死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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48:また会える

 ククルーマウンテンから下山……というかそもそもほとんど登っていないが……、とにかく近隣の町まで降りてきた辺りでソラは言った。

 

「何で君たち、さっきからずっと機嫌が悪いの?」

 

 不思議そうにソラがクラピカとキルアに尋ねれば、尋ねられた二人はソラを睨み付けて「悪くない!!」と言い張り、ゴンとレオリオは心底疲れて困ったような溜息をつく。

 そんな反応をされても、本人はいまいちよくわかっていないのか、首を傾げつつさらに尋ねる。

 

「怒鳴る時点でだいぶ悪いよね?

 キルアはまだわかるんだけど、クラピカはマジで何をそんなに怒ってるの? キルアも気にしないでよ。額にキスなんて挨拶みたいなもんだよ」

『どうしてお前はそこまでわかってて何もわかってないんだ!?』

 

 ソラの疑問兼キルアに対してのフォローのつもりのセリフに、思わずキルアとクラピカだけではなくほぼ無関係のレオリオまでツッコミを決めた。

 ゴンもゴンで「違う……そうだけどそうじゃないんだよ、ソラ……」と呟きながら、頭を抱えてしまった。

 

 3人から見事な突っ込みユニゾンを決められて、さすがにソラも狼狽するが、「え? 違うの? 合ってんの?」とやはりキルアとクラピカが不機嫌な理由をわかっていない。

 もうレオリオからしたら、自分の精神的な糖尿病予防のため懇切丁寧に教えてやりたいぐらいだったが、当の二人にとって自分たちが不機嫌だった理由は、わからないのも腹が立つが、絶対に気付かれたくないものなので、さりげなく話をすり替える。

 

「というか、お前の貞操観念は本当にどうなってるんだ!?」

「キスが挨拶って何だよ!? お前は痴女なのか違うのかはっきりしろ!!」

「誰が痴女だ!? 私が5年近く留学しっぱなしだった国じゃ頬にキスが親愛の挨拶だったから、慣れただけだ!」

 

 二人の思惑通り、話の方向がややズレてソラはキルアに向かって「痴女」のくだりを弁解する。

 話を逸らすのが主目的とはいえ、ソラの本質はものすごく奥手であることを目の当たりにしていたクラピカとキルアからしたら、額にキスは彼女の本質と矛盾していると疑問に思っていたのも事実なのか、説明されて納得したのか少しだけクールダウンした。

 

 ただし、キルアの方は「あー、そうかよ」と機嫌も若干また下降し、代わりにクラピカは「……なるほど。まぁ、国によって様々な文化はあるからな」と少しだけ機嫌が直る。

 ここまでわかりやすい反応を見せる二人に、ゴンは苦笑、レオリオは呆れる。呆れかえりつつもレオリオはソラの話を聞いて、「そんな挨拶ある国なのかよ。俺、そこに住みてぇな」と、冗談なのか本気なのかよくわからないことを言い出した。

 どちらにせよ雑談のつもりのセリフであり、ソラも雑談のつもりで返答する。

 

「レオリオ、言っとくけどマジで親しい相手に対する挨拶だから同性でも容赦なくされるし、むしろ同性からの方が多いくらいだから期待すんな。

 あと、親密度や相手の性格によるけど実は、ガチのキスは実際にはあんまりしない。だいたい、こんな感じのエアキスだ」

 

 説明しながらソラは、一番近くにいたのとおそらくは身長が近いのでやりやすかったという理由で、クラピカの肩を掴み、向かい合わせになるように引き寄せ、自分とクラピカの頬をくっつけて彼の耳元で「チュッ」というリップ音を鳴らし、エアキスを実践して見せた。

 

 もちろん、クラピカは赤面して固まった。

 

「お前もはやわざとやってね!?」

「何が!?」

 

 レオリオがもっともな突っ込みを決めるが、やっぱり珍しいタイプの天然悪女には通じない。

 そして一度クールダウンしたはずのキルアが、「つか、エアキスなら慣れる要素ねーだろ!!」と再びヒートアップしてキレる。

 しかしキルアにキレられてもソラは動じず、むしろややうんざりと遠い目をして答えた。

 

「いや、一般人なら家族とか恋人じゃない限り、エアキスが普通なんだけど、時計塔は魔術師の最高学府で、魔術を学ぶならそこが一番ってところだから、あそこの連中は基本的に個人主義で閉鎖的、他人に興味がないから、そもそもそういう文化あるなし関係なく、他人との接触を嫌ってほとんどしないんだよ」

 

