死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

167 / 185
145:G・Iを攻略しよう①

【1:攻略前の和やかな一幕】

 

 

 

「ただいま~」

 

 G・Iにやって来て早々、ゴンのプレイヤーリストから発見した「クロロ=ルシルフル」という無視できない名前の所為で一旦現実世界に戻っていたソラが帰ってきたことに気付き、シソの木前で待っていた3人は顔を上げる。

 そしてソラが持っているものを見て、全員が小首を傾げた。

 

「ソラ、どうしたのそれ?」

「……私もよくわかんない。要約したらたぶん……ファンからの貢物?」

「「お前・あんたはどこで何しに行ってたんだよ・わさ?」」

 

 ゴンが代表して、ソラが何故か持って来たラベンダーをドライフラワーにした小ぶりな花束を指さして尋ねると、ソラもソラで困惑しきった顔で言いだし、キルアとビスケに突っ込まれた。

 

「いや、電話したかっただけだから普通にゲーム置かれてる古城に出て、電話終わったらどこにもよらずにこっちに戻って来たよ。

 ……そしたらあのゲーム説明するナビゲーターのおねーさんに渡された。……なんか、私のファンとか名乗る奴に渡してくれって頼まれたらしい」

「……悪い。何言ってるかさっぱりわかんねー」

「うん、私もわかんないしナビの人も多分わかってなかった」

 

 キルアの突っ込みに対してソラが何とかつい先ほどの出来事を説明するのだが、話を聞けば聞くほどにキルアだけではなくビスケやゴンにまで「こいつは何を言ってるんだ?」という目で見られた。なのでソラ自身も、説明と理解を諦める。

 

「まぁ訳わかんないけど、とりあえず花には罪はないからもらっておいた。けど正直邪魔だから、後でポプリにでもしよう。師匠、いる?」

「それはありがたくもらうけど……、あんたは本当に訳の分からない事態を引き寄せるわよね。

 で? そのクラピカって子の反応はどうだったの?」

 

 ソラの切り替えの早さに呆れつつ、ビスケも長年の付き合いからして、ソラはこちらに気を遣って何かを誤魔化しているのではない、本気でソラ自身も花を渡してきた相手はもちろん、その経緯や理由をわかっていないのだと判断し、花に対しての追究はやめて話を本題に戻す。

 

「んー、やっぱりまだ除念されてはいないようだから、リストのクロロが本人でないのは確定。クラピカも私の意見にだいたい賛成で、下手に接触を謀って警戒されるよりは傍観しとけってさ。

 今、グリードアイランド内にいるかだけでも把握していれば十分だから、絶対に無茶するなって言われたよ」

 

 本題の方はだいたい予想通りの答えであり、結局「クロロ」に関してはゴン達が驚いただけで終わってしまう結果となり、ちょっと全員が虚しさを感じる。

 その虚しさを払拭するように、ソラと同じく切り替えも早いゴンが、「あ、そーだ!」とたった今思いついたことを提案する。

 

「そーだ! ソラ! キルア! せっかくだから見てよ!! 俺、必殺技が出来たんだよ!!」

 

 * * *

 

 ゴンの思いつき、自慢と言うにはあまりに無邪気に「自分の修業の成果を見て」という提案に、ビスケもハンター試験の為とはいえ修行の場から離れてややブランクが出来たキルアを奮起させるのにいいと思ったのか、反対はしない。

 

 が、さすがに見晴らしが良すぎるシソの木前で自分の念能力を見せつけるのはただのアホでしかないので、近くの森にまで移動してからそれは行われた。

 

「ジャン! ケン! パー!!」

 

 ゴンの掛け声の直後、開いた掌から出てきたのはピンポン玉くらいの念弾。

 それはふわふわと蝶のように、飛ぶというより浮遊しながらだがそれでも前に進むのを見て、キルアとソラは「おお~~~~」と感心の声を上げる。

 

 二人の反応にゴンは軽くドヤ顔になるが、すぐ気を取り直して必殺技第2の準備に取り掛かる。

 

 自分の膝ぐらいの岩の上に、小石で土台をつくって支えた木の枝を用意し、その前に立って構えながら再び、掛け声を上げる。

 

「最初は、グー!」

 

 その掛け声でオーラを練り上げ、右拳に集中させる。

 

「ジャン! ケン! チー!!」

 

「チョキ」は言いにくかったのか、それとも何らかのこだわりか不明だが、「チー!」と叫ぶと同時に二本の指を刀に見立てたノブナガの居抜きのように、構えから解き放って振り上げた。

 するとその軌道上にあった木の枝はスパッと切れて地に落ちる。

 

 これは先ほどの弱々しい虫の飛行のような念弾より素直にすごいとキルアは思ったが、彼が再び感心の声を上げる前に歓声を上げたのはゴンの方だった。

 

「やったー! 出来たーーっ!!」

「えっ?」

「……ゴン。まさか、初めて成功?」

 

 ゴンのはしゃぎっぷりに、キルアは戸惑い、ソラは困惑しながら尋ねるとさすがにそれは違ったらしく、ゴンは軽く憤慨して訂正を入れる。

 

「違うよ! これで5度目の成功だもんね!」

 

 しかしその訂正は、焼け石に水でしかなかった。ゴンの反論にキルアは冷静に「ふーん。で、失敗の回数は?」と、痛いとこを的確に突いてゴンは言葉に詰まる。

 それでもポジティブなゴンは成功率はだんだん上がっていると主張するが、キルアにとってはそこはどうでも良かったのかスルーして、実は最初から気になっていた部分に突っ込む。

 

「でも成功率は上がってきたもんね! 10回に1回は出来るようになってるよ!」

「それはいいとしてもお前、今の技使う前さ、毎回あの掛け声言うの?」

 

 キルアとしては失敗の回数を尋ねるより切れ味のある突っ込みのつもりだったが、残念ながらこちらは不発。ゴンは、「何故そんなことを訊くのかわからない」と言わんばかりの顔で即答。

 

「え? うん。だってじゃなきゃ必殺技っぽくないでしょ?」

「うーん……まぁ……な……。

 けど、敵にモロバレになる訳だろ? 隙もすげーでけぇし。掛け声の間に敵に攻撃されたらどうするんだよ?」

「避けながら言う」

「避けきれなかったら!?」

「それでも言う」

 

