死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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「一坪の海岸線」攻略編
157:気まずい再会


「へー、あの人G・Mだったんだ」

「お前……、もしかしてまた最初っからここが現実世界だとわかってたのか?」

「うん、最初の説明のとこでね。話したら興ざめになると思って話さなかった」

 

 マーリンの一件からはや三日。カルナが消費したソラの魔力(オーラ)も完全に回復し、ぎこちなかったキルアとの関係も元通りとまではいかないが無問題になったので、ゲームの攻略を再開することにしつつソラ達は雑談を交わす。

 

 ちなみにソラは未だに、マーリンやらかしの動機を知らない。

 本人の宣言通り、本気で興味はないらしいので他の者にマーリンが何をしたかは尋ねても、自分のことは全く尋ねなかったし、夢の中でカルナとコンタクトを取ってある程度の情報共有はしたようだが、カルナもやはりソラの命の保証はあと1年半ほどしかない、それさえも最悪の使われ方を世界に強制されるかもしれない話なんて、しても余計に悲劇的なだけだと思っているのかしなかったようだ。

 

 この自分を蔑ろにしすぎな所は全員がどうかと思い、正直言って正座させて説教したいくらいなのだが、関心を持たれたら困る話題なので言いたいことをぐっと我慢している。

 しかし本人は皆の我慢をつゆ知らず、他人事のようにマーリンの一件で関わった他の者を話題に上げている。

 

「うん。ソラが来て最初に言われたら、することは変わらなくてもなんかちょっと残念に思いそうだったから、教えてもらわなくて良かったよ」

 

 比較的、ソラに言いたい文句や説教はないゴンはビスケやキルアと違って、「人の気も知らないで……」と言わんばかりの顔をせず、朗らかに雑談に応じる。

 そして少しだけ残念そうに苦笑して、彼はあの時は言えなかった以前に、余裕がなくて思いつかなかった自分のワガママを口にした。

 

「……今思うと、すぐにレイザーさんと別れたのはちょっとだけ惜しいなぁ。ジンの事、もしかしたら聞けたかもしれないから」

「あぁ、そうだね。けどあのおっさんの事だから、仲間にも自分の居場所を教えてないと思うよ」

「いいよ。そこは期待してない。ただジンの話が聞きたいだけだから」

 

 ジンと面識があるソラはゴンに可哀想な期待をさせないように言うと、ゴンは笑ってただ知りたいだけだと答えた。

 よく似た親子だが、子供であるのを抜いても父親よりよっぽど天使なゴンを思わずソラはひしっと抱きしめ、キルアが不愉快そうにソラを蹴り飛ばす。

 

 元々、キルアのツンデレによる暴力行為を全く気にしないソラは相変わらず、好意の意味をわかっているのかどうか怪しいぐらいに「いったいなー」で終わらせ、ちょっと二人のやり取りをオロオロしているゴンに向かって笑って言う。

 君の願いは、きっと叶うと。

 

「きっとまた会う機会ならあるよ。難易度が高くてでかいイベントは、NPCじゃなくてG・M本人が行ってるってイータさんが言ってたし。

 それにたぶん……、きっとG・M達も君と早く話したくてうずうずしてるんじゃないかな?」

 

 ソラの言葉は決してただの励ましではない。このゲームは親の資格を捨てたはずのジンが、それでも自分を追う息子に向けての親心。

 強くなって欲しいという素直じゃない願いであり、言っちゃなんだがジン個人のスパルタなんだか過保護なんだかよくわからない、親バカなワガママでしかないものを協力して作り上げ、そして当の本人はどこか別の所でバカやっているにも拘らず運営し続けているのだから、おそらくはG・M達もゴンに対して親心に近いものを懐いている。

 

 だからゴンの些細な願いは叶うとソラは告げ、ゴンもそれを信じて疑わず、楽しみで仕方がないと言わんばかりの顔で「うん!」と頷いた。

 

 そんな和むやり取りの直後、ゴンのバインダーがピンポーンとインターホンのような通知音を上げる。

 

《他プレイヤーがあなたに対して『交信(コンタクト)』を使いました》

「お、一体誰だ?」

《よぉ、こちらはカヅスールだ》

 

 ゲームに来て最初期、「真実の剣」を奪ったがそれ以降はダブったカードのトレードを友好的に行っているプレイヤーが、久々にコンタクトを取ってきた。

 いつものトレードだと思ってゴンはダブりカードの番号とアイテム名を上げるが、どうやら本日の用件は違ったらしい。

 

《もうすぐクリアしそうな奴等がいる。

 3人組でリーダーはゲンスルーって奴だ。知ってるか?》

「!? ……うん」

 

 危惧していた事態が起こっている事をゴン達は知り、表情は全員一気に険しくなる。

 カヅスールは自分の発言が思った以上かつ想定外の方向でゴン達に緊張感と警戒心を与えていることを知らず、まだどこか薄い危機感のまま提案した。

 

《他に何組か声を掛けていて、マサドラの北東2kmの岩場で集まる。情報を交換(トレード)するだけでも価値はあると思うぜ》

 

 その提案に断る理由は誰にもなかった。

 が、まさかここからゴンの望んだ些細な願いが叶うきっかけになるとは、誰も予想していなかった。していたらむしろ、レイザーも含めてこう思う。

 

「もうちょっと後でいいよ! この短期間でこの再会は気まずい!!」、と。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 待ち合わせの場所である岩場に集まった全員に、声を掛けた代表としてカヅスールが議長兼進行役を担って話し始める。

 内容は「交信(コンタクト)」で軽く話した通り、爆弾魔(ボマー)ことゲンスルー組のゲームクリアを阻止する為の対策であり、その対策法は彼らが持っていないカードの独占で話はまとまるのだが、本題の「ここにいるメンバーで共同戦線を張る」というカヅスールの提案に、一人のプレイヤーが異を唱えた。

 

「提案には賛成よ。でもメンバーには異論があるわ」

 

 異を唱える3人組のリーダー格らしきタンクトップ姿の女性、アスタにカヅスールは何が不満なのかを尋ねたら、彼女は更に不満そうになって傲慢に答えた。

 

「ちょっと待てよ、アスタ。あんたが『交信(コンタクト)』の時に行った条件は守ったぜ?

