死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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本当はもうちょっとストック作ってから投稿したかったから、明日か明後日更新予定だったけど、本日発売のジャンプ見てこの連載の最終目的のハードルが爆上げされたことを知って、ヤケクソで更新。

クラピカ(&冨樫)ふざけんなよお前!! もっと自分を大事にしろよ!! と、叱りつけながら読んで下さったら何か少しは救われるような気がします。





幕間:豁然大悟

 9月2日。

 

 ゴン達はレオリオのアイディアによる、半ば詐欺じみた「腕相撲」という条件競売で、300万近く元手を増やしたのはいいが、目的の80億にはまだ遠い。というか、焼け石に水の良い見本である。

 

 しかしさすがは何とも心優しい理由とはいえ、金にがめつく金目当てでハンターになった男、レオリオ。

 この条件競売は初めから、もっと大きな金づる(さかな)を釣る為の釣り餌に過ぎなかった。

 

 条件競売はその形態から想像できるように、ほとんど「賭け事」を「競売」と言い換えているだけである。

 つまりは元々非合法から生まれた競売であり、今でも闇で競っている者はごまんといるだろうというレオリオの予想は当たる。

 

 尾ひれがついた噂を丸ごと信じた訳ではないだろうが、前日にゴン達が荒稼ぎをしたことを知ったのだろう。

 明らかにカタギではなく、そして腕の太さがゴンの胴体ぐらいあるという大人げなさすぎなチャレンジャーは間違いなく、競売品のダイヤだけではなく昨日の分の稼ぎもショバ代など、適当な因縁をつけて奪うつもりだったはず。

 

 彼らにとって予想外だったのは、ゴンやキルアはもちろん、平均的な成人男性よりもガタイがいいとはいえ、チャレンジャーと比べたらマッチ棒のように細身なレオリオの腕力だった。

 

 撒き餌は既に済んでいる。なのでレオリオは「ギリ勝てるかも」という期待を抱かせる演技はせず、瞬殺という言葉にふさわしくチャレンジャーの腕も机もぶっ壊して腕相撲に勝利し、チャレンジャーの兄貴分らしき男の興味を引くことに成功した。

 

 兄貴分は自分の名刺の裏にどこやらかの住所を書いて、「暇なら5時に遊びに来な」とレオリオに言って渡す。

 掛かった魚の大きさは、この時はまだ誰にもわかっていなかった。

 

 * * *

 

「おう、そうだ! これからFAXする!!」

「ネットで情報集めろ!! 有力なネタには賞金出すって言っておけ!!」

 

 明らかに柄が良くないクラブの奥の隠し部屋で行われた条件競売は、「かくれんぼ」という異色中の異色だった。

 渡された紙に記された6人の男女を無期限・生死問わずで捕えたら、その標的と20億ジェニーの小切手を交換という、いくら非合法の地下競売とはいえ怪しさしかない。

 

 しかし、そこに記された標的は一人を除いてはさほど怪しくもなければ強そうにも見えず、むしろかなり美人な女性二人がいることが、参加者を楽観的にさせているのだろう。

 

 参加料の500万を払った者は、隠し部屋から出て早々にそれぞれ行動に移し、レオリオも周囲の熱気に流されているのか、ゴンやキルアに「俺達も急ごうぜ」と行動を急かす。

 そんなレオリオに、キルアはクールかつ冷徹に言う。

 

「慌てなくてもあんな連中には捕まえられないよ。

 なにしろ、ヤーサンでさえ手を焼いてんだから」

「? どーゆーことだ?」

 

 レオリオもゴンも、やっと最低目標額の80億に現実味が見えてきた所為で浮かれて気付いていなかったが、キルアだけがあの競売のおかしさに気付いていた。

 「かくれんぼ」と言い張り、参加料を取ることで競売の体裁を取り繕ってはいるが、どう考えてもこれは賞金首のハントであることを指摘する。

 

「んでさ、あの会場! 特設リングがあったじゃん?