 ゴンの答えに、まだまだ幼いキルアも「必殺技っぽい演出」に憧れを懐く気持ちはわかるので頭ごなしに否定はしなかったが、それでも現実を考えて非合理的だと教えてやるが、直感で生きているゴンには無駄すぎる説得であった。

 ゴンのどこまでも譲らない頑固さに、キルアが頭を抱えながら助けを求めるように女二人の方に視線を向けるが、ビスケの苦笑はともかく、ソラの方はしらっとした顔で「別にいいんじゃん」と言い出して、思わず「お前もか!」と八つ当たり気味で怒鳴る。

 

 そんなキルアの八つ当たりも、ソラはいつものように笑って受け流してゴンのこだわりを否定しない訳を語る。

 

「キルアの言ってることは正論だよ。けど、その正論のハンデこそが、念能力を向上させる『制約』だ。っていうか、私が言ったって説得力は何もないよ。宝石魔術を使う時の私は、今のゴンと同じようなもんだし」

「それもそうか」

 

 ソラの相変わらずな大人の余裕っぷりにまたムカッとしつつも、キルアはその説明で納得する。確かに言われて見れば、ソラの宝石魔術は起爆の為の呪文がシンプルすぎて、ゴン以上に何をやるかがバレバレだ。

 だがソラはそのバレバレもむしろうまく利用しているので、全てはやり方次第だなと納得したのは良いが、けどゴンがソラのように自分の手の内がばれているのを利用した戦法が取れるのだろうかと、結局は不安になる。

 

 そんな失礼だが、「出来るのか?」と訊かれたら「自信ない!」と言い切るしかないゴンは、幸い(?)ながらキルアの心配に気付かないまま、無邪気にソラの話に便乗する。

 

「うん、ソラは何か魔術とか技とか出す時、結構何か呟いたり叫んだりしてるでしょ? あれがカッコいいなーって前から思ってたから、真似したんだ!!」

「……真似した結果が、ジャンケンなの?」

 

 ゴンの無邪気さな報告に微笑ましさを感じつつ、ソラの呪文等を「カッコいい」から真似した結果の掛け声がジャンケンであるセンスの斜め上具合に、思わずビスケが突っ込む。だがその突っ込みも、ソラはしれっと言い返す。

 

「いーじゃん、素直で可愛くて。……少なくとも、『ジャンケン、死ね!!』で心臓を抉ってくるよりはいいよ」

「待て。遠い目になるな。誰だその身も蓋もない掛け声で、えげつないことをしでかしたのは」

「……大丈夫。こっちの世界の人じゃなくて、私の世界の魔術師だから」

 

 ソラのゴンと似た掛け声で、ソラの言う通りゴンと違って可愛げが色んな意味で一切ない相手に思わずキルアが待ったをかけて尋問したが、幸いながらそれは敵に回ることがない人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2:No,84 聖騎士の首飾り D-60】

 

 

 

「二人とも、ここまでよく頑張ってきたわね。んじゃ、そろそろ始めようか」

 

 話がグダグダになって来たので、ビスケはひとまず手を叩いて注目を集め無理やりだが元に戻すと、素直なゴンはさっさと切り替えて「オス! まずは基礎からね」といつもの鍛錬を始めようとする。

 が、それを笑ってビスケは否定。

 

「修行じゃないわさ。始めるのは本格的なゲーム攻略!」

「「!!」」

 

 この数か月間、ゲームらしいことといえば岩石地帯のモンスター攻略くらい、それも全種類の攻略が済んだのはだいぶ前で、ゴンどころかキルアもちょっと何しにこのG・I(ゲーム)に来たのか忘れかけていた目的を告げられ、二人は目を輝かせる。

 忘れかけていたとはいえ、やはり今年で13歳になる少年には「ゲームの世界で冒険」はこの上なく心躍る目的なのだろう。

 

 それをソラは「今までしてなかったんかい」と思いつつも微笑ましく眺めながら、「で、師匠。ゲーム攻略ってまず何すんの?」と尋ねた。

 

「そうね~。ここから近くて難易度があんまり高くないのは、キングホワイトオオカブトと金粉少女と…………」

 

 ソラに訊かれてビスケはゴンとキルアに修行させている間と、ゴンとキルアが現実世界に戻っている間に集めた指定ポケットカード入手イベントがある場所やそのイベント内容を掻かれたメモを読み上げていたら、途中でしばし沈黙。

 ビスケが黙りこくったことに3人の弟子たちはそれぞれ小首を傾げて、「ビスケ?」「師匠?」と声をかけると、ビスケはメモからかを上げて気まずげな笑みを浮かべて弟子たちに訊き返す。

 

「……今日、何日だっけ?」

「え? 現実世界と同じなら15日だけど? もちろん、1月の」

 

 ビスケの問いにソラはきょとんとした顔で即答。彼女はここが現実だとは知っているが、わざわざ訊くくらいなのだからゲームマスター達がプレイヤーにここが現実世界だと気付かせない為に、便宜上の日付は現実とは違うのかと思って答えたのだが、どうもビスケはただ単に日付や曜日が関係ない生活が長かったので、すっかり忘れていただけのようだ。

 何を忘れていたかは、ソラの答えでキルアが気付く。というか、彼も日付を言われるまですっかり忘れていた。

 

「!! 懸賞の街(アントキバ)の月例大会!!」

「あっ!!」

 

 自分たちの初指定カード獲得イベントにして、他のプレイヤーにのうのうと奪われた苦い思い出が蘇り、「いつか絶対にリベンジしてやる!」と思っていたものを思い出した二人は、慌ててソラに説明するのも忘れてアントキバまで走り出した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 4人の全力疾走の甲斐があって、今月の大会である「二人綱引き」にはギリギリ参加登録することが出来た。

 それはいいのだが、ソラは何とも言えない視線に気づき眉間にしわを寄せて「何これ?」と主語もへったくれもない問いで尋ねる。

 

 イベント参加者の視線の意味は分かる。子供のゴンとキルア、そして同じく見た目は子供なビスケに、髪を伸ばしてリボンでまとめているおかげで最近はちゃんと女に見られるソラなら、完全に筋力勝負なこのイベントなら舐められて当然のメンバーだ。

