死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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マーリン編、開始です。
そしてここで言うのもなんだけど、ここで言わないともう言う機会がないので懺悔しますが……、私はFGOをやっていない為、マーリンのキャラ描写に実は全く自信ない。

パチモンにしか見えなかったら、本当にすみません。




花の魔術師と魔法使いの弟子
149:ベラドンナの花言葉


「君は自由に、本当に美しいものを見ておいで」

 

 

 

 

 

 ――――そう言って、送り出すつもりだったんだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 色とりどりの花が咲き誇る花畑に、ゴンは一人で立っていた。

 

 いつからそこにいたのか、どうやってここに来たのか、どうして自分は一人なのかを疑問には思わない。

 ずっと前からここにいて、そしてここにいることが自然だと思っているくせに、ゴンはまさしく百花繚乱の花園に歓声を上げる。

 

「うわぁ! すごい! 綺麗!!」

 

 ずっと前からいたような気がしているからここにいることを不思議に思わないのに、この光景に対しては今初めて見た驚きとその美しさへの感嘆の声を上げる矛盾にゴンは気付かぬまま、なるべく花を踏み潰さぬように注意しながら歩く。

 

 花畑は意図的に整えられたようには見えない、自然な花の群生と思えるほど無節操に咲き乱れているが、しかしよく見てみれば花の色も形も匂いさえもお互いにぶつかりあって、ただ単に派手なだけで見ていると目が疲れるだの、匂いがきつすぎて悪臭になっているということもなく、辺り一面の花畑が一つの絵画のごとく調和している。

 

 それどころか野草の類と薔薇や胡蝶蘭といったデリケートな園芸品種さえも自然に咲いており、花の開花時期も春咲きや秋咲きが入り混じっている。

 完全にその花園は、現実のものではない。

 そこは、「異界」だった。

 

 しかしゴンは気付かない。

 園芸品種はメジャーなものしか知らないが、野草の類は野生児なので詳しい部類である。季節や環境に合っていないものが同時に咲いていることを、普段のゴンなら気付けただろう。

 

 だが、ゴンはその野草が今の時期に咲くものではないことを理解しながら、何故か自然に「そういうものだ」と思って、そのまま座り込んで花を摘み始める。

 ミトとビスケ、それにソラへのお土産にしようと思って根こそぎ摘んでしまわないように、丁寧に選びながら一輪ずつ花を摘む。

 

 この考えもおかしいことに気付かない。

 ビスケやソラはともかく、ミトにこの花を渡すにはG・Iから現実世界に戻らなくてはならないことに気付かない。ちょっと歩いたらすぐに会えるようなところにいると、ゴンは何の疑いもなく自然に思い込みながら花を摘む。

 

 声を掛けられるまで、「彼」に気付かず花摘みに没頭していた。

 

「それは、やめておいた方がいいよ」

 

 木と言うほど立派ではないが、草というには背が高くて茎も立派な花があった。

 色はくすんだ紫色なのであまり綺麗とは言えないものだが、コロンとした釣鐘状の花弁が可愛いと思い、何気なく手を伸ばしたゴンに忠告する。

 

 柔らかな、まさしく春風のような声音で唐突に話しかけられてゴンが顔を上げると、自分の眼の前に見知らぬ男が立って、声と同じくらいに柔らかくて優しい、温かみのある笑顔で自分を見下していた。

 ゴンを見下しながら、持っていた杖で花を指して彼はやはり春風のような声音で告げる。

 

「それは毒花だよ。プレゼントにはお勧めできないなぁ」

 

 ゴンが摘もうとしていた花の危険性を、優しく教えてくれた。

 しかしゴンはそのことに礼を言う事すら出来ず、ポカンとした顔で唐突に現れた人物を見上げながら思った。

 

「あ、これ夢だ」、と。

 男の登場と同じくらい唐突に理解する。今まで気付いていながらも気に掛けなかった不自然さを認識し、それら全ては夢だから成立していたことに気付く。

 

 気付いた理由に理屈らしい理屈はない。ただの勘でしかないが、それでもゴンは目の前に現れた人物を見た瞬間に、ここが現実ではないことに気付けた。

 それほどまでに、現実味のない相手だった。

 

 虹色の髪に、一目で男性だとわかる顔立ちなのに男には似合わない「花のように」という形容しか浮かばぬほど、華やかなで優美、そして儚さを兼ね揃えた美貌。

 白基調だが魔法使いのようなマントとローブに、これまた魔法使いが持っていそうな杖。

 そして耳の位置に花弁のような飾りらしきものがあってわかりにくいが、その耳はソラが出会ってはしゃいで「触っていいですか?」と言い出したメディアのエルフ耳ほどではないが、少しだけ尖っていて普通の耳とは言えなかった。

 メディアほど顕著ではないのに、その特徴と花のような美貌が合わさって妖精じみて見える。

 

 これだけで現実味がない相手であることは十分すぎるのだが、ゴンに夢だと気付かせた要因はそれらではない。

 

 柔らかで優しい、爽やかの見本のような笑顔を浮かべている。どこからどう見てもゴンに対して友好を表す表情であり、警戒心など春の日差しを浴びた雪のようにその笑顔が溶かす。

 人間かどうかすら怪しい相手だが、悪意を持っているようには見えなかった。それはこれが夢か現実かなど関係なく、ゴン自身が思ったこと。

 

 だけど、ゴンはその目を見て思った。

「遠い」、と。

 

 現実逃避気味に遠い目をしているという意味ではなく、隔たりがあるように思えた。

 それも壁があるという積極的な拒絶ではなく、ただ単純にあまりに距離があるからこそ届かない隔たりをその眼に見た。

 

 そんな眼の持ち主だからこそ、その人物が今こんなにも自分の近くにいることが現実だと思えなかった。

 夢だからこそ、この距離でいられる。そんな気がした。

 

 夢だと気付けた理由を上げるのなら、それぐらいだ。

 

 理屈が通っているのかいないのか、自分でもよくわからない理由だが、とにかくゴンは夢だと自覚してしまったからこそ、「どうしよう?」と固まってしまう。

 すると相手も花のような笑顔が徐々にゴンと同じようなポカンとしたものに変化して、同時にコテンと小首を傾げて言った。

 

「……もしかして、夢だと気付いているのかい?」

 

 まさか夢の登場人物に指摘されるとは思わず、ゴンは呆気に取られつつも頷くと、相手は再び笑う。今度は爽やかな笑顔ではなく、子供のように愉快そうな声を上げて笑った。

 

「ははっ! 君は本当に本能で生きているね!」

「……褒められてるのかなぁ、それ?」

「もちろん、褒めてるさ」

 

 バカにしてるか皮肉を言われているかとしか思えぬ発言を爆笑しながら言われてゴンが戸惑いながら突っ込むが、悪気がないどころか胸を張ってドヤ顔で相手は「褒めてる」と言い切るのでゴンは更に反応に困りつつ、とりあえず「えーと、ありがとう?」と返しておいた。

 出会ってまだ5分もしてないのに、既にゴンの中で相手の印象は「優しそうだが得体のしれない大人」から、「なんかよくわからない人」にまで変化しているのだが、相手はその印象をさらに強めたいとしか思えない行動を取る。

 

「どういたしまして。うんうん、知ってたけど若いというか幼いだけあって、あいつらと違って素直な子だ。こんな子なら私も一肌脱ぎ甲斐があるね。

 さて、ゴン君。ここは君が気付いている通り夢だけど、私は君もおかしいと思っている通り、君が作りだした想像の産物、ただの夢の住人ではない。

 

 私の名前は、マーリン。夢から夢へと渡るみんなの頼れる相談役さ。親しみを込めて、マーリンお兄さんとでも呼んでおくれ」

 

 ゴンの困惑しながらの礼を受け取って、一人勝手に納得していたと思ったら男は大仰に手を広げ、ゴンが疑問に思っていることを、自分が何者なのかを説明しだした。

 しかしその説明でわかったことといえば相手の名前くらいなので、当然ゴンはまた更に戸惑うしかない。

 

 なので、戸惑いながらゴンは言った。

 

「え~と……、うん、わかった。マーリンお兄さん」

「……まさか本当に呼ぶとは。純粋無垢の子供って怖い」

「どうしろと!?」

 

 素直に要望通りの呼称で呼んだら何故か引かれたので、これはさすがにゴンも軽くキレた。

 

 * * *

 

「う~ん、純粋というか単純な所はどいつもこいつもそっくりなのに、どうして微妙にタイプが変わるのかなぁ?

