後になって思えば、この時から違和感はあった。
「クラピカさん、眠いの? 仮眠したら?」
珍しくあくびを連発するクラピカに、ネオンはタロットカードをシャッフルしながら提案する。
しかしクラピカは雇い主から嫌味などではなく、普通に気遣われての休んでも良いという許可をもらってもむしろ不満そうに、「大丈夫だ」と答えてパソコンのキーボード打鍵を続行。
「お前、本当にワーカーホリック何とかしろよ」
「そうよ。あんたが休まないと、私たちも休みづらいのよ」
「おい、誰かソラを呼べソラを」
「あ、はいはーい! あたしが呼びたい!」
しかしクラピカの滅私奉公は美徳と受け取ってもらえず、仲間から逆に非難轟々。
言われても仕方がない事ばかりしている自覚はあるので、クラピカは「悪かったな、やめろ!」と最後のバショウの提案とネオンの悪乗りだけは怒鳴って阻止して、今キーボードで打ち込んでいるものが終わったら休むことを告げた。
告げてから、彼はちょっと不機嫌そうな顔から素の不思議そうな顔になって、小首を傾げて独り言を呟く。
「……しかし、ここ最近は5時間以上の睡眠を取ってるはずなんだが、今日は妙に睡魔が酷いな」
「そうね。顔色も隈もむしろ最近は回復していってたのにね」
その独り言に先ほどの悪乗りに加わらなかったノストラード組の良心、センリツが苦笑しながら答えて同意した。
「5時間って、健康的な睡眠時間にはまだ足りてねーぞ」
「というか、睡眠不足を自覚できないほど疲弊していた体がやや回復したからこそ、睡眠不足を自覚して訴えてるんじゃないか?」
しかしクラピカの発言にスクワラが突っ込み所を見つけて呆れたように言い、その言葉に続いてリンセンが現実的な推測を口にする。
リンセンの推測にクラピカは「なるほど」と納得し、ようやく素直に今のままでは仕事にならない事を認め、作成していた書類を仕上げて同僚たちに「後は頼む」と言って席を立つ。
「あ、クラピカさん。なんか夢を見たのならあたしに教えてね」
そのまま執務室を出て仮眠室に向かおうとするクラピカの背にネオンが呼びかけたので、クラピカはまた出たあくびを噛み殺しながら、緩慢に振り返る。
ネオンが楽しげに笑いながら掲げて持っていたのは、分厚いハードカバー。夢占いの本だ。
それだけではなく、彼女の前の机の上には、先ほどまでシャッフルしていたタロットカード、掌より一回りほど大きな水晶玉、占星術の為のホロスコープなどといった、占いに関する本や道具が所狭しと並んでいる。
彼女は2か月ほど前の一件で“念”の存在を知り、それ以降は暴走していた能力を抑える為に修行を続けていた。
無自覚とはいえ半年前まで“発”を使いこなしていただけあって、基本の四大行はかなりスムーズに習得し、今は暴走していた能力に新たな制約などを付けて、クロロに奪われた「
机の上の占い関連のものは、その為に集められたもの。
自分の能力が「占い」ではなく念能力による予知だと知っても、ネオンの占いに対する憧れに変化がない。
だから今までとは違った形式の占いで、自分の予知能力の制御と、あの他者を不幸な未来に誘導する悪魔を、どうにかいい方向に利用できないかと試行錯誤中であることを知っているクラピカは、ネオンと彼女が持つもの、そして誰かにしがみついて取り憑くのではなく、お世辞にも可愛いとは言えない外見だが、見守るように笑って部屋の中を浮遊するネオンの悪魔を見て、淡く微笑んだ。
他者を不幸に導くが、決して他者の不幸を望んでいる訳ではない。
歪み切っているが、それは間違いなく自分を生み出した主の幸福を願って生まれた悪魔だから、自分が主や誰かの幸福の為に使われることを期待して、喜んでいるように思えるそれは、傍から見たら不気味な姿でも、見慣れたクラピカにとっては微笑ましく思えた。
「……わかりました」
だから、2か月前からネオンに対しては基本的に塩対応なのだが、この時ばかりは淡い微笑みと同じ印象の柔らかい声音で、彼女の頼みごとを了承して部屋を出る。
彼女を、ネオンを許したとはまだ言えない。
きっと一生、自分はあのただ愛されたかった憐れな少女を、憐れみながらも完全に許すことはできないとわかっている。
彼女が人体を求めたのは、何が悪いのかをわかっていなかったのではなく、叱られたかったからこそのワガママだったから。何が悪いかを理解した上での行為だったから、同情の余地は大きいが決して無罪にしていい訳ではない。
それでも……、クラピカにとってネオンとの出会いは、良い出会いだったと今は思える。
初めは自分の同胞を慰み者にする外道に媚を売る自分が嫌で、彼女の傷を知ってからも、彼女に対する憐みと同胞に対する罪悪感で板挟みになって、どっちにしろ自分で選んだ道なのにここにいることを後悔し続けた。
今はもう、その後悔はない。
ネオンのコネクションを使って、ネオン以外の人体蒐集家とは何人か接触して、いくつか緋の眼を取り戻すことが出来た。
