死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

183 / 185
158:クラピカさん、もしくはイルミさん、こいつです!!

 ソウフラビの街中に戻ってきて、夕飯を食べつつ作戦会議を開始。

 

「勧誘するプレイヤーに心当たりはあるか?

 俺のを入れて『磁力(マグネティックフォース)』と『同行(アカンパニー)』、合わせて5枚しかないから、引き入れに失敗は許されないぜ」

 

 脅すようなことを言いつつ、実はゴレイヌを含めて全員がさほど焦っていない。

 アスタの言う通り、ゲンスルー達だとこのイベントクリアは困難なので猶予があるのと、最低限必要な人数は二人で済み、あとは現実に帰れないプレイヤーを人数合わせに使えばいいだけなので、仲間割れすることのない人数集めというハードルは、さほど高くないように思えたから。

 

 しかしゴレイヌもゴン達も、他のプレイヤーとほとんど交流していなかったので、引き入れられそうな人物は全く浮かばない。

 ……いや、一人だけ心当たりはあった。そいつもソロだろうから、仲間に引き入れたらもう一組必要になるが、彼らが想定している通りの目的なら、カードを求めはしないので都合は良い。

 強さとカードを求めないという点だけで言えば理想的だが、それ以外が…………

 

「心当たり……あるっちゃあるけど…………出来れば最後の手段でも使いたくないなぁ」

「……安心しろ。俺もそうだし、たぶんゴンもそうだ」

「……うん」

 

 ソラは言いたくなかったが後回しにしてもそれは現実逃避にしかならないので、自分の心当たりを上げてみる。しかし往生際が悪く、具体的に名前を上げる気にはなれなかったが、言わなくても同じことを思っていたのか、キルアとゴンはソラと同じくゲンドウのポーズになって深い溜息をついた。

 

「……どんな奴だよ?」

「心当たりって、クロロ……じゃなくてヒソカだっけ? そいつのこと?」

 

 いきなり3人のテンションがガタ落ちしたことにゴレイヌが引きつつ突っ込み、ビスケもやや困惑しつつ、本人を知らないからこそあっさりと名前を出し、その名前に3人のテンションがさらに落ちる。

 3人の反応で余計にゴレイヌが「どんな奴だよ?」と疑問を深めたが、とにかくろくな奴ではない事と、あまり話題に上げない方がいいという事だけはわかったので、「まぁ……そいつは最後の手段という事にしとこう」と、その心当たりの話を横に置いてくれた。

 

 が、それは臭いものに蓋でしかない。

 ひとまずゴンがバインダーで、今まで出会ったプレイヤーリストを表記してみたが、そのリストの名前から顔を思い出せる相手など、つい先ほどまで共同戦線を張っていたプレイヤーくらい。その他の数少ない顔と名前が一致する相手は根こそぎ、名前の横のランプが消えている。

 

 数人ほどゴレイヌが別の仕事で知り合った人間の名前を見つけたが、それらも問題ありの人物でゴン達もあまり仲間にしたいと思えない。

 ビスケがあげたツェズゲラが一番条件に合うのだが、そもそもこのG・I内でツェズゲラとはゴン達もゴレイヌも出会ってないのでコンタクトの取りようがないのと、ゲンスルー組と同等くらいにカードを集めているはずなので、奴等のクリアは阻止できてもツェズゲラにクリア報酬を持っていかれるのは、彼と同じく報酬目当てのゴレイヌには歓迎できないので、ツェズゲラに関しても保留となる。

 

 ソラがボソリと「……慰謝料代わりにマーリンに協力してもらう?」と言い出した時は、キルアとゴンが「さすがにやめてやれ」と止めた。

 ゴンはともかくキルアはマーリンの為に止めた訳ではない。って言うかゴンもこの場合、「さすがにやめてやって」と思ったのは、マーリンではなくレイザーの方である。

 これ以上彼に気まずい再会をさせるのは酷すぎる。

 

 レイザーにとって幸いながら、さすがにソラもあの人外とまた関わるのはごめんだったので、その発言は冗談だった。

 しかしそうなると、たったの二人で良いにも拘らず、仲間になってくれそうな実力者の心当たりは完全になくなってしまった。

 

「んーー、だとすると後は『衝突(コリジョン)』で遭ったことないプレイヤーとの交渉か……。いろんな意味でリスクが高いなー」

「……考えれば考える程に、あいつを仲間にする包囲網が出来上がってる気がする」

 

 そこまで話し、ソラが再びゲンドウのポーズになってうんざりした声で呟く。

 実際に、ゴレイヌの提案で「クロロ=ルシルフル」の名前で登録しているプレイヤーの所有カードを見てみたら、指定カードは1枚も手に入れておらず、フリーポケットにもたったの6枚。それも水と食料という最低限ぶりで、明らかにゲームクリアが目的ではない為、この「クロロ」の正体が誰であっても、仲間になるなら好都合であることがさらに証明されてしまった。

 

「そうなんだよなー。お前が想定してた通りの目的なら、傍に置いて動向を見ておきたいしな」

「そもそも、ヒソカじゃない可能性もあるもんね。もしかしたらなんか他の目的があって、旅団の誰かがクロロの名前を名乗ってるのかもしれないし」

 

 ソラと同じくらいうんざりしつつキルアも認め、そしてゴンが仲間にするしないにしても、この「クロロ」の正体と目的ははっきりさせた方が良いと主張する。

 その際、ヒソカだろうが団員の誰かだろうが、目的を訊いても話してくれる訳がないのだから、ひとまず「交信(コンタクト)」でいいだろうと言うキルアと、G・Iでの騙し騙されな駆け引きとマーリンに騙された先日の出来事からゴトーの言葉を思い出した為、「直接会って訊く」と言い張るゴンとで、お互いに自分の主張を引かず喧嘩が勃発。