 まさか、ジンの息子がここまで素直だとは思わなかった」

「! 親父のことを知ってるの!?」

 

 ノリで言った「マーリンお兄さん」という呼称を馬鹿正直に使ったことに、マーリンは一人勝手にブツブツ呟いていたら、その独り言に無視できない人物名がしれっと紛れ込んできたので、ゴンは立ち上がって尋ねる。

 するとマーリンは、再び春風のような、花のような笑顔を向けて答える。どこまでも遠い、距離のある瞳のまま。

 

「知っているさ。彼とは10年ほど前に、楽しく殺し合った仲だよ」

「どんな仲!?」

 

 実に爽やかな笑顔でブッ込んできた答えに、思わず即座に突っ込んで訊き返すゴン。

 どんな仲だったのかを答えたのにその仲を訊き返されたことにマーリンは拗ねたような反応を見せるが、拗ねる資格はない。ゴンの反応が正しい。

 しかしながらマーリンにとっては今の説明が一番端的でわかりやすい、自分とジンの関係だったりする。

 

「ちょっとした行き違いとすれ違いがあって、ジンは私の所有物を奪おうとしたんだよ。あぁ、ジンに非はほとんどないよ。ただ私はこの通り、人間ではないから人間の法は適用外。それ故に起きたすれ違いだ。

 それに関してはその殺し合いで和解して、私は納得済みでジンが欲しがっていたものをあげたから、安心して。君が責任を感じる必要性は全くないから」

 

 端的すぎた「殺し合い」の経緯をその場に座り込んでこれまた端的に説明しながら、またしてもサラッと聞き捨てならない情報を暴露する。

 しかし最初から人外であることに勘付いていたゴンは、そのことを突っ込まずマーリンに言われた通り、ジンが決して理不尽なことをした訳ではないことに安堵しながら、彼の正面に自分も腰を下ろしてそのまま質問を重ねた。

 

「えっと、マーリンさんは人の夢の中に現れる能力を持ってるの?」

「能力というか体質に近いかもね。私は夢魔という種族と人との間に生まれた混血児なんだよ」

 

 自分が勝手に生み出した想像上の人物にしては外見も性格も突拍子がなさすぎるのと、ジンと面識があることからして実際の人物だとは思うが、だったらこの状況は何? という疑問を晴らす質問をしてみたら、やはりマーリンはさらりと凄まじい情報をブチ込む。

 

 しかしながら元々からしてどんな情報も「まずは疑う」ではなく「信じて受け入れる」性格なのと、とんでもない情報をしれっとブチ込まれるのは既にソラで慣れてしまっているゴンは、さほど驚いた様子もなく小首を傾げて「夢魔?」とオウム返し。

 先ほどのような派手なリアクションでも期待してたのか、マーリンは少し拍子抜けしたような苦笑を浮かべて、そのオウム返しに答えた。

 

「その名の通り、夢を糧に生きる者さ。詳しく、ついでに『夢を糧』というのはどういう事かも教えてあげても私はいいのだけど、ちょっと君の保護者に知られたら怖いから、この事はそうだなあと3年くらい秘密という事で」

「?」

 

 結局ほとんどよくわからなかったのだが、ゴンが「どういう意味?」と突っ込む前にマーリンは爽やかな笑顔で、強引に話をさっさと進める。

 

「まぁ、とにかく私は君の父親と面識があって、君の夢に干渉できることは理解したね。なら次の疑問は、『何で自分の夢に現れたの?』って所かな?

 その理由は二つ。ただ単に懐かしい相手にそっくりな君を見つけたから、話してみたくなったのがまず一つ」

 

 勝手にゴンの疑問を決めつけて一人で勝手に答えるマーリンをどうかと思いつつも、実際に訊きたいことなのでそこは放っておいて、ゴンは「二つ目は?」と話を先に促す。

 マーリンは、笑って答える。

 花のように、春風のように、どこまでも柔らかく、暖かく、優しく微笑んで言った。

 

「私はね、ハッピーエンド至上主義なんだよ」

 

 しゃがみこんだ自分の膝の上に両肘で頬杖を突きながらゴンを真っ直ぐに見返して、マーリンは質問の答えになっていない、脈絡ゼロとしか思えない答えをまず語る。

 

「私の眼は千里眼と言って、世界を見渡すことが出来るんだ。これも、能力ではなく体質だ。

 だから君の事はもっと前から知っていたよ。そして、私としてはジンより君の方が好きだね。見ていて気持ちいいくらいに楽しい。

 友達思いでまっすぐで、いつだって私好みのハッピーエンドを諦めず、それ以外の結末など眼中になく突っ走って、そして目指したその結末を掴み取る君の生き様には、ずいぶんと楽しませてもらったよ」

 

 まだ、自分の夢の中に現れた理由は語られない。が、なんとなく察することが出来る程度には、情報が出された。

 そしてゴンは自分自身でも頭が良いとは全く思っていないが、マーリンがドヤ顔で「褒めた」と言い切る程に本能で生きている勘の良さを持つ。

 だからか、この時点でやはり理屈をほとんどすっ飛ばして気付いた。

 

 ハッピーエンド至上主義で、自分のような諦めない人間の生き様が好きで、そしてこの花畑と本人も花をイメージするその姿形から連想して結び付けた憶測をゴンは口にした。

 

「……もしかして、2週間くらい前にソラに花束渡したソラの『ファン』って、マーリンさん?」

「君は本当に良い勘してるね」

 

 ゴンの確認の言葉に即答で彼の勘の良さを讃えたという事は、肯定なのだろう。

 

「千里眼」という離れた場所の出来事を見通せる眼を持つからこそ自分を知っているのなら、ソラのことも知っていてもおかしくない。

 そして自分の生き様を好ましく思うのならば、ゴン以上に痛々しく、苛烈に、そして懸命に生き抜いて、誰かのハッピーエンドを守り抜こうと、見つけ出そうともがき足掻くソラのことを、気に入らない訳がない。

 花に似てることはほとんどこじつけだが、それでもそこから花束を連想するには十分だった。

 

「そうだよ。君のことも気に入ってるけど、私の一番の推しはソラ=シキオリの方だね。

 良いよね、彼女。可愛い女の子だし、正しい意味でも誤用の方でも破天荒でやること成すこと想像つかなくて面白いし、可愛いし、どんなに絶望的でも諦めないで幸福な結末を掴み取るし、いじり甲斐のある初心だし、女の子だし」

「マーリンさん、ただ単に男より女の子が良いだけじゃない?」

 

 自分がソラに花を渡した「ファン」であることを認めて、彼女のどこを気に入っているのかを語るが、ゴンが鋭く突っ込んだ。

 しかしゴンからの指摘を春風のごとくサラッとマーリンは流して話を続け、ゴンにジト目で睨まれた。こいつはゴンの中で評価が「なんか変な人」から「なんか残念な人」にまで落ちていることに気付いているのだろうか?

