死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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141:守護者が来たる

 妹に殺されるくらいなら自殺の方がマシというより、妹の手を自分の死で汚すのを嫌ったように見える、清々しいくらいに美しい笑みで海は、自分が人形に戻りきる前にあまりに勇ましく、潔く自分の喉笛を掻っ切る。

 刀身が折れてさえなければ間違いなくその首は切断されていたであろうほど深く切り裂いて、海の全身は何の飾り気もない人形の素体に戻り、地に落ちた。

 

「!」

 

 サイズも20センチほどに戻って落ちた人形と一緒に、それ以上に小さな何かがきらりと光って落ちたことに気付き、ソラは近寄って拾い上げる。

 

 それは、イヤリング。

 ソラと一緒にこちらの世界に渡り、そしてクラピカを治療するために中身を使い果たした形見とよく似たデザインのイヤリングだった。

 

 海の持っていたものは昨夜のゴンやキルアと戦った時に使ったビー玉やおはじき以外は、ソラが「姉はこんなん使ってたな」という記憶から再現されたものだったが、これだけは海がオモカゲに用意させたのか自力で用意したのか、本物の宝石らしい。

 切り札として使うつもりだったのか、それとも別の意図があったのかはわからない。

 

 もうそれを知るすべはない。

 知ろうとも思わない。

 

 だからソラは、拾い上げたそのイヤリングを握りしめて振り返り、天上の蒼が睨み付ける。

 自分の大切な人達の心に、無許可で土足で無遠慮に入り込んで、自分自身ですら触れてはならない部分にまで触れて奪い傷つける男を、自分の大切な人の「心」をたとえその「心」自身が望んでいたものであっても殺した海以上に許せない男を睨み付け、自分で傷つけて血にまみれた左手で指さして宣言する。

 

「次はお前だ」

 

 * * *

 

 ソラと海の怒涛の展開についてゆけず唖然としていた4人だが、ソラの宣言で呆けてしまっていた気が戻って来たのか、彼らもそれぞれオモカゲを睨み付け、レオリオに至っては威勢よくバルコニー状の2階で高みの見物をしている面影を指さし、ソラの宣言に続く。

 

「けっ! もう逃がさねぇぞ! 降りて来い!」

 

 しかしオモカゲはレオリオの啖呵は無視して、両手を悔しげに力いっぱい血が出るまで握りしめて、吐き捨てるように言い返す。

 

「ちっ! 貴様ら姉妹は本当にいらんところばかりがそっくりだな! 最初は半信半疑だったが、海が『自分が最初に(ソラ)と接触するべきではない。動揺はするだろうが、間違いなく躊躇なく殺しにかかって、眼を奪う機会などない』と言っていた意味がよくわかった!!

 姉が妹を『材料』としか思えないのなら、貴様も姉など躊躇なく殺せて当たり前だと考えるべきだったよ!!」

 

 悔し紛れの捨て台詞に、ソラが傷つくであろうと思える言葉を喚いて投げつける。

 やはり、この男の眼はどこまでも節穴だ。いや、節穴の方が何も見えていないだけマシかもしれない。見ている光景が見当はずれなだけならまだしも、話も何も聞いてないのだから、とことん救われない。

 

 この男には、海の最期のあまりに美しい大海の笑顔も、ソラが何に怒って自分と海を繋ぐパスをその眼で切断したのかもわかっていない。

 確かにあの姉妹の間にあるものは、「絆」や「愛」と言うにはあまりに歪で、それはまさしく「執着」としか言いようがないものかもしれない。

 けれど、歪であってもあの二人の間あるのは確かに「魔術師」としての冷たいものだけではなく、「人間」らしい温度の何かがあるのは確かなのに、そのことに気付きもしない。

 

 だから、元々自分のことではめったに怒らないソラはもちろん、他の4人、特に本人以上にソラのことになると沸点が低くなるクラピカでさえも、その発言にはもはや白けたような視線しか送らない。

 見当外れにもほどがあることを言われたら、どんな誹謗中傷も腹が立つより呆れが先に来て何も言う気になれないものだが、やはり自分の都合の良い世界しか見えていないオモカゲには、彼らの反応がもはや「好きの反対は無関心」の域にある無反応であることに気付かず、図星を突かれた絶句だと勘違いすることで余裕を取り戻し、気味悪く笑って言葉を続ける。

 

「うふふ……、それに君たちは何か勘違いしてないかい?」

「勘違い?」

 

 その笑みと相変わらずの話の通じなさにドン引きしながらキルアがオウム返しすると、オモカゲは更に笑みを深めて答える。

 

「私が幻影旅団(クモ)に入った理由を教えてあげよう」

 

 キルアの問いではなく、誰も訊いてないし興味もない、って言うか率直に言ってどうでもいいことをいきなり恩着せがましく言いだして5人はイラッと来たが、しかし今までのオモカゲの性格や能力を考えたら、こいつの「旅団への入団動機」も、なぜ自分の人形を用意してヒソカに殺させるという偽装で退団したのか、その理由は言われるまでもなく想像ついた。

 

「――旅団(クモ)のメンバーの人形が欲しかったからさ。

 私の『俤人(ソウルドール)』は執心から人形を作りだす能力。旅団のメンバーに最も執心を持っている者……つまり旅団と最も絆が深いのは、メンバー自身だからね。自らも旅団に入って、他の旅団員に接触するのが最も手っ取り早かったのだよ」

 

 そして、何故このタイミングで言い出したのかもわかる。むしろ、今まで気に掛けずにいたことを全員が後悔する。

 この広間の壁際に、自分たちを取り囲むように設置された棺のような箱が、中で何かが暴れているようにガタガタと動き出せばもう、答えなど言ってるも同然だというのに、オモカゲは彼らを甚振るようにぱちんと指を鳴らして口にする。

 

 もう全員がわかりきっている、「勘違い」を。

 イルミを、パイロを、海を倒して終わりなんかではなかったという事実を告げる。

 

「あれは――!?」

 

 棺から現れたのは、7人。

 

 190越えのレオリオでさえも見上げる巨体のフランクリン。

 逆にキルアやゴンよりも小柄かもしれない黒衣の男、フェイタン。

 まだ二十歳に手が届いていないと思える華奢な少女、マチ。

 着流しを着た浪人風の男、ノブナガ。

 エジプトのファラオを連想させる奇抜な帽子をかぶったフィンクス。

 人当たりのいい好青年にしか見えないシャルナーク。

 

 そして……黒い本を携えてゆらりと、悠然と現れた額に十字の刺青らしきものがある男、クロロ=ルシルフル。

 

 その顔の双眸は全員、底なしの闇しか埋まっていないことを除けば、ヨークシンで見た彼らと寸分たがわず同じ姿をしている。

 ただ、彼らの顔は全員違わず同じ表情(かお)

 

 何の感情も見当たらない無表情、人形の顔で彼らは何も語らない。

 それはまさしく、オモカゲの「所有物」であり、便利に扱う為の「道具」でしかないから、パイロ達とは違ってその人形を生み出した者の心を抉る必要がないから、仮初めでも「心」を与えてもらえなかった空っぽの軍勢。

