死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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50:あまりによく似ている

「ごめんってばー、キルアー。すぐに仕事終わらせていくからさー、機嫌直してよ」

《別に俺は怒っても拗ねてもねぇよ!》

《キルア、そんなわがままでソラを困らせちゃダメだよ》

 

 空港のベンチに腰掛けて電話越しにソラは謝り、キルアは素直じゃないのにわかりやすく拗ね続けるという不毛なやり取りをゴンが諌めたら、キルアは「ワガママなんて言ってねーっつーの!」とまだ意地を張った。

 

 別れてから既に一週間近く経つが、二人はどちらも支障なく天空闘技場を謳歌しているようで、ソラは電話越しに二人のやり取りを聞いて和んだように笑う。

 天空闘技場は少年同士の友情を育み、謳歌するような場所ではないと突っ込める者はここにいないのは幸か不幸かは誰にもわからない。

 

「うん、でも本当にごめんね。私としても本当すぐに君たちの所に行きたいのはやまやまなんだけど、って言うか本当にマジこの仕事したくない、今すぐに放り出して君たちの所に行きたいくらいなんだけど……」

《……ソラ、そこまで俺たちを優先してくれるのは嬉しいけど、仕事はちゃんとしなよ》

 

 和んで笑っていたが、一応もう一回謝ったところでソラの話は謝罪からただの社会人失格な愚痴となり、ゴンは電話越しに呆れたのか同情してるのかよくわからない声音でソラに、仕事を放り出すなという釘を刺しておいた。

 キルアの方は完全に呆れながらソラの愚痴を聞いていたが、ふと気になった疑問を口にする。

 

《つーか、そこまで嫌なら何で断らなかったんだよ?》

 

 今年で12歳の誰が見てもまだ子供なキルアだが、殺し屋としての仕事をそれこそ10年近くこなしてきたので、「面倒くさい」だの「何か嫌だ」程度のワガママで仕事をえり好みできるほど社会が甘くないことは、下手な新社会人より良く知っている。

 しかし同時にキルアは、ソラなら同じように社会と仕事の厳しさを知った上で「嫌なもんは嫌なんだよ!!」とない胸を張って言いきって断るような女であることを確信している為、自分たちに愚痴るほど嫌な仕事を引き受けたソラの行動が、素で疑問だった。

 

 キルアの言葉にゴンも同じことを思ったのか、「そういえばそうだね」と同意してソラの返答を待つ。

 ソラの方はというと、一度空港の高い天井を仰いで「あー……」とため息なのかうめき声なのか判別つかない声を上げてから語った。

 

「……いや、私に仕事を持って来た奴がヒソカとは別ベクトルで同じくらい性質が悪い奴でさ、私に依頼してきたのもその厄介事を解決させたいとかじゃなくて、どうも私の『眼』の性能を知りたいからって感じなんだよ」

 

 ソラの言葉に二人は、先ほどまでの呆れや同情を吹き飛ばして顔色を変えた。キルアに至っては、「何で断らなかったんだよ!?」と今度は疑問ではなくマジギレをぶつける。

 ヒソカレベルの危険人物がソラの「眼」に興味を抱いていると知らされたら、妥当な反応だ。

 

 しかしソラの方は、相変わらず自分が当事者だという自覚があるのか怪しいくらい気だるげに、ただ単に「面倒くさい」程度にしか思っていないと言わんばかりの声音で答える。

 

「うん、本当にマジで『やだよ』って言って断りたかったんだけど、人の不幸は蜜の味を地で行くような奴だったから、私が断ってもその仕事のフォローはしないんだろうなってのが目に見えたから引き受けた。

 ただでさえ私がやらなくちゃ悲劇確定は後味悪いのに、そうなった方が向こうは喜んで得するってさらにムカつくじゃん? だからとりあえず、舞台に上がってあいつの掌の上で踊ってやることにした」

 

 そこまで語って、気だるげな声が一転する。

 楽しくておかしくて仕方がない、笑いをこらえきれない声音で彼女は言い切った。

 

「舞台には上がってやる。掌の上で踊ってやるさ。

 ただし、あいつが書いた台本通りにはしてやんないし、あいつ好みのダンスなんか踊ってやるもんか。私は私が好きなように踊って、最終的にその舞台は壊すし奴の手首も切り落としてやるために引き受けたんだよ」

 

 ハンター試験中では見たことも聞いたこともないほどに好戦的な言葉を言い放たれて、キルア達は言葉を失う。

 この「死にたくない」女にしてはあまりに珍しい反応であることには二人とも気付いていたが、同時に彼女は誰も失いたくない、守りたいと願い望むお人よしであることもよく知っているので、自分の眼の性能を測る為に誰かを、何かを犠牲にした仕事を依頼してきた相手がそれだけ気に入らないのだろうと、勝手に各々納得する。

 

 ……その依頼主が暗に、「ソラが引き受けなければ、ゴン達にでも依頼する」と言って自分たちを人質にとって脅しをかけていたことを、二人は気付かない。

 ソラも気付かせない。

 

 君たちの所為ではないと、語らずに信じ込ませる。

 私は私が気に入らないからやるんだと、二人に言い聞かせた。

 