 その認識の甘さは、イベントが始まれば即行で彼らのプライドごと木端微塵は確定しているのでソラは全く気にしないが、問題は観客の中にも似たような種類の視線が含まれていること。

 

 それもイベント参加者よりも悪意とまでは言わないが見下して嘲笑うといった雰囲気が色濃く、その空気がソラの眉間のしわを深くさせる。

 

「あぁ、たぶん『またカモが来やがったぜ』って目だな」

 

 ソラと同じくその空気を感じ取ってうんざりしたような顔をしたキルアは、ソラが何を訊きたいのかを十分に理解して答えてくれた。

 が、その答えがさらにソラの疑問を深める。

 

「カモ?」

「うん。俺達、G・Iに来てすぐにここの月例大会で優勝して賞品を手に入れたけど、すぐに他のプレイヤーに呪文(スペル)カードで奪われちゃったんだ」

 

 慌てすぎて「指定カードが手に入る大会がある」としか説明していなかったことを思い出し、ソラの疑問にゴンが補足を加えたが、それはソラの眉間のしわを解く効果はなかった。

 むしろ、そのしわはさらに深まった。

 

「……へぇ。そんなことがあったんだ」

「え? そ、ソラ? あの、ゲームだから! そういうの含めてのゲームだから!!」

 

 正攻法で手に入れたカードを、来たばかりで呪文(スペル)カードそのものも、その知識もなかった二人をカモにして奪うという行為は、ソラには地雷過ぎたことに気付いたゴンは慌ててソラを宥める。

 が、ソラはゴンに対しては深く刻まれていた眉間のしわをあっさり解いて笑って言う。

 

「うん、わかってるよ。ムカつくけど、そこに関してはまぁ同じように呪文カードで奪ってやろうかってくらいにしか思わないから」

 

 今にも「また優勝したらその商品を奪ってやる」つもりで観戦しているプレイヤーに襲い掛かりそうだとゴンは思っていたが、ゴンが思うよりソラはちゃんとゴンとキルアのされたことはゲームの範疇内の行いであることを理解していた。それでも、許す気はサッパリ無いようだが。

 

 ソラの返答にゴンとキルアはホッと息をつく。

 ゴンの方は純粋に、ソラが自分たちの為とはいえ、いきなり他のプレイヤーに喧嘩を売って目をつけられるようなことをしないことに対しての安堵だが、キルアは微妙に違う。彼の安堵の息は、自分の獲物を取られずに済んだからによる安堵である。

 

「んじゃ、行って来るねー! 決勝戦で会おう!」

「うん、ソラもビスケも頑張って!」

「っていうか俺らが当たんのは決勝戦じゃねーよ!」

 

 NPCに呼ばれてソラがビスケの腕を引いて舞台に上がりながら、ゴンとキルアに向かって手を振る。ゴンも同じく手を振って応援、キルアは少し笑いながらソラがノリで言った事に突っ込みを入れるという朗らかで和むやり取りを行う。

 

 その和むやり取りの直後、キルアはゴンの服の裾を引いて耳打ちした。

 

「おい、ゴン。俺らの出番になったら始まった瞬間に“練”で一気に縄を引け。いっそ、縄に“周”してもいいな」

「? そこまでする程じゃないでしょ? 特に“周”は意味ないんじゃない?」

 

 キルアの提案にゴンはきょとんとした顔で、反対と言うより純粋に何でそんな提案をするのか? という疑問を口にすると、キルアは獲物を狙う猫のような笑みを浮かべて答える。

 

「勢い付け過ぎて相手の手から縄がすっぽ抜けたことにして、こっちもその勢いに押されてその縄を観客側にまでぶつけるんだよ。もちろん、俺らをまたのこのこやってきたカモだと思ってる奴等にな」

 

 そこまで言われてようやく、キルアの意図を理解してゴンは苦笑する。

 どうやら「真実の剣」が盗られた当時はゴンの方ばかりが腹を立てて、キルアは「仕方ない、勉強代だ」とでも思って気にしていなかったように見えるが、実際のところ根に持っていたのはキルアの方らしい。

 

 しかしやや陰険なやり口だが、あれだけ修行し、以前の失敗を学んで呪文カードも充実させて挑んだというのに、未だに「カモ」扱いはゴン自身もムカッとしていたらしく、苦笑しつつも「他の関係ない観客に気を付けないとね」と言って、キルアのちょっとした意趣返しに反対しなかった。

 

 だが、残念ながら二人の些細なのか豪快なのかよくわからない意趣返しは不発に終わる。

 

《それでは、スタート!!》

 

 司会の合図が響くと同時に、可愛らしい悪だくみをしていた二人が顔を上げて舞台に目を向けるが、彼らの視線が舞台に向いた瞬間には決着が着いていた。

 

「「おっりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 ソラはもちろん、「人数合わせ」と言って全くやる気がなかったビスケまでも掛け声をあげて開始の合図とともに綱を引く。

 打合せ済みとしか思えないほど、見事なタイミングで同時に“練”と縄に“周”を施しながら。

 

 ソラとビスケの対戦相手は、20代ほどの細身の女と10代前半の少女のペアということで最初から侮っていた。まさかこの二人が、念無しでも下手すれば強化系が苦手な系統の能力者の“纏”状態よりは素で腕力があることなど、想像もしてなかったのだろう。

 

 そんな油断しまくりだったのに、しっかり縄を掴んでいなければ力は勝っていてもこちらの手から縄がすっぽ抜けた事で負ける可能性は理解していた為、相手は自分たちの手首に縄をぐるっと一回巻いた状態で掴んでいた。

 それが仇となり、ソラたちの対戦相手は見事に縄ごと宙を飛ぶ。

 

 それを、ゴンとキルアはポッカーンとした顔で、他の観客たちと同じように口を半開きにしてそのまま見送る。

 縄に繋がったままの対戦相手が、ソラとビスケによる絶妙な方向転換によって自分たちに向かって嘲笑していた観客(プレイヤー)の方にブン投げられて落ちてゆくのをただ見送った。

 

「ぎゃふん!」という悲鳴と、目を回して意識を手離す対戦相手と巻き込まれた観客を見てようやくキルアとゴンは、自分たちの企みが自分たちの予定以上に豪快な方法で先を越されたことに気付き、ゴンは「敵わないなぁ」と言わんばかりの苦笑、キルアは本心から悔しそうに舌を打った。

