死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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ソラのホラーなどない除念編
123:お手軽ゴーストバスター


《なぁ、幽霊とか心霊現象って基本的に全部『死者の念』なのか?》

「新年早々、辛気臭い質問だな。何? レオリオ何かやらかした?」

 

 呆れきった声音でソラは、質問の答えではなく感想と質問を返す。この返答は割と当然の反応だろう。

 ソラの言う通り、本日は1月2日。元旦ではないがまだまだ大概の国ではおめでたい祝日と言っていい日に電話をしてきたかと思えば、新年のあいさつの後すぐにこれは普通に「お前何をやらかした?」と思われて仕方がない。

 

《疑われても仕方ねぇけど、俺じゃねぇよ! っていうか、別に誰もやらかしてねぇよ!! ……たぶん!!》

「最後ので説得力も信頼もマイナスになってんぞ」

 

 レオリオもソラの反応は仕方がないと思っているが、それでも「何があった?」ではなく「何をやらかした?」と完全にレオリオが元凶だと思い込んでいるのはちょっと不服だったらしく抗議の声を上げるが、やはりソラの言う通り最後の付け足した一言で色々と台無しだ。

 ただ、先ほどの返答とは違いソラはクスクスとおかしげに笑っての言葉だったので、ソラの方がその言葉に説得力はない。

 

 最初の「何をやらかした?」からして、これはただのただのじゃれ合いであることも、そうやってふざけていつもの自分のペースにレオリオも引きずり込み、彼の声音に隠しきれず含まれていた不安を紛らわせようとしていたことだってレオリオの方もわかっていたからこそ、彼も電話の向こうで苦笑しつつ「悪かったな」と悪態をついてから話を続ける。

 

《いや、ちょっと里帰りしてきた先輩から、その先輩の友達について相談されたっていう又聞きな所為で、俺も詳しいことはよくわかってねーんだよ》

 

 レオリオの説明で、この新年早々というタイミングとあの付け足した「たぶん」にソラは納得したが、新たな謎も生まれたのでソラはその疑問を率直に尋ねる。

 

「……その先輩、相談というより愚痴吐きくらいの気持ちで君に話したの? それとも、君がハンターになったことを知ってて、ハンターだからこそ相談したの? 後者だとしたら私が言うのもなんだけど、その先輩はハンターを何だと思ってるんだ?」

《気持ちはわかる。俺も同じこと思った。あの人はハンターを万能のヒーローだと思ってる節があるわ》

 

 ソラの問いに対してレオリオは答えを返してないが、同意した時点で前者ではなく後者であると告げている。

 どんな先輩だよ? と思ったが、ソラの頭の中で同じような無茶ぶりの期待をしそうな少年が浮かんだので、一人勝手にゴンと同タイプの先輩なんだろうという結論を出して話の続きを促した。

 

《あの先輩、悪い奴じゃねぇ、むしろド直球で善人なんだけど理性が蒸発してんのか? って感じでいつもハイテンションで、話があっちこっちに飛ぶから俺も未だによくわかってねーんだけど、たぶん要約したら先輩の友達の家がお化け屋敷状態らしいから何とかしたいって話らしい》

「サラッと言ってるけど、それ結構ひどい状況じゃない?」

《それは先輩に言ってくれ》

 

 ソラの素の突っ込みにレオリオは疲れ切った声音で返答した。

 

 * * *

 

 レオリオ曰く「あっちゃこっちゃに飛んで要領得ない話」を頑張って要約すると、彼の先輩の友達の家はここ最近、心霊現象としか思えない出来事が多発しているらしい。

 

 インターホンや部屋のドアがノックされたから開けても誰もいない、家の中には自分以外に誰もいないはずなのにどたばたと走り回る足音や子供の笑い声が聞こえるのは序の口。

 部屋に飾っていた花が数秒ほど目を離した間に何日も水をやらずに放置していたかのように枯れ果てていたり、しがみつけるタイプでもない2階の窓の外に青白い顔の女を見たり、空中から突然現れたとしか思えないタイミングと場所で物が落ちてきたり、家族が2階から自分を呼ぶ声が聞こえたから2階に上がろうと玄関先の階段に向かったタイミングで、買い物から帰ってきたその「2階から自分を呼んだ」家族と鉢合わせたこともあったらしい。

 

「なるほど。確かに完全なお化け屋敷だな。

 その家、最近引っ越してきたの? 違うのならそういう事が起こり始めた直前に、誰か死んだとか何か壊れたって出来事起こってない?」

《いや、先輩の友達が生まれた時から住んでる家だ。その友達が生まれたのを機に新築を購入したらしいから、事故物件じゃねぇよ。

 あとそういう事が起こり始めたのは3ヵ月くらい前かららしいけど……、むしろ心当たりがあるとしたらその半年くらい前だな。今から8カ月くらい前にその友達の両親が、事故で亡くなってるんだよ》

 

 レオリオの要約に同意してからソラが質問すると、心霊関係に素人なレオリオでも同じ疑問を懐いたからかちゃんと情報を得ていた。

 

《けど、やたらと間が空いてるのを抜いても、その事故だって周りも本人も悪くない自然災害による事故らしいから、やっぱり家がお化け屋敷になる原因に両親の事故死が絡んでるとは思えねーらしいな。

 インターホンやノックされて開けても誰もいないだの、足音が聞こえるとかそういう悪戯程度のことなら『両親がいるのかな』ってほのぼのした結論を出してもいいかもしれねーけど、刃物が突然落ちてきたり、階段から突き落とされたりしてるんだ。どう考えても両親じゃねーだろ。

 ……むしろ両親だとしたら、他人事であっても俺は絶対に許さねぇ》

 

 答えつつ、その「両親の死」という出来事は現在の心霊現象と関係ないとレオリオは言う。

 確かにレオリオの言う通り、変に間が空いているのと悪意としか思えない霊障を両親が我が子に対して行うとは思えないというのは説得力があるが、ソラからしたらそれは性善説を盲目的に信望した考えだ。

 

「レオリオの先輩の友達の話」という又聞きにもほどがある話で正確な情報が圧倒的に不足している中、「両親の死は関係ない」という結論を出しはしないが、わざわざソラはそのことを言わず、「そうだね」とレオリオの言葉に同意する。

 レオリオのように「有り得ない」と言い切れないけれど、性善説なんか信じていられないものばかり見て来たけど、彼が最後に呟いた言葉には全面的に同意しているから、彼が「有り得ない」と切り捨てたものを同じように「有り得ない」と言い切りたいのも本当だから、ソラは可能性でしかない話でわざわざ胸糞が悪くなるようなことを言わずに、話を若干変える。

 

「霊障と思えるものは、家の中限定?

 ……霊障が家限定なら、事故物件じゃなくても土地そのものにいわくがついているのかもしれないな。そして霊障が起きないようにするための『何か』、物でも行動でも何でもいいけどそういうのがあったけどそれを知ってた両親が急逝したことで子供はそれを知らず、捨てたり壊したりもしくはしなくちゃいけないルールを破った所為で起こっているんなら、両親が死んで半年後っていう変な間の説明はつくな」

《俺が聞いた話ではたぶん家の中限定らしいから、確かにそれが一番筋が通るな。

 ……で、本題だけどお前はこれ、何とかできるか?》

 

 だいたい話すべきこと、答えることを全て伝えたレオリオが今更な本題に入る。

 その本題にソラは珍しくやや歯切れの悪い答えを返した。

 

「う~ん……。君の又聞きを又聞きだから、この段階じゃ何とも言えないなぁ。

 そもそも、君も知ってる通り私は呪文やお経で幽霊を成仏させてやってる訳じゃなくて、問答無用に殺してるだけだから、その土地や家そのものに原因があるのなら、私に任せたら下手しなくてもその家倒壊させるよ。ぶっちゃけ、その家か土地が原因っぽいなら引っ越してしまうのが一番手っ取り早いんじゃない?」

 

 身も蓋もない解決法を返されて、レオリオは電話口で「確かに引っ越すのが一番現実的だろうけどさぁ……」とやたらと疲れた口調で全面的に同意されてから、それは出来ないと語った。

 

