毛先を巻いたツインテールに甘ロリ服が良く似合う、一見は12歳前後の美少女が空港のベンチに座っていた。
傍から見ると、親がトイレかどこかに行ってしまって待っている子供そのもの。
妙にイライラした様子なのも、一人その場から動くなと言われて退屈しているとしか思えない。
誰も彼女がイラついている本当の理由を察することはおろか、彼女ことビスケット=クルーガーの実年齢は、外見年齢の5倍近いことには気付かない。
なので周囲の人々は、あまりに信じられない光景を目にする。
「おっす、ババア! イライラしてると血圧上がるぞ!」
白髪の美男とも美女とも言える性別不詳の、18~21歳くらいの若者。だが明らかにビスケより年上に見える人物が、実にいい笑顔で誰に対しても無礼極まりない呼びかけをしたことだけでも盛大に注目を集めたのに、その約1秒後の展開に周囲の人間全員が言葉を失い、目で追った。
パッカーンといい音をたてて、白髪の顎に見た目は美少女ビスケのアッパーカットが決まり、170近い身長の白髪が空港の天井近くまで吹っ飛んで頭から落ちるのを。
ちなみに白髪ことソラは、頭から落ちたにも拘らずケロッとした顔で即座に起き上がって、「ごめんごめん、師匠ごめんってば! 今日もロリコン歓喜の美少女! 愛してるよ!!」と言いながら、ぷりぷり怒って歩いていくビスケの後を追った。
「……なんだったんだろ、あれ?」
「テレビの撮影かなんか?」
二人が去ってからようやく停止していた思考を動かし始めた人々がそんなことを口にして、何とか自分に納得させる。
それが平和だろう。
撮影でも何らかのトリックを使ったわけでもないどころか、このやり取りはあの師弟にとってはいつものことだということを知っても、誰も得などしないのだから。
* * *
「本当にあんたって弟子は毎回毎回、バカなことばっかり言ってやって、あんたは死にたいの!? あたしに殺されたいの!?」
「いや、師匠の事は大好きだし愛してるけど、私は誰であっても、神様にも自分にも殺されてあげる気はないから」
「うっさいカッコつけるんじゃない! あんたに愛してるって言われても、何にも嬉しくないわさ!!」
「じゃあ、この些細な胸をサラシでさらに潰して、タキシード着て髪をオールバックにして、膝をついて手を取って言ってやる! うわっ、気色悪っ!!」
「やめろ! うっかりときめきそうで嫌だわさ! っていうか、最後の『気色悪っ!』はあんた自身のこと!? あたしのこと!?」
ホテルの一室で荷物を置き、毎度の阿呆なやり取りを一通り終えてから、ベッドの上に腰掛けたビスケは頭を抱えてため息をつく。
「本当にあんたっていうバカ弟子は……」
バカ弟子というよりバカそのものと言っていい弟子に、もう怒るのも疲れたと言わんばかりにあきれ返っているように見えるが、実際のところビスケは初めからさほど怒っていない。
もちろん放っておくと何故か何かと連呼してくる「ババア」発言には本気でムカつくが、あれは自分が言う「バカ弟子」に近いニュアンスであることくらい、ビスケは知ってる。
別に本気で相手をバカにして見下して、傷つける為に言っている言葉ではないことくらい、もう3年の付き合いであるビスケはよく知っている。
自分が言う「バカ弟子」は、素直に気に入ってるだのかわいいだの言えない自分の意地であるのに対して、ソラの「ババア」は、これぐらい言っても殴られる程度で終わって後を引かないという甘えであるという違いまでも、彼女は知っている。
だからこそ自分の反応を面白がっておちょくってる節が強いのに、ついついソラの期待通りの反応をしてしまう自分の甘さに対しての呆れこそが、ため息の正体だった。
(ホント、我ながらにこの弟子に対して甘々だわさ)
還暦近い年齢に二ツ星ハンター、そして現ハンター協会会長の直弟子ということもあって、ビスケにはそれなりの数の弟子がいる。
そして自分の性格がさほど良くない、むしろ悪い部類でありながら、弟子には甘くなってしまう性分であることも自覚しているが、その分を差っ引いてもソラに対して甘い自分についイラついていた。
今回呼び出したのも仕事ではないが協力してほしいことがあったからで、それは自分の趣味や都合が8割を占めているが、実は残り2割はソラに関してのことだった。