 

『幻影旅団!?』

旅団(クモ)の中でも特に、私好みの実践的(べんり)な能力を持つ者たちだ。そして……、君達には絶対に勝てない相手だ」

 

 わかっていたが、頼むから違っていてほしいという期待が潰えた絶望的な声を思わず全員が上げてしまう。

 この時ばかりはオモカゲの解釈が正しく、彼らの絶望を嘲笑う高笑いを上げながら彼は人形たちに命じる。

 

「第二幕の始まりだ。疲れているからと言って、すぐに幕引きは興ざめだからやめておくれよ?」

 

 厭味ったらしいオモカゲの言葉に歯噛みしながらも、全員が思ったことは「まずい!」の一択。

 オモカゲの言う通り、この場の全員が既にオーラをかなり消耗している。ソラとゴンは眼を取り戻した事で、クラピカは人差し指の鎖で海からオーラを奪い取った事で、多少は回復しているのだがそんなのは焼け石に水でしかない。

 

 そしてフルメンバーでないことと、一番厄介なウボォーギンがいないこと、更に眼がないので本人よりは弱体化しているかもしれない事が救いと言えば救いだが、それでもオモカゲが「実践的(べんり)」と言って厳選しただけあり、現れたメンバーは蜘蛛の中でも武道派ぞろい。

 

「くっ……!」

 

 レオリオの首筋にフェイタンが刃を突き付け、レオリオに気を取られたゴンの足にマチの念糸が絡み付く。

 ゴンの危機に気付いたキルアが彼を助けようと駆け寄るが、その行く手をノブナガが阻む。

 あと一歩でもその“(テリトリー)”に入れば、自分の首が胴体と泣き別れすることをキルアは本能で感じ取り、動けない。

 

「くっ! 来いよ! クソジジッッ!?」

 

 ソラもキルアの援護か、レオリオを開放する為に再び宝石剣を具現化しようとするが、彼女の右手の中に現れた宝石剣は完全な形になる前に光の粒子となって崩れて消えてゆく。

 その訳は“絶”で忍び寄ってきたシャルナーク。ソラの「敵は直死の間合いの外」という宝石剣具現化の制約が守られていないから、宝石剣は形を保てず崩れるしかない。

 

「ソラっ!」

 

 クラピカがフィンクスと交戦しながら、彼女の危機を知らせる。

 さすがにソラの方もクラピカに言われるまでもなくシャルナークに気付いており、振り向きざまに回し蹴りを入れてから、直死で人形破壊を試みる。

 

 だがその前にシャルナークの人形は持っていたアンテナを自分の体に刺し、自動戦闘(オートモード)になって操作系らしく自らの体の負担を無視した動きで避けた。

 避けて距離を取って間合いの外にシャルナークは出てくれたが、ソラは再び宝石剣を具現化して誰かの加勢に向かうことは、フランクリンの念弾の掃射に阻まれて出来ない。

 

「まずい……手負いのまま戦える相手じゃない……」

 

 そんな全員の窮地に、吐きたくない弱音をクラピカはこぼしてしまう。

 

 おそらくこの人形にも自分の切り札である「束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)」は有効である。

 この鎖の制約は「旅団以外の『人間』に使用したら、自分は命を落とす」なので、これはクラピカも意図していなかったが相手は「旅団の人形」という、屁理屈に近いが制約に当てはまらない存在だ。下手すれば元・団員であるオモカゲの方が制約に引っかかる可能性が高いくらいだろう。

 

 だから中指の鎖を使うことに躊躇いや迷いはないのだが、この人形たちとオモカゲも含めた8人を拘束するには圧倒的にクラピカのオーラは足りない。

 仮に足りていたとしても、人数が多すぎて敵一人の隙を見つけてもその隙を他の者が埋めて補い合うので、そもそも鎖を相手に巻きつけることが出来ず、むしろクラピカが一人を拘束した隙に、他の団員から集中砲火で攻撃される可能性の方が高い。

 

 現にクラピカはすでに何度もフィンクスの拘束を試みているが、そのたびにクロロが具現化した「密室遊漁(インドアフィッシュ)」が襲い掛かって来る。

 

 オモカゲに弱みなど見せたくないのに、それでもこの状況は最悪だ。

 オモカゲに自分たちの「勘違い」を嗤われるのも無理がない。

 

「うふふ……人形ごときに苦戦しているようでは、この私は倒せない。さぁ、大人しく君たちの眼をもう一度、差し出したまえ」

「くそっ! 余裕ぶりやがって……!」

 

 今度こそ自分の勝利を確信しているのか、オモカゲは恍惚とした笑みを浮かべながら彼らの神経を全力で逆撫でしてくる。

 レオリオは人質同然に首に刃物を突き付けられたまま悪態をつき、クラピカは悔しさのあまりに血が出るほど唇を噛みしめる。

 

 レオリオと同じくオモカゲの言葉に憤慨して、ゴンは力づくでマチの糸を引きちぎろうとするが、彼がもがけばもがくほどにそれはまさしく蜘蛛の糸のごとく全身に絡み付く。

 

 そんな彼らを甚振るのも終わりと宣言するように、マチは網にかかった魚のようにもがくしかないゴンに歩み寄り、フェイタンはゆっくりと突き付けた刃を更にレオリオの首に押し込み、切っ先が皮を裂いて血をにじませる。

 

(ちっ! オーラだけじゃなくて人数がまず不利すぎる! 第一、こいつらは本体のことを考えたらオモカゲの命令とか関係なく、捨て身特攻も躊躇しねぇってのに、どう相手にすれば……)

 

 絶体絶命の彼らを目にしても、キルアは動けない。動いた瞬間、ノブナガの刀が抜かれることがわかっているから、再び頭の中で呪縛の声が蘇り、気弱でネガティブな考えばかりが浮かんできて動くことが出来ない。

 例え自分の背後に、シャルナークが予備のアンテナを自分に突き刺そうと近づいて来ていることを把握していても、動けない。

 

 同じくクラピカはフィンクスとクロロに、ソラは自分の戦闘スタイルともっとも相性の悪いフランクリンに翻弄されて、自分のことで手一杯。

 

(万事休すか!?)