その度に、ノストラード組に所属し始めた頃と同じ自己嫌悪に苛まれたが、ノストラード組に戻れば、ネオンは自分以上に罪悪感と自己嫌悪に苛まれていた。
そんなネオンを見れば、彼女には悪いと思いつつクラピカの心は救われた。
決してこの世は、自分の同胞を物として下劣な愛で方をする外道ばかりではない。ネオンのように改心して、同胞を悼んでくれる人がいると期待することが出来たから。その期待を何度裏切られても、自分の期待に応えてくれた彼女がいるからこそ、クラピカは自己嫌悪に苛まれながらも、自分が手離したくない何かを大切に抱え込んだまま生きてゆける。
だからクラピカはもう、ネオンとの出会いを後悔していない。
彼女を許すことはできないが、本心から彼女の幸せを願い、守ることに躊躇いも迷いも、同胞に対する罪悪感も生まれない。
彼女が罪悪感に苛まれることに救いを見出しているが、嗜虐趣味がある訳ではない。度が過ぎればそれはクラピカにとってもまた罪悪感になるから、彼女が自分の罪を贖おうとしていながら幸福な今が、クラピカにとっても当初は予想していなかったし出来なかった最善だから。
「……信頼して休める場所になるとは、思っていなかったな」
雇われた当初から信じられないほどの心境と環境の変化に、クラピカは淡い微笑みを維持したまま呟いて仮眠室に向かう。
部屋の向こうで、許せないが幸福である事を願う少女の無邪気な声を聞きながら。
「夢といえば、――――――って迷信あるよね?」
後になって思う。
もしかしたら彼女はまた無自覚に、この後のことを予知していたのではないかと。
* * *
「あなた
ゴンによって突きつけられたものが、怯えたように肩を震わせ、彼の顔を上げる。
その目が遠いのか近いのか、距離がわからない。ただ、近くであっても触れられない。真っ当な良心があるのなら、触れることはできない。
それぐらいに、マーリンの眼は怯えていた。
ゴンの言葉を認めることを。
怯えながらも、その目は離さない。怯えているからこそ、離れられない。
天敵に睨まれた獲物というよりは、親に叱られる子供のような顔で、彼はゴンと向き合っていた。
怯えながら、何かに縋るような眼でゴンを見ていた。
ゴンにはわからない。
やっと見つけた、掴むことが出来たマーリンの真意。
「人としての答え」を求めた理由はきっと、この後悔していない、後悔することが出来ない「誰か」との過去だ。
それはこの反応で確信できているのに、やはり肝心な所は全て虫食いで抜けていてわからない。
だから、ゴンも縋るようにマーリンを見つめ返して尋ねる。
どうか、どうか、同じ星の上に生きているのに、月より遠いと思わせないで欲しい。
わかりあえなくとも同じ結末を美しいと思ってくれるのならば、せめてこれだけは届いて欲しいという一心でゴンは叫んだ。
「ねぇ、マーリンさん。本当にマーリンさんがしたことは……言った事はもう、取り返しがつかない事なの?
取り返しがつかないとしても、今! マーリンさんがしていることを知ったら、その人はどう思うの!?」
少しだけ、ゴンにはその「誰か」の事が想像ついた。予測することが出来た。
だからこそ、ゴンは問う。自分の想像通りの人ならば、その人は絶対にマーリンの選択を、是とは言わないと思ったから。
そしてマーリンもきっと、自分の選択を是という人間の事を好きではない。
自分のしているの事の何が悪いのかを理解していなくとも、理解出来ていなくとも、それは自分にはなかった発想だから予想外で面白がっているだけだとしても、彼は間違いなく自分の選択を肯定する者よりも、否定して足掻く者が好きなはず。
マーリンが「ソラのファンだ」と語っていた時、ソラの為に何かしたいと語っていた時の眼は遠かったが、それでも確かに真摯だった。
ゴンが、「なくてもいい。見つけるから」と語った時は、手を伸ばせば届くのではないかと思えるほど近く感じた。
とても近くで、「信じられない」というように目を見開いていた。
遠い昔に道を分かち、とっくの昔にもう会うことなど無いと諦めた旧友と、再会したような目に見えた。
ソラの事が好きなのは、ソラを思っているのが本当ならば、そしてゴンの言葉にあんなにも近くで、あんな目が出来る人ならば、信じたかった。
今、マーリンがしている事の方が信じられず、自分の言葉が届くと信じることをやめられない。
だから叫んで、突き付ける。
後悔したくないからこそ、目を逸らし続けたもの。きっとおそらくは、もう本当の「答え」は出て来ない。けれど、向き合わないままでいることは許されないものを突き付けた。
「死にたくないソラを死なせちゃう事を! マーリンさんのしている事を正しいって言って許す人との過去を! マーリンさんは後悔してないって言うの!?」
「!? ゴン!!」
ゴンが突きつけると同時に、カルナがゴンの胸を突いて突き飛ばす。
その直後、ゴンが一瞬前までいた位置に入れ替わるように立ったカルナの体に、水気を失った枯れた花弁と草葉が全身に纏わりつく。
