死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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74:蒼玉の防人

『大切な暦が一部欠けて

 遺された月達は盛大に(とむら)うだろう

 喪服の楽団が奏でる旋律で

 霜月は深く静かに沈んでゆく

 

 蜘蛛の手足の半分が

 蒼玉の防人達に捥がれるだろう

 それでも貴方の優位は揺るがない

 空の女神が目覚めぬ限り

 

 幕間劇に興じよう

 新たに仲間を探すもいいだろう

 向かうなら東がいい

 きっと待ち人に会えるから』

 

 * * *

 

 何事も上げ膳据え膳、全て用意されて何不自由ないと確定した上でしか何もさせてもらえなかった箱入り娘のネオンは、許可証がなければオークション会場のセメタリ―ビルに入るどころか、その周囲500m以内にすら近づけないことすら知らず立ち往生していた。

 

 検問の警察官に思わず自分の父親の威光をいつも通りかざそうとしたが、今の自分は父親の反対を押し切って家出同然にここに来ていることを思い出し、自分がノストラード(ファミリー)の娘だと知られてたら強制送還されられるだけだと気付いて、そのままネオンは途方に暮れていた。

 

 そんな自分に話しかけて、セメタリービルまで連れてきた相手にネオンは無邪気に自分の占いの説明を続ける。

 彼女の占いは鑑定金が7桁どころか8桁であっても予約が数年先まで埋まっている、売れっ子どころではない本物の「予知能力」なのだが、ネオン自身はそんな自覚もなく連れてきてもらったお礼として、つい先ほど占いの為にプロフィールを書いてもらうまで名前さえ知らなかった男に気軽に見せて、与えた。

 

 この事態を知れば、さぞ父親であるライト=ノストラードは嘆き、娘が箱入りすぎて危機感を全く育てなかったことに後悔するだろう。

 

 見かけは好青年だが、セメタリービルへの入場許可書を持っている時点で決して相手は堅気ではない。同じくネオンも堅気ではないとはいえ、そんな相手にホイホイとついて行く時点で彼女の危機感は一般人以下だが、それ以上にライトは間違いなく「念能力」の存在を知りながら、娘にその手の知識も修行をさせなかったことを後悔する。

 

 念能力者なら、自分の能力をよく知らない他人などに全て見せることも教えることは自殺行為同然だという常識を、ネオンどころか父親も知らなかったことが致命的だった。

 

「!?」

 

 ネオンの占い(能力)の説明をしっかり聞きながらも、自分の「過去」であり「現在」、そして数時間後である「未来」を記した一つ目の詩を読み、静かに涙するクロロにネオンは思わず戸惑う。

 あまりにも静かに、そして美しく泣くものだから、ネオンは初めて大人の男が泣くところを見たという衝撃が強すぎて、胸の動悸がしばらく治まらなかった。

 

「君の占い、すごいね。当たってるよ。この一つ目の詩なんだけどさ」

「あ! ダメッ!!」

 

 しかしながら修行もせず、無自覚で「的中率100%の予知能力」という念能力を得ただけあって、妙なところだけは頑固でまじめだった。

 動揺しつつも「自分の占いを見ない」という、自覚してない制約をきっちり守って押しとどめるネオンに、クロロはその制約を破らない程度に自分の占いに何が出たかを話し、尋ねた。

 

「この詩には死者の鎮魂を想起させる部分があるんだけど、君は死後の世界ってあると思う?」

「んーー、あたしはあまり信じてない」

 

 しばしネオンは間を置いたが、それは今その答えを考えてみた訳じゃない。その問いに関する答えは昔から決まっている。

 考えたのではなく、思い出していただけだ。

 彼女がこの「能力(占い)」を得るきっかけ、あまりに些細なことだけど、どうしようもなく心に残った言葉を思い出し、自分の言葉に作り替えただけ。

 

「占いはあくまで生きている人の為のもの……。この場合はクロロさんのね。

 もし、そういう表現があったのなら慰められてるのは霊じゃなくて、あなたの方だと思うよ」

「……確かに。そうかもしれないな」

 

