死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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133:人形

堕天細工(キシュア・ゼルレッチ・シュバイン)宝石剣(オーグ・オルタナティブ)

 

 

 

 偽物(レプリカ)にして放つ刃は本物の奇跡であるソラの宝石剣とは違い、光ではなく漆黒の刃が刀身から撃ち出される。

 海の身の丈3倍はある闇の刃は、振り下ろされた軌道上に真っ直ぐ突き進み、対面のゴン達が宿泊していたホテルに直撃。

 

 ソラの光の刃なら、そのまま下手すればホテルを真っ二つにしながら光の粒子となって消えるはずだが、海が放った闇の刃はホテルに当たった瞬間、まるで水のように弾けてあたりに「闇」をまき散らしてから蒸発するように消えていった。

 

 海の言う通り、雅さなど欠片もない禍々しい痕跡を残して。

 

「!? レツっ!!」

 

 ゴンが今更だがホテルにまだレツがいたことを思い出して、悲鳴同然の声を上げてホテルに駆け出した。

 彼女を信用せずに警戒していたキルアも、海が撃ち出したものの威力と効果を目にしたことで、ゴンと同じく顔面蒼白になって彼の後を追う。

 

 もはや疲労困憊なのをどちらも忘れて足を強化し、自分たちが飛び降りた窓から……、海の撃ち出した闇の刃が直撃して……()()()()()()()()()()()()()()()()()から中に入り、彼女の無事を確かめた。

 

「……だ、……大丈夫……なんとか……無事……」

 

 幸いながらレツはどのタイミングでかは知らないが、彼女自身も窓から見ているのは危ないと察したのか部屋の端に避難していたおかげで、あの闇の刃にも、その刃がはじけてまき散らした、触れたものの生命力でも吸収しているとしか思えない漆黒の魔力に触れてはいなかった。

 が、間近でその威力を目の当たりにした所為か、人形を抱きしめて腰を抜かしたままガタガタ震えている。

 

 かなり怯えているし、部屋の中も惨状としか言いようがないほど酷いことになっているが、ひとまずレツ自身に怪我はないことをゴンはもちろん、キルアも安堵する。

 

「おい! おめぇら!」

 

 しかしゴン達に休む暇は与えてもらえない。

 ホテルの外でノブナガが自分達を呼び、たぶんないと思うがレツに何かあると申し訳ないので、そのままそこで大人しくしているように言い聞かせ、二人はふたたび宿に空いた大穴から顔を飛び降りる。

 外を出ると既に海の姿はない。あの一撃を置き土産に放って、そのまま彼女もオモカゲの元に帰ったのだろう。

 

 オモカゲにも海にも逃げられたことが不満なのか、ノブナガは機嫌悪そうに鼻を鳴らしてからゴン達に「おめぇら、何であいつらと関わった?」と訊いてくる。

 キルアは旅団に自分たちの情報を渡したくなどなかったが、止める前にゴンがあっさり「あいつがソラの眼を奪ったんだ!!」とバカ正直に言い放ってしまったので、脱力しつつもキルアはゴンの後頭部をぶん殴り、そして色々諦めた。

 

「まぁ、それはさっきも言ってたしな。つーか、あの女はあいつ自身が反則の権化の癖に、姉貴も反則そのものかよ」

 

 ノブナガの言う通り、そのあたりの事情はもう既にオモカゲに啖呵を切った時に暴露していたので、黙っている意味はなかったのを思い出し、キルアは余計に自分の慎重さがバカバカしくなってくる。

 なので、隠してもしょうがないことはオモカゲの念能力の説明をしてくれた借りを返すつもりで、キルアもノブナガに与えておいた。

 

「そうだな。つーか、ソラ曰く姉貴の方が天才の域らしいぜ。けど、悪いがマジであいつの事は俺らも詳しくは知らねーよ。ぶっちゃけ、ソラから聞いた話よりずっとソラそっくりのアホだったことに、俺らは驚いてるくらいだからな」

「……確かに、雰囲気真逆の癖にいらんとこだけそっくりだったな」

 

 情報を与えたというよりただの愚痴にしかなってなかったが、ノブナガもあの短いやり取りで彼女の斜め上っぷりを理解したのか、納得したように深々と頷いていると彼の後ろから、「何してるんだい?」と呆れたような声を掛けられた。

 

 その声は、ゴンとキルアにとってもまだ記憶に新しい人間だったので、ついノブナガに敵意がなかったことで緩んでいた気が引き締まり、戦闘態勢を取って対峙するが、相手はやや眼を細めて彼らを一瞥するだけで警戒すらしなかった。

 

「……ん? ヨークシンの時の子供じゃない。何でこんなとこに?」

「こいつらもオモカゲのヤローに獲物認定されてるみてーだ。つーか、ソラ=シキオリの目玉が奪われたみてーだぜ?」

「はぁ? あれの眼が……って、甘いとこはあるからオモカゲが能力を利用したら可能か」

 

 現れたのは、ノブナガと同じく幻影旅団の団員である少女、マチ。

 彼女も見覚えのある子どもを目にしていぶかしげな顔をするが、ゴン達のように警戒はせず、そんな必要はないと言わんばかりに無視してノブナガと会話して情報を整理する。

 

 自分達を歯牙にもかけない二人に、ゴンもキルアも悔しげに奥歯を噛む。

 ヨークシンの時より実力はビスケのおかげでついた自信はあるが、今の自分達は海との戦闘で満身創痍な為、ヨークシンの時以下のコンディション。勝ち目がないことはわかっているので、余計な口を叩いて敵認定されないようにしながらも、自分達を気にせず会話する二人からオモカゲの情報を得る。

 

 どうやらオモカゲはヒソカの前任であり、長らくヒソカに殺されたと思っていたが、ソラが殺したウボォーギンという仲間の墓を暴き、彼の眼球を奪うという旅団の逆鱗に触れたことで生存が確認され、団員総員でオモカゲを探しているようだ。

 

 マチはヨークシンの時のようにノブナガとペアになって探していたが、ちょっと目を離した隙にウボォーの死を冒涜したオモカゲにキレていたノブナガが勝手に行動して、彼は海の張っていた人払いの結界の中に入りこめたがマチの方はそうはいかず、「何かある」とわかっている場所があるのに結界に惑わされてたどり着けず、同じところをぐるぐる回り続けていたようで、機嫌が悪い。

