死にたくない私の悪あがき   作:淵深 真夜

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80:Fake

「……まだ、高いな」

「まーね。カルナさん、高火力サーヴァントな分めちゃくちゃ燃費が悪いから、ただ出すだけで結構魔力(オーラ)を食うみたいだね。

 ……まぁ、イルミと後が怖すぎるバトルやらかしたってのも大きいけどさ」

 

 9月4日の朝。

 クラピカがベッドに横たわるソラの額に手を当てて、大雑把にどれほどの熱かを確かめて少し痛ましげに呟くが、発熱している本人はいたっていつも通り笑って答える。

 

「でも、ただの魔力の消費が激しかったのと疲労の所為だから、カルナさんの言ってた通り寝てたら今日の晩には熱も下がると思うよ。

 だから、私のことは気にせずゴン達の所に行ってきてよ。私、2日前から連絡してないからみんなに心配かけちゃってるだろうし、平気だって説明してあげて」

 

 起き上がって話すのはクラピカに止められたため、ベッドに寝たままソラは右手を上げて見送るように振る。

 クラピカとしてはゴン達に話さなくてはいけないこと、謝らなくてはいけないことが多量にあるので、快く「行ってきて」と言ってくれることはありがたいが、それ以上にソラの現状が心配で一人にしたくないという思いが強い。

 

 しかし、だからといってまだ高熱が続いているソラを連れ出す訳にもいかない。ゴン達、特にキルアは間違いなく自分よりソラに会いたがっているだろうが、旅団の頭が死んだとはいえ旅団員が全滅した訳ではなく、まだ残党がヨークシンに潜んでいる可能性は高い。

 ソラに執着しているのは団長だけらしいが、残党が弱っているソラを見つけたら団長に対する弔いのつもりで彼女をつけ狙う可能性があるので、まだしばらくソラは人目を避けた方がいいと、クラピカもソラ自身も判断した。

 

 なので、旅団の脅威もなくなって仕事に余裕もある、雇い主であるライトや護衛対象のネオンの目からも離れている今の状況なら、後でこっそりゴン達をホテルに招いてソラと引き合わせることくらいは可能と考え、クラピカは「ゴン達を後で連れてくる」とソラに約束する。

 その約束に嬉しそうにソラは笑う。

 

「うん、お願い。……じゃ、私はしばらく寝る……というか、ちょっとカルナさんに何があったか、何をやらかしたかを訊いて来るわ」

「? そういえば昨夜から疑問だったのだが、お前は以前からカルナが自分の体に同居しているような状態であると知っていたのか? 眠れば、夢か何かで会話が出来るのか?」

 

 ソラの発言にクラピカはまだ時間に余裕もあったので、浮かんだ疑問を率直にソラにぶつけた。

 

「あー、知っていたというか気付いていたと言えばいたけど、あそこまではっきりカルナさんの自我がそのまんま残ってるとは思ってなかった。カルナさんの能力とかそういう一部だけを取り込んでるだけだと思ってたわ。

 あの人、本当に我欲がなくて他者を優先する人だから、たぶん今まで私を最優先にしてくれて、私が何やらかしても自己主張しないで本当に私の邪魔や負担にならないように、私の中で眠り続けてくれてたんだと思う。

 

 っていうか、理屈だけで語るならカルナさんが私の中にいる理由も、カルナさんの人格が私の体を使えるのも、最終試験で出した宝石剣と同じ理屈だから、魔力さえあればたぶん私は、自分の中からカルナさんを分離させて召喚させることも出来るよ。まぁ、あの人を自力召喚させる魔力なんて私の命を全部支払っても足りないけど。

 でも、私はあの人を取り込んでいるからこそ、表に出すんじゃなくて内側に語りかける方がしたことないけど確実に簡単だし、必要な魔力も負担も最低限で済むと思うからとりあえずやってみるつもり。これも結局夢での会話になるから起きた時にどれだけ覚えてるかは謎だけど、現状よりわかんないことが増えるってことはないだろうから、期待せず確認のつもりでやってみる。

 

 ……何より私は、上着も着ずに出歩いたカルナさんの頭を一発どつきたいし」

「あぁ。それはぜひともやっておけ」

 