「まぁ、そんな経緯で色々と面倒くさそうで本当に嫌なんだけど、仕事そのものは割と私と相性が良さそうだから、向こうにとっては期待はずれなくらいにスピード解決させるから、君たちはのんびりそこで路銀稼ぎと筋トレでもして待っててよ」

 

 二人がこれ以上ソラの言い分や態度に不審を抱かないように、自分たちがソラの枷になってしまったことに気付いていない間に、ソラは話をたたみ始める。

 ゴンやキルアとしては、「ソラと相性がいい仕事」という言葉に不穏なものを感じたが、そのことに気付いたのかソラが「後ろ暗いことはしないよ」と付け加えられて、渋々だが納得することにした。

 

《うん、ソラがそんなことしないのは信頼してるから、大丈夫。……でも本当に絶対、無理しないでね。特に、俺たちに早く会うために無理して怪我なんかしないで。

 大怪我したソラと会っても、俺たちは嬉しくなんかないから》

「ゴンは優しいね。大丈夫、私も怪我なんかしたくないから、自分を大事にするよ」

 

 ゴンが自分が「仕事はちゃんとしようよ」と言った手前言い出せない、本心での止めたい、もっと話を聞いて「ソラなら大丈夫」と思える根拠を得たいという願望を押しとどめて、せめてもの望みを口にすると、ソラは電話の向こうでいつもの晴れやかな笑顔をしていると確信できる声音で応えてくれた。

 

 キルアはというと、ゴンの言葉に「お前が言っても説得力ねーぞ」と突っ込みを入れてから、ただ一言だけソラに送る。

 

《…………待ってる》

 

 素直じゃないキルアが今出せる、精一杯の素直さにソラは一瞬呆気を取られてから、笑った。

 

「そんなこと言われたら、ゴンとの約束破っちゃいそうじゃん」

《うるせぇ! いいからさっさと行って、仕事終わらせて来い!!》

 

 つまりはこちらも無理してでも早く終わらせて会いたいと言ってやれば、いつも通りのひねくれたわかりやすいキルアになって、電話は叩き切られた。向こうもケータイで通話していたはずなので、実際は叩き切られたわけではないだろうが、それぐらいの勢いで一方的に切られてしまった電話を眺めながら、それでもソラは機嫌良さそうに笑って独り言を呟く。

 

「はいはい。言われなくてもさっさと終わらせて、会いに行くよ。

 ――こんな仕事、とっとと終わらせるに限るからね」

 

 独り言の前半は、ゴンやキルアが目の前にいるような優しげで楽しそうな声音だったが、後半は急に一転して何かに怒っているように低く呟いた。

 表情も一変して笑みが消え去り、俯いて目を隠す。ジワリと自分の眼の明度が上がっていくのを感じたから、それを隠す。

 

 同時に、脳裏によみがえった光景を振り払うようにソラは俯きながら頭を振った。

 

 

 

 大紅蓮が咲いた枯山水。

 

 悪趣味なアート作品のように散らばった、人間の手足と臓物。

 

 地獄絵図のような光景の中心で、岩に腰掛けてあまりにも儚げに笑った「彼女」

 

 

 

 振り払えなかった映像に自嘲の笑いをこぼしながら、ソラは膝の上の封筒に視線を落とす。

 パリストンから渡された、依頼された仕事の資料が入った封筒を開けて、暇つぶしにもう一度読み返す。

 

 とある一族を現在進行形で襲う、「呪い」に関しての概要。

 

「……平行どころじゃないくらいに違う世界だっていうのに、いらんところばっかりそっくり」

 

 呟きながら、眺めて読む。

 自分が7年ほど前に関わってしまった、とある家の復讐譚を思い出しながら。

 

 復讐に従事し、そして殉じた「彼女」に弟の面影を見ながら。

 

 * * *

 

 何度読み返しても、嫌になるほど自分が関わった7年前の事件を彷彿させる内容に、色んな意味でソラは気分が悪くなる。

 もちろん、細部は大分違う。そもそも前提として、ソラが関わった家は落ち目ではあったが名家と言っていい旧い「魔術師」の家だったが、こちらも名家と言い切れる家柄ではあるが、魔術師どころか念能力者でもない。ソラや裏試験を合格しているハンターからしたら、「一般人」にカテゴライズされる側の人間たちだ。

 

 ハンター協会の上顧客である許可局の役員だか何だか、とにかくソラからしたらどうでもいいし何の関係もないが、協会としては無下にできない、出来るのならば恩も媚も売っておきたい相手から依頼された仕事であり、その内容は「一族の者やその一族の中心人物に関わった人間が、どんどん不審死していく」という、ホラー小説の定番のようなシチュエーション。

 

 身内にその「不審死」が起こせるような能力者がいないのであれば、少なくとも実行犯は赤の他人であり、ソラが遭遇した出来事と同じ動機と経緯で至り、同じ結末になるとは限らない。

 むしろ同じ結末に至る可能性の方が、あまりに低いことはわかっている。

 

 だけど、ソラが依頼を受けた「家」と7年前に関わったその「家」の現状があまりによく似ている所為で、後味が酷く悪い記憶がフラッシュバックどころか総集編のように脳裏に延々と流れ続けている。

 

 事件というのもバカらしい。

 ソラからしたら起こるべくして起こった、血なまぐさい喜劇に等しい昔の出来事。

 

