IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第20話

 

「なぁ……何でこんなことになってるんだろうな」

「あの生徒会長さんに俺らが勝てる部分はあると思うのか?」

「……ないなぁ」

 

猛と一夏は軽くぼやきながら舞台袖に待機している。

どうやら、一夏も誘われて(というより半ば強制)この生徒会主催の演劇に出演することになっているようだ。

彼の恰好はいわゆる王子様の恰好をし、頭には楯無から渡された王冠を乗せている。

そして猛の姿はと言うと、具足に籠手、動きを阻害しない陣羽織、十束の大きさに近い模造刀と一夏に比べると

ずいぶん実戦向き、まるでどこかの薩人マシーンを模したような恰好。

一夏は一着しか衣装はなかったのに猛には他に二つ用意されていたのが、これ以外だと侍魂の主人公か俺より強い人に会いにいくような胴着だった。

 

そして照明が落ちてブザーが鳴ったので二人はいそいそと舞踏会場のセットへと向かう。

最初からノリノリでナレーターをしている楯無の劇内容はグリム兄弟に謝れと言わんばかりのぶっ飛んだもの。

幾多の舞踏会(戦場)を潜り抜け、群がる敵兵をなぎ倒す灰塵を纏うことすらいとわぬ者、それがシンデレラって。

どこの御伽の国の大戦争のサンドリヨンだ。……箒とかあの恰好似合いそう、声的にはラウラだが。

ああ、シャルに鈴はマッチ売りの少女やアリスもいいなと軽く現実逃避してしまう。

 

「もらったぁぁぁ!」

「へっ? う、うわぁぁっ!?」

 

そこに掛け声と共に飛び出してきた鈴に、驚きで硬直してしまった一夏を庇うように間に入る猛。

 

「ちっ!? このぉ!」

 

奇襲を防がれてしまい、舌打ちしながら隠し持っていた飛刀を投げつけるが猛は手にした太刀で弾き落とす。

 

「くっ、分かっちゃいたけどあんたがいると奇襲とかは無理そうね。

 正々堂々、真正面から死なない程度に殺してあげるわ!」

「いきなり物騒だな、鈴!」

「うりゃあぁぁっ!」

 

多彩な蹴り技に応酬するように、刀を振り回す。ガラスの靴には補強でもされているのか

ガツンガツンとぶつけあってもヒビすら入らない。

ちらりと見えるスカートの奥はスパッツが見え、ちょっと残念に思いつつ鈴の猛攻をいなす。

と、ぞくりと背中を悪寒が走り、身を屈めると今まで頭があった部分に銃弾が通り抜ける。

その方角に目を向けるが、隠密に長けた装備をしているのか場所は特定できない。

 

『王子を守るその青年。実は彼も異国の王子だったのです! 親友の危機を耳にした彼はたった一人で

 彼の元に馳せ参上した次第。なおとある信用できる情報筋からは、彼と深い関係になるには

 己より強い者でなければならないとのこと。つまり、この場で彼を打ち倒せるシンデレラこそ

 正妻になる権利があると!!』

 

もうシンデレラの要素すら無くなったノリノリのナレーションに生徒会長は何をしたいのか

うんざりした表情を浮かべる一夏に猛。

 

ちなみに女子たちだけに告げられた情報には

『王子の王冠を手にするか、塚本猛を倒した者には彼らとの同室同居の権利を与える。

 尚対象はどちらでもいいが、一緒になりたい方を相手すると高ポイント(フレーバー)

というものがある。

 

こういう荒事にはあまり積極的ではないシャルロットすら、アサルトライフルのモデルガンを持ち

困り顔のまま、暗がりから姿を現して、気が付けば箒やラウラも殺気立ちながら二人を包囲していた。

 

「なぁ、これってどう見ても最悪な状況だよな」

「この囲まれた状態で楽観視できていたら、俺はお前の頭の中がお花畑だと確信するよ。

 ……まぁ、俺の方にも何人かは引きつけられるだろうし、その間に何とか逃げ回ってくれ」

 

猛は太刀を上段に持ち上げて刃を水平に、霞の構えにし大見得を切る。

 

(ぎょく)を守りきることさえ出来るのであれば、たとえこの身が果てようとも本望。

 全力を持って挑んで来い。そう容易く抜かれはせんぞ?」

 

空気が一瞬冷たく張りつめた気がした。その鋭い眼光に、誰かがごくりと唾を飲み込んでしっかりと武器を構え直す。

……しかし、遠くから響いてくる地響きの音にふと全員そちらに視線を移す。

 

『さぁ、今からフリーエントリー組の参戦です! この数の暴力を捌ききることはできるのでしょうか!?』

 