 カード所有種50種以上。ここにいる6組はちゃんとクリアしてる」

「それプラス、互いに有益な関係を作れる人たちって言ったはず! この子たちがあたし達に有益なものを提供してくれるとは、とても思えないわ」

 

 アスタが指した「この子たち」とは当然、ゴン達の事。

 おそらくは最初から、(見た目は)大人がソラしかいない彼らが不満だったのだろう。カードの所有枚数もこの6組の中では一番少なく、そして初めにランキングはどうやって知るのかとキルアが尋ねて話の腰を折り、交換店(トレードショップ)さえも活用しきれていない事を知れば、アスタにとって彼らは自分たちの足を引っ張るお荷物にしか見えないようだ。

 

「有益な関係、潰してんのはそっちだろ?」

 

 アスタの気持ちもわからない事はないが、当然言われた側からしたら、こちらの方が不満である。

 沸点の低いキルアがそう反論するが、アスタは自分の主張を曲げる気がないらしく、「有益な証拠を出せ」とやはり上から目線で言い放つ。

 

「ゲンスルー組の能力を知ってるよ」

『!!』

 

 しかしあっさりと出せないと思っていたもの、それも有益どころではない情報をゴンが答えたので、アスタだけではなく他のプレイヤー達も目の色を変える。

 更にキルアが引き続いて、「奴等が持ってないカードの内の1枚、持ってるぜ。それでも不満かよ」と、自分たちは決しているだけで不利益なお荷物ではないと主張する。

 トドメにそもそもソラはゲーム攻略の為のプレイヤーではなく、爆弾魔(ボマー)対策に雇われた除念師であることを告げたらもう誰からも文句などない、むしろ拝まれる勢いだっただろうが、それは言わなかった。

 

 せっかくの自分達が有利になる情報を、まだ信用し切れていない人間、しかも悪意とまではいかないが、好意的ではない感情をあからさまにぶつけてこられたら、全部曝け出す気にはならない。

 何よりそれで評価が変わるのはソラだけであり、キルア達はソラという金魚について回る糞という印象を強めるだけなので、キルアとしては利害など関係なく、意地でも言いたくない事だ。

 キルアのプライドはともかく、ソラの事を明かしても得どころか損になりかねないという考えには、ビスケはもちろんゴンやソラも同意見なのか、ソラの事は話さずそのまま話を進める。

 

「いーえ、十分よ。早速教えてよ、あいつらの能力」

 

 さすがにこの二つの情報で、アスタは少しだけ友好的になったが、それでも彼女はまだ上から目線だった。おそらくこの時点で、「見くびりすぎてた、ごめん」とでも言えば、キルアは怒りの矛を収めていたのだが、キルアから見てアスタは正直いって、大した実力者ではない。だからこそ、いつまでも見下されているのが我慢ならなかった。

 

 特に「子供」というだけで、キルア自身の責任ではないのに、努力でどうしようもないことを理由に、見下されるのは耐えられない。

 

 なのでキルアが、アスタ達こそ自分達にとって有益な人材かを尋ねれば、アスタは彼らより実力者である証拠として、獲得カード数を答えてから、情報の見返りにランクAのカードを1枚やると提案する。

 やはりどこまでも傲慢な彼女に、キルアは自分が譲歩する必要はないと確信して、ランクSのカード2枚か自分たちと同価値の情報という、自分でも少しやりすぎだと思う条件を突き付けた。

 

 もちろんアスタはその条件を呑めず、他のプレイヤー達にキルアの強欲さを訴えかけるが、キルアが強欲なのは事実だが、別に今は他のプレイヤー達の足元を見ている訳ではない。

 ただ単にアスタの傲慢さが不満で、彼女と共同戦線を張るならこのくらいの見返りが必要な程に信用できないと言い表しているのだが、アスタには通じないどころか、自分の無礼さを全て棚上げして、キルアの方を責め立てた。

 

「はぁーーあ、やっぱりガキね。あの程度の事でへそを曲げたの!?」

 

 その発言に、ゴンとビスケが思わず「あ」と小さく声を上げる。

 些細かつ一瞬だが噴き出たものに彼らは気付き、アスタに向かってこっそり二人は合掌しだす。

 アスタは気付かない。自分の発言が、おそらくこの中でもっとも怒らせてはいけない相手の逆鱗だったことに。

 

「やめとけ、二人とも。仲間割れしてる場合じゃないだろう」

「「まだこいつと仲間になってねーよ!!」

 

 さすがにカヅスールが代表して仲裁するが、二人とも完全な意地の張り合いになって反論する。

 アスタの仲間達も、アスタの方が大人げなさすぎると思ったのか、キルアの条件を呑むと譲歩してくれたのだが、それでもアスタはまだ意地を張って、キルアの神経を逆撫でし続ける。

 ついにキルアが、アスタがいるのなら他のメンバー含めて組みたくないと言い出し、それをゴンとビスケが宥める前に、キルアの頭に軽いチョップが落ちる。

 

「キルア。いい加減にしなさい。君、少しは大人になれ」

 

 叩くというより置いた程度の力加減だったが、ソラに言われた事は全力で殴られたよりもショックだったのか、キルアは怒りで紅潮していた顔から血の気が引き、けれど反論はせずに唇を噛みしめて黙り込んだ。

 彼女に「大人になれ」と言われること、自分が彼女にとって子供である事を思い知らされるのは、色々吹っ切ったとはいえまだ傷が青いキルアにとって、致命傷に等しかった。

 

 そんなキルアの様子に気づきもせず、アスタは保護者だと思っているソラの仲裁と叱責が遅かったのが不満なのか、ふんっと鼻を鳴らす。

 そんな彼女に、ソラはキルアの頭を一度クシャリと……、叱っておきながら「君は悪くないよ」と言うように撫でてから、勢いよく振り向いた。

 

 黙っていたら造形が完全なバランス故に、人形じみていてなんかちょっと怖いレベルの美人が、ホラー演出のような勢いで自分に向いたことでアスタは一瞬ビビッてから、「な、何よ!?」と困惑の声を上げる。

 その困惑を無視して、ソラは微笑んだ。

 花の(かんばせ)という表現以外見当たらないほど美しく、しかし目が全く笑っていない笑顔を浮かべ、彼女はアスタに尋ねる。

 

「君、いくつ?」

「……は?」

「年齢は? 念能力歴は何年? G・Iはいつからプレイしてるの?」

「はぁ!? あんた、何言ってるの? 何でそんなことを答えなくちゃいけないのよ!?」

 

 ソラは脈絡がなさすぎる質問を立て続けにぶつけながら、アスタが座る岩場にまで近づき、アスタはソラの迫力に押されつつも言い返す。

 その反論もやっぱりソラは無視して、笑顔で言った。

 

「あの子……、君と言い争ってた子は今年で13歳。7月生まれだからまだ12歳で、念能力歴はちょうど1年くらい。そしてG・Iのプレイ歴は半年なんだよね」

 

 何故かアスタに問うた質問の答えをキルアで答え、アスタが「それが何よ!?」と訊く前にソラは真っ直ぐ、スカイブルーの眼で見据えて再び問う。

 

「君は、あの子と同い年の頃、何をしてた? “念”を覚えて一年目は、何をしてた? G・Iをプレイして半年目のカード所有枚数は?」

「!?」

 

 ソラの眼が文字通り色を変えたことにもまず驚くが、それよりもソラによって突きつけられたものに、アスタは言葉を失う。

 

