IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君   作:テクニクティクス

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第28話

取り調べは比較的早めに終わり、解放された猛は強張った身体を伸ばす。

襲撃に対し他にも色々調査する必要があるからなのか、今日は授業もなく午後は丸々暇な時間が出来ていた。

さて、何をしようかと考えを巡らせつつ廊下を進んでいると同じく聴取が終わった鈴と出くわす。

 

「ん、猛も今終わったところ? あんた別に午後何か用事あるわけじゃないわよね?

 久しぶりに一緒にデートしましょうよ。拒否権はないわよ」

「へいへい。お供いたしますよ、お嬢様」

 

鈴が強引なのは今更ではないし、むしろその芯の強さが好ましい。

どうせこのまま自室に戻っても本でも読むくらいの予定しかない。

たとえ荷物持ちでも鈴と過ごした方が余程有意義だ。

お互い私服に着替えてから、駅前で待ち合わせすることを約束しその場を離れた。

 

 

 

学園から近い大型モール、レゾナンスに来たはいいが少し鈴の様子がおかしい。

普段なら元気いっぱいに猛を振り回して、全力で遊ぶという表現が正しいのに

今日は服や小物を軽く眺めてすぐにその場から離れて、違う店を探すという塩梅。

昨日の疲れがまだ残っているのかと思ったが

どうやらそれも違うらしくまるで借りてきた猫のよう。

そしてお手洗いに行っている鈴が戻ってくるまで手持無沙汰で備え付けのソファーに腰をかけている猛。

 

「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるのですがいいですか?」

「はい、なんですか」

 

声をかけられた方へ振り向くと

そこにはまるでモデルのような長身で艶やかな女性が立っていた。

金色の髪をゆるくウェーブさせ、少々釣り目なところがあってもそれが彼女の美しさを際立たせ

ビジネススーツに包まれた豊満な胸に細くくびれた腰、張りのあるヒップと露出は少なくとも

どこか官能で蠱惑的な印象を与えてくる。

 

「この店に行ってみたいのですが、道に迷ってしまいまして。

 ここがどこでどう行ったらいいか教えて貰えませんか?」

「あ、はい。失礼しますね。えーと現在地がここだから……こう行って」

 

開かれた案内地図を覗きこみながら、現在地から目的の場所へのルートを考えて彼女に教える。

仄かに鼻をくすぐる甘い香りに、少し鼓動を速めながら身を離す。

 

「拙い教え方でしたが、大丈夫ですか?」

「ええ、ちゃんと分かったわ。教え方が上手いのね、塚本猛くん?」

 

笑顔のまま、自分の中の警戒ランクをひとつ繰り上げる。

いつでも動けるように、軽く筋肉を緩めておく。

 

「貴女とは初対面のはずですが、どこかでお会いしましたっけ?

 そこそこ人の顔を覚えるのは得意なんですが」

「驚かせちゃったかしら? ごめんなさい。私はこういう者なの」

 

差し出された名刺を受取るとそこには彼女の名前であろうスコール・ミューゼルと言う文字と

聞いたことのない社名と雑誌の名が上に印刷されていた。

 

「この間、織斑一夏くんと篠ノ之箒さんが独占インタビューされてね。

 そんな中、未だ公にほとんど姿を現さず謎が多いもう一人の男性IS操縦者に興味が湧いてきて

 とりあえず話だけでもと押しかけて来てみたら偶然貴方を見つけたわけ」

「あの二人に比べたらアイドル性もない俺なんかインタビューしても仕方ないと思いますがね」

「私は貴方の外見より、その中身に興味があるから。まぁうちの会社は零細もいいところだから

 出版した雑誌が並んでいるところなんてほとんど見たことないし、気軽に受けてくれると助かるのだけど」

 

のらりくらりと躱しながら話を切り上げようとするが、如何せん上手くいかない。

お互い営業スマイルでの攻防中に第三者の声が入る。

 

「おまたせー……って猛? その人誰よ?」

 

