死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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未来視少女の改革編
116:茶番


 本日の来客予定を聞き、クラピカは眉根を盛大にひそめて、予定を報告したノストラード家の使用人を怯えさせた。

 センリツは肘で軽く突いてそのことを指摘すると、眉間を指で揉みながらクラピカは怯えさせた使用人に謝罪して、仕事に戻るように告げる。

 そして自分も仕事に戻る為に執務室へ足を向けると、センリツは一緒について来て声を掛けた。

 

「……クラピカ、少しは休んだら? あなたヨークシンから帰ってきて、休暇どころかここ最近は睡眠時間だって削ってるでしょう?」

「……ヨークシンで私は個人行動を取りすぎたのだから、その埋め合わせに過ぎない。

 何より、ヨークシンの頃と今ではこの組の状況は全く違う。休んでいる暇などないことを、君ならよく理解しているだろう?」

 

 センリツが自分のことを案じて言ってくれているのは百も承知だが、それでも八つ当たりじみた言葉を返してしまい、自分で言っておきながらすぐさま自己嫌悪に陥る。

 そんなクラピカの本音やら心境を下手したら本人以上に理解しているセンリツは、もちろん彼の八つ当たりなど可愛らしいくらいにしか思わず、むしろ苛立ちと自己嫌悪のネガティブスパイラルに陥っていることに対して呆れたような溜息を吐いた。

 

「理解しているわ。今のこの組織を支えているのはあなただってことを。

 だからこそ、少しは休むなり他の者の手を借りて欲しいのよ。あなたが倒れでもしたら、それこそこの組はお仕舞よ」

 

「気にしないで」や「いいのよ」と彼の八つ当たりを許す言葉は、この沸点は低いのに生真面目で誠実で、自己評価の低い彼には逆効果であることも、センリツはとっくの昔に学習しているので、センリツは彼の八つ当たりそのものを無視してさらに踏み込む。

 踏み込まれた指摘は正論だった為、クラピカは反論出来ずに黙り込む。

 しかしセンリツの指摘通りに休む気はなく、彼は事務仕事や雑務が山積みの執務室に向かう足を、無言で早めた。

 その反応にまた、センリツは溜息を吐く。

 

 どこまでも意地っ張りなクラピカに対して、センリツは完全に呆れていた。

 なので、わずかにあった罪悪感はなくなる。

 

「……忠告はしたのだから、何があっても自業自得と思いなさい」

 

 廊下で呟いたセンリツの言葉は、クラピカの耳には届かなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「おい、クラピカ。あのおっさんはどうするんだ? 追い出すか?」

 

 元はダルツォルネのものだった執務室に入って来たスクワラが、同じく彼のものだった仕事をこなしていたクラピカに尋ねると、クラピカは使用人が来客予定を告げた時と同じ、険しげな顔をしつつ答える。

 

「そんな訳にはいかないだろう。今や、組長(ボス)が信用しているのは娘や私たちではなく、あの男だ。

 大事な来客として、センリツに丁重に迎え入れるように言ってくれ。……そして、ボロが出た瞬間を見逃すな。ボスからの信頼が揺らいだ瞬間、叩き出せ」

 

 クラピカの答えを予測していたのか、客に対してかなり物騒なことを命じられたにも拘らずスクワラは、「へいへい」と気が抜けた返事をする。

 このやり取りで自分への用件は終わりかとクラピカは思っていたが、スクワラは退出せずに話を続けた。

 

「わかりましたよっと。お前の命令通りやっておくから、数時間でもいいから仮眠取れよ。隈がすごいぞ」

「……先ほど既に取った」

「嘘つけ。仮眠室でノーパソ使って仕事してたって裏は取れてんだよ」

 

 もう既にクラピカは仮ではなく完全にダルツォルネの後任に就き、スクワラの上司に当たる立場なのだが、スクワラは普通にタメ口でセンリツよりも厳しく指摘する。

 役職としての立場はクラピカが上でもスクワラの方が先輩であり、まだダルツォルネの後任として慣れてない間は世話になったのと、クラピカ個人として彼には恩義があるため強く出ることが出来ず、しかし折れるつもりはないので、貝のように口を閉ざす。

 

 その子供同然な意地張りに、彼もセンリツと同じく呆れた溜息を吐いてさらに言葉を続けた。

 

「お前さぁ、責任を感じる気持ちはわからなくはねーけど、お前がそこまでするほどの責任はどう考えてもないと思うぜ?

 あのバカ娘の念能力が盗まれたのは、バカ娘の自業自得。そのバカ娘の占いに依存して、何したらいいかわからなくなって廃人手前なのは、アホ親父の自業自得だっつーの」

 

 フォローのつもりでスクワラは言ってやってるのだろうが、クラピカはさらに険しい顔をして沈黙を継続。

 黙秘を続けながらも、心の中では主張する。

「そんなんじゃない」と。

 

 クロロがネオンに占ってもらっていたことは、あの車の中で気付いていたが、ネオンの能力が既に奪われていると気付けなかったことに関しては、確かにクラピカは後悔して自分の責任だと思っている。

 彼の能力を予測さえも出来ていなかったのならともかく、「おそらく他者の能力を盗む能力だろう」と見当づけていたのに、全く想像できていなかったのは、ソラとゴンのことで余裕がなかったとはいえ、うかつすぎたという自己嫌悪が消えない。

 

 しかしスクワラの言葉は、ただ自分を気遣ったフォローなだけではなく正論であることも理解している。

 

 オークション中止という虚言で騙していたとはいえ、ヨークシンが危険であることは事実で、そのことを教えていたのに、脱走して見も知らぬ男について行ったネオンは、箱入りというのを考慮しても危機管理能力が今どきの小学生以下であるとしか言いようがなく、自業自得という言葉は厳しくない。妥当だ。むしろ、命があっただけ彼女は恵まれている。

 

 そして父親に関しては、もはや憐みさえも覚える。

 

 娘の能力を自分の地位向上に利用していただけではなく、彼自身が客以上に依存していた為、娘の能力がなくなったと知った途端、ライト=ノストラードは正気を失った。

 彼は普通の人間にとって当たり前である、「未来がわからない」という状況に耐えられず、仕事の一切に手がつかなくなった。

 

 不幸中の幸いは、十老頭やダルツォルネが死んだことで一番忙しくてややこしいゴダゴダ続きだったヨークシンの直後である9月一杯の予言は既に占っていたので、彼が役立たずになった10月にはクラピカも仕事に慣れて、ライトでないと無理という仕事はほとんど残ってはいなかった。

 

 さらに言うと、ネオンの占いのファンでありノストラード組の大きな後ろ盾となっていた十老頭は、イルミ達によって全員が殺害されたので、同じように占いに依存していた十老頭の八つ当たりが起こることはなく、予定以上の大金で競り落とした緋の眼も偽物だと判明したので、競り落とした金はオークション側の損害が大きすぎるのでなんだかんだと屁理屈をこねられて全額は無理だったが、いくらかは返金された。

 

 なので、ネオンの占いでその地位を築き保っていたノストラード組だが、今のところは立場的にも経済的にも危うくはあるが、一瞬の気も抜けないという程ではない。

 スクワラやセンリツだけはなく、ヴェーゼやバショウ、リンセンも最近は口を酸っぱくして言う「少し休め」の言葉に甘えて休んでもいいはずだ。

 

 そのことを頭ではわかっているのに、クラピカは拒否して、自分に鞭打つようにワーカホリックを続ける。

 

 責任感だけではない。仕事をこなして有能であることをアピールし、さらに上の立場になろうとしている訳でもない。

 むしろ冷静に損得勘定だけで考えれば、クラピカはもうここにいる理由などないに等しい。

 

 娘の占いに依存しきって、ごく当たり前の「未来がわからない今」を生きることが出来なくなった者相手に、いくら仕事をこなして組を運営しても、彼はそのことを評価しない。

 今は順調でも未来がどうなるかわからなければそんなもの意味がないと、もう何度も狂ったように怒鳴り散らされた。

 

 仮にネオンの能力を取り戻す、もしくはライトが「未来はわからない」ということを、当たり前だと理解することで正気になれば、クラピカの努力が正当に評価されるかもしれないが、もうここでクラピカの立場が強くなることに意味があるのかが疑わしい。

 

 クラピカがネオンのボディーガードになったのは、さらに上の立場が欲しいと願ったのは、マフィアという彼からしたら反吐が出るような相手に媚を売り続けるのは、全ては同胞の眼を取り戻す為。

 その為に忠実な犬になり下がったのに、ここに同胞の眼はない。

 そして、クラピカにとって最愛だからこそ最悪の形見である同胞の眼を慰みものにする、おぞましい人体蒐集家は――

 

