女は笑ってタツコの頭を撫でた。

 その笑みに、ソラ以上にあらゆる意味で空気が読めないタツコもさすがに少し戸惑った。

 

 笑っていた。ソラは確かに笑っていたが、同時に泣き出しそうな顔をしていた。

 泣き出しそうで、けれどもとてつもなくホッとした顔をしていたから、そしてそれはソラだけではなく他のハンター達も一緒だったから、タツコは困惑して狼狽える。

 しかし、天真爛漫単純一途直情バカなタツコは、ソラから頭を撫でられながら言われた言葉で、その困惑はすぐさま吹っ飛んだ。

 

 

 

「なれるよ。君なら今のままでも十分、最高のハンターに」

 

 

 

 リップサービスでも社交辞令でもない、本音でソラは断言する。

 

 この少女なら、彼女自身が望んだ通りのハンターになれると信じて疑わない。

 自分たちのしたことに意味はあるのか? とこの結果で得たものを見失っていたハンター達に、あまりにも容易く彼らのしたことに意味を、価値を見つけ出した彼女が、最高のハンターになれない訳がないと、ソラは断言する。

 

 その断言にタツコは輝かんばかりの笑顔を浮かべて、無邪気にはしゃいで両手を振り上げて飛び跳ねた。

 

「やっっったあぁぁーーっっ!!」

 ビリッ!!

「え?」

「あ」

「「!? !!??」」

「あれ?」

 

 タツコが両手を振り上げて飛び跳ねた瞬間、布が裂ける音がした。

 タツコはソラに抱き着いた際にしがみつき、掴んでいた布……ベルトに付いたトレーンを握りしめたままだった。

 そのレースのトレーンが急に勢いよく引っぱられたことで裂け、ソラの背中の下半身部分が露わとなる。

 

 ケルピー登場ですっかりソラも、メディアも、ナックルやシュートも忘れていた。ソラが何故、わざわざ動きにくくなるというのにヴェールとトレーンをつけたままであることを。

 だから出発前はあんなに警戒していたのに、ソラはいつしかナックルやシュートが自分の背後に立つことを許していた。

 男二人もすっかり忘れていたし、元々透明度がそう高くないレースだったのと夜なのもあって、真後ろに立ってもソラが隠したがっているものなど見えてなかった。

 

 が、タツコが引っ張って破いたせいで、ソラの隠していたメディア曰く「乙女のいじらしさ」、ソラ曰く「不意打ちの痴女」は露わとなり、ソラの後ろに運悪くというべきか良くというべきかいたナックルとシュートは見てしまう。

 

 

 

 

 ………………露出ゼロと思われた白いライダースーツに、何故か唯一ある露出。

 小ぶりで形の良い、瑞々しい桃のような尻を。

 

 その服は、何故か半ケツになる仕様であった。

 

 

 

 

 

「!!?? きゃあああああぁぁぁぁぁっっっっ!!

 見んなああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 タツコが握りしめているもの、何が破れて露わになり、それが誰に見られているかを理解した瞬間、ソラの顔は耳どころかほとんど見えない首も真っ赤に染まり、悲鳴を上げながら振り向きざまに同じく赤い顔で、けれどしっかりガン見していたナックルとシュートを二人纏めてソバットでぶっ飛ばし、二人が地面に落下する前にハイキックでもう一度蹴り上げてから空中で彼らを連打して、最終的に掌底をぶち込んでさらに吹っ飛ばすという芸術的すぎるコンボを決め、思わずメディアとタツコは拍手を送った。

 

 あんまりナックルもシュートも悪いと言えない状況なのだが、それでもすぐに目を逸らすのではなく実に形の良い尻だと思ってガン見していたのは事実なので、二人は甘んじてソラからのコンボを受けた。

 のちに……というかこの数日後、「安くはないが代償としては高くない」とボコボコになって帰って来た弟子二人に驚いたモラウに対して二人がそう言い出し、さらに困惑させるくらい眼福だったのだろう。ソラは二人をもう少し殺してもいい。

 

 二人をとっさに吹っ飛ばして、手で尻を隠しながらソラが涙目で固まってしまい、メディアは慌てて今更だが自分のマントをソラに着せて謝り倒す。

 そしてタツコも、フォローの言葉をかける。

 

 ただ、タツコがアホの子であることを抜いても、ソラがほぼ騙し討ちでその服を着ていることを知らないことに加え、タツコ自身が露出の多い服を好んで着る所為か、ソラが何でそこまで恥ずかしがっているのかをタツコは正確に理解していなかった。

 理解していなかったが、自分がトレーンを破ってしまった事は悪いと思い、なんとかしなくちゃという誠実さを持っていたからこそ、とっさに彼女は彼女なりにフォローの言葉をかける。

 

「だ、大丈夫だねーちゃん! ねーちゃんの尻はプリンプリンでめっちゃ綺麗だから、その服は最高に似合う!!

 男なんて、殴らなくてもそれだけで一撃必殺だ!!」

「ごめんなさいタツコちゃん、ちょっと黙ってお願いだから!!」

 

 しかし、もちろんそれはフォローどころかトドメにしかならなかった。

 メディアが慌ててタツコの口を塞いだが、しっかりはっきりソラの耳にはタツコの逆効果フォローが届いており、ソラはその場に座り込んで泣き出した。

 

 

 

 ソラの号泣がすすり泣きにまで落ち着くには、朝日が昇るまで時間がかかったという。






このエピソードをキルアが知ってたら、蟻編では針抜かなくてもシュートどころかナックルも一人で倒してたかもしれない(笑)

実は当初はさすがにケルピー戦くらい真面目に書こうと思ってたけど、前回のユニコーンの正体が判明するきっかけの子供が名無しのモブだとあからさまにご都合主義の舞台装置すぎると思って、急遽プリヤの同級生ズをゲスト出演させてみた結果、龍子の固有結界が発動した。

たぶん彼女は、大河と同じ系譜。何があってもギャグになって生き延びる。

今回でソラの深刻ではない受難編は終了。
次回からはクラピカ編というか、ノストラード……というよりネオン編を予定しております。

GWには少し予定があるので更新できないかもしれませんが、気長にお待ちいただけたらありがたいです。

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