死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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幕間:それぞれの二日目

(クラピカとレオリオ)

 

 取り戻した自分のナンバープレートを鞄にしまい直しながら、レオリオは呟く。

 

「一段落ついたのはいいけど、結局、俺のターゲットがどこにいるかとかはノーヒントなんだよなぁ」

「相手が誰かわかっただけでもいい方だろう。それに、レオリオがターゲットだったトンパはすでに撃退しているから負担も少ない。

 奴なら下手にプレートを取り戻して他の受験生に命ごと狙われる危険を冒すくらいなら、このまま安全に不合格を選ぶだろう。もちろん、警戒を怠るべきではないがな」

 

 レオリオの愚痴に、クラピカは淡々と返答する。

 慰めやフォローのつもりは一切ない、ただの現状確認でしかない発言に同盟を組んだのならもう少し親身になってくれてもいいだろうと、レオリオは思わなくもない。

 しかし実際の所、クラピカの言う通り現状は悪くないので前向きに考えることにする。

 

「そうだな。まだリミットまで5日はあるし。……そういや、お前は誰のターゲットになってるんだろうな? ヒソカとか厄介な奴じゃなけりゃいーよな」

 何気なく口にした疑問と不安。レオリオにとっては、それぐらいの意味しかなかった。

 しかし、クラピカはレオリオの言葉に相槌さえも打たずに黙り込んだ。

 

「? クラピカ?」

 聞いていなかった、無視したとも違う、一瞬だけ張りつめた空気の中の沈黙にレオリオは戸惑いながら声を掛けると、クラピカは自分の喉に手をやって一言、「すまない」とまずは謝罪する。

 それから、少しだけ間を開けて答えた。

 

「ソラだ」

「は?」

「ソラのターゲットが、私だった。そして、初日で交戦した」

「ちょっ! マジか!?」

 

 相変わらず淡々と語るクラピカに反して、レオリオの困惑は深まっていく。

 ソラがクラピカの受験番号を引き当ててしまったこと自体には、別に驚きはない。くじ引きだったのだから、ただ単に運が悪かっただけの話でしかない。

 

 が、まださほど多く会話もしていないレオリオでも、ソラがクラピカを溺愛に近いレベルで大切にしているのは一目瞭然だった。

 なので、クラピカがターゲットだったからといって、ソラが素直にクラピカを狙って交戦してきたというのが信じられない。

 レオリオの顔はそんな心境を如実に語っていたのか、クラピカは彼の顔を見てわずかに苦笑した。

 

「まぁ、ソラの方は初めから私がターゲットであるかないかなど、どうでもよかったようだがな。交戦したのもプレート狙いではなく、3次試験の私のふがいなさに呆れたから喝を入れに来たようなものだ。

 ……私が今、試験を続けていられるのはソラの恩情にすぎないのだよ」

 

 その言葉に、レオリオはクラピカの苦笑は自嘲であることに気付く。

「……そうか」

 だからこそ、この一言で終わらせた。

 

 何があったのかを詳しく訊きたい気持ちもあるが、それは悪趣味な好奇心にすぎないとわかってるから、決して訊かない。

 クラピカの自嘲に、「そんなことはない」というフォローも、話をさせてしまったことに対する謝罪も、それはレオリオの自己満足にしかならない気がしたから言わなかった。

 

 自分の「弱さ」と向き合って、それを厭いながらも受け入れて克服しようとしている人間に、フォローや謝罪なんて侮辱以外の何でもないとレオリオは思ったから、何も言わなかった。

 

 そんなレオリオの不器用な気遣いくらい、クラピカは気付いている。

 レオリオが不器用なのはその気遣いがバレバレであるという点であり、気遣い方そのものは適切な為、クラピカはレオリオの返答に感謝しつつ、心の内の幼い部分が酷い八つ当たりの思考をしてしまう。

 

 全く本気など出してなかった、むしろ自分と同じくらいかそれ以上に戦いたがっていなかったソラに、手も足も出なかった自分が情けなくて、ソラに甘えないと決めつつも一人だと自分の弱さを自己嫌悪ばかりしてしまいそうだったから、だから誰かと一緒に居たかった。

 仲間の誰かの力になりたかった。

 

 そんな理由もあってレオリオに同盟を提案したのに結局、気を遣われて精神的に助けられているのは自分の方だというのがまた自己嫌悪となって、クラピカは溜息を一度ついてからレオリオに尋ねる。

 

