カチカチとクリックを繰り返し、いつも通りパソコンにかじりつきながら電脳ネットで新作ゲームやアニメの情報を眺めるが全く頭に入らず、ミルキはパーティーサイズポテチ袋に丸々した手を突っ込んで、ポテチをわし掴んで口の中に放り込む。
濃い塩っ気をかみ砕いて嚥下しながら、自分に言い聞かす。
(だ、大丈夫。大丈夫だ。あいつはふざけてムカつく奴だけど、基本的に全然怒らねーし。あまりにいくら煽っても怒らないから、俺がキレるのがいつものことじゃねーか。
そうだ、自分のことでそこまでキレない奴が、何でたかがカルトにやったケーキぐらいで……)
しょっぱいものを食べていたら甘いものが食べたくなったので、トイレに行ったついでに珍しくミルキは執事に命令して持ってこさせるのではなく、近くだったこともあり自分で厨房に寄って「何かないか?」と尋ねた。
もちろん、ゾルディック家厨房がミルキの為の菓子類を切らすことなどあり得ないのだが、言われて用意された菓子類はどうも本日のミルキが食べたい気分の菓子類ではなく、イライラし始めた時に見つけてしまった。
カルトがソラからもらって、「キルアにもあげて」と言われたお土産のパウンドケーキを、今となっては不運なことに見つけてしまい、しかもちょうど今ミルキが食べたい気分の菓子にぴったりだったので、執事たちの「それはカルト様の……」という言葉を無視して勝手に開封して、残っている分を全部食べた。
これくらい、ミルキにとってはいつものことだった。
キルアのものだったら、あの生意気なすぐ下の弟は仕返しに自分のコレクションを壊しにかかって来るので諦めたかもしれないが、カルトは食べ物に関しての執着は今までほとんどなかった為、もはや「カルトの」と言われた瞬間、ミルキは勝手に「自分が食べていいもの」と脳内変換して食べた。
挙句の果てに部屋に戻る途中の廊下でカルトに悪びれもせず、「あんな安っぽい菓子、どこで手に入れたんだ?」と他意なく素で疑問に思って訊いたくらいである。
その後の出来事を思い出して、ミルキは頭を抱えて「あー、面倒くせぇ」と思った。この男、未だに反省はゼロである。
長兄ほどではないが兄弟の中で感情表現が乏しい方な弟が、あんなにポカンとした顔から一気に血の気が引き真っ青な顔になって厨房に走って行くのを、ミルキは初めて見て思わず戸惑った。
そしてあまりに意外な末っ子の反応にミルキもポッカーンとしばし廊下で固まってから、「まぁ、いいか」と思って部屋へと歩き始めたと同時にカルトは戻ってきて、「バカバカバカ! ミルキ兄さんの大バカーッ!!」と叫んで厨房から持って来た包丁を投げつけられた時は、さすがに悲鳴を上げつつも見た目よりはるか俊敏に避けた。
その後はまさしく阿鼻叫喚の兄弟ケンカが勃発。
気が短くてイルミと違って良くも悪くも弟に対しての愛情が薄いミルキは、いくら包丁を振り回しているとは言え非能力者である弟に対して、“纏”状態でカルトを突き飛ばして廊下の端まで吹っ飛ばした。
自分の攻撃でもしかしたら軽く精孔が開いたかも……と一瞬不安になったが、どうせいつか修行をさせるのだから別にいいかと勝手に結論を出して、廊下の端で泣きながら呻く弟を無視して彼は部屋に戻るために背を向けた時、カルトの嗚咽まじりの言葉でようやく自分が何をしでかしたのをミルキは知った。
「……にい……さんの……ばかぁ~……。ひっく……ソラのケーキ返せ~……」
「ソラ」という聞き覚えがありすぎる人名が出てきて、思わずミルキの足が止まった。
興味がないから忘れていたことを色々と思い出す。そういえばキルアを連れ出そうとする侵入者と一緒に彼女も来ていること。