 ソラの答えではまだ意味がよくわからない部分が多々あったので、さらに詳しく訊きたいこともあったのだが、さすがに根掘り葉掘り質問攻めにするほどの時間もなければ、熱を出しているソラへの負担になることもわかっていたし、何より最後の発熱ではなく羞恥によって顔を赤くしながら拳を固めて言い出したソラの希望に、クラピカは疑問が吹っ飛ぶほど大いに同意しておいた。

 

 同意してから、クラピカはソラの額にもう一度触れる。

 今度は熱を確かめるというより、撫でるように、安心させるように触れて彼は少しだけ笑って告げる。

 

「それじゃあ、行ってくる。わかっていると思うが、もう2度と無茶も無理もするな」

「わかってるよ。君だけじゃなくて、君の仕事仲間たちにも迷惑かけるようなことはしないさ。今日は大人しくひたすらベッドの住人になってるよ」

 

 ソラの答えに安堵して、クラピカは手を離す。

 失ったものは多く、傷ついたものはまだ癒えない。後悔ばかりして、未来にも不安しかないと言っても過言ではない。

 それでも、一番欲しかった、守りたかったものはここにあるという事実を噛みしめて、クラピカは歩き出す。

 

 守りたいのは、傷ついて欲しくないのは、生きているだけ救われる存在はソラだけではない。

 自分の為に「力になる」と言ってくれた仲間たちの元へ、「もう大丈夫だ」と告げるためにクラピカはソラをホテルに残して、出て行った。

 

 * * *

 

「久々!!! 全員集合だね!!!」

「ソラがいねーけど?」

 

 待ち合わせたデイロード公園から、ゼバイルと競売の方を頼んでいたレオリオも自分たちが泊まっているホテルに呼び寄せて、ゴンが嬉しそうに言うが早々、不機嫌そうなキルアが水を差す。

 会ってすぐにソラの現状については説明したが、やはりキルアから大いにクラピカは反感を買ってしまったらしく、再会してからキルアの機嫌はずっと悪いままである。

 

 ちなみに、クラピカはカルナことをまだ誰にも伝えていない。

 カルナは自分と個人的な話をしただけなので、あまりゴン達に詳しく話す意味もなければクラピカとしても話したい内容の話をしておらず、何よりも無駄に説明が長くなる、そしてそれ以上にクラピカはカルナに対しての愚痴を言わない自信はなかったので、話すつもりはあるが後回しにしておくことにした。

 

「もー! 何でキルアはそう水を差すのかな!

 クラピカからソラが来れない理由も、ソラは無事だって話も聞いたじゃん! 夕方には会えるんだから、いつまでも拗ねるのはやめなよ!」

「拗ねてねーよ!!」

 

 キルアのわざと朗らか空気をぶち壊す発言に、さすがのゴンも少し怒って抗議するが、キルアは相変わらず説得力が皆無な否定をして、取っ組み合いの喧嘩が勃発する。

 公園でも喧嘩をしたのに元気だなとクラピカは思いつつ、今回の喧嘩は自分が原因を大きく担っていることを自覚しているので、責任をもって止めた。

 

「二人とも、周りの迷惑だ。やめろ。それに、キルアが私に対して怒るのは当然だ。ゴンも気を遣わなくていい」

 

 言われてゴンの方は慌てて「クラピカの所為じゃないよ!」とフォローを入れるが、キルアは一度強くクラピカを睨み付けてから、ふてくされたように鼻を鳴らす。

 

「どこがだ。あいつがバカだっていうのもあるけど、あいつが旅団に目ぇつけられてるのも、熱出してるのも、また眼が見えなくなってるのも全部こいつの所為だろうが」

 

 ふてくされながらキルアは手厳しいことを言い出し、もう一度ゴンはキルアを怒ろうとするが、クラピカ本人に止められる。

 クラピカとしては、まさしくキルアの言う通りだと思っているので、彼の言葉の一つ一つが罪悪感の棘となって胸に刺さって痛みつけられても、キルアを責める気は一切なかった。むしろ、吹っ切れたとはいえやはり誰も責めてもくれないという状況の方が、自分を責める罪悪感が肥大するため、キルアの刺々しい対応はある意味ではゴン達の対応より気が楽だと感じるくらいだった。

 

「そうだな。全ては弱く、そして迷い続けて答えを出せないままこんな所まで来てしまった私の責任だ」

 

