死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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146:君の敵は私の敵

 脱げそうとまでは言わないが、明らかにサイズが合っていないツナギ。

 身長はキルアよりまだ高いが、それでもその差は5cm未満にまで縮まっている。

 顔立ちも相変わらず男女の美点を奇跡的なバランスで取り揃えた稀有な美貌なのだが、つい数分前と比べたら明らかに幼い。

 

 だが時が巻き戻った訳ではない事を、色素が抜けきった髪と蒼玉の眼が証明している。

 

 そんな自分の現状を認識しているのか怪しいポカン顔で、どんなに大きく見積もっても13歳以上は有り得ないと思えるロリなソラは固まっているし、ソラ以上に現状が理解出来ない3人は呆気に取られて、お互いが見詰め合うこと数秒……。

 

「……ど、どういうことだわさ!?」

 

 真っ先に動いたのはビスケだった。

 彼女は唇を戦慄かせて呟き、自分とやけに目線が近くなってしまったソラの肩を掴んで叫ぶ。

 

「何これ、どういうこと羨ましい! あんたはまだ若返る必要皆無でしょうが羨ましい!! なんであんたがこんなお肌ぷりぷりの超絶羨ましいことになってんのよ私にも教えなさい!!」

「「本音を少しは隠せ、ババア!!」」

 

 ソラを一切心配してないというか素で心配すべき事態だと気付かないまま、鼻息荒く掴みかかって羨ましいを連呼するビスケに、ソラとキルアが前後からどついて突っ込む。

 どつかれてさすがにビスケも、この状況で自分の言動は「ババア」と罵られて仕方がなかったことはわかっているのか、素直に「うん、ごめん」と謝って一旦ソラから離れる。

 

「え~と……、たぶん今のソラの状態ってあのナマズの所為だよね? でも、何でソラだけ?」

 

 ビスケの所為と言うべきかおかげと言うべきか、ひとまず全員が困惑と混乱の膠着状態から抜け出したので、ゴンが気を取り直してソラの現状の原因を推測するが、した端から疑問が浮かぶ。

 だがその疑問は、ソラがいつもより幼いがいつものようにケロッとした顔であっさり晴らす。

 

「……いや、たぶん私だけじゃない。君たちも多少は若返ってるよ」

『え?』

 

 その発言にゴンとキルアは普通に驚愕、ビスケの方は眼を輝かせて嬉しそうに声を上げる。懲りろ、ババア。

 一人嬉しそうなビスケをソラは無視して、余った袖を折りこんでまくりながら二人をじっくり観察して指摘する。

 

「二人とも、服が少し大きくなってない? 服よりも靴が君たちからしたらわかりやすいかも。顔立ちも心なしか、さっきより幼い気がするんだけど……」

 

 言われてゴンとキルアはお互いの顔を見合わせたり、自分の服や靴を確認する。

 顔に関しては「言われて見れば……そうかな?」程度にしか思えないが、服は確かに水に濡れて体に張り付いている所為でわかりにくいが、やや大きく感じる。

 靴に関してはもっとわかりやすい。つい先ほどまで間違いなくピッタリサイズだったはずの靴が、歩いていたら脱げるという程ではないが、カポカポと音が鳴る。明らかにオーバーサイズだ。

 

「水の力か、ナマズの力か、それとも両方が合わさって起こる効果なのか知らないけど、どうもあの水を被ったら『(マイナス)何歳若返る』じゃなくて、『一律10歳くらいまで若返る』みたいだね」

「あー……まぁ、こんな効果にするならそうするしかねぇよな。-5,6歳程度じゃ効果に気付けない歳のプレイヤーが大半だし、10歳以上にしたら生まれる前まで遡る奴はいなくても、俺やゴンみたいに2,3歳の幼児になっちまうプレイヤーが出てくるかもしれねーし。さすがに10歳以下のプレイヤーはいないと仮定して、年齢の方に設定するのが一番無難っちゃ無難か」

 

 自分たちも例外ではなかったことに気付いて納得しつつも、今度は何でソラと自分たちでは若返っている年数に差があるのかを疑問に思えば、それもソラがさっさと答え、キルアも即座に理解して納得する。

 ゴンもキルアの補足に「なるほど」と頷いて納得するが、しかし彼はまたすぐに他の疑問に思いつき、首を傾げた。

 

「……このイベント、何か意味あるのかな?」

「ないんじゃない? 『魔女の薬』シリーズで『魔女の若返り薬』ってアイテムがあるから、それに関係してるかもしれないけど、少なくともここで起こるこのイベントはたぶん恒常的なイベントじゃなくて、低確率のランダムで起こる開発者(ゲームマスター)側の遊び心だよ」

「なんでそう言い切れるんだよ?」

 

 身も蓋もない根本的な疑問をゴンが口にすると、ソラはやや呆れたような苦笑をしながら即答し、キルアはそう思う根拠を尋ねる。

 するとソラは、何とも複雑そうな顔をして指をさす。その複雑そうな顔は、最低すぎる絶叫をしながら走る回るマンドラゴラを見るゴンとよく似ていた。

 

 念能力で少女の姿を保っているのではなく、本物の少女にまで若返っていることに気付いて、自分の玉の肌に触れてうっとりし続けているビスケを指さし、言った。

 

「恒常的なイベントなら、多少は情報が入るでしょ。そんで、こんな効果があるイベントならあのババアが後回しにする訳がない。まず真っ先に攻略しようとするはず」

「「なるほど」」

 

 ソラの根拠に、キルアだけではなくゴンも力強く頷いた。

 さすがにソラの発言と二人の納得は耳に届いていたようで、ビスケは「悪かったわね!!」と怒鳴り返す。怒鳴り返すだけで殴りはしない時点で、言われていることは失礼な邪推ではなく図星であることを証明している為、ソラだけではなくゴンとキルアも複雑そうな顔をして溜息を吐いた。

 

 その反応にムカつきつつも、反論は墓穴を掘るだけだという事もわかっているビスケは、これ以上師匠としての威厳やら何やらが損なわれないように、自分が現状に大喜びしているという事実から話を逸らす。

 

「……まぁ、ゲーム内のイベントなら、このまま若返り続けるとか一生元に戻らないみたいな事態にはならないでしょう。でも、どうするこれから?」

「ここまで来たんだから、予定通り水汲んで『同行(アカンパニー)』で帰ろうよ。私の推測通り、『意味自体は特にない、お遊び要素』でしかないなら、森から出た時点で解ける可能性が高いし。

 ……師匠、『ここに住む』とか言わないでよ」

「い、言う訳ないじゃない!!」

 

 しかし話は逸らせてなかった。

 ソラが提案すると同時にジト目でビスケに注意を促すと、かろうじて即答したがその顔は饒舌に「何故ばれた!?」と語っていた。わからない訳ねぇだろ。

 

 なお、この後ビスケがこの泉の水を余計に欲しがり、入れ物をその辺の街に買いに行っても戻って来る為に「再来(リターン)」と「磁力(マグネティックフォース)」を使おうとして、弟子3人と大喧嘩になった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 G・Iのとある街。公園のベンチの片隅で子供が自作と思わしき切り絵の紙人形を弄って座っていた。

 それだけなら持っているものは珍しいが、それでもまぁ普通の子供と言えただろう。

 

 だが、その子供はどう見ても普通ではない。

 