「ねぇ、お茶を入れたからちょっと休憩しない?」

 

 スクワラからの人の好い説教を聞き流しながら、モヤモヤと考え込んでいたクラピカの思考が、新たにやって来たヴェーゼの言葉でいったん途切れる。

 ティーポットとカップをトレイに乗せたヴェーゼだけはなく、センリツもトレイに茶菓子を乗せて入って来て、その後ろで既に茶菓子をかじっているバショウもいた。

 

 どうやら、いくら言っても休憩すら取らないクラピカに対して、全員で休憩を取ることで無理やり休ませようという手段に出たようだ。

 実際、その手段はしつこく「休め」と言うよりはるかに効果的だった。

 

 自分に気を遣ってくれていることを理解した上で、ここまでされても「迷惑だ」と言うほどクラピカは意味のない意地はさすがに張らないので、彼はようやく諦めたようにして書類の山を机の端に避けて、ヴェーゼから紅茶を一杯もらった。

 その際、ヴェーゼが用意したカップは6つ、一つ多いことに気付いてたが、おそらくあとでリンセンも来る、もしくはリンセンもここにいると思っていたのだろうと自己解釈して尋ねもせず、彼は紅茶を一口飲んでからセンリツに告げる。

 

「センリツ。さきほどスクワラにも言ったのだが、本日も『客人』の相手は君がしてくれ。

 そしてわかっていると思うが、ボスが奴を少しでも疑わしいと思ったらチャンスだ。矛盾を突いて、叩き出せ」

「……えぇ。わかっているわ」

 

 クラピカが座っている執務机の正面にある応接ソファーに座って、センリツはクラピカの命令に応え、その横に座っているバショウが豪快に紅茶を呷ってから、苛立ちを露わに言った。

 

「気に食わねぇ。あんなの今すぐ、殴ればいい」

「そういう訳にはいかねぇよ。んなことしたら、こっちの首が切られるつーの」

 

 バショウの言葉にスクワラが心情では大いに同意しつつもクラピカと同じようなことを言い、彼も八つ当たり気味にマドレーヌを齧った。

 そしてヴェーゼが立ったままテーカップを傾けて茶を飲みつつも、皮肉気に笑って言う。

 

「まったく、『本物』の娘に依存しきっていた所為で目玉が曇りに曇って、あんなにもわかりやすい『偽物』に嵌るなんて。

 もういっそ私のキスで組長(ボス)を操っちゃえば良くない?」

「効果に制限時間がなければ、一考に値するな」

 

 ヴェーゼの冗談半分皮肉半分の言葉にクラピカは真顔で答え、言った本人が苦笑した。

 他の者も同じように苦笑しつつも、クラピカのさらに続いた言葉に深く同意する。

 

「同じ操り人形なら、二流の詐欺師より念能力者による強制の方が、組長(ボス)も浮かばれるだろう」

 

 同意しつつ、うんざりする現状の事実に同意と同じくらい深い溜息を全員がついた。

 

 娘が予知能力を失っていると知り、狂乱したライト=ノストラードは、当初はクラピカ達念能力者の知識や人脈を使って、何としても娘の能力を取り戻そうと躍起になった。

 しかし、ネオンは能力を封じられているのではなく盗まれたというかなり特殊な状態で、除念をするのならネオンではなく盗んだクロロの方を何とかしないといけない為、あの反則的で非常識の塊であるソラでさえ除念は不可能ということを、なるべくショックを受けないようにオブラートに包み、そしてフォローの提案もちゃんとしたのだが、余裕を失っているライトにとってオブラートに包んだ「元に戻るのは絶望的」という情報は正しく読み取ったくせに、フォローの言葉は耳に入らず、ネオンに「役立たず!」「金食い虫!」「お前なんか生まれてこなければ良かった!」と暴言を吐きながら、暴行する騒ぎにまで至ってしまった。

 

 ヨークシンのオークションが終わった後はもう辞めるつもりだったスクワラが、未だ辞めていないのはこの騒ぎがあったから。

 なんだかんだで裏稼業に向かない人の好さを持つ彼は、能力を盗まれたことに関しては自業自得としか思っていないが、さすがにこの父親による掌返しに対しては同情をしているのか、恋人は辞めさせたが自分はここに留まった。

 

 とにかく、「ネオンの能力を取り戻せない」と正直に報告してしまったでクラピカ達「念能力者」はライトからの信用を失ってしまい、ライトは「念能力」以外に縋り付いてしまった。

 ネオンの休業から何かを察して向こうから接触してきたのか、それとも自分で見つけ出したのかはわからない。

 気が付いたら、ライトはネオンの代わりに一人の男の存在に依存していた。

 

 一月ほど前からライトの精神が少しは安定してきてホッとしていた所で、彼は「喜べ、ネオン! お前を元に戻してやれる人を見つけてきたぞ!!」と言って、自分の自信そのものであった占いを失い、父親から存在意義を全否定されたショックで引きこもっていた娘を無理やり部屋から連れ出し、その男と引き合わせた。

 

「ヒーリングマスター」という怪しすぎて笑うどころか思わず真顔になるような名を語る、典型的な詐欺師に。

 

 その目は人の精神に直接干渉し、その右手はいかなる病も癒し、その左手は凶悪な呪いも浄化する救世主というふれこみで、色々と盛りすぎてクラピカ達は彼の存在を知った時、「それはギャグのつもりで言っているのか?」と本気で思った。

 

 もちろん、相手は救世主どころか念能力者でもない。自らを本気でそうだと思っている妄想患者でもなく、完全にわかってやっている詐欺師だ。

 念能力者でないことは垂れ流しのオーラを見れば一目でわかるし、念能力ではない異能の存在をクラピカが一番よく知っているが、相手はそうではないことくらい少し会話を交わせば知れた。

 

「他人の精神に直接干渉」という謳い文句は、ただのコールドリーティングと話術。

 相手の身なりや些細な癖、関係ない雑談と思われた話から相手の細かい情報を読み取り、それを指摘するのがコールドリーティング。

 それに加えて、「あなたの母親は、なくなっていませんね?」のように、「母親は既に死んでいる」「母親が存命である」のどちらでも取れる言葉を使ったり、「あなたは覚悟を決めた時は大胆です」などといった、誰にでもあてはまる当たり前のことを言って、「当たってる」と思わせるのは占いでも普通に使われる常套手段だ。

 

 別にこれ自体は詐欺とは言わない。

 たとえば大アルカナのみを使用するタロット占いならば、カードは22枚しかないのだから、占いで出るカードの種類や並びにも限りがある。

 性格も置かれている立場や環境も違う二人の人間に全く同じカードが出たからといって、全く同じ運命をたどる訳がない。その場合は占った対象の性格や現在の環境を、カードの意味に見立てて解釈するもの。

 

 だから相手の性格などを自己申告だけ信用するのではなく、些細な情報から正確に読み取るコールドリーティングは占いには必須の技能であり、自分の占いを信用させる為に曖昧な言葉で「当たっている」と錯覚させるのは、自分の占いに依存させる為ではなく、プラシーボ効果で自信を持てない相手に自信を持たせる為。

 真っ当な占い師はそうやって、相手の迷いを断ち切って決断を後押しする形で使うものだ。

 

 だが、この「ヒーリングマスター」という恥ずかしすぎて正気を疑う名の相手は違う。

 この男は散々、ライトやネオンを抽象的な言葉で脅した挙句に、好色を露わに「呪いを解く為に身を清めなければならない」などと言って、自分の前で全裸になるようにネオンに強要し、さすがにそれはネオンのボディガード達、当たり前だが特にセンリツとヴェーゼが強硬に反対して、無気力で父親の命令のままだったネオンも泣いて嫌がって抵抗した為、未遂で済んだ。

 

 ライトは「ヒーリングマスター」に依存していたが、彼に依存することである程度精神が安定したことで損得勘定が出来るようになっていたのも、不幸中の幸いだ。

「ヒーリングマスター」はあくまで「娘の能力を取り戻せる存在」であり、ライトの目的は「予知能力」だ。

 

 さすがに予知能力を装うのは荷が重かったのか、「ヒーリングマスター」も「予知はできない」と自己申告していたので、ライトも「ネオンの能力を取り戻す」以外のことは期待していない。

 なので、ただでさえ暴言と暴行で娘からの信用を完全に失っているライトがここで、「ヒーリングマスター」の要求を強行してしまえば、ネオンが能力を取り戻しても今まで通り父親の言うことをきくわけがない。

 むしろ今以上に心を閉ざし、最悪は能力を取り戻したのに自ら命を絶つことも考えられた。

 

