死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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124:被害者はレオリオ

「なんじゃそりゃーっっ! お前、いきなり何言ってるんだ!?」

「家に居着いたウザい程度の浮遊霊なら、これが一番いいんだよ。これなら、払えない奴はどっか行くし、運が良ければ座敷童とかブラウニーみたいに何らかの恩恵をくれる奴だけが居つく」

 

 ソラの気が抜ける「素人でもできる幽霊を追い払う方法」から真っ先に回復したレオリオが、ソラの頭をどついて突っ込みを入れるが、ソラは何ら悪びれた様子もなく真顔で答える。

 この女、マジであれが一番効果的だと思っているから実行したらしい。

 

「そういう問題か!? っていうか、マジで出て行くのかそれで!!」

「現に野次馬的な意味合いで居ついてた奴は、今のでゾロゾロとレミングみたいに出て行ったよ」

「それは払えないからというより、あんたにドン引きしただけじゃないの!?」

 

 しかし当然、そのような珍解答でレオリオが納得する訳もなくさらに突っ込めば、また更に気が抜ける回答をかまされ、オルタにたぶん正解だと思われる突っ込みを入れられた。

 だが、ソラが言っていることもおそらく嘘ではないのがまた嫌だ。明らかに、ソラが鍵を開けて入って叫ぶ前と後では、敷地内に入ってから感じた寒気と違和感がマシになっている。

 本当にただ面白半分で居ついていただけの奴は、あの世知辛い要求にドン引きして立ち去ったらしい。

 

「……というか、ソラさん。『相手を化け物と思わず、人間だと思って行動しろ』と言っていたのはどうしたんですか?」

 

 何とかソラの確かに簡単だが、ある意味では直死より無茶苦茶な除霊方法で抜けた力を入れ直したジャンヌが尋ねると、ソラはジャンヌに近づき肩に手を置いて余計すぎる答えを与える。

 

「ジャンヌさん……。得体のしれない化け物が怖い理由は、得体が知れないから……、つまりは理解出来ないから。そして幽霊っていうのは、もう既に死んでいるとはいえ、同じ人間。という事は、私たちが怖がってドン引くものを、向こうも怖がってドン引く可能性は高い。

 ……つまりは、先手必勝でこちらが向こうをビビらせるかドン引かせて、『相手にしたくない』と思わせるのが、一番手っ取り早くて平和的なんですよ」

「あれ、そういう意味だったんですか!? 話し合って解決しましょうとかではなくて!?」

「何らかの明確な目的や事情がない限り、人に悪戯程度でもちょっかい掛けてくる奴に話し合いなんて通じませんよ。

 というか、話し合う必要なんかないでしょ。死んだ人間にも尊厳はあるから守るべきですけど、人権は生きているから与えられるものなんだから、過剰に痛めつけるのはともかく、容赦する必要なんてない」

 

 正論かもしれないがたぶん根本が間違っていることを言い出したソラに、ジャンヌが真っ当な突っ込みを入れるが、それでもソラは揺るがずに即答で言い返す。

 そして聖女のごとくの慈愛を持つが決して甘くはない、むしろ自他ともに相当厳しいジャンヌにとってソラの「死んだ人間の尊厳は守るべきだが、人権はないのだから容赦する必要はない」という言葉に、この場合は幽霊が加害者であるのもあって「な、なるほど……」と血迷って納得しかける。

 

 しかし寸でのところでレオリオが、「ジャンヌさん! しっかりしてください! このアホに感化されないで!!」と言いながらジャンヌの肩を揺さぶって止めに入り、ジャンヌが幽霊に対して攻撃的な思考に染まることは幸いながら防がれた。

 

 だが、こちらは既に手遅れだった。

 

「……ソラさん。ファブリーズに除霊効果があるって私、聞いたことがあるんですけど、それはソラさんの理屈で言うと『臭いから消えろ』って扱いが効くって事ですか!」

「そうなんじゃないかなぁ。私としては、バルサンの方がお勧めだな。

 もう死んでて効かないとはいえ、ゴキブリ扱いで閉じ込められて焚かれたら精神的に結構なダメージ入るし」

「何を訊いてるんだそこの末っ子ぉぉっっ! そんでお前も答えてんじゃねーよ!!」

 

 さすがに「家賃払え」発言で、憧れが完全に遥か彼方まですっ飛んで行ったが、子供らしくリリィはすぐに切り替えて変な悪乗りをしだし、ソラもソラでふざけているのか本気なのかさっぱりわからないことを言い出すので、レオリオが突っ込んでこの暴走しかねない悪乗りを止めた。

 

 だがレオリオの苦労はまだ終わらない。というか、この場で突っ込みらしい突っ込みはレオリオしかいないのだから、彼の苦労は必然だ。

 

「……先手必勝でドン引かせた方がいいか。……なるほど。だから有名な心霊スポットでローランが『びっくりするほどユートピア』をすればそれ以降怪奇現象は起きなかったんだ」

「お前はお前で何に納得してんだよ!?」

「っていうかその人、何で心霊スポットで『びっくりするほどユートピア』やったの!? やった人、君が女装する元凶の幼馴染だろ!!」

「あんたいい加減、そいつと縁を切ったら!?」

 

 今度はアストルフォが何やら感心した様子で、ソラが言い放った理屈で腑に落ちた思い出を呟けば、レオリオだけではなくソラとオルタからも突っ込みの総攻撃を喰らった。当たり前である。

 それにしてもどんな状況でどうなれば心霊スポットで「びっくりするほどユートピア」をする状況に陥るのかは、激しく気になるが同時に死ぬほど聞きたくない。

 

 ちなみに、「びっくりするほどユートピア」とは、電脳ネットのネタ系雑談掲示板でストレス解消法として記されたものが元ネタであり、やり方は「まず全裸になり、自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむき 、『びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!』とハイトーンで連呼しながらベット等の段差昇り降りを10分ほど続ける」ものらしい。

