死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜
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上から、レオリオ・ゴン・クラピカ視点です。


ゾルディック家編
41:パドキア到着までの三日間


(一日目)

 

「……何をニヤニヤと見ている?」

「別にー、ニヤニヤなんかしてねーぜ」

 

 クラピカが睨み付けて言外に「その顔やめろ」って言ってっけど、俺はわからないフリをしながら嘯く。

 近くに投げつけられそうな手ごろなものはねーし、クラピカの奴も俺に近づいて殴ることは出来ねーから、普段何かと呆れられたりイヤミ言われたり、完全な八つ当たりでどつかれることに対しての良い仕返しだ。

 

 だからこそ俺は多くを語らず、ただニヤニヤと何か言いたげな笑みを浮かべてクラピカともう一人を眺め続けていたら、ゴンが「レオリオ」と声を掛ける。

 さすがにそろそろ仲裁しようとした思ったんだろうな。けど同じタイミングで、クラピカも椅子から立ち上がった。

 そしてその椅子の脚を掴みあげた時、あいつが何をしようとしているのか悟り、俺とゴンは二人して慌てた。

 

「すまん! 調子に乗りすぎた!!」

「クラピカ! さすがに椅子はダメ! 危ないしソラも起きるよ!!」

 

 言われてクラピカは投げつけようとした椅子を下ろし、「謝るくらいなら初めからするな」と言い捨てて、再びその椅子に座る。

 ……二段ベッドの下段で眠るソラの手を、握って離さないまま。

 

 * * *

 

 事の起こりは、ハンター試験が終わってその日のうちにパドキア行きの飛行船に乗り込んで、部屋で「さて、これからどうするか」と今後の具体的な予定や計画を立てようとした矢先に、ソラの奴がベッドの上に座り込んで船を漕ぎ出したことだ。

 ソラ本人は起きようと努力していたけど、むしろあいつは今までよく起きていたなって思えるほど疲弊しきってるのはわかってたから、全員で「眠いなら寝ろ」と言ってやったらあいつも限界近い自覚はあったのか、素直に自分の座っているベッドの上に横になった。

 

 おいおい、ここで寝んのかよ? と思わなくもなかったが、明らかにもう自分の部屋に戻る気力もなさそうだったのと、こいつが一人で寝たがらない癖とその理由を少しだけとはいえクラピカとキルアから聞いたから、俺やゴンはもちろん、お前はオカンかと言わんばかりに口うるさいクラピカも何も言わなかった。

 まー幸いながら、俺たちが取った部屋は4人部屋。二段ベッドが二つ置かれているから、ソラがこのまま朝まで目覚めなくてもベッドの数に問題はねーしな。

 

 ベッドの数が足りる足りないなんて関係なく、仮にも女がこんな男しかいない空間で無防備に寝るなと言ってやりたい気持ちはクラピカじゃなくてもあったけどさ、けどなぁ……ベッドの上で胎児みてーに全身を丸めて眠るソラを見たら何も言えねーわ、これ。

 だって眠りながらも眉間に皺を寄せて、何かに耐えるみてーに身を守るよう小さくなって眠ってんだぜ?

 どう見ても安らかな眠りなんて言えねーよ。これは体力切れの気絶みたいなもんであって、精神は全然休めてねーよ。

 

 そんなソラを、クラピカは痛ましそうに見ながら毛布を掛けてやった。

 空調で気温は快適だが、この日一番早くパドキアに行ける飛行船のチケットを手配してあわただしく空港まで向かって乗船したから、ソラの格好は未だに短パンとクラピカが貸してやったシャツ一枚っていうクソ寒そうな格好だったから、肩までしっかり毛布を被せてやるとちょうど顔の近くに投げ出されるように軽く開いていたソラの掌とクラピカの手が触れた。

 

 そのことに気付いた時には、もうソラの手はクラピカの手を握っていた。

 まるで赤ん坊の把握反射のようにきゅっと手を握られて、握られた本人だけではなく、何気なく眺めていた俺もゴンも軽く目を見開いて呆気に取られたわ。

 ま、すぐに反応は三者三様に分かれたけどな。

 

 俺はもちろんニヤニヤと面白がって笑い、ゴンはやけに大人びた苦笑をしてたな。

 クラピカの奴はというと、顔を真っ赤にさせながら身を引きつつも、その手を離さなかった。それどころかこいつはしっかり握り返してた。

 

「…………クラピカ」

 さらに言うとソラの奴、自分が握った手がクラピカだと気づいているのか、それともそうだといいという願望にすぎないのか、どっちにしろ固く目を閉ざして意識は夢の中に旅立たせたままだっていうのに、あいつがクラピカの名前を呟くと同時に、眉間の深い皺をあまりにもあっさりとほどけて安らかで嬉しそうな寝顔になりやがったし。

 

 あー、はいはい。そんな反応をされたら、もうお前が手を離せるわけねーよな。

 隠してるつもりだろうけど、お前がソラのこと好きすぎていつか死ぬんじゃねーかって思うくらい大好きなのはバレバレなんだよ。そうじゃないとしたら、何で握ってるというより引っかかってる程度のその手を何で離さないどころか、ゴンが気を遣って持って来た椅子に座って、ソラのベッド脇でずっと手を握ってるのかね?

