死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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159:魔術師スイッチ

 ソラがやっと泣き止んで、ここでは何だから近くの町で作戦会議をしようとヒソカが提案してきたので、5人は森の中を歩く。

 

 しかしソラはもちろん、キルアやゴンもヒソカがやらかしたことの所為で普段以上にヒソカに警戒心と敵愾心を懐き、ビスケはこれ以上ヒソカと関わるとソラに一生怯えられ、挙句にキルアどころかゴンにまで軽蔑されると思って、話しかけない。

 なので、ヒソカの話相手は不幸なことにゴレイヌが受け持つこととなる。

 

「仲間はあと10人? 『カルナ』がいるなら9人じゃないかな?」

「15人で『同行(アカンパニー)』を使ってその町に行くのが条件だから、ゲームに参加できてもイベント発動条件には使えないんだよ、そいつは」

「あぁ、なるほどね♥」

「出来ればあんたみたくカードに執着がない人物がいいんだが。誰か心当たりはないか?」

「んー、ないねぇ♠ みんなG・I(ここ)にクリア目的で来てるんだろう? ボクみたいに酔狂なプレイヤーは少ないんじゃないの?」

 

 ゴレイヌに話相手を任せつつ、同じ嘘つき同士の変化系コンビ、ビスケとキルアはヒソカの言葉を聞き逃さず注意して、彼の真意を探る。

 彼の語る話自体に矛盾はない。だが、どこかが引っかかる。何か違和感がある。

 その違和感を探り続ける。

 

「……ところで、さっき5人で飛んできたのって誰かの能力かい?」

 

 おそらくヒソカ自身も、キルアやビスケに警戒されて自分の言葉の裏を探り、矛盾を見つけ出そうとしていることくらいわかっているはず。

 しかし嘘を露見したくないのなら必要最低限にしか話さなければいいのに、彼は「見つけられるのなら、見つけてごらん♥」と言わんばかりに饒舌に話し続ける。

 

「ありゃ、ゲームの呪文(スペル)だよ。さっき言った『同行(アカンパニー)』だ」

「あー、あれがそうなんだ♣ 確か店で買わなくちゃいけないんだよね♦ しかも、何が出てくるかわからないヤツ♣」

「あぁ、40種もあるからお目当てのカード出すのも一苦労だ」

 

 その余裕ぶりにキルアは舌を打ちつつ、考える。

 

(……何かおかしいな。確かに何かが引っかかる。

 本当のことは言っていない……、つまりそこに何かつじつまが合わない矛盾がある? クロロの伝言を伝える為に旅団(クモ)のメンバーを探してここに来た。この言葉の中にその鍵が隠されている?)

 

 ヒソカの言葉を思い返し、それを何度も反復するがキルアには違和感は確かに感じられても、その違和感の出所がつかめない。

 いつもならソラに「お前はどう思う?」とでも訊いてみたら、敏いというか視点が常人とは違う洞察力でヒントなり答えなりを導き出せてくれるのだが、今は訊く気になれない。

 それはキルアの意地の問題ではなく、ソラは泣きやみこそはしたが未だにキルアの服の裾を摘まんだまま、鼻をグズグズ鳴らしているからだ。全然落ち着いていないし、あの最悪すぎるトラウマのショックから立ち直っていない。

 

 そんな状態でヒソカの事を訊くのは無神経すぎる。何よりクラピカに関わる事なので、こんな状態でもソラは間違いなく、真剣にヒソカの言葉に裏について考えるだろう。

 ……それが気に入らないと一番強く思っているからソラに訊かないので、結局この選択はキルアの幼い意地だ。

 

 けれど、自分が意地を張った所為でクラピカに何か手遅れな事態に陥って欲しい訳ではない。

 そんな事になってしまえば、ソラの事など関係なくキルアは後悔する。マーリンに啖呵を切った「後悔しない」が嘘となり、ソラと一緒にいることは罪悪感に押しつぶされて出来なくなる。

 

 だけどここで意地を捨てるのも違うと思えた。

 意地を捨てて、ソラに辛い思いをさせてソラに頼りきるのではなく、意地を張ってソラに少しでも負担を掛けないようにしながら、自分の力で解決したかった。

 

 それが一番、誰にとっても正しい道だと思えたから、キルアは意地を張り続ける。

 

「見えてきたよ♣ 恋愛都市アイアイ♥」

 

 そんなキルアの意地を嘲笑うように思えたのは、キルアの被害妄想だろうか?

 ヒソカが指さした都市は、見た目からして緊張感が欠片もない、町全体がG・Mの遊び心としか思えないものだった。

 

 * * *

 

 街並み自体はややRPGやファンタジーを意識したもの、ソラの感覚で言えば中世ヨーロッパ調なだけで普通と言える都市。

「恋愛都市」なんて名前らしさは、城の塔の上にあったバカでかいハートのバルーンらしきものくらいで、ヒソカ以外の全員がまだ行ったことのない街だったのもあって、「何だこの街?」と小首を傾げている。

 そんな彼らにヒソカはこの街の特性を端的に説明した。

 

「ここは色んな出会いが楽しめる街なんだ♥」

 

 端的すぎて余計に訳のわからない答えだったが、その答えをわかりやすく理解させる実例はすぐ傍で起こった。

 

「きゃん! メガネメガネ……」

 

 いきなり転んで、ビン底メガネを四つん這いになって探すちょっと格好や髪型はダサいが素顔はかなりの美少女。

 メガネがない所為で気づいてないのか、そもそもかなり無防備な性格なのか、四つん這いという体勢とサイズが大きい所為で服の襟口からブラちらどころかがっつりブラジャーと可愛らしい顔とはギャップがすさまじい豊満な谷間がしっかり覗いている。

 

