死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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今回は、お食事中に読まないことをお勧めします。
あと、カレーとかが好きな人、ごめんなさい。
もうこれで察していただけたらありがたい(笑)




21:日本人の食い意地なめんな

 似たようなものがあればいい程度の期待で探した目当ての食材は、運よく似たものではなく本物を森の中で発見したので、ホクホクとご満悦のソラが二次試験会場に戻る。

「さすがにネギっぽいのはなかったなー。まぁ、ネギに似た植物って有毒が多いから別にいいか。

 ……しかしまさか、大葉がこんな密林と言ってもいい森の中にあるとは思わなかった。さすがはミントに並ぶガーデニングテロリスト。繁殖力ありすぎだろ」

 

 そんな独り言を呟きながら会場に戻って来た時には、魚を探しに行っていた受験生の大半も既に戻っていた。

 

「あ、ソラお帰りー。はい、これ。5匹くらいで良かった?」

「はい、ただいま。うん、十分すぎるくらいだよ。大漁だったんだね。ゴン、ありがとう」

 

 戻って来たソラに気付いたゴンが声を掛けて確認を取ると、ソラは嬉しげに笑ってゴンの頭を撫でながら礼を言った。

 それをやたら不機嫌、不満そうに見ている二組の視線に気づき、ソラは顔を上げて首を傾げた。

 

「何?」

 その問いにキルアはふてくされているのを隠しもせずに「別に」と答えてそっぽ向き、クラピカはジト目でにらみながら「……何故、ゴンに頼んだ?」と尋ねる。

 彼からしたら珍しく相当素直に不満を口にしたのだが、ソラは何故そんなことを訊くのかがわからないと言いたげに、逆方向に首を傾げて答えた。

 

「釣竿持ってたから」

「………………そうか」

 あまりにシンプルすぎるその答えにバカらしくなって、クラピカは言及をやめた。

 

「……珍しいタイプの悪女だな、あいつ。お前も、頼るのなら自分に頼って欲しいって素直にそう言えよ」

 呆れたような目で呟いたレオリオは、また脇腹にクラピカの肘鉄を喰らう。

 ついでにキルアからも後ろから尻を蹴り上げられて、「理不尽だ!」と叫んだ。

 

 そんな二人の八つ当たりによる理不尽なレオリオの被害を、「仲が良いなぁ」と若干斜め上に解釈しながらソラは、手を洗って腕まくりをして魚と包丁を手にしてまずはゴンに尋ねた。

「じゃ、さっそく作るか。ゴンは料理、どれくらいなら出来る?」

 

 自分の代わりに魚の調達をゴンに頼んだ際、「代わりに出来ないことは教えるしやるよ」と自分で言い出したのでその約束を果たそうとしたのだが、ゴンは笑って「まずは自分で全部やってみるよ。ダメって言われたら、どこが悪かったか教えて」と答えた。

 

「ヤバい! ゴンがいい子すぎてなんか生きてることが申し訳なくなってくる!」

「何で!?」

 ゴンのどこまでも真っ直ぐで純粋すぎる笑顔と言葉に、ソラはオーバーリアクションで目が眩んだようにのけぞって、ゴンが突っ込む。

 それを他の3人は呆れながら眺めつつ、同時に少し気まずげな顔をしてそれぞれ自分の調理台に戻って、魚とにらめっこを開始する。

 どうやら全員、まず初めの一作目はソラに頼らず自力で作ることにしたらしい。

 

 下手に自分がアドバイスをしたら審査が厳しくなる可能性が高かったので、ソラは「まぁ、何かわからなかったら遠慮なく訊いてよ」と全員に伝えて自分もまずは魚をさばき始めた。

 

 ソラはこの時点では少し楽観視していた。

 おそらく食べ物に対して関心が高く、あの世界一まずいと言われているイギリス料理すら美味しく作れる日本で生まれ育ち、義務教育期間に家庭科という授業で男女問わず最低限の調理を学ぶような環境にいたため、想像することすらできなかった。

 料理をしたことがない人間が作り出すカオスとしか言えないものの数々をこの数分後、目の当たりにすることなど露にも思わずソラは鼻歌まじりで魚をまずは三枚に下した。

 

 * * *

 

「……とりあえず、君たちは包丁の存在を認識するところから始めようか」

 

