死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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すみません、かなり重要な伏線のセリフ部分が投稿前に修正したはずが、保存をミスった所為で修正前のままだったのであったので修正しました。
どこをどう修正したかは本当にネタバレになるので、勘弁してください。



118:不運な少女

 自分の腕にしがみつき、ニヤニヤと笑う悪魔をクラピカは一度睨み付けてから、ネオンに手を差し出して言った。

 

「詳しく話を聞かせて頂けますか?」

 

 クラピカの反応、緊張感こそはあるが自分が死ぬと言われても恐怖や焦りが見当たらない様子が予想外だったのか、ネオンはポカンと彼を見上げるだけでその手は取らない。

 呆気に取られているネオンに、優しさは見当たらない事務的な声音と言葉だが、それでもクラピカは手を差し伸べ続けて言った。

 

「……あなたは私に、その『未来』が訪れて欲しくないからこそ、今ここに来て報告してくれたのでしょう?

 あなたの予知は的中率が高いが、決して『絶対』ではない。避けようと思えば避けれるものだからこそ、あなたが何を見たのかを教えて欲しい」

 

 クラピカの言葉を理解し切れていないのか、ネオンの顔はポカンとしたままだった。

 ポカンとしたまま、彼の手を取った。

 

 何を思って自分の手を取ったのかなど、クラピカにはわからない。

 それでもクラピカは、その手を掴んだ。

 

 * * *

 

「あ、あの……ごめんなさい。見たって言っても、本当に一瞬でよくわかんなくて……」

 

 ひとまずネオンをソファーに座らせ、ネオンが見た「クラピカの死」という予知はどのような光景だったのか、彼はどのような状況で死ぬのかを聞き出してみるが、ネオンは卑屈に謝りながら頼りない答えを返す。

“念”の修業もしてない無自覚な能力者、それも今まで使いこなしていた“発”を盗まれた所為で暴走している状態なら、このない方がいっそマシかもしれない程度の情報しかわからないのは仕方がないと理性ではわかっているが、本当に知らない方がマシな情報量に一人を除いて落胆する。

 

「構いません。

 覚えている限り、わかっているだけでいいので、あなたが見た光景を教えてください」

 

 しかし落胆していない例外は、自分の死を告げられた張本人。

 クラピカはやはり事務的な無表情のまま、相変わらず焦りは見当たらない様子で淡々とネオンに尋ね、言葉を促す。

 

 自己評価がマイナスにまで落ちて卑屈この上なくなっているネオンは、優しくない代わりに自分の予知にもネオン自身にも大した期待を懐いていないように見えるクラピカの対応の方が気が楽なのか、びくびくしつつもポツリポツリと話し始める。

 

「えっと……、胸からお腹に掛けて真っ赤になって倒れるクラピカさんが見えて……、たぶん、銃に撃たれた傷とかじゃなくて切り傷……、でもナイフとかじゃなくて……、ご、ごめんなさい。やっぱりこれくらいしかわからないの。場所とかいつ起こるのかも……は、犯人も全然、わ、わかんなくて……」

「大丈夫です、十分ですよ」

 

 しかし思い返せば思い返すほどに、クラピカが死ぬと思われる光景は生々しいのに、それがどのような経緯で起こるのか、誰が彼を殺すのかが全くわからないことに無力感と自己嫌悪を感じるのか、両眼から大粒の涙をボロボロ零して言葉は途切れ、クラピカはひとまずそこで話をやめ、センリツとヴェーゼにフォローを任せる。

 

「とりあえず確定してるのは、凶器が銃火器系ではなく刃物系ってことくらいか?」

「クラピカ。お前、“念”での防御力はどれくらいだっけ?」

「あまり高くないが、さすがにオーラがこもっていない刃物なら“纏”で完封できるくらいはある」

「ということは、たぶん犯人も能力者だろうな」

 

 女性勢にネオンを任せて、クラピカ達男勢はネオンの予言から最低限わかった情報を整理して少しは犯人像やその未来を避ける手段を考えるが、やはり情報が足りな過ぎて対策はほとんど思いつかない。

 何も思いつかないが、それでもまず最初にすべきこととしてリンセンが小声でひっそりとクラピカに尋ねる。

 

「というか、その『悪魔』はどうするつもりだ?」

 

 ネオンを気遣って彼女に聞こえないようにして、リンセンはクラピカの腕にしがみつく「悪魔」を気味悪そうに見て訊いた。

 ソラと話して推測した「悪魔」の能力を既に教えているからこそ、今できること、すべきこととして最優先すべきなのはこの「悪魔」をどうにかして外すことだと判断したのだろう。

 

「……この『悪魔』自体は、他力本願だが外そうと思えば外せるのだが……、これを外したからといって彼女が見た予言が外れるとは限らないのが辛いな。

 下手すれば、『この悪魔を除念しようとする』という行動自体が私の死を誘引している可能性すらある」

 

 しかしクラピカは、リンセンの問いに顔を苦く歪めて答える。

 推測どおりの能力ならリンセンから言われるまでもなく一刻も早く外したいものだが、厄介なのはこの「悪魔」自身が悪い未来を作りだして強制的にその未来へと引きずり込むのではないこと。

 この段階で一番そちらに向かう可能性が高い未来へと、更に可能性を高めるために誘導するのが「悪魔」の役割なので、この「悪魔」が消えても「クラピカの死」という未来が消えるとは限らない。可能性がほんの少しだけ下がる程度だ。

 

 それに加えて、「悪魔」は操作系にしては強制力がかなり弱い所為で逆に自分が選ぶ選択肢が本当に、間違いなくクラピカの意志によるものなのか、それとも「悪魔」に誘導されて選んでしまったものなのかが全く分からないのが問題だ。

 

 ネオンの予知から逃れる可能性をほんのわずかでも下げられるのなら、この「悪魔」を除念すべきなのはわかっている。

 そして、それが出来る人物はすぐそこにいる。

 

 彼女なら確実に、この「悪魔」をクラピカから外せる。

「点」ではなく「線」で切り裂いて殺せば、この「悪魔」の系統柄、ネオン自身や彼女の念能力にまでその死が至る可能性も皆無に等しいので、ネオンに対して悪く思う必要もない。ここでソラに頼らないという選択を取るのは、クラピカの「一人で何とかしたい」という意地でしかない。

 そしてそんな意地は、最悪の事態に導く可能性をこの「悪魔」以上に高めていることも、一番悲しませたくない人を悲しませる可能性が高い選択肢であることを理解している。

 

 だからクラピカは、そんな意地はとうに捨てている。

 意地は捨てているのに、なのにクラピカはソラに頼らない。頼るという選択肢を選ぶことが出来ない。

 

 意地ではなく、その選択がこの「悪魔」によって誘導されたものであるのかどうかがわからないからこそ、選んで行動に移すことが出来ない。

 ソラに「悪魔」の除念を頼むこと、それこそが自分の「死」をただの可能性からもう逃れようがない運命に決定づける選択かもしれないと考えたら、クラピカはもうその選択肢を選べない。