 じゃあ、なおさらどこで何で慣れたんだよ? と、唇が触れそうなくらい近くでリップ音を聞いた耳を押さえて固まっているクラピカ以外の全員が思うが、その疑問を口にする前にソラがさらに遠い目になって説明を続ける。

 

「……だからこそ、例外的にそういうのをする人は、社交的どころか非常識な変人ってレベルで逆ベクトルに特化してる奴だから、エアキスじゃなくてガチキスしてくんだよ。

 フラットがそのタイプで、挨拶どころかテンション上がると頬や額にしてきたから慣れた。それから、ルヴィアさんはそういうタイプではないけど、私を妹みたいに可愛がってくれたから、あの人もたまにガチキスして来たな。……うん、ルヴィアさんはたまにだし、同性ってのもあってさほど嫌ではなかったけど、フラットは今思い返しても割とウザかったな」

 

 そこまで説明されて、ようやく全員が納得した。

 

「……ほう」

「……へぇ」

 

 しかし、キルアとフリーズが解凍されたクラピカがやたらと怖い目で相槌を打ち、ソラをまた困惑させる。この女、自分の発言でルヴィアはともかく、フラットが完全に二人の敵と認定されたことをわかっていない。

 幸いながらやって来たソラでさえ帰れないのだから、この二人が世界線を越えられる訳もないので、いくら敵認定されてもフラットには何の支障はなく、わかっていなくとも問題はない。

 

 ……ただし、偶然かもしれないが同時刻、いつも通り教授から説教されていたフラットが、背筋にひどい悪寒を感じていた。

 

 * * *

 

「そ、そういえばさ、こんなことがあったんだけど……」

 

 友人二人が別の意味合いでまた機嫌が悪くなったので、ゴンが慌てて話を変えて、空気を入れ替えを試みる。

 キルアがソラに対して拗ねて八つ当たりしていた時、ゴトーと会話して、最後のコイントスで間違いなく左手でコインをキャッチしたはずなのに、コインがあったのは右手だったことを話せば、キルアもクラピカも思惑通り答えてくれた。

 

「ああ、俺もそれ、だまされたよ。タネあかしされると、ハラたつくらいカンタンだぜ」

「おそらくこういうことだろう? ゴン」

 

 クラピカはゴンの説明だけで既にタネがわかったらしく、硬貨を取り出して実践して見せる。

 ゴトーと同じように、はっきりとゴンの動体視力なら左手がコインを掴みとるのが見えた。むしろ今度は、イカサマをしているというのがわかった上で見ているので、ゴトーの時より自信を持って確信していた。

 そしてやはりゴトーと同じようにクラピカは「どっちだ?」と尋ね、戸惑いつつも「……左手でしょ?」とゴンは答える。

 

「!?」

 

 しかし、やはりコインはこれまたゴトーと同じく、クラピカの右手にあった。

 

「なんで!? ねーどうして!?」

「要するに、ゴトーはコインを2枚持ってたのさ。

 一枚を右手にかくし持ち、もう一枚のコインを上げて相手にわかるように左手で取る」

 

 ゴトーのゲームで、最後の3人がかりに見せかけた4人がかりのコイントスさえもクリアしただけあって、動体視力に自信があったゴンはその自信をさっそく粉砕されて、やや涙目で種明かしをねだり、クラピカは苦笑しながらもう一回、説明しながら実践する。

 

「この時少し、コツがいる。『どっちだ?』と訊く隙に、拳を相手の目よりやや高い所にあげて、こぶしを握った状態でさりげなく、コインをそでの中に落とす」

「ああ~~~あ!」

 

 そこまで言われて、ゴンは手を打って納得する。

 キルアの言う通り、技術は多少必要だが、それもさほど難しくないシンプルなイカサマに、「う~ハラたつ~~」とゴンは実に子供らしく憤り、年長組3人はその様子を微笑ましく眺める。

 

「まぁ、そのトリックを使ったのは最後だけ、それこそ忠告のつもりで見せただけだと思うよ。ゴトーさんは生真面目で、イカサマとか嫌いな人だから」

 

 笑って見ていたソラが、あまりにも悔しそうなゴンにフォローの言葉をかけてやると、キルアも「そうそう」と同意してから、何故かゴンの顔をやや呆れたように凝視してから言った。

 

「お前、本当にガンコだな~」

「え? 何さ、いきなり」

 

 ゴンからしたら唐突なセリフだったが、キルアからしたら「観光ビザで入国して滞在している」と知った時からずっと言いたかったことらしく、ゴンの鼻先に指を突き付けて、どれだけ意味のない意地を張ってるのかを指摘する。

 

