死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜
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6:ツギハギのセカイ

 ただ、欲しかった。

 

 その「眼」を見た瞬間、クロロ=ルシルフルは理由も意味もなく、ただそれだけを望んだ。

 理由など、意味など求めるのは冒涜だとさえ思った。

 

 それほどに鮮烈な青が、クロロの心臓を鷲掴み、射貫く。

 清廉や無垢という言葉すらも不純物に感じられるほど澄みきっていながら、清濁を丸ごと飲み込んで溶かしたように濁りきった、矛盾をはらんだ瞳に心を奪われた。

 

 * * *

 

 ソラが目を開けると同時に、クロロは「盗賊の極意(スキルハンター)」を取り出していた。

 だから、ソラが“凝”を行ったこと自体は、警戒するようなことではない。

 念能力者なら、特に戦闘に特化した者なら少しでも違和感が生じたのなら行う、もはや反射に近い行為なのだから、自然であり驚くようなことではない。

 

 しかし、その戦闘に特化した者であるクロロとシャルナークが、同じく“凝”でソラの行動を警戒することさえも忘れて、同時に言葉を失い、目を奪われた。

 それほどまでにありえない、見たことがない現象であったと同時に、言葉にできないほどそれを美しいと感じた。

 

 ソラの目にオーラが集まり、そのオーラの量に比例して彼女の瞳の色は変動していく。

 夜明けの空を早送りで見ているように、遠目だと黒に近いミッドナイトブルーの瞳の明度が上がり、澄んだスカイブルーからさらに、「天上の青」と称される遥か彼方の空の色、セレストブルーにまで変動していく様を、ただ黙って見届けてしまった。

 

 ただでさえ言動は残念極まりないが見た目は極上、肌の色からして東洋人なのにアルビノのような真白の髪に、女性美と男性美が絶妙なバランスで調和して融合し、両性具有じみた美貌という類い稀な容姿で、人体収集家なら剥製にして飾っておきたいと思えるような女だが、この眼を見てしまえばもうそれらに価値は見いだせない。

 

「……シャルナーク、下がってろ」

 クロロは目を見開いたまま、燦爛と輝く瞳をこちらへ真っ直ぐに向け続けるソラから目を離さずに、命令した。

 

「……はいはい、了解しましたよ。けど、気をつけなよ。……あれはどう考えても異常だ」

「わかっている」

 クロロの言葉にシャルナークは少し困ったような苦笑を浮かべて、言われた通りに少しその場から下がる。

 言われなくても、正統派操作系のシャルナークでは武器である操れそうな人間が他にいないこの状況だと不利極まりないので、後はクロロに任せるつもりだった。

 

 クロロの方も初めはそのつもりだったであろうが、おそらく今はシャルナークの存在を忘れていなかっただけでも良い方で、シャルナークの忠告は多分、右から左に素通りしている。

 それほどまでにクロロがあの眼に魅せられたことを、正直シャルナークは理解できずに若干引いている。

 

 確かにあの眼の美しさは言葉では言い表せるものではなく、そしてどう考えてもここで逃したらもう二度とお目にかかれないレア中のレアであることは確か。

 そこに盗賊としての血が、矜持が疼かない訳ではないが、そんなプライドを上回ってシャルナークの生存本能が警鐘を鳴らす。

 

 瞳の色が変化すると言えば世界七大美色の一つ、クルタ族の「緋の眼」を連想する。そして実際に見た、あの燃え盛るような緋色は確かに美しかったが、今、自分たちの前にいる女の眼は、次元が違う。

 美しさはもちろん、ただ単に遺伝子の悪戯で得た身体的特徴でしかない「緋の眼」と、この「空の眼」は根本からして成り立ちも性質も別物であることだけは、初見であっても、その眼の名を知らなくとも、その眼が映し、認識している世界の姿を知らずとも、理解が出来た。

 