 

 彼にとって「自身の死」という未来で最も恐れているものは、死という結末ではなくソラがそのトリガーになってしまうこと。

 

 だからクラピカは表面こそは事務的な無表情を保ったまま、頭の中であの少ない情報で何とか自分の「死」をもっと具体的に、現実的にすることでその未来を退ける、この「悪魔」を自力で消し去る術を探し求める。

 だが、いくら考えてもやはりネオンが告げた未来は情報が少なすぎて、何もわからない。

 

 わからないが、ふと思った。

 ネオンは一体いつ、どのタイミングで自分の「死」を見たのだ? ということに疑問を懐いた。

 

「……すみません。あなたは一体いつ、その未来を見たのかわかりますか?」

 

 その疑問をクラピカはネオンに直接ぶつけると、センリツの能力(えんそう)で少しは落ち着きを取り戻したネオンが、きょとんと目を丸くして答えた。

 

「え? えっと、ついさっき……、起きて着替えようかなーと思いながら……何となくTVをつけてまだちょっとぼーっとしてたらいきなり……頭の中にいきなり映像が流れ込んで……」

 

 ネオンの答えに、同僚たちはもう一度こっそり落胆する。

 クラピカの問いの意図はネオン同様に彼らにはわからないが、意味のない問いなどクラピカがしないという信頼がその問いの答えに期待させたが、答えは相変わらずほとんど中身がなかった。

 だが、この答えでもやはりクラピカ一人だけ反応が違った。

 

 彼だけが、何かに気付いたように眼を見開いてしばし固まってしまった。

 

 クラピカの反応に、ネオンはもちろん同僚たちも困惑して「おい、クラピカ、どうしたんだ?」と話しかけて肩を揺さぶるが、彼は周りの問いもネオンの戸惑いも無視してやや熱を帯びた口調でさらにネオンに問う。

 

「……その、つけていたTVは……ニュース番組ですか?」

「え? え、えーと……、あ……そうかも。ぼんやり天気予報とかを見てニュースを聞きながら、何を着ようかって服を選んでたタイミングだったような気が……」

「ヴェーゼ! 彼女の部屋のTVが()()()()()()()()()()()()()()を確認してきてくれ!!」

 

 ネオンの相変わらず頼りなげで曖昧な答えを最後まで聞かずに、クラピカはヴェーゼに指示を出した。

 その指示の意味が、指示を出されたヴェーゼもその他の者も最初はわからなかったが、続けられたクラピカの言葉で彼が何に気付いたのかを理解する。

 

「同じニュースを同じタイミングで見ていたのなら、彼女の予知のきっかけは十中八九『ホテルでの猟奇殺人事件』だ!

 彼女の予知能力の原理から考えて、そのタイミングで『私の死』を視たというのなら、私はその殺人事件に関わりを持っている!」

 

 推測でしかないと前置きをしたが、クラピカは同僚たちにネオンの能力がどのような原理なのかを語っていた。

 だからこそ、それでもう能力者本人であるネオン以外は理解出来た。

 

 ネオンの予知能力の基礎がソラの語った「予測型」の未来視なら、彼女の占いは「自分の未来は見ない」「自分が記した詩を見ない」「四行詩という形式」「1カ月先までしか見れないという制限」「わかりにくい曖昧な表現」などという制約によって、対象の顔と名前と年齢、生年月日程度の情報で予知できるように強化されていたのだろうが、本来ならもっともっと情報が必要な能力なのだろう。

 

 本来なら、すれ違う程度でも自分と直接かかわったことがある相手にしか通用しないはずの予知。そして、持っている情報量によってその予知の精度は大きく変わる。

 それがネオンの……「予測型」の未来視。

 

 ネオンは昨日のソラとクラピカのやり取りで、ソラがどこに泊まっているかを知っていた。

 そしてクラピカが、話がしたいと言っていたことも覚えていた。

 

 クラピカが一体いつ、ソラに会いに行ったかなどはもちろん同僚たちには話したがネオンにはわざわざ告げなかった。

 が、彼女の無意識かつ無自覚な観察力と洞察力、そして記憶力による情報処理で正確な時刻を推測し、またクラピカの性格からソラをどこかに呼び出して話をするのではなく、自分が彼女の元に向かうと選択することさえも予測していたのだろう。

 

 クラピカが帰って来た頃にはすでに眠っていただろうが、眠りながらもクラピカが帰って来た車の音などは聞こえていたかもしれない。そのことを、やはり無意識に、無自覚に記憶していたのだろう。

 

 だから、朝なにげなくBGM代わりにつけていたニュース、聞き流していた殺人事件の報道から彼女は連想して結び付け、「予知」として脳内で映像化してようやく知覚する。

 

 報道された殺人事件の現場が、クラピカが昨夜向かったはずのホテルだったから。

 犯行が行われた時間とクラピカが帰って来た時間を無意識に計算して、クラピカがホテルを出た時刻と犯行時刻が一致することに無自覚の内に気付いた。

 

 そこからはもう、どのような情報処理が行われたかの想像はつかない。

 ネオンはもちろん、これはまだ同僚たちにも話していない。話すつもりなどなかった話なのに、ネオンは常人から理解出来ない情報処理を行い、たどり着いたのだろう。

 

『大丈夫です』

 

 長い髪を帽子に押し込み、男物の衣服を身に纏って、何かに追われるように階段を駆け下りてきた少女。

「家に帰る」という発言に嘘はなかったが、どうして未成年者があんな恰好でビジネスホテルにいたのか、どうしてあんな時刻に家に帰ろうとしていたのかという理由は嘘だった。

 

 ニュースの報道を聞いた時は、「被害者は若い女性」としかわからなかった時は不安で「ソラではないこと」だけを祈っていたから気付かなかった。

 冷静に考えれば被害者がソラかもしれないと不安がるよりも先に、気付いて思い至るべき不審がそこにあった。

 

『ありがとう。クラピカさんと白いおねーさん』

 

 あの少女こそが猟奇殺人の犯人である可能性に、ネオンはクラピカよりも先に気付いた。

 クラピカが犯人と接触していることに気付き、だからこそ口封じに狙われる可能性を視たのだろうという推測を確かめるためにヴェーゼをネオンの部屋に向わせる。

 

 そしてクラピカは、他の者にそのホテルでの殺人事件の情報を集めるように指示を出してから、ネオンの向かいに座り語る。

 ネオンの予知能力の原理を。「予測型未来視」というものはどんなものかを、一から説明する。

 

「確定型」の方は、しなかった。

 それはする余裕がなかったからか、……「クラピカの死」という未来に怯えている彼女が、自分でその未来を引き寄せているということを告げるのを躊躇ったのかは、自分のしていることなのにクラピカにはわからなかった。

 

 ソラと話しても、迷いは振りきれてもクラピカにはわからない。

 

 ネオンという少女を「許したい」のか、「許せない」のかはいまだに答えが出せなかった。

 

 * * *

 

「……本当にそうなのかなぁ?」

 

 クラピカから自分の予知の原理と、そしておそらくそんな予知が出た理由である昨夜の少女とのやり取りを簡単に教えた直後、ネオンはいぶかしげに小首を傾げて呟いた。

 しかしすぐに、ネオンはハッとしてからクラピカに「ち、違うの! クラピカさんのいうことを疑ってるんじゃないの!」と弁解しながら卑屈に謝る。

 

 その謝罪と弁解に若干の苛立ちを覚えながらも、「気にしてないので構いません」と制して繰り返される謝罪をやめさせて、問う。

 

「それより、私の話のどこを何故『本当にそうなのか?』と思ったのですか?