「ハンター試験に合格したんだろ!? ならハンター証を使えば、観光ビザなんてなくても、ずっと外国滞在できるんだぜ!!」

「俺達もそう言った」

 

 レオリオにも言われ、クラピカやソラも「よくやるよ」と言いたげな目で見られていることに、自分のわがままに巻き込んだ自覚があるので居心地の悪さを感じるが、しかしこの程度で退かないからこそゴンである。

 

「う~、だって決めたんだもん。やること全部やってから使うって」

 巻き込んだ3人に申し訳ないと思いつつ、自分の意地は譲らないと宣言するゴンに、キルアは諦めたような溜息を一度ついてから「なんだよ、やることって」と一応、友人の意地の理由を尋ねる。

 

「えーとね、まずはお世話になった人達にあいさつに行って……、なんとかカイトと連絡とって落とし物を返したいし……、そして一番肝心なのは……

 かくかくしかじかで渡されたこのプレートを、ヒソカに顔面パンチのおまけ付きで叩き返す!! そうしない内は絶対、ハンター証は使わないって決めたんだ!!」

 

 前半は律儀で礼儀正しい理由だったが、一番肝心な理由はやはりゴン個人のわがままだった。

 それはもう彼の性格とヒソカとの因縁を全員が良く知ってるので、「いつになるんだよ?」という水を差すようなことは誰も言わない。

 代わりにソラが、割と根本的なことを訊いた。

 

「え? ゴン、ヒソカの居場所か連絡先でも知ってんの?」

 

 言われて、目をまん丸くしたゴンがソラを見つめる。

 そして数秒後、気まずそうに笑ったのを見て全員が脱力。

 キルアの呟いた「……アホ」が、もはやゴンの全てを現していた。

 

 ゴンのボケで抜けた気を、何とか最初に入れ直して持ち直したのはクラピカだった。

「私が知ってるよ、ゴン」

 

 その返答に、ゴンと一緒にソラも「え!? 何で!?」と食いついた。

 ソラの反応は間違いなく、いつもの過保護であるがわかっていた。

 それをうっとうしいとは思わない。ヒソカと関わったことを怒るより、心配そうな顔をして訊かれたらむしろ、罪悪感が芽生える。

 

 その芽生えた罪悪感に心の中で謝罪しながら、クラピカは答える。

 

「本人から直接聞いた」 

 

 その言葉にレオリオは最終試験の時かと尋ねれば、クラピカは講習の後だと答える。

 思い返すと、イルミの恨みを買ったわ目は見えていないわというのもあって、キルアとイルミの試合後からずっとクラピカはソラにべったりだったが、講習後にソラがゴンとキルアの話をしている間の少しだけ、彼女から離れていたことを思い出す。

 つまりは、レオリオやゴンがいるとはいえ彼女から離れるほど重要かつ、そして出来ればソラに知られたくない話だったのだろう。

 

 そこまで理解しつつも、レオリオは訊いた。

 クラピカのことは信頼しているが、彼はすぐに自分を責めて思いつめることを知っている。だからこそ、ソラのように何も聞かずに信じて見守ってやることは、レオリオには出来ない。

 気が付いた時にはすでに手遅れという後悔は、医者という夢を志す理由となった親友一人で十分だから、レオリオは拒絶覚悟で尋ねた。

 

「前から訊きたかったことだが、あの時ヒソカに何を言われた?」

 

 数秒後の間はあったが、幸いながら拒絶されることはなく、クラピカは静かにヒソカの言葉をそのまま全員にも教えた。

 

「――“クモについて、いいことを教えよう♥”」

「あ」

 

 全員の視線が、ソラに突き刺さる。

 思わずと言わんばかりの顔で声を上げたソラは、自分の口を押えてクラピカから目を逸らす。

 

「……ソラ」

 

 そしてもちろん、こちらもそんな反応をされてスルー出来るわけがない。

 きょとんとした顔でとっさにソラへと視線を向けただけだったのが、やや怒ったような目つきでクラピカはソラを睨み、ツカツカと距離を詰めて尋ねる。

 

「お前、何を隠してる?」

「か、隠してない隠してない! 綺麗さっぱり忘れてたことを、ちょうど今思い出しただけ! 本当だよ!」

 

 ぶんぶんと激しくソラは首を横に振って「隠し事」については否定するが、その返答は完全に何か、おそらく「旅団(クモ)」関連の情報を握っていると自白していた。

 クラピカも先ほどの反応と彼女が自分にしてくれた「約束」があるので、「隠してたんじゃなくて忘れてた」という言い分に関しては、素直に信じる。

 