 アスタは、キルア達を子供だから舐めてかかっていた。交換屋(トレードショップ)も活用し切れていない素人など、足手まといにしか思えなかった。

 しかしソラの指摘で自分は、酷い思い違いをしていたことを思い知る。

 

 キルアがランキングをどうやって知るのかを尋ねた時、彼らを馬鹿にするのではなく驚嘆するべきだったのだ。交換屋(トレードショップ)を活用し切れていないのに、50種のカードを集めたという事実こそ、彼らの実力を大いに表している。

 

 彼らよりカードを多く集めていることを、自分たちの方が格上である証拠として語ったが、今更になってそれは、とてもつもなく恥ずかしい言葉だったことを知る。

 キルア達より年上で、念能力者歴もG・Iのプレイヤー歴も長いのに、それでもリードしているカード枚数は20にすら満たない事は、自慢するのではなく恥ずべき結果。

 

 アスタがキルアと同い年だった頃は、念能力の存在すら知らなかった。“念”を覚えて1年目で、五大行をマスターしていたかどうかは怪しい。G・Iのプレイ歴半年で、ランキングを交換屋(トレードショップ)で得られることは知っていたかもしれないが、それは自力で指定ポケットカードを得ることが出来なかったから、日々の生活用品や路銀調達と情報収集の為に、交換屋(トレードショップ)活用し続けたからだ。

 

 アスタがキルアを馬鹿にした部分の全ては、ほんの少しよく考えれば、評価は逆転する。

 今はまだ自分たちの方が格上かもしれないが、一カ月足らずで追いつかれてもおかしくないほど、この子供たちは才能あふれた逸材である事に、ようやくアスタは気付いた。

 

「……見る目がないというか想像力が足りないのは、むしろ同情するから怒ってないよ」

 

 自分の愚かさを思い知って、今すぐ穴を掘って埋まりたい羞恥に襲われていたアスタに、いっそ怒っていてほしいぐらい残酷な事をソラは言って、ぴょいんと軽々アスタが座っている岩場に跳躍し、隣に立つ。

 そして、アスタをスカイブルーからさらに明度を上げた天上の青、セレストブルーの眼で見下ろして告げる。

 

「でも、彼らの努力とその成果を、『あの程度』と言って侮辱することは、許さない」

 

 自分が何に怒っているのかを、告げる。

 少し考えればわかったことを考えず、勝手な偏見で彼らを見下して不当な評価をした挙句、彼らの怒りさえも自分の価値感で勝手に、「あの程度」と決めつけた。

 自分が踏みにじったものが何であるかを、自分の言葉がどれほど相手の全てを侮辱し、否定して傷つける酷い言葉だったかを自覚しない事は許さないと、深淵の眼で逃げられぬように教え込む。

 

 ソラの美しすぎて見ていられないのに目を逸らせない、生存本能が「今すぐ逃げろ」と「逃げたら死ぬ」という真逆の命令を同時に叫ばせる「死」の気配に息を飲み、呼吸の仕方さえも忘却しかけているが、逃げることは許さないソラの怒りを理解したことで、自分が言うべき言葉を喉の奥から絞り出す。

 

「……ご、……ごめん……なさい」

「謝る相手は私?」

 

 しかしその絞り出した謝罪の言葉を、ソラは美しい微笑みと天上の目で切って捨てた。

 その笑っていない眼が、「まだわかってないのか?」と訊いている。

 もう答えは間違えられない事を本能的に理解したアスタは、恐ろしいからこそ目が離せなかった蒼穹の眼から、ガタガタ全身を震わせながら顔を背けてキルアの方に向き直り、悲鳴のような声で叫ぶ。

 

「ごめん! あたしがバカで無神経すぎた! っていうか今思えば、あんた達に無自覚で嫉妬してたかもしれない! 本当にごめん!!」

 

 その謝罪に、ポカンとしながらキルアは「あ、あぁ。俺も、意地になりすぎた」と自分の非を認めて謝罪した。

 そしてソラはアスタから目を離し、ガチギレだった眼の明度を、いつものサファイアブルーにまで落として振り返り、実に晴れ晴れしく笑ってキルアに言う。

 

「キルア。よく覚えておきなさい。

 バカの言う事をいちいち真に受けていたら、同じバカにしか見えない。大人なら『バカ言ってるなー』で受け流せ。

 けど、本当に大事なものが傷つけられたら、絶対に許すな。真っ先に逃げ場を封じて、全力で叩き潰せ。それが、大人の喧嘩の仕方だ」

「……大変、勉強になりました」

「っていうか、あんたはやりすぎよ。オーバーキルもいい所じゃない」

 

 アスタの横で死体蹴りとしか言いようがない事を言い出すソラに、キルアは呆気に取られた顔で思わず素直に答え、ビスケは頭痛がしてきた頭を抱えて突っ込む。

 アスタ以外のプレイヤー達は全員、ソラの過保護かつ溺愛っぷりと、それによるガチギレの容赦なさにドン引きしつつも、彼らもアスタ程あからさまではないが、同じように勝手な偏見で彼らを過小評価していたのか、気まずげに目を逸らしている者が何人かいる。

 そんな周囲の反応に、ゴンはもはや苦笑以外に何もしようがない。

 

 ただ、苦笑しつつもソラを「やりすぎ」と責める気はしなかった。

 キルア程ではないが、ゴンもアスタの言い分には腹を立てていたので、ソラの言葉は正直言って痛快だった。

 何より、ソラはキルアの事を「子供」だと思っているかもしれないが、けれど彼女は「子供」以前にキルアを「キルア」という個人として見ていることが、改めてよくわかった。

 

 キルアが努力して得たもの、成し遂げたものを正しく価値あるものとして見ているからこそ、アスタの「あの程度」という言葉でガチギレした。

 キルアは決して、「大人になれ」という言葉で傷つく必要などない。

 あれは、大人にならないとせっかくのキルアが得た価値あるものは、他の者に下等な評価をされるからこその忠告だ。少なくともソラは、キルアを他のプレイヤー達より評価していたから、ソラもキルアに不当な評価をされたくなかったから、言ったのだ。

 

 そのことを、キルアの方も理解したのだろう。

 血の気の引いた顔色で、酷く悔しげに唇を噛みしめていたキルアは、呆気に取られた顔から実に嬉しげな顔になっていたから。

 彼女の視界に入ろうと背伸びし続けるキルアに、「そんな必要ないじゃん」とゴンは思いつつ、何も言わない。それを言えば照れ隠しだが、かなり本気で殴られることを知っているから。

 

 * * *

 

 アスタとキルアのいがみ合いがひとまず解決し、ソラが怖いからなのか本気で悪いと思っているのか微妙だが、キルアのやりすぎな条件もアスタたちは呑んでくれた。

 ゴンはさすがにちょっと悪いと思いつつ、彼もけっこうちゃっかりしているので、Sランクカードの「身重の石」と「信念の盾」を得てから、ゲンスルーの能力を説明する。

 