 多分、最初の予定じゃあのリング使って、お気楽なバトルか何かやるつもりだったんだぜ」

 

 そこまで言われたら、レオリオもさすがにあの競売の異常さに気付く。

 彼は標的が記された紙を、慄くように見て言った。

 

「その予定を変更してでも、こいつらを探す必要が生じた…………?」

「そ。どんなに時間と金をかけてでもね。

 500万ジェニーの参加料をとって、競売の体裁をとりつくろってけどさ、競売品が品物じゃなくて小切手って時点でもうおかしいと思わねー?」

 

 レオリオの推測を肯定し、さらにあまりにおかしな「競売品」を指摘すれば、本日の奇妙な条件競売がどのような事情で行われたのか、全て察することが出来た。

 

 競売品は、この標的たちに盗まれた。だから本来予定していた条件競売が出来ず、そしてそのことを正直に話して中止は当然できやしない。裏稼業というものは表家業よりも面子というものが、商売だけではなく言葉通り命に直結しているものだから。

 

 だから、自分たちの面子を守りつつ条件競売の体裁を無理やり整えて、行ったのだ。

 どれほどの時間も金も掛けても、競売品を盗み、自分たちの面子に泥を塗って潰した罪人たちに鉄槌を下すため、裏の人間だけではなく藁にもすがるような思いで、何も知らぬ金に目が眩んだ表の人間を利用した、人海戦術のローラー作戦なのだ、これは。

 

 マフィアを敵に回すとは、こういうこと。

 裏はもちろん、表の人間も騙され、脅され、利用されて、どれほどの時間をかけても執念深く自分達の敵を追いつめ、自分たちの損害以上を相手から骨の髄までむしゃぶり取る。

 そんなイカレた相手を、イカレた世界を敵に回すものなど、まともな訳がない。

 

 そんな賊の心当たりなど、たった一つしかない。

 

「――幻影旅団……!?」

 

 A級賞金の盗賊団が自然に浮かんだ。

 そしてその凶悪なる毒蜘蛛の名と連鎖的に浮かぶのは、9月1日に再開を約束した仲間の一人。

 

「……そういえば、クラピカはどうしてるんだろう?」

「そういや来てるはずなのに連絡が全然ないな」

 

 そもそもこのヨークシンでの再会を約束したきっかけは、ハンター最終試験での彼とヒソカの「取引き」であるにもかかわらず、未だ姿どころか連絡さえないことに不安を懐き、ゴンは買って間もないケータイで電話を掛ける。

 ……が、8コール程粘ったがまったく電話に出る気配がないので、諦めてゴンは電話を切った。

 

「出ないよ」

「仕事中か。あいつ一体、何の仕事してるって?」

「ボディーガードって言ってたけど、それ以上は何も……」

 

 レオリオの問いに答えながら、ゴンの様子がどんどん打ち沈んでゆき、レオリオも同じく顔の険しさは増してゆく。

 クラピカという人物を、彼の憎悪の深さ、旅団への恨みを知っていれば当然だろう。

 普段は腹が立つくらい冷静で理性的だが、旅団のこととなるとおそらくは彼の本質である血の気の多さが前面に出て、あらゆる意味で何をしでかすかわからない危うさがあることを、全員がよく知っている。

 

「おそらくVIPの護衛か。緋の眼を追ってんだから当然、闇の要人だよな……」

「その人の護衛で地下競売に行って、事件に巻き込まれたのかも…………」

「巻き込まれたってのは正しくねーぜ。相手が旅団ならあいつは、積極的に介入するはずだからな。

 すでに団員の2・3人は捕まえてるかもしんねーしな!」

 

 連絡が全くなく、電話にも出ないという現状が不安を煽り、ポジティブの見本のようなゴンでも最悪の可能性を想像してしまったのか、不安そうな様子を見せる。

 そんなゴンを励ますようにレオリオはおどけて楽観的な可能性を口にするが、さすがに単純なゴンでもその可能性を盲目的に信じることは出来ず、暗い顔で「だといいけど……」と呟いた。

 

 そんな友人に仕方なさそうな顔をして、キルアは提案する。

 

「ソラの方に連絡してみろよ。

 ……あいつ相手ならクラピカも時間作って連絡取ってるかもしれねーから、生存確認くらいできるだろ。あと、ソラも旅団と前に交戦したんだろ? なら何か、有意義な情報持ってるかもしれないしな」

 

 おそらくキルアは初めから、クラピカのことは本人に訊くよりソラに訊けばいいということをわかってはいたが、なんとなく面白くなくて言い出さなかったのだろう。

 少し拗ねたように頬を膨らませたキルアの提案に、ゴンはいつものことなので「あ、そっか」と納得してさっそくソラに電話をかけ、レオリオの方はキルアの年相応な反応が久しぶりで面白いのか、ニヤニヤ笑っていたので、キルアに向う脛を蹴っ飛ばされた。

 

 そんな二人の様子を苦笑しながらゴンが眺めていると、3コール程で電話が通じた。

 

《はい、もしもし。どうしたの、ゴン?》

「あ、ソラ! ごめん、いきなりなんだけど実は……」

 