 メンチからダメ出しをくらった3人が作ったものを見て、ソラは頭を抱えて最初に出したアドバイスがそれだった。

 驚くべきことに、4人中3人が魚を捌くことすらしなかった。

 

 レオリオは酢飯の塊に、まだ生きている魚を何匹も突っ込んだなかなかおぞましい物体を作りあげ、ゴンとクラピカは小ぶりな魚を一口サイズに握った酢飯の中に一匹突っ込んだ、レオリオよりはマシに見えなくもないものを「スシ」と言い張り、3人とも割と自信満々にメンチに持って行ったことがもうソラにとってはツッコミ待ちのボケでしかない。

 むしろ、そうであってほしい。

 

 しかしながらソラにとって絶望的なことに、レオリオと同レベルと言われてショックを受けるクラピカが縋るように、「……そんなに私が作った『スシ』はダメだったのか?」と訊いてきた。

 どうも彼は、未だにどこが悪かったのかを理解できていないらしい。

 

 クラピカに嘘をつかないと約束したソラは、「……考察は全面的に合ってたよ」とわずかに目を逸らして答えた。

 嘘は言っていないが、さすがに自分の本音はこのエアブレイカーでも言えなかった。

 見た目の悪さはレオリオがぶっちぎりだが、本当に調理経験が皆無で何も考えず勢いだけで作ったレオリオ、毒じゃなければ割と何でも食べれるゴンとは違い、全面的に正しい考察が出来ていたのにあれを作ったクラピカがソラからしたら一番ヤバいと思った本音は、一生秘密にしようとソラは固く心に決める。

 

 ちなみに唯一キルアだけが包丁の存在を無視せず魚を捌こうと努力をしたが、やはり一度も料理したことがない子供に生魚を丸々一匹捌くのは難易度が高すぎて、キルアは魚が切り身ではなく魚の死骸の残骸になった時点で捌くのは諦めた。

 そこらへんはソラの想定内だったので、三枚に下した魚の切り身をソラは渡して、キルアはそれを使って自分なりの「スシ」を作って持っていき、現在審査待ち。

 

 ソラはキルアが魚のバラバラ死体にしてしまったもののリカバリを試みながら、自分が下した魚の切り身を3人にも渡す。

 

「捌き方を教えてもいいけど、時間が掛かるからとりあえずこれを使いなよ。こっちは臭みとか全くなかったから、そのまま使えるよ。こっちのは醤油と生姜でヅケにして臭みとか誤魔化してるやつね。

 あと、ヒント。スシはご飯の中に魚を入れたり混ぜ込むものじゃないよ」

「ただいま。ダメだったわ」

 

 3人に説明してやってる最中にキルアが戻ってきて、あっさり不合格を告げる。

 その言葉に、キルアが何を持って行ったか知ってるソラは苦笑する。

 

 キルアはソラからもらった切り身に、オリーブオイルやスパイスを使ってカルパッチョ風に仕上げて、まるでフランス料理の前菜のように盛り付けていたのを見た時は、3人とは逆ベクトルの意味合いで頭を抱えた。

 普通に美味そうだったが、そうじゃない。

 

「そりゃそうだろうね。キルアが一番、料理のセンスも才能もあるけど、『シンプルすぎて難しい』ってのを忘れてたでしょ?

 そういう点においては、キルアより3人の方がいっそ近いね」

「マジかよ、あんなゲテモノの方が現物は近いのかよ!?」

「「悪かったな! ゲテモノで!!」」

 

 ソラのアドバイスを兼ねた言葉にキルアは嫌そうな顔をして叫び、自分が作ったものをゲテモノ扱いされたクラピカとレオリオがキレる。

 

「はいはい、落ち着け君たち」

 キレた二人を小馬鹿にするようにキルアが笑い、調子に乗って追い打ちの挑発をかける前にソラが口を挟んで喧嘩の勃発を防ぐ。

 同時にさっきから何やら切り刻んで混ぜていたものをスプーンに一さじ掬って、一番近くにいたキルアに差し出して言う。

 

「それより、ちょっと味見して」

 言われてキルアが振り返り、スプーンに盛られたものとまな板の上のものを見て、思わず彼は反射で叫ぶ。

 

 まな板の上にあるものは、キルアがバラバラにした魚から骨や内臓を丁寧に取り除いて、身をさらに切り刻んでミンチどころかペースト状にしたものに味噌と生姜、料理酒、刻んだ大葉をさらに包丁でたたいて混ぜた、「なめろう」と呼ばれるソラの世界ではさほど珍しくも何ともない料理。