「ゲンスルーの能力は『命の音(カウントダウン)』と『一握りの火薬(リトルフラワー)』。どっちも標的を爆破する能力なんだ」

 

 ゴンの説明で数人、「命の音(カウントダウン)」を仕掛けられた心当たりがあった為、顔色を変えてうろたえ、それを眺めながらキルアとビスケは解除法の情報を餌に、カードゲットのチャンスとほくそ笑んだ。

 

「何か方法はないの!? 解除法は!?!」

「うん、あるよ。ゲンスルーに触れながら、『爆弾魔(ボマー)捕まえた』って言うんだ」

「あっ、バカしっ!!」

「っていうか、私がその爆弾を除念できるよ」

「おめーもかよ!!」

 

 しかし彼らの思惑は、あっさり無欲な二人が台無しにする。

 ゴンが解除法を語ったことで心当たりがあった者が少しホッとするが、その直後にソラがあまりにも自然にブッ込んで来た情報に、ゴンたち以外のプレイヤー全員が盛大に吹き出し、キルアはソラに「どうしてお前はいつもいつも!」と噛み付く。

 

 ゴンの語った解除法はまだしも、ソラに関してはカードゲットの打算だけではなく、あまり彼女の情報が広まると爆弾魔(ボマー)本人の耳にも届き、解除される前に向こうから()りにくる危険性ゆえに言いたくなかったのもあり、キルアはマジギレするのだが、「人の命がかかってるのに、情報の出し惜しみをするな」と、正論でその抗議は叩き伏せられて黙り込む。

 

 黙り込んだ理由は、その正論の後に続いた「心配してくれてありがとう」という言葉と笑顔、そして自分の頭を撫でる手への照れ隠しかもしれないが、二人のやり取りの間に不安から安堵、そして驚愕とテンションをジェットコースター並みに振り回されていたカヅスールが少しは回復したらしく、まだ上手く回らない舌を賢明に動かして訊く。

 

「!? おまっ、除念師か!?」

「いや、正確には違うけど……」

 

 ソラからしたらいつも通りの問いに、いつも通りの答えを返しながら、彼女はバインダーから1枚カードを取り出した。

 

 それはそこらの小石をカード化させたもの。

 そのカードを周囲のプレイヤーたち全員に見えるよう、左手で掲げて見せた後、右手の指2本で鋏のようにカードを挟み込んで、そのまま切断した。

 

『!?』

 

 ソラが切断したカードは完全に二分された瞬間、ボンッと音を立ててカード化が解除され、石ころが地面に転がった。

 ……異常なほど滑らかな切り口で、カードと同じように二分された石ころだった。

 

 当たり前だが、G・Iのカードは指定・フリー・アイテム・モンスター・呪文(スペル)などの区別関係なく、物理的に破壊は出来ない。

 念能力を用いれば可能かもしれないが、そんなことをするメリットは基本的にないし、カードは全てバインダーから出して60秒たてば、カード化が解けるという制約があるからこそ、カードを破壊できないという強力な効果をおそらく得ている。

 

 それを破壊しただけでも脅威的なのに、この女は破ったのではない。普通の薄っぺらい紙であっても、指で挟みこんだだけで切断などできるわけがないのに、本物の鋏を使う以上の鋭利さで切り裂き、そしてその効果をカードだけではなく、カードの元である物質にも反映してみせた。

 

 更に言うと、彼女はその指にオーラなどこめていなかった。さすがに“絶”をしていたわけではないが、「怪しければ“凝”」という念能力者の基本を忘れない優秀な者ほど、何らかの能力を発動させるほどのオーラを込めてなかったことを理解して、余計に言葉を失う。

 

「こんな感じで、念能力を力技で無効化することができる。

 除念じゃなくて念能力を『殺してる』から、掛けられた能力によっては無効化できない、むしろ下手したら掛けられてる側がやばいって場合もあるんだけど……」

爆弾魔(ボマー)の『命の音(カウントダウン)』が、よりにもよってそうなのか?」

 

 自分の「除念」の非常識具合は、目で見てもらうのが一番早いので、ソラは実践して見せてから補足を加えると、ゴレイヌと名乗ったソロプレイヤーが、ソラのやや歯切れの悪い口ぶりに最悪を想定して尋ねる。

 その問いに、ソラのやらかしで言葉を失いつつも、「命の音(カウントダウン)」への脅威はほとんど失ったと思っていたのか、余裕を取り戻していた心当たりがある者たちは再び、顔から血の気をなくす。

 

「いや……、んなことないけど……」

 

 ゴレイヌの問いをソラは曖昧な否定で返しながら、何故か視線をアスタに向ける。

 別に他意はない。ただ単にアスタがゲンスルーにつけられた爆弾の位置が、地肌むき出しの肩なので、一番状態が見やすいからアスタを見ているだけである。さすがに仕掛けられてはいても、まだ発動していないの能力の線や点を服越しに見るのは、普通に見にくいし面倒くさいらしい。

 

「な、何よ!? あたしが何なの!?」

「んー……、別に対象の肉体やオーラそのものに寄生して、一体化してる訳ではなさそうだから、問題なく除念は出来るよ」

 

 しかしそんな事情を知らないアスタは、また明度が高くなった目で見られて半泣きになっているのだが、ソラはアスタの問いよりゴレイヌの問いに対する答えを優先し、周囲を引かせた。

 他意はないが、ソラはいまだキルアに対する暴言を許していない。けれど積極的に嫌がらせをするほど陰険ではないので、ただ単に「好きの反対は無関心」を素で行って、アスタの様子に気づいていないだけである。余計に性質が悪い。

 

「な、なら早く除念して! 報酬なら払うから!」

 

 自分の泣き言は無視されたが、悪い答えではなかったので、アスタがソラに頼み込む。他の心当たりがある連中も同じく、「Sランク3枚でどうだ!?」と、我先に見返りを提示するが、ソラはしれっとした顔で言い放つ。

 

「え? いや、ごめん。今すぐあなたたちを除念する気はないよ」

「おめーは何がしたいんだよ!?」

 

 やや戸惑いながらも言い放ったソラの答えに、キルアが真っ先に彼女の背中を蹴り飛ばして突っ込んだ。

 不安を煽って、けれど助かる方法を提示して希望を見せておきながら断るという、悪魔の所業にブチキレる者が出てもおかしくなかったが、彼女の仲間が真っ先に突っ込んでくれたおかげで、最悪の事態にはならなかった。

 

「いたた……。うん、ごめん。私の言い方が悪かった」

 

 キルアがプレイヤーたちが抱いたヘイトを代表してくれたおかげで、ソラはカルナ並に足りなかった言葉を補足するのに、怒りのあまりに聞く耳を持たぬ者はいなかった。

 