《出来ないというか、それはマジで最後の手段にしてやりたいと俺も先輩も思ってる。

 両親が死んだ時、相続した遺産に現金化出来ない田舎の土地とかがあった所為で相続税が無駄に嵩んで、家を手離して現金化した方が良いって言われても、両親との思い出が詰まった家だからってことで、結構無理して手元に残したらしいし、あとその友達、3人姉妹で一番下がまだ10歳くらいらしいんだよ。

 だから治安が良くて、近所の人間は生まれた時からの顔見知りで何かと助けてくれるっていう環境を手離すのは良いとは思えねぇから、マジで引っ越すのは最終手段にしてくれ》

 

 レオリオの「引っ越しは最終手段にしたい」理由に、ソラは納得する。

 ただでさえ急逝した両親の形見の集大成と言える実家を手離したくない気持ちは……、残念ながらソラの家庭環境ではさっぱりわからないが理屈としては理解出来る。

 

 そもそも家を残して相続税を払うのに苦労したらしいのなら、そう簡単に姉妹3人が安全に暮らせるような、治安が良い地域でセキュリティもしっかりしている所に引っ越せるほどの資金は期待できない。

 それに両親がいない3人姉妹なんて、あらゆる意味で犯罪者からしたら格好の獲物と思える家族構成だ。これで3人とも美人なら、頼れる人が誰もいない環境に引っ越してしまうのは自殺志願に近いと言っても過言ではない。

 

 隣近所の住人は事情を理解して人柄にも恵まれているのなら、そういう人たちがいる土地から離れない方が良いのは明白。

 なので、ソラも「引っ越しが一番手っ取り早い」という意見を引っ込めるが、それよりもソラは一つ気付いてしまった事をジト目で指摘した。

 

「…………何となくレオリオがその『友達』の家を何とかしたいっていう他人事に、妙に精力的な理由がわかった」

《………………何ノコトダカ?》

「まだ何も言ってねぇよ」

 

 レオリオの「引っ越しは最終手段にしたい」理由に納得しつつ、その「先輩の友達」が女性、それも3人姉妹という事でソラは敏感にレオリオの下心を感じ取り、ソラの眼の温度が氷点下にまで下がる。

 この男、間違いなく未成年どころか幼女と言っていい末っ子はともかく、長女・次女あたりとお近づきになりたいとでも思っている。

 電話越しでもその視線を感じ取ったレオリオが恍けるが、その反応がむしろ己の下心を肯定していたので、ソラの眼の温度はさらに下がった。

 

 が、もちろんこの男がそれだけで動く奴ではない。むしろその友達が女性であることは動くきっかけではなく動いた先のちょっとした期待であって、彼は「先輩の友達」が男性であっても全く同じようにソラに連絡を入れていただろう。

 俗物的というか即物的な下心が残念ながらどのような状況でも失えない、割と残念な男であることは3次試験でのやらかしでわかりきっているが、それでもこの男が動くきっかけは、動く動機の根本はいつだって下心ではなく、「助けたい」「救いたい」という思いであることを知っている。

 そうでなければ根がクラピカ以上に潔癖なソラは、とっくの昔にレオリオとの縁を切っている。

 

 だから、ソラは穏やかに瞳の温度を人肌の優しい温度にまで戻して言った。

 

「で? 私はどこに向かえばいいの?」

 

 何も言わない。

 レオリオだってまだ相談しかしていない。何も頼んでいない。

 けれど、ソラからしたらそのやり取りは時間の無駄でしかないから、面倒事はオールスキップして必要なことだけ聞いた。

 

 その「レオリオの先輩の友達」の家はどこかだけを訊く。

 

 ソラの問いにレオリオはしばし間を置いてから、彼は吹き出して苦しげな笑いの合間に答える。

 

《ははっ! 話が早いのは良いけど、早すぎるっつーの! 先輩とその友達におめーを紹介するってことをまず言わせろ》

「言えばいーじゃん。その間に、私は飛行船を手配するから」

《いや、返事を待てよ》

「待てば待つほど時間を無駄にするじゃん。君なら私に話した時点で、相手が『いらない』って言っても私が押し掛けてくることくらい想像ついてただろ? だからその先輩の友達とやらに、『潔く諦めろ。家については善処する』って言っとけ」

《おい! それは全面的に俺が恨みを買う! 善処じゃなくて絶対に壊さないって約束してくれ、頼むから!!》

 

 レオリオの言葉にソラが笑って即答すれば、今度は本気で焦りだすレオリオにソラは更に笑う。

 もうレオリオの懐く不安は、悪意ある霊障によって最悪の事態を迎えるかもしれないというものではなく、ソラのやらかす事だけになっていることに気付いていたから、笑った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 幸いながら、ソラが「いらない」と言われているのに押しかけることなく、レオリオの先輩とその友人は「力になってくれるのならぜひともお願いしたい」と二つ返事でOKをもらい、ソラは二日ほどかけてその「レオリオの先輩の友達」とやらがいる国までやってきた。

 

 しかし、空港で迎えに来てくれるはずのレオリオが、「おう、ソラ! 久しぶり!!」と声を掛けてソラが振り向いた瞬間、彼女は目を見開いて固まる。

 その反応にレオリオは戸惑い、「どうしたんだよ?」と尋ねる彼は気付いていない。

 自分の腕に無邪気にしがみついている人物も、ソラと同じよう顔で固まっていることに。

 

 そしてソラとレオリオにしがみついている人物は全く同じことを、同じ顔で言い放つ。

 

「「え!? 誰この美人!? レオリオの彼女!? 有り得ない!!」」

「お前ら初対面で全く同じこと言ってんじゃねーよ!! っていうか、有り得ないって何だ有り得ないって!」

 

 ソラと相手の叫びに、レオリオはマジギレして腕にしがみついていた相手を振り払って、猫の子のように首根っこを掴んでソラに突き付け、言った。

 

「こいつが俺の先輩だよ! ミドルスクールの時の!! で、こいつが幽霊でもゾンビでも物理的に蹴り飛ばすゴーストバスターだ!! あと、こいつ男!!」

「「えっ!!??」」

「なんでおめーまで驚いてんだよ!? おめーのことだよ、アストルフォ!!」

 

 ソラにレオリオよりもずいぶん年下に見える小柄な先輩を突き付け、互いに何者であるかを説明すると同時に、ソラがしている勘違いを正そうとしたら、レオリオの言い方が悪かったのもあるが普通に「男」である方のアストルフォも驚いてしまったので、レオリオの拳骨が彼のピンク色の頭に振り落とされた。

 

 そのやり取りをソラは結構珍しいことに、まだ呆然と眺めている。ソラだけではなく、周りの人間も「……ウソだろ?」と全力で主張する顔で呆然とアストルフォを見ているものが多数。

 中にはショックのあまりに眩暈でも起こしたのか、フラついている輩までいた。

 

 無理もない。このアストルフォという人物は、女性にしては高い方だが規格外にでかい訳ではないソラよりも背丈が5センチは低く、体つきはソラと同じくらい華奢なのに加え、顔立ちはソラよりはるかに女性的だ。彼と比べたらクラピカの顔立ちもまだ男性的と思えるかもしれない。

 しかしこれだけならば、「あー、これは間違えられるわ」と思う程度で終わるのだが……ソラは思わずそれだけで終わらない最大限の元凶を凝視して、素で訊いた。

 

「……レオリオ、この辺りでは男のミニスカは普通なの?」

 

 この男、キュロットではなく間違いなくスカート、それも膝上20センチほどのかなりギリギリな丈のミニスカを履いている。

 そしてガーターベルトでオーバーニーのストッキングを吊るしているので、それはそれは実に魅力的な絶対領域だった。ソラのガン見も、周りの男たちが崩れ落ちるようにショックを受けるのも無理はない。

 

「んな訳ねぇよ!! この変態の趣味だ趣味!!」

「変態でも僕の趣味でもないよ! これは友情の不本意な証なんだからね!!」

「不本意ならいい加減やめやがれ! こっちはその絶対領域に目が行くたびに自己嫌悪で死にたくなるんだよ!!」

 

 ソラの素の疑問にレオリオはキレながら言い返すと、アストルフォが殴られた頭を押さえて涙目になりつつも反論する。可愛い。

 しかしその反論にぶちまけなくてもいい男の性をぶちまけながらさらにレオリオはキレ、ソラはレオリオに同情の視線を送りつつも「どんな友達だよ」と突っ込んだ。

 

「あ、違うよ! 家がお化け屋敷状態の子とは違う友達、僕の幼馴染に対しての友情の証だから!