 だが、どのような情報かはまだわからないが、ソラのことをよく知るクラピカからしたら、どう考えてもあまり穏便な情報でないことが予想が出来た。

 下手したらこの女、旅団のメンバーの一人か二人と交戦したのではないかと考え、そうだとしたら無事でよかったと安堵するやら、いったいどれほど前の出来事かわからないが、A級賞金首と交戦したという、そうそう忘れられないはずの出来事を今まですっかり忘れていることに頭が痛くなるやらで、クラピカ頭を抱えて「……いっそ隠し事であってほしかった」と呟く。

 

 頭は痛いが、どのような情報でも自分にとっては間違いなく有意義なのと、自分に言う資格がなくても説教の一つや二つはしたいことを確実にやらかしていると決めつけて、何とかクラピカは気を取り直して顔を上げ、「で? 何を思い出したんだ?」と質問を重ねた。

 

 しかしその質問に関しては、「……それはクラピカの話が終わってから話すよ。今話すと絶対になんかグダグダになるから……」と目を逸らしながら拒否られた。

「グダグダになる」というセリフで、予想通り「ひょんなことで信憑性の高いクモの情報を得た」のではなく、彼女本人がクモに関わって何かやらかしたと確信するが、確信してしまえば彼女の言う通りであることも納得してしまう。

 現にもう既に、話も空気もグダグダだ。

 

「……本当だな?」

「本当だよ。約束する」

 

 もう一度睨んで念押しすれば、ソラは逸らしていた視線を戻して真っ直ぐにクラピカを見て言ったので、ひとまずこの件に関しては保留を決めて、クラピカは疲れたような溜息を一度ついてから、ヒソカとの話を再開する。

 

「……話が逸れたが、そんなことをヒソカに言われた。奴に旅団のことを話した覚えはないから、一次試験の時にレオリオとの話を聞かれたか、他の誰かが話したのか……、緋の眼も見られているからそれでカマを掛けただけかもしれんな。

 とにかく“クモ”は旅団のシンボルだ。ゆえに旅団に近しい者はヤツらをそう呼ぶ。それを知っていたヒソカの情報に興味があってな。

 ――で、講習の後、ヒソカに問いただした」

 

 そこまで話して、クラピカは自分の方を見もせずほぼすれ違いざまに告げた、ヒソカ曰く「クモについてのいいこと」を、ゴン達にも伝える。

 

『9月1日、ヨークシンシティで待ってる』

 

 思った以上にシンプル極まりない内容に、思わず全員が沈黙して戸惑う。

 

「9月1日、半年以上先だね」

「ヨークシンシティで何かあんの?」

「! サザンピースオークション!」

 

 ゴンとキルアが首を傾げるが、意外なことにそろそろやって来て4年近いとはいえ、異世界出身であるソラが一発で理解して答えた。

 

「何それ?」

「世界最大のオークションだよ。サザンピースってのは、その競売元。っていうか、よく知ってたなお前」

 

 世俗に疎いゴンでは、ソラの答えでもまだ理解に追いつかなかったので尋ねると、レオリオが簡単に説明してからソラに訊く。

 

「あぁ、去年仕事でちょっと関わったんだよ。ほら、私の目ならものによるけど、曰くつきの骨董品とかの解呪が出来るからそれで。だから関わったのも事前準備的なもので、オークションどころかヨークシンには未だに行ったこともないよ」

 

 先ほどの話題を引きずってるのか、「またかお前」と言わんばかりの目でクラピカはソラを睨んでいたが、今度は後ろめたいことが何もないのでソラは即答し、その答えが思ったより真っ当かつ穏便な仕事だったことに安堵して、話を再開させた。

 

「9月1日から10日までの間、世界中からの珍品・希少品・国宝級の貴重品が集まる。もちろん、その何十倍のニセ物もだが……。

 それらを目指し、海千山千の亡者達が欲望を満たす為やってくる、世界で一番金が集まる場所だ」

 

 そこまで説明されてやっと全員が、ヒソカのシンプルな伝言の意味を知る。

 確かにそのような場所ならば、盗み目的かもしくは盗んだものを非合法に売りさばくためか、どちらにせよ旅団が訪れる可能性は高い。

 少なくとも、「幻影旅団が現れた」という情報から後追いするよりは効率がいい。いなくても、奴らに関わる外道を見つけることが出来れば、次からはより精度の高い情報を得ることが出来ると、クラピカは考えた。

 

 ……未だに自分は、自分の本意と言える意志で「復讐」を望んでいるのかどうかもわからないまま、ただ「憎い」「許せない」という感情のままに道を選び、彼女がくれた選択肢を無駄にしていると自覚しながら。

