死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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125:溢れ出たものと引き寄せたもの

「最初に言うと、ドッペルゲンガーは生霊みたいなもんだよ。そんでさほど珍しいものじゃない」

 

 レオリオとリリィを抜いたメンバーがひとまずリビングに戻ってソファーに座り、ジャンヌが入れてくれたお茶で喉を潤してからソラは言った。

 

「人間は誰でも生命エネルギーを生成してるし、私の何か変な能力はそのエネルギーを使ってる。

 っていうか、そういう変な能力を使うのがハンターの条件だと思ってくれたらいい」

 

 さすがにここで“念”についての情報を何も与えないまま説明や説得は不可能なので、かなりざっくりとしすぎているわ、ソラがジャンヌやオルタ達に見せた異能は念能力ではなく直死なのでほぼ嘘だわな説明だが、とりあえず最低限の前提知識としてソラは淡々と語る。

 

「で、その生命エネルギーには『系統』っていうのがあって、それによってどういう能力が向いてるかが異なるんだ。具現化系なら、その名の通り生命エネルギーを具現化させてることに向いてるとか。

 たぶん、オルタちゃんの系統は具現化系なんだろうね。この系統の人間なら、ちょっとしたきっかけと偶然が重なれば、無自覚無意識に『もう一人の自分(ドッペルゲンガー)』を生み出せるよ」

 

 ソラの言う通り、天空闘技場のカストロのような自分の意思で自在に動かせる分身(ダブル)は、操作・放出・具現化系という複数の系統が必要な為、相互協力(ジョイント)型ではなく個人で生み出すには、天賦の才に加えて血がにじむような努力が必要だが、長くて数分、下手したら数秒で消えるわ、コントロール不可能で勝手に動き回るような分身なら、修行どころか念能力者になる必要すらない。

 

 そもそも、おそらくオルタは「無自覚の内に精孔が開いて覚醒してしまった能力者」ですらないとソラは見ている。

 確かに精孔は普通の人間より開き気味で、垂れ流されているオーラは妙に多いが、それは十中八九ストレスによる一時的なもの。

 こういう、一時的に精孔が開いて半覚醒状態になる者はよくいるとは言えないが、珍しいという程でもない。200人のうち一人はいるかな? ぐらいの割合だ。

 

 精孔はストレスによって開きやすい傾向がある。だからこそ、「ポルターガイストが起こる家には虐待児がいて、ポルターガイストはその虐待児が念能力で起こしていた」という事例が数多くあるのだが、その子供が全員念能力者になるとは限らない。

 それはストレスによって「精孔を開き、放出して身に纏うオーラを増やさなければ危ない」と体が自己防衛反応を起こしたものであり、精孔が完全に開き切って能力者として覚醒していない限りは、ストレス源がなくなりさえすれば、オーラを放出する必要もなくなるので、あとは自然と精孔は閉じて普通の人間に戻る。

 

 ど素人であるはずのオルタがカストロのダブルもどきを具現化しているのは驚異的で、既にオルタは能力者として覚醒しているように思えるかもしれないが、これだってジャンヌ達の話をよく聞いてみれば、実はそこまで大したものではない。

 自分自身の姿など生まれ時からの付き合いなのだから、下手に意識して作り出すより無意識の方が、それこそ本人再現できるもの。

 具現化系は操作系と放出系が不得手なので、自分から独立して具現化したものを自在に操るには、どれほどの修業が必要なのは想像もつかないが、操る気も自分から離れた場所に長時間具現化する気もなければ、やはりここも大きな問題にならない。

 

 更にオルタのドッペルゲンガーがこの家の中にしか出現しなかったのは、彼女が生まれ育った家であり、彼女が普通に生活することで垂れ流していたオーラが一番染み込んでいる場所だからだと、ソラは推測している。

「家の中でしか現れない」という制約を無自覚に課しているというより、家の中に残留している彼女自身のオーラを補助として使って具現化していたと考えれば、具現化系であろうオルタが不在でもこの家の中に彼女の分身が現れた理由の筋が通る。

 

「だから現象としては別に大したことないよ。

 ……ないんだけど、言ってみればオルタちゃんは生命エネルギー(オーラ)をかなり無駄使いしてる……、普段から無駄に体力を消耗して、その所為で免疫力が落ちて風邪とかが引きやすいみたいな状態だから、君だけ家の中限定だったはずの幽霊に外でも取り憑かれてたんだと思う。だから、なるべく早く何とかした方が良いね」

 

 かなり雑にだが念能力とオルタの暴走しているであろう「ドッペルゲンガー」についての説明をしてやってからオルタの現状を伝えてやると、オルタは相変わらず顔色が悪いままだが、ジャンヌとアストルフォはほっと安堵の息をついてそれぞれ言う。

 

「ストレスが原因で今の状態という事は、そのストレスを取り除けばもうオルタに心配はないという事ですよね?」

「良かったじゃん、オルタ! この家のお化けの事はもうソラちゃんが解決したも同然だから、怖い思いしなくて済むよ!」

「何であんたは私のストレスがオカルト関連だと決めつけてるのよ!?」

 

 ジャンヌがソラの話から自分が思った解決法が正しいかどうかを尋ね、アストルフォはその答えを聞く前に輝くような笑顔でオルタに言うが、彼の発言はオルタを安心させるどころか普通にキレられた。

 しかしアストルフォどころか姉の方も、何故オルタがキレてそんなわかりきったことを訊くのがわからないと言わんばかりの顔で小首を傾げて、それぞれ悪気ゼロで言い放つ。

 

「え? それ以外にあったとしても、一番大きくて他のストレスが塗りつぶされる程なのは、絶対に幽霊関連では?」

「っていうか、今になって思うともう一人のオルタのノックやインターホンって、『怖いから一人は嫌。誰かと一緒にいたい』っていう本音の現れって感じだよねー」

「どっちの意見も同感だけど、たぶんオルタちゃんがドッペルゲンガーを生み出したきっかけのストレスは、幽霊関連じゃないよ。だから、そっちを解決してもオルタちゃんのドッペルゲンガーは消えない可能性がある」

 

 オルタがおそらく図星であろうアストルフォの発言にキレて彼の胸倉を掴む前に、ソラはしれっと答えて全員を一時停止させた。

 キレつつも、なんだかんだで自分の問題は解決するとオルタも思い込んでいたのだろう。ソラの発言に彼女は言葉こそは「どういう事よ?」とまだ余裕を含ませていたが、ソラに向けられた顔は泣く寸前の涙目だった。

 

「ん~、そう思う理由はまぁけっこう色々ある。リリィちゃんの話からだと、一番最初に起こったオカルト現象っぽいのが、君のドッペルゲンガーの仕業っぽいところとかね。

 でも、これはただ単にオルタちゃんが姉妹の中で一番敏感に、具体的な被害が現れてなくても幽霊の気配とかを感じて、それがストレスになってドッペルゲンガーを生み出しただけかもしれないから、この順番はそこまで気にしなくてもいいけど……、一番私が気になってるのは、オルタちゃんのドッペルゲンガーが『家がお化け屋敷状態なのが怖い』っていうストレスそのものだとしたら、レオリオ殴ったのは何で? って所かな?」

『あ』

 