 だから、クラピカはキルアの言葉を全面的に肯定する。

 肯定しながら、答える。

 手離せないし、譲れないただ一つを。

 

「だからこそ、私が守る」

 

 ソラを傷つけたのも、許されない罪を背負わせたのも自分自身だからこそ、絶対に離れないと告げる。

 キルアの「お前の所為でソラが傷つくんだから、お前なんかどっか行っちまえ!」という本音に真っ向から拒絶して立ち向かう発言に、キルアはさらに不機嫌そうに顔をしかめて、「ふんっ!」と鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまう。

 

 ゴンとレオリオの方は、クラピカの珍しいストレートな言葉にしばしポカンと目を丸くして、数秒の間を開けてレオリオが「……なんつーかお前、何か吹っ切れた?」と尋ねる。

 

「……そうだな。一度どころか何度かどん底まで落ち込んだおかげか、今は色々と吹っ切れて気が楽な方だ。

 …………悩みの一部は、ゴンが解決させてくれたしな」

「え? 俺?」

 

 いきなり自分が話題に、それも間違いなく重いであろうクラピカの悩みを一部とはいえ解決させたという発言に、その本人が全く心当たりがないのでちょっと焦る。

 そんなゴンの様子を少しおかしそうに笑いながら、クラピカはゴンの固い髪を撫でて答えた。

 

「……あぁ。お前のおかげだ」

 

 言いながら、クラピカは眼を細めて思い返す。

 ゴン達と待ち合わせた公園につくまでの道のりで、クラピカのテンションはソラと一緒にいた時と比べて格段に下がっていた。

 

 正直言ってゴン達に会うのはひたすらに気が重いと感じていた。

 大切な仲間だと思っているからこそ、会いたくなかった。

 

 ソラを守れなかったこと、傷つけたことに関して責められるのは覚悟していたし、責められるべきだと思っているのでそれはいい。

 なのに、キルアはともかくゴンとレオリオは間違いなく自分に気を遣う。

 

 カルナに「ソラは救われている」と指摘されたおかげで、「自分の所為でソラが不幸になる」だの「自分と出会わなければ良かった」だのという罪悪感は、さすがに長年抱え込んできたものなので全部はそう簡単には消えないが、大部分はなくなって気が楽になった。

 けれど、自分が弱かったから、自分がバカなことを考え、迷って答えを出せないまま旅団に立ち向かったことが原因で、ソラがあそこまで傷ついたという事実をなかったことにも、正当化することもクラピカには出来なかった。

 

 だから余計に自分の罪悪感と自己嫌悪、後悔を悪気などなく自分を想っていてくれているからこそ肥大させてしまいそうな二人と会うことが気を重くさせたが、さらにクラピカの足取りを重くさせたのは、どこまでも現金でネガティブな自分自身の思考。

 

 ソラがいれば、ソラが目の前にいれば、この目の前の幸福を守り抜こうと近視眼的に思うことで吹っ切れることが出来たが、彼女から離れてしまえばクラピカに見えるのはやはり何をしたらいいのか、自分はどこに向かえばいいのかわからない、未来に対する不安だった。

 

 そんな訳で、公園にたどり着いたクラピカはおそらく2日前のソラを抱えてホテルに帰ってきた時よりはマシ程度でしかない程に、陰鬱な様子だったのだろう。

 早食い勝負か何かでもしていたゴンが盛大に口に食べ物を含んだままクラピカの名を呼び、目の前のキルアに口の中の食べ物をぶっかけても気付かぬほど嬉しそうだったのが一転して、何を言えばいいのかを迷い、悩むような顔をしていた。

 

 そんな顔をさせたこと、そうやって気を遣わせてしまうことにまた罪悪感を懐きながらも、クラピカは話しかけようとした。

 なんと話しかけるつもりだったのか、今となっては思い出せない。

 

 それよりも先に、ゴンが何を言うかを決めて言い放ったからだ。

 

『よかったね!!』

 

 まず最初に彼は、そう言った。

 迷い、悩んだものを頭から振り払って彼は、まず最初に喜んだ。

 

『旅団が死んでこれでやっと、一番したかったことに集中できるね!』

 