「っっざけんなぁぁぁっっ!!」

 

 クラピカの諦観に心臓が握られた内心の絶望に怒るように、まだ足掻き続けるソラが咆哮する。

 そしてその咆哮に応えるように、まずは見せしめと言わんばかりにレオリオの喉を掻き切ろうとしていたフェイタンの刃に向かって一直線に何かが飛んで来て、レオリオに突き付けられていた強度がさほどない仕込み刀が破壊される。

 

『!?』

 

 オモカゲと旅団の人形側が有利に動いていた戦局の天秤が、その一撃で揺らぎ、傾いた。

 

「! クソジジイ! 穿て!!」

 

 フェイタンの方に一瞬だが気を取られて、念弾の掃射が数秒だけ途切れた瞬間、ソラはただでさえシンプルな詠唱を更に簡略化させて宝石剣を具現化し、溜めなしで光の刃を撃ち出した。

 それはいつもと比べたらあまりに脆弱な一撃、大きさも投げナイフくらいしかないものだったが、それはいつもと比べたらの話。

 

 いつもが強力すぎるのだ。溜めなしで撃ち出されても、ゴンを拘束するマチの念糸を切り裂くには十分すぎた。

 

 そしてクラピカも、フィンクスとクロロに出来たほんのわずかな同時の隙を見逃さない。

 フィンクスの人形に「束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)」を伸ばして捕え、そのまま鎖を掴んで遠心力でフィンクスをノブナガに向かって投げつけた。

 

 人形同士でも仲間意識があるのか、さすがに“円”に入ってきたフィンクスを居合いで切る訳にはいかず、ノブナガはキルアと向かい合う体勢を崩して避けて、キルアもノブナガに拘束されてるも同然だった均衡が崩れたことで動き出し、すぐ後ろにまで迫っていたシャルナークから逃れる。

 

 そしてクラピカはフィンクスを拘束する「束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)」を解除して自分もその場から、旅団員たちから離れた。

 いくら自分の任意で伸び縮みするとはいえ、束縛して誰かと鎖で繋がってる状態では動きに大きな支障が出る。そんな状態でクロロの人形が操る「密室遊漁(インドアフィッシュ)」からは逃れられないのはわかっていたので、クラピカは歯噛みしながらも紙一重で自分の体に食いつきに来た肉食魚を避けた。

 

 そうやって5人は何とか、絶体絶命という状況から逃れて人形たちから距離を置き、5人ひとかたまりに集合する。

 形勢逆転とは全く言えないが、先ほどよりだいぶマシな状況にまでひっくり返した盤面に、5人は安堵の息を零し、逆にオモカゲは悔しげに舌を打つ。

 そうしてようやく、その場の全員が状況を大きく変えた最初の一手が何だったのかを疑問に持つ余裕が良くも悪くも生まれ、フェイタンの武器を破壊した「投げつけられたもの」とそれが投げつけられた方向に眼を向ける。

 

 ……床に突き刺さる「投げつけられたもの」を見て、オモカゲや旅団の人形たちはともかく、何故かそれによって助けられた5人、特にソラも顔をしかめた。

 それを見た瞬間、彼らの「何が何だかわからないが助かった!」という感謝が消え去り、むしろ最悪と言わんばかりの気分に陥ったのは、その顔が如実に表している。だいぶひどい反応だが、無理もない。

 

「人形相手に何を手間取っているんだい?」

 

 ねっとりとした粘着質としか言いようのない声が、彼らの反応は仕方ないと擁護させる。

 投げつけられて床に突き刺さるのは、オーラを纏ったトランプだという時点でわかっていたし、こいつがやってきた理由だって考えるまでもなくわかる。が、どうやってここがわかったのかはわからないので、素直なゴンだけが驚きを素直に表して声を上げた。

 

「ヒソカ!? どうしてここに?」

「帰れ!!」

『気持ちはわかるが黙れ!!』

 

 そしてゴンの驚愕に被せるように、ソラが率直にヒソカに自分の切実な希望を命じて他の3人はソラに突っ込んだ。が、3人も本音が出てる。

 無理もない。この男は間違いなく、自分たちの助っ人に来てくれたわけではない。現状は味方が増えたのではなく、敵の敵っぽい奴が一人増えただけ。敵の敵とすら言い切れない相手など、信頼どころか利用も難しいのに喜べる訳がなかった。

 

 * * *

 

「うーん、相変わらずつれないぁ♠ ゴンだけだよ、ボクを歓迎してくれるのは♥」

「いや、俺も歓迎はしたことはないんだけど? で? 何の用? 何でここがわかったの?」

 

 こちらも相変わらずまったくソラや他の連中からの暴言を気にした様子ないくせに傷ついたと嘯きながらゴンに笑いかけるが、ゴンも「歓迎」は即答かつ素で否定して話をさっさと元に戻す。

 嫌いだからこその塩対応でなく素の対応だからこそ、さすがのヒソカもちょっと本当に傷ついたのか、唇をやや尖らせて可愛くも何ともない、むしろ殺意が募る拗ねた様子を見せてに答えた。

 

「楽しそうな戦闘(パーティー)が始まりそうな気がしたからね♦ 追跡が得意な友達に頼んで、君達を追ってもらったんだよ♥」

「追跡……? 俺達、誰かに尾行(つけ)られたりしてたか?」

「あ……」

『……おい』

 

 やはりヒソカの乱入の動機自体は予想通りだったが、場所までわかった理由は予想外だったのでキルアが疑問を口にすると、ソラが間の抜けた声を上げる。

 慌ててソラは自分の口を押さえるが、その声はしっかり聞こえていたので、キルア・クラピカ・レオリオがジト目で睨み付けて来て、ゴンでさえも困ったように曖昧な笑みを浮かべるだけでフォローしてくれない。

 

「ち、違うよ! 気付いてたけどほっといたんじゃなくて、気付いたからこれ以上つけられないようにしといて、もう終わったことだからわざわざ言う必要もないって思ってただけだから!!」

『同じだ!! 最初に言え!!』

 

 3人の「またか、こいつは……」という視線に狼狽えてソラは弁解するが、ソラのしてほしくない誤解の不安は言うまでもなく誰もしていない。むしろ、全員が怒っていた理由である「一人で気づいて勝手に行動して、全部一人で解決させる」をまたやらかしていたことを盛大に暴露して叱られた。

 

「本当にソラは、健気で献身的で奥ゆかしいからこそ周りを引っ掻き回す、珍しいタイプの悪女だよねぇ♦ ところで、無駄話してるとアブナイよ♥」

「わかってるわ! だからもうお前は土に還れ!!」

 

 ソラという女の性格を表現するに、一番似合わなく思えて実はピッタリな表現をしながらヒソカが忠告すると、マチが“陰”で気配を極限まで薄くした糸が繋がった針を投げつけてきたが、それは即座にソラが叩き落とす。

 そんな二人のやり取りこそが気が抜ける一番の要因なのだが、こいつらを気にしている余裕などないと自分たちに言い聞かせて4人は抜けた気を入れ直し、臨戦態勢をそれぞれとる。

 

 だが、改めて多少とはいえ余裕を得てしまうと余計に現状は絶望的であることを特に聡明なキルアとクラピカが理解してしまう。

 今の自分たちは、寿命がわずかばかり伸びただけで先ほどの状況とほとんど変わらない。

 オーラはむしろ消耗してしまっているし、人数の不利も乱入してきたヒソカは一時的な味方ともカウントするべきではないので、結局は変わらない。

 

「ククク……正義の味方気取りか、ヒソカ?」

「まさか♥」

「どちらにせよ、私のコレクションに加わるだけだがね」

 

 オモカゲもそれをわかっているからか、先ほどまでの悔しげな顔はいつの間にか余裕の笑みに戻っている。

 その笑みが、クラピカの神経を全力で逆撫でする。

 そしてその言動に怒りを覚えたのはクラピカだけではない。

 

「……何で、こんなことが出来るんだ!! レツだって悲しんでたんだぞ!」

 