 もうお前ら、相思相愛すぎてこっちは砂糖吐きそうなんだよ。誰か、苦いコーヒーをバケツでもってこい! って俺が何度叫びそうになったと思ってんだ。

 

「つーか、独り身にんなもん見せつけるくらいなら、からかうぐらいさせろよ。

 いいじゃねーか。今更恥ずかしがんなよ。お前ら、自覚してねーだろうけどいつでもどこでもバカップル丸出しなんだよ」

「うるさい、黙れ、私とソラはそういう関係じゃない!」

 

 内心で呟いていたはずのやっかみ半分な俺の八つ当たりはいつの間にか声に出てたらしく、クラピカは俺の顔を見ずに一蹴する。が、顔はまた赤くなってた。

 そんな俺らの様子を、最年少のゴンが一番大人な苦笑をしながら「まぁまぁ」と仲裁するので、なんか情けなくなってきた。

 うん、ここはもうからかうのもやっかむのもやめよう。虚しいだけだ。

 

 俺はそう思いながら話を変えようと思っていたのに、ソラと同レベル、もしくは狙ってやってる節の強いソラと違って天然でやらかしてる分、ある意味では余計に性質の悪いゴンが、斜め上の発言をぶっこんだ。

 

「……所で、クラピカにとってソラは本当に『そういうの』じゃないの?」

「なっ!?」

 

 まさかのゴンからストレートな追及に、さらに顔の赤みを増してクラピカは絶句。

 ガキだからこそド直球なことばかり言う奴だったけど、何気に空気は一番読める大人な所もあったから、この流れでこう来るとは俺もクラピカも本気で予測しておらず、クラピカは赤面したまま金魚のようにハクハクと口を開閉すること以外出来なくなりやがった……。

 

 そんなクラピカの反応を見たらなんかもう憐れになってきて、俺は「……ゴン、もうそれ以上はやめてやれ」と言って止める。

 ゴンの方も、「く、クラピカ! ごめん! 急に変なこと訊いてごめん!!」と謝りながら前言撤回するので、本気で気になったわけでもねーんだろうな。

 

 しかし、「ごめん! ごめんね! ただ……その、えーと……もしそうならやっぱ言っておいた方が良いのかなぁ?」だの、決まり悪そうに何かを言いかけてはやめて迷うゴンが気になって、俺は「どうしたんだよ?」と尋ねてみた。ちなみにクラピカはまだ、赤面ショートしてる。

 

 ゴンは俺からもクラピカからも、そして眠っているソラからも眼をそらしてあさっての方向を見ながら、「……言おうかどうか悩んだんだけど、……多分そうじゃないかなーって俺が勝手に思ってるだけなんだけど……」だのなんだの、こいつにしてはに珍しい、言い訳がましい前置きを長々と続けてから、観念して語る。

 

「…………たぶん……本当にたぶんでしかないんだけど、……………………イルミってソラのことが好きなんだと思う……」

「「………………は?」」

 

 俺だけじゃなく、ショートしていたはずのクラピカも同時に言った。

 ただし、再起動した端から今度はフリーズする羽目になったけどな。

 

 * * *

 

「…………いや、何を思ってそんな奇想天外な結論出したんだよ?」

 

 俺のフリーズは何とか十数秒ほどで自動解凍された。が、解凍されてもゴンが何を思ってそんなこと言い出したのかが全く分からん。

 もう俺は自分でも呆れてるのか困惑してるのかわからないまま、微妙な半目でゴンに尋ね返す。

 そんでゴンの奴は、ポカンとしたまま石化してるクラピカを心配そうに見ながら、その「奇想天外な結論」と至った経緯を話す。

 

「……4時試験で俺のターゲットがヒソカだったから、ヒソカをずっと尾行してた時にヒソカとイルミが会って話してるのを聞いちゃったんだよ。それで、その時にソラの話になって……」

「何だ? あの能面ヤローがヒソカに口滑らせて、あいつが好きだとかなんとか言ったのか?」

 

 ゴンの言葉を途中で遮って俺が先の展開を口に出してみたら、背中に悪寒が走った。うおっ! めっちゃ気持ち悪ぃ!!

 想像できねーのに、想像するまでもなく気持ち悪いなこれ! どんな面下げてあの能面ヤローはそんなこと言うんだよ!? そういうこと話す時も能面なのか!?

 つーか今気付いたけど、そもそもヒソカと恋バナって時点で犯罪的にキメェ!!

 

 俺の心の叫びは如実に表情に出てたのか、ゴンは困ったような苦笑で続けてた。たぶんこいつ、俺の考えが失礼だと思いつつも、同意してるんだろうな。

 ゴンはそんな微妙な笑みを浮かべたまま、俺の想像を否定する。

 

「ううん、違うよ。話してたのはむしろ、ソラのどんな所がどれだけ嫌いかって話をもうヒソカが口を挟む隙もないくらい、怒涛の勢いで話してた」

「マジでどうやってそんな結論になったんだよ?」

 

 何じゃそりゃ? 想像できない程キモいもんじゃなかったのは良かったけど、その答えじゃ謎が深まるだけじゃねーか。

 俺がそう思いながら尋ね返せば、ゴンはケロッと即答した。

 

「その話し方が、トリックタワーでクラピカとキルアが『自分とソラはそういうのじゃない』って言ってた時とそっくりだったから」

「どういう意味だ!?」

 

 ゴンのケロッとした答えに、フリーズ中だったクラピカがいきなり再起動して突っ込んだ。

 が、ゴンが答える前に俺が声を上げる。たぶん、この時の俺の顔は真顔だった。

 

「あぁ、そりゃそう思うわ。あいつ、ベタ惚れじゃねーか」

「だから、どういう意味だそれはレオリオ!!」

 

 そのまんまだよ。あれは誰がどう見てもソラをどう思っているかの説明じゃなくて、いかにソラが大好きかって話にしかなってねーんだよ。

 愚痴が大半だったけどその愚痴もあいつの嫌いな所というより、自分に構ってくれないとかの不満だったじゃねーか。

 

「……にしても、あれにそっくりだったってことは、あいつの針投げはあれか? 好きな子に意地悪しちまう小学生みたいな照れ隠しだったのか?」

「…………だとしても、可愛げが全くないよね」

「レオリオ! どういう意味だと訊いているだろうが! 私とソラは断じて『そういうの』ではないと言っているだろう!

 そしてゴン! イルミはいったいどんな話をしていたんだ!?」

 

 俺とゴンは納得してるっていうのに、「そっくりだった」と言われた片割れ本人は納得しないでしつこく騒ぐ。

 いやもうお前、説得力がねーにもほどがあるぜ?

