ソラの踵落としで綺麗に意識を飛ばしたゴンを、ソラが抱えて「どこにこの子運ぼう?」と困っていたら、サトツが「私が控え室に連れてゆきましょう」と言ってくれたので、ソラは言葉に甘えてサトツにゴンを渡す。
「ところでこの場合、私は試験中に乱入したことになんの? そしてなった場合、誰が失格?」
「いえ、この場合は既にハンゾー氏が棄権を宣言してましたので、問題ありません」
ついでにふと思った疑問も丁寧にサトツが答えてくれてソラが納得したと同時に、ネテロもハンゾーからの「ゴンが合格を辞退した場合は、不合格者が1名のこの最終試験がどうなるのか?」という問いを答えていた。
「心配御無用。ゴンは合格じゃ。本人が何と言おうと、それは変わらんよ。
仮にゴンがごねてワシを殺したとしても、合格した後で資格が取り消されることはない」
「なるほど」
ネテロの答えに納得して、ハンゾーが他の受験生たちと同じく部屋の端に待機しようとした時、すれ違いざまに訊かれた。
「…………なんで、わざと負けたの?」
「……わざと?」
ハンゾーとすれ違いざまに、キルアが訊く。
ハンゾーがやや心外そうに振り返って尋ね返すと、彼はどこか拗ねているような顔をして、もう一度訊いた。
「殺さず、『まいった』と言わせる方法くらい心得ているはずだろ、あんたならさ」
キルアの疑問に、数秒間の沈黙が落ちる。
同じ疑問を抱いていた者はハンゾーの答えを待ち、気付いていなかった者はおそらくキルアの言葉で気づいたのだろう。
確かにゴンは、ソラの言う通り拷問が通用しないタイプの人間であることをもうこの試合で全員が納得した。
しかしそれは、あくまで「肉体的な痛み」による拷問だ。
はっきり言ってさほどゴンと親しくなくても、誰だってわかる。彼は自身に肉体的な痛みを与える拷問よりも、彼にとって大事な人を傷つけるという脅迫の方が有効な人間であることくらい、ゴンの言動を少しでも見て、覚えていればわかる。
ハンゾーが本気でこの試合を勝ちに行くつもりなら、ゴンと親しくしていた4人の内の誰かを殺すと脅せばよかったのだ。
そう言ってもゴンなら、最後の最後まで足掻いて抗うのは間違いないだろうが、どうしたって自分では敵わない、自分が折れる以外に自分の仲間を守る方法はないと理解すれば、今度は迷いなく折れる。
ゴンは自分の「したいこと」を見失わないし手放さないが、同時に絶対に「したくないこと」「起こって欲しくないこと」も忘れない。
「仲間を犠牲にして合格」と「仲間を助けて不合格」なら、ゴンは間違いなく後者を選ぶことくらい、1次試験でヒソカに襲われる仲間を助けに戻ったのを見ていたハンゾーなら気付いていたしわかっていたはずなのに、その手段を選ばなかったということは、キルアにとって「わざと負けた」以外の何物でもなく、同時に疑問だった。
その疑問に、ハンゾーはほんの少しだけ考えてから答えてやる。
「俺は、誰かを拷問する時は一生恨まれることを覚悟してやる。その方が確実だし、気も楽だ」
「?」
しかし、質問とはあまり関係のない自分語りが始まって、キルアは意味がわからないと言いたげな顔になる。
それを気にせず、ハンゾーはそのまま語る。
少し考えたのは、自分の中にある忍としては不必要なはずなのに手放せない、ゴンが貫き通したものとよく似た何か、人としての感情をどう言い表したらいいかに迷ったから。
「どんな奴でも痛めつけられた相手を見る目には、負の光が宿るもんだ。
目に映る憎しみや恨みの光ってのは、訓練してもなかなか隠せるもんじゃねー」
言い表す表現、言葉に迷っただけ。
負けた理由、思い浮かんだけれどその手段を使わなかった理由は、考えるまでもなくわかりきっている。
「しかしゴンの目にはそれがなかった。信じられるか? 腕を折られた直後なのによ。
あいつの目はもう、そのことを忘れちまってるんだ」
言われて、キルアも思い出す。
ゴンのあまりにも真っ直ぐな、真っ直ぐすぎてハンゾーすら通り過ぎて見ていなかった、今は背中すら見えていないはずの父しか見ていないあの眼を。
まるで恒星のように自らを燃やして、燃え尽きるその瞬間まで全力で光を放ち続けるような眼を思い出し、うすら寒いものを感じる。
キルアはそのうすら寒いものを、背筋に走った悪寒を無視する。
あの眼を恐れた理由なんかないと、自分に言い聞かす。
「気に入っちまったんだ。あいつが。
あえて敗因をあげるなら、そんなとこだ」
ハンゾーは自分の敗因をそうまとめたが、キルアの方は納得しかねる顔をしていた。
しかし、どうして納得できないのかが自分でもわかっていないキルアには、それ以上何を訊けばいいのか、どこを反論したらいいのかがわからずに黙り込んでいると、後ろからぽんと頭に手を置かれた。
振り返ればソラが、少し呆れたような目で自分を見下ろしながら言った。