 ゴンの咆哮のような訴えに、オモカゲは不愉快そうに顔を歪めた。

 

「レツ……だと!?」

「そうだ! なんで……何でお前はレツを悲しませるんだ!? 何でレツの気持ちがわからないんだ!? レツは、お前の心から生まれたんだろ!! なら、レツの言葉は、したくないって思うことだって全部全部お前が、オモカゲが……少なくとも『(レツ)ならこう思う』って思ったから、レツはあんなに悲しんでもわかって欲しくて叫んだのに、何で――――」

 

 不愉快そうに、それでもオモカゲにとってそれは無視できない名前だったから反応すると、ゴンは取り戻した眼に涙を滲ませてオモカゲに「どうして?」と尋ねる。

 そしてその言葉に、その指摘にクラピカとレオリオ、そしてキルアは気付いてしまい、やりきれない痛々しい顔になる。

 

 ……オモカゲの作る人形は、「誰かの執心」から作られるからこそ、本物ではない。本物と同一と言って良いコピーでもない。

 それはその執心の持ち主以外にとっては、似ても似つかない、一目で偽物とわかる人格である可能性がある。

 

 だからこそ……、レツの存在が証明している。

 オモカゲが昔は優しい兄だったというのは、レツが自分自身を駒として扱われるみじめさを誤魔化し、慰めるために作り上げた虚構ではなく、真実だと。

 

 少なくともオモカゲは、妹が誰かの眼を奪うなんて真似を好まない、普通に心優しい少女であると信じていたからこそ、今のレツがいるのだ。

 おそらく、他者の眼を奪う動機が「妹の為」は真実だった。少なくとも、始まりはそうだったのだろう。

 

 オモカゲは天秤に掛けてはいけない存在を天秤にかけてしまった。海と同じように、人間としてどこかに大きな欠陥がある人間だったのかもしれない。

 けれど、決して妹が大切ではなかった訳ではない。天秤にかけて、妹を犠牲にしてしまったけれど……失わずに済むのなら失いたくなどなかった、愛しい存在だった。

 

 だから妹が望まないとわかっていても、それが自己満足でしかないとわかっていても、それでもオモカゲは妹を犠牲にしてしまった罪滅ぼしのつもりで……、きっと初めはただもう一度、妹に会いたかった……そんな気持ちで彼女を、レツを作り上げたはず。

 

 だけどいつしか、その願いは歪み、腐り、そして堕ちる所まで堕ちた。

 

 妹の眼と適合する眼がなかったのは、人形師としてのプライドもあっただろうが、それ以上に簡単に妥協が出来なかった。

 妥協してしまえば、そもそも「妹の死」さえも「妥協しておけば良かったものの為に、妹は命を落とした」ことになる。

 それを厭ったのは、妹の死を貶めたくなかったからか、自分自身の罪悪感を薄めたかったからかはわからない。

 

 ただ、いつしかオモカゲは本来の目的を見失った。

 それは罪悪感から目を背けた結果か、他者の眼に心を奪われてそれ以外が見えなくなったのかもわからない。

 

 いつしか彼にとって「妹の為」は、自分のコレクションを手に入れる大義名分。妹自身はその為の駒へと手段と目的が入れ替わり、変わり果ててしまったけれど……、妹は、レツは昔のまま。

 

 兄から切り離された兄の心だったレツは、もうとっくの昔にオモカゲから独立した「レツ」という人格を得ている。彼女の思いに、オモカゲは関係ない。それは全部全部、レツのものだ。

 だけど……、その想いの始まりは、「人を傷つけたらいけない」「友達に嘘をついて騙したらいけない」という当たり前の道徳を与えたのは……、それを持っていると信じていたのはオモカゲであったことも間違いない。

 

 レツは、オモカゲの妹の人形というだけではなく、オモカゲの「良心」そのものでもあるのだ。

 そのことに気付いたからこそ、ゴンは訴えかける、

 彼女を生み出した本人だからこそ、その「良心」を思い出してくれることを期待して、「良心」を思い出してくれと希う。

 

 しかし……そんな期待を、希望を懐けるのはゴンだけだった。

 

 だからこそゴンの言葉で気づいた3人はやるせなく思った。

 そしてゴンが言うまでもなく気付いていたソラはそっと、ゴンに寄り添った。

 どんな答えが返って来ても、その答えに傷ついても、せめて抱きしめてやれるように。

 それしか出来ないことを悲しむような顔で、寄り添った。

 

 オモカゲは、答える。

 

「黙れ! 貴様らに何がわかる!? この人形たちの美しさが……貴様らにわかってたまるかああぁぁぁっ!!」

「………………」

 

 ゴンの言葉は、訴えは、オモカゲの救済も含めた願いは届かない。

 その答えで、オモカゲの恫喝でゴンは思い知る。彼の良心はとうの昔に、もうレツの中にしかないことを知る。

 

 本当は考えるまでもなく、今までのオモカゲを見ていればわかった。

 今のゴンの訴えで良心を取り戻せるのであれば、それ以前にソラや海からの辛辣な言葉に対してもっと別の反応を返している。

 良心がわずかばかりでも残っているのなら、少なくとも誰かの眼を奪うことにレツを利用しないだろうに、それをすることがレツの幸福だと語っていた彼にはもう、理屈など通用しない。

 

 理解を求めながら、理解を拒絶して閉じこもる、自分一人で完結した世界の住人、それこそがオモカゲだと思い知る。

 

 それでもゴンは、期待したのだ。

 レツの笑顔が、この眼に焼き付いていたから。

 レツが信じたものを、ゴンも信じていたかったから、信じていた。

 

「理屈などどうでもいいんだ! どうせ君たちも、私のコレクションになるのだからな!」

 

 もはや何も言えず、ただひたすらに傷ついた顔で黙り込んで俯くゴンに、オモカゲは哄笑を上げて宣言する。

 オモカゲは何も気づいていない。自分が傷つけて嘲笑ったのは、ゴンではなく死を乗り越えても会いたかったはずの妹と、人間としての彼女の死に、人形としての彼女の生に意味を与えたかったからこそ、その手を汚してきた自分自身であることに気付かないオモカゲが憐れだからこそ、ゴンは静かに涙を流し、ソラは後ろからゴンを黙って抱きしめた。

 

「オモカゲェェェッッ!!」

 

 そんなゴンの涙が、レツだけではなく昔のオモカゲの為に涙するゴンを嘲笑うオモカゲが許せず、クラピカは両眼を紅蓮に染めて中指の鎖をオモカゲに向けて撃ち出した。

 そこに「退団している奴に、この鎖は有効だろうか?」という不安はない。元々その心配は薄かったが、今のクラピカの頭からは自分の鎖の制約など完全に消え失せている。

 

 ただ、許せなかった。

 自分の親友のように、誰かのことを自分のことのように傷ついて泣ける人を泣かせてまで、自分が見たい世界だけを見て引きこもり、人を傷つけておきながら被害者面する相手が許せず、クラピカは鎖を振るう。

 