 豪奢な振袖を完璧に着こなした、艶やかなおかっぱ頭が似合う美少女と思わしき子どもという時点で、色んな意味で目を引いて普通ではないと言えるかもしれないが、それすらも些末なこと。

 

 異常なのは、それほど目立つ容姿でありながらルーチン通りの行動しか取らないNPCはともかく、生身であるプレイヤー達もその座敷童のような子供に全く視線を向けない。誰もその子供の存在に気付いていないこと。

 

 気付いたら二度見間違いなしな子供は、完璧な“陰”で自分の気配を最低限にすることで、堂々と隠密行動を取る。

 こっそりと仕込んだ、盗聴器代わりの紙人形から伝わる会話を子供とは思えぬほど冷ややかな無表情で子供……カルト=ゾルディックは聞いていた。

 

《シャル、本気であの子供を入れる気?》

《うん、ゾルディックなら実力はお墨付きだし、条件をクリアしてくれたら団長だって文句は言わないはずだよ》

《そこはあたしだってそう思うけど、でもあの子供はソラ=シキオリの……》

《だからこそだよ、マチ。カルト=ゾルディックがソラ=シキオリに懐いてて、あいつもカルトに甘いのなら人質に最適って事じゃん。パクも、カルトは旅団(おれたち)に興味はないけど、入団理由にソラ=シキオリは無関係だって断言してたから、今のところは側に置いといて損はないよ》

《……まぁ、確かに見張りの意味合いでも側に置けたら好都合か》

 

「……はぁ。あのパクノダって女、本当に反則」

 

 そこまで聞いて呟いたカルトの表情は、年相応な子供のものとなっていた。子供らしく、上手くいかない現状にふてくされて唇を尖らせる。

 しかし元から信頼されないのはわかっていた、警戒心も自分の入団を認める理由も想定の範囲内なので、良くはないが悪くもないと自分に言い聞かせて能力を解く。

 

 それからカルトは旅団から出された「条件」をクリアするために動こうかと考えるが、どうしてもやる気は起きない。

 悪くはないと言い聞かせても、自分が望むものは何も手に入っていない、むしろ遠回りばかりしているんじゃないかという思いがどうしても消えず、それがカルトのやる気を削ぐ。

 

「……我ながら何してんだか?」

 

 そう自嘲の独り言を零しながら、思い返す。自分の行動や選択は間違っていないと自分自身に言い聞かせるようにカルトは現状に至る経緯を回想しはじめた。

 

 跡取りのキルア程ではなかったが、末っ子という事でカルトもそれなりにゾルディック家では過保護に箱入りに育てられ、そしてキルアと違ってゾルディック家という箱庭が世界の全てであることにカルトは不満を懐いていなかった。

 

 そんな彼の転機は、言わずもがな去年の9月のヨークシン。

 自分のいたい場所も、していることも否定せずに肯定したまま、全く別の価値観をくれる人の体を使った、自分どころか長兄すら子供のようにあしらう「異常」そのものの言葉が、カルトをゾルディックという箱庭から飛び立たせた。

 

『愛してほしいからといって、己を殺す必要などない。

 お前は十分、特別でなくともただそのままのお前自身で愛されている。少なくとも、マスターは間違いなく特別ではない、ただ一人の誰でもないカルトとしてお前を愛しているし、そして俺も、何の見返りもなくマスターを案じてくれたお前に感謝している』

 

 その言葉だけも、十分すぎるほどに嬉しかった。

 だけど、それだけならカルトはやはりあの箱庭から出る事はなかった。少なくとも幻影旅団に入団なんて、下手したら自分の家族と敵対するかもしれないことなど考えもつかなかった。

 

 あの何もかも見透かすような目を持つ人が兄に言った言葉が、カルトの中で押し殺していた望みを解き放った。

 

『殺しに携わる者が、家族とて他者を慈しむのを見せていけないとでも思っているのか?』

 

 ゾルディックにふさわしくない者は、容赦なく捨てられると思っていた。

 きっと自分と同じ呪縛に、兄も囚われている。だからこそ、兄の教育は心が凍りつきそうなほど怖かった。

 けれどそれは自分を「特別ではないただ一人」として愛して、捨てたくないと強く思っていてくれているからこそ、ゾルディックにふさわしい「特別」にしなくてはいけないという酷い矛盾だったと思えば、怖さが完全に消えることはないが、今までよりはるかに心が軽くなった。

 

 自分の家が、何の迷いもなく好きだと言えるようになった。

 だからこそ、カルトは家から出た。

 

 もちろん母はヒステリックに叫んで反対したが、父は案外あっさりと賛成してくれた。

 おそらく、カルト自身が「キルア兄さんみたいに、暗殺業が嫌になった訳じゃない。絶対に家に帰ってくる。むしろ家の為にもっと強くなりたいし、世界を知りたい」と訴えたからこその許可だろう。

 

 その信頼が嬉しくて誇らしかったが、だからこそカルトは少し罪悪感を抱えている。

 父に言った事、家を出る理由に嘘は何一つとしてない。

 だけど、カルトが望む「家の為に強くなりたい、世界を知りたい」理由にして目的はおそらく、父が望んで想定しているものとは違う。

 

 カルトは、ゾルディックの最深に封じられている「兄」を取り戻す為に、外に出た。

 

 得体のしれない「何か」に奪われた「兄」を取り戻す術を、「何か」に恐れることなく立ち向かう強さを欲したからこそ、あの箱庭から飛び出したのだ。

 

 それが何故、今は幻影旅団と一緒にG・Iの中にいるのかと言えば、割と成り行きとしか言いようがない。

 

 カルトが望む「兄」を取り戻す術も「何か」に立ち向かう強さも、それはゾルディック家の中にはない。

 故に「あれ」は家の一番深い所に封じるしかないことをわかっているからこそ、外に求めたのは良いが、箱入りのカルトには自分が求めるものを得るには、どこに向かって何するのがベストなのかはわからなかった。

 

 だから、ひとまず単純に強さを求めて自分の父や祖父ですらどちらかが犠牲になる覚悟でないと仕留め切れなかったであろう男が首領の盗賊、「幻影旅団」への入団を求めた。

 入団理由に旅団そのものは何も関係ない。旅団である必要性などなかった。

 

 ただただ単純に、家族や敵以外の念能力者を間近で見て成長したいという思いと、自分の家とは違う方向性で裏社会に精通している彼らの元で世界を学ぼうと思っただけだ。

 他に理由があるとしたら、長兄が旅団の首領と接点があったから、全く知らない奴等の元よりマシと思ったぐらいだろう。

 

 完全な子供の浅知恵であると、さすがに今ではカルトも自覚して反省している。

 だが、カルトがソラ=シキオリと接点があることが旅団(クモ)にとって好都合だった為、カルトは門前払いされることなく旅団のNo,4“候補”として扱われている。

 

 今のカルトはあくまで「候補」であって、正式な団員ではない。

 紙人形のシャルナークが言った通り、カルトはある条件を満たせば団員として認めると言われている、いわば現在は試験期間中である。

 そしてその条件は、「除念師を見つける」事。

 

 その条件を思い出し、カルトは紅葉のような手をぎゅっと握りしめる。爪が掌に食い込んで血が滲むほどに強く強く握りこんで、湧き上がってくる怒りや屈辱を抑え込んだ。

 

 自分が旅団からあまり信用されていないことはわかっている。

 旅団に入団を求めた時点で、パクノダという女にカルトの情報はほとんど抜かれてしまっており、その所為でソラとの接点どころかカルトがソラを慕っていることもばれている。

 