 

 そんな二人の様子に気付いているのかいないのか、ソラは舞台の上で無邪気に「おーい! 二人ともー!! 勝ったよー!!」とはしゃいでいる。

 はしゃぎながら、ソラは縄を引いて鎖分銅にようにぶん回し、鞭のように地面に縄の端を打ち据えながら、笑顔で司会のNPC、他の対戦相手、そして観客に向かって言った。

 

「あぁ、それからごめん。手加減が下手で。だから……次も気を付けてね。参加者も観客も」

 

 謝りこそはしているが、「次から気を付ける」とは言わずむしろ「まだまだやるぞ」と暗に言い出す弟子に、ビスケはその後ろで呆れたような目で見るが止めはしない。

 なんだかんだでビスケも、舐められることをむしろラッキーと思っている自分はともかく、自分が鍛え上げた弟子の成長に気付かない節穴プレイヤーが気に入らなかったようだ。

 

 そんな二人を舞台の下からキルアは睨み付けて、「勝手なことすんな!」と愚痴り、ゴンはいつものようにキルアを宥める。

 だがゴンは見逃さない。愚痴りつつも、キルアの眼は嬉しげで優しい光が灯っていることを。

 

 自分たちがしたかったことを先回りされたのはちょっと悔しいが、それを上回って自分たちの悔しさを自分のことのように感じて行動に移してくれるソラが、自分はもちろんキルアも大好きだという事を知っている。

 自分たちが数か月間抱え込んでいた悔しさや屈辱は、もう綺麗にサッパリ無くなっていることを表すように、ゴンは舞台の二人に「お疲れ様!!」と言って笑いかけた。

 

 

 

 なお、ソラのやらかしの所為で優勝者の商品横取りを狙っていたハイエナはもちろん、ソラたちを舐めていた参加者たちは自分たちが敵に回した相手の悪さにようやく気付いて観客は逃げるわ参加者は辞退するわで、結局本来なら3回戦で当たるはずだったソラ&ビスケVSゴン&キルアが実質決勝戦となった。

 

 そしてビスケは最初以外やる気はなかったらしく、実質1対2の綱引きだったので普通にソラが負けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【3:No,64 魔女の媚薬 B-30】

 

 

 

「集める素材を見た時から思ってたんだけど、これって男が女を惚れさせるの専用なのかな?」

「は? 何でそう思うんだよ?」

 

 4人で森の中を歩きながらソラがふと呟いて、その呟きにキルアが尋ね返す。

 するとソラは、ビスケが入手した指定ポケットカード「魔女の媚薬」入手方法が描かれたメモをまず見せる。

 

 このカードの入手イベントは普通のゲームでも良くある素材集め系のクエストであり、NPCの「魔女」が指定する材料を集めたら、魔女がその材料を作って指定カード「魔女の媚薬」を作ってくれるというシンプルでありきたりなもの。

 

 集める素材は指定カードの材料なだけあって、そこそこ高ランクのモンスターがいる地域にあるものだったり、同じく高ランクモンスターの一部であったり、単純にやたらと見つけにくい場所にあるものだったりしたが、それでも所詮はランクBのカードなので、ソラとビスケはもちろん、ゴンとキルアも余裕で余剰に材料を集められたくらいで、必要な素材は残すところあと一つとなっている。

 

 その最後の一つである「マンドラゴラ」を指さして、キルアと同じく自分の発言の意味がわからず不思議そうにしているゴンとビスケにも説明した。

 

「いや、材料が雄株のマンドラゴラだけで、雌株のマンドレイクを必要としてないから。私の世界でもこれって媚薬の材料に有名な植物だけど、使う対象とは異性の株を使わないと効果ないはずなんだよ」

 

「魔女の媚薬」と謳うアイテムの材料は、専門分野は違えど本職の魔女であるソラにとって、やや違和感のあるものだったようだ。

 役に立つのかどうか不明な知識に、3人は「へぇ」と納得やちょっとした感心・好奇心が入り混じった声を上げ、そのまま雑談を続ける。

 

「ふーん。そういうものなのね」

「っていうか、こっちはゲームだから実際のものとは設定変えてるんじゃねーの?」

「あぁ、確かにそれかも。っていうか、素材にアルラウネがあるから、これがマンドレイクの代わりなのかな?」

「え!? あれもソラの世界にいるの?」

「いや、名前が同じだけであってあんなんはいない」

 

 キルアがなんとなく思いついたことを言えば、ソラが納得してついでにメモも見直して見つけた解釈を口にすると、ゴンが驚愕と期待に満ちた声を上げ、そしてソラはそれを即座に否定する。

 ソラが即座に否定するのは無理もない。G・Iのアルラウネとは等身大のグラマラスな女性の姿をした植物タイプのモンスターなのだから、あんなんが跋扈するほど神秘に満ちた世界だと期待されるのは困る。

 

「私の世界だと、アルラウネはただのマンドレイクの亜種だよ。何故かドイツっていう特定の国でしか取れない雌株で、薬効より持ってりゃ未来がわかるとか幸運が訪れるとか言われてるだけで、ご期待に沿えなくて悪いけど、あんなファンタジック全裸じゃない」

「ソラ! それだと俺が全裸を期待してるみたいだからやめて!!」

「お前その呼び方気に入ってんか? あらゆる意味でバカみてーだからやめろ」

 

 ゴンの期待を裏切るのは申し訳ないと思いつつソラが追い打ちで否定すると、ゴンはもっともされたくない誤解をされそうな発言に訂正を求め、そしてキルアは呆れきった顔で、ソラのアルラウネの呼称に突っ込みを入れる。

 

 この女、アルラウネのかなりリアルな美女の姿でありながら、肌は完全に木、硬質なのか艶めかしいのかわからないその全裸を見て、「……ファンタジック全裸」と意味不明だが的確にアルラウネを表す呼称を作り上げて呟き、全員の腹筋を崩壊させたことでやたらとその呼称を気に入ったのか、こうやって不意打ちで使ってくる。

 そしてこれは本気で悪ノリの逆セクハラか、それとも迷走している純情乙女の自己防衛なのかは、未だゴンとキルアには判別がつかずにいるので、また更に反応に困るというカオス。