「……レオリオ。試験前の、クイズを覚えているか?」

「あ?」

 クラピカの問いに、レオリオは怪訝そうに顔をしかめる。

 

「あの『沈黙』が答えのやつか?」

「そうだ。……あのクイズのように、何を選んでも決して正解とは言えない、絶対に後悔をするとわかっていても選ばなくてはならない場合、お前なら何を考えてどの選択肢を選ぶ?」

 

 溜めこんだ自己嫌悪と迷いを、いっそのこと思い吐き出してみた。

 いくら考えても考えても、あの時のクイズでゴンが言ったように答えは出ない。

 

 他人に問うのは、自分で選ばずその責任を尋ねた相手に転嫁するようで嫌だったが、ソラにあそこまで追い詰められて、ソラをあそこまで追い詰めて、それでも答えが出ない袋小路に迷い込んでいることに気付いたから、どうしてもその袋小路から抜け出すヒントがせめて欲しかった。

 

 そのヒントを彼なら与えてくれるような気がしたから、思わずクラピカは吐き出した。

 老婆のクイズ。自分にとって大切な人を順位付けして下位を切り捨てろと言われて、仮定の話だというのに真っ先に激怒したレオリオなら、自分の迷い込んだ袋小路から抜け出す道を与えてくれるのではないかと、身勝手な期待してしまった。

 

「……そうだな。やっぱ、一番後悔が少なそうな選択肢を選ぶしかねーんじゃねぇの?」

「……そうか」

 

 身勝手だということは自覚していたし、具体的なことは何も言っていないのだから、レオリオが返せる答えなどこれしかないのはわかっていた。

「その、『一番後悔が少ない選択肢』がどれかすらわからないんだ」と思うことは、それこそ酷い責任転嫁であるとクラピカは自責していたのに、レオリオは話をそれで終わらせなかった。

 

「あと、個人的に『最終目標』が決まってねーとそれこそどんな選択肢を選んでも後悔するし、ブレまくって迷走して、結局どこにも行けねーって結果になると俺は思ってる」

「最終目標?」

 

 続いたレオリオの言葉にクラピカが気になった部分をオウム返しで尋ねると、レオリオが顎に手をやってどう説明しようか悩みながら、相変わらず不器用に言葉を選ぶ。

 

「あー、何て言うか……。俺で言えば俺の最終目標は『金なんかいらねぇって言える医者になる』だ。その為に、俺は医大の受験よりハンター試験を優先して受けてる。

 これは、先に医者になるよりもライセンスを取った方が、学費とかその他もろもろメリットがあるから選んだだけの順序と選択だ。

 

 けどな、俺の最終目標は『医者』だ。ハンターじゃねぇ。だから、絶対に仲間や助けられた奴を見殺して合格っていう選択肢は選ばねぇよ。そんなことした奴が医者になる資格はねぇって、俺は思っているからだ」

「!」

 

 レオリオの言葉で、クラピカは思い出す。

 3次試験の囚人との戦い。キルアと対峙した最後の囚人。

 ザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯、解体屋(バラシや)ジョネスとキルアが戦わねばならない、彼が勝たなければ自分たちはここで試験終了だという状況で、レオリオはキルアの家業を知らなかったとはいえ、1次試験で普通の子供でないことを思い知らされていたはずなのに、真っ先に彼は止めた。

 

 合格をしたいのなら、可能性がわずかだと思っていてもキルアを無理に戦わせるだろう。キルアが負けたとしても、一応は試験であり試合の形式をとっていたから自分たちまで殺される危険性はなかったのだから、おそらくは同じような状況ならば、止める者より仲間を無理やり戦わせる受験生の方が圧倒的に多いはず。

 

 なのに、レオリオは即答で「戦うな」と忠告した。

 

「最後の多数決みたいに誰か残れなら悪いと思いつつも、俺は譲らねーよ。試験って時点で周りの奴はライバルだから、そこは普通にハンター試験でも医大の受験でも蹴落とすわ。チャンスは来年にもあるとはいえ、早く合格することに越したことはねーし。

 

 けど、自分よりだいぶ年下のガキを見殺し同然なマネして合格は絶対にごめんだ。そんなクソみたいな真似して合格したら、俺はどの面さげて医者になったってダチの墓に報告すればいいかわからねーからな」

 

 レオリオの答えに、自然と言葉が零れ落ちる。

「…………あぁ。そうだな。……その通りだ」

 