 

「大丈夫か……?」

「日常茶飯事ですので」

「可愛いでしょ?」

 

 あまりに年相応どころか歳よりも幼く思える喧嘩をし始めた二人に、ゴレイヌは不安を懐いて女二人に訊くが、ビスケはにっこり笑って流し、ソラは胸を張って自慢をするので、余計にゴレイヌを不安にさせた。

 

 結局、相手がヒソカで想定通りの目的なら、「交信(コンタクト)」で逃げる隙を相手に与えてしまうより直接会った方がいいと、ソラがものすごく嫌そうだが判断した為、キルアは渋々折れた。

 ……のちのソラはこの判断を死ぬほど後悔するし、キルアも折れた事を後悔して、ゴンは自分の強情さを二人に土下座で詫びることとなる。

 

 

 

「じゃ、いくよ」

「いいからさっさとやれよ」

(こうして見るとホント二人ともただの子供だな。選考会でのゴン(あいつ)の衝撃音と現在(いま)のカード数がなきゃ、とても組もうなんて思えなかったな)

「はいはい、ケンカしなーい。しても可愛くて和むだけだよ」

 

 翌日、まだちょっと昨夜の喧嘩を二人は引きずって、傍から見たら微笑ましい険悪さで言い争いつつ予定通り「同行(アカンパニー)」で「クロロ=ルシルフル」の元に跳ぶ。

 

 到着した先は、どこかの森。

 

『!?』

 

 そこで5人は全員驚愕しつつも、まったく別の感情を表情に浮かべた。

 

 ゴンは普通に呆気に取られて驚いているという程度だが、キルアは呆気どころではなく思考が停止しているような、「は?」と言いたげな顔で目を見開いていた。

 ゴレイヌは一瞬、キルアと同じような顔をしてからすぐ気持ち悪そうに顔を歪めるのだが、ビスケはゴレイヌとは逆、「あらあら、まぁまぁ♡」とでも言いたげに、何かやたらと嬉しそう。

 そして、ソラはと言うと……

 

「…………………………………………………………ぴょ?」

 

 久々にヒヨコのような声を上げて、そのまま泣きそうな顔で石化。

 

 そんなソラを実に楽しそうに眺めながら、唐突な再会であるにも拘らず驚いた様子など一切なく、真正面から向き合って彼は言う。

 

「おやおや……♦ これは予期せぬお客さんだ♥」

 

 相手はやはり、ソラの予測通りヒソカだった。

 ただ予想外だったのはこの男、森の泉で水浴びの真っ最中だったこと。

 

 つまりは、全裸である。

 全 裸 で あ る。

 

 その全裸を、何もどこも隠しもせず見せつけるように泉の中で堂々と立っていた。

 ……不運なことに、ヒソカの立ち位置はソラの真正面だった。

 

 * * *

 

 腹立つことに、この状況で被害者と言えるのはヒソカだ。

 実際、ヒソカは何も悪くない。ゴン達が「交信(コンタクト)」を先に使っていれば防げた悲劇だが、彼らにも非があるとは言えず、戦犯と言うべきなのはこういう事態を想定してなかったG・M側。

 一番何も悪くないのは間違いなく、水浴びの最中に来られたヒソカである。

 

「その声……ヒソカ!?」

「久しぶり♥

 ……くくくくく、やっぱりそうだ♥ 臨戦体制になるとよくわかる……♣」

 

 しかし髪を下ろしてノーメイクだったせいで、しゃべるまで相手が誰か気付いてなかったゴンとキルアがやっと気付いた時も、彼らに挨拶代わりのねっとりとした殺気がこもったオーラをぶつけている時も、この男はそのぶら下げているものを手で隠しもしなければ、とりあえず泉から上がって服を着ようともしない時点で、もう加害者はこいつでいい。

 

「ずいぶん成長したんじゃないかい? いい師に巡り会えたようだね♥

 ボクの見込んだ通り……キミ達はどんどん美味しく実る……♥」

 

 挙句の果てに、またさらにゴンとキルアがとても美味しそうな自分好みに育っていることを知って、その喜びと興奮の大きさを物理的に表しやがった。

 どこでかって? 訊くな、察しろ。

 

 その物理的すぎる最低最悪な感情表現に、ゴンとキルア、そしてゴレイヌがドン引き以上の言葉で表現したいほど引きに引いて、嫌悪を露わにする。

 

「~~~~~~何なんだ、この変態ヤローは! まさかこいつが本物のクロロか!?」

「いや、違うんだけど……」

 

 ヒソカの最上級レベルな変態行為に、ゴレイヌもパニくっているのか、ゴンとキルアが「ヒソカ」と呼んだにも拘らず、クロロもキレて殺しにかかる前に本気でショックを受けて泣くんじゃないかと思えるほど失礼な誤解をして、ゴンに否定される。

 そのやり取りでようやくゴレイヌの存在に気付いたらしいヒソカが、自分の獲物を正しく指導して成長させ、より美味しくしてくれた恩人かと思い、「キミかい、彼らのセンセーは?」と話しかけた。

 が、自分で訊いておいてすぐに「違う」と判断する。

 

 ヒソカが見た所、ゴレイヌは実力がそこそこあって自分の玩具候補としては十分合格点だが、彼は天空闘技場での師であるウイングと同種の人間だと感じていた。

 あの人物と同種なら、弟子をこんなにも無防備に自分の前に晒さないと判断してゴレイヌから視線を移すと、なんか自分をやけに嬉しそうに、よく見りゃ口の端からよだれを垂らして凝視している少女を発見。

 

「はっ! キャー、イヤーン」

「「…………」」

 

 しばしの間を置いて、少女は自分が凝視しているヒソカが自分を見ていることに気付いて、かなり今更かつ棒読みにも程がある悲鳴を上げ、トテトテとわざとらしく森の茂みに逃げ込んだ。