 だからライトはわざとらしく、ヨークシンのオークション以前と同じよう、ネオンのご機嫌取りに最近は執心しているので、今のところはネオンが詐欺師による最悪の被害に遭う可能性は低いのだが、それも時間の問題だ。

 一応、詐欺師本人には丁重にもてなして金を与えることで満足させ、反吐が出るような劣情をネオンに向けぬようにという時間稼ぎは功を奏しているが、クラピカの印象通りだとしたらあの詐欺師は、詐欺師としても二流。引き際を知らないバカである。

 

 ライトのように自ら藁でもいいから掴みに来た者ならともかく、そうでない初対面の相手、それも思春期の少女にいきなり「脱げ」なんて言えば、洗脳されかかっていても一瞬で眼が醒めることくらい、まともな想像力があれば、詐欺師でなくてもわかるはず。

 

 そんな事もわからない、もしくは我慢できなかった屑の評価など二流でも過剰なほどだからこそ、クラピカ達はライトが相手は詐欺師であることに気付くことを期待しているのだが、日が経つにつれて「ヒーリングマスター」への依存と妄信が深まっていくことが、ここ最近のクラピカおよびノストラード組全体の頭痛の種だ。

 

 その頭痛に耐えるように眉間を揉みつつ、もう一度紅茶を呷ってからクラピカはうんざりした調子で口にする。

 

「まったく……いくら頼みの綱の予知がなくなったとはいえ、情報を武器にして這い上がって来た者が何故、こんな二流の手口に引っかかるのだろうな。

 私たちを役立たずと罵りたくなる気持ちはわかるが、しかし損得勘定が出来るようになったのなら、あの男より私たちの言っていることが、論理的に筋が通っていることくらいわかってもいいだろう。さすがにあれより信用されていないというのは、虚しくなるな」

 

「しょうがないよ。君達の言ってることもやってることも論理的に正しくても、君たちのボスの求めるもの(ニーズ)には全く合ってないんだから。

 いくらこっちの方が体にいいからって、アイス求めてる相手に薄味熱々のスープ出されたら、向こうはキレるよ。例え、暴飲暴食の自業自得で糖尿病になってたとしてもね。

 むしろそんなバカだからこそ、自分の為を思って厳しく接する人よりも、後先考えずにアイスをあげるって言ってくれる奴を信じるんだよ。自分の欲しいもの以外をシャットアウトしてるような奴じゃなけりゃ、そもそもそんな禁断症状起こして発狂なんてしないでしょ」

 

「あぁ、なるほどな。実にわかりやす……」

 

 自分の割と皮肉ではなく素で疑問、自らわかって騙されに行っているのではないかと本気で疑っていたくらい、クラピカにとって疑問だったライトの心理に対する答えに、クラピカは腕組みしながら納得して頷きかけてから気づく。

 その答えをくれた相手の声は、今ここにいないはずの者であることに。

 

 腕組みをしたままゆっくりと、油の切れたからくり人形のようなぎこちない動きでクラピカは声のした方向に首を向ける。

 その最中、部屋の中にいた連中を全員見渡すことが出来たが、全員驚いた様子などなかったことからして、彼らは皆知っていたのだろう。

 

「や、クラピカ。久しぶり」

「どこから出て来てるんだ、お前は!!」

 

 執務室備え付けのクローゼットの中から、いい笑顔で出てきたソラにひとまずクラピカが言えたのはそれだけだった。

 

 * * *

 

「何してるんだお前は!? いつからいたんだ!?」

「2時間くらい前かな? クラピカを驚かせようと思ったんだけど、あまりに忙しそうだったからタイミングを逃しに逃しまくって、今に至った」

「普通に現れるだけでも十分驚くから、余計なことはするな馬鹿者!! というか、本当に何しに来たんだお前は!!」

 

 クラピカが立ち上がってソラに詰め寄ると、ソラはクローゼットの中に腰掛けたまま真顔で答えて、余計にクラピカを怒らせる。

 が、クラピカの発言はソラの地雷、クラピカの自爆だった。

 

「何しに来たねぇ……。言わなくちゃわかんないのかな?」

 

 言いながらソラは両手を伸ばしてクラピカの頭を掴み、座っている自分の頭と同じ高さに持ってくる。

 無理やり中腰の姿勢にさせられ、さらにクラピカが文句をつけようとするが、その前にソラは両手の親指でクラピカの眼の下を撫でて問うた。

 

「クラピカ。君、ここ最近の睡眠時間はどれくらいなのかな?」

 

 その問いで、ソラが何しに来たかを察したクラピカは一瞬反射で眼を逸らしたが、その泳いだ目を無理やりまた前に持って来て睨み付け、強気に言い返す。

 

「お前には関係ない! 自分の体くらい私が一番わかってる。余計なお世話だ」

「はっ! 君の意見なんかそれこそ私には関係ないね! だって私は君を心配したから自主的に来たんじゃなくて、君の部下たちに頼まれて来たんだから!!

 上司が休んでないと部下も休みにくいんだよ! ブラック企業を生産すんな! 洗濯機に漂白剤と一緒にぶち込んで回してやろうか!!」

「なっ!?」

 

 しかしクラピカの意地をソラは鼻で笑い飛ばし、即座に反撃する。

 ソラが屋敷の中に入り込めたのはセンリツあたりが手引きしたと思っていたが、まさか自分の部下にして仲間たちが呼び寄せていたことに驚きつつ抗議しようと、クラピカがソラの手をはがして振り返れば、クラピカに「誰だ、こいつを呼んだのは!?」と言われる前にセンリツとヴェーゼとスクワラが高々と手を上げていた。

 

「お前らか! 半数以上か!! というか、センリツはともかくヴェーゼとスクワラは一体いつソラの連絡先を知った!?」

「ヨークシンでは結局、助けてもらったお礼が言えなかったからセンリツに頼んで教えてもらったのよ」

「俺は逆に、そっちが改めて礼を言いたいとか言ってセンリツ通して連絡があった」

「センリツ!!」

 

 まさかのノストラード組内で最も信頼している者からの裏切り行為にクラピカは抗議の声を上げるが、もちろんセンリツからしたら裏切りでも何でもないので、穏やかに笑って謝らない。

 ついでにバショウから「俺は連絡取ってねーしそもそも知らねーけど、もうこの嬢ちゃんに呼んだ方がよくねぇかって提案して、リンセンも賛成してたぜ」と言われ、全員が自分の弱点を召喚することに関わっていたことを知って、クラピカは自分のとてつもなく優しいからこそ逃げ場のない四面楚歌ぶりに頭を抱える。

 

「何を嘆いてるんだか。仲間想いのいい職場じゃないか」

 

 ヴェーゼに淹れてもらった紅茶を受け取り、まだクローゼットに腰掛けたまま優雅にそれを飲んで呑気に語るソラを、クラピカは睨み付けて一番言いたかったことを叫ぶ。

 

「確かに彼らは信頼できるが、それ以外は獣の方がマシな鬼畜どもの巣窟であることもお前はわかってないのか!?

 お前は、自分の容姿を本当に自覚しているのか!? 自覚した上で来たのか!? 人体蒐集家の屋敷などに!!」

 

 クラピカの怒声で、「散々心配させたんだから、ちょっとは叱られろ」とでも思って眺めていた他の連中も、さすがに気まずそうな顔をした。

 彼らのしたことは自分の自業自得とはいえ腹立つが、おそらくはソラが直接来てクラピカに「休め」と言って叱って欲しいとまでは言っていないのだろう。

 電話か何かで休むように言って欲しいくらいの気持ちで頼んだら、わざわざ本人がやって来てしまったことに罪悪感を抱え込んだ顔をしていた。

 

 そんな罪悪感を抱え込むほどに、今のノストラード(ファミリー)組長(ボス)が危ういことを、この場にいる全員がよく知っている。

 

 今のライトは、娘があれほど執心していた人体というコレクションを逆に忌避していることすら気づかず、どうして自分は娘の信頼を失ったのかも忘れている狂人だ。

 彼の思考はとにかくネオンの能力を元に戻ることのみに焦点が合わされており、そしてそれが出来るのはあの詐欺師しかいないと思い込んでいる。

 故にライトは詐欺師が語る「浄化」を娘に施してもらう為、娘が「ヒーリングマスター」の言うことを聞くようにと、能力を失う前以上にネオンの機嫌を取ることに執心している。それこそ、ネオンの意志も無視して何でも買い与えるほどに。

 