 それは結局のところ、初めに出したレオリオの答えと変わらない、当たり前の答えでしかない。

 けれど、もはや目前に迫った選択肢にばかり目を取られ続けていた所為で、忘れるどころか思いつきもしなかった、大切な前提。

 

 昨日、出したばかりの答え。

 幸せすぎて、その幸せが壊れてしまうのが、失われるのが、奪われるのが怖くて泣いたくらいに、手放したくない、自分の意志で選んだ選択。

 クラピカは、自分の「最終目標」を思い出した。

 

 ……やはりクラピカの中で、答えは出ていない。

 けれど、自分が何かを選ぶとき、一番忘れてはいけないものは何かを理解した。

 

 木々の合間からこぼれる日差しに目が眩みながらも、クラピカは空を見上げて思い出す。

 この空によく似た笑顔を浮かべる人を思い出し、そして自分が選択を迫られた時、何を思い返して、考えて、そして選ぶべきかを知る。

 

 自分にとって一番、後悔の少ない選択肢。何度挫けても傷ついても立ち上がって、自分の最終目標にたどり着くために選ぶべき道は、彼女が泣かないで笑ってくれるであろう道であり選択であることを理解した。

 ようやく、自分の意思と本意と願望が全て合致した。

 

「……レオリオ、ありがとう」

 

 クラピカの謝礼の言葉に、レオリオは少しだけ笑って「礼なら言葉じゃなくて、ポンズって女のプレートで返してくれ」と軽薄な言葉を吐きだす。

 しかしそれは「気にすんな」の一言で終わらせたら、クラピカが余計に気にすることを理解しているからこその軽口であることも、クラピカはとうに理解している。

 

「そうだな。だが、トンパからプレートを奪い返した時のように、すべて私に任せて合格しても次の試験で苦しむだけだぞ?」

 だからクラピカも軽口で返しながら、歩を進める。

 

 まず選んだ選択肢は、レオリオに協力してこの試験も、次の試験も、ハンター試験に必ず合格してみせるということ。

 

 クラピカの脳裏に浮かぶソラは、その選択に笑ってくれた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

(キルア)

 

 

 スケボー片手に未だにプレートは胸につけたままのキルアが樹海の中で唐突に立ち止まり、まずは溜息。

 

「ふうー……、4次試験開始からずっと尾けてるけど、バレバレだぜ」

 退屈と呆れの中に、それを少しでも紛らわせることが出来るのではないかという期待をほんのわずか含ませて、彼は振り返って自分を尾行する者に誘いかける。

 

「出てこいよ。遊ぼうぜ」

 

 しかし、追跡者は出てこない。

「時間のムダだぜ。いくら尾けまわしたって、俺はスキなんかみせないよ」

 自分の誘いを無視されたことに、子供らしく我慢の容量が少ないキルアは少しムッとしてさらに言葉を続けるが、やはり相手は出てこない。

 そのことに焦れて、キルアは「来ないならこっちから行こっと」と言いながら、真っ直ぐに追跡者であるイモリの元まで歩いていく。

 

 ただでさえ3次試験は色々と散々な目に遭って、地上に降りたのはビリ。その所為で島に入るのも最後の方という不利な状況、挙句の果てにキルアは自分のターゲットが誰なのかわからない。

 そんな積もり積もったストレスに加え、素人に毛が生えた程度の尾行で、キルアの容量が少ない我慢はもう限界近く達している。

 

 どうせ1点にしかならず面倒だから放っておきたかったが、ここまで自分を苛立たせたのだから少しばかり自分のストレス発散に付き合ってもらっても悪くないだろうと、かなり危ない考えに至ったタイミングで声を掛けられた。

 ただし、声を掛けられたのはキルアではない。

 

「おい、イモリ!」

 

 キルアを尾行していた人間が声を掛けられ、掛けられた本人も「兄ちゃん!」と返事する。

 現れたのは、体格はそれぞれ違っているので見分けは容易だが、顔立ちそのものはそっくりな兄弟だった。

 そのうち一人、キルアを尾けていた方とは違う細身で背の高い男が面倒くさそうに顔を歪めながら、弟に言う。

 

「俺のターゲットが死体で見つかった。作戦は変更だ。

 テキトーに3人狩るから、お前は俺のフォローに……」

 

 そこまで言って細身の方も、体格が良くて顔立ちもやや他二人に比べゴツい方も、キルアの存在に気付く。

 そして数秒の間を開けて、同時に弟を殴った。

 

