死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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42:望むものは同じ

 飛行船で三日間過ごして到着したパドキアの空港から、さらに汽車を乗り継いでやって来たデントラ地区。

 汽車の中で樹海に囲まれた死火山が見えてきて、レオリオはやや顔を険しくして呟く。

 

「暗殺一家のアジトか……。実際に見るといやーな雰囲気だな」

「いやー、実際にマジで魔境だよ、あの家。なんせ私がツッコミに回るほどボケが飽和してる」

「そういう意味じゃねーよ!! っていうかマジかそれ!?」

 

 しかしソラが容赦なく、いつも通り空気をぶち壊す。

 ソラの歪みのなさにクラピカは慣れた調子で流れるように後頭部をどついて黙らせ、何事もなかったかのように「周囲の聞き込みから始めるか」と、今後の計画を立てる。

 レオリオも気を取り直して、宿を確保して作戦を立てることを提案する。

 

 が、ソラと同じく歪みないゴンが朗らかに「大丈夫だよ」と言い出す。

 その根拠は「友達に会いに来ただけなんだからさ」であることに、ソラと違ってふざけたところが全くない分、突っ込みづらいゴンに二人は脱力した。

 

 ソラの方も「いや、友達の家に遊びにいくにしても家族にアポは取れ」と、やや呆れたようにゴンに突っ込む。

 言ってることは非常に常識的だが、これから行く先が非常識の見本のような家の為、逆にひどくずれているように聞こえる発言である。

 もはやどこからどう突っ込めばいいのかわからなくなってきたクラピカとレオリオは、同時に溜息をついて突っ込むことを諦め、そのまま会話を続行することにした。

 

「……とりあえず、ククルーマウンテンまでは行ってみるか」

「そうだな。どう動くにしても下見はしておくか。おい、ソラ。ククルーマウンテンまではどう行ったらいいんだ? 車かなんか借りた方がいいのか?」

「この時間なら観光の定期バスに乗れるから、それに乗ったら一番楽」

『観光の定期バス!?』

 

 レオリオの問いに、座席のひじ掛けに頬杖をついて即答したソラの答えに、二人はもちろんさすがのゴンも声をあげる。

 どうも突っ込み不足のボケ飽和は、ククルーマウンテンのゾルディック家だけではなく、このデントラ地区全体に言えることらしい。

 まさしく、魔境である。

 

 * * *

 

 ククルーマウンテン手前、ゾルディック家執事の住まいである屋敷にて。

 

 プルルルルルとまた鳴った電話に、ゴトーはうんざりする。

 電話の相手はわかっている。掃除夫のゼブロか、キルアの友人を自称する少年。

 

 数分前に「キルア様に友達などおりません」と言って通話を切れば、即座に折り返して幼く愚かな反論をした、ゾルディックのことを何もわかっていない一般人との会話を思い出し、ゴトーはわずかに苛立った胸の内を深呼吸で鎮める。

 

「キルアの友人」という言葉に、思うことが何もないわけではない。

 カナリアが執事見習いとして屋敷に来た頃、彼女に「友達になって」とねだったキルアを今も鮮明に覚えている。

 カナリアに断られ、子供らしくない諦観の表情を浮かべたキルアを思い出せば、今も胸が痛む。彼がどれほど「友達」という存在を欲しているかなど、ずっと前からゴトーは知っている。

 

 流星街で生まれ、そこでゾルディック家の執事として拾われ、専門の学校にまで出させてもらって育ったゴトーには当然、真っ当な人間関係や一般常識というものが存在しない。彼も「友達いるの?」と問われれば、「おりません。必要ありません」と即答する。

 

 が、仕事と関係ない雑談をする相手がいない訳でもない。そしてその雑談を、楽しいと思わない訳でもない。

 そんな雑談を交わせる相手を、世間一般では「友達」と呼ぶことくらい知っている。例え互いが絶対に認めなくとも、主の命令ならばその相手を殺すことを躊躇しなくとも、それでも家族以外の人間にはタメ口さえも使われることのないキルアからしたら、望んでやまない「友人関係」なのだろう。

 

 使用人の自分でさえも持っているものを、どんなに望んでも得られないキルアに対して痛むほどの罪悪感はある。

 だからこそ、ゾルディック家というあまりに特殊な環境を何も考慮せず、軽々しく「友達」を名乗ってやってきた少年が、ゴンが何よりも忌々しくて気に入らない。

 

