IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第18話

学園内の畳道場に三人は居た。白胴着に紺袴という武芸者スタイル。

布仏姉妹はまだやるべき仕事が残っているということでこの場には居ない。

少し息が弾んでいるだけで疲れた様子もない楯無に、息も絶え絶えで畳の上でぶっ倒れている一夏。

先手を譲ったのだが、何をやってもいなされて床に叩きつけられて、限界を迎えて起き上がれないようだ。

最後の立ち会いで、勢いよく胸元を掴んで引いたため胴着がはだけて豊満な胸が零れ出てしまったのを

見てしまったのは不可抗力とはいえ、ごちそうさまですと感謝の念。

 

「猛くーん? お姉さんの胸、見た代償は高いわよ?」

「不可抗力じゃないんですか? というより部屋で今よりキワドイ恰好の

 シャツ一枚で動き回ってるじゃないですか」

 

やれやれと思いつつも、楯無に手招きされたのでよろよろと立ちあがった一夏と交代。

相対した楯無は自然体で目の前にいる。猛も軽く深呼吸をして意識を切り替える。

ピンと空気が軽く張りつめる感覚を身体が感じる。

先手は楯無。初戦で一夏を沈めた律動を感じさせることのない、無拍子で懐に潜り込んで連続した掌底を放つ。

が、後方に下がりながら掌打を受け止めつつ離れ際に頭部を狙ったハイキック。

楯無は上体を逸らして猛の蹴りを回避し、軽く構えるが追ってラッシュを駆けるでもなく

彼は先程と同じく静かに佇む。

 

(ふふ、やっぱり猛君の売りはその観察眼よね)

 

相手に挙動を悟られないようにする無拍子だが、一夏との戦いの際に楯無のほんの僅かな動きを見切ったのだろう。

無論、そう易々と見てとれるものではない。だからこそ、その眼は脅威でもあり、強みなのだ。

後の先を捕る戦い方が自分に合っているからなのか、仕掛けてくる気配はなく泰然として仕掛けてくるのを待つ猛。

ならばと、先ほどより手数やフェイントを交えて攻めたてる楯無。

不意に距離を詰めて、後ろに下がった彼女の襟首を掴む。一夏の時のように完全にはだけはしないが

ちらりと胸元が露わになるが、ここで動揺するわけにはいかない。

 

(この人相手にずっと後手にまわっていても勝てる気がしない。なら不意をついて!)

 

体重が掛かった軸足を払って、楯無を床に倒す算段をつけた猛。

彼女を床に倒すことができたなら勝ちという勝負だ。ならば手っ取り早く失敗しにくい柔道の投げ技を選んだ。

 

「けど甘い!!」

 

猛の差し出してきた刈足に楯無は自分の足を絡める。腰を落として体重を預けるように猛の方に倒れ込みながら

絡めた足を後方に蹴り上げる。不意をついたつもりが逆に自分が倒されている。

 

(くっ!? やっぱり返されたか。けれど、こっちは倒されても負けじゃないし、起き上がって……)

 

受け身を取り、即座に立ち上がろうとする猛の首に彼女の腕が絡みつく。

 

「んー、狙いは悪くなかったんだけど、ちょっと甘かったかな? 残念だけど、このまま気を失ってもらうね」

 

素早く綺麗に締め技をかけられて、必死にもがいても抜け出せる気がしない。

段々と意識が遠のいていく中、甘く香る匂いと柔らかなものにずっと包まれて

地獄なんだか天国なんだか……区別がつかないまま視界が黒く染まった。

 

 

 

 

 

目を覚ました猛の視線の先にはかつて見た医務室の天井。数回まばたきをして、ゆっくり身体を起こして

どこか痛みや異常を感じるところはないか探す。

 

「……うん、ちょっとぼーっとするけど、痛みとかはないかな」

 

近くの机には綺麗に折りたたまれた制服と一枚のメモが。

それによると、猛の気絶中に一夏にISの操縦訓練を行いつつ、いろいろしごくそうだ。

今日は一夏君に集中したいから付きっきりだけど、今度は猛君もビシビシ鍛えるからね♪

そんなことが書かれていて、追伸として胴着はここに置いておけば後で取りに来るからとのこと。

 

外を見るともう日は沈んで少し夜の帳が折りかけている。

猛は制服に着替えて、胴着をきちんと畳んでベッドの上に置く。

空腹を訴える腹の音がしたので、ちょっと早いかもしれないが学食で夕飯を食べてから自室に向かう。

廊下を歩いていると、何だか必死になって走ってくる二つの足音がするので邪魔にならないよう

横に避けようとすると、その当事者たちが目の前に急停止した。

 

「た……猛! 私が一緒に住んでいいよね!?」

「……はい?」

 

一字一句間違わずに同じ言葉を発したシャルロットと鈴。それに気づいてキッとにらみ合う。

理解が追い付かない猛はずいぶん腑抜けた声を出してしまったが

二人が大きいボストンバックを肩から下げているのに気付いた。

 

「いやいや、一緒に住むって、俺の部屋には楯無さんって人が居るんだって」

「そ、その生徒会長が言ってたんだよ! 今日から一夏と一緒に住むって!」

「さっき一夏の部屋の前で聞いちゃったの! 生徒会長権限でどーたらこーたらって」

「つまり、もう猛の所には誰も居ないんだって。だからさ……あ、あの……また一緒に」

「何言ってんの! あたしと猛の方が付き合い長いんだから、気心しれてる方が生活も楽でしょ!?」

 