 今やっとたどり着けたのは、海がいなくなったことで結界が解けたからだろう。

 

 その証拠に、マチだけではなく今更だが徐々に人が何事かと思って出てき始めた。

 

 基本的に人目を気にしない、自分たちが賞金首で追われている立場だという自覚があるのかも怪しい彼らだが、怪しまれて警察か何かを呼ばれたら、殺して逃げ切る自信はあっても面倒だと思ったのか、出てきたやじ馬にノブナガは舌打ちして、マチに「行くぞ」と呼びかける。

 

 マチは「勝手に行動したくせに、エラソーにすんじゃない」と言ってノブナガの脛にローキックを入れながらも彼と一緒にその場から離れようとする。

 そんな二人にゴンとキルアは何か言うべきか、呼び止めるべきかを考えるが、たとえ利害が一致しても彼らと一時休戦して共闘する気はサラサラない為、オモカゲのろくな情報が得られなかったのは残念だが、多少はわかっただけでも良しということにして何も言わなかった。

 

「おい、おめぇら」

 

 しかしノブナガは、さすがにゴンとキルアを入団させるのは諦めているだろうが、それでも未だに気に入っているからか、彼は歩き去る前に一度振り返って二人に忠告を残す。

 

「おめぇらもオモカゲを追ってるようだが、あんまり俺らの前をうろちょろすんなよ。あいつに関わると、死ぬぜ……。

 ――旅団(クモ)のケリは、旅団(クモ)がつける」

 

 

 

 * * *

 

 

 

《あああぁぁぁ~っ! 良かった~! やっと電話出たぁぁ~っ!!》

「なんだよ、いきなり! っていうかあのストーカーばりの着信は何だ!? マジでビビったわ! 一体そっちで何があったんだよ!?」

 

 キルアもビビる程、彼やゴンのケータイに着信を残した本人が、やっとお目当ての人物が電話に出たことに半泣きっぽい声で安堵するので、キルアは訳がわからず困惑しながら怒鳴る。

 そんな二人のやり取りに呆れたような息をつきつつも、クラピカとレオリオも内心は同じ安堵に満ちる。

 しかしいつまでたってもソラは「良かった~」としか言わず、キルアの困惑を深めるばかりなのでクラピカがソラの手からケータイを抜き取って、スピーカーフォン状態にして事情を話す。

 

《すまない。実は昨夜、病院にヒソカが忍び込んできてソラの眼を奪った『黒幕』の事が少しわかったんだ》

 

 それだけでソラが何で夜中に電話をかけてきたのか、そしてストーカー並の着信を残して、やっと電話に出たことに何であんなにも安堵していた理由を全て察したキルアは、困惑が消える代わりにソラに対して申し訳なく思う。

 

 電話に出れなかった、着信に気付かなかった理由はもちろん昨夜の出来事の所為。

 海との戦闘の真っ最中にソラからの電話がかかってきたようだが、キルアとゴンのケータイは圏外なし、様々な機能付きの代わりに大きさと重さがそこそこあって、実はそれほど携帯には向かないビートル07型。

 直前まで寝ていたのもあって、ケータイは身に着けるどころか荷物の中に放り込んでおり、海やオモカゲが消えた後は海のやらかしたことの後始末に追われて、ソラからの着信に気付いたのはもう夜が明けてだいぶ経ってからだった。

 

 キルアやゴンは全く悪くないのだが、きっとソラだけではなくクラピカやレオリオもどれほど心配だったのかが容易く想像ついたので、キルアは素直に「心配かけて悪い」と謝罪してからこちらが電話に出れなかった理由を話し、そして互いに得た情報を交換する。

 

 オモカゲという、元・幻影旅団の男のこと。その能力。そして、自分たちと戦った、奴の人形のことをキルアは話す。

 

「……で、俺達が昨日戦った相手は、クラピカの友達のパイロって奴と同じようにオモカゲに作られた人形だった。………………人形の、……式織 海。……ソラの姉貴だったよ」

《…………は? 海? 私の姉?》

 

 キルアの言葉に電話の向こうのソラが呆けた声を上げて、キルアは思わず予想外と言わんばかりに目を丸くする。

 

 ヒソカからオモカゲの能力を聞いたという時点で、ソラは自分の姉がパイロと同じ状態になっている事を察していると思っていた。しかも、ヒソカの話ではオモカゲは相手の「執心」を人形にしているという、ノブナガの話では得られなかった情報を向こうは得ていたのだから、なおさら察していないのはおかしい。

 

 そして電話口でクラピカとレオリオも、「え?」だの「は?」だの言っているので、二人もヒソカとキルアの話から同じことを思っていたのだろう。

 だからこそ心配して夜中でも電話をかけてきて、そのままおそらく一睡もしないでひたすらに自分とゴンのケータイに着信を入れまくったのだろうと思っていたので、ソラの「え? マジ?」という反応は予想外だった。

 

 が、やや間を開けて続けられた台詞でソラが何故、「何でうちの姉がいるの?」と言わんばかりの対応だったのかを理解できた。

 

《……………………もうほっといたら、オモカゲ自滅するんじゃない?》

《《何でそうなる!?》》

「俺もそう思う」

《《どうした、キルアっ!?》》

 

 ソラの何かを諦めたような投げやりな発言に、クラピカとレオリオは同時に突っ込んだが、キルアは思わず反射で同意してしまい、二人を当惑させてしまう。

 だがキルアは自分の意見は間違ってない自信しかなかったので、ついでだから昨夜の海との騒動で言いたかったことを実の妹にぶつけておいた。

 

「つーか、何なんだよお前の姉は!! 何でお前ら姉妹は、魔術師のくせにゴンをブッ飛ばせるほど肉弾戦も得意なんだ!?」

《何で私の姉が肉弾戦出来ないと思ってんの?》

「訊き返すな!! 俺も何でお前の姉だってわかってたのに、魔術以外でもバリバリの武闘派だって想定してなかったんだって、あの時の俺に助走をつけて殴りたいくらいだっつーの!!」

