死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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69:前哨戦の終わり

 フランクリンは自身の武器である指先を切り落とした腕を構えたまま、動けない。

 突如現れ、シズクのこめかみを蹴りつけ意識を飛ばした、何者かどころか性別さえもわからない赤コートが、気を失ったシズクの首根っこを掴んだまま佇んでいるので、威力は高いが精密さは皆無な自分の能力では間違いなくシズクが巻き添えとなる。

 

 いや、巻き添えどころかあの赤コートがシズクを人質・肉壁にするつもりがなくても、間違いなくシズクは死ぬ。

 シズクは本気で予想外の攻撃を受けたせいで、寝ていても“纏”を維持できる実力者なのに現在はそれが解けて、普通の人間と変わらずオーラが垂れ流し状態なので、何としても彼女を回収して安全圏で寝かしておかない限り、フランクリンの念弾でなくても巻き添えに合って死ぬ可能性が高すぎた。

 

 なので、フランクリンは片手を構えたまま動かない。

 代わりにフェイタンが一度、シズクを眺めて鼻を鳴らしてからゆらりと前に出てきた。

 

「……ふん。ワタシの役目、何もないかと思たけど、どうも骨のある奴がいたようね」

 

 フランクリンは動かないままシズクが回収されたら、もしくは最悪シズクを犠牲にしてでも殺すべき相手だと判断した時に備えていつでも念弾を掃射できるようにしながら、フェイタンにこの場を任せることにした。

 フェイタンの能力は、「ダメージを蓄積してカウンターで返す」というかなり特殊で使いどころが難しいが、元々彼は能力頼りな戦闘はしない。

 どちらかというと強化系に近い、基本の四大行の応用である“流”やら“堅”やら“硬”と武器である暗器を使って戦い、そして小柄な体格から想像できるように相当なスピードファイターだ。

 

 赤コートがシズクを盾にするつもりでも、自分よりはよっぽどシズクの安全を図りながら戦闘できるし、彼女を奪い返すことも可能だろう。

 ……彼の性格上、さすがにシズクを見捨てることはないだろうが、その図る安全性は極めて最低限になりそうなのが不安だが、そこは「生きてるだけマシ」だとシズクに思ってもらうしかない。

 

 生き残った競売参加者の女が駆け出したのを合図に、フェイタンは赤コートまで距離を詰める。

 逃げる女は無視した。あれが赤コートの仲間ならば、こちらもその女を人質にしてシズクと交換という手段が取れるが、どうも女の様子からして相手が何者なのか自分たちと同じくらい何もわかっておらず困惑していたので、おそらく赤コートはコミュニティー雇われの念能力者、「陰獣」の一人なのだろう。

 

 そうだとしたら自分の所属してる組織の組員ならともかく、ただの客なら余裕があれば守る程度で、なければ躊躇なく人質ごとこちらに攻撃を仕掛けるはず。

 計画では参加者も競売スタッフも皆殺し予定だったが、別に目撃者がいても旅団としては何ら問題はない。

 そもそも逃亡に用意しているのが気球という時点で、あまり隠れる気は彼らにはない。

 

 なのでフェイタンは、逃げる女を完全無視して赤コートの方に突っ込み、まずは様子見で“凝”状態の足で蹴りつける。

 赤コートの方もやはり積極的に守る気はないのか、それともフェイタンの読みをこちらも読んでいたのか、逃がした女を気にせずに首根っこを掴んでいたシズクを抱え直して、同じく“凝”を施した足でフェイタンの蹴りをガードした。

 

 能力は具現化系寄りだが、強化系も得意分野に当たるフェイタンの蹴りによりダメージを完全に相殺したことで、相手は十中八九強化系だとフェイタンは推測し、舌を打つ。

 能力発動には自分がある程度のダメージを受けなければならないという、特殊すぎる制約を持つフェイタンにとって強化系はわざと無防備になってダメージを受けるという真似は自殺志願同然なのに、能力を発動させずに戦うには向こうの防御力が高すぎる。

 

 フェイタンにとって相性が最悪同然の相手に、プライドが高くサディスティックな趣味嗜好を持つ彼からしたら屈辱的だが、旅団(クモ)の足の一本としての思考がフェイタンという個人の思考を端に追いやって、冷静に判断する。

 

 シズクを抱きかかえて片腕が使えないにも拘らず、自分の攻撃をガードしてダメージも相殺できる強化系能力者相手に、すべき自分の役割は赤コートの殺害でも、シズクの奪還でもない。

 

 時間稼ぎさえ出来ればいい。

 

 蜘蛛の足はそう判断して、赤コートに攻撃を仕掛ける。

 逃げられぬように自らの体格とスピードで翻弄して、この場に留まらせた。

 フランクリンも同じことを思っているのだろう。

 

 シズクには決して当たらぬようにかなり明後日の方向に念弾を発射しつつ、赤コートが脱出できないように逃げ道を塞ぎ、彼は轟音を立てることで知らせ、呼び寄せる。

 

 競売開始前に進行役(オークショニア)の体にフェイタンが趣味全開で聞いたが、念のためにビル全体を探して本当にここに盗む予定だった競売品はないのかを確認している他の仲間たちが、異常事態に気付いてこちらにやってこさせるために、二人は行動した。

 

 この赤コートは相当な実力者の念能力者であるが、それでもあと2,3人も仲間が集まれば、いやウボォーギンが来てくれたら余裕で勝てる相手だとフェイタンもフランクリンも、赤コートの実力を見積もっていた。

 少なくともよほど愚かな油断をしない限り、仲間が集まる前に自分たちがやられることはない。まだこの赤コートは全く本気を出してなどいないだろうが、シズクを抱え込んでいる分、そこまで余裕もないという判断は決して間違いではない。

 

