NEXUS もしも現代に怪獣の大群が出現したら   作:凱旋門

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二話

 午後2時3分、機内。

 航空自衛隊員、楠大地はF-15Jを操縦し、ターゲットを探していた。

 しかしレーダーは何も捉えていない。味方機以外、何もいない。しかしそんなはずはない。航空自衛隊のレーダーサイトは確かにその姿を多数捉えた。だから俺たちが呼ばれた。数日前現れた奴らがまた、そして本格的に人類を潰しにきた証拠だ。

『楠ッ! 10時の方向、敵3!! こちらのレーダーが捉えたッ!!』

 そう叫ぶのは今回自分と共同して奴らに対処するべく出動した村松さんだ。

「了解ッ!」

 思えば、この人には今日までたくさんお世話になってきた。父親がいない自分にとっては、それはもう父親といってもいいくらい尊敬している。

 奴らが目視で確認できる近さまで来た。

 全身の血液が騒ぐ。奴らは殺せと。数日前T-4に乗った仲間を葬り、出動した俺たちイーグルドライバーをこてんぱんした奴らを殺せと全身の血液という血液が騒ぐのだ。

――ペドレオン。それが奴らの固有名称だ。今目の前にいるエイみたいなのは飛行形態。それ以外にも現在陸上にてナメクジみたいな形態が確認されているらしい。それに厄介なのはその能力だ。ステルス機のようにこちらのレーダーにあまり反応することがない。……というか、二つのレーダーがあったとすらのなら、一つには何も映らない。なのにもう一つには完璧に移るといったそんな感じだ。

 その時、ふと親友の顔が頭に浮かんだ。

 クソ真面目そうな顔をしといて実はめんどくさがりやの友達の顔。

 なんの警告もせず、あの場から俺は立ち去ってしまった。あいつは大丈夫だろうか?

 楠は慌ててかぶりを振った。

 あいつは俺が一番信用している唯一無二の親友だ。あいつならきっと大丈夫だろうし、万が一のためにあれを置いてきた。あいつならきっと大丈夫だ。

 自分に信じこませるように楠は口の中で何度も唱えた。

 ドックン、ドックン。胸で何度も鳴るのは俺の心臓の鼓動ではない。

 俺は赤い空のあの日にペドレオンに殺されかけた。やつらが可燃性ガスを出していたのに気づかずにミサイルをぶっ放した結果、こっちも機体の一部が破壊された。おかげでこっちは墜落。普通なら死ぬとこだった。……だが、そんな俺を助けたのが銀色の巨人だった。しかし、そのことを上は知らない。戦場で銀色の巨人を見たなどと言っても頭のおかしいキチガイだと思われ、その報告はただの戦場伝説となる。そんなのはゴメンだったから、何も報告せずにただのミラクルマンとして帰ってきたのだ。

 村松機がミサイルを2発、発射した。それにつられるように楠もミサイルを発射する。操縦席からもミサイルが白い煙を出しながら発射されていくのがわかる。どうやら化け物共はそれを避けようとしたらしいが、接触の次の瞬間にはレーダーから消えた。まったく清々しい。この間あんなことをした罰だ。

 楠は思わずニヤリとした。だが、次の瞬間にそれは恐怖へと変わる。レーダーが新たな目標を探知したのだ。

「村松さんッ! 3時の方向、敵1! 急速で接近中ッ!!」

 村松機がその姿を視認しようと右へ旋回した。

『で、デカイ……ッ!』

 その言葉の通りだった。

 今まで見てきた奴らの大きさはせいぜい軽自動車ほどだった。しかし、今そこにいるのは全長40……いや50mはある。こんなのはもはエイだのナメクジだのの化け物なんかじゃない。

 こいつは……()()だ。

 

 

 

 

 同時刻、機内。

 村松は目の前の光景が信じられなかった。

 ただでさえ奴らなんて非現実的なものが現れたせいで頭がパンパンだっていうのに今度はでかくなりときやがった。まったく、この頭はもう若くないのだから勘弁してほしいもんだ。頭の整理が追い付かない。

『村松さん、どこを狙えば……?』

 そう聞いてくるのは部下の楠だ。いろいろと手のかかるバカで、しかも勤務中によく寝落ちするアホだが、それでも根性のあるバカ野郎だ。しかも訓練の成績も基地内じゃ三番目。だがどこを狙えばいいのかなんて俺が知るか。そんなもんは生物学の専門家にでも聞け。

 村松は口の中でそんなことを言った。

「わからん」

 村松は大きく深呼吸をした。

 俺が死んだら、妻は、そして娘はどう思うのだろうか。結婚してからもう20年近く経つが航空自衛隊のパイロットということもあり、家族らしいことは一度もしてやれなかった。それでも、あいつらは悲しんでくれるだろうか。あいつらはこれからやっていけるだろうか。

 ダメだダメだ。考えるな。生きることだけを考えればいい。明るいことを考え続けろ。これを訓練だと思え。いつも通り、落ち着いて、ロックオン。そして撃つ。

 村松がミサイルの発射ボタンを押した。

 瞬間、空対空ミサイルが奴に向かっていく。奴はもちろん回避しようとする。しかしその速さは小型のものよりもかなり遅い。

――よし、いける!

