死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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本日3話同時更新なので、最新話リンクから来られた方はご注意ください。

ただ更新した内の前2話は番外編のコピペ改変ネタ集なので、読み飛ばしても全く問題はありません。


G・Iを攻略しよう!
144:ラベンダーの花言葉


「あ、ソラ! どうだった?」

 

 ホテルのロビーで待っていたゴンとキルアが、戻ってきたソラに気付いて駆け寄り尋ねると、ソラはいつも通り晴れ晴れしく笑って、指で丸を作って答えた。

 

「パンパカパーン! ソラが 仲間に 加わった!」

「……今どきそんな効果音とテロップが出るゲームはねぇよ」

 

 自前で効果音を演出しながら言ったソラに、キルアは呆れたような顔で突っ込む。

 だが、その口角は隠しようもなく上がっている。素直ではない彼の表情筋が緩むほど嬉しいのだろう。

 

 ソラもG・I(グリードアイランド)に参加することが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 オモカゲの件が片付き、クラピカは早々ノストラード組に仕事へ、レオリオも実は受験の追い込みなのですぐに故郷(くに)へ帰って行く中、特に今後の予定などなかったソラはゴンとキルアにせがまれてG・I(グリード・アイランド)に参加することが決定した。

 

 理由はもちろん、爆弾魔(ボマー)の件。

 

 もうハメ組が爆弾魔によって全滅したこと、少なくともカードは全て奪われて今からクリアは絶望的になったことは、ハメ組の買い占め独占によってずっと品切れ入荷待ちだった呪文(スペル)カードが大量入荷されたことで明らかだ。

 

 なのでもう助けたかった人たちはいないことはわかっていても、それでもきっとこれからも爆弾魔の犠牲者は出るだろうし、奴の能力からして「命の音(カウントダウン)」はまだ発動していなくても、「能力を説明する」という条件を満たせばいつでも発動可能な保菌者(キャリア)はゲーム内にいるはずだ。

 

 そんな人たちを助けたいと思うのは、ゴンの自己満足なワガママであることはわかっている。第一、ソラの眼で爆弾魔の能力を除念できるかどうかは、ソラが言うには「可能性は高い」らしいがやはり実物を見てみないと断言はできないとも言われた。

 

 それでも、例え可能性が低かったとしてもゴンはソラに縋った。

 頼ってばかりな自分が情けないと自己嫌悪しながらも、それでも助けられる可能性を諦めることなど出来なかった。

 

 そんなゴンにソラは、ゴンの自己嫌悪など杞憂だと言って吹っ飛ばすように、朗らかに、晴れ晴れしく笑って言ってくれた。

「いいよ」、と。

 

 そしてソラの参戦は、キルアも賛成している。

 ゴンのお人好しと他力本願具合にはやや呆れているが、ソラの眼が爆弾魔の除念に使えるのなら他プレイヤーに対して、除念とカード交換という最高の交渉材料になるという打算もあるが、純粋に彼はソラと一緒にいられることをもちろん表には素直に出さないが喜んだ。

 

 ソラがそもそも最初に断った理由である、「ゲーム内で私の直死を使ったらどうなるの?」という不安は未だ最大の懸念だが、これまで戦ってきたモンスターのレベルからしてソラなら「直死、それも『線』ではなく『点』を使わないと勝てない」という相手はいなかった。

 

 これはまだ修行中で、ろくにゲーム攻略に繰り出していないから本当に強いモンスターにまだキルア達が出会ってないだけかもしれないが、序盤で行ける範囲内の町近郊に出現するモンスターは雑魚、ゲームを進めるごとに出会うモンスターが強くなっていくというRPGのセオリーをG・Iも踏んでいるのは確実なので、対策の仕様はいくらでもある。

 

 なのでソラ達の不安であり懸念が当初よりだいぶ小さくなったのも、G・I参加を決めた大きな理由である。

 そうやってG・I参加を決めたのは良いが、ゴンとキルアが「一緒にやってよ」と言って、ソラが「いいよ」と言えばパーティー加入決定するほど甘くない。

 

 それより先にお伺いしなければならない人がいる。

 ソラはゴン達に仲介してもらって連絡を取り、その本来なら真っ先にお伺いしなくてはいけない人であるバッテラと今さっき面接らしきものを受けてきたところである。

 

「それにしても、思ったよりずっと早かったね」

「あぁ、どうも君たちが仲介の連絡を入れた時点で私のことを調べて、私が爆弾魔の対策にちょうど良さそうだってことがわかってたみたい。だから面接は建前上って感じで、向こうから『お願いします』って言ってくれたよ」

 

 おそらくは爆弾魔によってハメ組が全滅したことでプレイヤーの枠に空きがだいぶ出ているだろうが、それでも今更になって新人を一人を入れるだろうか? 入れる気があっても選考会で審査したツェズゲラがいないのだから、バッテラがソラをどう判断するかがわからず、時間がかかるだろうからという事でバッテラの屋敷近郊のホテルに二人を待たせていた訳なのだが、予想よりはるかに短く終わった訳をソラが語る。

 

 さすがは世界有数の大富豪。ゴン達がバッテラに、「自分たちの仲間としてプレイヤーに引き入れたい人がいる」と連絡を取ったのは2日ほど前。

 たったそれだけで、ゴンの父であるジン=フリークスのように全面的ではないとはいえ、その異能故にハンターサイトですら部分的に情報規制がかかっているこの女の非常識っぷりを調べ上げたていたようだ。

 

 ゴン達の審査をしたツェズゲラがいない為、念能力のことは知っていても本人が一般人のバッテラではソラの実力などさっぱりわからないだろうから、「ツェズゲラが現実世界に戻って来るまで待て」といわれる覚悟もしていただけ、キルアにとっては喜ばしいがこの結果は意外だ。

 

 が、その意外さもソラが雑談で解明してくれた。

 

「なんかバッテラさんの方も爆弾魔対策を取りたかったから、除念出来るわ武道派だわな私は本当に渡りに船って感じだったらしい。

 ほら、さすがに『死ぬ危険性が高い』って事前に知らせて同意させていたって言っても一気に何十人も死んだのなら、バッテラさんの立場もだいぶ悪くなるじゃん? それに加えて、何年も仲間のフリしてて付き合っていた連中を躊躇なく爆殺するような奴がクリアしたら、報酬渡したらハイさよならしてくれると思う? 500億でも満足しないで、骨の髄までしゃぶられるのが目に見えてるよ」

「あぁ、なるほどな」

 

 つまりソラは、クリアの為ではなく爆弾魔対策として雇われたようだ。

 ツェズゲラのお墨付きがなくても、バッテラにとって信用できる筋からソラの情報を得て、期待できると思ったのだろう。

 それに加えてソラは、自分たちに「バッテラがゲーム参加を断らないであろう条件」を教えてくれていたので、それが決め手となって「まぁ、自分にリスクやデメリットはないな」と思われたから早々にOKが出たのだと思っていたが、ソラはついでに思い出して話し出した内容が、キルアの考えを否定した。

 

「そうそう。バッテラさん、普通に私を雇ってくれたよ。君たちと同じ条件、報酬500億で」

「え? そうなんだ」

 

 ソラの発言にゴンは少しだけ意外そうにして受け止めるが、キルアは「はぁ?」と目を丸くして声を上げて訊き返す。

 

「お前、『メモリーカードも使わないからプレイヤー枠も奪わない、報酬もいらない』って言ってなかったのか?」

「ううん。もう面倒だったから最初に言ったら、むしろちゃんと払わせてほしいって言われた。そういう契約も何もなく参加されて、もしも死んだらそっちの方が責任問題が面倒だからって。