ちょうどお手洗いから帰ってきた鈴が、不審な女性に目を向ける。

自分には一生縁がないかもしれない二つの果実に一瞬殺気が膨れ上がるが、何とか威嚇する猫ほどに抑える。

こういった手合いの相手の経験は多いのかスコールはにこやかに話しかける。

 

「はじめまして、私トレイター社のスコール・ミューゼルと申します。

 今度我が社で出版される雑誌に塚本くんのことを取材し掲載しようかと考え

 悪いと思いつつもアポなしで聞き込みに来て今お話しをしていたところなのです。

 確か貴女は中国代表の凰鈴音さんですよね?

 彼との関係もお聞かせ願いたいのですが、お時間よろしいですか?」

「え!? あ、は、はい……」

 

立て板に水を流すようにすらすらと言葉を述べ

猛ではなく鈴からうやむやのうちに言質をとるスコール。

どうやらこのまま逃げることは無理そうなので失言には気をつけようと気を引き締め三人は近くのカフェへ。

 

ICレコーダーを取り出してテーブルの上へ置き、手帳を開いたスコール。

記者としてこういう事には慣れているのか、最初は簡単な質問から始まり緊張をほぐして

頃合いを見計らい段々と少々突っ込んだ話も織り交ぜていく。

 

「いきなり女子校へ放り込まれておきながら、話を聞くと上手くやれているどころか

 自然に溶け込んでむしろ皆から重宝されているのね。ただ、一部の子たちとは一線越えてるみたいだけど」

 

妖しい光を少しだけ目の奥に灯して、スコールは鈴へ矛先を向ける。

 

「やっぱり凰さんにとって塚本くんは貴重な男性操縦者だけじゃない、特別な存在だったりするのかしら」

「えっ、えぇ……ま、まぁそれなりには」

「他のクラスメイトに比べれば、鈴は大切な人ですよ」

 

調子のよくない鈴に集中砲火されるよりかはと、援護するように話に割って入る。

 

「あらあら、その言い方だと友人も超えてる感じを受けるけど、そうとっても構わないのかしら」

「お好きなように」

「ふふ……っ、羨ましいことですわ。けれど、他にもデュノアさんや篠ノ之さんとも付き合いがいいみたいだけど、それに関しては?」

「こんな俺と、仲良く親身になってくれることはとてもありがたいことです。

 三人とも失いたくない、大事な人であることに順位はつけられません」

「ふぅ、ごちそうさまと言った方がいいのかしら?」

「あ、けれどセシリアやラウラ、一夏を疎かにしているわけじゃないですよ。皆大事なクラスメイトで友人です」

 

やれやれと大げさに天井を仰いだスコールが軽く息をついて、猛を見つめ返してくる。

今までの会話の中では感じられなかった真意を覗きこむ気概を薄く纏いながら口を開く。

 

「これはオフレコになるけれど、また学園に襲撃が遭ったみたいね」

「ちょっ、何でそんなことあんたが知って……」

「蛇の道は蛇。情報はどんなに抑え込もうとしてもどこからか漏れるものよ。

 ――もし、今後同じようなことが遭ったら」

 

時が止まり、歪に空間が軋んだような……そんな錯覚を受ける。

背骨に無理やり氷の柱を突っ込まれたかのような寒気を感じ、指先が冷たくなり感覚がない。

笑みを浮かべているのに、どこか触れるべきでない恐ろしいものを想起させる

世界で二人のみ、そのうちの一人の男性IS操縦者が口火を切る。

 

「その時は、自分の持てる力を全て使い皆を護るだけですよ。それだけです」

「あ、ありがとう。今回のインタビューはこれで終わらせてもらうわね」

 

声に震えが出ないよう意識を保つ。違和感を覚られぬよう努めながら

スコールは早々と荷物を纏めてその場から去って行った。

 

 

 

彼女が去ったしばらく後も猛と鈴はその場を動かなかった。隣に座った鈴が手をぎゅっと握って離さないからだ。

 