 ゴンの言葉は、よく考えなくても実は無神経なものだった。

 少し考えれば、きっと誰でも想像がつく。

 それは旅団の復讐以上にクラピカの心を傷つける、茨の道であることなど。

 

 それでも、彼は言った。

 

『早くソラと一緒に見つけてあげて! 仲間の眼を』

 

 それは、虐殺の果て、凌辱と蹂躙の果ての産物だと思い知らされる緋の眼を、物として扱う鬼畜どもに媚びへつらうということ。

 そして何よりも、人体コレクター垂涎の逸品のような彼女と共に緋の眼の行方を捜すということは、ソラを囮にして彼女を危険に晒すということ。

 

 もちろんゴンは確実に、そんなこと想像もしていない。良くも悪くも性善説の見本のようなこの少年では、そのような醜悪な悪意は言われなくては想像がつかなかったのだろう。

 

 だからこそ、クラピカも思いつかなかった。

 

 ソラを危険に晒したくなかった。ソラが人体コレクターの慰みものになるなど、例え奴らの想像の上でも許容などできない。

 だから絶対に、緋の眼の奪還にソラを関わらせることなどクラピカにとっては論外だった。

 

 けれど、ゴンに言われてとっさに思い浮かんだ未来図。

 ソラと共に緋の眼を取り戻す為に行動する未来はきっと、間違いなくクラピカが一人で行動した方が効率がいい、苦労ばかりがかかるということはわかりきっていた。

 

 だって彼女は絶対に、人体コレクターに媚びない。それこそ、当初は表面上のビジネスライクな関係こそは取り繕うだろうが、今回のようにオークションに出品されたものならば、競り落としたらその時点で依頼人を裏切って奪って持って帰って平然とクラピカに渡すだろう。

 

 奪っても物が物だけに警察などといった正攻法に向こうも頼れないだろうが、それこそ旅団のように全世界のマフィアを敵に回す行為だとわかった上で、彼女はそれをやる。

 ガイアもアラヤも敵に回す覚悟をとうに決めているソラからしたら、全世界のマフィアなど怖くもなんともない。

 それ以上に絶対にしたくないのは、クラピカの大切な人を、その人のあまりに残酷な形見である緋の眼を、クラピカが旅団と同じくらい憎む者の手に自分の手で渡すこと。

 

 間違いなく彼女ならそんな風に考えて、そして実行する。

 

 彼女はどれほど自分を危険に晒しても、クラピカが一番傷つかない、一番幸せになれる未来ばかりを探して、その道を選ぶ。

 それが彼女自身の救済であり、幸福だから。

 

 そしてクラピカもその未来を想像して、ゴンに言われて初めて「最悪の未来」ではなく、そうなる前のソラと歩むであろう未来図を思い浮かべたことで知る。

 それは、自分一人で歩む道よりはるかに苦労が多くて、そして最悪の未来に至る可能性もあまりに高いが、間違いなくその過程は一人で歩むよりずっと幸福であることを。

 

 ソラを自分の同胞と同じ目になど絶対に遭わせたくない、その為ならばどれほど屈辱にまみれても、誇りを捨て去って鬼畜どもの子飼いとなって媚を売ることも苦ではないのは本当だが、それは旅団を、ウボォーギンを殺そうとしていた時に選んでしまっていた選択肢と同じもの。

 

 幸福になる為ではなく、一番望んでない最悪を避けるために、その為に自分の幸福を全て捨てているだけであることに気が付いた。

 

 確かにクラピカがソラに頼らず、一人で緋の眼を探し求めて集めれば、最悪の結末が起こる可能性は低くなる。

 けれどそれは結局、低くなるだけだ。ソラの外見では、どれほど気を付けていてもそれこそどこかに軟禁でもして、誰の目にも止まらないようにしておかない限り、一体いつ人体コレクターに目をつけられてもおかしくはないのだから、いつだって最悪の可能性は存在する。

 

 ならばいっそのこと、ゴンの言う通りにしてしまえばいいという、それはもはや開き直りの境地の結論だった。

 

 最悪の結末を確実に排除できるのならば考える余地はあるが、決してその可能性が消えないのならば、クラピカが傷ついて不幸になって、幸せになれないままソラは同胞たちと同じ結末に辿ってしまうという未来もありうるのならば、どれほど最悪に至る可能性が高くなっても、その過程が幸福な方がいい。

 