 デカイのはただのハッタリだ。

 だが、次の瞬間、ミサイルはターゲットに当たる前かなり前に爆発し、オレンジと黒の光が目の前に広がる。その光景が、あるでスローモーションのように見える。頭は何が起きたのかを理解していない。しかし、ヤバいということはわかった。

 そして黒い黒煙の中からぶっとい触手がものすごいスピードで飛び出してくる。

 急旋回、急上昇、ミサイルを新たに発射、バルカン砲で攻撃、緊急脱出。そのどれもが間に合わない。ただの一秒もない時間にあらゆる選択肢が潰されていくのがわかり、村松は体から体温がきえてしまったような錯覚に陥る。

――死ぬ。

 その言葉が頭の中を駆け巡る。

 ああ、触手が迫ってくる。こんなところで死にたくない。いやだ。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。せめて娘が二十歳になるまでは生きると決めたんだ。それなのに、俺はこんなところで……死にたくない。

 自衛隊が戦闘で死ぬのは映画やマンガの中だけの話だったはずだ。死ぬのは痛いのだろうか。死んだらどうなるのだろうか。地獄はあるのか? 天国はあるのか?

 様々な気持ちが一瞬の内に出てくる。実際には1秒ほどの時間が若松には10分にも20分にも感じられる。そして最後にこう思った。

 ああ、俺は死ぬんだと。

『村松さん!! 村松さんッ!!』

 若松が最後に見た光景は、触手がコクピットの窓の目の前にまで迫っているところだった。

 ――次の瞬間、そして機体は触手に貫かれ、爆散した。

 その光景は、地上から見てもわかるほど、赤く、赤い爆発だった。

 

 

 

 

 午後2時4分、スタバ店内。

 佐々沼は手足の震えが止まらなかった。

 あんなにも恐ろしいことが同じこの町で起きているというのに、ここにいる人々は何も知らないままいつもの日常を普通に生きている。

 ある者は優雅にコーヒーを飲み、ある者は愉快に話し、ある者はパソコンをやってニタニタして、ある者は幸せそうに笑っている。こんな日常がすぐ側にあるというのに同じ町で人がたくさん死んでいる。しかも未知の生命体によって。

 何かしなくてはいけないことはわかっている。でも何をすればいいのかわからない。

 警告をすればいいのだろうか? 紫色の化け物がでたから今すぐ逃げろと。……いいやダメだ。この戦後何十年か日本人は危機感を感じたことがほとんどなかった。信じてもらえずにただのイタズラと思われるにちがいない。だいたい、なぜ市役所も警察も消防も何も放送とか避難誘導とかしていないんだ。おかしいだろ! こんな非常事態に!

 佐々沼は再びスマホをインターネットに接続して市役所のホームページや警察署、消防のホームページも開くが、やはり何も書かれていない。どうやらそこら辺が完全に麻痺しているらしい。

 佐々沼はその時ふと気になったことがあった。

 会社は大丈夫だろうか。

 確かSNSに投稿されていたあの写真は会社の近くだった……。

 サーっと自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 嫌な予感がした佐々沼はすぐに会社に電話をかける。

 コール1、コール2、コール3、コール4、コール5…………、

『ただいま、電話にでることができません……』

 何回もコールした後にそんなふざけた声が聞こえて佐々沼は漠然とした。

 下を向き、右手でスマホを耳に当てたまま左手で額を押さえた。そしてその目の焦点は合っていない。眼球が震えてしまっている。

 大丈夫だ。まだ誰かが死んだと決まったわけじゃない。落ち着け。落ち着け俺。そうだ。奴らは死んでない。生きている生きている。死んでない。生きてる確率の方が高いんだ。そうだよ。あいつらが死んだら会社が会社の機能を失って倒産して俺の仕事がなくなっちゃうじゃねぇか。そんなことあるはずない。そうだそうだ。大丈夫だ。落ち着け落ち着け。きっと警察やら消防やら……そうだ。この近くには空自の基地だってあるじゃん。そう。自衛隊がいるんだ。よしよしよし。大丈夫だ。

 吐き気がして、一瞬胃の内容物がまるまる出てきそうになったが、それを堪える。大きく咳き込み、それに気づいた店員が駆け寄ってくる。

「お客様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

 その時だった。

 誰かが店内に入ってくる。

「いらっしゃいま――」

 言いかけた店員の声が止まった。

 それが“誰か”と呼べるような生易しい姿ではなかったからだ。

 背後から太陽の光を浴びてできたその影は、異形の者で人間なんかよりもはるかに大きい。

 それは人間の姿をしていない。まるでナメクジのように見た目。

 あり得ない。それなりに外から聞こえるものには耳を傾けていたはずだ。こんな化け物がやってきたら、周りの人たちはすぐにパニックになって悲鳴をあげるはずだ。なのに、今まで何も聞こえなかった。どうなってるんだ……。

『キュシャァァァァ!!』

 化け物の咆哮が、店内を包み込む。ガラスがビリビリと震え、耳を塞ぎたくなるが、なぜか体は動かなかった。

 そして、一瞬遅れて、悲鳴がみなの口から飛び出した。

 店の入り口は化け物に塞がれてしまい、逃げ道はない。どうすればいい?

