死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜
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75:特別ではないただ一人

 蒼緋の眼を持つ「ソラ」にして「ソラ」ではない人物が名乗り上げ、しばしの沈黙を破ったのは「彼」に庇われるようにその背に立つカルトの一言だった。

 

「…………誰?」

 

 答えられても余計に深まった謎と困惑をありありとその言葉に乗せると、「カルナ」と名乗った相手は振り返って少し困ったように小首を傾げた。

 

「誰? と言われても困るな。オレが名乗れる名はこれしかない」

「……いや、そうじゃなくて、何というか……えーと、とりあえずソラとは別人なの?」

 

 こちらの困惑も知りたいこともどうもうまく伝わっていない相手に、カルトはもはや呆れて脱力しながらも、一番知りたい情報を尋ねた。

 もう彼はこの時点で、大雑把に尋ねるのではなく自分で知りたい情報を厳選してピンポイントで尋ねた方が良いと学習していた。

 

 カルトの思った通り、大雑把に尋ねると本当に最低限なことをそのままストレートにしか答えないが、細かく指定して尋ねればきちんと説明するので、こともなげに彼は告げる。

 

「人格としては別人だ。そもそも、性別が違う。口調や一人称でわかると思うが、オレは男だ。

 ただ、この体はマスター……ソラのもので間違いない」

 

 声や眼の色、右手の刺青らしきもの、そして少し向き合って会話を交わすだけでありありとわかる、ソラとは違う口調、ソラとは違う雰囲気、ソラとは違うたたずまいからして、「実はソラって双子の兄弟でもいたのかな?」という突拍子がないような、けれど目の前の人物を見れば一番妥当な仮定をカルトはしてみたが、カルナはそれを否定する。

 その答えにカルトも小首を傾げて、「ソラって二重人格か何かなの?」と尋ねる前に、兄と一緒にやって来た道化師のような怪しい人物が先に尋ねた。

 

サーヴァント(従僕)に、マスターね……♦ キミは、ソラが念能力で作った疑似人格?」

「……オレはその『念能力』というものがよくわからないが、お前の仮定は確実に間違えている。

 おそらく、オレの存在や在り様を説明するならばマスターにオレという亡霊が取り憑いているというのが一番近いのだろうな。正直言って、槍を戦場で振るう以外に能がなかったオレでは、オレとマスターの在り様は感覚としては理解出来ていても、理屈としては理解できていないから説明は出来ん。

 マスターならば説明出来るだろう。この身をマスターに返した後で機会があれば訊いてくれ」

 

 ヒソカが長い指先で自分の顎を撫でながら憶測を口にすると、ゆるりと振り返ったカルナは即座に否定する。

 そして何気にソラがものすごく嫌がりそうな丸投げを行っているのだが、もちろん彼に悪気はない。ただ答えられないことを申し訳なく思い、誠意で説明出来そうな相手を紹介しただけである。

 

 しかしその妙に真面目だが変にずれている返答が、ヒソカの中で彼の答えは事実であると確信させる。

 初めはシンプル過ぎて訳の分からない受け答えと本人が名乗った「サーヴァント」という肩書、そしてソラへの「マスター」という呼称で、操作系能力者が使う人工知能のようにある程度自動(オート)で物事を考えて動くが、基本的に応用や含みというものが利かないロボットじみた疑似人格かと思ったが、少し話せば理解した。

 相手はただの、天然だと。

 

 そもそも、今更ソラに念能力の常識を求めるのもバカらしいがヒソカやイルミの共通認識だが、それでも強化系のソラに操作系の能力である「疑似人格」を作り出すのはかなりの無理がある。

 カルナが語った、「カルナという亡霊がソラに取り憑いている」というのがどこまで正確なのかはわからないが、そちらの方がむしろソラの全系統を網羅しているような能力の多彩さが説明出来るようになるので、ヒソカはひとまず納得した。

 

 そして納得しつつ、さらに彼は相手を分析する。

 たぶん相手は同じ天然でも、その体の持ち主であり主人(マスター)であるソラとも、ゴンやクラピカとも、そして絶対に認めないだろうが横にいるイルミとも違う、おそらく彼は仮初の仲間である旅団のシズクと同タイプだと、先ほどからの言動でヒソカは確信している。

 つまりは淡々と真顔で真面目にボケ続け、どこまでが本気かと思っていたら全部本気だったという、一番厄介な奴だ。

 