この弟は去年の12月に仕事を一緒にしてから、何故か彼女に懐いているということ。
そして……執事から、父親から聞いた情報を思い出してミルキはケーキを食べられたと知った時のカルトと同じくらい青くさせてそのまま部屋に戻って鍵をかけて、現実逃避をし続ける。
そう、現実逃避。いくら自分に言い聞かせても、それはただの時間の空費。
ミルキが知る「ソラ」という少し年上のメル友というべきかオタ友と言うべきかよくわからない関係の女は、彼女自身が気に入っている作品をいくらミルキが口汚くバカにしても怒らない。怒っているように見える返答は、だいたいその後に突っ込み待ちのボケを持ってくるための布石でしかない。
なのでミルキは期待する。カルトがソラに泣きついても、「じゃあまた作るよ」と軽く言って終わらせることを。
……その期待が叶わない可能性を執事と父親から知らされているにも拘らず、その情報から目をそらす。
彼女は自分のことでは奇妙なくらい怒らないし気にしないが、何故か他の人間のこととなるとわざとでなくても、自分のことのように怒って叱責して、きちんと何が悪かったのかを理解して反省するまで許さないという情報から、逃げ続ける。
自分が第一主義なミルキからしたら理解できない思考回路だったので、信じられなかったのは無理もない。
が、もちろん彼は思い知らされた。
「カルトのケーキを勝手に食べて謝らなかった挙句に、泣きじゃくるカルトに暴力振るったDVデブ自己中豚マンジュウはどこだー!!」
「ギャーッッッ!!」
要塞レベルな自室の扉を一撃で蹴り開けられて、ミルキの悲鳴がゾルディック本邸に響き渡る。
が、家族はもちろん執事も誰も来なかった。
どうやら、ミルキがしたことはすでに屋敷中に知れ渡っていたらしい。
* * *
「悪いクソデブニートはどこだぁぁぁぁぁ!!」
「むしろお前がどこの妖怪だー!!」
ソラがゼブロたちの山小屋から持って来た重さ100キロの鉈を手にして素振りをしながら、いつもより明度の高い青い目で低く言うと同時に、ミルキは半泣きで叫び返す。
実際、山の麓からダッシュでやってきた所為でソラの白髪はボサボサ、持っている物も持っている物なので妖怪にしか見えない。つーか、端的に言ってナマハゲである。
そんなナマハゲ状態のソラは、持っている鉈をバットのように振り回しながら、ジリジリとミルキに近づいてくる。
部屋が広いので今のところ被害はドアだけだが、今にもその振り回す鉈がミルキのコレクションであるフィギア等を破壊しないかを、ミルキは自分がその鉈で頭をかち割られることよりも恐れて顔面を蒼白にさせて相手の様子を窺う。
「誰が妖怪だ、誰が。むしろ私は妖怪ハンターだ。今も、末っ子のお菓子を食い尽くして泣かせても反省しない、妖怪クソデブニート糖尿予備軍を退治しに来たんだよ」
「俺はニートじゃねぇよ!! ちゃんと働いてるわ!! っていうか、何で執事が誰も来ねーんだよ!?」
「ニートしか否定しない辺りは感心だな。それ以外は自覚あんのか。
っていうか、来るわけねーだろ? お前、自分自身のことより自分のしたことの自覚をしろよ。何にも悪くない末っ子が楽しみにしてたお菓子を食い尽くして謝りもしないで、廊下の端まで吹っ飛ばしたお前の処遇なんか、執事からも『一度痛い目に合わせてください』って満場一致で決まったわ。
キキョウさんでさえも私が『キルアにも食べさせてあげたかった』って言ったら、『死なない程度に』って許可くれたぞ」
「ちょっ!? マジで!? ママもお前が持ってるもの見て、それ言ったのか!?」