 ちょっと僕の幼馴染、振られたショックで全裸になって酒飲んで酔っ払って暴れまわったりしたから、落ち着かせようと思って女の子の格好をしてあげてるだけだから!! 僕は仮に変態だとしても新聞に載るタイプの変態であって、手錠を掛けられるタイプの変態じゃないから!!」

 

 ソラの呟きが聞こえていたようで、まだレオリオに首根っこを掴まれているアストルフォがジタバタ暴れて弁解するが、名誉が挽回出来ているのは本日会う予定の友達だけであり、何故かアストルフォ自身も自分が変態であることを認めてしまった。

 というか、酒飲んで酔っ払ったから全裸になって暴れるのではなく、全裸になってから酔っぱらって暴れたのか。方向性は違うが、どこぞのサイコピエロとタメ張りそうな変態である。確かにそんな変態と一緒にされるくらいならいっそ変態であることは認めてもいいが、「そこまでではない」ことは強調しておきたい気持ちもわかる。

 

 ……と、遠い眼でソラは無理やりこのカオスな状況と相手の主張に自分を納得させる。

 

 ソラが結構努力してこのカオスを受け入れようとしている中、ソラもドン引きのカオスを生み出した元凶は「堂々と開き直んな!!」というレオリオのブチキレから舌を出して無理やり自分の首根っこを掴む手を外してから、ソラに向き直って満面の笑みで子供のように抱き着いてきた。

 

「ふんだ! レオリオのスケベ! それよりもごめんね、レオリオの彼女と間違えて!

 僕はアストルフォ! よろしく! ソラちゃんって呼んでいい? 僕のことはアストルフォでいいから!!」

「お……おぉう? あー、うん……好きに呼んで……」

 

 やってることと性別を考えたら全力でセクハラなのだが、見た目とあまりに人畜無害かつ天真爛漫オーラ全開な笑顔に、同じく初対面でも距離を遠慮なく詰めるタイプのソラでも圧倒され、珍しくソラはやや狼狽えながら返答する。

 どうもレオリオとの話で思った「ゴンと同タイプ」という予測は根本的な部分では外れていないが、意外と空気を読んで大人な所があるゴンと違い、ソラがわざとやっているエアブレイクをこちらは素で、なおかつ四六時中全力でやらかすタイプのようだ。そりゃ、理性が蒸発していると言われるわけだ。

 

 しかし、嫌な気はしない。

 それは見た目が自分よりも女性的なのでセクハラされている気がしないというのもあるが、実際に下心らしきものが彼には一切見当たらないのが一目で知れるほどの無邪気さであるのと、そして何より、一旦はなれたかと思ったらソラの両手を握りしめて彼が言った言葉が全てを表している。

 

「本当に、来てくれてありがとう。

 あいつ、妹たちのことばっかり心配して自分が怪我しても『大丈夫』しか言わないから、『いらない』って言っても押しかけるって言ってくれて本当に嬉しかったんだ。

 けど、無茶しないでね。僕に手伝えることがあるんなら何だって言って! こんな僕でも男なんだから、危ないことは僕かレオリオに任せなくちゃダメだよ」

 

 彼はあくまで、レオリオに相談した人間。お化け屋敷状態で困っているのは彼の友人だというのに、まるで自分のことのようにソラが来てくれたことを喜び、そしてソラは何も頼んでないのにナチュラルにレオリオまで巻き込んで手伝う気満々で、ソラに無理しないように注意までしてきた。

 しかもそれを全部一気に、どこまでも自然体に微笑んで言うものだから、ソラは彼がレオリオの腕にじゃれついてしがみついているのを見た時と同じくらい目をまん丸くして呆気に取られる。

 

 そんなソラの反応の意味が理解出来ないのか、アストルフォは子リスのように愛らしく小首を傾げたタイミングでソラはおかしげに笑い出し、アストルフォの傾げる首の角度がさらに深くなる。

 

 レオリオの方は、頭をボリボリ乱暴に掻いてばつが悪そうに目を逸らす。

 彼は、ソラが何故笑っているのかを理解していた。ソラが次に何を言い出すかも予測していたので、素直じゃない彼はただ他人事のように素知らぬ顔をする。

 

「ははっ! 類は友を呼ぶって奴かな。レオリオ、君の先輩は君の先輩らしくてすっげー良い奴だな!!」

「……うっせーよ」

 

 ソラの予想通りの言葉に、レオリオはそっけなく悪態で返す。

 そんなの、自分のこと以外は昔から知っているから今更だった。

 

 * * *

 

「ごめんね、友達はまだ仕事中なんだ。

 もう! 怪我してんだし、周りの人もたまには休めって言ってくれてるのに、なんであいつはあんなにも強情なんだよ!!」

 

 アストルフォの方から紹介するはずだった肝心の「友達」はまだ仕事を終えていないらしく、待ち合わせ場所に指定された喫茶店でアストルフォは説明しつつ一人憤慨する。

 どうやらアストルフォの友達は長女のようで、両親が亡くなったからといって妹たちが進学などやりたいことを我慢せずに済むようにと言いながら、何かと自分を犠牲にしがちな所にアストルフォは怒り心頭らしく、周りに迷惑なくらいテーブルをバンバン叩いて友達の自己犠牲ぶりをプンプンと語り続ける。

 

 本人的には愚痴を吐き出しているつもりなのかもしれないが、「あいつは聖女なの!? 天使なの!? 優しすぎてそのうち本当に天使になっちゃいそうで怖いよ!!」というセリフは、どう考えても愚痴ではなく惚気の一種である。

 ここまで心がほっこりする愚痴吐きはあるだろうか?

 

「怪我って、どういう経緯でどれくらいの怪我? ってうか、怪我してるのはその人だけ?」

 

 実に和むのでソラとしてはずっとこのままでも良かったが、さすがにテーブルをバンバン叩き続けるのは迷惑なので、自分を顧みないその友達に対してプンスコ怒り続けるアストルフォにソラは注文したカフェオレを一口飲んでから、質問で軌道修正を図った。

 単純明快で切替がはっきりしているアストルフォはそれであっさり怒るのをやめ、彼は痛ましげな顔でソラの問いに答える。

 

「うん。怪我は左手首の捻挫程度で済んでるんだけど、2階に誰もいなかったのに、っていうか階段の下に妹が二人ともいる状態で突き落されたんだよ。

 明らかに足が滑って落ちた感じじゃなくて、こうドンッ! って突き飛ばされたような体勢で頭から落ちたし、突き飛ばすような音も皆聞いてるから間違いなくただのドジじゃないよ。

 

 ……あいつは突き飛ばされたのも、怪我したのも妹たちじゃなくて自分一人だけで良かったって言ってるけど、そんな訳ないじゃん。……大好きな姉が怪我して、それを『良かった』なんて言う妹じゃないことをあいつは一番知ってるくせにわかってない」

 

 友達の自分を蔑ろにして妹たちを最優先する姿勢にアストルフォは不満そうに唇を尖らせ、ホットココアを舐めるようにちびちび飲む。どこまでも下手な女よりはるかに女子力の高い男である。

 

「なるほど。……悪意満載な感じの霊障って他になんかあるの?」

「うーんと……あいつ、妹が被害に遭わないと自分のはカウントしないからあまり参考にならないなぁ。

 妹の方は……あれはあれで参考にならないんだよね」

「何で?」

 

 更に詳しく被害やその時の状況をソラは尋ねるが、アストルフォは腕を組んで宙を眺めながら、頼りない答えを返す。

 前半の友達に関しては、そういう人であることをもう散々聞かされていたからいいとして、後半の妹二人の話も参考にならないというのは普通に理解出来ず、レオリオも「妹の方とは親しくないのか?」と訊き返し、二人の問いにアストルフォは答えようとしたがその答えが言葉になる前に、鈴が鳴るような声が喫茶店に響く。

 

「トナカイさん!」

 

 喫茶店の大半の客が「は?」と言わんばかりの顔をする。ソラとレオリオに至っては、普通に声に出た。

 もちろん、喫茶店内にトナカイはいない。よく金持ちの家のイメージ内であるような首だけの剥製も、置物やトナカイ柄の何かもない為、喫茶店に響いた子供の声は実に意味不明で客たちの反応はごく当然のもの。