 そりゃそうだよね。っていうか、今思えばその条件の方が怪しかっただろうに、よくOKしたよね、あの人」

 

 キルアの問いにソラは失敗を誤魔化すように笑って答える。

 

 ソラが「バッテラがゲーム参加を断らないであろう条件」はこれ。

 メモリーカードでプレイヤー枠を奪わないことと、報酬を初めから求めないこと。

 確かにこれならバッテラ側に損は一切ないので、ツェズゲラのようなプロに審査してもらわなくても参加させてもいいと思ってもらえると考えたが、それは浅はかだったようだ。

 

 逆に警戒されて雇ってもらえなかったかもしれない事を今更反省するソラに、キルアも自分が気付いていなかったのを棚に上げて「お前、レオリオみたいになれとは言わねーけど、少しは金に興味を持てよ」と説教を開始する。

 

 こんな説教をしたくなる気持ちもわかる。

 ゴンやキルアからしたら、さすがに報酬なしは誘った自分たちが申し訳なくなるので反対したが、そもそもこの女は金銭に関しての執着が薄い。

 

 ソラにとってはもともと興味があったゲームに参加できるだけラッキーであり、下手に時間を取らせてゴンとキルアを現実世界で足止めさせるのは悪いが、先にゲーム世界に帰らせて爆弾魔の脅威に晒すのは論外なので、それなら興味などない報酬を捨てるという理屈らしい。

 

 そう言われると、ゴンとキルアは何も言えない。そしてバッテラも、最初にきっぱり言われて呆然としていた。

 

 ソラは知らない。

 

『お金より、あの子たちが大切だから。あの子たちが守りたいものを守りたいし、あの子たちの邪魔なんて一秒たりともしたくないから』

 

 ソラが報酬をいらない理由にそう言い放った時、バッテラは彼女にある人の面影を見たからこそ言葉を失っていたことに気付かない。

 

 似ても似つかない。容姿が整っているという点では同じと言えるが、男か女かもよくわからないソラと違って、女性らしく美しかった彼女の面影。

 高価なプレゼントは受け取ってもらえなかった。手作りの拙い、木彫りの写真立てを送った時は子供のように無邪気に笑って、胸に抱いて喜んでくれた。

 

 金ではなく、バッテラだけを見てくれた。

 財産を処分すると言った時、反対した理由は全てバッテラを思ってだった。その為に自分が身を引こうとしたので、むしろバッテラが拝み倒して説得した。

 

 何もかも捨てて、一緒になろうと約束した。

 親子どころか孫でもおかしくない程に歳が離れているのに、それでもバッテラを愛してくれた最愛の人の面影を、バッテラはソラに見た。

 

 だからと言って、ソラに何か思いはしない。

 バッテラの愛は昔も今も彼女にだけ向けられている。だからこそ、大金をかけて奇跡を……万病を癒すカードである「大天使の息吹」を求めているのだ。

 

 だけど……あまりに懐かしい面影を鮮明に見たから。

 だからバッテラは久しぶりに、何の打算もなく信用したいと思った。

 

 バッテラが早々にソラと契約した真の理由は、そんな淡く青臭いものだったことに誰も気付かぬまま、彼らはG・Iの起動しているハードが置かれている古城へと向かって行った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あたり一面に直線で構成された模様で埋まるSFチックな部屋の真ん中で、これまたSFチックな女性が美しいがどこか貼り付けたような笑顔を浮かべて機械的に言った。

 

「G・Iへようこそ……。あなたはもしやソラ様では?」

 

 歓迎の言葉を告げてから、これまた驚いている様子を見せつつ機械的にソラの名前を確かめる。

 ソラはそんなゲームのナビゲーターをやや半目になって眺めながら、「あー、うん。そうだよ」と答えると、女性は笑みを深めた。深めても、やはり貼り付けたような笑みだった。

 

「そうですか。お会いできて光栄です。

 それではこれよりゲームの説明をいたします。ソラ様、ゲームの説明を聞きますか?」

 

 ソラの名前を確かめておきながら、特に何も言及せずにナビゲーターはテンプレ通りのセリフを続けた。

 そしてその問いにソラは「いらない」と答える。既にゴンとキルアにG・Iとはどのようなゲームかは聞いており、ゴンとは違ってゲーム慣れしているソラにとってそれは複雑でも何でもない、一度で覚えられるようなものだったので、もう一度改めて聞いておく必要性は感じられなかった。

 

 だから代わりに、別の質問をする。

 

「それより、一ついい? 答え次第では、一つですまないかもしれないけど」

「ご質問によりますが、私が答えられる範囲なら何なりと」

 

 ソラが軽く挙手して求めた質問の許可を、ナビゲーターは機械的だが快く許してくれた。

 なので遠慮なく、ソラはストレートに言った。

 

「おねーさん、“念”で作られたキャラクターとかじゃなくて生身の人間だよね?」

 

 瞬間、ナビゲーターは笑顔でフリーズ。

 

 その反応で一瞬、「あれ? 私間違えた?」とソラは不安を懐くが、10秒もせずにナビゲーターの女性のフリーズは解け、彼女は「あぁ~~~~」と言いながら机に頭を抱えて突っ伏した。

 もうそこには、テンプレのルーチンを繰り返すナビゲーターというNPCは存在せず、代わりに「イータ」という一人の人間がひたすらに突っ伏したまま呻いていた。

 

「え? これ、指摘しちゃダメなやつだった?」

「いいえ。そんなことないわよ。ただ、初めから気づかれてた上であのキャラを見られてたって思うと、何かこう……ベットの上でのたうち回りたい気分って言うか……。

 ……違うのよ、これは私の趣味とかじゃなくてジンからの指示だから……」

 

 今度は今度でまたソラの困惑を深める反応だったが、戸惑いながら重ねた問いの答えで納得。

 どうも自分の趣味でしている訳でもない、ゲームキャラっぽいキャラ付けをしていたこと、それを初めから気づかれて見られていたことが彼女の羞恥を掻きたてるらしく、ソラはひとまず「なんかごめんなさい」と謝っておいた。

 

「いや、あなたは何も悪くないから気にしなくていいのよ」

 

 ソラの謝罪にイータも気を取り直したのか、顔を上げてフォローする。

 その顔にはもう貼り付けたような笑顔はなく、ちょっとやさぐれているが人間らしい生き生きとした表情だった。

 

「けど、本当に規格外な子ね。ジンの言ってた通り」

「あ、やっぱりジンと知り合いなんだ、おねーさん」

「えぇ。私はジンと一緒にこのゲームを作った製作者の一人よ」

 

 フォローしてから机に頬杖をついて改めてソラを眺めながらイータが言うと、ソラは納得したような声を上げ、イータも肯定して補足する。

 ついでに彼女は、何故ソラの名前を知っていたのか、そしてわざわざ確認したのかその理由も語ってくれた。

 

「あなたの話はちょうど1年くらい前にジンから聞いてるわ。で、もしもあなたがこのゲームに参加したら、たぶんすぐに気づくだろうから説明してやってくれって言われてたけど……まさか本当に来て即行だとは思わなかったわ」

「あー……、じゃあやっぱりここは『ゲームの世界』じゃなくて、『現実世界のどっか』なんだ」

 

 何故わざわざジンがイータにソラのことを話したのかは、訊くまでもなくわかっていた。

 ゴンの養母であるミトに「ゴンがハンターになったら渡せ」と言っていた箱の中にあったのが、このG・Iの指輪とセーブデータなのだから、ゴンと付き合いがあればG・Iもプレイしに来ることは想像つく。

 