 

「まぁ、こんな眼と人間よりもはるかに長い寿命を持ってる所為で、私は基本的に暇を持て余してるんだ。

 だからその暇を潰すどころか、壊しつくして殺しつくしてくれる君やソラ君が大好きだよ。そして何度も言うように私は、ハッピーエンド至上主義だ。だから……自分のお気に入りの物語の作家兼、登場人物な君たちが暗い顔をしているのは、私も辛い」

 

 マーリンはどこまでも柔らかく、優しく微笑んで語った。

 ようやく二つ目の、ゴンの夢の中に現れた理由を語るが、ゴンとしてはもはや自分の夢の中に現れた理由なんてどうでも良かった。

 ただ、自分が感じた、そして今も感じている「遠い」という印象の正体に気付いてしまう。

 

「ゴン=フリークス。君の悩みを私に話してくれないかい?

 私は、君やソラ=シキオリはもちろん、君の友達の力になりたいんだ。だって、それはとても美しいハッピーエンドになりそうだからね」

 

 彼は自分で言う通り、ハッピーエンド至上主義なのだろう。

 幸福な終わりを好み、人々の幸福を美しいと思う。ゴンやソラがどれほど無様でも、傷ついてでも行ってきたこと、諦めずにしがみついて掴み、至った結末を評価してくれている。

 そのことに嘘は一片たりともない。

 

 だけど、それは全て観客や読者としての視点での話だ。

 おそらく彼は全く、ゴンにもソラにも他の誰にも感情移入していない。

 していたとしてもそれは、本の中の登場人物に対する感情移入であり、相手を思ってではなくただ単に自分の楽しみの為のもの。

 

 今、「悩みはないか?」と尋ねているのも、ゴンの力になりたい訳ではない。彼は自分の言葉通り、自分好みのハッピーエンドを見たいから、そこから踏み外しそうなゴンを放っておきたくないだけ。

 

 そこにゴンを思いやる意図はない。おそらく、ゴンにとっての望んだ結末がその踏み外した先にあるものだとしても、それは自分好みではないからというだけで切り捨てて、ゴンを無理やり自分好みの結末に至るレールに乗せようとする身勝手なものでありながら、それの何が悪いのかを全く理解していない、独善とはまた違う無関心さこそがゴンが感じた距離の正体。

 

 そのことに気付いた途端、ゴンの背筋にゾワリと悪寒が走る。

 自分を見つめるマーリンの眼が、怖くはないが見られることに酷い居心地の悪さを覚えた。

 

 同じ生き物であることは間違いないのに、何もかもが違う。

 わかりあえないし、意思疎通も期待できない事を知らしめるその遠い目に、あの「女神」をどこか彷彿したから酷く居心地が悪く感じた。

 

 だけど、ゴンはマーリンから目を逸らさない。

 真っ直ぐ彼の、月よりも遠く感じる目を見据えて言った。

 

「……話したら、アドバイスくらいくれる?」

「アドバイスどころか、ぜひとも力になりたいね」

 

 縋るように尋ねたゴンに、マーリンは爽やかに優しく軽やかに答えた。

 悪意はどこにも見当たらないのと同時に誠意の類も残念ながら見つけられない言葉だが、ゴンは信じた。

 

 おそらく彼は自分で言った通り、人間の血も入っているとはいえ人外だからこそ、人間とは根本的に違い過ぎる視点を持ち、わかりあえない思想を持っていることくらい、やはり理屈ではなく本能的な部分でゴンは察している。

 だけど、「ハッピーエンド至上主義」という自称に関しては、嘘ではないと思えたから。

 

 例え他人事としか思われてなくても、自分たちの命や誇りを掛けた出来事を全て、「面白い読み物」ぐらいにしか思われていなくても、自分たちが傷ついて不幸になる終わりではなく、笑って幸福になる終わりを望んでいることだけは、それだけはこの「マーリン」という生き物の本当だと思えたからこそ、ゴンは話す。

 

「……キルアとソラに、笑って欲しいんだ」

 

 この願いだけは、自分と同じだと思ったから。

 だから、話してしまった。

 

 ひたすらに機械的かつ客観的で、人間という知性体とは相容れないほど脈絡の飛び過ぎた思考形式を有しているこの生き物と、ゴン自身が目指す「ハッピーエンド」は同じものだと思い込んでしまった。

 

 * * *

 

「キルアは気にすんなって言ってくれたけど、でも元凶がマンドレイクなら、ああいう設定に作ったジンの所為だから……気にすんなって言われても責任を感じるんだ」

 

 ゴンはそう言って、話を締めくくる。

 自分の望み、自分が何に悩んでいるか、解決したい出来事は何なのかを洗いざらいぶちまけた。

 ぶちまけてから、その内容はキルアとソラのプライバシーに関わることだと気付いて勝手に暴露したことを申し訳なく思ったが、マーリンの目を考えたら話さなくても自分より詳しく知っている可能性が高いので、申し訳ないとは引き続き思いつつも開き直る。

 

 暴露したことで怒られていいぐらいに何とかしたいから、自分が知る限りのことを全て話した。

 といっても、実はゴンもわかっていることはほとんどない。

 

 ……確実と言える情報なんて、キルアがマンドレイクの花粉を被ってから二人の様子がおかしい事くらい。

 それだけはゴンだけではなく、ビスケだって気付いている。

 

 けれど、キルアがソラを連れだしてから何があったのかはゴンもビスケも知らない。

 食事を終えて部屋に戻っても帰ってこない二人を心配していたが、ちょっとゴンがトイレに行っている隙にキルアは宿の部屋に戻ってきて、そのまま頭まで布団をかぶって朝までベッドから出てこなかった。

 呼びかけても、「頼むから放っておいてくれ」と言われてしまったから、ゴンは要望通り放っておくことしか出来なかった。

 ソラの方も同じように、ビスケが見ていない隙に戻って来たらしい。

 

 そして朝になったら、初めは意外とソラもキルアも普通だと思った。

 ソラはともかくキルアは何もなくても絶対にしばらくソラの前に素直に現れない、現れたとしても色んな意味で挙動不審だろうと思っていたし、キルアが何か言ったのならソラはマンドレイクの影響による一過性だと思っていてもテンパりそうだなと思っていたのだが、二人は普通に顔を合わせたら「おはよう」とあいさつし合っていた。

 

 そのことを不思議に思いつつ、まぁ気まずくなるよりずっといいかと思って安心していたが、その安心は30分も続かなかった。

 

 二人は普通に会話を交わしていた。必要な連絡事項はもちろん、他愛のない雑談もし合っていたし、買い物や修行、ゲーム攻略も不必要に互いを避けることなく協力し合っていた。

 だけど、目をお互いに合わせない。

 よく観察すれば、ソラがいつもならキルアに冗談で抱き着いたり、褒める為に頭を撫でる場面でも彼に触れなかった。キルアも、ソラの馬鹿げた言動に悪態はついても、手や足は出さなかった。

 

 二人とも笑っていた。

 自分にもビスケにも笑いかけてくれるし、お互いに笑い合っていたけれど、その笑顔はどこか寂しげで、距離を感じた。

 