 ソラに指摘され、全員がもう忘れたかったから記憶の端に追いやっていたつい10分ほど前の出来事を思い出し、そして頭を抱える。

 

「アストルフォの言う通り、もう一人のオルタちゃんはオルタちゃんの我慢しきれず溢れ出たストレスと、それに伴う願望そのものだろうから、コントロールは出来なくても、オルタちゃんがしたくないこと、しようとは思わないことは絶対にしない。

 だから、あのオルタちゃんがレオリオをいきなり殴ってその後号泣した理由である『ストレス』は、絶対にあるんだよ。それも結構大きな割合で」

「……オルタ、レオリオが一体何をしたって言うんだよ?」

「私が知りたいわよ!」

 

 どう考えてもオルタのドッペルゲンガーがレオリオにやらかしたことは、「お化け怖い」というストレスとはまた別の動機にしか思えないものだったと指摘され、アストルフォは心底レオリオに同情しながらオルタに問うが、オルタは自業自得なのか理不尽なのかすらよくわからない羞恥に襲われキレ返す。もはやこのマジギレも逆ギレなのか、キレてもしょうがないことなのかがさっぱりわからない。

 

「っていうか、私の分身が私のストレスそのものなら、それこそ何で今日初めて会った奴を、私は殴らなくっちゃいけないのよ!

 言っちゃなんだけど、私は向こうに『殴りたい』と思われる心当たりならあるけど、私自身は『殴りたい』って思う前に言いたいこと全部言い放ってるから、あのレオリオって奴に対してストレスなんか何も感じてないわよ!!」

「オルタ……。自分のやらかした無礼をそんなに堂々と開き直らないでくださいよ……。あとでちゃんと謝りましょうね」

「う~ん、オルタの言い分もわかるんだけど、あのオルタは本当に僕やソラちゃんに目も向けず、一直線にレオリオに向かって、渾身のビンタをかましたんだよね。

 本当、あのオルタはレオリオに何の恨みがあったんだか?」

 

 キレつつ「そもそも初対面のレオリオを殴るほどのストレスなどない」とオルタは主張し、ジャンヌはオルタの知っていたがちょっと横暴すぎるツンデレに苦言を零し、アストルフォは腕を組んで改めて考え込む。

 

 オルタの言う通り、オルタのドッペルゲンガーは彼女のストレスが具現化したものならば、初対面のレオリオは本来何ら関係ない。

 オルタは当初、レオリオ達の事を詐欺師と疑っていたし、未だに信頼しているとは言い難い態度なのでそれが原因かとも思ったが、仮にそうだとしてもそれならソラや彼らを連れてきたアストルフォも、攻撃対象に入るだろう。

 なのに、あのオルタは真っ先に玄関まで向かって行って最前列だったソラを押しのけ、アストルフォを無視して、その横にいたレオリオをブッ飛ばす勢いのビンタを決めて、そしてその後はやはりソラやアストルフォを無視してしゃがみこんで号泣だ。

 

 まず間違いなくオルタにとって「レオリオ個人」、もしくは「レオリオだけが持つ何か」が、唐突に攻撃して排除してしまいたいほど、そして自分で攻撃しておきながら泣き出すほどのストレスだったのは確実だが、それが何なのかはアストルフォはもちろん、実の姉や張本人もさっぱりわからず、それぞれ首を傾げたり頭を抱えて考え込む。

 

 ……そんな3人の反応を眺めながら、ソラは深い溜息を吐いた。

 実はこの女、レオリオへの渾身のビンタ時点ではさすがに訳がわからず困惑したが、ビンタをかましておきながらその場にしゃがみ込んで号泣しだした時には既に、オルタの「ストレス」に察しがついていた。

 

 だからこそ、ソラはわざわざレオリオとリリィに別室待機を命じた。

 本当はアストルフォも外すべきかと考えたが、ソラの想像通りならば、ある意味ではアストルフォはその後のオルタに対してのフォロー役に適役かと思い、外さなかった。

 が、出来れば自分が指摘するのではなくオルタ自身が自分で気づいて欲しかったのだが、オルタはもう一人の自分のやらかしたことは突拍子がないわ理不尽すぎるわで恥ずかしすぎる所為か、羞恥で頭が正常に働かずサッパリ気付く様子がない。

 

「……あのさぁ、オルタちゃん」

 

 だからソラは、見当違いだったらもちろん、当たっていてもひたすら気まずくて恥ずかしいから言いたくなどなかったことを、もう色々と諦めて酷く遠い眼をしながら、気遣って遠まわしに言ってもお互いの恥が長引くだけなのでシンプルに、どストレートに言い放つ。

 

 

 

「君、少しは素直に甘えなさい。処女がいらん意地を張るな」

 

 

 

 

 その場に、何とも重い沈黙が落ちる。

 言われたオルタ本人はもちろん、ジャンヌとアストルフォもソラが何を言いだしたのかも理解出来ず、ただただひたすらに「は?」と言いたげな顔で、けれどそのたったの一言すらも言えない顔で3人はソラを見ていた。

 その視線にものすごくいたたまれないものを感じてソラは、「……言いたくて言ったんじゃないやい」とゲンドウのポーズで呟いた。

 

 しかし残念ながらソラの切ない言い分は、言われた当の本人のオルタの耳には入らなかった。

 

「――――――!? !!??

 な、ななななな何を言ってるのよあなたは関係ないしどうでもいいでしょというか何で唐突に一体何のセクハラ!?」

「……これをセクハラだって思うのなら、()()()()()()()()()()()()()

 

 ソラのしたくなどなかったどこぞのマッドクラウンのようなセクハラ発言をようやく理解したオルタが、青白い顔を熟れたトマト状態にしてテーブルに自分の両手を叩きつけるようにして立ち上がり、向かいに座るソラを怒鳴りつける。

 しかしソラは自分で言った事に心底自己嫌悪しながら、ゲンドウのポーズ続行で言い返した。

 

「……オルタちゃん。君、自分の家族に向けられるセクハラの矢面に立ってるだろ?

 ジャンヌさんやリリィちゃんに何も知られないように」

 

 * * *

 

 もう一度、沈黙が落ちる。

 

 ソラに向かって今度はツンデレではなく完全に、純粋にブチキレていたオルタが目を見開いて黙りこんだ。

 

 オルタと同じタイミングでソラが何を言ったのかを理解したジャンヌは、妹と同じくらい真っ赤になりつつも、オルタと違って何も言えず黙り込み、アストルフォは珍しく空気を読んだのか何も言わずにただ女性陣から目を逸らしていたが、ソラの補足の発言により、二人とも眼を丸くしてから今度はソラではなく、オルタに視線を向けた。

 

「……何の……事よ……」

「そのまんまだよ。君はとてつもなく面倒くさい性格をしてるけど、姉も妹も大好きなのは一目でわかるんだから、これくらい想像つくさ」

 

 その向けられる視線を無視して、オルタは姉たちに「どういう事?」と訊かれる前に、ソラを睨み付けて恍ける。

 しかし、ソラは揺るぎなどしない。

 深い溜息を吐いてから上げた顔が、蒼玉の眼が真っ直ぐにオルタを見上げて言い切った。

 