 ……そう確信しているのに、有利なのは自分たちの方なのに、フェイタンは酷く苛立つ。

 自分の攻撃を全部ガードされ、避けられていることもひたすら相手を甚振ることが趣味の彼にとっては苛立ちの種だが、それ以上に癇に障るのはフードの下から垣間見える唇。

 

 実力者ならフェイタンと同じように、相手の実力を見積もることくらいできるだろう。

 そして仮に自分たちの他に仲間などいないと思い込んでいても、いくらシズクという人質を持っていても、2対1というこの状況なら間違いなく赤コートの方が先にスタミナ切れを起こして不利になるということぐらい、わからぬ相手だと思えない。

 

 なのに、相手に焦った様子はない。不利な状況に憔悴している気配はなく、それを押し隠してる無表情でもない。

 もしかしたら、崖っぷちであることを気付かせないための強がりと挑発、その挑発に乗ってこちらが下手を打つことを期待しているのかもしれないという可能性がなければ、間違いなくフェイタンはその挑発に乗ってブチキレていただろう。

 

 それぐらい、不快だった。

 フードの下から覗く、楽しげに笑っている唇が不愉快で仕方なかった。

 

 * * *

 

「何事!?」

 

 フェイタンとフランクリンで時間稼ぎを初めて1分足らずでやって来たのはマチとウボォーギンだった。

 

「多分『陰獣』の一人だ!! シズクを人質に取られた!!」

 

 フランクリンが相変わらず、当てる気はないが逃がす気もない念弾を発射しながら、その騒音で掻き消されぬように大声を張り上げて怒鳴り、最低限の情報を彼らにも伝える。

 そしてその情報、相手はおそらく十頭老がそれぞれ自分の組から選出した最強の念能力者である『陰獣』という部分に、旅団の中で直接戦闘能力最強かつヒソカと方向性は違うが同じくらい戦闘狂なウボォーギンが歯をむき出しにして笑った。

 

「マジか!? 初っ端から豪華だな!!

 シズク! 怪我したら悪ぃ!! マチに治してもらえ!!」

「ちょっ! ウボォー!?」

 

 フランクリンの言葉に歓喜して、かなり不吉なことを言い出す仲間にマチは声を上げるが、もちろんこの脳筋の見本が聞くわけない。

 ロビーにあった豪勢な数人掛けのソファーをウボォーギンは片手で軽々持ち上げ、まずは手始めに赤コートに投擲。シズクへの配慮、フェイタンよりゼロである。

 

 さすがに人質を抱えている相手に、人質ごと潰す気しかない物が一直線にブン投げられるのは想定外だったらしく、余裕を醸し出していた赤コートが初めて焦った様子を見せて、投げつけられたソファーをほぼ“硬”状態の足で蹴り返した。

 真っ直ぐピンボールのように蹴り返されたソファーに、ウボォーギンの近くにいたマチは猫のように髪を逆立てて「この脳筋!!」と怒鳴って彼の背中に隠れて、ウボォーギンの方は反省の色なく「悪ぃ!!」と謝りながら薙ぎ払うように殴り飛ばしてソファーを粉砕する。

 

 そしてフェイタンはようやく出来た赤コートの隙を見逃すわけも、ウボォーギンにみすみす譲る気もなく、同じく足にオーラを込めてフェイタンの“硬”のつま先が赤コートの無防備となった背中を襲う。

 が、焦ったのは事実かもしれないが余裕を失ったわけではなかった。

 

 むしろ、フェイタンは誘われ乗ってしまった。

 自分達のものではない、この赤コートが張り巡らせた「蜘蛛の巣」に。

 

「――そこに、意味はない」

 

 赤コートが初めて、ぼそりと低く言葉を発する。

 囁くような小声だったので、やはり声でも性別の判別はつかない。そして何より、意味が全く分からない呟きだったが、その言葉の意味を考える余裕などフェイタンはあっさり奪われる。

 

 赤コートはシズクを抱えたまま、フェイタンに向かって投げつけた。

 香水のミニボトルのような、あまりに小さな小瓶。

 その小瓶に詰められたコールタールのように黒くて粘着質な液体は、赤コートの意味不明な呟きが発動キーワードだったのか沸騰したように泡立って、瓶を破裂させて中身を飛び散らせた。

 

 勢いづけて蹴りを繰り出したので、急には止まるのは困難だったが出来ない訳でもなかった。

 しかし、液体の量からして何らかの念能力によるものであろうが、物理的な毒であろうが、全身のオーラをすべて一部に集中させる“硬”状態の足以外には被らないとフェイタンは判断して、そのまま蹴りつける。

 予想通りというか、予想以上に液体が足にかかってもダメージは皆無で、液体も即座に蒸発するように消えた。

 自分が纏ったオーラごと、液体は掻き消える。

 

「!?」

 

 相手は強化系だとフェイタンは判断していたので、投げつけられた液体も強化に隣り合う放出と変化系を応用した念による毒物かと思ったが、まさかの「オーラ無効化」という反則的な効能。

 ただ、液体の量があまりに少なかったからか、フェイタンがオーラを纏う端から空気中に蒸発して溶けるように掻き消されたのは2秒ほどで、3秒後には何ら変わりなくフェイタンの体にオーラは巡り、彼の意志に従って発し、留まり、姿を変える。

 

 だからフェイタンはやはり勢いのままに蹴りつけた。

 赤コートの背中を、一度全て掻き消されてしまったので“硬”ではなく“凝”程度にしかオーラを集められなかった足で蹴りつけながら、彼は見た。

 

 フードの下の唇はやはり、自分たちを見て笑っていることに。

 その笑みと、そしてこの行動がフェイタンの頭に一つの可能性を浮かび上がらせた。

 

 この赤コートは、自分と同じ戦法を取ったのではないかという懸念。

 自分の攻撃力を致命傷にならぬ程度に削ってから、わざと受けたのではないかという可能性に気付くと同時に、面倒なことに脳筋が床を壊すのではないかという勢いで走って乱入してきた。