 ……そんなバカバカしい、起こるとわかっていたのに何一つ防ぐことも、「彼女」を止めることも出来なかった苦い記憶。

 

 本当によりにもよってな仕事を持って来たパリストンに、ソラは「豆腐の角に頭ぶつけて、納豆の糸で首つって、醤油を一気飲みして死ねばいいのに」と珍妙な呪詛を送るが、これに関してはこちらの世界に来るだいぶ前の出来事なのだから、ソラの記憶や過去を覗き見る異能でもない限り知りようがないことはわかっているので、完全な偶然だろう。

 

 というか、ただでさえ偶然であってもここまでソラのトラウマとまではいかないが、嫌な記憶を生々しく掘り返すものをピンポイントで持って来たこと自体が怖いので、本当に偶然であってほしい。世界線を超えるほどの性格の悪さは、もはや怖いだの脅威だのいう以前に絶望的だ。

 

「でもあいつならあり得そうで怖いんだよなー。もう何なんだよ、あいつは。変態のハイエンドなんて、ヒソカ一人で胸焼けするぐらいに十分だっつーの」

 

 ぶつぶつとパリストンに対する愚痴やら本気で引いているのやらよくわからない独り言を呟き続ける。

 パリストンが「いくらアマチュアで経験を積んでいるとはいえ、新人ハンターというだけで信用されなかったりしますから、適当に実績のあるハンターを助手として派遣しますね。あ、適当はもちろんちゃんといい意味の適当ですよ」と一方的に決めて派遣される予定の「助手」であるハンターを待つ時間をつぶす。

 

 もちろんソラは、パリストンの言い分を信用なんかしていない。

 そもそも、新人ゆえにわかりやすい実績がなくて信用されないのならば、師であるビスケを同伴させればいいだけだ。実際、ビスケは真っ先にそれを提案したが、パリストンは胡散くささのあまりに輝く笑顔で即座に、「ビスケットさんにはビスケットさんで任せたい仕事があるんです」と、古参のビスケでさえも逆らえない人脈を使ったどうでもいい仕事を押し付けて、彼女とソラを二分した。

 

 どう考えてもパリストンが派遣するハンターは、良くてソラの能力を正確にパリストンに伝える為の、スパイとすらいえないビデオやボイスレコーダー代わり、悪ければ何らかの思惑で、もしくは完全に奴の個人的な趣味でソラの足を引っぱることを命令されている内部の敵だ。

 

 そこまでわかってはいるが、もちろんそんな証拠はなくてパリストンの表面上の言葉は実に新人のソラを気遣った、鳥肌が立つほどに優しい正論なため断ることは出来なかった。

 というか、断っても表面上は正論であり好意の行動なのだからパリストンは勝手に派遣するだろうし、その場合は適当な理由づけして「足を引っぱれ」と命令しなくても、パリストンのシンパならば「副会長の好意を無下にした」という情報だけで、自主的かつ積極的にソラの足を全力で引っ張ることが期待できる。

 

 なのでソラは知らない間に敵に囲まれているより、初めから了承して出会い頭に殴って気絶させて簀巻きにして、自分の仕事が終わるまで適当な所に放置すればいいと、かなり雑で派遣されたハンターに同情してしまいそうな結論を出した結果が現在である。

 ちなみにこの結論は、パリストンが帰った後でまだ怒っていたビスケに「やっていい?」と尋ねたら爆笑されて、「よし、許す。やれ」と許可を出された。出すな。

 

 幸いながら、パリストンに「死んでもいいや、むしろ殺されたらいいのに」と捨て駒どころではない扱いをされるハンターも、さすがにパリストンも予想出来ていなさそうな、出会い頭に“凝”状態の拳で腹パンをかまされた挙句に簀巻き放置されるハンターもいなかった。

 

「……あんたが、『ソラ=シキオリ』か?」

 

 声を掛けられ、「やっと来たか」と思いながら面倒くささを隠しもせずにソラは顔を上げたが、相手の顔を見てソラは呆けたように目を丸くする。

 

 知らない相手だ。

 イルミに対してやらかしまくったボケの所為で説得力がないが、完全に初対面と言い切れる相手だった。

 

 なのに、直感的にソラは「この相手を知っている」と思った。

 

 デジャビュではない。会ったことがあるような気などしない。正真正銘の初対面だが、それでも確かに知っている。

 それくらい、聞いた話で自分が描いていたイメージとその相手は一致していた。

 

 腰まで届く癖のない銀髪に、目元を隠す大きなキャスケット。

 特徴的な鷲鼻に、キャスケットから覗く目は同じく猛禽を思わせる鋭さだが、そこに宿る光は優しく暖かだ。

 腰には「彼」を守ったはずの長刀を携えていたはずだが、今はない。当時は“念”を習得していなかったのかな? とソラは考えた。

 

「彼」が自分の事のように誇らしげに語っていた話からソラが描いていた「恩人」のイメージそのものな人物を、ソラは目を丸くしてただ眺め続ける。

 その反応に、相手が困惑する。何故か右手の拳が“凝”状態であることも含めて。

 