 それでも、わからないのなら歩みを止めて考えるというのは出来ない。まだ半年以上先とはいえ、自分がそのオークションにどんな形でも参加するのなら、行動するには遅いくらいだ。

 

 例えこの選択が多くのものを失うとしても、それでも奴らに全てを奪われてから初めて、奴らに直接対峙できるかもしれないチャンスを見逃すことは、クラピカには出来なかった。

 

「というわけでその日、ヒソカはヨークシンのどこかにいるはずだ。見つけたら連絡するよ」

「わかった。ありがと!」

 

 ゴンの無邪気な返答に、クラピカは悩み迷いまとまらない自分の心中が少しだけ楽になったことを感じ、穏やかな顔で返す。

 が、すぐにその笑顔は怒っているようにも拗ねているようにも見える顔になって、ソラに視線を移す。

 

「……で、ソラ。私の話は終わったぞ?」

 

 クラピカが話している間中、気まずそうに彼から目どころか顔までそむけていたソラはまだ往生際が悪く、「うっ!」と唸る。

 しかし自分で「話が終わったら話す」と約束したので、さすがに観念したらしくソラは一度、クラピカに向かって手を合わせて、まずは頭を下げた。

 

「ごめん! クラピカ本当にごめん! 隠してたんじゃないけど、マジで忘れてた!」

「それはもう聞いた。いいから本題を話せ」

 

 口で言うほど怒ってはいないのだが、それを露わにすると調子に乗る女であることもわかっているし、おそらくソラとしては出来れば話したくない話であることは想像ついてるので、話を逸らされて忘れさせられるのを防ぐために、あえてわざと突き放すようにクラピカは言った。

 

 その言葉にソラは本気で凹んだ様子を見せて、自分でやっときながら早速、そんな返答をしたことの後悔をするが、クラピカは何も罪悪感を抱く必要はなかった。むしろ、ソラを殴ってもいい。

 何故なら彼女は、凹みつつも真っ直ぐ彼を見据えて言い放ったからだ。

 

「えーと……、去年の12月に旅団(奴ら)と交戦してリーダーを吹っ飛ばしました! 言い忘れててごめんなさい!」

『ちょっと待てお前何をした!?』

 

 * * *

 

 思わず、ほぼ無関係であるはずのゴン達も含めて全員が突っ込んだ。

 大体はクラピカの予想通りだった。予想通り、交戦していた。

 

 しかし思った以上に最近の出来事だった挙句に、旅団(クモ)のメンバーではなくリーダーと交戦して、しかも吹っ飛ばしたという偉業すぎて意味不明なことをやらかしたのは、さすがに想定の範囲外だったので、思わず全面的に訊き返す。

 

「あ、リーダーは意外とめっちゃ若かったよ。たぶんどんなに多く見積もっても、20代半ばだった。あと、爆発させたいくらいにイケメンだった」

「そこはどうでもいいわ!!」

 

 が、その意味不明な懺悔を言い放った本人は、一番言い辛かったことを吐き出したことですっきりしたのか、実にいい笑顔で質問の答えではなくどうでもいいことを語りだし、もちろん即座に怒られた。

 

「何なんだお前は!? 本当に何をやらかしてるんだ!? 何がどうなってA級賞金首のメンバーどころかリーダーと交戦しておきながら、五体満足で生き延びて、挙句の果てになぜ今まできれいさっぱりその出来事を忘れ去る!?

 というか、旅団のリーダーは生きているのか!? 別に死んでいても私としては構わないが、さすがにそんな軽い扱いで吹っ飛ばされた挙句、綺麗に忘れ去られるのは、今までそいつに固執していた私が情けなくなってくるんだが!?」

「クラピカ! 気持ちはわかるけど落ち着いて! そんなに揺さぶったらソラも話せないよ!!」

 

 ソラの肩を掴んでがくがくと激しく揺さぶりながらクラピカは、もはや怒っているのか説教なのか疑問をぶつけているだけなのかよくわからないことを言い募り、ゴンが間に入って止める。

 しかしやらかした張本人は、相変わらずしれっと爆弾発言をまだ放り投げる。

 

「リーダーはたぶんまだ生きてるんじゃないかなぁ? 仲間が心配せずに爆笑してたくらいだし。あいつらと関わったのは、ただ単に仕事の関係。ジェム王朝の宝石展ってイベント知ってる?」

「あれ、お前の仕業か!!」

 

 知ってるもなにも、幻影旅団の犯行とはっきり表ざたになった珍しい事件だったので、記憶に新しいどころかクラピカはそのニュースを見た直後、かなりの遠方にいたにも拘らず、すぐに飛行船を手配してその倒壊した美術館に訪れていた。