まさかの四面楚歌状態にようやく気付き、ミルキがソラの持つ鉈を指さして言えば、ソラは鉈の背で自分の掌をポンポンと叩きながら答える。
「安心しろ。刃の部分は使う気ねーよ。こっちの背の部分でぶん殴るだけだ。もちろん“周”をしてな!」
「死ぬわ! いっそ刃の部分とお前の眼を使って一思いに殺せよ!!」
「よっしゃ、言質取ったぞ!!」
狙ったのか偶然か不明だが、見事にミルキは墓穴を掘ってソラは宣言通り鉈にオーラを纏って振りかぶった。
「ふざけんなぁぁぁぁっっっ!!」と絶叫しつつ、いくら仕事も家から出ずに遠隔操作の爆弾等でこなす究極のインドアタイプとはいえ、ゾルディック家次男。
即座にオーラを練り上げて全身に纏い、出せる限界まで全力でオーラを発する。
いくら強化系の“周”とはいえ、ここまで全力で“堅”を行えばざっくり切断は有り得ないのだが、ソラの眼は物質の強度やオーラの総量など関係なく貫き、切り裂き、死に至らしめることはすでに知っている為、「頼むからマジで『眼』は使うな!!」と祈りながら頭部をガードする。
「……ソラァ~」
「! カルト!!」
ミルキの悪運は尽きていなかった。
ソラが切りかかったタイミングでベソベソとまだ泣きながらカルトが、ドアを壊されたミルキの部屋へとやってきて彼女を呼んだことで、ソラの関心がミルキからカルトに移り、ソラは自分が振りかぶった鉈をものすごい勢いで上に放り投げて、そのままカルトに駆け寄った。
ミルキの部屋の天井には、深々と100キロの鉈が突き刺さってめり込んで落ちてこないといういらないオブジェが生み出され、部屋の主は自分と自分のコレクションが傷つかなかったことにとりあえずホッとして座り込んだ。投げつけた本人はというと、もうそんなものの存在も忘れたかのように、ぐずるカルトを抱きしめて慰める。
「ソラァ~……兄さんが、ミルキ兄さんが……、執事たちに言っておいたのに……、キルア兄さんに食べさせるのは明日にしなさいって言われたから、明日の楽しみにしてたのに……なのに、なのに~~」
「うんうん、大丈夫だよカルト。カルトは何にも悪くないから。悪いのは暗殺者だっていうのに忍耐を知らないあの自堕落デブだから。
大丈夫だよ、カルト。ケーキはまた作ってあげるし、私が今からあの糖尿病予備軍が拒食症になるぐらいのトラウマを刻んでやるから、君はその間に好きなだけそこらのコレクションで鬱憤を晴らしなさい」
「おいこらちょっと待てー!」
「うん!」
「カルトーッ! いい返事すんなー!!」
二人がかりでとんでもない仕返しを計画立てられてミルキが座り込んだまま突っ込めば、普段はほとんど口答えをしないカルトがキッとミルキを睨み付けて怒鳴り返す。
「うるさい、ミルキ兄さんなんか大っ嫌いだ!! 兄さんも大事にしてるのを壊されて、少しは僕の気持ちがわかればいいんだ!!」
「俺のコレクションを食ったらなくなるケーキと一緒にすんじゃねーよ! 食いたかったらもう一度そいつに頼めばいいだろうが! マジで俺のコレクションを壊すどころか指一本触れたらただで済まさねーからな!!」
末っ子の売り言葉に大人げなくオーラを湧き立たせてマジギレするミルキ。
ミルキのオーラにカルトが怯えると、ソラがカルトを庇うように抱きしめて頭を撫でながら彼に言う。
「あーもう、本当に大人げが欠片もねーデブだな。でも、カルト。コレクションで鬱憤を晴らせとは言ったけど、壊すのはダメだ。物に罪はないし、そこまでやるとカルトも『やりすぎ』って叱られちゃうからやめておきなさい」