 ヒソカは自分のメインディッシュであるオモカゲをクラピカに横取りされないようにトランプを構えるが、不意打ちで自動戦闘(オートモード)のシャルナークが襲い掛かり、シャルナークの能力などイルミと同じく正当派な操作系であることしか知らなかった為、さすがにちょっとこの切り札に驚いて対応が遅れ、彼の相手をせざるを得なくなる。

 

「邪魔だよ♦」

 

 といっても、やはり本格的な戦闘要員ではないシャルナークはヒソカの敵にはならない。

 彼がオモカゲと自分の邪魔をするようならクラピカにも投げつけるつもりだったトランプは、ハンター試験の時の人面猿のように深々とシャルナークの顔に何枚も突き刺さり、その勢いに体がぐらついた瞬間、彼の喉笛をトランプで一閃して切り落とす。

 

 そしてまだ人形に戻っていないシャルナークの首を指先でボールのようにクルクル回しながら、辺りを見渡し舌なめずり。

 

「オモチャごときじゃボクの相手にならないんだけどな♣」

 

 暗器と小柄な体格を生かしたスピードを駆使して襲い掛かるフェイタンに、シャルナークだった人形の首を投げつけ、あたりに張り巡らせたマチの糸を“凝”で見ぬいて避けて躱し、そしてベンズナイフを取り出したクロロの人形に視線をやる。

 見るからに本物に劣る、まさしく木偶でしかない相手だが、それは本物と比べたらの話。そこらの下手な念能力者よりも優秀な人形なので、幸か不幸かヒソカのやる気は上がりはしなくても萎えはしなかった。

 

「やれやれ……、面倒だけどとりあえずはオモチャの相手をするしかないみたいだね♠ 本物と()り合う前の肩慣らしとでも考えておくか♥」

 

 結果としてヒソカが人形を1体撃破、そして他3体を引き受けるという幸運を5人は手に入れたが、それを意識も感謝もする余裕などなかった。というかあっても、感謝は多分ゴンしかしない。

 現に誰もヒソカが3体1で戦っていることに気付かず、クラピカはオモカゲだけを見て、他の4人もオモカゲに直接攻撃を仕掛けたクラピカだけを案じていた。

 

 そしてオモカゲも、ヒソカ相手に3体も付けていれば十分であり、警戒すべきなのはこの対旅団(クモ)特化の鎖だと判断して、ヒソカは放ってクラピカ達の相手に集中することにした。

 

「知っているぞ……、ウボォーギンを倒した念能力だな! ならば私も、もう一つの念能力を見せてやろう!

 

 ――――“人形受胎(ドールキャッチャー)”!!」

 

 

 元々不気味で禍々しかったオモカゲのオーラが膨れ上がり、更に禍々しいものとなると同時に、ヒソカに向かわなかった人形……フランクリン・フィンクス・ノブナガの3人の姿が薄れてゆく。

 人形を更に増やす、もしくは強化するとでも思っていたら、想像とは逆に人形は蜃気楼のように姿が薄れて靄のようなものになって散って消えてゆきそうなほど儚くなって、そのままオモカゲに吸収された。

 

「人形を取り込んだ!?!」

「元々、私のオーラで作り出した人形だからね。取り込むのは容易だ。

 そして、一旦人形に変えたオーラを取り込めば、こんなこともできるのだ」

 

 人形に与えていたオーラを自分の中に戻したのか、オモカゲのオーラはさらに増してゆき放たれるオーラは“纏”程度の防御では肌がピリピリ痛むほど。

 それだけでも十分驚異的だというのに、もちろんオモカゲのもう一つの能力はそんな単純なものではなかった。

 

 迫るクラピカの鎖に焦った様子もなく、彼は階下に向けて無造作に右手を前に出す。

 それを目にして、世界の違和感に敏いソラが気付く。

 奴の手は先ほどとは別物に成り果てている事。そして奴の背後に、何がいるのかを。

 

「! ゴンごめん! クラピカ、“堅”だ!!」

 

 抱きしめていたゴンを悪いが横のキルアに投げ渡し、ソラが飛び出てクラピカに指示を飛ばす。

 その指示とほぼ同時に、それは起こった。

 

『!?』

 

 オモカゲの右手の指先がポロリと外れて、そこから噴出したのは高密度の念弾。

 その念弾がクラピカの撃ち出した鎖を弾いて吹き飛ばし、クラピカ達の方まで飛んでくる。

 

「クソジジイ! 穿て!!」

 

 それをクラピカの前に、最前線にまで躊躇なく飛び出してきたソラが再び最低限の詠唱で、宝石剣を具現化して光の刃を打ち出し、自分たちに直撃だったはずの念弾は相殺する。

 だが数が多すぎて全ては相殺しきれない。全員が出せるだけのオーラを身に纏ってガードした為、致命傷はないがそれなりに被弾してまた更にオーラと体力を消耗する。

 

「なんじゃありゃ!?」

「あれ、さっきまで旅団の一人が使ってた技だよ!!」

「まさか……あいつのもう一つの能力って……」

 

 レオリオが被弾した痛みを誤魔化すようにヤケクソで叫ぶと、ゴンが律儀に答え、そしてキルアはもうオモカゲの能力を察しているのか青い顔をする。

 そしてキルアの不安を、オモカゲは高笑いで肯定する。

 

 その背に、幽霊のように薄れたフランクリンの人形を背負って。

 

「そう! 人形を取り込めば、その念能力が使えるのだよ!

 人形に私自身の身体を操らせる能力……それが『人形受胎(ドールキャッチャー)』だ!」

「いやそれ、スタンドにしか見えないんだけど!?」

 

 自慢げに両手を広げて言ってきたオモカゲの能力にソラはいつも通りのエアブレイクな突っ込みを入れつつ、宝石剣を持ったまま駆け出した。

 直死の間合いに入るまで宝石剣で念弾を相殺しつつ、直接オモカゲを叩くつもりなのだろう。

 

 相変わらず勝手に何でもかんでもやらかすソラに腹を立てながらも、叱りつけて止めた方が危険なのはわかっているクラピカは、「行くな!」という言葉を、唇を噛みしめて飲み干して、念弾に弾かれた鎖を再び操る。

 せめてオモカゲの意識が少しでもソラから自分の鎖に向けばいいという援護のつもりだったが、オモカゲはクラピカの思いも、ソラの行動も「甘い」と嘲笑う。

 

 念弾を掃射させていた手を引いたかと思えばオモカゲは中腰になり、腰に手をやってそのまま何かを引き抜いた。

 いつの間にか、オモカゲの手には一振りの刀が握られており、その背後に背負う人形もノブナガに変わっている。

 

 ノブナガの人形に操られ、ノブナガの能力を得たオモカゲは高速の抜刀術でクラピカの鎖を切り裂く。

 オーラを注ぎ込んで強化する暇もなく、切られたと気付くのにもしばし時間がかかる見事な居合い抜きだった。

 だがそのことに感心する気も、自分の鎖が切り裂かれたことに対してのショックもない。自分の狙い通り、オモカゲの意識が、注意が、能力が自分に向いた。その隙をソラは逃さず、宝石剣を振るう。