「くっ!」
全身に枯葉などが纏わりついてミノムシ状態になりながら、カルナはそのまとわりつく植物を叩き落とそうとするが、いくらは叩こうが毟ろうがいつしか花園ではなく辺りの植物が枯れきった荒地と変わり果てた空間では残弾は無限と言わんばかりに、磁石に集まる砂鉄のように次から次へとカルナに纏わりつく。
「! カルナ! “絶”しなさい!! その植物、あんたのオーラを吸い取ってる!!」
カルナに触れている植物が瑞々しさを取り戻して蔦を、茎を、枝を伸ばして更に彼を拘束してゆくこと、カルナのオーラが明らかに弱々しくなることからマーリンが何をしたのか察し、ビスケがカルナに指示を出すと同時に自分のオーラを一気に解き放って“練”状態のままマーリンとの距離を詰める。
「元の姿で戦うのならその前に一発、攻撃をくらってやる」は、制約と言えるほど明確に定めたものではないとはいえ、思い込みがそのまま力になるのが念能力。だから実行すべきだったが、この男相手にそれはただの自殺志願なので、ビスケは弟子二人に自分の真の姿が引かれていることに気付かぬまま、マーリンに渾身の一撃を殴りかかる。
しかしマーリンの方はビスケの真の姿は初めから知っていたのか、動じることなく無造作に杖を振るってビスケの拳を受け流す。
わかっていたがこの男、本当に見た目や肩書に合わず武闘派であることを実感しながらも、ビスケは雨のように拳をマーリンに向かって連打し続け、マーリンはその全てを柳のように受け流して翻弄し、ビスケのオーラと体力を削る。
そこまでしても、相手が自分を見ていない事はわかっていた。自分が時間稼ぎすら出来ている自信など無かった。
それでもビスケは、足掻く。こいつは絶対に、向かわせてはならない。
どこまでも遠く、けれどこちらに叩きつけるような強い絶望を湛えた眼をしているこの男を、その絶望を突き付けたゴンの元に向かわせてはいけない。
彼がゴンに与えるのは、ソラに対するものと同じ独善的な救いですらない。子供の癇癪に似た怒りである事だけはわかっていたから、年長者の義務として、そして年下に頼られてかっこつけるという年上の特権の為にも、ここは退けない。
「カルナさん! カルナさん!!」
「いい加減にしろよ、このクソ人外!!」
ビスケが時間稼ぎをしてくれているうちに、ゴンはオーラを吸収して獲物を弱体化させつつ拘束力を増す、こちら側からしたら最悪の循環でカルナを捕らえる植物を毟り取って、彼を開放しようと足掻くが、それは焼け石に水でしかない。
しかし、自分が元凶でマーリンの怒りが爆発したことは察しているのだろう。泣きながら、「ごめんなさい」と叫びながらカルナに絡み付いて包み込む植物……、棘があるもの、漆のように人体に有害な成分を含んでいるものもあるのか、手が傷と腫れでボロボロになりながらも、それでも毟って毟ってカルナを開放しようと足掻くゴンにキルアは、「無駄だからやめろ!」とは言えない。
むしろソラだけではなく親友さえも、人間には理解出来ない理屈で勝手にキレて傷つけるマーリンに、もう何本目かわからないがまたキルアの堪忍袋の緒が切れ、罵声を浴びせながらもう一度スタンガンを自分に押し当てる。
だが、キルアの周囲に取り囲むように生えた巨大な植物が、攻撃どころか充電すらも阻む。
「はっ!?」
園芸に興味の無いキルアにはわからないが、それは形状で言えばオジギソウに似ていた。というか、一応はオジギソウの仲間なのだろう。
だが、本来のオジギソウは横に這うように生えるはずなのに、このオジギソウは立つように生えている。そしてでかい。キルアどころか真の姿バージョンのビスケの上背より茎が高いので、もはや木に近く、鳥の羽根に似た形状の葉は、キルアの全身を包みこめるサイズである。
しかしそれぐらいは些末な事。キルアが思わず声を上げたのはその葉の中心、鳥の羽根で言うと羽毛部分ではなく芯の部分に乱杭歯が並んだ口があり、目らしき器官はないのに明らかキルアを獲物認定して涎を垂らして、生き物のように茎を伸ばし、しなってうねりながらこちらに襲い掛かって来たからだ。
「何だこの草!? つーか植物か、これ!?」
ゲームのモンスター枠に入りそうな、食虫どころか食人植物にしか思えない物に突っ込みを入れつつ、キルアは充電した分の電力を全身に纏って、襲いかかってくる巨大オジギソウを殴りつけて焼き払う。
所詮は植物なので、自分の能力が有利に働くという余裕がキルアにはあったが、相手はキルアの能力がどんなものかわかった上で、この植物を使ってきていることをキルアは失念していた。
「なっ!?」
オジギソウの習性を……この植物は風や接触等の刺激で葉が内側に閉じる、その動きがお辞儀をしているように見えるから「オジギソウ」と名付けられたことを知らなかったキルアは、自ら攻撃という悪手を犯した。