「お前、人の部屋のドアをぶっ壊しといてどの口で言ってんだ!?」
「ドア、ごめん!! はい、これでいいだろ!」
まさかのカルトに余計なことを吹き込んだ本人が、壊すことを反対してくれたのはいいが思いっきり行動と矛盾する発言に思わず突っ込めば、ソラがヤケクソ気味に謝って自分の行動を無理やりリセットした。
そのやり取りにカルトは一瞬笑ってから、泣きはらした目を丸くさせて「じゃあ、どうすればいいの?」と小首を傾げれば、ソラは実にいい笑顔で答える。
「要は、壊さなきゃいいんだ。ポスターにラップでも丁寧に貼ってから、その上にマジックとかで落書きをしなさい。見た時、心臓が止まりそうなくらいショックを受けるけど、実質被害なしだからなんか余計にムカつく」
「お前は鬼か!?」
ミルキほどではないとはいえ割とオタク趣味があるソラだからこそ、オタクにとって的確な嫌がらせを指示してきて思わず本音でミルキは絶叫する。
そしてカルトは眼を尊敬で輝かせ、何度も頷いた。実行する気満々だ。
「あと、本棚の本のカバーをバラバラに差し替えて並びもバラバラにするとか、ゲームのソフトやCD、DVDの中身もこれまた別のケースにバラバラに差し替えるのもいいな。元に戻すのがクソ面倒くさくてムカつくって、実際にやってみて教授にめっちゃ怒られたから効果は絶大なのを保証する」
「お前何してんの!? その教授に土下座で謝れ!!」
さらにこの上なく地味なのに本当に面倒くさい嫌がらせを助言するソラに、思わず実際にされたらしい顔も名前も知らない「教授」に同情してミルキが突っ込む。
しかし、ソラはその突っ込みに真顔で言い返した。
「もうフラットと500回くらいしたわ!」
「誰だよ!? っていうか桁が一つ違わねーかそれ!?」
「さすがに5000回もしねーよ!!」
「何で増やした!?」
もはや完全にソラのペースに巻き込まれ、ミルキは息絶え絶えに突っ込みを入れまくり、カルトも少しミルキへの怒りを忘れたのか腹を抱えて蹲って笑っている。
しかし笑かしにかかっているソラ本人は別にいつものようにウケ狙いで言っているわけではないらしく、まだプリプリ怒りながら袖をまくってミルキと向き合う。
「つー訳でミルキ、二次試験で得た豚の丸焼きを応用して強制ダイエットしてやるから表出ろ!
カルトはその間に顔が付け替えられるタイプのフィギアの顔を全部取って、ミルキのベッド一面に等間隔で並べておはようからお休みまで美少女が全身見守るベッドを作ってやれ!」
「誰が出るかあぁぁぁ!! って言うかそのベッドはマジでやめろ!! トラウマになりそうなぐらいに普通にキモい!!」
「あれ? 鉈どこ行った?」
「話聞けぇぇぇっっ!! お前がブン投げて嫌な天井のオブジェになっとるわ!! って言うかカルト! マジでトラウマ級のベッドを作る気か! そのフィギアに触んじゃねぇぇっっ!!」
ミルキのしでかしたことはすでに屋敷中に知れ渡っているので、ミルキがいくら絶叫しても家族も執事も助けに来ない。
さすがにミルキの横暴さと意地汚さに関しては全員が「少しは反省しろ」と思っているのか、おそらくソラが本当に肉をそぐという完全に拷問の域であるハードダイエットを実行しても、文句は出なかっただろう。
だから、彼がやってきたのはただ単に自分の都合。
明日のスケジュールで早朝には起きなくてはならなかったから早めに寝ようとしていたのに、これだけ広い屋敷中に響くレベルで騒がれたら普通にキレる。
……相手が、誰よりも何よりも気に入らない、殺してやりたい相手ならなおのこと。
* * *
