IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第22話

 

とある放課後、猛はテニスコートの脇で試合を眺めていた。

今週から始まった『生徒会役員・織斑一夏及び塚本猛貸出キャンペーン』

その抽選を決めるビンゴ大会で1位と2位を手にした部活

1位が先に欲しい相手を選んでもう片方に選ばれなかった方が派遣されるという手順。

そんなわけで猛はテニス部に臨時部員として来ており

現在『塚本猛に何でもお願い聞いてもらう権利(18禁展開はなし!)』をかけた

鬼気迫る練習試合を見ているのだ。

 

 

ちなみに運動部に行くことが分かったので、作ってきたレモンのはちみつ漬けは皆に好評でした。

 

 

壮絶なトーナメントを征したのは息も絶え絶えだが、ストレート勝利を決めたセシリアだった。

試合の終わったメンバーからタオルと飲み物を配っていた猛は彼女に近付いていく。

 

「お疲れ様セシリア。見事な勝利だったね」

「はぁ……はぁ……っ。これくらい、当然ですわ……はぁ、ふぅ……。

 すみません、私今、腕が上がりきらないので……はぁ、水筒の蓋を開けてくださいませんか?」

「はいはい」

 

頼まれるまま、蓋を取ると自然にセシリアを支え、飲みやすいように加減しながら

水筒を傾けて水を飲ませていると、周囲から悲鳴のような非難の声があがる。

 

「セシリア――ッ!! あんた何自然に羨ましいことしてんのよっ!?」

「え……、あ、い、嫌ですわっ、私ついぼーっと促されるまま……というか猛さんも

 ナチュラルにそんなことしないでくださいましっ!」

 

そのまま喧々囂々と騒ぎまくり、ならこっちはもっと過激なこと頼むとヒートアップしそうな

状況にもう一品持ってきてあるお菓子をあげずに持って帰ると年頃女子には厳しい仕打ちを

告げるとしぶしぶその要求は取り下げてくれた。

 

「ところで、その権利でセシリアは何してほしいの? あんまり無茶な願いは聞けないけど」

「そうですわね……、この後ちょっとお話に乗ってほしいのですがよろしくて?」

 

 

 

 

 

シャワーを浴びてさっぱりしたセシリアは猛の自室にやってきて、出された紅茶を一口飲んで

のどを潤すと単刀直入に切り出した。

 

「まどろっこしいことは抜きにしますわ。猛さんはどうやって偏向射撃を行ってますの?」

「あー、うん……。ごめん、説明できない。ほとんど理論じゃなく感覚でやっているから尚更」

「私との初戦の時もそうですの?」

「あの時の八俣は偏向射撃じゃなく膨大なエネルギーが荒れ狂って

 濁流となってたようなものだし制御も何もないよ」

 

更には補助OS『霞』が目覚めてからは演算処理は彼女に一任してしまっているので尚分からない。

 

「では、私のブルー・ティアーズで白式、天之狭霧神に勝つ方法を思いつきますか?」

「……視界を完全に覆い隠すほどの飽和攻撃中に、接近して短期決戦。……言っておいて

 何だけど、無理があり過ぎるのとそれでも勝ち目はほとんどないね」

 

エネルギー兵装特化というかそれ以外の実弾武装がほぼないブルー・ティアーズでは

零落白夜をそのまま盾にしたようなもの――雪羅を抜くことは出来ない。

 

更には銀の福音すら完封した対エネルギー防御兵装――八咫鏡を持つ狭霧神。

全方位を覆ってしまうバリアーなため、まぐれ当たりなど望むことは無理だし

たとえ攻撃を続けようとも、吸収したエネルギーを倍以上にして返すカウンター。

小型結晶1つでも出されただけでセシリアは詰みに近い。

 

装備で勝ち目がないのなら戦術で覆せばいいと唯一の近接武器の練習や

手刀で戦う装備があるラウラとも近距離訓練を重ねている。

元々近接特化の白式に十束という大太刀を持つ狭霧神に接近戦を挑もうとは思えないが。

ゆえに黒星を重ね続けている現状が彼女には辛い。

 