「キルア。君さぁ、そんなにゴンより資質がないって言われたことを気にしてんの?」
「はぁっ!?」
唐突な、何の脈絡もないくせに彼がずっと、トーナメント表を見てチャンスの多さ=期待値だと知らされてからずっと懐いていた不満を言い当てられて、キルアは悔しいやら恥ずかしいやら腹が立つやらという、いくつもの感情が一気に湧き上がって若干パニくる。
「な、何言ってんだ!? 俺が一体いつ、そんなもん気にした!?」
「会長に審査基準を食って掛かって訊いた時点で、気にしてるって言ってるも同然だよ」
当然、パニック状態での照れ隠しでうまく隠せずはずもなく、自滅同然のことを言った挙句にサラッとソラにバレバレだった理由まで語られ、ついでに慰めるように髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように頭を撫でられた。
「言っておくけど、君が思っている通り身体能力とかなら君の方がゴンより上だよ。っていうか、君は完全に上から数えた方が早いくらいで、年齢を考えたらダントツのピカイチだ。
でも、『ハンター』としての資質ならこの中ではゴンが一番上で、君は逆に極端に低い。あの子はさっきの試合で見てのとおり、最終目標を、狙った獲物を狩ること絶対に諦めないけど、君は勝率が100%じゃないとすぐに諦める癖があるからね。
けどそれ自体は悪いものじゃない、個性の範囲でただ単に『ハンター』向きの資質ではないなってだけの話。向いてないからって、なれないとかなっちゃいけない訳じゃないさ。
だから落ち込む必要はないし、気になるんならこれからその癖を矯正していけばいい。
君は優れてるけど、君とは違うものが同じくらいゴンだって優れている。それだけの話だ。技量は感情的に量るもんじゃないよ。それやったら、下種に堕ちるか自己嫌悪するかのどっちかだけで、いいことないし」
それだけ一方的に言って、ソラはキルアの頭から手を離す。そしてそのまま彼女も部屋の端、他の受験生たちが試合を観戦するために集まっている方へ歩いて行ってしまう。
キルアの方はそちらには行けず、そのまま俯いて立ち呆ける。
ソラが言った通り、ネテロに食って掛かった時から抱いていた苛立ちの正体を、その名を知ってしまい、反論が出来ない一番痛い部分を突かれた恥ずかしさと悔しさに唇を噛みしめる。
「友達」になりたいと思った相手なのに、その相手より自分の方が優れているという優越感に浸って、そのくせ一つでも相手の方が上だと思えるものがあったら苛立った、あまりに幼くて最低な嫉妬をしていたこと。
そしてそれが、よりにもよってソラにお見通しであったことが、自業自得であるとわかっているのに、悔しくてたまらなかった。
ソラがハンゾーに甚振られるゴンを見て、「バカな奴」と呟いた時、その言葉に侮蔑を感じ取った時、二人の戦いとも言えない試合を見る目が酷く退屈そうだった時、キルアが抱いたのはレオリオのようなゴンの為の怒りではなく、自分と同じことを思っている、ゴンのしていることは愚かだと思っているという安堵だった。
自分と同じものを見て同じことを感じていると安心したが、実際は真逆だったと知って感じた苛立ちも、やはり嫉妬だ。
自分の方がずっとソラと一緒にいるのに、自分の方が先にソラと出会ったのに、それなのにソラはゴンのことを理解して、「負けるはずがない」と確信してくれているのが悔しくて妬ましくて、どうしても「俺の方がすごいのに、どうしてあいつが……」と思ってしまった。
まさしく、ソラの言う通り「下種に堕ちる」行為だ。
……友達になりたい気持ちに、嘘はないのに。
自分より劣っているから、自分が優越感に浸れるからなんて理由で、話しかけたわけでも、一緒にいたい訳でもないのに。
一緒にいたらそんなこと、全く頭になく笑いあえるのに。
なのに、それなのに間違いなく自分の中にあったあまりにも汚くて身勝手な感情を自覚させられたことに、八つ当たりで逆恨みの思考が生まれる。
……そんな感情が芽生えるくらい、隣にいたくて、認められたい人にさえそんな風に思う自分の醜さと矮小さに、キルアはさらに泣きたくなった。
「キルア」
しかし、ソラは平然とキルアを呼ぶ。
自分の自尊心を満たすためだけに、ゴンの不合格を望んでいるも同然だったことを見透かしているのに、ソラの目は変わらない。
試合中のゴンに対してのように慈しむような目はしてくれていないが、いつもと変わらない。キルアに対して侮蔑も失望もない、キルアの最低な部分さえもごく当たり前のように受け入れて、自分のすぐ傍に招く。
「何してるんだ? 早くおいで」
どんなにキルアが酷いことを思っていても、どんなにキルアが愚かで矮小でも、それでもソラは笑って「隣にいていい」と手を差し伸べる。
「……今いく」