「あー、めり込んでて取れないなこれ。仕方ない。ミルキ、タワシでいいな?」
「何がだ!? 何がタワシでいいんだ!? 俺の肉を削るのにまさかそれを使う気か!?」
「ソラ! 僕が執事に持ってこさせるよ!」
「カルトォォォッ! あとでマジで覚えてろよてめぇ!!」
ソラのさらに酷くなったハードダイエットにカルトは喜々として協力を示し、ミルキの絶叫を無視していったん部屋から出ようとした時……。
「あ」
「え? うおぉう!?」
「ぎゃーっっ!!」
カルトの声に反応して振り返った瞬間、ソラが身をひねって避けた所為で、ミルキのパソコンのディスプレイに深々と釘のように長くて太い針が5本ほど突き刺さった。
そしてそれを音も殺気もなくブン投げた張本人は、弟の悲痛な悲鳴を無視して不機嫌そうに言い放つ。
「うるさい」
長兄、イルミの登場でやたらと騒がしかった部屋が静まり返る。
キルアほど厳しくないとはいえミルキもカルトもイルミに同じ教育を施されている為、この家での兄弟カースト最上位はイルミで揺るがない。
なのでミルキは自分のディスプレイをぶっ壊されても文句が言えず、カルトは顔を最終試験時のキルアのように顔面蒼白に冷や汗を流しながら、その場に直立不動で固まった。
それほど表情も感情も動かないはずのイルミが、あからさまに不機嫌そうだという事態が恐ろしくて仕方がなかった。
しかしその不機嫌の最大の原因にとって、この表情と反応はいつものこと。
天敵が現れたことに一瞬「げっ!」という顔はしたがそれだけで、何故かスペシウム光線でも出しそうな構えを取って、イルミと向き合って文句をつけた。
「いきなり何すんだ、この能面野郎! お前はマジでキルアとの取引をちゃんと守る気ある!?」
「お前が死ななきゃ俺が何やっても守ってることになるだろ」
「なんだその絶対に雨が降る雨乞いの理屈を逆手に取ったような言い分は!?」
ソラの文句は、まさかの即答かつものすごい屁理屈で返された。
ちなみに、「絶対に雨が降る雨乞いの理屈」とは「雨が降るまで雨乞いの踊りを踊り続ける」というもの。つまりは「死ぬまで殺しにかかる」という宣言同然にさすがのソラも顔色が悪くなるかと思えばそれもいつものことなので、一回突っ込んだら後は気にせずそのままスルーして文句をつけた。
「っていうか、何しに来た!? 私を殺しにかかるのなら、この百貫デブの肉をもみじおろしダイエットさせた後にしろ! 全力で逃げるから!!」
「逃げんな。さっさとしろ」
「イル兄!?」
前半のセリフはともかく、弟のダイエット(物理)を止めない発言にミルキが悲痛な声を上げると、イルミは初めて実弟達に視線をやって口を開く。
「っていうか、そもそもミルキもカルトも何やってんの?」
『知らんで言ったの!?』
小首を傾げて言い放ったセリフに、弟二人どころかさすがのソラも突っ込んだ。どうやら、現在屋敷内で例外的にミルキが何をやらかしてソラがナマハゲ化したかを、イルミは知らなかったらしい。
そして、知らないままダイエット(物理)に関しては反対しなかったようだ。
兄の塩対応にさすがのミルキもショックを受けたらしく半泣きになり、ソラも反応に戸惑った。
そして未だに自分の何が悪かったのか全く分かっていないイルミは、カルトの方に視線をやって「何があった?」と尋ねる。
訊かれたカルトは、正直に話せばもうソラと連絡を取ることを許してもらえないのはわかっていたが、答えないカルトにもう一度イルミが「カルト」と先ほどよりも苛立ちを露わに呼びかけたら、キルアと同じように真っ白な顔色になってたどたどしく答えてしまう。