 

 しかしキルアの八つ当たりなんだが、正当な怒りなのかよくわからない言葉は、電話越しでもきょとんとしているのがわかる声音で普通に尋ね返され、今度こそ本気でキレる。

 そしてキルアの愚痴とソラの素の反応で、もうクラピカとレオリオも海という人物をある程度察したのか、「……大変だったのだな」「なんつーか……お疲れさん」とこの上なく同情した声音でキルアは労わられた。

 

「労わんな! 余計に情けなくなる!」

《うーん、なんか本当にごめんね。見た目に反してアホな姉で》

「お前本当に謝る気あんのか!?」

 

 ソラの謝罪というよりただの姉の悪口に突っ込みつつも、実はキルアの内心は安堵が多くを占めていた。

 出会った日に話してくれた、晒してくれた彼女の後悔(きず)そのものである姉が、自分や自分の大切な人を傷つけるために生み出された操り人形になっているという事実が、今現在の不安定であろうソラにどのような影響を与えるのかが怖かったが、さすがは実の妹。姉は本当に操り人形なのか疑うレベルで、オモカゲのストレス源になっていることを正確に察していたようだ。

 

 たぶん初めの反応も、自分の姉の記憶がオモカゲの人形として使われることを想定していなかったのではなく、姉の事をよく知っているからこそ、姉自身の念能力と同等かそれ以上の魔術によるメリットより、彼女を傍に置いて生まれるストレスのデメリットがでかいから、作ったってすぐに消すとでも思っていたのだろう。

 

《つーかキルアの反応からして、マジで生前のままみたいだな。あのアホ姉。そしてオモカゲはよくあんなの傍に置けんな。オモカゲって奴、ドMなの?》

「姉妹揃って敵をただの変態扱いすんなよ。いや、確かに変態だったけどさ。

 つーか姉貴の方もオモカゲをボロクソに言ってたけど、逆らえねーのは事実っぽいからそれなら普通にあいつは手駒として優秀だろ。あの鬼姉、下位の基礎魔術の応用でめちゃくちゃやらかしやがったぞ」

《? 下位の基礎魔術? 宝石魔術は使わなかったの?》

 

 実際にキルアの想像通りだったと確信させる感想を零すソラに、わずかばかりだがオモカゲに同情心が湧いたのか、キルアは変態であることは肯定しつつも海を消さずに手元に残している理由は多分Mだからではないとフォローしてしまう。

 が、ソラはキルアからしたらどうでもいい部分を意外そうに食いついた。

 

「ん? あぁ、ちょっとだけ使ってたけど、用意できなかっただの、お前があいつの礼装だか何だかを知らねーから再現できなかったとか言って、お前がしたことない魔術を使ってたぜ。

 確か……置換魔術(フラッシュ・エア)とかって奴」

置換魔術(フラッシュ・エア)? 何で海がそんな魔術使ってんの?》

 

 キルアが説明しつつ、最後にぶっ放された海曰くの「失敗作」であり、ソラが持つ「宝石剣」の亜種のようなものを思い出したので、そちらについてを尋ねようかと思ったのに、ソラは何故かキルアの説明で余計に謎を深めて尋ね返してきた。

 

「はぁ? そんなの俺が訊きてーよ!」

《つーか、その『フラッシュ・エア』って何だよ?》

《そんなにもお前の家の魔術とは縁がないものなのか?》

 

 ソラの質問返しにキルアが素で言い返し、レオリオとクラピカがそもそも「置換魔術(フラッシュ・エア)」とはどのようなものなのかを尋ねてくるので、話は一旦「置換魔術」の講義となる。

 

《置換魔術はキルアの言った通り、錬金術から派生した下位の基礎魔術だよ。

 簡単に言えば、銀細工のフォークを溶かしてスプーンに作り変えるってのを、溶かして型に流し込んで固めるっていう仮定をすっ飛ばして実行する感じかな。

 ただ、過程をすっ飛ばしてもすっ飛ばさなくても、そんなことをしたら元のフォークより置換されたスプーンが劣化してることは想像つくでしょ? フォークをスプーンに置換程度ならその劣化もたいしたことないけど、例えばこの魔術を使えば人間の精神を人形に、疑似人格を空っぽの体に置換するってのも可能だけど、体と精神の結びつきは強いから、体の方に小突く程度のダメージでも入れば、すぐさま精神は体に戻るっていう欠陥を抱えてる魔術なんだよ。

 その欠陥を無理に克服しようとしたら、今度は精神の方に大きなとりこぼしが…………》

「? ソラ?」

 

 海は妹の出来の悪さを嘆いていたが、少なくとも知識は正しくあるらしく、ソラはひとまずキルアもまだちゃんとは理解していなかった「置換魔術」についての説明を続けていたが、その説明が途中で止まる。

 キルアだけではなく、電話の向こうでクラピカも「ソラ? どうした?」と尋ねると、今度は何故かいきなり「ごめん」と謝りだして、更にキルア達を困惑させる。

 

《……キルア、ごめん。自己解決した。

 っていうか、もしかしたら今回の元凶って私かもしんない》

「はぁ? お前一体、またどんな斜め上に思考をすっ飛ばした? っていうか、何でもかんでも責任を自分一人で抱え込むんじゃねーよ。お前は良くても、こっちは見てるだけで迷惑なんだよ」

《いや、別にこれは君たちを巻き込んだ自責とか気を遣ったとかじゃなくて、マジで。

 置換魔術の説明で気づいたんだけど、オモカゲの念能力ってたぶん置換魔術の亜種だ》

 

 最初の「自己解決した」に関しての謝罪ならまだ素直に受け取るが、後半の何故か自分が元凶と言い張りだしたことに、キルアはイラッと来て言い返すが、ソラは電話の向こうで「違う違う」と言うように手を振って、まずは「自己解決」した部分を説明しだす。

 

「は? どういう事だよ?」

《置換魔術はさっき説明した通り、基本的に劣化交換。劣っている物と置き換えるか、置換されたものが劣化してしまうっていう欠点を抱えてるんだ。仮にこの欠点を克服しても、等価交換が関の山だ。そもそも置き換えたものが最初より向上してたら、それは『置換』じゃなくて『変換』になるしね。