 ゴトーからしたら、何らかの打算や下心があって「友達」だと名乗っている方がマシである。それならば、排除すればいいだけだ。キルアは深く傷つくだろうが、同時に諦めるきっかけになる。

 手に入らぬものを延々と望み続けるよりは、そちらの方がマシだとゴトーは思った。

 

 だが、おそらくゴンは本気で純粋にキルアの「友達」だと名乗っている。

 その友情が混じりけのない本物だとしても、その「本物」を守り抜けるだけの力がなければ、ゾルディック家に仇なそうとするものに利用されるにすぎない。

 

 “念”も知らない子供ならば、イルミのような正統派操作系能力者から身を守るすべはない。

 その友情が本物であればあるほど、ゾルディック家を仇なそうとする者に狙われて、付け込まれ、結果としてキルアを一番傷つけかねないという可能性に、言わなくては気付けない、言っても納得しない平和ボケがゴトーからしたら、殺意が募るほどに気に入らない。

 キルアの「友達」を名乗るのならばせめて、あれくらいの可能性など言われるまでもなく考慮して、「そんなことは起こらない」と言えるだけの実力を持ってから出直して来いと怒鳴りつけたい気持ちを押さえて、ゴトーは電話の受話器を取る。

 

 また、幼く愚かで自分の事しか考えていない身勝手な反論を聞かされるのか、それともそのゴン達がやらかしたことについてのゼブロからの報告か。

 ゴトーはそのどちらかだと信じて疑わなかった。

 

「はい。こちらゾルディック家執事し《おいこら、ゴトー》……」

 

 なので思わず、2秒ほど固まった。

 固まりつつ、そういえば試験を一緒に受けたという報告を聞いていたのに、どうして「彼女」がいないと思い込んでいたのだろうと自分の考えの至らなさに呆れながら、何とか平常心を取り繕って彼は言った。

 

「……お久しぶりでございます。ソラ様」

 

 電話の相手は「あーはいはい、お久しぶり」と極めてテキトーにゴトーの挨拶を受け流す。

 このテキトーさ加減はゴトーの知るいつも通りなソラの反応だが、決して彼女がいつも通りでないことなど、電話越しだというのに肌がピリピリと痛むほどの怒気でわかる。

 

 そもそも、ソラはいつも使用人であるゴトーを「ゴトーさん」と敬称をつけて呼んでいたし、言葉使いもかなり乱暴で雑だが、敬語の体裁はとっていた。非常識が服を着て歩いている印象を持つ女だが、実は何の理由もなく年上を呼び捨てで呼ぶほどの常識知らずではないことを、ゴトーは地味に知っている。

 なのでいきなり自分の言葉をぶった切って呼び捨てにされた時点で、彼女にとって自分はそういう扱いをしてもいい人間に格下げされたことを悟っていたが、その理由はゴトーには見当がつかなかった。

 

「ソラ様。大変申し訳ありませんが、何に対して怒っていらっしゃるのかをお教え願えませんでしょうか?」

 なのでゴトーは、火に油を注ぐとはわかっていながらも、率直に訊いた。

 何に怒っているかを相手に直接尋ねるのは、余計に相手を苛立たせて怒らせるとわかってはいたが、彼女の性格上、謝り方を間違えた場合の方が怖い。今の現状が火に油なら、謝り方を間違えた場合はダイナマイトにガソリンであることをゴトーは知っている。

 

《ははは……どうかなさいました? どうなさったと思ってんのかな―、この朴念仁が。

 ゴトー。あんたさ、自分で何言ったかわかってる?》

 

 予想通り、ソラの声がさらに刺々しくなったが、それでもゴトーにはソラの怒りの理由が理解できず首を傾げる。

 ゴンを言葉通り門前払いしたことは、考慮しなかった。

 ソラならばゾルディック家のことを良く知っている、たとえ本物であってもそれこそ試しの門も開けられぬ者が敷地内に入ることはもちろん、キルアと関わることが許されないことくらい、彼女は理解していると信じて疑わなかった。

 

 あの日、カルトの為に「君に何の価値がある?」と訊いて、そしてカルトをフォロー出来なかった自分たちをカルト本人よりも先に、カルト自身よりも激しく怒った人だからこそ、そんな信頼をしていた。

 だから本心から、相手に見えないのは理解しつつも電話の前で腰を45度に折って頭を下げて謝罪しながらゴトーは言う。

 

「……申し訳ありませんが、心当たりはありません。よろしければ、ご教授をお願いいたします」

 ゴトーとしては自分に出来る限界の誠意を込めたのだが、当然電話の向こうの相手には伝わらず、爆発した。

 

《本気でわかってないのか、あんたはーっっ!!