 本当に、何故やったアストルフォの幼馴染。いや、女に振られて全裸になってからヤケ酒で暴れた人間なら、心霊スポットでも余裕でやるかもしれない。もう本当に捕まれよ。

 

「……ジャンヌ姉さん、『びっくりするほどユートピア』って何ですか?」

「はい、皆さん玄関でいつまでも騒ぐのは何ですし、ソラさんのおかげで我が家が少しはマシになったのならとりあえず中に入りましょう!」

 

 なんだか収拾のつかなくなりかけたカオスだが、リリィが純粋無垢な瞳でどうしようもなくしょうもない下ネタを訊いていたので、ジャンヌは顔を赤らめながら無理やり話を切り上げて、全員をリビングへとぐいぐい押して連れて行った。

 というか、知ってたんかジャンヌ。「びっくりするほどユートピア」を……。

 

 * * *

 

「いただけの奴はさっきのでだいたい失せたけど、まだ何体か残ってるな。

 あれが一番手っ取り早いんだけど、あれやって残るのって本当に家賃払ってくれる奴よりも話がもう通じなくなってる奴の可能性が高いんだよね」

 

 家の中に入ってソラは、リビングのソファーで腰を落ち着ける前に、家主のジャンヌの許可を得て家の中を一回りしてから、舌打ちして言った。

 

「という事は、後はその残って奴等をお前が蹴りだせば終わりか?」

「いや。霊のたまり場になってた原因を取り除かなくちゃ、焼け石に水でしかない。今全部退治しても、たぶんまたすぐに同じくらい溜まる。

 そもそも、一体くらいならこちら側に非や理由なんかなくても、性質の悪い奴がたまたまやって来て居着いたってだけだろうけど、危害をくわえられる奴が複数体いるってのは絶対何らかの理由がある」

 

 ソラの言葉でジャンヌ達がまだ解決していない、というか特に性質の悪い奴だけ残っているという状況だと知って顔色を悪くさせ、レオリオはそんな彼女達を安心させるつもりか「大したことない」というニュアンスで訊くが、ソラは空気を読まずに否定する。

 

 内心で「マジで空気読めよ、このエアブレイカーめ……」と文句をつけつつ、けど気休めの言葉だけで解決するものではないので、レオリオはソラの正直さを咎めず、「じゃあ、どうする気なんだ?」と話を先に促す。

 

「とりあえず、改めて当事者たちから話を聞こうか。性質が悪いと言っても、今すぐに命の危険があるって程の奴はいないから、そいつら何とかするのは後回しでもいいや」

 

 言ってようやくソラたちはリビングで腰を落ち着かせて、ジャンヌ達からこの家で心霊現象が起こり始めた時期や、どのようなことが起こっているのかを改めて聞き取りを始めた。

 

「えっと、姉さんたちがいつから気づいたのかはわからないけど、私が『あれ?』って思い始めたのは10月ごろからです」

 

 いつ頃から起こり始めたのかを尋ねれば、リリィは部屋から可愛らしい日記帳を持ち出して来て、具体的にな日にちと起こった内容を説明しだす。

 

「あ、ありました。10月14日の夕方、部屋で宿題をしていたところでノックされたから、ドアを開けてみたけど誰もいなかったってのが少なくとも私にとっては始まりです。

 あとは……、日に日に頻度が上がってますけど、実はたいしたことを見ても体験も私はしてません。ノックやインターホンが鳴ったのに、出ても誰もいない。目の前でクッションや本がいきなり飛んだ。リビングに全員いるのに、廊下で足音が聞こえる。庭に生きた魚が降ってきた……、こんなところですね」

 

 日記をつけていただけあって事細かく教えてくれたリリィにソラは笑って「ありがとう」と言ってから、同じ質問を姉二人にも訊いてみる。

 

「そうですね。具体的な日にちを私は覚えてませんけど、私も10月ごろからおかしなことが起こり始めたような気がします」

「……幽霊なんか信じてないけど、私も同じく、夢見が悪くなったりし始めたのはそれぐらいよ」

 

 ジャンヌは右手を頬に当て、思い出そうと少し眉根を寄せて答え、オルタはふてくされながらも姉妹に同意する。

 更にアストルフォも、「ジャンヌの顔色が悪くなり始めたのはそれぐらいからだ」と主張するので、やはりこの家が霊のたまり場になったのは約3ヵ月前。

 ということは、その頃に何か原因があるのではないかと思うのは自然の発想なので、ソラではなくレオリオが「その直前に何かなかったか?」と尋ねてみる。

 

 しかし、答えは芳しくなかった。

 

「バカじゃないの? 3ヶ月くらい前から急に変なことが起こるようになったことくらい、私たちだってとっくの昔に気付いているんだから、心当たりがあれば訊かれなくても最初に『もしかしてこれが原因じゃないかしら?』って言ってるわよ」

 

 オルタの相変わらず容赦のない言葉に、レオリオはまたこめかみに青筋を浮かべるが、ジャンヌとリリィとアストルフォが代わりに叱責してくれるので、何とか短気さと大人げの無さを発揮せずに済む。

 

「だろうね。ところで、あなた達ってクリスチャン?