 そんなライトの前にソラが現れたら、奴は以前ならさすがに娘は欲しがらない限り生きた人間、それも自分の敵対者や組員ではなく関係のない堅気の他人を殺して剥製にして娘のコレクションとして貢ぐことなど無かったし、欲しがったとしてもプロハンター相手なら娘の方を諦めるように説得する程度の損得勘定は出来ただろうが、今の娘の能力が戻すことしか考えていない状況でソラを見つけてしまえば、どんな手段を使ってもソラを剥製にしようと躍起になるだろう。

 

 だからこそ、クラピカからしたらこの執務室に来るまでよく無事だったことに泣きたくなるぐらい安堵して、その安堵ゆえに許せないと思っているのに、怒られている本人はカップを受け皿に戻してしれっと言い返す。

 

「むしろ君が知らなかったの? 私が自分のリスクをわかった上でそれを無視して、君を優先することくらい」

 

 人体蒐集家に狙われるリスクをクラピカに責任転嫁している発言だが、ソラからしたらクラピカの無駄にありすぎる責任感を社畜として発揮するのではなく、ソラに心配を掛けたくないから自分を大事にするという方向で発揮してほしいので、彼女にしては珍しい発言を完全に意図的に言い放たれ、クラピカは見事にその意図通りの責任を感じて言葉を失う。

 

 意図通りだが、クラピカに「結局、自分のわがままがソラにリスクを負わせた」という罪悪感と自己嫌悪を抱え込ませたかった訳でもないので、ソラは話をさっさと変える。

 

「まぁ、君に休んでほしかっただけじゃないけどね、来た理由は。っていうか、クラピカにとっていいのか悪いのかはわかんないけど、来た理由の割合としては君のことは小さい」

 

 人体蒐集家の屋敷に来訪させてしまった罪悪感は覚えたくせに、「自分の為ではない」というソラの発言にクラピカの普段は押し殺している子供の部分が「気に入らない」と胸をざわつかせる。

 が、スクワラが「お前、何しに来たんだよ?」と言い出したことで、そのざわつきが疑問に変化する。

 

 振り返って見渡せば、スクワラだけではなく全員、センリツでさえもソラの発言に不思議そうな顔をしていたので、どうやらソラがやって来た理由は誰かが頼んだものではなく個人的なものだったようで、同じくクラピカも純粋に「こいつ何しに来たんだ?」と思って尋ねてみた。

 

「ここの組長(ボス)、二流俗物な詐欺師に傾倒してるんだって? その詐欺師、私知ってる」

 

 クラピカの問いに隠す気はサラサラなかったようで、ソラは素直に答える。が、その答えはさらにクラピカを含めた全員が困惑するだけだった。

 

「今は『ヒーリングマスター』って名乗ってるんだっけ? そのおっさん、1年半くらい前は確か『茶吉尼天(だきにてん)の使い、大日活殺尊(だいにちかっさつそん)』っていうお前もうちょっとでいいから宗教をちゃんと勉強してから名乗れな名前でインチキ霊媒師やってた」

 

「ヒーリングマスター」でもだいぶアレな名前なのに、その前はさらに何故これに騙された? と本気で被害者に訊きたい名前にげんなりしつつも、「インチキ霊媒師」でソラが何故その詐欺師を知っていたのかをクラピカとセンリツは理解出来た。

 十中八九、死者の念関連の除念で関わったのだろう。

 

 もちろん、ソラの直死のことすら知らない他の連中には訳がわからないので、ソラは簡単にその詐欺師と関わった1年半前の顛末を語る。語り終えた頃には、男勢は不快や怒りで険しく、女性勢は酷く痛ましそうな顔に歪んでいた。

 クラピカも、今すぐにでもあの詐欺師を殴り飛ばしたい衝動を抑えるように強く拳を握りながら、まだクローゼットに座っているソラを見下ろして言った。

 

「……だいたい、お前が何しに来たのかはわかった。あの屑が詐欺師であることを組長(ボス)が理解することは、こちらとしても好都合だから、出来る限り協力しよう。

 だが、お前自身がボスの前に出ることだけは絶対に承諾できん」

 

 ソラはまだ自分が何しに来た理由は話していないが、1年半前の顛末だけで彼女のことをよく知るクラピカだけではなく、まだソラという人物像をほとんど知らないであろうバショウ達でさえも理解出来たので、わかりきった話は省略してクラピカは譲れる限界の妥協点を語る。

 

 誰にも了解を得ていないが、了承を得る必要などない。

 ソラのしようとしていることが自分たちの察している通りならば、そのする方法次第では大きな迷惑を被るかもしれないが、ソラが望む結果はこちらの利になれど害にはならない。

 そして被害を被りたくなければ、こちらから積極的に協力して関わった方がマシとも皆が思うだろうから、了承を取る必要はないと思った。

 

 しかし、最後の絶対に妥協できない点は完全に、ノストラード(ファミリー)の組員としてのものではなく、クラピカ個人のもの。

 これだけは誰にも、それこそ今すぐにここ4カ月で築き上げたもの全て捨ててでも妥協できない、絶対にクラピカが守り抜かねばならぬもの。

 なのに、やはりその「守り抜かねばならぬもの」自身が、クラピカの思いを汲んではくれない。

 

「それは無理だよ、クラピカ。

 あいつをこの家にもう関わらないようにさせるだけなら、確かに君のボスの前に私が現れる必要はないけど、あいつを追い出しても君のボスはきっとすぐにまた別の何かに縋って騙される。そしてそれは、あの屑よりも性質が悪い奴かもしれない。

 私がここに来た理由としては1年半前のけじめの割合が多いけど、私は君の負担を少しで減らしたいから来たのだって本当だから、私だって譲れない」

 

 クラピカの絶対に妥協できない、譲れない点を、ソラ自身も譲れないと言い張り、クラピカはさらに眉根を寄せて睨み付ける。

 互いに思いやっているからこそ、お互いの言動が許せないという一触即発な空気に、ヴェーゼは困惑し、バショウとスクワラはそれぞれ二人を宥めようとするが、センリツは黙って茶を啜る。

 クラピカの方は確かにそうだが、ソラの心音は穏やかなままであることを聞き取っているセンリツからしたら、ここで割って入るのは馬に蹴られに行くようなものでしかない。

 

 その証拠に、ソラはクラピカに睨み付けられながらも穏やかに微笑んだ。

 

「でも、君の心配を無下にするつもりだってないよ。私だって剥製にされるのは嫌だし。

 だから、ちゃんと対策は考えて用意してあるよ。要は私が人体蒐集家垂涎の外見だってことがわかんなければいいってことだろ?」

 

 初めからライトと直接対峙する気はあっても素顔を無防備に晒す気はなかったらしく、クラピカの怒りは肩透かしを食らって、怒りの種類が「なら初めからそう言え!!」という八つ当たりじみたものに変化する。

 しかし、その八つ当たりの怒りすらソラが自分と一緒にクローゼットに入れていた荷物の中から「それ」を引っ張り出して、膝の上に置いて見せつけた時にはさらに怒りの種類が変化する。

 

 相変わらず訳の分からない斜め上に突っ走っている奇跡のバカに対して呆れるクラピカと、ソラが出したものを見て困惑する4人を前にしてソラは、「それ」を掲げてドヤ顔で言った。

 

「ほら、これ被ってたら私の顔も髪も眼も全然わかんないだろ?」

「同時に詐欺師と同レベルのバカにしか見えないがな! お前は本当に何をする気だ!!」

 

 ソラのやろうとしていることはわかっていたつもりだったが、やはりこの女の思考や行動は読めないと痛感しつつ、クラピカは仲間の困惑と疑問を代表してソラの頭をどついておいた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ネオン、お前は病気になって医者に診てもらう時は、女医でなければ聴診もさせられないのか? 違うだろ?