『キルア様に友達などおりません』ってなんだアホーッ!! それじゃキルアの方に問題があって友達が作る機会があっても出来ないみたいだろうが!! 言い方考えろ朴念仁!! まだ『友達は必要ありません』の方が、マシじゃねぇか!!

 あんたは前のカルトの件で何も学んでないんか!?》

 

 耳が痛くなるほど怒涛の勢いでわめきたてられた発言は、ゴトーからしたら予想外にもほどがあることだったが、同時にあまりにソラらしい怒りどころだと、耳の痛みに耐えながら思う。

 

《一応聞くけど、そこにキルアはいないよね!? まさかキルアの前で言い放ったんじゃないだろうな! そうだとしたら今すぐダッシュで淑女のフォークリフト決めに行くぞ!!》

「いえ、キルア様は戻ってこられてからずっと本邸の方にいらしております」

 ソラならば本気で、今から試しの門を蹴り飛ばして開けてダッシュでやって来て、その意味不明な名前の技を掛けに来かねなかったので、ゴトーは何とかソラの言葉のわずかな間に自分の発言をねじ込んだ。

 

 が、もちろんそんな答え程度でこの女のマシンガントークは終わらない。

 

《なら良かった! いや、良くないけど!

 本人目の前にいないからって、どんな言い方でもいいと思うな! っていうか、直接聞いた言葉なら話の前後の流れとかその場の空気とかで、冗談で言ったんだとか悪い意味ではないって分かる場合があるし、すぐに言い方が悪かったって謝れるからまだマシなくらいだ!

 又聞きだと伝言ゲームになって内容歪んだり、タイムラグが出るから盛大な誤解が生じても、それに気付けないまま修復不可能なくらいに相手が傷つく可能性があるんだから、本当に言い方に気を付けろ!!》

 

 カルトの件で知ったつもりだったが、ソラは本当に「言葉」を大事にしていることを思い知らされた。

 そして彼女は、キルアだけではなくゴトーのことも案じているからこそ、こんな電話をしている事も理解する。

 

 どこまでも、執事である自分達よりも主であるキルアやカルトのことを思いやることで、彼らの信頼を得ているソラに対して妬ましいと思う気持ちはないことはない。

 それでもその妬みが反感にならないのは、彼女はゴトー達使用人の忠誠心を、愛情を理解してくれているからだろう。

 彼女はゴトー達の主が傷つくことだけではなく、ゴトー達の忠誠心が裏目に出てしまうことを案じてくれている。

 

 だからこそ、ゴトーは再び意味はないと理解しつつも電話の前で頭を下げて何度も謝る。

「おっしゃる通りです。申し訳ありません。私の認識不足でした」

《だーかーらー! そういう謝罪は私にしても仕方ないだろ! あんたが言ったことで一番傷つくのはキルアだってこと本当にわかってる!?

 ゴトーさん、キルアに会ったらもうまず最初に謝れ! キルアに絶対に謝れよ! キルアが聞いた聞いてないなんか関係なく謝れ!!》

 

 しかしやはり、ゴトーの誠意はソラにはあまり伝わっていない。いや、呼び方が再び敬称付きに戻ったので少しは伝わっているのかもしれないが、どちらにしろ割と理不尽な命令を電話口で叫ばれた。

 理不尽であるが、彼女の怒っているポイントからしてそれはゴトーにもチャンスを与えていることを彼は理解している。

 

 彼女の言う通り、直接ではなく伝言ゲームのようにゴトーの「キルア様に友達などおりません」という言葉が伝わっていた場合、キルアに聞かれて、もしくはキルアにその発言が伝わっていると知ってから謝罪しても、それは間違いなく信用されない。弁解はただその場限りの言い訳にしか思われず、キルアはゴトーに不信感を抱くはず。