 めっちゃイルミが何を話してたか気にしてんじゃねーか。

 

 あんまりにも往生際が悪く騒いで否定するので、俺は言いたくねーけど思わず呆れて言ってしまった。

 

「お前さぁ、そこまでして否定してりゃからかう気もなく『そう』にしか見えなるっつーの。

 それじゃお前、むしろ自分に言い聞かせてるようにしか見えねーぜ?」

 

 意外なことに、クラピカは珍しく俺の反論に黙り込んだ。

 顔を赤くさせたまま、今にも子供のように泣き出しそうな顔で俺を睨み付けるのを見て、「しまった」と思う。

 けど同時に、余計なおせっかいだと思いつつも言ってやりたい気もする。

 曖昧なままで逃げてんじゃねーよって。

 

「レオリオ」

 

 謝るべきか、いっそ言ってやるべきか俺が答えを出す前に、声を掛けられた。

 その声の主は、俺を睨み付けるクラピカでも、俺たちの間に挟まれて困惑してるゴンでもない。

 

 ムクリとクラピカと手を繋いだままソラが起き上がって、俺だけじゃなく他二人も一瞬軽く飛び上がった。

 起きた!? っていうか起きてたのかもしかして! だとしたらいつからだ!?

 

 あらゆる意味でソラが爆睡してるから話せた内容を話してたせいで、ゴンは顔色を青く、クラピカはさらに赤くなるが、ソラはどちらにも目を向けずまだ青みが強い目をうっすらあけて、俺に向かって言い出した。

 

「レオリオ。君とは短い付き合いだけど、君がすっげー良い奴だってことはわかってる。口は悪いけど、その言葉の裏にはいつだって他人を思いやってることも知ってる。

 だから、君の言葉が善意や好意からだってのはわかってる」

 

 は? 

 

 いきなり褒められてムズ痒いような恥ずかしいような気持ちすら起きず俺が困惑していると、ソラは半目で俺を睨み付けたままクラピカとつないでいる手とは逆の手で俺を指さし、言った。

 

「それでも、クラピカを傷つけんな。酷いこと言うな。クラピカを悲しませたり泣かせたり、許せないって思わせる奴はな、アラヤだろうがガイアだろうが例外なく私の敵だ!!」

 

 誰だよアラヤとガイアって! という俺のツッコミが言葉になる前に、ぐらりとソラの体が傾いでまた、ベッドに倒れ込んだ。

 そしてその数秒後、聞こえてきたのは実に規則正しくて気持ちよさそうな寝息……。

 

「ひょっとして今の寝言か!?」

 

 俺が叫ぶとクラピカもまだ少し呆然としたまま、「お……おそらくは……。少なくとも、しっかり覚醒していたわけではないだろう……」と答えた。

 豪快に寝ぼけてただけか!

 

 まぁ、よくよく考えりゃ話が微妙に噛み合ってなかったしな。ありゃ、起きてて話を聞いてたんじゃなくて、寝てても俺らの会話が微妙に聞こえてそれが夢ってフィルターで変にねじ曲がって、「レオリオがクラピカにひどいこと言った」とでも思いこんだんだろうな。

 

 ……あー、何ていうかマジで、こいつらに余計なおせっかいを焼くどころか、関わるのもバカらしくなってきたわ。

 

「……お前ら、マジでそろそろ爆発してくれよ。なんつーか本気でアホらしくなってきたわ」

 もう俺はそれだけ呟いて、「飲み物買ってくるわ」と言って部屋から出る。なんかもう、やけ酒を呷りたい気分だ。

 

 ゴンも「俺もなんか買ってこよっと」と言って立ち上がり、俺とは違ってクラピカに何かいる物はないかを尋ねる。

 が、こいつはまたソラの寝ぼけた発言を思い返して恥ずかしくなったのか、椅子の上に体育座りして膝に顔を埋め、「……大丈夫だ。何もいらない」と答えた。

 うん、これはもうマジでこいつの為にも今は放っておいた方が良さそうだな。

 

 つーか、そこまで恥ずかしくてもやっぱり手は繋いだままなんだな。爆発しろ。

 

 * * *

 

 部屋を出て、飛行船内の自販機までゴンと歩きながら俺は訊いた。

 

「ゴン、あいつらってどう思うよ?」

 

 俺の問いにゴンは相変わらず、やけに大人びた苦笑で返す。

 

「何ていうか……もどかしいって言うか、どっちもお互いからもらったプレゼントを大事にしすぎて、まだ中身見るどころかリボンもほどいてないって感じだよね」

 

 あぁ、その例えが一番適格かもな。

 あいつら、特にクラピカがそうだ。そりゃ、自分と相手の愛情の種類が違っててすれ違ってるってわかったら気まずいことこの上ねーのはわかるけど、でもなぁ……。

 

「どう考えても、あいつらは今更すれ違いだの誤解だので離れることがあるとは思えねぇな」

 

 俺の言葉にゴンはやはり苦笑して、「同感」と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(二日目)

 

 飛行船の中を一通り見て回ったら、することがなくなったから俺は自分の客室に戻る。

 ……キルアがいたらハンター試験の時みたいに探検して、たぶんこんなにすぐ退屈になることはなかったのにな。

 

 早くキルアに会いたい。

 元々その気持ちだけで乗り込んだのに、さらに強くなった気持ちを胸に抱えて部屋に戻ったら、部屋を出て行った時と同じようにソラが椅子に座ってた。

 

「おかえり。早かったね。レオリオは?」

「ただいま。レオリオはPCルームで電脳ネットしてるよ。クラピカはまだ寝てる?」

 

 俺が返事をしてから訊き返したら、ソラは苦笑しながら自分が座っている椅子のすぐ横、ソラが寝てたベッドで寝てるクラピカを見て言った。

「まだしばらく起きそうにないねー。結局徹夜したみたいだし」

 

 その答えについつい俺も苦笑してしまう。

 ……クラピカ、結局昨日はソラの手を離せない、そしてまさか同じベッドで寝るわけにもいかなかったから、ベッド脇の椅子に座ったまま寝なかったみたい。

 だから今日は、ソラが起きてすぐ交代するように寝ちゃった。

 

 そしてソラは、クラピカにちょっとだけ困ったように笑いながら「ごめんね」って言って、クラピカがしてたようにずっと椅子に座って横にいる。

 

「ソラはどこか行かないの? レストランとか、あと着替えとか買わないの?」

 俺がそう尋ねると、未だにクラピカのシャツを着たままなソラの返事は即答だった。

 