 ただパクノダの能力が優秀なのもあって、慕っているが入団理由にソラは一切何の関係もないこと、旅団とソラの因縁をカルトが知らなかったことも証明されているため、カルトがソラのスパイだという疑いはかけられずに済んだ。

 

 ついでにゾルディック家を敵に回したくないのか、ゾルディック家そのものに関しての質問はしてこなかった。

 記憶を読み取る能力者の存在を想像せず、無防備に旅団と関わった自分の浅はかさをカルトは後悔しているが、世間知らずな子供なのは間違いないが決してバカではないカルトは、パクノダの能力は触れるだけで好き勝手にこちらの情報を抜き取れるものではないことくらい、かなり早い段階で把握しているので、それは確信を持って言える。

 

 だがそんなの、何の救いにもならない。カルトが愚かで利用されるだけの子供であることを嫌というほど思い知らせる事実に歯噛みしながら、カルトは誓いを口にする。

 

「……絶対に見つけてやる」

 

 旅団が出した「条件」が口先だけであることくらい、カルトはわかっている。

 旅団としてカルトは側に置いておきたいが、正式な団員としてはむしろ欲しくない相手であることを先ほどのシャルナークとマチの会話が証明している。

 

 ソラに対して人質になる自分は好都合だが、ソラに旅団(じぶんたち)の情報を流すユダになりかねないカルトはこのまま、「団員候補」として飼い殺しが理想。

 カルトの想像通りなら、パクノダの能力は「団員(なかま)の記憶は読まない」という制約がある。「団員候補」はパクノダにとって制約に抵触しないのだろうが、正式に仲間になってしまえばカルトから情報を抜くことが出来なくなってしまうからこそ、この立場が彼らにとって一番都合がいい。

 

 だから、期待していない「除念師を見つける事」を条件にしたことくらいわかっている。

 しかし口先だけとはいえ、その条件を満たせば旅団はカルトの正式加入を認めざるを得なくなるのもわかっている。

 

 家を出た立場で頼るのは情けなくて嫌なのだが、カルトにはゾルディックと言う強力な後ろ盾がある。

 カルト個人やソラに関しての情報は抜こうとしているが、ゾルディックの情報は抜こうとしないことからして、契約書などを交わした訳ではない口約束でも、それを反故してゾルディック家を敵に回す真似はしないであろうというのは、カルトの楽観的な希望的観測ではない。

 

 削がれていたやる気は、怒りと屈辱が補完して蘇る。

 自分の目的に対して旅団に入団することは、遠回りどころか無意味なことかもしれないが、このまま家に帰って家の威光に頼るのだけは嫌だった。

 だからカルトは少なくとも、自分とゾルディック家の汚名返上のつもりで、全く期待されていない「除念師探し」を遂行してやろうと再び決心してベンチから降りる。

 

 だが、その決心を行動に移す前にやる気はまた別の意味で削がれてしまう。

 

「カルト?」

 

「何でここにいるの?」という副音声が見て取れる困惑の声が、自分を呼んだ。

 その副音声と全く同じことをカルトは思いながら、勢いよく振り返る。

 

 そしてそのまま、黒目がちな大きな瞳をまん丸く見開いて固まった。

 

 そこにいたのは、カルトとは方向性が違うがカルトと同じくらいに「人形のよう」と形容される美少女。

 ゴシックロリータ調の黒いワンピースに、母がよく被っているボンネットという帽子という時点でまさしく「人形のよう」としか言えないが、それ以上に人形の印象を強めるのは手足が人形のような球間接になっている事。

 

 そのことに気付いてカルトは一瞬驚くが、よく見るとその関節部は本物の球間接ではなく、ただ単にそういうデザインの印刷がされているタイツと長手袋を身に纏っているだけだった。

 が、正直言ってそれが本物でないことの方がカルトにとっては不自然に思える。

 

 それほど、そのゴシックロリータ姿の少女は美しい。

 

 ノーメイクでありながら、派手なゴシックロリータの服装に一切浮いていないだけでも奇跡的だというのに、取り澄ました無表情ではなく実に人間らしいポカンとした顔でも、その格好に調和している美貌は自然に生まれたものとは思えないが、同時に人間の手で作り出せるとは思えない。

 

 ……そんなことを現実逃避気味に思いながら、いつまでも見詰め合ってても話が進まないとどこか冷静な自分が頭で囁き、カルトは確信しているくせに「信じられない」という思いを込めて、相手に確認を取る。

 

 

 

「…………え? ソラ?」

 

 

 

 カルトの言葉に10歳ほどのゴシックロリータファッションで白髪を三つ編みお下げにした奇跡的な美少女は、顔を赤くしてワンピースの裾を翻して逃げ出しながら叫ぶ。

 

「人違いです!!」

 

 * * *

 

 カルトが「旅団は自分を人質のつもりで飼殺す気しかない」ことを思い出し、怒りと屈辱がわずかに纏っていたオーラの量調節を乱して“陰”が解け、薄れていた気配が現れた。

 その唐突な気配の出現にソラは思わず反応して、反射的にそちらに視線を向けただけだった。

 

 そして、その視線の先に見覚えがありすぎる子供の姿を見つけてしまったので、思わずその名が声に出ただけ。

 自分の現在の姿も格好も、その時ばかりは忘れていた。

 

 呪文(スペル)カードで近隣の街に戻っても、ソラ達は元の年齢の姿に戻りはしなかった。

 おそらくこの若返りの効果は、範囲限定ではなく時間経過で解けるものだろう。そのことに疑いは誰もしなかった。

 

 それは、もういくつかのカード獲得のためのイベントをこなしてきたので、このG・Iというゲームの傾向はゲーム慣れしてないゴンやビスケでもだいたい把握しているから。

 

 このG・Iはプレイヤー狩り以外にも死の危険性があるのだが、それでもソラやキルアといったゲーム慣れしている者から見たらこのゲームは、かなりユーザーフレンドリーなゲームである。

 本人参加型のゲームなので、死んで覚えるコンテニュー前提の初見殺しデストラップがないというのもあるが、それだけではない。

 

 ジンの素直ではない親心によるものなのか、ゲーム攻略で起こりうる死亡フラグにはさりげなくイベント内で警告や攻略のヒントを与えているので、丁寧に攻略していればイベントそのもので死ぬのはよほど運が悪い……たとえば5%の大凶を引くぐらいの不運でない限り、攻略自体は詰んでも死ぬことはまずない。

 

 なので、事前に何の警告もなければ、起こってもそれを解消するためのヒントも全く与えられない現状からして、自分たちの若返りというこのアクシデントはソラの言う通り、起こらなくてもデメリットは特になく、起こっても驚くぐらいで終わる、まさしく開発者側の遊び心でしかないと確信している。

 

 子供の姿になってもオーラ量などに変化がないので戦闘面にも大きなデメリットがない事からしても、その憶測が真実に近いと裏付けている。

 なので、とりあえず今日一日はこれ以上ゲーム攻略の為には動かず、念の為に様子を見ようという意見で統一されたのだが……そこから何故ソラが最も嫌がりそうな格好をして、一人で街の中を歩いていたかというと、端的に言うとソラの自業自得とビスケの八つ当たりである。

 

 ビスケが泉の水に若返りの効果があると思って、余分に水を欲しがったのを弟子3人が大反対したのがきっかけだ。

 ソラとキルアが反対した理由は、そんなものの為に余分に呪文カードを使うな! という身も蓋もないものなのだが、ゴンだけは真剣に心から、ビスケも似たような能力を使っているとはいえ、上辺だけを誤魔化しているビスケと違ってガチで若返らせている能力がノーリスクな訳がないという、ビスケを案じての反対をしていた。

 

 その反対理由に、さすがのビスケも自分の欲望丸出し加減を恥じ入って、そのままゴンが説得を続けていたら素直に反省して諦めただろうが……この女はゴンに便乗してよりにもよってなことを真顔で言い放った。

 

『そうだよ師匠! もう今で十分妖怪なんだから、ロリババアなんて変態ホイホイな妖怪よりも綺麗で可愛い普通の人間のおばあちゃんを目指そうよ!!