 出会い頭に真摯に謝った方が、酷いことを言ったのは事実でも、それがどれほど酷かったのかを理解して反省しているのが見て取れるので、弁解もまだ素直に信じてくれる可能性が高い。

 

「お心遣い、感謝します」

《そんなもんいらないから、本当マジキルアに謝れ!!》

 

 また電話に向かって頭を下げて礼を述べるが、ソラからしたらあの発言はかなりの地雷だったらしく、結局ゴトーは許されないまま電話は非常に乱暴に叩き切られた。

 向こうの電話を壊しそうな勢いで受話器を叩きつけたらしく、こちらの耳がまたその音でキンと痛むが、電話が鳴っていた時に比べると不快感はないに等しい。

 

 が、代わりに一抹の寂しさが芽生える。

 

 近いうちに、キルアがこの屋敷を離れることをゴトーは確信する。

 他の連中だけならまだしも、ソラがいるのならばもうそれは変えられない。どうしようもなく決定された未来なのだろう。

 

 あれだけキルアのことで自分のこと以上に怒った彼女ならば、キルアが「外に出たい」と言えば間違いなく、例え使用人やイルミ、シルバやゼノを敵に回したとしても必ずこの屋敷から、ククルーマウンテンから、ゾルディック家から連れ出すことが容易く想像がつく。

 

 そしておそらくは、シルバもゼノも彼女を敵に回してまでキルアをここに閉じ込めはしない。

 キキョウはキルアが出て行くのを反対するだろうが、ソラが保護者として付き添うのならば最終的に折れるだろう。

 イルミも父と祖父の決定ならば、反対しない。ソラを殺しにかかるのは、また別の話だが。

 

 もちろん、決して彼らがキルアが出て行くことを賛成しているわけではない。

 けれど、反対は出来ない。

 他の連中ならば、殺してでもキルアに近寄らせない、関わらせないという強硬手段を取ることさえ考えたが、ソラ相手ではとてもそんな気は起きない。

 

 それは、ただ単に勝ち目がないからという部分はほとんど関係ない。

 

 自分達と彼女達が望む、「キルアの幸せ」は分かり合えない。

 だけど、ソラは純粋にキルアの幸福を望み、願い、祈っていることを知っているから。

 そしてソラも、執事達やキルアの家族が自分達とは違う形だけど間違いなく、純粋に彼の幸福を望んでいることを理解しているから。

 

 だから、反対は出来ない。

 目指す場所は同じで、その手段を彼女は決して否定しないことは、先ほどの電話で「キルア様に友達などおりません」という発言以外は全く、何一つ責めなかったことでわかっているから。

 

 * * *

 

「そんなもんいらないから、本当マジキルアに謝れ!!」

 

 怒涛の勢いで電話の向こう、先ほどゴンをキレさせた執事に怒っていたソラが、最後にそれだけ叫んで受話器を叩きつけ、通話を切る。

 

 ゴンが執事からの電話でキレて、何とか3人とゼブロの説得で落ち着いたかと思えば、ソラが何気なくゴンに電話の内容を訊いて、ゴンが憤慨しながら答えた結果がこれだ。

 話を聞いた瞬間、ソラは無表情になったかと思ったらいきなり電話をかけだして、そして始まった正当なのか理不尽なのかよくわからないマシンガントーク説教に、ゴン達3人とゼブロは盛大に引いていたが、電話が終わって真っ先に現状を理解したのはゴンだった。

 

「ソラ! ありがとう!!」

 

 キルアに会わせて欲しいとごく普通にお願いをしたら、まさしく慇懃無礼な門前払いに腹を立てて、門をよじ登って乗り越えて突破しようとした自分の怒りを代弁してくれた、とゴンは思っていた。

 が、実際は少し違うことを理解したのは3秒後。

 

「は?」

 

 ソラに礼を言って駆け寄ろうとしたゴンだが、ソラが振り返った瞬間、ゴンはリモコンで一時停止でも押されたかのように、ぴたりとその場で止まった。

 あれだけ電話で怒鳴り散らしたというのに、ソラの怒りは一向に晴れていないのが、一目でわかる顔だった。

 しかも心なしか、怒りの矛先が今度は自分に向かっているような気がしてゴンは、強張った笑みで「……ソラ?」と声を掛ける。

 