 クラピカと違ってあっさりいつものように電話に応じてくれたソラにホッと安堵しながら、ゴンは自分たちの現状を話し始めた。

 

 * * *

 

 一通りゴンの話を聞いて、ソラがまず言ったのはクラピカの現状についてだった。

 

《クラピカなら昨日というか、日付が変わったくらいの時間に電話してきたから、普通に生きてるよ。いつものように自己嫌悪でネガティブスパイラルに嵌ってたみたいだけど、心配するほどじゃなかったし》

「そうなんだ。なら良かった」

 

 十分心配すべき状態であることをさらりとソラは言ったが、ソラの言う通りクラピカが自己嫌悪でネガティブスパイラルに嵌っているのは割と通常運転なのと、そのスパイラルをあっさり断ち切らせて、自己嫌悪の水底から浮上させることが出来る人が「心配ない」と言ったので、ゴンも自分の胸に溜まっていた不安を捨て去ることが出来た。

 

《……にしても君たち、真っ当な金策で稼げる額じゃないとはいえ、よりにもよってなことやろうとしてるね》

 

 ゴンが安堵したのと対照的に、電話の向こうのソラは呆れ果てたような困り果てたような声で言い、ゴンだけではなくキルアやレオリオも気まずげな顔になる。

 

「……やっぱそんなにヤバい相手なのかよ、幻影旅団ってのは」

《むしろ何でヤバいと思ってないのかを、私が訊きたい》

 

 ゴンにスピーカーフォンにしてもらい、全員で会話できるようにしてレオリオがまず言えば、ソラは即答した。

 そりゃA級賞金首の盗賊団がヤバくない訳がないので、ソラの質問返しは当然の反応だ。

 

 しかし、「お前でも逃亡一辺倒で勝ち目は一切ない相手なのかよ?」とキルアが訊けば、「いや、そんなことないよ。っていうか、相手とやり方次第なら君たちでも捕まえられるかも」とこれまた即答して、3人は反応に困った。

 電話の向こうの困惑をソラはいつものように無視して、彼女は彼女らしくマイペースに自分の知る「幻影旅団」について語り始める。

 

《私も旅団全員と顔合わせた訳じゃないから言い切れないけど、たぶん旅団は全員が念能力者の集団だよ。

 だから言っちゃ悪いけど、さすがに君たちだと勝ち目はない。レオリオはどの程度“念”を習得したか知らないし、ゴンとキルアは歳や修行期間を考えたら天才的で素晴らしいけど、最低でも数年のキャリアがある相手には天空闘技場みたいなルールを守った試合形式ならまだしも、殺し合いで勝てる訳はない。

 っていうか、そこで君らが勝ったらさすがに私は、旅団の方にちょっと同情する》

 

 これまた正論だったので、3人はぐうの音も出ない。

 そんな3人の様子が電話越しでも伝わったのか、ソラは少しだけ笑って話を続けた。

 

《けど、あくまで勝ち目がないのはルール無用の殺し合いでの話だ。

 あいつらは全員が全員、ずば抜けて高い戦闘能力を持ってる訳じゃない。もちろん、非戦闘要員でもそれなりの戦闘手段は持ってるし実力もあるだろうけど、なるべく戦闘能力が低い奴に狙いを定めて、上手いこと罠にはめることが出来たら、十分捕えることは可能だと思う。時にゴンとキルアは『子供』っていう、相手が油断してくれる最高のアドバンテージがあるからね。

 

 ……ただ、この話もあくまで『戦闘能力が低い』っていうのと、『相手が一人』って前提条件ありきだからね。

 あいつら、どーも私の経験上と軽く調べた上での行動パターンを見る限り、基本的に単独行動ってしないんだよ。仲間が後ろに控えた上で、戦闘バカが一人前線で大暴れすることはあっても、たった一人で行動は基本的にしないし、させないっぽい。した場合は、旅団としての命令じゃなくて、個人行動中なんじゃないかな?

 “念”は一見無敵の魔法に見えて、じゃんけんみたいにどうしても相性が悪い系統があったりするから、それを補うために単独行動は避けてるんだろうね》

「……ヤバいって、そういう意味かよ」

 

 ソラの説明でようやく彼女の当初の返答に合点がいき、キルアはやや引き攣った顔で呟く。

 キルアは思い出す。父親が3年ほど前に仕事で旅団のメンバーを殺したこと、その時にぼやいていた「割に合わない仕事だった」という、ターゲットに対して最大の賛辞。

 

 そして、兄弟全員を集めて告げた忠告。

『旅団には手を出すな』

 