「長女がやっと成人したばかりで、両親に急逝された、後ろ盾らしいものは何もない三姉妹。今日食べるものに困るほど困窮してる訳ではないけど、生活に余裕がない。更に言えば、3人とも絶世って言ってもいい美人揃い……。

 脳みそと下半身が直結してるような屑なら、見逃す訳がない条件揃いなんだ、君たち姉妹は。だから、ド直球の犯罪を犯す度胸はなくても、適当で薄っぺらい同情の言葉と小金で君たちを『買える』と思っている……、君たちの弱みに付け込もうとして、接触してくるカスは絶対にいるはず。

 

 ……そんなゴミどもの下劣な視線や言葉の防波堤に、君がなってたんだろう?」

 

 真っ直ぐに見据えて、告げる。

 下品な被害妄想と言って切り捨てたいソラの推測に、オルタは何も言い返せず唇を噛みしめて睨み付ける。

 被害妄想ではないことを、彼女は誰よりも何よりも知っている。

 まるで見て来たかのように、ソラの言葉の全ては当たっていた。

 

 そしてそんなのは、ソラが特別洞察力や想像力に優れていたから当たった訳ではない。

 こんなの誰でも思いつく、想像できる、ありきたりでありふれたものでしかない。

 

 ――だから、大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 

「…………オルタ……」

「……それが……、何だっていうのよ!!」

 

 ローテーブルに前のめりで両手をついている体勢のまま、オルタはソラに向かって吐き捨てるように言う。

 何かを言いかけた、自分を呼び掛けた姉を無視してオルタは叫んだ。

 

「私が優しいとか家族が好きだとか、そんなんじゃなくて私がやるしかないからやってることよ! 変な美化しないで!!

 リリィはもちろん、このお人好しお花畑の姉に聞かせられる訳がないじゃない!

 

 ただでさえこの馬鹿姉は、自分は学校やめて寝る間も惜しんでいくつもバイトを掛け持ちしてるくせに、リリィだけじゃなくてどうでもいいって言ってる私の話も聞かずに、こっちの進学費用を作ろうとしてるのよ!

 そんな自己犠牲大好きな馬鹿なんだから、ちょっと甘い言葉を掛けられたらすぐに騙されて、むしろこちらが全部搾り取られるのが目に見えてるのよ!

 しかもその騙された、付け込まれた理由が私やリリィの為だとか言われたら、こっちは後味悪いどころじゃないんだから、私が防波堤になってるだけよ!

 全部全部、私は自分が嫌な思いをしたくないからやってるだけなのよ!!」

 

 オルタの怒声にソラは揺るぎないが、苦笑する。

 本当にどうしようもなく面倒くさいが、わかりやすく妹はもちろん姉の事も好きで好きでたまらないと宣言してるも同然なことしか言っていないオルタに、悪いがつい和んでしまう。

 その反応が気に入らなかったのか、オルタは「何なのよその顔は!」とさらにヒートアップしてキレるが、オルタのガチギレに和んでいたのはソラだけではない。

 

「あー、はいはい。オルタ落ち着きなよ。ソラちゃんは初めから君の事を責めてなんかいないし、僕はオルタの事を褒めたいくらいだよ。

 うん、オルタはやっぱりジャンヌの妹でリリィのお姉ちゃんだよね。素直じゃないけど、ほーんとよく似た聖女姉妹だよ!」

「あんた、私の話の何を聞いてたのよ!?」

「全部ちゃんと聞いてたからこそ、この感想なんだけどなぁ」

 

 ソラと同じく、オルタの姉の事を言えないくらい、自己犠牲で姉と妹を守っていたという事実に和んでいたアストルフォがフォローのつもりで声を掛けるが、彼の無邪気極まりない発言は逆効果でしかなく、また更にオルタを怒らせる。

 しかし、アストルフォからしたらもはやオルタの言動と怒りは、ただの意地や照れ隠しにも見えなくなってきたので、彼は本気で呆れつつ不思議そうにオルタに訊いた。

 

「僕の感想のどこが的外れなの? っていうか、オルタはさっきから一体何に怒ってるの?」

 

 アストルフォの問いに、オルタは一瞬怯んだように言葉を詰まらせたが、それは一瞬だけ。

 オルタはアストルフォを睨み付けて、答えた。

 

「……全部よ。あんたの感想も! あんた達が言う私が怒って理由も! 全部が的外れだからよ!

 当たってるのなんて、私がセクハラの矢面に立ってることくらいよ! それだって、好きでやってるとは言わないけど、ストレス感じるほどじゃないわよ! 私一人がバカな嫌がらせを受け流していたらいいだけの事に、いちいちストレス感じる訳がないじゃない!!

 たかがセクハラ程度でストレスだの何だの、腫物を触るみたいに心配された方が、よっぽどストレス溜まるわよ!!」

 

 オルタの答えに、アストルフォは思わず「は?」とだけ言って絶句。

 まさかの「セクハラがストレス源」という前提を全否定されて、アストルフォの思考が一端停止する。

 

 まぁ確かにソラは「オルタがドッペルゲンガーを生み出した原因のストレスは、周囲からのセクハラ」とは言っていない。

 いないが、この流れでそれはないだろう。というか、何故それを全否定するのかがいくらオルタが意地張りだからと言っても、さすがにこの意地は本当に何の意味があるのかアストルフォにはサッパリ理解不能で、完全に固まって何も言えなくなる。

 

 アストルフォには、何も理解出来なかった。

 オルタが本当に否定したいものが何であるかが、彼にはわからなかった。

 

「……オルタ。良いんです。もう、わかりました。わかりましたから、もういいんです。お願いですから、あなたが傷つくだけの意地はやめてください」

 

 アストルフォにはわからなかった。

 けれどジャンヌには、姉にはわかった。

 

 だからジャンヌは後ろから、どれほど傷ついても沈黙を続け、一人で耐えようとしている妹を抱きしめて懇願した。

 

「!? な、何の話よ! 離しなさいよ!!」

「……オルタ、すみません。頼りない姉で、あなたに心配ばかりをかける姉でごめんなさい」

「そ、そんなのわかりきってるから離しなさいよ!!」

 

 ジャンヌに抱き着かれてオルタが困惑して引き離そうとするが、ジャンヌは妹を離さず余計に力を込めて抱擁しながら謝罪をし続け、オルタが余計にむきになって引き離そうとするカオスをポカンとしばらく眺めた後、アストルフォはソラに視線を移して「これ、どういう状況?」と尋ねた。

 ソラもソラで、姉妹の微笑ましいのかお前ら落ち着けと言うべきなのかよくわからないやり取りを、曖昧な笑みで眺めながらしれっと答える。

 

「アストルフォ。オルタちゃんにとって一番のストレスはおそらく、『お化け怖い』でも『セクハラ』でもなく、『信仰を捨てたのに、その信仰が育んだ倫理や道徳という価値観を捨てられないこと』だ。

 彼女は自分の両親を助けてくれなかった神様を許せず、憎んで恨んでいるからもう信仰はしてない。むしろその信仰を全否定して、冒涜し尽くしたいくらいなんだろうね。

 