「……ゴン」

 ソラの方もゴンの名を呼び、つかつかと彼に歩み寄る。

 その呼び方といい、表情といい、纏う空気といい、どう考えても不穏なものしか感じられなかったゴンは思わず後ずさりするが、狭い守衛室の壁に阻まれて、逃げるどころか逆に追い詰められる。

 

 そして、ゴンの目の前にソラが立ち、もう一度彼の名を呼んだ。

「ゴン」

 彼女は、ゴンに向かって微笑んだ。花のように美しいが目は全く笑っていない、最終試験でハンゾーに向かって、今思うと恥ずかしさでのたうち回りたいレベルのわがままを言い放った時と同じ笑顔であると気付いた時には、反射でゴンは自分の頭を庇った。

 しかし、遅かった。

 

「ゴトーさんの言ってる事、第一声以外はド正論だろーがっ!!」

 

 ガゴン! と素晴らしく痛そうな拳骨が落とされ、ゴンは強制的にその場に座り込まされる。

 そしてそのまま、ソラはゴンの前で仁王立ちして説教開始。

 

「バカか、君は! 第一声があれだったから頭に血が昇るのはわかるけど、だからと言って壁乗り越えて不法侵入は、ゴトーさんの言い分をそのまま肯定してるようなもんだろうが!

 

 実際に友達だろうが何だろうが、本人に確認が取れてなきゃ家の人にとって君は、『不審な子供』でしかないし、暗殺一家だとかそういうの関係なく他人を家に入れたくない、入れられない事情のある家なんか普通に存在するわ!

 そういう家に『来るな』と言われて無視して入って来る奴なんて、真っ先に『あの子と遊んじゃいけません』って子供に言い聞かせる対象になるっつーの!!」

 

 あまりにもゾルディック家が、前提からして世間の常識からかけ離れた存在であった為、おそらくソラ以外の全員が見落としていた常識を語られ、クラピカとレオリオ、そしてゼブロは「あ……」とやや気まずげな声を上げる。

 しかし怒られている当の本人は、島民全員が親戚同然、家の鍵など夜寝る前にしか掛けない、用があったら普通に家人が出かけていても、家の中に入って待っているような、いい意味でも悪い意味でも田舎の見本のような島で生まれ育ったのもあって、その辺の常識にいまいち納得がいかなかったのか、ソラにぶん殴られた頭を押さえて涙目になりながら反論する。

 

「! だってそれはキルアを電話にも出してくれないからじゃん!!」

「それもゴトーさんが言ってただろうが!! 声なんかいくらでも偽造できるし、本物そっくりの偽物を用意することも難しいが可能、君本人を脅すなり騙すなりして利用している可能性があるって!!」

 

 だがゴンの反論は、被せ気味にさらに反論し返されて叩き潰された。

 ゴンからしたら、本物そっくりの偽物を用意までは、悔しいがまだ納得できる。

 しかし、自分が脅されたり騙されて利用されるという点が、自分を知らない執事に言われるならまだしも、ソラにまで言われたことがどうしても納得いかず、珍しいというかおそらく初めて、ソラに対して反抗的な目で睨み返す。

 

 その視線で彼が何を不満に思っているのかを察したのか、ソラは一度溜息をついてから少し声のトーンを落として、ゴンに尋ねる。

 

「君はもしもここに来る前に、『ゾルディック家の元使用人で、キルアと親しくしていたら友達はいらないからと言われて、解雇された者です。どうかキルアにこれを渡してください』と言われて、お菓子の箱でも渡されたらどうする?」

「あ。………………ソラ、ごめんなさい」

 

 その例えを出されてようやく、自分は脅されてもキルアの敵に回るようなことは絶対にない自信はあるが、そういう嘘は信じてしまう可能性が高いことに気付く。

 それどころかゴンは、何が入っているかわからないお菓子の箱だけではなく、その人本人をキルアに会わせてあげようと全力を尽くす自分が容易く想像ついた。

 

 頑固だが根がとてつもなく素直なので、ゴンはソラの例えに「そんなのに騙されないもん!」とバレバレの嘘をついて意地を張ることもなく、すんなりと謝って自主的にその場で正座し、しょぼんと目を伏せて大人しく説教を聞く体勢に入った。