 

 しかし、アストルフォだけが違う反応をしていた。

 

「あれ? リリィ? 何でここに?」

「やっぱり! トナカイさんだー!」

 

 怪訝そうな顔ではなく驚いたように軽く目を見開いてから、振り向きながら誰かの名を呼んだ。

 すると真っ白いコートを着た少女が駆け寄ってきて、座っているアストルフォを何故かトナカイ呼ばわりしながら腰に抱き着いた。

 そしてそのまま、レオリオとソラを置いてけぼりにして「久しぶりー」「あはは、クリスマスに会ったばっかりですよー」と笑い合いながら実に微笑ましい会話を交わす。

 

「リリィ、人前で大声出さない。はしたないわよ」

 

 その微笑ましさを一瞬で塗り替える、ぴしゃりという音がしそうな叱責の声が上がる。

 他人事ながら畏縮して背筋が伸びる声音だったが、叱責された本人は慣れているのかアストルフォに抱き着いたまま振り返って、黒一色で統一した高校生くらいの少女を見上げ少し気まずげに笑って謝った。

 

「はーい。ごめんなさい、オルタ姉さん」

「あ、オルタ。久しぶりー。どうしたの?」

「……妹を迎えに行って一緒に帰る所だっただけよ。外からあなたが見えたから、リリィが挨拶するってきかなかったのよ」

 

 そのやり取りと呼称で二人が姉妹であることは確定したが、そんなやり取りがなくても見ただけでわかる。

 この二人、変な言い方だが歳の離れた双子のようによく似ていた。

 表情こそは妹の方が天真爛漫なら姉の方はやけに不機嫌そうだが、外見そのものの違いは歳と服装以外ないと言って良いほどだ。

 

 そんな実に眼福な姉妹を、ソラとレオリオはついつい不躾な程に凝視してからアストルフォに視線を移し、目で尋ねる。

「もしかしてこの二人が、友達の妹か?」と。

 この流れで姉妹二人と来れば、そこに結び付けない訳はない。

 

「そうなんだ。けどちょうどいいや、紹介するね。

 この二人がさっき話してた僕の友達の妹の――――」

「あら、この二人があなたとうちの馬鹿な姉が言っていた『詐欺師』?」

「はぁ!?」

 

 二人の視線による疑問に気づいたのか、ただ単に本当にちょうど良かっただけなのか、アストルフォが姉妹を紹介しようとする声に被せて、姉であるオルタの方が二人を見下ろしながら鼻で笑って言い捨てた。

 その言葉に、ソラの方はきょとんとした顔で無反応だが、美人が登場して軽く鼻の下を伸ばしていたレオリオの方がこめかみに青筋を浮かべて腰を浮かせる。

 

「!? 何言ってんだよ、オルタ! 二人に謝れ!!」

「! 姉さん! 何でそんな酷いこと言うんですか!?」

 

 幸いながら沸点の低いレオリオがブチキレる前に、アストルフォと妹であるリリィにも叱られ、アストルフォの言葉はツンとした顔で無視したが、妹の言葉はさすがに無視できず、オルタは気まずげに眉間にしわを寄せる。

 しかし謝罪や訂正する気はサラサラなく、オルタはもう一度フンと鼻を鳴らして突き放すように言った。

 

「謝る? どうして? 何を? 私は悪くないわよ。アストルフォ。はっきり言ってあなたのしていることは全部迷惑なのよ。

 あのお人好しが過ぎる姉を心配してくれるのは良いけど、あなたも姉と同じくらい人を疑うことを知らないから、こんなあからさまに怪しい二人組に引っかかるのよ。

 ……という訳で、御足労させて申し訳ないけれど帰って下さらない? このピンク頭とうちの馬鹿姉はネギどころか鍋と調味料とガスコンロも背負ってきたカモでしょうけど、私は違うのよ。警察に通報はこっちも面倒だから、見逃している間に他のカモを探した方が良くなくて?」

 

 アストルフォの言葉に反論し、クラピカが可愛く思えるほどの慇懃無礼な物言いをしてくるオルタに思わずレオリオの拳に力が入るが、ソラが黙ってレオリオの袖を引いて着席を促す。

 それを「何で止める!?」と言いたげにレオリオは睨み返したが、ソラの様子に気付くと彼の沸騰しかけていた頭から血が下がり、むしろオルタに対して同情するような視線を向けて大人しく座った。

 

 レオリオの視線に気付いてオルタはいぶかしげな顔をするが、彼女はどうやらレオリオが老け顔であるのと自分の言葉にいちいち反応して怒っていたのもあって、彼の方を詐欺師だと思い込み後輩だと勘違いしているソラの方は眼中になかった為、気付いてなかった。

 

 オルタをソラはずっと、じっと見続けていることに。

 そしてその眼は当初よりも明度が上がっていることに気付かぬまま、オルタの言葉にヒートアップしたアストルフォと妹を相手に口論する。

 

「姉さんの方は人を疑い過ぎです! 論理的じゃありません!」

「そうだよ! 何で端から詐欺師だって決めつけるんだよ! ソラちゃん、飛行船でわざわざ来てくれたのにお金なんかいらないって言うから、せめて交通費だけでも払うって説得したくらいなのに!!」

「はっ! 最初にそうやって甘い顔見せて信用させてから、大金をかすめ取るのが詐欺師の常套手段でしょ!

 ……それからリリィ、あなたにはあんまり知って欲しくなかったけど、世の中なんていくら疑っても疑い足りないのよ。……父さんと母さんが死んで、私はそのことを信じていた親戚によって学んだわ」

 

 オルタの言葉から、彼女は彼女なりに家族を心配しているからこそあの発言だという事を理解して、レオリオの中に怒りはほぼ完全に霧消する。

 どうも彼女は思春期による反抗期に加え、両親の急逝、それによる財産関係で親戚とトラブルに遭って人間不信気味なのだろう。そうとわかれば、オルタの言動は割と可愛らしいものだ。

 

 なので、レオリオはひとまず「周りの客に迷惑だから、席に着いて声のトーンを落とすか、店から出ようぜ」と提案して宥めたが、オルタは「詐欺師と話すことなどありません!!」と一蹴するので、大人げないと自覚しつつもまたこめかみに青筋が浮かぶ。

 だが、レオリオの言葉が正論であることは理解したのか、オルタは悔しげに唇を噛み、妹の腕を引っ張って「リリィ! 行くわよ!!」と言って店から無理やり連れだそうとする。

 

 しかしリリィは姉の横暴な言動に反発して、オルタに捕まれていない方の手でアストルフォの腕を掴んで「姉さんとは一緒に帰らない!」と駄々をこね、アストルフォもリリィを抱きしめて「乱暴なことするな!」と怒るカオス。

 他の客や店員からも、もはや迷惑よりもどうしたらいいかわからないという困惑が店内を埋め尽くし、さすがにソラも口を出そうとしたタイミングで、また登場人物が増えて事態はさらに混迷していく。

 

「? オルタにリリィ? どうしてここに?」

 

 店に入って来てすぐに姉妹の名を呼び、小首を上品に傾げる女性を見てソラとレオリオは「マジか……」と言わんばかりの顔をする。

 二人を呼んだ藍色のコートを着て左手首に包帯を巻いた女性はまず間違いなく彼女らの姉で、アストルフォの友達だと確信できた。

 

 彼女もまた、妹二人とそっくりだからだ。しかもオルタとリリィは結構年が離れているが、オルタと長女はさほど離れていないので、並べば完全に一卵性の双子にしか見えない。

 なので思わずソラが「……この姉妹はクローン製か?」と呟き、レオリオも美人が増えて嬉しいという気持ちよりも、この遺伝子の悪戯を割と本心から感心していた。

 

「ジャンヌ!」

「ジャンヌ姉さん!」

 

 自分の名を呼ぶ声に反応して、オルタは舌打ちして目を逸らし、アストルフォとリリィはその声の主の名を呼ぶが、二人のニュアンスは長女が来てくれたことを喜ぶニュアンスはほとんどない。

 むしろオルタの反応と近い「何で今、来ちゃうかな?」と言いたげなニュアンスだった。

 

「オルタ、どうしてあなたがリリィとここにいるんですか? 今日は連絡するまでリリィと外で時間を潰しておいてってお願いしたでしょう?」

 

 ソラとレオリオも気付いたそのニュアンスに、本人は気付いた様子もなく妹の元に駆け寄り、眉を八の字にさせて尋ねる。

 そこに相手を責めている、叱っているニュアンスはないのだが、ただひたすらに心配そうに、心の底から「この子が約束を破る訳がない。きっとどうしようもない事情があったんだ」と信じている眼で妹を、オルタを見ている。

 

 この完全なる聖女オーラを目の当たりにして、アストルフォとリリィのニュアンスを疑問に思っていた二人も納得した。

 確かにこの手の相手の善意や良心を信じて疑わないタイプは、まともに良心がある者ほど何の根拠もないのに全面的に寄せられる信頼が罪悪感となり、こちらを案じる言葉で口汚く怒鳴られている方がマシと思えるプレッシャーを無自覚で与えてくる為、今ここに来ても面倒になるだけだ。

 

 現に、オルタは姉が放つオーラがこの上なく気に入らないと言いたげに舌を打ってキレた。

 

「あなたってほんっっっっとうに馬鹿よね!!