 漁師が漁の最中に船の上で作ったものが起源とされているので、使われる魚はアジなど青魚が一般的だが、貝やイカなどの「なめろう」も存在するので、「川魚で作ったことないけど、まぁいいや」とソラが思って作ってみたのはいいのだが、まずこの悲劇の原因はキルアにとって「味噌」はほとんどなじみがない調味料だったことだろう。

 

「!? なんだそれ!? ウンコみてえ!!」

 調理中に最も聞きたくない単語を大声でキルアが叫んで、思わず会場内のほとんどの人間が盛大に噴き出すか、一瞬固まる。

 空腹を紛らわすためにちょうどそのタイミングでお茶を飲んでいたメンチも、盛大に噴き出した挙句にお茶が気管に入って激しくむせるが、メンチの災難はそれで終わらなかった。

 

 さすがに食べ物を対極のもの扱いされたことに怒ったのか、それともわざとか、ソラは即座に言い返した。

 

「てめぇ、キルア!! カレーに謝れ!!」

「え!? か、カレーごめん?」

 

 まさかの作った自分にではなく、もっと見た目が似ている物を引き合いに出してそれに謝れと言われ、あまりに予想外の言葉だったせいで思わずキルアは素直に謝った。カレーに。

 そのやり取りでまた受験生たちが噴き出し、腹筋が崩壊する。

 メンチに至っては完全に呼吸困難に陥って割と本気で死にかけたが、そんな試験官の修羅場に気付くことなく、言いたいことを言って気が済んだのかソラは「いいから食え」と、キルアの鼻をつまんで口の中にスプーンをズボッと遠慮なく入れた。

 

 未知の、それも汚物に見た目が似ていると感じた食べ物を口に入れられ、キルアは目を白黒させてとっさに吐きだそうとするが、ソラが鼻をつまんでいた手で今度は即座に口をふさがれてそれは叶わない。

そもそも、その抵抗は数秒も持たなかった。

 

 ほぼペースト状になるまで刻まれているため、ほとんど噛まずに飲み込んだのを確かめてからソラはキルアから手を離し、悪戯が成功した子供のように笑って尋ねる。

「どうだ?」

「……まぁ、悪かねーかな?」

 

 見慣れないし食べ慣れない、子供らしく甘いものが好きなキルアからしたら好みとは言えない味だが、それでも普通に美味だと感じた。

 本来ならネギが入るのだが、それが入れられていないおかげで辛味が少ないからかもしれない。

 

 とんでもない発言をした本人が、素直に飲み込んで素直ではないが「美味い」と言ったことに、キルアとソラのやり取りから比較的早く回復したゴンが無邪気に駆け寄って、「美味しいの? どんな味?」と訊いてきた。

 ソラはそんなゴンにもスプーンに盛ったなめろうを差し出し、ゴンは食べさせてもらうことを恥ずかしいと思わず雛鳥のように大きく口を開けて、ソラから食べさせてもらう。

 

「わっ、本当だ美味しい! ちょっとしょっぱいけど、それがすっごくライスに合いそう!」

「あー、臭みとかを誤魔化すために調味料多めにしちゃったからね。でも、ご飯だけじゃなくてパンにも結構あうんだよ」

 

 ゴンの言葉にソラは答えながら、同じようにクラピカにも一口分掬ったスプーンを差し出す。

 さすがに彼はソラから食べさせてもらうことは恥ずかしがって拒否し、スプーンを奪って自分で食べた。

 対してレオリオはふざけて「おーい、俺にも食わせてくれよ」と言って大口を開け、それにノッたソラが「よっしゃ任せろ! 喉奥に突っ込むぜ!」と構えたので、慌てて自分で食べると訂正してソラは残念そうに舌を打った。

 

「……ほう。味は濃いのにくどくないな。……何というか独特というか、不思議な味だな」

「あー、これなんかすっげー酒に合いそう。くそっ、呑みたくなってきたぜ」

「好評のようで何よりだよ。っていうか、レオリオ。君は未成年だろうが」

 