「バカか、お前! あんなガキまで俺達がいなきゃ怖くて戦えねーのか!!」

 どうも、弟はとっくの昔にキルアのプレートを奪っていると思い込んでいたようだった。

 

「ち、違うよアモ兄ちゃん! 子供を痛めつけてもかわいそうだろ? 寝てるスキにでも盗んであげようかと思ってさ」

 兄二人に殴られて弟は言い訳を口にするが、もう一回殴られそうになってようやくキルアに向かってくる。

 それをキルアは、白けきった目で見ていた。

 もはやバカらしすぎて苛立ちがどこかに飛んで行ったレベルで呆れているのだが、そんなことにさえも気付かず、イモリはキルアを見下ろして言った。

 

「なぁ、ボウズ。プレートをくれねーか? おとなしくよこせば、何もしない」

「バーカ」

 

 悪態というより率直な感想を口にした瞬間、みぞおちに蹴りを入れられてキルアはポケットに手を突っ込んだ体勢のまま真後ろに綺麗に吹っ飛んだ。

 正確には、自分からダメージを抑えるために後ろに跳んだ。足を踏ん張って腹筋に力を入れて、逆に蹴り飛ばした相手の足にダメージを与えることも出来たが、それだと少しは普通に自分も痛いのでやめておいただけ。

 

「あーあ。いわんこっちゃない」

 キルアの方が手加減というか、全力で手抜きをしていることにギャラリーの兄どころか、蹴った本人でさえも蹴りごたえがなかったことにすら気づかない愚かさに、またしても白けながらキルアはぴょいんと立ち上がり、そしてノコノコ近づいてきた時すでに掏り取ったプレートの番号を読み上げる。

 

「198番か」

 

 読み上げられてようやく、イモリは自分のズボンのポケットを確認する。

 そしてそれがハッタリでも何でもなく、間違いなく自分のプレートであることを理解して、顔面を真っ青に染めた。

 

 その反応にようやく溜飲が少し下がると同時に、あることに気付いてキルアは本当に楽しそうな子供らしい笑みを浮かべる。

「俺の欲しい番号と一番違いってことは、もしかして199番はそっちの二人のどっちかかな?」

 

 そして相手も、ようやく理解する。

「ウモリ、陣形(フォーメーション)だ。マジでいく。こいつはタダのガキじゃねェ」

 

 しかしその理解は遅すぎたし、あまりにも足りなかった。

 タダのガキではないことは確か。けれど、キルアは彼らが思うよりはるかに、彼らが想像できる範囲で収まるわけがないほどであることを、3人は理解できていなかった。

 

 3人がキルアの左右と正面を陣取って相手の出方を窺うが、キルアは全くそのことを気にも留めず、テキトーな木にそのまま駆け上った。

 文字通り、相変わらずポケットに手を突っ込んだまま普通に地面を走るよう、垂直に駆け上って行くのを3人は思わず数秒間、呆けて眺めて見送ってしまう。

 上からの奇襲に気付いた時には、もう遅すぎた。

 

 おそらく長男と思われる細身の青年、アモリの背後に音もなく、やっぱり垂直に降りてきたキルアはアモリの膝裏を軽く蹴って膝を屈して、ようやくポケットに突っ込んでいた手を出す。

 3次試験のジョネスという囚人にしたように、自分の手を、指を、爪を変形させて、その爪をアモリの首に突き立てる。

 

「……動かないでね。俺の指、ナイフより切れるから」

 

 一瞬、考えた。

 面倒だからこのまま、この首を掻っ切ろうかと。

 この試験の性質上、プレートは奪われても取り戻すチャンスがあるため、面倒事を避けるのなら殺してしまった方が楽であることはわかっていた。

 

 けれど、考えただけでキルアはやめる。

 思い出したから、やめた。

 

『キルア。あれなんかと同じなんて言い訳するな。無駄に罪を重ねて罰を背負うな』

 真夜中の飛行船での言葉と、トリックタワーの1階で再会した時の彼女の顔が重なる。

 

『人を殺すななんて、私は言えない。私の手は既に汚れているし、誰もが平等に尊い命だなんて思っていない。死ぬことでしか社会貢献できない人間はいると私は思ってる』

 

 ゴンでなくてもわかった。彼の場合は本当に「匂い」を嗅ぎ取ったのだろうが、キルアは空気でわかった。

 ソラから血の匂いが、「死」そのものの気配がしたこと。

 誰かを殺して彼女はここまで来たことくらい、同類のキルアには隠せない。

 