 この手のタイプの天然は、言葉の裏や空気は読んでくれないくせに頭の回転自体は非常に良かったりするので、こちらの嘘や裏の思惑などに一足飛びで気付いたり、心理戦による駆け引きを仕掛けた本人が全く予想できないわ望んでないわという方向に、持っていた本人も無自覚のまま物事を持って行ったりするので、実はヒソカにとって傍観者として見ている分には退屈しなくて面白いからいいのだが、当事者としては関わりたくないタイプなのだが……。

 

「……へぇ♥ 相変わらずキミのマスターは底知れないなぁ♣ それじゃあ、ボクも改めて挨拶しておこうかな?」

 

 ヒソカは彼独特の両目と口角を糸のように細めて吊り上げ、悪魔のように笑いながらカルナに語りかける。

 性格はおそらくヒソカにとって苦手な部類の相手だが、それ以外は何もかもがヒソカ好みな相手にあまりにも一方的な殺気(好意)をぶつける。

 

 見るだけでわかる。この相手は、ソラよりも卓越した戦闘能力の持ち主であることなど。

 そもそも彼女は予知能力レベルの回避反応、念の常識に囚われない奇想天外な能力、そしてその能力以上に突拍子のない発想による行動の数々で相手の虚を突いて、ヒソカやイルミなどといった武道派の念能力者と渡り合っているので、実は戦闘技能自体は拙い。

 

 回避能力が凄まじいので攻撃を仕掛けても避けきられるが、攻撃を仕掛けることが出来ている時点でソラはどれほど警戒しても隙が生じているということなのだが、この目の前の相手には、カルナにはない。

 

 オーラは纏っているがそれはかなり最低限な“纏”であり、いつでも攻撃・反撃・逃亡などが出来るように構えてもいない。

 あまりにも自然にそこに立っているだけなのに、どこにも攻撃を仕掛ける隙が存在しないのは、ヒソカの横でイルミが未だに何の行動にも移さないことで明白だろう。

 

 仕事の都合としてはもちろん、彼の個人的な感情としても、人格が違うとはいえ最も気に入らない相手から弟を取り戻したがっているイルミですら、「手出しできない」と判断している相手なのだ。それが、ヒソカのお気に入りにならない訳がない。

 

 なのでヒソカが一方的に迷惑で気持ち悪い殺気を放ち、イルミの方もカルトを取り戻せない苛立ちで先ほどからどんどんカルナに向ける殺気が増してゆき、完全に巻き添えをくらっているカルトはカルナの背後で怯えきって、顔面蒼白で硬直する。

 そしてその殺気をぶつけられている当の本人は、ソラの顔でありながらソラとはまったく雰囲気が違う涼やかな顔で、彼を庇うように背にやって隠してやりながら応対する。

 

「必要ない。お前の名は知っている。ヒソカだろう?」

「? さっきの口ぶりからしてボクらの事を知らないみたいだったけど、そうじゃないのかな?」

 

 言動からしてソラと記憶や知識が共有されていないと思っていたが、さらりと自分の名を当てたことを意外そうに、そして嬉しそうに笑いながら尋ねると、やはりカルナはどこまでも涼やかに、淡々と答える。

 

「一応、お前だけではなくこの場の全員を知っていると言えば知っている。だが、オレにとってマスターの記憶は『夢』として情報処理されている所為で、思った以上に記憶が曖昧だ。共有している情報は、してないよりはマシ程度だろう。

 だからこの子供とそちらの黒髪の男は、オレにとっては『見覚えがある』程度で名前もマスターとは具体的にどのような関係なのかもわからん。おそらくオレは、マスターと付き合いが長い相手か、特に印象深い相手のことしか記憶できていないのだろうな」

 

 カルナのその答えに、カルトは傷ついたような顔になり、イルミの殺気は増す。

 背後のカルトはともかく、イルミの殺気に関してはもちろんカルナは気付いているが、何故自分の発言で殺気が増したのかには気付かず、彼は小首を傾げた。

 

 この男、散々ソラや周りに指摘されて自覚したのに直りきっていない悪癖、「一言足りない」が発動して、「自分にとって印象深い相手しか覚えていない」という意味で言ったつもりの発言が、「マスターはお前らに興味がない」と言っているように聞こえるということに気付いていない。

 

 しかし幸いながら言った本人であるカルナよりソラに迷惑がかかる発言は、誰も意図してない経緯でフォローされた。

 