 けど、オルタちゃんは自分の中の倫理や道徳を……、神様によって教えられて信仰が築き上げた良心は冒涜できないんだ。それは『間違ってる』なんて言いたくない、『正しい』って信じていたいものなのに、それを『正しい』と言った神様は、正しいはずのものを全て守っていた両親を助けてはくれなかったっていう失望に繋がってしまうから、オルタちゃんは自分にとって『正しい』と思えることをしても、『正しくない』と思うことをしても、どっちにしても強いストレスを抱え込んでしまうんだ」

 

 ソラの答えに、アストルフォはきょとんと目を丸くし、オルタもピタリを暴れるのをやめる。

 そしてソラはオルタの方に視線をやって、彼女が「セクハラがストレス源ではない」と頑なに否定した理由も指摘する。

 その否定していた理由こそが、ソラが真っ先に気付けた理由でもある。

 

「君が『セクハラがストレス源じゃない』って否定するのも、下手したらセクハラの防波堤になるのも確かに、姉や妹の為と言うよりは自分の為かもね。

 君は純潔を尊ぶカトリックを否定したいからこそ、セクハラとかを『大したことじゃない』と思いたがっているんだ。自分はカトリックを否定して冒涜しているから、自分にとってセクハラなんか大したことないじゃないから平気って自分に言い聞かせるためにしてたんだろう?

 

 でも、君の真の価値観、捨てられないものが心の底からその役割を嫌がった。傷つき続けた。

 だから君の本音そのものであるドッペルゲンガーは、いきなりレオリオを殴った挙句に泣き出したんだ。

 私は女だし、アストルフォはこんな格好で前々から面識はあって信頼していたからだろうけど、君にとってレオリオ……というか『男』という時点で、もはや存在そのものを即座に排除したいほど許容できないし、自分で殴っておきながら触れた事が耐えられずに泣いちゃうほど、君は傷つき続けたんだよ」

 

 言ってみれば、ソラとオルタの性に対する価値観が似た者同士なのだ。

 どちらも本質的に相当潔癖で純情なのに、ソラは魔術師としての価値観がその潔癖さを恥だと、オルタは神に対する憎悪がこんな価値観は無駄だと思っている所為で、ソラもオルタも性に関してオープンなのか潔癖なのかよくわからない反応を取ってしまう。

 

 だからこそ、殴っておきながら号泣したオルタのドッペルゲンガーを見て……、泣き出す間際の彼女の顔が酷く怯えていたことにソラは気付いたからこそ、オルタのこじれにこじらせたストレス源に気付けた。

 

 そしてソラの指摘に、オルタは何も答えない。

 ただ、ソラにド直球なセクハラをぶちかまされた時と同じように顔を真っ赤にさせつつ、ジャンヌを背中に抱き着かせたまま唇を噛んで俯き、黙り込む。

 あまりにもソラの言葉が全部図星だと、雄弁に語る沈黙だった。

 

 ……ついでに言うとどう見ても八つ当たりにしか見えなかったビンタは、本当に理不尽な八つ当たりだったことに、思わずアストルフォもゲンドウのポーズになって、「……レオリオ、何かごめん」と彼がこの件に関わった原因が自分なので、ひとまず謝っておいた。

 しかしソラはアストルフォの謝罪に、「いや、あいつオルタちゃんを見た瞬間、思いっきり鼻の下伸ばしてたし、胸もガン見してたから、別に八つ当たりではない。殴ってOK」と、レオリオではなくオルタの方をフォローしだした。

 ソラのフォローにアストルフォは、自分の後輩の正直さ加減に何とも言えない気持ちになって更に遠い眼になりつつ、もうその話題は横に置くことにして話を変える。

 

「あー、うん……。ならもう別にいいや。

 ……ところで、オルタのストレス源が『信仰を放棄したいけど、信仰が作り上げた良心を捨てられない』なら、どうしたら解決になるのかな?」

「うん。私もそれで今悩んでる」

 

 しかし、アストルフォが変えた話題で今度はソラの方が遠い眼になり、オルタはソファーからクッションを引っ掴んでソラに投げつけた。

 

(ひと)に散々恥かかせておいてそれ!?」

「それは本当に悪いと思ってるけど、実際にどないせいって言うんだよ!?」

 

 どれほどストレスを感じようが知られたくなかったからこそ、心の中に押さえ込んで押し込んで閉じ込めて、だけど溢れ出たものをこの上なくストレートに全部曝け出したくせに、肝心な解決法がないというソラにブチキレるオルタの気持ちもわかるが、ソラのクッションぶつけられた後の言い訳も責められない。

 

 実際、これは他人にはどうしようもない。

 オルタがドッペルゲンガーを生み出した直接的な原因は、「セクハラと、それを自分以外の家族に向けられないようにする防波堤という役割」であり、それに「お化け怖い」も加わってしまったからこそ、彼女の分身が具現化する頻度が上がってしまったという悪循環が現状だったのだろう。

 なので、そのストレス源を取り除けば、おそらくドッペルゲンガーは消えるはず。

 

 そしてストレス源を取り除くのは、そこまで難しくもない。幽霊関連に関してはもう解決しているも同然であり、セクハラに関しては、リリィはもちろんジャンヌにも頼りたくないというのなら、アストルフォに頼ればいい。

 彼なら間違いなく、そこらの女よりセクハラの対応には慣れているとソラは勝手に確信していた。そして、試しにソラが「オルタのフォローお願い」と言えば、彼は胸を張って「任せて!」と言い切ったので、ソラの勝手な思い込みは間違ってないだろう。

 だから、オルタが一人で抱え込んでいたこの問題は、もう解決したと言ってもいい。

 

 しかし、オルタが抱える根本のストレスが解決されなければ、これは一時的なガス抜きにしかならない。

 オルタは信仰をもうする気はないどころか、神を憎んでいる。

 だけど彼女は本質的に善人で、信仰によって築きあげた倫理や道徳を捨てることが出来ない。

 

 元が善良で真面目だからこそ、自分の倫理観に反した行いなど出来ない。したくない。

 けれど、その倫理観に従った行いをすればするほど、「どうして神は両親を見殺したの?」という神に対しての不信感が積もり募る。

 信仰と自分が守ってゆきたい道徳は別だと考えたくても、彼女は生まれてからずっと「悪いこと=神の教えに反すること」と教えられてきたし、その教えそのものに不満はないからこそ、オルタの中で不満が膨れ上がる。

 ただ自分がしたいこと、正しいと思えることをしているだけなのに、自分が憎んで止まない相手の教えを正しいと肯定する、結果として自分の行いが相手の得になることを不満なく行える人間など、そうそういない。

 

 オルタのストレスは宗教観が薄い人間にはよくわからないものかもしれないが、こじれてはいても実はそう複雑なものではない。

 ただ単に、彼女は両親が大好きで、そしてどんなにこじれても自分の中の善良さを捨てることが出来ない人間だからこそ抱えて込んでしまったものに、ソラは溜息を吐く。

 複雑どころか割と単純だからこそ、誤魔化しが効かず解決策が見当たらないストレスに、ソラの方も頭を悩ませる。

 