『でも、君はどうやっても『殺戮』は犯せない。君は必ず、どんなに小さくても、薄っぺらくても、誰かを殺すたびに罪悪感を背負う。その罪悪感が、君から幸せの選択肢を奪って減らす』

 

 あの言葉は、キルアではなく彼女自身のことを言っているようにしか思えなかった。

 自分たちに……クラピカやゴン、レオリオはもちろん、人殺しであることをよく知っている、そしてそれを受け入れてくれるくせに、自分の手を汚す血で彼らを、キルアを汚すことを、拒絶されることを恐れるような、寂しげな笑顔が脳裏に浮かぶ。

 

『君が何を代償にしてそれを行っているのかを、理解したうえでやるんならもう私が口出しをする権利はない。

 でも、……知らないままにどこにも行けなくなるのを見ているだけは……、私には出来ない』

 

 ジョネスを殺したと聞いても、彼女は何も言わなかった。ソラはあの飛行船で言った通り、キルアが「このまま不合格になるか、挑むか」という選択でジョネスに挑むことを選び、そして殺したことに関して口出しなんかしなかった。

 

 だから、キルアも一瞬考えて、選んだ。

 目の前の相手を殺す代償で得られるものと、殺さないことで背負うかもしれない面倒と、得るものを。

 それらを天秤にかけて、選んだだけ。

 

 口出しはしなかった。

 けれど、やはりどこか寂しげに悔やむように、後悔するように笑っていたから。

 だから、選ばなかった。

 

 殺さなかった理由は、それくらい。

 

 ナイフ以上の切れ味の爪を突き付けられてたことでようやく、キルアを「タダのガキじゃない」から「自分達が敵う相手じゃない」と認識したアモリがプレートを差し出すが、その番号を見てキルアはまた不機嫌そうに顔を歪める。

 

「あれ、こっちは197番か。もー、俺ってこういうカンはすげー鈍いんだよな。

 ねー、あんたが199番?」

 自分の勘と運の悪さを嘆きながら、残された一番大柄な男、ウモリに尋ねる。

 

「……ああ」

 嘘をつけばキルアはその凶爪を躊躇いなく自分たちに向けてくる、今度は手加減をしてもらえる保証がないことくらいわかったのだろう。

 ウモリが正直に答えると、猫の耳やしっぽが幻視出来るくらいに飄々と、同時にふてぶてしくキルアは手を出して言った。

「ちょーだい」

 

 もちろん、ウモリに選択の余地はなかった。

 

「サンキュ」

 投げ渡された199番のプレートを受け取って、ついでに人質状態だったアモリを開放する。

 そして余った二人のプレートをどうしようか一瞬だけ考えて、キルアは実行する。

 

「さて、こっちのいらないのは……」

 躊躇なく、彼はプレートの一つを剛速球でブン投げた。

 

「今度はあっち!」

 唖然としている3人をしり目に、もう一つも全然違う方向に投げる。

 その行為はただのストレス発散、八つ当たりの要素が大いに占めるが、もう一つくらいの意図はある。

 

 それは自分の実力は見せつけたのでないとは思うが、彼らが自分のプレートを取り戻す為に、また無駄に追い掛け回されるのを防ぐため。

 ターゲットだったウモリはともかく、他二人はキルアを敵に回すより投げ捨てられたプレートを探すことを選ぶだろうと思い、投げ飛ばしてキルアは「あと5日あるし、頑張って探しなよ」と挑発でしかないセリフを残して、そのまま茂みの中に気配も姿も気配を消えて行った。

 

 そして、自分で言っておきながら「まだ5日もあるのか。これからどうしよう?」と考える。

 弱すぎる雑魚に尾け狙われるのは面倒くさいが、このまま何もせず島をブラブラするのも嫌だったキルアは、テキトーに距離を置いてから立ち止まり、何気なく頭上を見上げる。

 

 晴れ渡った青空に、同じ名前と色を持つ人を思い出す。

 

 試験前、自分と組まないかと持ちかけて、「しなくちゃいけないことがあるから」と言って断られたことを思い出して少しムカッときたが、その「しなくちゃいけないこと」も思い出す。

 