そしてソラは遅刻というには盛大すぎる遅刻をかましたが、実は別に昨日到着しなくても問題は全くない用件だったりする。
一日余裕を持って「来なさい」と命じたのは、本人の言うとおり神様にも自分自身にも殺されてあげる気は皆無のくせに、何故か自分から危険なトラブルに足を突っ込むどころか、ダイナミックお邪魔しますをやらかすわ、見えている地雷を踏んだ挙句に、そのうえでタップダンス、コサックダンス、ブレイクダンスをやらかすバカ弟子には、このくらいの余裕も持っていなければいけないと思ったのは、もちろんあった。
事実、そうなった結果が現在だ。
だが、うまいことバカ弟子が飛び込むトラブルが起きずにちゃんと指示通りに来たのなら、このせっかく美人なのに性別が完全に不詳となるほど洒落っ気のない弟子を、買い物に連れ出そうと思っていた。
師弟の垣根を越えて遊ぶ予定をしていたのに、バカ弟子はいつものように死にたくないくせに、烏の濡れ羽色だった髪の色が完全に抜け落ちるくらいに、その死の運命からもがいて抗って悪あがきをして逃げ出したくせに、何故かいつも自分からトラブルや危険へ飛び込みに行くことに対して、ビスケは昨日からずっと苛立っていた。
が、そんな苛立ちをこのバカ弟子が飄々と吹き飛ばしてしまうのも、いつものこと。
素直に「心配した」とは言えなくて、本人が悪くても悪くなくても不安が安堵に変わった瞬間、八つ当たりをしてしまう自分のことをわかっているのかいないのか、いつでも先手必勝と言わんばかりにこっちを怒らせて殴られて、そのことを笑って「ごめんごめん」と謝る。
それで大概のことはどうでも良くなってしまうのだから、自分もまだまだだともう一度ため息をついたところで、バカ弟子はビスケの顔を覗き込み、その無駄に同性だとわかっていてもときめく性別不詳の美貌に少しだけ物憂げな色を落として、心配そうに言った。
「どうしたババア。尿漏れか?」
もう一発ビスケのアッパーを叩きこまれて、ソラの頭がホテルの天井にめり込んだ。
* * *
「いや、私もこれはひどいって思ったんだよ。思ったんだけどさ、思いついたからには言いたくなってつい」
「そんな自殺志願な思い付きを、あんな顔で実行できたあんたが信じられないわさ!」
何とか自力でめり込んだ天井から抜け出して、ソラは真顔で言い訳にならない言い訳を口にして、もう一発ビスケに殴られた。
さすがにこれ以上ソラをブッ飛ばしていたら、話が進まないどころか修理費を弁償する(もちろんソラが)と言ってもホテルを追い出されるので、軽く頭をどつく程度にとどめておく。
「あぁ、もう本当にあんたと話してるといくら時間があっても足りないわさ!
ソラ! あんたを呼んだ理由はこれだわさ!」
相手と下手にコミュニケーションを取ろうとしたら、この特技が空気及びシリアスブレイクな弟子は先ほどのように思いつきのボケを被せてくるので、ビスケは床に正座しているソラに向かってチラシを突き付けた。
「? ジェム王朝の神秘、宝石展? え、師匠パクる……」
「黙ってなさい」
早速ボケなのか素でビスケならやると思っているのかは不明だが、話の腰を盛大に折りに来たところでビスケが睨み付けてソラの言葉をぶった切る。
そろそろ本気でキレると感じたのか、「はい」と返事をした後のソラは素直に黙った。
ビスケの話を要約すると、数百年前にこの辺りで栄えていた王朝こそが、ジェム王朝。
その王国は宝石の産出とその加工技術が特に優れていることで有名だったが、そんな金になるものがゴロゴロ出る国が他国に狙われない訳もなく普通に滅ぼされ、その時代に加工された世界文化遺産レベルの宝石や装飾品の大半は他国に流れて失われた。
で、その失われたはずのジェム王朝の宝石類を多数所有するコレクターが、ジェム王朝が滅びたとされる年から今年でちょうど切りのいい年月なので、展覧会を行うそうだ。
コレクターは自分のコレクションをぜひとも祖国に返して、ジェム王朝の生き残りの子孫たちに見て欲しいなどと言っていたらしいが、この国の国立博物館などに寄付する気どころか売る気もなく、ただ自分のコレクションを見せびらかして、イベント収入というせこい小遣い稼ぎをしたいだけが、ビスケの見解。