 違和感があるのにそれを気の所為だと思ってなかったことにした方が、取り返しのつかなくなる事態に陥る可能性が高いので、気になる部分はどんなに些細でもいいので教えてください」

 

 ネオンが予測型の予知能力者という根幹の前提条件が間違っていない限り、彼女が覚える違和感や疑問は気の所為や勘違いではなく、未来への重要な布石だからこそ、クラピカはネオンが振り払おうとしたものを拾い上げて問う。

 しかしネオン本人は未だに「占い」を失った事と父親の暴言によって傷つき砕かれ失った自尊心を取り戻せていないからか、全く自信なさげにびくびくオドオドしながら、クラピカの機嫌を窺うように言葉を選んで答えた。

 

「……えっと、あたしの予知の原理については別に何も違和感とか疑問はないの。あたしにそんな記憶力とか洞察力があるかなぁ? とは思うけど……。

 あの、本当にそうなのかな? って思ったのは、あたしが視た未来はクラピカさんがそのホテルの殺人事件の犯人に、口封じで殺されるってことなんだけど……。く、クラピカさんの話を聞いたら、それが一番自然だなって思うよ! あたしもその女の子が犯人だと思うけど……あの、いくらあたしが些細な情報から未来を視るとはいえ、朝のニュースでさすがにその犯人っぽい女の子とクラピカさんが直接出会ってるって気づくのは無理じゃないかなって思うの……」

「……ですよね」

 

 ネオンの疑問点に、クラピカも渋い顔をして同意する。

 ネオンの言う通り、昨夜ホテルから帰ってきて一度でもクラピカに会っていれば、そこからクラピカにもネオン本人も気付けないし関連性が見つけられない「何か」をから情報処理を行って、「犯人と思わしき相手とクラピカは直接対面している」という情報にたどり着けるかもしれないが、逆に言えば会ってもないのにそこまで情報が飛躍するのはさすがに不自然だ。

 

 ネオンが得れたであろう情報だと、「クラピカが犯人を目撃した」可能性が高いことは十分導き出せるので、そこから「犯人は自分の姿をクラピカに目撃されたことを知ったから、口封じに彼を狙う」という予測は立つと言えば立つが、可能性の上で立てられた推測など予測というより妄想である。

 

 断片的とはいえ可視化するほどの予知が、そこまで曖昧なものだとは思えない。

 ネオンの中には少なくとも、「犯人がクラピカを殺そうと行動を取る」ことに確実な根拠があるからこそ、そのような予知に至ったのはずだと思いつつも、さすがのクラピカも未来視という異能に至るほどの頭の回転の早さに追いつくことは出来なかった。

 

 そもそもクラピカの推測、自分が殺される動機が「口封じ」というのが間違いであったことに彼もネオンも気付いていなかった。

 その勘違いに気付いたのは、クラピカの指示でホテルの殺人事件について調べていたリンセンだった。

 

「……あー、……クラピカ。たぶんその犯人がお前を殺す動機は、『口封じ』じゃないな。それもあるだろうけど、お嬢様が予知出来た理由はそっちじゃない」

「? どういうことだ?」

 

 リンセンの言葉にクラピカが振り返って尋ねると、リンセンはやけに困ったような、クラピカに同情するような顔をしていたので、余計にクラピカの疑問は深まる。

 そんなクラピカの不思議そうな顔にリンセンはさらに同情を深めたような顔になって、やや躊躇いがちに調べてわかったことを説明する。

 

「……いや、あのホテルの殺人事件はどうも『ブロンド殺し』の仕業らしい」

 

「ブロンド殺し」とは、1か月前から発生してもう既に5人の犠牲者を出している無差別殺人事件のこと。

 但しこの殺人事件は、怨恨等の動機による特定の人物を狙ったものではなく通り魔的な猟奇殺人ではあるが、正確に言えば無差別ではない。その名の通り、被害者が全員金髪(ブロンド)であるという共通点がある。

 ……そして、実は金髪だけが共通点ではない。

 

「……おい、まさか……」

 

 その「金髪以外」の共通点を思い出し、クラピカ本人だけではなくこの場の全員がリンセンの同情理由を察する。

 

 ……「ブロンド殺し」被害者の共通点は、「金髪」と「年齢が10代後半から20代前半」であることと……「女性」であること。

 

「……お前、たぶん犯人に……」

「言うな! わかっているから言うな!!」

 

 リンセンの言葉を両手で頭を抱えながら遮って叫び、クラピカはうなだれた。正直、自分が死ぬという予言以上にその事実はクラピカにとってショックで絶望的だった。

 しかし、そのおそらくされているであろう勘違いがまた、違っていてほしいというクラピカの願いに反して昨夜の少女が犯人である可能性を強固としてゆく。

 

 少女を引き留めた時、文句を言いたげに振り返ったのにクラピカの顔を見て目を丸くしていたのは、犯行直後に次のターゲットの条件が揃っている(と勘違いしてしまった)クラピカが現れたからだろう。

 クラピカの手を振り払って逃げ出さなかった、警戒していたはずのクラピカにすぐさま信用したように友好的に接したのも、おそらくはクラピカを油断させる為。

 

「家に帰る」という発言に嘘はなかったが、もしかしたらソラがいなければあのタクシー乗り場まで送る途中で犯行に及んでいたのかもしれないことに思い至り、自分の運の良さに安堵する余裕はクラピカにはなかった。

 むしろ、嫌な可能性が頭によぎる。

 

 そのよぎった可能性に呼応するように、けたたましく嗤う。

 クラピカの腕にしがみつく、ネオンの肩や背中にいくつも憑く悪魔たちが、嘲笑った。

 

 その嘲笑に念能力者たちはそれぞれ驚くなり、不愉快そうに顔をしかめるなりの反応を取るが、ネオンは無反応。

 ネオンにだけその悪魔たちが見えてないし声も聞こえないから無反応……ではなかった。

 

 クラピカが自分に憑く悪魔を煩わしそうに睨み付けてから向き直ると、対面のネオンはどこにも焦点が合っていない虚ろな眼に、人形という表現も生ぬるい完全な無表情でそのまま時が止まったかのように硬直していた。

 しかしそれは2秒も続かない。

 

