「あああぁぁぁーっ!! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いキモすぎる!!
もう今すぐにシャワー浴びたい、このツナギを脱ぎ捨てたい!! どうせ下は見せブラとショーパンだから脱いでやろうか!!」
「うるさい。つーかやめろ痴女。それやったら、あの変態と同類だろうが」
ヒソカとのまさしく、「犬に噛まれた」と思うしかない出来事の後からずっと同じことを言って騒ぐソラに、ついにキルアはキレてひざ裏を蹴りつける。
これでもあのピエロに抱き寄せられたことを気持ち悪がるのは、大いにわかるし同情していたので、キルアにしては我慢して聞いてやっていたし慰めてやっていたつもりだが、本当にツナギを脱ごうとしだしたことで我慢はやめる。
幸い、「あの変態と同類」というキルアの言葉が効果的だったらしく、下したジッパーをソラは再び勢いよく上げて、肌を完全に隠す。
女らしい羞恥心など皆無だと思っていたが、さすがに変態に対しての嫌悪感や危機感は、人並みにあるらしい。
もしくは、女としての羞恥心も危機感も皆無な彼女にそれらを感じさせるほど、ヒソカが気持ち悪いだけなのかもしれないが、その可能性は誰も喜ばないのでキルアは考えないようにする。
「うぅ~、どうしよう。もう試験始まる前から帰りたい気持ちMAXなんだけど。キルアがいなきゃ、間違くなく帰ってるレベル」
自分の体を抱きしめるように、未だ消えない鳥肌をさすりながら、まだヒソカに対しての嫌悪感をひたすら愚痴るソラを、キルアは横目でにらみつける。
聞き捨てならない言葉があったので、自然とキルアの声は刺々しかった。
「……何で俺がいたら帰らないんだよ?」
「え? だってあの変態、私だけじゃなくて確実にキルアにも目をつけてたよ」
キルアの刺々しい問いに、ソラは少し首を傾げながら即答する。
そのことは、ソラに言われるまでもなくわかっている。ヒソカはソラに対して粘着質な殺気と視線をずっと向けていたが、その殺気や視線はキルアにも向けられていたことくらい気付いている。
だからこそチラチラ向けられる程度でも悪寒が常に背筋を走るぐらいだった殺気を、全力でぶつけられるソラに心底同情していた。
けれど今は、その同情心が掻き消えて、理不尽な苛立ちばかりが胸の中を渦巻く。
「……だから、それがどうしたっていうんだよ?」
今度の問いには、即答しなかった。ただ、言っている意味がわからないと言いたげな顔をして、ソラは先ほどより大きく首を傾げてキルアを見る。
「……あの変態に目をつけられたのが嫌なら、もう関わりたくないなら、逃げたいのなら今すぐ逃げたらいいだろ。俺のことなんかほっといて。
何で、俺も狙われてるからお前が逃げ出さない理由になるんだよ? ……何で、俺なんかを守るんだよ?」
自分の言っていることが、どれだけ理不尽かはキルアはちゃんとわかっている。
ここで自分がソラに伝えるべき言葉は、ヒソカから一方的な攻撃を受けていた時、まったく手助けも何もせず、真っ先に一人で逃げたことに対する謝罪と、そんな自分を守って今も一言も責めないことに対する礼であることはわかっている。
ヒソカの攻撃から逃げ出さず、その場でトランプをすべて捌ききったのは、ソラがいなくなれば奴の攻撃の矛先はキルアに向かった可能性が高かったから、だから彼女は逃げなかったことくらい、キルアは気づいていた。
まだ出逢って間もない自分を、そうやって守るくらいに近くに置いてくれることが嬉しくて、だからこそ彼女を置いて我先に逃げ出した自分が、ヒソカの元に引き寄せられた時、奴に近づくことはおろか、「ソラを離せ!」とも言えなかった自分が情けなくて嫌で仕方なく、そしてその感情を素直に表すことも出来ずキルアは、さらに自己嫌悪するとわかっていても、ソラに対して八つ当たりで問う。
その問いにソラはまだきょとんとした顔のまま、彼に尋ね返す。
「キルアは、逃げたことを気にしてるの?」
あっさりと自分の意地を見破って、本音を暴き立てる女をキルアは、やや赤くなった顔で睨み付けるが、何も言えなかった。
肯定できる素直さがないから、こんな八つ当たりをしている。だからといって、否定だってできなかった。
「お前なんか見捨てても、何とも思わない程度の存在だ」と言ってるも同然な否定は、例えその場限りの照れ隠しでも口にはできなかった。