 そんな男の理想と言って良いが、理想的すぎて胡散くさい美少女に全員が呆然としながら眺めていたら、ヒソカがゴンとキルアに「拾ってあげたら? 知り合いになれるよ♥」とアドバイス。

 

「「え?」」

「ああいうベタな出会いがテンコ盛りの街なんだ♦ あ、曲がり角、気を付けて♣」

 

 今どき漫画どころかギャルゲの類でもない、あったとしたらそれは笑わせるためのギャグ扱いなベタすぎるキャラとシチュエーションであることを告げつつ、困惑しながら先に進もうとしたゴレイヌに注意する。が、遅かった。

 

 今度は曲がり角からこれまた「嘘だろ?」と言いたくなる、パンを咥えて走って来た女の子とゴレイヌはぶつかって、女の子の方が尻もちをついてゴレイヌに文句をつける。

 ぶつかって来たのは向こうの方とはいえ、自分が転ばせたのは事実なのでゴレイヌは普通に女の子に謝ってそのまま別れるが、その対応にヒソカは注意した。

 

「だめだよ、謝っちゃ♠ 『そっちこそ気を付けろ』とか『お前の方からぶつかってきたんだろ』とか、口喧嘩しないと今の子とは知り合えないよ♠ 第一印象最悪のところから徐々に仲良くなるキャラなんだから♦」

「確かにベタだ……」

「つーか、何でお前知ってるんだよ?」

 

 ヒソカのアドバイスにキルアが遠い眼をしつつ投げやりな感想を口にして、ソラは一番ギャルゲをやるというイメージに合わないような、けど女遊びという点ではイメージに合うようなヒソカに呆れと軽蔑を込めた視線と言葉を投げつける。

 

「あのー、今、俺カットモデル探してるんだけど」

「はいっっ!」

「「おい!!」」

 

 そしてそうこうしている内に、ビスケがイケメンの美容師らしき男にフラフラとついて行きかけているのを発見して、ソラとキルアが割と本気でキレながら止める。

 

「主旨違げーだろ!! それとキャラ戻せ!!」

「だって丁度、髪を切りたかったんですもの」

「まったく、仕方ないババアだ……。って、あれ? ゴンは?」

 

 お菓子に釣られて誘拐犯についていく子供よりフォローのしようがないことをしたビスケにソラは呆れかえるが、この街にあらゆる意味で一番縁遠いと思われるゴンがいない事に気付き、慌てて全員が周囲を窺うと同時に女性の悲鳴が響いた。

 

「やめてください!」

 

 セミロングの少し気が強そうだがかなり可愛らしい顔立ちでスタイルもいい少女が、棘つきの肩パットが似合いそうで悲鳴が「ひでぶ!」「あべし!」とかっぽい、「ザコのチンピラ」の見本のような男たちに壁際まで追いつめられていた。

 

「いーじゃねーかよ。付き合えよ」

「離して! 大声出すわよ!!」

「へっへっへっ、出すなら出せよ。誰も助けちゃくれないぜ。この街には俺達ダンダ団に逆らう奴なんていねーのさ!!」

 

 ベタすぎてNPCではなく生身の人間なら、羞恥のあまり死にたくなりそうな寸劇が繰り広げられており、キルア達は乾いた笑いしか出て来ない。

 おそらく他のプレイヤー達もこのイベントは指定ポケットカードのイベントだとしても、出来ればしたくないであろう程のベタさだが、素でこのイベントをこなす猛者が現れた。

 

「ちょっと待った!!」

 

 言うまでもなく、ゴンである。

 彼はイベントと認識せず、素で女性がチンピラに絡まれて困っていると思って向かって行った。

 

 すぱかーん

 

 もちろん、ここでフラグを立てて回収する暇など無いので、キルアとビスケがゴンの頭を引っぱたいて回収する。

 

「いったいなー」

「待つのはオメーだ、アホ!!」

「よりによってあんなベタベタな出会い選んでんじゃないわさ!!」

 

 キルアが未だにイベントだと気付いていないゴンに叱りつけ、ビスケも叱っているんだが何か叱っているポイントがずれている。ベタでなければいいのか?

 そんな3人を呆れつつゴレイヌが宥めるが、それよりもヒソカ指摘に3人だけではなくゴレイヌも反応してしまった。

 

「他人のこと言えんと思うが……。っていうか、落ち着けって」

「それよりも、ソラがずいぶん王道から外れた撃退してるけど良いの?」

『!!??』

「まずは金的! 次も金的!! 懺悔しやがれ、これがトドメの金的だーーっっ!!」

『何してんの、お前・ソラ!!??』

 

 何故かソラがゴンに引き継いで、マーリンにも決めた処刑技でチンピラを撃退していた。

 ご丁寧にチンピラ全員に3撃きっちり入れている。

 チンピラたちは全員、カニだとしてもヤバい量の泡を吹きながら白目を剥いてその場にぶっ倒れる。……NPCだから死にはしてないし、潰れて折れていてもきっと明日になれば何事もなく回復しているだろう。というか、そうであってほしい。切実に。

 

 ただ単にパターン外の行動を取られた時のルーチンかもしれないが、絡まれていた少女は言葉を失くして唖然としており、周囲の男たちは全員内股になってガタガタ震えているので、誰がNPCで誰が生身のプレイヤーかわからない。

 もちろんゴンとキルア、ゴレイヌも内股になっているが、ヒソカだけがあの容赦ない処刑技を見てうっとり恍惚としている。この男、変態を極めすぎて最強すぎる。

 

「おめーは何やってるんだーーっっ!?」

「今の私にゲームのイベントとはいえ、性犯罪を見逃せる余裕はない」

「あ、そうですね。すみません、続けてどうぞ」

 