 

「おい! ずるいぞフェイタン!! 俺も混ぜろ!!」

「!? ウボォーッッ!!」

 

 フェイタンは叫ぶが、この猪突猛進ゴリラがそれぐらいで止まる訳がない。イノシシなのかゴリラなのかせめてどっちかにしろ。

 

「おらぁっ!!」と掛け声なんだか雄叫びなんだかな声を上げて大振りで殴りつけるが、赤コートはフェイタンに背中を蹴りつけられても軽やかに飛びのくと同時に、抱えっぱなしだったシズクをウボォーギンに向かって投げつけた。

 

「!? シズク! おうっと!」

 

 シズクごとぶっ潰しかねない勢いでソファー投げるわ殴りかかるわという蛮行をやらかしていたが、さすがに投げつけられた仲間を無視せずウボォーギンはシズクを抱き止める。

 壁にぶち当たるまでどころか壁をぶち壊す勢いで突っ走る筋肉バカが一端止まったのをいいことに、フェイタンはこの隙にマチに指示を飛ばす。

 

「マチ! あれの動きを止めるね! あれ、ワタシと似た能力持てるかもしれない!!」

「! わかった!」

 

 フェイタンの指示に念弾を撃ちかけたフランクリンも慌てて止めて、代わりにマチが周囲に針を投げつけ、その針に繋がる念糸を張り巡らせる。

 フェイタンと同じタイプの能力者なら、ダメージを与えず捕獲か即死させないと、傷つければ傷つけるほどこちらのリスクも高くなる。

 なので、マチの念糸でこの赤コートをとりあえず捕獲することを試みるが、フェイタンの推測は正しかったが一つ大きく見誤っていた。

 

 赤コートの周りに下手に触れれば体が輪切りになるような斬糸が張り巡らされ、そしてその糸はマチがあやとりのように指を動かすにつれてどんどん範囲を狭め、自分に近づいてゆく。

 それでも、フードの下の唇は笑っている。口角を上げたまま何か呟くが、その声は誰にも聞こえない。

 

 聞こえない代わりに、「それ」は現れる。

 

『!?』

 

 赤コートは振りかざし、構える。

 コートの袖に隠し持っていたわけではない。それが、オーラで構築されたものであることは念能力の実力者である彼らには一目で知れた。

 

 一目で知れたからこそ、彼らの思考は「有り得ない!!」の一色で染まる。

 フェイタンの攻撃やウボォーの投擲に対応できたことからして、赤コートは十中八九強化系のはずなのに、武器を具現化したことも。

 そしてその武器が、張りぼてなんかではなくあまりに高密度のオーラで、宝石でできた棍棒なんていう華美なのかそうでないのかよくわからない外見とは裏腹に、あまりに複雑精緻な品物であることも。

 

 そして、その具現化された武器以上に、どう考えても赤コート自身の容量以上と思われるオーラを、その棍棒なのか、それとも剣なのかもわからない武器が纏っていることも。

 

 フェイタンは見誤っていた。

 たしかにそれを具現化させる条件であり誓約はフェイタンの能力とほぼ同じだが、「痛み」の等価として与えられる魔力(オーラ)は限度のある自分自身という内側ではなく、平行世界というあまりに遠い隣り、無限の外側だった。

 

 念能力者にとってそれは、何もかもが有り得ない非常識の塊だった。

 

 ……非常識で当然。

 これは偽物であり模造品であり粗悪品だが、それでも、放たれるその斬撃は紛れもない本物。

 現実を侵食して駆逐する、奇跡の欠片にして生き残り。

 

 赤コートは囁く。

 誰も聞こえてないが、その「奇跡」の名を告げ、現実を駆逐するために振り落とされた。

 

 

 

 

 

「――世界を、穿て。

 虚構細工(キシュア・ゼルレッチ・)宝石剣(シュバインオーグ・レプリカ)!」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 500メートル離れたビルの屋上に届くほどの轟音。

 オークションが行われていると思われる階の電灯がいくつも消える。

 

 明らかな異常事態は双眼鏡などなくても確認が出来た。

 

「!? 何事だ!?」

 

 最も機嫌を取らねばならない主であるネオンのわがままを、大暴れさせても押さえつけて却下しただけあって、本日の競売で「何か」が起こることは予測も覚悟もしていたが、想像以上に派手な「何か」が起こったことに一瞬戸惑ったクラピカは、イヤリングに触れて自分を落ち着かせ、護衛リーダーのダルツォルネに連絡を取る。

 

 ダルツォルネもまさかそこまで派手な異常事態が起こるとは思っていなかったが、彼はネオンの護衛だけではなく仕事のマネージャーでもある為、彼女の「予言」の的中率もよく知っている。

 なので即座に冷静さを取り戻し、クラピカとセンリツに「今すぐセメタリービルに向かえ!!」と指示を飛ばした。

 

 派手な轟音のおかげで異常事態は一瞬にして周囲一帯に知れ渡ったので、「オークション会場から半径500m以内、競売参加者・スタッフ・コミュニティー専属警備員以外立ち入り禁止」という規制は即座に撤回されて、クラピカもセンリツも誰に咎められることなくスムーズにセメタリービル内に立ち入ることが出来た。

 

 しかし、それは幸運とは言い難い。

 オークション会場は、地獄絵図としか言いようがなかった。

 

 ほとんどの人間が、人らしい原型を留めていないミンチとなって床にぶちまけられていた。

 地下競売の客という時点で何の罪もない善良な人間である可能性は皆無。

 だからこの末路は因果応報というものかもしれないが、それでもクラピカからしたら痛ましいものだった。

 

 特に、死体の中でも原型を留めている方であり、まだたったの一日しか行動を共にしていないし会話らしい会話をした覚えもない、……「仲間」だとは言えないし思う気もなかったが、それでも赤の他人よりはずっとよく知っている同僚、トチーノとイワレンコフの死体を目にした時、自分の想像以上に胸が痛んだ。