 ビスケも当然、二人のよそよそしさに気付いてソラに尋ねたようだが、ソラは「ごめんね、気を遣わせて」としか言わなかったらしい。

 ゴンもキルアに訊いた。どうしてソラとよそよそしくなったのか、その原因なんて言いたくなければ言わなくていい。ただ、自分に出来ることは何かないかをキルアに尋ねれば、彼は困ったように……泣き出しそうな笑顔を浮かべて、教えてくれた。

 

『悪いな。気を遣わせて。でも、大丈夫だ。時間さえおけばまぁ解決する』

 

 ソラと同じようなことを言って、優しく、けれど明確にゴンに出来ることなど無いと拒絶した。

 そして実際、ゴンに出来ることなど何もなかったことを思い知る。

 言わなくて良かったのに、むしろキルアを気遣わせて言わせてしまった。二人の距離の原因を、キルアの傷をゴンは蒸し返して抉ってしまった。

 

『気にすんな。ただ俺が失恋しただけだ』

 

 あまりにもあっさりと、今までの素直じゃ無さは何だったのかを不思議に思うほど、キルアは素直に答えて、笑っていた。

 それは泣いてないのが余計に痛々しい笑顔だった。

 

 だからゴンはもうそれ以上、詳しく何かを聞きだすことは出来なかった。

 けれど、何とかしたかった。

 

 二人のよそよそしい空気が居心地悪いから何とかしたいという思いはあるが、それよりも二人に笑って欲しかった。

 あんな、楽しいことも嬉しいことも塗りつぶすような痛みを湛えた、痛みに耐える笑顔なんて見ていられない。

 決して嫌いではないのに、間違いなくキルアもソラもお互いに一緒にいたいと思いながら、一緒にいることが辛いと言うような笑顔ではなく、今までのように心から笑って欲しかったから、ゴンは縋りつく。

 

 自分ではいくら考えても何も思いつかないから、自分とはわかりあえない相手だと理解しているからこそ、自分では絶対に考えつかない方法で「ハッピーエンド」に至る道筋を見つけられるのではないかと期待してマーリンに洗いざらい話すと、マーリンは頬杖をついたまま「あぁ、わかるわかる」とまずはゴンの最後の発言に同意した。

 

「君自身は全く何の関係ないだろうけど、責任を感じるのはわかるよ。というか、私も感じる。

 媚薬系の材料にマンドラゴラとかのことをジンに教えたの私だし、悲鳴のセリフアイディアも私だし」

「あれ、マーリンさんが元凶!?」

「けど爆笑してGOサイン出したのはジンだよ」

「俺の親父は何してんの!?」

 

 色んな意味でゴンが死にたくなった元凶の酷過ぎる絶叫のアイディア元が自分だと暴露して、ゴンはキルアに対する罪悪感や何とかしたいという思いが思わず吹っ飛び、マーリンに突っ込みを入れる。

 何してんの、この人!? と思いつつも、あの最低すぎ発言の数々はジン発案でない事にちょっとホッとしたのだが、マーリンは笑顔でやっぱり変わりなくジンが最低すぎることも暴露してきたので、結局ゴンはまたしても死にたくなった。

 

「まぁそれは横に置いといて、ゴン君が責任を感じるとあの二人は余計に罪悪感を懐くから、君は自分の所為だと思わない方が良いよ。

 二人がああなった原因は間違いなくマンドレイクだけど、二人があんなにも痛々しい『今までの関係』を取り繕う原因は、マンドレイクじゃなくてソラ君の方にあるから、君はもちろん私が責任を感じる必要はないね」

「そうかもしれないけど、マーリンさんは別の意味で責任を感じて」

 

 責任を感じると言いながらのうのうとその責任をブン投げたマーリンに、ゴンはきっぱり手厳しい事を言ってから小首を傾げる。

 

「けど、原因はソラなの? キルアじゃなくて?」

「どっちに非があるかで言えば、キルア君の方かなぁ? けど、被害者なのはキルア君だね。でもソラ君も加害者じゃない。むしろ彼女はアラヤとガイア、人理の被害者と言える。

 そのことをキルアは部分的に理解してしまったからこそ、現状だ。言っちゃ悪いけどキルア君が浅はかだった所為で、全員が気まずいことになってるんだよ」

 

 やはりゴンが話してなくても全部知っていたようで、ゴンのようにプライバシーの暴露はせずにマーリンは説明する。

 具体的な内容が何もないので説明されても謎が増えただけな気もするが、ゴンも他人の口から事情を聞きたいとは思わない、本人たちが話したくないのなら一生話さなくていいし、自分も聞きたくないと思っているのでそれ以上は訊かなかった。

 

 詳しい事情を知る必要があるとは思わなかった。

 ゴンが知りたいのは、必要としている情報はただ一つ。

 

「マーリンさん。どうしたらキルアとソラは笑えるようになると思う?」

 

 ただ、この結末に至る為に自分がすべきことだけを知りたかった。

 そしてマーリンは、確かな意思を持ちながら人形の無機質な目よりもわかりあえない、理解しえないほどに遠い目を細めて答える。

 

「ソラ君が幸せになればいい」

 

 マーリンのシンプルすぎる答えに、ゴンはポカンと目を丸くして口も半開きになる。

 その反応が面白かったのか、彼はクスクス笑いながら言葉を続けた。

 

「キルア君が今までのように笑えなくなったのは、ソラ君に振られたからじゃない。それ以前の問題だったことを思い知らされたからだ。

 ソラ君自身がどんなに自分で言い張っても、あまりに救われないことに気付いたから。彼女はとても尊い、輝ける何かを守る為に、とてつもなく痛々しい選択をして、何を切り捨てたのかを知ってしまったからこそ、笑えなくなったんだよ。自分の幸福は、彼女が切り捨てたものの上に立っている事に気付いてしまったから、笑えなくなった。

 

 そしてソラ君は、キルア君が自分を思ってくれているからこそ笑えなくなったことを知っているから、笑えない。

 他人から見たら不幸でしかない、救われない彼女の生き様だけど……、彼女は自分がどれほど傷ついても、壊れても、踏みにじられても、自分の好きな人が、守りたい輝けるものが輝き続けている限り幸福だったからこそ、キルア君が笑えなくなってしまった事、その原因が自分である事こそが最大の不幸なんだ。

 

 互いが互いを思うからこそ二人は笑えなくなっているのに笑おうとするから、どうしても痛々しい笑みになる。それがまた更に相手の罪悪感を煽って、更に笑う事が辛くなるのに笑おうとするっていう悪循環を起こしているんだよ。

 

 だから、解決策自体はシンプル。

 ソラ君が幸せに……救われたらいい」

 

 やはり具体的に何があったかは、キルアが知った「それ以前の問題」については何も語らず、どうして二人があんなにもよそよそしく「今までの関係」でいようとしているのか、あんなにも痛々しくとも笑おうとしているのかを説明し、そして再び結論を告げる。

 

 マーリンの説明をまん丸い目で聞いていたゴンは、彼の言葉を、内容を理解するにつれてその目に感情が色づく。

 困惑から歓喜に、瞳に宿っていた感情の色が塗り替わる。

 

「……そっか。ありがとう、マーリンさん!!」

 

 納得して立ち上がり、礼を言うゴンに今度はマーリンの方が目を丸くして「え?」という声を上げた。

 その困惑が理解できず、ゴンの方も「え?」と言ってしばし気まずく二人は顔を見合わせる。

 

「……そこは、『ソラを救うにはどうしたらいい?』って質問を重ねる所じゃないかな?」

 

 困ったような苦笑を浮かべつつマーリンが困惑した理由を告げると、何故かゴンはまだ納得しかねると言わんばかりに腕を組んで首を傾げて言い返す。

 