それ以上に何も言えなかったわけは、キルアが何かを言い出す前にソラが、やや面倒くさそうな顔で言い放ったのが一番だが。
「気にしなくていいよ。っていうか『何すんだ、やめろー!』とか言って、むしろ突っ込んでこられた方がぶっちゃけ迷惑だからやめて欲しい」
「どういう意味だ、俺が弱いってことかそれは!?」
まさかの「助けたかった」という気持ちを、面倒くさそうに否定されて、思わずキルアはマジギレして怒鳴りつける。
そしてソラはキルアにマジギレされても、ものすごく素の顔で「うん」と頷いた。
「君は確実に私より強くなるよ。でも、今は私より弱い。っていうか、いくら男と女でもこの年の差で私が負けたら、私の立場ないわ。
正直言って私が苦戦する相手にキルアが加勢に入ってくれたら、気持ちは嬉しいけど手間が増えるだけだからね。だから危なくなったらさっきみたいに、真っ先に逃げてくれるのが一番いいよ」
腹が立つくらいの正論に、キルアは先ほどとは別の意味で何も言えなくなって、黙ってソラを睨み付ける。
実際、キルアは自分とソラの実力差を測り間違えるほど愚かでもない。
「直死の魔眼」というチートな異能がなくても、自分はまだまだソラには敵わないことなどわかりきっており、そんな彼女が苦戦する相手に自分が突っ込んで行っても、瞬殺されたら面倒が一番少なくていい方であることくらいわかっている。
それでも、自分をはっきりと「弱い」と言い切られたことに腹を立てるが、今度は八つ当たりすら起こせなくて、キルアは睨むのもやめてそっぽ向き、適当な方向にソラを置いて歩き出す。
腹が立っているのに、「弱い」と言い切られてムカついているのに、怒っているのに、それなのにどうしようもなく「君は確実に私より強くなる」という断言や、「気持ちは嬉しい」という社交辞令の常套句を嬉しく思っている自分自身に、心の中で「バカじゃねぇの?」と悪態をつきながら、完全な照れ隠しでどっかに行こうとするキルアをソラは慌てて追いかける。
「キルア、私さ肉まんが好きなんだ」
「はぁ?」
追いかけられて追いついて、いきなり脈絡がなさすぎる発言にキルアが振り返れば、相変わらず彼女は名前にふさわしい、晴れ晴れとした笑顔で言葉を続ける。
「私の手助けをしようとせずに逃げてもらった方がいいのはわかってるけど、やっぱり一瞬の躊躇もなく置いて逃げられたのはムカついたから、試験終わったら肉まんおごれ。
っていうか、私を見捨てて逃げるたびに肉まん1個ね」
「はぁ!? 何だよそれ!!」
別に肉まんの1個や2個くらいおごるのは構わないが、勝手に決めつけられた代償に文句をつけると、ソラは飄々と「私の食い意地舐めんなよー。おごってもらうまで、背後霊みたいについて回るからな」と、大人げ皆無なことを言い出す。
相手が大人げを放り捨てるので、こちらが意地を張っても意味がないとキルアは悟り、「子供におごらせんな、ダメ人間」と辛辣な言葉を吐きだす。
キルアは気づかなかった。
ソラの食い意地の張った提案で、まったくソラが自分を責めないからこそ積み重なる見捨てた罪悪感も、自分が見捨てたせいでソラが失われるとくすぶっていた不安が消えたことに気付かない。
彼女に大人げは皆無だが、自分よりソラはずっと大人であることに気付かない。
* * *
そのままソラとキルアは何故か、コンビニの肉まんの話で盛り上がり、ソラがスライムまんのレンジでチンした時のグロさについて語り、キルアが爆笑していると、地下に反響して響き渡るベルの音がその他愛ない時間に終わりを告げる。
耳をつんざくベルに二人は同時に顔をしかめ、音のした方に目を向けると、壁に走る太いパイプの上に、キルアの家の執事を連想させる礼服じみた黒スーツ、くるんと巻いた髭が特徴的な紳士がそこに立っていた。
紳士は一通り受験生が自分の方に注目したのを確認してから、顔の形をした玩具じみたベルを止める。
「ただ今をもって、受付時間を終了いたします。
では、これよりハンター試験を開始いたします」
厳かに告げられた、開始の言葉。
男は音もなくパイプから地面に降り立ち、受験生たちについてくるよう指示を出す。
受験生をゾロゾロと引き連れながら彼は、ハンター試験の厳しさ、死亡も珍しくはないというリスクを教え、それでもいいのなら、そのリスクを理解して背負う覚悟がある者だけついてくるように告げるが、もちろん現在この地下通路に存在する受験者は誰も帰らない。