自分の器の小ささをさらに際立たせるその包容力から、逃げ出したかった。
それはなけなしのプライドからか、それとも自分の汚い部分と向き合うのがただ単に嫌だっただけか、あの手を振り払って逃げ出したいとキルアは思いながらも、出てきた言葉と歩を進めた足が向かう方向は、その気持ちと真逆。
離れたくなかった。
ゴンのように貫ける自信なんかまったくないけれど、それでもキルアが選び取った「本当にしたいこと」はただこれだけだったのは、確か。
これだけはまだ、手放したくなかった。
* * *
第2試合の「ヒソカVSクラピカ」は思ったよりもあっさりと手短に終わる。
元々、ソラの天然悪女な信頼の言葉でソラの為にわざとすぐに棄権して、ヒソカを勝ち抜けさせる気がなくなってしまったのに、ゴンの試合を見てなおさら簡単に敗北を宣言するのは、自分がここまで来るのに力を貸してくれた仲間たちへの侮辱だと思い、クラピカはヒソカ相手に「本気で戦え」とまで試合前に言い出した。
その所為か、ソラほどではなくても十分に期待の玩具認定していた相手だからというのもあり、ヒソカのテンションも明らかに上がっているのを見て、受験生や試験官達を戦々恐々としながら試合は開始させられた。
相手がヒソカ、しかもテンションが上がってる状態ならば、それこそ「殺したら不合格」というルールが失われた死闘になることを予想したのだろう。
それで死ぬのが試合している二人のどちらかだけなら、クラピカの仲間であるソラ達以外なら別に思うことはない。むしろ自分たちが試合せずに自動的に合格が決定するのだから好都合なくらいだが、ヒソカ相手なら観戦している自分たちが巻き添えになる可能性もあまりに高かった為、審判までもが壁に張り付くようにして二人から距離を取っていた。
しかし、実際に始めてみたらヒソカは楽しそうで嬉しそうで、テンションは間違いなくハイだったが、明らかに本気を出さない小競り合いしかせず、終いにはクラピカが「本気を出せと言っているだろう!!」と叫んだ。
その直後、ヒソカは彼の耳に何かを囁いてすぐ負けを宣言してしまい、試合は終了。
クラピカの覚悟を踏みにじるようにあまりにも半端な形で終わって、合格が決定したにも拘らずクラピカは釈然としない顔をしつつも、大人しく観客兼出番待ちの受験生たちが待機している部屋の隅に戻ってくる。
プライドの高いクラピカが、完全な舐めプで合格を譲ってもらったような現状に対して、悔しそうではあるがヒソカに文句も付けず大人しく戻って来たことに、レオリオは疑問を持つ。
「クラピカ、お疲れ」
しかし本人も何か話すべきかどうか迷うような顔をしていたクラピカに、ソラはぽんっと頭に手を置いて、ただそれだけを言った。
「合格、おめでとう」
労いと祝福しかない、それ以外の他意などない笑顔で言われたクラピカは、戸惑いつつも少し笑う。肩の重荷を少し降ろせたような、安らかな笑顔を見せた。
「……ありがとう。そして、すまない。少しでも次の試合で、奴が余計なちょっかいをかけられないように消耗させたかったのだが……」
「私は君が五体満足で合格してくれたのなら、それだけでもう今年のハンター試験の目的は、達成したと言っていい。
っていうか、あいつはMっ気もあるから、怪我したらしたで余計に気持ち悪いテンションに絶対になるから、そこは気を遣わないで。マジで」
相変わらず姉弟なんだか恋人なんだかよくわからない相思相愛っぷりをナチュラルに見せつけられて、レオリオはクラピカの様子に安堵しつつも爽やかに「爆発しろ」と心底思い、キルアの方はわかりやすくふてくされている。
そしてそうこうしているうちに、第3試合も速攻で片が付いてしまった。
第3試合はポックルというハンター試験常連とハンゾーの試合だったが、ハンゾーがゴンとの試合で「時間をかければ回復する、取り返しのつく手段」という、割とぬるい部類の拷問を温情で取っていたことを反省したのか、今度は即座に腕を折る体勢に入って言った。
「悪いがあんたにゃ遠慮しねーぜ」
散々ゴンへの拷問を見てきたポックルは、ゴンとは違って拷問が通用する側の人間、しかもろくな訓練を受けず耐性が低い方だった為、彼は腕より先に精神が耐えられずあっさり折られて、負けを宣言した。
こうして10分足らずで回ってきた自分の出番に、ソラは心底嫌そうなため息をつく。
対して相手の方は、先ほどのクラピカ相手でも十分にハイだったくせに、これ以上まだ上がるのかといっそ感心するほどのテンションで、素晴らしく嬉しそうに手を広げて言った。
「くくく、1次試験から我慢してきた甲斐があったよ♥ ソラ、今度こそ焦らさずボクの相手をしてくれるよね?」
「いつしたんだよ、我慢!! 出来るんなら一生しとけよ! あと焦らしてない! 本気でお前の相手すんのが嫌なんだよ!!