「あの……鈴さん?」

「猛さ、今のあんた本当にあたしの知ってる猛なわけ?」

 

握られた手が微かに震えているのを今更ながら気づく。

 

「福音戦の時から今にかけて、あんたどんどん変わっていっちゃってる。

 そりゃあ、ISは自己進化していく凄い代物だってのは分かってるの」

 

けれどその変化の仕方が急激すぎる。世代交代や形態移行(フォームシフト)することで

ようやく可能になるはずのことを、猛は……狭霧神は苦もなく越えていく。

鈴音がどれだけ手を伸ばそうとも先往くその影にすら届く気がしない。

 

「あたしは、あんたが……猛がいつかあたしの知らないモノになっちゃう気がしてそれが怖い」

「鈴……」

 

人前で、ましてや自分の前では弱音を吐こうとはしない鈴が、心の内を吐露していく。

こんな近くで寄り添っても、彼女の幽かさを埋めることが出来ないことに歯がゆさを感じる。

少し俯いた鈴の奥底に僅かでも届いてほしいと、言の葉を紡ぐ。

 

「大丈夫、何があっても俺は俺のままでいるよ」

「うん……分かってる。だから、あたしを置いて勝手にどこか行ったり

 いなくなったら許さないからね」

 

普段の強さが感じられない鈴は言葉だけでもいつもの自分を露わそうとする。

このまま遊ぶ気にもなれず、二人は寮へと帰っていく。その間鈴は繋いだ手を放さなかった。

 

 

 

 

 

部屋前まで彼女を送り、別れ際に自然と鈴を抱きしめていた。

どことなく彼女が求めていたと思ったから。鈴も猛の背に腕を回し数秒抱きしめあう。

気がかりはまだ奥底に残っていても、それでも最後には笑顔を浮かべてドアを開けて部屋に入っていった。

 

自室に戻ると部屋着の襦袢に着替えくつろいでいた箒がこちらに気づいた。

 

「おかえり。鈴と遊びに行っていたみたいだな」

「ああ……。箒、少しだけ話を聞いてくれないか?」

 

普段あまり見せない猛の少し落ち込んだ姿に、とりあえず椅子に座るよう促して

二人分の緑茶を淹れる。

柔らかなお茶の香りが漂い、幾らかは気分も楽になった。真剣な目をして見つめてくる箒に対して話を切り出す。

 

「……俺って今までと変わってきているかな? 力に溺れて皆を不安にさせているとか」

 

ぽつりぽつりと話し始め、自分の中で道筋を整理しながら言葉を紡ぐ。

福音戦を超えてから顕著になった己のISの進化する速度に、護るために放つ力の苛烈さを。

――それにより、鈴音が不安を感じていることに。

 

頷きを返しつつ、真摯に相談を聞いている箒。一通り話が終わり沈黙が訪れる。

目蓋を閉じて思案しているような彼女は不意に目を開くと安心させるような笑顔を浮かべる。

 

「これは私の意見だが、猛は力になんて溺れてはいないさ。

 覚えているか? 臨海学校の時のことを」

 

あの時箒は第四世代のIS『紅椿』を与えられ

その力に酔った結果一夏を危険に晒すという失態を起こした。

自責の念に押しつぶされそうになっていた自分を

もう一度立ち上がらせてくれたのは目の前の大切な人。

 

「あの時の私こそ、力に溺れ周りが見えなくなっていた良い例だろう。それに比べたら猛は十分己を律している」

 

そう、狭霧神を枷なく使うとなれば1年の専用機持ち全員を相手取ろうが、傷一つ付くことなく叩きのめせる。

だが決して塚本猛はそのようなことはしない。

侮ったり見下しているのではなく、揮える力の中で全力を尽くして競い、戦っているのだ。

そして護りたいものが傷つけられる、失われる可能性がある時には、その枷を外す――

それだけなのだ。

 

「もしお前が外道にでも堕ちてしまいそうなら、私は自分の命を張ってでも止める。

 そうしたら猛は踏みとどまるだろう? 失いたくないものを自分で潰してしまうのだから」

 