 いつもいつも、『主は見守っております』『乗り越えられない試練など、主は与えません』って綺麗事ほざいて騙されてバカを見てるくせに、私たちにも被害が及ぶなんて口車に乗せられて、私抜きで詐欺師に会おうだなんて……」

「さ、詐欺師? オルタは何を言ってるんですか?

 確かにソラという人とは今初めて会いますが、アストルフォが信頼するプロハンターさんからの紹介ですよ! 何故、そんな失礼なことを言うんですか!?」

「私の方が、何でそんなに簡単に信じられるのかを訊きたいわよ!!

 このお気楽理性蒸発ピンク髪の後輩がプロハンター? あなた、ハンター試験の倍率も知らないの? ライセンスを見せられても私たちは本物のハンター証なんか知らないんだから、信用できる訳ないじゃない!!」

 

 オルタは姉の危機感の無さ、性善説の妄信ぶりによる苛立ちをぶちまける。

 そのヒステリックな妹の怒声に対し、心配と困惑が入り混じった顔をしていたジャンヌだが、オルタがソラとレオリオを詐欺師呼ばわりする理由を叫んだ時、妹とよく似た顔が凛然とした厳しいものになり、その表情にふさわしい凛とした声音で厳しく言った。

 

「オルタ。あなたは自分がどれほど傲慢なことを言っているのか理解しているのですか?

 ハンター試験の倍率がいくら高くても、私たちが本物のハンター証を知らなくても、それは疑う要因にはなっても、彼らが詐欺師だと決定付ける証拠にはなりません。疑うのならば、疑うあなた自身が『信用できない』確固たる証拠を持ってきなさい。

 あなたが彼らを詐欺師だと一方的に決めつけることが賢くて、私が自分の友人が信頼する人だから信じることが愚かだと断じる理由は何ですか?

 私に納得できる説明が出来ないのならば、今すぐに彼らに謝りなさい!」

 

 今度のジャンヌの言葉には反論の余地が一切なかった為、オルタは謝罪を口にせずこの上なく不満そうではあるが、ひとまず口をつぐんだ。

 そしてレオリオは素直にジャンヌという女性に感心、というか尊敬する。

 アストルフォやオルタの言葉や、やって来た当初の様子からして、間違いなく善人だが疑うことを知らなすぎてオルタの言う通り悪人にとって格好のカモ、下手すれば本人だけではなく周りにもその信じる善性を押し付けて迷惑をかけるタイプの頭の中お花畑を悪いが想像していたが、思ったよりもずっと芯のある強い女性だとその言葉で思えた。

 

 ふわふわとした綺麗なものだけを見て描いた、理屈などない理想論だけを語り、自分の理想を否定する言葉は聞く耳を持たないのではなく、彼女は自分の理想を否定する言葉もちゃんと、何一つ取りこぼさずに聞いている。

 だからこそ、彼女はここまでオルタに対して怒っている。彼女の言葉は、ただの一方的な言いがかりだから。

 自分の信じる根拠である、今まで積み上げてきた「友人であるアストルフォへの信頼」を何の根拠もなく、ただ「自分がそうだと信じたいから」否定し尽くす言葉だからこそ、怒っている女性の頭の中がお花畑な訳がない。

 

 ……だが、同時にアストルフォが言っていた「強情」もここで思い知らされた。

 

 レオリオとしては何度かムカついたが、オルタが疑う気持ちもわかるので、とりあえずこちらの話を全シャットアウトしなくなったのならそれでいいのだが、ジャンヌにとっては根拠もなく他人を詐欺師呼ばわりして謝らないのは逆鱗らしく、ふてくされて黙りこくる妹と向き合い、厳しい眼でじっと目をそらさずに見て「謝りなさい」と言い続ける。

 

「……ジャンヌ。周りが引いてるからもうやめなよ」

「……あの、マジで俺らはもう気にしてないからその辺で。妹さんもおねーさんの事を心配してたからこその言葉だし」

「こんな馬鹿の心配なんてしてません!!」

 

 怒鳴り合いの口論をしていた時とはまた違う、一触即発のピリピリした空気に耐えられず、アストルフォとレオリオが口を出すが、ジャンヌはその言葉で折れかけたがオルタはいらんツンデレを発揮して、ジャンヌの鎮火しかけた怒りを再加熱させる。

 これはもう収拾がつかないと、この姉妹とそれなりに付き合いの長いアストルフォが判断し、エアコンの風が当たっているのかカタカタと小刻みに揺れるカップに残っていた冷めたココアを飲み干し、とりあえずこれ以上は店の迷惑だから出ようと提案する直前、ソラが立ち上がる。

 

 立ち上がって歩み寄り、言った。

 

「あなた達は、何しに来たの?」

「え?」

「はぁ?」

 

 ジャンヌとオルタに向かって、青みの強い瞳で見据えて訊いた。

 その問いにジャンヌは心底不思議そうにきょとんとし、オルタは「引っ込んでろ」と言いたげに不愉快そうな声を上げるが、そんな二人の様子も、ポカンとしているアストルフォの様子も歯牙にもかけず、ソラは言葉を続ける。

 レオリオは、呑気に残っていた珈琲を啜る。彼だけ、なんとなくソラが言いたいこととしようとしていることを察していたから、むしろ「先を越された」と思っていたから、なら自分はせっかくだから観客でいようと思い、何もしないでただ見ていた。

 

「末っ子の妹を板挟みにして困らせに来たのなら、この子私にちょうだい」

 

 真顔でソラは言いながら、自分の傍らで俯いてコートの裾にしわが出来るくらい強く握りしめて黙り込んでいたリリィの頭を優しく撫でながら言う。

 

「私たちの事で怒ってくれるのは嬉しいよ。そして、疑われるのは当然な怪しい立場だから、あなたが言った事は気にしてない。

 でも、あなたが言っていることは間違いだと思いつつも、自分たちの事を案じている言葉だってわかってる、それが嬉しいと思っているこの子は、あなた達が喧嘩したらあなた達の板挟みになって、一番傷つくんだ。

 

 私を信頼するのは家族を助けたいから、私を疑うのは家族を守りたいからなら、なおさら姉妹喧嘩なんてするな。互いに妹を盾にしながら喧嘩するようなら、本当に私がこの子をもらうぞ」

 

 ソラに言われて、ジャンヌとオルタがリリィとソラを交互に見る。

 リリィもソラに頭を撫でられ、黙りこくりながらも、本心では泣き叫んで止めたかった言葉を言ってくれた人に、目をまん丸くして見上げてる。

 

 しばし全員が黙ったまま、三姉妹はソラを、ソラはジャンヌとオルタをじっと見ていたが、最初に沈黙を破ったのは長女のジャンヌだった。

 

「……そう、ですね。ごめんなさい、リリィ。気を使わせて、傷つけてしまって。

 そしてオルタも、ごめんなさい。せっかく心配してくれていたのに、頭ごなしに叱りつけたら不満は当たり前ですよね。それに、あなたに私が納得のいく説明を求めるのなら。私もあなたが納得するまで説明と説得を続けるべきでした」

 

 アストルフォが「聖女か! 天使か!!」と叫んでいただけあって、ソラの言葉をこの上なく素直に受け止めて、ジャンヌは自分の妹二人に深々と頭を下げる。

 ソラに対して謝らないのは、ソラが自分への謝罪を求めていない、むしろ妹よりソラへの謝罪を優先した方がキレる相手だと気付いているからかもしれない。

 

 姉に謝られてリリィは慌てて、「ううん、姉さん! いいんです!」と長姉をフォローしてからオルタを睨み付ける。

 さすがにいくら自分たちの事を心配していたからとて、ここまで来て謝らないのはどうよ? と末っ子は目で語っていた。

 そんな末っ子の視線にいたたまれなくなったのか、オルタは不満そうにまた鼻を鳴らしてから完全なヤケクソで言い放つ。

 

「……ふん! はいはい! 私が悪かったわよ! 私が意固地になって偏見で話も聞かずに勝手に決めつけて追い出そうとしてました! ごめんなさい! これでよくて!?