「ううぅ……わたくし、どうしたらいいのかしら。本国に何度実弾武器を送ってくれと

 通達してもいい返事は貰えませんし」

 

決して人に弱みを見せようとはしないセシリアが、珍しくヘコんでいる。

それだけ煮詰まっているということなのだろう。

猛は彼女の背後にまわって肩に手を沿える。

 

「ひゃっ!?」

「セシリアは十分頑張ってると思うよ。いつかその努力も報われる。

 けれどちょっとオーバーワークなのかな? 結構肩がガチガチ」

「ちょ、ちょっと猛さん!? あっ、んっ、そ、そこはぁ……っ」

「一夏ほど上手くはないかもしれないけどそこそこマッサージの心得はあったりして」

「や、やめてくださいまし……、あっ、あぁっ……だ、だめですわ……んっ」

「んー、肩だけじゃなく全身疲れが溜まってるのかな……」

 

妙に乗り気になってしまった猛は不意を突かれて緩んでいるセシリアをベッドに寝かすと

そのまま整体・ストレッチを始めてしまう。

そこに箒が帰ってきて完全に蕩けきってしまったセシリアを見て噴火しそうになるが

返す刀で箒にもマッサージ。

骨抜きになった女の子二人を見ていい仕事をしたと額の汗を拭くが何か間違っている気が。

 

「う、うぅ……。猛さんってばヒドイですわ。わ、私が拒否できない状態なのをいいことに

 あ、あんなことするなんて……」

 

人聞きが悪い言葉を零しながら、血色のいい顔でふらふら部屋に歩いていくセシリアが

他の寮生に見られなかったことはお互いに幸運だろう。

 

 

 

 

 

 

高速機動についての授業を行うために第六アリーナに集まっている一組。

専用機持ちはペアを組み、実演として皆に見てもらうそうだ。

猛とくじで一緒になったシャルロットがスタートポジションにつく。

軽い酩酊感の後に視界が一気にクリアになり、遠くのものもかなり鮮明に映し出される。

設定を高速機動用に切り替えていつでも発進可能だ。

 

『それじゃ一緒に頑張ろうね』

「おう」

 

シグナルが青になってから、すぐさま最高速度近くまでスピードを上げる。

常時亜音速状態でもまったく苦にならないことにやはりISは凄いものなのだなと。

専用パッケージは無いにしても、カスタマイズされているシャルロットのリヴァイヴに

代表候補生として十分な操縦技術を持つ彼女は余裕でガイドのように併走してくる。

綺麗な軌道を描きながら両者は中央タワーを駆けあがり、アリーナに戻る最終コーナー付近で

不意に猛はシャルロットと通信を繋ぐ。

 

「シャル、何となく感覚がつかめてきたから少しだけ段階を上げてみる」

『え、何するのさ猛?』

「――2nd=G(セカンド・ギア)

 

そう呟いた途端、隣の狭霧神の姿が掻き消えた。

ハイパーセンサーを通したレーダーに映るのは最終コーナーを抜けきった光点。

 

「え、ええっ!? このコーナーで減速するどころか加速したまま抜けきったってこと!?」

 

普段の瞬時加速を常にしているような状態で更に加速し

インサイドに突っ込んでほぼ直角に曲がりきったとしか方法はない。

慣性制御を間違えればそのままコースアウトもあり得ただろうに、シャルロットはつい呆れてしまう。

 

「あーもう、時々無茶をするところがあるって分かってきたけど……あんまり驚かせないでよね」

 

 

 

皆の元に戻ってきてぴょんぴょんと飛び跳ねる山田先生の賞賛、あの最後のコーナーリングは

素晴らしかったと殊更嬉しそうに猛の手を取って喜ぶ先生に

目の前でたわわなメロン二つが揺れるのは目の毒だなぁ……と思いながら感謝の言葉を返す。

そして、一足遅れで戻ってきたシャルロットと一緒に一夏と箒の傍に戻ると

青ざめた顔で箒に背中を擦られている彼にどうしたのか尋ねる。

 