 

「世界を、穿っ――」

 

 しかし、その剣は振り落とされなかった。作戦とも言えない行き当たりばったりなものだから、互いが互いを思いやっていたからこそ、その行動はお互いにとっての裏目に出る。

 

「!? あいつら、いつの間に!?」

 

 ソラが振り下ろそうとした剣を止めたと同時に、レオリオとクラピカも気付いてクラピカは絶句、レオリオは気付かず止めることが出来なかった自分を責めた。

 そしてオモカゲは、彼らの思いやる心も覚悟も、嘲笑う。

 

 居合いでクラピカの鎖を切り裂いた直後、刀から手を離したオモカゲは肩慣らしのようにグルグル腕を、肩を回すと同時に、回した回数分その腕に纏うオーラは増幅してゆく。

 背後にフィンクスの人形を背負ってオモカゲは、その増幅したオーラを纏う腕で殴りかかった。

 

“絶”で気配を消し、真っ直ぐに向かうソラと鎖で攻撃を仕掛けていたクラピカを目くらましに、彼らに黙って特攻してオモカゲの間合いにまで入り込んでいた……ソラが宝石剣を使えなかった原因であるゴンとキルアに向かって。

 

「なっ!?」

「うわっ!!」

 

 自分たちの存在に気付かれていたことに驚きつつも、二人は一瞬で“絶”から“練”に近い“纏”に切り替えながらもバックステップで避けるが、とっさだったのと階段の段差いう場所柄もあってか足の踏ん張りがきかず、オモカゲの拳圧でそのまま階段から二人して転がり落ちる。

 

「ゴン! キルア!!」

 

 ソラは宝石剣を手離し、それに回していたオーラを自分の足に、脚力に回して階段下まで辿り着き、そしてそのままその身で二人を庇う。

 フィンクスの能力を使って二人を迎撃した直後、握っていた拳を開いて再びその指先を階下に向けてフランクリンの念弾を掃射してきたオモカゲから、ソラは二人を守った。

 

「……っの、大馬鹿者!!」

 

 クラピカが、血を吐くように罵った。

 その罵声は、自分たちに何も言わないで行動していた二人に対してか、それとも死にたくないくせに、命を投げ捨てるような制約にあれほど怒った癖に、自分以上の無茶を平気でするソラに対してか。

 

「何してやがんだ、てめぇ!!」

 

 レオリオもどちらに対してかわからない怒声を上げながら、治療道具が詰まったカバンを持ってソラに駆け寄ろうとするが、オモカゲは彼らの行動を嘲笑いながら念弾を撃ち出して、レオリオの行く手を阻む。

 

 さすがに同時に別の人形の能力を使うことは出来ないようだが、思った以上に別の人形と入れ替わるのが早い。

 3人分の能力を得たとはいえ、人数はオモカゲ一人になっただけ自分たちに勝機はあると思ったのは間違いだった。これは3人を相手にしているのと結局ほとんど変わらない。

 

 特にフランクリンが吸収されたのが痛すぎる。

 ただでさえフランクリンの能力はソラの天敵。遠距離から高威力の攻撃を連撃では、ソラの反則中の反則である直死がほとんど使えない。

 せめてフランクリンが分離していれば、数人がかりでフランクリンを先に撃破する、奴の攻撃をこちらに引き受けるなどといった手段が使えたのだが、吸収されたことでオモカゲを直接叩く以外にフランクリンの念弾をどうにかする術はない。

 

 そして、ただでさえ間合いに潜り込むのが困難な能力だというのに、ソラ以外がオモカゲの間合いに入っても接近戦特化のノブナガとフィンクスの防御と攻撃を突破できる実力も、その実力を補うほどオーラに余裕がある者もいない。

 さすがに一人で全員を間合いに入れないは無理でも、ソラだけ近づけなければオモカゲとしては十分だろうから、この3人を吸収して使用は理にかなっている。

 

「うふふ……」

 

 だからこそ、オーラでガードしても直撃を受けて倒れているソラに、そしてソラを助けるつもりがソラに助けられたことを悔やみ、泣きながら「ソラ!」「勝手に守ってぶっ倒れてるんじゃねぇよ!!」と呼びかけ、怒っている無防備な二人に攻撃を仕掛けず、気味の悪い笑みを浮かべてニヤニヤ彼らのやり取りを見物している。

 ただの、面白い見世物として。

 

 その視線にクラピカとレオリオの腸が煮えくり返るが、下手に自分たちが動けばオモカゲは自分たちより無防備な3人を念弾の餌食にすることが目に見えていたので、ソラが少しは回復すること、二人が落ち着くのを待ってじっと耐える。

 

 だが、この中で一番耐えてくれないのは、いつもいつも決まっている。

 

「弱さは罪なものだ。どんなに尊い友情も、愛情も、弱ければ守ろうとした相手を余計に傷つけ、守った相手を余計に悲しませる悲劇にしかならない。だが、その悲劇ももう終わりだ。

 その腐った林檎のような生涯を閉じ、私のコレクションとして永遠に生きるのだ!」

「…………はぁ?」

 

 眼を取り戻したことで回復したオーラさえもほとんど使い果たして、起き上がる気力もなかったソラが、……それでも、ゼイゼイと苦しげな呼吸の合間に笑って「大丈夫」と言い張っていたソラが、ブツリと何かが切れたのがよくわかる声を上げて、そのままバネでも仕込んでいたかのような勢いで起き上がり、心配していた子供二人をビビらせる。

 

 ゴンやキルアだけではなく、クラピカやレオリオ、そしてオモカゲもいきなり元気よく起き上がったソラに思わず呆気に取られてしまい、オモカゲは念弾を撃ち出さない。

 それはソラが、オーラもろくに纏わず、宝石や何か武器らしきものを取り出す様子もなく、軽く両手を握った状態でフラフラしながら無防備に立ち上がったから、警戒する必要を感じ取れなかったのも大きいが、やはり一番の理由は明らかにブチ切れた雰囲気を纏わせつつ、ソラは乾いた笑いを零し始めたから。

 

「……ふふふふふ。弱い? 弱いねぇ……。私はともかく、この子たちを……ゴンやキルア、クラピカやレオリオを弱いねぇ……。ふふふ……どの口が言ってんだ、自分のふんどしを何も持たずに他人のふんどし締めてでしか何もしてない虎の威を借るバカヤローが」

 

 率直に言って、オモカゲはソラの様子に引いていた。

 オモカゲを相変わらずボロクソに言っているのだが、今までとは違って挑発以上に相手を煽る素の感想で言っているような余裕はない。

 

 だが、今も相手を怒らせる意図は見当たらない。これはあえて言うならただの独り言。溜め込んでいた心の声が口から駄々洩れなだけであり、口から言葉と一緒にソラが溜め込んだ怒りとストレスもボロボロ零れ落ちていることに、オモカゲは盛大に引いている。

 

 オモカゲだけではなく、自分たちを「弱い」と言われたことに対して怒ってるとわかっている仲間達も同じくドン引きを露わにしながら、恐る恐るそれぞれ「ソラ?」と呼びかける。

 しかし意外と丈夫なソラの堪忍袋の緒は、普段が丈夫な分だけ一度切れると止まりはしない。

 

「ったく、全部が全部他人頼りのくせに、それで私らはともかくこの子たちを弱い、挙句の果てに腐った林檎扱い?