 あと私があなた達を排除したかったのは、この馬鹿姉の巻き添えで私まで被害を被るのは御免だからであって、こんな姉がどうなろうと知った事じゃないわよ!!」

 

 謝罪というか完全な逆ギレだが、どう見てもツンデレです。本当にありがとうございました。なオルタの言葉に、「ツンデレ」を理解できていないリリィは「姉さん!!」とまた怒るが、他の全員からは妙に優しい眼で見られてフォローされたことにまた、オルタはツンギレた。

 

「何なのよ、その眼は!! 何で私はフォローされなくちゃならないのよ!!」

「おたくの妹、どっちもめちゃくちゃ可愛いですね」

「え? あ、はい! オルタはちょっと今、難しい年頃ですけど二人とも私の自慢の妹です!」

「ば、バッカじゃないの! バッカじゃないの! バッカじゃないの!!」

 

 しかしいくらキレてもここまでわかりやすいツンデレだと逆効果にしかならず、特に年下に甘くツンデレの扱いに慣れているソラは本気で羨ましそうにジャンヌに言って、ジャンヌもリリィだけではなくオルタも含めて褒められたことを自分のことのように喜び、更にオルタを羞恥で殺しにかかる。

 

「……オルタ姉さん、そろそろ落ち着いてください。大声出すのははしたないって言ったのは、姉さんですよ」

 

 さすがに色素の薄い顔を真っ赤にさせて「バカじゃないの!」としか言えなくなった姉を見たら、これはただの照れ隠しだと理解したリリィも怒りが呆れに変わり、「……本当に論理的じゃない」と辛辣なことを呟きながらオルタの手を引き、宥める。

 言われてオルタはまた更に恥ずかしそうに唇を噛み、そのままソラたちや姉どころか妹も置いて店から飛び出そうとする。たぶん、恥ずかしさのあまり夕日に向かって走り出したい心境だったのだろう。

 

「あ、待ってオルタちゃん」

「なんですの!? というか、勝手にちゃん付で呼ばないでください!!」

 

 しかしもはや彼女を思ってそのまま好きにさせたいと関係ない他の客や店員も思っていた所で、エアブレイカーはのうのうと引き留める。まぁ、これでキレつつも素直に待つオルタもオルタなのだが。根は姉と同じく、真面目で善良であるのがよくわかる反応だ。

 

 そんな事を思いつつ、ソラはオルタに向かって近づき、彼女の肩を掴んだ。

 無言で、スカイブルーに近い青い眼でまっすぐに見つめられながら肩を掴まれた時、オルタの中から羞恥や反抗心はなくなる。

 代わりに背筋にぞっと冷たいものが走り、今すぐにこの肩を掴む手を振り払って逃げ出したいという気持ちと、それをした方が危ないという警鐘が頭の中を駆け巡る。

 同じ「死にたくない」という本能により相反する思いと警鐘で一杯一杯だったオルタは気付いていない。

 

 ソラの視線は真っ直ぐだが、自分には向けられていないことに。

 自分からやや外れて、自分の肩のあたりを見ていることに気付いたのは、ソラが使い捨てのマドラーでその肩のあたり、何もないはずの空間に突き刺した時。

 

 ここ最近、いくらマッサージしても湿布を張ってみても取れなかった肩の重さが、一瞬で消えた時にやっと気付いた。

 

「オルタちゃん。性質の悪い死者は怖がっている相手にこそ寄ってくるから、虚勢張るのも対策の一種だけど、君のは残念ながら虚勢だって丸わかりだから逆効果。

 素人でもそういう怖がらせるのが目的な奴らくらいなら寄せ付けないコツを教えるから、君も一緒に来なさい」

 

 表情から険が取れて姉そっくりなポカン顔のオルタに、ソラは眼の色をサファイアブルーに戻しながらしれっと言った。

 その発言で、ソラが眼の色を変えてオルタを見ていたあたりから想像ついていたレオリオ以外の面々が、絶句しながら顔色を青くさせた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「いいですか!? 確かにあなたを詐欺師と断言するだけの確証はありませんが、本物だと言える根拠もないのですから、この疑うことを知らない姉の代わりに私があなたを見張るのです!

 というか、私は幽霊だの神だのそういう非科学的なものは信じていません! 我が家で起こっているトラブルも、家が古いから色々ガタがきている所為なのと、気の所為です! 姉の怪我だってどうせまたお腹がすいて眩暈でも起こしたんでしょう!!

 わかりましたか!? 私は怖がってなどいません! そうです、幽霊なんて存在していないのですから存在してないものを怖がる道理なんて……」

「わかったわかった。わかったからオルタちゃん、私のマフラーから手を離して。首が締まる」

 

 三姉妹の自宅に向かう最中、オルタがキャンキャンと喫茶店でソラが言った事を全否定、ソラのことなど信じてないから見張ると言い張るが、青ざめた顔と涙目、かすかに震える手でソラのマフラーの端を握りしめて離さないことからして、もう素直になれよと言ってやりたい有様である。

 

 そんなオルタを見てレオリオはアストルフォに、「……妹の話が参考にならないって、これか」と尋ねれば、彼は素で「うん」と即答した。

 どうやらオルタがこの三姉妹の中で一番ホラーがダメなタイプなのに、自爆しても意地を張り続けるタイプでもあるので、確かにこれは参考にならない。

 

「……なんというか、本当に色々とすみません。ほら、オルタ。ソラさんを頼りにしたいのはわかりますが、本当にマフラーはやめなさい。怖いのなら私が手を繋ぎますから」

 

 レオリオの言葉にジャンヌはいたたまれなさそうに謝りながら、善意100%で妹を煽ってしまい、オルタは「いらないわよ!!」とまたいらない意地を張ってソラのマフラーから手を離すが、今度はソラのポニテを掴んで離さない。

 最終的にソラが「別にいいよ」と言ってくれるので、ジャンヌは謝りながらオルタを引き離すのを諦めた。

 

 ちなみに、ジャンヌの初めの謝罪はオルタの事だけではなく、ソラとレオリオを当初は逆に思っていたことも含めての謝罪だったりする。

 どうもレオリオがどう頑張ってもアストルフォより年下に見えないことと、ソラが相変わらず性別不詳なのと名前も性別を感じさせない名前な為、三姉妹は完全に「アストルフォの後輩のレオリオ」をソラ、「その紹介で来てくれたゴーストハンターのソラ」をレオリオだと思い込んでおり、ソラがオルタに憑いていた「怖がらせるのが目的」の低級な死者を殺したことでようやくその勘違いが正され、3人は青い顔をしつつそっくりなポカン顔でレオリオを見ていた。

 そこまで、彼がアストルフォより年下であることが意外か。

 

 ジャンヌの謝罪に含まれていたものを察しているレオリオは、自覚してはいるが自分の老け顔具合に凹み、アストルフォから追い討ちで「大丈夫だよ、レオリオ! 老け顔はそれ以上老けようがないから、中年になれば逆に若く見えるらしいよ!」と斜め上の慰めをもらい、拳骨をお返ししておいた。

 

 そんな男のやり取りをやや呆れた眼で見ながら、リリィはやっと少しは落ち着いて「怖くなんてない」という主張をオルタが止めたのを見計らい、ソラに話しかける。

 

「ソラさん、ソラさんはどうやって幽霊さんを退治するんですか? それは、私にもできることですか? オルタ姉さんには何が憑いていたんですか? あれは、どうやって退治したんですか?」