 しかし困惑してお互いに無言のままでは話が進まないので、相手は自己紹介をすることにした。

「ソラ=シキオリか?」という問いの答えは訊いていないが、白髪の男か女か判別がつかない程に中性的どころか両性、もしくは無性的な美人なんて特徴を持つ人間がゴロゴロいる訳もないので、間違いないと決めつけて。

 

「俺は、カイトだ。

 あんたの仕事の助手というかなんというか……まぁ、とりあえず同伴することになってる。よろしくな」

 

 困ったように自分の頭を一度掻いてから、男は名乗って自分の手を差し出す。

 求められた握手にソラは右手に溜めていたオーラを解いて、快く応じながらまず最初に笑って言った。

 

「ゴンが会いたがってたよ」

 

 ソラの言葉に、今度はカイトの方が目を丸くする。

 その反応をおかしげに笑いながらソラは、「ゴンが言ってた通りの人だね。イメージ通りの人でびっくりした」と語れば、自分が名乗るまでのソラの反応に合点がいったのか、こちらも笑った。

“凝”状態だった右手については、ハンターとしての勘が触れない方が良いと訴えかけていたので、忘れることにする。

 

「そうか……。ゴンに会ったら伝えてくれ。『会いたかったら見つけてみな』ってな」

「……どうしてハンターというか男って生き物は、自分も会いたいくせに素直に会ってやらないんだか?」

 

 ソラとゴンに面識があること、ゴンがハンターになったことを既に知っているのか、カイトはソラの言葉に何の質問も返さず、少しだけ子供のような笑みで伝言を頼み、ソラを呆れさせた。

 男のロマンは女に理解されないのが常である。

 

「まぁ、それはいいとして根本的な質問だけど、どうしてカイトさんがここに? あなたはどう考えても小金目当てで、『あいつ』のご機嫌取りをする人じゃないでしょ?」

 

 ソラも早々に理解を諦めて、話を変える。

 ベンチから立ち上がって小首を傾げて尋ねられたストレートな言葉に、カイトは苦笑しつつも相手を気に入ってしまった。

 

 獣や犯罪者といった敵との命を懸けた駆け引きならばともかく、本来なら仲間であるはずの身内から打算にまみれた駆け引きなんて反吐が出るほど嫌うカイトからしたら、このストレートな物言いと、伝聞でしか自分のことを知らないはずなのに、パリストンが自分にとって大っ嫌いな部類の人間であることを理解して信用してくれていることが素直に嬉しくて、好感を持つ。

 

「お前さんの言う通りだよ。クソ面倒くさいしがらみで奴に協力させられることはあっても、奴の味方になんて絶対に回ってやるか。だから安心しろ。お前自身があいつの味方じゃない限り、俺は敵じゃない」

 ソラの言い分を肯定してやりながら、ソラの足元に置いてあった鞄をナチュラルに持ってそのまま「こっちだ」と空港の出口へと歩いて行く。

 あまりの自然な紳士っぷりにソラは呆気に取られて、遠慮して鞄を取り戻すタイミングを逃しそのままカイトについて行きながら、晴れない疑問をもう一度問う。

 

「それはすっごく嬉しいけど、なおさらどうしてそうなったの? 正直言って、カイトさんはあいつの舌先三寸に丸め込まれることはあっても逆に利用し返すほど器用には見えないんですけど。あと、ゴン相手ならともかく私の味方になる理由なんて特にないし」

「カイトでいい。というか、本当に正直すぎるだろ。まぁ、事実だからいいけどな」

 

 またしてもストレートすぎるソラの言い分に、自覚はあるので特に気分を害した様子もなく肯定してから、説明してやる。

 

「俺はただ巻き込まれただけで、実はまだ仕事の詳しい内容や事情もよく知らないんだよ。

 俺なんかよりもパリストンが気に入らなくて、因縁もある人がパリストンの悪巧みに気付いたから、それを壊すために無理やり関わろうとして、ついでにたまたま一緒にいた俺も奴が嫌いだから便乗した。ただそれだけのことだ」

 

 言いながら、カイトは空港を出て指をさす。

 空港の出入り口すぐの道路の端っこに車を止めて、待っていた人物に。

 自分を巻き込んだ、自分以上にパリストンが嫌いで因縁がある相手を指さして、ソラの様子を窺う。自分を「イメージ通りだった」と言って驚いていた彼女が、「彼」を見てどのような反応をするのかが普通に楽しみだった。

 

 カイトの想像通り、ソラはその人物を見て自分の顔を見た時以上に目を丸くさせた。

 

 浮浪者一歩手前なくらいに擦り切れてくたびれた服装に、うす汚いターバンからはボサボサの髪が部分部分にはみ出ている。

 顔立ちそのものは童顔だが、だらしない無精ひげを生やしている所為でさらに浮浪者じみて怪しさしかないのに、浮浪者だとか怪しいとは思われてもその人物自身に悪い印象は何故かない。

 それは、あまりにも真っ直ぐで力強い瞳の光のおかげだろう。

 

 そして、その瞳の光はあまりによく似ていた。

 顔立ちよりも太陽のような輝きを灯すその眼が、何よりも血の繋がりを示していた。

 

 カイトの場合はさすがに名乗られるまで確信が得られなかったが、こちらはもうその眼を見ただけで十分すぎる。

 なのでソラは、眼を真ん丸にしたまま行動に移した。

 