「ボクはソラにとって印象深い相手なんだ♥ 光栄だね♥」

「悪い意味でな」

 

 ニヤニヤと横のイルミに向けて笑いながら言ったヒソカに、カルナは真顔で即答した。

 そして、真顔のままやはり淡々と言葉を続ける。

 

「正直、オレも相手が強者であればあるほど、相手に実力全てを出しつくしてもらって戦いたいと望む。だからお前がマスターにしてきたことは許しも擁護もしないが、その己の欲望にあまりにも忠実な行動力に関しては純粋に尊敬し、そこまで己のしたいことが明確なのは羨ましいとも思っている。

 だが、ヒソカよ。マスターに性的に迫るのだけはやめてくれ。お前が気づいている以上に、彼女はそういう話題に耐性はない。本気で怯えている」

「……キミ、一言多いってソラに叱られてない?」

 

 さすがはあらゆる人間の価値を認める、聖人中の聖人なカルナはヒソカであってもその在り様を認めて讃えるが、そんな彼でも自分の大切なマスターに対してのセクハラを許す気はないらしい。

 それでも穏便に頼みこむが、ソラからしたら間違いなく余計なお世話どころかカルナの方が割とセクハラ案件な暴露をするので、思わずヒソカは本心からソラに同情して突っ込む。

 

 が、ヒソカの読み通りの天然なカルナは、「いや、むしろ一言足りないと叱られた」と大真面目に答えてヒソカを脱力させるという、誰にも誇れない快挙を成し遂げた。

 

「……お前がバカだってことはわかったから、いい加減弟を返してくれない?」

 

 カルナの発言で少しだけ、横でニヤついていたヒソカが振り回されてやり込められることで溜飲は下がって苛立ちも納まるが、それでも自分たちの殺気に本人は無反応なくせにカルトを守ろうとする行動がやはり気に入らず、イルミは殺気を込めてカルナを睨み付けて言う。

 しかしカルナは自分でも自分が利口ではないと思っているので、やはり相手の殺気も発言も柳のように受け流し、きょとんとした顔になって答える。

 

「弟?」

「お前が連れ去ってさっきから後ろに隠してる子供のことだ!」

 

 言われてもまだ後ろのカルトとイルミが兄弟であることに気付かないカルナに、先ほどの「印象深い奴しか覚えていない」発言思い出したのか、ソラ以外に対しては珍しい、人間らしい苛立ちを露わにしてイルミが怒鳴りつける。

 それでもカルナは泰然としたまま、後ろを振り向いてまたさらに増した兄の殺気に怯えて固まっているカルトを眺めた。相手に確認もしないで眺めていただけなのに、彼はただそれだけで納得したような声を上げる。

 

「そうか。どうやらオレは盛大な誤解をしていたようだ。

 オレが記憶している限りではマスターはお前のことを可愛がっていたが、あちらの兄に対してはひたすら逃げ回っている記憶しか俺にはなかったせいで、お前に危害が加えられると思い込んでつい、抱きかかえて逃げ出してしまった。

 迷惑をかけてすまない」

 

 カルナの発言で、「ソラは自分には興味がない」と思い込んでいたカルトの誤解が晴れて、少しだけ表情から陰りが消える。

 だがイルミに対しては何のフォローにもなっていなかったので、イルミはまた更に苛立ったように今度は「カルト!」と弟に強い語調で呼び、こちらに来るように指示する。

 

 カルトがどんどん底抜けに悪くなっていく兄の機嫌に怯えつつも、弱々しげに「……はい、兄さん」と答えてカルナの後ろから出て来て兄の元に戻ろうとする。

 が、カルトの小さな体をその手が、星と月と太陽という空を光り輝かせるもので飾られた右手が制して、押しとどめた。

 

 その行動に、イルミの八つ当たりとして全方向に向けられていた殺気が冷たく、カルナ一人に収束されてゆく。

 

「……何のつもりだ?」と、人間性をそぎ落とした人形じみた声音でイルミが尋ねる。

 完全に仕事モードに入ったイルミを、ヒソカは面白がって、そしてカルトはさらに怯えて、同時にカルナの行動が理解できずに困惑して二人をオロオロと見比べる。

 

 刃のように冴えわたる殺気を突き付けられても、それでもやはりカルナは変わらない。

 揺るがない。

 

「オレが誤解して、余計なことをしたことに対しては侘びよう。

 だが、いくら実兄とはいえ怯えて恐れている相手の元にこの子供を……、不必要な折檻を与えるとわかっている相手にカルトを渡すわけにはいかない。それは決してマスターが、そしてオレ自身も許さない」