 ……あー、もうバカらしくなった。自分の力で頑張ろうって意地張る私が本当にバカみたい」

 

 ブツブツとしばらく頭の中で溜め込んで熟成させたストレスそのものを吐き出していたソラが、最終的にそう締めくくり、彼女は振り返って言った。

 振り返った時には、ソラはすっかりストレスを全部吐き出してすっきりしたといわんばかりに清々しい笑顔だったが、その笑顔の清々しさはストレスを全部吐き出したからではない。

 ただ単に、吹っ切っただけだ。

 

「という訳で、皆ごめん! 私とアホ姉に振り回されたところ本当に悪いけど、もうしばらく振り回されてくれ! 大丈夫! アホ姉と違ってあの人には悪意の類は一切ないから!!」

「!? ちょっと待て、ソラ! お前まさか!?」

 

 ソラの吹っ切った宣言に、ゴンとキルア、レオリオはポカンとして「は?」と言うだけだが、クラピカの方はソラが何を吹っ切ったのかを理解して、顔色を青ざめて手を伸ばして止めにかかる。

 だが、ソラはクラピカを無視してまたオモカゲに向かって突っ走った。

 

「!? 馬鹿め! その眼の為なら命は取られないとでも思ったか!?」

 

 さすがにあの流れでもう一度特攻してくるとは思わなかったオモカゲは一瞬だけ戸惑ったが、すぐさまソラの天敵と言えるフランクリンの念弾を撃ち出す。

 殺して鮮度が落ちるのはもったいないとは思うが、ソラの厄介さは十分すぎるほど思い知ったので頭さえ、眼球さえ、例え直死の魔眼でなくともその名残程度でも焼き付いたあの眼が手に入るのならそれでいい。

 

 だから完全に殺す気で撃ち出した。

 …………だが、

 

「なっ!?」

「はっ!?」

「えっ、何で!?」

「マジかぁ!?」

「………………」

 

 ソラは、駆け抜ける。

 本物のフランクリンほどではないとはいえ、それでも一撃一撃が大型口径の銃弾と同威力の念弾の雨の中を真っ直ぐに駆け抜ける。

 全身は最低限の“纏”で、しかし自らに直撃する念弾を完全完璧なオーラ配分の“流”で受け、そしてそのまま力任せに押し切って相殺するのではなく軽く受け流すことで、自分の受けるダメージも身体の負担もオーラの消費も最小限に抑えて。

 

 先程とは打って変わって、すさまじい技量を見せつけての特攻にオモカゲは狼狽え、キルア達も驚愕と困惑が入り混じった声を上げるが、クラピカだけ無言で頭痛でも堪えるように眉間を指で押さえていた。

 

 彼らの反応に気付いたのか、マチとフェイタン、そしてクロロの人形と戯れていたヒソカも戯れの合間に視線をそちらにやり、そして気付く。

 

 ソラは元から予知能力じみた驚異的な回避反応を持っていたが、逆に言えばそうやって回避しなければならない程度の戦闘技能だ。格下相手ならともかく、自分と相性の悪いフランクリンの念弾をあのように、一歩たりとも左右のどちらかにずれることもなく、最短距離で駆け抜けながら、直撃する念弾がまるで念弾自らギリギリでソラを避けているように受け流すという、念の技術だけではなく体術までも神がかった技量など持ち合わせていなかった。

 

 その程度の実力のはずの彼女が、現に今そこでそれをやらかしているという事実を、ヒソカはすんなりと受け入れる。

 遠目からなのでどのような形かまでは判別つかないが、それでもソラの右手の甲に刺青のような文様が浮かび上がっているのだけはわかったから、それだけで現状を理解するには十分すぎた。

 

 だから、ヒソカは早々にこの戯れを終わらせようと決める。

 3年程前から楽しみにしていたはずのオモカゲは、ヒソカのメインディッシュ枠から外された。

 めったに会えない最高のレアものを前にしたら、オモカゲなどヒソカにとってジャンクフード以下の生ごみでしかなかった。

 

 * * *

 

 それはオモカゲにとって、異様に長く感じる数秒間だった。

 それぐらい、その一瞬一瞬に起こった出来事全てが、信じられなかった。

 

 まるで念弾そのものが意思を持って避けているように思えるほど、完全にその念弾を防御しきるだけのオーラを、その念弾が触れる手足の一部だけに纏いながら、するりと滑らすように受け流しながら、「それ」は突き進んできた。

 人形と眼球以外には興味の無いオモカゲも、相手が自分に向かって来ているのではなかったら、防がれているのが自分の攻撃でなければ惚れ惚れと見入っていたかもしれないほどに、完全完璧な“凝”と“流”の併用と体術だった。

 

 残り少ないオーラを最低限かつ実用的に運用・活用しながら突き進み、階段を駆け上がってくる「それ」を前にしてようやくオモカゲは、フランクリンの能力は通用しないことを認識し、自らを操る人形をノブナガに替える。

 これなら、半径4メートルの“円”に一歩でも足を踏み入れた瞬間、カウンターで首を切り落とせる。仮にそれさえもあの完璧な“凝”と“流”で防がれたにしても、オモカゲには勝算があった。

 

 オモカゲの「人形受胎(ドールキャッチャー)」はシャルナークの自動戦闘(オートモード)に近い、自分の限界を蔑ろにして体を操る能力だからこそ、本来なら即座に移れない全く別の戦闘スタイルに移れる。

 首という最大級の急所を守りつつ、即座に居合いから近接格闘技に移られたら、向こうも例えそのこと自体は予測していたとしても、体は動きについてゆけなくなるだろう。

 

 そんな思惑は、死の夢想を無限に続ける「ソラ」相手でも甘すぎるのに、「それ」に対してはもっと甘い。

 その居合いは、海が「いつか固有結界の域に至る」と称賛したその技術はオモカゲの実力に見合わないことを見抜いていた。

 自分の体に教え込んだ経験で行うものではない、“円”に入ったものに対する自動発動だからこそ、その高い技量はむしろ利用される。

 

 オモカゲがフランクリンを解除して、ノブナガの人形をに替わって居合いの構えを取った瞬間、自分にまっすぐ飛んできた直前までオモカゲが撃ち出していた念弾を「それ」が、蹴り返す。

 受け流すのではなくサッカーボールのように、サッカーにしても勢いが良すぎて威力が比喩抜きでレーザーのように真っ直ぐそのままオモカゲに蹴り返し、オモカゲはその行動と勢いに度肝を抜かれながら、自分の意思と関係なく体は動く。

 

 レーザーを思わせる勢いで蹴り返された念弾さえも、“円”の範囲内にさえ入れば反応して、切り払う事が出来た。

 だがそのワンアクションが、「それ」を追いつかせる。

 