 大丈夫、師匠が妖怪じみてるのは今と真の姿のギャップであって、師匠自体は美人だから下手に若作りし続ける方が痛々しくて妖怪っぽいよ!!』

 

 この発言に、もちろんビスケは「誰が妖怪だ!?」とブチキレたのは言うまでもない。

 しかし困ったことにこの発言、ソラからしたらおふざけ程度の悪気すらない、妖怪並の若作りも珍しくないし、そういう奴ほど重ねた年月分だけ魂が腐って歪んで本物の妖怪に成り果てたとしか思えない魔術師を見てきたソラからしたら、ゴンの心配と同じくらいに他意のない本心からの言葉だった。

 

 なのでビスケも怒りの気勢が削がれてしまい、「他になんかもっと言い方があるでしょう!?」ぐらいにしかそれ以上はキレられなくなったというカオス。

 しかし悪気がなかったのも、本気で若さに執着しすぎることを心配したのもわかったが、ソラの発言にムカついたことには変わらない。

 

 なので泉の水を諦める代わりに、ビスケは八つ当たりと暇つぶし、そして親心に近い「せっかく素材は良いんだから」という思いでやらかしたソラの暴言に対する逆襲が、現在の格好。

 ようは、ビスケの着せ替え人形になったのだ。

 

 ただビスケが持っていた服を着せられ、髪を弄られてまさしくお人形さん扱いされるだけなら、ソラとしては嫌だがまだ耐えれた。

 耐えられなかったのは、あまりにいい出来だったのでテンション上がったビスケがゴンとキルアにも見せようと二人を呼びに行ったこと。

 同性のビスケならまだ耐えれたが、顔見知りの異性にソラ自身が勝手に「自分には最も似合わない」と思っている格好を見られるのだけは耐えられず、宿屋の壁を直死で破壊して逃げ出した結果が現在の状況。

 

 ……そんな「顔見知りの異性に見られたくない」の一心で逃げ出したソラが、子供とはいえ「顔見知りの異性」であるカルトに見られたのならとる行動は、逃亡一択。

 だからカルトの困惑多大な「ソラ?」という確認の言葉に、「人違いです!!」と言い張って逃げ出した。

 

 だが、それに納得するカルトではなかった。

 

「いや、嘘でしょ!? え!? でもなんでソラがここに、僕ぐらいの歳になって、っていうかソラ! その格好何!? 女らしい恰好嫌いじゃなかったの!? ねぇ、ソラ! 待ってよ!!」

「ぎゃーーっっ!! わかった! わかったから名前を連呼しないで!!」

 

 悪気なくカルトがソラの名前を連呼して、そのまま追っかけてくるのでソラはくるっとUターンしてカルトの元に戻って来ると同時に、カルトの口を塞いでそのまま路地裏に引っ込む。

 ソラの姿も格好も、何で自分がソラに口をふさがれて路地裏に連れ込まれたのかもカルトにはわからず困惑するが、ソラが自分に危害をくわえる訳がないと信頼している為、彼は大人しくされるがままにされていた。

 

 そしてしばらくして、ソラが何で自分を連れて隠れたのかは理解出来た。

 

「ねぇ、さっきソラの声とソラを呼ぶ声が聞こえたけど、いた!?」

「いねぇよ! あのアホ、どこに行きやがった!?」

「ソラ、ごめん! 調子乗りすぎた! だから帰って来なさい!!」

 

 大通りに自分の兄と、兄の友達だと名乗っていた少年、そして今のソラと似た格好をした見知らぬ少女がソラを探しているのを見て、「あぁ、ソラは僕の仕事に付き合った時と同じように無理やり着せられて、兄さんたちに見られるのを嫌がって逃げてたのか」と正しくソラの心理と状況を把握した。

 

 そしてカルトとしても、ここでキルアに会ったら面倒しか起こらないのはわかっているので、ソラが自分ごと隠れてくれたのは好都合だと思いながら、オーラを抑えてさらに気配を消す。

 自分たちのすぐ傍らにソラとカルトが潜んでいることに気付かぬまま、3人はものすごく豪快な逃亡をしでかしたソラを探しにまた3手に分かれて立ち去ったのを確認してから、ソラはようやくカルトの口から手を離して一息ついた。

 

 そしてカルトは、呆れたようなジト目で訊く。

 

「……ソラ、何してんの?」

「……もはや私がそれ訊きたい」

 

 両手で顔を覆い隠して、ソラは割と切実に訊き返した。

 

 * * *

 

「へぇ、歳まで変わっちゃうんだ。本当にゲームの世界みたいで良く出来てるね、ここ」

 

 とりあえずソラはもちろん、カルトもキルアと鉢合わせしたくないのでそのまま路地裏で気配を消しながらカルトはソラから話を聞き、率直な感想を口にした。

 感心はしてるようだがさほど驚いていないのは、長兄がそれこそ姿形をほぼ自由自在に変えられるので、カルトからしたら歳が10歳ほど若返るのはさほど珍しい能力ではないのかもしれない。

 

「けど、ソラ。その格好可愛いよ! 去年の仕事の時に着てたドレスは綺麗だったけど、今は本当にかわいい!! お母様がいたら絶対このまま家に連れて帰って娘にするって言いだしそうなぐらい!!」

「……カルト、気持ちは嬉しいけどそれ以上は何も言わないで。あと、キキョウさんには本当に絶対、このこと何も言わないで……。なんか色々と恐ろしいから……」

 

 カルトからしたら長兄の亜種のような能力より、ソラのゴシックロリータという格好の方がよっぽど珍しいからか、普段は青白い顔をやや紅潮させて興奮して、去年の出会った当初では信じられないぐらい素直にソラを褒めちぎる。

 が、この難儀なコンプレックスを持つ女からしたら褒め殺しこそ最も逃げ出したい反応なので、その場でしゃがみこんで顔を隠して懇願する。

 

 そんなソラの反応と、子供になってもまだ自分より背は高いが、それでもいつもの彼女よりはるかに小さなその背中がとてつもなく新鮮だからか、カルトは楽しそうに笑って「可愛いのにー」と追い打ちの言葉を掛ける。

 

「あーもう! カルトの方が抱きしめて持って帰りたいくらいに可愛いですよーだ!!