 ソラは魔術師だからこそ、神の存在を信じているというより、普通に実在したことを知っている。

 だが、魔術師だからこそ彼女は「神」を「人間の上位種」くらいにしか思っていない。絶対的な力を持っていたが、魔力(マナ)に頼りきりな存在だったからこそ、地上の魔力(マナ)が薄れたらあっさり生きてゆけなくなって滅びたか、世界の裏側やら妖精郷(アヴァロン)のような平行世界とはまた違う、同じ世界線でありながら酷く遠い隣りの世界に逃げ込んだ、そうしないとこの星では生き残れなかった、進化の行き止まりに行き着いてしまった者でしかない。

 

 だからこそ、ソラからしたらこの話は「信仰と倫理観を分けて考えればいいじゃん」の一言で終わる。

 ソラにとって神様は、慈悲深くて人間を自分の子供として慈しんで見守っている存在なんかではないから。

 人間に対して手助けをしてくれたりするのは、たまたまその神が善良だったか、もしくはその手助けした対象を個人的に気に入っただけの気まぐれに過ぎない。

 

 ソラの知っている神……全知全能な神ではなく特定の権能しか持たない神でも、人間味などないくせにどこまでも悪い意味でばかり人間らしい身勝手さを持つ存在なのだから、全知全能の神に対して慈悲を期待するのは愚行でしかないとまで、実は思っている。

 

 だって、全知全能という事は……それは一人で全て事足りるということ。

 そんな存在が、人間に慈悲どころか興味を懐いてくれる訳がない。祈りも呪いも、どちらも神にとっては同じもの。

 思うことなどきっと、「ウザいから自分に関わるな」くらいだ。むしろそれさえも思ってくれていたら良い方。それは少なくとも、無関心ではないという事なのだから。

 

 しかしそんなこの世の宗教をまんべんなく平等に、根本から否定し尽くす不謹慎この上ない発言はさすがに言えない。

 確信犯的なエアブレイカーと認識されているソラだが、人を傷つけたくて空気をぶち壊している訳ではないので、さすがにこんな事をこんな状況で言う訳がない。

 

 本当に、神を憎んで憎んで憎んで憎みきっているのなら、言っても良かった。

 この発言が神への信仰心と、彼女が抱き守る倫理観を完全に切り離すことが出来るのならば、ソラは躊躇なく言い放っただろう。

 

 しかしソラから見てオルタは、完全に信仰心を失っているようにも見えないから何も言わない。

 彼女の信仰の放棄や否定は、むしろ――――

 

「……オルタ。一つだけ、言わせてください」

 

 オルタの抱える「信仰を捨てる」と「倫理や道徳を守る」という、彼女にとっては真逆の行動指針にどう折り合いをつけるべきか悩むソラの代わりに、先ほどからずっと妹を抱きしめていたジャンヌがポツリと言った。

 姉の言葉にオルタは「あぁ、もう! 何でも勝手に言えばいいじゃない! っていうか、いい加減離れなさいよ!」と怒鳴れば、ジャンヌは「そうですね、すみません」と素直に謝って離れ、それから彼女は淡く微笑んで妹に告げた。

 

「オルタ。あなたは一つ勘違いをしています。

 主は私たちの両親を見捨てたとあなたは思っていますが、それは違うのです。

 

 主は、()()()()()()()()()()()()()。主は私たちの両親も、私たちも、この世の誰も見捨てたりなどしません。いつだって、皆を平等に見守っておられます。ですが、()()()()()()()()()

 …………だから、あなたの悲しみや主に対する憤りは正しいでしょうが、……どうか決して『見捨てた』と思い込み、自棄を起こさないでください」

「「……………………はぁ?」」

 

 * * *

 

 ジャンヌのまさしく聖女と言わんばかりに優しく、慈悲と慈愛に満ち溢れた微笑みから告げられた言葉に、思わず言われたオルタだけではなくソファーに座ってお茶を飲んでたアストルフォまで口をポカンと開けて思わず声に出た。

 

 まさかの、敬虔の見本のようなクリスチャンのジャンヌから「神」の在り様を全否定する発言が理解出来ず、二人はそのまま二の句が継げずに固まるが、二人を硬直させた当の本人も本人で、二人が何故固まってしまったのかが理解出来ず、小首をかしげてから助けを求めるように、控えめにソラに視線をやる。

 

 ソラもソラでジャンヌの発言に目を丸くしていたが、彼女は二人よりはジャンヌの発言の意図を理解していたらしく、丸い眼のまま確認するように口を開いて尋ねた。

 

「……あなたにとって『主』……『神様』は、『窮地を救ってくれる絶対者』じゃなくて、『正しい道へ教え導く、全ての存在の父母』って所なのかな?」

「…………え? 違うの……ですか?

 もしかして、『主』を前者で認識している人が多いのでしょうか? どうりで、私は同じカトリックの方でも時々話が通じなくなるわけですね」

 

 ソラの問いにジャンヌもきょとんと目を丸くして、軽く狼狽えてから一人で納得する。

 その答えと反応でさすがのソラも絶句、逆にオルタとアストルフォが数秒の間を開けて復活し、それぞれジャンヌに突っ込みを入れた。

 

「あんたそんな風に思ってたの!? というか、何でそんなただ見てるだけな奴なんかを信仰してんのよ!?」

「ジャンヌは何が言いたいの!? オルタの信仰心にトドメを刺したいの!? というか、本当にそれじゃあオルタの言う通り、神様はただの見ているだけな人じゃん! 意味あんのそれ!?」

「? ??? いえ、見ているだけではなくて、主は誰をも平等に見守っていると……」

「「だからそれ、見てるだけでしょ・じゃん!!」」

 

 オルタとアストルフォからの集中砲火の突っ込みに、ジャンヌはオロオロと困惑しつつも二人の突っ込み「見ているだけ」という部分を否定するが、どうもジャンヌの言い分は二人に通じない。

 全く同じ突っ込みを同時に返され、余計にジャンヌはどう説明したらいいかがわからず、逆に二人に「え? 何故、そうなるんですか?」と訊き返すという話が全く進まないカオスのドツボに陥る前に、ソラが2回ほど両手を打って自分に注目を集めて言った。

 

「……あー、たぶん何となく、ジャンヌさんの言いたいことがわかった。

 というか、ジャンヌさんの宗教観というか信仰心が根本から私やアストルフォはもちろん、同じクリスチャンのオルタちゃんとも違うのに、そのことをジャンヌさんは自覚してないから、変なすれ違いが起こってるわ。

 

 ……ジャンヌさん。オルタちゃんにとって宗教と信仰は多分、『今、生きているこの瞬間』、つまりは現世の為のもの。

 そしてオルタちゃん。ジャンヌさんにとって宗教と信仰は、『この生を終えた後の為のもの』なんだ。つまり、ジャンヌさんにとって現世っていうのは、死後の世界に地獄に行くか天国に行くかを決める為のテストみたいなもん。

 だから、神様は正しい行いをしていたからといって、人を救わない。どれほど残酷で理不尽な死さえも、ただ見守るだけで手助けはしてくれない。

 

 その状況に陥った時、どんな行動をするかこそが神様にとって見たいテストの結果なんだ。だから、どれほど善良でも助けはしない。

 聖書による奇跡の類は、テストそのものに不備があったからそのフォローに過ぎないものであって、神様が本来すべきことは、その結果に応じたその人が行くべき『先』へと送り届ける事なんだ」

 

 ソラの説明に、ジャンヌの方は「あぁ、そうだったんですね」とあっさり納得するが、オルタの方は「はぁっ!?」と半ギレの声を上げた。

 

「何よ、それ!? あんた、何がどうなってそんな考え方に行き着いた訳!?