 どのような道を選んでも最悪に至る可能性が消えないことと同じように、どんなに小さくても幸福な結末に至る可能性だって失えないのなら、そこに至る道のりだって幸福な方がいい。

 

 その過程が、道のりが幸福であればあるほど、手離しがたいものであるほどきっと必ず、どれほど絶望的な状況でも、どれほど小さな可能性でも、迷うことも屈することなく、諦めることなく前に進める。

 

 ただ、それだけのことを気付かされた。

 

 気付かされた直後、ゴンから食べかすをぶっかけられたことにキレたキルアが、ゴンの顔にケーキをぶつけたことで取っ組み合いの喧嘩になってしまったことで言う機会を失っていた言葉を、今更だがクラピカは告げる。

 

「ありがとう。ゴン」

 

 ゴンからしたら、本当に何も考えずただ自分が思ったことをシンプルに言っただけなので、照れくさいどころか自分の一体いつ言ったどの発言がクラピカのどんな悩みを解決させたのか、全く心当たりがないので完全に困惑していた。

 困惑しつつも、彼は答えた。

 

「え、えっと……何かよくわからないけど、クラピカの力になれたのなら良かったよ」

 困惑しつつも自分のことのように嬉しそうに、彼は笑った。

 

 しかし、キルアの方は何もかもが面白くないのか、不機嫌さを続行しながら話に水を差す。

 

「……で、結局旅団の一人を()ったのは鎖野郎(お前)なのか? それとも赤コート(ソラ)の方なのかよ?」

 

 水を差しているが、そもそもただのんびりと近況を駄弁りあうためだけに集まったわけではない。むしろこちらが本題だ。

 なのでさすがにゴンもキルアに文句を言わず、痛ましげな瞳でクラピカの答えを待った。

 

「…………ソラだ」

 

 クラピカもゴンと話していた時の穏やかな淡い微笑みが掻き消えて、無表情で静かに答えた。

 何とも思っていない無表情とはもちろん違うが、自分の感情を隠す仮面でもない、もうその現実に対しての感情が摩耗して擦り切れてしまったかのように虚無的に彼は答える。

 

「……だが、そのことは私と私の仕事仲間くらいしか知らない。仕事仲間の方も私から話を聞いただけだ。

 旅団は最初の襲撃を妨害した赤コートがソラであるということも、旅団の11番を殺したのが彼女であるという確証も間違いなく持っていない。だから赤コートを探しているのは、ついででしかないだろう。

 奴らの残党が血眼で探すとしたら、11番を殺したと思われているのは、奴を捕えて復讐の対象になっていた鎖野郎()の方だ」

 

 クラピカの答えに、キルアの機嫌が直ることはなかったがピリピリとしていた空気が少しマシになった。ソラが抱える旅団のリスクがそこまで高くないことに安堵したのだろう。

 クラピカに対するリスクは相当高いままなのだが、今現在のキルアからしたらそれは自業自得でしかないので知ったこっちゃなかった。

 

 しかし他の二人にとってはもちろんクラピカの方もソラと同じくらい心配なので、変装もせずに出歩いて大丈夫なのかを問うが、さすがに頭が死んだからと言って残党がいることを忘れて無警戒で出歩くほどうかつではないと、少しクラピカに叱られた。

 

 その答えと、そもそも殺したのはソラでもゴン達がノブナガ達から聞いた話では、旅団の11番を捕えたのクラピカ一人のはずなので、彼には自分達よりも旅団に対して有利な「何か」を持っていることも思い出す。

 

「あぁ、そうか。そもそもお前が確か1回自力で捕まえたんだったよな。

 何かそいつ、旅団の中でもトップクラスの筋肉バカだったらしいけど、“念”を覚えて間もないお前が一体どうやって捕まえたんだ?」

 

 思い出して納得したが、自分達とせいぜい2,3ヶ月ほどしか念の修業を始めた時期は変わらないにも拘らず、“纏”しかマスターしていないレオリオ、四大行をマスターしただけのゴンやキルアと違って、A級賞金首の一人を生け捕りにするだけの力をどうやって得たのか、そしてその力は具体的にどんなものなのかはさっぱりわからなかったのでレオリオが尋ねると、クラピカは少しだけ間を開けて、どこか出会った当初のような頑なさを見せて答える。