 

 せめて死体の眼だけでも閉ざそうかと思ったが、トチーノは頭の半分くらいがごっそりと欠け、イワレンコフだけは他の死体と違って体はほぼ無傷なのに、よりにもよって頭を叩き割られて原型を留めていない。

 どちらもあまりに無意味、自己満足にすらならない行為であると思って結局、心の中で彼らの冥福を祈りながらクラピカはダルツォルネに再び連絡を入れる。

 

「……客は全滅。死体だけが会場に残っている。競売品が入っていたと思われる金庫は空になっていて、競売スタッフや警備員は死体すら見つからない。

 それと……」

 

 端的にクラピカはセメタリービルの現状を伝えながら、死体の確認をしていたセンリツに視線を向けると彼女は無言で頷いたので、最後に自分達だけが気づいた情報を口にする。

 

「ヴェーゼの死体だけ、見つからない。彼女が履いていたらしきハイヒールは見つかったが、死体の中に彼女の姿はない。

 死体は顔の判別もつかないものも多く、おそらく同じように殺されたであろう競売スタッフたちの死体も見つからないから、彼女が生きているという根拠にはあまりならないと思うが……」

《なるほど。俺たちも今そちらに向かっているから、お前らはリンセンとバショウと合流してそのまま俺たちが着くまで中央広場沿いの立体交差点で待機してろ。

 他に新しい情報、そして万が一にヴェーゼを見つけたらまたすぐに連絡を入れろ》

「了解」

 

 通話を切り、クラピカとセンリツは指示通りまずは裏口を監視していた二人を探しながら、クラピカは問う。

 

「どう思う?」

「ヴェーゼのこと? ここで何が起こったかが全然わからないからまだ何とも言えないし、彼女の能力じゃ生き残るのって難しいと思うからあまり期待できないけど……でも、そうだとしたら死体がないのはおかしいわよね? あなたの鎖でも探せない?」

「……探すのは可能だが、地図を使って大ざっぱな位置だけでも把握しないと、このビル内にいたとしてもひたすら鎖を垂らして動き回ることになるな。……生きているのならともかく、死体ならさすがに時間の無駄だろう」

 

 センリツの問いに答えつつ、そして考え込む。

 ヴェーゼの能力「180分の恋奴隷(インスタントラヴァー)」は、面接時にスクワラが犠牲となったのを見て「何て恐ろしい能力だ」と本気で思ったし今でも思っているが、彼女の能力ははっきり言って弱い。

「他者を操作する」という操作系としてスタンダートな能力は、決まれば無敵に等しいが逆に言えば相手を操作する条件が満たせなければ本人の戦闘能力に頼るしかない。

 

 ただでさえ女性という性別が戦闘の際に様々な意味でハンデとなるのに、ヴェーゼの相手を操作する条件はよりにもよって「キス」だ。

 イルミのようにオーラを込めた針を刺すが条件ならば、操作系は放出系と相性がいいのである程度の距離を置きながら条件を満たすことが出来るが、ヴェーゼはよりにもよって本人の素の戦闘力がさほど高くもないのに密着しなければ条件が満たせないので、あの能力は諜報など非戦闘時には非常に役に立つかもしれないが、戦闘となるとまるで意味がない。

 

 だから、トチーノかイワレンコフの死体がないのなら彼らが何とか生き延びて逃亡に成功した可能性が考えられるが、ヴェーゼの場合はどうしても考えられない。どうやって生き残ったかというビジョンが全く浮かばない。

 しかし、だからといって彼女も死んだと考えるには疑問点が多い。

 

「……死体が競売の参加者だけで、競売スタッフや警備員が一人もいないのは、おそらく賊が念能力者だからだろうな」

「そうね。先に競売スタッフたちを始末して、死体の隠蔽や処理に長けた能力者が始末したけど、客は殺した後は何かトラブルがあって、始末する暇がなくてこのまま逃げたって所かしら。

 そうだとしたら、客の中にその賊と渡り合える能力者がいたのかもしれないわね」

 

 クラピカの推測にセンリツは同意する。あの轟音が賊との戦闘によるものなのは、ロビーの中で竜巻が起こってもここまでひどくならないだろうと思えるほどの惨状が物語っている。

 センリツが自分の推測にさらに加えた憶測にクラピカも頷き、答える。

 

「そうだとしたら、ヴェーゼが生きている可能性が生まれるな」

「ええ。……でも、競売前にトイレか何かで会場に離れた隙に殺られたとも考えられるし、……生きて攫われたという可能性もあるわね」

 

 クラピカの言葉に一度同意してから、センリツは非常に申し訳なさそうにヴェーゼが無事逃げ延びたよりも高い可能性を口にする。

 仲間だとすら思っていなかった相手でも、その死体を目の当たりしたクラピカが胸を痛めていたことなど彼女にはお見通しであり、彼女個人としては希望を持たせてやりたかったのだろうが、この切迫した状況で楽観的な考えは己の首を絞めるものにしかならないことを良く知っているから、泥を被るつもりで言ったのだろう。

 

 先ほど、少しだけ互いの柔い部分に踏み込んだ雑談を交わしただけだが、クラピカはセンリツならば「仲間」と言ってもいい、「仲間」だと言いたい相手だと思っているので、彼は心中で「いやな役目をさせてすまない」と謝りながら、「わかっている」と答える。

 

 が、同時に前者はともかく後者は可能性が低いのではないかと思い、そのことを口にする。

 

「だが、後者の可能性は低いだろう。客の死体の中には少ないが他にも女性がいる。攫うのであれば彼女達も生かして攫うだろうし、ヴェーゼは決して不器量ではなかったがそこまでして連れ去りたいと思えるほどの器量でもない。