そんなアホ極まりない自己顕示欲が、裏の世界の金の為ならどれほどの血も喜んで浴びて飲み干す怪物を呼び寄せるのかも知らないで、そんなイベントを計画した。
そして、その展覧会が開始されるのは明日。
そこまでビスケが説明すると、ソラが「あぁ!」と納得したような声を上げて、ポンッと手を打った。
「絶対に宝石狙いの強盗やらなんかが来るから、それを撃退してコレクターに恩売って宝石をいくつかブン取ろうって算段してるんだ! きちんと護衛とかの契約を結ばないのは、正当な仕事にしちゃったら報酬も正当な分しかもらえないしね。
さっすが、ババア! だてにそのクソ悪い性格で長生きしてないね!!」
「悪かったな!」
ソラの言葉にビスケは叫び返して、もう一発どついておく。
だが本気は全く出していないとはいえ、天井に頭がめり込んでも自力脱出してケロッとしてるソラがその程度で黙りも懲りもするはずがなく、どつかれて前のめりになった姿勢を正してすぐに言葉を続ける。
「でも、何で私を呼んだの? 宝石だから?」
「ま、それも少しあるけど、あんたを呼び出した一番の理由はこれよ」
ある意味、ストーンハンターであるビスケよりも宝石に縁深いのがこの弟子なので、本人が口にしたようにそれはある。が、それだけなら「来なさい」ではなく、「来る?」と尋ねる程度で強制する気は全くなかった。
ビスケが正当な手段ではなく、恩を着せ脅して騙して丸め込むまでして、このジェム王朝の宝石に執着してる理由のうちの2割、ソラに関しての部分が記されたチラシの写真に指をさす。
ソラはチラシの隅っこに印刷された展示物の一つ、写真が実寸大だとしたら自分の親指くらいはありそうなルビーをよく見て、そして気付く。
その宝石の中に、焼き付くように浮かび上がっている模様……いや、文字に。
「! ルーン文字?」
「そ。これは確か、あんたの『世界』の『魔術』だったわね?」
* * *
3年前、ビスケに割と文字通り拾われたソラが、名前と年齢と一応性別と同時に告げた自分自身に関する情報が、「自分はこの世界の人間じゃない。魔法に失敗して、異世界に飛ばされた魔法使いの弟子だ」だった。
もちろん、ビスケはそれを聞いて「はい、そーですか」と素直に信じはしなかったが、嘘だとも思えなかったし、妄想の類だとも思えなかった。
初めから彼女はすんなり信じてもらえるとは思っておらず、「信じられないなら別に良いですよ」と、胡散臭そうな顔をしたビスケのリアクションをサラッと流したからだ。
しかし彼女を弟子にして一か月もすれば、信じざるを得なくなってしまった。
それはあまりにもこの世界の常識を知らないくせに、それが不自然な程の高等教育を受けているとわかる知識の矛盾や、念能力の亜種のような「魔術」と彼女が呼ぶ技術だったりと、理由は山のようにある。
それらを知って初めて、あんな突拍子もない話を最初にしたのかは、信じて欲しいからでも信じてもらわなくてはいけない理由があったからでもなく、確実に起こる破綻のたびに説明するのが面倒だから事前に言っていただけだったと理解した。
実際、たいがいの「おかしい」と思ったことは、彼女はこの世界の住人ではないという事を前提にすれば説明がついた。
そうやって疑う余地がなくなった頃にはすっかり情が移っていたのもあって、ビスケはソラを弟子にしてこの世界でも生きていける術を教えると同時に、積極的ではないがソラを元の世界に戻す術も探してやっていた。
やっていたのだが、師匠の心弟子知らず。ソラはビスケの言葉に、ミッドナイトブルーの眼を真っ直ぐに向けて真顔で言い放った。
「そうだけど、それがどうしたの? 欲しけりゃ作るよ」
「あんたは帰る気ないのか!?」
またしてもビスケのげんこつが、ソラの頭頂に落ちた。しかもこれは初めの方の「ババア」発言より本気でキレていたらしく、数メートルぶっ飛んで頭から落ちても、天井にめり込んでもケロッとしていたソラが、殴られて出来たたんこぶを押さえて涙目で悶絶した。
「これは、こっちの世界には存在しない、あんたの世界の技術で作られた『魔術礼装』とかいう奴でしょ!? そんなもんが何百年も前の王朝の宝とされてるんだから、その王朝に世界や時を超えることが出来る技術が、あんたで言う『魔法』が存在したのかもしれないってことでしょうが!?