 

「…………もし、お前達が旅団(クモ)の残党を捕らえたくて訳を聞きたいならやめておけ。私の話は参考にはならない」

「そのことだけじゃないよ」

 

 クラピカの拒絶するような頑なさに気付いているのだろうが、無論ゴンはそんなものに遠慮して引くわけがなく、彼はぐいぐいと突き進む。

 

「俺達だって“念”を極めたいと思ってる。もちろん、残りの旅団(クモ)を捕まえたいって気持ちもあるけど、これから先も念能力は絶対に必要になると思うから」

「なら、なおさらやめておけ」

「何で!?」

 

 しかし、それでもクラピカは頑ななまま。

 頑なだが、ゴンの問いには答えてくれた。

 答えられたことで、ゴン達は知る。

 

「私の能力は旅団以外の者に使えない」

『!』

 

 頑なだったのは拒絶ではなく、クラピカは自分達に「秘密」という余計な重荷を背負わせたくなかったからこそだったことに気付いた。

 

 * * *

 

「制約と誓約……」

「ああ」

 

 ホテルの談話室に腰を下ろして、クラピカは同時期に修行を開始しながら、何故自分だけが旅団と渡り合えただけの力を持っているのかという理由を説明した。

 

「“念”は精神が大きく影響する能力。

 覚悟の量が力を上げる。しかし、それは高いリスクをともなう。……ソラが最終試験でヒソカに対して具現化していた武器があるだろう? あれは魔術の要素も強いが、制約と誓約を取りこんだ念能力の一種だ。

 あれはある程度のダメージを受けないと具現化出来ないという制約、その受けたダメージに比例して威力が上がるという誓約を施しているのだろうな」

 

 ゴン以外が一度見た、ソラの宝石剣という実例を上げて説明をしながらクラピカは右手に絡まるように連なる5本の鎖を具現化する。

 そしてその鎖を3人に見せつけて、説明を続行。

 

「私は念能力の大半を旅団(クモ)打倒のために使うことを誓った。その為のルールも決めた。

 …………旅団(クモ)でない者を鎖で攻撃した場合、私は命を落とす」

「!!」

 

 ソラの宝石剣の誓約も相当頭がおかしいレベルでリスクが高いものだが、クラピカのはそれ以上に逃げ道のないもの。

 そのことを知らされて絶句する3人に、クラピカは虚無的な無表情のまま淡々と説明を続ける。

 

「私の心臓には念の刃が刺さったままだ。

 わかったか? 私の能力は憎悪が生んだ恨みの産物。旅団(クモ)以外には全く通用しない力だ。

 ……お前達だから話した。他言しないでくれ」

 

 クラピカが言うと同時に、キルアが立ち上がってクラピカの顔を殴りつける。

 

「!? キルア!!」

「ちょっ! おい! 落ち着け!!」

 

 キルアの行動も早かったが、クラピカは虚を突かれたというより初めから防ぐ気がなかったのか完全にノーガードで殴られて横手に吹っ飛ぶように倒れるが、キルアはそのまま倒れたクラピカに追撃を掛けようとしだしたので、慌ててゴンとレオリオが二人がかりでキルアを羽交い絞めにして止める。

 

 二人に羽交い絞められても、キルアは限界まで見開いた目でクラピカを睨み付け、歯の根が砕けそうなほど噛みしめてから、吐き出すように叫んだ。

 

「何考えてんだてめぇは!! ソラのやらかすことを馬鹿だの何だの、お前が文句つける資格ねーだろ!! お前が一番の馬鹿だ!!」

「…………あぁ。そうだな。自覚しているし、後悔もしている」

 

 殴られて起き上がったクラピカは、キルアを責めず彼からの暴力も罵倒も全て大人しく静かに受け入れるが、キルアからしたらその聞き分けの良さがなおさら癇に障った。

 

「今更聞き分けの良さを発揮しても意味ねーだろ!!