 その様子から自分と同種の匂いを嗅ぎ取って、彼女こそ彼らの師であることを察する。

 

 しっかり痴女としか言いようがないことをしたビスケも自分の玩具箱の中に収めつつ、ヒソカは「で、ボク……というよりクロロに何の用?」とゴン達に尋ねる。全裸で。それも未だ勃ち上がった興奮は冷めないまま。

 

「訊きたいことがあるんだ。G・I(ここ)へ何しに来たの?」

 

 そんなもんと向き合いながら、真顔シリアスで訊けるゴンはすごすぎる……とキルアは遠い目をしながら思った。完全な現実逃避である。さすがにぶら下がってるだけなら、「キモイ」で済ますことも出来たが、ギンギンの臨戦状態になられたらリアリストなキルアも、そんな変態と会話しているという現実が嫌で、そこから逃避するしかないらしい。

 

 そう。キルアは現実逃避をしていた所為で、気付かなかった。

 やけに静かというか、気配さえも完全に消えているもう一人が今、どんな状態であるかを。

 

「ん~、その前に……」

 

 ゴンの問いの答えである自分の目的を正直に答えれば、彼らは確実にそれを阻止する為に自分に向かってくる。

 邪魔してくる彼らと遊ぶのと、クロロとのタイマン、どちらがより楽しそうかを秤にかけつつヒソカは、ニヤニヤ笑って指摘した。

 

「ソラがさっきからピクリとも動かないけど、いいの?」

「「!? ソラァァァァッッッ!!??」」

 

 ヒソカの指摘で、最もこの変態の再骨頂にダメージを受ける存在に今更に気付き、キルアとゴンは慌てて振り返る。どうやらゴンもゴンで、ソラに気を掛ける余裕がない程度には、ヒソカの歓喜を物理的に表し続けるものに衝撃を受けて、気持ち悪がっていたようだ。

 

「ちょっ、ソラ! 大丈夫か!? いや大丈夫じゃねぇな、これ!! 見るな! 見なくていいから! ほら、ゆっくりでいいから顔をこっちに向けろ! 目を閉じろ!!」

「ごめん! 本当にごめんソラ!! 俺が直接会うって言って引かなくて本当にごめん!!」

 

 ヒソカの指摘通り、「同行(アカンパニー)」を使ってここに到着、着地した体勢のまま石化したように動いていないし、おそらく瞬きもしていなかったソラの肩を掴んで、ガクガク揺さぶりながらキルアが叫び、ゴンはソラに対して謝り倒す。

 キルアに揺さぶられても、今すぐ泣き出しそうな顔で固まっていたソラだが、しばらくするとギギギと錆びた歯車が無理やり動いているような音が出そうな程、ぎこちない動作でゆっくり口を開いて、絞り出すような声で言った。

 

「…………な…………に…………あ…………れ…………?」

(何であるかさえも理解できていない!?)

 

 ソラの、羞恥で真っ赤とも嫌悪で歪みきったものでもない、紙のように白い顔色と涙を浮かべた眼、そして掠れた声音から全力で恐怖を表しながら問いかけた言葉に、思わずキルアとゴンはもちろん、何が何だかよくわかっていないゴレイヌと、自分が認識していたイメージとは違う反応をしている弟子に驚いているビスケも同じことを思った。

 

 どうやらこの純粋乙女にとって、ヒソカのもはや威風堂々という四字熟語が似合うほど潔すぎる変態さとその物質は、理解の範疇外かつ恐怖の対象らしい。

 

「ね……ねぇ……あ、あれは……何? 何なの? あ、あんなもの、この世に存在していいの?

 あ、あれ、人間の一部なの? あんなの、体の一部であっていいの? い、淫蟲の間違いなんじゃない?

 あ、そうだ。あれは淫蟲だ。そうだマキリの淫蟲なんだ。そうだ、それなら怖くは……いやあああぁぁ、大群でこっちくんなぁぁっっ!! 助けてフラット! カルナさん! って、こいつら役に立たねぇ!! ジャ、ジャックさ~ん! アルジュナああぁぁぁ! アンデルセンは爆笑してんじゃねぇぇっっ!!」

「落ち着け! 自分で言っててトラウマを掘り起こしてんじゃねぇよ! つーか誰だ、そのカルナ以外の奴ら!!」

 

 キルアが盾になってくれたおかげで、自力で目を逸らすどころか、目を閉じることも出来ないほどショックを受けていた所為で、見続けるしかなかった汚らわしいものがようやく視界から消え、ソラの石化は徐々に解けるが、全く正気には戻ってない。

 むしろ再起動し始めた思考がパニックを起こして、訳の分からない解釈で自己解決を図ったが、それはキルアの言う通り自分の別のトラウマを掘り起こしただけで、更に狂乱してここにはいない人間に助けを求めたりキレたりするカオス。

 

「え? 誰それ? キミのおトモダチは興味深いなぁ」

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!