「……主が主なら下僕も下僕だな。人の家に教育方針に口出しするな」

 

 カルナの言葉に、イルミは舌を打つ。

 言葉を交わせば交わすほど、姿以外はむしろ何一つとして似ていない、体のラインが出る服装ではなくいつものように性別不詳のツナギ姿なら、間違いなくソラの双子の兄か弟と言われたら素直に信じて納得するレベルで別人であることは確かなのに、イルミの言う通りその言葉は、その行動だけは同一。

 

 間違いなく、その心がソラのものであっても同じこと言って、同じようにカルトを渡さない。

 イルミが苛立ったのは、そんな主と全く同じ言動を取る従僕に対してか、それともその言動を「同じ」と感じた自分自身か。

 

 まるでそんなイルミの心境でも見透かすように、蒼緋の眼はまっすぐに殺気を突き付けるイルミを見据えていた。

 

 カルトの方は、自分がソラをたまたま見つけて余計なことをしたから今の状況があることを自覚しているので、カルナはともかくその体の持ち主であるソラを巻き添えにしたくない、そして彼自身もこの相手、カルナはソラよりも強い、兄ですら勝ち目があるのかわからない相手であることに気付いていたからこそ、まだ兄の殺気に怯えつつも自分を庇うように制す手を掴んで言った。

 

「や、やめて! 僕が仕事前だっていうのに勝手に抜け出して余計なことしたから、怒られるのも叱られるのも当然だからやめて!! イルミ兄さんと争わないで!!」

 

 腕を引かれて止められて、カルナはその眼をイルミからカルトに向ける。

 ソラの眼とは違う、彼女のあまりに美しいからこそ見ていられなくなる、見つめ続けるのが怖くなる眼ではなく、見ていると自分の悪いところ、嫌いな所ばかりが目につくのに眼が離せない、鏡のような眼にカルトは身を竦ませるが、その眼はすぐに柔らかく細められた。

 

「すまない。怯えさせてばかりだな、オレは」

 

 柔らかく目を細めて、少しでもカルトが警戒しないように、怯えないようにと微笑みかけてカルナは謝罪する。

 そしてカルトが掴んでいた自分の手を引き抜き、その手でカルトの背を押す。

 

「何もかもが余計な世話だったようだな。本当に、すまない」

 

 思ったよりもあっさり引き下がって、自分をイルミの元に帰そうとしてくれたことにカルトはもちろん、それを望んでいたイルミや傍観者に徹していたヒソカも予想外だったのか、ちょっと呆気に取られてしまった。

 そんな三人の様子に気付いていないのか、どこまでもマイペースなカルナは穏やかに、平坦に、当たり前のように語る。

 

「だけど、カルト。これだけは忘れるな。愛してほしいからといって、己を殺す必要などない。

 お前は十分、特別でなくともただそのままのお前自身で愛されている。少なくとも、マスターは間違いなく特別ではない、ただ一人の誰でもないカルトとしてお前を愛しているし、そして俺も、何の見返りもなくマスターを案じてくれたお前に感謝している」

 

 カルナの言葉に、カルトのイルミやらヒソカやらさっきの巻き添えで怯えて蒼白だった顔に赤みが差し、頬を紅潮させた。

 そんな弟の反応とカルナの言葉が気に入らなかったのか、イルミは再び「カルト!」と強く弟を呼び寄せた。

 

 これ以上兄の機嫌を損ねたらそれこそ折檻どころじゃすまなくなると感じたカルトは、慌てて「はい! ごめんなさい兄さん!!」と返事をして駆け寄るが、その頬はまだ嬉しそうに赤く染まったまま。

 それが心の底から気に入らないイルミは、カルトの方を見向きもせず、「マハじいさんが先に行ってるはずだからお前も先にセメタリービルに行け」と、カルナを睨み付けたまま命じる。

 

 カルトは兄に何か言おうと迷うが、「ソラとカルナを殺さないで」という本音はそれこそ兄の逆鱗であることくらい理解していたので、結局カルナの実力を信じて後ろ髪が引かれる思いでチラチラ振り返りながら立ち去ろうとする。

 

 そんなカルトにカルナは「心配ない」とでも言うように淡く笑ってから、イルミの方に視線を向ける。

 別に怒っているようにも敵意を向けているようにも見えない、相変わらず泰然とした涼やかな顔だが、その顔は少しだけ呆れているように見えた。案外、彼は言葉が足りない分表情は豊かなのかもしれない。

 そして実際、カルナは呆れていた。

 

「イルミ。オレが言うのもなんだが、お前は愛情表現が下手だな」

「気安く呼ぶな。そして、ほぼ初対面の奴がわかったように語るな」

「初対面でもお前が家族を深く愛していることくらい、見ればわかる。わからないのは、何故その愛を素直に表現しない?