 喰らってなくても縮み上がる処刑技から何とか回復したキルアが突っ込むが、ソラが倒れたチンピラの頭を踏みつけて幽鬼のように妙な迫力を持って振り返って答えたら、思わずキルアは敬語になってムーンウォークでソラから距離を取りつつそのまま続行の許可を出した。

 さすがに今のソラに近づける勇気など、キルアにはなかった。

 

「……場所を変えましょう。そうしないとあの子、この街の男という男を男として処刑しにかかるわさ」

 

 NPCだが目の保養が多く、お姫様扱いしてもらえるのでビスケにとって天国に近い街だが、今のソラにとってこの街は性犯罪者の巣窟にしか思えないのでヤバいと感じ、街の外かせめてイベントが起こりにくい地区に移動を提案する。

 賢明である。今のソラにとっては元々憧れていないどころか嫌いなシチュエーションというのもあって、俺様系イケメンに「面白い女だ」と言われながら壁ドン、顎クイのコンボでも決められたら悲劇しか起こらない。彼女にとってそのシチュエーションは胸キュンではなく、去勢拳の発動条件でしかないのだから。

 

「そうだな。おい、ちょっと場所、変えようぜ」

「そおかい? ここなら退屈せずに済むのに♠」

 

 キルアが未だ気絶したチンピラの股間を執拗に踏み潰しているソラに慄きつつ、ビスケに同意してヒソカに提案するが、あのチンピラと同じ目に遭っておかしくないはずのヒソカは実に楽しげにそれを眺めながら、残念そうに言った。

 その発言に、どんだけソラにトラウマを刻み付けたいんだ? という怒りが頭に血を昇らせかけたが、怒りによって思わず反復したヒソカの言葉でキルアは自分が懐き続けた違和感に気付いた。

 

(退屈……?)

 

 その何気ない発言が、絡まり合っていた糸をスルスル解くきっかけとなる。

 

(わかった……! 何がしっくりこなかったかが……。場所! この場所だ!!)

 

 ヒソカの語った話と現状の矛盾。

 団員を探しているはずなのに、まだ会っていない、伝言を届けていないのにヒソカがここにいる事、そして自分たちの「仲間になってくれ」という頼みを聞いたこと自体が大きな矛盾だった。

 

 少しでも早くクラピカの“念”を除念してクロロと戦いたいのなら、もっと積極的に団員を探すはずだ。それこそ、自分たちの頼みを「暇だから♦」で了承するのはおかしい。

 そして人を探しているのなら、滞在する街や場所は魔法都市(マサドラ)かその近辺であるべきなのだ。

 

 このゲームは序盤で呪文(スペル)カードの存在を知らされ、そこでカードの重要性にも気づく。旅団もゲームのクリアが目的ではなかったとしても、連絡用や移動用の呪文(スペル)カードは使い勝手が良いので、全く購入しない可能性は皆無に等しい。

 仮に旅団が呪文(スペル)カードを必要に思わなくとも、あの街なら呪文カードを求めてほとんどのプレイヤーがやって来るので、他のプレイヤーから旅団の目撃情報などを得ることだって出来るはず。

 

 そしてゴンとビスケのリストに「クロロ」の名前があって、自分のリストにはないことから、ヒソカとゴン達がすれ違ったのはキルアがハンター試験で抜けていた期間であり、その期間に二人が立ち寄ったのはマサドラしかない。

 間違いなくヒソカは、キルアと同じように「人探しならマサドラが最適♥」と思って、そこにいたはず。

 

 だから、奴の言葉が真実だとしたらこんなギャルゲ乙女ゲそのものの街の近くに滞在しているのがおかしい。

 

『退屈せずにすむのに♠』

(退屈している……、やることがない……。

 つまりは探していない……いや! もう探し終えている……!?)

 

 ヒソカの語った目的自体には嘘はないだろう。語っていないが、除念師に関しての情報交換等もするつもりである事くらいはキルア達だってわかっている。

 だから「団員たちを探している」という目的は信じる。そしてそれを信じれば、ヒソカが隠しているのは「まだ団員を見つけていない」ことのはず。

 

 そもそも、こいつはオモカゲの件では団員(マチ)を利用して、オモカゲの本拠地を旅団より先回って突きとめていた。

 下手すれば、あの時点で既に団員とコンタクトが取れていたのかもしれないと、今更過ぎる可能性に気付いて歯噛みする。

 

 団員を見つけて伝言を既に伝えているのなら、こんなところで暇つぶしにも納得できる。

 いや、伝えているのなら現実に帰ればいいのに帰っていないのは不自然だが、その理由など簡単に想像がつく。

 

(ヒソカは既に旅団と会って、G・I(ここ)で『何か』を待っている!! 何を待っている? 決まってる! 除念師!!

 除念師はここにいる!! それを旅団(やつら)が探してはヒソカに引き渡し、ヒソカがクロロの元にまで連れて行く!! そういう計画の最終段階に入ってるからこそ、こいつはG・Iで『暇つぶし』をしてる!!)

 

 ヒソカの「退屈しない」の一言でほぼ真実にまで辿り着いたキルアだが、臆病とも言える慎重さがここまで筋が通っていてもまだ確信を得ることは出来なかった。

 

 なので誰かに、嘘が苦手なゴンは悪いが論外としてビスケかソラに自分の推測を話してみようかと考えたが、ビスケに話しても彼女はヒソカの事をよく知らないので、キルアの推測には「確かにそれが一番筋が通るわさ」という同意以外の期待は出来ない。

 そして普段のソラなら言うまでもなくキルアと同じことに気付いている可能性は高かったし、気付いているのならそれを踏まえてヒソカと駆け引きと腹の探り合いでもしていたのだろうが……

 