 クラピカが戸惑いながら呼びかけるよりも先に、ネオンの瞳に生気が戻る。

 そして、この部屋に駆け込んで座り込んでしまった時と同じ顔色で、自分の頭に流れたものを振り払うように激しく頭を振って狂乱する。

 

「……え? 何で? 何でこのタイミングで? ヤダ、もうヤダ……、ヤダいやだもういや嫌いやいやいやあぁぁぁっっ!!」

 

 泣きながら「いやだ」と叫ぶネオンを、ヴェーゼが「落ち着いて!」と宥め、センリツはフルートを取り出してリラックス効果が高い曲を演奏する。

 そのおかげか泣き叫んでひたすら「いやだ」と叫ぶ狂乱は数分もせずに納まるが、ネオンの涙は止まらない。

 先ほどとは別の意味で虚ろとなった瞳のまま、ネオンはされに訊かれるでもなく口にする。

 

「……また、視えた。……クラピカさんが死ぬのが、また……」

 

 その涙の意味は、クラピカにはわからない。

 自分にとって身近な人間の死を悲しんでいるのか、それとも視ているものなど関係なく、制御できない能力に絶望しているだけなのかがクラピカにはわからない。

 

 わからないまま、ただ聞いた。

 

「……けど、今度はさっきよりはっきり見えた。

 ……クラピカさんを殺すのは、さっきクラピカさんが言ってた女の子だと思う……。その子が……、爪で……クラピカさんの体を引き裂いて……殺すのが視えた……」

 

 ネオンの言葉にスクワラやバショウが「爪ぇっ!?」と驚愕していたが、当のクラピカは無反応。

 クラピカの覚えている限り「ブロンド殺し」の犯行からして、あの少女が念能力者であることは既に予想出来ていたから。

 

「ブロンド殺し」の被害者は、まるで獣に襲われたかのようにズタズタに切り裂かれて引き裂かれている。

 切り裂くだけならまだしも、「引き裂く」なんて芸当は常識で考えたらあの華奢な少女に出来る訳がない。

 しかしそれが出来るほどの「非常識」である“念”を、無自覚か自覚した上でかのどちらにしても得ているのなら、あの歳で1カ月に5人というハイペースの殺人も、警察やクライムハンターなどの捜査の手から逃げ切れているのも説明がつく。

 

 ネオンが語る「犯人」の情報などクラピカにはどうでもいい。もう既にそんなことは、ネオンに予知されるまでもなく辿り着いている。

 

「……そこに、『誰』がいます?」

 

 だから、クラピカは先を促す。

 今すぐにでもネオンの肩を掴んで揺さぶって問い詰めたい衝動を堪えて、訊いた。

 

 静かな声音だが、どれほどの激情がその内にあるかをネオンは無意識に、無自覚に知っていたのだろう。

 だからこそ、彼女は視た。

 

「………………白い髪の……、男にも女にも見える……綺麗な人……」

 

 クラピカは昨夜、犯人と思わしき少女と邂逅した話はしたが、その場にソラがいたことは話していない。

 いなくても何の問題もなく成立する話だったので省略していたが、ネオンはわざわざ話さなくても、彼の話の些細な部分と話す時の様子や彼の性格などといった情報を組み合わせて推測し、クラピカが話さなかった部分まで正確に穴埋めして、無自覚の内に理解していた。

 ソラの姿さえも、クラピカや他の護衛たちの反応や屋敷に落ちていた白い毛髪をやはり無意識のうちに捉え、覚え、そこから正確に彼女の姿を導き出していた。

 

 だから、今このタイミングでもう一度予知の映像が脳裏に流れ込んだ。

 ニュースを視た段階ではまだ、不足していた情報が彼女の中で揃ったから、ネオンの予測はさらに強固になって映像という形になった。

 その形となった未来は――

 

「……白い髪の人……、クラピカさんよりボロボロで……血まみれで……泣いてる。泣いて……クラピカさんの名前を呼んで……謝ってる。

 ……ごめんなさいって、……私の所為だって……泣いて……血まみれでぐったりしてるクラピカさんを抱きかかえて……」

 

 ネオンの予言の中にソラがいたことは、クラピカも既に予測していた。

 おそらく彼女も確実に、自分が泊まっているホテルで起きた殺人事件の犯人があの少女であることには既に気付いている。というより、あの状況であの少女が殺人事件と無関係だと思うのは無理がありすぎる。

 

 そしてあの痛々しくなるほどのお人好しは、あの時点では気付かなくて当たり前だというのに、少女が殺人犯だということに気付けず逃したことを後悔して、彼女を探している可能性は高いどころかほぼ確実だ。

 それに加え、犯人が「ブロンド殺し」だと判明した時点でクラピカ達も気付けたのだから、あの少女の勘違いに気付いていたソラなら、「クラピカがターゲット認定されている」ことにも気付いているはず。

 

 ソラ自身のお人好しぶりとクラピカに対する過保護と献身が、彼女を「ブロンド殺し」のハントに駆り立てる。

 それが先ほど、クラピカの頭によぎった「嫌な可能性」なのだが、ネオンの予言はさらにその先を告げる。

 

 涙を流しながら、彼女はその悲劇を告げる。

 

 

 

「……クラピカさん、飛び出して、庇ってた。

 …………盾になって……庇ったから……死んじゃうんだ」

 

 

 

 より鮮明となった「自分の死」という未来に、クラピカは苦り切った顔で舌を打ちつつケータイを取り出した。

 

「何が……『私の所為』だ! 何でもかんでも自分で背負い込むな大馬鹿者!!」

 

 ネオンの視た未来のソラの言動、クラピカからしたら酷い加害妄想に文句をつけながら電話を掛けるが、数コールで機械的な音声案内に切り替わる。

 電源を切られていると、合成音声は無情にクラピカに告げる。

 

「くそっ!!」

 

 それは、クラピカの想像もネオンの予知も当たっているという証明。

 ソラは既に、おそらくはこちらもわかっていることをほぼ全て自力でたどり着いて理解して、行動に移している。

 あの少女がクラピカに接触する前に、自分で捕えようとしている。

 

 電源を切っているのは、クラピカならニュースでホテルの殺人事件を知ればやはり彼も、ネオンの予言がなくてもあの少女が犯人であること、自分がターゲット認定されているであろうことを自力で気づき、そしてソラがしようとしていることにも気付くという理解と信頼。

 そこまで理解と信頼しているからこそ、止められたくないからこそソラは連絡を絶っていることだって、ソラと同じくらい相手を理解して信頼しているクラピカにはわかっていた。

 

 わかっていたが、遅すぎた。気付くことも、行動に移すことも何もかもがクラピカは遅すぎて、ソラが早すぎた。

 しかしそれは、クラピカが足を止めてしまう理由になどなりはしない。

 

 繋がらないケータイを八つ当たり気味に叩き切って、クラピカは車のキーをひったくるようにして持ち出し、そのまま部屋から出ようとした所で、スクワラ達に羽交い絞めにされて止められた。