 

 この魔術を応用したら、死者を疑似的に蘇らせることが出来る。人格を人形に置換させるってやり方でね。

 けど人形に人格を置換させて、見た目も生前の姿そのものに取り繕えたとしても、所詮は人形。成長しないし、食事等も出来ない。何より、『死』という終わりを経験した精神を無理やりこちら側に引き戻して置換させたら、その精神に必ず大きな傷を残している。人格置換で蘇らされた人間は、必ず精神とか記憶とかに欠落を抱えるんだ。

 その欠落はその人によって違うものなんだけど、オモカゲは意図的なんだか無自覚かは知らんけど『眼球の喪失』って制約を作って、欠落の条件を固定させてるんじゃないかな? ってまず思ったんだ》

 

 ソラの説明に、クラピカが「なるほど」と相槌を打って、彼も「眼球の喪失」を制約にすることで得るメリットを語りだす。

 

《ヒソカやキルアの話からして、奴は眼球に異様な執着をしているからこそ、その一番の執着対象をあえて再現させないのなら、制約としても誓約としても能力の高いバックアップが期待できる。パイロやソラの姉といい、眼球がないのは偶然でもこの二人に限ってそうしたのでもなく、奴の人形全てがそういう仕様だと考えた方が確かに自然だ。

 何より何かを喪失していることが変えられないのなら、何の喪失かわからない人形など、いくら自分に逆らえない保険があったとしても使い勝手が悪いものだろうから、喪失する『何か』を固定できるのならした方が良いはずだ》

《あー、命令に逆らえなくてもそもそも命令を実行する知能が欠落してたら、それこそただの人形だもんな》

 

 クラピカが続けた推測に、レオリオも納得の声を上げ、キルアも「そうだな」と同意してから、ソラに尋ねる。

 

「で? オモカゲの能力が偶然、お前の世界の『置換魔術』の亜種になってるのはわかったし、納得もした、あいつの反則的な能力の性能の理由が少しはわかったのも良かったけど、それが一体何で『お前が元凶』って話になるんだ?」

 

 今はもう怒っていないが、ソラの話からではやはり何故そのような結論をソラが出したのかがわからないので、素で疑問に思って話を戻すと、ソラは気まずげにそのあたりを説明に入る。

 

《うーん、これはまだ推測と言うかこじつけに近い想像の範疇なんだけど、まず海が置換魔術なんか使ってたのは、キルアが言ってたようにそもそも宝石がなかっただけってのもあるだろうけど、オモカゲの能力が置換魔術の亜種なら、オモカゲの指示で主にそれを使ってた可能性があるんじゃないかなって思った。

 っていうか、そうでもなけりゃ使わないと思う。うちの魔術系統とも、海の魔術属性とも相性が良い魔術でもないし、そもそもあの魔術を戦闘向けに応用するにはだいぶ面倒くさい事前準備が必要だよ。置換魔術は劣化交換なんだから、戦闘に使うのなら事前に時間や労力っていう余分な対価がないと、それこそ海が魔法使い級の天才だとかそんなの関係なく、手品と同レベルの事しか出来ないはず。

 けど、そんな準備する時間や労力があるなら、そこらのパワーストーン屋の石でもいいから買い集めて魔力通した方がよっぽど楽だし、海ならそれで十分使える礼装になる。

 

 だから海が置換魔術を使ったのは、海を作ったことで異世界や魔術の知識を得たオモカゲが、さらに自分の能力を向上させるヒントになることを期待して、海に『置換魔術を使え』って指示を出した。ここまではOK?》

 

 ソラの説明は確かに根拠などないに等しいが、筋は通る。

 正直言っておそらく海は、ガンドだけでも十分に戦えるだけの実力はあり、そして少ないが宝石も持っていたのに、わざわざ縁が薄い魔術を事前準備までして使う必要性は海自身にはないとキルアも思えた。

 

「……まぁ、確かにそれは割と筋が通るな。っていうかあいつはあれで不得意分野の魔術だったのかと思うと、俺はマジで恐ろしいんだけど……」

《一体お前らはどんな目に遭ったんだよ?》

「一言で言うと、鬼だった」

 

 キルアが納得しつつ、改めて海の実力の高さを思い知って思わず正直な感想を零し、レオリオに突っ込まれる。

 その突っ込みにまた正直かつ率直な感想で返すと、実の妹は「うん、知ってる」と即答してさらに突っ込まれる前に話を再開。

 

《で、この仮定が正しいとなると……オモカゲは魔術について理解有りすぎじゃない? ってまず思わない?

 そもそも、オモカゲはいつから海を作り出して手駒にしてたんだ? ってまずは疑問に思ったんだ。あいつ、パイロを使った時点で私の眼が『異世界の魔眼』だって知ってたし》

「……それもそうだな」

 

 言われて、「オモカゲはソラが異世界からの異邦人であることを知っていた」のは良いとして、そのタイミングがおかしいことに気付く。

 オモカゲの能力が、「相手の記憶から最も執心している人間の人形を作りだして操る」なので、初めはクラピカかソラ自身の記憶からその知識を得たと思ったが、そうだとしたらパイロがソラの眼を奪った時点で「異世界の魔眼」を欲しがっていたのはおかしい。

 

 パイロが作られたのは、十中八九シャンハシティにクラピカが訪れてからだ。

 オモカゲはクラピカの存在は知っていたが、彼が今現在どこで何をしているのかも知らなかったからこそ、「クルタ族の生き残り」という情報を流してシャンハシティにおびき寄せて、やっとパイロの人形を作ったのだろう。

 そうでない、以前からクラピカの心から作り出したパイロが手元にいたのなら、オモカゲはクラピカの居場所も把握していたことになる。それなら作ったパイロをクラピカの元に送り込めばいいだけなので、シャンハシティにおびき寄せる必要などない。

 

 こんなクラピカやソラが釣れる確証など無かった情報を流して気長に待つという手段を取ったという事は、少なくともオモカゲはクラピカの居場所など知らなかったと考えるのが自然だ。

 しかしそうだとしたら、こいつは一体いつから、誰から、「異世界の魔眼」という情報を得たのか? という疑問が深まる。

 