「ソラ、お城の王子様が結婚相手募集の舞踏会を開くらしいけど、参加してみない? 君のドレス姿は見てみたいなぁ♥」

「ふしゃーーーーっっ!!」

「落ち着け、言葉まで忘れる程キレるな警戒するな。猫かあんたは」

(……今のあいつにヒソカの話題はダメだな、ありゃ)

 

 ヒソカのからかいに過剰反応しているソラを眺めて、キルアは気遣いではなく素で今は戦力外だと判断し、ヒソカの話題をソラに振るのは諦めた。

 

「ねぇ、キルア」

「ん……ん!? あぁ、何だ?」

「考えたんだけど、仲間にするならやっぱりツェズゲラだと思うんだ。あの人なら仲間もいるだろうし、何より目的がわかっている分、交渉がしやすいし。

 仲間にしないにしても、一度会っておいてバインダーのリストに入れておいた方が」

「あっちの動向も知れて便利だな」

 

 先ほどからヒソカに関しての考え事に没頭しすぎて邪険に扱ってしまっていたゴンが、思ったよりずっとしっかりイベント攻略について考えていたことを知って、キルアは少し友人に申し訳なく思いながら話に応じる。

 そしてその話の中で天啓を得る。

 

(! バインダー……!!)

 

 ツェズゲラをバインダーのリストに入れたいという話題で気づく。ヒソカが旅団とゲーム内で接触しているのなら、確実に奴のバインダーのリストに団員の名前が登録されていることに。

 ヒソカのように偽名で登録されていたらお手上げだが、ソラがG・Mのお遊び要素でロリ化した際、どうもニアミスで旅団とすれ違いでもしたのか彼女のリストにはマチとシャルナークの名前が登録されていた。だから、少なくともこの二人は本名で登録しているはず。

 

 というか、ゲーム開始時に本名でなくてもいいという説明はナビゲーターのイータやゲームの先輩であるツェズゲラからも聞いてない、ヒソカがどうやって知ったのかも謎な情報なので、ヨークシンでマフィアに懸賞金を懸けられても堂々と顔を晒していた旅団たちなら、元から計画立てていない限りは偽名を使うとは考えられない。

 

 それに加えて、このプレイヤーリストの登録はちゃんと顔を合わせただけではなく、お互いに気付かずすれ違っただけでも自動で登録されてしまうので、誤魔化しようがない。

 なのでヒソカのバインダーのリストを見れば、見ることが出来なくても奴の反応と対応で自分の推測の裏付けが取れる。

 

 だから奴のリストを見ることが出来なくても、リストを見せようとしないだけでキルアの推測は正しい裏づけとなる。

 見せられる訳がない。それが奴の嘘の決定的な証拠となるのだから。

 

 そこまで考えたが、今度はどうやってヒソカのリストを見るかにキルアは頭を悩ませる。

 が、キルアの考えがまとまるどころか考え始めたタイミングで、ゴンは事もなげに言った。

 

「ヒソカ、バインダーのリスト見せてよ」

(っ!!)

 

 自分が言えば、おそらくヒソカはキルアが何に気付いているかに気付く。

 そうしたらリストを見せてもらなかった挙句にヒソカに逃げられ、イベント攻略の仲間が減るのも痛いが、それ以上に最悪なのはこのやたらと頭のまわる奇術師の掌の上で、自分が相手の都合が良いように踊らされること。

 悔しいがキルアはそのぐらい、相手と自分の戦闘や念能力そのものだけではなく駆け引きに関しても実力に開きがある事を認めている。

 

 だが、ゴンには裏がない。本心からツェズゲラの名前が、ヒソカのリストにあればいいのにとしか思ってない。

 なのでヒソカも、そう簡単に口先で誤魔化して丸め込めない。

 ただでさえゴンは、駆け引きは苦手だが勘が凄まじく良い。そして好奇心が旺盛すぎて、時々無神経なほど遠慮なしに浮かんだ疑問を相手にぶつけてくる。

 

 ここで断るのは不自然だ。そもそも奴は呪文(スペル)カードの事も「存在だけは知ってる」程度の口ぶりで話しており、それが事実ならバインダーのリストの存在すら知らないはず。

 そんな事も知らないのに、見せたがらない自然な言い訳など有り得ない。

 

「…………リスト?」

「バインダーには今まで遭ったプレイヤーのリストが記録されてるから、その中にツェズゲラって人がいるかどうか見て欲しいんだ」

「へぇ……♦ それは知らなかったな♥ どうやって見ればいいんだい?」

 

 キルアの想像通り、ヒソカは恍けているのか本気なのかいつも芝居がかっているからこそわからないが、「リストの存在なんて知らない」という(てい)で尋ねる。

 今のところ、奴の反応に違和感はない。

 だから注意深く、次の反応をキルアは窺い続けたが……

 

「ツェズゲラ、ツェズゲラ……あぁ、いるね」

「ホント!?」

「うん♥ ほら、ここに♦」

「!?」

 

 バインダーを具現化して、ゴンに教えられた通りにリストを表示して確認してからヒソカは躊躇なくゴンに自分のバインダーを手渡した。

 キルアもそのバインダーに表示されているリストを見るが、ヒソカはやはり止めもせず好きに見させる。

 そして、リストの中にはキルアが知る限り旅団員の名前はない。

 

 そのことに肩すかしをくらいつつ、キルアは自分の考えすぎだったかと結論付けた。

 元々、ヒソカを怪しむ根拠はビスケの勘だけであり、違和感だった「退屈」だの「暇」という発言だって、そもそもクロロの伝言を伝える為に団員を探すのも暇つぶしであるのなら、自分たちのイベント攻略に付き合う方がより退屈しないからこちらを優先したという考えが、奴の性格上ありえる。

 

 そんな風に、勝手に納得して結論を出してしまった。

 