「うわ!? うわ!! うわああああああああ!! ――うげッ!?」

 店の奥に逃げようとした小太りの男が、化け物が伸ばした触手のような物で腹を貫かれて断末魔をあげた。

 辺りに血が飛び散り、床をおびただしい量の血が埋め尽くす。

 先ほどまで普通に生きていた人間が、一瞬のうちに死んだ。

 一瞬の静寂が辺りを包み込んだ後に、人々が一斉に動き出す。店の奥に逃げる者、化け物の横を通って外に出ようとするもの。電話を取り、警察に通報しようとする者。

 そして化け物も動く。

 ある者は胸に触手が貫通し、あの者は触手に頭を凪ぎ払われて、ある者は絞め殺された。

 辺りはたちまち血の海となり、その上に佐々沼だけがポツンと取り残される。

 佐々沼は楠に渡されたショルダーバックを手に、ただ呆然とした表情でそれを見ることしかできなかった。

 化け物が這いずり寄ってくる。

 耐え難い異臭が鼻につき、佐々沼は四つん這いになって血の海に黄色い液体を吐き出す。

 ズボンを浸透してまだ生暖かい血が、膝に当たる。それのせいでまた嘔吐する。

 だから、正にその瞬間放たれた一撃をかわすことができたのは、偶然に偶然が重なったことだった。

 四つん這いになって低くなった頭の上をものすごいスピードで触手が通過した。

 背後で派手に何かが壊れた音が聞こえる。

 佐々沼は嘔吐を続ける。出すものがなくなっても、それでも嘔吐をする。

 一匹なはずなのに、目の前にいるそれは圧倒的な存在感を醸し出して、人の脳に恐怖とトラウマを植え付け、それを支配する。

 どこからともなく現れ、人を殺し、捕食し、根絶やしにせんとする。

――ああ。俺死ぬわ。

 

 

 

 

 同時刻、道路。

 地元の人にしかわからないような道を、ライトバンが爆走していた。

 速度はかなり速いもので、それはもはや制限速度? なにそれ美味しいの? というようなスピード。警察に見つかった場合、一発で免停になることはまず免れないだろう。

 そんな車を運転してる目つきの悪い男は非番の消防士、田辺だ。行き先は友達が待つスタバ。そこへ向かってただいま進行中。

 こんな非常事態の時に消防署はなぜか呼集の一つもかけていない。それはつまり奴らによって消防署がおちたというこそを意味しているという解釈でいいだろう。

 消防士という職業柄、こういう時は私的なことはさておき、とにかく周りの人を一人でも多く助けなければならないのかもしれない。しかし、この町にナメクジの化け物が現れたなどということを果たして誰が信じよう。言ったところで冷たい目で見られて終わりだ。調べてみろといってもほとんどの人が調べないだろうし、調べたとしても手の込んだイタズラと思われるに違いない。

 日本とはそういう国なのだ。

 田辺は口の中で何度も舌打ちをする。ラジオがかかっているが、車内によく響いているのは舌打ちの音。

 そして裏道から大通りにでようとウインカーを出した、次の瞬間だった。

――空で何かが光った。

 そして真っ赤な炎の尾を引いて何かが急速に……墜ちてくる。

 空で航空自衛隊と化け物が戦っていたことを知らない田辺には、それがまるで隕石のように思えた。しかし近づくにつれて、どこか形が隕石っぽくないことに気がつく。そう、まるでいつかニュースでやっていたロシア軍機が撃墜された時の映像にそっくり……。

 まさか戦闘機? などと田辺は恐怖まじりのひきつった笑みを浮かべる。

 なぜなら、まっすぐこちらに向かって墜ちてくる。

 そしてそのまま戦闘機らしきものとその無数の破片は田辺の運転するライトバンの右前側、約500mくらいのところに落ちた。

 左側の翼から地面に激突した黒焦げの戦闘機らしきものは、勢い止まらずそのままこちらに腹を見せてぐるんぐるんと回転して、町を破壊していく。その過程でも転がる度にあちこちが破壊されていく。

 そして何十秒かたったころ、ようやく爆発し、その動きを止めた。

 日本という国ではあり得ないはずだったこと。それが目の前で起きたというのに、まるで田辺はフルCGの映画を見ているようにそれが現実だと思えなかった。




 ※この作品はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。
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