《……私はシャンハシティに訪れた時は、冷静とはとても言えない状態だったが、さすがに“念”を掛けられたらわかる。そして、それはソラも同じだ。私よりはるかに彼女の方がそういう事には敏感だろうから、オモカゲが悪意を持って私たちに近づき、多少なりとも関わったことがあるのなら、心当たりが全くないというはおかしい。

 

 ……という事は、おそらくオモカゲの能力、『相手の心に潜り込むこと』自体は『無害だからこそ、こちらに感知できない』タイプの能力である可能性が高い。

 そうだとしたら、そして奴の執着する対象を考えたら…………》

 

 深まった疑問に答えたのは、ソラではなくクラピカだった。

 

《奴は……たぶん私よりソラを先に狙ったのだ。ソラの眼は私の眼と違って隠しにくいし、このバカもあまり隠す気がない、そしてお前たちの話からして特異な特徴を持つ眼でなくとも欲するような奴なら、どこかですれ違う、一方的に見かけた程度でも、ソラに執着する理由としては十分だ。

 

 そしてソラの眼を奪う為、ソラの心を潜り込み、記憶を覗き見て、そこで奴は『異世界』について知った……という事か》

 

 ようやく、ソラが「自分が元凶かも」と言い出した話と繋がった。

 

 * * *

 

《……私の心から色々とあいつが情報を得たのなら、クラピカの事が知られたのも私の所為だ。

 ごめん……、ただでさえ元凶なのに、皆を巻き込んで……》

 

 クラピカの出した結論に、ソラはいつもの彼女を知る者からしたら信じられないほど、絞り出すような弱々しい声音で謝った。

 自分の所為で誰かが傷つくくらいなら、どれほど壊れたって自分が傷つき続けることを選ぶ彼女にとって、この事態の元凶が自分であり、ただでさえ厄介なオモカゲの能力が強化されているかもしれない、その原因もまた自分とその身内だという事実は、今にも押しつぶされそうなほどの罪悪感なのだろう。

 

 だからこそ、キルアは言う。

 

「……確かに、それならパイロに奪われた時点で『異世界の魔眼』ってことを知ってたことに説明はつくな。

 けど、それならそれでおかしくないか? 何で5日前の眼を奪われた時に現れたのはパイロだけだったのかとか、お前経由でクラピカの情報を得た割には、やっぱり居場所を全くわかってねー所とか。

 

 考えすぎなんだよ。普段は頭が痛くなるほど無駄にポジティブなくせに、何でお前はこういう時に限ってバカみてーにネガティブなんだよ。

 何でもかんでも、自分の所為だって思うんじゃねーよ。お前はバカだけど、……悪い事なんかしてないんだからさ」

 

 ソラの出した仮定は確かに不自然な部分に筋を通したが、それならそれで不自然な部分がやはり生まれることを指摘し、結局それは根拠などない、ネガティブ思考が生み出した加害妄想に近いものだとキルアは言う。

 ソラは悪くない、責任を感じる必要などないと、精一杯の素直さと気遣いを伝える。

 

《……キルアの言う通りだ。

 仮にお前の仮定が正しかったとしても、ソラは原因になってしまった、きっかけになってしまっただけでソラの所為ではない。君は、加害者ではなく被害者だ。君が責められる謂れなどない》

《つーか、眼に関してはお前ちょっとは隠せよとは思うけど、それだってそもそもちょっと変わってるからって他人の目玉を物みてーに欲しがる奴がどうかしてるんだ。

 悪いのは明らかにそっちで、お前らみたいに特異な眼をしてるから隠さなければならない世の中の方がどうかしてるんだっつーの》

 

 キルアに続き、クラピカとレオリオもソラが負う必要のない罪悪感を少しでも減らそうと言葉を掛け、彼らの優しさに応じるように、ソラが再び発した声はいつものものに戻っていた。

 

《……ありがとう。そうだね、寝不足だからかネガティブスパイラルに嵌っちゃってたみたい。うん、もう大丈夫だよ。

 でも、キルア。冗談や遠慮とか意地とか、そういうの抜きのマジ話としてちゃんと聞いて、そして約束して。

 

 また今度、海と出会ったらもう戦おうとしないで。絶対に逃げて》

 

 ソラの様子がマシになったことに安堵したら、これまたいつも通りの過保護さにキルア自身もいつもの意地が発動させて、唇を尖らし「お前、少しは俺らを信用しろよ」と抗議する。

 理性ではソラの言う通り、戦うなど自殺志願同然な程に自分はおろかゴンとの二人がかりでも手も足も出ないほど海と自分たちとは実力に開きがあるのは、昨夜の一戦で思い知らされた。

 正直に言っていいのなら、確かにキルアだってもう二度と戦いたくないと思っている相手だ。

 

 けれど、ソラの姉とはいえ享年は自分たちとそう変わらない歳なのに、ここまで「絶対に敵わない」と思われているのは悔しかった。

 そう思っているのが、クラピカやレオリオではなくソラであるのがなおの事。

 

 だから意地でないとわかっている勝ち目をあると主張するが、ソラはキルア自身が信じていない勝ち目を信じた上で、それでも彼に懇願するように言った。

 

《君もゴンの事も信じているよ。けどな、キルア。正しく相手を認識してくれ。

 相手は私の姉だけど、それ以前に海は『魔術師』だ》

 

 キルアの間違えている認識を正す。

 式織 海という少女は、自分(ソラ)の姉である前に、そのような認識の前に「魔術師」という生き物だと思えと主張する。

 

《キルア。海は魔術師だけど、うちの両親や時計塔では一般的だった選民思想に染まって一般人を見下し、自分の目的の為なら他人をいくら利用しても悪びれない、むしろ自分の役に立てた事に感謝しろなんて思う、害悪極まりない小物ではなかったよ。

 正しい意味で貴族的に誇り高い人で、善良だったのもあるけど、他人を利用するってことを自分のプライドの問題で嫌う人だった。あの人にとって『他人を利用する』ってことは、『そうしないと自分は目的を達成できない程度の実力』であることを認める、自分の誇りを穢す行為だからこそしない人だった。