 ツナギのポケットの中のケータイをストラップに指をひっかけて引っ張り出して、リダイヤルを押して耳に当て、数コールで取った相手に向かって前置きなしに言い放つ。

 

「キルア! ゴン呼んで! ダメ親父はっけ「待て待て待て! ちょっと待てやめろ!!」」

 

 残念ながらソラの報告は、車からダッシュで降りてきたダメ親父ことジンによってケータイを奪われ阻止された。

 

 * * *

 

「お前、確認すらせずにいきなり報告するか!? っていうか、初対面でダメ親父って何だ!? ダメ親父って!」

「確認する必要がないくらいに、っていうか違った方がびっくりなくらいゴンとそっくりだったし、育児放棄してる時点でダメ親父も確定してるから問題はない」

 

 車の中で助手席のジンが、出会い頭に物語を終わらしかねないことをやらかしたソラへ文句をつけるが、後部座席のソラは何も悪びれた様子もなく、むしろ真顔で即答した。

 その返答に、運転手のカイトは噴き出す。

 

「カイトも笑ってんじゃねー!! っていうか、お前も止めろよ! 何ですぐ横にいたのに止めもせず、腹抱えて笑ってんだよ!?」

「いや、すみません、すみませんってば、ジンさん。俺もまさか、あそこまでスピーディに連絡するとも、躊躇いも遠慮もなくダメ親父って言い切るのも予想してなくてツボにはまりました。

 あと、ダメ親父は俺も同感です。ジンさん、否定する資格どこにもないですよ」

「ひでぇ! この弟子、師匠を敬う気ゼロか!?」

「師匠としては尊敬してますよ。でも、人の親だと思うと心底ゴンに同情します」

 

 見た目はゴンの20年後と言って支障がないくらいにそっくりだが、ゴンよりも沸点が低い所為で息子よりも子供っぽく見えるジンを眺め、ソラは心底呆れたような目になって尋ねる。

 

「っていうか、何でそんなにゴンに会いたくないの?」

 

 ソラからしたら、まず第一にそこが疑問だった。

 カイトのように「自分から会おうとはしない」だけなら、ソラには理解できないしする気もないが、理解不能な男の妙な意地だかロマンだかそういうものだろうと思えるが、ジンの場合は「会おうとしない」ではなく明確に「会いたがっていない」と感じた。

 

 しかし、息子を嫌っているとか邪魔だと思っているとか、そういう身勝手で悪い感情は確実に持っていないと断言できる。

 何故ならこの男、ソラのケータイの電源を切って未だ返さず没収してゴンへの連絡手段を断っているくせに、何かとさっきからゴンの近況を聞きたがっているからだ。

 

 ハンター試験ではどうだったか、今はどのあたりにいて何をしているのかなどを、素直ではなく遠まわしに尋ね、ソラが話せば「ふーん」と興味なさそうな相槌しか打たないくせに、口元はやけに緩んでいた。

 どう見ても、息子が自分と同じく試験に一発合格したこと、仲のいい友達が出来たことを喜んでいる。

 その隠しきれていない親バカに呆れながら、だからこそ頑なに「会わない」を選択する父親がソラには理解できなかった。

 

 が、カイトからしたら答えが明白すぎるからか、ソラの問いに運転しながら彼は盛大に噴き出し、ジンにまた「カイト! てめぇ!!」とキレられた。

 

「はいはい、落ち着け。おっさんのツンデレなんて、誰も得しないからやめろ。で、マジで何でゴンに会いたがらないの?」

 車を運転しているカイトを殴ろうとするジンの襟首をソラが後ろから掴んで止めて、しかし自分の疑問をなかったことにする気は一切ないらしく、もう一度同じことを尋ねた。

 それでもジンはふてくされて黙っていたが、カイトが苦笑しながら「ジンさん」と促せば、観念したようにそっぽ向きつつも答える。

 

「……俺は、俺である為に息子を捨てた人間だ。お前らの言う通りダメ親父で、ろくなもんじゃねぇ。だから、会ったところで何を言えばいいのか何をすればいいのかわからねぇから会いたくないし、会わねーんだよ。

 親の資格を捨てた奴に会ったところで、いいことなんか何もねーよ」

「そう思うんならそもそも盛るな。大人なら避妊しろ」

「お前、もうちょっとオブラートに包めよ! その通りです、ごめんなさい!!」

 

 少しだけしんみりした空気が流れたかと思ったら、そんなことなかった。

 いつものように歪みなくソラがその空気を粉砕し、ジンは突っ込みつつも言われたことはまさしく正論なので思わず反射で謝った。謝ったのは、ソラが割と本気で不快そうに言い放ったからもあるだろう。

 

「……おい。ど正論だけど、さすがに女ならもうちょっと言葉を選べよ」

「女だからこそ、言葉を選ぶ気もなくすくらいにムカついたんだよ」

 

 さすがにカイトもジンにはフォローしなかったが、あまりにストレートなセリフに対して注意すれば、これまたぐうの音が出ない反論をされたので、「そりゃすまん」と話を畳む。

 

「……ま、大人の嗜みをされてたらゴンが存在しない訳だから、私としては別にいいんだけどね」

 