 それじゃあ……それじゃあ結局私たちは、『神様』とやらがお気に入りを選別するために『今』を生きて、その行動を勝手に点数づけられてるって事じゃない!!」

 

 ジャンヌの考え方が受け入れられないオルタは、ソラから姉に視線を移し、振り返って叫ぶ。

 

「私たちは結局、神様のペットか何かって事? 自分のいう事を聞く奴だけを集めて、その為ならどんなに正しく生きた人を……何にも悪くなかったお父さんやお母さんを助けてくれないで見殺すような奴を、私たちはずっと信じてたって事!

 そしてあんたは、そんな奴をこれからも信じていくつもりなの!?」

 

 オルタの叫びに、ようやく少しは見せた本音……、両親の死という深い傷を曝け出した妹にジャンヌは悲しげな眼をしながら、それでもどこまでも清廉とした美しい笑みを浮かべて、彼女は首を横に振る。

 

「……いいえ、オルタ。違います。あなたが両親を助けてくれなかった主を不満に思い、憎む気持ちはわかります。

 けれど、オルタ。よく考えてみてください。この世全ての生死が、老衰以外は悪人が主の罰として命を奪われ、主の教えに忠実な者は例え純粋な事故であっても主の慈悲によって救われる……。そんな世界なら、確かにこの上なく平和で穏やかな幸福に満ちた世界でしょう。

 ……しかしそれこそ、あなたが言う『ペットのような扱い』ではないでしょうか?」

 

 何かを言いかけた、ジャンヌの言葉を、考えを全て拒絶して否定しようとしていたオルタの口から何も言葉は出てこなかった。

 何も言い返せないまま、「許せない」という怒りと「どうして?」と縋るような疑問が入り混じる顔をしている妹に、ジャンヌは少しだけ困ったように、けれどこの上なく愛おしそうに微笑んで言葉を続ける。

 

 自分が信じてやまない、「主の愛」について語る。

 信じている主への擁護ではなく、傷つき続けた妹を救う為に彼女は語った。

 

「主に全てを任せてしまえば、それこそ間違いなど起こりはしないでしょうが、そうなるときっと私たちは考えることを放棄します。何故、主の教えが正しいのか、人を傷つける事、物を盗むという行いが何故許されないことなのかを考えず、ただ主の慈悲に依存して主の言葉をうのみにして生きる事こそ、私にとってはペットや家畜と同じ生に思えます。

 

 ……主は、始まりの人であるアダムとイヴが知恵の実を口にしたことで、彼らを楽園から追放したとされていますが、私にはこれは『罰』ではなく、人間にに対して主の『期待』と『信頼』だと思えるのです。

 自分の教えをただうのみにするのではなく、自らの意志で考えることが出来るからこそ、間違いを犯してしまった。しかし、だからこそ、その間違いを、罪を、『何故、これが罪なのか、何が悪かったのか』を考えて理解することができると、主は私たちに期待し、信頼してくれたからこそ、人をただ庇護すべき弱い存在ではなく、自分の力で生きてゆける強い存在だと信じてくれたからこそ、人は何もかも与えられる箱庭の楽園から、不条理と理不尽に満ちた地上へと降ろされたのでしょう。

 

 主は私たちの事を深く深く愛してくださっているからこそ、ただ甘やかすのではなく、どれほど傷ついても必ず私たちはこの世界に満ちた不条理と理不尽を駆逐し、楽園に帰るのではなくこの地上を楽園にすることを信じてくれているからこそ、……主は私たちを見守って下さっている。

 ……私はずっとずっと、そう考えていました。主は、私たちを救ってくださるのではなく、どんな間違いを犯してもその間違いをいつか正せると信じ、見守って下さっていると思っているからこそ……私はずっとずっと、そしてこれからもずっと信仰を続けてゆくつもりです」

 

 オルタはジャンヌの宗教観を見誤っていた。

 姉は死後の世界をメインに見据えているから、現世は天国に至る為の前準備ぐらいにしか思っていない、「今」を真面目に生きてはいるが蔑ろにしていると感じた。

 だからこそ、許せなかった。

 

 だってその考え方を認めてしまえば、自分たちの「今」も、「過去」も、……家族と幸福に過ごした日々はただの「天国へ行くための点数もしくは内申点稼ぎ」でしかなくなってしまうと思えたから。

 だから、オルタは「許せない」と思いながら、「どうして?」と泣きそうになりなりながらも姉に縋り付いた。

 

「私たち家族との幸福な日々は、天国という死後の世界の為の踏み台でしかないの?」とオルタは思ってしまっていた。

 

 だが、その考え自体が見当はずれであることを思い知らされて、オルタは今度こそ何も言えなくなり、というかジャンヌの発言の理解に頭の情報処理が追いつかず。キレながら泣き出しそうだった顔が幼げな、呆気に取られた顔になったままポカンと絶句してしまう。

 

「……ジャンヌって知ってたけど、ある意味ハイパーポジティブだよね」

「……アストルフォ、聖人ってだいたいみんなそうだよ。

 っていうか、本当にジャンヌさんにとって宗教も信仰も、『死んだ後の為のもの』でしかないんだね。正しく生きても理不尽な出来事や死に襲われた時、それを悲劇として終わらせるのではなく、『その先に必ずこの正しさが報われる』という期待を懐くことで、自分の信じる『正しさ』を無意味だと絶望しないようにするためのものでしかないだろ?」

 

 同じくジャンヌの言葉に目を丸くしていたアストルフォとソラが、この若さでそこまで達観しつつ、その考えを自然体で実行している彼女の芯の強さに心の底から敬意を懐きながら、その敬意が飛び抜けてしまった所為で生じた呆れを目に浮かべて言った。

 

 彼女は全く「今」を蔑ろになどしていない。むしろどこまでも「今」と真剣に向き合って、真摯に生きている。

 彼女にとって信仰は大切なものだろうが、縋って依存するものではない。ただどうしても立ち向かえず傷つくしかない理不尽を前にしても、絶望せずに立ち上がる為の拠り所にしているだけだ。

 

 宗教勧誘によくある「今の不幸はこの宗教を信仰していないから。この宗教を信仰すれば幸せになれる」という誘い文句を、この上なく敬虔に信仰しているが故に真っ向から全否定するジャンヌこそ、宗教家としてふさわしいのではないかと、ソラとアストルフォは本気で思いながら言ったのだが、言われた当の本人は少し恥ずかしがるように苦笑しながら否定した。

 

「まさか。ソラさんのおっしゃる通り、私にとって信仰はどうしても避けようがない、いつか訪れる『死』に対する恐れで足がすくみ、迷いが生じない為のものですけど、私が聖人だなんて買いかぶりです。

 言ったでしょう? 私は、オルタが神を……主を憎む気持ちも理解出来ると」

 

 あそこまで神に、主に対しての信仰心を、信頼を語っておきながらジャンヌはにこやかに、何の躊躇もなく「自分も神を憎む気持ちがある」と暗に言って、絶句していたオルタが「はぁっ!?」という声を上げて再起動。