 もちろんジンは、ゴンの友達というだけでわざわざ共同制作者であり、現ゲームマスターである仲間と接触して便宜を図ってくれと頼む訳がない。どんな親バカだ。

 ジンがわざわざ数年ぶりに連絡を取って、ソラを名指しで「来たら説明してくれ」と言った理由はもちろん「直死の魔眼」が原因。

 

「あ、もうそこも気付いてるのね」

「うん。だってこの部屋もSFちっくなデザインで誤魔化してるけど壁の文様は神字で、“念”で作った空間じゃなくて普通に存在している空間だし」

「そこまで見ただけでわかるのかー。本当に反則的な眼をしてるのね」

 

 ソラがイータはゲームのキャラクターではないことはもちろん、このG・Iというゲーム自体が「ゲームの世界に入り込む」は嘘であることに気付いた理由は、“念”によって作られたものなら例外なく、“凝”ほどでなくてもやや目を凝らす程度で良くても、それでも気合いを入れて意識してみなければ「線」や「点」は見えないはずなのに、さっきから全部普通に見えているからだ。

 

 ジンに対してそこまで自分の眼の性能を説明はしてなかったが、「G・Iに来たらゲームの世界でないことをすぐ見破る」と読んでいたことは、大雑把でいい加減なように見えて細かい所をよく見ているあのおっさんは、だいぶ正確にソラの眼がどのようなものなのか把握しているらしい。

 

 イータはソラの眼に、ソラはジンの観察力と先読みを一通り感心してから話を続ける。

 

「あなたの言う通りよ。G・Iっていうゲームソフト自体は使用者をこの島に飛ばす転送装置の役割であって、ここは実際に存在している島。ジンが個人で所有する島であり、現実世界よ。

 ま、海流の関係で自然にここにたどり着くのは不可能だから、地図上にも存在しないことになってるけどね」

「だろうね。いくら複数人の能力者で作り上げてるとはいえ、念能力で異空間作り上げて100人以上を体ごと持ってこさせてプレイさせるって、オーラも容量もいくらあっても足りないレベルだもん」

 

 実は割と最初からG・Iの舞台が念能力によって作られた仮想現実ならば、「このゲームの製作者、何人がかりで作って維持してんだ?」と思っていたが、現実世界だというのならだいたいソラが懐いていた、容量(メモリ)等の疑問は晴れる。

 

 そして現実世界だと決定したのなら、ソラの懸念も完全に晴れたと言って良いだろう。

 

「という事は、この世界で私は雑魚モンスターをこの眼でさっくりやっちゃっても、連鎖的にゲームそのものが死んで、空間そのものが崩壊っていうのは有り得ない訳か」

「あー、うん……そうなんだけど、出来ればゲームであなたの眼を使うのはやめてほしいわ。空間は崩壊しなくても、ゲームそのものが死ぬのは変わりないから」

 

 ソラが実に清々しく言い放ったことに、イータはやや引いた様子で「遠慮はしろ」と釘を刺す。

 しかしソラの方もゲームがしたくて来た訳なので、当たり前だが積極的に使う気はない。それを告げるとホッとしたような息をつき、一応他の注意事項をイータは告げる。

 

「あと、島の地理とか建物とかは基本的に本物だけど、ゲームのイベントがある建物とか大木とかそういうのは“念”で具現化したものだったり、何らかの能力をかけてたりするから注意して。

 それからゴン君たちから呪文(スペル)カードのことを聞いてると思うけど……あれも出来れば掛けられても殺して防ぐって真似しないで欲しいの。あなたに掛けたものだけが無効化されるのならいいんだけど、その呪文(スペル)そのものが全滅されたら目も当てられないから……」

「わかってますって。その呪文(スペル)って攻撃系って言ってもプレイヤーに物理攻撃じゃなくて、カードを奪うってタイプなんでしょ? ならとっさでもしませんし、一人チートモードでプレイしても虚しいだけですもん」

 

 結構なんでもありなこのG・I内で、ソラにだけ制限を掛けるのは申し訳ないと思いつつも、この女の眼は悪気なくゲームそのものを崩壊させかねないのでイータは切実に頼み込み、ソラは全部快く了承する。

 

「ところで、ゴン達は現実世界だって気付いてないよね? もしかしてこの情報、プレイヤーには禁句?」

「私たちゲームマスター側がそれを示唆するのはアウトだけど、自ら気付いたプレイヤー側が仲間に伝える分には問題ないわよ。さすがに大々的に喧伝されたら何らかのペナルティがあるけど、それでも殺すとかそういう血なまぐさいことはしないわよ」

 

 ついでにゴン達の様子からして、完全に彼らはG・Iがゲームの世界だと思っているようなので確認でソラが訊くと、イータは教えてもいいと答えてくれた。

 が、そういう事ならソラに教える気はない。それなら、あの子たちは人に教えられるより自分で気付きたかったと思う子達だから、ソラはこの事実に気付いてキラキラとした目で自分に報告しにくる二人を楽しみにすることにした。

 

「ま、これで私からのしておきたい説明と、申し訳ないけどしないで欲しい頼みごとは終わりよ」

「ありがとう。あと、なんか色々面倒かけてごめんね」

 

 G・Iのナビゲーターではなくイータとしての話が終わり、ソラが改めて礼と謝罪を口にすると、イータは最初の貼り付けた笑顔は嘘のように人間らしく笑って言ってくれた。

 

「面倒かけてるのはこっちの方だわ。それから……ゴン君をよろしく。

 あの育児放棄してる過保護な親バカ、自分を基準に考えてるからスパルタすぎるのよね」

 

 本人が「自分が作ったゲームを自慢したかった」と言い張って認めない、親の責任を放棄した彼が唯一息子に、ハンターになった息子に与えた、強くなるために最適な修行の場こそがこのG・Iだと暗に認める発言をしたイータに、ソラは呆れたように笑って言った。

 

「本当、おっさんのツンデレなんて萌えないんだから、素直に会えばいいのにね」

 

 ソラの率直な感想にイータは答えず、彼女は開いた扉に手を向けてナビゲーターとしてのセリフを口にする。

 

「それでは、ご健闘をお祈りいたします。そちらの階段からどうぞ」

 

 だが、その声と笑顔はゲームのナビゲーターではなくイータのままだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 シソの木から下りていると、先にゲーム内に戻ってもらっていたゴンとキルアが下から手を振り、ソラも彼らを見つけて笑って手を振り返す。

 が、彼らの後ろにいる彼らと同い年くらいのロリータ服が良く似合う少女に気付いた瞬間、ソラは回れ右でシソの木の階段を駆け上がった。

 

「帰ろうとすんな!!」

 

 まさかの来て即座に入り口から帰ろうとしだしたソラの後頭部に、ビスケは具現化したバインダーを投擲。「ブック」の斬新すぎる使い道である。

 ソラの後頭部に角が突き刺さる勢いでかなりの厚さがあるバインダー命中したのを見て、思わずゴンとキルアは短い悲鳴を上げて、自分たちの後頭部を押さえる。

 だがビスケの割と本気の拳骨でさえもピンピンしているソラは、もちろん何事もなかったかのようにケロッとした顔で振り返って絶叫。

 

「!? 何で師匠がここにいんの!? ゴン! キルア! どういうこと!?」

「あー……その……ごめん」

「……黙ってて悪い」

「あんたがあたしの事、クソババアとか妖怪だとしか言ってないのが悪い!!」

 

 ソラが痛みではなくビスケがいること自体に怯えて涙目でどういう事なのかを二人に訊くと、実はビスケに言われてわざと言ってなかった二人は気まずげに謝り、ビスケは胸を張って言い返す。

 ビスケが「黙ってろ」と言ったのは、自分で言った通りゴンとキルアに余計な情報しか与えなったことに対する意趣返しも多大にあるが、それ以上に教えたらソラは来ない可能性があったので教えるなと厳命し、だから二人も素直に従っていた。