 マチほど勘が良くない自分でも、理屈ではなく本能で感じ取れる危険性と異常性に、クロロが気づいていない訳はないだろう。

 そして気付いているのならここは退くのが、普段のクロロである。どう考えてもこの女は、実質クロロ一人で捕えるのはもちろん、殺すのも困難だ。

 

 それぐらい冷静に計算できるからこそ、旅団のリーダーであり自分が好きで従っている男だというのに、どうも今日のクロロは一時退散さえもする気がなく、下手したら当初の「除念能力を盗む」という目的も忘れてあの眼に執着しているのが、シャルナークには理解できなかった。

 

 シャルナークが気づかないのは当然。

 それはクロロ本人でさえも、無自覚な執心。

 

 クロロが魅せられ、執着して欲しているのは、彼が求めるものは、ソラの「眼」そのものではない。

 

 彼が求めたのは、その眼の表面上の美しさでも、その眼が見透かす終焉でもなく、その眼の奥の最果て、深淵、行き着く先の原初。

 

 自分自身がわからない、自分が真に求めるものがわからないからこそ、「根源」に、「 」に繋がるその眼に魅せられたことなど、誰も知らない。

 

 * * *

 

 ソラが安っぽいボールペンをナイフのように持ち、腰を落として構えると同時に、クロロの具現化した古書も開かれた。

 

 それは、彼のコレクションの目録にして武器庫。

 

 目的は、燦爛と輝きながらもすべての光を飲み込む虚無の眼。

「緋の眼」と同じく、死によってその美しいセレストブルーが瞳に刻まれるとは限らないので生け捕りがベスト。

 そのためなら、手足はいらない。

 

 瞬時に彼は最優先事項、犠牲にしていいものを天秤にかけて選び抜き、欲するものを手に入れるに一番有効な能力を選び出して、そのページは開かれた。

 

黙示録の獣(ワールド・エンド・ビースト)

 

 能力に題された名を呟くと同時に、「盗賊の極意」を開き持つ手とは逆の左手にオーラを集中させる。

 手のひら大のオーラが光球となってクロロから分離し、それをポンッと自分の背後に浮かび上がらせたとたん、ランタンの灯りのように薄らぼんやりと光るだけだったオーラの光球が、強い光を放つ。

 

 その光に目を眩むのを避けるように、ソラは腕で目を庇いながら後ろに飛びのく。

 ソラの行動を見て薄く笑むクロロを目にして、シャルナークは少しだけ安堵しながらそのまま美術館の高い天井の飾り窓まで飛び上がって、そこに腰掛けて文字通り高みの見物にしゃれ込むことにした。

 

 ソラの眼に魅せられて、どこか熱に浮かされたように冷静さを見失っているように思えたが、その心配は杞憂だったと、クロロが浮かべた笑みでシャルナークは悟る。

 

 ソラの能力は未だ得体が知れず危険この上ないが、つい先ほどまでの様子見の戦いと今のとっさの行動でほぼ確信を得る。

 彼女はさほど戦闘慣れをしていない。もしくは、「死」をあまりに強く忌避するがゆえに、理屈ではその行動が裏目に出ると理解していても、とっさの判断は逃げを優先して、積極的に攻め入ることが出来ない人間であることを。

 

 彼女の強力無比なあの「相手の念能力を無効化する」能力は十中八九、近接で攻撃することで発動するのも、2度の事例で高い可能性を表している。

 だというのに、このタイミングでクロロから距離を取ったのは悪手でしかない。彼女は自分の能力を生かして戦うのなら、危険を冒してでも距離を詰めるべきだった。

 

 多方向からの攻撃への対処が拙いことも、先ほどまでの操り人形との戦闘でクロロは理解しているだろう。

「ちょっと、かわいそうかも」

 ステンドグラスとなった大きな窓に腰掛けながら、おそらく生きながらにして四肢を獣に食いちぎられる相手に、まったく心のこもっていない同情の言葉を送る。

 