 

 そんなゴンを見下ろして、もう一度ソラは深々とため息をつく。

 

「ゴン、言ったよな? 試験後の講習でイルミに抗議してる時に、君の希望を相手に押し付けんなって。

 この家の敷地面積見ただけでわかるだろうけど、キルアは暗殺一家でなくても、金持ちの御曹司なんだよ。仮にこの家が暗殺じゃなくて、医療とかそういう真っ当かつ善行で財を成したとしても、世の中には金持ちってだけで逆恨みしてくる奴は腐る程いる。

 だからゴトーさんの警戒は真っ当だし、イルミの『友達はいらない』だって、極論だけど言い聞かせたくなる気持ちはわかるくらい、敵が多いんだよ。

 キルアを特別視したくないからって、事実を無視するな。特別なところはちゃんと特別だと理解して対応しないと、それこそ後味悪い結果を招く」

「……はい」

 

 さすがにもう怒鳴ることはしないが、淡々と正論で責められ、元々もう反論する気は完全に失っていたが、さらに反論する余地がないこと、どれほど自分が間違っていたかという事実を突きつけられて、余計にゴンはしょんぼりと体を小さくしながら返事する。

 その様子を見て、展開についてゆけず茫然としていたレオリオとゼブロが同情したのか、「おい、もうその辺で……」「ソラ様、ゴン君も反省しているようですし……」と仲裁しようとするが、クラピカが「やめておけ」と止める。

 

「ああなったら、全部言い切るまで止まらない。むしろこちらに飛び火する」

 やけに遠い目でそう語ったクラピカに、ゼブロは若干戸惑うが、レオリオの方は「こいつも似たような経験済みか」と察する。

 実際、3年前の人間不信と世間知らずをこじらせていた頃、似たような常識はずれをやらかしてソラのマジギレを2,3回程度だが買ってしまったクラピカは、今になっては懐かしいのか、今でも恥ずかしい黒歴史なのかよくわからない過去の出来事を思い出しながら、やはり遠い目のまま少しだけ笑った。

 

「それに中断させた方が、ゴンがただ叱られただけで可哀相だな」

 

 * * *

 

「……ゴン」

 

 仁王立ちで見下ろしながら、ゴンのお説教を続けていたソラが急にその場に座り込み、ゴンと視線の高さを合わせる。

 自分の馬鹿さ加減を散々、淡々と指摘され続け、だいぶ精神的に凹んで頭を上げられなくなっていたゴンだが、ソラの行動に気付き恐る恐る目線だけ上げると、急にソラの手が伸びてきて自分の頭を掴み、顔を上げさせた。

 そしてまだ眉間にしわを寄せた顔が、そのまま近づく。

 

「頭突きされる!」と思って、とっさにゴンは目を閉じたが、確かに頭突きと言えば頭突きだが、ゴンが想定したダメージはなかった。

 熱でも測るように、コツンとソラは自分の額を、ゴンの額に当てる。そしてそのまま動かない。

 

 状況が理解できず、ゴンが目を開けると当然だが、ソラのやけに整った顔がすぐそばにある。

 夜空のように、闇というには少し明るい光を灯す眼が、逃れようのない至近距離で自分を見ていた。

 

「ゴン、わかっただろう? あの子がどれだけ愛されているか。大切にされているか。

 それは、キルア自身が望む方向での愛じゃないのは確かだ。だからあの子自身が拒絶したり、非難する権利はあるが、他人の私たちにはない。明らかにあの子に対する愛情の皮を被った自己満足ならともかく、ゴトーさんの言ったことは自分がキルアに嫌われるのはもちろん、あの子の敵は自分の命を犠牲にしても排除する覚悟をした上での言葉だ」

 

 頭を固定され、すぐ傍にあるのでもうゴンは逃げられない。目を逸らせない

 突き付けられた真実。幼く愚かな自分が、何も考えず感情のままに非難した相手の、キルアを守ろうとした人が抱いていた、自分以上の覚悟が突き付けられる。

 

 目を逸らすことが出来ず、突き付けられたその事実に、ソラに叱られても諭されても、それでもどこか納得しきれなかった反感が、完全に消えうせ、今度は申し訳なさでいっぱいになる。