 キルアは気付いていない。自分が危惧した通り、キルアがヒソカの隠し事に見当づいたことを本人に気付かれたからこそ、奴の掌の上で踊らされていることに。

 ヒソカが“凝”対策にバインダーで自分の手元を隠して、指でリストの名前をなぞって「ツェゲズラ」の名前を探すふりをして何をしていたのか。

 自分たちが見たリストにはあまりにも単純な偽装、“薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)”が施されていたことに。

 

 そして…………

 

(くくく……、やっぱりキミは格別で素敵だね♥)

 

 ゴンやキルアの後ろから覗き込むように、バインダーのリストを見ていたソラの眼が、スカイブルーにまではいかなかったがサファイアからコバルトブルーぐらいに明度が上がったことに気付けなかった。

 ヒソカに関係する話題は全て、何であっても不愉快そうに顔を歪めていたのでわかりにくいものではあったが、バインダーのリストを見た時の彼女の表情、不愉快さの種類は違っていた。

 

 生理的嫌悪感からの不快さが消えこそしてないが格段に薄れ、理性的な不愉快さに歪んだ顔で実に冷たく、ゴミを見る目の方が情愛に満ちていると思える目でヒソカは一瞬見られて、ウッキウキに悦んだ。

 

 ヒソカはソラの眼の事など詳しくは知らない。

 彼女の眼は念能力によって具現化したものならば、“凝”をするほどではなくてもいいがそれでもいつもより少し意識して、気合いを入れて見ないと線や点が見えないことなど知らない。

 というか、バインダーそのものが「念能力で具現化されたもの」なので、普通にソラは気づかなかった可能性は割と高かったのだが、ヒソカはソラの眼のことを詳しく知らないからこそ過剰な信頼で、勝手に期待していた。

 

 彼女の目なら、自分がバインダーに覆った薄っぺらい嘘(ドッキリテスクチャ―)に気付くと信じて疑わなかった。

 だからあれは、偽装と言うよりソラに対するメッセージと言った方が正確。

 

 そもそもリストを知らない体で話していたのだから、別に旅団の名前が載っていてもヒソカには誤魔化しようがあった。

 知らない内にどこかですれ違って、その時に登録されたと言い張れば良かったのだ。

 実際に、旅団はヒソカを直接見つけたのではなく、知らぬ間に登録された「クロロ=ルシルフル」の名前に気付き、それきっかけでヒソカは旅団を見つけることができた。

 

 ヒソカがリストの存在を知らなくても、旅団側が知っているのなら彼らの方から接触をはかって来るのでは? とも思われるが、それは「あからさまに怪しい名前だから、気付かれても警戒されてひとまず様子見されてる」もしくは「ヒソカだと気付かれているが、クロロからの伝言役(メッセンジャー)だとは思われていない為、旅団の方が避けている」あたりの言い訳がきく。

 

 もちろん、こんな言い訳は信用できるものではないが嘘である証拠もなく、嘘だと確定してもそこに名前があるのならもう出会って伝言は伝えた後なのも明白だから、今更行動のしようがない。

 だからヒソカは、信じられないだろうが嘘だと言い切れない言葉で言い繕って、手出しできず歯噛みするキルア達を眺めておちょくって、せめて再び旅団と合流しないように奮闘する彼らで遊ぶことだって出来たはずなのに、それをしなかった。

 

 それなのに、あえてソラには言葉通り一目でわかるような小細工を施したのは、ヒソカ自身の自業自得だからこそ自分で責任を取ったつもりなのかもしれない。

 

 子供に縋りついて子供のように泣きじゃくる彼女に、「いつまでそのままでいるんだい?」という警告……と言うほど優しくも真摯でもない、ただ単に自分がより面白い思いをしたいからこそ、ソラに活を入れただけ。

 そのことを理解しているからこそ、ソラは理性を持って不愉快になった。

 

 だからソラは、「交信(コンタクト)」でツェズゲラと交渉している最中、後ろ手で乱暴に指先を動かして書きなぐる。

 ヒソカにオーラの殴り書きで何を伝えているのかに、キルアは気付けなかった。

 

『後で話がある』

 

 その文字に、ヒソカは口角を上げて嗤った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「用心深いねぇ♠」

《時間がもったいない。余計なことほざくな》

 

 無事、ツェズゲラ達との交渉が成功して彼らが仲間になったしばし後、ソラがオーラで書きなぐって伝えた通りヒソカと話す。

 ただし直接ではなく、呪文(スペル)カードを使って。

 

 わざわざカードを使っての密談は、ただでさえヒソカの自業自得でいつも以上にソラがヒソカを毛嫌いしているの加え、キルアだけではなくゴンもヒソカがソラに近づかないか、余計なちょっかいを掛けないかと過剰なくらい目を光らせているので、別に密談でなくとも二人が同時に消えたら怪しまれるというか、ソラが心配されるからこその小細工。

 

 ソラは食料の買い出しをすると言って皆から離れた十数分後にヒソカも、「ちょっと鷹を狩って来るね♥」と何故かここでは隠語で無駄に気遣いながらヒソカはゴン達から離れた。

 街に戻るソラと、用足しの為に森の奥に行くヒソカで向かう方向は真逆、こっそりソラの後を追うにしては時間が経ちすぎており、なおかつヒソカは移動系に限らず呪文(スペル)カードも持っていないので、ソラにちょっかいを掛けに行ったとはさすがに奴を警戒している子供二人も思わず、しかもヒソカが離れた用件が用件だったのでもちろん尾行もしない。

 

 ソラが誰も連れずに一人で買い出しに向かうのも、ヒソカの所為でゴンとキルア以外の男、そして同性であるはずのビスケを怯えるようになってしまったので、彼女は一人で行動するのはさほど不自然ではない。