 心配だからこちらに早く来いと言えばいいものを、何故わざわざ弟を畏縮させる?」

 

 カルナの言葉に、思わずカルトは足を止める。

 兄はずっと、余計なことをした自分に、カルナに捕まって逃げ出せなかった弱い自分に怒っていたと思っていた。

 心配しているとは、思っていなかった。

 

 イルミの仮面は、カルナの言葉に反応しない。眉一つ動かない。揺るがない。

 ただ無機質な声で「黙れ」と強要するが、人の頼み事は基本的に何でも聞く癖に、ソラからも「一言足りない」という叱責をいらない方向に生かしてカルナは、イルミの要望を無視してさらに言葉を続ける。

 

 どこまでも、虚偽を許さない瞳で相手を見据えながら。

 ……どこか、「誰かが望む理想の自分自身」を演じる目の前の男に、異父弟の面影を見ながら。

 

「オレの記憶は曖昧だが、確かお前は殺しを生業にしていたな? 殺しに携わる者が、家族とて他者を慈しむのを見せていけないとでも思っているのか?

 そうだとしたら、それほどの深い愛を己の家業の誇りと責任で抑えつけられる自制心には敬意を懐く。……が、悪いがその自制心は空回って、お前の愛を独りよがりなものにしていると言わざるを得んな。

 愛しているのなら素直に伝えろ。その自制心で覆われたお前の愛は、お前の言うことを聞く人形でなければ価値などないと言っているように見える。お前自身にしか向けられていない。お前自身しか救わない。

 その所為で、傷ついて欲しくないからこそ心配している弟に誤解され、いつか嫌われるのは本末転倒に他ならないだろう」

 

 その言葉に思わずヒソカは、「……カルナ。キミ、キルアって知ってる?」と横から口を挟む。

 カルナは何故いきなりそんなことを問うのかと言いたげに少し不思議そうな顔をして、「あぁ、その名なら覚えている。マスターが大事にしている少年だ」と即答したが、それ以上の言及はないことから彼はカルトと同じくイルミとキルアも兄弟であることには気付いていないことがわかる。

 

 なのに、まるでハンター試験の二人のことを知っているかのような口ぶりに、思った以上に相手は厄介だとヒソカはカルナに関しての情報を更新しながら、イルミの様子を窺う。

 

「それこそ、余計な世話だ」

 

 ソラ相手の時のように人間味を見せてブチ切れるのを期待したが、相手の実力を正しく見極めて理解しているイルミは、カルトが戻って来たのなら無駄に喧嘩を売る気はないらしく、ただ静かに言い返す。

 ソラの見た目で、ソラと似たようなことを言っても別人ならば、やはり彼は彼女が相手の時ほどその在り様、「殺し屋」という闇人形は揺るがないようだ。

 

 だがそれでも、わかったように勝手に自分(イルミ)という人間を語られて、しかもダメ出しされたのはムカついたのか、「そもそも、無関係なお前が口出しするな」と言い捨てて、彼も仕事に戻るつもりなのかカルナを警戒しつつも背を向けて歩き出すと、カルナは初めて少しばかりだが心外そうに言い返した。

 

「お前の家族に関しては、確かにオレが口出しする筋合いはない。

 だが、お前の空回っている愛情表現に迷惑を掛けられているのだから、多少の忠告をする権利くらいはあるだろう」

「迷惑?」

 

 どこまでも淡々としていたカルナがほんのわずかだが怒ったような口調で言ったので、イルミはオウム返ししながら振り返る。

 相手の実力的に敵に回したくないから、おそらくは口先だけでも謝るつもりだったのだろうが、彼は判断を間違えた。

 

 カルナは腕を組み、もうすでに心外そうではない代わりに心の底からうんざりしているような顔と口調で言った。

 

「イルミ、お前は恋しい者を恋しいからこそ殺したがる偏執狂(パラノイア)ではないだろう?