 罪悪感で泣きそうな顔になったゴンを、ミッドナイトブルーの瞳は変わらず映す。ゴンがどんな顔をしても、その眼はやはり夜空のように深く静かで、感情の揺らぎは見せない。

 

「ゴン、残念ながらたぶんあの人たちと君は、分かり合えない。

 あの人たちも君も、キルアが好きで、キルアが大切で、キルアが幸せになって欲しいと思っているのは同じ。だけど、君は少しくらいのリスクを背負ってでも、キルアがしたいことをして幸せになって欲しいと願っている。そして向こうは、リスクが最小の自分たちが守る安全圏で幸せになって欲しいと願ってる。

『家族』と『友達』の視点の違いだ。これはキルア本人でなくちゃ、どっちが正しいかなんて決めれないし、キルアでさえも一方を間違えてると言う資格はない。どちらをキルアが望んだかというだけで、間違いなんかないんだ」

 

 叱られる前ならば、「自分たちが守る安全圏で幸せになって欲しい」という、ゾルディック側の願いに反感を抱いただろうが、今はもうそんなことは思えない。

 その愛情は、ゴンにも覚えがあった。

 

 試験前、ミトが「沼の主を吊り上げたら」と条件を出したのは、ハンター試験を穏便に諦めさせようとした方便であったことくらい、ゴンは知っている。

 そして、ゴンがハンターになることを反対していたのは、実の父であるジンに対する反感と、ジンのように自分を置いて帰ってこないことを恐れるミトのワガママも、大いにあったことくらい気付いてる。

 

 けれど、一番大きく彼女の心に占めていたのは、ゴン自身が危ない目に合わないか、怪我をしないか、最悪の事態が起こらないかという心配だったことだって、ちゃんと全部わかっている。

 反対して、そのことをどれほどゴンに恨まれて憎まれても嫌われてもいいと覚悟して、危ないことをしないで欲しいと願っていたことを、ゴンは知っている。

 

 だからこそゴンは、大真面目にミトの方便だった条件を実行して、クリアしたのだ。

 彼女の性格や教えからして、実行してしまえば折れるだろうという打算もあったが、それはミトのワガママと同じくらいの割合。

 

「ミトさんが無理だと思ってたことも、俺は出来るようになったよ。だから、俺は絶対に大丈夫だよ」と伝えたかった。ミトを安心させたかった。

 それが、ミトの愛情を正しく理解して嬉しく思いながらも、その愛情に応えられなかったゴンに出来る、精一杯の誠意だった。

 

 そんな痛いくらいに大切な記憶を思い出してしまい、ゴンがさらに泣きそうになると同時に、夜空色の瞳が少しだけ細くなる。

 ソラは相変わらずゴンの頭を固定して、目を逸らせない至近距離で笑った。

 

 いつもの青空のような笑顔で、彼女は泣く寸前のような顔のゴンに伝える。

 

「君とゾルディック家は分かり合えない。でも、絶望する必要はない。

 言っただろう? 君と彼らが望んでいるものは、方法こそは大きく違うけど、根本は一緒なんだ。キルアが幸せになってくれないのなら、どっちの方法でも意味が無いんだ」

「あ……」

 

 ソラの目に映る自分の顔が、情けない泣き出しそうな顔から、呆けた顔に変化する。

 それがさらに、ソラの笑みを深める。

 

「君の意見が、100%通ることはまずないだろう。けれど本当に願い、望むものが一緒ならば、譲歩できるところも、妥協できる部分もあるかもしれない。

 完全に分かり合うことは出来なくても、互いに気持ちよく付き合えるくらいにはなるかもしれない。家族や友達であっても、『完全に分かり合える』は不可能に等しいのだから、そんな付き合いが出来たら十分上出来だ。

 

 でも、いきなり一方的で向こうの都合や事情を考えていないわがままを言った奴と、そんな付き合いがしたいと思えるか? 譲歩や妥協をしてくれると思うか? 無理だろう。

 ……なら、どうすればいいかわかるだろう?」

 

 そう言って、ソラは頭も手も放す。もう固定されていなくても、ゴンはソラの眼から逃げようと俯いたりはしない。

 彼は真っすぐに見つめ返して、答えた。

 