男は390人ちょっとの全員が、試験を受ける覚悟を持っているのを確認して、歩を進める。
人数を聞いて、ソラとキルアは「倍率の割に受験生は結構多いな」と話していたが、実は試験会場までたどり着いた人数は405人であり、10人ちょっとの人間は、試験前のヒソカとソラのいざこざに巻き込まれて怪我をしたか怖気ついたかで、受付時間終了前に試験から逃げ出したことを、当の本人は全く気付いていなかった。
「どんな試験だろうな?」
「……ペーパーテストとかだけは勘弁してほしいな」
「うわ、それ凄い同感」
そのまま第一次の試験会場まで案内されると思い、ソラとキルアは緊張感が全くないくせに地味に切実なことを話ながら進む。
が、5分もしないうちに、周りの様子の変化に気付く。
最初の方は徐々に速足になっていく程度だったが、いつしか速足は競歩に、競歩が小走りに、そして前の方の集団がついにマラソンくらいの速度で走り出して、後に続く者たちもついていくために走り出す。
いつしか全員が走り出したタイミングで、男は一次試験の担当官であることを名乗り、自分が二次試験会場まで案内すると言い出して、先頭の誰かが「二次?」と不思議そうな声をあげて、「一次試験はどうした?」と尋ねれば、もう始まっていると答えられる。
二次試験会場まで、試験官サトツについてゆくこと。
それが一次試験だと言ってサトツは、もう振り向くことはなかった。
「……変な試験」
ソラの呟きにキルアは頷きながら、持っていたスケボーを下して乗って走り出す。
「持って来ておいてなんだけど、まさかこれが役に立つとは思わなかった」
「思ってたのなら、そりゃ予知能力者だよ。っていうか、キルアずるい。私も乗せろ!」
ソラが後ろからキルアのスケボーに飛び乗ろうとしたのを、スピードをつけて避けてキルアは、「ヤダよ。つーか、先行ってるぜ。落ちたら指さして笑ってやるからな」と言いながら、そのままソラを置いて先に進む。
とは言っても本気で置いて行く気はなく、ソラがチラチラ見える範囲内で、そのまま他の受験者から「何でこんなもんを持ってきてんだよ、このガキは」という反感の視線を無視してスケボーを走らせていると、「おい、ガキ! 汚ねーぞ!」と声をかけられた。
振り返ると、かなり大柄な黒スーツにサングラスの男が「そりゃ反則じゃねーか! オイ!!」と文句をつけていたので、キルアはいけしゃあしゃあと「何で?」と問い返す。
「何でって、おまっ……。こりゃ持久力のテストなんだぞ!!」
男の言葉に、周りの受験生たちは深く同意するように頷いたり、キルアに批判するような視線を向けるが、肝心の男の仲間らしいキルアと同い歳くらいの少年と、キルアとソラのちょうど間くらいの歳の金髪は男に同調せず、むしろそんなつもりはなかっただろうが、キルアをフォローするような発言をして男を諌める。
「テストは原則として持ち込み自由なのだよ!」
そう言って、仲間を諌める金髪を思わずキルアは眼を見開いて、凝視してしまった。
「? 私に何か?」
キルアの視線に気づいて金髪の、おそらく男は首を傾げて尋ねたが、キルアは「別に」とだけ言って、何も答えなかった。
答える意味などなかったから、答えなかった。
顔の造形そのものは、似てるか似てないかで言えば似てる方という程度だが、そのあまりにも中性的な顔立ちと体格が、驚くほどソラに似ていると感じて、一瞬本気で見間違えて驚いたことなど、初対面でわざわざ話す意味などなかったから、キルアは何も話さずそのまま彼の興味は自分と同い年くらいの少年に移る。
気付かなくて当然だが、実はこの時、奇妙なシンクロが起こっていたことを誰も知らない。
キルアが金髪の青年、クラピカをソラと見間違えたように、クラピカもキルアを見て一瞬、3年前に失った人の面影を見たことなど、誰も知らない。
* * *
キルアと違って見間違えることはさすがにしなかったが、その吊り上った猫のような目と、周りからの非難の視線をものともしないマイペースさに彼女の、ソラの面影が色濃く浮かび上がって、クラピカは首を振ってその面影を追い払い、今は試験に集中しようとする。
が、今朝も夢に見たせいか、あまりにも鮮明に蘇った彼女が脳裏から消えない。