 あれはただ単に、相手が強かったというだけの話ではなかったのだろう。

 旅団のメンバーに暗殺依頼が入るということは、その対象が一人であっても、そのターゲットと組んでいるであろうもう一人が最低人数、下手すれば旅団フルメンバーを同時に敵に回しかねないという意味で、父は自分たちに忠告したということをキルアは理解した。

 

 キルアがそのことをソラにも話してみると、「うわー……、シルバさんでもそう言うのか……」と、ものすごくうんざりした声で納得したので、自分の考えは間違いではないらしい。

 

「……で、その話の結論は俺たちじゃ無理だから、諦めろってことか?」

《私の希望としてはそうだね》

 

 改めて幻影旅団という集団が、どれほど厄介な賞金首かということを思い知り、思わず沈黙していたレオリオが何と気を取り直して尋ねると、ソラはあっさりと肯定する。

 しかしそれで諦めるような者なら、今期のハンターになっていないし、“念”もまだまだ習得できなかったであろう子供がいた。

 

「俺たちだけじゃ無理でも、ソラが手伝ってくれたらどう? それでも勝ち目ない?」

《絶対に言うと思ってたけど、君は相変わらず清々しいほど真っ直ぐなわがままを言い放つね》

 

 自分達を案じて「やめておけ」と言っている相手に堂々と助力を求めるゴンの言葉は、ソラが自分で言うように予測していたらしく、即座に言い返された。

 言われてさすがに気まずくなったのか、ゴンは「……ごめん」と謝る。

 

 しかし彼は本心から悪いと反省して謝るが、だからと言って引き下がるとは限らない。むしろ、引き下がるのはごく稀である。

 謝るだけマシなのか、性質が余計に悪いのか微妙な所だが、どちらにしてもゴンは引き下がらないので、それはもう相手が諦めるしかないこと。

 

 どこまでも真っ直ぐで、単純で、シンプルだからこそ、いつでも「真理」に一番近い所にいる少年は、わがままだと指摘されても貫き通す。

 

「でも俺、諦められないよ。お金が欲しいってだけじゃなくて、旅団が一人でも減ればクラピカが戦わなくちゃいけない相手が減るってことだから。クラピカが少しでも傷つかずに済んで、旅団への復讐よりも仲間の眼を取り戻すことに集中できるんなら、俺は旅団を一人でも多く、クラピカよりも早く捕まえたいんだ。

 

 だからお願い、ソラ。力を貸して」

 

 ゴンの言葉に、電話の向こうのソラはしばし沈黙した。

 ソラだけではなく、レオリオもキルアも目を丸くして言葉を失っていることに気付き、ゴンは首を傾げる。

 ゴンにとってはターゲットが旅団だと知ってからすぐに思ったことだったので、何故ソラやキルア達も絶句しているのかが理解できなかった。

 

 なので「どうしたの?」と訊こうとしたが、その前にソラが沈黙を破る。

 

《……ゴン。一つ訊く》

「え? ……な、何?」

 

 ソラにしては珍しい、怒っているように聞こえる低いトーンで言われて、思わずゴンは電話なので有り得ないと理解しつつ、今までソラにマジギレで怒られた時のことを思い出したのか、頭を庇う姿勢になりつつ先を促した。

 

《君は、クラピカの復讐を否定するの?》

「え?」

 

 促した先の問いは、別に予想外なものではなかった。

 予想外だったのは、ソラの声音。

 

《君は、クラピカが自分の手で殺さないと、旅団を全滅させないと前に進めないとしても、旅団への復讐は人生の目標ではなく幸福になる為の手段だとしても、君はそれを否定して、横取りするような形で関わるの?》

 

 ソラの言葉は、「クラピカの覚悟を、君の勝手な価値観で踏みにじる気か?」という叱責に聞こえた。

 しかし、ソラの声はゴンを責めるようにはとても聞こえない。

 

 その声音はあまりに幼く、そして無垢だった。

 心の底から不思議そうに疑問を持ち、そして真摯に答えを求めているように聞こえた。

 

《ねぇ、ゴン。あの子の復讐は、君にとって無意味なの?》

 

 だから、ゴンは答えた。

 即答だった。心に浮かび上がった答えをそのまま言葉にした。

 

「俺は、誰かを殺して幸せになるとは思えない」

 

 自分の言葉が電話の向こうのソラや隣のキルアに対して、あまりに残酷な言葉であることはわかっていた。

 それでもそれ以外の言葉など思いつかなかったし、穏便に言い換えたらきっとゴンの言いたいことは伝わらないと思ったから、あまりにもストレートに彼は言った。

 