 素直に己の胸の内を認めて慈しめとまでは言わんが、せめて殺せもしないのに毎回毎回マスターに襲い掛かるのはやめろ」

 

 しれっとカルナが言い放ったと同時に、イルミの殺意が爆発した。

 

 * * *

 

「……いやぁ、見る目のある天然って怖いね♠」

 

 腹を抱えてまだ込み上げる笑いをこらえながら、両手でさらに赤くなった顔を押さえながら困惑しているカルトにヒソカは話しかける。

 

「…………え? ……恋しい者って……え? ……イルミ……兄さんが?」

「うん、イルミの為を思うのなら聞かなかったことにしておいた方が良いんだろうね♦」

 

 しれっと真顔で核弾頭級の爆弾発言を投下され、カルトが理解しきれず思わずヒソカに訊き返すと、ヒソカはまだ笑いながらイルミの為を思っているように見せかけて、カルナの言葉を肯定という一番イルミからしてほしくないことをやらかす。無論、この男はわかっててやっている。

 

 そんなヒソカの悪意にカルトは当然気づく余裕もなく、熱が集まって上手く働かない頭を必死に動かし、情報処理に勤しむ。

 しかし、情報を処理すればするほどイルミの行動で違和感を覚えていた部分が、カルナの発言によって納得してしまい、尊敬している兄と慕っている憧れの人の色恋沙汰という生々しい事実は、箱入りのカルトには刺激が強すぎたのか、彼は湯気が出そうなほど真っ赤になって、泣き出しそうな顔で思わずヒソカに「……どうしよう?」と尋ねる。

 

「とりあえず、キミは仕事に向かったら? あの調子じゃイルミが仕事に行けるかどうか、そもそも仕事のことを覚えてるかどうかも怪しいし♠」

 

 言ってヒソカは眼を細めて、ビルとビルの間を跳躍し、飛び交いながら見事な空中戦を繰り広げているカルナとイルミを眺める。

 たぶん本人はまったく悪気なく、それこそ「見ればわかる」から他の者も気付いているだろうとでも思いこんで言い放ったカルナの暴露に、おそらくは弟よりもヒソカよりも誰よりも、自分自身に聞かせたくなかった言葉にキレたイルミが殺しにかかり、それをカルナは実に軽やかにさばいている。

 

 やはりカルナは、はっきり言ってソラでは足元にも及ばぬくらいの実力を持っていると確信して、ヒソカは舌で唇を舐める。

 

 どうもカルナはイルミを殺す気は毛頭ないらしく、ソラよりもずいぶん余裕のある防戦一辺倒なので放っておいてもあの二人、……正確にいえばソラも含めて三人は死なずに済むだろうが、イルミが十老頭を始末しなければクロロの方を失うかもしれない。

 

 クロロよりも美味しいと確信できるほどの逸材を見つけたのだから、彼を見捨ててカルナに遊んでもらうのもいいかもしれないと考えたが、まだつかみ切れていないがそれでもカルナとの会話で知り得た彼の人格からして、自分好みの殺し合いを果たすのはそう簡単ではないと判断する。

 

 カルナは発言の端々から戦いを好む節が見えていたが、自分やウボォーギンのような戦闘狂ではなく、おそらく彼はカストロに近い武人タイプ。

 好んでいるのは「殺し合い」ではなくあくまで「戦い」そのものであり、その「戦い」に無関係な者が巻き込まれるのは何よりも嫌い、平穏は戦場でしか生きれない自分の存在価値なくすものだと理解した上で、それでもその平穏を、安寧を「戦い」以上に求めて、大切に守って慈しむ……、そういうむしろヒソカとは真逆の人種であることは、そもそもマフィアの暴動を淡々と治めようとしていた時点で明らかだ。

 ソラを主人にするだけあって、少なくともソラと並ぶ程度には確実にお人好しなのだろう。

 

 そんな彼が主人の体で戦って、主人の手を誰かの血で、誰かの死で汚すとは考えられない。

 イルミ相手に防戦に徹しているのも、攻める余裕がなくてそうせざるを得ないのではなく、ただただ主人を想っての行動だ。

 ソラを想うのならそもそもあんな爆弾発言をするなという話だが、投下したものはもうなかったことには出来ないので横に置く。

 

 なのでイルミに肩入れしてカルナに襲い掛かればさすがに本気を出してくれるかもしれないが、彼が出す本気はあくまで防戦と逃亡、もしくは自分たちを殺さないまま無力化することに関してであって、彼は間違いなく殺し合いはしてくれない。

