死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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33:魔術と魔法とトラウマスイッチ

 残すは最終試験のみとなり、受験生の人数もギリギリ2桁となったことで余裕が出たのか、2次試験からトリックタワーまでの飛行船では適当な場所でそれぞれ雑魚寝が、今回は受験生一人一人に個室が与えられた。

 最終試験は三日後と言い渡され、それまで十分な休息を取って英気を養えということだろう。

 

 ネテロ会長との面談を終えた後、ソラはその用意された個室に戻って、頭痛を堪えるように頭を押さえながら一息つく。

「……あー、4次試験はいろんな意味で最悪ばっかだったせいかなぁ。久々にバッドトリップしちゃった」

 独りになった時の癖でついつい独り言を呟きながら、机に置きっぱなしだった自分の宝石に目をやる。

 

 今回の試験で思った以上に使い過ぎて残り少ない己の武器に、魔力(オーラ)を充填している最中に呼び出しをくらってしまい、面談が終わったら普通に続けるつもりだったがやる気は起きず、ソラは机の上の宝石と自分の血液に浸す為に用意した使い捨ての注射器や容器をしばし眺めて、出した結論を口にする。

「……後でするか」

 

 魔術にしろ念能力にしろ、自分の精神状態が大きく影響を表す分野だ。このネガティブ一直線な今の状態では、ただの魔力充填だって上手くいかないかもしれないから今日はもうやめよう。とりあえず、気分転換にクラピカでもキルアでもゴンでもレオリオでも誰でもいいから、会いに行って遊ぼう。

 そんな言い訳をぶつぶつ呟きながら片付けていたら、タイミング良くノックの音がした。

 

「ソラー。いるー?」

「? ゴン?」

 

 ちょうど会いに行こうと思っていた人物の一人がドアの向こうから声を掛けてきて、ソラはそれだけで単純極まりなく機嫌が良くなり、片付けを中断してそのままドアを開けた。

 ……いきなり上がったテンションの所為で、自分が何を持ったままであることに気付きもせず。

 

「おっす! あれ? レオリオも一緒? どうかしたの?」

 ドアを開けると声を掛けたゴンだけではなくレオリオもいて、ソラは首を傾げる。

 首を傾げたのは、4人のうちまだ付き合いが浅い方の二人がわざわざ訪ねてきたことだけではなく、何故か二人は飛行船の図書室から持って来たのか、分厚い本を何冊も抱えていたからだ。

 

「ソラ~。お願い、勉強教えて」

「はい?」

 

 ソラの問いにゴンは泣き声に近い情けない声を上げて答えたが、ソラからしたら謎が増した。

 レオリオの方も、「悪ぃ。クラピカの奴が、『ソラは救い難いバカだが、勉強は出来る方だ』って聞いたからさ。ちょっと助けてくれ」と正直すぎて怒られそうなことを言いながら、本を抱えて片手で拝むが、ソラは怒りはしない代わりにさらに首を傾げて訊く。

 

「え? そもそもいったい何でいきなり勉強タイム?」

 ソラが改めて深まった謎を尋ね、ゴンとレオリオは説明する。そして、その説明が終わった直後、ソラは呆れたように眼を細めて言った。

「いや、君たちバカだろ」

 

 どうもソラより先に面談を終えた受験生達でそれぞれ、「最終試験は何だろうか?」という話になって、「頭脳を試す類の試験がなかったのでペーパーテストかもしれん」と誰かが言ったのを、この二人は真に受けたらしい。

 ソラにはっきり「バカ」と言われてレオリオは少しムッとしたが、「ペーパーテストだって確定した訳じゃないし、そうだとしてもテストの内容、どんなジャンルの問題が多いかさえもわからずどうやって勉強するんだよ? そんな付け焼刃は役に立たないし、無駄に徹夜とかして体力消耗するより普通に休んでた方がどんな試験であってもいい結果が出せるだろ」と正論で返されて、反論の余地をなくす。

 

 ゴンの方はソラの言葉に納得して、「良かった~」と本気で嬉しそうに胸を撫で下ろすが、「ゴン。ペーパーテストだと決まったわけじゃないけど、違うと決まったわけでもないよ」とこれまた正論で返されて再び凹む。

 その様子が面白かったのか、ソラは一度噴き出してから言ってやる。

 

「ま、時間はあるし知識はいくらあっても邪魔にはならないから、少しくらい私が出来る範囲でいいのなら教えるよ。何にもしないより、足掻いた方が後悔は少ないしね」

 言って、ドアをさらに開けて二人を自分の部屋に招き入れる。

 この時になって、二人はようやくソラが何を持ったままドアを開けていたのかを知って、ぎょっと眼を見開いた。

 