あんたは本気で、元の世界に帰る気があんの!?」
「ない」
ブチギレながらビスケがたった2割とはいえ、わざわざ弟子を呼び出して、犯罪すれすれどころかマッチポンプに近いことをやらかしてまで手に入れようとしている、ソラが自分の世界に帰れるかもしれないというヒントを、本人は喜ばないどころかまさかの即答で前提を全否定。
その即答に、「ないんかい!!」と怒鳴りつけて殴る前に、ソラは涙目のまましれっと言葉を続けた。
「だって私、まだ弟を見つけてないし」
その言葉で、ビスケは振り下ろしかけた拳をギリギリのところで止める。
固く握りこんでいた拳から指の力が抜けて、ビスケはバカ弟子の頭を殴るのではなく、掌を静かに下ろして、真白の髪をかき混ぜるように撫でた。
「……そう、だったわね。そりゃ、確かにまだ帰れないわさ」
言われてビスケは、一度も会った事のない彼女の「弟」の存在を思い出した。
弟と言っても、ソラとは血縁関係がないどころかソラと同じ世界の住人ですらない少年。
ソラがこの世界にやって来てからの3年間、この世界で生きていける術を教えて、面倒を見てやったのはビスケで間違いないが、実はこの師弟の出会いとソラがこちらにやってきた時期には、一か月ほどの開きがある。
そのビスケと出会う前の約一か月間を一緒に過ごしたのが、ソラ曰く「弟」。
こちらの世界にやって来てすぐに出会い、公用語であるハンター文字やこの世界の最低限の常識をその少年から教えてもらったが、賞金首の犯罪者に襲われるというトラブルに巻き込まれた。
このトラブルは本当に巻き込まれたのであって、ソラが自分から飛び込んだわけではないらしいが、恩人である「弟」をそれなりにランクが高く念能力者だった賞金首から庇って、守って、逃がして、何とか賞金首を撃退したが、自分も重傷を負って死にかけていた時、偶然出会ったのがビスケだった。
それから、「弟」とは音信不通。
当時、こちらの世界にやってきたばかりのソラはもちろん、少年もケータイなどの連絡手段を持ち合わせていなかったのと、少年もソラとは全く別の事情で訳ありだったため大っぴらに探すことは出来ず、未だにソラは「弟」の行方どころか安否すらわかっていない。
それでも、彼女は「弟」が生きていると信じて、自分の世界に戻る方法を探すことよりも優先して、「弟」を探していることをビスケは思い出した。
「あー、ごめん。ちょっと忘れてたわさ」
「大丈夫か、ババア。認知症の検査しとけよ」
たまに素直に謝った瞬間、まったく懲りずにケンカを売ってきたソラの頭を、ビスケは撫でるのをやめてぶん殴った。
「本当にあんたって子は、いつまでたっても礼儀を覚えない子ね」
またもや悶絶したソラを見下ろしながら、この出来が悪くて失礼で、弟子にしてからずっと心配や迷惑ばかりかけさせられてきたのに、それでもまだまだ元の世界に帰る気がないことに安堵している自分に気付き、ビスケは苦く笑う。
(バカな子ほど可愛いって奴は、本当だから困るわさ)
絶対に素直に口にしないことを思いながら、ビスケは笑ってバカ弟子に宣言する。
「ま、その『弟』が見つかってようが、元の世界に戻る方法がわかってようが、礼儀知らずで未熟なあんたをまだまだ帰す気はないから、覚悟しとくといいわさ。
あたしが生きてる間は、帰れないと思っときなさい」
「え!? 私、1000年は帰れないの!?」
「桁が多い! 100年でも多いのに、何で4桁!? あんた、あたしのことをなんだと思ってるの!?」
「妖怪に決まってんだろ!!」
ぶん殴られたソラが壁をぶち抜いて、二人がホテルから追い出されたのは言うまでもない。
ソラさんが丈夫すぎる……
ソラの「弟」は原作キャラです。再会はまだ先ですが、名前は多分近い内に出てきます。
次回は「念」と「魔術」の捏造・独自解釈設定の説明回になりそう。