 一通り全員に食べさせて、こちらの世界の住人にとっても問題なく食べられる味であることを確認しながら、ソラは酢飯を握って海苔を巻く。

 ニギリズシ以外を作れと言われたが仲間へのヒントも兼ねて軍艦巻きにして、その上に作ったなめろうを盛り付け、出来上がったものをまずは自分の口の中に放り込む。

 

「んー……やっぱちょっと濃いなぁ。まぁ、この辺は個人の好みの差異でいけるかな?」

 言いながら同じように作った軍艦巻きを4人にも食べさせて、もう一度味はどうかを確かめる。

 結果として、クラピカとゴンが「少し濃い」、キルアとレオリオが「ちょうどいい」と答え、どちらにしても「普通に美味い」と評価をもらえたので、ソラはこの「川魚のなめろう軍艦巻き」でとりあえず審査してもらうことにした。

 

 創作寿司を作れと言われてこれでは、日本人のソラからしたら全然創作になっていないのだが、70人いて「スシ」の存在を知っているのが皆無ということは、この世界ではスシ以前にジャポンの文化はさほど外に出回っていないのだろうとソラは踏んだ。

 というか、3年この世界にいながら島の形状といい文化といい、日本とほぼ同じジャポンの存在をソラが知ったのが割と最近という時点で、この世界にとってジャポンはそれなりに名の知れた先進国ではないらしい。もしかしたら、鎖国している可能性すらある。

 

 なのでソラにとっては珍しくもなんともない、今やメジャーなスシダネであるハンバーグ寿司やらニギリではないがカリフォルニアロールの類でも、メンチにとっては見たことも聞いたこともないスシである可能性が高い。

「なめろう」そのものも漁師のまかない飯に近いものであるため、存在を知っているかどうかも怪しい。

 

 なのでまぁ、「これでいいだろう。ダメならダメで、またチャレンジすればいい」程度の気持ちで持って行こうとした。

 だから、この後の彼女の行動に「自分の試験の邪魔をした」「合格のチャンスを潰した」などという思いは、一切関係ない。

 

「んじゃ、行ってきまーす」

「いってらっしゃーい」

「合格したら俺らの方を手伝ってくれよー!」

 

 ソラがなめろうの軍艦巻きをトレイに乗せて持って行こうとしたタイミングで、メンチの元で誰かがキレた。

 

「メシを一口サイズの長方形に握って、その上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!!

 こんなもん、誰が作ったって味に大差ねーーべ!?

 はっ、しまったー!!」

 

 なかなか特徴的な頭部に黒装束の青年が、「スシの材料は魚」とばらしたレオリオとクラピカ以上に大声かつ盛大に、スシの作り方と形状を暴露した。

 その暴露を聞いた瞬間、メンチの顔は般若になり、同時にソラの顔もすっと温度が下がるように無表情になった。

 

「……そ、ソラ?」

 その様子の変化には全員が気付けたが、いきなり無表情になったソラに声を掛ける勇気があったのはクラピカだけだった。

 

「……クラピカ。これ持ってて」

「え? あ、あぁ」

 

 声を掛けられたソラは無表情のまま、クラピカに軍艦巻きを乗せたトレイを渡す。

 手ぶらになった途端、ソラはメンチに胸倉をつかまれて大説教をくらっている294番、ハンゾーに向かって駆け出し、そしてその輝く後頭部にソバットを決めて叫んだ。

 

「てめぇ、何がお手軽だクソボケハゲ!! 和食なめんな舌切り落とすぞこの味音痴がっ!!」

『そこっ!?』

 

 メンチと同じくスシや料理を軽んじる発言をしたことにブチキレたソラに、受験生とブハラが同時に突っ込む。

 が、そんな突込みの唱和で食い意地の張ったこの女二人が止まる訳がなく、ハンゾーは何故か増えた説教を正座でコンコンと聞かせられた。

 

 この女二人によるマシンガントーク説教は10分ほど続き、終わった後のハンゾーの顔にはでかでかと「敗北」の文字が浮かび上がっており、そしてソラはメンチと無言で硬い握手を交わしてからいい笑顔で4人の元に帰って来た。

 

「ふぅ。ただいま」

『何がしたかったんだお前は!?』

 

 それはおそらく、握手を交わした当人たちもよくわかっていない。

 

 * * *

 