 現に「一緒に行こうか?」とキルアは訊いたが、それはただ単にソラと一緒にいたかったからこそ言った言葉であってヒソカへの警戒はあまりなかったし、ソラが「スポーツ経験のないゴンのサポートをしてあげて」と言って断れば、少し不満そうではあったがその言い分に何の疑問も彼は懐いていなかった。

 

 しかしそれでもヒソカが離れるタイミングを間違えたら、皆の前でバインダーが「交信(コンタクト)」の通知が来てばれてしまうのだが、ソラはきっちりその対策を施してヒソカもそれを読み取っていたからこそ、このタイミングだ。

「後で話がある」と最低限な要件をオーラで書きなぐったあと、これまた最低限かつ乱暴にソラは「15」という数字もオーラで書いてヒソカに伝えていた。

 

 さすがにこの時点では何のことだかわからなかったが、ソラが一人で買い出しに行くと言ってキルアの同行も断れば、この敏い男があれは「15分後に連絡する」という意味だったことを理解出来ない訳がない。

 

 そう思っていた事実は、自分が相手(ヒソカ)を信頼していたということになるのが嫌なのか、結構な綱渡りだった密談が成功したのにソラは、成功したからこそ不愉快極まりないという声でヒソカの戯言を切り払う。

 

「つれないなぁ♥」

 

 しかしソラにいくら冷たくあしらわれても、この男から余裕を奪う所か余計に喜んで、ソラが一人精神的ダメージを喰らい続ける。

 なのでもう奴の発言は全て無視して、ソラは一方的に自分の話を、要求だけを突き付けた。

 

《旅団にキルアの弟、カルトが今、お前の後釜ってことで仮入団してる。その子に私の知り合いの除念師の情報を流してあるから、お前が除念師を探す役割ならその子に訊け。旅団側が探してお前が連れて行く役割なら、カルトがパクノダに記憶を読まれないように協力しろ》

「……一応訊くけど、止めないんだね? クロロに除念師を引き渡すのを」

 

 ソラの愛想もなければ、交渉する気もない一方的な言葉にヒソカはさほど間を置かずに問う。

 彼からしたら、ヨークシンで出会ったゾルディックの末っ子が仮とはいえ自分の後継として入団している事と、ソラが自分以外の除念師のツテがある事に少し驚いただけで、その情報を知れば妥当な要求だと思った。

 

 自分の邪魔どころか、後押しするようなその要求自体に驚きなどない。尋ねている言葉は確認というより、自分の想像通りである答えをその口から聞きたいだけ。

 そしてソラは、ヒソカの希望に沿うのは癪だがこのまま何も言わないのはもっと癪なので、一度鼻で笑ってからご希望通り言ってやる。

 

《はっ! 元々、時間稼ぎでしかなかったことだ。下手に長引かせて、向こうに手を引かれて行動が読めなくなるより、動向が把握できてる方が100倍マシだ。

 ……あの子たちには悪いけど、あの子たちは勘違いしてる。お前の邪魔をして徐念師を旅団やクロロに引き渡さないようにすることは別に、私たちの有利にはなりはしない。むしろ、あの子たちが旅団の脅威にさらされるだけだ。

 そんなの、私もクラピカも一番望んでいないし、何より私たちは旅団(あいつら)が怖いから、ただ逃げ隠れるために時間稼ぎしてるんじゃねぇよ。つーか、あいつらなんか相手にしたくねぇんだよ。

 

 私たちはいつだって返り討ちする覚悟を最初から決めてる。けれど、あいつらの好き勝手した結果の死が、私たちの幸福に影を落とすなんて理不尽この上なくて癇に障る。だから、お前らが好き勝手に共食いしあって共倒れしたらいいんだ》

 

 ヒソカや旅団の目的を後押しなどしていない。ただ、邪魔をしたらそれは自分の大切なものを傷つけられ、奪われ、壊されて失いかねないからこそしているだけ。

 旅団(おまえたち)など恐れていないから。理不尽や不条理に怯えて、ただ逃げて隠れるだけなんてまっぴらごめんだから。

 

 けれど、決して相手の「死」を背負いたくなどない。相手が憎くて嫌いで自分たちの幸福や人生の邪魔でしかないことを知っているからこそ、そんな相手の「死」を罪として背負って失えない傷となり、そんなものがなければ掴めたであろう幸福やそこへ至る選択肢を失いたくなどないから。

 

 だから、ソラはヒソカに対して傲慢に言い放った。

 

 自分たちの関係のないところで、ウロボロスの蛇のように互いを食らいあって、勝手に死ねと。

 あの要求は、自分たちに関わってくるなというもの。

 

「本当、キミはつれないね♠」

 

 口では残念そうだが、相変わらずヒソカは言葉とは裏腹に楽しそうに呟く。

 何度も言うように自業自得だし、ソラの反応自体は面白かったので本心から楽しんでおちょくり続けていたが、自分に怯えて泣きじゃくる、ただの初心な少女にしか見えないソラの腑抜け具合がヒソカには気に入らなかったのだろう。

 だからこそ、挑発のような偽造をバインダーに施した。

 

 おそらく、あの偽造を見抜けなかったらヒソカはソラに失望して、殺しにかかっていた。

 あの程度の偽造も見抜けないのなら、ヒソカにとってソラはもう美味しそうな果実ではない。本当に自業自得だが、熟しきる前に間違えて落として潰れた不味い果実でしかなくなるから、もうまだまだ美味しくなるのを期待して待つ意味はなくなり、ゴン達の怒りと憎しみを買って彼らがより強くなる為、そして自分と確実に遊ぶ為、自分という仇を追い続けることを諦めないための執着にする為にソラを殺していたはず。

 