 恥ずかしがることじゃない。この人も医者のようなもの、いや医者以上に素晴らしい方なんだ」

「その通りですよ、お嬢さん。あまりに危ない状態だったので、デリカシーなくいきなり服を下着含めてすべて脱げと言ったことは申し訳ないが、これは医療行為のようなもの。恥ずかしがる必要なんてない」

 

 やや苛立った父親の言葉に続けて、詐欺師はニヤニヤ笑いながら人形のような無表情で俯いて座り込んでいる少女に言った。

 詐欺師は今日こそ、この若く美しい少女を自分の玩具にすることが出来ると確信していた。

 

 うっかり先走った要求をした所為で、ネオン本人や彼女のボディーガード達から反感を買ってしまったが、ライト自身は相変わらず自分に、詐欺師に妄信しているので彼は引く気などなかった。

 例えボディーガードに詐欺だと確信されていても、雇い主が信じて疑わなければ余計な指摘は自分の首を切られる羽目になるだけ。

 特にライトの精神状態と娘の嗜好を考えれば、「首を切られる」は解雇の比喩表現ではなくそのままの意味である可能性の方が高いので、今のところは同情からかネオンを庇ってやってるが自分の身が危なくなれば、我が身かわいさに雇い主の命令のままネオンを自分に差し出して後は見て見ぬふりと高をくくっていた。

 

 何より、ネオン自身に対する洗脳がもうそろそろ完了する。

 もちろん、この少女は父親と違って自分を信用していないことくらいわかっているが、彼女は自分の自信そのものであった占いがどういう訳か出来なくなり、その占いを利用していた父親が激昂して娘を道具としか思っていなかった本音をぶちまけ、暴行された所為で彼女の自己評価はマイナスとなり、空っぽの状態だ。

 

 そんな状態で父親や自分から、「ヒーリングマスターの言うことを聞けば、また占いが出来るようになる。いうことを聞かなければ、お前は生まれてこなければ良かった無価値なまま」という言葉を言い聞かせ続ければ、藁にもすがる思いと自分に対する自信のなさが合わさって、「いうことを聞かなくちゃ」という強迫観念となる。

 

 もちろんこの男は「本物」が存在することすら1年半ほど前は知らなかった、「念能力」なんて単語は未だに聞いたこともない詐欺師なので、ネオンの能力を取り戻せるわけがない。

 ネオンの占いを本当にただの占いだと思っているので、自分の劣情のはけ口にすることがプラシーボ効果となって、また占いが出来るようになればラッキー程度にしか考えていない。

 

 ネオンが自分の要求を拒んでいるうちはライトの不満はネオンに向かうが、ネオンが言うことを聞くようになっても占いが出来ないままなら、その不満は自分に向かって妄信フィルターは取れ、不審が生まれることくらいはこの二流詐欺師でもわかっていた。

 だがその対策は無駄にしっかり考えているので、自称「ヒーリングマスター」は逃げ場を確保しているからこその余裕と自信を持って、ネオンの不安を煽り、虚構の希望をかざして判断力を奪っていく。

 

 この詐欺師が今日はいつもよりも自信満々だったのは、その場に控えるネオンの護衛のうち、一番厄介だと思っている相手が何故か今日はいなかったのも大いにある。

 ネオンの護衛達はいつもいつも、ネオンが父親と詐欺師二人がかりの洗脳に根負けしそうになったタイミングで割って入り、ライトにネオンの意志を無視して「ヒーリングマスター」の要求に応えることのデメリットを語ったり、「ヒーリングマスター」の言葉の矛盾を突くなどして、ネオンが自棄を起こして抵抗を諦めるのを先延ばしにし続けてきた。

 その中でも一番口が回って自分がいつも退かざるを得なくなる、最年少でありながら護衛のリーダー格である少年がいないことで彼は上機嫌だった。

 

 そんな詐欺師の心境を心音で聞き取ったセンリツが、心の中で呟いた。

 

(ご愁傷様)

 

 詐欺師は自分の詐欺行為の邪魔をする護衛の中で一番厄介なクラピカがいないのは、余計な口を出し過ぎてついにライトに処分されたからとでも思っている。

 その勘違いを正すために、センリツは他の仲間たちと目配せして、彼らもOKを出したので隠し持っていたケータイでクラピカのケータイにワン切りで合図する。

 

 その合図から1分足らずで応接室の扉がノックされ、ライトが入室を許可する前にクラピカが澄ました顔で入ってきた。

 クラピカ入室に詐欺師は一瞬心底嫌そうな顔になり、ライトの許可を与える前に入ってきたクラピカに「客人の前で何をしてるんだ!」と怒鳴りつける。

 しかしクラピカはその怒声に畏縮することなどなく、やはり澄まし顔で「申し訳ありません」でさっさと流し、いけしゃあしゃあと用件を述べた。

 

組長(ボス)、そして『ヒーリングマスター』に火急お会いしたいという客人が訪ねられたので、お連れしました」

 

 言われて、ライトと詐欺師は呆気に取られる。

 ライトに対しての客ならライトは「ヒーリングマスター」を最優先する為、「そんなアポなしで来た無礼者が客な訳あるか! さっさと追い出せ!!」とでも怒鳴りつけたが、「ヒーリングマスター」の客でもあると言われたらとっさに怒鳴ることが出来ず、彼は相手に確かめるように眼をやった。

 

 もちろん「ヒーリングマスター」もその「客」に心当たりはないので、素のきょとん顔で首を横に振る。

 その反応で自分だけではなく、自分の希望である「ヒーリングマスター」に対しても無礼を働いたと思ったのか、ライトは顔を赤くさせて立ち上がってクラピカをもう一度怒鳴りつけようとしたが、その言葉の前に響く。

 

「……ねぇ、何か聞こえない?」

「……鐘の音?」

 

 ヴェーゼが横のリンセンに尋ね、リンセンは首を傾げながら何かを聞き取ろうとするように手を耳にやり、センリツはその音の正体を答え、3人の芝居に噴き出さぬようにスクワラとバショウが腹筋に力を入れる。

 やってる本人たちもわざとらしいと思う猿芝居なのだが、最初は小さく、しかしどんどん大きくなっていく鐘楼から響くような鐘の音に、ライトも詐欺師も人形のように黙って俯いて座っていたネオンでさえ戸惑って護衛達の素人演技に気付かず、音の出どころを探るように辺りをきょろきょろ辺りをと見渡す。

 

 そんな3人を冷ややかに眺めつつ、クラピカはわざとらしさを隠しもせずに「あぁ、いらしたようですね」と言い出し、ライトは「どういうことだ! お前は一体誰を……何を連れてきた!?」と喚く。

 最初の怒声と違って怯えを露わにクラピカを問い詰めるが、クラピカは揺るがない。

 

「私が連れてきたのではなく、あなた方が呼び寄せたのですよ」

 

 意味深な言葉を口にしてライトの怒りと怯えをさらに煽った所為で、ライトが拳を固めてクラピカに殴りかかりそうになったが、その前にさらに大きく、この部屋で鐘を打ち鳴らしているように聞こえるほどの大きさになった鐘の音と同時に、声が聞こえた。

 

「何処だ」

 

 高くも低くもない、変声期直前の子供のような声がした。

 そしてその声がした瞬間、がたりと派手な音がして振り返って見ると、「ヒーリングマスター」がソファーから転げ落ちていた。

 

 彼は先ほどまでの自信に満ちてテカテカと気持ち悪いくらいに輝いていた顔が見る影もなく、恐怖一色に染まっていた。

 

「何処だ……!」

 

 そんな彼を甚振るように、もう一度声がする。

 その声に「ひぃっ!!」と情けない悲鳴を上げて、真っ青な顔色のまま脂汗を大量に流して、腰が抜けているのか立ち上がることも出来ぬまま後ずさりをする。

 

 それはどう見ても、自分にとって都合のいいものしか見ないように眼を閉ざしていたライトですら、ただの情けない中年の男にしか見えない。

 つい先ほど前は「ヒーリングマスター」という名にふさわしい神々しさまでを感じていたというのに、今は清潔感すら感じられない、ただのメタボで薄毛のおっさんでしかなかった。

 

 そのただのおっさんでしかない相手の前に、それは現れた。

 

 

 

「――何処だ!」

 

 

 

 ひときわ大きな鐘の音が響いた直後、その鐘の音に負けぬほどの声量が部屋に響き渡り、それは現れる。

 

 まず初めに目に着いたのは、大きな角の付いた髑髏の仮面。

 死神と悪魔のイメージを融合させたような仮面をつけた人物は、胸部にも髑髏をあしらった装飾のある甲冑を身に纏い、携えているのは身の丈近い大剣という、やはり死神と悪魔を融合させたような姿をしていた。

 背丈そのものは低くはないが、別に高くもない。おそらくはクラピカと同じくらいなので、甲冑で正確な所はわからないが、体格で言えばライトの方が勝っている。

 

 にも拘らずライトはその突如現れた相手の前で立っていられなくなり、「ヒーリングマスター」と同じように腰を抜かせてへたり込んでしまう。

 その身から発する圧力とも重力とも違う、目には見えないのに間違いなくそこにある圧倒的な何かの奔流にライトは耐えられなかった。

 

 まぁ、ネタ晴らししてしまうとそれはただ単に“絶”からいきなり“練”で増幅したオーラに当てられただけ。

 いきなり現れたように見えるのも、先ほどまでこの仮面の人物が完璧な“絶”で存在感を極限にまで消していたから、念能力者ではない二人には全く気付けなかっただけだ。

 