 少なくとも、ジャンヌさんはそうだよね?」

 

 レオリオが引き攣った笑顔を浮かべ、「ハハ、ソノ通リダナ」と棒読みで大人な対応を頑張っている横で、ソラもオルタの言葉に同意してからいきなり話を変える。

 脈絡があるのないのかすらよくわからないその変換に姉妹たちとアストルフォだけではなく、レオリオもきょとんとしてしまうが、ジャンヌは戸惑いつつも答えてくれた。

 

「? えぇ、そうですね。オルタはちょっと、両親の事があってもう信仰する気はないと言っていますが、一応私たち姉妹も両親もカトリックで洗礼を受けています。よくわかりましたね」

「オルタちゃんがあなたに反抗している理由で、『主はいつも私たちのことを見守っております』とか言ってたからね」

 

 ジャンヌが答えてから、少なくとも自分だけは確実にそうだとわかった理由を問えば、あの喫茶店でのやり取りをソラは口にして、ジャンヌとオルタは恥ずかしそうに、リリィとアストルフォは「細かい所をよく覚えてるな」と感心しつつ納得する。

 レオリオだけ、ソラがこの世界の住人でないことを知っているので小声で、「っていうか、お前よくキリスト教知ってたな。つーか、そっちにもあったのか?」と訊くと、ソラは遠い眼で「ここでも救世主なのかよって思った」と呟き、レオリオも思わず遠い眼になる。相変わらずよくわからない所だけ共通している世界である。

 

「あの、それがどうかしました?」

 

 何故かいきなりソラだけではなくレオリオまで遠い目になったことに、更にジャンヌは困惑しつつも尋ね、ソラは気を取り直して質問を重ねる。

 

「あぁ、すみません。あと、嫌なこと思い出させるかもしれませんけど、御両親が死んだ時にあなた達の信仰を侮辱して他の宗教……ぶっちゃけ怪しさしかない、カルトっぽい新興宗教を勧める親戚とかっていました?」

 

 重ねた質問に、ジャンヌだけではなくオルタとリリィの顔も強張った。

 ジャンヌの顔は悲しげなものだが、オルタとリリィはあからさまに不愉快そうな様子を浮かべるが、その不愉快・不機嫌オーラはソラに向けられているものではないことは一目瞭然。

 もう既に答える必要などない反応をしていたが、それでもソラの質問に吐き捨てるように答えたのはオルタだった。

 

「……いたわよ。葬式の真っ最中に『こんな邪教を信じてるから、罰が当たって死んだのよ』とかほざいて、『これこそが本物の聖書よ』って黙示録をさらに陳腐にしたような本を配ろうとした馬鹿がね。不幸中の幸いは、そいつと私たちや両親に血縁がないことくらいだわ」

「えっと、叔父さんのお嫁さんの妹さんだっけ?」

「いいえ、叔父の奥さんの妹さんの義弟の義妹です」

 

 オルタが答え、リリィがその迷惑な親戚がどこの誰だかを思い出そうとしてジャンヌに尋ねるが、リリィが思っていたよりもさらに遠く、親戚ではなく完全無欠に他人と言って良い相手であることを知って、リリィだけではなくレオリオもげんなりした顔になり、アストルフォに至っては憤慨する。

 

「何だそれ!? 何を信じるかはその人の自由だけど、お葬式の最中に君たちの前で言う事でもする事でもないじゃん!

 っていうか、自分の事を信じてくれない相手を軽々しく殺すような神様なんて神様じゃないし、そんなのを奉る宗教こそ邪教だよ!!」

「アストルフォ、その言い分もまた信仰の自由を侵害してますよ。……けれど、ありがとうございます。私たちの事で怒ってくれて」

 

 自分のことのようにプンスカ怒るアストルフォのおかげで、嫌なことを思い出して重く沈んだ空気が清浄化され、ジャンヌはアストルフォの言い分の過激さだけを少し咎めてから礼を言う。

 が、ジャンヌはソラが何故そんな質問をしてきたのかを察しているのか、また悲しげな顔をしつつ、その察している仮定を口にした。

 

「ソラさん、そのようなことを聞くという事は、その方がまさか宗教がらみで我が家に……」

「え? でもあのおばさん、最近家に来てないし電話もないよね?」

 

 ジャンヌの言葉でリリィも察したが、彼女は自分の日記帳をペラペラめくって確認しながら姉の憶測の矛盾点を指摘する。

 オルタも興味ないという態度を装いながらも、「……正確な日にちとかは覚えてないけど、来なくなったのは3ヵ月前ではなかったと思うわ。もっと前に、私が怒鳴って傘を構えて追い出してやったわよ」と補足する。

 

「え? 何それそんなことしたんだ、僕も見たかった」

「あぁ、そういえばそうでしたね。暴力は肯定できませんし、危ないことはやめてほしいですけど、あの時のオルタは勇ましくてかっこよかったですね」

「あんたたちうるさい! 今は私の事なんかどうでもいいでしょ!!」

 

 オルタの補足にアストルフォが野次馬根性、ジュンヌは姉馬鹿を発揮してオルタにツンデレを発動させるが、ソラはそれを全く気にせずにリリィの方に「それ、いつ頃か日記に書いてある?」と尋ねて話をマイペースに続行。

 リリィはそのマイペースさにちょっと戸惑いながらも、日記をめくってそれは両親の死から2か月後あたりであることを告げる。

 

 その答えを聞いてから、ソラはリビングに面した庭を指さしてまた更に質問した。

 

「その宗教おばさん、家には1、2回しか入れてないけど、庭には何度かしつこく侵入して勝手に庭いじりとかしてなかった?」

「!? 凄い! 何でわかるんですか!?」

 

 ソラの質問にリリィは目を見開いて逆に訊き返す。ツンデレ中だったオルタや妹を宥めていたジャンヌも、もう何度目かわからないぎょっとした顔でソラを見返した。

 ソラは三姉妹の驚愕に何の反応もせず、リリィの疑問にも答えず、庭を見たまま自分の推測を口にする。

 

「うん。相手にしなかった逆恨みか、マッチポンプを狙ったのかはよくわかんないけど、十中八九そのカルトっぽい宗教の嫌がらせだろうね。

 間が空いてるのはよくわかんないや。マッチポンプ狙いなら、自分が来なくなってすぐに変なことが起こったら、むしろ原因お前だろって思われるからこそ、何らかの条件を満たしたら発動するようにしてたのかな? もしくは、ド素人だから本人も意図せずに変に時間が空いて発動しただけかもしれないな」

 

 庭に視線を向けたまま語りつつ、ソラはズボッと座っているソファーのクッションの隙間に手首を突っ込み、そしてすぐ引き抜いてから見せた。

 おそらくはその隙間に仕込んであったと思われる、中心に文字なのか模様なのかよくわからないものが描かれた人型の紙を一枚ぺらっと。

 