しかし仮にオジギソウの特性を知っていても、まさか攻撃レベルの刺激にオジギソウ自ら襲いかかって来るなんて普通は思わないので、キルアを責めるのは酷である。
動物のような器官を持ち、動物のように動きながらも、それは確かに植物だった。
痛覚など存在しないから、半端な攻撃は逆効果。自分自身や仲間が電気によって焼かれて爆ぜても、残った棘の生えた茎は伸び、乱杭歯を鳴らす葉がキルアの全身を包み込む。
充電していた分を全て使い果たして放電しても、痛みを知らないからこそ躊躇がないオジギソウは数の暴力でそのスパークをキルアごと飲み込んだ。
「「キルア!!」」
虫の繭のように巨大で極悪なオジギソウに包まれ、その中からキルアの苦痛で呻く声と何かを咀嚼するような音、そしてオジギソウの葉と茎からはみ出るキルアの右腕がビクビクと痙攣するように蠢くのを見て、ゴンだけではなくマーリンの集中を自分に向けさせようと足掻いていたビスケも、悲鳴のような声を上げてマーリンから目を離してしまった。
その隙をもちろんマーリンは逃さない。
掌に乗せた何かを吹き飛ばすような動作でふっと息を吹きかけると、彼の吐息は鮮やかな黄色で蒲公英の綿毛に似た、ボールのように見える独特の形状をした花に変わる。
これこそ本来のオジギソウの花なのだが、当然こちらもただの花ではない。
オジギソウの別名はミモザともう一つ……、眠り草だ。
いくつものオジギソウの花が、キルアに気を取られたビスケの顔に降りかかると、その花はシャボン玉のように弾けて消えて、ビスケは顔にかかった花を振り払う事も、花がはじけて消えたことに驚くことも出来ず、膝を地面についてそのまま無防備に倒れ込んだ。
ゴンがもうほとんど泣き声で「ビスケ!!」と叫んで呼ぶが、返事はない。しかし倒れた彼女の横顔は安らかで、おそらく眠っているだけある事を察して、ひとまず彼女に対しては安堵した。
「……君の所為だよ」
しかし、彼の安堵は場違いだと突き付ける。
「星の内海。物見の
楽園の端から君に聞かせよう。祝福はここに満ちていると――」
聞き覚えのある詩のような言葉が紡がれる。
前言は覆された。もう自分が一方的に有利なのが嫌だという、強者側の余裕の譲歩はないことをマーリンは示すように、枯れ果てた地面を杖で突く。
「――――罪無き者のみ、通るが良い。『
現実を遮断していた幻想が新たな幻想に上書きされて、塗りつぶされる。
荒廃しきっていた大地が再び、百花繚乱の花園に。
雲ではなく空そのものが濁りきった、重い色に染まっていた天空が、澄み切った蒼天に戻る。
だがそれは上っ面の偽り。
自分の心を覆い隠すための楽園で、マーリンは告げる。
「君は、勘の良さも『僕』以上に無神経な所も、ジンによく似ているね」
自分がマーリンに突き付けた、問うた言葉の所為で、マーリンの逆鱗に触れた所為で自分以外の全員が全滅した現状を「罪」と認識したゴンは、最初の時とは比べ物にならぬほどの睡魔に襲われるが、それでも唇を噛みしめて、奥歯が割れそうなほど歯を食いしばって意識を保ち、傷だらけの手でまだカルナを包み込む植物を毟り続ける。
早くカルナを助けて、そしてキルアも助けないと。
ただその一心で、諦めず足掻き続ける子供にマーリンは、一歩一歩近づきながら……歩み寄るその足は引きずるような足取りで、立っているのもやっとという程の重力の中、無理やり動いているようなかすれた呼吸で、それでも彼は自分が動ける事、「あんな事」を「罪」だと思っていないと証明するように……、証明になると信じているように、今にも泣き出しそうな顔で近づき、ゴンを見下して言った。
「……会わなければ、良かったよ」
痛みがなければ閉じてしまいそうな瞼をこじ開けて見上げたマーリンは、そう言った。
睡魔で朦朧とした意識による視界だったから、よくは見えなかったしちゃんと聞こえていた自信も実はない。
けれど――――
「君達に……、フリークス家になんか、関わらなければ良かったんだ」
それが嘘であることくらいは、わかった。
* * *
「結果だけが全てなら、アーサー王物語なんて初めからなかったことにされてるよ」
画面を、映画の終盤を、モードレットとアーサー王……アルトリアとの一騎打ちを見ながら、ソラは答えた。
「頑張って頑張って頑張ったけど、結局国を滅ぼした王様の話なんて、戦勝国が反面教師としてバカにするくらいしか意味ないはずだよ。……本当にそうとしか思われていないのなら。
けど、違う。アーサー王の物語は、アーサー王も円卓の騎士たちもクラピカや海の言う通り、報連相が全然できてなかったり、女癖が悪かったりとか問題だらけだけど……、みんな民の幸せを願って頑張っていたことを、民も知ってたんだ。
国は滅びても、生き残った人はいた。生き抜いた人はいた。そして生き抜いた人は、死んでいった人たちが何を思って、何を守るために、何を願って死んでいったのか知ってた。