 未だに自分が何を持ちっぱなのかを忘れているソラが、二人の反応にまた首を傾げる。

 一番初めに反応したのはレオリオだった。

 彼はソラがドアを開けた時から表情はいつも通り明るいが、妙に顔色が悪かったことに気付いており、そのお人よしな本質から少し気にしていた為、ソラの持っているものが彼女の顔色の悪さと連想して、大いなる誤解を生んだ。

 

「お前! 何考えてやがる!? クラピカを泣かす気か!?」

「はぁっ!?」

 

 いきなり両肩を掴まれて、真顔でマジギレされて当然ソラの方は困惑する。が、ソラの困惑などお構いなしに、レオリオは一人で「いつからだ!? 頻度は!?」とソラを揺さぶりながら問いただす。

 レオリオの言ってることも行動も理解できず、ゴンに助けを求めるように視線を向けると、ゴンも困ったようにオロオロしながら、「ソラ、それ何に使ってるの?」と訊く。

 その質問でようやくソラは、自分が何を持ったまま二人と対応していたかに気付く。

 

 ……開封した使い捨ての注射器を、ソラは持ちっぱなしだった。そのことに気付いて、ソラはレオリオの剣幕をようやく理解する。

 危ないお薬でも使っていると勘違いされていることに気付き、ソラがその誤解を解こうとしたのに、ある意味神がかったタイミングでやって来た。

 

「どうした、何を騒いで……」

「おーい、ゴン。お前、本当にテストかどうかもわかんねーのに何を教えてもらうつもり……」

 

 ゴンやレオリオと違い、「ペーパーテストかもしれない」という受験生の憶測を信じ込みはしなかった二人、クラピカとキルアがそれぞれやってきて、目撃する。

 傍から見たらソラの部屋にソラを無理やり押さえつけて押し入ろうとしているレオリオを。

 

「「ちょっ! 違っ!!」」

 

 ゴンとソラが二人の存在に気付き、とっさに誤解を解こうと声を上げるが遅かった。

 

「「お前は何をしてる!?」」

 

 ゴンとソラの制止よりも、クラピカの拳とキルアのとび蹴りがレオリオに決まって吹っ飛ぶ方が、はるかに早かった。

 

 * * *

 

「誤解されるようなもんを持ちっぱだった私は確かに悪い。ごめんなさい。

 でも、君たちはまず最初に人の話を聞くべきだと思う」

 

 レオリオがぶん殴られた後、とりあえず廊下で騒ぐのもなんなので部屋に4人を入れたソラがまず謝罪してから、率直な感想なのか説教なのか不明なことを言い出す。

 注射器に関して誤解した二人はソラに対して素直に謝ったが、本人たちが絶対に認めないシスコン二人の方はどちらも悪びれずにしれっと「レオリオが悪い」と言い切った。

 

「何でだ!? それなら俺だって悪かねーだろ!!」

 もちろんその理不尽すぎる断言にブッ飛ばされたレオリオがキレるが、レオリオが反論した途端、「おっさんにはセクハラの前科が3次試験であるじゃねーか!」「そもそもソラが薬になんか手を出すか!!」とシスコン二人がレオリオ以上にブチキレた。

 またしても始まった喧嘩……というより、レオリオが一方的にフルボッコをソラとゴンが呆れたように眺めながら同時にため息をつく。

 

 幸い、誤解自体は解けて暴力沙汰にはもうなりそうもないので、いつもの喧嘩するほど何とやらだと思うことにして、ゴンとソラは3人をほっといて雑談をし始める。

「ところで、ソラ。結局その注射器は何だったの?」

「あぁ、これはちょっと私の使う魔術の儀式で必要だから、自分の血を抜くために使おうとしてただけ。別に怪しい薬とか変な使い方はしないよ」

「十分に変だろ!!」

 

 キルアとクラピカ二人がかりで責め立てられていたレオリオが、二人から逃げ出すためか、それともあまりの突っ込みどころに我慢しきれなかったのか、口を挟む。

「何なんだよ、魔術って! ちょっとマジで大丈夫か、お前!?」と再びレオリオがソラの頭の中身を本気で心配し始めるが、ソラの方はきょとんとした顔で首を傾げた。

 

「あれ? 何でレオリオだけまだそんなこと言ってるの?」

「ソラ。レオリオ1次試験のこと忘れてるから、ソラの魔法とかほとんど見てない」

 ソラの疑問にゴンが耳打ちして答えるとソラは手を打って納得したが、また別の疑問が浮かんで少しは詳しく話していた二人の方に尋ねた。

 