 能力も効果自体は珍しいものではないから、能力目当てというのもまずない」

「……面接時(初対面)から思ってたけど、あなたって見た目の礼儀正しくて冷静そうな印象に反して実は心と口が直結しているわよね」

 

 サラッとヴェーゼに殴られても何も文句は言えないことを真顔で、しかも同じ女性のセンリツに気を遣ってフォローのつもりで言い出しているクラピカに、センリツは反応に困りながらとりあえず正直なコメントをしておいた。

 心音からして本気で自分の言ったことの何が悪かったかをわかっていないクラピカは、実は本物の天然であると今後の役に立つのか立たないのか不明な事実に戸惑ったが、幸いなのかその戸惑いは未だ怒声が響くパニックの中に響いた声ですぐに忘れることが出来た。

 

「クラピカ! センリツ!!」

 

 競売の参加者が全滅という事態でパニックが収まらないビル内の人波をかき分けて、見覚えのある髭面がやって来た。

 自分達と同じ経緯で雇われた同期である、バショウだった。

 

「ちょうどいい。お前らひとまず、こっちこい」

 彼は独特の妙にリズミカルな口調で指示を出し、二人はその指示に首を傾げながらも素直に従って彼についてゆく。

 

 バショウの後をついていくと、彼は裏口を出てそのままビルの細道に入ってゆく。

 その先にもう一人、バショウと組んで裏口を監視していたリンセンという先輩にあたる者が電話で何か話していた。

 何を話しているのかは、そのリンセンの傍らで座り込む人物を見れば一目瞭然だった。

 

「ヴェーゼ!?」

 

 声を上げたのはクラピカだけだった。おそらくセンリツは心音で既に気付いていたのだろう。

 

 クラピカに呼びかけられたヴェーゼは顔を上げ、覇気なく笑いかける。

 どうやら逃げ出してセメタリ―ビルから脱出できたのはいいが、脱出して即座にあの轟音でビルへの入場規制が解除されて場がパニックとなったせいで、新人のヴェーゼではこのまま直接コミュニティーに連絡を入れて事態を報告していいのか、それともまずはリーダーに報告すべきなのかの判別がつかず、彼女も他のメンバーを探していたらしい。

 

 そしてヴェーゼが見つけた同じく新人のバショウはもちろん、リンセンもさほど長くこの仕事についてるわけでもなければ、このような事態は初めてなのでやはりどうしたらいいのかが判断がつかず、とりあえず人目を避けてヴェーゼを匿い、リーダーであるダルツォルネに連絡を取っているようだ。

 

 トチーノやイワレンコフと同じく、仲間だとは思っていない、仕事でも会話らしい会話をした覚えもない程度の同僚だが、それでも殉職した二人の死がショックだったことと同様に、思ったよりもヴェーゼが生きていたことに安堵し、喜びながらクラピカは駆け寄って尋ねる。

 

「大丈夫か?」

「……えぇ、大丈夫よ。ちょっと苦手な強化系のオーラを使ったから疲れてるだけ」

 

 クラピカの問いに、覇気はないがそれでもしっかり笑ってヴェーゼは答えた。

 横目でセンリツを確認すると、彼女も安堵したように微笑んで頷いたことから、ヴェーゼの言葉に嘘はなく無理もしていないようだ。

 

 そしてダルツォルネに連絡していたリンセンが「リーダーに何があったかを話してくれ」と言って、ヴェーゼにケータイを渡す。

 ケータイを渡されたヴェーゼはまず、競売進行役(オークショニア)に扮した凶賊に自分以外の客が皆殺されたことを話してから、自分を助けた「赤コート」について話しだした。

 

《赤コート?》

「えぇ、赤いロングコートを着てて、フードを目深に被ってるわ、さらにゴーグルをつけてるわで顔は全然わからないし、一言もしゃべらなかったから細身の男なのか背が高い女なのかもよくわからなかったわ。

 ……唇の感じからしてたぶん女、それもだいぶ若い子だと思うけど。あぁ、あと黒髪だったわ」

 

 ヴェーゼの説明でようやく、生き残れそうにない能力持ちの彼女が生き残れたかの謎は解けたのはいいが、彼女を助けたという「赤コート」なる人物が新たな謎を生む。

 何気にすごい部分的なところで性別を推測しているヴェーゼに、メンバーのほとんどが凄いと思うべきなのか引くべきなのか迷っている中、クラピカだけが例外だった。

 

(……まさか。……いや、黒髪だとヴェーゼは言っているだろう)

 

 思い浮かんだ最愛の姿を掻き消すように、左手でイヤリングの宝石を握りしめるようにつまむ。

 フードを目深に被った上で、念入りにゴーグルで顔を……「眼」を隠していることと、男か女かわからないという評価で思わず連想したが、地下競売に関わる人間などたいていが脛に傷を持つ。顔を念入りに隠す者がいても何らおかしくはなく、そこまで隠したらよほど大柄な体格かグラマラスな体型でもない限りたいがいの人間の性別は不詳になる。

 

 何より、ヴェーゼははっきりと「黒髪」だと言っていたから違うと、クラピカは自分に言い聞かせた。

 ……髪などいくらでも染められるし、フードを被っていたのならカツラでも不自然さは誤魔化せるという考え、そして何よりも、彼女は脛に傷があろうがなかろうが顔を隠す必要があるという事実から目をそむける。

 

 彼女がここに、自分と同じく前日にヨークシンに訪れたのも、ゴンやキルア達と行動を共にしていないのも「仕事」だと言っていた。ゴンからそのことを聞かされて、自分でも確認で連絡を取れば守秘義務だから仕事内容は教えてくれなかったが、自分に嘘をつかないと約束してくれた彼女のことを信じた。

 

 ……信じながらも、胸騒ぎが止まない。

 クラピカは彼女を……ソラを信じている。自分に嘘はつかない、した約束は必ず守ると言ってくれた彼女の誠実さを疑ったことなどない。

 