「後でいいよ。私の所為でどこにも行けないわ寝れないわだったのに、クラピカが寝てる間に私が好き勝手どっか行ったりするのも悪いし。

 ……それに、この子の寝顔を眺めてるのも退屈しないからね」

 

 ……本当にクラピカはソラのこと大好きだけど、ソラもクラピカのことが好きで仕方がないんだなぁ。

 クラピカが聞いたら、間違いなく「恥ずかしいことを言うな」って言うんだろうけど、すっごく嬉しそうなんだろうな。

 

 改めて、二人の絆というかクラピカとソラの関係をすごいなと思いながらソラを見ていたら、起きた時より眼の色がまた暗くなってることに気付いて、俺は自分の目を指さして尋ねてみた。

「ソラ、目はもう元通りに見える?」

 

 言われてソラは、手で片目を隠したり眼を細めたりしながら自分の視力を確認して、「んー、まだいつもより少し見えにくいけど支障はないかな?」って答えた。

 その答えを聞いて、俺は言葉に詰まった。

 

 会話が続かない。

 訊きたいことがあった。でもそれは多分、俺が無神経に触れちゃいけない話だと思った。

 けど、知りたかった。知ったからって俺に出来ることなんか何もないけど、俺は「知らなかった」では済まされないくらい酷いことを、3日くらい前にソラに言っちゃったから。

 

 だからそれを謝りたかったけど、それをいきなり謝るのもなんだし、だからと言ってやっぱり謝るためにさらに無神経に訊くのは失礼どころじゃないのもわかってるから、どうしたらいいかわかんなくなっていたら、ソラから「どうした?」って訊かれちゃった。

 

「あ……えっと、何でもないよ」

「とてもそうには見えないけど?」

 

 俺が誤魔化そうとしても、ソラはまだ少し青みが強いダークブルーの眼で俺をまっすぐ見て、笑った。

 そして足を組んで頬杖をついて、笑いながら俺に言う。

 

「何に気を遣ってるのか知らないけど、話してごらん。

 内容によっては怒るかもしれないけど、私が怒ったら君は『ごめんなさい』と言えばいい。私の怒りが理不尽だと思うのなら反論すればいい。ただそれだけのことだろう? それのいったい何が怖いんだい?」

 

 ……ああ、何ていうか本当にソラは「大人」だなぁって思い知る。

 全然俺を子ども扱いしていない、馬鹿にしていないしソラも偉そうにしてないのに、この人には敵わないなぁって思い知らされる。

 クラピカやキルアはソラのこういう所が好きなくせに、二人とも何故か素直になれないけど、俺はソラのこういう所を見るたびに素直に甘えて頼りたくなる。

 

 何ていうか、……ソラにはすっごく悪くて口に出して言えないけど、ミトさんが「お母さん」ならソラは「お父さん」って感じがするからかな?

 ミトさんほど口うるさくなくて心配性じゃなくて、俺を自由に好き勝手させてくれるけど、大事な所でちゃんと守ってくれる感じがすごく好きで、カイトや本当の親父であるジンとは違った意味で、こういう人になりたいなって思える。

 

 そんなことを考えてたら、ソラがもう一回「どうした?」って訊いてきた。

 さすがに「ソラはお父さんみたいだなって思ってた」とは言えないから、俺はソラの言葉に甘えて訊きたいことをまず訊いた。

 

「……ソラ、目が見えなくても『線』や『点』が見えるって本当?」

 

 * * *

 

 最終試験前の休息として与えられた3日間の猶予期間で、ソラからいろんな話を聞いた。

 ソラが全然違う世界から来たってこと、魔術とか魔法のことや聖杯戦争のこと、ソラのサーヴァントや戦ったり仲間になったりした人たちのこと、それから……ソラの「眼」のこと。

 

 ソラはわかりやすく説明しようって頑張ってくれたけど、俺も頑張ったけど結局俺はその「直死の魔眼」っていうのがどういうものかよくわからなかった。

 

 俺が理解できた内容は、ソラの眼は魔術でも魔法でもなくて、突然変異で特殊な機能を持つ器官を持っちゃった「超能力」に分類されるものであること。

 普通そういうのは生まれつきがほとんどなんだけど、ソラはこっちに逃げ出す前に落ちた「 」って場所の影響で後天的に目覚めたものだってこと。

 そしてその眼は、この世のほとんどのものの「死」を引きずり出して「線」か「点」って形で捉えて、それらをなぞるか突き刺せば、たとえ神様が相手でも「殺せる」ってことくらい。

 

 説明しながら、ソラは実演してくれた。

 イミテーションの宝石を、ソラが自分の引き抜いた一本の髪でまるで粘土でも切るみたいに切れるのを見せてくれた。

 ソラの言う通り、ソラが「ここに『線』がある」と言った所をなぞるようにスルスルと切れたのに、そこ以外の場所を切ろうとしたら普通に髪の毛の方が切れちゃったし、俺やキルアがソラの指示通りに爪や刃物でなぞっても全然切れないのに、ソラだと髪の毛でも爪じゃなくて指でも簡単に切れてた。

 

 俺は、それを見て「すごい! 面白い!」って言ってはしゃいでた。

 それをクラピカから、結構きつめに叱られた。

 ……ソラの眼は、あんなにも簡単に人でも何でも「殺せる」線や点がいつでもずっと見えてるなんて想像出来なかった。

 

 ソラの方は「気にしないでよ」の一言で許してくれて、そして俺もさすがにまたすごいとか面白いとか言ってはしゃぎはしなかったけど、次の日にはやっぱり「ソラは常に線や点が見えてる」っていうことを忘れてた。

 それぐらい、ソラはずっと普通だった。

 ずっと、誰かの「死」が見えてるなんて想像できないくらい、いつでも真っ直ぐに俺たちを見てくれていたから。

 

 ……でも、サトツさんから話を聞いて、イルミに「眼が見えていないのなら好機だ」と言われてソラが返したらしい言葉で、もう一度思い知らされた。

 ソラの眼はすごいとか面白いとか言うのはもちろん、絶対に思っちゃいけなかったものなんだ。

 