 しかしオルタにそんな声を上げさせた等の本人は、またしてもオルタの反応をイマイチ理解できていないのか、頬に手を当て小首を傾げた。

 

「? そんなに驚くことですか?」

「いや、あんた自分の言ってること本当に理解してるの? さっきまでの主の愛がどうのこうのって話を聞かされたら、私の気持ちなんて理屈の上では程度の理解しかしてないと思うし、私だってそれ以上は求めないわよ」

 

 オルタは姉の天然と言うべきなのかよくわからない思考のズレに疲労を感じつつ突っ込みを入れると、ジャンヌは両親の急逝以来、頑なに信仰を全面的に否定していたオルタが少し軟化したことが嬉しいのか、彼女の言葉に嬉しそうな微笑みを浮かべて、軽やかにオルタの疑問に答える。

 

「理解してますよ。けれど、所詮あれは綺麗事であると私だって思ってます。

 私だって両親が今でも大好きなのですから、何の非もなかった両親をきっと助けられるだけの力を持ちながら、何もしてくれなかった主に対して『どうして?』と思う気持ちはありますよ。

 ……だから、オルタ。あなたが主を許せないと思うのも、主に対して憤るのも私は止めません。それが正しいかどうかは私にはわかりませんが、少なくとも両親を愛しているからこその悲しみや憤りを否定などしませんし、否定する者こそ私だって許せません。

 

 だけど……どうかオルタ、お願いですからあなたは自分が『正しい』と思えない事を、自分が傷つきながら本意ではないのを、主に対する復讐心だけで行わないでください」

 

 笑いながら、オルタと同じ思いを懐いていた、決して自分はこの世の理不尽を全て許し、誰も何も憎まずにいられるほどの聖人君子ではないことを妹に伝えながら、妹の思いを否定せず肯定しながらも、それでも妹を愛しているからこそ許してはいけないことだけをジャンヌはオルタの肩を両手でしっかり掴んで教え諭す。

 

「オルタ。私は敬虔な信者ではなく、主に対して憤りを覚えても、あなたのように真っ向から『どうして?』と訴えることが出来なかった臆病者です。

 今まで信じていたものを全て捨てて、主に対して『間違っている』と訴え、そして自分が傷ついても私たちを守ってくれたあなたを、何よりも誇りに思っています。

 

 ですが、オルタ。主を許せないのなら、主を憎んでいるのならなおさらに、あなたが主の教えを否定して冒涜することは間違いです。

 だってあなた自身が、その行いを『正しい』とは思ってなどいないのでしょう? あなた自身が『正しい』とは思えない行いをしておきながら、主に対して『お前は間違えている』と訴えて、説得力があると思いますか?

 あなたがどれほど傷ついても、あなたの傷そのものがあなたのしていることを『間違い』であると証明してしまうのです。

 ……だからどうか、あなたは主を許さなくていい。憎んでもいい。ですが、自分の気持ちや正しさにだけは嘘をつかず、生き抜いてください。

 

 何もできない……ただ見守るだけの主を許せないというのなら、どうかその『許せない』という言葉を堂々と主に対して言ってのける為に……、あなたはあなたが信じた、あなたが守り抜きたい『正しさ』を貫いてください。

 そうでないのなら私は、あなたが主に訴えかけている時、あなたの味方を出来ません。私にとって主の教えよりも何よりも、あなたが傷つかず、一つでも多くの幸福を手にして生き抜くことの方が重要なのですから、あなたが本意ではない生き方をして、負う必要のなかった傷を負う生き方をされては、私はあなたの『許せない』を正しく思えても、決して味方にはなれないことだけは……どうか覚えておいてください」

 

 姉に肩を掴まれて、真っ直ぐに見据えられて言われた言葉に、オルタはしばし黙っていた。

 しかし、その沈黙は10秒ほどで破られる。

 

「…………あんたって本当に、恥ずかしくなるくらいの直情馬鹿よね。イノシシみたい」

 

 容赦ない辛辣な、いつもの憎まれ口を叩く。

 叩きながら、顔を上げた。

 

「いらないわよ、味方なんて。……私は、味方なんかいなくても一人で正々堂々といつかあんたが言う『主』に訴えてやるわよ。

 私が許さないこと、間違っていると思っている事を全部全部ぶちまけてやるわ。誰にも私の事を責めようもないくらいの『正しさ』を貫いて、その証拠に『主』が何もしてくれなかったから失った両親のこと以外の『傷』なんか何もない姿でね」

 

 憎まれ口を叩きながら、姉に対して馬鹿にするように鼻で笑いながら、両眼から大粒の涙を一滴だけ零してオルタは姉に言ってのける。

 切り離せなかったものを切り離して、自分が守り抜きたいものをこれからも守り続けて生きていくと宣言する。

 

「……そうですか」

 

 その宣言に、ジャンヌは慈愛そのものの笑みを浮かべ、妹の涙の雫を指で拭ってやりながら一つだけ懇願する。

 

「……ですが、オルタ。私はあなたが弱いと思っているから味方になりたいのではないのです。私はあなたの姉で、あなたが愛おしくてたまらないからあなたに頼りにされたいし、あなたの味方でいたいのです。

 ……ですから、たまには姉孝行をしてくださいね」

 

 オルタが甘えやすいようにの方便か、それとも本気でそう思って言っているのかは、実の妹でもわからなかった。

 しかしどっちにしてもオルタからしたら気分のいい話ではないので、オルタは「ふんっ!」と鼻を鳴らして自分の涙を拭うジャンヌの手を振り払ってそっぽ向く。

 

 そっぽ向きつつ、蚊が鳴くような声音で言った。

 

「………………気が向いたらね」

 

 その答えに、ジャンヌは子供のように嬉しそうな笑顔で「お願いしますね!」と答えるので、オルタはまたいつものツンデレを発揮して「うるさい!」と怒鳴る。

 そこに険悪さはどこにもない。ただの「喧嘩するほど仲がいい」……にしてもオルタが一方的に噛みついているだけの、微笑ましいじゃれ合いだった。

 

 * * *

 

「……解決したっぽいのは良いけど、私が自己嫌悪しながらセクハラをぶちかました意味はあったのだろうか?」

「……い、いや、オルタとジャンヌの宗教観がすれ違ってるのに、お互いそのことに全然気付いていなかったから……ソラちゃんが良いきっかけになったと思うよ、うん」

 

 姉妹のじゃれ合いを眺めながら、ソラが遠い眼で呟くとアストルフォがかなり頑張ってフォローを入れてくれた。

 そのフォローをひとまず素直に受け止めて、ソラも遠くにやっていた目を戻して微笑む。

 

 ソラでは、神や宗教の存在そのものを否定する言葉しか浮かばなかった。

 けれどそれは、オルタをさらに傷つけ、彼女が守ってきた価値観を見失わせて空っぽにさせるだけだとわかっていたから言えなかった。

 

 だってオルタの信仰の放棄と否定は、信じていたのに裏切られたと思っていたからこその悲しみであり、同時にまだ本当に放棄し切れていなかったからこその反抗だから。

「どうして、お父さんとお母さんは死ななくちゃいけなかったの?」「どうして、両親を助けてはくれなかったの?」あたりが、オルタの本音だろう。

 オルタの反抗は、両親の死に対する抗議と、ただひたすらに何の理由もない理不尽な死という現実を否定したくて、理由が欲しくて誰かに教えて欲しかったからこその駄々のようなもの。