「あ、そっか。っていうか、クラピカとかキルアは何にも話してないの? 3次試験の最中、時間あったんでしょ?」

 ソラの言葉に、レオリオが「はぁ!?」と言いながら、自分をフルボッコにしていた二人へと振り返る。

 良くも悪くも実年齢より言動が若干幼くて、人を疑うことを知らないゴンが「魔法」だのなんだのを信じるのはともかく、この二人が信じているとは思えなかったのだろう。

 そんなレオリオの反応を無視して、二人はまたしてもしれっと語る。

 

「お前なら気にしないと思ったが、それでもさすがに私の口から語るのはどうかと思って、そちら方面はほとんど話していない」

「つーか、話せるか。お前がやらかしたことを実際に見たんならまだ信じるけどさ、そうでもない奴に魔術だの魔法だの魔眼だのって話したら、今みたいにこっちの頭の心配されるっつーの」

「あはは。それもそーだ。ゴメンゴメン」

 

 どちらも「疑わしい」という反応すら見せず、完全にその「魔法」とやらが真実であることを前提にしていることにレオリオは目を丸くする。

 そして言われている本人はケラケラ笑って軽く謝りながら、自分の部屋のベッドに腰を下ろして、4人に向かって言った。

 

「じゃ、丁度いいや。みんな揃って時間があることだから、付け焼刃な勉強じゃなくて私の話を聞いてよ」

「! ソラ、魔法のこと教えてくれるの? 聞きたい聞きたい! 俺も魔法って使える?」

「! ……ま、暇だし。付き合ってやるよ」

 

 ソラの言葉にゴンが目をキラキラさせてソラの右隣に座り、キルアは自分も興味津々なのを素直じゃない言い訳で隠しながら左隣に座って、ソラの両隣は子供に占領される。

 クラピカは一瞬だけムッと唇を尖らせたが、何事もなかったかのように椅子を引いてソラの正面に座る。

 レオリオも、「魔法」だの「儀式」だの正直関わりたくない単語の連発に引いているが、よくよく考えれば思い出せない1次試験はともかく、2次試験で豚の肉も骨もあり得ない程手際よく、自分の折り畳みナイフで解体していたことを思い出して、関わりたくない気持ちより好奇心が勝つ。

 

 椅子がなかったので机にレオリオが腰をかけ、全員が話を聞く体勢に入ったところで、ソラがゴンの好奇心旺盛な質問を宥めながら話し始める。

 

「はいはい。質問には後でちゃんと答えるから、まずは話を聞いてねー。

 えーと……、まず前提だけど、私はこの世界の人間じゃありません。異世界から来ました」

『………………は?』

 

 どこまでも斜め上な女は、初っ端からかっ飛ばしてきた。

 

 * * *

 

 ゴン・キルア・レオリオの3人が綺麗に声をハモらせてフリーズした数秒後、クラピカが呆れているような感心しているような微妙な表情で言った。

「……それ、……言うのか」

「うん。だって魔術とかのことを話すならこのことを隠す意味ないし、隠して説明したら訳わかんなくなるから」

 

 あっけらかんと答えるソラに、クラピカは頭痛を堪えるように頭を抱えて溜息をつくと、ようやくソラの発言を理解してフリーズが解凍された3人がそれぞれ、ソラではなくクラピカの方に尋ねてきた。

 

「……こいつ、何言ってんだ?」

「っていうか、お前は信じてんのかよ?」

「異世界ってまさか、クラピカも……」

「ちょっと待て、ゴン。お前は何か凄い勘違いをしている」

「ゴン。クラピカは正真正銘、こっちの世界の子だから。私と一緒に来たとかじゃないから」

 

 何故かゴンだけとんでもない勘違いに発展していたので、それだけはまず最初に否定して、クラピカは説明する。

 

「魔法だのなんだの以上に正気を疑うのは当然で、証拠などもないから証明のしようがないが、私は信じている。理由としては、ただの冗談や妄想にしてはソラの『異世界』の話はリアリティがあり、聞くたびに二転三転することもなく筋道が通っていて矛盾もなかったからだ。

 あと、今は3年も経っているからほとんどわからんだろうが、当時のソラは知識と常識の矛盾というかギャップや齟齬が酷かったから、『常識や文化が全く違う世界からやってきた』と考えればそのあたりの疑問は全て説明がついたというのも大きいな」

 

 一番の理由はソラに救われてソラに同胞の面影を見て、依存してソラだけを盲信していたからに過ぎないのだが、さすがにそれを言う気はないので客観的に見て信じられると思った理由を述べ、ソラもケラケラ笑いながら補足する。

 