 クロロはその答えに、静かに目を伏せて納得した。

 クロロとしては、天国や地獄といった死後の世界に関しては懐疑的だが、念能力者なので「幽霊」や「霊魂」の類は信じているというより、実在することを十分よく知っている。

 

 だから、ほんの少し期待した。

 まだ確証はないが、ほぼ間違いなく死んでいるであろうウボォーギンと死者の念という形でも、幽霊という存在でも再び会えることを、そして最期の別れぐらい告げることが出来るのではないかと期待したが、ネオンの言葉でその期待を未練なく捨て去ることが出来た。

 

 自分の良く知る幼馴染み、とにかく暴れるのが好きで加減も知らないから面倒を掛けられることも多かったが、同じくらい頼りにしていた、大切な仲間(手足)

 良くも悪くも竹を割ったようなという慣用句が似合う彼が、未練なんて一番彼らしくないものを残して死者の念になる訳などなかったと、クロロは思い直す。

 

 なったとしたら、それはウボォーギンにとって死よりも敗北よりも、そしてそのような彼自身が一番嫌う未練たらしくて辛気臭い存在になることよりも、屈辱的な何かが起こったらからだ。

 彼がそんな思いをせず、そんな目に遭わずに逝ったのならば十分に喜ばしいとクロロは思いながら、ネオンと雑談を交わす。

 

 その雑談で、ネオンは自分の「占いは生きている人の為のもの」という言葉は、数年前に詐欺罪で捕まった「銀河の祖母」という占い師の受け売りだと語るが、クロロからしたら自分の占いが念能力だという自覚もないのに、「的中率100%」の占いを自分に使おうとせず、制約をきちんと守り抜いている時点で、詐欺師だった占い師よりも彼女の方が高い矜持を持っていることがよくわかった。

 

「俺はね、霊魂って信じてるんだ。

 だから死んだそいつが一番やりたがってたことをしてやろうと思ってね」

「何それ?」

 

 なので元々自分の能力の制約上、生かすことは絶対的な条件だったが、占いの礼とその矜持を讃え、彼は計画していた中で一番穏便な方法を取ることにする。

 

(大暴れ)

 

 ただし、その「穏便」に当てはまるのは彼女に関してのみだ。

 

「お……?」

「あっ、大丈夫ですか!?」

 

 ネオンの延髄に手刀を決めて、自分で彼女の意識を刈り取っておきながらのうのうと、クロロは倒れ込んだネオンを抱きかかえて支え、すぐ近くのマシンガンを構えた警備員に「どこか静かに休める個室は!?」と声をかける。

「医者を呼んでくれ」と言いながらも、彼はネオンの体で具現化した本を隠して、彼女の掌をその表紙の手形に押し付け、まんまとネオンの予知能力を手に入れた。

 

 警備員は通信機で急病人が出たことを地下競売の責任者に連絡し、救急車の手配を頼むが、2日前の襲撃がなければさすがに利かせたであろう融通はなく、「病院まで車でお送りするから、中央玄関まで来てもらえ」と冷たい指示が出される。

 

「なんだとぉ! ふざけんじゃねぇぞ!! 素人が下手に動かして危ねぇ病気だったらどうすんだ!! ああ!?

 ノストラード(ファミリー)組長(ボス)の娘さんだぞ! てめぇ、責任とれんのかって伝えろ!!」

 

 が、クロロはその通信が切れる前に変装中の胡散臭い程の優男には似合わぬガラの悪い声を上げて、情報をねじ込んだ。

 

《ちっ、聞こえたよ。十老頭にもファンがいるからなぁ……。仕方ねぇ、電話しろ!》

 

 クロロの読み通り、ネオンの占いのファンは十老頭にも及ぶ。彼女の予知の正確さを知っていれば、彼女を一番利用している父親でなくても、失うことを何よりも恐れていることくらい簡単に想像がつく。

 なので、後は自分がどうこうする必要はない。むしろ残っていたら娘を利用したことを彼女の父に知られて厄介なことになる。

 

 娘の能力に頼って勢力を伸ばした田舎マフィアのボスなど、クロロはもちろん旅団の誰も恐れる者はいないし、ノストラード組を張っていれば、「鎖野郎」と「赤コート」を見つけることが出来るかもしれないという期待はあるが、その父親による身の程知らずな報復への反撃で、娘が巻き添えに遭うと困る。