 

「待て待て! 何がどうしたのかわかんねーけど、落ち着け! 今言われた予言通りなら、お前があの女に会いに行くのは予言を成就させに良くも同然だろうが!!」

「言われなくともそんなことはわかっている! だが、私が行かなければ死ぬ対象が私から彼女に変わるだけだろうが!!」

 

 スクワラがクラピカの頭に昇った血を下げるために言ったセリフに、意味はなかった。

 言われなくても、クラピカはわかっている。けたたましく笑い続ける悪魔が告げている。

 この行動は、選択はネオンの予言に最短でたどり着くものであることを。

 

 それでも、クラピカはこのまま「ソラとの接触を避ける」という選択を選ぶことなど出来ない。

 

 ネオンの予言は、「クラピカの死」を避ければ「ソラの死」が訪れるという二重の絶望であることを知って、何もしないまま自分だけ生き延びることなど出来る訳がない。

 例えソラ自身が、そうやって生き延びて欲しいと心から望んでいても。

 

 ソラなら自分が庇わなくても、盾にならなくても、あの予知能力もどきと言っていい回避反応を考えたら逃げ切れる可能性が高いことだってわかっている。

 それでも、クラピカは耐えられない。

 

 自分がいなかったから彼女が死ぬかもしれないとわかっていながら、ソラを見捨てることなど出来ない。

 ソラを見捨てて自分が生き残っても、クラピカはその後をどう生きていけばいいのかがわからない。

 生き抜く為に、足掻き抜く為に交わした約束すらも、「早く会いたい」という弱さにしかならず、クラピカはその権利は失っているのに自分で自分の命を捨て去る未来しか見えない。

 

 だから、これも「悪魔」の導きだとわかっていながらも、クラピカはその先に進まなければならない。

 諦めてなどいないからこそ、クラピカはその選択肢を選んで進む。

 ソラの死を見たくなどないから、自分が先に死にたい訳じゃない。

 たとえあの少女の爪が心臓を引き裂いたとしても、それでも足掻き抜いて生き延びる気しかなかった。

 

 この「悪魔」によって未来が確定されているのなら……不定だからこそ無敵の未来が殺せる未来になり下がっているのなら殺してみせる気で、クラピカは向かう。

 

 なのに、その未来を殺す気しかないのに、壊す気しかないのに、信じているからこそ希望を持っているのに、希望を失わないのに――

 

「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 泣きながら、ネオンは謝り続ける。

 その謝罪は、こんな未来を視て教えてしまった事か、この悲劇を避ける術が何もわからないことか、それとも怒られたくないから条件反射で謝っているだけなのか、クラピカにはわからない。

 おそらく、ネオン自身にもわかってないだろう。

 

 ただ、ブチリと頭の奥で何かがキレる音がしたことだけはわかった。

 

 * * *

 

 酷く、その謝罪がクラピカの気に障る。

 

 もはや自分が繰り返し続けている言葉の意味すらわかっているのかどうかも怪しいネオンに、酷く苛ついた。

 それは卑屈すぎるから、見ていて苛々するというものではなかった。その程度なら、むしろ今のクラピカにはそんなものに気を掛けている余裕などないから、気付きもしない。

 

 その苛立ちは、ネオンという少女のことをよく知らなかった当初に懐いていたものに近い、「憎悪」であることに気付きながらも、どうして今この状況で彼女がこんなにも憎いのかはクラピカにはわからなかった。

 そんな事を考える余裕などなかった。

 

 考える余裕はなかった。

 けれど、無視することもだってどうしてもできなかった。

 

「謝るだけか?」

 

 敬語を捨てて、クラピカはネオンに向かって吐き捨てるように言った。

 元から優しくなどなかったが恫喝はもちろん蔑みもしなかったクラピカの、もう上辺の愛想も尽きたと言わんばかりの声音にネオンは怯え、体を震わせ俯きながらまたしても「ごめんなさい」だけを繰り返す。

 

「ちょっと、クラピカ!」

「! 待って、ヴェーゼ!」

 

 クラピカの言葉は、防ぐための有効な情報は何もない、絶望的な未来だけを告げるネオンに対する八つ当たりと思ったヴェーゼがさすがに止めに入ろうとするが、センリツが逆にそれを止める。

 彼女にはクラピカ自身も理解できていない心理を理解していたのかどうかも、クラピカにはわからない。

 ただ、止められなかったのならとクラピカは自分でもわからない感情のままに言葉を続けた。

 

「謝るだけで、未来が変わるのか? あなたの謝罪に、何の意味と価値がある?

 違うだろ。あなたが謝る必要などない。悪い未来が訪れるのは、その人間が歩いてきた今までの積み重ねだ。その人間が善人であっても巡り合わせが悪ければ、どうしても引き寄せてしまうだけのものだ。

 

 それを……運悪く引き当ててしまったものを断ち切ることが出来るのに、どうしてあなたはそれをしない? あなたは、悪い未来から誰かを逃したいから『占い師』になったんだろう!

 占いは生きている人間の為のもの、生きている人を幸福にするためのものという言葉に感銘を受けて、占い師になったのだろう!!

 

 自分の視た『未来』が絶対ではない、避けられるものだと誰よりも何よりも知っているのはあなた自身だろう!

 悲劇を、絶望を、最悪を回避するために、あなたはそれらを記し続けたというのに、どうして今は謝るだけなんだ!!」

 

 同胞は守れなかったのに……という後悔によって板挟みになるとわかっていても、許したい、守りたいと思った理由。

 この少女は父親に利用されているが、決して父親のように目先の利益の為だけにその「占い」という能力を作り出し、利用しているのではない。

 高く尊い矜持を持って、その奇跡に等しい力を得たことを知ったから。

 

 だから、守ってやりたかった。許したいと思った。

 

 なのに、それなのに、今はネオン自身が悲劇を回避しようとしない、自分が視た「未来」に縛られているのが酷く苛立った。

 この苛立ちが何故、「憎悪」にまで行き着く理由は未だにわからない。

 だけど、苛立ちの原因だけは理解出来たから、クラピカはネオンに詰め寄る。

 

「あなたは何がしたいんだ? どこに行きつきたいのだ?

 自分を不幸にしたいのか? 私を、能力をみすみす盗ませた無能な私が憎くて不幸にしたいのなら勝手にしろ。そんな『未来』、私も彼女も殺しつくしてその先に進むだけだ。

 

 違うのなら……どうして諦める? どうして、謝るだけで考えることすら放棄するんだ!?

 まだわかってない訳はないだろう! 無自覚でも無意識でも、あなたは考え続けたからこそあの『占い』だ!