 リープ!! リープリープリープりぃぃぃぃぃぷぅぅぅぅぅっっ!!」

「てめーはこっち来んなぁぁぁ!! せめて服を着ろ(パンツはけ)!!」

 

 しかもソラの反応を面白がったのと、カルナと並んで名前を上げられた人物が素で気になったらしく、ようやく泉から上がったヒソカは全裸かつ、ソラからしたら未知の物体Xが健在のまま近づいてきたので、ソラはキルアにしがみついてバインダーすら出していないのに「離脱(リープ)」を連呼し、キルアもソラを庇って抱きしめつつ変態にブチキレた。

 

 マーリンの件でぎこちなかった二人の距離感はほぼ元通りに戻ったが、さすがにキルアの気持ちを正しく知ったからか、抱き着くことはしなくなっていたソラだが、今この時ばかりはそのあたりの気遣いをしている余裕はなく、キルアの方も男として意識されていないと思ってショックを受けることも、そうであってもソラに抱き着かれることを嬉しく思う下心を懐く余裕など皆無だ。

 というか後になってからも、「あの状況とソラがあんな状態でそんな風に思えるほど、俺は人間をやめていない」と言っていた。確かに、この状況と状態でそのような不満や下心を懐けるのはもはや、人と名乗る資格のない自分本位な下種である。

 

 そしてこのような状況の元凶で、全く悪びれずむしろこの上なく楽しんでいる人と名乗る資格のない変態は、やはりニヤニヤ笑ったままマキリの淫蟲よりも凶悪な質量を誇るものを堂々晒したまま、小首を傾げて余計に話をややこしくする。

 

「ん~、ソラの反応が相変わらず面白くて可愛いのはイイんだけど……、そこまでショックかな? クラピカのくらい見たことあるんじゃないの?」

「あるかボケェェッッ!!」

「キルア! 落ち着いて!! ソラが不安そうだから一緒にいてあげて!!」

「「つーか、何でお前・あんたが真っ先にキレるんだよ・だわさ……」」

 

 余計なお世話すぎるセクハラを言い放ち、ソラが言葉の意味を理解して反応する前にキルアがブチキレて、庇うように抱きしめ続けていたソラを離してヒソカに向かってゆきそうになったので、ゴンが慌ててキルアを羽交い絞めにして止め、ビスケとゴレイヌはひっそり突っ込んだ。

 

 ゴンの言う通り、キルアが離れて行ったことで両手を宙に彷徨わせて、ガタガタ震えながら涙目でソラは「置いてかないで」と無言の訴えを表していたので、キルアは再びソラの元に戻ってヒソカの視界に入らないように隠すように抱きしめてやりながら、変態を睨み続ける。この時のキルアは本気で、カルナが使えるという目からビームが、自分も使えたらいいと思っていた。

 

 キルアが戻ってくれたことでちょっとだけ安心したソラの震えは止まるが、それによって生まれた余裕がヒソカの言った言葉を理解させてしまい、真っ赤になって「ねぇわ、バーカッ!! つーか、親とすら一緒に風呂入ったことないから、父親のも見たことないわ!!」と、何気に闇が深い過去を暴露して否定する。

 

 ソラの家庭環境の闇の深さに他の連中はドン引きしていたのだが、そんなものに興味のないヒソカは、ソラの発言から自分にとって面白い所を見つけ出し、実に嬉しそうに、そしてまだ凶悪化するのかとしたくない感心をしてしまう程……もう表現ぼかすのも面倒くさいのでおっ勃てて言った。

 

「へぇ……♠ じゃあ、キミのハジメテはボクがもらっちゃったんだ♥」

「え?」

 

 実に意味深かつ最低な言い回しに、キルアがもう一度ブチキレる前に、キルアの腕の中でソラは声を上げた。

 

 羞恥で真っ赤になっていた顔は、見る見るうちに血の気が引いてまた紙のような真っ白な顔色となり、しばし呆然とした後、キルア達の「ど、どうした?」「ソラ、大丈夫?」という問いかけにも反応せず、ソラはそのまま無言で静かに泣き始めた。

 今にも泣き出しそうなほど目に涙を溜め込みつつもかろうじて泣いていなかったのだが、この実はとてつもなく幼くて乙女チックな夢を見ているソラにとって、初めて見た異性のあれがよりにもよってこいつであることが、声も出ないほどにショックだったようだ。

 

 真っ赤になって子供のように泣き喚かれたらまだ周囲も反応のしようがあったが、無言で廃人のように表情が抜け落ちた状態で泣かれたら、未だに状況がよくわかっていないゴレイヌや、ヒソカを「目のホヨー♡」と喜んでいたビスケも、何が何だかわからないなりに何とかしなくてはと思いつつ、この絶望の真っ最中なソラに何をどうしたらいいかわからず、ただオロオロと狼狽えた。

 

「ヒソカアアァァァッッッ!!」

 

 ゴレイヌとビスケの頼りない対応とは裏腹に、キルアはもう何度目かわからないマジキレで叫んだが、今度はソラを置いてヒソカに向かって行きはしなかった。

 むしろ、もしかしたら初めて見るかもしれない絶望そのものの眼で、人形のような無表情でただ涙だけをボロボロ零すソラに、「大丈夫だ」というように強く抱きしめながら、背中をあやすように軽く叩いてやっていた。

 

 キルアの対応、自分が一番優先すべきことが何であるかを理解しているのを見てゴンは、キルアが安心してソラを守る事だけに集中できるよう、二人の前に立ちはだかってヒソカと対峙し、彼も叫ぶ。

 

「ヒソカ! ソラに謝れ!!」

 

 ソラが一体に何にショックを受けているのかを、どこまで正確に理解しているのかやや怪しいが、それでもヒソカのしたことが最低最悪であること、その最低最悪にソラはおそらく今までの人生で一番傷ついたことだけは理解している。

 ヒソカを真っ直ぐに見据えて、オーラを練り上げて「謝れ!!」と訴えた。

 自分の要望が叶えられるとも、自分が何に対して怒っているのかを理解されるとも思ってないし、期待もしていないが、何も知らないままでいさせることだけは嫌だったから、叫び、訴える。

 

 ソラを絶望させたお前を許さない、とゴンは言葉と放つオーラで表し続けた。

 

「あ―……、うん、ごめんね♦」

「え?」

 