「見捨てる気はないよ。カードも私は別にいらない。私はゲームクリア要因じゃなくて、爆弾魔(ボマー)対策で雇われた人間だし。

 ただ、今すぐに除念するのはむしろ、危険な気がするからやめとけって言いたいだけ」

 

 ソラは真顔できっぱり「見返り(カード)はいらない」と言い切り、またプレイヤーたちを絶句させる。どうやら先ほどの、言葉が足りなすぎる断り文句は、見返りがいらないのに次々出されてややパニくって、結論をまず先に言ってしまっただけらしい。

 キルアやビスケは、頭痛をこらえるように頭を抱えて深いため息をついたが、何も言わない。この女にいくら、「欲がないのもお人好しなのも大概にしろ!」と言っても無駄で、むしろ自分の方が強欲すぎているように感じて、自己嫌悪に陥るのをよく知っているからだ。

 

「危険? 何で?」

 

 そして他のプレイヤーたちよりソラの事を知っているはずのゴンが、ソラが何を危険視しているのかを理解しておらず、小首をかしげた。

 その問いにちょっと苦笑しながら答えたのは、ソラではなかった。

 

爆弾魔(ゲンスルー)が自分の能力を除念された時、それを感知できるよう保険を掛けている場合を案じているんだろう?」

「そう。しかも、それで狙われるのって面識のない私じゃなくて、除念されたあなたたちの方だからね」

 

 ソラの懸念をキルアやビスケ以外に理解したのは、ゴレイヌだった。彼の確認の言葉に肯定で答え、ソラは更に補足してゴンと他のプレイヤーたちは納得する。

 

 二人の言うとおり、ゲンスルーたちがクラピカと同じように、自分の“念”が無効化されたことを感知できるのなら、今ここで除念をしてしまうのは悪手だ。

 いくら武道派かつ好戦的な3人組とはいえ、さすがに16人の大所帯、それも自分の能力を解除した相手がいるこの集団に対して、短絡的に襲い掛かってはこないだろうが、情報収集は確実にするはず。

 

 そもそも、今このタイミングでやつらに自分たちの存在を気づかれること自体が最悪なのだ。

 自分たちの目的、やつらのクリア阻止のためのカード独占だと知られたら、逆にそのカードをこちらが入手するまで泳がされ、解散してバラけた時を狙われるだろう。やつらのクリア阻止の為の作戦が、むしろ奴らにカードを運ぶカモになりかねない。

 

 ならいっそ、この16人を一時的ではなくクリアまでの同盟にしてしまう手もあるのだが、そうなるとゲンスルー達も、人数の不利を理解した上で敵対してくる。

 不利なのは16人を一斉に相手にすることなので、数人が別行動を取った隙を狙われて奇襲という戦法を取られたら、不利になるのはこちら側。

 

 それならいっそ、カードを得てすぐにばらけた方が狙われるのは6組の内の1組であり、カードさえ手に入れたら他のチームは見逃される可能性が高いので、かなり人でなしなギャンブルだが、クリアは諦めてもいいから生き残りたいと思うのなら、そちらを選ぶだろう。

 

 実際、他者の犠牲を期待する人でなしな保身の為だけではなく、報酬が減るという打算的な理由や、せっかくここまで自分たちはやってきたのだから、一時的なものならともかく、クリアは利益で繋がっている者とではなく、信頼できる仲間とがいいという意地やプライドもあってか、「一時的ではなくクリアまでの共同戦線」を提案する者はいなかった。

 

「あー、そっか。そもそも、爆弾のタイマーが発動するのはゲンスルーが能力の説明した後からだから、金輪際あいつに近づきさえしなければ大丈夫だしね」

「そうそう。それに発動してもリミットまで1時間くらいはあるから、私の所に来る余裕もあるでしょ。ゴンたちの話からじゃ、ゲンスルーってやつは自分の能力に自信があって、タイマー発動したらどう足掻いても無駄だと思って、逃げるのを嘲笑って見てるタイプっぽいから、私のところまで来るための『磁力(マグネティックフォース)』を確保させしてれば、今すぐ除念するよりよっぽどリスクは低いんじゃない? 私の除念、時間を取るものじゃないし」

 

 ゴンが納得して、短絡的に今すぐ除念する必要がないどころか、下手すれば一生ついたままだが問題ないかもしれない理由をあげたのもまた、彼らが「クリアまでの共同戦線」をする必要がない理由となる。

 更にソラもゴンが上げた理由に同意して、最悪の事態に陥っても希望はあること、その希望のために必要なものを告げるので、プレイヤー達が懐いた爆弾魔(ボマー)への脅威がだいぶ薄れた。

 

 薄れたことで、ようやく気付く。

 

「で、あんたはゲンスルーから逃げてきたプレイヤーを、ただで除念してやるって訳?」

「ただじゃないよ。バッテラさんからちゃんと報酬をもらうし。だから、変な遠慮や意地を張らないよーに」

 

 ビスケは呆れた顔で、除念の見返りを得る気がないのか? と訊けば、「バッテラからもらう。プレイヤーからは別にいらない」と事も無げに答えるが、初めはツェズゲラの選考を受けていないので、信用がないのなら報酬はいらないし、メモリーカードも使わないからゲームに参加させてくれと、バッテラに交渉していたことを知っているキルアは、ビスケ以上に呆れきった顔で皮肉を言う。

 

「本当にお前は、中にいるやつと同じく無欲だよな」

「無欲っていうか、キルアはいいの? ゲームに無関係、しかも私のしたことでカードを得て、自分は何もしてないのにクリアなんて、つまらなくない?」

「そうだよね。交渉してトレードも醍醐味と言えば醍醐味だけど、やっぱり自分たちでイベントをクリアして手に入れたいよ」

 

 しかしキルアの皮肉は、これまた素で尋ね返された挙句に、ゴンからも他意など一切ない追撃を受けて撃沈。二人の純粋さを見ていられなくなって、彼は無言でただ目を逸らす。

 そして、撃沈したのはキルアだけではなかった。

 

「………………呪文(スペル)を使う方法は2種類あるの、知ってる? 呪文(スペル)を口で唱える方法と、バインダーの最後のページにカードをはめる方法」

 

 しばしポカンとした顔でゴンとソラを眺めていたアスタが、キルアと同じように目を逸らしながら唐突にゴンに話しかけた。

 ゴンはアスタの言葉に戸惑いながら「うん」と答えると、そのままアスタは話を続ける。

 

「口で唱えるとカードは、呪文(スペル)名を言った時点で使用済み扱いになるけど、バインダーにはめる方法だとキャンセル出来るのよ。

 例えば、『透視(フルラスコピー)』をバインダーにはめれば、今まで出会ったプレイヤーが画面に出てくるでしょ。その時、決定ボタンを押さずにカードを抜くの。それだと呪文(スペル)カードは未使用扱いになるから、1枚でプレイヤーの名前確認が何度でも出来るわ」