 っていうか、カルト! 何で君がここにいる!?」

 

 しかしその追い打ちをソラがヤケクソ気味に言い返した言葉が、カルトの突かれたくない所を突いてきた。

 いやむしろ、この問いはかなり今更なくらいである。

 

「……カルト?」

 

 ほぼ自分の今現在の格好から話を逸らす為に勢いだけに訊いた問いだが、答えられずにいるカルトに気づいてソラは顔を上げる。

 その顔はカルトの知るソラよりもはるかに幼い面差しでありながら、その瞳はカルトがよく知るものだった。

 

 美しすぎて見ていられなくなるくらい怖いのに、それでも見ていたいと思える優しい灯りを灯した眼。

 カルトが憧れる「大人」の眼で彼女は笑う。子供の面差しで、カルトが知る、カルトにいつも与えてくれた何もかも包み込むような笑顔を浮かべて尋ねる。

 

「カルト、どうしたの?」

 

 その柔らかな声音と笑顔に、何もかも吐き出してしまいたくなった。

 ゾルディックから出て思い知った、どうしようもなく自分は世間知らずな子供であること、その所為でカルトにとっては旅団より優先順位の高いソラを危険に晒す情報を向こうに与えてしまい、人質として飼い殺されている現状を、その悔しさを泣いて訴えたくなった。

 

 けど、カルトは唇を噛みしめて耐える。

 もうそんなことばかりして、甘やかしてもらって、手に入るものだけで満足して本当に欲しいものを諦め続けるのは嫌だからこそ、カルトは大好きな家から飛び出したのだから、ここで泣いて縋る訳にはいかない。

 

 本当なら、ソラだと気付いた時点で関わるべきではなかった。

 せっかくいくら容姿が似ていても、年齢といい恰好といい「ソラとよく似た赤の他人」と言われたら納得できる要素が取り揃っていたのだから、そうだと思って無視するのがベストだった。

 

 そうやって無視していれば、パクノダに記憶を読まれてもパクノダが「え? いや、まさか……ないない」と驚く程度で終わる話だったはずなのに、こうやって関わってしまったことで、カルトの記憶を読まれたら旅団にソラがG・I(ここ)にいる事、自分と接触したことを知られてしまう。

 

 接触した挙句に旅団の情報をソラに流してしまえば、カルトは裏切り者として処断される。ここでゾルディックの家名を恐れて日和る奴等ではないことを、まだ短い付き合いだがカルトは既に理解している。

 

 死ぬこと自体は家を出た時点で覚悟の上だが、こんな形で死ぬのは、死んで家族を悲しませるのは、ゾルディックの名に泥を塗るのは……、ソラを悲しませるのは嫌だった。

 

 だから俯いて黙りこんで何も言わないカルトを、目線が近いソラが同じく黙って見つめている。

 黙り込むカルトから、その沈黙から何かを読み取ろうとするように。

 

 そしてカルトも何も語らないが適当な嘘、「ミルキ兄さんがやっと手に入れたから、一緒にやってるんだ」とでも言って誤魔化せばいいのはわかっているのに、それをしないでそこから動くこともしない。

 彼自身も、自分の沈黙からソラに何かを知って欲しいと訴えるようにその場から動かない。

 

 そんな無為としか思えない願いと行動に時間をどれほど費やしたのか、数分程度だったのか、それとも1時間以上使ったのかもわからない。

 ただ、カルトにとって酷く長い時間、ソラは黙って真っ直ぐに自分を見ていてくれていたことだけはわかっている。

 

 二人の何かを訴え、そして読み取ろうとする沈黙を破ったのは二人のどちらかではなかった。

 

「カルト?」

「ん? あ、本当だ。何してんの、こんなとこで?」

「!?」

 

“陰”で気配を消していたつもりだが、ソラに知って欲しくて、知らないままでいて欲しくてという思いの矛盾でまたしてもオーラ調節が疎かになり、気付かれて後ろから声を掛けられる。

 旅団の、マチとシャルナークに。

 

「最悪だ!」と心の中で絶叫するが、逸る心臓の鼓動を何とか抑えつけてカルトは「……何でもないよ」と振り向きもせずそっけなく答える。

 

(落ち着け……。僕は元々こんな感じで話してるから不自然じゃないはずだ。……でも、ソラが……ソラが……)

 

 詳しい事情は正式に入団してからと言われているのでまだほとんど知らないが、それでも旅団がヨークシンでの出来事をきっかけに、ソラと「鎖野郎」を天敵認定してること、そしてその「鎖野郎」は先ほどいた兄の友達と一緒に自分の家であるククルーマウンテンまで来た一人であることくらいは知っている。

 

 団長の除念に関わる所為で今は手出しできないが、旅団は出来れば今すぐにでも「鎖野郎」とソラを殺したがっている事を知っている。

 マチとシャルナークは直接的な戦力はやや乏しく、そして旅団の中でもそこまで積極的にソラたちを殺したがっていないこともわかっているが、それでもここでソラと出会うのはまずいことくらいわかっているから、何とかして誤魔化さなくちゃ、けどどうやって? と泣きそうになりながらもカルトは必死に頭を動かす。

 

 だが、カルトのそんな思惑を知らないから、それともわかった上で甚振っているのか、マチとシャルナークは言った。

 

「カルト、そいつ何?」、と。

 

 その問いにカルトが答える前に、ソラは言った。

 

「……猫が逃げちゃったの。見つけてくれたらお礼に『ガルガイダー』をあげるから、探すの手伝ってくれる?」

 

「は?」と出かかった声を、何とかカルトは飲み込む。

 決してバカではない、むしろとっさの状況こそ冷静に頭を働かせて動き、生き残れと教育されているカルトは、ソラが俯きながらやや裏声で言い出したセリフで彼女の意図を察する。

 

「……NPC? ガルガイダーって何だっけ?」

「魚だね。食用魚。ランクは低いけど、結構高く売れるよ」

 

 下手に何かを言うより黙っている方が良いというカルトの判断は当たり。

 ソラのセリフに、マチとシャルナークは勝手に結論を出す。

 

 カルトの正面に立っていたので、後ろから話しかけてきたマチやシャルからソラの顔は丸見えかと思ったが、自分よりやや背が低くく、そして俯いているカルトの眼を見ようとしていたからソラ自身も少し俯き加減だったのと、ボンネットというやたらと大きくて顔が隠れる帽子のおかげで、彼らにはソラの顔が見えてなかったようだ。

 

 その為、二人にとってソラは「ゴスロリ姿の少女」でしかなく、ソラのセリフで彼らはソラをちょっとした小遣い稼ぎのイベント用NPCだと判断したらしい。

 

 二人の名誉のために一応言っておくと、マチもシャルナークもカルトを見つけ、そしてカルトが一人ではないことに気付いた時点で警戒して“凝”をしていた。

 しかしNPCが“念”で作られた人形だからこそ、“凝”で見たら能力者と同じく“纏”をしているように見えるので、“凝”で見るだけではNPCと能力者の見分けはほぼつかない。

 ソラが宝石を持っていれば、不自然にオーラが多く籠ったものを持っていることで気づかれたかもしれないが、幸いながらビスケに着せ替えられてすぐに逃げ出した為、今のソラは何も持っていないので不審な所はなく、ソラの目論み通り、二人がNPCと誤認したのは無理もないこと。

 

「猫が逃げちゃったの。見つけてくれたらお礼に『ガルガイダー』をあげるから、探すの手伝ってくれる?」

「何、カルト。こいつの依頼クエストを受けようとしてた?」

 