「そこまで頼ったら、もう俺はマーリンさんの代理でしかないじゃん。マーリンさん一人に頼りすぎだから嫌だよ」

 

 きっぱりと言い放つ。

 しかもその言い分にはたぶん、「マーリンに頼りっきりは悪い」という気遣いはほとんどない。ただ単純に、「自分がしたいことだから、お前は手を出すな」というやや特殊なジャイアニズム故の言葉だろう。

 

 そのことに気付いたマーリンは軽く俯いて、「……さすがフリークス家」と呟いた。

 この自由気ままな人外さえもペースがつかめない、ワガママにマイペースに突っ走る一族であることを指摘されたとゴンは気付かず、マーリンの反応に首を逆方向に傾げる。

 

 しかしマーリンもこういうタイプに遠慮をしていたら、それこそただひたすらに引っ掻き回されるだけなのは理解しているのと、実年齢3桁にして生まれてから今まで遠慮などした覚えがないしする気は今後もないので、すぐに顔を上げて痛い所を突く。

 

「けど、君にソラ君を救う術はあるのかい?」

 

 痛い所を突いたつもりだった。

 だが、ゴンは揺るがない。

 

「あるよ。今は何も浮かばないけど、絶対にある。だからそれを見つけるんだ。……キルアと!」

 

 何の迷いもなく、相変わらず他力本願なことを清々しく言い放って笑った。

 

「キルアは今、罪悪感で苦しんでそれしか目に入っていないけど、キルアだってソラが幸せになること、救われることを望んでるのは間違いないから、一緒に探すんだ。

 キルアだけじゃない。ビスケだって素直じゃないけど、ソラには幸せになって欲しいって思ってるはずだし、クラピカはもちろんレオリオだって手伝ってくれる。クラピカはむしろ、手伝って欲しいって声を掛けない方が怒りそう。

 

 それに何より、ソラが一番幸せになりたいはずだ。ソラは今で十分幸せかもしれないけど、それでもソラがもっと幸せになる方法があるのなら、そのことを俺達も望んでいるって言えば、知ってくれたら、ソラは手放したものを拾い上げてくれる。諦めないでいてくれるから、……だから、なくてもいいんだ。見つけるから」

 

 何も思い浮かんでいないのに、何も知らないのに、それでもゴンは「ソラが救われる」という未来をあると信じて疑わない。

 自分一人では無理でも、それでも同じ結末を目指す者たちとなら見つけられると言い切った。

 

 そして、どこまでも真っ直ぐな眼で、太陽のような光を灯す眼で……マーリンが面影を見た者と同じ眼で笑って伝える。

 

「ありがとう、マーリンさん。俺の悩みを聞いてくれて。俺の望みをどうしたら叶うか、教えてくれて。ソラを救う手段を考えてくれて。

 けど、これ以上はもういい。あなたのことを信用してない訳じゃないけど……、俺達とマーリンさんは遠すぎるから、目指す場所は同じでもそこまでの道筋が違う。そして、マーリンさんからしたらそれがベストでも、俺達からしたらその道を通って至るハッピーエンドはハッピーエンドとは言えないものかもしれない。

 ……だから、いいんだ」

 

 マーリンに感謝を伝えつつ、拒絶する。

 マーリンという生き物の在り様を理解しているからこそ、感謝をして信じているがその手を取らないと告げた。

 

 マーリンは座り込んだままゴンを見上げて、目を軽くだが見開いてただ聞いていた。いや、ゴンの言葉を本当に聞いているのかどうかは怪しい。

 彼の顔から、良くも悪くも緊張感や警戒心を溶かしつくす春風のような笑顔は消え去っている。

 

 ただただ、「信じられない」というような驚きがそこにあった。

 ……この時のマーリンは、この時だけは「遠い」とは思わなかった。

 手を伸ばせばすぐ届く、現在と変わらぬほどの近さを感じたが、しかしゴンが手を伸ばす前にその距離はまた遥か彼方、姿がかろうじて確認できるかどうかも怪しいほどに離れてしまう。

 

「……なるほど。君は本当に私好みのハッピーエンドメイカーだよ」

 

 その距離にまたゴンは背筋をゾワリと震わせたが、マーリンの笑顔に自分の善意を拒絶されたことに対する怒りや不快感の類は見られないことに安堵する。

 安堵して、気付けなかった。

 

 ゴンの言葉に、答えに対して不快感の類をマーリンは本心から懐いてない。

 

 しかしそれは、虫が火の中に自ら飛び込むのを見ていちいち「理解出来ない!」と言って恐れないのと同じ事。

 理解出来ない言動だが、生物として違い過ぎているからこそ理解出来ないのは当たり前だとしか思っていないから、全く何も気にしないだけ。

 理解する気などさらさらないし、あったとしてもそれは知的好奇心であって、同情でもなければ意思疎通を望んでいるからでもない。

 

 マーリンは初めから、拒絶以前にゴンの言葉などただの情報として耳に入れているだけ。

 その情報を基に「計画」を変更・修正するだけで、目指す「結末」に変わりはない。「結末」を変える要因にはなり得ない。

 

 なのに……、思わず聞き入ってしまったのは、嘘ではないが本心ではない笑顔の仮面が剥がれたのは……、仮面が剥がれるほどに、ゴンでも手が届く距離にまで近づいてしまったのは――――

 

 

 

『君は自由に、本当に美しいものを見ておいで』

 

 

 

 人間寄りの見た目に反比例するように内面が、精神が人外そのものの自分も、確かに人間の血を引いていることを証明する「後悔」を思い出したから。

 その「後悔」に蓋をして、マーリンは言った。

 

「ゴン君。君にこれが夢だけど夢じゃない証拠を二つあげるよ。

 一つは、バインダーのプレイヤーリスト。後で確認してごらん。私の名前が登録されているから、気が変わったら、もしくは私に何か手伝えることがあったらいつでも連絡しておくれ」

「え? マーリンさん、もしかしてプレイヤーなの?」

 

 マーリンとはわかりあえない事を感じ取りながらも、自分の想像よりもさらに遠い事にも彼の真意にも気付かぬままゴンは、マーリンのもたらす情報に好奇心を輝かせて無邪気に尋ねる。

 そんな単純で愚かな子供にマーリンは、花のような笑顔のまま言葉を続ける。

 

「うーん、プレイヤーというより裏ステージとか隠しイベント系のゲストキャラクター枠、って所かな?」

 

 ジンやG・Mたちが「ちげぇよ。こっちが法を盾に奪った立場だから強く出れないけど、お前はただの居候だろうが」と即座に反論したいことを言い出すが、別にこの発言にはゴンを騙す意図はない。マーリン本人は本心から、G・Iでの自分の立ち位置をそう認識している。

 

 G・Iが現実世界である事をまだ知らない為、プレイヤー以外は皆“念”で作られたNPCと思っているゴンはマーリンの答えに若干混乱するが、どうやら彼はG・I製作に多少は関わっている事と、人の夢の中に現れる事が出来るので、同じ様な要領でゲームの世界にも入り込めると勝手に解釈して納得され、そのあたりの説明を頭の中で用意していたマーリンをちょっと戸惑わせた。

 

「そうなんだ。ありがとう、マーリンさん! 何かあったら『通信(コンタクト)』を使わせてもらうし、マーリンさんのイベントも見つけてみせるよ!」

「……うん、君の素直さは好きだし美徳だと思うけど、老婆心ながらもう少し疑うというか考えた方が良いと思うよ? あと私のイベントは女の子限定だから、君じゃ無理だ」

 