「いや……視界共有の仕方を知って猛のを見ていたんだけど、最後のあそこで思い切り酔った……」

「まったく、軟弱すぎる。あの程度のことなど国際大会のキャノンボール・ファストなら

 毎回起こり得ることだ」

 

織斑先生がさも当然のように言い放つので、いろんな意味で顔を蒼白にして軽くえづく一夏。

そのまま先生に引きずられて連れ去られていく一夏を見送ってから追加装備をしないメンツとして

箒と一緒に機体の調整内容を話し始める。

 

「むぅ……、どうしても装甲を展開するとエネルギーが足らなくなってしまう」

「単一仕様能力の『絢爛舞踏』使うのは?」

「あれは……まだ使えない」

「ふーむ、紅椿は基本的にあれでエネルギー供給するのを前提に作られてる気がするんだけど。

 じゃあここの部分を少しこちらに持って来れば安定性は下がるけど速さは得られるかな」

「お、おお……! うむ、これなら展開装甲を維持できる。ありがとう猛。

 ところでお前は全然設定をいじっていないが、大丈夫なのか?」

「あー……、とりあえずこれを見てほしい。怒らないでね」

 

猛の出した表示枠をのぞきこんでいた箒が、だんだんと眉間にしわが寄ってきて

何とも言えない顔で見つめ返してきた。

 

「なぁ、私の目は正常か? 先程の加速の凄さを覚えてる身としては冗談にしか見えん」

「悪いけど箒は正常だよ。感覚を掴めてきたからギアを一段上げたんだけど

 詳細を呼び出したら最大が5th=G(フィフス・ギア)

 トップギアにしても2割ほどエネルギーに余裕あるんだってさ」

「……装甲展開も追加ブースターもなくあの加速をして

 尚、上と余裕があるとか恐ろしいとしか言えない」

 

その後、コースを一周して戻ってきたシャルロットとラウラにも詳細を見せたが、怪訝な顔で

やはりまっ先に潰すべきだなと冗談の色が見えず真剣にそんなことを言うラウラに

賛同する箒とシャルロットだった。

 

 

 

 

 

 

キャノンボール・ファスト当日。天気はよく晴れて会場は超満員。

今は二年生のレースが行われていて抜きつ抜かれつのデットヒートの大混戦。

会場は熱気に包まれて、応援の声がピット内にも響いてくる。

 

「あれ、この二年生のサラ・ウェルキンって人、イギリス代表候補生なのか」

「そうですわ。専用機はありませんけど、優秀な方ですわよ」

 

レースの中継画面を見ながら一夏とセシリアは話している。

周りを見渡すと一年生の専用機持ちが勢揃いして各々調整に入っている。

セシリアと鈴は専用パッケージを装着し、ラウラとシャルロットは追加スラスターを増設

箒は最後の確認をしつつ、猛はただ静かに腕を組んで直立し佇んでいる。

 

「みなさーん、準備はいいですかー? スタートポイントまで移動しますよー」

 

山田先生の若干のんびりとした声が響き、マーカー誘導にしたがってスタート地点へと移動する。

各自位置に着いてスラスターを点火。甲高い駆動音を響かせながら空気が震え始める。

シグナルランプが点灯し、緊張で鼓動が大きく感じられる。

カウントダウンが始まって――青色が灯った瞬間に狭霧神の姿がかき消えた。

スタートダッシュで一頭身差をつけて先頭に躍り出た猛。

 

「くっ、いきなり瞬時加速で頭を押さえてきたか。だがまだこれから……なっ!?」

 