 ソラは更に自分をNPCっぽく見せる為に、声を誤魔化す意図もあってやや裏声で機械的に同じセリフを繰り返す。

 指定カード攻略イベントのNPCは、ほとんど生身の人間と変わらないほどに受け答えが自然だが、さすがに街のモブでしかないNPCや、ゲーム攻略に関係ない小遣い稼ぎ、ミニゲーム程度のイベント進行用NPCにリソースは多く割けない所為か、そういったNPCのセリフは棒読み気味なのでソラのやや不自然な口調もまた逆にNPCっぽく二人には感じられた。

 

 なのでシャルナークは疑った様子もなく、俯いているソラを指さしてカルトに尋ねるので、カルトもソラの助け舟を無駄にしないように不自然にならぬように心がけて答える。

 

「ちょっと話を聞いてみてただけ。ガルガイダーってのも、何か武器っぽい名前だから気になったんだけど、魚ならいらないや」

「ははっ、だよね。この名前、武器かと期待するよね」

 

 シャルナークの言葉にいつも通りそっけなく無愛想に、「僕はゲームになんか興味ないもん」という意地を見せつけて答えると、シャルナークはおかしげに笑って同意する。

 マチの方はまだソラの方をじっと見ているが、顔を上げろとは言わなかった。

 

 元々彼女はG・Iというゲームに興味がなく、プレイしていた連中も「ゲームのイベントをこなして」ではなく「他のプレイヤーを襲って」カードを得ている連中ばかりの所為で、まさか「10歳くらいに若返る、特に意味もないイベント」があることは想像さえもしていない為、さすがにこの眼の前の少女に何らかの違和感を覚えても、ソラと結びつけることが出来なかったようだ。

 

「猫が逃げちゃったの。見つけてくれたらお礼に『ガルガイダー』をあげるから、探すの手伝ってくれる?」

「はいはい。カルト、条件を忘れてない、俺たちの迷惑や邪魔になることはしないのなら別にイベントをこなしてもいいよ」

 

 ソラが融通の利かない機械的なNPCっぽく同じことを繰り返し、シャルナークはそれを適当にあしらいながらカルトに言う。

 表情と言葉こそは優しく思えるが、カルトは彼と同じ操作系だからこそわかっている。

 この男は「いざとなれば操作すればいいか」とでも思っているからこそ、自分に対しての寛大であることを。

 

 そしてそう考えて甘く見れるほど、自分は警戒するほどの力はないと思われていることもわかっている。

 

「興味ないって言ってるだろ!!」

「そう? 俺はなんだかんだでこのゲームに未だ興味あるよ」

「あっそ。なら勝手にしたら?」

 

 なので今度は完全なる素の反応を返すが、それでもやはりシャルナークは飄々とカルトをあしらい、マチは面倒くさそうに言い捨ててそのまま二人を放置して歩き出すので、シャルナークは慌ててマチの後を追う。

 

 勘のいいマチも気付かなったことにホッとしつつ、けれどそれはシャルナークと同じく「そこまで警戒する程じゃない」とカルトが思われている証明に思えて、カルトはまた悔しさに唇を噛みしめる。

 マチとシャルナークの会話を盗聴していた時、「良くもないが悪くもない」と自分に言い聞かせていた現状こそが、最も屈辱的だと思い知る。

 

 良くも悪くもないという事は、信用されていないが警戒もされていないという事。

 自分が今、一人で自由行動が許されているのも、二人があっさり離れて行ったのも全ては「いたら役に立つこともあるだろうけど、いなくてもいい。敵に回っても怖くない」という評価だという事を、カルトは馬鹿ではないからこそ理解してしまい、悔しくて仕方がなくて泣きたくなる。

 

 そんなカルトにソラはひっそり、静かに言う。

 

「猫が逃げちゃったの」

「いや、もうNPCのふりはいいから!!」

 

 * * *

 

 ソラのしつこいNPCのふりに悔しさの涙を吹っ飛ばして突っ込むと、ソラは俯いていた顔を上げて笑う。

 

「ははっ、そうだね、もう安心だ。

 ……それから、カルト。ありがとう。私の誤魔化しに即興でノッてくれて」

 

 言われた礼にカルトの頬は薄く紅潮して、眼を逸らして「……別にあれくらい」とキルアとよく似た反応をして、ソラは微笑ましくなる。

 だがカルトはソラがあまりにいつも通りの反応をしてくることがいたたまれなくなり、吹っ飛んだはずの涙がまたジワリと視界を滲ませる。

 

「え!? ちょっ、カルトどうしたの!?」

「……ソラは、何も訊かないの?」

 

 先ほど以上に今にも泣きそうになっているカルトにソラが狼狽えると、カルトはごしごしと乱暴に眼をこすりながらソラに尋ねる。

 自分と旅団が、それなりに親しく話していること。シャルナークが言った「条件」とは何なのかを何故、全く尋ねないのかをカルトの方が問い詰める。

 

「え? カルトが言いたくないのなら聞かないし、後ぶっちゃけ、もうだいたい事情は想像ついてるから。

 君、旅団に入っただろ? いや、あいつが『条件』とか言ってたから今は試験期間中ってとこかな? その動機はサッパリだけど、そこさえわかれば君がG・I(ここ)にいる理由も、何で話さなかったのかもわかるよ」

 

 しかしカルトと違ってソラは、あまりにもあっさり答えてくる。

 そして、踏み込んでくる。カルトが線を引いた境界線を、踏み越える。

 

「……君が何も言わなかったのは、私を守ろうとしてくれていたんだろう?」

 

 何もかも既に、理解されていた。

 

「君が何で大好きな家を出て、旅団に入りたがってんのかはサッパリだけど、旅団(あいつら)より私のことを好きでいてくれてることくらいわかってるよ。……その想いを、あいつらが『人質』って形で利用しようとしてることもね」

 

 理解しているのに、この会話はきっとパクノダによって知られてしまうことをソラもわかっているのに、それなのにソラは語る。

 カルトを慈しむように、微笑みながら。

 それが更にカルトを「ソラに対する人質」という価値を高めている事を知りながら、それでもソラはカルトに笑いかける。

 

 ソラもカルトの事が大好きであることを証明する笑顔を向けて、言った。

 

「ありがとう、カルト。守ってくれて。…………だから、私も守るよ」

「え?」

 

 晴れやかに笑いながらソラは被っていたボンネットを脱ぎ捨て、困惑しているカルトの肩を掴んで引き寄せた。

 そして熱を測るように、カルトが目を逸らせないように、彼の記憶に焼き付けるように彼の額に自分の額をこつんと合わせて、宣言する。

 

「――カルト(このこ)の敵は、誰であろうとも例外なく私の敵だ」

 

 カルトにではなくカルトの記憶を読むパクノダに、旅団に対しての宣戦布告。

 カルトが自分にとって人質の価値があることを認めながら、だからこそ覚悟しろと告げる。扱いを間違えたら、容赦しないという事を天上の美色の瞳で宣言する。

 

 その眼は美しすぎて、果ても底もないくせに終わりであることだけは本能に知らしめるから、カルトにとって長兄の折檻より怖いものだったのに、この時ばかりは怖くなかった。

 それはこの眼の獲物が自分ではない事を、その言葉が証明していたというのもあるだろうが、それ以上にカルトにとって目の前のソラのセレストブルーよりも、彼女がいってくれた言葉の方が衝撃的だったから。

 

「……ソラ。それ…………」

「言っただろ、カルト。私が君の敵を私の敵と言ってあげれないのは、君が殺し屋……、君の敵は君の仕事のターゲットで、私は君が好きだからこそ君の敵を守りたくなることがあるからだ。