 ゴンの無邪気すぎる答えに、マーリンが正しい意味で遠い目をして脱力しながら答える。ついでに、自分の女癖の悪さをナチュラルにイベントに仕立て上げた。

「そんなR18なイベントはない!!」と指摘してやる者がいない為、ゴンは「じゃあビスケかソラに教えなくっちゃ」とどこまでも純粋に考える。ビスケは大喜びかもしれないが、ソラはやめてやれ。下手するとゴンまで去勢拳の餌食だ。

 

 そんな自分の死亡フラグを立てていることに気付かないゴンに、気付いていても指摘しない爽やか屑なマーリンは「うん、頑張ってね」とテキトーなことをほざきながら、花を一輪摘んで立ち上がってゴンに渡した。

 

「証拠の二つ目は、これ。この花だけは、現実に持って帰れるよ」

 

 言って差し出された花とマーリンを、ゴンは交互に見て戸惑う。

 当然だ。差し出された花は最初にマーリンが話しかけたきっかけ、毒花だと忠告されたものなのだから。

 

 責めるような目ではないが、明らか困惑していることに気付いてマーリンは苦笑するが、他の花を代わりに摘むことはなく、最初に摘んだ毒花……ベラドンナを差し出したまま彼は語る。

 

「戸惑うのは当然か。ごめんごめん。けど別に嫌がらせとかじゃないよ。

 毒があるって忠告したけど、それは本物の場合。この花畑は私の作りだした世界だから、ここでの花は全部無害だよ。ただ本物の毒性は結構シャレにならないから、一応忠告しただけ。

 それと、この花言葉が私に合ってるから、自己紹介も兼ねてて良いと思って選んだんだ」

「花言葉?」

 

 マーリンの答えでとりあえずゴンの困惑の原因である疑問は晴れたが、危険性はほぼないとわかっていてもあえて毒花を「証拠」に選んだ花言葉が気になって、ゴンはベラドンナを受け取りながら尋ねる。

 マーリンはゴンを見下して春風のように、花のように、この世のものとは思えぬほど美しく笑って口を開く。

 

「ベラドンナの花言葉は‐―――――」

 

 しかし、答えはゴンの耳には届かない。

 マーリンが微笑んだあたりで、世界が滲む。マーリンと背景の花畑や青空の境界が曖昧になり、マーリンの言葉が遠くなって聞き取れない。

 

 意識が夢から現実に引き上げられていると認識することで、ゴンの頭は完全覚醒してしまう。

 

「ん? おはよう、ゴン」

 

 花畑は消え失せて見渡す限り辺りの風景は薄暗い森の中、天を仰げばそこにあるのは分厚い灰色の曇り空であって青空ではない。

 目の前にいるのも花のようなあまりに遠い人外ではなく、焚火で朝食を作っているソラだった。

 

 夢だと自覚した上で見ていた明晰夢だったというのに、自覚してもあまりにリアルな夢で、未だゴンの鼻にはあの花畑の芳香が残っているような気がする為、目覚めてもこれが現実なのかまだ夢が続いているのがわからず目を丸くしているゴンに、ソラだけではなく同じく朝食の準備をしていたビスケと、ゴンと同時に起きたキルアも困惑させる。

 

「どうしたんだわさ、ゴン?」

「寝ぼけてんのか?」

 

 寝起きの良いゴンが「おはよう」とも言わずに、ポカンとした顔であたりを窺っていることに二人は小首を傾げて尋ね、ソラも同じように首を傾げていたが、彼女はゴンが持っているものに気が付いた。

 

「! ゴン、それどうしたの?」

「え?」

 

 ソラが指さした自分の右手にゴンは目をやる。

 そこには夢で渡された毒花……ベラドンナが一輪確か握られていた。

 

 * * *

 

「夢だけど夢じゃなかった!!」

「は? トトロにもらったの? けどそれ毒あるよ」

「誰だ、トトロって」

 

 思わず叫んだゴンに、ソラが更に困惑しながら突っ込む。が、その突っ込みはソラにしか通用せず、キルアにボケだと思われてさらに突っ込まれた。

 キルアの方は相変わらず、いつもなら軽く頭を叩くくらいするのにそれをしない微妙な距離感だが、今はゴンの言動に気を取られているのか少しはマシに思えた。

 

 それが嬉しくてゴンは全員から「こいつ大丈夫か?」と思われていることに気付かず、嬉しげに笑いながら言った。

 

「トトロじゃないよ! マーリンさんからもらったんだ! 夢だけど夢じゃない証拠にって!!」

「同じくらい誰だよ?」

「ゴン、あんたちょっと大丈夫? ちゃんと起きてる?」

 

 ゴンがベラドンナの花を3人に突き付けるように見せて、興奮しながら語るが当然全く話は通じず、キルアとビスケは本気で心配しだしてさすがにちょっとゴンも冷静になる。

 が、ソラだけは反応が違った。

 

「…………は? ……マーリン?」

 

 鍋をかき混ぜてたお玉を鍋の中に落とし、目をまん丸くしてゴンに花を上げた人物の名前をオウム返し。

 それはどう見てもキルアとビスケの知らないからこその困惑ではなく、既知だからこその意外に思って困惑している反応。

 

『え? 知り合い?』

 

 3人が異口同音で尋ねると、ソラはまだ「何でそいつの名前が出てくんの?」と言いたげな顔をしたまま「……一度だけ会ったことがある?」と何故か疑問形で答える。

 そしてゴンに、確認というよりは否定を期待して縋るように尋ねた。

 

「……ゴン、君が見た夢って花畑が舞台? それとも花畑の中に浮かんで出入り口のない、やたらと高い塔の中?

 マーリンって奴は、虹色の髪に花みたいに綺麗な詐欺師スマイルを浮かべる、耳に花びらみたいな何かがついてる、師匠が拝みそうなほど爆発させたいイケメン?」

 

 微妙にわかりにくいのかわかりやすいのかよくわからない表現をしつつ、とりあえず相手に良い印象がソラにはないことだけは理解出来る言い草にちょっと困りながら、ゴンは答えた。

 

「え? え~と、夢の舞台は花畑だけど、花しかなかったよ。屋外で塔なんてあたりを見渡してもなかった。地平線まで花だけ。

 マーリンさんは……ビスケが拝むかどうかわからないけど、だいたいその通りかな?」

 

「ビスケが拝む」と素晴らしくどうでもいい部分に対してはわからない答えつつ、「花みたいに綺麗な詐欺師スマイル」に関しては否定しなかった。

 キルアとビスケからしたら「どんなんだよ?」という表現だったが、マーリンには悪いがゴンはソラの表現は的確だと内心で思ったから否定できず、しかしわざわざ口には出さずに流して、とりあえずソラが知っている「マーリン」と自分が夢で会った「マーリン」が同一人物の可能性が高いと肯定する。

 

 した瞬間、ソラが地に伏せて叫んだ。

 

「トトロと一緒にするんじゃなかった!! 何でいるんだよ、あの屑!!