 

 そのカオスにビスケは呆れつつ、「相変わらず、あんたの世界とこっちは似てるようで別物なのね」という感想で、とりあえず話をファンタジック全裸から変える。

 

「それもあるだろうけど、そもそもここのアルラウネもマンドラゴラもキルアの言う通り、ゲームの敵やアイテムとして都合がいいように、設定を適当に変更してるからこその違いな気がする。

 ……ゴン、それから一応キルア。現実世界でマンドラゴラを見つけても、絶対に引き抜いちゃダメだよ」

 

 ビスケの変えた話題に乗っかってソラが答えると、ふとソラは「G・I(ここ)のではなく本物のマンドラゴラ」の関して重要な情報を思い出し、真顔でゴンとキルアに忠告しだして二人を困惑させる。

 

「そんなに毒性がヤバいのかよ?」

 

 困惑しつつも、キルアはちょっと拗ねたように唇を尖らせて尋ねる。おそらくはソラの忠告が、大概の毒は効かないキルアの妙なプライドに障ったのだろう。

 そんなキルアのちょっと迷走している意地に、ソラは「それ以前の問題」と答えてキルアの機嫌がさらに悪くなったが、それは一瞬のこと。本格的に彼が拗ねる前に、ソラは何が「それ以前の問題」なのかを教える。

 

「マンドラゴラはアルラウネほどリアルな姿をしてないけど、人の形をした地下茎。大きくて大根くらいだっていうのは、うちの世界でもこっちの世界のG・I産のとも共通してるけど、G・I(ここ)のと最大の違いは、マンドラゴラは引き抜いた時に絶叫するんだよ。で、その絶叫を聞いたものは例外なく命を落とすって言われてるんだ。

 

 私は抜かれて干物にされた欠片や粉末になったものくらいでしか実物は見たことないから、どういう理屈でそうなるのかはサッパリ。だから対策もほとんど知らないから、とにかく君らは媚薬なんか必要ないだろ? なら、見かけても絶対に抜くな。むしろ埋めろ」

 

「悲鳴を聞いたら死ぬ」という、ソラの眼と同じか下手したらそれ以上の反則的なヤバさを知り、キルアだけではなくゴンもやや顔色を悪くさせて、二人は素直にコクコクと激しく首肯する。

 

「なるほど。確かに毒性以前の問題だな」

「そうだね。……あれ? けど抜いた悲鳴を聞いたら死んじゃうなら、本物のマンドラゴラはどうやって手に入れるの?」

 

 キルアが慄きつつ納得する事実に相槌を打つと同時に、ゴンはあまりに単純な疑問にも気付く。

 その疑問に、ソラは優しく笑って答えてやった。

 

「多分、この『方法』こそが現実とG・I(ここ)で、マンドラゴラの設定を変えられた理由だね。

 ゴン、マンドラゴラを手に入れる一番オーソドックスな方法は、犬の体や尾にロープでマンドラゴラを結んで繋いで、引き抜かせるんだよ。もちろん、犬は犠牲になって死ぬ。

 

 ……多分、ここのマンドラゴラに『絶叫を聞いたら死ぬ』っていう最大の特徴がないのは、強力すぎて念能力での具現化では再現できなかった、再現できたとしても、ゲーム内でこの効果は鬼畜すぎるからってのもあると思うけど、きっとこのゲームを作ったG・M(ゲームマスター)自身も……嫌だったんじゃないかな?

 例え、犠牲になるのは本物じゃなくて、同じく念で作った犬だとしても、人間の都合で無関係の動物を殺すのは」

 

 ソラの答えに、ゴンはしばし言葉を失う。丸くなった眼は優しく微笑むソラを真っ直ぐ見ているが、その眼に映るのはソラではない。

 ソラの何もかも包むような、大人な笑顔に面影を見る人が教えてくれた言葉が、耳朶に蘇る。

 

『良いハンターってやつは、動物に好かれちまうんだ』

 

 自分の償いはちゃんと届いていたことを告げて、去って行ったカイトの言葉。

 その言葉は誰からの受け売りなのか、カイト自身のものだとしても誰を見てそう思ったのか、「そうだったらいいな」程度の期待でしかなかった思いが、まだ確証とまではいかないが、「きっとそうだ」ぐらいにまでゴンの中で一気に成長した。

 

 きっとカイトにそう言ったのは……、カイトがそう思うようになったきっかけの、「良いハンター」とはきっと…………。

 

「……ジンが、嫌がったのかな?」

 

 ぽつりと呟いた期待に、答える声はない。

 なくて当然だ。期待なんかゴンだってしていない。

 

 それは自分で見つけると決めたから、今があるのだ。

 

 だから、その答えを見つける為にゴンは一歩足を踏み出す。

 とりあえず今は、その「答え」の一端かもしれない、実物とは全く違う特性と入手方法のマンドラゴラを見つける為に。

 

 そんな風にゴンがやる気を見せ、女性二人は微笑ましく、キルアはちょっと羨むような眩いものを見る眼になっていたのは良いが、その空気は一瞬でぶち壊された。

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!! どこだああぁぁぁぁぁぁ!!」

『………………』

 

 野太いおっさんの絶叫とともに、森の中の獣道、藪から薮の中に一瞬だけ横切った小さな人影。

 小さなというのは子供サイズという意味ではなく、人形や小人サイズという意味。常人なら人影と認識出来たら良い方なぐらいの早さだったが、この場の4人は全員動体視力が獣並なので、その横切った人影の姿はもっとしっかり見えていた。

 

 大根とにんじんの間くらいの大きさ、アルラウネと違って「たまたまそういう形になった根菜」程度に人型な茶色い地下茎が猛ダッシュしているのを見て、4人はやや遠い目になる。

 

 ここのマンドラゴラはアイテム枠ではなくモンスター枠らしく、引き抜く必要性はなく勝手に動き回っている。

 そして特に戦闘能力はない。向こうから攻撃してくることもなく、ただ単にすばっしっこい。大きさもさほどないのと、植物なので森の中だと迷彩状態でものすごく見つけにくいという、普通に強いモンスターよりある意味厄介なモンスターだ。

 