結果は目指したものではなくても、その過程を尊いと思ったから、だからきっと頑張れたんだ。国がなくなっても、自分のルーツに誇りを持って生きてゆけたんだ」
海の「悲劇と決まっていた結果の過程など無意味」という感想を、否定する。
海の言う「結果」とは、「アーサー王物語」の結果だけだから無意味に思えるのだ、と。
無意味なんかではない。
この物語は全員が足掻いて足掻いて足掻き抜いたからこそ、「今」に繋がるのだから。
まだ、過程の途中なのだから。
「物語が終わったら全てが終わるなんて、作者と読者の傲慢な思い込みだ。アーサー王が死んでも、国が滅びても、それでも生きている人がいるのなら、世界は続いてゆく。
続いてゆくには、過程っていうバトンがいる。その過程が、頑張って頑張って頑張り抜いた人からもらったバトンなら、もらった人もまたさらに頑張る気になれるけど、自分の結果がどうせ報われないと思って諦めていい加減に手を抜いたものなら、もらった方だって手を抜くさ。
……だから、意味はある。
例え国は滅びても、彼らのしたこと、彼らの願いを受け取って、それを支えにして絶望せずに生き抜いた人がいるからこそ、アーサー王の物語は現代にも語り継がれているんだ。いくら頑張っても無駄だった愚かな王様の話としてではなく、頑張り抜いた王様の悲劇として……悲劇だけどこんな王様に、こんな騎士になりたいっていう夢を与える物語として、ね。
無意味なんかじゃないよ。結果が悲劇でも、その過程の中に幸福があったのなら、輝けるものがあったのなら……それはきっと、その結果の更にその先の、誰かの過程の結果を幸福に導くから。
だから…………たとえ自分の至る結果が知れていたとしても、頑張り抜いて足掻くことに意味はあるよ」
ソラの答えは、海の「頑張らなければ良かったのに」という感想以上に、残酷なもの。
自分が不幸に終わるという結果が見えていたとしても、それでも自分以外の誰かの幸福の為に、足掻き抜けと言っているようなものだ。
それは綺麗事に過ぎない。自分が幸福になれないのをわかっていて、誰かの為に動ける者聖人君子など皆無に等しい。
なのに、それなのにソラはその生き方を、その生き方に見出した意味を――
「そんな意味で、良いのかよ?」
ソラの言葉に、問い返したのは海ではなくキルアだった。
あまりに痛々しいものを見るような顔で、今にも泣き出しそうな顔で尋ねる。
「お前は自分が報われなくても、救われなくても、それでも……それでも他の誰かの為に、会ったこともない他人の幸福な結末に至る過程の一部になる為に、お前は自分の欲しいものを……『普通』っていう幸福を諦めるのかよ!?」
ソラの答えは海の何気ない映画の感想に対する答えにしてはあまりに真面目なものだったが、まだ雑談の範疇だった。
しかしキルアの問いは、あまりに現状に合っていない。
「この」ソラに問うには、あまりに不自然な問いだった。
けれど、誰もキルアを咎めたり、宥めたりしない。彼の言動を疑問に思わない。
その場の誰もが、姉妹以外の全員がキルアと同じ顔をしていた。
あまりに痛々しいものを見る目で、ソラを見ていた。
ソラ自身は笑っている。
あまりに生々しい傷を見て、幻痛を覚えるほど悲痛な顔をしている彼らとは違って、その生々しい傷を持つはずのソラは、どこまでも晴れ晴れしく笑って答えた。
「こんな意味だからこそ、いいんだ。
私の過程が私という個人で完結するのなら、誰にも無関係でどこにも繋がっていないのなら、それこそ幸福な終わりであっても、儚いもので虚しいじゃないか。
結局終わって何もなくなる為の過程より、私が終わっても誰かに、何かに繋がる過程と結果の方が報われるし、価値があると思える。……生まれてきたことも、生き抜いて足掻き抜いた全てを誇りに思えるだろ?」
どれほどの傷を負っても、どんな結果になるとしても、「それでも良い」のではなく「それが良い」と答える。
受け入れるのではなく、選び取る。
「……そうやって生きることには足掻くのに、お前は一番望む『普通』を諦めるのかよ」
キルアがソラの答えに何も言えなくなって黙り込むと、次はレオリオが問う。
どんなに言い繕っても、お前の人生は一番欲しいものが手に入らない事を思い知らされるものであると、残酷な指摘をする。
諦めておきながら、過程と結果が導き出すさらに先の意味を諦めない理由を問うが、それもソラの笑顔を曇らせ、答えを揺るがしはしない。
「諦めるとは違うよ、レオリオ。
確かに、私は『普通』を一番に望んでるけど、それは自分には手に入らないものだって思ってる。
だって、しょうがないじゃん。私が『普通』になろうとしたら、『普通』なら持っていない力を使って、『普通』ならしない事をして、そして『普通』に生きている人たちを犠牲にして踏みにじって、ようやく得られるかもしれないものだ。初めから矛盾してるんだよ。普通になる為に普通じゃない事をしなくちゃいけないっていう、ね」
あっけらかんと、自分の望みは魚が鳥に、鳥が魚に憧れるようなものだと言い切る。