 心がこもっていないのは、普段なら他人の生死なんてどうでもいいからにすぎないのだが、今回は違う。

 クロロが選んだ能力は、おそらく彼女の手足を犠牲にして生け捕りにするには最適であり、戦闘経験や技術はクロロの方が圧倒している。

 冷静さを見失っていたら危ないと心配したが、ソラの行動で「あぁ、やはりか」と言わんばかりの笑みを浮かべたことで、冷静さは失われていなかったと確信した。

 

 なのに、シャルナークにはイメージできなかった。

 

 本当はわかっている。自分が呟いたのは、同情の言葉なんかじゃない。

 ソラが負けて倒れ伏す姿がどうしてもイメージできない、自分たちがあの女に勝つビジョンが見えない不安をごまかすために自分に言い聞かせた言葉でしかないことくらい、わかっていた。

 

 シャルナークの不安をよそに、光球はさらに輝きを増してクロロを背後から照らして長く大きな、そして色濃い影法師を作り出す。

 そして、その影法師が、泡だった。

 

 沸騰する水のようにゴポリと音を立てて泡立ち、何かが這い上がってくる。

 

 それは、獣。

 獣であることは確かだが、動物ではない。

 ソラのいた世界なら「幻想種」と呼ばれる、もうこちらの世界には存在しない、世界の裏側に旅立って去っていた生き物がこの世界では今もごく当たり前に存在しているが、そんな珍獣や幻獣、魔獣とも違う。

 

 誰かを、何かを、生きとし生けるものを傷つけ、壊し、殺すための部品をこね合わせて生み出された合成獣が、一番表現としては正確だろう。

 そんな生き物が、クロロの影から這い出て来る。いくつもいくつも、虫の卵から幼虫が孵化するように湧き出て来る漆黒の獣が、喉を鳴らしてソラと向き合う。

 

 黙示録の獣(ワールド・エンド・ビースト)

 オーラの光球で作った自分の影から、念獣を生み出して使役する具現化系念能力。

 具現化系は放出系の真逆に当たるので、本来なら自分の影から分離させることが出来ないか、自分の手元と繋がるリードでもなければ、念獣は酷く弱体化するのだが、「自分のオーラの光球によって作られた自分の影からでないと、念獣は生み出せない」「光球が光を放つ持続時間は、念獣の数と反比例させる」という制約を定めて、念獣の動きや数が極端に制限されるという欠点を克服している。

 

 制約の所為で念獣具現化に制限時間があり、夜か照明を破壊した暗室でしか使えないという新たな欠点が存在しているが、それでもクロロが盗んできたものの中でも高い攻撃力を誇る能力で、出せるだけの数の念獣を生み出して、クロロは命じる。

 

「行け。あの女の手足を食いちぎれ」

 

 * * *

 

 20体近くの猛獣とも魔獣とも言い難い、異形の獣。これらを具現化していられるのは、おそらく10分もないだろうが、それは襲われる側からしたらあまりにも永い時間だろう。

 

 獣の具現化に制限時間があるとわかっていれば、いくら数が多くとも逃げようも攻めようもあるが、ただでさえ人間を甚振り、嬲り、傷つけて殺害することだけを目的としたその姿が、思考を恐怖で染め上げる。

 常人では逃げられない、捨てられない、誰もが初めからわかっているのに、どんなに足掻いても最後には必ず行きつく行き止まりでも手放せない原初の願いが沸き上がり、そしてその願いこそが行きつく最深に突き落とす。

 

 ……はずだった。

 

「――死にたくない」

 ソラの呟き(スイッチ)と同時に、ソラの纏うオーラの量が変化する。

“凝”の状態だったが、それでも目のオーラを身体全体より少しだけ多く置いている状態であって、彼女は体全体に多すぎず少なすぎない、適度なオーラ量の“纏”を行っていたが、そのオーラの配分がスイッチを切り替えるように一瞬で変化する。

 

 頭部と両手足にオーラを集中させて、胴は絶でこそないがほとんどオーラを回さない状態に切り替えて、シャルナークは「え? 手足食いちぎれって言われたから、そんな極端な方向にいっちゃう?」と、ソラの思い切りのよすぎる防御に呆れなのか感心なのかよくわからない感想を抱く。