 せっかく盗んだ能力が使う間もなく失ったらさすがにだいぶ悔しいので、「鎖野郎」と「赤コート」に関しては後回しにして、クロロは警備員や公園で運転手役にスカウトしたホームレスを適当に言いくるめてその場を後にした。

 

 そして、人目がつかない適当な場所で持ち込み禁止のはずのケータイを取り出して、仲間に連絡を取る。

 

「シャルか? 全員に伝言を回せ。セメタリービルで暴れてるから、ゴミ掃除でもしながらこちらに来い。

 ……それと、今日は暴れ方に条件がある」

《へぇ、珍しいね。何? 2日前が派手にやりすぎたから自重しろってこと?》

 

 シャルナークの言葉にクロロは苦笑しつつ、ネオンから占ってもらった紙を眺めて答える。

 

「いや。むしろ逆だ。――――派手に()れ」

 

 * * *

 

 シズクの運転する車で検問を強行突破し、マフィアたちの一斉砲火で爆発したと思われたその車から、フランクリンが彼らの持つ重火器以上の威力を持つ両腕を振り回し、念弾で人間を粉々に破壊してゆく。

 

 悠々と徒歩でやって来たフィンクスとフェイタンは、検問前で警察官にもマフィアにも銃を向けられて止められるが、二人はそれらを無視して首をねじり折り、切り落とす。

 

 シャルナークは錯乱したマフィアを盾にしながら、自分の武器に使えそうな人間を物色する。

 

 団員たちはそれぞれ好き勝手に、団長からの「派手に()れ」というオーダーをこなしながら、セメタリービルへと向かう。

 

 マチも同じように、自分が張った糸にかかった獲物(にんげん)を吊り上げて絞め殺し、さらにその死体をマリオネットのように絡んだ糸で操り、持っていた武器を乱射させて周囲の人間を殺していく。

 

 殺しながら、舌を打った。

 

「……あの馬鹿。どこ行きやがった」

 

 ノブナガが昼間見つけた子供を何故か旅団に入れるというわがままを言い出し、その所為でペア編成をし直して組む羽目になったヒソカが、仕事が始まる前はウザいくらいにちょっかいばかりかけてきたくせに、セメタリービル周辺になったら手伝うどころか勝手にどっか行ったことに、マチは苛立っていた。

 

 勝手にどっか行ったといっても、ケータイは持っているので連絡はつくし、一応マチはヒソカが素直に仕事するわけがないこと初めからわかっていたので、予め彼の服に針を刺して念糸を繋げておいた。

 なので、どこにいるかはもちろん糸電話の要領で少しくらい向こうの様子も知ることはできる為、問題はないと言えばないがさぼっていることには変わらないので、当然マチの苛立ちは納まらない。

 

 ある意味では、団長の命令はストレス発散の一環となっているので僥倖だったと思いながら、彼女は自分の張った糸を通して周囲を、獲物を探っていた時、ある区画に張っておいた自分の念糸がプツリと切れるのを感じた。

 

 切れたこと自体に関しては、問題ない。

 そこらに張った糸は、元より増援などを察知するためのもの。初めから人間を吊り上げられるほどの強度の糸だと見えていなくても警戒されるから、そこの糸の強度は木綿糸程度。切れることでそこに誰かが来たと察知する為のものだったので、ただマチの想定通りの役割を果たしただけだ。

 

 問題なのは、その後。

 自分の糸が切れたことで新手が来たことを察知したマチは、自分の糸にオーラを送り込んで強度を強め、ウボォーギンでも吊り上げられるほどの強度になった、新手の首に巻きついているはずの糸をグイっと腕で引いてを吊り上げる。

 吊り上げた、つもりだった。

 

「!? ヒソカ!!」

 

 ヒソカに繋げてあった糸を自分の耳に当て、彼を呼ぶ。

 向こうもやはりマチが自分に糸をつけていたことに気付いていたらしく、まったく驚いた様子もなく電話に出るようにいけしゃあしゃあと、「やぁ、マチ♥ どうしたんだい?」と訊いてきた。

 