「!? 何じゃそりゃ!? お前、いつから気づいてたんだよ!?」

「最初から。これはレオリオにもわかるよ。“凝”でそこの写真立てとかキャビネットの本棚、それから庭の花壇を見てごらん」

 

 何の前置きもなしにいきなり見せつけられたものにぎょっとしている一般人を置いてけぼりにして、まだソラのやらかすことに慣れているレオリオが突っ込みを入れるが、やはりソラはどこまでもマイペースに仕込まれているのはこれだけではないと暗に言ってのける。

 言われて、レオリオも受験勉強の合間に最近やっと習得した“凝”でソラの指摘した物を見れば、確かにそこにだけ手のひら大のオーラが禍々しさまでも可視出来た。

 

「げっ!?」

「!? あ、あるんですか? 写真立てや花壇にも同じようなものが!?」

 

“凝”が何の事だかわからないが、レオリオのものすごく嫌そうな顔で上げた声に、ジャンヌも泣き出しそうな声を上げてながらも、妹二人を庇うように抱きしめ、アストルフォは珍しく凛々しいほどに険しい顔をしつつ、果敢にソラが指定した写真立てを手に取って、その中身を開けてみる。

 写真とフレームの間には、ソラがソファーから引き出したものと、中心の文字だか模様だかが若干違う以外は同じ人型の紙を発見する。

 

「最初の家に入れてもらえた間に家の中に、入れてもらえなくなってからは庭の土の中に仕込んだみたいだね。……全く、カルト宗教ほど無駄に手の込んだことをするよ」

 

 ソラは軽く笑い話のように言うが、レオリオは若干血の気の引いた顔で「ご愁傷様」と思った。

 この女、言葉こそは軽いがアストルフォや被害者である三姉妹以上に、おそらくは念能力で怪奇現象を引き起こしているカルト宗教に対して憤慨を通り越してブチキレているのは、スカイブルーにまで明度が上がっている眼を見れば明らかだ。

 

 その怒っている理由は、考えるまでもない。というか、この女は大概の真っ当な人間が思う義憤をブレーキなしで抱え込んで実行する人間だとレオリオはわかっているので、ソラの手首を掴んで止めておいた。

 

 ……人型の紙の右手あたりに指先を突っ込もうとしていたのを、レオリオは止めて言う。

 

「『線』なら止めねぇけど、『点』はやめろ。お前が無駄に背負い込んだ分、あのバカもお前ごと背負い込むんだよ。

 そんで、お前なら抱え込んで歩いて行けるかもしれねぇけど、あいつはお前よりひ弱で絶対に途中で潰れるに決まってる。あいつが大切なら、お前も身軽でいろ」

 

 手首を掴まれたソラがきょとんとした目で見るが、その眼と合わさずにレオリオはぶっきらぼうに忠告する。

 未だによくわかっていないソラの眼がもたらす異能の内、『線』を使うことに許可は出したが、『点』は許さないと彼女の最愛を引き合いに出して止める。

 この家に異変を引き起こしているであろう念能力自体を殺すことは許すどころか推奨するが、念能力から辿って能力者本人までも死に至らしめる可能性が高い『点』を突くことだけは許さない。

 

 それは彼女自身や彼女の最愛であるクソ生意気な同期ハンターを思ってではなく、ただ単に自分が嫌だからとは言えなかった。

 

 が、ソラは笑って「そうだね」と言ってレオリオに手首を掴まれた手を降ろす。

 目の明度も、スカイブルーからサファイアの色にまで落ちてゆくのを見てレオリオも彼女から手を離した。

 

「レオリオ、ありがと。ちょっと頭に血が昇ってた。

 そうだね。訳もわからずいきなり死ぬよりも、教義を論破してブチキレて実力行使してきたところを更に返り討ちした方がすっきりするよな!!」

「なんでお前は止めたら止めたで、直接対決しようとしてんだよ!?」

「え? 私がこのままほっとくと思えるの? 大丈夫大丈夫。私、宗教勧誘されたら、教義の矛盾点を突きまくって相手を泣かせるのが得意だから。もはや趣味の一環と言って良いな」

 

 しかし、やめたらやめたでまた危なげなことを企んでいたことを暴露し、レオリオはソラの頭を引っぱたいて突っ込むが、ソラは真顔で別の方向に心配な特技であり趣味を語りだす。悪趣味なのか有意義な趣味なのかは微妙なとこである。

 

 そんな二人のシリアスからいきなりコメディになる様を姉妹はポカンと見つめ、アストルフォは「……ところでソラちゃん、これどうしたらいいの?」と、勢いで見つけた紙を汚いものを摘まむようにして、やや泣きそうな声で尋ねる。

 

 訊かれてソラもレオリオとのコントをやめて、「破っていいよ」と言いながら自分の持っていた分は指先でなぞって二分した。

 紙切れと言えど、人差し指でなぞっただけなのに、ハサミで切ったように二分されたそれは明らかに異様なのだが、もはやこの場の全員がソラのやらかすことにいちいち反応していたら話が進まないことを学習したのか、誰も突っ込まなかった。

 それが無性に申し訳なくなって、レオリオは遠い眼をしつつ「……なんか、マジでこいつ連れて来てすみません」とジャンヌ達に謝った。

 

 * * *

 

「触ったからってどうにかなるもんじゃない、むしろ破れたりしたら効果がなくなるタイプだから、気にせず探して見つけたら即座に破棄しちゃって」

 

 ソラはそう指示を出して、部外者には見られたくないものがあるであろう家の中に仕込まれたものの探索は三姉妹に任せ、庭先に埋められたものはソラ・レオリオ・アストルフォが掘り返すことにして庭に出る。

 ソラの「触ったり破いたりしたもどうにかなるものではない」という言葉で、オルタの顔色も少しだけ回復して、彼女は「別にあなたの事を信用した訳ではなく、あんなものがあったら気持ち悪いから探すだけですからね!」と、ほぼ意味のない意地を張りながら2階の自室へと上がってゆく。