 

 ソラのゲーム参加理由の第一は、爆弾魔の脅威から可愛がっている弟分二人を守る為であるが、ビスケがいるとわかっていればソラはビスケに任せてこない可能性は割と高い。

 それはヨークシンの件で無茶をするために音信不通にしてたから、今度会ったら説教どころじゃすまないのがわかっていたから会いたくなかったのはもちろんあるが、それ以上にソラは自分が過保護だとわかっているからこそ、他に信用できる相手がいたらその相手に任せる傾向がある。

 

 過保護で守りすぎて成長を妨げ、そして自分が傷つくところを見せて悲しませることをわかっているけどやめられないことまで自覚しているからこそ、彼女は「自分じゃなくても大丈夫」と思えたらすぐに身を引いて関わらないようにするところがあるのをビスケはよく知っていたし、ゴンとキルアにも心当たりがあったので、ソラには少し悪いと思いつつ二人は「頼れるのはソラしかいない」と思わせて連れてきたのだ。

 

「ごめんね、ソラ。でも、俺たちどうしてもこれ以上爆弾魔の被害が出ないようにしたかったし、何よりソラと一緒にゲームしたかったんだ」

「あーもう、君は本当に素直で可愛いな。んなこと言われたら、私はもう引けないじゃん」

 

 ゴンが申し訳なさそうな顔をしつつも、全部本音で、しかも最後はとてつもなく無邪気に言うのでソラは即行で許してゴンを抱きしめる。チョロすぎである。

 そしてキルアがゴンの素直さの役得に不満そうな顔をしていると、ソラはにこやかに「もちろんキルアのツンデレも可愛いよ!」と鋭いが空気が読めてないフォローをしだして、キルアを盛大にツンギレさせた。

 

 そんな弟子3人のあまりに微笑ましいやり取りにビスケも怒気が抜けたのか、ヨークシンに関しての鉄拳制裁込みの説教は後回しにすることにした。説教する気自体は、無くならないようだ。

 

「さて、喜んでるトコ悪いけどさ、呪文(スペル)カード見てちょうだいな」

 

 説教を後回しに、ビスケはパーティー内で唯一ゲーム慣れしていたキルアがハンター試験で抜けていたことで後回しにしていた呪文(スペル)カード、特にたまたま手に入ったSランクカードの処遇について尋ねる。

 

「ん、どれどれ。おお~~、スッゲーいっぱいじゃん」

 

 ゴンとビスケのバインダーを見せてもらい、全くなかった呪文カードにフリーポケットがだいぶ埋まっていることにちょっとキルアは感動する。

 そして肝心なSランクカードについてはというと……

 

「このSランクカードって売ったらいくらするんだろーな」

「即行で売ろうとすんな」

「ね!! ちょっと店で訊いてみましょーよ」

「ダメだよ、有効に使わなきゃ」

 

 まず金銭価値がいくらくらいなのかに興味を持ち、ソラに軽く頭を叩かれた。

 しかしビスケも興味の矛先はゲームでの有効性よりそちららしく、キルアの発言に目を輝かせたのでゴンが素早く釘を刺す。

 そしてソラとゴンはお互いに視線をやって、「来て良かった」「来てもらって良かった」と思って曖昧な笑みを浮かべた。

 

 まぁ、ビスケはともかくキルアは本当に興味本位でしかなかったのでさっさと話を戻し、守るべきカードもないのなら今のところ使う意味はないが、防御の呪文(スペル)カードは十分あるので、奪われるくらいなら軍資金の足しに売る必要性もないのでこのまま持っておくように答える。

 それは初めてG・Iに来たがキルアと同程度かやや上くらいにゲーム慣れしているソラも同意見だったので頷いて、ついでにゴンに尋ねた。

 

「ところでゴンや師匠はどれか使ってみた?」

「んーー、『暗幕(ブラックアウトカーテン)』だけ使ったけど」

 

 やはりゲーム慣れしていないゴンとビスケは、どれを使うべきかわからず、しかも消費タイプで今まで希少だったのもあってもったいない精神が発動したのか、せっかく購入した呪文(スペル)カードをほとんどまだ使ってなかった。

 そのことにソラは苦笑し、キルアは呆れたような顔になって言う。

 

「何だよ、せっかくカードあんだからガンガン使おうぜ。こーゆーのも慣れておかないと、いざという時に使えないぜ」

「そうそう。もったいないのはわかるけど、ゲームクリア時に使わなかったアイテムが溜まってるのって何か虚しくなるよ。エリクサーとか世界樹の葉とかラストエリクサーとかラストエリクサーとか」

「ラストエリクサー症候群かよ、お前は」

 

 キルアの言葉に同意してソラが忠告するが、残念ながらゴンとビスケにはRPGあるあるは通じず、キルアが代わりに拾って突っ込んでくれた。

 だがキルアとソラが言いたいことはわかったので、ゴンは彼らにどのカードを使ってみるべきかをまず相談する。

 

「んー、練習ならこれでいいんじゃない?」

 

 そう言ってソラが選んだカードは、No、1040の「交信(コンタクト)」。ランクはFで、カード化限度枚数も200とかなり多いので、これなら消費してもすぐにまた購入できるだろう。

 キルアの方も同じ考えらしく、「今まで何人くらい遭ったかチェックしてみよーぜ」と言うので、ゴンはバインダーから1枚取り出して早速使用してみた。

 

「『交信(コンタクト)』、使用(オン)!!」

「どれどれ、見せてみ。1・2・3……お~、結構いるなぁ」

「あれ? キルアの名前が結構後だね。何で?」

「あぁ、最初にゲームに入る順番をじゃんけんで決めて、こいつは俺が入ってくるまでここで待ってたからだよ」

 

 ゴンがカードを使ったことで、ゴンのバインダーに今まで出会ったプレイヤーの名前がリストとして現れる。

 それをキルアと、初めて来たのだから見ても意味ないはずのソラがチェックしながら雑談を交わしていたが、二人は同時に一人の名前に気付き、眼を見開いた。

 

 それは、このゲームのプレイヤー名として珍しくフルネーム登録だったのでよく目立っていた。

 

「おい、ゴン……。一体いつ、こいつと遭ったんだ?」

 

 ソラとキルアの様子の急変には気付いても、その理由が理解出来ず戸惑うゴンとビスケにキルアは、バインダーのリストから見つけた名前を指さし、尋ねた。

 そしてゴンも、その名前に気付いて思わず叫ぶ。

 

「クロロ!?」

 

 そう。ゴンのバインダー、交信可能なプレイヤーリストの中には「クロロ=ルシルフル」と因縁のあるなし関係なく妙に覚えやすい名前がしっかり登録されていたのだ。

 まさかの幻影旅団首領の名前に、ゴンは完全にパニックを起こして「遭ってなんかないよ!」と別に責められている訳でもないのに必死で主張する。

 

 その主張をソラが「わかってるよ」と宥め、キルアはゴンが嘘をつく理由など有る訳もないので納得してから、何故この名前がリスト入りしているのかを考え始めるのだが、一人だけその流れについてゆけない者がいた。

 

「? 誰? クロロって」

 

 それは当然、ビスケである。ゴンとキルアからある程度、ヨークシンでの一件を聞いてはいるのだが、その話は「幻影旅団(クモ)」で全て話が通じ、相手の名前をわざわざ教える必要性はなかった為、彼女は未だに旅団のリーダーの名前を知らなかった。

 なのでソラはちょっとだけ意外そうな顔をしつつ、ビスケに情報を与える。

 