歯噛みをしていたラウラだったが、目の前の展開に驚いてしまった。

あまりに前のめりで突き進んだと思っていたのだが、ゆっくりと身体を回しながら前転をしていた。

手には八俣を顕現させており、弦はすでに絞り込まれている。

猛はごく自然に指を離し、五月雨のように光の矢がラウラたちに向かって降り注ぐ。

ロックオンされずに放たれたそれはでたらめに動き回るせいでどれを落とせばいいか

瞬時に判断がつかない。

回避や撃ち落としに手間取っている中、衝撃砲で進行方向の矢を全て吹き飛ばした鈴

それにラウラが続いて猛に追いすがる。

 

「いきなりやってくれるじゃない! けど、勝負は始まったばかりよ!」

 

第一コーナーに向けて突き進む。コーナーリングの際に減速するだろうと、機体制御は

あまり得意ではないが今日のために、鈴はみっちりしごかれてきたのだ(半分しぶしぶだが)。

が、狭霧神は軽くアウトに膨らんだだけで速度を落とす気配がない。

 

(何考えてんのよ、あいつ。あんな速度で曲がりきれるわけないのに。

 そのまま大きくコースアウトする気?)

 

訝しげな表情で二人が見つめる先で、狭霧神はインコーナーの壁に向かってワイヤーを放つ。

しっかりと壁面を捉えたワイヤーを握り締めると、トルク全開で身体を引っ張りあげる。

むりやりなコーナーリングでほぼ速度を落とすことなく抜けきった猛は

コーナー出口で更にギアを上げて空気を吹き飛ばす音を残してかき消える。

 

「な、なんて無茶なことをしているのですか……まったく」

「けれど、これくらいで勝つのを諦めたりなんかしないよ!」

 

見事なコーナーリングで鈴たちを抜き去って躍り出たシャルロットとセシリアが彼を追う。

直線では鈴、一夏が、コーナーはシャルロット、セシリア、ラウラ

どの状況でも四番目以下にならぬ箒が順位を入れ替えながら狭霧神の独走を崩そうと競い合う。

 

白熱するバトルレースが二週目に入った時異変は起こった。

上空からレーザーが放たれてシャルロットとラウラに直撃。

とっさに展開したシールドで次の攻撃を防ぐと、視線の先に不明機が浮遊している。

 

「あれは……サイレント・ゼフィルス!」

 

苦々しい表情ですぐさま敵に向かって飛翔するセシリア。

猛は壁に衝突して地面に落下した二人の傍に着陸して、声をかける。

 

「シャル! ラウラ! 無事か!?」

「な、なんとかね……スラスターが破損しちゃったから飛行は難しいけど」

「私も同じようなものだ。直接戦闘は無理そうで、せいぜい支援砲撃くらいしか出来ん」

「分かった。俺はあの機体を止めに行ってくるよ」

「気をつけてね」

 

視線を上に向けると一夏、鈴、セシリアの連携攻撃を事もなく華麗な軌道で回避し

逆に苛烈な攻撃を返している敵IS。

後部スラスターに蒼い光を瞬時に溜めて爆発させ、轟音と共に駆け抜けていく狭霧神。

 

 

 

 

 

一夏に向けられたサイレント・ゼフィルスのBTライフル最大出力の攻撃を庇って鈴は気絶。

セシリアは高機動パッケージの大出力を生かした体当たりで

敵ISを押さえつけるようにアリーナシールドに突貫。その衝撃でシールドが割れて

外部に青い二機のISが飛び立つ。

 

市街戦に持ち込んだが、セシリアの戦況は良くはない。

正確な射撃に圧倒的な連射速度、更には偏向射撃が彼女を苦しめていた。

ならばとインターセプターを呼び出して接近戦を挑むが、薄笑いを浮かべた敵パイロットに

いいようにあしらわられている。

超音速状態での接近戦は精神力を大幅に消耗する。だが、それでも負けられないと食い下がる。

ブレードを弾き飛ばされ、連続射撃を全身に浴び、ライフルさえ破壊されてしまう。

 

「終わりだ」

 

感情の篭らない言葉と共にライフル先端に取り付けられた銃剣に光が灯る。

 