「そうそう。私、他の言語は読めるし話せるのに、公用語のハンター文字は一文字も読めなかったもん。

 他にも自分が今いる国や町の名前も、子供でも知ってるような偉人や有名人の名前もわかんないのに、政治ニュースとかは見て普通に意味を理解して、クラピカに説明してたくらいだし」

「……確かに、それは世間や常識知らずの馬鹿じゃ説明つかねーな」

 

 ソラの補足でキルアが困惑しつつも、一応納得した。

「魔術」や「直死の魔眼」などといった、この世界では、少なくともこの時点の自分にとってありえないものをソラが持ち、使うことを直接見て知っていることと、彼も当時のクラピカ程ではないが、世間知らずでなおかつソラに依存している節が大きいので、割とあっさり「ソラの言うことだから」というだけで純粋に信じた。

 が、唯一ソラの魔術を見ていない(覚えていない)レオリオは、「は? 信じんのかよ!?」と声を上げる。

 

 信じる方が少数派で珍しいのはわかっているが、それでもソラを疑われたことにクラピカが不快そうに眉根を寄せるが、本人はしらっとした顔で「信じられないなら信じなくてもいいよー」と答える。

 

「クラピカの言う通り、証拠らしい証拠なんてないから、設定が良く練られた妄想だと思っておけばいいよ。私も、いちいち嘘ついた方が後で余計に面倒になりそうだから隠してないだけで、信じて欲しいわけじゃないから。

 妄想でも別に他人に迷惑かけるタイプではないからさ、これ以上悪化しないように生ぬるい目で見てくれたら助かるな」

 

 そこまで言われると、レオリオは決まり悪げに「……そこまで真性の病気だと思ってねーよ」とだけ言って、とりあえずソラの言い分を受け止める。

 別にレオリオもあまりに自分の常識から外れた話だから簡単に信じられないだけで、ソラを頭のおかしい狂人として貶めたい訳ではないし、本当に魔法というものがあるのなら、そして自分も使えるのなら使ってみたいという「夢」を、ゴンほど大きくもなければ素直な形ではないけど、それでも確かに持っていたから、彼は話を続けるように促した。

 

「異世界か~。どんな世界なんだろう? もしかして、その世界だとソラみたいな魔法使いが普通にいるの?」

「夢をぶっ壊して悪いけど、んな訳ないから」

 ちょっと全員が心配するレベルでソラの話を一瞬も疑わずに信じきっているゴンが、相変わらずキラキラした目で期待を込めて尋ね、ソラの方が困り果てながら否定する。

 

「私の世界でも『魔術』やら『魔法使い』はフィクション、ファンタジーって認識が普通だから。魔術師なんて存在は、特殊中の特殊だから。

 あと、ゴンはさっきからずっと混同してるけど、私は『魔法使い』じゃなくて『魔術師』。しかも正確に言うと、『魔術使い』が正しいくらい」

「……それ、何がどう違うの?」

 

 ソラの説明に、少し間を開けてゴンが訊き返す。レオリオとキルアの二人も、きょとんとした顔で首を傾げている。

クラピカが「その説明では意味がわからんぞ」と呆れた様子で注意すると、ソラは苦笑で返した。

 

「あはは、そりゃそうだね。まぁ、魔術師と魔術使いの違いは、魔術の研究者とただ単に魔術を目的のために使う人って考えたらいいよ。

 魔術師はね、学者なんだよ。科学者だろうが数学者だろうが、彼らが追い求める究極的な目標は『真理』だ。魔術師はその『真理』を得るのに一番手っ取り早くて効率がいいと思って使ってるのが、科学でも数学でもなく魔術というだけ。

 だから研究の結果生まれた、何の道具もなしに火をつける、生身で空を飛ぶ、過去や未来、別の世界を行き来するなんて手段や方法なんか副産物でしかないんだ。で、私みたいに『真理だの根源の渦だの究極の知識だのはどうでもいい』って思って研究なんかしないで、副産物を他の目的のために利用してる奴らが魔術使い」

 

 そこまで説明して、ソラは白い指先でゴンの鼻先をちょいっと突いて話を続けた。

「で、さっきゴンが言った『俺にも魔法は使える?』のかだけど、これも夢を壊して悪いけど無理なんだよ」

「え!? 何で!?」

 

 本気でショックを受けたように叫んで、その理由を尋ねるゴン。

 ゴンほどあからさまな反応はしないが、逆隣のキルア、そして一番魔術も魔法も信じていなかったレオリオも落胆した様子を見せて、クラピカは昔の自分を思い出したのか明後日の方向を向いている。

 ソラは彼らの反応に少し苦笑してから、ゴンを慰めるように固い黒髪を撫でて、その理由を話しだす。

 