頼むから悦るんなら、私の見てない知らないところで勝手に悦ってろ!!」
基本は割と温厚と言っていいソラがマジギレしながら叫ぶのを、受験生・試験官達は本気で同情の視線を送りながら眺める。
ネテロでさえも本気で憐れむような目をしていたのに気付き、ソラは「そんな目するんなら、こんな組み合わせにすんな!」と、逆ギレならぬ正当ギレをかます。
「まぁまぁ、落ち着いて♦」
「お前に宥められたくねぇ! つーか、宥める気があるんなら、今すぐぽっくり一人勝手に死んでくれ!!」
いけしゃあしゃあとヒソカはにこやかに言うが、ソラは相変わらず涙目で無茶苦茶だがかなり切実なことを叫ぶ。
それを何とかマスタが宥めて、二人をホールの中央に連れてきて、そしてマスタは再び宣言直後に壁際まで避難できるよう足にオーラを溜める。
他の受験生や試験官たちがつい先ほどのヒソカVSクラピカと同じように、あの時よりもさらに壁際に張り付くようにして、戦いの巻き添えをくらわないようにしているのを確認してから、それは宣言された。
「第4試合、ヒソカVSソラ!! 開始!!」
直後に予想された展開は、ソラの開始宣言に被せるような「まいった!!」発言と、それを阻止しようとするマシンガンのようなヒソカのトランプによる掃射だが、意外なことに二人は互いに様子を見るように、開始宣言されてもしばらく動かなかった。
「おや? ソラ、言わないのかい?」
ニヤニヤとぶつけてくる殺気と同じくらい、気持ち悪くて粘着質な笑みを浮かべて尋ねるヒソカに対し、ソラは心底嫌そうな顔をしつつも真っ直ぐ、夜空色の眼を向けて答えた。
「言わせる気がさらさらないくせに、ほざくんじゃねーよ。
それに、ゴンがあんなに頑張ったのに私がさっさと、『負けました』宣言したら、さすかに年上としての立場がないから、今回は真面目にやってやるさ。感謝は気持ち悪いからしなくていいよ。っていうかすんな」
その答えにヒソカの目や口角がさらに吊り上り、もれなく会場内の全員を盛大に引かせる。
もちろんそんなこと、ヒソカ本人は何一つ気にせず、さらに機嫌を良くさせ鼻歌まじりに尋ねる。
「へぇ……、キミが本気を見せてくれるのかい♣ それじゃあボクも、サービスしなくちゃいけないね♥」
言いながらトランプを取り出して、曲芸じみたシャッフルをまず見せつける。傍から見たら外見通りピエロの奇術だが、この動作はトランプすべてのカードに彼のオーラ、バンジーガムを貼りつける戦闘の下準備。
それをうんざりしたような顔でソラは眺めながら、自分もウエストポーチを開けていつでも宝石を投げつけられるように準備しながら返答する。
「真面目にやるけど、本気を見せる気はサラサラねーよ。つーか、サービスもいらん。私がお前に望むサービスは、マジで今すぐ死ぬことだけだ」
「つれないなぁ♠」
ヒソカは本気で残念がったのか、言いながら唇を尖らせた。その反応はソラからしたら気色悪い以外の何物でもないが、少しは奴の楽しみをそいだことが嬉しいのか、彼女は自分の白髪を掻き上げて宣言する。
「ま、勝手に死んでくれるんなら、本気の代わりに種も仕掛けもある、
前髪を掻き上げ、夜空から蒼天に変幻した目を露わにした瞬間、やや萎えていたヒソカの殺気が一瞬にしてまた爆発寸前まで膨れ上がる。
ソラは早速、調子に乗ったことを後悔した。
* * *
第4試合が開始してから約十分後。
「ソラーっ! 意地張んな! 頼むからもう意地を張るな!!」
「ソラ! もう十分年上の矜持は見せたし、お前は頑張った! だから無茶するな!!」
「つーか、こっちが危ねーっ!! うおっ!?」
「こっち来んなーっ!」
試合会場はまさしく、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
ヒソカの壁でも床でもサクサク刺さるトランプの強襲から、ソラがおなじみの予知能力じみた反射で避けまくるのは良いが、ヒソカがもちろん他の受験生や試験官達の配慮などするわけがないので、彼らが初めに危惧した通り、ものの見事に会場内の全員が巻き添えをくらっている。
もはや全員から悪意はなく切実に不合格を望まれるという、四面楚歌すぎて泣きたくなる状況に、そんな状況じゃなくても泣きたい、というか既に半泣きのソラがヤケクソで叫び返す。
「私だって言えるもんなら今すぐ言いたいわーっ! まいっぎゃーっ!!」
叫びつつも試しに言ってみようとした途端、ヒソカのトランプがソラの頸動脈へ一直線に飛んできて、猫のような悲鳴を上げながらソラはこれまた猫のようにアクロバティックな動きで回避。
そんなソラに、ギタラクル以外の受験生が全員、心の底からの応援を送る。
『頑張れ! 頑張って、「まいった!」って言え!!』
何とも酷い声援だが、本人もそれを望んでいるので仕方ない。