 しかし畳んだ話題を、ソラは無駄にカイトの注意どおり言葉を選んだ独り言で続けた。

 チラリと、バックミラー越しにソラはもちろん弟子からもフォローを入れてもらえなかったことにガチで拗ねる大の大人を眺めながら、少しだけ笑って。

 

「何見てんだよ? っていうか、お前はパリストンからどんくらい話を聞いてるんだよ?」

 

 ソラがバックミラー越しに何故か生ぬるい目で自分を見ていることに気付いたジンが、ふてくされたまま話を自分やゴンの話題から、仕事の話に変えて尋ねる。ゴン関連の話題は、何かと自分の都合に悪いと気付いたらしい。

 ソラの方もこれ以上その話題を突いてもおっさんのツンデレを見る羽目にしかならないので、彼女は答えながらパリストンから送られた資料をジンに渡す。

 

「あいつから直接聞いた話は、なんか身内や自分と特に親しくしてた人が次々不審死していくっていう、ホラーの王道みたいな話だけ。詳しいことは後からこれが送られてきて、内容は全部もう頭に入ってるよ」

「なるほどな」

 

 ジンは相槌を打ってぱらぱらと渡された資料を確認し、自分に渡された資料と内容に差異がないことに舌を打つ。

 わかっていたが、嘘をついて情報を錯綜させてこちらの連携を乱し、仲間内の信頼を揺らがせるという陰険極まりない事は大得意だが、言質どころか文書でわかりやすく証拠を残すなどという三流な真似をパリストンはしていない。

 そもそも奴は、嘘は決してつかない。

 嘘ではないが、曖昧な事実と断片的な本当を上手く組み合わせて騙してくる天性の詐欺師だ。

 

 相変わらずの詐欺師っぷりが良くわかる資料に苛立っていると、ソラが後部座席から身を乗り出して言う。

 

「で、パリストンから聞いていない、私が自分から探して得た情報は教えた方が良いですか?」

 

 その問いに、ジンとカイトは一瞬ポカンとしてから少し笑った。

 これもわかっていたが、この女もあの男が、パリストン=ヒルが大っ嫌いで信用などまるでしていないらしい。

 

「あぁ。教えてくれ」

 

 これから向かう依頼主の家には、おそらくは自分達とは別口のパリストンが派遣したハンターがいるだろう。

 他にもパリストンが仕掛けた罠があふれているだろうし、そもそも依頼内容である「不審死」の原因や正体は何もわかっていない。それが、自分達にも降りかかる「死」なのかもしれないことはわかっている。

 色々と前途多難な仕事であることはわかっているが、3人は笑う。

 

 少なくとも、自分たち3人に関しては裏切りだのなんだのという心配は何ら必要ないということが確定したからだ。

 

 * * *

 

「2年前に病死した依頼主の奥さんの祟りだと思ってるらしいね」

 

 確認の為かまず初めに、ソラは仕事の内容の前提を語ってから言う。

 

「2年前に依頼主の奥さんが病死して、それから何故か1年半の期間を開けて不審死が始まった。

 その死んでる人間は、依頼主の身内とか友人とか、あと懐刀級に信頼してる直属の部下に、屋敷の使用人たち。身内でも遠縁の親戚だとか、最近めっきり会ってない旧友とかに被害はないらしいから、今現在その依頼主にとって身近な人間がターゲットっぽいってところはまでは、その資料に書いてあったこと。

 ……で、ここから先は資料に書いてなかったことなんだけど、『不審死』自体は5年前くらいからあったみたいだね。

 

 ただし、相手は依頼主の身近な人間じゃなくて、依頼主にとって邪魔者、いなくなった方が都合のいい奴らばっかり。そしてこの5年前ってその亡くなった奥さんが嫁に来た頃で、不審死がぱったり止んだのは奥さんが死んだ2年前とぴったり一致してる」

「これ以上なく、きな臭い話だな」

 

 ソラの話に、ハンドル操作をしながらカイトが不愉快そうに鼻を鳴らす。

 その返答にソラも「だよね」と同意してから、さらに続きを語る。

 

「で、この奥さんは病死とされてるけど葬式が行われた半年以上前から姿が見えないとか近所で噂になってたらしいし、死亡診断書を書いたのは依頼主の家お抱えの医者。ついでに言うと葬式は、奥さんが天涯孤独だったらしくて密葬だから、奥さんの死体を見たっていう他人はほとんどいない。気が付いたら死んでたってことにされてたみたい」

「……なんというか、犯人そのものはこの上なくわかりやすいな」

 

 補足された情報にげんなりとしながら、カイトは正直な感想を返す。

 どう考えても、以前の不審死も現在進行形の不審死もその女が原因だろう。間違いなく、何らかの能力者だ。

 

「だよね。自分の敵や邪魔者を消すのにちょうどいい念能力者を嫁にして邪魔者を消しまくったのは良いけど、奥さんに下剋上されかかったのか、それとも人殺しはもう嫌だって言われたのか、はたまた疑心暗鬼に陥った自滅か知らないけど、奥さんを殺して病死ということにしたら、奥さんが死者の念になってが自分を殺した奴らに復讐してるって考えるのが一番スマートだ。依頼主の『妻の祟り』って言い分も実は大正解だし。

 

 ……ただし、そうなると『1年半』っていう空白期間が謎なんだよねー」

 