 リリィも「オルタ姉さんがごめんなさい」と姉よりも大人びた様子で謝りながら、2階へと上がって行った。

 

 ジャンヌの方はソラが指摘したリビングにあるキャビネットの本を入れているスペースから一冊ずつ丁寧に本を取り出して、元凶の紙を探しながら言った。

 

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、たぶんこれらがあるのはリビングとトイレ、後は台所くらいでしょうね。さすがに、両親の葬式で初めて会った親戚……というべきなのかどうかも怪しい遠戚を私室に入れませんし、うちは結構古いですから、階段を上り下りすると家鳴りがするんですよ。

 だから……、リリィくらいならともかく、あの人でしたら私達の目を盗んで2階に上がろうとしても、絶対に誰かしら気付くはずですから」

 

 言われて耳を澄ませば、オルタはもちろん40キロ未満であろうリリィまで階段を上がる際にミシッという音が聞こえてきた。

 ジャンヌは何も言わなかったが、おそらくカルト宗教を勧誘してきた女性は相当な肥満体で、耳を澄まさなくても階段の悲鳴が聞こえる体格なのだろう。もしかしたら、無断で2階に上がろうとした音が聞こえて直前に阻止できたからこそ、その女性は出禁になったのかもしれない。

 

「ソラちゃんだけじゃなくて、レオリオも見てわかるんだね。

 正直、レオリオは優しいから医者は天職だけどハンターには向いてないんじゃないかなって思ってたけど、ちゃーんと優しいハンターになってて良かった!

 後は医者になることだけだね! 頑張れ!!」

 

 ジャンヌ達のだいぶ余裕を取り戻した様子にアストルフォも安堵したのか、天真爛漫に笑いながら雑談をし出す。

 ソラの指示に従いながら、花壇の花を台無しにしないように掘って紙を探すアストルフォは、ソラの指示なし自分の眼で探すレオリオを見て無邪気にすごいすごいと言いながら褒め殺し、オルタに似た精神構造をしているレオリオはやや赤くなった顔を背けて、アストルフォを無視してソラに話しかけた。

 

「あーくそ、本当に面倒な所に仕込みやがって。けど、これが原因なら一件落着だな」

「霊のたまり場になった原因はこれだけど、これは本来ここまで効果あるもんじゃないよ。これがパワーアップした元凶は別にある」

「「え?」」

 

 ザクザクとスコップで庭の片隅の土を掘り進めながら、ソラはレオリオの方を見もせずに自然体に言い放ち、話の発端であるレオリオだけではなくアストルフォも絶句させた。

 幸いと言えるのかどうかは良くわからないが、ジャンヌは既にソラが指摘したキャビネットから人型の紙を見つけ出し、他に仕込まれている可能性が高いトイレと台所の探索に向かったので、ソラの色々と台無しな発言を聞いたのは部外者二人だけだった。

 

 なので一応、三姉妹に訊かれないようにレオリオとアストルフォはソラの傍らに集まって小声で「どういう事だよ?」と彼女の発言の真意を問う。

 

「この紙……形代に籠っているオーラ程度じゃ、本来なら霊のたまり場になる程の効果はないよ。最初にオルタちゃんに憑いてた奴と同じく、なんかだるい、最近訳もなく苛々するって程度だな。

 これは、相乗効果でパワーアップしてしまっただけ。だから形代を全部見つけて破棄すれば確かに霊のたまり場になるのは防げるけど、このままだとまた本来なら大したことがない通りすがかりの死者でも、これと同じように洒落にならない被害をもたらすものにまでパワーアップするかもしれないな」

「なんだそりゃ!? っていうか、一体何が原因でそんなことが起こってるんだよ!?」

 

 ソラがやっぱり二人の方を見もせずに庭先に埋められた形代を掘り返しながら淡々と答え、思わずレオリオは憤慨してソラに向かって小声で器用に怒鳴った。

 八つ当たりだとわかっているが、レオリオは無性にソラの他人事のような反応が気に入らず頭に血が昇ってしまったが、レオリオが先にキレたからかアストルフォの方はやけに冷静だった。

 

 冷静に真っ直ぐソラを見て彼は言った。

 

「……ソラちゃん。君は、もう既に……というか最初からその原因に気付いてる?」

 

 アストルフォの問いにレオリオはマヌケ面で「は?」と声を上げるが、ソラは何も言わずにやはりただひたすらに土を掘り返して形代を探し続けた。

 それでも、ソラからの答えがなくてもアストルフォは語る。

 

「僕は君の事は全然まだ知らないけど、レオリオの話と今までの君の言動からして、ジャンヌの家がこんなんになってる原因がまだわかってないのなら、君は多分こんなこと言わないんじゃないかなって思った。

 君は優しいけど優しいからこそ嘘を吐くタイプに見える。しかもその嘘すごく上手そうだから、まだ何もわかってない、解決策がないのならむしろジャンヌはもちろん僕たちにも心配かけないように、そういう事は絶対に言わないんじゃないかな?」

 

 言われて、レオリオは自分の短慮さに恥ずかしくなって、その場に穴を掘って埋まりたい気持ちになる。

 アストルフォの言う通り、ソラはそういう女であることなどとっくの昔にわかっていたはずなのに、解決したと思えばまだ全然何も終わっていなかった事を告げられたことで頭に血が昇り、焦ってもどうしようもないのにどこまでもマイペースなソラに対して八つ当たりしてしまったのが恥ずかしくてたまらない。

 

 しかしソラは全くレオリオの八つ当たりを気にしていない、むしろジャンヌ達の事を心から心配していたからこそ「まだ解決していない」という事実に焦り、呑気なソラに苛立ったことを理解しており、しかもそれを嬉しく思っているのかいつの間にかニコニコ晴れやかに笑いながら、「気にすんなよ、レオリオ」とフォローしだすので余計にいたたまれない。

 