 

 あれだけ美味しそうな相手に焦らされて逃げられたら、ヒソカは我慢ならない。

 そしてカルナとの殺し合いが欲求不満のまま終わった挙句にクロロも失ったとなれば、それこそ何のために旅団に偽装入団したのかがわからない。ほとんど旅団としての活動などしていないが、入団してからの3年間丸々を無駄にはしたくなかった。

 

 なので、今日の所はイルミではなくカルナの方に肩入れしようとヒソカは決めた。

 イルミにさっさと仕事に戻ってもらってカルナに恩を着せれば、妙に真面目な彼ならば「ボクと一回()り合おうよ」という提案を受けると踏んだ。

 

 もちろん、ソラの体で無駄な争いはしたくないと最初は断られるだろうが、ヒソカはソラとも()り合いたいと思っているのだから、主人を大切に思うからこそカルナは、純粋な戦闘能力ではヒソカに劣っているソラより自分が戦った方がマシと最終的に根負けして了承する可能性は低くない。

 

 一つでも自分の玩具を多く確保しておくための算段を立てたヒソカは、まだどうすべきか悩んでいるカルトに、「じゃあ、ボクはイルミに仕事いきなよって説得してきてあげるよ♦」と恩着せがましいことを言って、彼もまたビルを飛び越えてカルナとイルミの方へ向かって行った。

 

 それをポカンとしばし眺めてから、カルトは自分の頬を両手で2回ほど叩いて気を取り直す。

 全くと言っていいほどあの気持ちの悪い道化師をカルトは信用していないが、自分ではイルミを止められる訳もないとわかっているので、彼は不本意だがヒソカの言う通り仕事に向かう。

 

 そもそもが自分の勝手な行動が原因でイルミはカルナと出会ってしまい、絶対に弟である自分には知られたくなかった、そしてイルミ自身も改めて真正面から他人にして張本人から突き付けられたくなかったことを言われる羽目となったのだ。

 せめて任された仕事は完璧にこなさないと、それこそイルミに対して申し訳がなさすぎるので、カルトは足早に計画通りマハがいるはずのセメタリービルに向かう。

 

 そうやってぴょんぴょんと着物の裾を乱さず跳ねて移動しながら、カルトはイルミの為にもカルナの爆弾発言をもう考えないようにしようとして思考を別の方面に向けると、思い浮かんだのがこれまた割と唐突だったカルナの言葉だった。

 

『愛してほしいからといって、己を殺す必要などない。

 お前は十分、特別でなくともただそのままのお前自身で愛されている。少なくとも、マスターは間違いなく特別ではない、ただ一人の誰でもないカルトとしてお前を愛しているし、そして俺も、何の見返りもなくマスターを案じてくれたお前に感謝している』

 

 何故あのタイミングでこんなことを言い出したのかはカルトにはサッパリ理解不能だが、だけどそれはずっとカルトが誰かに言ってほしかった言葉だった。

 

 カルトは自分の家が、家族が好きだ。愛している。何よりも大切で大事な場所であり、自分の生きるべき世界だと定めている。

 

 だけど、そこにいるには「特別」でなければならないと思っていた。

 優秀でなければ、存在価値がないのではないかという不安が、胸の奥に澱となって沈んでいた。

 

 普通の人間ではない、殺しに、暗殺に特化した、ゾルディックにふさわしい性能を持つ「特別」な存在でないと、あの家にはいられない。

 そうでないのなら捨てられるのではないかという思いが、心の奥底にほんの小さな小さな一欠片に過ぎないが、確かに常に存在していた。

 

 それぐらい、他の家族はみんな特別で優秀だった。

 ゾルディックにふさわしい人たちばかりだった。

 

 そして、一番「ゾルディック」にふさわしい才能を持っていたキルアが家を出た時、キルア自身の希望を優先させて父が許可を与えたというのはわかっていたが、心のどこかで「キルア兄さんは心がゾルディックにふさわしくないって理由で、実は捨てられたんじゃないか?」と思っていた。

 

 それほど、あの家は「ゾルディックにふさわしい者」を求めていたことを知っているから。

 

 だけど、カルナの言葉で心の底に溜まっていた澱はなくなった。

 小さな一欠片の不安は消えてなくなり、ただただ納得した。

 

 それは、ありのままの自分の価値を認めてくれたからが大いにあるが、もう一つカルトにとって重要な真実……ではないかもしれないが、本当かもしれないと思えることを教えてもらったから。