 

 ――それでも、あの人は『魔術師』だった。

 誇りを大切にしてたし、その誇りを守り続けていられるほどの実力はあった。そして魔術師にしては一般人寄りの真っ当な感性や良心の持ち主だったと思う。

 けど、それでもあの人はきっと、どうしても達成したい目標の為なら、それがどれほど罪深いものかをわかった上で、誇りも善性も投げ捨てて、自分はもちろん他人も、この世の何であってもその目標の為に犠牲に出来る……いや、犠牲にしてしまう人だ。

 成功する保証なんてなくても、成功したとしてもその喜びより犠牲にして、失ったものに対しての後悔が大きいってわかっていても、それでも犠牲を支払って手を伸ばさずにはいられない……、私が『クズ』と評する魔術師たちよりもずっとずっと、純粋に罪深い人だった》

 

 改めて、魔術師と言う生き物について語る。

 海という姉が、どんな人だったかを語る。

 

 どれほど誇り高くとも、魔術師を嫌っているソラが魔術師に絶望せずに済んだ気高い人であっても、逃れられない「業」を背負った人であったと。

 あまりに正しい魔術師だったからこそ、選民思想で当初の目的を忘れて、家柄や名誉に奢り溺れて堕落した魔術師と違い、その「業」を高い純度のまま抱え込んでいた人であることを知っているから、ソラは忠告する。

 

《キルア。断言する。

 海はオモカゲを本気で気に入らない、殺したいと思っているんなら、むしろ奴に言葉だけでも反抗なんかしない。

 あの人は命令に忠実なお人形さんを演じて、油断させて寝首を掻く人だ。殺すために媚び売って忠実な下僕を演じるのは必要な手段だから、海はそんなことを屈辱だと思わず、誇りを持って演じ切る。逆らえない保険を掛けられていても、反論できるくらいに思考の自由が許されているのなら、直接手に掛けなければいい、罠に嵌めればいいだけなんだから、いくらでもやりようはある。

 それをしないってこと、オモカゲに操られているだけじゃなくて、海自身の意思もあってそこにいるってことだ。

 

 ……けど他人に興味ない海は、ちょっと気に入らないくらいの相手に、いちいち揚げ足取りの反論や皮肉をぶつけやしないよ。そんなことをしたくなるような相手に従うなんて、海のプライドに反するはずだ。

 それでも殺すことよりその立場に甘んずるってことは……、海には誇り以上に優先する『目的』が何かあるんだと思う。

 

 だから、キルア。お願いだからこれ以上海とは関わるな。ゴンにも言い聞かせて。

 海が『式織 海』という個人で君達と関わるのならいい。けど海が『魔術師』として関わるとしたら……、あの人は君達の事を『人間』として見てない。

 良くて『障害物』、最悪は――――――『材料』だ》

 

 ソラが何を恐れているのか、その最後の一言で理解した。

 だからキルアは素直に「わかった」と応じる。

 

 応じながら、思い出す。

 

 

 

()()()()()()()

 私を「魔術師としての業」から。「人間種の起源」から私を、解放してくれるの?』

 

 

 

 ゴンの言葉に、「(ソラ)を愛しているんでしょう?」という問いに対して、怒りを露わにしていた彼女を。

「あなたを救うから、ソラを助けて」という言葉に対して、もう怒りを覚えるのもバカらしいと言わんばかりに、何かを諦めていた彼女を思いだした。

 

 ソラの語る「式織 海」の像と、自分が見て関わった「海」が重なるようでどこかが決定的にずれているのを感じるが、そのずれをキルアは指摘することが出来なかった。

 この魔術師姉妹と同じくらい、特異な家、特異な兄弟関係だからこそ、キルアには自分の兄弟に対して懐く思いが正しいのか、一般的なのかどうかがわからないからこそ、指摘することが出来ない。

 

 きっとゴンがいたら、彼は当たり前のように指摘しただろう。

 兄弟がいなくとも、彼にとってきっとそれは当たり前だから。

 その「ずれ」を、ソラが気付いていない、出せなかった答えを。

 

 海は間違いなく魔術師であるが、それでも彼女は間違いなくソラの――――

 

「キルアー! キルアも見てあげなよ!!」

 

 そんな風に無意識に、無自覚に思っていたら、きっと答えを出せるだろうと思っていた人が無邪気に声をかけてきた。

 

「うっせーな! 今行くから待ってろ!!」

 

 無意識で無自覚な考えは、その声で現実に呼び戻された意識によって霧散して、何を考えていたかもう思い出せなくなる。

 キルアはゴンの呼びかけに怒鳴ってから、電話での話をひとまず締めくくる。

 

「悪い、ゴンが呼んでるからとりあえず行くわ。

 一応、今日もお前が見た風景を探すけど、お前の話は分かったから無理はしねーよ。つーか、マジで俺はもう二度とあいつに関わりたくねぇ。色んな意味で」

《……マジでお前はこいつの姉貴にどんな目に遭わされたんだよ?》

 

 ソラの忠告に正直な感想も交えて改めて応じると、ソラの姉の話から絶句していたレオリオがドン引きしながら聞いて来るので、キルアは「……言いたくない」とだけ答えておいた。

 

《何か本当にごめんね。私とは別の意味で規格外、頭の良いバカの典型なアホ姉で》

《お前は姉を警戒しているのか、尊敬しているのか、馬鹿にしているのかはっきりしろ。

 それからキルア、風景探しも無理するな。もうそろそろ私も動けそうだから、何なら私と合流するまでその町で待っていてくれたら、私としても助かる》

 

 ソラがもう一度姉に関して謝って、クラピカはソラの言い草に律儀な突っ込みを入れつつ、彼もキルアとゴンを案じて提案するが、その提案に対してはいつもの意地8割、普通にクラピカの怪我が心配2割で「いや、無理だろ。大人しく寝とけバカ野郎」と軽口で応じてから、電話を切ろうとする。

 

 が、その前に何気なくキルアは最後に訊いた。

 

「……なぁ、ソラ。何でお前、姉貴の事を『海』って名前で呼んでるんだ?」

 