 404番の札を見せて、「ちょっと悩み過ぎて俯いて迷走してるみたいだから、顔をあげさせて背中叩いて活入れてくる」と言っていた。

 島に入った順番からして、おそらく初日で彼女は相手を見つけているだろう。

 そして丸1日あれば、その「活を入れる」ぐらい終わっているだろうと、キルアは考えた。というか、終わっとけよと思った。

 

「……あいつのことだから、どうせターゲット以外の3人狩るつもりなんだろうな。…………仕方ねぇ。暇だから、手伝ってやるか」

 独り言で言い訳をしながら、キルアは歩き出す。

 

 隣にいたい人の元へ、歩き出した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

(ゴンとヒソカとイルミ)

 

「ゴメンゴメン。油断してて逃がしちゃったよ」

 息をひそめて、神経をすり減らしながら気配を限界まで消しつつも、棒読みとはこういうしゃべり方の事なんだなと場違いな感心を思わずゴンはしてしまった。

 それぐらい、ロボットの方が人間味のある口調で話せるのではないかと思うくらい平淡に、男は言った。

 

 男にゴンは見覚えがあった。

 試験の初めの方から、存在に気付いてはいた。特に何もしていないが外見だけでもあまりに目立つ、モヒカンに顔面と上半身に針を刺しまくった男は、自分が銃弾のような勢いで投げつけてヒソカと交戦していた槍使いの男の顔面を刺し貫いたというのに、まったくその男の死体に見向きもせず、ヒソカと会話を交わす。

 

「ウソばっかり♦

 どうせ、『死にゆく俺の最後の願いを』とか泣きつかれたんだろ? どうでもいい敵に情けをかけるのやめなよ♠」

「だってさー、かわいそうだったから。どうせ本当に死ぬ人だし」

 

 どうやらヒソカと友人関係らしく、戦闘する空気にはならない。

 ゴンは唯一の勝機である、「ヒソカが攻撃を仕掛けた瞬間」が起こらないことを残念に思うと同時に、実はちょっとだけ安心もしていた。

 勘でしかないが、ゴンはこの針男にもヒソカに感じたものと同じ「ゾクゾク」としたものを感じていた。

 

 ただし、何故か彼に対しては全く「ワクワク」はしなかった。

 ヒソカよりも3次試験でキルアが対峙した囚人、ジョネスに感じたものに近い、ただひたすらな「嫌なもの」という認識は、間違いなく無意識に相手はある意味では正々堂々とした戦いを好むヒソカと違い、目的のためならば手段を決して選ばない、それこそ本当にロボットのような存在であることを理解していたからだろう。

 

「それもダウト♥ かわいそうなんて思わず、八つ当たりで遊んでたんだろう? そんなに、またソラに逃げられちゃったことが悔しいんだね♠」

 ゴンは本気でこの針男は人間ではなくロボットではないかと疑い出したタイミングで、ヒソカはニヤニヤ笑って言いだしたセリフ、……その中に含まれた人物に思わず驚く。

 驚くが、ヒソカに言われて即座に針男が「あの女の名前を出すな!!」と怒鳴ったことで、驚きの種類がソラの名前が出たことから、「この人こんな大声出せたんだ!」とどこかピントのズレたものに変化する。

 

 怒鳴ってから針男は、「……っていうか、何で知ってるんだよ?」とまた淡々とした棒読みでヒソカに尋ねる。

 棒読みであることは変わらないのだが、初めよりわずかに人間味と感情が見られるようになったのは、ゴンの気のせいではないだろう。

 

「あんなに派手に戦ってたら、離れてても“円”をしてなくても気づくよ♦ でも、すぐに終わっちゃったから混ざれなくて残念♠」

「ヒソカが乱入してたら、たぶんその瞬間だけはあいつと協力してお前を殺してるよ」

 

 本気で残念そうに語るヒソカに、針男は友達甲斐が一切ないセリフを返す。実際、友達ではないのでその返答が妥当だろう。

 

「あいつを殺すのはいいけどさ、これあげるから俺の邪魔するのはやめてくれない? っていうかさー、俺に獲物を横取りされたくないのなら、さっさと殺してよ」

 言いながら針男は、ヒソカに80番のナンバープレートを投げ渡し、プレートを受け取ったヒソカはわざとらしく首を傾げて尋ねる。

 

「おや? ボクがヤッちゃってもいいの? 自分の手で殺してやりたいんじゃないの?」

「………………何で? 別にどうでもいい」

 

 やや間を開けて男が答えたことに、ヒソカは実におかしげに笑う。

 ヒソカの反応にゴンが首を傾げていると、男は棒読みだった声にわずかな不快さを滲ませて訊いた。

 