 もちろんこの後、試験が順調に進むわけがない。

 ソラが初めに「スシを知ってるけどどうしたらいい?」と尋ねて、結局「ニギリズシ以外の創作ズシを作れ」と指示を出しただけあって、スシ以外を作れる設備ではなかったことと、ハンゾーに怒鳴り散らしても怒りが納まらず冷静さを完全に見失ったメンチが「味だけで審査する」と言い出し、ソラが危惧した通りプロレベルの味を要求し始めた。

 

 メンチは見た目や性別に反して美食ハンターになるだけあってかなりの量のスシを食べたが、やはり彼女が求める味を作り出せる受験生などいる訳もなく、1時間ほどひたすらに食って食って食いまくって、もはや難癖と思えるダメ出しをしまくった結果。

 

「悪!! おなかいっぱいになっちった」

 

 合格者がゼロという、当然と言えば当然の結果になった。

 

 しかし、こちらも当然だがメンチの審査は審査委員会にとっても理不尽なものと判断され、ハンター試験最高責任者のネテロが登場したことで受験生たちは救済される。

 

 さすがに最高責任者が出て来る事態となったことでメンチの頭に昇っていた血も下がり、自分の審査が理不尽で不十分なことを認めて審査員を降りると言い出すが、ネテロはそれを却下して代わりの案を出す。

 

「審査員は続行してもらう。そのかわり、新しいテストには、審査員の君にも実演という形で参加してもらう――というのでいかがかな?」

 

 ネテロの提案に、メンチは何か思いついたように顔を上げる。

 そして彼女が微笑みながら上げたメニューは……

 

「ゆで卵」

 

 ブハラの「ブタの丸焼き」以上にシンプルなメニューを言い渡され、受験生が戸惑うのをしり目にメンチはネテロに飛行船で自分と受験生たちをとある山に連れて言って欲しいと頼む。

 その指さした山でネテロはメンチの思惑を全て理解し、若干意地悪く笑ってから快く了承した。

 

 そうして受験生がつれてこられたのは、ケーキカットされたように崖で真っ二つになっている奇妙な山。

 その山の底が見えない崖まで連れてこられて、受験生たちは顔色を悪くさせる者が出て来る。

 

「下はどうなっているんだ?」と受験生の誰かが呟いた不安に、「安心して、下は深ーい河よ。流れが早いから、落ちたら数十㎞先の海までノンストップだけど」と、何も安心できない情報を教えてくれた。

 そして、教えた直後にメンチが崖に飛び込んだ。

 

『え!? えーーーー!?』

 

 唐突なロープレスバンジーに受験生たちが目を白黒させていたら、ネテロがメンチが何しに行ったかの説明をしてくれた。

 

「マフタツ山に生息するクモワシ。その卵をとりに行ったのじゃよ。

 クモワシは陸の獣から卵を守るため、谷の間に丈夫な糸を張り、卵をつるしておく。その糸にうまくつかまり、一つだけ卵をとり、岩壁をよじ登って戻って来る」

 

 ネテロの説明に一番メンチに食ってかかってブハラにぶっ飛ばされた受験生、トードーが「出来るかそんなこと!!」と内心キレるが、メンチはネテロの説明から10分もしないうちにケロッとした顔で崖を登って、取ってきた卵を見せる。

 

「よっと。この卵でゆで卵を作るのよ」

(……簡単に言ってくれるぜ。こんなもん、マトモな神経で飛び降りれるかよ!!)

 

 ネテロに言われた通り、「実演」をして見せて、決して不可能ではないことを、そして「美食ハンター」だからといって侮れない実力を見せつけられても、トードーは認めない。

 自分がメンチに劣っているという事を認めず、心の中でまたこの試験が不成立になると言い聞かせる。

 

 しかし、彼の背後でその言い訳は完膚なきまでに破壊される。

 

「あーよかった」

「こーゆーのを待ってたんだよね」

「走るのやら民族料理より、よっぽど早くてわかりやすいぜ」

「メンチさん! 取って来ていい卵は一人何個までですか?」

「一つだけだと言っていただろうが馬鹿者!」

 

 12歳前後の少年たちが「楽勝」と言わんばかりの声を上げ、その仲間と思わしき連中も何一つ怖気づく様子を見せずに軽いノリで話し、そして真っ先に崖から飛び降りた。

 全員、ヤケクソや恐怖を堪えたような引きつった顔ではなく、これで自分たちが合格することを確信した笑顔で。

 