「まだ……ですわ。わたくしの切り札はまだございましてよ!」

 

叫んでセシリアは心の中でトリガーを引く。

ブルー・ティアーズ・フルバースト。閉じられた砲口のパーツを吹き飛ばしての四門一斉射撃。

空中分解もあり得た、偏向射撃を使えないセシリアにとっての必殺の間合いでの最大攻撃。

 

「……そんなものか」

 

だが、起死回生の一撃はあっさりと射撃を回避されてしまった。

呆気にとられているセシリアの二の腕に銃剣が突き込まれ、灼熱の痛みが脳を焼く。

耐えがたい苦痛に悲鳴があがるのを、敵ISパイロット――エムは狂気の笑みを浮かべている。

 

「――お願い、ブルー・ティアーズ……」

 

虚空に左手を伸ばす。私にもっと力があったのなら。

心の中に蒼い雫が落ちて、静かに波紋を広げる。そして、想起される対抗戦の時の――

 

セシリアがゆっくりと笑みを浮かべた瞬間、背後から強力な一本のレーザーがエムを貫いた。

発射された四本のレーザーを偏向射撃で束ねて、威力を上げた一撃をお見舞いしたセシリアは

ISが崩壊を始めているなか満足げな表情のままゆっくりと背後に倒れていく。

 

(ふふ、文字通り一矢報いたということですわね……)

「ごめん、遅くなった」

 

薄れゆく意識のなか誰かに抱きかかえられたのを感じた。

 

「悪い、お目当ての王子様じゃなくて」

「そんなことありませんわ……、猛さんだって立派な騎士じゃないですか。

 ごめんなさい、もう限界に近くて……加勢することが無理そうですわ」

「分かった。セシリアはしばらくゆっくり休んでいて」

 

目蓋を閉じて意識を失ったセシリア。生命反応は命に別状はないと告げているので

手近なビルの屋上へ彼女を寝かす。

――エムはゆっくりとこちらを向いた狭霧神と視線が合った瞬間、謎の寒気を感じた。

 

「さて、学園祭の時の人とは別人みたいだけど何の用があって学園まで来たのかな?

 ああ、答える必要はないよ――」

 

手に十束を顕現させて、自然に一歩踏み出した狭霧神は――

 

「あんたを捕えていろいろ聞きださせてもらうから」

 

ビル屋上から掻き消えてエムの正面から大太刀を振りかぶっていた。

 

「くっ、だが!」

 

ありえない速度からの不意の一撃にもすぐさま対処を取り、銃剣で斬撃を受けきろうとする。

が、太刀が当たる瞬間にエムは背後から斬撃を受けていた。

驚愕に顔を歪めながら後ろを振り向くと、刀を振りおろしきった狭霧神の姿。

 

(馬鹿な!? あの瞬間で背後に移動したというのか!?

 ハイパーセンサーでも捉えきれぬ速度でか!?)

 

サイレント・ゼフィルスは元々BT兵器搭載用の実験機体。接近戦は不得意だ。

瞬時加速で距離をとって連続射撃。

実弾、レーザー織り交ぜられた弾幕の中、減速することなく狭霧神は突っ込む。

銃弾の雨の中を輪郭が時折ぶれるだけでひとつも当たることなく一直線に突きぬけていく。

 

 

 

――八咫鏡には弱点がある。それは使用リソースを大幅に食うことで戦術が狭まることだ。

小さな結晶一つ呼び出すだけで高速切替は使えなくなる。

大型装甲なんてものを展開すれば、八俣・十束はもちろん自由に銃器を使う余裕もほぼなく

アサルトライフル片手に素手での格闘・近接戦を挑むくらいしか武装はない。

エネルギー吸収、防衛、カウンターに特化している分自由度がない。それが八咫鏡。

 

 

 

故に己に向けて迫りくる幾多の弾丸に視線を向ける。

集中に依り世界の色彩が消え、空中の塵さえ的確に感じ取れている。

銀河の星群を見分けるよりかは容易い銃弾の中を最低限の動きで躱して敵に向かう。

傍から見れば、弾がすり抜けているようにしか見えない。

 

「この……化物が!」

 

全シールド・ビットを射出し狭霧神の全方位を覆うようにレーザーを放つ。

偏向射撃を織り交ぜたそれは絶対回避の出来ない包囲網。

 

猛は想う。自分の剣は一夏や千冬のような一刀で全てを薙ぐような力は出せないと。

ならば質よりは数を求めよう。

何よりも、風も、光も、刻さえ置き去りにする位にどこまでも疾く――迅く!