諦めるしかない。そうしないと憧れて欲したものは、自分自身が踏みにじることを知っているのに、それでも彼女は自分が望む「普通」であるレオリオを、眩いものを見るような眼でまっすぐに見据え、答える。
「だから、私は諦めるんじゃなくて、選んだんだ。初めから得られない物だとわかっていても、それを眩いと、尊いと思ったからこそ、得られなくても守りたいと思ったんだ。
それに、そっちの方が前向きだろう? 私が『普通』を望むということは、それまでの『異常』な私を、私が歩んできた過程を否定することなのだから……、私は私という丸ごとを肯定するために選んだんだ」
あくまで自分は諦めていないと答える。
それは屁理屈のような論理だが、レオリオには否定できなかった。
揺るがない、曇らない、あまりに晴れ晴れしい笑顔が言っているから。
キルアにも、レオリオにも見出せなかったもの、そこにあるとは思えなかったものを、その笑顔が「ある」と言っているから、レオリオは否定できない。
レオリオが黙り込むと、今度はゴンは尋ねる。
不安げに、悲しげに、答えが否定でも肯定であってもとてつもなく悲しい思いをすることを彼はわかった上で、それでもソラに尋ねた。
「……ねぇ。……ソラは、……幸せ?」
「もちろん」
即答する。
キルアが問うた意味に、レオリオが問うた選んだものに見いだせなかった、けれど確かにここにあると彼女は言い切る。
あると証明する、晴れ晴れしい笑顔で。
指先でポニーテイルにしている髪の毛先を摘まんで、見せつける。
色が抜け落ちた白い髪を。
ニコニコ笑いながら、目に力を入れて明度を上げる。
ミッドナイトブルーが澄み渡ったスカイブルーに、そしてその更に先の天上、セレストブルーの眼を細めて笑う。
ここにあるはずのない、ここにあってはならないものを、深淵から帰還した証拠であり深淵そのものの名残を見せつけて、ソラは答える。
「私は幸せだよ。今も昔も、これからだってずっと幸せなんだ。強がりなんかじゃない。誤魔化しなんかじゃない。諦めなんかじゃない。
そもそも君たちは、勘違いしてる。
私は他人の為に自分を殺せる聖人君子じゃないよ。むしろ私の人生を肯定するために、他人を利用してるんだ。私の歩む過程と、そこから導き出す結果には必ず意味はあると思いたいから、他人が必要なだけ。
だから……、『ここ』は確かに楽しいけど、幸せとはちょっと違う。楽しいだけで、私は何も築き上げてないし、どこにも繋がらない。終わってしまえばそれだけのものだから、『ここ』を幸せだとは言えない。
私は、私が歩んできた全てを後悔してないよ。間違いなく幸せだから……だから――」
自分の
気付いている。気付いていたと告白して、彼女は毛先を摘まんでいた指を離して、代わりに掴む。
デザートの林檎を皮を剥いていたナイフを、手に取った。
カタカタと震える手で。
何かを恐れるように、怯えるように血の気の引いた指先でそれを取り、それでも彼女は揺るがずに笑って言った。
「だから、バイバイみんな。『ここ』は楽しかったよ」
笑って、ナイフの刃先を自分の胸に突き付け押し込んだ。
「!? 何をしてるんだ!!」
悲鳴のような制止の声と、躊躇なくナイフに伸ばした手。
彼の背をその手が押したのは同時だった。
* * *
声が、聞こえた。
「……ゴ……ン。離……れろ……」
「え?」
「!?」
キルアと同じように植物が全身に絡まりついて、蛹か繭のような状態だったカルナは、口元だけがゴンの努力でわずかに覗いている。
その唇が戦慄き、かすれた声で命じる。
彼の言葉にゴンよりも早く理解して反応したのは、マーリンだった。だが、彼は自分で塗り替えた世界の法則、罪なき者だけ自由が許される楽園に囚われている彼には、その言葉の不穏さに気付いていても、とっさに距離を取ることが出来なかった。
だから彼は、杖でカルナを助けるつもりがカルナに縋っているようにしか見えない状態で、傍から離れないゴンを突き飛ばしてから、その杖を振りかぶって、思いっきり振り下ろす。カルナが包まれた植物の塊に。
しかし……自分に絶望を突き付けた意趣返しと言わんばかりに、現状を「君の所為」だと言っておきながら、ゴンをカルナの指示通り彼から離した行動が、決定的なタイムラグを生む。
何故、そのような行動を取ったのか。
それは、マーリン自身にはわからない。
けれど、カルナとゴンにはわかった。
予測していたのではなく、ただ信じていたことをマーリン自身だけが全くわかっていないまま、彼は反撃を受ける。
マーリンの杖がカルナを、彼のオーラを食い荒らして包みこみ、締め上げる植物ごと突き刺す前に、その繭に様な植物が一気に燃え上がる。
それはカルナ自身が持つスキル、「魔力放出(炎)」だが、これは念能力で言えばキルアの放電と原理は同じ。
強化系のソラの体でも、変化系の能力であるから比較的簡単に再現できるスキルの一つだ。
しかし……
「! いいのかい?