 

『イルミ。オレが言うのもなんだが、お前は愛情表現が下手だな』

『殺しに携わる者が、家族とて他者を慈しむのを見せていけないとでも思っているのか?』

 

 たぶんこれもイルミからしたら忘れて欲しい言葉だろうが、カルトはきっと忘れられない。

 この言葉が、あまりにも綺麗に自分が抱え込んでいた不安を納得という形に変えてくれたから。

 

 自分の家が、「ゾルディックにふさわしい性能、性格」を求めていることには変わりない。

 けれど、そうでなくても愛してくれているという自信を得た。

 自分には理解できないものを求めて家を出たキルアよりも下手したら精神的に遠かった長兄が、あまりに自分に近かったことにやっと気づく。

 

 きっと、イルミも自分と同じように思っていた。

 同じ不安を抱えていた。特別でなくては、優秀でなくては、ゾルディックにふさわしい、ゾルディックの理想そのものにならなくてはいけないと、きっと彼は長男だからこそ末っ子のカルトとは比べ物にならないほどの重圧を背負ってそう思い、実行してきたのだろう。

 

 兄の教育が怖かった。

 イルミは弟である自分のことを愛してくれているとちゃんとわかっているのに、兄の言う通りに育たなければ、兄の言う通りの人間にならなければ、捨てられてしまうのではないかという不安があった。

 それぐらい、イルミの教育は厳しかった。

 

 けれど兄も同じ不安を抱えていたのなら、あの教育は愛しているから、大切だからこそ、絶対に捨てたくないからこその厳しさだ。

 カルトをただのカルトとして、弟として愛してくれていたからこそ、手離したくなかったからこそ、カルトを「ただのカルト」のままにはしておけなかったという、酷い矛盾を抱え込んでいたのだろう。

 

 そう思うと、今までソラと関わったことなどで「ゾルディックらしくない」「ゾルディックにふさわしくない」と叱られたことを、それまではただ怖いとしか思えなかったことが今は素直に反省できる。

 あれだけ怖かった、この仕事の後で行われるであろう兄の説教や折檻も、さすがに楽しみとは言わないが、冷や汗を流して硬直するほどのものではなくなった。

 

 少し楽になった気が身も軽くする。

 カルトはさらに駆けるスピードを上げながら、マハの元へと急ぐ。

 イルミが間に合わなくても自分達だけでも仕事を済ませて、兄を安心させたいと思ったから。

 

「僕はちゃんと、ゾルディックにふさわしいよ」と、兄が抱えているであろう不安を消してやりたいと思ったから。

 

 捨てられたくないからではなくそこにいたいからこそ、「ゾルディックにふさわしい」人間に、特別な人間になりたいと思った。

 もうすでに初めから、カルトが望む「特別ではないただ一人の自分」としては愛されているのなら、その愛してくれている人たちが「捨てなくちゃならない」なんて不安を懐かないようにしたいと思えた。

 

 ……けれど、同時にカルトはもう一つ思った。

 

 望み、願うものを見つけてしまった。

 

 もしも、「ゾルディックにふさわしくなければ捨てなくてはならない」と思っているのが、自分や兄だけはなく、父や祖父も同じ呪縛に囚われているのだとしたら……

 

 本音では特別ではない、誰でもないただの一人を愛しているのに、愛してはならないと思い込んでいるのなら……

 

 だからこそ、取り戻したいのに取り戻せないのならば、カルトがその本音を暴いて取り戻したいと願ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ゾルディック家の奥深くに封じられた、「特別」中の「特別」。

 そんな「特別」に何もかもを奪われた、ゾルディック家にふさわしくない、特別なんかじゃない誰か。

 

 ただ一人の「兄」を、カルトは取り戻したいと思い始めた。





……カルナさんがボケまくるのに、場に突っ込みが基本いない所為でビックリするほど話が進まなかった。
終始一貫してボケまくるキャラって大変だと実感。話を軌道修正してもする端から明後日の方向にカルナさんがどっか持って行くんですけど……。

あとアポクリのアニメ絶賛放送中・カルナ登場・イルミと邂逅ときたらカルナさんが女帝に言い放ったことを再現しなくちゃ(使命感)になった。後悔は何もしていない。してないけど、イルミごめん。本当にごめん。
次回は、皆さんが既に予想してるでしょうがイルミがひたすら可哀相な回です。







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