 その後に続いた者も、ほとんどが初めに飛び込んだ者たちと同じ顔、もしくは「今度は簡単すぎる」と言いたげにつまらなさそうな顔をして飛び込んだが、半数近くが崖を見下ろすと足がすくみどうしても飛び降りれない。

 怖気づく受験生たちにメンチは、「残りは? ギブアップ?」と尋ねる。

 もう、トードーには「するわけねぇだろ!」と大口を叩く気力も意地も残っていなかった。

 

「やめるのも勇気じゃ。テストは今年だけじゃないからの」

 ネテロが諦めた受験生たちにそんなフォローの言葉を掛けてから、彼はメンチと同じように崖下を見下ろして、卵をとりに入った受験生たちを眺める。

 

「あー、会長。改めてありがとうございます。

 自分の意地で落としちゃったけど、すっごい今年はツブぞろいだったんですよ」

 

 しゃがみこんで受験生たちの帰還を待ちながら、メンチがネテロに話しかける。

「ほう。確かに人数も一次、二次前半共に優秀じゃのう」

「そうなんですよ! 一回全員落としておいてなんですけど、特に今年はルーキーが優秀ですよ!

 ちなみに、私は100番がおすすめです!」

 

 本当に一回全員を落とした本人が言うのも何だが、メンチは今年の受験生の優秀さと自分のお気に入りの受験生について熱弁する。

 100番ことソラが作ったスシは、もちろんプロレベルを求めたメンチの試験ではダメなところだらけだが当初の合格基準には十分達しており、彼女に関してはそもそもの元凶である294番とは違って初めからちゃんと「スシを知っている」と自己申告して、仲間にもヒントや手伝いはしても形を教えなかったところにメンチは好感を持っていた。

 なので、つい彼女は合格させようかと公私が完全に混同した考えが過ったが、それも本人が「遠慮なくバッサリダメ出ししてください。ここで合格した方が気まずいですし」と言い出したから結局不合格にしたので、真っ先に自信満々に飛び込んでくれたのはやはり公私混同だが嬉しかったらしい。

 

 ソラからしたら試験を受ける動機が、「ライセンスが身分証明に良いから」という運転免許のようなノリなので、ここで仲間とも離れて一人合格して次の試験なんか受けたくなかっただけであることは、知らない方がお互いに幸せだろう。

 

「……100番とは、あの白髪の子のことかのう?」

 メンチのおすすめの人物に興味を持つどころか、メンチが話題にあげる前から彼女を把握していたらしきことにメンチは驚き、軽く目を見開いた。

 が、彼女は受験生でありながら既に念を習得していたので、それにプラスして覚えやすい受験番号に目立つ容姿だからだとメンチは勝手に納得して肯定する。

 

「そうですよ。にしてもあの子、すごい外見してますね。私、悪いけど話しかけられた時まず初めに性別を訊いちゃいましたよ」

「大丈夫じゃ。本人、おカマやおナベに間違えられるのはさすがに嫌がるが、男と間違えられることに関しては気にしておらんらしい」

 

 ソラのあの性別不詳すぎる外見を話題にあげてみると、サラッとネテロはメンチ以上に彼女のことを知る発言をして、今度はまん丸く目を見開く。

 メンチの唖然とする様子をおかしげにネテロは眺めて笑って、語る。

 

「気に入ったのなら、ホームコードの交換でもしておくといい。おそらくはおぬしでも知らん料理の数々を知っとるじゃろう」

 

 言いながら、視線を崖下に戻す。

 卵をツナギのポケットに入れて岩壁をよじ登って来る孫弟子は、自分を見下ろすネテロと目が合って怪訝な顔をする。

 そのミッドナイトブルーの瞳に自分がどう映っているのかに興味を抱きつつ、ネテロは目を細めて呟いた。

 

「異世界の料理を、のう」




この連載を始めようと思った当初から、一番書きたかったシーンは

「てめぇ、キルア!! カレーに謝れ!!」
「え!? か、カレーごめん?」

だったりします(笑)
何ていうか、色々とごめんなさい。

あと後半がどうしてもソラが別にはっちゃけなかったしオリジナル要素が入る部分もなかったので、原作そのまんまを巻きで入れるしかなかった。
次回は、トリックタワーまでの飛行船内の話なんだけど何故かこれが妙に長くなりそうです。
たぶん最低3話かかると思います。おかしいな、ほとんどただの会話のはずなのに……。

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