 

 何故か唐突に、ちょっとしたG・Iプレイに使える裏ワザを説明してくれることにゴンだけではなく、他の3人も戸惑う。しかしアスタはこれだけではなく、ランクBのカードは全部店で買えることや、スケルトンメガネでNo,77の「美を呼ぶエメラルド」とNo,8の「不思議ヶ池」というSランクの指定ポケットカードが楽に手に入ることまで教えてくれた。

 そして、ちょっとだけ頬を赤らめてそっけなく言う。

 

「こんなトコでいいかしら。見返り情報」

 

 爆弾魔(ボマー)への脅威が薄れて、余裕を取り戻したことで、やっと気づいた。

 ソラとゴンは本心から、自分たちを案じていたこと。だから何の見返りも求めず、かなり重要度の高い情報をあっさりとくれたことに。

 そして彼らは、バッテラからの500億という報酬目当てではなく、純粋にこのG・Iというゲームを楽しんでいる。

 だからこそ、プレイヤー狩りという外道で非道な手段を用いて、攻略しているゲンスルーたちを許せなかった。

 

 自分より実力が低かったとしても、金目当てで参加している自分たちよりもよほど高い矜持と尊い動機でここにいる彼らに、ようやく彼女はソラが怖かったからではなく、本心から自分のしたことを反省した。

 しかし素直ではない性分だからか、改まってそのことを謝る気はなく、更に追加の見返り情報を与えることで、ゴン達を対等かそれ以上だと認めた事を表す。

 

 そしてそれは、他の者たちも同じだった。

 

 ここにいる動機は金目当てでも、このゲームのイベントはそれなりに楽しかったのだろう。

 そしてゲンスルー達のしたことを人道的に許せないから、奴らにクリアさせたくないという思いがあるのも決して嘘ではない。

 

 だから、認める。認めて、与える。

 まだG・Iのプレイ歴が半年なので、得られなかったからこそ出来てしまった差を埋める為に、情報を。

 それは、重要な情報を与えてくれたギブ&テイクというだけではない。

 彼らと並び立ちたいから、並び立ってほしいから、……心のどこかで自分たちがゲンスルーの犠牲になっても、彼らなら奴らを打破できるのではないかと期待したから、クリアする者は純粋に、ひたむきにこのG・I(せかい)を楽しんでいる彼らが良いと思ったから。

 

 自分たちが彼らに見た「夢」が、少しでも実現する確率を上げる為に、自分たちの「夢」を託して与えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 酒場から海賊たちに案内されてたどり着いたのは、灯台を改造した要塞……と海賊は言っていたし、外から見れば確かにそうだった。

 だが、中に入ってしばらく歩いて着いた先の広間を見て、思わずソラは身も蓋もなく突っ込む。

 

「体育館じゃん」

 

 ソラの突っ込みに、空気を読めと言える者はいない。ここで空気を読んでいないのは、明らかにソラではなく、この要塞内部の方。

 比喩ではなく、本当に体育館なのだ。しかも学校で使われているレベルのものではなく、様々なスポーツの国際試合も行えそうな広さと設備である。

 

 その体育館の片隅で、ダンベルを使って筋トレをしていたひときわ体格が良く、そして海賊メンバーの証らしき帽子を被っていない男が、振り返って言った。

 

「………………誰だ? そいつら」

 

 海賊とは思えない、場所柄とやってる事からして体育教師にしか見えないほど柔和な笑顔をやや引き攣らせながらも、レイザーは恍けた。

 その反応にゴン組の4人は気まずげな笑みを浮かべて、他の連中に気付かれないよう、挨拶と謝罪を兼ねて会釈する。

 

 アスタとキルアの口論で少し出来ていた、ゴン組と他のプレイヤー達の溝が埋まり、共同戦線を張ることに同意して作戦通り、ゲンスルー達が手に入れていないカードの独占の為に行動に出たのまでは良かった。

 が、ゲンスルーの持っていないカードの内、他のプレイヤーも持っていないカードはNo,2の「一坪の海岸線」だけだったのが、ゴン達とレイザーの5人にとって、ちょっとした不幸だった。

 

 このカードが得られるイベントのある街「ソウフラビ」で、イベントについて教えてくれた女性NPCが「レイザーと14人の悪魔」と言った時、レイザーとちゃんと向き合って話す前にまたすぐに寝てしまったソラ以外、思わず吹き出して他のメンバーに不信がられたのは、いつか良い思い出にしたい出来事である。

 

 まさかそれなりに友好的に接して別れてからたったの数日後に、ゲームのイベントとはいえ敵対せねばならないのは、この上なく気まずい。

 しかも相手の正体と素の性格を知った上で、「海賊の親玉」という設定で現れたら、もはやどう扱っていいのかわからない。

 

 しかし幸いながらレイザーはゴン達がいるからか、それとも初めから自分の設定に合ったキャラ作りをする気はサラサラなかったのか、酒場にいたボポポ達のように下品で粗暴な言動を取らず、ゴン達が知っている通りのテンションで話を進めてくれた。

 

「ほう。じゃあ早速、本題に入るが勝負しよう。互いに15人ずつ代表を出して戦う。

 一人一勝。先に8勝した方の勝ちだ。

 勝負のやり方は俺達が決める。それでお前達が勝てば、この島を出て行こう。どうだ?」

 

 G・Iが現実世界で、レイザーは生身の人間だと知っているゴン達から見たら、「ありがたいけど、もう少し『海賊』って設定を生かせよ」と思ってしまう提案だが、他のメンバーは特に疑問を懐かない。まぁ、思い返せば他のイベントでも「何でやねん。脈絡ないわ。他にもなんか方法あるだろ」と突っ込みどころ満載なものはあったので、この程度の変な提案は、ゲーム故のご都合主義としか思わないようだ。

 

 負けた場合のリスクも特にないことをゴレイヌが訊き、カヅスールが一応他のメンバーの確認も取って、レイザーの提案を受けることにした。

 そしてレイザーが提案した勝負の内容は、海賊がわざわざ改造して作った、不自然極まりないこの体育館でだいたい想像していた通り、「スポーツ」だった。

 

 しかし「スポーツマンシップに則って」は、まず期待できない。

 酒場で甚振って追い払うつもりだったキルアにしてやられて、顔面に火傷とプライドに多大な傷を負ったボポポという巨漢が、明らかにキルアを先ほど以上に容赦のないルールで甚振ろうとしているのだから。

 

 だがボポポのやる気は、自業自得だが空回っている。

 キルアはとっくにボポポの力量など見極めて、自分の敵ではないと判断している。ソラやビスケが何も言わない事からして、その判断は過信でもないのだろう。

 なので飄々と「まだやだよ。楽しみは取っておこうぜ。出来れば俺達が7勝した後が良いな」などといって挑発して、試合ではないバトルが勃発しそうな空気を作り上げ、それはさすがにソラに軽く怒られた。