 しかし、予想外なことにヒソカはちょっと戸惑ったような表情と声音で、素直にゴンの希望通り謝罪した。

 どうせ自分の怒りさえも面白がってニヤニヤ笑うだけ、謝ったとしてもそれは、オウムの方が真摯に聞こえるほど上っ面だけの謝罪であることを予想していたのだが、ヒソカの謝罪は軽いものではあるが、思ったよりもはるかに本心から申し訳なく思っているものだったので、思わずゴンの怒りは霧散する。

 

 ゴンだけではなく、他の者にとっても同じく予想外だったのか、ゴレイヌやビスケだけではなく、視線で殺せるのなら殺してやりたいという目でヒソカを睨み続けていたキルアも、キルアの腕の中でキルアに縋り付くように抱き返しながら、人形のように無言ではなく、嗚咽を漏らしながらすすり泣いていたソラもポカンと目を丸くして、呆気に取られた。

 

 だが、ヒソカの反応は予想外だったものであったが、決してゴンの訴えが届いた訳ではない。

 っていうか、ヒソカの謝罪はソラに向けたものですらなかった。

 

「なんていうか、ソラの反応が思ったよりもずっとヨくて、ソソる♥

 ソラ、この時点で絶望したからって、そのまま絶望し続けるキミじゃないだろう? 今すぐに押し倒して組み伏せたら、キミが絶望からどんな反応に変わるのかすごく見てみたい♥」

 

 こいつ、あの軽いが本心からと思えた謝罪はソラに対するものではなく、自分に怯えて傷つき涙するソラに嗜虐心が刺激されて興奮して、ゴンの言葉をよく聞いていなかった、いつもなら大喜びするゴンの怒りによるオーラの放出さえも相手にしていなかったことに対する謝罪だったらしい。

 

「お前本当にいい加減にしろーーっっ!!」

「ゴン! ちょっとそいつを足止めしてろ!! 俺は今から実家に一度帰って、ゾルディックの総戦力でそいつ殺す!!」

「待って、行かないでキルア! お願いだから行くなら私も連れて行って! とにかくこいつから私を逃がしてお願い!!」

 

 ヒソカの謝罪をされない以上の最低最悪な対応に、キレていても温和な性質が抜けきれずにいるゴンも、さすがに本気でキレて言い返し、キルアはバインダーから「離脱(リープ)」を取り出して本気で実家の家族だけではなく、執事たちも使って全力でヒソカを殺しにかかろうとする。

 

 そしてソラは自分の貞操がマジでヤバい事を実感して、全身に鳥肌を立たせながらキルアにしがみついて縋り付く。

 そんな弟子たちのカオス具合を、ビスケが「あんたたち、落ち着け! キレるのも怯えるのもわかるけど落ち着け!!」と喝を入れて、何とか収拾を付けようと努力した。

 

 そんな彼らを実に楽しそうに嗤って眺めるヒソカに、ゴレイヌは心底うんざりした顔と声音で声を掛ける。

 

「……あんたもいい加減、服を着ろ(パンツはけ)

「おや♦ これは失礼、すっかり忘れてた♥」

 

 いけしゃあしゃあとヒソカは言って、ようやく彼は泉の傍に置いていた服を着始める。

 なお、最後まで奴の欲望と興奮を具現化した未知の物体Xは、凶悪で汚らわしいバベルの塔のままだった。本当にもうこいつ死んでくれ。

 

 * * *

 

「……で? ヒソカは何でG・I(ここ)にいるの? ゲームのクリア目的じゃないでしょ?」

 

 ヒソカが服を着て、そしてブチキレていたり泣いて逃げ出そうとしていた3人が少しは落ち着いた……というか、ソラが「もうやだぁぁぁっっ!!」と子供のように泣きじゃくってしまい、キルアがソラを落ち着かせて泣き止ますことに専念し始めたことで、ようやく最初の質問に戻る。

 

 ちなみに、もうこの時点でソラやキルアはもちろん、ゴンにすらヒソカは仲間にする選択肢はない。あんだけソラにトラウマを刻み込んだ相手としばし行動を共にしなければならないなんて、ソラが親の仇であっても躊躇うレベルの拷問だろう。

 

 その為、ゴンは知っておきたい情報だけを欲しがって、彼にしては珍しいどころか初めてではないかと思うほど、刺々しい言葉と軽蔑しきった冷たい目で訊いていた。

 

 しかしこの変態にとっては、そんな対応すらご褒美でしかない。

 ゴンの視線にゾクゾクとまたしても興奮しながら、ヒソカは下ろしていた前髪を掻き上げて、ようやく答えを返す。

 

「旅団のメンバーを探してるんだ♦ クロロの伝言(メッセージ)を伝える為にね♣」

 

 もちろん、真実を正直には話さない。ヒソカの中で「ゴンやキルア達と遊ぶ」ことと、「クロロとのタイマン」の秤は、クロロの方に傾いた。

 ゴンやキルアがクロロの除念を阻止するために、自分の邪魔をしてくるのは楽しいだろうが、それだと旅団側もゴン達に手出しして、彼らを殺しかねない。それにヒソカ自身もまだまだ美味しくなると確信しているのに、今で十分美味しそうなので、勢い余って(こわ)しそうだと危惧した。

 それはあまりにもったいないし、じらされ続けているクロロとのタイマンを、これ以上じらされるのはごめんだと判断し、彼は嘘こそはついてないが本当の事を全ては話さないで誤魔化す。

 

 嘘をつかなかったのは、今でこそキルアに抱き着きしがみつき泣き続けのポンコツだが、ソラなら自分の目的をかなり正確に察していることを、ヒソカ自身も察しているからだ。

 だからバレバレの嘘で腹の探り合いも楽しいが、今のソラにそんなことをしてくれる余裕はヒソカの自業自得でない為、小細工は最小限に自分の望む方向へ彼らの推測を誘導する。

 