「このまま貴様に食われ続けるよりはいい。マスターもそう判断する」
その場からとっさであろうがなかろうが飛びのくことが出来ない、地面に根が張った植物のような状態のマーリンは、辺りの植物で即興の盾を作ってカルナの炎を防ぎつつ、カルナがこれ以上魔力放出で攻撃するのを躊躇わせる発言をするが、カルナは揺るがない即答で返す。
マーリンの指摘とカルナの即答で、ゴンは一瞬ショックを受けたように眼を見開くが、「自分の所為でカルナが、ソラの命を削るような真似をさせている」という認識はこの空間では致命傷。
罪悪感が増えるほどに、ゴンに襲い掛かる睡魔も比例して増える。
だが、ゴンはポケットに突っこんでいた石を取り出して、躊躇なく自分の額をそれで殴りつけ、睡魔を追い払う。
それでも完全に追い払い切れないのか、重い足取りでゴンは殴って流れ出る額の血を拭いもせず、棘だらけの茎に、乱杭歯の並ぶ葉に包まれたキルアに近づく。
カルナが自力で解放されたのなら、次はキルアを助けなくては。その一心で、自分の弱さを、無力さを嘆くのを後回しにして足掻く。
あまりに重々しくて弱々しい足取りだからか、刺激に反応して襲い掛かるほど積極的なオジギソウも、近づくゴンに反応しない。
その様子にマーリンの顔が歪んだのは、オジギソウが攻撃しなかった事か、それともまだマーリンは直接ゴンに何もしていないのに、ほとんど自分でボロボロに傷ついて、それでも足掻くゴンに対してか。
「……ゴン君。もう無理だ。諦めなさい」
ゴンよりもマーリンの方が傷ついているように、痛みに歪んだ顔で彼は、最後の忠告を与える。
「……カルナが今まで、ろくに私と戦おうとしなかったのは何故だと思う? 燃費が悪くてソラ君の命を削りかねないほど
それを、今やめたということはもう、ソラ君は助からない! カルナでも届かない深淵に墜ちてゆくしかないのだから、もう何をしても無駄なんだよ!!」
カルナの行動、ゴンを助けようとしてした行動こそがソラへのトドメだったことを指摘して、彼らの希望を絶やして諦めさせようとする。
この結果こそが最善だったと主張するが、焦げ付いて纏わりつく植物の残骸をはがし取りながら、カルナが事もなげにその主張を否定した。
「……オレもそう思っていた。が、どうやらマスターには、まだ守り手がいたようだ。
マスターの事は自分に任せて、オレはお前に集中しろと誰かに言われたのだが……、残念ながらそれが誰だったのかは全く思い出せない。……だが、オレ自身よりも信頼できる相手だと思ったのは、確かに覚えている」
カルナの答えに、ゴンよりもマーリンの方がポカンと呆気に取られた顔になる。
何の事だか、何が何だかわからないといわんばかりだった顔が、しばしの間を置いて気付きに変化する。
ひと月ほど前、千里眼で見ていた彼らの一幕を思い出したのだろう。
「まさか――――」
ソラとカルナ。二人が歪な両義となる前から、ずっとずっと「そこ」にいた、消えない傷。
手離さない痛みの亡霊。
後悔しているからこそ、「やり直し」を求めない。
だからこそソラが、「魔法使いの弟子」となったきっかけ。
カルナと違って、「本物」がそこにいることをソラは知らない。だからソラの意思で表に出すことは出来ないし、きっと彼女自身もそれを望まない。
けれど、確かにそこにいる。
深淵の手前で、「忘れたくない」「忘れないで欲しい」という互いの望みを拠り所にして、そこに留まり続けている少女の存在を思い出した。
* * *
背を押された勢いのままに飛び出て、掴んだ。
そんな事されなくても、行動していた。
震えながら、恐れながら、それでもあまりに綺麗に笑って死のうとしていた。
彼女が望んで行っていたことくらいはわかっているけど、その望みは叶えられない。叶えてたまるものか。
事情なんて何も知らない。
ただ、自分のワガママを貫いただけ。
死んで欲しくなかったから、クラピカはソラが自分の胸……正確に言えば鎖骨の中心のやや下あたりに刃先が2センチほど刺さって埋まるナイフを、無理やり掴んで引き離した。
「何をしてるんだ!?」
勢いのまま、怒鳴りつける。
刃先だけとはいえ既に胸に刺さっていたナイフを力づくで引き抜けば出血がひどくなるし、抜く際に血管を致命的に傷つけてしまう危険性もあったが、そんな危険性はこの時頭になかった。
自分がナイフの刃を握ってしまった事すらも、気付いていない。自分の指や掌の肉が裂ける痛みよりもずっと、その胸の傷の方が痛かった。
ただただ痛みのままに、その胸の傷から血が、彼女の命がそれ以上零れ落ちないように押さえつけて叫ぶ。