「無意味だとは思わない。俺のしようとしてることはソラの言う通り、クラピカのしたいことを俺のわがままで否定して、横取りしてるようなものだと思う。

 ……でも、俺は誰かを殺すことで、その人が幸せになることは絶対にないと思うんだ。特にクラピカは、殺した瞬間だけでも恨みが晴れてスカッとするような人間じゃないと思ってる。ただ、相手が犯罪者だった、仇だったっていう自分に対する言い訳も出来ず、自分を責めると思う。

 

 ……ううん。やっぱり、クラピカがどうのこうのじゃなくて、俺自身が納得いかないし、したくないし、してほしくないからが一番の理由だ。

 クラピカが幸せになる為に復讐が必要だとしても、クラピカがそれをしちゃったら俺が幸せになれないから、だからクラピカには誰も殺さないで幸せになって欲しい」

 

 言いたいことをそのまま深く考えず口にしていたら、最終的にまたとてつもないわがまま発言となり、隣のレオリオとキルアは呆れ果てた眼でそれぞれ、「……おい」と突っ込んだ。

 

 ゴンも改めて自分が言ったことを思い返してみれば、最終試験のハンゾーに言い放ったわがままと同じくらいか、それ以上に酷い発言をしていたことに気付き、穴があったら入りたい、とりあえずクラピカに謝りたいという心境に陥るが、ゴンがクラピカに謝ったり入る穴を見つける前に、ソラは反応した。

 

《……っあーはははははは! ゴン、君って本当に最高! クラピカに聞かせたら良かった!!》

『!?』

 

 かなりのとんでもわがまま発言、要約すれば「俺が嫌だから、クラピカは復讐以外の幸せを探して」というゴンの言葉を、ソラは一人で爆笑しながら称賛した。

 怒られても仕方ないどころか当然と思っていたのに、まさかの笑って肯定されるとは思わず、ゴンだけではなくキルアとレオリオも唖然として反応に困っていたが、そんなの気にも留めずソラは電話の向こうで笑いながら、ハイテンションで一人勝手に語る。

 

《あー、君って本当にジンの息子だ。我を通すことに駆けては天下一品だね。

 でも、ナイス。すっきりした。私は今、大悟した気分だよ。豁然大悟(かつぜんだいご)とはこういう気分のことなんだろうね。

 あぁ、そういや禅問答って考えて答えちゃダメなんだっけ? なら君は天然で一休禅師だな。うん、機転がよく利くところは似てるか》

「……ごめん、ソラ。何言ってるか全然分からないんだけど……」

 

 あまりのハイテンションで好き勝手語るソラの話に無理やり割り込んでゴンが言うと、やっとテンションが少し落ち着いてソラは「あ、ごめんごめん」と謝った。

 しかし、その声音はまだ上気したように喜色で弾んでいた。

 

 そしてソラは、その弾んだ声音で言い出した。

 

《うん、いいよ。今日は無理だけど、明日には時間作ってそっちに向かうよ。っていうか、クラピカも連れて行く》

『えっ!?』

 

 ソラからの協力が得られたのは、先ほどのゴンの返答による反応で、理解はサッパリだが予想は出来たが、何故かクラピカも巻き込むことを決めつけているソラに、また3人が困惑する。

 

「え? ……まさかお前、クラピカにさっきのゴンが言ったことを言う気か?」

 

 キルアが恐る恐る尋ねると、ソラはまたテンション高く「もちろん!」と声高に答えた。

 ゴンにとっては本当に何も考えず、自分の要望をそのまま口にしただけの、もはや速攻で黒歴史化した言葉なので、慌てて「やめてソラ! お願いだからやめて!!」と頼み込むが、ソラは上がったテンションのまま「私に協力を申し出た時点で諦めろ!」と言われてしまう。

 

 ソラの返答にレオリオはさらに呆れて、尋ねた。

「……一体ゴンのトンデモ発言のどこを、お前はそこまで気に入ったんだよ?」と。

 

 その問いに対し、ソラは笑ったまま答えた。

 

《うーん、ゴンの発言の内容というより、そのわがままをあっさり言ってのけたこと自体かな?》

「はぁ?」

 

 もちろん、レオリオには意味がわからずさらに首を傾げるが、ソラの方は答えがこれ以上ない程に出てしまっているらしく、特に説明はせず妙なテンションのまま言葉を続ける。

 

《うん、残念ながら君たちが納得できるように説明は出来ないな。あー、なんか本当に禅問答した気分だ。言葉にすると真意が逃げるね。

 …………ふふふふふ、でもいいさ。君達が理解できなくても、私の答えはここにある。魔術師のことをバカにしてたけど、結局私も魔術師だな。真理に近づきたければ単純であればいいのに、深く考えすぎたよ。

 あぁ、本当にバカらしい! 結局は私たちは自我という主観を通して、世界や他者を見て理解という錯覚をするしかないのだから、どんなに愛しくても空っぽの境界は越えられず、相手の幸福なんて本当に理解し合える訳もないんだ! 相手を幸福にしたいということは、自分を幸福にしたいということなんだから、自分の意見を言わないのは時間の空費ってことだ!