「ミ、ミルキ……兄さんが……、その……ソラが……僕とキルア兄さんにって……くれたケーキを…………全部……一人で……食べたから…………」
「だから私がこの豚を拒食症にしてやりに来たんだよ!」
怯えるカルトが語る経緯を聞けば聞くほどイルミの眉間の皺が深くなり、カルトがソラに泣きついたあたりを話せば彼が弟に何をしでかすかがわからないことを察したのか、ソラが途中で割り込んで怒鳴る。
ソラに怒鳴られた事で怒りの矛先はカルトからソラに向かい、イルミは忌々しげに吐き捨てた。
「他人の弟をたぶらかすな」
「ミルキはたぶらかしてねーよ! つーか、こんな食い意地だけのニート寸前デブなんかいらんわ!!」
「うん。そっちに関しては、むしろたぶらかしてたら尊敬する」
「ちょっ! イル兄!?」
イルミの八つ当たりじみた言葉にソラはいつものように明後日の返答をかますが、まさかのイルミの返答も明後日の方向で流れ弾が二つミルキに突き刺さり、抗議の声を上げる。
ソラもこの返答はまたしても予想外たっだので、思わず「イルミ、お前何でミルキにはそんな塩対応なの? ミルキは可愛くないの?」と尋ねた。
するとイルミはやはり不機嫌そうだが、同時に普通に不思議そうに尋ね返す。
「可愛いと思えるのか?」
「いや、全然」
「おい! 悪かったな!!」
イルミの質問返しにソラも即答で否定した挙句に、イルミはその返答に「なら安心した」と言わんばかりに頷くという兄の反応にショックを受けつつも、イルミに文句をつけれる訳もないのでミルキはソラの方に文句をつけた。
が、ソラはミルキの方を見て顔こそは少しだけ申し訳なさそうだが、訊いてもいないことを勝手に語る。
「いや、ごめんなミルキ。お前のことはメールとかネット上の付き合いなら普通にまあそこそこ好きな方だけど、人としては可愛いどころか全然いいところないわ。
私、外見で人を判断するのは間違ってると思うけど、お前レベルのデブは本当にマジで無理。これは無理。相撲取りタイプの太り方なら全然OKだけど、お前みたいな脂肪だけでここまでのデブは自己管理が出来なくて自分に甘くて他人に頼ることしかしない、ダメ人間の典型だと思ってるから例えガチ血縁でも可愛いとはマジで思えないわー。ちょっとマジでお前だけは、イルミよりも婿候補はないわー」
「うるせぇ! 俺もお前が嫁なんて御免だ!! イル兄もなんか言ってやってくれよ!!」
「痩せろ」
「俺にじゃねぇよ!?」
怒涛の勢いで「ないわー」と言われてムカついたのか、そもそもこんなこと言われる元凶の兄に話を振れば、イルミも弟の仕事はちゃんとこなすとはいえこの暗殺者としてはあり得ない見苦しい体格に言いたいことがあったらしく、その言いたいことを端的に言い放った。
ちなみに、カルトはまた腹を抱えて蹲っている。いつの間にかイルミに対する緊張が解けて、普通にこのコントじみたやり取りに笑っているようだ。
その緊張が解けた理由、イルミの不機嫌さがわずかだが確かに薄れていることにカルトは気付いていない。
気付いているミルキは、呑気に笑っているカルトを睨み付けて心の中で絶叫する。
(ああああっっ! 頼むからイル兄も馬鹿ソラも俺をこんな殺伐としてくそ面倒くせぇ三次元のラブコメに巻き込むんじゃねぇよ!! 俺とは関係ない所で勝手にやってくれよ!
っていうか、イル兄もソラが俺に興味ねぇ、自分の方がマシって言われて機嫌直すくらいなら、訳わかんねぇツンデレ発揮してねーで、もうストレートにデレろ! その女は好意には好意で返すから、絶対にデレたら一気にチョロイン化するタイプなんだよ!!)