「彼、クラピカの能力で旅団との接触を禁じられているだろ? だから僕が伝言役(メッセンジャー)になるように頼まれたんだ♦

 まぁ、伝言役と言っても大した情報は持ってないよ♣ 下手に居場所とか教えたら、それもクラピカが設定した『旅団員との接触』に抵触するかもしれないから、とりあえず生きてることと団員からの情報を欲しがってたくらいだね、ボクが預かっているメッセージは♠」

 

 ゴン達が「除念」の存在を知らなかったら、「クロロに除念師の存在を教えたくて、団員ならクロロの居場所に心当たりあるんじゃないかと思って♥」という方向で誤魔化したが、ソラがいて彼らが除念を知らない訳がないし、クロロがそんなことも知らないとも思っていないだろうから、クロロの代理人であることを明かす代わりに、彼に託されたメッセージの一部と、もう既に「旅団員にそれを伝える」ことは終わっている事を隠す。

 

「……何でオモカゲの時に言わなかったの?」

「クラピカの前で言える訳ないだろう? 本来ならルール違反にならない行為も、彼が知ったことでこの程度の伝言ですら、『団員との接触』の内に入れられるかもしれないんだから♠

 ソラなら旅団が有利になるとわかっていてもクラピカには話さないし、話してもそんな風にルールを捻じ曲げないよう説得してくれるだろ? 愛しい彼の手が、クロロの血で汚れないように♥」

 

 ゴンがヒソカの隠し事には気付いていないが、マーリンから称賛された本能的な勘で、彼の発言のおかしな所に疑問をもって指摘する。それでも、ヒソカの方が1枚も2枚も上手であった。

 嘘ではないので説得力のある言い訳と、なら何で今は自分たちに話すのかという理由を語って、ゴンはしぶしぶだが納得して引き下り、話題に上げられたソラはキルアの胸の中で泣きじゃくりながら、「うっさい、死ね」と呟いていた。

 

 キルアは相変わらずあやすようにソラを抱きしめ、背中をポンポンと叩いてやりつつ、ヒソカのクラピカに対するソラの評価、「愛しい彼」が気に入らなかったのか、無言で彼を睨み付ける。

 キルアの幼い動機で凄まじい殺気にもやはり満足げに笑いながら、彼はゴン達に尋ね返す。

 

「さて……今度はこっちが訊く番……♣ まさかその質問をする為だけに、ここに来たわけじゃないだろ?」

「ううん、そうだよ」

「…………」

 

 しかし、まさかの本当にこれだけの為にやってきたという事実に、思わずヒソカは言葉を失う。

 本来ならレイザー達とのスポーツ対決の為に、仲間になって欲しいと言う予定だったのだが、ヒソカの自業自得過ぎるやらかしの所為でゴレイヌも、「こいつを仲間にするのは嫌だ」と心の底から思っているので、ゴン達の用件は本当にこれで終わりである。

 

 ……終わりのつもりだった。

 

「あの……」

 

 しかしキルアがゴンの所為ではないとわかっていても、ついついゴンが「直接会う」と言って聞かなかった所為でソラが未だ泣きやまない状況なので、少し嫌味っぽく「『交信(コンタクト)』もあるのに実際会うってきかねーんだ、コイツ」と愚痴を吐き、ゴンは本気で申し訳なく思っているからか、ソラに対して土下座をしだしてゴレイヌが二人を宥めている隙に、ビスケがかなり今更な猫かぶり状態でヒソカに話しかけた。

 

「実は私達、出来るだけ強い人を探しているんです。仲間になっていただけませんか?」

『鬼かお前!!』

「誰が鬼だわさ!?」

 

 ビスケの頼みにヒソカが答えを返す前に、思わず男3人全員で同時に突っ込んだ。ゴンでさえ、ビスケを「お前」呼ばわりである。

 そして鬼扱いされたビスケは、意味などなかったとはいえ被っていた猫を即行で剥がして怒鳴りつけるが、ビスケに怒る資格はない。どう考えてもこの女、鬼だ。

 

「鬼以外に何があるっていうんだ!? お前、自分の弟子がそいつの所為で今、どういう状態なのかわかってんのか!?」

「ビスケはソラに何の恨みがあるの!? ソラ、反対も出来ないほど怯えちゃってるじゃん!!」

「つーか、ソラのこと関係なく普通に俺だって嫌だぞ、こんな変態が仲間になるの!!」

 

 ビスケの抗議の言葉に、3人は怒涛の勢いで反論して、ビスケも言葉が流石に詰まる。

 キルアやゴンの言う通り、ソラはビスケがヒソカを勧誘してもいつもなら、「正気かババア!? 面食いも大概にしろ!!」とでも言い放つはずが、何も言わないどころか言葉さえも忘れてしまったかのように、またしても恐怖で顔面蒼白になりながらケータイのマナーモードのように、キルアにしがみついたままガタガタ震えている。

 

 声も出ないほど怯えきっていながらも、またホロホロと涙をこぼす眼は、「師匠……何かの間違いだよね? 私の聞き間違いか何かだよね?」と、まだビスケを信じて縋って訴えているのが、ビスケの良心にグサグサ刺さる。

 

 が、ソラにとっては不幸極まりないことに、ビスケは意見を曲げる気はない。

 しかしそれは、弟子である彼女を思ってこそであって、決して自分の目の保養要因にヒソカが欲しい訳ではない。……と、自分でもちょっと自信がないからこそ自分に言い聞かせて、ビスケはヒソカに背を向けて4人を説得する。

 

「あら、そんなことありませんわ」

『!』

 

 無意味すぎる猫を被り直し、ビスケは説得力皆無なことを言い出しつつ、指を空中で動かす。

 ヒソカの所為で余裕が皆無なソラですら、その動きを見逃しはしなかった。

 

「あの方には何か近しいモノを感じますもの」

『奴は嘘をついている』

 

 事実だがテキトーな言い訳を語りながら、オーラを使って文字を空中に書いて伝える。

 

 ビスケはヒソカのことなどゴレイヌと同程度にしか知らないが、50年以上嘘つきやっている経験則が鋭敏に、ヒソカと自分は同類だと嗅ぎ取った。変態という意味ではない。少なくともビスケ自身はそう思っているが……、残念ながら傍から見たらビスケはそういう意味でもヒソカと同類だ。ヒソカよりはマシであるのが、救いと言えば救いだろうか?