 しかも、何でよりにもよって俺たちに話した!? そんなクソ下らねーくせに、リスクばっか高い話を!!」

「……うむ。確かに。なぜだろうな……。

 奴等の頭が死んで……気が抜けたのと…………ソラには絶対に語れないことだからこそ、誰かに懺悔のつもりで聞いて欲しかったのかもな」

「ざけんな! それならそこらのごみ箱か、穴でも掘ってそこに吐き出しとけ!」

 

 ブチ切れるキルアとは対照的に、クラピカはやはり奇妙なまでに落ち着いているというか気力がなく、自分の人生を掛けていた目標の一つがあまりにも不完全燃焼な形で失われたことで、燃え尽き症候群に近い心境なのか淡々とした様子で答え、その答えがさらにキルアの怒りを過熱させる。

 

「何で……なんでよりにもよって俺たちに話したんだ! まだ残ってるっつーのに!

 旅団(やつら)の仲間に、記憶を読む能力者がまだ生き残ってんだよ!!」

 

 キルアの叫びに、聞き分けは良いが彼の言葉を本当にちゃんと聞いているのか怪しいくらいに覇気なく、ただ受け入れていたクラピカが顔を上げる。

 どこか虚ろだった眼に、光が灯る。

 

 キルアに訊かれた、誰がウボォーギンを殺したかという問い、そして自分が負った絶対に許されない罪を改めて突き付けられて、またしてもネガティブスパイラルに陥っていたが、吹っ切れて開き直った現金で近視眼的な自分が、過去でも未来でもなく今しか見えていないからこそ、手離してはならない大切なものに気付く。

 

「どういうことだ?」

「…………そのまんまだよ!

 おそらく対象者に触れるだけで欲しい情報を読み取れる力だ。例え俺達に全くしゃべる気がなくても、そいつなら自在に記憶を引き出す。

 もしあいつにこのことがバレたら、お前の勝ち目はもちろん、ソラが一番ヤバいだろうが!!」

 

 自分の怒りにはのれんに腕押し状態だったのに、ソラが危ないという情報には即座に食いつくのがなおさらキルアを苛立たせるが、それ以上にソラの話題が上がっても虚ろにふぬけたままなら、もっともっと絶対に許せなかったこともわかりきっている自分自身にキルアはさらに苛立って、地団太を踏んで叫ぶ。

 

「キルア! ソラが心配なのはわかったけど、落ち着いて!

 あいつってあの女の人のこと? でもあの時はばれなかったよ?」

 

 そんなキルアにしがみついてゴンが止めつつ尋ねると、まだ息は荒いがさすがに殴りにかかろうとするのはやめてくれたキルアがぶっきらぼうに、八つ当たり気味に答える。

 

「あの時は俺達も、鎖野郎と赤コートがクラピカとソラだなんて知らなかっただろーが! けど今はもう全部わかってる!」

「しかしよ、それはこっちから近づかなきゃ安全だろ? あっちは一度調べてシロだって思ったんだから」

 

 レオリオも少しは落ち着かせようと思って指摘するが、ブチキレていてもキルアの頭の回転は鈍りはしない。即答で彼は反論する。

 

「他にノブナガって奴がいて、こいつがヤバいんだ。鎖野郎(クラピカ)赤コート(ソラ)を探してるし、多分俺達を追うこともあきらめてない」

「だけど、そいつだってお前ら二人とクラピカの接点は知らねぇんだろ?」

「……旅団には、ヒソカがいる。あの野郎がああいう集団に忠誠を誓ってるとは思えねー。何が目的で旅団のメンバーやってるのかしらねーけど、目的次第じゃ俺たちがクラピカとソラに接点があるって情報を売ることも考えられるだろう」

「……いや。それはない」

 

 キルアとレオリオの言い合いに、クラピカは少し思案して答える。

 

「私は……おそらくソラもヒソカとコンタクトを取っていた。だから奴は私が鎖野郎であることも、ソラが赤コートであることも初めから知っている。

 そして、ヒソカの目的は旅団のリーダーとのタイマンだ。その目的は確かに失われたが……、奴の性格とその目的からして、お前達が捕まっていた時の状況なら天秤にかけて切り捨てることはあるかもしれんが、そうでなければ確実に自分の獲物として見ている私たちを、他の者に売る真似はしないだろう」

 

 クラピカに指摘され、キルアは悔し紛れに舌打ちしそうなった衝動を何とか抑えこむ。

 クラピカの言う通り、ヒソカが自分たちの情報を旅団の残党に売る可能性はキルアだって皆無に近いと思っていた。奴の目的は、想定の範囲内だった。

 