ミルキはソラを異性として見ていないのは、初対面時に性別を誤認していたからが第一だが、それ以上に大きな理由としてはこれ。
ものすごく気まずいから気付きたくなどなかったのに、気付いてしまったからである。
何がどうあってこの、家族でさえもイルミの表情筋が仕事するのは年に数回見れたら良い方なぐらいに人間味のない兄が、理屈に通らないことなど大っ嫌いで合理主義の見本のような兄が、こんなよりにもよってな女に対してそうなったのかはさすがにわからないが、現実に対しての恋愛経験値はゼロでもゲームで鍛え上げた眼力が、気付きたくなかったのに気づかせてしまった。
そしてやはり恋愛ゲーム脳が、考えたくないのに二人の攻略方法を無意識に考えてしまい、見ていて気まずいわ、兄に対してもソラに対しても色々と突っ込みたいという衝動に駆られ、地味に精神ダメージを負ってるところに、ミルキから見たらわかりやすすぎる反応に全く気付いていない鈍感娘が相変わらず余計なことを言い出す。
「つーかイルミ、お前ミルキには弟離れ出来てるんならキルアやカルトにもしてやれよ。ブラコンじゃなくてショタコンかお前は」
ソラの発言、特に最後の言葉でせっかく少しは回復した機嫌がまた急降下して、殺気がミルキの部屋に充満してカルトは蹲ったまま怯えて、ミルキは内心「余計なこと言うなーっっ!!」と半泣きで叫ぶ。
「他人の家の事に口出しすんな、部外者」
「部外者だからこそ、明らかおかしい歪んでるところがわかるんですよーだ。自分にとって都合の悪い所を聞き入れないって、本当にガキだな。お前が兄弟の中で一番精神的にガキじゃん」
「黙れ、未通」
「ぽっ!?」
いつまたイルミが針を投げつけてもおかしくない程殺気立ってもソラは平然と言い返していたのに、イルミのその一言でハトのような声が上がり、ミルキやカルトはもちろん、言い放ったイルミ本人も思わず殺気が薄れて眼を丸くした。
自分を見ている3人以上に眼を見開いて真っ赤な顔でワナワナと震えながら、ソラはもう一度「ポ…………」と謎の声を発してから呟いた。
「な、何で知って……って、あの変態クラウンか!」
答えを聞く前に犯人を自分で当てて、いつか絶対に殺すリストにヒソカをもう何度目かわからないが脳内で記入していたところで、傍らで蹲ったままのカルトがソラを見上げて尋ねた。
「……ソラ。『未通』って何?」
「カルトは知らなくていい! お願いだから、せめてあと2年くらいは知らないままでいて!!
つーか、イルミィィッッ!! お前、よりにもよってまだ10歳にもなってない弟の前で何言ってんだ!!」
しゃがみこんでカルトの肩を掴んで、懇願してからソラは赤面したままイルミを怒鳴りつける。
職業柄、子供にしてはヤバい単語とその意味を知っていることは以前の仕事でわかっていたが、これに関しては幸いながらカルトには意味が通じていなかった。
イルミが少しは気を遣ったのか「処女」や「生娘」よりはマイナーでわかりにくい単語を使ったおかげだが、しかしこの単語だと意味を知れば他の言葉よりも直接的であるのと、純粋無垢な目で尋ねられるというソラにとっては十分すぎる羞恥プレイをかまされて、もう完全にソラは涙目だ。
そして、ミルキの方はもちろん意味がわかっているのでものすごくげんなりとした顔になる。ゲームやアニメキャラなら大歓迎だが、顔見知りの女のそんな情報は知りたくなかった。
何より、ソラのその反応を見てわずか、ほんのほんのわずかだがそれでも確かに兄の口角が上がる所なんて見たくなかった。
その嬉しそうに機嫌良さそうに口角が上がった理由は、何を言っても揺るがないこの女が初めて狼狽えて自分が優位に立ったからだと、ミルキは自分に言い聞かせた。
少なくともミルキの言い聞かせた「理由」は決して0%ではない証明に、イルミは立て板に水のごとくソラに向かってさらに言い放つ。
「はっ! 人のことをガキだの何だの言っておいて、その歳で未通な挙句にその反応。お前こそがガキだろ。いや、本物のガキならカルトと同じように意味は分からないか。ったく、たかだか未通の一言で何を連想したんだか?