『別にいいんじゃない? 君がどう思おうが、君にとって私がどう見えようが、私は私という事実は変わらないから、私は気にしないよ。
むしろ、私を見て誰かを思い出して、少しでも長くその人を心の中で生かせるのなら、光栄だ』
彼女の言葉が、蘇る。
言葉通り、誰かに見た面影によってクラピカの心の中で生きる彼女が、再び自分に告げる。
クラピカはソラにまず、同胞の面影を見た。
自分とは成り立ちも、色が変わる原理も、変わる色そのものも違う、共通点など瞳の色が変わるの一点に尽きるはずのあの眼に、喪ったクルタ族の面影を見て、まずは縋り付いた。
そのことは早い段階であまりに身勝手だったと反省し、それ以降は真摯に彼女を「同胞に似た人」ではなく「ソラ=シキオリ」という個人として尊重しようとしたが、それも早々に出来ないと思い知らされた。
猪突猛進で騒がしく、誰よりも明るいところに母を。
穏やかで心配症で、けどさらりときついことを言い出すところに父を。
そして、自分を信じて守って頼って笑いかけるその笑顔に親友の面影を、見てしまった。
どれもこれも、誰にでもあってもいい些細な一面性であることはわかっている。
しかしソラの、男にも女にも、大人にも子供にも見える容姿の所為か、それともまるでクラピカの心でも読んで狙ったかのように絶妙なタイミングで、その一面性が見える所為か、ふとした瞬間にあまりにも鮮明な、泣きたくなるぐらい鮮烈に、彼女は喪われた人たちをクラピカの心の中に蘇らせて、どうしてもクラピカが「ソラ個人を尊重したい」という誠意を叩き折ってきた。
そして当の本人も、せめてもの謝罪として正直に話した時、まったく自分という個人を見ていなかったということを気にも留めず、あっさりと「いいんじゃない?」と許した。
本人が言うように、クラピカがどう思おうがソラはソラ以外の人間になれはしない。クラピカがどんなに父母や親友に似ていると思っても、彼女は父母にも親友にもなりはしない。
『体が失われたら、もうその人は誰かの心の中でしか生きられないんだ。
クラピカ。君が覚えている限り、君の大好きな人たちはちゃんと生きてるよ。そしてそれは、私にだって殺せない』
もう愛しい彼らは戻ってはこないことをクラピカに告げながら、同時にどこに生きているか、どうやればその人たちを守り抜いて、生かし続けられるかを教えてくれて、少しだけ彼女に誰かの面影を見ることに対しては、心が軽くなった。
しかし、彼女を「誰かに似ている」と思うこと自体に罪悪感を抱くことはなくなったが、自己嫌悪は変わらず胸の中に鎮座し続けた。
ずっと不安だった。
ソラのことが好きで、ソラに感謝していて、ソラと一緒にいたくて、ソラの幸福を何よりも望んでいるのに、それは結局ソラが自分にとって大切な人に似ているからで、ソラ個人を見ていないというのが嫌で嫌で仕方がなかった。
ソラという個人を、確かに好きになりたかった。
が、その自己嫌悪はソラと別れたことで解決した。
彼女とずっと一緒だったなら、永遠に解決しなかった可能性が高いので、これはある意味怪我の功名と言える。
彼女は、クラピカにとっての大切な人に、誰かにどこかしら似ていた。
それだけ誰かの面影があれば、ある意味当然の成り行きだろう。
ソラは誰かに似ているからこそ、誰かも必ずどこかしらソラに似ている。
ソラと別れてから、クラピカは必ずと言っていいほど、自分と関わった誰かにソラの面影を見た。
ゴンの突拍子もない真っ直ぐな行動力にも、レオリオの大人げがないくせに懐深い所にも、ソラの面影を見た。
あまりに些細で他愛のないやり取りや言動にも彼女に似た部分を探して、自分の心に住まう彼女が色褪せぬように、死んでしまわないように思い出し続けようとしている自分に気が付いた時は、思わず笑った。
自分はちゃんとソラという個人を見ていたし、ソラという個人が、彼女が好きだったという確証が嬉しかった。
「オッサンの名前は?」
「オッサ……これでもお前らと同じ10代なんだぞ俺は!!」
「ウソォ!?」
後ろの騒ぎでクラピカの意識が、過去から現在に呼び戻されてげんなりする。
「あーー!! ゴンまで……!! ひっでー、もォ絶交な!!」
(離れよう)
正直言ってゴンの驚愕には大いに同意するが、試験中に子供とはいえこんなことで騒がないでほしい。そして本当に10代とはいえ、おそらく確実に20に近いのだから、レオリオはもっと大人げを持ってほしいなどと考えながら、クラピカはペースを上げてゴン達から少しだけ離れた。