「ははっ、そこまで言われちゃ誤魔化すのも恥ずかしいな。

 まぁね。まだよくわかんないこともあるけど、解決策はちゃんとあるよ」

 

 アストルフォの憶測を肯定して笑うソラに、珍しく真顔だったアストルフォもようやく安堵したようにふにゃりと笑って「良かったー」と言い、レオリオはふてくされて「解決策があるのなら初めにそれを言えよ」と無駄な意地をヤケクソで貫き通す。

 が、ソラはレオリオに「ごめんごめん」と謝ってから、やや困ったようにため息を吐いた。

 

「けど、その解決策が面倒くさいというかなんというか……、レオリオが知ってる私の得意分野じゃないんだよね。

 ……つーか、下手したらこの家で起こってた怪奇現象の半分は幽霊の仕業じゃないから、マジで私の得意分野でハイ終わりにはできない」

「「幽霊の仕業じゃない?」」

 

 ソラの答えに思わず、レオリオとアストルフォは全く同じことをオウム返しした。

 色んな前提をひっくり返すその発言に、レオリオが「どういうことだ?」と尋ねれば、ソラは掘り出した依代を破りながら彼の問いの答えではなく、彼に向けた忠告を口にする。

 

「レオリオ。“凝”を覚えたのなら『違和感を覚えたら即座に“凝”』が鉄則。

 たとえ相手が一般人の女の子でも、被害者の立ち位置でも、こんな非常識なことに関わっているんならまずは“凝”で見てごらん。しても損はないんだから、癖にしときなよ」

 

 レオリオの質問の答えではないが、レオリオが知りたかったことをその忠告は既に9割方答えている。

 だが、一番肝心な情報は明かさないままなので、またレオリオは短気さを発揮して「良いからはっきり言えよ!」とやや乱暴に話を先に促す。

 

 だが、ソラから核心の言葉を聞き出すことは出来なかった。

 

「……あ、あの……ソラ……さん」

「!? リリィ! どうしたの!?」

 

 呼びかけられたソラではなく、アストルフォが真っ先に反応して駆け寄る。

 いつの間に来たのか、ベランダの硝子戸にもたれかかるようにしている顔面蒼白のリリィに心配して彼は駆け寄り、「どうしたの? 何かあったの?」と肩を掴んで訪ね、レオリオに「落ち着け」と後頭部を軽く叩かれる。

 

 ソラはその場から立ち上がっただけで動かない。

 リリィに近づかず、その場で「どうしたの?」と尋ねる。

 

「あの……自分の部屋であの人型の紙を探してたら……ノックが聞こえて……だからドアを開けたんですけど……けど誰も……そこにはいなくて…………」

 

 ソラの問いにリリィは蒼白の顔色のまま答え、その答えにアストルフォとレオリオが「もうすぐ紙を全部見つけて捨てるから、それが終わったらそんなのも全部終わる」と言って慰めてやる。

 だが、彼らは慰めつつも違和感を覚えていた。

 

 確かに、ノックが聞こえたのにドアを開けたら誰もいないという状況は怖い。

 しかしそれはこの3ヵ月で一番よくある現象であり、この末っ子は姉妹の中で一番家の中の怪奇現象を怖がっていなかった。

 なのに、この顔色と反応はおかしいと思わないほど二人は鈍くない。

 

 そして二人が気付くくらいなら、ソラも当然気付いている。

 だから、ソラは訊いた。

 

「……リリィちゃん。……そのノック、()()()だった?」

 

 その問いに、リリィは一度大きく肩を震わせてから目を見開いてソラを見る。

「何でわかったの?」とその視線が語るが、親戚とは言えないほど遠戚のおばさんが庭に不法侵入していたことを指摘した時と同じことを訊いていながらも、その時とは違って「凄い」という無邪気な憧れはない。

 リリィは酷く怯えていた。しかし、その怯えは恐怖というより疑念と不安の色が濃い。

 

 怯えはともかく、恐怖ではなく何かを不安がって知りたがっているという反応が理解出来ず、アストルフォとレオリオはどちらに「どういうことだ?」と訊くべきか迷っていると、トイレと台所の探索を終えたのかジャンヌがリビングに戻ってきた。

 

「? リリィ? どうかしたんですか?」

 

 ジャンヌの位置からではリリィの後姿しか見えないので、ジャンヌは妹の顔色や表情に気付いていないが、後姿でも何か不穏なものを感じたのか部屋の中でリリィに駆け寄りかけたが、走り出す前にピンポーンとやや甲高い音がする。

 インターホンが鳴った。

 

 このタイミングで鳴ったインターホンを、リリィの話を聞いていたレオリオ達は普通の来客とは思えなかったが、ジャンヌはリリィの事を心配そうに見ながらも一番インターホンに近かった為、とっさに取ってしまう。

 そして「はい」と言った瞬間、彼女の顔からも一気に血の気が引いた。

 

 あからさまな反応にアストルフォとレオリオが靴を脱ぎ捨てて駆け寄ろうとするが、長女としての矜持か、自分より妹を守って欲しかったからか、二人を空いてる手で「こっちに来るな」と制してから、インターホンの何やら操作する。

 三姉妹という家族構成からか防犯の為にインターホンの機能はモニターだけではなく、家族にすぐドアの向こうの相手が何を言っているのか伝わるスピーカフォンの機能も付いており、ジャンヌはそのスピーカーフォンでドアの向こうの、玄関にいるはずの者の声を聞かせた。

 

《ねぇ、何してるのよ。早く開けてよ》

 

 それはやけに不機嫌そうにふてくされた、若い女の声。

 その場の全員にとって聞き覚えがありすぎる声に、レオリオも顔色を変え、アストルフォはかすれた声でリリィに尋ねた。

 

「…………リリィが聞いた声って……まさか……」

 

 リリィはカタカタと小刻みに震えながら、答える。

 

「……隣の……部屋で……物音がしてたのに……なのに……ノックして……『開けてよ』って……言われました……」

 