 いや、キリストがいるくらいなんだからいるかもしれないけど、アーサー王伝説ないじゃん! あ、だから幽閉されずに自由の身なのか!! っていうかここでも千里眼持ちだろ! あの覗き魔がっっ!!」

 

 キルアやビスケが「結局誰だよ?」と尋ねる前に、ソラがいきなりブチキレて絶叫しだしたので全員がビビる。

 が、一旦叫んだらすっきりしたのか、割とすぐにソラは体を起こして顔を上げた。

 しかしその顔は、ヒソカよりはマシだが似たような種類で「会いたくない」と言いたげな顔。

 

 そして困惑というよりもはや混乱している3人にソラは気まずげに、曖昧に笑って言った。

 自分が知る「マーリン」とは何者かを。

 

「……ゴン。私もそいつは知ってるけど、別人だ。間違いなく同じだけど、全く別。

 だって、私がそいつと会ったの7年くらい前だし」

『………………は?』

 

 また訳の分からないこと言い出した……と思ったが、すぐさまソラの前半の意味は理解出来た。出来たからこそ、訳がわからなかった。

 ソラがこちらの世界に来たのは約4年前。つまり、7年前に会ったという事はその「マーリン」は……。

 

「そいつ、私の世界では『アーサー王伝説』っていう英雄譚に出てくる『花の魔術師』。

 多分っていうか確実にそいつ、所謂平行世界の同一人物」

 

 * * *

 

 鍋の中に落ちたお玉を菜箸で拾い上げ、朝食のスープを人数分器に注いで配りながらソラは、自分の世界の「マーリン」とその彼と出会った経緯を話す。

 

「マーリンは『アーサー王伝説』っていう英雄譚で、主人公のアーサー王の導き手……と物語ではなってるけど、実際は普通に屑だよ。

 あいつ、夢魔っていう幻想種と人間の混血だから、人間の価値感とあいつは噛み合わない。全然違う訳ではないんだけど何というか結果主義であって、基本は人間の事なんかどうでもいいけど人間がもたらす『ハッピーエンド』って結末が好きなんだよ。

 だから人間に関わって来るし、ハッピーエンドに至る為のお膳立てしてくれたり、きっかけをくれたり色々と手助けしたりするからこそ、性質が悪いんだよね」

「何でよ? 同じ自己満足でも、結果も出さずに周りを引っ掻き回す奴より、結果主義の方がマシじゃない? 特にハッピーエンド至上主義なら、人間側にとっても都合がいいでしょ」

 

 ソラの割とボロクソな言い草に、ビスケが本気で訳がわからないと言いたげな顔でスープをすすりながら尋ねる。

 キルアも同じことを疑問に思っている顔をしているが、口には出さずにスープを飲んでいる。その距離感をやはりなんとしたいと思いつつ、ゴンは食事を始めたソラの代わりにビスケの疑問に答えた。

 

「……マーリンさんは悪い人ではないと思う。けど、俺たち人間が言う『良い人』じゃない。

 あの人、結果しか見ないし興味がないんだと思う。あの人が目指す未来、至りたい結末は人間なら誰もが望むものかもしれないけど……そこに行くまでの過程で出る犠牲の数は、どうでもいいんだと思う。

 マーリンさんと俺たち人間の目指す最終地点は一緒でも、あの人が選ぶのは最短で至る方法で、俺たちはどんなに時間がかかっても犠牲が一人でも一つでも少ない方法。

 ……そういう『ずれ』があるんだと思う」

 

 ゴンが夢の中で感じたあの「遠さ」をどうしたらわかってもらえるのかを考え、言葉を選びながら説明すると、ソラがゴンの説明に補足するように、ゴンの感じ取った印象が正しいことを証明する「アーサー王伝説」について語る。

 

「マーリンはアーサー王やその部下である円卓の騎士たちを様々な苦難を乗り越える為の助言をしたり、手を貸してくれる。けれど、アーサー王の国……ブリテンは最終的に滅ぶ。

 そこに関しては、別にあいつが見殺しにしたとかじゃないよ。あの国はアーサー王が王位を継ぐ時点どころか生まれる前から滅びが確定してるほど、土地は死んでるのに侵略者は多い、先代の王はバカやって民から信用を無くしてた。

 

 ……そんな国だとわかっていながら、あいつはアーサー王の父親と協力して、アーサー王が生まれる前から手を加えて調節して、最優の王を()()()()()()()。王になるかならないかを一応本人に選ばせて忠告したらしいけど、選択肢なんて見せかけだ。

 そうやってあいつはブリテンの滅びまでの過程で起こる出来事を少しでも美しくするため、ブリテンの滅亡が不幸しか生まない悲劇にしない為、その為だけに『アーサー』っていう、一人の人間の人生を使い潰したんだ。

 

 ゴンの印象と認識は正しいよ。あいつは悪人じゃない、むしろどちらかというとお人好しの部類だけど、あいつはいつだって『読者』気取りだから、人間の感情や都合なんか気に掛けない。っていうか、ガチで理解出来てない。

 だけどハッピーエンド至上主義なのは本当で、結果もちゃんと出してるからこそ、性質が悪いんだよなー。屑なのに、あいつの言う通り、望み通りの行動が最善っていうのが本当に癇に障る」

 

 そこまで言ってから、ソラは再び音を立てずにスープを飲み、ビスケやキルアだけではなく本人と会って会話したゴンですらも、「マーリン」という人物像とソラの反応に深く納得した。

 

「……そいつがあんたの『ファン』を名乗る理由が、なんとなくわかったわさ。けど、あんたどこでそんなほぼ神話の住人と会ったの? しかもこっちならまだしも、あんたの世界で?」

 

 ビスケがドン引きも一周回って感心しているような顔と声で感想を呟いてから、ふと浮かんだ疑問を口にした。

 ビスケとしてはこの世界こそが全てで普通なので実感は皆無なのだが、ソラが言うにこちらの世界はソラの世界と違って星そのものが生成する魔力(マナ)が豊富な為、ソラの世界から見たら神代とまでは言わないが十分すぎるほどに神秘が溢れて、ファンタジーが現実な世界らしい。

 

 なので、向こうの世界にとってファンタジーでしかない人物と出会うのはまだ有り得るかもしれないが、神秘がほとんど現実に駆逐されてしまっているソラの世界で出会っているという事実を意外に思ったから訊いてみたのだが、訊いた瞬間ソラの眼が死んだ。

 

「え? ……あんた一体何があったの?」

「……マーリンさん、何したの?」

「お前がそいつを毛嫌いしてる理由は、そこか」

「キルア、正解」

 

 ソラの眼の死に具合にビスケが困惑し、ゴンは同一人物だが赤の他人である平行世界のマーリンにドン引き、そしてキルアはスープをすすりながら突っ込むと、ソラは死んだ目のまま頷いた。

 

「いや、マーリンになんかされたわけじゃないんだけどね。むしろ、助けてもらった。

 ……ジジイの所為でヒトに対して絶対的な殺害権利を持ってる『霊長の殺人者』とか呼ばれる魔犬とカチ遭って、『あ、これ死ぬわ』と思った時に」

「何でお前、そいつを嫌ってるんだよ?」

「その魔犬、元はマーリンの使い魔」

「ごめん、お前が正しいわ」

 

 キルアの突っ込みを正解だと言いつつもさすがに冤罪を吹っかける気はなかったので、ソラは死んでいた眼を少し蘇生させて補足すると、余計にキルアに突っ込まれた。だが即答で決してソラの嫌悪が理不尽ではない理由をシンプルに告げたら、キルアも即答で納得。

 

 いつも通りのやり取りだ。しかし、彼らの視線は自分が持つもう中身がほとんどないスープの器に向けられている。

 そのことに気付きながらも、どうしようもないことを理解しているゴンとビスケは、小さく溜息を吐いた。

 

「……そういえば、私の世界のあいつも私のファンだとか言ってたし、助けたのも元とはいえ飼い主責任を感じたからだけじゃなくて、『ファンだから』も理由の一つだったらしいけど、何か本人はすげー私に苦手意識を持ってたな」

 

 ゴン達にまで気まずく思われていることを察し、ソラは笑って顔を上げて話しを少し変える。

 変えつつ、思い出す。

 