 

 それは良いとして、自分と同じ嘘つきならこの状況で本当のことなど言わないと、ビスケはヒソカの立場を自分に置き換えて判断する。

 もしも彼の言葉全てが事実なら、いくら生存報告だけでもクロロと団員たちがコンタクトを取り合うのは、クラピカ側からしたら歓迎できない。だから、クラピカの味方であるソラ達は、絶対にと言うほど積極的ではなくとも、邪魔はすることはわかっているはずだ。

 

 だからそれが事実ならばそれを隠して、「クロロが見つからないから、G・Iにいる事だけはわかってる団員で遊ぼうかと思って♥」とでも言って、誤魔化しただろう。

 ソラ達の話からと、先ほどの騒ぎでのやり取りから唯一理解した「戦闘狂」というヒソカの性格なら、これで十分に筋が通って説得力のある言い訳になる。

 なのにそれを使わなかったのは、きっとゴンは思いつきもしないが、キルアなら毒を以て毒を制する精神で、ヒソカを旅団にぶつけて厄介な相手の戦力を。少しでも削ごうと考えるかもしれないから。

 

 彼が、「クロロの伝言役(メッセンジャー)」なのは本当だろう。だからこそ、こちら側が積極的に旅団とヒソカを会わせようとするのは、ヒソカからしたら不都合なのだ。

 自分の性格からして、ゴンやキルアのような発展途上な子供はともかく、もう既に完成された能力者であり実力者である旅団たちを見逃すのは不自然で、そこから嘘がばれるのを防ぐ為にあえて自分の立場、旅団と今のところは敵対していない事は正直に答えたのだと推測する。

 

 しかしビスケの推測は、ここで終わる。それ以上考えられる程、ヒソカや旅団に関しての情報など持っていないので、考えたくても考えようがない。

 そもそもビスケの見立てで言えば、同じ嘘つきでもビスケは、意味のない嘘を基本的にはつかないタイプだが、ヒソカは息をするように、意味のない嘘もつきまくるタイプだ。相手の言葉を信用してはいけないが、深読みしすぎたらそれこそ何も信じられなくなって、向こうの掌の上で踊ることになりかねない。

 

 なので、自分より相手をよく知っている者たちの側で見張っていた方が良いと判断したことを、ヒソカにレイザーとのイベントについてを説明しながら、後ろに回した手で器用にオーラ文字で4人に伝える。

 

 ちなみにヒソカは男3人、特にゴレイヌから何気にかなりキツイ事を言われたが、それを一切気にせず、仲間になることを「ん? いいけど♣ 暇だし♦」と即答していた。

 彼からしたらスポーツというのが不満だが、自分が目をかけている青い果実の成長ぶりを間近で確かめながら実力者とのバトルは、最高の暇つぶしなので断る理由はない。

 

「……ソラ、大丈夫か? 嫌ならいやって言えよ。いざとなったら俺が逃がしてやるから!」

「む、無理しないでね、ソラ! ビスケだって本気でソラが嫌がることはしないだろうし!」

「そうだ。俺らだって嫌なんだから、別にお前一人のワガママとかじゃないからな」

 

 ビスケがヒソカを仲間に引き入れて側に置きたがる理由は、この上なく不満で癪だがそれがベストであることを理解して、けれどやはりソラが心配で3人はそれぞれ、ソラが遠慮してしまわないように説得しつつ、ヒソカを仲間にして大丈夫かどうかを尋ねる。

 

「………………ダ、大丈夫ダヨー。私ハ生キテルノナラ神様ダッテ殺セルンダカラ、平気ヘーキ」

「全然大丈夫じゃねーだろ、お前!? 意地張るな! 無理すんな!!」

 

 しかし皆の気遣い虚しく、ソラはぎこちないというか不自然に硬質的な笑顔を浮かべ、出来の悪すぎる人工音声のようなカタコトで、説得力皆無なことを言い出す。そもそも何が大丈夫で平気なのか、意味が繋がっていない。

 あらゆる意味で余計に心配になる答えなので、キルアがまた肩を揺さぶって説得すると、その勢いでようやく正気を取り戻したのか、目に理性が戻ってきて彼女は答える。

 

「あ、あぁ、あー、うん、キルア、ありがと。ちょっと落ち着いた。

 大丈夫……と言いたいけど、全然そうじゃないのはわかってる。……でも、あいつが仲間になるのは……反対はしない。賛成は絶対に絶対にぜぇぇぇっっったいにしないけど、反対もしないよ。我慢する。

 ……っていうか、ここでこいつを野放しにしたら私がただ単にあれからトラウマを刻まれて、あれを楽しませただけになる。そうするくらいなら、側に置いて隙あらば()る!!」

「……そ、そうか。……頑張れ。俺も手伝うから……」

 

 正気が戻っても、やはり自分を蔑ろにする悪癖で、ゲーム攻略の為に我慢しているのかと思い、キルアとゴンがもう一度説得しようとしたが、理性が戻ったと思った目がすわってセレストブルーにまで明度が跳ね上がり、理性の代わりに滾るような怒りを天上の目に灯して、ソラは自分がヒソカの仲間入りを許す真の理由を語った時には、もう二人から「無理すんな」と説得する気は消え去っていた。

 