「魔術は魔力っていうものを使って起こす現象で、この魔力は命そのものなんだけど、生命力を魔力に変換させるには『魔術回路』っていう疑似神経が必要なんだ。

 これは魔術師だけが持つ内臓の一部みたいなもので、これがないと魔術は使えない。例外はあるけどね。

 一応、後から回路を作り出す手段はあるっちゃあるけど、私は詳しいやり方知らないし、知ってても教えない」

「ちょっと待て、『後から回路を作り出す手段』は初耳だぞ!」

 

 ソラの説明は大体は3年前に既に聞いた話だったので特に口を挟まず、ただ懐かしいと思いながら訊いていたクラピカが、サラッと暴露された事実に気付きいて抗議の声を上げる。

 しかし本人は悪びれず、「そうだね。言ってないもん」と胸を張って言いきった。

 

「……何故、言わなかった?」

「そういうやり方があるってことしか知らなくて、実行できるほどの知識がなかったからが第一。あっても絶対に教えないし、やらせないけどね。

 魔術回路は内臓の一部だって言ったでしょ? 既存の内臓を別物に作り直したり、新しく付け加える方法なんか、君が大切だからこそ絶対に言わないしさせるもんか」

 

 本気で魔術を学びたがっていたクラピカがやや恨みがましい目つきで睨んで問えば、やはり悪びれずに即答されて、いつものことながら赤面して黙り込む。

 もはやレオリオが、「お前、そろそろ学習しろよ」と突っ込んで、レオリオの脇腹に八つ当たりの肘鉄を入れる所までが様式美である。

 少なくともソラはもちろん、ゴンやキルアにとってもそういう認識らしく、3人は慣れた調子で二人のやり取りをスルーして話を続行。

 

「……さっきの『魔術師は学者』って説明じゃ、何でお前ん家があんなに異常なのかわからなかったけど、『魔術回路』ってやつの説明で何となくわかったわ」

 試験前の飛行船で語られた彼女の家族の話を思い出してキルアが言えば、ソラは彼女にしては珍しく憐れむような笑みを浮かべて言った。

 

「……そもそも『科学』という常識じゃなくて、『魔術』なんていう非常識の代名詞みたいな手段を選んだ輩がまともな訳ないだろ?

 魔術回路がないと魔術が使えない。そして回路は多ければ多いほど、魔力の総量とかが増えて大規模な魔術が行使できるから、魔術師は自分の子供が自分より一本でも多く回路を持つように生まれる前から改造する。

 さっきも言ったように、魔術回路を増やすっていうのは内臓を増やすってこと。そんな狂気の沙汰をやり続けるのが魔術師で、私の家だ。自分の家のことながら、救い難いバカばっかりで嫌になるわ。滅んで当然だよね、こんな家」

 

 皮肉げに笑うソラにキルアは何も言えなくなるが、逆隣に座って話を聞いていたゴンは、朗らかに笑って言いきった。

「そんなことないよ。ソラが『そんなのおかしい』って思ってるんでしょ? なら、ソラの存在こそがきっとソラの家の救いだよ。

 これからソラがおかしいって思うことはしないでおけば、ソラの代からはおかしくなんかない、ソラみたいに優しくて正しい考え方を持った、普通の家になるんだから」

 

 シンプルすぎる答えに、ソラだけではなくキルアも、また喧嘩を勃発させていたクラピカもレオリオもきょとんとした顔でゴンを見返し、言った本人は何故注目されているのかがわからず首を傾げて尋ね返す。

 

「……? 俺、なんか変なこと言った?」

「……いいや。シンプルでいい答えだ。まさしく、それが『真理』だね」

 

 ゴンの不安げな問いに、ソラがもう一度彼の頭を撫でて答えてやる。

 そしてもう一度だけ、皮肉げに苦笑しながら言った。

「まったく、真理だの根源だのにたどり着きたければ、単純であればあるほどいいってことはわかってるのに、どうしてどいつもこいつも複雑に考えるんだろうね。魔術師(わたしたち)という生き物は」

 

 苦く笑いつつも、それは妙に嬉しそうな苦笑だった。

 

 * * *

 

 ソラの言葉をゴンはほとんど理解出来なかったが、自分の家ごと自分自身を自虐・自嘲していたソラの様子がいつもの物に戻ったので、彼はそれだけで全て良しとした。

 ソラの方も、わざわざ自分の独り言を解説する気はサラサラなく、「とりあえず、『魔術師』と『魔術使い』の違いはこれで終わり」と話を割と無理やり元に戻す。

 