 それだけなら、別にいい。それだけなら、「抜いた時の悲鳴を聞いたら死ぬ」の代わりに付け足した特徴かつ、ゲームを難易度調整の為の設定に過ぎないので、4人は「めんどくさい」とは思っても、遠い目になどならない。

 4人がやたらめったら、特にソラとゴンが遠い目をしている理由はおそらく、「悲鳴を聞いたら死ぬ」という最大の特徴の名残かつ、G・Mの悪ノリの産物。

 

 いや、黙って走り回られたらこのマンドラゴラ入手イベントの難易度は爆上がりするので、プレイヤーに対する配慮の意図もあるだろう。それから、マンドラゴラが媚薬の材料という設定も、関係してるのかもしれない。

 だが、間違いなくこの叫ばせているセリフは真夜中テンションの産物だとソラは勝手に確信している。

 

 その確信を得たセリフが、また森の中から木霊する。

 

「おおおぉぉぉぉっっっ!! どこだああぁぁぁっっマンドレイクううぅぅぅぅ!! 受粉してえええぇぇぇぇ!!」

『……………………』

 

 どうやらG・I(ここ)のマンドラゴラは動物で言うさかりが付いた状態になると、自力で土から出てきて雌株のマンドレイクを探し求めるようだ。思いっきり、欲望垂れ流しの絶叫をしながら。

 

 ゴンは改めて「ここは親父(ジン)が作った世界」だと認識したことで感慨深くなっていた所に、これである。

 植物なので言葉そのものはマシと言えばマシだが、ある意味ではダイレクトに性欲を表す発言にゴンは顔を両手で覆い隠してその場にうずくまる。

 ゴンにしては珍しい反応だが、無理もない。彼にとって現状は、友達の前で親が下ネタをやらかした挙句に滑った瞬間なのだろう。

 

 そんなゴンにキルアとビスケは同情の視線を向けつつ、ゴンが可哀想すぎるわジンが最低すぎるわで、慰めの言葉は思い浮かばない。

 そしてソラは最低すぎる欲望の絶叫がした方向に、ゴミを見るような視線を向けながらゴンに言った。

 

「……ゴン。君の親父に再会したら去勢拳ぶちかますから」

「ぜひ、お願いします」

 

 許可を求めるのではなく決定事項だと宣言し、ゴンも顔を隠してうずくまったまま即答した。

 その即答具合にキルアとビスケ「だろうな」と思いながら、ジンのゴンではない息子の冥福を祈って合掌してから、なんとか気を取り直したゴンと嫌そうなソラを連れてマンドラゴラを捕まえに行ったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4:No,19 遊魂枕 A-13】

 

 

 

 地下墓地(カタコンベ)という設定のダンジョンでゴンは虫取り網を振り回す。

 もちろん、気が狂った訳ではない。

 

「おしっ! これで5匹目! ノルマ達成!!」

 

 虫取り網にしっかり“周”をすることで、網の目どころかあらゆる物理もすり抜けて逃れられるテニスボール大の光球……、「霊魂」という設定のモンスターを捕えてカード化させ、ゴンはフリーポケットに入れる。

 

 本日の指定カードイベントは、「霊魂」を20匹集めて墓守に引き渡せというクエスト。

 あらゆる物理的障壁をすり抜け、もちろん物理攻撃は一切喰らわない、無防備な所に触れられるとこちらのオーラを微量だが奪って逃げるというモンスター「霊魂」は、オーラに包まれた状態だと触れることが可能となる。

 つまりは“纏”さえしていれば普通に捕まえられるのだが、もちろん念能力者が一番最低限の参加条件であるこのゲームのイベントが、その程度でクリアできるほど甘くない。

 

 すばしっこいだけでも厄介だが、結構天井が高いこの地下墓地(カタコンベ)上空を基本は飛び回る所為で、よほど大柄な人間でも素手で捕えるのは困難なのだ。

 なのでゴンのように虫取り網を使うのが効率的だが、物理をすり抜ける霊魂を虫取り網で捕まえるのなら当然、四大行の応用技である“周”が必要不可欠な技能。

 

 一応、修行や実力不足ではなく制約などの関係で“周”が使えない者を配慮しているのか、オーラが籠った虫取り網というアイテムもあるらしいが、店で購入できるその手のアイテムは高価な割に回数制限、霊魂を捕えることが出来ず空ぶっても籠っているオーラが消費される使い捨て、何らかのクエストで手に入るものは回数制限はないが、そのクエストはこのイベントを普通にクリアするよりやや難度が高め(けど“周”の技能は一切なくてもクリア可能)な為、もちろんゴン達は何の変哲もない虫取り網を使って霊魂集めすること選んだ。

 

「もうみんなも集めたかなー? とりあえず、入り口に戻ろう」

 

 ひとまず自分のノルマをクリアしたゴンは独り言を呟きながら、現れる幽霊系モンスターをほぼ無意識のルーチンで倒しながら地下墓地の出入り口に戻る。

 

 この地下墓地、地下墓地なのはもちろん建前だけであり実質は完全にダンジョンなので、街中に存在しているが普通にモンスターは出る。だが、この地下墓地からは這い出てきて街の住人を襲うとことは当然ないという、実にゲームらしい都合の良さだ。

 

 しかしプレイヤーからしたら、物理攻撃が一切効かない幽霊系モンスター、毒等の特殊攻撃を持つわ、見た目も最悪なゾンビ系モンスターが跋扈するこのダンジョンは精神的な面も含めて難易度が高いようだ。

 クリア報酬のカードが、カード化限度枚数13枚というかなり少ない割に限度枚数に達していない、イベントクリア者が少ない理由はこの辺りが原因だろう。

 

 正直、ゴンもこのカードを複数枚手に入れる為に何度もこのダンジョンに潜るのは御免だった。モンスターの難度は余裕な部類だが、ゴンの犬並の嗅覚にはゾンビ系のモンスターがきつすぎる。

 だからゴンはノルマを達成したら、さっさと戻ることにする。しかしこれでも、ゴンが霊魂集めした地区は一番マシな方。

 

 この地下墓地(カタコンベ)ダンジョンは階段を降りた先は漢字の「田」の字のど真ん中、そこから四つの墓地の地区に入れるという構造で、その墓地はそれぞれ「霊魂の数が少ないが、モンスターも少ない」「霊魂の数はそこそこ、モンスターは幽霊系が多い」「同じく霊魂はそこそこ、モンスターはゾンビ系が多い」「霊魂の数は多いが、モンスターも多い」という風に難易度がプレイヤーの意思で調節できるようになっていた。