 リリィの答えの直後、インターホンのスピーカーから続けて声がした。

 

《早く開けてよ》

 

 それは、二階で形代を探索しているはずのオルタの声だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「!? え? ど、どうしたのよ、あなた達。えっと、あなたはレオリオだったかしら? 一体何があったの?」

 

 一通り自分の部屋の中を探し終えたオルタが階段から下りながら、玄関に何故か全員集合しているのを見て、いつもの意地もなく素で不思議そうに首を傾げ、レオリオを心配しながら尋ねる。

 そりゃ、訳もわからないだろう。

 

 何故か彼の顔面には、くっきりとした真っ赤な紅葉……渾身の平手打ちの痕があるのだから。

 

 一体この男は誰に何をしたんだ? と本気で困惑しているオルタは気付いていない。

 レオリオ以外の人間が、自分に対して酷く気まずそうな顔をして見ている事に。

 そしてレオリオは、ジャンヌが持って来てくれた濡れタオルをビンタの痕に当てながら、遠い眼で呟いた。

 

「……正直、俺の方が訊きたいわ」

「うん、気持ちはわかるけど君が訊いたら確実に逆効果だから、悪いけど君はリリィちゃんと一緒にいてくれない?

 リリィちゃんも蚊帳の外みたいな扱いでごめんだけど、たぶん彼女は君の前だとジャンヌさんの前とは別の意味合いで意地張るから、とりあえず別室待機をお願い」

 

 レオリオの言葉も訳がわからないが、それに続いたソラの言葉や指示は、余計にオルタの疑問を膨らませる。

 しかし、ソラの指示の意図がわからないのはオルタだけのようで、レオリオとリリィは素直に返事して、リリィは「レオリオさん、何か本当にごめんなさい。大丈夫ですか?」と彼を気遣いながら、自分の部屋に手を引いて連れて行こうとする。

 

 それを見てまだ完全にレオリオやソラの事を信用などしていないオルタは、ソラたちに「勝手な指示を出さないで!」と怒鳴る。

 

「リリィ! 相手が大人だろうが子供だろうが、異性を簡単に自分の部屋に入れない!

 ジャンヌも何、ぼーっとしてるのよ! あんた、ウザいくらいに妹の事が大事だって普段は言ってるくせに、何でこう肝心な所に危機感がないのよ!!」

 

 そこまで言って、オルタはようやく違和感を覚える。

 完全にレオリオを性犯罪予備軍扱いしているオルタに、普段なら姉妹二人とアストルフォがかなり厳しく叱責するところだが、その叱責するはずの3人は「どうしよう……」と言わんばかりに頭を抱えており、理不尽に怒鳴られているソラやレオリオもオルタに何の反論せず、ただひたすらに気まずげな顔をして自分を見ていることに気付いたオルタはまた更に当惑して、狼狽えた。

 

「え? 何よその顔は? 待ってよ、さっきからあなた達は何なの!?」

「……あの、オルタ。……先ほどの……5分ほど前のインターホン聞こえました?」

 

 自分以外の連中の反応が理解出来ず、怒っているというより完全に虚勢でもう一度怒鳴る妹に、ジャンヌは躊躇いがちに尋ねる。

 脈絡のないその問いがまた更にオルタを困惑させるが、「インターホン」で彼女はこの家で頻繁に起こっている現象を思い出したのか、一気に顔から血の気を引かせた。

 

「? 聞こえたけど……って、さっきの郵便とか回覧板じゃなくてまたなの!?

 え? そいつの顔の紅葉、もしかして幽霊に殴られたの!? その幽霊、うちの中に入って来てないでしょうね!?

 ちょっとそこの白しっぽ頭! あの紙を捨てたら大丈夫じゃなかったの!?」

 

 姉の問いでようやくこの玄関先に自分以外全員集合している理由を理解して、「もう大丈夫」と油断してたところに来た所為か、「幽霊なんか信じてない」というスタンスを忘れてパニくったオルタが、階段を駆け下りてソラの胸倉を掴んで問い詰める。

 そしてソラはオルタにがくがく揺さぶられながらも気まずげな顔を続行して、しれっと答えた。

 

「霊のたまり場になってた原因はあの紙だけど、ノックとインターホンに関しては全然別の事が原因だよ」

「何よそれ! 最初に言いなさいよ! そしてさっさとそれを何とかしてよ!!」

 

 ソラの答えにオルタが半泣きでキレてるが、それでもソラはやはり気まずげで困ったように眉をハの字にしながら、レオリオとリリィに「今のうちに別室待機しといて」と言うように手を振りながら半笑いで、オルタに追い打ちを掛けた。

 

「ところでオルタちゃん、さっき君の隣の部屋でもリリィちゃんが『ノックされたからドア開けたけど誰もいない』ってことが起こったって言ってたんだけど、君の部屋は大丈夫だった?」

「何であんたは今更になって追い打ちを掛けるのよ! 家具を動かして部屋の隅まで探してたからわかんないわよ!!」

 

 先ほどのインターホンの件でこれだけパニクっているのに、すぐ隣の妹の部屋でも同じことが起こっていたことを知らされ、オルタは更に涙目になりつつも律儀に答えた。

 しかし、ソラの追い打ちはまだ終わらない。さらに激しくなった揺さぶりをもろともせずに、ソラは訊いた。

 

「そっか。けどさ、オルタちゃん。そもそも君、『ノックやインターホンされてドアを開けたら誰もいなかった』を体験した?」

「あんた私を追いつめるのそんなに楽しい!? そんなの…………って、あら?」

 

 揺さぶりながら勢いで答えようとしたオルタが、自分の答えに気付いてソラを揺さぶるのをぴたりと止め、胸倉から離した手を自分のあごにやって、やや考え込んでから答えた。

 

「…………そういえば、私はそれ体験してないわ」

「そう。じゃあついでにもう一個」

 

 訊かれて、姉と妹が何かと体験していた怪談として一番オーソドックスと言ってもいい現象を自分は体験してなかったことに気付き、少し冷静さを取り戻したオルタにソラは指を一本立てて、質問を重ねる。