 本当は他に訊きたいこと、訊くべきことはあった。

 海が最後に放った、宝石剣の亜種のような魔術について、置換魔術が海の得意分野な魔術ではないのなら、何が得意分野で警戒すべきことは何なのかを聞くべきだと頭ではわかっていても、キルアが気になって最後に尋ねたのはそこ。

 

 キルアに家族の話をしてくれた時は「姉さん」と呼んでいたが、先ほどからあまりに自然に「海」としか呼ばないので、おそらくはこちらの方が素の呼び方なのだろう。

 

 キルアだってイルミの事は「イルミ」と平気で呼び捨てるので、そこまで違和感はないのだが、なんとなくキルアは気になった。

 戦うにしろ逃げるにしろ、必要な情報よりもただ「姉さん」と呼ばない理由が、理屈などなくとも気になってしまった。

 

 そして、その問いにソラは答えた。

 ほんの少し、寂しげに笑っていることを容易く想像させる声音で、けれどあっさりと何でもないことのように答えた。

 

《呼ぶなって言われたからだよ。私が妹だと思うと、虫唾が走るんだって。

 だからその日から呼び方を、『姉さん』から『海』にしてやった。そういう意味じゃないことは分かってたけど、ムカついたからあえてね》

 

 その答えに、また思い出す。

 あの、何もかも諦めた女神に似た笑顔を。

 諦観に満ちながらも、祈るように問うた言葉を。

 

「…………そうか」

 

 それでも、キルアは答えを出せなかった。

 出せないまま、電話を切った。

 

 * * *

 

 ゴンに呼ばれて電話を切り、キルアが入って行ったのは服屋。それも女性向けでさらに言うと高級ブランドとまでは言わないが、この田舎町で需要はあるのだろうか? と失礼なことを思ってしまう程度に良い値段と品揃えの店である。

 

 色んな意味でゴンにもキルアにも縁がないはずの店なので、キルアはやや肩身狭そうに入ってきて、そして縁などないはずの店に訪れる理由をゴンの要望通り見てやる。

 

「なんか恥ずかしいな、今更こんなの……」

 

 そこには昨日とは打って変わって女の子らしい恰好のレツが、恥ずかしそうにはにかんで笑っていた。

 ややゴスロリ調のレースやフリルがふんだんに飾られたワンピース、ニット帽に押し込んでいたふわふわとした長い金髪にはリボンが飾られ、それら全てが最初から彼女の為にあつらえたように似合う、むしろ昨日は何で気付かなかったのかわからなくなるほど可愛い女の子がそこにいた。

 

 昨夜の海の置き土産としての攻撃は、その前に危機感を感じて部屋の隅に避難していたおかげでレツ自身は無傷だったが、レツの荷物が一番窓の近くに置いてあった為、抱きかかえていた人形以外の荷物がほぼ全滅という災難に遭い、そのお詫びとしてゴンがレツに着替えをプレゼントすることを提案したのが事の始まりである。

 

 未だにキルアはレツを疑っているが、自分たちの巻き添えでパジャマしか服がなくなってしまった女の子を放っておくことはさすがに出来なかったので、ゴンが提案しなくてもその程度の詫びは初めから普通にするつもりだった。

 

 だが、ゴンはキルアよりもはるかにレツに対して申し訳なく思っているのと、女の子を尊重する無自覚かつ下心一切なしの天然ジゴロを発揮して、彼女によりいいものをプレゼントしようと主張した結果がこの店だ。

 キルアが一人、店の外でソラ達に連絡を取っていたのは、あのストーカー並の着信に気付いてビビッて連絡入れた方が良いと思ったからなのはもちろんだが、ただ単純にゴンのように「これ可愛いよ、レツに絶対に似合うよ!」とデートのような褒め言葉を、何の他意もなく駆使しつつ服を選んでやることが出来ないし、したくもないとも思っていたからという理由もでかい。

 

 そしてもちろん今でも、キルアにはレツを褒めてやる気はない。

 可愛いとは思う。似合っているとも思う。が、興味ない相手にそんな感想を懐く余裕と時間があるのなら、早くソラが見た風景と一致する場所を探すことに使いたいのがキルアの本音。

 それを口に出さないだけ自分はまだレツに気を遣ってやれてるとキルアは思っていたが、あからさまなほど態度に出ていたらその気遣いは無意味である。

 

 なのでゴンは、「キルアを呼んだのが間違いだった」と言わんばかりに溜息を吐く。

 

 幸いながらレツはソラのような、捻じ曲がって迷走したコンプレックスを抱えている訳ではないので、キルアから褒め言葉どころか「どうでもいい」と言わんばかりの視線を送られても気にした様子はなく、むしろ彼女の素材の良さを褒めちぎる店主のマシンガントークに辟易していた。

 

「うーん♡ ベリーエクセレントね! これだけナイスな素材だと、スタイリスト魂にも久々に火がついちゃったわぁ~。

 とっても素敵よ、マドモアゼル! まるでお人形さんみたい~!」

「え?」

 

 一瞬、違和感を覚えた。

 

 店主の褒め言葉に恥ずかしそうに、けど少し嬉しそうに困っていたレツの顔が一瞬、強張ったようにゴンには見えた。

 何かに怯えるような、ショックを受けているような顔に思えた。

 

 だからゴンはとっさに、けれど嘘なんか何もない本音をレツに伝える。

 

「いいじゃん、似合ってるよ」

 

 ゴンの言葉に、レツは唯一無事だった人形を抱きしめつつ恥ずかしそうに頬を色づかせたが、嬉しそうに笑ってくれた。

 その笑顔にはもう違和感などなく、ゴンはホッと安堵するのだが、もはやデートにしか見えないやり取りをしている二人にキルアの我慢が限界を迎え、あまり意味はなかったとはいえ「口には出さない」という気遣いもかなぐり捨てられた。

 

「そんなこたぁどーでもいいからさ、早く教えろよ。レツの心当たりッて場所」

「うるさいな! 今、案内するよ!」

 

 ゴンと違ってデリカシーゼロな発言に、さすがに褒められたかった訳ではなくてもレツは不機嫌になり、きつい声音で言い返しながら店から出ようとする。

 その発言と行動に慌てたのは、急かしたキルア。

 彼はレツの腕を掴んで引き留め、面倒くさそうにもう朝から何度も言っている忠告をもう一度繰り返した。

 