「あれ? 師匠知らないんだ。これ、幻影旅団のリーダーの名前。ほら、2年前の12月に私がソバットでブッ飛ばしたイケメンだよ」

「え、なにそれ。イケメンって話は聞いた覚えないんだけど?」

 

 しかしその説明は余計な情報を乗っけた所為で、ビスケが食いつかなくていい方向に食いつく。

 

「遭ってないよ! ゲームの中でクロロとなんか!」

「じゃ、お互い知らずにニアミスしたか、あっちだけが先に気付いたか……」

「あれー言ってなかったっけ? 結構イケメンだよ。あと若い。どんなに多く見積もっても20代半ばってとこだった」

「言いなさいよ! それを言ってたら、あたしはヨークシンでの件を反対せずむしろ手伝ってやっても良かったのに!!」

「でもおかしいよ、だってあいつはクラピカに念を封じられてるはずだよ?」

「だよな……。念を使わなくちゃゲーム内に入れないんだから……。

 じゃ、あと考えられるのは……」

「あー……思い出した。師匠がそう言ってはしゃいで、あいつに私が去勢拳を決めようとしたら妨害しそうだから言わなかったんだ」

「あんたは何をぶちかまそうとしてんの!? やめろ、もったいない!!」

「……んなこと言うから話したくなかったんだよ」

「お前ら何の話してんだよ!!」

 

 ゴンとキルアの話をよそに、何故かクロロがイケメンだったのどうたらこうたらという話で盛り上がる女二人に、キルアがキレた。当たり前だ。

 さすがに真面目に話してる二人の横でする話ではなかった自覚はある為、宝石師弟は素直に「ごめんなさい」と頭を下げる。

 

 が、ソラは頭を上げるとしれっと言い放つ。

 

「でも、それ心配する必要はあんまりないよ。少なくとも、本物のクロロじゃないのは確実だし」

「……だよなぁ」

 

 相変わらず自分で空気をぶっ壊しておきながら、真面目な空気に平然と戻ってこられるソラにムカつくやら呆れるやら複雑な感情を懐きつつも、キルアは同意する。

 名前を見た瞬間は焦ったが、少し冷静になればこの「クロロ」はソラの言う通り、確実に本人ではない。

 

「どういうこと?」

「本物のクロロはクラピカの能力で、今現在は念能力全般を封じられてるとこだから。

 あと、キルアとゴンを現実世界に呼び出して協力して貰った一件にも、微妙に旅団が関わってるんだけど、もう既にクロロ(あいつ)の除念が成功してたらもっと厄介なことになってたから、まず確実に有り得ないって言っていい」

 

 やはり事情をよく知らないビスケがそう言い切る根拠を尋ねると、今度は脱線せずにシンプルに答える。

 

 ソラの言う通り、つい数日前のオモカゲの件さえなければまだ有り得たかもしれないが、リストを見る限りクロロの名前が登録されたのは、キルアがハンター試験でG・Iから抜けていた間。

 本物だとしたら、オモカゲの件の時点でクロロの除念は既に完了してたことになるが、そうだとしたら満身創痍だったソラやクラピカを、旅団は放ってはおかない。

 

 だからこの「クロロ」が本物ではないことは全員が納得して、ひとまずソラとクラピカがもう旅団の復讐(リベンジ)に警戒しなくてはならない事態ではないことに安堵するが、それならそれで「じゃ、これは誰だ?」という疑問が大きくなる。

 

 だが、その疑問もソラが確証のない憶測だが既に頭の中にあったようで、彼女は心底嫌そうな顔をして答えた。

 

「多分、これヒソカだよ」

「「ヒソカァ!?」」

「え? 誰?」

「変態」

 

 ソラの答えに、ゴンとキルアが一斉に意外そうな、けど納得するような声を上げ、そしてやはり相手を知らないビスケが首を傾げて尋ねると、ソラの一言で終了。

「いや、もっと他になんかあるでしょ……」とビスケは食い下がるが、ソラどころかキルア、そしてまさかのゴンからも「ない」と言い切られたので、ビスケはそれ以上「ヒソカ」という人物の情報更新は諦めた。

 

「っていうか、何でヒソカなんだよ。どっから出てきた?」

「旅団の誰かじゃないの? 確か、バッテラさんが落札したG・Iを一つあいつら盗んでたし」

「んー、確証なんて何もない憶測だけどいい?」

 

 ビスケを黙らせ、キルアとゴンが何故ソラがそんな風に思っているのかを尋ねると、ソラは自分の中の考えを整理するように、中空に視線をやってから答える。

 

「まず、あの旅団の奴らの性格というか性質からして、わざわざ自分のプレイヤー名を『クロロ』にする奴はいないと思うんだ。あいつら、絆は深いけどリーダーであるクロロに心酔してるカルト宗教みたいな集団じゃない、友達同士の集まりが正確だから。

 だから普通のゲームみたいにアバターがあって、それがやたらとクロロに似てたら、ノリでクロロって名前で登録するかもしれないけど、自分がこの姿のままゲームの世界に入ってプレイするのに、わざわざ他人の名前を使うか?

 普通のゲームでも、さっき言ったようにやたらとアバタ―のキャラデザが似てるとかそういう理由がない限り、自分の友人知人の名前なんて付けないよ。つけるとしたら、その相手に何らかのかなり強い感情を懐いてるってのが、妥当な理由じゃない?」

 

 ゲームをしないゴンとビスケでは「アバター」のくだりがよくわからず揃って首を傾げたが、キルアは理解して納得して「なるほど」と頷く。

 

 名前を自由に変えられる、もしくはデフォルト名がなくて最初に登録しなければならないゲームに、自分の名前以外を登録することはキルアもあるが、大概の場合は適当にカッコいいと思う名前を登録する。

 複数人につける必要があり、適当な名前が思いつかないのなら、家族や友人知人の名前を使うこともあるだろうが、主人公単品ならばアバターのキャラデザが似てる、性格が似てるなどといった理由がない限り、わざわざ友人や知人の名前はつけない。

 理由もなくつけるとしたら、言っちゃ悪いがそれはストーカーレベルで気持ち悪い執着だ。

 

 旅団のことなど理解出来ているとは思ってないが、それでもあの集団はソラの言う通り、クロロを慕っているが、心酔はしていない事くらいはわかる。

 ある意味、「旅団(クモ)を生かす為なら(リーダー)も見捨てる」というルールにこだわる辺りは、カルト宗教じみた歪んだ連帯感を感じるが、そのルール故に「クロロ」個人に対してそこまで執着はしてないはず。

 

「なるほどな。けど、だったら何でヒソカなんだ? まぁ、確かにあいつはクロロに執着してるっちゃしてるけど」

「執着以外にも、名前を付ける理由があればつけるでしょ? あいつが旅団の誰かとコンタクトを取りたいのなら、この名前は有効だ」

 

「旅団ではない」という点は納得したが、だからと言って何故ヒソカが出てきたのかは未だ理解出来ずキルアが尋ねると、ソラは事もなげに答えもう一度納得。

 

 確かに、この名前をリストで見たら旅団はまずこの「クロロ」を探し出すだろう。

 本物である可能性もわずかばかりあり、違っていたらいたで彼らとしても「誰」が「何の為に」クロロの名を騙っているのは気になるはずなので、知っても接触を図らないのはまずない。

 

 だがまだ、ヒソカがそこまでして旅団とコンタクトを取りたがる理由がわからない。しかし、それは尋ねるまでもなくソラが語る。

 

「多分……あいつは旅団の除念師探しに自分も噛みたいんじゃない? そうだとしたら、オモカゲの件で接触したのに何も言わなかった、しなかった理由も私たちがいたから、さすがに口にしなかったで終わる。