 だって……人の顔がわからなくなるくらい視力が落ちても、だからこそよりはっきりと「死」が見える眼なんて、それはもう本当に魔術でも魔法でも、超能力ですらない。

 それは、呪いだ。

 

 ……自分でも怖いもの知らずで、細かいことは気にしないタイプだと思う俺でもそう思うくらいのものなのに、やっぱりソラは全然気にした様子もなく、暗い青い目で俺をまっすぐ見ながら笑って答えてくれた。

 

「本当。普段なら5.6本の線と数個の点が健康的な人間の平均なんだけど、キャパオーバーして視力が落ちてる間は血管みたいに細かいのが全身に見えるんだよね。だから視力落ちてるだけじゃなくて、その線が邪魔で顔がわかんないっていうのもあるね」

 

 ぞっとする光景を何でもないことのように話すソラを見て、クラピカがすごく悲しそうに、辛そうに呟いてた言葉を思い出してしまう。

 

『――彼女は、壊れている』

 

 たしかトリックタワーで足止めされてるときに、「ソラってどういう人?」って尋ねた時の締めくくりに、俺に説明してるんじゃなくて独り言で言ってた。

 その呟きが聞こえた時、クラピカらしくないなぁとか思いながら、そんなこと言うクラピカに少しムッとしちゃったけど、今なら良くわかる。

 

 クラピカだって本当は言いたくなかった。大好きだからそんなこと言いたくないし、そうであってほしくなかった。そして俺だってソラのことが大好きだから、そんなの認めたくない。

 

 でも、それでも認めるしかないくらいに、そうじゃないと生きられなかったというのが一目でわかるくらいに、ソラは壊れてる。

 ソラが見てる世界はもちろん、ソラの感じるものや考えることが俺たちには理解できない、全くの別物だってことを思い知らされて……俺は少し……ううん、すごく寂しいって思いながらようやく謝った。

 

「……ソラ、ごめんね」

「え? それ何の謝罪?」

 

 本気で俺が何について謝ってるのかわかっていないソラに、俺はソラの眼とその力にはしゃいだこと、ソラが見てるものを全然わかってなくて、ずっと無神経なことをしてたことを説明しながらもう一度謝ったら、ソラはちょっと困ったような顔をしながらテーブルの上に置いてあった自分のウエストポーチを手に取った。

 

「ゴン、この宝石の名前わかる?」

「え?」

 

 いきなり、ソラはウエストポーチから赤い宝石を三つ取り出して、俺に訊いた。

 

「え? えーと……ルビー?」

 訳がわからなかったけど、思わずとっさに答える。わかったからじゃなくて、赤い宝石なんてルビーしか名前を知らなかっただけだけど。

 

「一つはそうだね。で、この暗い赤色がガーネット。ルビーより赤みが強くて透明度が低いのがカーネリアン」

 一応一つは当たってたけど、やっぱり全部別の石だったらしく、ソラは一つ一つ教えてくれた。

 けどすぐに三つを仕舞って、今度は一つだけ取り出して尋ねる。

 

「ゴン、これはルビーかガーネットかカーネリアンかわかるか?」

「え!?」

 

 説明された時は三つを見比べたら確かにソラの言う通り、色の濃さとかでどれがどれかわかったけど、また一つだけ取り出されたらもう俺にはただの赤い石にしか見えなくて、全然どの石かなんてわからなかった。

 勘で答えようかと思ったけど、その前にソラが笑って「見分けつかないだろ?」と俺の図星を突く。

 

「いいんだよ。そういうもんだ。実は眼の作りって男女で結構違うんだ。

 その所為で、男は女より色の識別が不得手なんだよ。逆に女は、ものの動きを捉えるのが不得手だ。詳しいことは、レオリオに聞いた方がいいな。医者志望なら答えられるだろう」

「……そうなんだ」

 

 いきなりまた変わった話についていけなくて、俺はポカンとしたままただ相槌を打つ。

 そんな俺を見て面白そうに笑いながらソラは、何でいきなりそんな話をしだしたのか説明しないまま、話を続ける。

 

「この眼の違いの所為か、色弱の類は男に多い。そして、稀にだが爬虫類や鳥類のように紫外線を見ることが出来る眼の持ち主もいる。4色型色覚だったかな? これは女性が多い。

 ほら、男女というだけでここまで見えるものが違い、そしてさらに世界が違う見え方をしている者も世の中にはいる。4色型色覚なんて、私の眼より世界がどう見えてるかが想像つかない視界じゃないか?」

 

 そこまで言われてやっと、俺はソラが何を言いたいのかがわかってきた。

 

「ゴン、この世に同じ世界を見れる眼なんて、自分のもう片方の目しかない。君が見ているもの、見えている世界は間違いなく真実だ。けれど、それが全ての人にとっての真実だとは限らない。

 君には赤色に見えるものが、他の誰かから見たら実は青いのかもしれない。雪を今まで見たことがない人にとっては、降り積もる雪は幻想的で美しいものだけど、豪雪地帯で生まれ育った人からすれば面倒で厄介で、悪けりゃ災害になる忌まわしいものでしかない。これら二つは、どちらも等しく正しい真実だ」

 

 俺はソラに無神経なことを言ってごめんなさいとは言ったけど、ソラと見てるものが違う、認識してる世界が違うことが寂しいとは言っていないのに、ソラにはお見通しだったみたい。

 ソラは、「私だけじゃなくて、この世全ての人間に対してそうなんだ」と俺にわかりやすく説明して、ついでに自分の考えを人に押し付けたらいけないってことも教えてくれた。

 

 その答えには納得したし、ソラが俺の見てる世界は間違いなく真実だって言ってくれたのもうれしかった。

 ……でも、やっぱりその答えは寂しかった。

 ソラの答えは、ソラだけじゃなくてこの世全ての人がそうなんだ。本当に同じものを見るということ、同じ世界に生きるっていうことは誰にもできないってことだから、いっそ諦めがついて楽にはなったけど、……けれどやっぱり、寂しかった。

 

「だからこそ、覚えておきなさい」

 

 …………ソラのことをずっとすごいと思っていたけど、俺が思うよりもさらにソラはずっとすごかった。

 