「ソラ、真面目にヤッてくれるんじゃないのかい?」
「私の『真面目』はいかに自分が生き残るか頑張るであって、殺し合いはサラサラする気ねーっつーの!!」
少し不満そうにヒソカが言いながら、カードを刃のごとく振りかぶって切りつけるが、ソラは相変わらず騒がしく喚きながら、決して華麗とは言えない無様な、けれど肌や服どころか髪すら傷つけず完璧にヒソカの攻撃を避け続ける。
その超反応による回避も楽しいと言えば楽しいが、戦闘狂のヒソカにはもちろん物足りない。
「うーん♠ ここまで火照らせてるのに、一切触れもせずに焦らされるのは、さすがのボクでもちょっとつらいね♦
…………惜しいけど、キミの本気が見れるのなら、仕方ないかな?」
舌なめずりをしながら呟き、ちらりとヒソカの切れ長い目がソラから視線を外す。
彼がソラの代わりに向けた視線の先、「惜しい」と言ったのは、壁に張り付きつつも本当にヒソカがソラを殺しにかかった時、実力差など関係なく飛び出そうと準備万端なレオリオとクラピカ。
二人がヒソカの視線に気付く前に、ソラは言う。
瞳の明度を上げて、澄み切った空の色にして。
「……ド変態が。
みんなー! 巻き添えごめん!!」
『!?』
ヒソカ以上の開き直りを見せた発言を唐突に宣言し、ソラはウエストポーチからいくつかの宝石を取り出して投げつけ、起爆スイッチである呪文にしては端的すぎる言葉を叫ぶ。
「ほとばしれ!!」
ソラの宝石魔術を見てきた者は、とっさにその宝石から少しでも距離を置こうと逃げるか、頭を庇ってその場にうずくまる。知らない者も不穏すぎる宣言があったので、訳もわからないままつられて似たような反応をする。
投げつけられたヒソカの方はというと、ようやく防戦から攻撃に出てくれたソラにテンションが上がって、1次試験の時のように空中に投げつけられたそれをバンジーガムで受け止めてそのまま自分の後方に投げ飛ばす。
起爆スイッチの言葉からして、火炎系と判断しそれで十分だと思ったが、それは間違い。
ヒソカが自分の宝石魔術の効果、起爆するまでのタイムラグと起爆スイッチの言葉で効果が予測できることを把握していることくらい、ソラだって把握している。
自分の手の内がばれているのなら、それを利用すればいい。
ソラはまさしく宣言通り、その会場内の全員を巻き込んだ。
「!?」
ソラの起爆スイッチの言葉から、ヒソカに投げ飛ばされてから数瞬遅れて宝石は起爆し、たっぷりと充填されていた魔力を解き放つが、そこに宿った属性はヒソカの予想通り「火」であったが、効果は「火炎」はなく「光」だった。
眩い閃光がソラの命令通りほとばしり、あたりを真っ白に一瞬染め上げる。
光は瞬間的な代わりに光量が桁外れなのと、物質としての光ではなく魔力によるものだからか、会場内の人々の眼を、後方から輝き光源から背を向けていたヒソカも、サングラスをかけていた試験官たちまでも例外なく、その光に目を眩ませて視力を奪う。
しかし、たかが目が見えなくなった程度で止まるほど、ヒソカはまともじゃない。
目が眩んだ瞬間に彼がしたことは、オーラを増幅させて視力の代わりに全身で周囲の気配や動きを察知する“円”を広げながら、彼はまっすぐソラの方へ駆ける足を止めなかった。
だがソラの方もこれくらいで狼狽えて、動きを一瞬でも止めてくれるような相手だとは、期待していない。
「ガンド! ガンドガンドガンドガンドォォォッ!!」
ソラ自身も自分の宝石で眼を灼いて一時的に視力喪失状態でありながら、右手でまっすぐヒソカを指さし、嫌がらせとしては優秀なガンドを連射しながら、同時に左手でポーチの中身をわし掴んで放り投げ、「炸裂しろ!!」と命じる。
撃ち出されるガンドも、投げつけられた宝石も、ヒソカは“円”によって目が見えていなくてもどこに散らばっているかがわかるが、それもソラは想定していたのでヒソカめがけて投げつけるのではなく、広範囲にわたって散らばるように投げつけた。
さすがに“円”をしているとはいえ、視力が失われている状態で、広範囲に大きくても小石程度の宝石を投げつけられたら、全てをバンジーガムで捕えてソラに撃ち返すのも、あさっての方向に放り投げるのも難しい。
ヒソカ自身の体をバンジーガムで包んで防御するにしても、ガンド程度ならともかく、さすがに多種多様な効果を内包する宝石を一斉起爆されたら、威力を殺しきることは不可能と判断し、今度は素直にヒソカは後ろに飛びのいて、降ってくる宝石魔術の直撃を避けた。
飛びのきつつも、ソラに向かって“陰”で隠したバンジーガムを、ソラの体に飛ばして貼り付けた。
視力が封じられていることと、ヒソカは殺気自体は試合開始前からずっと隠していないので、あの予知能力じみた察知能力も発揮できなかったのか、バンジーガムの一端はソラの腹部にあっさりと張りついたことをむしろヒソカは不満に思うが、その不満は杞憂だと直後に思い知らされる。