 あいつがどうやってG・Iを手に入れてプレイしてるのかは知らないけど、ゴンが言った通り旅団はバッテラさんから一台盗んだことは新聞沙汰になってわかってるんだから、現実世界を探すよりG・Iプレイした方が旅団と接触できるとも思ったんでしょ」

「あー、くそっ、なるほど。確かにそれなら全部説明つくわ」

 

 ソラの説明にキルアは自分の髪をくしゃくしゃに掻き混ぜ、何も気付けなかった自分に悔しがるが、ゴンは未だに理解しきれないのか「どういう事?」と尋ねてくる。

 

「えーと、あの変態がクロロと戦うために旅団と協力して除念師探ししたいから、ここにいる可能性が高いってこと」

 

 なのでソラがシンプルに要約すると、ゴンは無邪気に「あ! そっかー」と納得してから、またワンテンポ置いてそれは歓迎すべき事態ではないこと気付いて今更慌てる。

 

「え!? それまずいんじゃないの!?」

「良い事態ではないねー」

「何であんたはそんなに他人事というか、泰然としてるわけ?」

 

 事態を把握して焦るゴンに、ソラは呑気に肯定してビスケはそんなソラに対して呆れたように突っ込み兼疑問を口にすると、やはりソラはマイペースに答える。

 

「いや、今言ったのは最初に言った通り確証のない憶測、妄想に近いもんだし。それに当たってたとしても、旅団とヒソカが手を組むとも限らないし。あいつの目的とやらかしたことを考えたら、むしろ既にヒソカが除念師見つけてない限りは、旅団からしたら手を組むくらいならぶっ殺したいだろうし」

「その『既に見つけてる』可能性を思い至ってんのに、焦らねぇんだな」

 

 ソラが自分で建てた憶測に焦っていない理由を語れば、キルアが不可解そうにさらに突っ込む。

 が、ソラからしたら何故キルア達がそんなに焦っているのかがわからないと言いたげに、あっけらかんと答える。

 

「可能性だけで言えば、今まさに除念を完了させて私らにリベンジに向かってるのだってあり得る訳なんだから、いちいち焦って無駄に不安を懐く方が損じゃん。

 元々、クラピカだって長くても数年の時間稼ぎぐらいにしか考えてなかった事だし、あいつらの除念師探しを邪魔して、クロロの除念を諦められた方が動きに想像がつかなくなるから、下手に動くより放置が吉だよ。幸いながら、クラピカは除念されたら自分が感知できる保険は掛けてあるから、こちらが反応や対策が絶望的に遅れる可能性は低いし」

 

 どうやら今現在はあらゆる可能性が考えられる段階だからこそ、最善手など存在しない、焦って下手を打つ方がバカらしいので、傍観がソラの選んだスタンスのようだ。

 楽観的とも思わなくはないが、リストの「クロロ」という名前一つであそこまで推測できていたのだから、この女は本当にただ傍観をする訳ではない。

 

 死を退ける為にあらゆる死を夢想する思考が、ささやかな情報を掻き集めながらめまぐるしく加速させて、いつもの人としての「普通」を焼き切らせて捨てさせて、それでも自分たちが生き残る未来を模索していることを知っているキルア達は、それ以上は何も言わず、提案せず、ソラの選択に従ってひとまずリスト内の「クロロ」に関しては保留することにした。

 

「でも、一応はクラピカに教えておいた方が良いよね。という訳で、来て即行だけど私一回現実世界に帰っていい?」

 

 決して楽観的に傍観を決めた訳ではない証拠に、ソラは相変わらずの過保護さを見せてキルアの機嫌は一気に下降した。

 そのことに気付いたビスケは、前々から思っていた想像に確信を得たのかニヤニヤとチェシャ猫のような笑みでキルアを眺め、キルアに「何見てんだよ!?」とキレられる。

 そんな二人にゴンは苦笑しつつ、ビスケならキレたキルア相手に怪我することもないのでひとまず放っておき、ソラに現実世界に戻る為のカードを渡そうとバインダー内を探しながら、ふと思い出したことを尋ねた。

 

「そういえば、ソラとクラピカ仲直りしたんだね。あれ、何でソラは怒ってたの?」

「は? してないよ、仲直りなんて。他人扱いはさすがにめんどくさくなったのと、私が凹むからやめただけで、まだ怒ってるよ」

「えっ!? まだしてなかったの!?」

 

 ふと、オモカゲの本拠地までのやり取り、ソラが何故かクラピカを他人扱いして無視していたのが、オモカゲに人形との戦闘でうやむやになって、いつの間にかいつも通りになっていたのを思い出したので、今なら何であんなことになっていたのかを聞けるかと思ったら、まさかの返答にゴンが思わず突っ込む。

 

「っていうか、無視してたお前が凹んでたのかよ!?」

「あんたは何がしたいの!?」

 

 ビスケにキレていたキルアと、事情を知らないビスケもソラがまた訳のわからないことを言ってるのだけは理解して、思わず振り返って突っ込みを入れるが、もちろんソラはそんな突っ込みを気にせず些細な胸を張って言い放つ。

 

「クラピカを幸せにしたいに決まってんだろ!

 だから、絶対に絶対に絶対に仲直りしてやるもんか! あの件で私がクラピカを許すのは、聖杯を見つけた時だけよ!!」

 

 ビスケの突っ込みに対して堂々とした惚気を言い放たれ、ビスケは樽で蜂蜜を飲み干したような顔になって「訊いたあたしがバカだったわ……」と呟く。ちなみにキルアも流れ弾で更に機嫌が下降して、この後しばらくソラが何を言っても「爆発しろ」としか言ってくれなくなった。

 

 ゴンはソラの歪みなさにまたしても苦笑しつつ、これはソラが怒った理由を聞きだすのは無理だろうなと思ったので、別の気になったところを尋ねる。が、これも多分答えてくれないだろうなとは思っていた。

 

「はは……、クラピカは大変だね。けど、『聖杯』ってどういうこと?」

「ん? あの子と昔、約束したんだよ。いつか『本物』の、混じりけなし天然ものの願望器である聖杯を探そうって。

 それを見つけたらあの子にあげるつもりだったけど、やっぱやめた。早い者勝ちだ。あの子が叶えたい願いがあるなら、私より先に見つけ出してみろ。バーカ」

 

 笑ってはぐらかされるのを予想していたら、思ったよりは答えてくれたが、最終的にクラピカに対してキレた理由を思い出したソラはやさぐれて、今はこの場にいないクラピカを罵る。

 そんなソラを見て、ゴンの苦笑が更に深まる。キルアのように「爆発しろ」とは思わないが、さすがのゴンでもちょっと甘ったるい空気に辟易しながらも、それでも彼は安堵した。

 

 仲直りしてないと言いつつも、まだ怒っていても、クラピカの事を案じ、彼の幸福を願うソラに安堵する。

 今ここにはいないクラピカを「バーカバーカ、クラピカのバーカ!」と子供のように罵りながらも、愛おしげな眼で笑っているから、きっと聖杯などなくても二人が仲直りするのは時間の問題であると確信できたから。

 

 実際、この二人を心配するのは馬鹿らしい。

 ソラはオモカゲの件が一段落して、クラピカと別れる前に本人にも同じことを既に言っている。

 

 自分の命を捨てるような制約を許してない、と。

 だからこそ、あげるつもりだった聖杯はやらない、早い者勝ちだと言い放った時、クラピカは眼を丸くしてから腹を抱えて笑いだし、危うくまたソラの機嫌を損ねて、他人扱いされるとこだったのは余談。

 