数十人以上いるシンデレラの群れ。あっけにとられている中、素早く再起動した猛は一夏に声をかける。

 

「一夏! とりあえず逃げるぞ! あんな量相手になんてしてられねぇよ!」

「あ、ああっ! じゃあ俺はこっちに行くから、猛も無事逃げ切れよ!」

 

二手に分かれた一夏と猛を追うNEWシンデレラ群。さて、どうやって逃げ切るべきかな……と思っていると

併走してきた箒が猛の手を取って、誘導するように走っていく。

そうして、更衣室の一角に逃げ込んできた二人。薄暗い部屋の中、大きく深呼吸をして息を整える箒。

先程までの敵意のようなものが感じられず、むしろ別のことで緊張しているのかどこかぎこちない。

少し警戒しつつも、猛は箒に声をかける。

 

「あのー、箒?」

「猛、話があるんだ。真剣に聞いてほしい」

 

凛とした佇まいでこちらを見つめてくる箒。

 

「お前とは幼いころからの付き合いだな。

 篠ノ之神社の道場で初めて出会って、クラスも一夏と私、ずっと一緒で。

 私が、一夏への想いに気づいた時、恋人同士になれるよう気をまわしてくれたり、そうでなくても道場での稽古の後、神社境内で星空を見上げながら他愛もない話をするのが、実はとても楽しかったんだ。

 あの事件の後、離ればなれになってこの学園で再会して、また一緒に過ごせるようになって」

 

一旦言葉を区切り、決意と不安が入り混じった目で猛に相対し、口を開く。

 

「そして、福音戦の時をきっかけにし、あの夏祭りの時に私は気付いたんだ。私は……猛のことが好きなんだって。

 お前はいつも、誰かに支えてほしい、辛いことを抱えている時に自然に傍に来てくれて、ただ静かに寄り添ってくれる。そんなお前だから、気づいてしまったら段々と想いが膨らんで心がいっぱいになってしまったんだ」

 

ありったけの勇気をかき集めたのか、頬を赤く染めて瞳は涙を溜めて潤んでいる。

箒の手にしていた太刀が床に落ちて、カランと小さく音が響く。

駆けこむように猛の胸へと飛び込んで、ぎゅっと抱きついて背中に腕を回す。

回された腕に密着した身体が小さく震えているのに気づく。

 

「好きだ……私は、お前のことが……どうしようもなく、好きになってしまったんだ。

 どうかこの気持ちを……受け入れてほしい……んっ」

 

猛が呆気にとられている間に、箒はそっと目蓋を閉じると唇同士を重ねあわせる。

二つの影が重なりあって、そのまま時がゆっくり過ぎ、彼女は身体を名残惜しそうに離す。

俯いた顔は薄暗さもあってどんな表情を浮かべているのか猛からは見れないが、その方がいいと思う箒。

そこに乾いた拍手が響き渡る。

咄嗟に彼女をかばうようにした猛の前にロッカーの影から一人の女性が姿を現す。

確か喫茶店をしている時に一夏にしつこく技術提供の旨を迫っていたのを覚えている。

が、人のよさそうなにこにこした笑顔が今は獰猛な獣のような敵意をひしひしと感じる笑みを浮かべている。

 

「ここは学園内でも、関係者以外立ち入り禁止なところですが……道にでも迷いましたか?」

「くっくっく……、白式か不明機かどちらか手に入ったなら儲けもんとして潜んでいたんだが

 まさか、青臭い青春劇を間近でやってくれるとはなぁ。あまりに甘過ぎてヘドが出そうだぜ」

「ああ、つまり貴方はISを強奪しにやってきた敵ってことですか」

「ははっ! 察しのいいガキだな、そうだよあたしは悪の組織の一人オータム様だ!

 てめぇのISを奪いに来たんだよ!」

 

元から凶悪な笑みをより狂気に染めて、嘲笑う女。

スーツが引き裂かれて毒々しい黄色と黒に彩られた八本の爪が現れる。

 

「箒! ISを纏え! そして援護頼む!」

 

一瞬で狭霧神を装着して、謎の女に急接近する猛。

 

「はははっ! せいぜい足掻けよクソガキども!」

 

 

 

 

 

 

(なんなんだよ、コイツ!? 実戦なんか知らない腑抜けたガキじゃねぇのかよ!)