 その呑気な返答にまたイラっとしながらも、マチは指示を飛ばす。

「あんた、どこにいるんだい!? 暇ならセメタリ―ビルの東側に向かって!! あたしの糸を切った奴がそこにいる!!」

 

 マチの指示に一瞬だけヒソカは軽く目を見開き、そして両目と口角を吊り上げて答えた。

 

《……任せて♥》

 

 本日は雑魚狩りをする気分にはなれず、テキトーなビルの屋上で夜景と車の暴走や爆発で上がる炎という絶景を楽しんでいたが、マチが殺す気で張っていた糸を切った人物となれば、話は別。

 その時点で少なくとも念能力者であることは確実で、マチはウボォーやノブナガ、フィンクスのようなバリバリの戦闘要員ではないとはいえ、天空闘技場クラスの能力者なら手足が出ないレベルだ。十分すぎるほど、その相手は期待できる。

 

 また、その新手は昨夜から連絡が途絶えているクラピカやソラという可能性もある。

 その場合は他の団員に横取りされるのはあまりに惜しい。

 

 惜しいが、ここで彼らを庇って自分がユダであることをばらす訳にもいかない。というか、せっかく美味しそうな果実と戦えるチャンスを逃す気がヒソカにはサラサラない。

「マチの糸がついているから、同盟組んでるのがばれるといけないから助けられないなぁ♠」と心にもないことを思いながら、ヒソカはビルとビルの間を飛び移りながらもオーラを増幅させて、気配を探る。

 

 そして、見つける。

 

 胸近くまで伸びた髪は下ろしたまま、硝煙くさい風になびいている。

 ゆったりとしたパジャマは外灯からの光や月明かりで、ユニセックスなその肢体をうっすら透かしている。

 履いている物はこれまた室内用の薄っぺらいスリッパで、それなりの距離をそれで歩いてきたのかもうだいぶ汚れていた。

 

 そして気配を極限まで薄めているので、この戦場さながらのヨークシンのど真ん中という場所柄にパジャマとスリッパという場違い感が半端ない恰好といい、作り物めいているほど整った容姿といい、現実感が「彼女」には皆無なので、傍から見れば幽霊にしか見えない。

 

 そんな「彼女」……ソラの姿を発見し、死ぬわけがないとは思っていたがウボォーギンを無事に撃退出来ていたことに対しての安堵しつつ、彼女と戦う絶好の口実に対してヒソカは歓喜したが、さらに近づいてみて思わず足を止めて首を傾げる。

 

「……おや?」

 

 ソラの格好に関しては、ヒソカは何も疑問に思っていなかった。

 彼女は女の子らしい可愛らしい恰好をやけに恥ずかしがって嫌がるが、それ以外に関しては自分の服装に全く頓着せず、性的な眼で見られるのことを何よりもいやがるのに、露出の激しさなどは指摘するまで気付かないという実にからかい甲斐のある相手なので、寝ようと思っていた時になって旅団がここまで派手に動き出したのを感知して、そのまま飛び出してきたのだろうとでも思っていた。

 

 疑問に思ったのは、彼女の行動だ。

 

“絶”で気配を消しているので、ただでさえ旅団の遠慮も手加減もない襲撃にパニクっているマフィアたちは、隣りをソラが悠々歩いていても気付かない。

 

 それは良いのだが、ヒソカの知るソラはヒソカには理解できない程、他者を大切にするお人好しだが、彼女は「守りたい大切な人」と「見捨ててもいい他人」を明確に分けている。

 自分のファンだと言って慕ってくれた相手ですら、忠告だけして後は大切なキルアとゴンの念の勉強のための「教材」としか見なかった彼女ならば、脛に傷しかないようなマフィアがすぐ傍でパニックを起こして敵味方関係なく乱射していたら、彼女は自分の身しか守らない。

 周囲に何の関係もない一般人がいるのならともかく、他の連中もマフィアならソラは無視して先に進む。

 

 それがヒソカが抱いていたソラの人物像なのだが、今、自分が見下ろしているソラは違った。

 

 マフィアに気付かれずに悠々と歩きながら、銃を乱射している者の延髄に手刀を決めて意識を奪ってから、彼女はその乱射していた相手を肩に担いで適当な路地裏にそのまま寝かせる。