 

 どうやら彼女はオルタとは逆に、ホラーが平気どころか好きな部類なのと、子供らしく「ゴーストハンター」という肩書や存在に多大な興味と憧れを懐いているのか、目を輝かせて先ほどから聞きたくて仕方がなかった質問を矢継ぎ早に尋ねる。

 おそらく、アストルフォがオルタだけではなくリリィも含めて「参考にならない」と言った理由は、こういう所なのだろう。

 

「オルタちゃんに憑いてた奴は大したことないよ。どうやって退治と言われたら……ほぼ力づくとしか言いようがないなぁ。

 放っておいても体調がちょっと悪くなって、やたらと苛々する程度の影響しか与えないけど、このまま放っておくと彼女は可哀想なくらいホイホイになりそうだから、とりあえずオルタちゃんからの信用をもらうために犠牲になってもらった。

 幽霊退治は……君もハンターになって特殊な訓練をしたら出来る可能性はあるって所かな?」

 

 リリィの質問にオルタが「何も憑いてないわよ! というか幽霊なんかいないわよ!!」と涙目涙声で主張するが、それをサラッと無視してソラは答えられる範囲で答える。

 その答えに、ふとレオリオは彼女に今回の事を頼む前提として尋ねた質問の答えを、そう言えばもらっていないことを思い出し、彼も何気なくもう一度尋ねてみた。

 

「おい、そういや忘れてたけどやっぱり幽霊って全部……『アレ』だと思っていいのか?」

「あぁ、うん。っていうかオーラが生命エネルギー……魂や命と言って良いものなんだから、普通にそうなるね。

 ただ、君が思っているより厄介なのって少ないよ」

 

 さすがに一般人の前なので「死者の念」という単語を避けて尋ねれば、ソラはサラッと肯定しつつもレオリオが抱いていた不安の方も同じくらいサラッと否定する。

 

「死の間際の『死にたくない』っていう末期の願いは膨大なエネルギーになるから、能力者じゃなくても幽霊になるだけなら割と高確率でなれるし、系統が具現化系や操作系なら物理干渉は得意な方、特質系ならもはや何でも有りになって来るから『心霊現象』はそこそこ実在するんだよ。

 けどその9割方が、言ってみれば死んでから能力者になってその後も修行もせず、知識もないって状態だから、退治するのは無理でも追い払うぐらいなら特定の土地や場所に縛られてない限り、一般人でもある程度は出来るよ。話が通じるタイプなら、生きている人間と同じように接すればいいだけだし」

 

 その否定した根拠を語れば、“念”の知識があるレオリオの方は「なるほど」と素直に納得する。

 その他の一般人たちは逆にさっぱりわからないという顔をして説明を求めて待つが、残念ながらソラもレオリオも何故、ハンター裏試験というものがあるのかを理解しているので、“念”については気安く詳しく教える気はない。

 なので、「詳しくは、ハンターになってからね」とソラは言って誤魔化した。

 

 その答えにやや不満そうなリリィとアストルフォをジャンヌが宥めつつ、「そういえば……」と彼女も今更な問いかけをする。

 

「あの、ほとんどまだ何も話してないのに直接我が家に来ていただいていいのでしょうか?」

 

 オルタのツンデレによる口論でだいぶもう店に迷惑を掛けたのを全員が自覚していたので、ソラがオルタに憑いていたのを殺してすぐに店を出たのは良いが、ソラは他の店やどこかで話をするという提案を断り、さっさと彼女たちの家に向かいたいと言った。

 話が早いのは良いのだが、ジャンヌはアストルフォとそれなりの付き合いだけあって、彼からの話だと又聞きというのを抜いても多分そこまで詳しく伝わっていないのは想像ついていたので、本当にこのまま連れて行っていいのか不安なのだろう。

 

 だが、その不安は「本当に解決できるのか?」という猜疑ではなく、「詳しい話をしなかった所為で、彼女まで何かあったらどうしよう」とでも思っているのがよくわかる程、彼女は妹たちを見るのと同じくらい切羽詰まった目でソラを見ていた。

 

「えぇ。正直言って私のやり方はだいぶ乱暴だから、場合によってはあなた方の家を壊す以外に私に出来る方法はない可能性があるんですよ。だから、話を聞いて期待されるより、とりあえず家をまず見せてもらった方がマシかなと思って提案しました。見るだけで、壊すしかないかどうかはわかるから」

 

 ジャンヌの問いに中々とんでもない解決法を言ってのけ、ぎょっとしている姉妹三人に向かってソラは何ら悪びれず、言いにくそうでもなく軽やかに微笑んで言ってのけ、そして問い返す。

 

「ところで、どうします?

 家や土地そのものに原因があって、壊すしかないって結論を出されたら?」

「壊してください」

 

 意地の悪い問いに、ジャンヌは即答した。

 妹たちの意見を聞かずに答えたが、喫茶店でオルタに対して怒っていた時と同じ凛然とした顔に迷いはない。

 そして妹たちも、姉の答えに反論せずに同じ顔をしていた。

 

「構いません。さすがに、貴重品や家財道具などを持ち出す時間は欲しいですけど、一刻も早くあの家を破壊する必要があるのでしたら諦めます。命さえあれば、失ったものは戻らなくとも新しい何かを手に入れることは出来ます。

 ……だからどうか、お願いします。妹が私のような怪我を……私以上の怪我を負う前に、私たちが引っ越して逃げることで、他の誰かが犠牲にならぬように、……我が家そのものが諸悪の根源だというのならば、それをどのような方法でも構いませんから必ず取り除いてください」

 

 きっぱりとそう言って、ジャンヌは深々と頭を下げた。

 しかし胸の前で握り合わせた両手は、真っ白になるほど強く握りこんでいる。そしてそれはジャンヌだけではなく、リリィはコートの裾を皺が出来るほど握りしめ、オルタはソラの髪を引いて、「……これであんたが詐欺師だと判明したら、地獄がぬるく感じるほどの業火で燃やし尽くしてあげるわ」と脅しにかかる。

 

 当然だ。彼女たちの家はただの居住地ではなく、両親の形見の集大成であり、彼女たちの生まれ故郷そのものなのだから、例えどれほど懇切丁寧にそれしか方法がないと説明しても、理性はともかく感情面で納得できる訳がない。

 

 だけど、誰も「壊さないで」とは言わなかった。オルタでさえもだ。

 この三姉妹は、外見だけではなく心根もよく似ている。

 いくら両親の形見であっても、ジャンヌは妹たちが怪我などの被害に遭うくらいならと思い、そして心霊現象をむしろ楽しんでいる節のあるリリィも、ジャンヌに対して反抗期全開なオルタも、本心では姉を傷つけた何かを許していない。

 そして何も知らなかったのならともかく、知った上で誰かにその呪われているとしか思えない家を貸すのも売るのも、彼女たちの良心が許さなかった。

 

 だから、ジャンヌは即答し、妹たちも何も言わない。

 家を手離すことは自分たちの両親ともう一度別れることと同義でありながらも、彼女たちは今を生きている家族や誰かの為に、断腸の思いで「壊さないで」と泣いて縋る己を切り捨てた。

 

 あまりにも強いその覚悟を目の当たりにして、レオリオは言葉を失い、アストルフォは何もできない自分を悔やむように、彼にしては珍しく悲しげな目で、何も言わずにただ歯を食いしばった。

 そしてソラは、ただ笑っていた。

 

「……そう。でも、その答えは先走りすぎだ。

 私は強力な分手加減が出来ないから、『壊すしかない』って結論になる可能性が高いだけだ。だから、私以外だったら壊さずに何とかできるかもしれない。

 ……レオリオとアストルフォの話からして、そこまで性質の悪い奴がいるって感じはしないから、しばらく家を空ける必要はあっても、すぐに壊さなくちゃいけない可能性は低いと思うよ」

 

 ジャンヌの答えと姉妹それぞれの反応を満足そうに見て笑い、彼女たちに希望を与える。

 言われた姉妹たちはそっくり同じ顔で眼を丸くさせてから、リリィは笑いながら「もう! 怖がらせないでください!!」と軽くソラをポカポカ叩き、オルタは恥ずかしげに顔を赤くして背け、八つ当たりで掴んだままのソラの髪をまたぐいぐい引っ張り、そしてジャンヌは妹たちの行動を叱りながら、心から安堵したような顔で微笑み、言った。