「で、今度は『魔術』と『魔法』の違いなんだけど、これは大雑把にいえば結局はおんなじなんだよねー。

 魔力という非常識で、奇跡を起こす。それは『魔術』も『魔法』も一緒。じゃあ、何が違うかと言えば、結果が違うのさ」

 言いながら、ソラは指を振って一つ二つ例を上げていく。

 

「大怪我を一瞬で治すのは『魔術』だけど、不老不死は『魔法』。空を飛ぶのは『魔術』だけど、過去や未来に渡るのは『魔法』。

 さあ、違いは何だと思う?」

『え?』

 

 問われて、クラピカ以外の3人が同時に考え込む。自分も3年前、全く同じように戸惑って考え込んだことを思い出し、クラピカは3人を少し微笑ましく眺めながら、3年前のソラの代わりにヒントを出した。

「ヒントは、300年ほど前なら空を飛ぶのは『魔法』の領域だ」

 

 クラピカが出したヒントでゴンとレオリオはさらに深く首を傾げ始めたが、キルアにはピンと来たらしく、少しだけ迷いつつも彼は答えた。

 

「……現在の科学で出せる結果は、『魔術』って扱いか?」

「正解。正確に言えば、『文明に追い越された奇跡』こそが魔術だ」

 

 キルアの答えにソラは軽く拍手をしてから、補足する。

「もちろん、現在の科学じゃどんなに小さな怪我でも傷痕を残さず一瞬で治すことも、何の道具も使わず空を飛ぶことも出来てないけど、この場合規模や経緯よりも、『傷を治す』『空を飛ぶ』というシンプルな結果が重要。

 その時代の文明では、何をどうしたって実行不可能な『奇跡』こそが『魔法』で、その『奇跡』が文明の発達、星の開拓によって、同じ条件さえそろえば誰でも何度でも起こせる『現象』になり下がった時点で、それは『魔術』になるんだ。

 で、何でわざわざこんな区別をしてるかというと、さっき言った『魔術師』としての最終目標である『真理』に至ることは、『魔法』を得ることとイコールなんだよ」

 

 そこまで言われて、何故わざわざ「魔術」と「魔法」を区別しているのかをキルアとレオリオは理解する。

 ゴンはそろそろ理解できる情報のキャパオーバーを起こしかけているのか、一人だけ頷きもせず固まっているが。

 

「あぁ。だから区別してんのか。というか、『魔法使い』はほぼ到達者に対する称号みたいなもんなんだな」

「別物とは言わねーけど、自分たちの最終目標に到達してる相手と同じ名前を名乗るのは、魔術師は恐れ多いし、魔法使いからしたら確かに失礼かもな」

 ゴンの頭からオーバーヒートしかかって煙が出る幻視が全員に見え始め、彼へのフォローのつもりかキルアとレオリオがそれぞれ自分で解釈した「魔術師」と「魔法使い」の違いを語る。

 

 ソラは二人の解釈を肯定しながら、「そう、失礼だ」と言った。

 その次に続く言葉が、クラピカにだけは予想出来ていた。3年前も同じようなやり取りを行ったからだ。

 予測は出来ていたが、クラピカは何も言わずそっと目を逸らす。どうせ何を言っても無駄というか、言って少しはすっきりするのなら好きなだけ言わせてやろうという心境にしかならない話だったから、彼はそのまま沈黙を守った。

 

「魔術師は人間の屑かもしれないけど、さすがに人間やめてる奴らと一緒にすんな」

『え!?』

 クラピカの予想通り、3年前と全く同じことを若干やさぐれながら言い放ったソラに、また3人が声を上げて困惑する。この女にとって、「失礼」の対象は「魔法使い」ではなく、「魔術師(じぶん)」らしい。

 

 ソラは3人の困惑など気にかけず、ボスンと自分が座るベッドに拳を叩き付けてそのまま怒涛の愚痴を始めた。

 

「非常識の見本が魔術師なら、その親玉みたいなもんがまともなわけないだろ! あいつらあらゆる意味で人間じゃないから!!

 大体何なんだよ、あのハッスルクソジジイ! 何でいらんって言ってるのに、私を弟子にしてんだよ!? しかもほとんど魔法教えてないじゃん! いらねーけどさ! ジジイの暇つぶしに遊ばれてるだけじゃないの私!?