ソラが投げつけた宝石の起爆は、思ったよりもはるかに威力がなかった。というより、投げつけた宝石のうちのほとんどが、爆発して炎に変わることも氷の散弾を生み出すこともなければ、暴風が吹き荒れることもなく、ただ数個の宝石の爆発に巻き込まれて砕かれた欠片があたりを降り注ぐだけだ。
良くできたイミテーションにオーラを込めて、本命の宝石と誤認させていたことに即座にヒソカは気付き、「あぁ、やっぱりこの子はいいなぁ♥」と悦りながら、降り注ぐ宝石やガラス玉の欠片と火の粉の雨の中を駆け抜けた。
何の効果がないとはいえ、オーラがこもっていた宝石やガラス玉の欠片は“纏”状態でもヒソカの体をチクチクと、かすり傷とも言えない程度とはいえ傷つけるのだが、もちろん興奮したヒソカがそんなことを気にするわけもなく、むしろそのささやかな疼痛さえも快感に変えて、ソラへの距離を詰める。
同時にソラの腹部に貼りつけた物以外の、「ガム」としての効果を解除。
その途端、ヒソカがソラに向かって投げつけて避けられて、壁床天井に突き刺さっていたいくつものトランプが、勢いよくソラの方へ弾丸のごとく飛んできた。
「ガム」としての効果を解除されたそれらは、ソラの腹部に貼りつけられ、張り詰めるように伸びていた「ゴム」が勢いよく縮んで、ソラの元に戻ってくる。
ヒソカは思い知る。
ソラはヒソカが自分にバンジーガムを飛ばして貼りつけたことなど、ちゃんと気づいていた。
避けられなかったのではなく、避けない方が効率がいいと判断しただけだった。
彼女は四方八方からいきなり同時に自分に向かってくる、ポルターガイストじみたトランプの一枚たりとも視線をやらない。
それは、視力が回復しているしていないなど関係ない。見る必要がないから、見ないだけ。
ソラは一度も目を向けずに、自分の腹部に素早く線でもなぞるように指を滑らせた直後、弾丸のように真っ直ぐ飛んできていたトランプが全て勢いを無くして、そのままヒラヒラと花弁のように舞い落ちた。
ヒソカがいつでもどのようにでも、撃ちだせるようにバンジーガムで繋げていたトランプを、自分に取り付けて一つにまとめてくれた方が、直死で無効化するのは楽だと判断したからソラが避けはしなかったことを知り、ヒソカは顔面をますます喜悦で歪めながらも、今度こそ退かず、死神の間合いへと駆ける。
ソラも駆ける。
やや回復した視力はもちろん、ひたすらに気持ち悪いヒソカの笑みなど見ていない。捉えるのは、ただ一点。
その一点、ヒソカの左腕を狙って手を伸ばすが、この女相手だと急所狙いでなくとも警戒すべきであることを、もうすでによく知っているヒソカは伸ばされた手をのけぞって回避しつつ、トランプを振るう。
しかしソラの方も、そのトランプをほとんど床に転ぶ様に無様に避けつつも、ゴロゴロ転がりながら投げつけられるトランプ、相手が女であることをわかっていても躊躇の見えない蹴りも回避して距離を置き、転がる反動でクルンと起き上がった。
ただひたすら無様に目の前の攻撃を必死で避けているだけに見えて、実は逃げ道を完全に確保して避けきっている効率の良さに、ヒソカは何度目かわからない感嘆の息をつき、笑う。
ようやく巻き添えをくらっていた受験生や試験官達の視力も回復しだしたが、文句をつけようとした彼らは、目が見えなくてもめまぐるしく攻防を続けていた二人に唖然として、そしてまだ上がるヒソカのテンションと増幅する殺気にドン引き、何も言えなくなる。
ソラの方も、「もうヤダ。今すぐここからダッシュで逃げ出したい」と本気で思いながらも、加速する思考は動きを止めない。
どうすれば、「種」を植え付けた「呪い」を芽吹かせることが出来るかどうかを考えた。
ヒソカなら、自分が投げつけた大半はイミテーションのブラフであったことに気付くという、したくない信頼がソラにはあり、そしてその信頼を裏切らず、彼は砕かれて降り注ぐ色鮮やかな欠片たちはもう何の意味も効果もないガラスの残骸だと思い込み、ろくに警戒もせずその欠片の雨の中を突っ込んできた。
その中に混ざった「本命」に、彼はまだ気づいていない。
ソラにとって魔術系統としても、念能力の系統としても相性の悪い「呪術系」魔術を定着させた宝石が、混ざっていたこと。
その宝石の欠片がヒソカの左腕をかすかでも傷つけたことで、今度はヒソカがその「呪術」を内包している。
元々相性が悪い術なので、効果ははっきり言ってかなり弱く、しかも他の宝石と違って起爆スイッチの言葉だけでは発動しない。
ヒソカがその宝石で負った傷口にソラ自身が触れて
しかしそれくらい弱い効果でも、ソラの系統と相性が悪いからこそ、ソラが使うとは思えない意外性があるので、発動すれば一瞬の隙を作るくらいの期待は出来る。