 けれど、同時にクラピカは知っている。

 

 ソラは嘘はつかないが、本当のことを全部言ってくれるとは限らないということ。

 ソラはクラピカの為ならば、嘘こそつかないがそれ以上に卑怯な手段を取ることに躊躇などしないことも、その手段をクラピカに罵られて、責められることも覚悟の上であることも、そしてそれ以上に彼女自身が嘘をつく以上の負担やリスクを背負い、傷つくことすらあの晴れやかな笑顔で受け入れることも知っている。

 

《……そうか。たぶんそれは十老頭直属の実行部隊『陰獣』の一人だろう。ボスの予言で今回の競売に何か起こることはわかっていたから、念のために一人派遣していたのかもな。

 ヴェーゼはとりあえず、リンセンとともにコミュニティーに連絡を取って会場内のことを話せ。他の連中は、どうも賊が乗っているらしい気球が見つかったらしいから、俺達もそれを追うぞ。先ほど伝えた、立体交差点に集まれ》

 

 ヴェーゼが通話を切って、ダルツォルネからの指令を伝言されてもクラピカは話半分にしか聞いていなかった。

 幸いながらそのことに気付いたのはセンリツだけで、そして彼女も心ここにあらずなクラピカに呼びかけて意識をこっちに戻らせたが、何も咎めず、何も訊かなかった。

 

 何も訊かなかったのは気を遣っているのか、それとも訊くまでもなく心音が正直だったのかはわからない。

 どちらにせよ、クラピカが酷く動揺していること、そしてその動揺をもたらす人が誰なのかくらいは気付いているからこその反応だ。

 

(……お前はどこで何をしてるんだ。

 私の為だというのなら余計な世話もいい所だからな。……馬鹿者が)

 

 憎悪で自分自身すら傷つけるこの心を癒して平穏をくれる人でありながら、同時に酷い不安で胸をざわつかせる相手にクラピカは、胸の内で八つ当たりなのか正当な怒りなのかわからないまま、罵った。

 縋るようにイヤリングに触れ、この罵倒が自分の被害妄想から生まれた八つ当たりであることを願いながら。

 

 * * *

 

 ある意味では、陰獣が別の場所に競売品を移動させていたのが、旅団の襲撃メンバーにとっては幸運だった。

 

 運搬役のシズクはダウンして未だに寝てる(気絶ではなく、やたらと安らかに寝てる)状況だけでも最悪に近いのに、あの赤コートが放った反則的な威力の斬撃による壁の破壊音で外に異常事態が知られてしまい、マフィアが続々と集まりだした上で競売品があったのならば、泣く泣く獲物を諦めて逃げるか、集まってきたマフィアたちを掃討するしかないからだ。

 

 もちろん、彼らが選ぶ手段は後者一択であり、マフィアなど旅団内でさほど戦闘能力が高くない方であるシズクやマチでも雑魚であるが、雑魚だからこそ勝ち目がないと気付いた時のヤケクソやパニックを起こした時の予想外な攻撃が、獲物の競売品を傷つけるという結果だけは避けたかったので、金庫が空だったからこそ予定よりだいぶ早い段階で逃亡の気球の準備が整っていて、予想外な事態が起こっても即座に逃亡できた今回はまさしく塞翁が馬というべき出来事だろう。

 

 そのことを気球内でウボォーギンがクロロに報告をしていたら、何故か軽く喧嘩が勃発した。

 

「いや、さすがにそれは有り得ねぇだろ。そうだとしたらどんだけ反則的な女だ?」

「物だろうが念能力だろうが問答無用で殺せる眼なんか持ってる時点で、他にどんな能力持ってても反則の度合いなんか今更変わらないだろ!?

 フェイタン! お前は相手の声を聞いたんだろ!? どんな声だった!? 男にしても女にしても中途半端な高さの声だったろ!?」

「うるさい。そんなのいちいち覚えてないね」

《お前ら、とりあえず落ち着け》

 

 どうやら気球の準備で赤コートとの戦闘に全く関わらなかったシャルナークが、ウボォーギン達の話でその赤コートの正体はソラ=シキオリだと主張して譲らないらしい。

 普段の冷静さはどこへ行ったのやら、ほとんど言いがかりのこじつけで主張するシャルナークにウボォーギンもさすがにどうしたらいいかわからず戸惑い、フェイタンはフェイタンで赤コートに逃げられたことがよほど屈辱的だったのか、不愉快そうに冷たくシャルの言葉を切り捨てる。

 

 そんな部下たちのやり取りに呆れたような声でクロロがケータイの向こうから制止して、シャルナークを咎めた。

 

《シャル。お前は俺の執着を異常だとかいうが、お前の恐れも相当だぞ?

 確かにあの女には、念の常識が通じない。念の全系統を網羅したような能力を持ち合わせていても別に今更驚きはしないが、だからと言って理解できない非常識は全部あの女の仕業だと決めつけてどうする?