 

 思い切りのよすぎる、極端な方向というシャルナークの表現は正しかった。

 が、一つ大きな間違いがあった。

 それが防御ではない事に気付いたのは、オーラで強化した足でソラがコンクリートの床にクレーターを作りながら、クロロが生み出した影の獣の群れに突っ込んでいった時だ。

 

 さすがに今までほとんどが逃げてばかりだった女が、いきなり突っ込んできたことにクロロも軽く目を開いて驚いた様子を見せ、そしてソラの動きを見て笑みを深めた。

 その笑みで、「あーぁ。なんだかんだ言っても、クロロも戦闘狂だよなぁ」とシャルは呆れる。

 

 獣の鉤爪から、牙から、角から、強靭な前足から、咢からソラは紙一重で逃げて、避けて、そしてすれ違いざまに獣をバラバラに解体していった。

 言葉にすればそれだけだが、その動きは先ほどまでの無様に逃げ回っていた姿からは想像ができないくせに、納得できた。

 

 手足にオーラを集中させたことで機動力は格段に上がっているが、それでも洗練された身のこなしとは全く言えず、無理に体をひねって滑ってバランスを崩して倒れる時もある。

 だが、そこから体勢を立て直すのが異様に早い。

 そもそもバランスを崩して倒れるのは、完全な死角からの攻撃も直前まで全く気付いていた様子がなかったのに、獣のかぎ爪や牙が自分の喉元まで迫れば、どんな無理な体勢からでも避けきって反撃するからだ。

 

 奇跡的な偶然と言ってしまえば、それだけの事。

 けど、それが二度、三度続けば?

 それなら、火事場の馬鹿力的な反射というだろう。

 だがさらに、五度、六度、十、二十と続いたら?

 

 火事場の馬鹿力的な反射であることは間違いない。

 けれどそれは、この瞬間のみ発揮されているものではない。

 この瞬間に、発露されたものではない。

 

 クロロやシャルナークが知る由などないが、ソラはずっと前から「火事場」にいる。

 逃れられない「死」そのものがいつも自分に迫りくる世界で、いつだってずっと「死にたくない」と逃げ続けている。

 

 そうやって、彼女は学習した。

 偶発的に強襲する理不尽な窮地を彼女は常に夢想して、1秒後の自分の「死」を想像してその結末から逃れるためのありとあらゆる可能性を考え抜いて、彼女は常に生きている。

“纏”を解いてあえて魔術回路が存在する部位のみにオーラを纏って、胴体を無防備に晒すのは機動力を上げるためだけではない。それは、あえて無防備な部分を作って、「死」を引き寄せることで己のリミッターを外す行為。

 

 そんな世界で培われたあまりにも無様で合理性もない、けれど何よりも生存確率を上げる動きを、「死」など知らない獣が捉えられるわけなどなかった。

 

「獣以上に獣のような女だな」

 クロロはまるで初めから簡単に外れる構造だったもののように、ボールペン一本で念獣を解体して自分に迫りくる、どこまでも「生きる」事に貪欲な女を端的に言い表しながら、彼は逃げ出さず、動かない。

 生かすべきは己という存在ではなく、自分が生み出し自分の思想を引き継ぐ「幻影旅団(クモ)」であるクロロにとって、自らの死は彼女ほど忌避すべきものではないからというのはもちろんあったが、それ以上にただ単に余裕があったから、彼は動く必要性を感じていなかった。

 

 獣の群れの大部分を解体しつくして、足に溜めたオーラでまた床にクレーターを作ってこちらに飛び込もうとした女の背後で、「影」が蠢いた。

 

「!?」

 背後の禍々しいオーラを感じ取って振り返ったソラが見たものは、自分が解体した獣の部品、牙や角、鉤爪、顎や眼球、臓物などがめちゃくちゃに入り混じってまた、新たな何かに、他者を屠る事のみが存在意義の獣になろうとしている自分の影そのものだった。