 

 という訳で、私はちょっと今からクラピカんところ行ってくるわ!!》

「ちょっと待て! 絶対にあいつ今仕事中!!」

 

 また訳の分からない納得と発言をして、そして間違いなくクラピカからしたらあらゆる意味で迷惑でしかない行動に出ようとしたソラをレオリオは慌てて止めるが、ソラはハイテンションのまま爆弾発言投下。

 

《うん知ってる! ずっと見てたから!!》

「なおさら待て!!」

「お前、仕事はどうした!?」

「ソラ、何してんの!? それクラピカ知ってるの!?」

 

 勢いよくストーカー発言を堂々とかまして3人にそれぞれ突っ込まれるが、ソラの方はもう聞いてはおらず、通話はぶった切られた。

 

 慌ててゴンやキルア、レオリオもそれぞれソラに電話をかけ直し、ついでにクラピカの方にも連絡を入れるが、どちらも電源が切られており、通じることはなかった。

 なので3人はそれぞれ、クラピカに対してとりあえずこの言葉を心の中で送っておいた。

 

(……何かわからないけど、とにかくクラピカ頑張れ)

 

 * * *

 

「あぁ、ダメだ。こんなテンションじゃ大悟じゃなくて、ただの魔境で解脱したと錯覚して、浮かれてるだけだな。

 いやはや、禅宗はすごいね。こんな境地を当たり前のこととして受け流すんだから」

 

 ケータイの通話と一緒に悪いと思いながらも電源も切り、ソラは少し自分を落ち着かせようと独り言を呟くが、上がったテンションは一向に落ちやしない。

 ちなみに先ほどからソラは自分の心境を禅に例えているが、もちろんソラは禅宗どころか仏教はもちろん、宗教自体に信仰心など皆無に等しい。

 

 ただ宗教関係はどれもこれも魔術、そして「根源の渦」に深く関わるので、魔術師として学術的に子供の頃に詰め込み教育をされただけの、ソラにとっては学校のテストで覚える歴史の年号や元素記号と同レベルなほど、中身などない知識に過ぎなかったが、ゴンとの問答がソラにとっては天啓であり、ただの知識に中身を得た。

 

 もちろん、天啓だなんてただの錯覚。ソラが自分で言ったように魔境……修行僧が瞑想する際に一種のトリップ状態に陥って、仏だの神だのが自分の前に現れて教え諭すという幻覚を見ている境地に過ぎないことなど承知の上。

 それでも、ソラにとってはゴンの答えが、ソラにとっても答えであり真理であった。

 

 いや正確に言うとゴンの答えの内容よりも、ゴンの言動から得た自らの思想が答えであり真理であって、ゴンの答え自体を手放しで称賛している訳でもない。

 ただ、ソラ自身が言ったようにそれはきっと、言葉にしたら逃げていくもの。

 

 どれほど多くの言葉を費やしても、それはきっと費やせば費やすほどに真理から、真実から、本当に得た答えから離れていくような、説明できない理屈ではない理屈。

 それはすべての原初から、終わりにして始まりの根源の渦から、ソラが恐れて恐れて今も悪あがきで逃げ続ける「 」から生じたもの。

 

 あれほど恐れた場所から生まれたものなのに、現金だと思いながらソラは清々しい気分で、日が落ち始めた空を、自分の瞳とよく似た藍色を、そこに浮かぶ金色の月を仰ぎ見た。

 

 仰ぎ見て、思い出す。

 最愛の弟。誰よりも何よりも幸せになって欲しい人。自分の幸せそのもの。

 

 そんな彼に可能性を一つでも多く与え、彼が選ぶであろう未来を全て肯定し、守り続けてきた。

 復讐だって、ソラは否定しなかった。

 ソラに憎悪も復讐も否定されず、「それが君の幸せに至る為に必要なことなら」と言って肯定するたびに彼は、ホッと安堵したような顔をしていた。

 

 けれど、同時に気付いていた。

 安堵しつつも彼はいつも、不安がっていた。まるで、止めて欲しそうな目で縋っていたことを知りつつ、ソラが言ってやれることは、後悔をせず、罪を背負わないで生きることなどできないという、救いのない言葉だけだった。