 悪い未来には必ず警告が入る、悲劇の回避を願い、望み、考え続けて記したんだろう!!」

 

 クラピカの主張に、叫びに、責め苦に、割って入る。

 

「だ、だって、今のあたしにはもうその占いはできないじゃん! あたしにはもう、どうやってその『悲劇』を回避したらいいかわかんないだもん!!」

 

 ヒックヒックとしゃくりあげながら、涙を合間に零しながらネオンは言い返す。

 手は何かを、クラピカに向かってぶつけるものを探すように動く。自信なさげに俯いていた顔を上げ、真っ直ぐにクラピカを睨み付け、青ざめていた顔にも怒りで頬に朱が差している。

 

 4か月前、オークションに参加できないとダルツォルネに言われて駄々をこねていた時よりはるかに大人しいが、今までとは違う、能力を失う前のようにネオンは人間らしく、見た目相応の少女らしくクラピカの一方的な言い分に反論する。

 

 その反論を、クラピカは即答で叩き返す。

 

「『予知能力』は失っていないことは、わかってるだろう! そしてその『予知』は、どうしたらより具体的に、精密になるかも、私の説明と今までやり取りで理解しただろう!!

 それでも、あなたは『自分には何も出来ない』と言い張って逃げる気か!?」

 

 投げつけるものを探していた手が、ガラス製の重い灰皿を掴んで振りあげ、それを投げつける前にクラピカからの言葉をぶつけられ、ネオンは投げつけるフォームのままポカンと固まった。

 ネオンを宥めて落ち着かせるべきか、クラピカの口を塞いで黙らせるべきか迷っていた同僚たちも、クラピカの言葉とネオンのヒステリーが急に収まったことで呆気に取られて、こちらも硬直する。

 

 時が止まったかのような部屋の中で、クラピカだけが肩で息をしながら言葉を続ける。

 許したいと思いながらも許せない、彼女の「甘え」を指摘した。

 

「本当に何もできないのならいい。何もしないまま、逃げ続けるのなら勝手にしろ。

 だが、罪悪感なのか諦観なのかそれとも八つ当たりの嫌がらせなのか知らないが、人の未来に干渉するな。私の死など、何も知らさせてなかった方がいっそ行動に迷いがなくなるだけマシだ。泣きながらそんなことを告げられても、嫌がらせとしか思えない」

 

 ネオンがパニックを起こして、涙ながらに訴えた予知を「迷惑」「嫌がらせ」と言い切って一蹴し、ネオンは振り上げていた灰皿を持っていた手を力なく下ろして、またしゃくりあげる。

 しゃくりあげながら、何かを主張しようとするが言葉にならない。

 

 主張しなくても、言葉にしなくてもわかっている。

 そんなものではなかった事くらい、クラピカはわかっている。

 だからこそ、クラピカはネオンの言動が許せず、ここまで怒っていることにネオン自身が気づいていなかった。

 

「――私の死を悲劇だと認識し、それをあれほど錯乱しながら報告しに来てくれるほど……回避させたかったのならば、あなたのすべきことは謝ることではないだろう?」

 

 泣きながら、自分がただ見たくないだけであったとしても、それでも彼女はその「未来」を、「クラピカの死」という未来を回避したいと願ったからこそ、今ここにいることを理解している。

 それは、昨日のソラやクラピカがネオンにしたことと同じ。

 相手の為ではなくとも、確かに相手を守りたい、助けたいと思ったことに変わりはない。

 

 だけど、ネオンは助けたいと思っただけだ。それ以外、何の行動にも移していない。

 行動に移せるほどの力がないのなら、クラピカは何とも思わなかっただろう。

 苛立って許せないのは、ネオンはそうじゃないから。

 無力なんかではないのに、無力だと信じ込んで自分で立ち上がろうとしない所が許せなかった。

 

「……もう、説明はしただろう。あなたの『未来視』は、予測型と呼ばれるもの。

 常人なら見落とす、脳の負担となるだけで意味がないから忘却という情報処理で捨て去るはずの情報を無意識・無自覚に余さず保管し、それらを使って推測して想像して作り上げる精密な予測こそが、あなたの『未来予知』の正体だ。

 だから、制御弁だった『占い』という能力を失ったあなたは、自分と直接かかわった人間の未来しか見えない。そして、その情報が少なければ断片的で曖昧なものにしかならない。

 逆に言えば、情報が出揃えば今までの占い以上に精密で具体的な経緯まで正確に予知できる」

 

 だからクラピカは最後に、ネオンの能力がどのような理屈で行われていたものなのか、彼女の「未来視」の正体をもう一度だけ語り、教える。

 彼女の「甘え」も、「罪」も、その「償い」も、そして決して「罪ではないこと」も全部教えてやった。

 

 あとは、ネオン自身の問題だと言わんばかりに、状況がよくわからず唖然としているスクワラを振り払って部屋から出ようとする。

 羽交い絞めにしていた腕を振り払われて、スクワラが慌ててクラピカをもう一回止めようと腕を伸ばすが、その手がクラピカの肩を掴む前に「待って!」という声が届き、クラピカは足を止めて振り返る。

 

「待って……。お願い……、待って」

 

 ソファーから身をのり出し、ネオンは緊張で乱れた呼吸の合間に、息絶え絶えになりつつもクラピカに懇願する。

 

「あたしも……連れて行って」

 

 クラピカはその言葉に、何も応えない。

「何故?」とも訊かない。「来てどうする?」と突き放しもせずに、だけど無視して去ることもせず、ただじっとその場で待つ。

 

「……あなたの言うことが本当なら……情報が揃えばよりあたしの予知が正確になるのなら……、あたしも連れて行って! あなたや誰かの話を又聞きするより、あたしが自分の眼や耳で見聞きした方が早いし、より正確に未来がわかるかもしれない! より正確な未来がわかれば、あなたや白髪の人が死ぬっていう未来も回避する方法だってわかるかもしれない!

 

 だから……お願い……。連れてって……。もうヤダ……、ヤダよぉ……。人が死ぬのを見るのは嫌……。人が死ぬってわかってて、何もしないのは……謝るだけで何もしないのは嫌……。何も出来ないのは嫌……。何かできるのに、何もしないまま見たくないものを予知と現実で2回も見るのはヤダよ……、ヤダよぉ……」

 

 クラピカの為でもソラの為でもない、ただ自分が嫌なものを見たくないだけに過ぎない、自己中心的な懇願だった。

 自分の自己満足の為にクラピカに助けを求めて乞い縋る、身勝手なもの。

 しかし、クラピカにはそれで十分。

 

「その格好のままでは、風邪をひきますよ。10分以内にご用意を」

 

 それだけ言って、クラピカは先に車庫に足を向ける。

 クラピカ自身やソラの為の行動なんてネオンには期待していないし、してほしいとも思わない。

 謝罪なんていらなかった。そんなものに意味も価値もないから。

 

 クラピカとソラの絶望や悲劇に、ネオン自身は何の関係も責任もないのだから、クラピカは初めから彼女が視た「未来」が原因でネオンに対して思うことなど、何もなかった。

 ネオンは何も悪くないのだから、そのことに罪悪感など懐いて欲しくなかった。

 