「ヒソカ。前々からお前は何か勘違いしてない?」

「おや? 何のことかな?」

 いけしゃあしゃあとは今のヒソカを言うんだなと、またしてもゴンがおかしな感心をしてしまうほどナチュラルに恍けられ、針男の口調も棒読みから人間らしいものに変化する。

 

「あのさ、絶対に不愉快極まりない勘違いしてるみたいだけど、それはマジでヒソカの勘違いだから。っていうか、妄想だから。

 俺は、あの女が大っ嫌いなんだよ。

 

 あのヘラヘラ笑って道化演じて実は全く本性を見せない所も、道化を演じてるだけかと思ったら割と本物の馬鹿な所も、絶対に予知能力持ってるだろってくらい不意打ちは通じないのに、それ以外の事に関して勘が最悪な所も、弟達に余計なことばっかり吹き込む所も、何のつもりか知らないけど俺のことさえもわかったように語る所も、そのくせ俺と対面しても俺の声を聞いても、マジで何も気づいていない所も全部大っっっっ嫌いなんだよ!!」

「……うーん、何ていうか……ごちそうさま♦」

 

 怒涛の勢いで語られた男がソラを嫌う理由を聞いて、ヒソカは珍しく困惑混じりの苦笑を浮かべ、ゴンは数日前の出来事を思い出す。

 3次試験中、レオリオが負けたチップ分の50時間を過ごした部屋で、思わず「ソラと結婚したいの?」と訊いた時、「違うわ!!」とハモって即答してから、ゴンに「自分がソラに対して懐いている感情はそういうのじゃない」と力説していたキルアとクラピカを思い出して遠い目になる。

 

 針男がソラに対してムカつき、嫌うのは今の怒涛の主張で普通に理解できたが、同時に嫌っている割にはソラのことをよく知っているし、よく見ていることにも気づいてしまったため、ゴンからしたらどれだけ自分がソラのことをよく知っていて大好きなのかを力説してるも同然だった二人とこの針男が同類に見えてしまった。

 

「ヒソカ、人の話聞いてる?」

「聞いたからこそ、この感想なんだけどなぁ♠」

 

 ヒソカの反応が気に入らなかったらしく、不愉快そうに無表情だった顔をわずかに歪めながら、男は自分の顔に刺さった針を一本引き抜いた。

 どう見ても脳にまで達してそうな長さの針がズルリと抜かれて、見ているゴンは戦慄するが、男もヒソカも気にも留めずどんどん針を抜いていく。

 そして、針が抜かれていくと同時に変化が起こる。

 

 針が抜かれる端から、ビキビキと男の顔は音を立てて変形していく。

 初めの内は音はともかく顔面の変形自体は些細なものだったが、顔面から針を全て抜いてしまうとまるでアメーバのよう顔面が蠢き、骨格が変容し、髪が生えて色が変わっていく様に、上げかけた悲鳴をゴンは何とか堪えた。

 

 幸いながらその変化は1分もせずに終わる。

「うーん、何度見ても面白い♥」

「やってる方はけっこうツライんだよね。あー、すっきりした」

 

 顔の針を全部抜いて不気味極まりない変化が治まった顔は、造形そのものはかなり整っていると言い切っていいのだが、ひたすら棒読みな口調が納得なくらい無機質な顔だった。

 ゴンでなくとも、あれは素顔じゃなくて仮面だと言われたら大半の人間が信じるどころか納得するぐらいに無表情、人形じみているというより逆不気味の谷とでもいうべき男の顔を、ヒソカは改めでまじまじと眺めながら、言った。

 

「それにしても、今回はよりにもよってな変装してるねぇ♣ あそこまで素顔とかけ離れてたら、ソラが気付かないのも無理ないかもね?」

「はぁ? あの女、それこそ仕事で敵対した時に一目で気付きやがったんだけど?」

 

 まだソラのことでからかうヒソカに男は、また無表情のまま声だけわずかに苛立ちを滲ませる。

 その苛立ち、ゴンからしたら逃げ出したいくらいの殺気にもちろんヒソカは動じないが、別の所が気になったのか軽く目を見開いて言葉を続ける。

 

「……そういえば、変装を一目で見破られたって前にも言ってたけど、それ、キミが仕事でターゲットの家か何かに潜入してた時の話?」

「? そうだけど、それが何?」

「…………どうやってその時の変装を見抜いたのかは知らないけど、……ソラ、キミのあの顔が素顔じゃないことは気付いてるけど、キミの正体に気付いてないだけじゃない?