 

 煽り耐性が全くないのか、ボポポはキルアの挑発にマジギレ寸前だったが、他のメンバーが宥めてとりなしたことでひとまず下がって、宥めた相手がグローブを身につけながら「自分の勝負方式(テーマ)はボクシング」と提案して、対戦相手を求めた。

 

「わかってると思うが、闘れるのは一人一試合だ。一人で何勝もすることは出来ない」

「あ、待って待って。レイザー、一つ質問」

 

 試合(バトル)を開始する前に、一応というかクレーム防止のつもりで補足したルールに、「弱いと見下している相手にばかり喧嘩を売るのはカッコ悪い」とキルアに説教しつつ、ボポポに対してもナチュラルに攻撃してたソラが反応して、挙手で質問を求める。

 そしてソラは、悪い予感がしていたのでまたちょっとだけ笑顔を強張らせたレイザーが「どうぞ」と言う前に、その悪い予感である質問を言い放った。

 

「二重人格は二人にカウントしていい?」

「お前、カルナも参戦させる気か!?」

 

 レイザーだけではなくキルアもソラが何を訊きたいのか想像ついていたらしく、ソラの問いの直後に彼女の頭を引っぱたいて、だいたいレイザーが言いたいことを言ってくれた。

 

「やめろ! 普通の戦闘だったら燃費が悪くてもあいつは使えるからまだいいけど、あいつ絶対にスポーツのルール理解せずに斜め上の無双と蹂躙をやらかした挙句、ルール違反で普通に負けて、ここにいる全員が自信を喪失するだけだっつーの!!」

「キルアはカルナさんのこと、どんだけアホだと思ってんの!?

 あの人は必要な言葉は足りないのに余計な事ばかり言って、そして斜め上の思考でこっちの言ってることをあさっての方向に受け取るだけで、スポーツのルールを理解も覚えも出来ないアホではないよ! ただ勝負事には割と熱くなるタチだから、怪我させない程度にしか手加減せずに、結局とんでもない結果を出すかもしれないけど!」

「俺の言ってること正しいじゃねーか!!」

「うん、私も言ってるうちに気付いた! ごめんねキルアとカルナさん! 最初からルールを理解してない方がマシだわ、あの人!!」

 

 ソラの胸ぐらをつかんで、決して嫌いではないのだが、ぶっちゃけ二度と会いたくないと思ってる奴も使おうとするソラに、その会いたくない理由で突っ込めば、さすがにカルナをとんでもなくアホだと思っているキルアの発言にソラはキレ返す。だが、自分でも言っているが、ほとんどフォロー出来ていない。

 

「……出来れば色んな意味で出してほしくないが、能力者が作り出した念人形や念獣をプレイヤーとしてカウントはありとしているから……、一応ルール上は二重人格を二人と扱うのはありだ。

 ただし1対1の試合の最中に、人格交代はルール違反になる。2対2の試合をお前とカルナとで行うというのなら……もう好きにしてくれ」

 

 プレイヤー側だけではなく、海賊側も「え? こいつ何言ってんの? カルナって誰? っていうかお前が二重人格なの? そしてお前以上の問題児なの?」と色んな疑問が乱舞して困惑しているのをよそに、レイザーは想定外の質問に少し頭を悩ませてから答えてくれた。

 個人的には彼もキルアと同じく、別に嫌いではないのだが、あの短いやり取りで散々自信喪失させられたわ、それに落ち込む暇もなく振り回されたので、出来れば二度と会いたくないから出してほしくないと思いつつ、ちゃんと考えて許可するレイザーは偉い。最後はちょっと投げやりだけど。

 

 しかしソラも、自分の負担が大きいのを抜いても自分で言った通り、カルナは色んな意味で何をやらかすかわからない相手であることをよく知っているので、簡単に使う気はない。

 ただ、ゲンスルーのクリア阻止は絶対にしたいので、今からちょうど行おうとしているボクシングや、ボポポの相撲などといった格闘技系なら、カルナもそう斜め上に突っ走らないで白星を稼げると思ったから一応、訊いてみただけだ。

 

 そのことを伝えるとレイザーとキルアはあからさまにホッとするのを見て、カヅスールは困惑しながらゴンとビスケに訊く。

 

「……なぁ、その『カルナ』って奴、一体何者なんだ?」

「……えーと、とりあえず目からビーム出せるらしいよ」

「何その情報!? あたし知らない!!」

「何者なんだよ!? っていうかそれはもはや二重人格で済むのか!?」

 

 ゴンは、あらゆる意味で答えにくい質問だったので誤魔化すように、あえて答えになっていないがインパクトだけは絶大な答えを返して、カヅスールだけではなくビスケも驚かせてある意味、意図通り話はそらせた。

 ちなみにゴンの答えにレイザーは、あの凛然としたカルナが目からビームを出すのを想像したのか、吹き出しそうになったのを鍛え上げた腹筋で何とか堪えていた。

 

 この再会、本当に誰も得してないな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「これで8勝。俺達の勝ちだな」

 

 レイザーたちとの勝負は、大将のレイザーが出るまでもなくプレイヤー側がストレート8敗という結果が出る。

 しかし実質の敗北は、最初のボクシングだけ。

 そのボクシングで、メンバーのほとんどが相手はどのような念能力を使って勝利したのかもわからないほど実力が低く、カルナを入れてもこのメンバーで8勝することは不可能だと、キルアは見切りをつけた。

 

 なので今回の勝負は捨て、他のメンバーに競技とルールを聞いたら怪我する前に負けて、さっさと勝負から降りるという情報収集を提案し、それを実行した。

 その為、キルアへのリベンジを目論んでいたボポポがキレにキレているのだが、ソラから「弱い奴にばっかり喧嘩を売るな」と注意されたキルアは、もうボポポを相手にしないでさっさと帰る。

 

 さすがに敗北して全くのデメリットなしではなかったらしく、一度バトルに負けたパーティーは、同じメンバーで再挑戦は出来ないらしい。

 が、一人でもメンバーチェンジしていればコンテニューは可能なので、大したリスクではない。

 なので早速、得た情報を生かして作戦会議をする気満々だったゴンだが、そのやる気は出端でくじかれた。

 

「あ、でもあたし達はもう抜けるから」

「えっ?」

 

 ここまできてアスタ達の離脱宣言に、ゴンだけではなく他のメンバーも不思議そうな顔をするが、アスタと彼女の仲間達はすっきりしたような顔で、事もなげに答える。

 

「『爆弾魔(ボマー)』組のコンプリート阻止という、当初の目的は達成できたわ。だってあいつらには『15人の仲間を集める』っていう条件は、まず不可能だから。

 むしろあんた達もしばらく、このイベントは放っといたら? 下手にカードの入手成功したら、そのカードを狙われて逆に危険だわ。その方が、奴等には都合がいい」

「……確かに。……そうだな」

 