 ヒソカはクラピカを旅団の残党狩りに駆り出す口実に過ぎない。

 そしてクラピカを残党狩りに駆り出したいのは、グリードアイランド購入資金のためというのはもちろんあるが、それ以上にキルアは保証が欲しかった。

 

 ソラにはもう何の心配もいらないという保証が欲しくて、その為に彼女の安全を、平穏を脅かす旅団を始末したかった。

 クラピカをそのために使うのは、ソラが旅団と因縁を持つきっかけであることに対する逆恨みに近い感情、ソラからあんなにも大事にされているというのに、自分の命を安く使い捨てるような真似をしたことが許せないというも大きいが、それよりも先立つ思いはただどんな手段を使っても、これ以上ソラが傷つかないようにしたいという願い。

 

 その為なら、何だって使う。

 ソラが守り抜きたい最愛であっても、そこに嫉妬がないとは絶対に言えないけれど、何よりもクラピカに頼るという事は自分には力がないということを認めるということで、それがこの上なく屈辱的だが、そんな自分のプライドよりも守りたかった。

 

 だから、キルアはキレながらも冷静に頭を動かして、クラピカを煽って残党狩りに駆り出そうとする。

 

 しかし、クラピカもキルアと同じ願いを持っていた。

 そしてキルアと違って彼は目の前で、自分の腕の中でソラを喪うかもしれないという思ったから。

 それでも、ソラはクラピカに望んだから。

 

 だから、クラピカは答える。

 

「……確かにその女は私やソラにとって危険だが、旅団(やつら)の頭が死んだ以上、私はゴンの言う通り同胞たちの眼を取り戻すことに専念するつもりだ。

 業腹だが、ヒソカがいるのなら危険はむしろ少ないだろう。向こうが勝手に残党が私たちに関わらぬように、上手く誘導するはずだ」

 

 いつまで叶えてやれるかわからない、一生その約束を守ってやるなんて保証もしてやれない、ソラの「誰も殺さないで」という願いを、出来る限り少しでも、一秒でも長く叶えて守りたいという思いが、クラピカの中で旅団の残党狩りに勝った。

 

 クラピカの答えに、今度こそキルアは我慢しきれず盛大に舌打ちする。

 その反応で薄々クラピカも気付いていたことだが、やはり自分を煽って残党狩りをさせるつもりだったことを確信する。しかしキルアは、金よりもソラの為に残党狩りをしようとしていたことにも気付いているので、責める気はない。

 

「すまない、キルア。心配をかけて」

「お前の心配なんかしてねーよ! バーカ!!」

 

 なので素直に謝罪するが、もう完全にキルアにとってクラピカは気にくわない奴認定されてしまったらしく、キルアはソファーの上に胡坐をかいてそっぽ向いてふてくされてしまった。

 そんなキルアにクラピカだけはなく、ゴンとレオリオも苦笑して話題は旅団からどうやってキルアの機嫌を直すかという、実に微笑ましい方向にシフトしていく。

 

 ……クラピカの考えは正しかった。

 

 ヒソカは貪欲だからこそ、基本的に目を付けた獲物を他者に横取りされることを嫌う。

 自分が美味しく味わえるようになるまで、時には見逃し、時には守り、時には自ら鍛えてるといった面倒事も厭わない。

 

 だからこそ、狙っていた獲物の一つが失われたらそれこそ八つ当たりで何をしでかすかわからない所はあるが、まだ熟し切っていない「青い果実」認定されている自分達や、負傷して本気を出して戦うことが出来なくなっているソラに手出しする可能性はむしろ低いと見ていた。

 

 楽しみにしていた獲物を失った八つ当たりで、さらに楽しみにしていたものを失う程の馬鹿ではないと判断していた。

 

 その判断は正しい。

 

 だが、ヒソカはとことん貪欲だった。

 狙った獲物が美味しく育つまで待つだけの我慢強さがあるだけ、その美味しく食べれる機会をみすみす逃す訳がないくらいに。

 

 クラピカのケータイがポケットの中で鳴る。

 着信ではなくメールの受信を告げていたので、クラピカは席を立たずにケータイを取り出してその送り主に少しいぶかしげな顔をしてからメール画面を開き…………瞬間的に憎悪と憤怒で頭に血が昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《死体は偽物(フェイク)


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