 

 殺してやりたいと願っていたのを、知っている。

 けれど同じくらい、殺したくないと望んでいたのも知っている。

 

 どちらを選んでも、きっと彼は同じくらい後悔し続けることくらいわかっていた。

 それでも、彼自身が決めなくてはいけないことだと思ったから、何もソラは言わなかった。

 

 彼に責任転嫁されて責められるのを、恐れた訳ではない。

 そうやって後悔や罪悪感を溜めこまずに悪い形でも発散出来るのなら、発散の仕方を修正してやればいいだけとしかソラは思っておらず、そっちの方がよほど気が楽だった。

 

 彼はそんなこと出来ない。一時の気の昂りでしてしまうことはあれど、その後にこちらが言葉を尽くして「気にしてない」というフォローをしなければ、一生自分を嫌悪して責め抜く生真面目さを、ソラはよく知っている。

 きっと彼は、ソラがクラピカに歩んでほしい未来を言葉にすれば、それを選ぶ。それが恩返しになるのならという、彼の本意ではない意思で選んで、そして幸福になれなかった場合はなれない自分が悪いと、自身に責任を求めることくらい容易く想像がついた。

 

 だから、何も言わないでただソラは与えて、守って、そして選ぶのを待っていた。

 

 ……今日だってそうだ。

 

 ソラの名誉のために補足すると、別に彼女はヨークシン入りしてからずっと、クラピカのストーキングをしてたわけでじゃない。というか、昨夜のヒソカとの情報交換で初めてクラピカが、「ノストラード組」というマフィアの娘のボディガードをしていると知ったくらいで、彼の仲間のヴェーゼを助けたのは偶然。

 競売会場にいたのはヒソカとの「仕事」の為で、ヴェーゼを助けたのは、さすがに助けられそうな相手を目の前で見殺すのは目覚めが悪かっただけに過ぎない。

 

 クラピカの様子見をし始めたのは、ヒソカから「ウボォーギンが、クラピカをリベンジ狙いで探してるよ♥」という連絡があったからだ。

 そしてその様子見だって、最悪の事態が起こらないようにする為のものでしかない。

 クラピカが命の危機に瀕しない限り、ソラは動く気などなかった。

 

 クラピカが復讐でその手を血に染めることを、否定する気などなかった。

 染まったって、絶対にその手を掴んで離さない。彼が言ってくれたように「いつも通り綺麗な手だ」と言ってやるつもりで、ソラはただ見ていた。

 

 ゴン達と電話をしながら、旅団のウボォーギンという男がマフィアと陰獣が戦った荒野の方向まで車で走っていくクラピカと、そのクラピカが乗る車を昨夜のソラのようにビルとビルを飛び移って追う大男を、クラピカ達が宿泊しているホテルの屋上で気配を消して眺めて見送っていた。

 

 昨日、クラピカがあの大男を捕らえる所は見ていた。彼の能力とヒソカから聞いたウボォーギンの情報からして、「無関係な一般人が巻き込まれる」という可能性がない荒野まで移動して戦うのなら、敗けることはまずないと判断して、どうしても追う気にはならなかった。

 

 いや、それは言い訳。

 見たくなかったから、追いたくなかった。

 自分の口には出さない、出してしまえばもう引き戻せない「望み」が、耐えきれず出てきてしまいそうだったから、最悪の事態が起こらないようにと思ってこんなストーカーまがいのことをしていたのに、追えなかった自分を、クラピカの選択を本心から肯定してやれなかった自分を自虐していたから、問うたのだ。

 

 あまりにもあっさりとクラピカの生き方に自分の希望を語って、干渉しようとしたゴンにソラは思わず、素で尋ねた。

「あの子の生き方に、口出ししていいの?」と。

 

 そんなソラの疑問を、どこまで読み取っていたのかわからないがゴンはあまりにも正直に言ってのけた。

 

「クラピカが良くても、自分が嫌だからやめてほしい」

 

 それはもちろん、あまりに自己中心的な答えだ。

 けれど、それが不快なものとは限らない。

 そのことを教えたのは、ゴンではなくクラピカだ。

 

『無理するな』と、ソラが黙っていること、クラピカが望まない余計なことをしていることに気付いていながら、全て受け入れつつ、ただ一つだけの例外を彼は口にした。

 それだけは許さないと、彼は言った。

 

 これだって、ソラの「幸福」を第一に考えるのなら、十分な越権だ。

 