「同じものなんか見れない、同じ目をしていない、全く違う真実で当たり前の中、同じものを見て同じように感じられる人がいることが、どれほどの尊い奇跡なのかを君は覚えておきなさい。

 そして、そんな人を大事になさい」

 

 続いたソラの言葉は、俺の寂しさを吹き飛ばした。

 言われて思い出したのは、2次試験の後に飛行船を探検して、一緒に騒いではしゃいで……同じものを見て「面白いね」と笑いあったキルアだった。

 

 ……あぁ、そっか、そうなんだ。

 同じ世界を見れてないかもしれないけど、実は見えているものが全然違うのかもしれないけど、俺には赤く見えて、キルアには青く見えてるものかもしれないけど……、それでも同じように感じて笑いあえることはできるんだ。

 

 そしてそれが、ソラには出来ないって諦める必要なんかないんだ。

 見るもの全て俺と一緒ってことは絶対に無理だけど、何か一つくらいは同じものを見て同じことを思えるかもしれないんだ。

 

 寂しく思う必要は、ないんだ。

 

「……ソラ。ありがとう」

 

 俺の寂しさを全部見抜いて、そしてそれを吹き飛ばしてくれた人はいつものように、名前みたいに綺麗な青空みたいな笑顔で「どういたしまして」と答えた。

 なんか、このいろんな意味で「おっきいなぁ」と思わせる所が、言えないけど本当にお父さんみたいだな。

 

 * * *

 

 その後しばらくして起きたクラピカに、ソラに言われたことを話してみたらクラピカは少しだけ目を細めて、懐かしむように言った。

 

「そうか。……私も同じようなことを、昔言われたよ」

 

 そう言われた時、今までわからなかったクラピカやキルアの気持ちがちょっとわかった。

 

 

 

 ……俺だけじゃないんだ。

 

 それがほんの少しだけ、不満だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(三日目)

 

「クラピカー、機嫌直しなよー」

 

 ソラに呆れたような声音で言われたので、つい苛立った声で「初めから怒ってなどいない!」と答えれば、ソラどころかゴンやレオリオにまで「どこが?」と返されてしまった。

 確かに、今の私では説得力がまるでない。そして実際、怒っていないなど嘘だ。

 

 しかし、言わせてもらいたいことはあるぞ。

 

「そもそも何故、お前の方は全く何も気にしてないんだ!?」

「えー、だって別にいつもの事だし、クラピカも慣れてるんじゃないの?」

「慣れると腹が立たなくなるとは違うだろ! 少なくとも今回は怒れ!

 性質の悪いナンパをされた挙句、性別を逆に思い込まれていたのは普通に腹が立つことだろうが!!」

 

 私の抗議に「何を今さら」という顔をしてソラが即答するので、さらに私が反論したらレオリオが先ほど話した私が不機嫌な理由を思い出したのか、噴き出して腹を抱えて笑い出した。

 

 笑うな! こっちはまさしくはらわたが煮えくり返る思いなんだ!

 

 性別が間違えられたことは、不愉快だがここまで引きずる程に腹が立つことではない。

 特に今のソラの格好は、飛行船内の店では選ぶ余地などなかった為シンプルなシャツとスラックス姿。しかも上は女物だとサイズがなかったらしく男物のYシャツだ。

 加えて私はクルタの民族衣装。私にとっては普通の服だが、ソラやレオリオ曰く刺繍が全体に入るこの衣装は傍から見ると女物のデザインに見えるらしいので、このような格好の組み合わせが二人でいたら性別を誤認するのは仕方がない。何度も言うが、もちろん不愉快だがな!

 

 しかし勘違いとはいえ、恋人がいるとわかっている女性にヘラヘラとナンパする輩というだけで他人事であっても気分が良くないのに、男の方が優男だからと舐めてかかり、金目当てと自分たちの力の誇示でサンドバッグにしようとソラを取り囲んだチンピラはもうあらゆる意味で許せん。

 そんな輩に色目を使われた私の気持ちがわかるか!?

 

 もちろん、私のような体験などしたことなさそうなレオリオが理解できる訳もなく爆笑し続けるので、私は自分が座っていたベッドの枕を彼の顔面に目がけて渾身の力で投げつけた。

 枕と言えど全力で投げつければそれなりの勢いになったのか、狙い通り顔面に当たるとレオリオは「ぼふぉ!!」とくぐもった悲鳴を上げて、「何しやがる!」と怒鳴りつける。

 どうも、枕そのもののダメージよりもそれがぶつかった勢いでのけぞった首が痛むらしい。自業自得だ、馬鹿者め。

 

 私とレオリオが睨み合うのを、ソラとゴンが間に入り宥める。

 

「レオリオ、今のは笑っちゃったレオリオが悪いよ」

「クラピカ。人に八つ当たりするな。もう元凶の馬鹿どもは私が去勢してやったんだから、許さなくてもいいけどいつまでも根に持つなよ」

「いや、去勢された時点であの馬鹿どもに関して大部分はもう許しているんだが……」

 

 私を宥めようと発言したソラの言葉に、思わず私はソラがやらかした「玉天崩」という処刑技を思い出して、椅子に座ったまま内股になった。

 よく見れば、ゴンとレオリオも一瞬内股になった。

 

 ……ソラ。君が私の代わりに、私よりも先に、性別が逆だと気付いて捨て台詞に私に「オカマヤロー!」と言い放った奴らに対してキレてくれたのは、実は結構嬉しい。そこは本当に嬉しく思っている。

 だが、あれはやりすぎだ。

 

 確かにあいつらは、子孫を残す価値のある輩には見えなかった。だから、1撃だけなら正直「よくやった」としか思わないし、実際に言ってしまうかもしれない。

 が、さすがに3撃はやりすぎだ。もはやあれは、物理的どころか精神的にも去勢している。

 

 しかもお前、反省点がやりすぎではなくて「飛行船内の廊下だったから、助走がつけれなくてトドメの3撃めがジャンピングキックじゃなくて普通のキックになっちゃった」って何だ?

 もうそれは本当に去勢じゃない。死ぬ。冗談抜きで、男としてという比喩でもなく、普通に生物的に死ぬからやめてやれ。

 

「……えーと、そういえばソラって髪伸ばしたりとかしないの?