 居合いは強力だからこそ、連撃には向かない。その念弾は切るのではなく避けるべきだった。居合いは次に“円”の中に入ってきた相手に使うべきだったのに、本物のノブナガならそうしていたはずなのに、それはオモカゲの意思など関係なく、機械的に自動的に発動させて、「それ」の首を一撃必殺の居合いで一閃する機会は失われる。

 

 ……クラピカがハンマー投げの要領で鎖で捕えたフィンクスを投げつけた時は、彼を傷つけずに避けたのに、今はそれをせずにあまりに機械的な反応だったのは、この能力使用時は余計に人形は人形らしく感情や心、人間味を排してしまうのか。

 それとも、ノブナガの「心」があったからこそ、あえて次が不利になるとわかっていてその刃を抜いて切り払ったのか。

 

 それは誰にもわからない。

 

 わかるのはもう一度、刀を腰の鞘に納めるほどの猶予もないこと。だからオモカゲはまたしても人形を入れ替える。

 ノブナガから、フィンクスに。

 

 もうこの時には、オモカゲに何らかの思惑などなかった。これは完全に、「遠距離はフランクリン・防御はノブナガ・近接戦はフィンクス」という役割分担がくせになっていたからこそ、とっさに行った反射に等しい。

 普段なら、並大抵の相手ならそれで良かった。下手に何か考えるより、何も考えていない反射の方が時間を1秒たりとも無駄にしないだけずっとマシ。

 

 だが、相手は「並大抵」には入らない。

 オモカゲは「それ」に脅威を懐くのではなく、「異常」だと気付くべきだった。

 

 しかし元々戦闘向けの能力であるこの「人形受胎(ドールキャッチャー)」でさえも他人頼りなオモカゲには、相手の何が異常なのかに全く気付けなかった。

「ソラ」の動きが急に良くなった事には気付いていても、彼女が満身創痍で疲れ果てていることを抜いても、万全の状態であってもこんな芸当は出来るほどの実力などないことに、さっきまで戦っていたのに、パイロや海、旅団の人形との戦闘を見ていたのに気付かない。

 

 だから、オモカゲがその「異常」に気付いたのは全く別の理由。

 誰が見ても、節穴でもわかる「違い」を見つけたからわかっただけという話。

 

 ノブナガと入れ替わったフィンクスの人形がオモカゲを操り、肩を一回だけぐるりと回してその勢いのまま殴りかかるが、それもするりと紙一重で交わしながら、「それ」をこちらに向かう勢いを全く殺さず、むしろオモカゲが自分に殴り掛かってきた勢いを味方につけて、そのまま真っ直ぐに“凝”を施してある拳で腹を殴りつけた。

 

人形受胎(ドールキャッチャー)」発動時は、自動で“堅”に近いほどのオーラを全身に纏っているのだが、それでもダメージは防ぎきれず、血を吐きながらオモカゲは後ろに吹っ飛ばされた挙句に壁にぶち当たるどころかその壁をぶち抜いて、そのまま屋敷の外に落ちていった。

 

 そのさなか、彼は見た。

 自分が見たものが信じられず、「あれは何だ!? どういう事だ!?」という疑問が痛みよりも強く頭に占める。

 

 あの……()()()()にオモカゲは状況もわきまえずに心を奪われながら、瓦礫と一緒に墜落した。

 

 そんなオモカゲの新たな執着に気付いているのかいないのか、奴を殴り飛ばしたポーズのまましばし階上で固まって、自分が空けた壁の大穴を眺めながら「それ」はやや困ったように言う。

 

「……しまった。せっかく間合いに入ったのに、加減を間違えた」

 

「それ」にとってもフランクリンの念弾は厄介なので接近戦に持ち込みたかったのに、出てきたばかりで事情を知る前に行動を取らざるを得ない状況だった為、勢い余って吹っ飛ばしてしまったことを気まずげに悔やむ。

 そんな状況を理解してんだかしてないのか不明な後悔に、「頭が痛い……」と思えるのはクラピカだけ。

 

 他の者、ゴンとキルアとレオリオはポカンと眼を見開いて口を開け、階上のその背を眺める事しか出来ない。

 ソラがいきなり、実力以上と思える行動に出ただけでも衝撃的で言葉を失うのに、その声を……ソラの男にも女にも聞こえる変声期直前の子供のような独特の声ではなく、比較的高くはあるがどう聞いても()()()を発せられたら、もはや何から尋ねればいいかがわからない。

 

 いや、実はこの「声」で彼女に何が起こっているのかはだいたい理解している。

 理解しているが、話には聞いてはいたが、実際に目にすると信じられなくて呆然とするしかない3人をしり目に、ヒソカが人形と戯れながら実に気持ち悪いくらいにテンションを上げて「それ」に呼びかける。

 

 

 

「やぁ、半年ぶりだね! 会いたかったよ、『カルナ』!!」

 

 

 

 その呼びかけに反応して、振り返る。

 約半年前よりさらに伸びた髪を、星と月と太陽という空に輝くものの文様が刻まれた右手で掻き上げ、玲瓏な蒼と苛烈な紅の眼がこちらを向く。

 

「そうか。オレは出来れば会いたくなかったな、ヒソカ。

 あぁ、でもお前達には会いたかったぞ。久しいな、クラピカ。そして、お前たちがゴンとキルアとレオリオか」

 

 ヒソカに対してそっけなく「それ」は……ソラの内に取り込まれ、彼女が幸せに生きるという夢を見続ける彼女の守護者(サーヴァント)にして歪な両義の片割れ。

 

 施しの英雄、カルナはヒソカの言葉に応じてから、視線をヒソカから他の4人に向けて言う。

 

 ヒソカに対してはひたすら涼やかな無表情、それでも明らか彼に対して警戒をしている様子だったが、クラピカと初対面3人に対してはほんのわずかだがそれでもはっきりわかる程、優しげに、慈しむように、嬉しげに眼を細めて口角を上げた。

 その表情に、抜身の刃のような雰囲気だった武人の柔らかな人間味を前にして、またしても呆然としてしまう初対面3人だが、空気を緩ませた本人がすぐさま表情を引き締めて話を戻す。

 

「再会と顔合わせの喜び、そしてマスターに関しての礼を伝えたいところだが、時間がないな。

 クラピカ、悪いが答えてくれ」

 

 クラピカはカルナの言葉に、頭痛を堪えるように両手で抱えていた頭を跳ね上げる。

 カルナの疑問を薄々予想していたクラピカは、もはや空気を読まずに反射的に「いやだ!!」と言ってしまいたかったのだが、それより先にカルナはまだ自分が把握していない必要不可欠な情報をクラピカに堂々と真顔で尋ねる。

 

 

 

 

 

「先ほどオレが殴り飛ばしたあれは誰だ?」

「お前は何しに来たんだ!?」

 

 

 

 

 

 ソラの記憶は夢と同程度にしか情報共有が出来ていないカルナが切実な疑問を投げかけて、クラピカは一番当たって欲しくなかった予想が的中したことに素でキレた。

 そのやり取りにゴン達3人はもちろん、ヒソカと彼と交戦していた旅団の人形3体さえも思わず脱力したのは言うまでもない。


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