彼女と出会ったのは、私が今生に産まれて二ヶ月目のこと。
それから何かにつけ、彼女は私のもとを訪れる。
それは、私が大人になった今でも変わらない。
昔と何も変わっていない。
そしてそれが、私にとってたまらなく不満なのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「阿求様」
自室の襖の向こうから女中が私に声をかけた。
「上白沢慧音様がお見えになりました」
「通してください」
襖が静かに開けられ、春先の心地の良い風が室内に吹き込む。
視線を向ければ、いつもの身の回りの世話をしてくれている女中とすらりとした長身の女性の姿。
「ようこそいらっしゃいました、慧音さん」
「突然押し掛けてすまなかった、阿求殿」
彼女は私に頭を下げた。
「いえ、私も今はちょうど暇をしていたところです。それで、今日は何のご用ですか? 歴史書の編纂にはまだ早いでしょう?」
用意された座布団に腰を下ろした慧音は鼻の頭を掻く。
私は小首を傾げる。
「実はこの近くに用事があって、その帰りに寄らせてもらっただけなのだ。だから、用件らしい用件は何も無くてな」
ばつが悪そうに彼女は答えた。
「あら、そうなんですか?」
「ああ、阿求殿の様子でも見ていこうか、とふと思っただけなのだ」
「私の顔なんて見飽きるほど見ているでしょうに」
「そんなことはない。阿求殿の産まれた時から、よく変わる表情は見ていて飽きないよ。……あ」
そうして恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女に思わず吹き出してしまう。
「随分と乙女な顔をするものですね、慧音さん?」
「大人をからかうものではない、阿求殿」
まさに不機嫌といった表情で私を見る彼女に、頭を下げる。
「ごめんなさい。でも私ももう良い大人ですよ」
「私からすれば、阿求殿はどれだけ時が経とうが子供のままだ」
「む、それは私がいつまで経っても成長していないということですか?」
「あー、いや、たしかにそんなこともないとは思うぞ?」
「何で疑問系なんですか。そんな子供扱いする慧音さんなんて知りません。誰か、慧音さんがお帰りです。見送りを」
「ま、待て、私が悪かったから、そう怒らないでくれ!」
私の声に障子が開かれ、女中が顔を覗かせた。
着物の裾を掴んで私に縋る慧音さんと私を交互に見てから、呆れたように苦笑してから再び静かに障子を閉めていった。
その様子に息を一つ小さく吐き出して、私は居住まいを正す。
「まったく、わかりましたから放してください」
「私を追い出したりしないか?」
「しませんよ」
ただし、とほっとした顔をする彼女の前に人差し指を立てる。
「今度私を子供扱いしたら許しませんよ」
「ああ、すまなかった。次は気をつけるよ」
「本当です。私はもう立派な大人ですから、子供じゃありません」
頬を膨らませてそっぽを向く。
すると、突然頭をぽんぽんと撫でられた。
「やっぱり子供扱いしているじゃないですか」
再び顔を向ければ、不思議そうに小首を傾げる彼女と視線がぶつかった。
「何故そこまで嫌がるんだ?」
その顔を見ていられなくて、私は視線を逸らす。
「だって……」
言葉に詰まる。
「……いつまで経っても変わらないじゃないですか。そんなの、嫌です」
やっとの思いで絞り出したそれは、消え入りそうな小さなものだった。
「阿求殿」
視線を彼女に向ける。と同時に額に柔らかな感触。
それから、やや後にちゅっと湿った音と共にその感触が離れる。
思わず額を両手で押さえる。
きっと、今私は真っ赤な顔をしているのだろう。
「そう思っている間はまだまだ子供だよ」
それから、彼女はその場から立ち上がった。
「今日はこれで失礼させてもらおう。近い内にまた来るよ、阿求殿」
障子を開け放ち、逃げるように出て行ったその顔は、少しだけ赤く染まっていたのだった。
END