ソラの目的はもう完全に、「まいった」と言って負け上がりすることだ。それが言えるだけの隙でいい。
それさえ言ってしまえば、ヒソカがまだ欲求不満でも試験官達が放っておくわけにはいかないので、ソラとしては安全の保証が出来ると言ってもいいだろう。
だから何としても、ソラがヒソカの腕のかすり傷を狙っていると、ばれるわけにはいかない。勘のいいこの男にそれだけでも気付かれたら、「呪い」の効果そのものはわかっていなくても、おそらくはもう発動しても驚いてはくれない。隙など作らない。
何としても、彼に気付かれず「呪い」を発動させるチャンスはないか、ソラが様子を窺っていると、ヒソカは低く笑いだした。
「くくっ♥ ……ねぇ、ソラ♣ キミは『死にたくない』んだったっけ?」
「はぁ?」
唐突な「ソラ」という今の彼女を構成する骨子をあげられて、ソラは不愉快半分、疑念半分の声を上げる。
話した覚えは一切ないが、イルミと知り合いならばソラの狂的な生存願望くらい知っていてもおかしくないので、そこには何の疑問もない。
不思議なのは、ヒソカという男がソラの内面や精神性に関わることに興味を持つような相手だと、ソラは全く思っていない。そんなものに関心を懐かないと確信している。
だから、この唐突な問いかけが疑問で、同時に不気味で仕方ない。
嫌な予感が肌の産毛を逆立てるが、ソラの「死にたくない」と叫ぶ壊れた思考は、その予感を正確に形造ってはくれなかった。
次の、ヒソカのセリフが出てくるまで。
「ねぇ、キミはどっちを脅かした方が、本気になってくれるんだい?
キミの『死にたくない』という願いか、『守りたい』という望みか?」
「!?」
言うと同時に、振り返りざまに投げつけた。
ソラにではなく、自分の背後に固まってソラを案じて見ていた3人に向かって、たっぷりとヒソカのオーラを纏ったトランプを。
ソラの「本気」を引き出させるために、ついにヒソカは脅しではなく実行した。
* * *
ヒソカが身をねじってこちらに振り返った瞬間には、キルアは飛びのいて5m近くは元いた場所から距離を置いた。
レオリオも、ヒソカのすさまじい形相と殺気に心は恐怖心すら麻痺し、思考が真っ白に染めあがって何も考えられなくなっていたが、体は生存本能に、原初の願いに忠実に動いた。
クラピカは、ただ見ていた。
左右にキルアとレオリオがいたから、場所が悪かったから逃げ遅れたわけではない。
レオリオと同じように、ただ「怖い」と「死にたくない」だけが思考を支配しながらも、体はその場から逃げ出そうと動いた。
なのに、足が動かなかった。
縫いつけられたように右足だけが動かず、クラピカはガクリとその場に膝をついてしまう。
何故、足が動かなかったのかを、不思議に思う余裕などない。
“念”を知らないクラピカでは、気付けない。
自分の右足にはべったりとヒソカの「
いつからか、ソラの腹部に貼りつけた時に一緒に飛ばしていたのか、それともソラが目くらましをする前、ソラに向かってひたすらトランプを投擲していた時に、「罠」としてそこら辺のいたるところにでも飛ばして、クラピカが知らぬ間に引っかかってしまっただけなのか、それはクラピカ本人にも、そしてソラにもわからない。
ソラの予知能力じみた死を退ける為の詰将棋は、焼き切れても決して止まらない壊れきった高速思考は、「自分が死にたくない」という狂気の産物。
どんなに守りたい、大切な人であっても、最愛の最後の拠り所であっても、原初の願いには敵わなかった。
――けれどそれは決して、ソラが嘘をついていたわけではない。
守りたい、大切な、最愛の最後の拠り所であることは、本当だから。
「クラピカァァァッッ!!」
だから、ソラに躊躇はなかった。
「死にたくない」からこそ、思考に上らなかった、気付けなかった、考えもしなかった、見捨てた彼を「守る」こと。
「…………そ……ら?」
その身を、その背を盾にして、守ることはソラにとって何の矛盾もない。
彼がいなくても、ソラは生きてゆける。死にはしない。
けれど、生きている意味を無くしてしまうから。
生きていたいから、守る。
――守りたい人がいる。
敵は、直死の間合いの外。
長時間かけて戦えない傷。
……条件は、整った。
さぁ――
* * *
瞬間的にオーラを足にほぼ全て回し、床を大きく抉ってヒソカなど無視して駆けつけ、ソラは自分の体を盾にしてクラピカを守った。
ただでさえ魔術回路の所為で、胴体にオーラを纏うのが極端に下手で危なっかしい“纏”なのに、ただ駆けつけることだけを優先して体は部分的に“絶”同然だった。
深々とソラの背にヒソカのトランプが突き刺さり、彼女の背を、ツナギをあまりにも鮮やかな赤が染め上げる。