 パニックを起こした組員の乱射で倒れ伏した者の中から息がある者を見つければ、その相手の服の袖でも破って止血を施してから、やはりこれ以上の巻き添えをくわぬようにか、乱射していた者と同じように路地裏に放り込む。

 

 そうやって気休め程度、焼け石に水にしかなっていないがそれでもマフィアを助けながら、しかしマフィアやその争い自体には我関せずと言わんばかりに進んでいくソラを、ヒソカはちょっと困惑しながら見下ろしていた。

 

 またソラは銃弾が飛び交う中でも”絶”状態なのと、周囲のパニックは納まるどころかどんどん酷くなっていくのもあって、ソラがひっそりと何かやってることにマフィアたちが誰も何も気づいていないのも、なかなかシュールである。

 

 そして状況がシュールすぎてわかりにくいが、ヒソカはそんな眼下のソラの違和感を覚えた。

 行動自体がらしくないのがまず第一だが、それ以外にも彼女は普段の彼女と大きく違う。

 

 その違和感の正体は掴めないが、行動だけではなくもっと根本的な「何か」がおかしいと感じた自分の勘にヒソカは確信を持っていた。

 だから、彼は両目にオーラを集めてソラをさらによく観察するが、彼女はやはり気配を消したまま淡々とマフィアたちを地味に助けながら、スタスタとセメタリービルへと向かってゆく。

 

“絶”状態なのでオーラの使い方も良くわからず、ヒソカのいる位置では後ろ姿しか見えてないので、どんな顔でこんなボランティアじみたことをしているのかもわからない。

 が、一つだけ気付いた。

 

 強化された視力が気づく。

 彼女が7月の初めごろから、髪を束ねるのに使い始めた金糸で刺繍が施された赤いリボンを巻かれた右手。

 その手の甲につい二日前までなかったはずの、刺青のような紋章があることに気付く。

 

 さらに目を凝らして、それが星と月と太陽らしき絵柄であることまではわかったが、それ以上は結局何もわからず、さらにヒソカは深い角度で首を傾げた。

 

 解消されない違和感にヒソカが首を傾げていると、自分の服の裾についた針と糸がクイクイと引っ張られた。

 自分が指示だした方向へ向かったのは良いが、そのまま何もしないヒソカをマチが怪しんだのだろう。ヒソカは自分の服から針を外して、その針を電話口のように口元に持って行ってマチに報告という名の言い訳を口にする。

 

「あぁ、ごめんごめん♦ 何か予想外な光景だったもんでちょっと観察しちゃってた♥」

《は? 予想外? いったいそこで誰が何してんのよ?》

 

 正直に答えるべきかどうか、ヒソカは少し悩む。

 クロロも彼女に対して自分とは違う理由で自分と同じくらい執着していることは知っているので、新手がソラであったことを話せば、間違いなくクロロの方にも情報が行く。

 

 クロロとの決闘のチャンスをクラピカやソラに殺されることで奪われたくないのと同じくらい、クロロにソラを奪われるのも癪だが、彼女を逃がしても自分だと「クロロのために生け捕りしようと思って逆に手加減しすぎて逃がしちゃった♥」という言い訳は絶対に信用されない自覚はある。

 

 なので、いっそここでソラとは()れるだけ()りあおうかと考えていたら、眼下でさらに予想外な光景が繰り広げられていた。

 

 マフィアたちに気付かれず、ペタペタとスリッパで歩いていくソラの手を掴んで路地裏に引きずり込む者がいた。

 一瞬、他の団員がやってきて先取りされたのかと思ってヒソカは焦ったが、よく見るとそれはこれまたソラとは違った方向性で同じくらい、場違いで現実感がない恰好の所為で幽霊じみた人物だった。

 

 華やかな振袖を見事に着こなしたおかっぱ頭の、美少女らしき人物がソラを路地裏に引きずり込んで、何やら怒っていた。

 とりあえず旅団でなかったことにホッとして、ついでにゴンやキルアより幼いのに彼らと同じくらいの素質を持つその子供もしっかり自分の「玩具箱」に入れながら、ヒソカは「ごめん、マチ♦ ちょっとさらに新手が来てなんかややこしくなってるから後でね♥」と言って、針を服の裾に刺し直して移動する。