 

 別に赤コートの正体がソラ=シキオリである可能性は否定しないが、確証もなく思い込むな。厄介な相手をさらに思い込みで厄介にしてどうするんだ?》

 

 過剰反応であることを自覚していたのか、クロロの言葉にシャルナークはまだ少し不満そうだがとりあえず黙って気球の操作に専念し始めたので、ようやくクロロとウボォーギンは脱線していた話を元のレールに乗せて会話を再開する。

 

《それにしても、妙だな》

「あぁ。金庫が空なのも、あのやたら腕の立つ赤コートもあまりにタイミングが良すぎる。まるで、予めこういう事態が起こることを知ってたみたいに。

 ……俺たちの中に背信者(ユダ)がいるぜ」

 

 ウボォーギンの言葉に、クロロは缶ビールを飲みながら低く笑って否定した。

 

《いないよ、そんな奴は。それに俺の考えじゃユダは裏切り者じゃない》

 

 笑いながら、クロロは相手が例えたユダにさらに例えて諭す。

 仮に自分たちの中に裏切り者がいたとしても、金や名誉や地位に目が眩んで、マフィアの子飼いになるような者などいないと。

 

 実際、金が欲しければ奪えばいいと思って盗賊をやっているのだから、マフィアに情報を売るなど彼らからしたら真っ当な方法を選ぶような奴は、間違いなく初めから盗賊になどならない。

 名誉や地位も同じく、彼らにとってそれは自分たちの自由を縛る枷でしかない。そんなものを求めていないからこそ、本日の全世界のマフィアを敵に回すような仕事だ。

 

「……さすがにそんな奴はいねぇな」

《だろう?》

 

 納得するウボォーギンに、クロロは自分の考えを整理するように話を続ける。

 

《それと、もう一つ解せない点がある。

 密告者がいたと仮定すると、あまりに対応が中途半端だ。A級首の旅団(クモ)が競売品を狙いにくるって情報が本当に入っていたら、もう少し厳重に警備してもいいんじゃないか?

 

 その赤コートにしても、助け出せた客は一人だけなんだろう? 実力者だからこそ、結果があまりにもお粗末すぎて、正確な情報提供があったとはとても思えないな》

 

 他のメンバーも、言われてみれば確かにと納得する。

 あの赤コートは自分たち対策に十老頭から派遣された陰獣だとシャルナーク以外思っていたが、そうだとしたら情報提供されていたというのに自分たちの侵入や犯行を見逃し、客をほぼ全滅させてからやっと行動に移したというのはあまりに無能すぎる。

 

《お前達の話を総合すると、マフィアの対応は『妙なタレ込みがあったのでいつもより少し警戒するか』程度のものだ。その証拠に客の方は何も知らされず、丸腰で集まってる。

 そこでだ、俺の結論を言うと情報提供者はいるが、その内容は具体的ではない。にも拘らず、それを信用している人物がマフィアンコミュニティーの上層部にいる》

 

 論理的に考えれば当然そこに行き着く結論をクロロは口にする。

 さすがにこの程度の情報ではその程度の推測しかできず、結局ほとんどわかったことはないが、ウボォーギンがこの話題を上げたのは、自分のお楽しみを後ろからちょっかい掛けて邪魔する奴がいるかもしれないという懸念からだ。

 その懸念さえ晴れたのならば、考えるのは自分の役目ではないと単純に切り替えて、彼は手足らしくクロロに指示を仰ぐ。

 

「よく……わからねぇな。どんな情報が誰から誰へ伝わっているかがよ。

 ……まあいい。――で、俺達はどうすればいい?」

《競売品をどこに移したかは聞いたか?》

「ああ、だがオークショニアは死ぬまで『知らない』の一点張りだったぜ。フェイタンが体に訊いたからまず本当だ」

「彼が今日、一番気の毒なヒトだたね」

 

 赤コートの所為で最悪だったフェイタンの機嫌が、自分の趣味と実益を兼ねた拷問を思い出したことで少し向上して、やや楽しげに心にもないことを言い出した。

 もちろんフェイタンの言葉を気にする者などこの気球内にも電話の向こうにもおらず、「あぁ、フェイタンの機嫌が少しは直って良かった」程度にスルーされて会話は続行。

 

《移動場所を知っている奴の情報は聞き出したんだろう》

「もちろんだ」

 

 フェイタンが聞きだした情報、陰獣の一人の梟という大柄な男が「変更指令だ」と言って、競売品がギッシリと入っていた25平方メートルくらいの金庫の中に手ぶらで入り、手ぶらで空にして出て行ったという話をする。

 一般人が聞けばややホラーじみた話だが、今は夢の中だが同じタイプの能力者を仲間に持つ旅団からしたら、相手が念能力者であることなど一瞬で知れる。

 

 そして、それは向こうも同じ。

 

「向こうも客はともかく、警備員とスタッフが消えたことで気付いたはずだ。

“敵は同じく念能力者”」

 

 クロロの言葉に、ウボォーギンは前日ほどではないが獲物を目の前にした肉食獣のように凄絶に笑って尋ねる。

 

()っていいよな?」

《もちろんだ》

 

 赤コートとはほぼ戦えず、消化不良で終わって持て余している闘争本能にクロロは軽やかに即答で許可を出す。

 

《追手相手に適当に暴れてやれよ。そうすれば陰獣(やつら)の方から姿を現すさ》

 

 クロロから正式に今後の行動の指示を出されて、シャルナークは戦いやすいようにヨークシン外れのゴルドー砂漠方面に気球の進路を向けながら、ケータイをウボォーギンから奪ってクロロに尋ねた。

 

「クロロ。一ついい?」

《? 何だ?》

「赤コートの正体がソラ=シキオリで、また俺たちの前に現れた場合はどうしたらいい?」

「まだ言ってんのか!? しつこいなお前!!」

 

 シャルナークの言葉にノブナガが茶々を入れ、思いっきり睨まれる。

 クロロも同じことを思ったが、しかしクロロはノブナガと違ってシャルナークの懸念は言いがかりと屁理屈だとは思っていない。

 むしろ、先ほどはマジギレ喧嘩が始まりそうだから宥める為にああ言ったのであって、クロロも赤コートの正体がソラである可能性は低くないと思っているくらいだ。

 

 実際、その赤コートが陰獣だったとしたら具体的な内容ではなく「妙なタレ込み」程度の情報であれ、マフィアンコミュニティートップ直属の実行部隊が、こんなにもお粗末な結果を出すとは思えない。

 しかしこの考えは、赤コートが陰獣ではなく何らかの個人的な思惑で動いただけという可能性にすぎず、あれをソラだと思う根拠はやはりシャルナークと同じく「あれならこれくらいやらかしてもおかしくない」という、本人を見ないとわからない嫌な経験則だろう。

 

 なので自分とシャルナークの勘を補強できないかと思って、クロロは旅団内でやたらと信頼されて発言力もある勘の持ち主に意見を求めてみた。

 

《マチはどう思う?》

「さすがに私はそのソラって奴の写真しか見てないんだから、顔隠してるわ、そもそも遠すぎてよく見えなかったわなのにわかる訳ないだろ?