「この大馬鹿者!! お前は死にたくないはずだろ! なんで、よりにもよってオレの目の前で自分の命を捨てようとするんだ!? お前はオレを殺したいのか!? ふざけるな!! お前がオレを殺すんじゃなくて、オレがお前を殺す約束だろうが!!」
質問をしているようで、答えなど求めていない。ただ彼女のしようとしたことを、否定するために叫んだ。
知りたいから訊いているのではない。彼女が死のうと思った理由など、むしろ一生知りたくない。
訊いているのではなく、知ろうとしているのではなく、クラピカの方がソラに教え込む。
お前がいないと生きてゆけないと、訴えた。
しかしその訴えを聞いているのかいないのかよくわからない、ポカンとした顔のソラは言った。
「へ? ……え? ……なんで『この』クラピカが、そのこと知ってんの?」
無理やり果物ナイフをソラから捥ぎ取って投げ捨て、唐突な自殺を咎めるクラピカに、何故かソラはやけに困惑している。そして訊き返した内容からして、話は聞いていたがその意味合いを理解はしていない。
あんなことをしでかした直後でも歪みなく斜め上にいつも通りなソラに、クラピカの方も懐いていた怒りが切羽詰まった懇願に近いものから、いつも通りのムカつきに変化してつい手が出そうになったが、その拳が勢いよくソラの頭の上に落ちる前に、クラピカの疑問は答えられた。
「死にたくないからこそよ。
全く、あの
背後から、ソラが死にたくないのに死のうとした理由を語られるが、それはクラピカにとっては何もかも意味不明だ。
だからひとまず自分以上に現状を理解出来ずに困惑しているソラは、困惑しているからこそまた唐突な自殺はしないだろうと思って放っておき、クラピカはソラの胸の傷を押さえたまま、振り返って尋ねた。
「……色々と訊きたいことしかないのだが、まずは挨拶をしておくべきか。
久しぶりだな、海。まさかたったの一月ほどで再会するとは思わなかった」
「ご丁寧にどうも。私は別に、まったく、これっぽっちも会いたくなんてなかったし、あなたに興味ないけれど、つれて来られるのがあなたしかいなかったのよ。
ソラから魔力をもらっただけじゃなくて、私の魔力もあなたは略奪していたから、微弱すぎて普通なら使えるものではないけど、『ここ』に引き寄せる程度のパスが出来上がっていたのは、まぁ幸運だったわ」
海はクラピカの挨拶にスカートの裾を摘まんで、優雅に、可憐に頭を下げて礼をするが、返答自体はそっけなく、そして言っていることも大半が意味不明だ。以前は立場と事情故に、理解を求めていないからわかりやすく説明する気がサラサラなかったのはわかっているが、どうやら素の性格で、わかりやすい説明をしてくれるタイプではないらしい。
しかし元々彼女に愛想や社交辞令を求めていないクラピカは、海のそっけなさをこちらもそっけなく無視して、自分の記憶を整理しながら尋ねる。
記憶を整理して思い返す。
気が付いたら、ここにいた。しばらくは何の疑問も懐かず、映画を見ていた。
今になって思えば、あまりにも違和感と矛盾だらけの記憶に何の疑問も懐いていなかった。ここが現実だと思い込んでいたが、海の問いあたりから違和感に気付いた。
その違和感に気付くと、同時に思い出す。
この違和感と矛盾だらけだが、あまりに都合と居心地のいい世界のキャストに自分が割り込む前の、その直前の記憶が蘇る。
「海。これはソラの夢なのか?」
ベッドに横たわってすぐに訪れた睡魔に逆らわず、意識をそのまま沈めていった。水底にゆっくりと沈んでゆくような、心地よい感覚の中で手を掴まれて、問答無用で連れてこられたことを。
何事かも理解出来ぬまま、抵抗も許されないまま、ただその言葉だけでクラピカは逆らわずについて行った。
『ソラが呼んでるわ。早く来なさい』
彼女によく似ているが違う少女が、自分の手を引いてそう言った。オモカゲでは再現できなかった目が、妹の本来の瞳とよく似た暗い青系統だが、妹の夜空を思わせる藍色とは違って、彼女も名前の通り深海のような紺碧であることをこの時、初めて知った。
その目が人形のような涼やかな無表情とは違って、今にも泣きだしそうに見えたから。
だから、何もわからないままついて行った。
元から根源に繋がる体でなくとも、魔術師でなくとも、人が唯一触れられる「 」の浅瀬。
集合無意識の最も表層。
夢の中。
自分の夢の中から
『夢といえば、「誰かの夢を見ると、その人が夢に呼ばれる」って迷信あるよね?』
オジギソウは犬神編でジンがやったショットガンと同じノリで使ってみましたが、違和感が何もないな。
たぶんマーリンならシマネキ草も風華円舞陣も普通に使えると思う。
でもローズ・ウィップはダメだ。使うな。一番再現しやすいだろうけど、使うな。お前が使うとそれは武器というより、その手のプレイの道具にしか見えないから。