 キルアは正直に応援と自分も参加する旨を伝え、いつもならソラに比喩表現でも誰かを殺すなんて言って欲しくないゴンですら、その発言はもちろん実行しても咎める気にはなれなかった。

 というか、もしかしたらゴンの中ではヒソカはもう人間のカテゴリーに入っていない、害虫あたりに分類されているから、ソラを止める気を失くしたのかもしれない。

 

「……まぁ。納得できたのなら良かった。さすがに殺すのはちょっと賛成しがたいが、それ以外の事なら協力するから、遠慮はするなよ」

 

 ゴレイヌもソラの眼の色の変化とブチキレっぷりに慄きつつ、そこまでブチキレる理由はよくわかっているので、ソラを気遣う言葉を語りながら彼女の不幸を労わるように、その肩に自分の手を置こうとした。

 

「!?」

 

 が、ソラはゴレイヌの手が自分に触れる前に、猫のようなアクロバティックな動きでその手を避けて、それだけではなくゴレイヌから2m以上の距離を取った。

 唐突過ぎるソラの行動に、ゴレイヌだけではなくその場の全員、避けた本人であるソラ自身もポカンとしていたが、さすがにソラは自分のやらかしたことなので慌てて弁解する。

 

「……ご、ごめん、ゴレイヌさん! ち、違うよ! あなたをあの変態と一緒にしてないよ! むしろあいつとは比べ物にならないほど紳士でいい人だと思ってるから!!

 でもごめんなさい!! 今の私にしばらく触れないで! 近づかないで! マジで洒落じゃなくて避けるのはもちろん、殴るのだって良い方! マジでとっさに線どころか点を突いて殺しかねないから!!」

「……意味は分からないが、悪気がなかったことと、俺の運が良かったことはわかった。

 気にしなくていい。俺も配慮が足りなかった。これから気を付ける」

 

 どうやらヒソカの所為で、おそらくは一時的……だと思いたい男性恐怖症にソラは陥ってしまったようで、先ほどの奇行は本気で悪気はないが、ゴレイヌに怯えてしてしまっての事らしい。

 線やら点の下りは本人の言う通り意味不明だったが、この女の得体の知れなさは、あのカード切断の時点でわかりきっていたので、深くは追究せず、そして男性恐怖症になる気持ちも理解出来た為、ゴレイヌは若干悪い顔色でソラの謝罪に応じて、自分の非も詫びておいた。

 

 そしてキルアは、ソラとゴレイヌのやり取りに場違いながら少しホッとしていた。

 キルアの安堵の理由は、ゴレイヌに対しての拒絶反応で、ソラが自分にしがみついていたのは自分を男として意識していない証拠だと思い知るが、自分が思ったよりそのことにショックがなかったことに対してだ。

 

 マンドレイクの件でそのことを既に思い知っていたというのもあるが、普通に男と認識しているからこそヒソカと同類扱いで怖がられて、あそこまで大仰に距離を取られて避けられる方がショックだと思えた。

 そして自分ではなくゴンにソラがしがみついていたら、きっとキルアはそんな場合ではないし、ゴンは何も悪くないのに酷い嫉妬を向けていただろうから、素直にキルアはソラに男ではなく子供として見られていてよかったと思える。

 

 ……子供でも、抱き着いて縋り付いてくれたという事は、自分を少しでも頼りにしてくれたということ。

 あんなにも怯えて震えていたのに、自分が抱きしめてやれば少しはマシになっていたという事は、自分の存在が安心できて、落ち着ける存在であったということ。

 

 そんな風に思えたから、子ども扱いを悔しく思う気持ちはあるが、今はこれでいいと思えた。

 

「……まぁ、あたしが言い出したことだから、あいつがあんたに余計なちょっかい掛けないように見張ってやるから」

「!? ぎゃーーーーっっっ!!」

「何であたしまで避けんの!? しかもゴレイヌ以上に全力で!!」

 

 ソラが本気で何も悪くない、むしろソラにかなり気を遣ってくれていたゴレイヌに対して、ヒソカと同等の嫌悪感を懐いてしまったことが本当に申し訳ないのか、ペコペコ謝り倒している弟子にフォローのつもりで、ビスケが言いながらソラの腰をポンッと軽く叩こうとした手は空ぶって、ソラはゴレイヌの時は上げなかった悲鳴を上げて、ビスケからゴレイヌ以上に距離を取りつつ、キルアとゴンに縋るように、助けを求めるように抱き着いた。

 その行動にもちろんビスケは驚愕しつつキレるが、鬼呼ばわりされた時同様にビスケにはキレる資格などない。

 

「だって師匠、あれを見てめっちゃ喜んでたじゃん!! 私からしたらヒソカ以上に、あんなもん見て喜べる師匠が理解出来なくて怖い!!」

「うん、そりゃそうだな」

「ビスケ……避けられて当然だよ」

「むしろまだ『師匠』って言ってくれるだけ、ソラは義理堅いな」

「ボクもさすがに、あんなに凝視する子は初めてだったなぁ♥」

 

 ソラの涙目涙声で、ガタガタ震えながら訴えかけたビスケ恐怖症の理由に、キルアとゴンが汚物を見るような目でビスケを眺めつつ納得と同意を口にして、ゴレイヌは心底ソラに同情するしつつやや感心して、トドメにヒソカが自分とタメ張る変態ぶりだったことを暴露した。

 

 言い訳できる余地なく怖がられて当然だったビスケは、また怯えてキルアとゴンに泣きついたソラに謝り倒したが、ソラが泣きやむまで1時間はかかった。

 

 

 

 そして泣き止んでも、1週間はビスケに怯え続けた。






もしかしたらこの連載で一番書きたかった回がやっと書けました。
自分で書いてて私はソラに何の恨みがあるんだ……とマジでソラに申し訳なく思いましたが、とっても楽しかったです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。