 ただ……あの赤コートとはソラって奴と同じくらい、私は関わりたくない」

 

 クロロの希望通り自分の勘を補強する言葉だったが、もう一つのクロロの希望である「ソラ=シキオリを生け捕りにしたい」をやはり強く反対する言葉であったので、彼は少しだけ間をおいて答えた。

 

《……赤コートがソラ=シキオリなら、本当に反則的だなあの女は。

 無理はするな。好きにしろ。というかシャル。お前の『携帯する他人の運命(ブラックボイス)』、俺にくれ》

「……クロロは諦める気やっぱないんだね。まぁ、自分で生け捕りしに行くんなら別にいいけど。でもやるのは嫌だから、他の操作系から盗るか返却可能に能力調整してよ」

 

 さすがに直死の魔眼だけでも反則だというのに、念の全系統を網羅したような能力も持つ女相手に、自分の希望を仲間に強制するわけにはいかないと判断して、クロロは逃げたければ逃げていいし、生け捕りが無理そうなら殺してもいいと許可を出したが、最後にちょっとクロロ個人の要望を幼馴染に要求した。

 

 もちろん、クロロの無茶ぶりは呆れられながら却下されたが、実質却下だが条件付きで許可を与えているあたりなんだかんだでシャルナークもクロロに甘い。

 

 そんな微笑ましい(?)幼馴染同士のやり取りを無表情で眺めながら、自分の腕や掌、片膝を立てた足でケータイを上手く隠しながらヒソカは、手元を見もせず器用に打鍵してメールを送った。

 

 * * *

 

 セメタリービルから200mほど離れたビルの屋上で、赤コートはゴーグルを外して遠ざかる気球を眺めながら、自分の背中に宝石を押し当てて治療している最中、ケータイがメールの着信を告げる。

 

 治療を続けたままケータイを取り出せば、メールの内容は短く『お疲れ様♥』の一言。

 労うメールにどう見ても労われているとは思えぬほど不愉快そうな顔をしてから、赤コートは返事を打つ。

 

『無駄話すんな。今日はもう活動しないのか?』

 

 それだけ打って送ってしばしまた治療に専念していたら、戦闘に支障がない程度に回復したタイミングで返信が届く。

 

『冷たいなぁ♠』と無駄に相手を苛つかせる前置きをわざわざ書いてから、陰獣が先回りして競売品を別の場所に移動されていたこと、その競売品を改めて奪うために自分たちを追ってきたマフィア相手に暴れて、陰獣をおびき寄せること、暴れる予定の場所等、よくこの短時間でしかも隠れながら打てたなと感心するほどの情報がメールには記されていた。

 

「……無理はしないと思うけど、旅団(クモ)だってわかったら絶対に頭に血が昇るからなー。とりあえず様子見で行くか」

 

 面倒くさそうに溜息をついて『了解』と返信を打ち、“絶”で気配を消しながら彼女はオーラに頼らず完全に素の身体能力でビルからビルへと飛び移りながら、気球を追った。

 その最中にまたメールが届いたので、赤いコートの裾をはためかせて飛び移りながらケータイを開くと、『キミの正体、勘付かれてるけど誤魔化しておこうか?』という余計なお世話でしかない提案だった為、ぴょんぴょんと飛び移りながら舌を打って、また更に返信を打つ。

 

『余計なことすんな。別にそいつらにばれても支障はない。お前は情報提供に徹してろ』

 

 返信してもう電源を切ってしまおうかと一瞬考えたが、それをしたら肝心な時に情報を得られなくなるリスクがあるので、もう一度深い溜息をつきながらケータイをポケットにしまい込む。

 そしてしばらく、気球を追いかける。

 

 追いかけながら、思考は加速し続ける。

 自分が生き延びるための詰将棋と同時に、もう一つの狂気が脳にも精神にもさらに負荷をかけるとわかっていながらも、いくつもの可能性を吟味して、望まぬ結末を剪定してゆく。

 

 頭に血が昇ってしまった彼が、旅団(クモ)に勝ち目のない戦いを挑んだ場合、旅団(クモ)はおろかマフィアたちの前で緋色の眼を晒してしまった場合など、様々な「最悪の事態」を想定しながら、それらの未来をどうやって殺していくべきかを考えながら追いかける。

 

 いくつもの嘘よりも卑怯な手段を使って騙して誤魔化して、最愛にして自分の救い、己の生きる理由そのものが本意ではない選択肢など選ばぬように、彼の未来に一つでも多くの選択肢を守る為に、そのためなら自分の何もかもを摩耗させるほどの覚悟なのか、あまりに歪で純粋な正義の味方を彷彿させる赤コートを身に纏って、可能性の魔法使いは夜空を駆けぬけて追い求める。

 

 血なまぐさい結末ではなく、光に満ちた幸福なことを求めて……、そこに自分がいるのかいないのかなど度外視して――

 

 

 

 

 

 

 ソラは、流星のごとく夜を駆け抜けた。




エミヤのコスをソラにさせたかったけど、彼は未来の英霊等反則要素を抜いても「お前どこの人よ!?」っていう格好なので、妥協に妥協して赤原礼装はただの赤コートになりました。

あ、ちなみにウボォーのマフィア無双・陰獣戦・ウボォー捕獲のあたりは原作と変わらずなのでオールカットです。
次回はウボォーがノストラード組に拉致られて目が覚めた所からいきなり始まります。

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