 

 ソラと子供は入った路地裏を見下ろせるビルにまで移動して、また様子を窺いながらヒソカは考える。

 やはり、どうも今のソラは何かがおかしいと眼を細めて彼女を観察する。

 

 子供はソラの腕をぐいぐい引っ張って、マフィアたちがいない、気付かれないであろう路地裏の奥まで彼女を連れて行きながら怒鳴っていた。

 二人に気付かれないようにある程度の距離を開けているので全部は聞こえないが、「何してんだよ!」「ソラのバカ!」という声が聞こえるので、どうやらソラの知り合いであることは間違いないらしい。

 

 初めは自分と同じように、ソラのあの面倒くさいクラピカの為の「仕事」に関する協力者かな? と思ったが、彼女の性格からしてゴンやキルアにすら協力してもらっていないのなら、仮にその子供が彼らよりも有能であっても、彼らより年下という時点で絶対に彼女はやはり協力を仰がない。

 ソラにとっては年下、特に子供と言える年齢ならば自分より実力があっても、「守るべき対象」他ならないことをヒソカは本人の口から聞いたわけでもないが、確信している。

 

 なら、既に“念”を基本ならマスターしてそうなあの子供は、何らかの裏稼業の家の子供でオークション参加者がソラとはたまたま知り合いであり、偶然こんなにも危なっかしい場所で見つけたから保護したのかな? と考えた自分でも無理があるなと思った仮説を立てる。

 現実は小説よりも奇なりとはよく言ったもの。ヒソカが「無理があるな」と思った仮説は9割がた当たっていた。

 外れているのは「オークション参加者」という部分だけ。

 

 そのことに気付くよりも先に、眼下の二人に変化が訪れる。

 ソラは子供に手を引かれても何の抵抗もせず大人しくついて行っていたが、あまりにも大人しく黙ってついて来ることに何故か逆ギレして、「聞いてるの!?」と怒鳴りながら振り返った。

 

 振り返って、彼女の顔を見た。

 

「…………え?」

 

 子供は彼女と、「ソラ」と向き合ったまましばしきょとんとしたまま固まってしまった。

 そんな子供の様子を見て、彼女は小首を傾げて何か言った。

 何を言ったのかは、ヒソカの耳には届かなかった。

 が、目の前の子どもには当然聞こえている。

 

 子供は何を言われたのかはわからないが、きょとんとした顔がみるみるうちに血の気を失い、困惑、そして恐怖らしき感情にその人形じみた面を染め上げた、ソラの手を離して一歩、二歩と後ずさる。

 

 子供は、訳のわからない困惑、訳がわからないからこその恐怖がちょうど半々になっているからこそ、かろうじて叫び出さず、逃げ出しもしないという冷静に見えて実に危うい精神状態のまま、唇を戦慄かせた。

 

「……お前――」

 

 * * *

 

 子供が何かを言う前に撃ち出された殺気に反応して、ソラも子供も自分が美味しく味わいたいので、ヒソカもトランプを投げつけて、マシンガンのような勢いで撃ち出された針を防ぐ。

 

 そしてソラもその殺気にはきちんと気づいており、彼女は目の前の子供を即座に抱きかかえて、そのまま重力など無視して忍者のように壁を駆け上がって昇って逃げ出した。

 

 それを見て舌を打ち、殺気の出どころはヒソカを睨み付けて言った。

 

「邪魔するな! ヒソカ!!」

「ごめんごめん♠

 けど、どうしたんだいこんなところで? もしかしてあの子供、君のターゲット?」

 

 路地裏の闇に溶け込んでいた者が、姿を現す。

 ヒソカが良く知る友人と書いて玩具と呼ぶ相手。イルミ=ゾルディックが既にソラと知り合ってからは珍しくなくなった不機嫌そうな顔と口調で言うのを、ヒソカはビルから降りてきて誠意など見えやしないいつもの調子で謝りながら訊くと、イルミはソラが逃げ出した方向を睨み付けながら吐き捨てるように答える。

 

「弟だよ。……あの、バカ女! よりにもよって仕事前だっていうのにカルトを連れて行きやがって……。やっぱり、カルトがあいつと関わるのは反対しておくべきだった」

 