 

 なのでゴンは当然、「幽霊系が多い」を選んだ。

 そして別にどの地区に入るかは自由で人数制限などなかったのだが、ちょうど4つだったことでそれぞれ別々の地区に入って誰が一番に5匹の霊魂を捕まえるかという競争をすることになり、キルアは自身に毒の耐性があるのでちょっと嫌がったが結局はゾンビが多い地区に、ビスケはモンスターの難度は低い代わりに早い者勝ちには不利な霊魂が少ない地区に、そしてこの手の実物に慣れきっているソラは一番難度が高い地区を選択。

 

「うーん。ソラとビスケは大丈夫だろうけど、キルアは大丈夫かなぁ? いくら毒に耐性があるって言っても、ここはゲームの世界だから、キルアでも耐性のない毒がありそうだし、何より普通にゾンビを嫌がってたしなぁ……」

 

 そんな事を呟きながらゴンが地下墓地の出入り口、階段に到着すると同時に他二つの出入り口からも小柄な人影が出てきた。

 

『あ』

 

 ゴン・キルア・ビスケの同時到着で、ソラが一人負けという結果が決定してしまい、ゴンは勝ったことを喜ぶよりソラにちょっと同情した。

 キルアも同時到着はやや気まずそうだが、それでもソラに勝ったことは彼としてはちょっと嬉しいのか「なんだよ、あいつまだなんだ」と鼻歌まじりにソラが向かって行った地区に視線をやる。

 

「あの子、この手の実物には眼を使うから逆に、慣れない使わない状況に手間取ってるのかもね」

「でもソラ、相手が幽霊でもゾンビでも最初に出るのは直死よりも足だよね」

 

 ビスケが珍しくソラが手間取ってる理由を推測すると、ゴンはちょっと笑ってソラの足癖の悪さを指摘し、その発言にビスケとキルアは受けて笑う。

 笑いながらちょっとソラのホラークラッシャーぶりを思い出し、それぞれソラがやらかした幽霊側に対して同情してしまう話で盛り上がるのだが……さすがにそのまま1時間経ってもソラが「あれ!? 私が一番最後!?」と言って現れないことに疑問と不安を懐き始めた。

 

「……さすがに遅過ぎねぇか?」

 

 キルアがソラが向かったはずの地区の出入り口を、ほんの少し悪い顔色で睨み付けて言う。

 同じくそちらを眺めながら、ビスケは腕組みして首を傾げた。

 

「そうね。でも、いくら直死禁止の縛りがあって、一番モンスターが多いと言ってもあの子がヤバくなるほどのモンスターはいないはずよ。ここのモンスターは数と幽霊系かゾンビ系かっていう割合が変化するだけで、種類は全部の地区共通のはずだし」

「だよね。もしかしたら、むしろソラからしたら楽勝すぎるから複数枚カードが手に入るように余分に霊魂を捕まえてるのかな?」

 

 ビスケの言葉に、ゴンも同意して他の可能性を語る。

 どちらも最悪の事態を想定していない訳ではないが、ソラの実力も反則具合も知っていればいくら数が多くてもあの程度のモンスターにソラがやられるとは思えないので、今の所不安は少ないらしい。

 

 そしてキルアも二人よりは多く不安を懐くが、それでもやはり自分が相手して倒したゾンビや幽霊系モンスターを思い返せば「あいつが負ける訳ない」という結論に達するので、キルア自身も自分の不安を振り切るように言った。

 

「そうだな。っていうかあいつ、何か勘違いしてモンスターの霊魂じゃなくて本物の幽霊を集めてたりして……」

 

 軽口のつもりで言ったセリフだが、しばしその場に沈黙が落ちる。

 10秒ほどの沈黙のあと、誰も何も言わなかったが3人全員が同時にソラが向かった地区にダッシュで向かって、それぞれソラの名を呼んで探す。

 

「! どうしたのー、皆ー? けどちょうど良かったー。ねー、これどうやったらカード化すんの!? いくらボコっても全然カード化しないんだけど!!」

「する訳ねぇだろ!!」

 

 3人に呼ばれていることに気付いたソラが、呑気にゾンビも幽霊も蹴り飛ばしながら手を振って答え、ついでに逆の手で首根っこを掴んでぐったりしている半透明の男をずいっと突き出して尋ねると同時に、キルアが具現化したバインダーを剛速球で投げつけた。

 

 キルアの軽口、大当たりである。

 

 その後、ソラの勘違いでボコられた実力不足でここのモンスターにやられた事で生まれた死者の念は、モンスターの仕業に見せかけて他のプレイヤーも逆恨みで襲っていたことが判明したため、ソラの直死でさっくり除念。

 不幸中の幸いか、この死者の念が現れる地区が一番難易度が高い為プレイヤーが滅多に来ないことと、この死者の念がプレイヤーを殺すことよりも精神的に甚振ってビビらせてプライドをへし折ることに執着していた為、死ぬより屈辱的な目に遭った者はいたかもしれないが、このダンジョンで死人は意外なことにこいつだけだった。

 

 そんな、ある意味では生存率向上に貢献したのに感謝はもちろんされないどころか、ここまで踏んだり蹴ったりな目に遭っても同情されない幽霊も珍しいなとゴンやキルア、ビスケだけではなく後でこの死者の念の存在を知ったG・Mたちも思ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【4:No,56 思い出写真館  B-25】

 

 

 またしてもとある森の中。

 

「キキキッ! 『ブック』!」

「ぎゃーっ!! このクソ猿ーーっっ!!」

「ビスケ! 『声真似サル』はいいから『すりとリス』の方を気を付けて!!」

「おいソラ! 何でリスに攻撃しねーんだよ!!」

「無理! 可愛すぎる!! あれを捕まえるのならともかく、攻撃は無理!!」

「言ってる場合かーーっ! これくらい蹴飛ばしなさ……ごめん! 無理だったわさ! 小首傾げるのが! つぶらな眼が可愛すぎる!!」

「おめーもかよ!!」

「ビスケ! わかったからバインダーをしまって!!」

 