 ソラも笑って同意しながら、カイトが考えた通りのことを口にする。最後の疑問まで、カイトと同じだった。

 

 ソラの言う通り、依頼主の嫁が殺されたことによる死者の念となり、復讐のためにこの連続不審死を起こしているのなら、『1年半』という半端に長い期間が唯一にして最大の謎だ。

 何らかの制約でそれだけの準備期間が必要だったと考えるのが一番楽なのだが、自身の死とその間際の爆発的な感情というものはそれだけで生前のオーラ量のピークを上回り、生前ならば相当重い誓約(リスク)か、複雑な制約(ルール)を課さねば成立しない能力も、「死者の念」というだけで大概は可能になるはず。

 

 だからこそ、「1年半」という期間は大きな謎であり、同時に脅威だ。

 死者の念でも1年半かけなければ発動しない念能力ならば、楽観視は決してできない。

 発動したらもう手が出せないレベルのものだと考えるべきである。

 

「まぁ確かに怪しさ全開で不穏なものしか感じねーけど、ろくな情報もねーのに深読みしたらただのテンション下がる妄想だからやめておけ。

 というか、そんなことやってんなら恨みなんてそれこそ佃煮に出来るぐらい買ってるだろうから、以前の不審死の被害者側が“念”を覚えてやらかしてる可能性も十分にあるだろ。その嫁が実行犯っぽい連続不審死と、現在進行形の不審死は死に方が違うみたいだし」

 

 1年半という期間の謎にカイトが思案する横で、ジンが口を挟む。どうやらジンも、事前にパリストンが自分からは教えないであろう情報を調べていたらしい。

 言われて確かに、以前の不審死の被害者側の犯行ならば、女の死から1年半という期間に意味はないと納得する。

 ただ現在の不審死を起こせるだけの能力を得るのに、もしくはそんな能力者を探し出して依頼するのにそれだけの時間が掛かったというだけの話だ。死に方が以前と現在で違うのならば、嫁による死者の念よりもそちらの可能性の方が高いくらいである。

 

「……どっちにしろ、犯人の動機は『復讐』である可能性が高いよね」

 

 ジンの答えにソラは窓の外を眺めながら呟くが、男二人はその声を聞きつつも特に意識もせず、何も答えない。

 それくらい、ほとんど当たり前の前提。今更何を言ってるんだ? というレベルの発言だったので、二人は聞き流す。

 

 ソラの方も、別に何らかのリアクションが欲しかった訳じゃないただの独り言なので、そのまま窓の外に目を向けて、脳裏の二人をただ見ていた。

「復讐」という言葉で、連想する二人の言葉を思い出す。

 

『死は全く怖くない。一番恐れるのは、この怒りがやがて風化してしまわないかということだ』

 

 風化どころか自分自身を焼き尽くして炭化させてしまいそうな憎悪の焔を、鮮烈な緋色の目に宿して言った最愛の弟を、思い出す。

 そして彼とダブって思い出すのは、諦観に満ちた「彼女」のあまりにも痛々しくて儚い笑顔。

 

『――この家そのものがなくなってしまえば、……私を縛っていたものも失われて、自由になれると思ってた』

 

 自分の意思で何もかもを殺し尽くして壊し尽くして、確かに復讐を果たしたはずなのに、罪悪感と自己嫌悪に縛られてどこにも行けなくなってしまった復讐者の末路を思い出す。

 本意ではなかった復讐に振り回された、最悪の結末を思い出してしまった。

 

 後部座席でソラのテンションが下がっていることに気付かず、カイトはジンと会話を続ける。

 ジンの話に納得しつつ、調べていたのなら自分にも事前に教えてくれよと内心で思いながら、「そういや、資料には『不審死』とだけでしたね。どんな死に方なんですか?」と尋ねた。

 

「以前のは、病死とか自然死の類がないってだけで、死に方に共通点はねーな。

 ただ周囲に誰もいなかったのに、突き落されたように駅のホームから線路に転がり落ちて轢死だの、真っ直ぐ続く道路でいきなりハンドルを大きく切ってまがって反対車線に突っ込んで事故死とか、これまた死ぬ経緯がホラーじみてやがる。

 ついでに言うと、不審死だけならその女が嫁入りして死ぬまでの3年間で10人ほどだが、行方不明者と鬱だの何だの精神病んで再起不能になった奴らはその5倍だ」

 

 まさしくよくあるホラー作品の「呪い」そのものである答えに、カイトはかすかに顔を歪める。

 が、その感想は早すぎた。

 自分達が解決しなくてはならない、現在進行形の「呪い」の方がもっと「ホラー」という感想にふさわしかった。

 

「で、現在進行形の方はっていうと、こっちは死に方が全部共通してる。

 全員、食い殺されてるんだよ。たぶん犬あたりの獣に、生きながらに全身をズタズタに噛み千切られて引きちぎられて食いちぎられて、ほとんど人としての原型を留めずバラバラのグチャグチャになって死んでるらしい。

 時間はどうも夜、日が完全に沈んでから明けるまでって限定されてるみたいだけど、場所は限定されてねーな。野犬なんか出るはずがない高級ホテルの密室で死んでる奴もいるし、目撃者によるといきなり目には見えない獣に襲われて、全身の肉が抉られて食い殺されたんだとさ」