 

 これこそが、黙示録の獣(ワールド・エンド・ビースト)の神髄。

 念獣は術者の「影」から生まれる「影」の獣。具現化しているからこそ、物理攻撃は普通に通用するが、殺しきるのは不可能。

 術者が初めに生み出したオーラの光球が消えない限り、バラバラに解体しようが、グチャグチャに粉砕してしまおうが、念獣は一番近くの陰に寄生して、そこからまた異形の獣として蘇る。

 

 ソラがとっさに足元の影から逃げるように飛びのくが、影はもうソラの姿などしていない、人の形を保っていないというのに、忠実に彼女の足から離れずについて回り、そして影の中からサメの乱杭歯のような顎が現れる。

 

 ソラの影から、終焉をもたらす獣が飛び出してくる。

 それを彼女は、「空」の眼で見て呟いた。

 

「……『線』じゃ、ダメか」

 

 トン、と軽く突き刺さる。

 

 ボールペンが異形の獣の鼻っ面に、深々と。

 

 影の獣は、もう蘇らない。

 ソラにボールペンを突き刺された獣は、そのままどろりと溶けてソラの足元に蟠ったと思ったら、徐々に形を変えていく。

 ソラを形どったただの影に、戻る。

 

 人間を媒体にしていた自分の能力だけではなく、オーラそのものの念獣さえも消し去ることを知ってシャルナークは顔色を変えるが、クロロはまだどこか楽し気に「……素晴らしいな」と惜しみない称賛の言葉を送っていた。

 

 その言葉に応えるように、ソラは顔を上げて振り返る。

 何を考えているのかがまったく読み取れない「 」の眼で、クロロを見据えて彼女は言った。

 

 

「一つ、教えてやるよ」

 

 * * *

 

「この眼の名は、『直死の魔眼』

 念能力なんかじゃない。だからこそ、念の法則なんか当てはまらない。

 命あるもの、生きているもの、この世に存在しているものなら、例え死者であっても、無形の異能そのものであっても、神様さえも殺し尽くす、終焉の眼だ」

 

「……ほう」とクロロは相槌を打って、まだ何匹か残っている獣に襲い掛からせず、言葉の続きを待った。

 バカバカしいと切り捨てるのは簡単だが、愚かなこと。

 もうこの女の力が、「念」では説明がつかないことを思い知らされたというのに、未だに「念能力」に固執して、それ以外の可能性を切り捨てるのは愚行この上ない。

 

 まぁ、そんな考えは後付けの言い訳で、クロロ個人としてはただ知りたかっただけ。

 自分が求めてやまないその眼について、少しでも何かを得たかったから、ただ訊いた。

 

「その眼で見ただけで、ボールペンだろうがマドラーだろうが人間も念獣も、あんな滑らかに切り裂いて、一突きで殺せるのか? 死神そのものだな」

 

 クロロの言葉に、ゆっくりとこちらに歩み出て来るソラは薄く笑った。

「少し、違うな。

 この眼のオリジナルならそれこそ見ただけで殺せるだろうけど、人間の器じゃそれは無理だ。この眼はな、その存在が内包する死期を、『線』と『点』という形で私に見せているんだよ」

「……『線』と、『点』?」

 

 予想外の返答に、わずかにクロロが怪訝な顔をするが、ソラの方は揺るがない。

 変わらず、薄い微笑みを浮かべたまま、また一歩先に進む。

 

「そう。見たものを殺せる力じゃなくて、ただこの眼が『死』を視覚情報としてとらえてるだけ。

 まぁ、私が見た点や線がある場所を、他人に指示して刺したり切ってもらっても効果はないから、私の眼が誰も認識しえないヒビのように脆い部分から『死』そのものを引きずり出して、それが黒い線や点に見えてると思ったらいいよ。私自身も、正確なことはよくわかってないしさ」

「……お前自身がその『線』や『点』に干渉することで、『死』という効果が現れるということか?」

 