 答えられて、色々と疑問だった部分のほとんどが解消された。

 どうしてこんなところに、ゴンやキルアより年下なのに“念”の基本をマスターしている子供がいることや、ソラと知り合いであることはイルミの弟ということで氷解したが、そうなると残った謎がさらに大きくなる。

 

 あの子供の様子からしてキルアと同じくらいソラに懐いているのは明白だが、それならあの子供の反応、振り返ってソラと向き合って、そして何かを言われた時の困惑と怯えが入り混じったあの顔は何だったのか。

 ソラの言動はいつでもどこでも斜め上に突っ走っており、ヒソカでさえも絶句させられることは珍しくもないが、子供に甘い彼女がどのような事情や理由があっても、あのように怯えさせるようなことを言うとは思えなかった。

 

 それに、ソラがイルミの弟を連れて逃げ出したのも解せない。

 ヒソカはキルア以外にイルミの弟に面識はないが、彼の家族愛の重さは知っているので、なんだかんだでヒソカよりイルミやゾルディック家と付き合いのある彼女なら、弟にまで彼が攻撃するわけがないことくらいわかるはず。

 

 あの殺気の主がイルミだと気付いているのなら、イルミから逃げる為の人質という手段は彼女の性格からして有り得ないので、ソラが彼の弟である振袖の子供を連れて逃げる必要も理由もない。

 ……ハンター試験のことを考えたら、普通にイルミだと気付いていないから保護のつもりで抱えて逃げたという可能性は大いにあるが、それでもやはり小さな違和感がまとわりつく。

 

「ちっ! ヒソカ、お前のリーダーからの依頼なんだから手伝え!」

 

 イルミは舌打ちしてから、彼も壁を駆け上がってソラを追う。

 言われてヒソカは、そういえばクロロが十老頭の暗殺をゾルディック家に依頼したということを話していたのを思い出し、クロロを失うのは惜しいしソラとイルミという最高の玩具が相打ちで同時に失うのは最悪なので、せめてどちらかだけでも自分が美味しくいただけるように、あとたぶん糸を通して聞いているであろうマチに言い訳が立つように、「あ、そうだったんだ♦ ごめんごめん♠」と言いながら、彼も追う。

 

 追いながら、ヒソカはイルミに訊いた。

 

「ねぇ、イルミ♣ 彼女、なんかおかしくない?」

 

 マチに聞かれても誤魔化しがきくように固有名詞を避けて問うと、イルミは「あれがおかしくない時なんてあったか?」とこちらに見向きもせずに即答した。

 が、しばし間を開けて付け足す。

 

「……ただ、何かが違う」

 

 彼自身も説明がつかない違和感に気付いていたらしく、眉間の皺を深めて苦々しく呟いた。

 

「ふぅん♦ キミもそう言うのなら、やっぱりボクの気のせいじゃないね♣」

「……それ、どういう意味?」

 

 ヒソカの納得に横目でイルミは睨みながらも、ビルを飛び移りながら自分の弟を抱えて逃げるソラを追う。

 ソラは一度もこちらを振り返らず、そしてイルミの弟……カルトは未だ怯えたような顔でただ黙って抱きかかえられていた。

 

 しばし走り続け、セメタリービル近くまで来たところでソラは立ち止まり、カルトを下ろした。

 まだ旅団も来ていない、マフィアたちのパニックによる暴動も起こっていない安全地帯にまでやってきて、彼女はカルトを下ろしてその艶やかな黒髪を優しく撫でた。

 

 自分の頭を撫でる手の優しさに、思わずカルトは安堵して怯えが薄れる。

 だが、怯えが薄れても、怯える必要がない相手だと思っても、それならばなおさらに謎と困惑が深まる。

 

 その謎を解く質問をする前に、兄ともう一人誰だか知らない道化師めいた服装とメイクの男がやって来てしまう。

 しかし、カルトの目の前のソラはカルトを置いて逃げはせず、それどころかカルトに対して申し訳なさそうに眼を細めて、謝った。

 

「怯えさせてすまない」

 