「……私からしたら、無理しなかった所為で君を守れなかった方が最悪だよ。そんな未来が起こるくらいなら、私は手足の1・2本失うくらいの無理をしたいよ」

 

 昨夜、クラピカに言われた時の正直な感想を口にする。

 これは本音だ。まぎれのない、嘘偽りなどない本音。

 だけど――

 

「でも、君に心配をかけたくないのも本当。君が、私のどんな行為より、『無理すること』を『許せない』と思ってくれたのが嬉しかったのも、本当。

 ……君との約束を、守り抜きたいのも本当だよ。クラピカ」

 

 独り言を呟きながら、ソラはコートのポケットから懐中時計が三つ連なった鎖をジャラリと取り出す。

 懐中時計に見えたそれは、蓋を開けると羅針盤だった。しかし、それらの針がさす方向は北ではない。

 

 宝石で出来た針がさす方向は、白と深い赤がさす方向は同じだが、空青色の針だけがゆらゆらと別方向をさしている。

 

 誕生日プレゼントとして贈った理由も、そこに込めた想いや願いにも嘘偽りなどない。

 が、このような事態に備えて、彼らの居場所が把握できるようにと思って作り、丁度いい理由だから贈ったというのも本当。

 

 どこまでも卑怯な自分を自嘲しながらも、ソラは空青色の……アマゾナイトの羅針盤がさす方向に、昨日のようにまたビルからビルへと飛び移って、移動する。

 

 昨日よりも軽やかに飛び越えてゆくのは、昨日と違って“絶”をしてないことなど関係ない。間違いなくソラは、“絶”状態でも同じくらい軽やかに、夜空を駆け抜ける自信があった。

 

 それぐらい、あれほど重かった心が軽い。すべてが晴れやかで、何もかも上手くいくとしか思えなかった。

 もちろん、何もかも錯覚に過ぎない。

 ソラの言うことなど、ソラの見つけた答えなど、クラピカからしたらただの自己中心的なわがままで、一蹴されても仕方がないことであることだって理解している。

 

 それでもソラは、幸せだった。

 

 自分の望みは、言葉にすれば不幸しか生まないと思い込んでいたから。

 自分のワガママが、相手の幸福に噛み合うこともあることを知ったから。

 

 やはり、ソラが得た答えは言葉にはできない。

 

 だけど、ソラにとっては十分だった。

 彼を幸せにするために自分が出来ることは、彼を不幸に導くあらゆるものを、この死を見る眼と血にまみれた手で殺し尽くすことだけではなく、彼の手を掴んで自分が歩みたい方向に向かって引き寄せて進んでいくのもありだと思えたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がなく、ソラは夜空に浮かぶ月を抱擁するように両手を広げて宙を舞う。

 

 そんな方法だと、ケンカは絶えないのは目に見えている。互いを理解し合っていたという錯覚はきっと、儚く崩れ去る。

 ただ彼が進んでいく道を増やして守って、どの道を選ぶか見届けるよりもそれはきっと、片手がふさがっていて互いにあっちは嫌だ、こっちがいいと争いながら進むのだから、苦労ばかりが増えて、自分も相手もあまりに多くの傷を負うはず。

 

 それでも、彼の手を自分は絶対に手放さないことだけは決めた。

 可能性の魔法使いとしてではなく、ソラというただ一人の人間として彼とまた、錯覚でもいい、越えられない境界がそこにあっても構わない、ただ寄り添って幸福になるために。

 生きるために。

 

 だからソラはその手を掴みに、クラピカの元まで笑顔のまま駆け抜けた。






ヨークシン編を書くにあたって参考にした本は、当たり前ですが原作であるHxH、そして殺人考察(後)をオマージュしているので「空の境界」。
そして何故か京極夏彦の「鉄鼠の檻」が結構参考になってます。

いやマジで何故か、あれの禅について、悟りについての話がやたらと良いアイディアが浮かぶきっかけになりました。
たぶん主に、団長の所為。「十牛圖(じゅうぎゅうず)」の話が、やたらとゴンに「関係ない人をなぜ殺せるの?」と問われた時の団長の訳わからん発言を説明できた気がした。

なので、割と唐突に禅の話題が出てごめんなさい。
けど本当に、実は何かとややこしく考えすぎて、面倒くさいことばっかするソラが開き直るきっかけとその理由にはこの表現しかなかったんだ。


あと、前書きにも書いたけど本日発売のジャンプでブチ込まれたクラピカの「エンペラータイム」の誓約の所為で、この連載の最終目標のハードルが爆上がりしました。
諦めません。頑張ります。でもクラピカは一発、ソラに泣きながら殴られろ。

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