 ただクラピカがネオンに求めたのは、悲劇を回避するための協力。

 助けを求めたのは、クラピカの方だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ピンポーンと通算30回目の味気ないチャイムが鳴る。

 キリが良いのと、これだけチャイム連打しても何の応答もなしということは、本当に留守か居留守にしても相当強固な「出ない」という意志で固まっていると判断し、ソラは普通ならあと二つ三つはあったであろう段階を飛び越えて、強行突破という最終手段に出る。

 

 眼に力を入れる必要も、オーラを込める必要もない。普通に見えている中から、ドアノブに一番近い線に指を突っ込んで、そのままなぞってドアノブごとドアを切りぬいて鍵を無効化し、ナチュラルに上がり込む。

 ハンター(ライセンス)の特権と金に物を言わせて得た、防犯カメラ等の映像から割り出した昨夜の少女の自宅らしき民家に、ソラは躊躇なく押し入る。

 

 クラピカが手配してやったタクシーの会社やナンバーはソラも控えていたので、そこから割り出そうと思ったが、相手も明日になってホテルの犠牲者が判明したら自分が怪しまれることをわかっていたらしく、そのタクシーは少女を乗せて発進した約30分後に事故を起こして運転手死亡、車も大破してしまったことがわかった。

 

 その事故はタクシーがもう閉店してシャッターが閉まっていた店舗に勢いよく突っ込んで来たというものだが、運転手の単身事故ではなく追突事故、タクシーは被害者であることは既に判明しているが、タクシーを店舗のシャッターに叩きつけた犯人は判明していない。

 

 ……わかっていないのは「犯人の車」ではなく、「犯人」である。

 

 タクシーをシャッターに叩きつけて運転席ごと運転手をグチャグチャに潰したのは、タクシーと同じ車ではない。

 タクシーのトランク部分には、人が思いっきり蹴りつけたと思わしき跡があった。

「タクシーを蹴り飛ばす」なんて犯行の容疑者に、自分がひっかかる訳がないからこそ、ここまで大胆かつ豪快な口封じを行ったのだろう。

 

 そこまで考えて用心を重ねながらも、あの少女はおそらくまだ15歳前後という幼さからか、詰めが甘かったのがソラ側からしたら幸い。

 タクシーを始末してしまえば後はもう安心と思ったのか、少女は特にそこらの防犯カメラを警戒せずに帰路についたおかげで、プライバシーやら個人情報保護法という良識の壁を容易くぶち抜くハンター証と金銭という特権でソラは動き始めて2時間足らずでここまで辿り着いた。

 

 さすがに少女の自宅が戸建てなら防犯カメラから追って自宅をピンポイントで割り出すことは出来なかったが、マンションだったおかげで後わからないのは部屋だけ。

 それも、やはりハンター証の特権と口先でマンションの管理人を丸め込み、少女の年ごろや容姿を伝えれば簡単に割り出すことが出来た。

 

 割り出し、わかっている。

 少女は兄と二人暮らし、両親は1年ほど前に強盗に殺されて亡くしていることも。

 少女は現在、冬休み中。兄は仕事に出ており、少女の方はマンション出入り口の防犯カメラを見る限り部屋から出ていないことも、わかっている。

 

 だから、ソラはしつこくチャイムを鳴らした。

 脅すつもりはなく、一応それは恩情。子供相手だからこそ見せるソラの甘さ。

 

 だが、自首する気がないのならソラは強硬手段を取る。

 

 子供に甘いのは自覚どころかわざとだが、殺人犯、特に被害者に恨みも非もないのなら話は別。

 そして何より、彼女はソラの逆鱗に触れる手前。

 まだかろうじて触れていないから、触れる前に捕まえてやる優しさのつもりでソラは堂々とした不法侵入した家の中でさらに押し入る。

 

 可愛らしいネームプレートが付いた部屋、少女の部屋のドアノブに手を掛け、それを回しながらスイッと上半身をのけぞらせた。

 

 その不可解なソラの動きの一瞬後に、ドアの上半分が木端となり、少し前までソラの上半身があった位置に散弾となって降り注ぐ。

 ドアを殴って粉砕した少女は、ドアの向こうで勝利を確信した笑みから、ウサギのように目を丸くしてから、信じられないものを視た顔に約3秒ほどで変化する。

 

 その少女の表情の変化を眺めながら、半端なブリッジの体勢のまま空いている片手で少女を指さして言った。

 

「ガンド」

「!? きゃあっ!!」

「うわっ、避けるかそれ!」

 

 不可視の魔弾を撃ち出すが、不可視でも質量がある為、少女が打ち出した木端の散弾がガンドを可視化させて少女は自分の顔面に直撃する前に回避する。

 しかしそれはいくら可視だったとはいえ、気付いた時点で反応していたら本来なら間に合わない。それぐらいの距離とスピードだったのに、この少女はソラのガンドの速度を上回って回避した。

 

 そのことに本気で感嘆の声をソラは上げるが、少女からしたら皮肉にしか聞こえないので、「どっちが!」と叫んで舌を打つ。

 そしてそのまま、腰を落として下半身をばねにしていつでもソラへと跳びかかれるようにしながら問うた。

 

「……あんた、どうやってここを突き止めたのよ?」

 

 本当は疑問を晴らすよりも今すぐに殺したいのだが、ドアの向こうからの奇襲を完全によけられた挙句に、自分が紙一重でないと避けられない奇襲を逆にかましてきた相手が容易く殺せるとはさすがに少女も思えなかった。

 しかし、殺せないとも思っていない。

 

 少女に“念”の知識はない。

 未だに、自分が得た「力」がなんであるかなど正しく理解していない。

 だが、少女は自分の得た力の「性能」は十分理解していた。

 

 だから、目の前の女は今までとは違って殺しにくいくらいにしか思っていない。

 話をするのは、疑問を晴らしてすっきりしたいのと、自分の失敗を反省して次に生かしたいからと、相手を確実に一撃で殺す隙を探っているから。

 

 昼間の自宅ではなく、夜に人目のない場所でソラと対面していたら少女は、自分の性能を確かめるいい機会だと思って暴れ回っただろうが、さすがに自宅を必要以上に壊したくないし、時間がかかって派手な物音が続けばいかに現代らしい人付き合いも人情も薄いマンションでも、その家を案じているのではなく自分の保身の為に近所から通報されて厄介になるから、少女は慎重論を取る。

 

 確実に殺すために、今は耐える。

 相手を殺しさえすれば、相手の口さえ塞いでしまえば、泣いて言い訳を重ねて誤魔化しきる自信はある。実際にそうやってきた。

 祖父をきっかけに、兄についた悪い虫の頸椎を物の弾みでボッキリ折った時も、生かす意味などないと気付いた両親を始末した時も、全部ずっと成功してきたから。

 

 だから、少女は気付けなかった。

 自分が犯した「失敗」に、気付いてなどいなかった。

 

「訊いてもあんまり意味ないよ。君じゃ防ぎようのない手段だから」

 