 もちろん、“絶”で本当に姿を消すことは出来ないので、わざわざ鐘の音を鳴らしていたのならそれで気付かれる可能性は十分に高かったのだが、存在感が極端に薄い死神にも悪魔にも見える相手がゆっくりやってくるのは、それはそれで恐怖を煽るだろうということで実行され、しかしここまでいきなり“絶”から“練”に切り替えられる能力者はそういないので、共犯者であるネオンの護衛たちもクラピカ以外が一瞬本気で驚いた。

 そして唯一驚いていないクラピカは、あの甲冑の中に仕込んでいる小型のスピーカーから出る鐘の音を、隠し持っているリモコンを使って良いタイミングで止めつつ、呆れきった目でこの茶番を眺めている。

 

 茶番に過ぎない。

 けれど、そんなの初めからだ。

 あの「ヒーリングマスター」という男の言葉も、ライトの「お前の為なんだ」という言葉も、全てが初めから茶番なのだから、それらを茶番だと突き付けて全否定するよりも、新たな茶番で塗り替えてしまえばいいと彼女は言った。

 

 だから彼女は、どこまで本気かさっぱりわからない茶番を続行する。

 

「久しいな、茶吉尼の使い。いや、今は癒し手の長と名乗っているのか?」

 

 言葉使いは現在の格好に合わせて変えつつも、声は変えない。だからこそ、気付く。

 たとえあの特徴的な髪や瞳、老若男女の美点を絶妙なバランスで持ち合わせた美貌が隠されていても、声も特徴的だからこそ気付く。

 今、自分の眼の前にいるドクロの仮面に鎧、大剣を携えている相手は1年半ほど前に自分が「茶吉尼天の使い、大日活殺尊」という名前を名乗っていた頃に出会ってしまった、聞きかじった宗教用語をテキトーにツギハギした詐欺行為を捨てて、命からがら逃げ出すことに何とか成功した「本物」であることに気付く。

 

「そ、そそそそ……」

「黙れ」

 

 自分の名前を口走りそうだったので、大剣を鼻先に突き付けて低く命じる。

 その剣は見た目こそは凝っているが実はプラスチック製なので、そんな至近距離で突きつけたら剣だけではなく甲冑も同じくプラスチック製のコスプレ衣裳でしかないと気付かれるのではないかと、直死を知らない面々はハラハラするが、直死を知っているクラピカとセンリツは焦らずしれっとしていた。

 

 詐欺師の反応からして、この女は以前にも直死を見せつけたのだろう。

 あの眼の反則さを知っていれば、目の前の剣が本物だろうが玩具だろうが関係ない。むしろ、玩具であることの方が非常識さが際立って恐ろしいことをよく知っているからこそ、詐欺師はさらに顔色を悪くさせてその場で土下座し、「すみません! ごめんなさい!! 許してください!!」と無様に許しを乞い始めた。

 もはやこの場に自分が救世主だと信じていた者がいることを忘れて、プライドをかなぐり捨ててただひたすら床に額を打ち付けて謝罪しながら、命乞いを続ける。

 

「な、ななな何なんだお前は!!

 お、お前らも何をしている! 早くその不審者を何とかしろ!!」

 

 相手の“練”が収まったことで、余裕はなくとも念能力者たちがいることを思い出したライトが床にへたり込んだまま喚き散らして命じる。

 しかし、彼らも怯えたように肩を震わせてしゃがみこんでいたり、仮面の人物に「自分は何も見ていない」アピールでもするように壁の方を向いていたりしていて、誰も戦おうとはせず役に立たない。

 まぁ実際は、ビビりまくりなおっさん二人に共犯者たちの腹筋がやられているだけなのだが、念能力者でもそこまで相手をしたくないほどであるとライトは勝手に勘違いして、その顔は絶望に染まってさらに共犯者たちの腹筋を修羅場にさせる。

 

「ライト=ノストラード」

 

 そんなやたらと温度差のある修羅場に、仮面の人物が割って入るように声を掛けた。

 

「貴様はその眼で何を見ている?」

「え?」

 

 自分に命乞いを続ける詐欺師を無視して仮面は振り返り、ライトに何の前置きもせずに尋ね、ライトは歯の根をガチガチと鳴らしながら上げる声は困惑。

 だが自分の背後の、床に額を打ち付けて出血するほどの土下座も無視する相手が、ライトの困惑や畏縮を気にかけてくれるわけがなく、怒りがにじんだ低い声で答えを待たずに言葉を続ける。

 

「娘の幸福か? その娘が誰に怯え、何に絶望し、渇望しているものは何かもわからぬのに?

 己の成功か? 『未来は不定』という当たり前に怯えて一歩も進めぬ者が、何に成功するというのだ? ……愚か者め」

 

 ライトが建前で詐欺師に縋った理由は、たとえ本心であっても意味などなかった盲目であることを容赦なく告げ、そしてライトの本心である望みも、盲目であっても眼を逸らして逃げることが出来ぬほど真っ直ぐに突き付けながら、その大剣を片手で振るう。

 

 振るい、両断する。

 つい先ほどまで詐欺師がふんぞり返っていたソファーを、まるで初めからそのような形で外れる構造だったのではないかと思うほど滑らかに、真っ二つに切り裂いた。

 この光景にライトと詐欺師は声にならぬ悲鳴を上げてさらに仮面の人物から距離を取るように後ずさり、ソファーに座り込んだままだったネオンは目を見開いて呆然。

 そしてその大剣がプラスチック製だと知っている共犯者たちは、知っているからこそ何がどうなっているのかが理解出来ずに騒然。

 

 いい感じにクラピカとセンリツ、そして茶番をやってる本人以外は場の空気に呑まれている。

 おそらく今のライトなら、先ほどの詐欺師と同じように鼻先にこのプラ製の大剣を突き付けても気付けないだろうと踏んだのか、茶番の主役はライトに近づいてくる。

 

「怖いか? 得体のしれぬ我が、何が起こるかわからぬ今が。

 それが、普通だ。当たり前だ。当たり前で普通の事なのだ。

 未来などわからない、決まっていないからこそ、希望は生まれる。その希望を抱き、一歩先に何が有るかわからぬ暗路を進むことこそが『生きる』ということだ。

 危険をあらかじめ全て知ることで排除し、約束された成功のみを手にすることはただの怠惰、堕落、劣化哉。

 だからこそ、あのような一目で知れるペテンに付け込まれるのだ。

 

 ――受け入れよ。貴様は未来を失ったのではなく、ようやく取り戻したということを。それが出来ぬほど、歩む足は腐り落ち、真実を受け入れる眼は落ち窪み、ただ貴様を求める娘の声が聞こえぬほどその耳に汚泥が詰まっているのならば……妄想と狂信を混同し、はき違え、(うつつ)に戻ってこれぬと言うのなら――」

 

 クラピカ達が雇い主ということで遠慮がちにだが何度も伝えていた、説得していたことを荘厳に、辛辣に言い放ちながら、その大剣を掲げた。

 

「貴様はもう既に生きてはおらぬ。ならばせめて、我が貴様の告死の天使となろう。

 ……さぁ、聞くが良い。晩鐘は汝の名を指し示した。――首を出せ!!」

 

 言葉と同時にまた“練”でオーラを一気に放ち、オーラをぶつけられたわけでもないのに能力者でも無防備でいたらキツイほどのオーラが満ちる。

 今度はクラピカでさえも一瞬鳥肌が粟立った。

 それは、仮面の下でもわかる程に感じた「死」の気配に反応したもの。

 間違いなく今の彼女の眼は、天上の美色を顕現させていることを感じ取った。

 

 そしてオーラとその自分の「死」を力づくで引きずり出され、剥ぎ取られるような感覚を至近距離でぶつけられた挙句に、おそらく本物だと思っている掲げられた大剣が一気に自分の脳天めがけて振り落されたのを目の当たりにしたライトは、「ひぎゃっ!!」と何かが壊れたような短い悲鳴を上げて、目玉がグルンと回転して白目を向けてそのままぶっ倒れた。

 

 * * *

 

 プラ製の剣はライトの脳天で寸止めしたが、精神的に追い詰められたライトは白目をむいてぶっ倒れる。

 なんだか異臭もするが、それは最後の情けとあと普通に知りたくもないのでソラは無視して、角のついた仮面をつけたまま「はい、とりあえずこのおっさんは終了!」と先ほどまでの古めかしい男性的な口調から、いつもの軽い口調に戻して言った。

 

 そして振り向きざまに、プラ製の大剣を投げつけてぶつける。

 

「何逃げようとしてんだ、この屑野郎!!」

「おぐっ!!」

 

 ソラに土下座しながら命乞いをしていた詐欺師は、ソラや他の連中の注目がライトに移ったのをいいことに、形だけだった土下座をやめて窓から逃げ出そうとしていたが、そのことに気付いていたからこそソラはライトを気絶させる為だけではなく詐欺師の足止めを兼ねて、いきなりもう一度“練”をした。

 意図通り、ソラから放たれるオーラに怖気づいた詐欺師の足はそれ以上は動けず、金縛り状態になっていた所にソラが投げつけたプラスチックの大剣をぶち当てられる。

 

 剣をぶつけられて倒れ伏した詐欺師の頭を容赦なくソラは踏みつけ、仮面をつけたままでもクラピカとセンリツには眼がだいぶ青いのだろうなとわかる程ブチキレた。

 

「ひっさしぶりだね~、大日活殺尊くん。あ、今はヒーリングマスターだっけ?