ぎゃいぎゃいと火花を散らす二人に、どう収拾つけたらいいんだろう、逃げても……だめかなと

考えている猛の裾をくいくいと引っ張る者がいる。

そちらに視線を向けると、どこか戸惑いがちに視線を下に向けている箒が居た。

 

「ん、どうしたの箒」

「す、すまない……。実は、あの楯無って人が一夏のルームメイトになってしまってな。

 追い出された訳ではないが、私の部屋が無いんだ……。わ、悪いんだがしばらく住まわせてもらえないか?」

「あの人は……」

 

すでに部屋の埋まっているところに強権で入ってきたら、そりゃあ前居る住人の一人は追い出されるだろう。

まったく、今度楯無に文句の一つでも言ってやろうと猛は心に書きとめておく。

……ちなみに、猛にそう言えば快く同居してくれるだろうと箒に吹き込んだのも楯無である。

 

「悪いな、シャルに鈴。二人はちゃんと元の部屋あるんだし、戻っておいてな。箒、カギは持ってるのか?」

「あ、ああ。あの人から渡された」

「んじゃ、行こうか」

 

同室になることを許してもらった箒は花が咲いたような柔らかな笑みを浮かべ、嬉しそうにしている。

箒を伴って自室に向かう猛に、しばらく唖然としてしまった二人。再起動が掛かると顔を突き合わせて話し合う。

 

「ねぇ……、箒ってあんなしおらしかったっけ?」

「何かあたしたちに相談してきてからは、猛の前じゃあんな風になってない?」

「一夏の前では素直になりきれなかったのに、あの変化は……マズイよ」

「どう見ても恋する乙女なのよね。猛が箒は一夏が好きだって思い込んでるから

 まだいいけどそれも何時までもつか」

「……何か対策しておかないと、手遅れになってからじゃ遅いよ」

「会議が必要ね」

 

お互い頷くと、どこか腰を落ち着けて話が出来る場所を探す二人だった。

 

 

 

自室のカギを開けて、箒と一緒に部屋に入る。確かに自分の私物以外、楯無の荷物が綺麗さっぱり無くなっていた。

元々そんなに物は置いていなかったとはいえ、たった数時間でここまで違和感なく痕跡を消せるのは流石というべきか。

 

「そっちのベッドが空いているから使って」

「わ、分かった。その、済まないが先にシャワーを使わせてもらっていいか?」

 

別に構わないと言うといそいそと着替えを取り出してシャワーを浴びに行く箒。

その後、猛もシャワーを浴びて部屋に戻ると部屋着にしているのだろう、淡い色の襦袢を着ている彼女が

少し緊張の色を見せて椅子に座っていた。

おもむろに緑茶を二人分淹れて、箒と自分の前に茶碗を置いて向い合せに座る。

 

「なんか、箒とこうして二人っきりになるのって珍しいよね」

「そ、そうか……?」

「うん。まだ箒が居なくなる前には、神社の境内で話したりはしたけどそれ以来は」

「……また、いろいろ話したり相談してもいいか?」

「そんなこと断らなくてもちゃんと箒の話は聞くよ。幼馴染じゃん」

「ありがとう……猛。ん、美味しいなこのお茶」

「そう言ってもらえるならこっちも嬉しいな」

 

にこっと自然に微笑みかける猛に対し、急に気恥ずかしくなり顔が赤くなる箒。

 

「あれ? 箒、顔赤いけど大丈夫?」

「だだだ、大丈夫だっ、な、何でもないっ」

「そう? ちょっとごめん」

「んにゃっ!?」

 

ごく自然に箒の前髪を掻きあげて額同士を触れ合わせる。

ちょっと顔を近づけたらキスが出来てしまいそうなほど傍に猛が居るので一層顔が赤くなる。

段々と目がぐるぐる渦巻きをかき始め、あわや熱暴走するかの所でようやく離れる。

 

「んー、何かちょっと熱っぽいけど本当に大丈夫か? ……箒?」

「……う、わあああぁぁぁぁ――ッ!!」

 

ついに耐え切れなくなった箒は勢いよくベッドに飛び込むと布団を頭からすっぽりかぶってしまう。

幼馴染の急な異変行動におそるおそる声をかける猛。

 

「あの……箒さん?」

「す、済まないっ! ちょっと風邪ぎみなのかもしれないっ! た、猛にうつす訳にはいかないから

 今日はこのまま眠らせてもらうぞ! お、お休みっ!」

 

強引に話を切られて、何度声をかけても言葉を返してくれない。

途方にくれた猛は、携帯を取り出してどこかに電話をする。

 

「あ、もしもしシャル?」

「猛? どうしたの急に電話なんかしてきて」

「箒がおかしくなったんだけど、どうしたらいいか分からないから同じ女子なら分かるかと」

「……何やったの」

「何って、箒が急に赤くなるから額をくっつけて熱はかっただけなんだけど」

「…………馬に蹴られて死んじゃえばいいんじゃないの?」

 

辛辣な受け答えを返してきてそのままプツリと電話を切られてしまう。

……何か悪いことしたのかなぁ、俺と何か納得いかないまま困り果てる猛であった。




思い込みって怖いね

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