 少女の問いにソラは事もなげに答え、相手をさらに苛立たせる。

 ソラとしては割と本気の優しさでの答えだったので、少女の苛立ちに気付いてもその理由はわかっていないのか首を傾げ、その反応に少女はもはや怒る気も失せて少し困惑する。

 

「……何しに来たのよ?」

 

 なのでこの質問も、相手の隙を見つけるまで、相手に隙が出来るまでの時間稼ぎの意図はほとんどなく素だった。

 目的なんて、ホテルでの殺人が自分の仕業だと気付いたから自分を捕まえに来たと思っていた、それしかなかったから訊く気などなかったのに、あまりにも呑気な反応をするのでこの女に常識を求めるのは間違いでないかと思ってしまった。正解である。

 

 その考えを証明するように、ソラは今すぐにでも攻撃に移れる体勢を維持し続けている少女と違い、よりにもよって腕を組んで自分で両腕を塞いで言い放つ。

 

「君の勘違いを正しに来た。

 昨日、君にお金渡してタクシーに乗せた子は男の子だよ。君のターゲットには当てはまらない」

「……え? 嘘」

 

 しかし少女も少女で、それを隙だと判断するよりも言われたことが衝撃的だったらしく、ソラに襲い掛かることなく今度こそ完全な素になって、ポカンと呆気に取られた顔で言い返した。

 

「マジだ。さすがに脱がして見た事は下はもちろん上もないけど、喉ぼとけはあるんだなこれが」

 

 少女の素の驚愕にこれまたソラは真顔で返答。10秒ほど、やけに気まずい沈黙が落ちる。

 その10秒の間に、自分の勘違いが恥ずかしいやら、いやでもあれは勘違いするわ、むしろあれが男って嘘だろという逆ギレが少女の頭の中で駆け巡るが、一通り羞恥と逆ギレを終えて出た結論は、決して少女からしたら悪いものではなかった。

 

 だから、少女は酷薄に笑いながら告げる。

 

「……そう。びっくりしたけど、でも、()()()()()()()()()()()

「…………信じてもらえてないのかな?」

 

 少女の返答に、ソラは一度だけ眉を跳ね上げてから訊き返す。

 その問いに対する返答も、少女は嘲笑いながら、相手を憐れみながら言い放つ。

 

「違うわよ。言ってるでしょ? 『どうでもいい』って。

 っていうか、私の姿は見られちゃってるわ、あんたが家まで突き留めてるわで、私はあんたもあの『クラピカ』って人も見逃す理由なんてないのよ。

 残念だったわね。条件に合わない事を教えたら、見逃してもらえる、命乞いを聞いてもらえるとでも思ったんでしょ?

 そういうのは、人間相手だから通用する駆け引きよ。……私には、通用しないわ。

 

 私は――芝刈り機。そういうカタチの獣よ」

 

 相手の思惑はすべて無駄だと、今こうやって会話を交わしているがそれは自分が付き合ってやっているのであって、対等ではない。駆け引きはもちろん、命乞いという交渉だって成立しないと告げる。

 

 自分はもはや人間ではない事を、教えてやった。

 

 そんな少女の言葉に、ソラは目を丸くする。

 丸くして、組んでいた腕が崩れて右手で頭を抱えるようにして……眼を隠して彼女は唐突に笑いだした。

 

「――――ふっ、ははっ! あはははははははははっっ!!」

 

 いきなりの哄笑に少女は虚を突かれたが、すぐさまそれが自分が相手に向けていた以上の嘲笑だと気付き、少女は構えていた腕を振り上げて足に力を籠める。

 バネのように、隙だらけで笑っている女に向かって突っ込み、その不快な哄笑を続ける喉をかき切るつもりだった。

 

 が、少女は足に込めた力を解き放つ方向をとっさに変える。

 前から横手に飛びのく。

 本音では後ろに飛びのきたかっただろうが、自室のドア前のソラから距離を取れるのは真後ろより横だった。

 少女は相手から距離を詰めるより、取ることを選んだ。

 

 そこに理屈はない。ただ完全な、本能による行動。

 背筋に走った悪寒、心臓が早鐘の様に鳴り響かせた警鐘に忠実に、即座に従った結果。

 今まで自分の両手で、「芝刈り機」を自称する10本の鋭利な刃で引き裂き、引き裂く際に嗅いできた匂いがしたから。自分から、自分の全身から引きずり出された気がしたから。

 

「死」の匂いが、気配が、確かにあったから。

 

 その気配に未だ心臓はバクバクと脈打ち、その鼓動を宥めるのに精いっぱいになっている少女に向かってソラは、苦しげに笑いながら告げる。

 

「ははははっ! 芝刈り機か、良いねそのセンス。確かにその爪は芝刈り機並みの極悪な凶器だ。ミンチにしてまき散らすのが芝じゃなくて人肉ってのはちょっと苦しいけど、変に横文字並べるよりよっぽどいい」

 

 笑いながら、まずは少女の名乗り上げた「芝刈り機」を何故か称賛する。爆笑しながらなので皮肉で言っているのかと思い、またしても少女の頭に侮辱された怒りで血が昇るが、しかしすぐさまその血は引き下がる。

 

 目を隠すように覆っていた手の指が広がり、その隙間から相手の目が見えた。

 鮮やかな、目が痛くなるほど澄み切った青空の色がそこにあった。

 その青が、(そら)が、(から)が引きずり出す。

 

「その名は好きだよ。でも、君は『芝刈り機』であっても、そういうカタチの生き物であっても、獣じゃない。

 君は、そういうカタチになりたいと思っている『人間』に過ぎないんだよ。トモリちゃん」

 

 顔から手を離し、笑うのをやめてソラは静かに宣告する。

 少女は……、トモリ=ヤマナシは獣ではないと。どんなに足掻いても、獣だと言い張って取り繕っても、人間でしかないと。

 

 蒼天にして虚空の眼にトモリを映して、憐憫を込めて言った。

 

 

 

 

「君はなんて――――運の悪い子だ」

 





今回のゲストはDDDの月見里 朋里でしたー。

ネオンがメインの章だからゲストキャラは倉密 メルカにしようかと思ったけど、「未来福音」の元「倉密 メルカ」とソラは面識あり、桜セイバーとかジャック程度の「そっくりさん」はともかく、「並行世界の本人」と思える人と絡ませるのはややこしくなるので出す気はなく、じゃあ本家のメルカを出そうと思って初めは書いてたんですが……、本家じゃマトさんに即、撃ち殺されたくらいの出番なんだよなぁ。(しかもアリカの白昼夢の出来事だし)

なので同名の別人にしても酷い有様にしかならなかったので、メルカをリストラして朋里を代打ゲストに添えたのは、ソラのキャラの元ネタの一人である秋星と戦ったことがあったからくらいのつもりだったけど、DDDを読み返してみたら彼女のキャラがこの章で言いたいことにぴったり噛み合った。

彼女のどのあたりが何と噛み合うのかは、今後をお楽しみにしていただけるとありがたいです。

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