 

「……ありがとうございます」

 

 ジャンヌの礼にソラも笑って応じながら、独り言じみた言葉を続ける。

 

「うん、いいよ。気にしないで。

 それに今のは本当に最悪を想定しただけで、そうじゃない可能性はかなり高いよ」

「? そうなんですか?」

 

 ソラの続けられた言葉でまた更にほっと安心するが、当事者である自分たちの話を全く聞いていない状態でそう思える根拠が気になったが、それを尋ねる前にソラはいきなり足を止めた。

 

「? ソラさん?」

「おい、ソラ? どうした?」

 

 唐突なソラの行動停止に全員が戸惑い、ジャンヌとレオリオが声を掛けるが、ソラは一つの家を凝視して指をさす。

 

「……ジャンヌさん。あなた達の家ってあれ?」

 

ソラが指さした、ここから5軒ほど先にある何の変哲もない赤い屋根で2階建ての一軒家は、間違いなくジャンヌたちの家であり、ここからそのことを尋ねるという事は最悪の事態的中か!? と全員が顔から血の気が引くが、ソラはその家から目を逸らさないまま言った。

 

「あ、大丈夫。やっぱり土地や家そのものに問題がある訳じゃないわ」

「紛らわしいわよ!!」

 

 ソラの答えにオルタがようやくソラのポニテから手を離したかと思ったら、空いたその手でソラの後頭部を殴って突っ込む。

 ソラの答えとオルタの突っ込みに脱力しつつも、ジャンヌとリリィがオルタを叱ろうとするが、レオリオが「あれはあいつが悪い」と言って二人の方を止め、アストルフォも抜けた力を入れ直して「じゃあ何でソラちゃん、いきなり立ち止まったの?」と後になって思えば、余計すぎることを訊いた。

 

「土地や家に問題はないよ。つーか家はジャンヌさんが生まれた頃に新築したんだから問題ないのはわかってたし、土地そのものに問題があるんなら、そこは濃厚な“円”みたいな状態ってことだから、私だけじゃなくてレオリオでもわかるよ。

 

 ……なのに、何故かジャンヌさんの家、浮遊霊のたまり場状態になってる。こっからでも家の中にすし詰めに近いくらいいるのがわかる」

 

 ソラはやや眼を細めてその家を眺めながら、やはり何でもないことのようにしれっと嫌すぎることを言い、まだソラに文句をつけようとしていたオルタがぴたりと制止して、そのままフラッと意識を遠のかせて倒れ込む前に姉が受け止めた。

 しかし受け止めたジャンヌの顔色もだいぶ悪い。

 

 そしてさすがにそこまでとは思っていなかったアストルフォとレオリオはドン引きで絶句、ジャンヌの怪我以外に関しては割と無邪気にはしゃいでいたリリィですら「え?」と顔を引き攣らせて言ったきり、黙り込んでしまった。

 

 だがそんな惨状を生み出した張本人は「見た限り、性質は悪い部類だけど厄介そうなのはいないかなー」と言いながら、もう案内なしでひょこひょこ近づいてゆく。

 

「え? あ、ちょっと待ってください! だ、大丈夫なんですか、近づいて!?」

「近づかないと私は何もしようがないよ。あと、オルタちゃんにも言ったように、こういうの相手にビビるのは最大の悪手。相手は得体のしれない化け物じゃなくて、元は私たちと同じく生きていた普通の人間なんだから、過剰にビビる必要なんてない」

 

 あまりに無防備に歩いてゆくソラをジャンヌは慌てて引き止めるが、ソラは平然と答えて逆にジャンヌたちに忠告する。

「相手は得体のしれない化け物ではなく、元は自分たちと同じ人間」という言葉が、博愛主義であろうジャンヌに響いたのか、彼女は悪かった顔色を少し回復させて「そ、そうですよね」と納得したのは良いが、回復したらしたで長女としての責任感も発動して自分も一緒に行くと言い張り、今度は妹二人だけではなくアストルフォとレオリオからも止められた。

 

「! 何言ってるの姉さん! また怪我する気ですか!?」

「あんたは本当に学習能力がないバカね! 相手が専門家だって言い張ってるんだから相手に任せなさいよ!!」

「そうっすよ! あのアホは殺しても死なねータイプですから、ジャンヌさんが気にする必要マジでねーから!!」

「っていうか、こういう時くらい僕かレオリオとか男に頼りなよ! 何でジャンヌはこう、見た目に寄らず男勝りなんだよ!!」

 

「いや、っていうか全員来てよ。さっき言ってた、素人でもできる追い払いを実行するから」

 

 しかし4人がかりで囲い込んだ説得は、ある意味無駄だった。

 ソラがどこまでも普通のテンションで「全員来い」と言い出し、リリィは目を輝かせ、ジャンヌとアストルフォは飛び出しかけたリリィを押さえつけながら覚悟を決め、そしてオルタとレオリオはさらに顔色を悪くさせる。

 

「……オルタちゃんはともかく、レオリオ、君は覚悟を決めろよ」

「うるせーな! 俺は死にかけてる奴を生かすのが専門なんだ! もう死んでる奴を相手するのは対極なくらいの専門外だっつーの!!」

「あーはいはい。かっこいいかっこいい」

 

 レオリオの反応に呆れたジト目で言うと、レオリオは半ばヤケクソで言い返し、ジャンヌから家の鍵を受け取りながらソラはテキトーに終わらせ、敷地内に入って今の家の状態を説明し始める。

 

「どういう訳か何の縁もゆかりもない浮遊霊のたまり場になってるけど、土地や家そのものに問題はないから、もしかしたら家の中にある何か『物』が原因かもね。

 けどほとんどが自分の意思で来て勝手に居ついてる奴だから、すぐに追い出せるよ。コツはこれもさっき言ったように、相手を化け物だと思って理解するのを諦めるんじゃなくて、人間だと思って考えて行動して対応すること」

 

 小さな門をくぐって敷地内に入った瞬間、レオリオの全身に鳥肌が粟立った。

 レオリオほどではないが、アストルフォも寒気がするのか両腕で体を抱くようにして摩り、三姉妹も今までは「気の所為」だと思って誤魔化していた我が家の違和感を「気の所為ではない」と確信してしまった所為か、オルタは初めからだがジャンヌとリリィも顔色が悪い。

 

 それでもジャンヌは責任感、リリィは好奇心と憧れ、オルタはかなり切羽詰まった自己防衛の為にか、鍵穴にジャンヌから貸してもらった鍵を差し込んで開錠するソラをじっと見ている。

 そして、鍵を開けてドアノブをソラが握って、開ける前に三姉妹に言った。

 

「とりあえずこの家ならこれが一番手っ取り早いから、もしも後日また『なんかいる』って思ったら実行して」

 

 そう前置きして、ソラは勢いよくドアを開けて玄関に踏み入ってまず言った。

 

 

 

 

「家賃払えーーーーっっっ!!」

 

 

 

 

 

 ソラの背後で5人が脱力して倒れ込んだのは言うまでもない。






レオリオがハーレム状態のメンバーですけど、一番好感度も親密度も高くてボディタッチしてくれるのがアストルフォという悲しい現実……。

以下、本編で書く機会を見失ったアレコレ。

・アストルフォがレオリオの腕に引っ付いて登場した訳。
普通にじゃれてた&ナンパ避け。

・アストルフォと聖女三姉妹の歳。
アストルフォとジャンヌが20歳、オルタが17歳、リリィが10歳と設定してます。

・リリィがアストルフォを「トナカイさん」と呼ぶ訳。
本家のクリスマスイベント「二代目はオルタちゃん」みたいなことを本編の2年程前にやらかし、その際のぐだ男の役割をアストルフォがやったから。

・レオリオとアストルフォの出会いの経緯
ミドルスクール(中学校)の時に廊下ですれ違い、あまりの可愛さにそのまま目で追っていたら男子トイレにナチュラルに入って行くのを目撃して、慌てて「そこ男子トイレ!」と教えに行った時、世界が静止して歴史が動いた。
そのままショックで泣き崩れていたのをアストルフォが宥めて慰め、腐れ縁に。

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