 

「君、この場にはいないはずの家族の声が聞こえたって体験した?」

 

 その問いで、オルタは一瞬だけ呆けてから、顔の血の気を更に無くしてゆく。ホラーが苦手なので、何かとすぐにパニクって言動がやけにアホっぽく思えたが、オルタはそこまで察しの悪い人間ではなかった。

 その問いで、全て理解した。

 思い出した。

 

 一月ほど前、買い物から帰ってきたオルタを見て、2階に上がろうとしていた姉がポカンと呆けてから真っ青な顔色で、「オルタはいつから外に出ていたんですか?」と訊いてきたのを。

 ジャンヌは、買い物に出かけているはずのオルタが自分を呼んだから、2階に上がろうとしていたと話していたことを思い出す。

 

「……ねぇ、……ちょっと待ってよ……。まさか…………」

 

 何故ソラがそんなことを尋ねてきたのかを、その思い出した出来事で察してしまい、オルタは最悪の顔色のまま振り返って、縋るように姉に尋ねる。

 だが、今まで気を使っていたのか、それとも彼女達も信じたくなかったのか、決して口にはしなかった、確かめはしなかった事を長女は覚悟を決めて、薄々わかっていながらオルタだけ気付いていなかった事実を口にする。

 

「……オルタ。実は私とリリィがいる部屋に聞こえるノックはいつもノックだけではなく、……『声』も掛けられていたんです。……いつも、扉の向こうから『ちょっと今いい?』とか『早く開けて』と言ってましたし、インターホンの場合はいつもモニターに姿が映ってました。

 …………そして、その声や姿はいつも……あなたでした。……それに、他の部屋から聞こえる声や廊下をすれ違ったのに振り返ったら誰もいないという事も何度かありましたが……、それも全部ではありませんが、1割は全然知らない人の姿や声でしたが、残り9割は………………いつもいつもあなたの声や姿ばかりでした」

 

 妹の言葉に、オルタは絶句する。

 そして彼女は直立不動の姿勢のままぐらりと後ろに倒れかかったが、こうなることを予測していたのかソラが真後ろに待機していたのでそのまま受け止める。

 

 が、自分を受け止めたのがソラだとオルタが認識した途端、オルタは身を翻してもう一度ソラの胸倉を掴み、マジ泣き手前の顔で叫んだ。

 

「何それどういう事!? 私はどうなっているの!? この家に何がいるの!? 私はどうしたらいいの!?」

「オルタ! 落ち着いてください!」

「どうにかして欲しいんならまずは手を離してやって! ソラちゃんの首締まってるよ!!」

 

 オルタに揺さぶられても割と平然としていたソラだが、さすがに胸倉を掴むというより襟締めとしか言いようがない勢いで絞められたら、何か言うどころか呼吸が出来ないので、ジタバタもがいてソラはオルタを引き離そうとするが、完全にパニくったオルタはソラを余計に絞める悪循環。

 慌ててジャンヌとアストルフォがオルタを羽交い絞めにしてソラから引き離したので、何とかソラはパニくったオルタに絞め落とされずに済んだところで、咳き込みながらレオリオとリリィが2階の別室に待機したのを確認して、オルタの問いに答えてやる。

 

「けほっ! あー、とりあえず落ち着け。

 ジャンヌさんやリリィちゃんが目撃してるもう一人の君は、所謂ドッペルゲンガーだよ」

「それ、私本人が見たら死ぬ奴じゃない!!」

 

 落ち着けと言われているのに、ソラから返された「もう一人の自分」の正体、「ドッペルゲンガー」の逸話を知っていた為、余計にオルタは自分で自分の恐怖を煽ってパニクる。

 それをもはや呆れきった目でアストルフォは羽交い絞めながら眺め、「見てないんだからいーじゃん」と言うが、「そういう問題じゃない!!」と半泣きで怒鳴り返される。

 

「君のはそういうタイプのじゃないから大丈夫。つーか多分、絶対に君の前には現れないよ。

 ……っていうか君の前に現れる素直さがあれば、そんなん生まれるぐらいこじらせる前に色々と解決してると思う」

「そ、そうなの……?」

 

 一人勝手に暴走して怖がっているオルタに、やっと呼吸を整えたソラがその心配は杞憂だと断言してやって、ようやくオルタは少し落ちついた。

 が、落ち着いたら落ち着いたでオルタは多分気付かなければ良かったことに気付く。

 

「……ちょっと待って。ノックやインターホンがほぼ全部、たぶん私のドッペルゲンガーがやった事なら、さっきのインターホンもそうって事よね?

 ……ならもしかして、レオリオって奴を殴ったのは……私?」

「うん」

 

 オルタの問いに、ソラは素の真顔で即答。

 振り返って姉とアストルフォを見ると、二人は何も答えなかったが、またしても非常に気まずげな顔をして目を逸らす。

 その反応にどうしても良い予感がしなかったが、しかしたぶん知らないままでは話が進まないことを察しているオルタは戦々恐々としながら、「……わ、私はあいつと一体何があったの?」と尋ねたら、やはりソラは素の真顔のまま答えた。

 

「ドア開けたら消えるから、庭から玄関に回ったら確保できるかなーと思って私とレオリオ、ついでにアストルフォが向かったら、私とアストルフォを無視していきなりレオリオに腰のひねりで素晴らしい勢いをつけたビンタをかまして、その後はその場にしゃがみ込んで何故か号泣。

 で、インターホンのカメラで見てたジャンヌさんとリリィちゃんが慌ててやって来て、玄関開けたら消えた」

「その私は本当に何がしたいの!?」

 

 ソラの答えでようやく全員があんなに気まずげで困り果てた顔をしてた理由を理解したが、それ以上の謎すぎる情報をぶち込まれて、オルタは頭を抱えて叫んだ。

 そんなオルタに返せる言葉は、「こっちが訊きたいわ」一択だった。


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