 クロロの確認の言葉に、「呑み込みいいね」とソラは笑う。

 話がスムーズに進むことに関して楽しげに笑うその無邪気さに、シャルナークの背筋に寒気が走る。

 

「ちょっと待て!」

 思わず、クロロに言われた通り下がって安全圏から傍観していたシャルナークが、叫ぶように声を掛ける。

 振り返って仰ぎ見るソラは、「あ、そういやこいつもいたんだった」と言わんばかりの顔をしていた。

 

 青空を切り取ってその眼球にはめ込んだような目で見られて、さらにシャルナークの全身に走る悪寒が強くなる。

 それに耐えながら、彼は声を絞り出して訊いた。

 

「……それが、本当なら……その話が本当で、その眼やさっきからやってることが念能力じゃないんなら……」

 

 自分や自分の仲間の常識も倫理観も価値観も死生観も、まともだとは思っていない。

 正直、いかれてるとしか表現できない事は自覚しているシャルナークでも、信じられない、自分の想像を否定してほしいと願いながら、その疑問を口にした。

 

「……お前には、『世界』がどう見えてるんだ?」

 

 眼の色やその眼が与える雰囲気の変容は、“凝”を行うことで起こった。だからクロロ達は当初、念能力だと誤認した。

 けれどあれは遠くのものを見る時、目を細めるような行為と変わらないのなら、元からあるものをたださらに強めていただけならば……、彼女が見て確認した位置に、他人が「線」をなぞるように切ったり「点」を突いても意味がないのなら、その「線」と「点」が見えている状態で見えている本人が行わねば効果がないのなら――

 

 なら、初めのシャルナークの操り人形が殺された時、……“絶”状態の彼女が見ていた視界は――

 

 ソラはシャルナークを、童顔ではあるがイケメンと言い切れる顔を眺めながら、その全身に走る今にもバラバラに砕けそうなヒビ割れを思わせる黒い線と、彼女が逃げ出したあの深淵を思い出させる点を見上げながら答えた。

 

 

 

「ツギハギ」

 

 

 

 サンタの正体を子供にばらすような、意地の悪い笑みでそれだけを答える。

 シャルナークの「………………狂ってる」という答えにも、ただ同じ笑みを浮かべていた。

 

 * * *

 

 さすがにクロロの方も、若干引いた様子を見せる。

「……よく、生きていけるな」

「べっつに、慣れたら平気だよ。“絶”状態なら、物の線や点は見えないし」

 

 視線をシャルナークからクロロに戻し、彼女はケラケラと陽気に笑う。

 空気を読まない酷いバカであるとは思っていたが、別にクロロもこの女自体は嫌いではない。

 自分の仲間も仕事の時はともかく、仕事が終われば全員割と辛辣で空気も読まず好き勝手やる奴らばかり。

 そんな仲間を、幼馴染たちをどこか彷彿させる為、仲間になるのなら本気で4番あたりを殺して空きを作りたいところだった。

 

 だがさすがにこれは、自分も御しきることは出来ないかもなという弱音が頭によぎる。

 それほど、異常者であることを自覚して開き直っている集団のリーダーが認めて引くレベルで、この女はいかれている。

 

 その証拠に彼女は、今にも崩れ落ちそうな世界で、今にも死にそうな人間を前にして、今にも終わってしまいそうな自分の死期である線や点を目にしながらも、狂気を感じられないごく当たり前の笑顔を浮かべて楽しげに、当たり前のように、そんな視界で生きていける理由を語る。

 

「それにさ、壊れかけの方が安心するじゃん?

『今にも壊れそう』ってことは、『今は平気』って証明だし」

 

「 」から逃げ出して、逃げても逃げ切ることはできない、今はただの猶予期間であることを思い知らされる呪縛の視界のまま、「死にたくない」を貫くために得た狂気。

 ただ誰もが行う「当たり前」を得るために、狂いに狂いきった女を前にしてクロロの笑みが引きつった。

 

「さぁ、もう疑問点はないだろ?