「あのなぁ、俺達と一緒だとまた危険な目に遭うって言ってるだろ!」

「大丈夫だよ!」

「死ぬかもしれねぇんだぞ!!」

「……何も……始まらないよりはいい」

 

 キルアの忠告にレツは反射的に、噛みつくように言い返す。その反論にキルアも同じく噛みつくように怒鳴り返すが、キルアの言葉に更に返したレツの言葉は泣くのを堪えるような、悔しげで痛々しいものだった。

 てっきり売り言葉に買い言葉で、何の根拠もなく「自分は大丈夫」と思い込んで反論してくるかと思っていたキルアは、レツの様子と意味不明な反論に思わず戸惑って、言葉を失う。

 

 キルアだけではなく二人を仲裁しようとしていたゴンも、レツの発言の意図がわからずポカンとしているが、レツは二人の反応にも気付いていないように、人形に縋るように抱きしめて、俯きながら言葉を続けた。

 

「最近、思うんだ。

 僕はちゃんと毎日を生きてない。“本当”を生きる日はいつやって来るんだろうって」

 

 言っていることは、完全に意味不明。しかも、ソラのようにちゃんと説明もしてくれない。

 だが、彼女の中ではもうそれだけで十分なのか、それとも彼女自身にも説明がつけられないことなのか、それでも出した答えがあるから、レツの上げた顔は真剣そのものだった。

 

「ゴンやキルアといると、何かが始まりそうな気がするんだ」

「……何かが……始まる?」

 

 レツの言葉に困惑で首を傾げながら、ゴンは彼女の言葉を反復するが、結局レツはやはり説明などしない。

 それが気に入らないのか、キルアは舌を打ってからゴンを引っ張ってレツから離し、一旦店から出て忠告した。

 

「……おい、ゴン。あんまりレツを信用するな。あいつはやっぱ何か怪しい。言ってること意味不明だし」

 

 言いつつ、ちらりと店の中で待っているレツを窺う。

 自分が怪しまれている、キルアに信頼されていないのはわかっているし、それも仕方ないと思っているのか、寂しげで悔し気な顔をして、それでも健気に二人を待っているレツは、服装も相まってごく普通の少女にしか見えない。

 

 だが、先ほどの発言がなくてもキルアからしたらレツは怪しい所だらけだ。

 

 その怪しさの筆頭が、昨日の食事時の発言。

 人形の「眼」に対するこだわり。

 昨日の時点では「眼」という話題に自分が過剰反応しているだけかとも思っていたが、オモカゲの能力や、奴の「眼」に対するこだわりや執着を考えると、彼女のあの発言はどうしてもオモカゲと結びつけてしまう。

 

 そしてさすがのゴンも、レツは何らかの訳あり、自分たちに本当の事を全て話している訳ではない事くらいは察している。

 だからキルアの言葉に同意する。しかし、同意しながらもこの強情はいつも通り自分の信じたものを曲げやしない。

 

「そうだね。……でも――」

「でもって何だよ?」

「レツの心の奥には、もっと何かがあるような気がするんだ」

 

 先程の怯えたような、ショックを受けたような顔は気のせいではないと思ったから。

 彼女の語っていない「本当」は、自分たちを騙して陥れるものではないと信じたいから。

 少なくとも、先ほどの「“本当”を生きていない」は本音に思えたから。

 

「……だから、もうちょっと様子が見てみたくて……」

 

 レツが何かを隠していることに気付きながらも、それでも信じて見極めることを選んだゴンに、わかった上で覚悟を決められているのなら、もうキルアからは何も言えない。

 何を言っても無駄であるのは、ハンター試験の時から嫌と言うほど思い知らされてきたから、キルアはいつも通りちょっと怒りながらも、「……裏切られるのがオチだぞ」と最後の忠告だけ告げて、結局は折れる。

 

 人の好いゴンに呆れながら、けれどそんなゴンだからこそ自分は救われたから、怒りながらも、呆れながらも、信じ抜こうとするゴンを眩く思っていた。

 

 眩しかった。

 羨ましかった。

 そんな彼と友達であることが、誇らしかった。

 

 なのに、キルアの頭の中で声が響く。

 

 

 

『お前は友達を裏切る』

 

 

 

「!?」

 

 自分の中のあたたかな何もかもを一気に冷ます、冷ややかな声。

 夢見ることさえも許さなかった兄の呪縛(ちゅうこく)が、耳の奥から、頭の内側から囁かれる。

 

 その囁きに悪寒が走り、キルアの心臓を早鐘の様に打ち鳴らす。

 行き成り顔色が悪くなったキルアにゴンが気付き、「どうしたの?」と心配そうに眉を下げて尋ねてくるから、キルアはバクバクなり続ける胸を押さえながら、「心配ねーよ」と言い張った。

 

(くそっ! どうして今、こんなことを思い出すんだよ!)

 

 キルアは気付かなかった。

 それどころか、キルアと向き合っていたゴンですら気付かなかった。

「違和感を覚えたら“凝”」というビスケの教育は徹底されていたが、その肝心な違和感に気付けなかった。

 

 

 

「………………『俤人(ソウルドール)』」

 

 

 

 店の中で二人の様子を窺っていたレツが、キルアの顔色が悪くなり、そんな彼をゴンが心配して二人の意識が完全に自分から離れたタイミングで何かを呟いた時、彼女のどこか悲しげな瞳が怪しく輝いたことにも。

 

 その呟きに応じるように、レツの抱えていたピエロの人形が操り糸もなしに地面に降り立ち、そのままひょこひょこと歩き出したことにも。

 

 そんな明らかにおかしい人形の存在に誰も気づかぬまま、レツの人形がキルアの影の中にまるで水に沈むように飲み込まれていったことに、二人は気付くことが出来なかった。






海のブッパした宝石剣の亜種の説明は入れるタイミングがどうしてもつかめなかったので、もう少しお待ちください。
ただ、割と海は前回であの亜種宝石剣の真実を全部語ってますし、ブッパした闇の刃の正体も既に今までの本編の情報で推測できるものです。

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