 髪を伸ばすだけでも間違えられにくくなると思うんだけど、やっぱり邪魔?」

 

 男は全員何とも言えない微妙な空気になったのでゴンが苦笑しながら話を変えると、ソラは自分の白い毛先をつまみながら答える。

 

「あー、髪はなぁ……伸ばしてもいいと言うか伸ばした方がいいんだけど……」

「何だよ、伸ばした方がいいって?」

 

 ソラのよくわからない発言に、レオリオが突っ込み、ゴンも「どういう意味?」と言いたげに私の方を見た。

 ……ゴン、私は確かにお前たちよりソラのことをよく知っているつもりだが、何でも知ってる訳じゃない。むしろわからない方がはるかに多いし、わかりたくもなかったと思うことも多い。

 

「魔術師にとって髪って、魔術の依代だの触媒にしたりとかで結構重要な部位なんだよ。髪って魔力が宿りやすいんだよねー」

 レオリオの問いにソラはさらっと答え、その答えに「じゃあ何でお前、髪が短いんだよ? 伸ばせよ」とさらに突っ込む。魔術や魔法に関して胡散臭そうだったのが嘘のように、今ではごく普通に受け入れているな。

 まぁ、ヒソカとの試合を見れば、信じて当然か。

 

 そんなことを考えながら二人の会話をゴンと一緒に聞いていたが、次に発したソラのセリフで私の顔は鏡など見る必要もないくらいに、はっきりと強張った。

 

「いやぁ、うちのアホ親に10歳なる前だっつーのに嫁に出されそうになったことがあってね。それを断固拒否する一環で暴れ回って抵抗しまくった時にバッサリ切って以来、今更伸ばすのも何だかなーって感じなんだよ」

「「……は?」」

 

 * * *

 

 ゴンとレオリオが修羅場どころではない内容を、その前に話していた魔術師と髪の関係性の話並にサラッと語られた事に戸惑い、呆気に取られる。

 私の方は、そんな反応すら出来ず絶句した。

 

「……10歳になる前に……嫁?」

「……え? どういうこと? ソラの世界ってそれくらいの年で結婚が普通とか?」

「ないない。ド直球で犯罪だから。表向きは養子だけど、目当ては私が産むであろう子供だったから、実質は嫁だね」

 

 ゴンが何とかまだ好意的に解釈しようとしたが、やはり本人がさらりとそれを否定して更なる爆弾発言を投下する。

 その発言に、私の顔がさらに強張り無意識に拳を強く握る。

 レオリオもこの上なく不愉快そうな顔になり、「何じゃそりゃ!? お前の親は変態ヤローに娘を売ろうとしたのか!?」と怒鳴りつける。

 

 それでも、ソラの表情は変わらない。

 彼女は初めからずっと、何でもないことのように無表情というより無関心な顔でさらりと語る。

 

「いや、別に相手がロリコンだったとかじゃないよ。ただ単に私の魔術属性がすっげー珍しい属性で、そいつがその属性魔術を研究してる奴だったから、後継者にその魔術属性が欲しかっただけ」

 

 ソラの返答に、レオリオはもちろん私も怒りさえも矛先を見失う。

 ソラという人間の人格を尊重どころか踏みにじっているのは同じだが、私たちの想像と方向性が全く違った。まったく理解できない動機に、思わず頭の中が真っ白になる。

 

 しかし私たちが理解できないように、例え目の前に娘を売り渡そうとしたソラの両親、10歳に満たぬ子供を後継者製造の道具としか思わない男がいたとしても、私やレオリオの怒りをどれほど強く言葉を尽くして語っても、まったく理解されないであろうことだけは想像ついてしまった。

 魔術師という生き物はどこまでも魔術師だと思い知らされ、もはや怒るのが虚しくなった私とレオリオは、同時に溜息をつく。

 

「……それは、ソラが暴れていやがって当然だね」

 ゴンがどこまで意味を分かっているのかどうかは少し怪しいが、まだ少し衝撃的な話に茫然としながらしみじみと言った。

 

「むしろ……、暴れた程度でよく親や相手が諦めたな」

「もちろん、私が暴れたくらいじゃ諦める訳ないさ。むしろ、私がこれ以上しつこくその話を進めるなら魔術回路とかその他もろもろ、自分でぶっ壊すぞ! って脅しのつもりでまず髪をバッサリ切ったんだけど、本気だって悟らせちゃったせいで逆に魔術的にも物理的にも拘束されて、監禁された。

 姉がいなきゃ色んな意味で私は今、ここにいないだろうね」

 

 どこまでも自分たちの目的しか興味がなく、そのために手段を選ばない魔術師でもさすがにそこまで嫌がる実の娘に無理強いはさせなかったという良識があったのかと思い、私が口にしたらソラはまったく笑えない話を軽く笑いながら言い放ち、またしても私たちを絶句させる。

 いや、まだ姉がいる。ソラを嫉妬に狂った実父から守って死んだらしい姉は、その前からちゃんと良い姉だったのだろう。

 

「……姉が説得してくれたのか? 良いねーちゃんだな」

「いや、相手が家に来た時、縛られて監禁されてた私を連れてこようと両親が席をはずしてる最中に、姉が客来てるって知らずに客間に入っちゃって、そいつ、姉と私を間違えたんだよ。

 で、姉も私を嫁だの養子だのって話は聞いてなかったから、やけに馴れ馴れしくて自分を嫁扱いしてくるおっさんが普通にキモかったからガンドを連打して滅多打ちにしちゃってさー、私と違って優秀で正統派ガンド使いの姉のガンドをくらったそいつはめでたく重度の呪いにかかって高熱出して、その影響で不能になって話は流れましたとさ」

 

 ソラは昔話のような締めくくり方をして、両目を閉じて手を合わせた。

 

 ……ただの事故だった。姉の最期からして、妹が養子という名目の嫁に出される話を知っていたら知っていたで妹を守っていたかもしれないが、実際はただの事故だった。

 私としては姉に感謝の言葉を送りたいが、何とも言えない気持ちも同時に生まれた。

 

 そしてお前ら姉妹、何故どちらも相手の自業自得とはいえ男を去勢しにかかる!?