 ……逆恨みによる依頼で、罪のない人を君に殺してほしくないから、だから私は君の敵を敵とは言えなかったんだ。

 だから……、君が今は殺し屋でないのなら私は、君の敵を敵にしてあげられる。君のワガママで敵ではない人を敵だという時は、君を叱って止めることが出来るから……、だから今の君の敵は私の敵だ」

 

 キルアを家から連れ出す日、カルトが地団太を踏んで「どうして!?」と訴えた。

 どうして、キルアの敵だけがソラの敵なのか。どうして、自分の敵をソラは敵だと言ってくれないのかを、駄々をこねて問いつめた。

 

 その時の答えに、納得している。キルアの方が好きだからではなく、ただ単に立場の違い。カルトが殺し屋という自分の立場に誇りを持っているから、やめる気はないからこそソラはカルトの敵を敵だと言えなかったという答えはむしろ嬉しかった。

 

 ……嬉しかったけど、それでも言って欲しかった気持ちは、願いは消えない。

 その願いは、約1年越しに叶った。

 

「……ソラ。僕は……今は違うけど……でも僕は……」

「殺し屋をやめる気はないんだろう? それくらいわかってるさ。けど、今は間違いなく違うのなら期間限定でも、君の敵は私の敵だ」

 

 また浮かび上がった涙を拭う事も出来ず、自分はキルアのように殺し屋をやめた訳ではないことを告げる前に、ソラは眼の明度を落としながら答える。

 相変わらず揺るぎなく、はっきりと期間限定、殺し屋でない間だけだと言いながらも、それでも確かに「カルトの敵は私の敵」と言ってくれる。

 

 けど、その言葉に甘える訳にはいかない。

 その言葉が嬉しくて、カルトも「ソラの敵は自分の敵」だと言ってやりたいからこそ、カルトは訴える。

 

「でもっ! 僕は幻影旅団なんだよ! 今はまだ団員候補でしかないけど、それでも僕は……ソラの大切な人の仇の仲間なんだよ!?」

 

 旅団とソラの因縁はまだほとんど知らない。それでも、実は旅団とソラ自体に直接的な因縁はほとんどないことくらいは、教えられなくても既に知っている。

 直接的な因縁があるのは、ソラではなく「鎖野郎」と呼ばれている方。ソラはそいつが大事だから、大切だから旅団を許せない事を知っている。

 

 ソラにとって「鎖野郎」が誰よりも何よりも……自分よりも、下手したら(キルア)よりも大切であることを知ってしまった。

 

 そいつを殺してやりたいという幼くも激しい嫉妬はある。けれど、そいつを殺してソラに憎まれるよりも、ソラに嫌われるよりも、ソラを悲しませるのが嫌だった。

 自分の大切なものをいつだって尊重してくれたのに、嫉妬でソラの大切なものを踏みにじる自分なんて情けなくて嫌だった。

 

 だからこそ、迷ったのに。悩んでいたのに。

 

 ソラの為に旅団に潜り込んで旅団を裏切るか、ソラさえも敵にする覚悟を決めるかで悩んでいたのに、それなのにソラは姿が自分と変わらぬ子供になっても、やはりカルトには手が届かぬほどに大人だった。

 

「……カルト。君は私やキルアは好きでも、キルアの友達のゴンや他の人間のことは好きじゃないだろ? でも、好きな人が好きじゃない奴と一緒にいたからって、好きな人を嫌いになるか?

 嫌いになる狭量な奴もいるかもしれないけど、君は違うだろ? だから今、私に『それでいいのか?』って訊いてくれてるはずだ。

 

 旅団は君の事は一切関係なく私の敵だけど、その理由はクラピカの敵だからこそ君が旅団に入っても私の敵じゃない。だって君は、クルタ族襲撃に一切関わってないのは確かなんだから、そんな君をクラピカが敵だって言うんならむしろ私が怒るよ。絶対に許さない。

 

 ……だから、大丈夫。カルト、君が人質に取られても、私は何も諦めない。そんなことをされたら余計に旅団を許せなくなるからこそ、諦めない。

 君の所為で私が何かを失いも、諦めもしない。君は私の人質になる価値はあっても、君は私の弱みにはならない。そうならないように私は強くなるから、だから大丈夫なんだ」

 

 カルトをゾルディック家の末っ子ではなく、特別ではないただ一人のカルトして見てくれたように、旅団に入ってもただのカルトでしかないと言ってくれた。

 ソラにとって最も大事な人であっても、カルトを理不尽な逆恨みによる敵認定は許さないと言ってくれた。

 

 カルトが人質になっても、その価値を認めながら弱みにはならないと言ってくれた。

 

 カルトが恐れていたもの、迷っていたものに対して全て答えを与えられ、額は離れる。

 だがカルトはそのまま、自分とさほど変わらぬ体格のソラに抱き着いて、堪え続けていた涙を溢れさせた。

 

「……勝手なこと……ばっか言うなぁ……」

 

 悔しさが決壊した。けれど、その悔しさはソラの慈しみが包み込み、カルトが負う傷を最低限にする。

 それが余計に悔しかったから、泣きながら縋り付きながら、それでもカルトだって宣言する。

 

「僕だって……強くなるんだ。……ソラが僕の弱点にならないように……、ゾルディックのお荷物にならないように……兄さんたちに守られなくたって大丈夫だって言えるように……その為に家を出たんだから!!」

 

 ソラの「大丈夫」にカルト自身も「大丈夫」だと宣言する。

 自分自身に、ソラに、強くなると言い聞かせる少年に、ソラはカルトと同じくらいの紅葉のような小さな手を、同じく小さな、けれどいつか大きくなるであろう背中に回して軽く宥めるように叩きながら答えた。

 

「……うん。なるさ。君は強くなるよ。今、こうしてそう言える君がなれない訳なんてない」

 

 カルトが望む未来を、魔法使いの弟子は静かに、穏やかに、それでもはっきりと断言した。

 

 * * *

 

「あ、そうだカルト。君、旅団から監視されてる訳でもなければ、それなりの自由行動が許されてるんだよね?」

 

 しばし泣いて抱き着いていたカルトが落ち着いたら、ソラがそんなことを尋ねてきたのでカルトはやや赤くなった目をこすりつつ、いぶかしげな顔をして答えた。

 

「許されてるというかあんまり相手にされてないから放置されてるって感じだけど……。言っとくけど、旅団の情報は流せないよ」

「うん、流して君が人質どころか敵認定された方が困るからいいよ。いらない」

 

 これまでのやり取りはパクノダに知られてもまだ旅団にとっては想定の範囲内だろうが、団長の除念が済んでいないからソラに手を出せない段階でカルトが積極的に旅団の情報を流せば、ソラの言う通りカルトを人質として使うよりさっさと処分した方が良いと判断される。

 

「強くなる」と宣言したが、ゾルディックの教育が行き届いているカルトはさすがに今の段階で旅団のメンバーを敵に回して勝てる相手は少ないことくらいわかっているので、スパイ行動は出来ないと断言するがそれはソラもわかっていたので期待していない。

 むしろ、ソラからしたら知りたい情報などない。与えたい情報があるくらいだ。

 

「カルト、明日時間があったらこの町の宿屋に来て。で、2階の角部屋、ベッドのサイドテーブルの引き出しの中を探して。そこに仕込んどくから」

「? 何を?」

「私以外の除念師の連絡先」

「!?」

 