 それもそれで楽しそうだと思っていたが、やはりソラは自分の期待を裏切らなかった、毛嫌いしていながらも冷静に自分にとって、自分の大切な者たちにとって何がベストかを判断して、自分よりも誰かを、他者を守る為にヒソカや旅団といった外道と言える者たちとはいえ、他者を利用して犠牲にしようとする矛盾を、おそらく彼女は正しく理解した上で行っているのが、ヒソカからしたら好ましい。

 ヒソカ自身が目的のためなら手段など問わないからこそ、綺麗事を貫こうとして結局挫折する半端者より、ソラのような矛盾だらけだがそれでも足掻き抜く姿を本心から好ましいと思う。

 

 だから彼女の口から、聞きたかった。自分に利用されろという言葉を。

 

 しかしその好ましさも、自分がより美味しく頂きたいからこその好意なので、当然ソラはその好意の意味を理解してようがしてなかろうが相手の好意が自分にとって都合のいいものでないことだけはわかりきっているので、ヒソカの声からにじみ出る喜色を普通にソラは気色悪がった。

 

《話は終わりだ。切るぞ》

 

 ヒソカの返事を待たず、本当に一方的に要求だけして通信を切ろうとする。

 ソラは自分とその仲間たちのことしか考えていない要求を突き付けたが、その内容自体はヒソカにとっても都合が良いもの、カルトとソラが繋がっているのを誤魔化して庇ってやれというのも、カルトは十分に自分の玩具候補な青い果実だったので、ヒソカとしても旅団によって彼が始末されるのはあまりにもったいないから言われなくとも庇っていただろう。なので、不満も不服もない。

 だから断る訳がないとわかっていたからこそ、返事は聞く気がない。そしてヒソカの方も言う気などなかった。

 

「あ、待って待って、ソラ♦ 一つだけ、教えて♥」

 

 返事ではなく何かを尋ねようとするヒソカを無視してソラは通信を切ろうとするが、切られる前にヒソカも無視されていることを無視して自分の疑問を滑り込ませた。

 

「ソラ、昼間のキミはどこまでが本心だったんだい?」

 

 答えはない。

 だが、通信はまだ切られていない。しかし残り時間があとわずかだったので、ヒソカはさっさと話を進める。

 

「キミ、わざわざカードを使って密談してるのは、ゴンやキルアにばれないようにってだけで、別にボクと直接話すのは嫌じゃないんだろう?」

《自惚れるな、ボケ。お前なんか、昼間のことがなくてもいつだって直接はもちろん、電話だろうが何越しであっても話したくないし、今すぐに存在自体が抹消されて欲しいわ》

「うん、そう思ってるけどそう思う理由の割合に昼間のことは些細なものなんだね♥」

 

 さすがにヒソカの「嫌じゃない」発言は気に障ったらしく、即答で「むしろ嫌で嫌でたまらない」と吐き捨てるが、相変わらずこの男は自分をボロカスに言われても一切気にせず、楽し気にソラの発言の裏を読み取った。

 隠している気はないが、読み取って欲しかったわけでもない裏を目ざとく見つけて理解する相手に、心底うんざりしたような舌打ちを一度鳴らしてから、ソラはヒソカに訊き返す。

 

《……本心じゃないように見えたのか?》

「見えないけど本心だとしたら、今こんな会話を交わせることがおかしいだろ? だから、どこまでが本心だったのかなとちょっとだけ気になっただけさ♦

 ボクが思っているよりもずっと割り切りができているんなら、キミとはもっと親密に仲良くなれるかもしれないしね♥」

 

 ソラが自分の薄っぺらい嘘(ドッキリテスクチャー)に気づいた時、理性的な不愉快さが足されただけならヒソカは「どこまでが本心か?」なんて疑問は抱かなかった。

 しかし彼女は、消えこそはしなかったが格段にヒソカに対する生理的嫌悪が薄れていた。

 

 ヒソカの意図、あの偽装に気づかなければゴン達の憎悪を買うために自分を殺そうと考えていたことまで読み取っていたからこそ、ソラにとって昼間の出来事を気にしないでいられるほどヒソカを許せないと思ったからかもしれないが、彼女の眼はどこまでも冷たかった。

 怒りが一周回って逆に冷静になれたと言うより、相手にしていない、ただただ面倒くさいから不愉快と言わんばかりの目は、ヒソカへの生理的嫌悪を忘れたのではなく、「どうでもいい」と割り切って横に置いていたように見えたからこそ、尋ねている。

 

 意味深な、昼間の彼女なら羞恥で赤くなるどころか怯え切って真っ青になって震えそうな自分の希望を挑発で告げてみながら気になった理由を答えてやれば、ソラは即答した。

 

 

 

《お前が本当に、絶対に、私と契約を交わしてそれを守るって保証があるのなら、いつでも好きなだけ貪れよ》

 

 

 

 淡々と、面倒くさそうではあるがそれ以外の感情が聞き取れない声音で言い切った。

 

《お前が私の貞操を代償に、クラピカやキルアやゴンに……皆に手を出さないって誓うなら、そんな契約を誠実に守る気があるのなら、好きなだけ弄んで貪れ。なんだってしてやるよ》

 

 実に淡々とした口調からして、やけくそで潔すぎることを勢いで言っている訳でもないのは分かるが、ヒソカにそのような誠実さがあるわけないことをわかっているからこそ、嫌味で言っているようにも聞こえなかった。

 感情を排しながらも、期待などしてなくても、それでもどこか真摯に縋っているような、祈るような言葉だった。

 

《ヒソカ。私は、『魔術師』だ》

 

 さすがにこの返答、やけくそで言い放つ勢いだけの言葉やありえないとわかっているからこその皮肉ならともかく、本気らしい言葉は完全に予想外らしく絶句するヒソカにソラは、相変わらず淡々と一方的に言葉を続けた。

 