 元使い魔であり、人の精神活動を糧として生きるなどの共通点を利用して、妖精郷(アヴァロン)に幽閉されていながらプライミッツマーダーに干渉してソラを助け、幻影で告げたマーリンの、ソラからしたらすごぶるどうでもいい理由を思い出した。

 

『君の事は好きだよ。可愛いし、面白いし、見てて飽きないし、僕が望んだ結末にだいたい全部持って行ってくれるから』

 

 花のように爽やかに笑いながら、ソラを讃えた。

 

『けど、同時にすごく苦手だ』

 

 好きだと言いつつ、何故かソラは一方的に振られた。

 ソラとしてはマーリンは色んな意味でまったく好みではない為、好かれてもさほど嬉しくなかったがいきなり振られたのは普通にムカついた。正直言ってこれも、マーリンを毛嫌いしている理由の一つだ。

 

 振られただけなら、ムカついた程度で済んだ。ソラなら数日後には笑い話にするような出来事に過ぎない。

 それを未だ笑い話にせず根に持って毛嫌いしている理由は、マーリンがソラの「ファン」を自称しながら、彼女に懐く苦手意識の理由こそが理由。

 奴は、胡散くさい花のような詐欺師スマイルの仮面を脱ぎ捨て、どこか寂しげに、儚げに、何かを悔やむような笑顔で言った事が気に食わなくて仕方がない。

 

『だって君は、僕に人生を使い潰されてもきっと最後は――――』

 

 ソラからしたらマーリンの自業自得としか言いようがない、「そんなの私の勝手だろ」という行動に対してあれは勝手に、一方的に罪悪感を懐いて苦手に思っているのだから、未だにムカついて毛嫌いするのは無理もない。

 

(……この世界に『アーサー王伝説』がなくて、あいつも幽閉されてないってことは、そのあたりのトラウマはないのかな? だから普通にあいつ好みの私に干渉したくなったのか? けどそれなら直接、少なくとも夢に出るなら私の元にくりゃいいのに、何でゴン?

 ゴンも普通に、あいつ好みのハッピーエンドメイカーだから? でも行動制限がないのなら、夢じゃなくて直接会いに来れば、私とゴンの二人同時に合う事が出来るのに、……結局何で?)

「……ラ。……ソラ!」

「! あ、ごめん。何の話してたっけ?」

 

 ふと思い出した、ソラからしたらどうでもいいムカつく事情でしかないが、マーリンからしたら自分がアヴァロンの塔に星の終わりまで幽閉されるほどの「罪」を思い出したことで、元々あった疑問点が更に大きくなってその疑問に思考が没頭していた所を、ゴンによって意識が現実に呼び戻される。

 

「いや、急にぼうっとし始めたから呼んだだけ。けど、ソラ。マーリンさんに関してはどうしたらいいと思う?」

 

 しかしゴンは別に用があったから呼んだわけではない、ただ急に上の空になったソラを心配そうな眼で見つつも、声を掛けられないキルアの代わりに呼びかけただけなのだが、ついでなのでマーリンに関して相談をしてみた。

 ついでとはいえ、思った以上に大物らしいことが判明したのでゴンの相談は切実だったのだが、ソラの答えはあっさりしたもの。

 

「ん? 好きにしたらいいよ。さっきも言った通り、あいつは屑なのは間違いなしだけど、結果主義だからこそアドバイスは的確だし、人間の夢を糧に生きてるから、色んな意味で人間の敵に回ることはない奴だし、深入りして感情移入するのはお勧めしないけど危険人物ではないから、ゴンの好きなようにしたらいいと思う」

 

 褒めてるのか貶しているのかよくわからない言い草だが、ゴンとしてはマーリンを「遠い」と感じたが決して嫌いではない人だった為、「関わるな」と言われなかったことが嬉しいのか、「わかった」と実に嬉しそうな笑顔で頷いた。

 

 ゴンの様子に友人を取られたように感じるのかキルアはちょっと拗ねたような目つきで、器にわずかに残っていたスープを飲み干しながらゴンを睨み付け、ビスケの方はマーリンの美形具合が気になるのか、「早速『通信(コンタクト)』をそいつに使ってみない?」と言い出す。

 

 キルアはともかくビスケの反応にゴンはやや辟易して苦笑しながら、誤魔化すためにマーリンからもらった花をビスケにあげようかなと考え、その前に一応先ほどから自分の横に置いていたべラドンナをソラに差し出して見せる。

 

「ソラ、この花って何か特別?」

「ん~、こちら側に干渉するための依り代かな? ……いや、あいつがアヴァロンに幽閉されてないのなら、依り代は別にいらないか。なら、空間転移の為の目印のつもりで渡したのかな?」

 

 夢でなかった証拠ならバインダーに表示されるリストの名前だけで十分だったのに、こちらの方がインパクトはあったが、わざわざ夢から花までお土産に持たされた事が気になり、ゴンはソラに尋ねる。

 それは本当に、一応程度でしかなかった。

 

 そしてソラも、少しだけ目にオーラを集めてベラドンナを眺めてマーリンの意図を推測しながら、立ち上がって受け取る。

 

 それは、ほんのわずかにオーラが籠っている花だった。

 マーリンが渡してきたものなのだから、それぐらいは想定内。最初から“凝”をせずとも線も点も見えた、ソラからしたら何の変哲もないと思える花だったから、ソラも一応もっとちゃんとよく見ておこうと思ったからどころか、差し出されたから反射で受け取ったに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

「初めまして。『魔法使いの弟子』、ソラ=シキオリ」

 

 

 

 

 

「それ」が花ではないことに気付けたのは、自分の右手を相手の指が絡むように掴み、囚われてからだった。

 

 所謂恋人繋ぎのようにソラの掌に自分の掌を重ね、指をその小さな手に絡めて捕まえ、夢魔は花のように笑う。

 

 その手を振り払う事が出来ない。

 無数の死の夢想を頭の中で描き続ける、予知能力じみた回避反応を持つソラが捕まっただけでも有り得ないのに、相手に敵意の類がないとはいえ、ここまで唐突に現れたのなら反射で振り払ってもいいはずなのに、ソラには出来なかった。

 

 その手を掴まれた瞬間、マーリンが現れた瞬間から世界は塗り替えられた。

 現実と夢の狭間である花畑に囚われ、足に力が入らずそのまま倒れそうになり、マーリンに抱き留められるのを睨み付けるだけで精一杯だった。

 

 スカイブルーどころか一気にセレストブルーにまで明度が引き上がった眼で睨み付けられても、マーリンは紳士的にソラを抱きかかえて支えながら、微笑み続ける。

 

 この中で誰よりも何よりも、「マーリン」という生き物の規格外ぶりを知っていながら、相手をほぼ神話の住人である事を理解していながら、あまりに警戒心が足りなかったソラに対して憐みや揶揄するような笑みではない。

 ただただ、幼子を見るような慈しみの笑みだった。

 

 愚かである事が当たり前と思っている、どこまでも距離がある慈しみの笑みはソラだけではなく、突然現れた現実を受け止めきれずに絶句している、背後のゴンにも向けられる。

 慈しみ、そして深く感謝しながら彼は言った。

 

「ゴン君。ベラドンナの花言葉はね――――」

 

 夢の中では時間切れで教えられなかった言葉を。

 自己紹介を兼ねるほどに、自分にぴったりだと思った花言葉。

 

 

 

 

 

「――――『人を騙す者の魅力』だ。

 ありがとう。おかげでやっとここまでこれた」

 

 

 

 

 

 どこまでも純粋に、嬉しそうに、本心からゴンに感謝して夢魔は告げた。


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