未通のくせに意味はしっかり理解できてる耳年増の方が、普通に弟達に対しての教育に悪いからキルアやカルトに関わるな」
「さ……最低最低最低最っ低っっっ!! 連呼するお前の方が教育に悪いわバカーっ!!」
形勢逆転と言わんばかりにイルミが連呼してソラを責めたてて、きょとんとしているカルトが前後の文脈で意味を理解しないようにソラはしっかりとカルトの耳を押さえて、子供のようにイルミに言い返す。
それをミルキはもう完全に死んだ目で眺めていた。
もはやソラもイルミも完全に小学生みたいなやり取りになってきて、「マジで頼むからお前ら、ラブコメは俺の見えないところでやってくれ」とミルキは思う。
しかし、ミルキの願いは叶わない。
「未通」を連呼されたソラは、マジ泣き寸前な顔になってイルミに言い返す。
「お前本当に最っ低っっ! そんなんだからお前はヒソカしか友達がいないんだよ!
この変態針野郎! 大っ嫌い!! お前なんかハリセンボン飲んで爆発しろ!!」
ソラの本当に小学生みたいな罵倒で、イルミがピキッ! と音がしそうな勢いで固まったのをミルキは見てしまった。
子供同然な調子の乗り方をした兄は、よりにもよってな相手によりにもよってな奴と類友認定された挙句にトドメの一言をもらうという、この上なく自業自得なトリプルコンボ自爆をくらった瞬間を見てしまった。
カルトもイルミが急に石化したことには気付いたが、ソラがしっかり耳を塞いでいたので何が何だかわかっておらず、石化させた張本人はそのことに全く気付かずまだ「最低」を連呼する。
「……ねぇ、ソラ?」
「イ……イル……兄?」
カルトは訳も分からないまま、ミルキは訳など何も知らずにいたかったと思いながら、それぞれ呼びかける。
その呼びかけがきっかけで、ソラはイルミからのセクハラ嫌味が止んでいることに気付くと同時に、イルミの石化も解除された。
「うぎゃう!?」
「!?」
「ぎゃーっっ!! 俺のフィギアがぁぁぁぁぁっっ!!」
そして、石化が解除された直後にイルミがソラのすぐ傍らにカルトがいることすら考慮せずに針を投げつけて、ソラがカルトを抱えて飛びのき、ミルキは大絶叫。
「ちょっ! お前カルトいるの見えてる!?」
「うるさい黙れ死ね殺す消えろ!!」
もちろん、ミルキのソウルシャウトはソラにもイルミにも無視されて、ソラはカルトを何とか自分から離してイルミの攻撃から逃げながら尋ねるが、なんだか今までで一番殺気立ったイルミはソラに対していつもの要求をしながら針をがむしゃらに投げつけまくり、ミルキのコレクションは犠牲となった。
嵐のように、ソラを殺しにかかるイルミはカルトに謝りながらも全力で逃げ出したソラを追ってミルキの部屋どころか屋敷から出ていって、残されたカルトはコレクションが悲惨なことになって放心状態の兄を見て、さすがに同情しながら呟いた。
「……イルミ兄さんとソラって、実は仲良いんじゃないかな?」
コントじみたやり取りを見て思った感想は、意外と真理をついていた。
* * *
ちなみに、ソラとイルミのククルーマウンテン鬼ごっこは明け方まで続き、イルミは徹夜で仕事に向かう羽目になり、ソラはソラで帰ってこないソラを心配して一睡もできなかったクラピカに正座で3時間くらいぶっ続けで説教されるという、どちらも災難な目にあった。