《魔術師なんて基本的に軽蔑してるし、私は真理の探究に興味なんてねーから魔術使いが正確だろうけど、それでも私は『魔術師』なんだ。そういう風に生まれて育った。それ以外の生き方なんか知らない。お前以上に、目的のために手段は択ばない生き物なんだよ、私は。

 

 だから、昼間の私は本心だ。嘘も演技もない。けど、今の私だって本心で、嘘も演技もない。頭の中で思考を、スイッチを一般人だとか私個人の思考から魔術師の思考に切り替えたら、割り切れる程度のことだ。

 私の貞操なんて、どうせ利用されて食い潰されるはずのものだったんだから、皆を守れるのならお前だろうが誰にだろうがいつだってくれてやる》

 

 ヒソカが魔術師と魔法使いと魔術使いの違いや、魔力は体液に溶け込んでいるから性行為が魔力供給になることなど知らないことなど関係なく、一方的に言い放って通信が唐突に切れた。

 ソラが言いたいことは言ったから切ったのか、それとも時間切れかはわからないが、ヒソカはしばし通信が切れたバインダーを眺めて呆然とその場に立ち尽くした。

 

 立ち尽くし、もうどこにも誰にも繋がってなどいないバインダーを見下ろし続け、そして唐突に笑う。

 声をあげて哄笑したい気分だが、そんなことをしてしまえばさすがにゴン達が不審がって、自分たちの密談に気付かれる。そうすれば、ソラのヒソカとの裏取引……とも言えない一方的な要求にして、彼らを守るための行動は無駄になる。

 

 さすがにそれを台無しにするほどヒソカは無神経ではなかったので、手で口を押えて声を抑えて我慢する。

 ソラの意思を無駄にするほど無神経ではない。が、彼はソラが思っている通り、ソラの祈りに対して真摯に向き合うような誠実さなどない。

 

 ただただ己の愉しみのためだけに動き、生きる人でなし。

 どこまでも自分本位なところは人間のハッピーエンドをこの上なく愛しているのに、人間のことを何も理解していない、理解できない人外と似ているが、ヒソカは人間のことをよくわかっているからこそ真逆の方向性で救いがなくて性質が悪い。

 

「くくくく……本当にキミはボクの予想を裏切るのに期待は裏切らないよね、ソラ♥」

 

 彼女の言っていることの意味はほとんどわからなかったが、ヒソカが危惧したくだらないことで動揺して腑抜けて、何もかも台無しになることがないことだけは理解できた。

 しかし、それは彼女が強いからではない。

 

 自分の傷すら自覚できぬまま、傷つきながらも突き進み続けていることにソラ自身はきっと自覚していない。

 自覚してしまえば、もう立ち上がれないほど彼女はとっくの昔に傷つき、壊れ果てているから。

 

 そしてもちろん、ヒソカだってそのことを自覚などさせない。壊れ果てても自分好みの遊びに使えるのなら大歓迎だが、動かなくなった玩具になど興味はない。

 今のまま、彼女には行き着く所までイって欲しいから、どれほど彼女が危ういのかをゴンよりも、キルアよりも、ビスケよりも、もしかしたらクラピカよりも理解していながら放置する。自分の愉しみの為に。

 

 彼らの前では、「魔術師」としてではなく「ただのソラ」として生きていたいから、その裏で「魔術師」として切り捨てた他者はもちろん自分自身も犠牲に、幸福の為の代償として支払うソラを、切り捨てられた側の他者だからこそ知り得たが、誰にも「魔術師」としての彼女を教える気はない。

 

 それは独占欲なんて可愛らしいものではない。

 もっともっと打算的なもの。

 

「や♥ 練習は順調かい?」

 

 森の奥から戻ってきたヒソカはにこやかに、ツェズゲラにバレーボールを教え込まれているゴンと、ゴレイヌと相撲の特訓をしているキルアに話しかけるが、ゴンは一応「うん……まぁ……」と曖昧でテキトーだが返事はしてくれたのだが、キルアに至っては完全に無視。

 

 しかしヒソカは二人のつれない反応にも機嫌よさそうに笑っていたので、ヒソカのことをよく知らない連中はドン引き、ヒソカのことを不本意ながら知るゴンとキルアはいつもの病気だと思ってスルー。

 

 二人は知らない。彼が無視されても上機嫌だった理由など。

 自分たちを見て、何を期待していたかなんて知らない。

 

(ソラ、キミは可愛くて可哀そうなぐらいに何もわかっていない、自分勝手な悪女だよね♥)

 

 何もわかっていない子供たちを、そして誰よりも何よりもわかっていないソラを嗤いながらヒソカは思う。

 

(彼らはキミのことが大好きだから、キミがどんなに上手く隠してもいつかきっと全てに気づく♦

 その時、キミが失ったものを自分のことのように彼らは嘆いて後悔する♣ 自分の無力さを何よりも悔やむんだよ♥

 そしてキミが失ったものが取り返しのつかないものであればあるほど、彼らの後悔が本来なら選ばなかった選択肢、外道に堕ちても強くなることを選ぶことに、キミは彼らが大好きだからこそ気づいてないんだね♥)

 

 いつかきっと訪れる、互いが思いあうからこその悲劇にして、ソラだけではなく彼女の思う自分の玩具たちがより自分好みになるであろう未来を夢想して、ヒソカは嗤う。

 

 街から戻ってきた、キルアとゴンに出迎えられて楽しげに嬉しげに、この上なく幸福そうに笑う「ただのソラ」を眺めながら。





ちょっと更新が遅れてすみません。
年度末の追い込みで時間がとれませんでした。

そして一応1話ストックがあるので、最低でも4月は1話更新できるでしょうが、来月からは以前から予告していたとおり、仕事環境が変わるため時間が今までほど取れませんので、確実に更新が激減します。

それでもエタらないように頑張りますので、気長に更新をお待ちしていただけたらありがたいです。

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