 というか、ソラはキミが針を使って顔を変形させる方が得意だってこと知らないんじゃない?」

 

 ヒソカの確認するように尋ねられた問いをやはり棒読みで男が答えたら、これまた珍しくヒソカは若干呆れたように自分の憶測を語る。

 

「……は?」

 

 苛立ち以外で初めて、男は感情を見せる。

 ただでさえかっぴらいている目をさらに丸くさせて、ポカンとしている男にヒソカはやや困ったようにその憶測に至った理由を語りだす。

 

「だってキミは職業柄、今みたいに素顔じゃなきゃ何でもいいより、特定の誰かに化けるスキルの方が役に立つだろう? そしてその特定の誰かに化ける場合、針はむしろ邪魔じゃない?

 針を使わずに化けていたのなら、針は不必要とまでは思わなくても、逆にここまで強調して刺すとは思わなくて気付いていないんじゃない? 針を武器としか認識してないんなら、キミ自身の身体に刺す意味もないから、武器が被ってるとしか思ってなかったりして♦」

「は? そんな訳………………あれ?」

 

 ヒソカの言葉にもう一度呆けた声を上げてから言い返そうとして、しかし何か思い当たることがあったのか、顎に手をやって首を一度ひねってから不思議そうな声を上げる。

 そのままこちらの世界にもあるのかは不明だが、上半身のみ「考える人」のようなポーズで数秒固まり、やはり棒読みで男は言った。

 

「……そういえば、あいつの前で顔どころか体に針を刺してたことないな」

「やっぱりそうじゃん♠」

 

 男の呟きに答えたヒソカの声が、若干脱力していたのはゴンの気のせいではないだろう。

「声で気付いてくれなかったのも、どうせキミはいつも無言でいきなり殺しにかかってるからじゃない?」とヒソカが言えば、男は大きな目を逸らした。それも図星らしい。

 

「……実はソラに気付けっていうの、結構理不尽なんじゃない?」

 もはや呆れを前面に出してヒソカが言えば、男は逸らしていた眼をいきなり首ごとこちらに向けて、やはり能面じみた無機質な無表情で言い切った。

 

「そもそも俺があいつを嫌ってるのが理不尽なんだから、もうそれはどうでもいいんだよ」

「……ボクもたいがいだけど、キミも相当だよね♦」

 

 開き直りにも程がある発言をかましたかと思ったら、男はヒソカの感想を無視してその場にしゃがみ込み、いきなり穴を掘り始めた。

 ゴンはその唐突な行動が理解できなかったが、ヒソカからしたら通常運転なのでまだ呆れているような感心しているような微妙な顔で男の行動を眺めながら「もうソラは狙わないの?」と訊く。

 

「うん。ここじゃ逃げ場多いし、人海戦術に頼るには受験生とかだけだと少ないし、どうせあの女はこういう試験なら警戒心Maxだから、ただでさえ通じない奇襲を逆手に取られかねないし、もう俺は期日(リミット)まで寝る」

 言って、男はかなり長身な自分がすっぽり収まるくらいの深さまで穴を掘ったら、そのまま埋まってしまった。

 

「じゃ、がんばってねー。おやすみ」

 合成音声の方がマシなレベルの棒読みで、それだけ言い残して器用に土を被せて完全に隠れてしまった友人(?)をヒソカはしばらく見下ろしながら、呟いた。

 

「……素直じゃないんだか、それともソラのことが言えないくらい鈍いんだか♦」

 それだけ呟いて、後はしばらく男……イルミからもらった80番のプレートを指先で弄びながら苦笑する。

 

 ゴンもヒソカと同じことを思いながら、今見たことをソラに話すべきかどうか悩む。

 話すとしたらどこまで話すべきかも悩みどころだが、悩みながらもとりあえず、自分が得た情報を整理するように一つの結論を導き出す。

 

(……とりあえず、あの変装してた人はソラのことが好きってことでいいのかな?)

 

 ソラが自分に気付かない理由を察したら、殺気と棒読みの口調がわずかに和らいだのを感じ取ったゴンからしたら、もうそれ以外の答えは見つけられなかった。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

(ソラ)

 

「……? ???

 ……な、何でナンバープレートが空から降ってくんの? ラッキーだけどさ……」

 

 ソラ、2点目ゲット。


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