 アスタがすっきりした顔をしているのは、自分や他の者もカードを得てしまったからこそ狙われるという最大のリスクを回避したことで、自分が殺されるかもしれない不安がだいぶ減ったからだけではない。

 一時的とはいえ仲間だった者が、ゲンスルー達に襲われることも不安だったし、何よりそうなったら自分たちは助かるのではないかという、こんなこと思いたくないのに生物としての本能が、どうしても訴えかける、醜い願望による罪悪感も抱えずに済んだからだろう。

 

 他のメンバー達もアスタの言い分に納得し、彼らを集めたカヅスールが代表して、当初とは違う方向だが作戦は終了したと宣言したことで、この6組の共同戦線は解散となり、4組のプレイヤーたちがそれぞれ徒歩かカードを使ってその場から離れてゆく。

 

「あんたはどうする?」

 

 残ったのは、2組。

 その内の1組であるキルアが、もう1組……というかソロプレイヤーなので一人の男、ゴレイヌに話しかけると彼は、不敵に笑って答えた。

 

「お前らと同じさ。もっと強い仲間を探す。

 続ける気だろ? このイベント。でなきゃあの作戦変更は意味ないからな」

 

 その答えは予想通りだったが、続いた言葉の意味がゴンにはよくわからなかった。

 

「あの連中は勘違いしてる。俺達にとってもこのカードはなるべく早く、入手した方がいいんだ」

「少しでも仲間割れの危険を回避するため……」

「その通り」

「え?」

 

 ゴンとしては、正直言ってただ単にゲームのイベントをクリアしたい、そしてだいぶ気まずいものになったが、ちゃんとレイザーとの再会を喜び、自分の実力を見てもらいたかったからこそ続けたかっただけで、ぶっちゃけ彼はゲンスルーのゲームクリア阻止という目的も、若干忘れかけていたくらいだ。

 

 そんな彼の反応くらいキルアはわかりきってたので、もはや呆れることもなくこのイベントで得られるカードは、カード化限度枚数がたったの3枚なのに、仲間は最低でも15人必要なので、複数人を具現化して操れるような能力者でもいない限り、複数のチームが協力しないと手に入らない。

 故に、3組以上のチームで共同戦線を張っていたらイベントクリア後は、クリア報酬カードの醜い奪い合いが勃発する可能性が極めて高いことを説明してやれば、ゴンだけではなくビスケとソラも感心していたので、さすがに大人二人には「おい……」とキルアは突っ込んでおいた。

 

「あはは、カード化の限度枚数のこと、すっかり忘れてた。キルアはすごいね、そこまで気付いてたから、あそこでさっさと見切りをつけたんだ」

「……別に。ただこいつがレイザーたちの話を聞いた時、『えげつない』って呟いてたから、それが気になって考えてただけだし」

 

 ソラが笑ってろくに考えてなかったことを誤魔化すが、キルアに対する称賛は話を逸らす為ではなく本音であることをキルアも知っているから、彼は照れ隠しにちょっとそっぽ向いて、気付けた理由を話す。

 

 ソラが「除念できる」というのを見せる為のパフォーマンスで、きちんと“凝”をして見ていたのは彼だけで、ソラの言葉から先読みして質問したり、彼女の代わりにゴンに答えてやっていたことを、キルアは気付いていたし覚えていた。

 言っちゃなんだが彼は、見た目がレイザー同様の体育会系で思慮深いようには見えなかったが、些細だが確かな実績を見ていたからこそ、キルアはゴレイヌのさりげない呟きを聞き逃さなかった。

 

 が、自力で見つけ出した答えではない為、ソラから褒められるのは照れくさいと同時に少し悔しいからこそ、「すごくない」と否定するが、ソラはクシャリとキルアの頭を撫でてから彼の否定を否定する。

 

「そこで聞き逃さず、ちゃんと考えるからすごいんだよ。その時確か私は君の隣にいたから私も聞いてたはずなのに、私は全然その呟きを覚えてないもん」

 

 ソラの答えにキルアはさらに顔をそっぽ向き、何も言わない。無表情を保っているつもりだが、口角が我慢しきれず上がっているのを見て、ゴンとゴレイヌは微笑ましく思い、ビスケはニヤニヤして眺める。

 

「! 何見てんだよ! いいから、さっさと他のメンバーを探すぞ!!」

「そうだな。俺達が全員勝つことを前提にして、更に『カルナ』って奴を入れても、最低あと2人の手練れがいる。

 理想はそいつらが、10人組のパーティーだと最高ってことだ」

 

 キルアが彼らの視線に気付き、顔を赤くさせながらごかまそうと話を進め、ゴレイヌはそれさえも微笑ましいと思いつつ、キルアのプライドを尊重して、話を希望通り進めた。

 そしてキルアと違って彼らの視線を何とも思っていないソラは、少なくとも一人、条件に合う手練れの心当たりを思いついたが、口にはしたくなかったので言わなかった。

 

(……けど、戦力的にも利害的にもあいつが一番いいんだよなぁ。

 本当にあの『クロロ』があいつかどうか、あいつだとしたら私の推測通りの目的かどうかも確かめておきたいから……頃合いっちゃ頃合いなんだけど……やだなぁ)

 

 そんなことを思いながら、ひとまず夕食を取るために、全員でソウフラビにまで徒歩で戻る。

 

 ソラは知らない。

 自分が翌日、この心当たりと接触することを反対どころか消極的だが賛成していたことを、あれほどマーリンや夢の中の姉たち、そして不本意だが師であるゼルレッチに対して、自分の人生に後悔などしてないし、しないと啖呵を切ったのに、『時を戻してやり直したい! なかったことにしたい!!』と心の底から望むほど後悔する羽目になるとは知らないまま、それでも憂鬱な気分で歩き続けた。

 




「一坪の海岸線」編、開始しました。

ちょっと本編で入れるには、やけに説明調になって不自然に思えたので入れられなかったのですが、最後の方のゴレイヌのセリフで「理想は10人組」と言っており、「カルナもメンバーにカウントするなら9人じゃない?」と思われるかもしれませんが間違いではありません。

あのイベントの発動条件が、「15人以上が同行(アカンパニー)のカードを使ってソウフラビに向かう」なので、ソラの体を使用するカルナではスポーツのメンバーにカウントは出来ても、イベントを発生させるためのメンバーにはカウントできないので、手練れは2人で済みますが、必要なのは10人です。

普段から何度見直しても誤字がある拙作なので、また誤字かと思われるかもしれませんが、これは本当に誤字じゃないです。



そして、フラグが立った23話から2年半ほど経ちましたが、次回、たぶんHxHファンの皆が大好きだけどトラウマ級な伝説回です。
……とりあえず、ソラさん本当にごめんなさい。

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