 しれっと言われたことが理解出来ずカルトが目を白黒しているが、ソラはカルトの困惑を気に掛けず話を続ける。

 

「どーせ、旅団が君に課した入団の条件って『除念師探し』なんだろ? こっちは初めから時間稼ぎでしかないんだから、下手に長引いてまだ探してるのかそれとも諦めたのかの動向が読めなくなるよりは、こっちが把握してる時期に面識ある奴を送り込めるのなら好都合だから、あげる。

 

 もちろん、使いたくないのならご自由に。私とそいつ以外に、除念師のあてがあるのならそちらをどうぞ」

 

 カルトよりカルトの記憶を読んだパクノダ、そして旅団に対してソラは言う。

 が、実はこの挑発が知られる可能性は低いとソラは読んでる。

 

 その読みを、カルトの「そこまで言われたら使わないと思うけど?」という言葉の答えとして教えてやる。

 

「パクノダの能力は確かに厄介だけど、彼女が読んでるのは心じゃなくてあくまで記憶。だから触れた程度でカルトが思ってることはわからないし、それと多分『質問する』ことも彼女の能力の制約だよ。つーか、そうしないと読み取る記憶がごっちゃ混ぜになって、向こうがキャパオーバー間違いなしだから制約というより制御弁だな。

 

 だから、ある程度ピンポイントな問いをしないと結局は何もわからないはずだ。

 そして旅団は君のことを信用してないけど、それ以前に期待してないから相手にもしてないのなら、そこまで頻繁に洗いざらい記憶を読み取って情報を抜かないはず。面倒くさいし、何より君の記憶をあんまり覗き見ると、ゾルディックを敵に回しちゃう可能性が高いんだから、無駄に薮を突くような真似はしないはず」

 

 ソラの推測に、カルトは感心したように何度も頷く。

 言われてみれば確かに、パクノダに尋問されて記憶を読まれたのは初日だけだ。その初日に情報を抜かれたのが悔しくて、ついパクノダを過剰に警戒していたからこそ、それ以降はパクノダに触れられた状態で何か尋ねられたことはないと言い切れる。

 

 カルトの反応で自分の憶測が当たっているのを確認したソラは、更に話を進めてカルトに入れ知恵する。

 

「カルト、今すぐはむしろ不自然だから機を見計らって、嫌かもしれないけどゾルディックのコネクションを使って除念師を見つけたことにしてほしい。それなら説得力は十分だし、向こうは君の記憶を読んで裏付けが出来なくなる。

 そもそも、旅団からしたら私が除念師の情報を流すなんて予想出来る訳ないからな。確信を持って疑わしいと思われない限り、わざわざ『どうやって除念師を見つけたか?』の記憶を読もうとはしないはずだ。

 

 ……もちろん、これは私の都合の良い予測であって君へのリスクは高い。バレたらスパイ認定でゾルディックを敵に回しても君を殺すだろうから、したくないのならしなくていい。むしろ私個人としてはしてほしくない。

 けどさ……、『無理だ』と思われてた除念師を見つけてきただけじゃなくて、そいつがトロイの木馬だったのなら、自分を舐めていたからこそ送りこめたっていう旅団(むこう)の失敗を突き付けることが出来たのなら……、最高に気持ちよくない?」

 

 ソラを見上げながらその入れ知恵に「なるほど」と納得していたカルトが、最後の問いに思わずポカンと目を丸くする。

 ソラは、自分や自分の最愛である「鎖野郎(クラピカ)」の為に、自分と面識のある除念師を送り込みたいのではない。

 カルトの悔しさを理解しているからこその入れ知恵と提案であることを、その言葉で知る。

 

 メリットは確かにソラ側にもあるだろうが、ソラが言うよりリスクが高いことだってカルトはわかっている。

 それなのに、ソラは自分はもちろん彼女の最愛のリスクさえも、カルトの悔しさの意趣返しを優先して、その為に支払ってくれた。

 

 ならば、カルトの答えも決まってる。

 

「……それ、最っ高!」

「でしょう!」

 

 ソラが自分の成功を信じてリスクを払ってくれたのなら、カルトも自分のリスクを喜んで払う。

 そのリスクは、自分はもちろんソラも、そして少し癪だがソラの大切な「鎖野郎」にも決して訪れないことを誓いながら、カルトはまだ少し赤い目でそれでも目の前の人の名と同じように晴れ晴れしく笑って、拳を突き出した。

 

 その拳に、ソラも笑って「契約成立」とでも言うように、証立てるように自分の拳をこつんと当てる。

 

「……ん?」

「……あれ?」

 

 当てつつ、ソラとカルトのお互いが同時に気付く。

 いつの間にか、ソラはカルトを見下し、カルトはソラを見上げていることに。5cm内だったはずの身長差が、いつの間にかいつも通り10cm以上になっていることに。

 

 ……いつの間にかソラにかかっていた「10歳くらいに若返る」という念能力は解け、元の今年で22歳の姿に戻っていることに、ソラは気付いてしまう。

 水にかかっても変化に気付けなかっただけあって、戻る時もあまりに自然だったのと、ビスケが真の姿に戻っても破れない特注品なだけあって、ソラは自分が着てるゴスロリ衣裳もキツイと感じなかった為、全く気付かなかったことに気付いたソラが真っ先に行ったことはもちろん……

 

 

 

「…………………………きゃーーーーっっっ!!

 み、見ないでカルト! 今すぐ脱ぐから記憶から抹消して!!」

「待ってソラ! 脱がれた方が僕は困るし、ソラも困ると思うよ!!」

 

 

 

 ゴスロリ姿の自分を、それも似合ってなくても子供というのが免罪符になって痛々しくない先ほどと違って、成人越えの自分のゴスロリ姿をカルトに見られたという事実が、ソラの迷走しているコンプレックスが更に空回らせて悲鳴を上げ、その場で本当に脱ごうとするのでカルトは必死になって止める。

 

 成人越えでもゴスロリをこよなく愛するの方々を敵に回しそうなテンパり具合だが、ソラにとって自分のゴスロリは成人越えでも子供の姿でも、仮面○イダーだのウ○トラマンだのにゴスロリを着せているようなレベルで似合わない、不自然な物という認識なので許してやってほしい。

 ちなみに、言うまでもなくその認識は勘違いにもほどがある程に、ソラのゴスロリは大人の姿でも似合っていた。

 

 なのでカルトからしたら何でここでマジ泣き手前の涙目で脱ごうとし出すのかはさっぱりわからないが、彼女が女らしい恰好が本当に苦手なのは最初に会った時からよく知っているので、何とかソラが痴女になることを宥めて説得して、自分がダッシュでそこらの店から適当な服を買って来るからと言って止める。

 

 

 

 ……しかし残念ながら、ソラが大絶叫してしまった所為でカルトが服を買って路地裏に戻ってきた時は、ソラを探していた3人に見つかってしまっており、ソラは路地裏の片隅で体育座りになって顔を自分の膝に埋めたままマジ泣きしていた。

 

「……ごめん、ソラ。ソラの敵は僕の敵だけど、今はちょっとソラの味方をしてあげれない」

 

 マジ泣きするソラに謝りまくるビスケ、なんとかフォローするキルアとゴンに気付かれないようにそっとその場からカルトは離れて呟き、とりあえず(キルア)に心の中で応援を送っておいた。


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