そんな恥ずかしいやり取りにも、3人のどの反応にも「ソラがしそうだな」と思いながら、少しだけ先行した時。
「キルアー。何、騒いでるんだよ? 私も混ぜろー!!」
「!?」
男にしては高く、けど女にしてはやや低い印象の声。
「なんだ、追いついたのかよ」
「? 誰? キルアのお姉さん?」
「お姉さん? 兄貴じゃねーの?」
「あれ? 友達がさっそくできたの? よろしく少年! それとオッサン!!」
「オッサンじゃねーって言ってんだろ! 俺は10代だ!」
「それは19歳と何カ月?」
「正真正銘の10代だ! って言うか、3月生まれだからまだ18だ!!」
声が似ているだけの別人という、傷つかない為の予防線は、後ろでさっそくバカ騒ぎするやり取りでどんどん取り払われて、期待が膨らんでゆく。
レオリオの言葉にゴンと全く同じ反応をしてから、後ろの性別不詳な人物は笑いながらゴン達に名前を名乗ろうとする。
「あはは~。ごめんごめん。じゃあみんな、年下なんだ。
君たち、名前は? 私は――」
名前を名乗る前に、振り返った。
どうせ違うのなら、自分の目で確かめて絶望したかった。
そして何より、その名前を聞いてからだと、どんな顔をして振り返ればいいかわからなくなりそうだったから。
「――ソラ?」
その名を告げたのは、本人ではなくクラピカだった。
思わず、足が止まってその場に立ち尽くす。
3年前が18歳なら、容姿はさほど変わっていなくても不自然ではないが、彼女は時が止まってしまったかのように3年前から、クラピカの記憶から変わっていない。
奇跡的なまでに、男性女性の美しさを調和させている美貌。
背は女性にしては高いのに凹凸があまりない為、子供にも大人にも見える、成熟に至っていない思春期のような体。
マイノリティにしてオールマイティ。
誰にでも似てて、誰もがその面影を持つ不思議な人。
ただ、髪だけがクラピカの記憶と大きく違う。
ただ単に限界まで脱色しただけなのか、それとも何かあったのかは、クラピカにはわからない。
烏の濡れ羽という表現にふさわしかった黒髪は、完全に色が抜け落ちて老人のような白髪となって、それがまた彼女の稚気に老獪という対極を内包させる。
「…………クラピカ?」
ソラも、前に先行していた人物の存在に気付いて、ミッドナイトブルーの眼を軽く見開き、その名を呼んだ。
ゴンやキルア達は、いきなり立ち止まって本人が名乗るより先に彼女の名を呼んだクラピカにも、そしてこちらも相手の名を呼んだことにも戸惑って、3人全員が二人の顔を交互に見ながら、「知り合い?」と訊いた。
クラピカはその問いに答えることはおろか、他の受験生に「何止まってんだ! 邪魔だ!」と怒鳴られても走り出すことは出来ず、ただ立ち呆けた。
再会したらまず何を言おうか、何をしようと思っていたかなど、今は何も思い出せない。
ただ、これが夢でないことを、夢なら覚めないで欲しいと願う以外出来ないクラピカを、ソラは丸くしていた眼を細めて、その眼に確かにクラピカを映して、笑った。
ソラは足を止めなかった。
ゴン達もクラピカの言葉と様子に驚いて一瞬立ち止まったのに、彼女は軽やかに走りながら何の躊躇もなくクラピカの手を取って、そのまま彼を引っ張った。
「!」
「何、立ち止まってるんだよ、クラピカ。ハンターになるんだろ? 立ち止まってる暇なんかないだろう?」
いきなり引っ張られて転びそうになるクラピカに、彼女は笑って言った。
久しぶりだとか、会いたかったなんて言葉はなく、まるで少しだけ別れていた、それも数日どころか数分ぐらいの気楽さと自然体で、彼女は笑ってクラピカの手を繋いで、一緒に走り出す。
「一緒に行こう」
クラピカが出会った日からずっと望み続けた願いを、こともなげに口にして、叶えてくれた。
「……あぁ。……行こう。一緒に」
滲む視界の中で、クラピカは自分の記憶通りに暖かな、けれど記憶よりもずっと小さくなってしまった手を握り返して応える。
もう、この手は離さないと誓って。
「うん。ところで、クラピカって妹だっけ?」
「歪みないなお前!!」
しかしその誓いは0.5秒後にあっさり投げ捨てて、同時にソラの額に躊躇なく自分の武器である木刀を割と全力で投げつけた。