 奴らの犯行にしては、美術館が倒壊という派手な被害が出ているとはいえ死者が少ないと感じていたが、ソラが関わっていたと知って確信する。

 美術館倒壊は、間違いなくこいつの仕業だと。大正解である。

 

 正しい意味でも誤用の方でも、破天荒の見本のような女だということは初見からわかっていたが、どれだけクラピカがソラの破天荒度の認識を上方修正しても、そのさらに上を行くことを改めて思い知らされて、思わずクラピカは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 しゃがみこみつつも、何とか気力を振り絞ってクラピカは言う。

 

「……ソラ。お前が知っている限りの奴らの情報をすべて話せ」

 

 もはや笑い話の域に達していることをやらかしているとはいえ、ソラの情報はクラピカが思った通り、そしてそれ以上に有意義なものだったので、たとえソラが自分の身を案じているからこそ話したくないと望んでいても、退く気はなかった。

 自分の本意かどうかわからなかった選択肢が、完全に自分の意志だと言えるものになったからこそ、クラピカは退かない。

 

「緋の眼」の為にクルタ族を蹂躙と凌辱の限りをしつくして、虐殺した旅団(やつら)とソラが出会ってしまったのならば、ソラも奴らに目をつけられた可能性が高いと踏んだ。

 ソラが直死を使わなければ、奴らも彼女の目が緋の眼と同じくらいかそれ以上に美しく、そして貴重な眼であることに気付かないだろうが、美術館倒壊という被害からして、その可能性は皆無に等しい。

 

 もう何をしても戻ってこない「過去」の復讐としてではなく、守り抜きたい「未来」の為に、奴らを必ずどんな手段を使ってでも殲滅させると誓って、クラピカは項垂れていた頭を上げ、ソラを真っ直ぐに見据えて要求した。

 

 その様子にクラピカを心配し、どう励まして慰めようかと思って見ていた3人は思わず戸惑う。

 さすがに自分の緊張感のない話題の所為で脱力してることはわかっていたソラも、申し訳なさそうな顔が一転して、きょとんと眼を丸くした。

 

 しかし、真っ直ぐなその眼がどんな覚悟を決めたのかを察したのか、目を丸くしたのは一瞬。

 ソラは微笑んで即答した。

 

「ダメ」

「私に隠し事はしない約束じゃなかったのか?」

 

 断られるのは想定内。だからクラピカはソラの好意や誠意、自分に対する愛情を盾にして要求するという、自分でしておきながら反吐が出る程に卑怯な手段で食い下がる。

 けれど、ソラもクラピカと同じように退かない。

 

「うん。だからそうだね……7月の終わりか8月の頭くらいになったら話すよ。もしくは、私が何で今、教えてくれなかったのかを君が理解して、そしてその『教えなかった理由』そのものである『何か』を手に入れたのなら、それより以前でも教えてあげる。

 だから、今はダメ。そして、オークション1か月前くらいになっても、私が教えなかった理由がわかっていないのなら、君が知りたいことを全部教える代わりに、オークション参加に関しては諦めなさい。その時期に知るのなら、遅すぎて間に合わないから死にに行くようなもんだよ」

 

 どうやら初めから隠し通す気はなかったらしく、条件を提示する。

 しかしその条件はクラピカからしたら意味がよくわからないものだったので、立ち上がっていぶかし気な顔をして、「間に合わないのならなおさら何故、今教えない?」と訊き返す。

 

「私が今、教えられない理由は君が……いや、君『達』が自分で探して見つけて理解しなきゃいけないものだから。そして『それ』は、君がどのような形でも『ハンター』であるのなら、必要不可欠なものだから。

 訳わかんないのはわかるよ。でも、『それ』を知れば私が教えなかった理由は、すぐにわかって納得してくれると思う。

 そうだね……。もし、『それ』を知っても私が教えなかった理由を理解出来なかったら、むしろ教えなかったことで時間を無駄にしてしまったのなら、私は今後、君のいうことは何でも聞くよ」

 

 何故か自分だけはなく、他の3人も含めてソラは「何か」を探せと言い出して、横で聞いているゴン達も困惑させる。

 クラピカもさらに謎が増した返答に苛立ちながら、「……そこまで自信があるということか」とソラの最後の言葉を捉えて、おそらく何の意味もなしていない捨て台詞を吐く。

 もうこの時点で、退く気はなかったのにソラは自分以上に退かない、最終試験のゴンと同じく、拷問に掛けられてもクラピカがソラの言った条件を満たすまで、絶対に口を割らないとを確信したので、結局自分が引き下がるしかないと諦めていた。