 冥途の土産は完売だ。後はシンプルに、殺し合おうか。死にたくないのなら」

 

 そんな狂気と異常のハイエンドのような女から、戦闘の再開を申し入れられて退かない自分も相当いかれてると思いながら、盗賊の極意(スキルハンター)を持っていない方の手を広げる。

 クロロの指示に従って大人しく待ち続けていた獣たちが唸り声をあげながら、いつでも飛びかかれるように上体を下げる。

 

「あぁ、そうだな。こっちが土産を持たせられないのは悪いが、盗賊が相手だ。期待するな」

「クロロ!!」

 

 シャルナークに内心で一度だけ詫びを入れつつ、「退け」という意味で呼ばれた声を無視する。

 

 あの眼の危険性を知っても、念能力ではないのなら盗み出すことが叶わないと知っても、それでもクロロは求めた。

 

 誰かが「真理」と名付けた、その眼が繋ぐ最果てを。

 そこに何を求めているのかすらわからない、自分が求める答えがあると、子供のような期待を捨てられずにただ、求めた。

 

「ははっ! そりゃ、期待する方がバカだな!!」

 

 クロロの軽口におかしげに、楽しそうに笑って同意しながらソラは駆ける。

 眼にオーラを溜めて、普段は見えない相手のオーラの線と点が見えるように、「念能力」そのものを殺せるように魔眼の精度を上げて、うすら寒いくらいに冴えた蒼天の眼を見開いて、蜘蛛の頭の元まで。

 

 頭を潰しても旅団(クモ)は動き続けることなど、ソラは当然知らなかったが、知っていても同じことをした。

 奴らは、「死にたくない」自分から、世界はツギハギだらけで死が溢れていることを知ったうえで、無様に縋りついて悪あがきで生きているソラにとって、唯一の本能ではなく人としての意志で「生きたい」理由を奪う者だから。

 

「死にたくない」のなら、もう奴らは殺す以外の選択肢などなかった。

 こいつらがいる限り、自ら「死」に飛び込もうとする者がいることを知っているのだから。

 そんな少年を、守り抜くことこそがソラの「生きる」理由だったから。

 

 だからこそ、思い出してしまった。

 

『死は全く怖くない。

 一番恐れるのは、この怒りがやがて風化してしまわないかということだ』

 

 痛々しい緋色の眼で訴えかけてきた、弟の言葉を。

 それに対しての、自分の答えを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、ダメじゃん殺しちゃ!!」

「は?」

 

 唐突すぎる叫びと同時に、ソラがクロロの視界から消えて、襲い掛かろうとしていた残りの獣が床に頭から飛び込む形となって鈍い音がした。

 

「だぁらしゃあぁっっ!!」

 

 獣と自分、もしくは自分の本狙いだと思い完全に注意を払っていなかった方向に飛びこまれて、クロロの反応は遅れた。

 彼が振り返った時には、ソラが影の獣を生み出す光球を蹴り飛ばしていたところだった。

 

 見えなくとも、彼女のつま先がその光球の、「黙示録の獣(ワールド・エンド・ビースト)」の死の点を突いていることは理解が出来た。

 




クロロ戦は、「月姫」のネロ・カオス戦をオマージュして書きました。
能力名はここまで、元ネタそのものみたいな名前じゃなかったんですけど、……ネズミーの映画でね、今ちょうどやってるのが初めの能力名だったんです。
使える訳ねえわと思って、元ネタそのまんまにしてしまったけど、ルビが韻を踏んでるので気に入ってます。
もう二度と、出てきませんけど。

あと、ソラの戦闘スタイルと狂気の方向性は「DDD」の日守秋星がモデルです。
本家の魔眼持ち二人との差別化と、魔眼殺しなし、魔眼のセーブがほとんど出来ていないのならこうなるしかないだろうと思った結果が、マジで相当頭がおかしい子に……

元々、2話目以降はソラの一人称にするはずがこのいかれ具合で、「あ、こいつの一人称はあかんわ」と思った結果、三人称形式になりました。







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