 プレイヤーの声を真似て、必要ないのに「ブック」を唱えてバインダーを具現化させる「声真似サル」と、具現化されたバインダーのフリーポケットカードをランダムですり取っていく「すりとリス」というモンスターのコンボに4人は軽く泣きそうになりながらも、何とかバインダー内の呪文(スペル)カードを死守して先に進んだところで、ゴンが泉を見つけて弾んだ声を上げる。

 

「! あった! 『時忘れの泉』があったよ!」

 

 4人の目当ては、No,56のカードである「思い出写真館」を得るためのアイテム、「時忘れの泉水」。

 

 No,56のカード入手イベントは、No,64「魔女の媚薬」とほぼ同じ、素材集め系のクエスト。

 その名の通り過去の姿や思い出を写真にして現像してくれる写真館なのだが、その写真を現像するには「水面を覗き込んだら過去の姿が見える」という泉の水が必要なのだが、年老いた店主では取りに行けないから代わりに採取してくれという設定である。

 

 ランクがBなのと、「魔女の媚薬」と違って必要なのはこの「時忘れの泉水」一つだけだったので楽勝かと思っていたら、ちょっと甘かったことを全員が既に思い知った。

 

 森に生息するモンスター自体は強くないというか、戦闘能力持ちのモンスターはいない。が、前述の「声真似サル」と「すりとリス」のコンボが凶悪すぎた。

 フリーポケットを空っぽにしておくか、取られても惜しくない物だけ入れておけば放っておいてもいいように思えるが、そうはいかない。

 

 呪文(スペル)カードをゼロにしてこのイベントをクリアしたら、間違いなくゴン達がアントキバで「真実の剣」を奪われた時の二の舞になるというもあるが、それはチームでプレイしているのなら「誰かに呪文(スペル)カード全部預けて、預かっている者は森の外で待っててもらう」という手段で十分防げるので些末なこと。

 このクエストの鬼畜要素は、必要素材は一種だが「これに入れてきてくれ」と店主が渡してきた樽で10という数だ……。

 

 行きの段階で入れ物である樽をリスに奪われ、制限時間切れで強制ゲインされるのはまだ良い。

 樽の中に泉の水を入れたら、「空の樽」から「時忘れの泉水」というアイテム扱いになって再びカード化されるので、カード化解除されても運べる数の内なら問題ない。

 

 地獄なのは帰りに、中身入りの樽を強制ゲインされること。その訳は言うまでもないだろう。

 これを防ぐには、「時忘れの泉水」を手に入れたら即行で移動系の呪文カードを使って森を脱出するしかないので、どちらにせよ行きか帰りかでフリーポケットを死守せねばならない。

 

 幸いながらゴン達は「同行(アカンパニー)」(ついでにSランクの「堅牢(プリズン)」)を守り切ったので、ここまで来たら今度こそ楽勝と全員が思いながらそれぞれ店主から預かった樽をゲインでカード化解除をしていたのだが……このゲームはさすがジン制作。

 陰険ではないのだが、とことん性格が悪い。

 

『!?』

 

 ザパン! というと派手な水音に驚きつつ、四人は泉に視線を向ける。

 臨戦態勢をビスケすら取らなかったのは、その音の主から殺気や敵意の類は一切感じられず、全員が敵とも脅威だとも認識していなかったから。ただ単純に驚いただけだった。

 

 そしてその水音の原因を見て、今度は唖然。

 

『……は?』

 

 小学校のプール程の泉から、泉の半分ほどと思える大きさのナマズらしき魚が顔を出して、こちらを見ていた。

 その目にはやはり敵意の類はなく、そもそも脅威を感じてなくても癖になっている“凝”を全員が行って、このナマズはほとんどオーラを覆ってすらいない、ルーチン通りの言動しか出来ないNPCと変わりない存在であることを察している。

 

 しかしこのタイミングで敵ではなくNPCとしてナマズ登場は、ゲーム慣れしてないゴンとビスケはもちろん、キルアとソラもゲーム慣れしてテンプレを知っているからこそ、この展開は意味不明すぎて反応のしようがなかった。

 

 なので茫然とそのナマズと見つめ合うしかなかったのだが、ナマズはぬぼーとした目つきで4人を睥睨したかと思えばいきなりノーモーションで口から泉の水をごばっと盛大に吐き出して、4人はやはり敵意もなければ予備動作等が全くなかったのもあって頭から全員が水を引っ被る。

 

「うわっ!」

「冷たっ!」

「え、何これ攻撃!?」

「その割には泉に帰っていくんだけど!?」

 

 4人に泉の水をぶっかけたら、そのままトプンと静かに泉に沈んでいった大ナマズに一同はもう一回、唖然。

 何が何だかわからなかった。水を掛けられて感じた違和感は、その水の冷たさと濡れてまとわりつく衣服の気持ち悪さ、そしてナマズの行動の意味不明さに紛れて気付かない。

 

 下手したら、ソラ以外の3人はこの後も気づかなかったかもしれない。気付くほど、彼らに変化はなかったから。

 

「……えっと、どうする?」

「……とりあえず水を汲もうぜ」

「そうね。着替えるのは、水を手に入れて街に戻ってからにしましょ」

「ついでに宿とってお風呂も入ろーよ。風邪ひきそ……あれ?」

 

 数秒ほどナマズが消えた水面を茫然と見つめていたが、ゴンが初めに困惑しつつも尋ねるとキルアがもはや理解を諦めて、ビスケも疲れたような口調でさっさとクエストを完了させることを提案し、ソラは自分の髪を絞りながら希望を述べて気付く。

 

 自分自身の違和感。

 ダボダボなので体のラインがわからず、ソラの性別を不詳とさせる一因のツナギだが、袖の長さはぴったりだったはずなのに今は掌の半分を隠すほど袖が余っていることに。

 

 そしてソラの上げた疑問の声に反応して思わず彼女を見た3人は、3度目の唖然。しかしナマズの登場と退場よりもはるかに衝撃的な為、3人は目を限界まで見開いて、言葉を失っている。

 そんな3人の反応と、自分自身の違和感、起こった変化が理解できないままソラは気まずげに笑いながら小首を傾げる。

 

 

 

 

 

 …………どこからどう見ても10歳前後の姿で、彼女は小首を傾げて3人の反応を待った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。