 

八つの爪の装甲が開いて中から銃口が現れ、狭霧神に照準を合わせて一斉に射撃が飛ぶ。

一呼吸置いて、猛は距離を詰めて背を数発弾丸が掠める。

懐に潜り込まれたならばとオータムはそのまま、抱き潰すように爪を閉じる。

それよりも早く手に薙刀を呼び出して弧を描くように振り回して爪の檻をこじ開ける。

強引に弾かれて耐性を崩している毒蜘蛛に対して、強く震脚を入れての鉄山靠。

とっさの回避の跳躍のおかげで、さほどダメージは大きくないが派手に吹き飛ぶ。

そこに後ろに下がっていた紅椿が雨月を使ってのレーザーで援護をする。

 

「ちっ! 邪魔くせぇ!」

 

放たれたレーザーを容易く弾くが、一瞬でも猛から目を離してしまった。

慌てて周囲を確認すると、ちょうどオータムの真上に蜘蛛のごとくぴったりと貼りついている。

瞬時加速を使って、気づかれぬうちに移動していた狭霧神。

そのまま落下するもブースターを使い、加速度を増して彼女に襲い掛かる。

間一髪身をよじって回避。叩きつけられた大太刀は、容易く床を粉砕し瓦礫をまき散らす。

 

「この、クソガキがいい気になるなよぉ!!」

 

五指を一斉に刺し穿つように殺到させるが、霞むように狭霧神は姿を消して今度は横の壁に難なく着地している。

オータムの駆る『アラクネ』が蜘蛛の容姿をしているならば、狭霧神は人の形をしている蜘蛛のよう。

この狭い更衣室を縦横無尽に、辛うじて目で追える速度で飛び回って襲い掛かる。

侮っていたことは認めよう。だが、この程度の逆境を乗り越えるなど幾多の荒事をこなしてきた己には簡単なことだ。

 

「確かにてめぇはすげぇかもしれねぇが、もう一人の方はてんで素人だなぁ!」

 

視線を向けずに、箒の方へと光球を投げつけるオータム。

急な攻撃に慌てて防御する箒だが、目の前で破裂するような音を立てて巨大な網へと変わり紅椿に絡みつく。

 

「くっ!? こ、このっ、と、とれない!」

「ぎゃははっ! それはそう簡単に取れやしねぇよ! さて、形勢逆転だなぁ?」

 

一瞬のうちに紅椿の傍に寄ると、オータムはその細首を無骨な手で掴みあげ箒は苦しそうな声で呻く。

 

「さぁ、あたしの気分が変わらないうちにこっちに来てもらおうか。気まぐれでコイツの首をへし折ってやってもいいんだぜ?」

「う……く、ぅぅ……す、すまない、猛」

 

必死に抵抗し、身をよじろうとも外れる気配すらない。

地面に降り立った猛は警戒するようにオータムを睨みつけているが、それが彼女の気に障る。

イライラしつつも、散々苦労かけた奴をこれから嬲れることに舌舐めずりし、粘ついた笑みを向けて言葉を発する。

 

「ああ、別にこれを見捨てるってのもいいんだぜ? まだ世界のどこにも存在しない第四世代のISってのも

 喉から手が出るほど求める奴らは居るしな。その場合、ISを奪うだけじゃなく殺しちまうかもしれないがな」

 

脅しじゃないと言うように、更に力を込めて箒の首を絞めあげると苦痛の色が更に濃くなる。

そのまま、しばらく膠着状態が続くがどこか諦めたように肩の力を抜く。

 

「はぁ……。うわー、箒が人質に取られちゃったぞ。助けて生徒会長ー」

「ちょっ!? え、ええっ!? た、猛君?」

 

困惑した声を出しながら、ドアの向こうから楯無が姿を現す。

 

「確かにこの学園内で物騒なことはご法度だけど、そんな呼び方しなくてもいいんじゃない?」

「いやぁ、本当にいるかどうか分からなかったものですから。あれだけ棒読みなら出てきてくれるんじゃないかと。

 あ、一夏の方は大丈夫でしたか?」

「うん、ほらこれ王冠。これだけは何とか奪ってみたけど、あれだけの人に囲まれてたらよほどのことが無いなら

 危険はないはずよ。傍に本音も居るから」

 

急に表れた楯無とのんきに話を始めた猛に対してついに怒り心頭し、殺意をむき出しにして吠える。

 

「てめぇ!! 何のんきに話なんてしてやがる! こいつがどうなっても」

「ああ、そのことか。大丈夫さ、だってあんたはもう動けない――」

 

疑問の声をあげようとした瞬間、アラクネは不快な音を立てて全身が異様に捻じ曲がる。

同時に箒の首を掴んでいた腕もあり得ない方向に強制的に引っ張られて、ごきりと肩の関節が外れ

限界まで四肢も胴も捻られる。

 

「ぐっ、が、ああぁぁっ!?」

 

奇怪なオブジェとなり、足が着かなくなったオータムは宙で静かに揺れている。

アラクネの糸が絡まって動けない箒に近寄って丁寧に全身から糸を取り払っていく。

 