 

 けれどソラは、クラピカの八つ当たりでしかない最後の意地をいつものように何の悪気もなく、カウンターで打ち返す。

 

「違うよ。私の勝手な判断で君のしたいことや人生を無駄に遠回りさせちゃったのなら、それ以外の償いも埋め合わせもないだけだよ」

「どうしてお前はそういうことを素面で言えるんだ!?」

 

 絶対の自信があるからこその大口ではなく、本気で誠意の詫びだったことにクラピカはいつものように顔を赤くして照れ隠しに怒鳴りつける。

 そんないつも通りのクラピカの反応に、ピリピリした空気に戦々恐々と見守っていた3人も、それぞれいつものように、呆れ、苦笑、ふてくされるという反応を見せ、言った本人はない胸を張って「君が大好きだからに決まってんだろ!」と、ドヤ顔でクラピカにトドメを刺した。

 

「もう黙れ!」とさらに赤みの増した顔で言い捨て、クラピカは拗ねたようにそっぽ向く。

 そっぽ向きつつも、それでも彼は蚊が鳴くような声量でポツリと言った。

 

「……わかった。絶対にすぐにみつけてやろう。だから、変な気を遣うな。

 お前の勝手な判断や勘違いであったとしても、お前の今後を、私のワガママに振り回すような代償にはならないくらいにすぐに見つけてやるから、そんなものはいらない」

 

 ソラの言う「今は教えられない、ハンターとして必要不可欠なもの」が何であるかは、見当もつかない。

 だから本当にヨークシンのオークションに間に合うまでに、それを理解して手に入れられる可能性は低いくらいだとは分かっているが、それでもクラピカは「すぐに見つけてやる」と宣言する。

 

 その宣言に、ソラは笑って答えた。

 

「そう。わかったよ。

 君なら出来るから、頑張ってね」

 

 そんな互いのやり取りに、レオリオとキルアが同時に言い放つ。

 

「「お前ら爆散しろ」」

 

 * * *

 

 割と本気な二人の要望をサラッと無視して、まだ顔の紅潮が抜けきっていないが、何とか気を取り直したクラピカが一度咳払いをしてから全員に伝える。

 

「じゃ、私はここで失礼する」

「え?」

 

 ナチュラルにこれからもずっと一緒だとゴンは思い込んでいたのか、ものすごく驚いた顔をされて、クラピカは困ったように苦笑する。

 

「キルアとも再会できたし、私は区切りがついた。オークションに参加する為には金が必要だし、ソラが言う『何か』が何なのかも探らなければならないしな。

 まずは本格的にハンターとして、雇い主(仕事)を探す」

 

 一番の悩みである「旅団への復讐は自分の本意なのか?」という疑問に答えは未だ出ないが、「ソラを旅団の餌食にはさせない」だけは、何があっても後悔しない自分の意志だと確信できたおかげか、そう答えたクラピカの笑顔は晴れやかなものだった。

 

「そうか……」

「クラピカ。ヨークシンで会おうね!」

 

 その笑顔にソラだけではなくレオリオやゴンも安心したように笑い、別れを惜しみつつも彼らも笑顔で再会の約束を交わして別れを告げる。

 が、レオリオも医者になる為の受験勉強をする為に故郷(くに)へ帰ると宣言すると、ゴンは「がんばってね」と応援しつつも、寂しさで泣きそうな顔になる。

 

「私も、師匠の所に試験合格したって報告しなくちゃ」

「「えっ!?」」

 

 そして最後に、唇に指を当てて思い出したかのように呟いたソラには、ゴンだけではなくキルアも声を上げた。というか、キルアの方が悲痛そうな声だった。

 

「電話じゃダメなのかよ!?」

 家出をした理由の半分は占める相手と早速別れなければならないのが耐えられないのか、珍しくキルアがソラに素直なわがままを見せるが、ソラは「ごめんね」とキルアに手を合わせて、本気で申し訳なさそうに謝った。

 

「いや、電話で報告はしたんだけど私、試験で色々やらかしちゃってるから、終わったらすぐに来い! って言われてたんだけど、それを無視してここにいたからさー。さすがにそろそろ顔出ししないと破門される。

 破門は別にいいんだけど、その師匠ってのはクラピカと別れた直後に出会って世話してくれた人だから、不義理は出来ないんだ」

 

 ソラの説明に不満こそは山ほどあるが、自分の為にその不義理は出来ない恩人の命令を無視してパドキアまでやって来て、試しの門や執事達のゲームをクリア出来るまで3人を鍛えてくれたことを理解したら、さすがにもうワガママは言えなかった。