 しかし、笑うなと言うのも酷な話だ。

 許していないと言いながら、クラピカの幸福だけを願うソラに……、4年前の何気ない夢物語を確かな約束として覚えてくれていただけではなく、未来を捨てようとしていた彼に未来を、「一秒でも長く生きたい」と思わせる約束を与え、そして「聖杯を渡さない」と言いつつやはり全てをクラピカに捧げようとする。

 

 そんな事を真顔で言われたら、笑うしかない。

 自分の愚かさを悔やみ、けれどその後悔があるからこそ更に「生きたい」と思えたから、泣きたいくらいに未来を求めたから、その涙を誤魔化すためにクラピカは笑って言った。

 

「負けない」、と。

 

 そう言った彼の笑顔を思い出して、ソラはまた呟く。

 

「こっちのセリフだ、バーカ」

 

 この上なく幸福そうに笑いながら、絶対に許さない相手を罵った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 イータはソラという新規プレイヤーの情報を登録・更新しながら、自分以外のゲームマスターにも「ジンが言ってた『ソラ』って子が来たから。説明はしたし、頼みは聞いてくれたけど、一応は注意して」という連絡も回すという雑務を行っていた。

 

 久々に仲間であるゲームマスターたち以外の前で素の自分を出して話せたことが少し楽しかったのか、イータは機嫌よく作業を行っていたのだが、その機嫌は「彼」の来訪によって地面にめり込む勢いで下降した。

 

「やぁ、イータ。久しぶり」

 

 まず初めに届いたのは、柔らかで穏やかな声音ではなく、芳しい花の匂い。

 その匂い自体はいい。香った瞬間は思わず心が和んだが、その直後に聞こえた声が匂いの印象を一瞬で塗り替える。

 

 イータ個人としては無視したいのだが、今までの経験上、無視しても相手は一方的に話しかけてくるし、強硬手段に取られたら厄介この上ないので、イータは苦虫をかみつぶした顔で振り返り、本来なら自分たちゲームマスター以外は、起動させたG・Iを使わなければ入ってこれないシソの木内部へと侵入してきた男に尋ねる。

 

「……何の用よ。……マーリン」

「用がなくては来てはいけないのかい?」

 

「マーリン」と呼ばれた男は、穏やかに、淡く微笑みながら小首を傾げて尋ね返す。

 その仕草は小動物じみており、決して小柄でもない、むしろ体格は良い方な男を妙に可愛らしく思わせる。

 それは動作だけではなく、その男の容姿は眉目秀麗だが中性的という訳ではなく、はっきりと男だとわかるような造形なのに、妙に「花」のイメージが強いものだからだろう。

 

 整った顔立ちに、虹色という特異極まりない髪の色も「花」という印象にふさわしいのだが、それ以上に表情といい、言葉といい、春風のように柔らかくふわふわとした印象を与えてくるので、ただそこにいるだけでよく言えば癒される、悪く言えば緊張感がなくなってしまう相手である。

 

 そんな良くも悪くも嫌われることはなさそうな相手を、イータはこの上なく不快そうに睨み付けて言い返す。

 

「仲間でも友人でもない相手が無許可で入って来る時点で、してることは犯罪よ。その上、用もないのなら邪魔でしかないのだけど?」

「これは手厳しい」

 

 イータの言葉に、マーリンは淡く苦笑して呟いた。苦笑さえも、彼の笑みは花のように美しい。

 だが、イータはこの美しさに騙されることなど無い。彼女はこの目の前の相手のことなどろくに知らないが、本質が見た目と一致してないことくらいは知っている。

 

 そもそも、こいつはイータが言ったように仲間ではない。

 

 ジンと共に作り上げ、そしてそれぞれシステムを担当して維持している、G・Iのゲームマスターの一人ではない。

 しかし、だからといって彼はプレイヤーでもなければ、イータたちが“念”で作り上げたルーチンを行うNPCでもない。

 

「でも、無許可を責めるのは酷いなぁ。元はといえばここは私の島だったのに、君たちがゲームに使いたいからって、法やらなんやらを盾に買い取ったのが始まりじゃないか」

 

 言い返せない言葉を相変わらず爽やかおっとりと言われて、イータは不愉快そうに鼻を鳴らして口を噤む。

 

 マーリンの言う通り、法的にはこの島はジンの所有物で間違いないのだが、本来の持ち主はこの男であるはずなのだ。海流はもちろん気流さえも操って、事故による偶然で訪れる者がないように、世界からこの島を隔絶させたのは、この男自身。

 

 彼がそこまでして、ただ一人穏やかに暮らしてゆくための世界を奪ったのは、知らなかったとはいえ彼には関係などない、「人間」の法を使って略奪したのは自分たち自身であることを改めて指摘され、開き直れるのはジンくらいしかいない。

 

 だからイータは黙り込んでいると、マーリンは実に楽しそうに、朗らかに笑って言った。

 

「あぁ、別に責めてなんかいないよ。少なくとも君に対しては、怒ってなんかいないさ。私が可愛い女の子に怒る訳などないじゃないか。怒るとしたら、ジンに怒るよ」

「……むしろ怒って嫌ってくれた方が気が楽だし、あなたを軽蔑しないで済むのだけど?」

 

 奪われた被害者側であるマーリンは、実に爽やかな笑みを浮かべてフォローしてきて、イータは相変わらずの調子の良さに、呆れたように頬杖を突きながら言い返す。

 イータが、この女性なら夢見る心地で見惚れそうなほどの美青年を前にしても塩対応なのは、自分の罪悪感の裏返しではなく、こちらが原因。

 

 この男、見た目は花の精霊か何かに思える程、華やかだが性欲などといったものは持ち合わせていないような容姿なのに、実際は色魔という表現がぴったりだし、本人もヘラヘラ笑って認めるような屑である。

 そして実際、こいつはG・Iの女性プレイヤーに時々手を出している。

 

 不幸中の幸いは、この通り見た目が極上なので、無理やり力づくという手段を使う必要性が全くないのと、こいつ自身が面倒事を嫌って口説く相手に初っ端から、「後腐れなく、今夜限りで割り切って楽しまない?」と真っ正直に屑なこと言って誘うので、こいつと関係を持った女性プレイヤーの中に、純粋な被害者と言える者はいないこと。

 

 ただそこまではっきり最初に言っていても、やはり見た目が極上なので、こいつは手を出した相手に執着されることが多々あるらしい。

 その執着を切る為にこいつはNPCのフリをするだけではなく、適当にそこそこレアなカードの情報を流したり、高難易度イベントの攻略を手伝ったりすることで、自分との一夜は女性限定の裏イベントという事にするのが、イータを含めてゲームマスターたちの頭痛の種。

 

 勝手に情報を流したり、イベントの助っ人をすることでゲームバランスが崩れるのも理由の一つだが、ジン自身は認めないとはいえ、このゲームはゴンの修業の為に作ったゲームだというのに、そんなR18要素があるという噂が立てられるのが、ゲームマスターたちからしたら憤激ものだ。

 マーリン自身は、現実世界に帰還を諦めてNPCと結婚してしまうプレイヤーもいるので、NPCのフリをするだけでは切れないから仕方がない、後始末としてレアカードという見返りは必要だったと主張するが、それなら初めから手を出すなとしか思わないので、こいつに同情の余地はない。

 

 だが、そもそもは自分たちはマーリンから無理やりこの島を奪った立場。

 彼の言葉を信じれば、この島に引きこもっていたのはちょっと昔に色々あって、一時的な隠居のつもりでしかなく、マーリン自身は人間嫌いどころか人間が好きらしい。

 

 だからか、自分たちに島を奪われた時期はちょうど、そろそろ人恋しくなっていたので、ゲームのプレイヤーとして人間が次々やってくるのは歓迎しているらしく、この男は自分の島を奪われてゲームの舞台にされていることに対しては、本心から奪ったイータたちを恨んではいないようだが、それでも……全く気にしない訳にはいかない。