 立川流ってのは薬漬けにした女を好きなだけヤれる淫祠邪教だと勘違いして、さらに自分の都合のいいように神道どころか仏教キリスト教その他諸々色々な宗教をちゃんぽんしてから、私に事細かく教義の矛盾点やら解釈違いを教えてられて論破されて、その所為で信者の盲信が反転して教団が瓦解したのを学習して、宗教は語らなくなったのかな~? あははは~、クソ下らねぇ保身だけ学習してんじゃねぇよ腐れ外道が!!」

 

 ソラが直死でソファーをぶった切ったあたりから空気に呑まれてしまっていた面々は、ソラとは違って一瞬で空気を切り替えることは出来る訳もなく、唖然としたままブチキレているソラと、頭を踏みつけられてもがきながら謝罪マシーンとなっている詐欺師、そして失禁して気絶している雇い主を見比べることしか出来なかった。

 

「……クラピカ。何なんだ、あの女は」

 

 一番ソラと関わりが薄く、この茶番に消極的だったリンセンが計画通り成功したことに喜ぶよりも完全に困惑しきってクラピカに尋ねるが、クラピカに真顔で「私が知りたい」と答えられてそれ以上は何も訊けなくなる。

 

 リンセンを黙らせたクラピカは、とりあえずソラは好きにさせておくことにし、ライトもひとまず無視して歩を進め、ソファーの前、父親が気絶しても、その気絶させた本人が急に軽い雰囲気になったのも、誰も何も仮面の人物に対して警戒していないのも理解できていないのか、「信じられない」と言わんばかりに目を丸くさせているネオンの前に立って言う。

 

「……訳がわからないでしょうが、あなた方3人以外の全員が共犯です。

 このままでは無理やりにでもボスがあなたをあの詐欺師に差し出しかねなかったので、詐欺師と因縁があったあの仮面の人物に協力してもらい、現実を見るようにお灸をすえさせてもらいました」

 

 クラピカの言葉にポカンとしたままのネオンは、どこまで自分の言葉を理解しているのかはわからなかったが、クラピカは構わず話を進めた。

 

「あなたがまた占いを出来るようになれば話は簡単に解決したのですがそうはいかず、だけどボス自身が奴を信じて疑わなかったので、最悪の事態が起こる前に詐欺師が自ら無様を晒して信用を失い、そして自分のしていることを間違いだと指摘する怪物を前にしたら、まぁこれはこれで騙されたままですが今よりは良い方向に向かうと思われたので実行してみたのですが……前者は成功してそうですが後者はこれから次第という所ですね」

 

 簡単にこの茶番の真意をクラピカはネオンに説明する。

 ソラが執務室で指摘した通り、ただ詐欺師を追い払いたいだけならソラはライトの前に現れる必要はないのだが、ライトが執着しているのはあくまで「予知能力」の方であり、「ヒーリングマスター」という詐欺師自体はどうでもいい部類だ。

 彼がいなくなっても、もしくは信用を失っても解決などしない。ライトはただ、他に信じたいもの、自分にとって信じていたら都合のいいものに縋って頼って信じるだけ。

 

 だからこそ、ソラが計画したのが簡単に言えばナマハゲ理論。

 散々ライトを脅し、ビビらせて、自分の信じたいものだけを信じて逃げ続ければ、見たくもない現実と向きあうことよりも恐ろしい化け物が現れて自分に襲い掛かるという、もはや子供どころかペットの躾じみたことを計画してやらかしたのだ。

 

 ちなみに、あの死神と悪魔が融合したようなデザインの格好や鐘の音と共に登場という演出、古めかしい男口調などはどこから持って来たのか疑問だったので訊いてみたら、ソラが最近したゲームのキャラクターらしい。

 それをこれまた最近知り合ったメディアというハンターに、「慰謝料として」という訳のわからない理由で衣裳や剣を作ってもらったという、無駄に手の込んだ計画性にクラピカの頭は痛くなったのは言うまでもない。

 

 もちろん、これで計画はすべて終了と言う訳ではない。

 この後はヴェーゼに能力を使ってもらい、失神前後のライトの記憶を曖昧にさせて後は全員で口裏合わせ。

 全員がグルという古典ミステリの女王も使った、強引だが割と理にかなった完全犯罪をこのネオンの護衛たちはやらかそうとしている。

 

 合わせる口裏は、どこからともなく鐘の音が聞こえたと思ったらライトがいきなり倒れ、詐欺師の姿は煙のように消え、彼が座っていたソファーは見るも無残な状態になっていたというもの。これを全員で証言し、クラピカが客を連れてきたことも、ソラがノリノリでビビらせまくったこともなかったことにゴリ押す。

 普通ならむしろ信じられないような嘘だが、一般人だが念能力の存在を知っているライトなら「有り得ない」と一蹴することは出来ないだろう。

 

 しかし「有り得ない」とは思わないからこそ、さらに彼は念能力者にとっても「有り得ない」と言い切れる苦しい言い訳で、詐欺師がいなくなった事や自分の記憶にある仮面に言葉や感じた恐怖を誤魔化して、また自分に都合のいい自分が信じたい何かだけを信じようとするだろうが、その逃げ場を奪うために使うのがソラが演出に使った鐘の音。

 

 ソラの忠告に従わず、未来がわからないという当たり前を受け入れないというのなら、彼以外には聞こえない(と共犯者であるクラピカ達が言い張る)鐘の音が響く……というのを繰り返せば、それこそドクロの仮面の恩情がなくなった瞬間、自分も詐欺師と同じように消えてしまうのではないかという不安を煽り続けて、そしてたまにまたソラの協力を仰いで登場してもらって、ライトを矯正しようという大雑把な割に気の長い計画である。

 

 なんかもうライトをパブロフの犬扱いしているのはさすがにどうかとクラピカも思わなくもないが、それをソラに言ったら間違いなくあの女は「犬扱いして何が悪い? そのおっさん、犬より賢いの?」と言い放つのが目に見えたし、否定できない自分も想像ついたので何も言わなかった。

 

「なので、散々驚かせて怯えさせた挙句の事後承諾となって申し訳ないのですが、どうか今日のこと、そしてこれからのことで私たちと口裏を合わせて頂けませんか?

 ……あまり言いたくはないのですが、あなたの安全を確保するにはこれがおそらく一番穏便な手段です」

 

 クラピカは床に膝をついて、座るネオンを見上げるようにして頼み込む。

 クラピカ達護衛の助けがあったとはいえ、いまだに父親と詐欺師の要求を拒んで抵抗していた彼女だから、断られる事は想定していない。

 父親に暴言だけではなく暴行もされたのだから、クラピカが気を遣って言わなかった「このままでは父親を殺さないといつかネオンの方が殺される」という可能性も、信じたくなくても心のどこかで理解しているはず。

 

 しかし、ネオンが口にしたのはYesという了承ではなかった。

 

「……どうして、あなた達はあたしを助けてくれるの?」

 

 了承ではなかったが、拒絶や拒否でもない、まずは前提である「自分の安全を確保する」「自分を助ける」理由をネオンは、蚊が鳴くような声で問うた。

 彼女の声を聞くのは、ずいぶん久しぶりだと思いながらクラピカは答える。

 

「私たちがあなたの護衛だからですよ」

「でも、雇ってるのはパパだよ?」

 

 クラピカの即答に、ネオンは虚ろな眼でこちらも即座にまた訊き返す。

 

「あなた達を雇っているのは、お金を払ってるのはパパなんだから、あたしのいうことを聞いたり守るより、パパの言うことを聞いた方がいいのに……何で、あなた達はあたしなんかをまだ守ってくれるの?