トランプが突き刺さった衝撃で、ぐらりとソラの体が傾く。
同時に、キルアが泣きそうな顔で唇を戦慄かせた。
レオリオは憤怒の形相で、ヒソカと向き直る。
立会人はヒソカに何かを言おうとする。
クラピカは、倒れ込みそうなソラに手を伸ばす。
抱きとめるというより、縋り付くと言った方が正確なほど、悲痛な顔をして彼女に手を伸ばす。
しかし、誰のどの行動よりも、それは速かった。
ダンッ! と地震かと勘違いさせそうなほど力強く一歩踏み出して、倒れるのを堪えたのも。
「ヒソカアアァァァァァァァッッッ!!」
蒼天、青空の美称、天上そのものを表すほど澄み切っていながら、地獄よりも深くそして灼熱した怒りを燈すセレストブルーの眼が、奇術師を捉えるのも。
キルアが悲鳴のようにソラの名を叫ぶ前に、レオリオがヒソカに殴りかかる前に、試験官達がヒソカを「反則負け」と宣言する前に、……クラピカの手が届く前にソラは向き直る。
そして、叫ぶ。
「来いよ! クソジジイ!!」
呪文は短くシンプルでいいというのがソラの考えだが、いくらなんでもこれは酷いといつもなら頭の片隅で思う余裕も、今はない。
ただ、呼び出して、汲み上げ、組み立てる。
あの日、「 」に落ちて融けてゆく自分を何とかがむしゃらにひたすらに無茶苦茶に、「自分」の形に作り直して取り繕って逃げ出した時、自分と同じように溶けてしまったからこそ、ソラの「一部」になってしまった残滓。
本来なら溶けてしまった時点でもうそれは、元の形を成していない、元の意味など失われた、「無」そのものであるはずだが、ソラの魔術属性がそれを拾い上げた。
魔術属性の中でも「虚数」と並ぶレア中のレア。架空元素「無」
魔術にとって「無」の意味は、物理や数学での「無」とは異なる。
「何もない」「存在しない」ではなく、「有り得ないが物質化するもの」こそが、魔術師にとって「無」の定義。
「 」に落ち、そこから分解されかかっても構築し直して逃げ出したソラの体は、後天的に「 」に直接繋がる躰。
根源であり、最果て、何もかもの始まりで何でもあるからこその、何の意味もなさない、何にもなれない「無」そのものだからこそ、そこへ繋がる躰、「無」を内包し、その概念を形作る矛盾を孕む魔力を持つ者は、「例外」を掴みとる。
『!?』
ソラの憤怒で絶頂寸前まで掻き立てられていたヒソカが、初めて喜悦以外の意味で全身に鳥肌を立たせる。
会場内の全員が、目を見開いて言葉を失う。
“念”を知らぬものはただひたすら驚愕しながら、その美しさに目を奪われる。
“念”を知る者ならば、「有り得ない!!」の一言で思考が埋め尽くされる。
ソラの手に突如現れた、奇妙な武器。
棍棒が一番見た目の表現としては正確だが、そう言ってしまうにはあまりに優美な一振り。
科学に、文明に、現実に駆逐されてきた生き残り。
第二魔法を限定行使する、魔術礼装。
魔法使いの名を冠する、奇跡の欠片。
――宝石剣、ゼルレッチ。
ただしこれはあまりに特異な、たった一つ魔法級の魔術行使のために起源も魔術属性も作りかえられた、「正義の味方」が作り出した模造品。
「……世界を、穿て」
そんな模造品に、命じる。
同時に、その「剣」が纏う
喜悦や歓喜はそこにはなく、ただただ純粋な驚愕のみが彼の心を埋め尽くすのは、いったいいつぶりか。
ただでさえ強化系らしきソラから、具現化系ど真ん中なことをやらかされた時点で、「この子はどこまでもこちらの想像を上回るなぁ♥」と歓喜混じりに驚いたが、これはもはや「例外」という言葉では済まされない。
強化系でもオーラを何らかの物体に具現化すること自体は可能であり、ソラは奇妙な武器を具現化した時点で、目に見えてオーラを大きく消耗させている。
それは相性の悪い念能力を習得してしまった典型例の状態であり、ヒソカは一瞬それを見て失望したが、ソラが何かを呟き、刀身にオーラを纏わせたことで、彼女が作り出したもの、汲み上げて組み立てたものが、その眼と同じく「異常」であることを知る。
明らかにソラ自身が消耗しているオーラをはるかに上回る
それでも、これはまがい物であり、偽物。
偽物は、例え本物が失われても、「本物」という存在があってこそ作り出されて生まれるものだから、どう足掻いても、本物が初めから存在しない世界に渡っても、偽物であり続ける。
そんな偽物の剣を振りかざす。
……偽物は、本物に成り代わることはない。
しかし、偽物が本物に劣るとは限らないことを証明するように、輝く斬撃が、奇跡の一欠片が解き放たれた。
「
たぶん忘れている人の方が多そうな、試験前のゾルディック家編で登場の宝石剣、やっと再登場。
どうやって具現化してるのか、今回でも少しは理屈が出てますが詳しくは次回で明かします。
ところでラストの宝石剣の名称。アーチャーの