 ジジイがどこで何しようがどうでもいいけど私を巻き込むな!! っていうか、何であいつは自分の同僚にケンカ売ってんだクソジジイ!! 水晶渓谷の大蜘蛛相手に時間稼げって何!? 何で私今生きてるんだよ!? コーバックも面白がってないで止めろよ、あの引きこもりお笑い担当アホケータイ!!」

 

 ソラのマジキレにしばし呆気に取られて眺めていた3人が、説明というより助けを求めるようにクラピカに視線を向ける。

 

「……名前は知らないが、その『クソジジイ』がソラの師匠であり、ソラの世界で4人しか現存していない魔法使いの一人らしい」

『4人!?』

 

 クラピカがソラのまだ続いている「クソジジイ」に対する愚痴を無視して説明すると、さすがに現代で「魔法」と呼ばれる、文明で実現不可能な「奇跡」が多くないことくらいは予測してても、たったの4人だけというのは意外だったのか、またもや3人はそろって反復する。

 

「あぁ、うんそう。私の世界で『魔法使い級』に優秀な魔術師ならそれこそまだまだいるけど、本物の『魔法使い』は4人しかもういないよ。『魔術』に落とされていない『魔法』は5つなんだけど、第一魔法の術者は世界から消滅しちゃってるらしいから、『魔法使い』は4人」

 

 一人で勝手にブチ切れて怒涛の愚痴を吐き出したことですっきりしたのか、ソラはあっさりテンションを戻して補足する。

 キルアとレオリオ、そして反応を予測出来ていたクラピカでさえもそのテンションの高低差について行けないのに、ゴンだけがさっさとこちらも気を取りなおして、またしても子供らしくキラキラとした目で質問する。

 

「そんなに少ないんだ……。

 ねぇ、ソラ。その5つの魔法ってどんなの? ソラは、ソラの先生以外の魔法使いとも会ったとこがあるの」

「……ジジイ以外の魔法使いで会ったのは一人だけだね。……ちなみにその人も人間じゃねぇよ。

 何であんたも、抑止力にケンカ売ってんだよ? 何でガイアの猟犬にケンカ売って生き残ってんだよ? 霊長類じゃないのかあの魔女は。うん、違うな。生身で波動砲撃てる奴は人間じゃねぇわな。宇宙戦艦だわ」

「魔法使いでもなくなってんぞ」

 

 ゴンの質問にまず後半を先に答えたら、またしても嫌なことを思い出した……というよりトラウマを掘り起こしたらしく、今度は妙にテンション低く死んだ目でまたゴン達にはわからない愚痴を語りだす。

 とりあえずレオリオが的確なツッコミを入れたことで、もう一度気を取り直したのか「あぁ、ごめんごめん。ちょっとトラウマスイッチが入った」と謝った。

 

「えーと……」

 謝ってからソラは、何かを思い出そうとするように自分のこめかみを指先でトントン叩きながら唸り、数秒の間を開けて言った。

 

「はじめの一つは全てを変えた」

 

 歌うように、まず言った。

 その「はじめの一つ」が呼び水になったように、続く言葉はすらすらと流れるように彼女の唇から零れ落ち、歌うようにではなく、まさしく一つの詩歌としてソラは言葉を続けた。

 

「つぎのニつは多くを認めた。

 受けて三つは未来を示した。

 繋ぐ四つは姿を隠した。

 

 そして終わりの五つ目は、とっくに意義(せき)を失っていた」

 

 短い詩歌が終わり、ソラは軽く手を広げて笑って言う。

「これが現存する『魔法』。ぶっちゃけると私、ジジイの魔法しか具体的な内容は知らないんだよねー。

 っていうか、ジジイとさっき話した人間ロケットランチャーな魔女以外の二人は、俗世に全然関わろうとしないから、死んではないと思うけど本当にどういう魔法かわかってないんだよ」

「なんだそりゃ?」

 

 いきなり何を歌いだしたかと思ったら、ある意味で実にソラらしい答えにキルアが呆れたようにツッコミを入れ、クラピカが苦笑しながら補足と確認を兼ねて尋ねる。

 

「ソラが学んだのは第二魔法、『並行世界の運行』というものだったか?」

「そうだよ。よく覚えてるね。ジジイの魔法は、『多くを認めた』、可能性の奇跡だ」

 

 1時間ほど前にネテロにしたのと同じような『並行世界』の説明をして、レオリオが「あぁ、だからお前は異世界からこっちに流れ着いたのか」と納得の声を上げる。

 相変わらず証拠などないのに、いつしか彼は完全にソラの話をごく当たり前のように受け入れていた。

 

「いや、実はそこはあんまり関係なかったりする。私、ジジイから魔法についてほとんど教えてもらってなかったから、何をどうしてどこをどうやったら、すぐ隣の並行世界に行き来どころか観測を出来るのかもわかんないし。

 私がこっちに来ちゃったのは、事故でしかないよ。ジジイは色んな意味で元凶だけど、これに関してはあんまり悪くない。……まぁ、ジジイは時間旅行もできるから普通にこの未来と現在があることをわかってただろうけど」