恐らく鈴もシャルロットも心の奥底では同じようなことを考えているだろう。

まったく、我ながら惚れた弱みというやつは度し難いものだ。

 

「だから、猛は猛らしくしてくれていればいいさ。何なら皆で一回集まって胸の内でもぶちまけたりでもするか?」

「…………ありがとうな、箒。少し楽になったよ」

「うん、その笑顔だ。私は猛が笑ってくれるのが一番うれしい」

 

ふと、箒の脳内に電球がピカっと灯る。

 

「そうだ、猛の心配事をひとつ解消してやったのだ。私も何かお願いを叶えてもらってもいいはずだ」

「えぇー。……あはは、いいよ。何をしてもらいたいの」

「その……ひ、久しぶりに一緒に寝てほしい。……えっとだな、いやらしいことじゃなくて

 普通に添い寝してくれればいいのだ! ……だめか?」

「オッケー。時間もそろそろ遅いから、シャワー浴びて着替えてきたら一緒に寝ようか」

 

シャワーを浴び身体を綺麗にして温めた猛が、箒に招かれるまま一緒のベッドへ入る。

意識せずに自ずと箒が優しく胸の中へ抱きしめてくれた。

恥ずかしがり屋でありながら時折大胆なことをする彼女だが

今は箒の暖かさが心を癒してくれる。

彼女のぬくもりに包まれながら、意識が蕩けていく。

 

 

 

 

 

後日譚。放課後のカフェテラスの一角に簪と猛にある感情を持つ近衛的な女性陣が固まっていた。

人見知りが強い簪は、おどおどとしてまるで禁則事項が多い未来人のように震えている。

 

「あ、えっとね。そんな怯えなくていいから。もう、鈴は落ち着いてってば」

 

持ち前の優しさで簪を庇うシャルロットに、事あるごとに私不機嫌ですという雰囲気を放つ鈴。

で、泰然自若として佇む箒とある意味混沌としてるこの場にいる簪は早く帰りたいと願う。

 

「はぁ……。もう何度目か数えるのも面倒くさくなったし、もういいわ。

 で、あんたも好きなんでしょ? 猛のこと」

「はぇ……? え、あ、――――っ!?」

 

一瞬何を言われたのか理解できなかった簪は腑抜けた返事をし、沸騰するほどに熱が頭に昇る。

真紅に顔を染めたその姿を見て三人は、ああまたかとため息を漏らす。

 

「きっかけは何であれ、一夏とは違った意味で大変な奴よ猛は。いろいろ心労もあるし」

「ほぅ、なら身を引いても構わないぞ。その分私がしっかり穴を埋めてやるからな」

「誰もそんなこと言ってないでしょうが! 一番傍に居るからってずっと優位に立てはしないからね!」

 

あの後、鈴も吹っ切れたのか前と同じく、元気ハツラツ中華幼馴染として猛と触れ合っている。

……シャルロットと話し合って不安を拭い、折り合いをつけたのはファースト幼馴染の箒には言えぬ。

 

「え、えぇ……っと、更識さん?」

「か、簪でいい……」

「じゃあ僕たちのことも名前呼び捨てでいいから。

 あー、うー、まぁ猛はさ誰彼構わず手を出すって言うような好色家じゃないし

 皆のことちゃんと大事にしてくれるんだけど、そこがいい点でも悪い点でもあって……。

 ハーレムとか今は女性の方が男性を囲うことの方が多いし、その……」

 

何と言ってよいのか、ちょっとしどろもどろになりつつシャルロットが話す。

で、結局皆思っていることを告げて笑みを浮かべる。

 

「お互い難儀な男を好きになった者だ、仲良くやっていこうではないか」

「あ、う……うん……」

 

そうして他愛もない話の最中にファーストとセカンドがヒートアップし、宥める元男装の麗人。

そこに姉との確執を解いてもらった少女が加わりより彼の周りは賑やかになるのだった。




箒さんがヒロインレースの先頭爆走してます……

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