 

「おおぉ――!!」

 

上段に担ぎ上げた十束を咆哮と共に水平に弧を描くように振り回す。

その斬撃で生まれた幾多の余波で廻り一帯を薙ぎ払い、驚きから再起動する前のエムに向かい

5th=G(トップギア)の速度で肉薄。

猛の下段からのかち上げに彼女は咄嗟にシールド・ビットを付近に戻し展開。

ナイフとライフルの銃身でギリギリ間に合った強固な防御をし――

それらと纏めて全身を無数の斬撃で切り刻まれる。

 

「な……馬鹿な、ただの一振りの攻撃だったはず!?」

 

仰け反ったエムに、振り上げられ持ち手を返した十束の痛烈な一撃が上から叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

陥没した道路のひび割れの中心。そこに仰向けで倒れているエム。

かろうじて絶対防御の発動は防げたが、もはや戦闘など望むことなど

出来ないほど痛めつけられている。

 

(太刀筋も、剣質もまったく似ているところは無いと言うのに……

 なぜ姉さん(織斑千冬)を想い起させる!)

 

憎悪により何とか意識を失わないように保っている彼女の傍に音もなく影が下りたつ。

無造作に目の前に突き付けられた刀の切っ先を見つめつつ、歯を食いしばる。

 

「はーい、そこまでにしておいてくれるかな? 塚本猛くん?」

 

場違いなどこか間延びした声の方向に視線を向けると

バイザーで顔を隠した金色のISを纏った女性がいた。

腕の中には気を失ったままのセシリアが居てそのこめかみに銃が突き付けられている。

 

「命に別状はないとはいえ安静にしておいて欲しいんですがね」

「だって貴方たちあっという間にいなくなってしまったんですもの」

「その状態から俺がセシリアを助け出せると思わないんですか?」

「あら、流石に停止状態から即あの速度は出せないでしょう?

 まぁ、試してみてもいいのだけれど、そうしたらこの子はどうなっちゃうかしら」

 

口元に笑みを浮かべてトリガーに指をかける女性――スコール。

一触即発な雰囲気が漂うが、ため息をついて猛が口を開く。

 

「要件は?」

「私たち二人の離脱よ。別に後続を待ってここで争ってもいいのだけれど

 たとえそんな状態のエムだって、他の子たちが束になっても負けはしないわ。

 そして、貴方の相手は私」

 

少し逡巡したが、十束を量子変換させて軽く手を上げておく。

 

「了解。こっちからは手を出さないのでさっさとお帰りください。

 あ、その前にセシリア下さい、セシリア」

「はい、眠れるお姫様。さ、帰るわよエム」

 

手渡されたセシリアをしっかり抱きかかえておく。

スコールの手を借りて身体を起こしたエムは殺気の篭った視線で猛を睨みつけている。

 

「今度会った時には殺す。必ず殺してやる」

「もう二度と会いたくないんですが……無理ですかね。えーと」

「スコール。こっちの子はエムね。もしまた会うことがあれば

 今度はお姉さんが遊んであげるから期待してて」

 

そう言って投げキッスを返すスコール。

二人の姿が見えなくなって程なく、一夏たちの姿が遠くに見えた。

とりあえず、セシリアを医務室に連れていかねばとお姫様抱っこに持ち替えて

合流するため猛は飛び立った。




相手が強ければ強いほど強くなるどっかの戦闘野菜人みたいな猛くん

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