「な、何が起こってる!?」

「よく自分の身体を見てみればいいよ」

 

ハイパーセンサーの感度をあげて身体を見つめると、きらりと光る線のようなものが無数に付いている。

アラクネの末端から己の身体の部分までくまなく付いたそれはこの狭い更衣室に天井、壁に至るまで廻らされ

その根本は狭霧神の指先に集約されていた。

限界まで感度を高めて、オータムは何をされたのかようやく気づく。

 

「これは……糸か!?」

「ご明察。あんたのそのISを見て思いついてね、気づかれないよう糸を張り廻られてみたのさ。

 西新宿の人探し屋や病蜘蛛(ジグザグ)には程遠いけど、それなりには上手くいったかな」

「猛君があのせんべい屋さんっぽくなったら、それこそ学園が崩壊するからそのままでいてね?

 あーあ、せっかくお姉さんに惚れちゃうくらい恰好いいところ見せようと思ったのに猛君は何でも出来過ぎよ」

 

軽口を交えつつ、オータムの前に移動する楯無。笑みを浮かべているがその瞳の奥は恐ろしいまでに冷え切っている。

 

「さて、無粋なテロリストさんにはこれからいろいろ吐いてもらおうかしら」

「く……っ、は、ははっ、はははっ! やっぱりてめぇらは最後の詰めが甘いんだよ!」

 

オータムは固定された身体を力任せに動かし始める。糸が身体に食い込み、指先からはぶちぶちと肉が引き裂かれる音を立てる。

咄嗟に止めようとした楯無より先にISを強制解除したオータムはスタングレネードを実体化し目先に投げ捨てる。

猛は自分の目と耳を庇いつつ、箒に覆いかぶさって彼女を守る。光と音の衝撃が収まった後顔をあげると

ボロボロのままうち捨てられたアラクネがあり敵の姿はどこにも無かった。

 

「やられたわね。まさか四肢を引きちぎってでも逃げ出そうとは思ってもいなかったわ。認識が甘いと言われても仕方ないくらい。……コアもしっかり抜き去っていってるし」

「すみません。まさかそこまでやってまで逃走しようとは考えられずに少し糸の拘束を弱めてしまって」

「いいのよ。荒事なんてほとんど経験したことない人にそこまで非情さを求めるつもりはないもの」

 

楯無は逃げたオータムを追うと言って更衣室を後にし、やることがない二人は少し休んでから戻ることにした。

 

 

 

 

 

夜、あの後の展開を生徒会長から聞いてから自室に戻った猛。

いろいろなことがあって楽しいこともあったが、やはりどっと疲れがやってきた。

シャワーを浴びてさっぱりした後、早めに寝ようとした所、箒が遠慮がちに裾を摘んできた。

 

「ん? なに」

「そ、その……き、今日は隣で眠ってもいいか?」

「え……。いや、別にいいけれど」

「そ、そうか! 今日はいろいろあって特に疲れたな! もう寝るんだろう?」

 

いそいそと布団の中に入る箒に続いて、猛も彼女の隣に横になる。

電気を消すと、しばらくは何も見えなかったが窓から少し差し込む光で薄ぼんやりと箒が見える。

 

「こうして二人きりで眠ることって思い返すと無かったな」

「そうだね。箒の家に泊まりに行くことも無かったし、俺は施設で暮らしてたからな」

「猛。手を……握ってくれないか」

 

重ねた箒の手のひらには少し竹刀タコっぽいものが感じられるが、それでも女の子らしく温かくて柔らかい手だ。

想い人が隣で優しく手を繋いでくれる。それだけでこれほどまで心が安らぐ。

彼になら、どれだけ甘えようとも受け入れてくれることがとても嬉しい。

 

「温かいな……」

「箒、なんかずいぶん雰囲気が変わったというか素を出すようになったというか」

「ふふ、お前相手にいいところ見せようとか、取り繕うとするより、ありのままの私の方が接しやすいだろう?」

「まぁ、誰にだっていいところはあるし、悪い部分はあるけど、そういうものを全部含めて箒だろうし」

「そんなお前だからこそ、好きになったんだと思う。……ふぁぁ、ん……すまない、もう眠くて……」

 

だんだんと目蓋が重くなって、箒は手を握ったまま、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始める。

安らかに眠る彼女につられるように、猛も眠りの中へと旅立っていく。

静まり返った神社の境内で、幼い頃の箒と手を繋いだまま、取り留めのない話をしながら時折満天の星を見上げる。

 

差し込む朝日で目が覚めた時、未だに手は繋がれていて、ゆっくりと覚醒して

おはようと微笑む彼女はあの頃より大人びてはいたが、その優しい笑顔は昔と変わらなかった。


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