 

「……えーと……とりあえずソラが無事ならもう何でもいいや」

 コメントに実に困る話をゴンが強引だが上手くまとめてから、苦笑を申し訳なさそうな顔に変えて言葉を続けた。

 

「それと、ごめんねソラ。軽々しく、髪伸ばせばなんて言って」

「ん? それって謝ること?」

 

 ゴンからの謝罪を、本気でなぜ自分が謝られるのかと言いたげにソラは首を傾げ、そして訊かれたゴンが心底不思議そうな顔をして即答した。

「え? だってソラ、その所為で女の子っぽい格好とかが嫌になったんじゃないの?」

 

 言われて、ソラは藍色の眼を丸くさせてしばらく沈黙。

 そして何故か勢い良くこちらに顔を向けて、真顔で訊いた。

 

「そうなの!?」

「知るか!」

 

 思わずこちらも即答で返した。知るか! 何故私に訊く!? 自分のことだろうか!!

 

 ゴンはソラの反応に、「え? 違った? 俺、変なこと言った?」と狼狽え、レオリオは心底呆れている。

 ゴン、狼狽えなくていい。お前が正しい。先ほどの話を聞いて、そしてソラの普段の女性らしさからかけ離れた格好や言動を見たら、無理やり嫁に出されそうになったのがトラウマとなり、自分の性別そのものを忌避していると捉えるのは自然だ。

 

「あー……、うん。そうかも。思い返せばスカートが嫌いになったのはその時期からだわ。へー、そうだったんだ」

 しかし本人にとってその意見はずいぶん意外だったのか、天井を見上げながらソラは一人勝手に納得している。

 

「……無自覚だったのかよ」とレオリオは信じられないと言いたげな顔で呟くと、ソラはやはりしれっと「私みたいな扱いされる子供は、魔術師の家じゃ珍しくないからねー。こんなんを気にする程、自分が繊細だったとは思わなかったよ」と発言し、私の胸の内で誰にぶつけたらいいのかわからない苛立ちが募る。

 

 あぁ、そうか。

 お前は自分の傷に、後継者製造機として扱われて、親に売られそうになったという傷に気付けなかったのか。

 そんな扱いに、傷つく方がどうかしているという価値観の中で育ったのか。

 ……嫌がって暴れて拒否したことが既に、奇跡的なまでにお前にとっての「常識」から外れた異常行動だったのか。

 

 ヒソカに迫られて狼狽えたように、恥じる必要のない事柄を恥じたように、そこもお前が「魔術師」という異常者たちに捻じ曲げられて、傷つけられて、それを自覚させてもらえなかった部分なのか。

 

 * * *

 

「…………髪を伸ばしてみたらどうだ?」

 

 気が付くと、言葉にしていた。

 私の唐突な提案にソラはもちろん、またしてもソラから衝撃発言で絶句していたレオリオやゴンも目を丸くさせる。

 

 唐突なのはわかってる。脈絡がなく、そして私らしくないことを言っていることもわかってる。

 それでも、言いたかった。

 あの再会した日、飛行船で彼女は決して女性らしいことに何の興味を持っていない訳ではないことを知ったから。

 

 だから、その傷を自覚しないまま癒しも出来ずに避け続けたというのなら……、避ける必要などないという後押しをしてやりたかった。

 

「……ソラが嫌ならする必要はもちろんないが……、女性だと一目でわかるようになれば今日の私のように、嫌な思いをすることが増えるかもしれないが……、それでも、……君が嫌でなければ手始めに、髪を伸ばしてみたらどうだ?

 ……もう今はいない者がずいぶん前にしたことの所為で、本来ならば嫌ではないことをしたくない、出来ないというのは…………なんというか、もったいないだろう?」

 

 自分でもらしくないことを言っている自覚があるので、顔に熱が溜まり、ソラの方を見ていられずに顔をそむける。

 レオリオ! そのニヤニヤとした笑みはやめろ!

 ゴンも、やけに大人びた苦笑はやめてくれ! レオリオのにやけ面よりいたたまれなくなる!

 

 私がまたレオリオに何か投げつける手ごろなものはないかと目で探す合間にソラの様子を窺えば、ソラはきょとんとしながらまた自分の白い毛先をつまんで眺める。

 そして、私に訊いた。

 

「似合うかな?」

 

 ……似合うかどうかは、私にはわからない。

 3年前も色こそは違うが長さは今と同じくらいで、私は髪の長いソラなど想像が出来ない。

 そして彼女の傷を知ったからこそ、軽々しく「似合う」と言うのは無責任にしか思えず、私は正直に「わからん」と答えれば、レオリオとゴンが残念そうに溜息をついた。

 お前達、その反応は何だ!?

 

 二人を問い詰めるのは後にして、私はまず先にソラに対して言葉を続ける。

「わからん」と私が言った時、ソラは「そりゃそうだね」と言いながら笑った。

 その笑みがほんの少し、本当にわずかばかり寂しげに見えたのは、私の思い込みだったのかもしれない。

 

 けれど、そうではなかったかもしれない。

 そしてそうではなかった時、私は言わなかったことを悔やんでも悔やみきれないから、言った。

 本音を口にした。

 

「けど、私は見てみたい」

 

 あの飛行船で戸惑い、照れて、恥じらい、狼狽えながらもあまりに純粋無垢な夢を語るソラは、少女らしかった。

 少女にしか見えなかった。

 

 だから……、長い髪は似合うのではないかと思った。

 それを、見たいと思った。

 

「……そっか」

 

 私の答えにソラがどんな顔をしていたのかは、私が自分の羞恥に耐えきれなかったのと、「ゴン! クソ苦いコーヒー持ってきてくれ! 何だこの砂糖空間!!」と叫ぶレオリオに、もう遠慮なく木刀を投げることを決めて投擲の体勢になっていたので、わからない。

 

 ……見ていないが、こちらが恥ずかしくなるほど嬉しそうな声だけは聞こえた。

 

 

 

「じゃ、伸ばそっかな」




ゾルディック家編は多くて10話いかないくらいの、ほのぼの日常系の話になると思います。







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