 だから自分の子供そのものな反応にも腹を立ててふてくされながら、「あーはいはい! わかったよ!!」とヤケクソで答える。

 

 そんな友人の素直じゃないからこそ分かりやす過ぎる反応に、ゴンは困ったように笑いながら提案する。

 

「ねぇ、ソラ。俺達もついて行っちゃ迷惑かな? ソラがすぐにそのお師匠さんの所に行けなかったのは俺のワガママの所為だから、出来れば直接謝りたいし、それにソラの師匠ってどんな人か興味あるんだ」

「そうだな。迷惑でなくれば、私も一言その人物に礼を言いたい。ソラの恩人ならば、私の恩人同然だ」

 

 キルアに少し気を遣ったのと自分の本音を混ぜてゴンが提案した言葉に、クラピカも便乗した。

 が、ソラの答えは即答かつ意外なものだった。

 

「! 絶対にダメ!! 特にクラピカは絶対にダメ! 関わらないで!!」

『!?』

 

 クラピカが、「旅団についての情報を全部教えろ」と言った時とは比べ物にならない程の剣幕で拒否。

 旅団以上にクラピカと関わって欲しくない相手というものが想像できず、全員が困惑しながらキルアが代表して「何でだよ?」と尋ねたら、ソラは何とも表現しがたい目になった。

 

 その何とも表現しがたい目で、まずは言う。

「……私さー、師匠のことはすごく好きだよ。同性で素直じゃないけど、還暦近いだけあって包容力があって、クソ面倒くさい性格やらトラウマやら能力を抱え込んでる私を、なんだかんだで見捨てないで、ここで生きていけるように常識を教えて鍛えてくれた人だから、本当に尊敬してるし大好きだよ」

 

 何故か師に対しての好意的な感想をまずは語り始めてさらに全員の困惑を深めるが、「大好きなんだけどさー……」と前置きして、絶対にゴン達はもちろんクラピカを特に関わらせたくない理由を、心底うんざりとした口調で言い放つ。

 

「いい年こいてイケメンのヌード雑誌とかを私の前で読みふけって、それを開いたまま机やソファーの上に放置するババアに私は、よほどの事情がない限り君たち全員を会わせたくない」

「還暦近くてそれなのか!?」

「何かごめんなさい!!」

「き、気を遣ってくれてありがとう……」

「お前そのババアに恩を感じる必要ないんじゃね?」

 

 ソラの答えに全員が納得し、それぞれツッコミやら謝罪やら礼やら率直な感想やらを口にする。

 同時に、ソラの何とも言えない眼はどういう眼だったのかを、クラピカとキルアは理解した。

 

 これは風呂上りにパンツだけ履いて家の中をうろつき、ビールを飲んでテレビ前で横になる父親を見る思春期の娘の眼だと。

 端的に言うと、汚物を見る眼だった。

 

 そんな眼で自分の師を語っていたというのに、語り終わればあっさりいつもの晴れやかな笑顔でキルアとゴンの頭をぐしゃぐしゃと同時に撫でて、ソラは言ってやる。

 

「だからごめんね、連れて行けなくて。でも、報告して説教聞いたらすぐにまた会いに行くよ!

 もしかしたら、師匠がキレてなんかペナルティとして厄介な仕事を押しつけてくるかもしれないけど、それもすぐに終わらせて行くからさ。

 だからさ、少しだけ待ってて?」

 

 ゴンは素直に「うん!」と嬉しそうな返事をするが、キルアはやや俯いて目を逸らして「どうでもいいっつーの」と突き放す。

 しかし、やや上がった口角は隠しきれていないので、その反応はただただ微笑ましい。

 

 とにかく、全員の行き先が決まったところでレオリオが「また会おうぜ」と再会を誓い、ソラが同意する。

 

「そうだね。次に5人みんなで会うのは――」

 

 ソラの言葉に続けたのは、全員だった。

 

『9月1日、ヨークシンシティで!!』




ゾルディック家編は今回で終了。
次回からは「9月1日までの猶予期間(モラトリアム)」として、ヨークシンまでソラのやらかす出来事を書いて行こうと思ってます。

オリジナル回が多くなりますが一応、天空競技場編は書くつもりです。
ゾルデック家編と同じくらいの中編と、1話か前後編くらいの短編のオリジナルを書いてから、天空競技場編。
それが終わったらまた、短編と中編のオリジナルをやってからヨークシン編に入る予定です。
作中で言っているように、ヨークシンのオークションまで半月近く期間があるので、オリジナル回が長くなりますが、皆さんが楽しめる話を頑張って書いてゆきたいです。

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