「……なんか数年前に、似たような事件ありましたよね? あれって解決してましたっけ?」

 

 数年前に起こった、複数の人間が同時刻に突然縄状に全身がねじれて死亡した事件を彷彿させる壮絶な死に方に、カイトはテンションの低い声で言う。

 確かその事件も、被害者に歳や性別などといった共通点はなかったが、互いに縁故関係がある者ばかりだったので、死に方と同時刻に大量と少人数が連続という違いはあるが、同じ犯人の可能性は否定できない程度に共通点があった。

 

「解決どころか、ハンターサイトでもトップシークレット扱いだぜ」というジンの答えが、またげんなりとさせる。

 

「ただ、たぶんその縄状になって殺されたって奴と今回のは、別口だと思うぜ」

 

 しかしジンは散々不安を煽るようなことを言っておきながら、ケロッと掌を返す。

 言い方がやたらと軽いので一見期待できない話だが、ジンは自分一人で行動するならば根拠もくそもない自分の勘を最優先するが、さすがに誰かと一緒に行動する時はその仲間への迷惑は最低限になるように配慮する。あくまで最低限であり、迷惑をかけることが前提であることに関しては既にジンという人間を知る者は皆、諦めている。

 なので、「たぶん」と言いつつもジンなりの根拠があるだろうと思い、カイトは「何故ですか?」と話を先に促す。

 

「殺され方がだいぶ違うからな。

 縄状の方は俺でもほとんど情報は手に入らねーからわかってねーけど、この仕事の方は念能力者の目撃情報が手に入ったから、違う可能性が高い。同一犯なら、人間を縄状にねじって殺すは不可能だ」

「念能力者の目撃情報? そんなの、どうやって手に入れたんですか?」

 

カイトが疑問を問うと、ジンより先に先ほどから我関せずだったソラが、ほぼその答えである質問を重ねてきた。

「! パリストンの奴、3人くらいハンターを既に送り込んでそいつら返り討ちに遭ってたよね? そいつら全員、死んでなかったの? そいつらから話聞けたの?」

 

 ソラの言う通り、パリストンはソラに依頼する前に『ただのハンターじゃ手が出せない』という事を強調したかったのか、捨て駒として協専ハンターを3人ほど送り込んでもくろみ通り返り討ちにされていた。 

 ソラの方は「3人、手も足も出せず犠牲になった」としか聞いていなかったが、どうやらあの詐欺師は一番有意義な情報を持ち得る生き残りの存在を隠していたようだ。

 

 もちろんその程度の小細工は、例え気付いても新人であり他のハンターへの人脈などないに等しいソラには通用しても、首を突っ込んで飛び入り参加してくることを予測出来ていなかったジンには通用しない。

 

「おう。錯乱しててほとんど聞けなかったけど、幸いながら襲われた時に“凝”くらいはしたみたいで、襲ってきた見えない獣の姿だけは聞き出せたぜ」

 

 生き残りはしたが、精神が致命的に傷ついたハンターから何とか聞き出した情報を、人を食い殺す不可視の獣の正体をジンは語る。

 

「どうも普通の人間には見えない、犬か狼あたりで間違いないんだが……」

 

 ジンは少しだけ、間を開けた。

 その理由をカイトは察することが出来なかった。それだけなら、普通に具現化系の能力者によるものだとしか思えなかった。

 が、やはりこの仕事は一縄筋にはいかないことを思い知らされる。

 

「……首だけらしい。

 何十頭もの犬の頭だけが、襲い掛かってくるんだとさ」

 

 具現化系の念獣にしても異様なその正体に、誰よりも何よりも先に反応したのはソラだった。

 

 ジンは目を見開き、カイトは危うく運転ミスを犯しかけた。

 それくらいに一瞬で魅せられる美しさを、バックミラー越しに二人は見た。

 

 ソラの夜空色の瞳が、蒼天へと変化する様を見た。

 

 ソラ本人は男二人の反応に気付かない。自分の眼の色が変わっていることにすら気付かず、彼女自身も目を見開いてただ呟いた。

 

 

 

「――――犬神……」

 

 

 

 食い散らかされた人間の手足と臓物が散乱する枯山水。

 

 その中心で、憎い一族の血に全身を穢しながら座り、儚く微笑んだ「彼女」

 

 その周りに飛び交っていた、何十もの頭だけの犬の亡霊……

 

 

 

 

 

 復讐に従事し、そして殉じた犬神遣いを思い出した。




ジンとソラの二人だと、ブレーキのついていない暴走機関車状態にしかならないと思ったので、カイトも追加しました。
カイトさん、本当に頑張ってこの二人の暴走を抑えてください。

作中の「彼女」や「7年前に関わった事件」に関してはその内、「『空』だった頃」というタイトルで番外編として書こうと思っていますので気長にお待ちして頂けるとありがたい。

ただこの番外編、原作を何にしたらいいんだろう?
オリジナル? 型月? フェイト?
当初は「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿」にソラが関わったという形にしようかと思ってたけど、事件簿読んでみて教授が関わったらこの事件秒速解決するわと思って、教授は残念ながらリストラされましたので、事件簿原作というのも没りました。

ちなみに、「彼女」はオリキャラですよ。型月既存のキャラじゃないです。

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