 

(……あんな顔を見てなけりゃ、心から軽蔑することが出来たのに)

 

 ふと、初めてこの島にやって来て、そしてこの男と、マーリンと遭遇した日を思い出して、イータは心の中で愚痴った。

 軽蔑しているし、嫌っている。女の敵だと思っている。だけど、本心から「大嫌い」と言い切れないのは、島を奪った罪悪感だけではない。

 

 自分たちゲームマスターたちが、少なくともイータが懐く彼に対する罪悪感は、島を奪った事よりもあの日、あの瞬間に浮かべた彼の表情。

 

 あの日……、マーリンにとって自分たちは、侵入者であり略奪者だった。そして自分たちは、彼の事情など何も知らなかった。人など住んでいない無人島だと信じていた。

 だから争いになってしまったのは、仕方がない。だけど、争いだと認識していたのは自分たち側だけで、マーリンは「久々のお客さんに対するお遊び」でしかなかった。それほどまでに、実力に開きがあった。

 

 彼と渡り合えたのは、ジンだけだった。しかしそれも、あくまで「遊び」の彼とだ。

 ジンですら、「あいつが本気で殺す気だったら、絶望しかねぇよ」と断言していた。

 

 そうやって遊んでいた。花のように美しい笑顔で無邪気に、手も足も出せずに倒れ伏す自分たちを見下していた。

 自分たちを庇うように立っていたジンを、感動的な舞台を見ている観客のように、拍手をして讃えていた。

 

 そんな彼が、子供のように無邪気だからこそ自分たちと……「人間」とは決して交わらないであろう溝が、隔絶があった彼だけど……、彼はジンの何気ない一言で様子が一変した。

 

 何を言ったのかは、聞こえなかった。後から訊いても、ジンは教えてくれなかった。

 ただジンの表情からして、本当に何気ない、挑発の意図や悪意はもちろん他意などなかったと思える言葉だったのだろう。

 だからこそ……、ジンも教えてくれなかったのだとイータは思う。

 

 自分が意図せぬ形で、自分たちがマーリンの「遊び」によって味わされた屈辱以上のものを……「傷」を与えたからこそ、きっとジンは今も沈黙を守っている。

 

 ジンが何を言ったかはわからない。

 ただ、彼の何気ない一言にマーリンは一瞬、ポカンと目を丸くしていた。

 目を丸くして、呆けて……、それから彼は――――――

 

「イータ? どうしたんだい? 私に見惚れてくれているのかな?」

「そんな訳ないでしょ。というか、用がないのなら本当に帰ってくれない?」

 

 自分の顔を覗き込んできたマーリンに、イータは即答で切り捨てる。

 その顔はいつも通り、花のように美しくて無邪気、だからこそ真意が全く見えない精巧な仮面そのものの笑みだ。

 

 あの日、自分たちが見た「仮面が剥がれ落ちた顔」の面影など一切ない。

 

 だから、あれはきっと意識が朦朧としていたから見た幻覚だと、イータは自分に言い聞かせる。

 今までのこいつの言動を知っていれば、それが一番筋が通る解釈だ。……筋が通るだけで、信じることなど絶対に出来ないけれど。

 

 そんな苦いものを胸の中で押し殺していることを知ってか知らずか、マーリンはイータのつれない反応に苦笑しながらマントの中から何かを取り出して言った。

 

「はいはい。けど、本当に用が全くない訳じゃないんだよ」

 

 言いながら、取り出したものを置く。イータの鼻に、最初に届いた香りが濃くなった。

 

「……ラベンダー?」

 

 マーリンが取り出してきたものは、何の変哲もないら香りの良さが有名なハーブの小ぶりな花束。

 それだけなら、別段何も不思議には思わない。

 

 この男は見た目が花に似ているだけではなく、単純に花が好きなのか、何か別の理由があるのかまでは知らないが、能力も花が関係しているし、女を口説くときも挨拶代わりに花を渡す気障っぷりだ。そしてそれが嫌味っぽくも芝居がかってもいないのが、またイータにとっては癇に障る。

 

 なので普段ならムカついて付き返したい衝動に駆られつつも、花に罪はないので棒読みで礼を告げて受け取るのだが、今回は少しだけ意外だったので、イータはその花束をきょとんとした顔で見下ろす。

 ただのラベンダーの花束なら、彼にしては素朴すぎる気もするが、そういう趣向が今までなかった訳ではない。

 

 だが、生花ではなくドライフラワーをもらうのは初めてなので、イータは不覚ながら無反応を貫けなかった。

 

「ごめんね、イータ。気に入ってもらえたようだけど、これは君へのプレゼントじゃないんだ」

 

 イータの反応にマーリンはからかうように笑って言うので、思わずイータはむきになって「喜んでなんかない!!」と反論してしまい、マーリンを余計に面白がらせてしまう。

 自分のペースが保てなくなっていることにイータは苛立ち、怒りと羞恥で顔を赤くするが、「そんな顔しても可愛いだけだよ」と歯が浮くようなセリフでマーリンは彼女の怒気を受け流し、マントを翻して一方的に頼みごとを告げる。

 

「多分、またすぐにここに来ると思うから渡してほしいんだ。それから、伝言してくれないかな?

 勇ましくて麗しい、愚かで痛々しいからこそ最高に愛おしい、ハッピーエンドメイカーなソラ=シキオリに。『君のファンです』、と」

「……はぁ?」

 

 それだけ言って、マーリンはイータの返事も聞かずに去って行った。

 外に出る扉を開くこともなく、花が散るようにその体が崩れたかと思えば、その崩れて花弁に成り果てた残骸さえも、床に落ちる前に霞のように薄れて消える。

 

 相変わらずの、自分たちとは違う領域に生きている化け物っぷりを見せつけられ、イータは忌々しそうに舌打ちしてから残されたドライフラワーの花束を見下し、そして同情たっぷりの独り言を呟いた。

 

 

 

「……まぁ、あの子ならあれに引っかかることはないだろうけど、……よりにもよってな奴に気に入られちゃったわね」

 

 

 

 

 言いながら、本当にこれを渡してやって伝言もしてやるが、その代わりにたっぷり忠告もするべきか、それとも全部なかったことにするべきかイータは考えるが、その答えが出る前にマーリンの言う通り、今日来たばかりなのに、また現実世界に帰ってそしてG・Iに戻ってきたソラにパニクって、結局中途半端な対応しか出来なかった。

 

 彼の名前さえも、奴は数多のおとぎ話の中に登場する「良い魔法使い」のモデルであることも、そして人間とは異なる存在との混血であることすら、話せなかった。

 

 

 

 人間に好意を懐いても、人間に力を貸してくれることがあっても、決して人間と同じ視点に立ってはくれない相手であることを、イータ自身もちゃんと理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラベンダーの花言葉

「献身的な愛」「沈黙・静寂」「疑い」

 

 

 

 ラベンダーのドライフラワーの花言葉

「ずっと待ってました」




G・I編を開始しますが、G・I前半はほぼオリジナル展開です。
私が前回の後書きで予告した「どうしても書きたかったオリジナル中編」はお気づきでしょうが、今回のラストに出てきた奴が元凶の出来事です。
正直、さっさとドッジボール編に入りたい気持ちもあるのですが、ここにしかこの話は入れる機会がなかったのでぶち込みました。

なお、私は「HxH世界に登場する型月キャラは、カルナ以外はただの同姓同名なそっくりさん。読者サービスのスターシステムであって、並行世界の本人ではない」と明言してましたが、すみません、こいつだけは例外だと思ってください。

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