 

 レオリオの納得に、ソラは苦笑して訂正を入れる。

 その訂正の直後、レオリオと同じ納得をしていたゴンが何のためらいも迷いもなく、訊いた。

「? 魔法の失敗とかじゃないんだ。じゃあ、何でソラはこっちの世界に来ちゃったの?」

 

 その問いに、とっさに顔が強張ったのは問われた本人ではなくクラピカの方だった。

 それはクラピカも3年前から知りたかったことだが、クラピカには聞けなかったこと。

 何も聞いていなかった。訊かなかった。

 けれど、知っている。

 

 一人で眠れず、体力の限界で気絶するようにして眠って、悪夢にうなされて数分で目覚めていたほどのトラウマを超えて彼女は、この世界まで逃げ延びたことだけは知っているから、どうしても尋ねることができなかった問いを、ゴンは全く他意なく純粋に首を傾げて尋ねる。

 

「……私自身もほとんどわかってないよ。いろんな意味で極限状態だったからね」

 

 間は、一瞬だった。

 即答ではなく、不自然ではない程度の間を開けてソラは淡々と答えた。

 クラピカが危惧したよりもはるかに普通に、ごく自然に答えるのは、3年の月日が彼女の髪から色を、精神から正気を奪った恐怖が薄められたからか、それとも3年前よりさらに自分の痛みを隠すのが上手くなってしまっただけかは、クラピカにはわからなかった。

 

「戦ってる最中に、吸い込まれるように落ちちゃったから本当に未だ何が何やらって感じだよ。

 ……士郎さんの投影が失敗してたわけじゃないと思うから、大聖杯とその泥の影響か、もしかしたらサーヴァントの存在も関係あるかも。あの人たちが『座』に還るのを利用して根源に至るのをそもそも目的にしてるわけだし……」

「待て、ソラ」

 

 詳しく知りたいという思いはあるが、話したくないのなら、思い出してまたあんな風に眠れなくなるのなら何も話してほしくなかったが、クラピカが止める前にソラはこちらに説明というより独り言で改めて自分がこちらにやって来る原因を思い出していたら、クラピカからストップをかけられた。

 この時すでにクラピカがソラの話を止めた理由は、完全な別物になっていた。

 

 他の3人からしたら訳の分からない固有名詞の連発だったが、クラピカにはそれらの単語でソラが何に関わっていたかがほぼ理解できた。

 色々と思うことはあったが、クラピカは魔術回路が人為的に後天的に作り出せるという話を聞いた時と同じ目をして訊く。

 

「……ソラ。お前はまさか、『聖杯戦争』に参加していたのか?」

 

 クラピカの問いに、ソラは目を丸くしてから言った。

 

「……言ってなかったっけ?」

 今度は素で、話し忘れていたらしい。




元々、3次試験の50時間拘束時に書こうと思ってた、改めて型月世界の魔術や魔法の説明回を、ここにぶっ込んでみました。
直死の説明もしたかったけど、する余裕がなかったよ……。

型月の世界観や設定が好きな方からしたら、ツッコミどころの多い説明になっているかもしれませんが、作中のソラは「大ざっぱに合ってればいい」と思って説明してますので、明らかに大きな間違いとかじゃない限り大目に見てもらえるとありがたいです。

そして、ぶっちゃけ当初はソラは聖杯戦争の関係者と面識があるだけで、戦争自体には無関係だったのですが、ソラがHxH世界にやってきた理由を色々考えているうちに、何故か第6次聖杯戦争が勃発しました。

そのオリジナル聖杯戦争を書くのか?と訊かれたら、無理です。
次回で多少はその第6次について触れますが、あくまでソラがこちらにやってきたきっかけに過ぎない過去の出来事なので、この連載の本筋にはほとんど関わらないので、今のところ断片的に妄想してるだけで、ちゃんとした形で書く気はあんまりないです。ご期待された方、ごめんなさい。

というか、一番の理由は書く気やモチベがあっても、今現在じゃどう頑張っても書けませんから書きません。その理由は、次回でわかると思います。

さて、唐突ですがここで問題です。ソラのサーヴァントは誰でしょう?

①剣じゃなくて槍を使えば意外に育つ子だった、乳上
②去勢拳はお前の直伝か、良妻狐
③凛ルートの未来で出していいのだろうか、慢心王
④君がコミュ力をまず誰かからもらおうよ、施しの英雄

なお、既にソラのサーヴァントは決まってるのでこのクイズは悪ノリの産物であって、アンケートじゃないから、感想欄とかに番号だけ書くのはやめてくださいね!

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