 

 だから、ジャンヌの言葉でいつもの意地を張りつつも、彼女が抱え込んだストレスは解消された。

 

 口ではこれからも信仰などしないと言っているが、おそらく本音ではやはり彼女は自分の「正しさ」から「信仰」を切り離せていない。

 しかしもう、切り離す必要はない。

 オルタは両親の死が、何の理由もない理不尽なものであることを受け入れた。しかし同時に、神に見捨てられたのではないと姉に諭されたから、死した後にも自分がしてきたこと、貫いてきたものに意味はある、例えどれほど唐突で理不尽な死が訪れても、それで終わりではないという希望を得たから……、両親の死に理由はなくとも、両親の生に意味は確かにあった事を理解したから、そしてその希望を肯定するのが自分が守り抜きたい「正しさ」を教えてくれた信仰だから、もうオルタの中に何の矛盾もない。

 

 ただ今まで程、主に対して盲目的な信仰という名の依存をしなくなっただけの話。

 これはきっと、親離れの一種だったんだろうなとソラはカップに残っていたお茶を飲み干して思った。

 

「あー、でも本当に良かった! これで、全部解決だね!!」

「いえ、アストルフォ。まだ家の中に残っているらしい幽霊を何とかするのが残ってますよ」

「ちょっ! せっかく忘れてたことをそんな捨て忘れのゴミみたいに言わないでよ!!」

 

 そんな風に微笑ましくソラが思っていると、アストルフォも同じく微笑ましそうに、そして嬉しそうに笑いながら一度手を打って事の解決を喜ぶ。

 が、案外冷静なジャンヌがサラッと忘れられたら困る後片付けの一つを指摘し、すっかり忘れていたオルタがちょっと久々に顔色を悪くして突っ込みを入れる。

 

 そしてソラの方はというと…………

 

「……あー……この空気の中、大変言いにくいけど……ごめん。まだ解決してない」

「え?」

「へ?」

「……はぁっ!?」

 

 非情に気まずげな顔で、もう中身が空のカップを両手で包んで弄りながら誤魔化すように笑って言った。

 もちろん、その笑顔に誤魔化されるどころか逆効果なのはオルタ。

 

「どういう事よ!? あんたこれ以上私にまだ恥かけっていうの!?」

 

 ソラの胸倉をまた掴みあげて、オルタはまだオカルト現象が解決しないことと、自分が原因かもしれない不安と羞恥で顔色を青くさせたらいいのか赤くした方が良いのかもわからない状況の中、とりあえずキレた。

 別に非は自分にある訳でもないのに、とりあえず感覚でキレられたソラも災難だが、相変わらず自分の事に関しては寛容なソラは気を悪くした様子もなく、マイペースに語る。

 

「いや、まだ解決してないのはオルタちゃん原因じゃないから大丈夫。……たぶん。

 っていうか、君の系統が放出系で姿はガワだけ再現してるのなら多分『あれ』も君の能力の暴走かと思ったんだけど、身内のジャンヌさんやリリィちゃんはまだしも、非能力者で部外者のアストルフォにも見えるわ、泣いてた時に背中を撫でてやれてたぐらいにきちんと具現化してたってことは、君は十中八九具現化系で間違いなんだよね。

 だとしたら具現化系から極端に相性が悪い、放出・操作系に分類される『あれ』は間違いなくオルタちゃんじゃない。たぶん『あれ』は――」

 

 一応もうオルタが恥をかく必要はないと言いつつも、付け足された自信のない一言にオルタはイラッと来て、更に“念”に関しては最低限の説明しかしていないオルタ達にはわからない事を独り言じみた様子で語りだしたことで、「あんた本当にいい加減にしなさいよ!!」とオルタは怒鳴りかけ、ジャンヌとアストルフォはオルタがまたソラを締め上げる前に止めようと口を開く。

 

 が、誰も言葉には出来なかった。

 マイペースに語っていたソラも、最後まで言い切れないまま思わず視線を横に、ベランダに、庭先に向ける。

 

 ボトリと、そこそこの大きさと質量がある、けれど硬いものではないと思われる大きな音がした方へ、思わず全員が視線を向けて、そして目を見開いて絶句する。

 

 庭の真ん中、花壇の前にそれはあった。

 つい今さっき落ちてきた思われるそれは…………まだ元気にビチビチと跳ねる()()()()だった。

 

 何の魚かは、残念ながらソラにはわからない。というか、本当に魚なのかすらもソラには判別がつかない。

 それは彼女の世界にもいた魚ではなく、この世界特有の魚の腹から虫の足っぽいのが生えたグロテスクな見た目だったので、もしかしたら魚に似た姿の虫の一種かもしれないとも思った。

 だってそうでもないと、この小さなため池だってない小さな庭のど真ん中に、こんなものが出現する訳がない。

 

 けれど地面に打ち上げられてビチビチ跳ねるしかないその姿と、ハクハクと動く口とエラ、そして徐々に弱っていく様子からして、これは魚によく似た姿の虫という可能性は低いと思い知らされる。

 

 異常な光景だ。だが、これだけならまだ何とでも言えた。

 何らかの嫌がらせ、ちょっとした悪戯で生きた魚を塀の向こうから投げ込んだという可能性が、一番現実的だった。

 しかし、その可能性もすぐさま否定し尽くされる。

 

『!!??』

 

 やや間をおいてもう一匹、また一匹と種類や大きさこそは違うが同じく、『生きた魚』が何匹も庭に()()()()()

 有り得ない、バカみたいな光景に思わずリビングの4人は絶句しながら、その降り注ぐ魚の雨という生臭さしかないものをただただ唖然としたまま眺める。

 

 もはや嫌がらせで庭に投げ込まれているのは有り得ない。

 投げ込まれているのなら、塀に隠れて姿は見えないが、塀の向こうから弧を描いて魚が投げ込まれているのくらいはこのリビングからでも十分見えるのに、魚は真上から本当に雨のように何匹も降り注ぐ。

 

 不幸中の幸いか魚の雨は十数匹ほどで止み、庭が魚で埋まるという、地味に嫌すぎる光景は生まれずに済んだ。

 

「うわー……カエルが定番だけど魚で来たか。いや、聞いてた話でもそういや魚だったな」

「! ソラちゃん!」

「え、ちょっ、ソラさん! たぶん大丈夫でしょうけど外に出るんですか!?」

 

 最初に沈黙を破ったのは、ソラ。

 彼女は目を丸くさせつつも、ベランダに近寄って硝子戸を開け、そのまま少し間を空けて止めに入ったアストルフォとジャンヌの声を無視しつつ、サンダルを借りて生臭さと潮の匂いが入り混じる庭に出る。

 そして、庭にビチビチと蠢く魚を踏まないように気を付けながら歩き、見上げた。

 

「……ポルターガイストとファフロツキーズ現象。……典型的だね」

 

 二階のおそらく自分の部屋のベランダから、レオリオと一緒に庭を見降ろすリリィを眺めながらソラは呟いた。

 ……無自覚の内に念能力に目覚めた子供が起こす、超常現象の代表格を。


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