「……うん。俺、まず初めに電話の執事さんに謝るよ。何もわかってなくて、無茶苦茶を言った挙句、勝手にキレてごめんなさいってまず最初に言う。キルアの家に行って、見つけられなかったら見つかるまで探して、絶対に謝るよ。

 

 謝って、それから俺、言ってやる! キルアがキルアや家のことで恨みを持つ奴に襲われたら、絶対に守るって! 俺よりキルアの方が強いだろうけど、絶対に強くなる! キルアはいらないって言うかもしれないけど、それでも俺だってキルアにもしものことがあったら絶対に嫌だから、キルアが外に出たい、俺と一緒にいたいって言ってくれるんなら、ちゃんと責任を取って、キルアの家族や執事さん達が心配しなくていいように守るって約束するよ!!」

 

 自分がとてつもなく酷いことを、同じ願いを抱く人に言ってしまったという自己嫌悪は、まだある。けれど、ソラの言葉でもう自己嫌悪ばかり見るのはやめようと思えた。

 ミトにしたように、自分の誠意を伝えるチャンスがあると教えられたからには、ちゃんと顔を上げて、その方法を真っ直ぐに貫き通す。

 ゴンは、そういう子供だ。

 

 ゴンの迷いのない答えに、ソラは「それだとまるで、キルアをお嫁にもらうみたいだよ」と言いながら笑い、そしてゴンの硬い髪を優しく撫でた。

 

「じゃ、まずはその約束が口だけじゃない証明をしよっか」

 

 そう言い出して、またソラの言っている意味がよくわからず、ぽかんと口を開くゴンをしり目に、ソラはゼブロの方に向き直り、頼む。

「ゼブロさん、この3人とついでに私も、あの山小屋にしばらく住まわせてくれない?」

 

 ゴンにお説教して非を認めさせるだけではなく、ゾルディック家の者とこれ以上、余計な衝突をさせないように納得させて、そして落ち込ませるのではなくちゃんとフォローして、前向きに目標を定めさせたソラに対して、感心したように呆けていたゼブロが、その頼みごとに一瞬戸惑ったが、すぐ納得したようににやりと笑う。

 

「なるほど……。私はかまいませんし、シークアントも文句はないでしょう」

 ソラの提案とゼブロの了承が理解できず、3人が「どういうことだ?」と尋ねれば、ソラとゼブロから「試しの門から入りさえすれば、ミケは攻撃してこない」、「試しの門は何人がかりでも開ければいいし、開けた本人以外が入っても大丈夫」、「ゼブロたち掃除夫は、門を開けれなくなったらクビなので、彼らが住まう山小屋は筋力が衰えないトレーニングの場でもある」という説明を受ける。

 

「もちろん、私が試しの門を開けて、ゴン君たちはそのまま山に向かっても構いませんが……」

「それじゃダメだ!」

 

 ゼブロの提案を途中で遮って、ゴンは却下する。

 つい先ほど、自分のワガママを押し通そうとした贖罪の為、そして向こうに「キルアを任せてもいい」と思ってもらえるための覚悟を見せたいと決めたゴンからしたら、もう試しの門を自力で開ける以外の選択肢はない。

 クラピカとレオリオも、ゴンのある意味現金な言動にやや苦笑しながら、「試されるのは不本意だが、それしかないのならやるしかない」と腹を決める。

 

「よーし、決定したなら早速出発!」

 

 言って早速、ソラは守衛室を出て試しの門まで走っていく。

「待て、ソラ! ゼブロさんを置いてくな! どうやって開ける気だ!?」

「え?」

 

 子供のように、真っ先に駆け出したソラをクラピカが叱責すると、何故かゼブロから不思議そうな声が上がる。

 その声に、クラピカだけではなくゴンやレオリオも不思議そうな顔をして、彼を見る。

 しかし約2秒後、ゼブロが何故そんな声を上げたのか、理解する。

 

「何してんのー、早く入りなよー」

 

 片手で片方の扉……1の扉とはいえ2トンを閉まらないように押さえながら、既に敷地内に入ったソラがひょっこり門から顔を出して言った。

 

「……あれ? 何で皆そんなに遠いの?」

 

 もちろん、念能力もその系統も知らない3人は、思わず10mほど引いた。


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