 あたしは……もう何もできないのに……、占いはできなくなっちゃったのに……、なのに……何で?」

 

 虚ろな眼のまま、涙だけをぽろぽろ零してネオンは問う。

 存在意義を、利用価値を無くした役立たずのくせに金食い虫で、生まれてこなければ良かった自分……、そう父親に責め立てられた少女が、自分を助ける理由を問う。

 

 自分に見出せない、助けて守る理由を問い詰める。

 

 そんな少女を、クラピカは黙ってしばらく見つめていた。

 あのワガママだったが天真爛漫と言えた少女がここまで空っぽになってしまったのは、能力を失った事と父親に自分の全てを否定されたからだけではないことを、クラピカは知っている。

 

 だから、クラピカは答えた。

 彼女にあの4年前の蒼天のように、ただ生きているだけで価値はあるとは言ってやれない。クラピカはネオンに価値を見出せないのが本音。

 それでも、ネオンよりライトに媚を売っていた方が得だったのに、それでもネオンを庇って守って助けた理由を、クラピカは当り前のような顔をして当たり前のように語る。

 

「……そこで詐欺師をタコ殴りにしているバカと同じようなものです」

 

 言って横目でまだ仮面と甲冑のまま、プラ製大剣で詐欺師を殴りまくっているソラを眺めた。

 さすがにそろそろやめさせようと、スクワラとバショウが果敢にもソラに近づくが、仮面をつけたままソラが二人を睨み付け、二人はすごすご引き下る。

 

 殺す気はないが、それは間違いなくクラピカの手前だからだ。

 本音では殺してやりたいほど、そしていくら殺しても殺したりないくらいソラはこの詐欺師を許せない。

 例え、自分が知った時にはすべて終わっていたとしても、こいつ自身は手を汚していなくても、だからこそ卑怯極まりないこの屑も間に合わなかった自分も許せないから、その怒りを八つ当たりでしかないと思いながらもぶつけ続ける。

 

「お前なんか、詐欺罪と起訴できるかどうか怪しい殺人教唆で刑務所にぶち込ませてやるもんか!

 死刑だって許さない!! 電気ショックや絞首刑、毒で簡単に死なせてやらねーよ!!」

「ごめんなさい! 許してください! お願いします!!」

「そう泣き叫んだ子供に、お前は何をした!? その子供の親に何をさせた!?

 禊や修行と言い張って、親の手で病気の子供を暴行させて殺させたお前が! 子供の病気を治すためにお前という藁を掴んでしまった親を騙して、病気が治せないから悪化する前に殺させておいて、許される訳ねぇだろ!!

 お前絶対に何にも反省してなくて、あの子に対しても同じように散々弄んで飽きて、あのバカ親父に疑われたら同じ手で殺させておいて、自分で通報して親父を捕まえさせて、その隙に高跳びする気だっただろうが!!」

 

 泣き声のような、彼女自身が暴行を受けている悲鳴のような痛々しい声で叫びながら、詐欺師が犯した最悪の罪を突き付ける。

 予め聞いていたクラピカ達も気分が悪くなる話に、ネオンは顔を青くして自分の体を自分で庇うように両手で抱きしめた。

 

 視線を再びネオンに戻し、クラピカは語る。

 

「あの仮面の人物はあそこまで怒り狂ってますが、その被害者の子供や被害者にして加害者になってしまった親とも面識など何もありません。

 ひょんなことで別の被害者の存在を知り、今日のあなたのように本格的な被害に遭う前に助けられたのに、その際に知ったもっと昔の犠牲者に対して、相手はもちろん、助けられなかった自分も許せないんですよ。

 ……そんなものです。損得は関係なく、理屈でもなく、ただ自分が嫌だからこそ彼女は怒り、私は守る。それだけです。

 

 あなたに対して、特別な理由はありません。ただ、下劣で最低な犯罪が許せなかったから、あなたを守る。それだけのことです」

 

 自分の答えがネオンの望んだものではない、むしろとてつもなく残酷なことを言っとはわかっている。

 ネオン自身に価値を見出していたからこそ、ネオンという少女を守ってやりたかったから守った訳ではない。

 ただ自分が嫌な思いをしたくなかったから、自己満足に過ぎない行為だとクラピカは告げた。

 

「……そっか。そうだよね。……あたし自身を守る理由なんかないよね」

 

 その答えにネオンは相変わらず虚ろな声で、諦観がこもった納得の声を上げる。

 諦めていた。絶望していた。けれど、それでもネオンは言った。

 

「……ありがとう」

 

 ネオン自身を守る理由も、助ける価値もないと言いながら、父親と同じように「価値を失ったのなら消えろ」とは言わなかった。

 ネオン自身に守る価値を見出せていなくても、彼女が詐欺師に弄ばれるという未来だけはあって欲しくないと望む程度には、自分のことを見てくれていたクラピカに、自分の護衛達にネオンは泣き顔にしか見えない笑みを薄くだが浮かべて、礼を告げる。

 

 彼女は泣きたかったのか、笑いたかったのかは、クラピカにはわからない。

 その礼の言葉に、自分は何を思ったのかすらわからなかった。

 

 だから何も言えなくなったクラピカへ助け舟を出すように掛けられた声に反応して、振り返る。

 

「クラピカー。こいつどうすんの?」

「……一応訊くが、生きているのかそれは?」

 

 殴りまくって気が済んだというより、気絶してしまった相手を痛めつけても意味がないと思っているのだろう。

 ようやく詐欺師をタコ殴りにするのをやめたソラが、「組長(ボス)の前はもちろん、(ネオン)の前でも仮面を外すな」とクラピカに厳命されたのもあって未だドクロの仮面をかぶったまま、ボロ雑巾のようになって倒れ伏す詐欺師を殴りまくってひび割れた大剣で突きながら尋ね、クラピカは割と素で訊いた。

 

「一応、生命活動はしてるんじゃない?」

「そうか。なら、後はこちらに任せろ。死罪がマシに思える労働のあてなら山ほどあるから、お前の希望に沿えるだろう」

 

 クラピカの疑問にソラはかなりいい加減に答えるが、クラピカもさほど気にした様子もなく、詐欺師に対して死刑宣告より惨い予定を口にする。

 当たり前だが、こいつを逃がす気は誰にもない。1年半前にソラと対面してその詐欺行為を摘発されても逃げ出し、懲りずに似たような詐欺行為をしていた奴に掛ける恩情などありはしない。

 

 動機は義憤とはいえ、ずいぶんとマフィアらしいことを言うようになった自分にクラピカは自嘲したくなったが、ソラはクラピカの言葉を喜びもしなければ悲しんだ様子もなく、ただ無言でこちらを見ていた。

 仮面をつけていてもその下のソラの様子を察することが出来る自分の凄さに気付かぬまま、クラピカはソラの反応に首を傾げて「どうした?」と尋ねれば、ソラは唐突に命じた。

 

「クラピカ。“凝”」

 

 言われて、戸惑いつつもこういう時のソラを疑わないクラピカは両目にオーラを集める。

 

 ライトや詐欺師の後始末をしていた他の護衛たちもソラの言葉に困惑したが、クラピカが反論どころか「何故だ?」と問い返すこともなく、指示通り“凝”を実行したので、少しだけ遅れて彼らも同じように両目に“凝”を施す。

 

 そしてソラは、ツカツカと歩を進めて歩み寄る。

 指示を出したクラピカを通り越して、ネオンの前に立って彼女はしれっとシンプルに指摘する。

 

「君、予知能力は失ってないだろ」

 

 ネオンの前に立ち、ネオンを見下ろして、はっきりと言い切った。

 ソラの、仮面の人物の言葉に初めから悪かったネオンの顔色が、青を通り越して紙の色となる。

 全知万能の女神に似た諦観の絶望に染まっていたネオンの瞳が、驚愕と恐怖に塗り替わる。

 

 同時に、クラピカは、ネオンのボディーガード達は見た。

 

 

 

 白いぶよぶよとした体に、小さくてバランスの悪い両腕。

 糸のような細い目に、妙にリアルで気持ちの悪い口。

 そして腕と同じく、バランス悪くおざなりに頭と思える部分についたコウモリの羽。

 

 彼女の肩や頭にいくつもいくつもしがみつく、「悪魔」の姿を見た。





プロット段階ではソラは目だけクラピカからカラコン借りて、ライト=ノストラードと対面してましたが、彼の精神状態からしてクラピカがソラの顔出しを許すわけないなと思った結果、ソラがじいじのコスプレをしてました。どういうことなの?

あと、詐欺師が以前使っていた宗教が立川流を主軸にしたちゃんぽんですが、どこぞの快楽天ビーストは何も関係ないです。
ただ単に、まったく架空の宗教だと説得力もない、けど既存の宗教をモデルにするとややこしいことになりかねないので、「弾圧で正確な教義が失われて、色々と誤解されていることだけがわかってる宗教」としてそこそこ有名な立川流が使い勝手良かっただけです。

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