 その言葉に、カルトだけではなく針やトランプを投げつけようとした二人も時が止まったかのように動けなくなる。

 

 イルミはカルトと同じように困惑し、カルトはまた更に困惑を深めて泣きそうな顔になり、ヒソカだけが思わず納得していた。

 カルトが何故、あんなにも困惑して怯えていた理由を理解した。

 

 あの時、「ソラ」がカルトに何を言ったのかはいまだにわかる訳がないが、おそらくは言葉そのものに意味はない。

 彼があんなにも恐れて、そして理解できず困惑したのは声そのもの。

 

「……用があるのは、この子供か? それとも、マスターの方か?」

 

 カルトの頭をしばし宥めるように撫で続けながら、「彼女」は……「ソラ」は振り返りもせず自分たちに訊いた。

 

 彼女独特の男にも女にも聞こえるし、どちらにしても中途半端な変声期直前の子供のような声ではなく、比較的高い方ではあるが決して聞き間違えることはない……男の声で問いかけながら、振り返った。

 

「用件がこの子供の方ならば、どのような事情があるのかは知らないが子供に殺意を向けることは看過できん。

 そして、マスターが目的ならばこの子供は見逃してくれ。彼は、マスターの身を案じてくれただけだ。十分この子供は強いが、お前らの敵ではないことは見ればわかるだろう?」

 

 カルトを庇うように前に立ち、まるでカルトのことも、イルミやヒソカのことも知らず、初対面の相手のように語る「彼女」と向き合い、イルミは絶句してヒソカはまたしても納得する。

 

 カルトが何故、振り返ってあんな目の前の人物が誰なのか、何なのかが理解できないと言わんばかりのきょとん顔をしていた理由が、はっきりと分かった。

 

 今、眼の前に立つ人物は間違いなく「ソラ」だ。ソラ=シキオリだ。

 

 男性美と女性美のどちらも損なわず調和した美貌も、月明かりで服がうっすらと透けて見せるそのユニセックスな肢体も、見間違えようがないし変わらない。

 ただ、間違い探しのようにあからさまに違う部分が二つあった。

 

 一つは、右手の甲の星と月と太陽らしきデザインの刺青。

 そしてもう一つは、眼。

 

 彼女の眼は、ミッドナイトブルーでも、スカイブルーでも、そして世界7大美色すらも色褪せるであろう至高の青、セレストブルーですらなかった。

 

 そこにあったのは、左は色こそは彼女の持つ眼とよく似た蒼天の色だが、彼女のように暴力的なまでに命を引きずり出すような魔性はなく、ただ静かに他者の内側を見据え、本心を見透かすような青い瞳。

 そして右目も同じく、虚偽を許さずはぎ取るような力を持つ眼だが……、そこにあったのは燃え盛る焔のような真紅の瞳。

 

 相反する色に、どちらも怜悧な光を灯しながらその「ソラ」にして「ソラ」ではない誰かは答えを待つ。

 もちろん、その「ソラ」ではない誰かへの答えはない。そんなものよりも、訊かねばならないことがある。

 

 だから3人は、同時に訊いた。

 

 

 

「……お前は、誰だ?」

「……ソラじゃ、ないの?」

「どちら様かな?」

 

 

 

 言われて、相手はヒソカとイルミに対しての警戒を怠らないまま、しかし少しだけ気が抜けたような声を上げる。

 

「……あぁ。そういえば自己紹介をしてなかったな」

 

 その言葉に思わず訊いたカルトやイルミどころか、ヒソカも脱力する。

 

 声も、眼も、そして話し始めたらよくわかるが口調も些細な所作やたたずまいも全く「ソラ」とは違う雰囲気なのに、いらない所だけやけにソラそっくりなので「やっぱりソラが恍けてるんじゃないのか?」とそれぞれ疑い出すが、そんな風に思われているなど本人はつゆ知らず、「……真名を隠す意味はないな」と訳の分からない独り言を呟いてから、軽く片手を広げて月下の中、「彼」は堂々と名乗り上げた。

 

 

 

 

 

「オレは、ソラのサーヴァント。ランサーのサーヴァント、――カルナだ」






すっごくどうでもいいことですけど、私はこの状態のソラのことを「カルナセコム」と呼んでます。

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