冬休み。それは東京都学生達にとって、クリスマス、お正月と満喫しているうちにいつの間にか通り過ぎてしまうような幻のような休みである。楽しいことは目白押し、しかもその後はしばらく特に大きなイベントもないと来れば、人々が浮かれたってしまうのも無理はないだろう。しかし、そんな人々に混じること無く必死の形相で日々を過ごしていく人種も多く存在するのがこの時期だ。中学、高校の三年生、つまり受験生だ。受験を控えた彼らは正月とクリスマスは受験が終わったらやって来ると寝る間も惜しんで英単語を覚え込まされ、数式を解き続ける。現在音ノ木坂学院高校三年生である所の僕も例外ではなく、寒空の下、日々を勉強のみに費やしていた―――筈だったのだが。
有「…なんで僕は大晦日の朝っぱらから神社の掃除をしているんだ?」
希「んー?掃除は大事やで?新年までにキッチリと掃除を済ませて、神様にも心地よくいてもらわんと!」
有「だからそれはお前の仕事だろうと言ってるんだよ!」
希「気にしない気にしない♪有宇君だってあんまり勉強づめだと体壊しちゃうやろ?」
有「去年「ウチは今年受験で大変なんよ!」とか言ってここの掃除手伝わせたのはどこのどいつだ!?」
希「んん〜誰やったかな〜?」
有「コイツ…」
箒を持ったまま首を傾げる希を憎々しげに睨み付ける。ここ1年半以上を通して、いい加減見慣れてきた希の巫女服姿だが、やはり何度見ても大きく膨らむ胸元に目がいってしまう。しかも噂によると彼女の豊満な胸は大学生になってなお成長を続けているらしい。そう言われてみると確かに前見た時より大きくなっているような…?
などと、途中から睨みつけているというよりただ見とれてしまっていた僕の後ろから、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
絵「諦めなさい。こうなった希には誰も勝てないわよ。」
有「絵里…お前…な、あ…。」
希と同じように箒を抱え、巫女服に身を包みながら笑う絵里はあまりにも絵になっていて、文句を言おうとした口が途中で止まってしまった。それを見て不思議そうに首をかしげながらも微笑を絶やすことは無い。その姿からは、初めてあった頃の敵意は微塵も感じられなかった。いつものポニーテールはお団子型に丸められ、頭の上に添えられている。金髪と巫女服という一見ミスマッチな組み合わせが、逆に彼女の持つ女性本来の奥ゆかしさを全面に押し出していた。この美しさをどう言葉にしようかと悩んでいると、えりの更に後ろから新しい声がかかる。
に「そうよ!そもそも今年最後の日にこーーーんな可愛い美少女達の巫女姿が見れるのは世界でアンタだけなのよ?感謝してほしいくらいよ!」
有「…。」
何だにこか。
希「乙坂くんー?そろそろ手伝ってもらえるー?」
有「はぁ…しゃーねーな。」
に「「しゃーねーな。」じゃないわよ!!!」
有「ぐはっ!?」
渋々立ち上がろうとした僕に全力の手刀が振り下ろされた。
に「アンタねえ!希と絵里にあれだけ尺使っといてにこは五文字ってどういう事よ!?」
有「十分だろ。」
むしろ文字を打ち込んだことに関して感謝をしてほしい。
に「どこがよ!もっと私のプロポーションについても語りなさいよ!」
有「ぷ、プロポーションを語れだと!?バカな!にこ、お前僕にそこまで残酷な仕打ちをしろと言うのか!?」
に「どういう意味よ!!!」
いやそのまんまの意味だけど…。その後もにことぎゃあぎゃあと騒いでいると、絵里がパンパンと手を鳴らして箒を立てた。
絵「はいはい。それ位で終わりにして2人ともそろそろ手伝って。」
に「仕方ないわね…。」
有「なんで僕が…。」
いいながら渋々動き出す。希はそんな僕達を見て一人微笑んでいた。
希「ごめんな。有宇くん。」
掃除がひと段落付き、少しだけ休憩していると、希が急にそんなことを言ってきた。
希「受験勉強、邪魔になるかもって分かってたんよ。でも、有宇くん、いつも1人で抱え込んじゃうから…。」
希「だから、大晦日のこの日。1回だけ様子を見に行こうって、3人で決めてたん。」
有「…。」
……そういう事か。なぜ、3人が今日ここに集まっていて、僕が呼ばれたのか。この3人はどちらかというとこういう時陰ながら応援してくれるタイプだと思っていたから違和感があったが、そういう取り決めがあったなら頷ける。でもなぁ…
有「先に言ってくれれば良かったのに…」
ため息交じりに言うと、希は申し訳なさそうに体を縮こませる。
希「ごめんな。でも、そう言っちゃったら有宇君は無理してでも来るやろうし…。」
有「む…」
そこまでお見通しか。確かに、もしその理由を聞かされて希たちに呼ばれていたなら、僕はたとえインフルエンザにかかっていようとTシャツで会いに行っただろう。
それにしたって他にやりようなんていくらでもあっただろうに…。
様々な感情を込めもう1度ため息を吐くと、先程までの威勢はどこに行ったのか、希はビクっと体を固めてしまっている。目はもうすでに涙目だ。…全く、こんなんになるくらいにまで心配かけちまうとはな。しかし、コイツらは僕のことを心配してここまでしてくれたというのだ、ならば僕に出来ることは一つしかない。僕はすっかり小動物のようになっている希の頭に一瞬だけ手を載せると、早口で言った。
有「…希。今日だけど…」
希はしばらく手が置かれていた頭に右手を乗っけていたが、僕の話が終わると嬉しそうに大きく頷いた。
希「うん!」
真っ白な巫女服のせいなのか、そうして微笑む希の頬はいつもより少しだけ赤みがかっているように見えた。
* * *
有「…おい、凛。これはなんだ?」
凛「ラーメンだよ!」
神社の清掃を終えた後、凛に昼メシを奢ると言われたので、僕は何度目かの西木野邸にやって来ていた。凛に呼ばれたのに西木野邸に行くという時点で嫌な予感はしていたが…。
僕は痛むこめかみを抑えながら凛に重ねて質問した。
有「…いや、ラーメンなのは別にいいんだ。僕だってラーメンは嫌いじゃないしな。…でもなぁ、なんでラーメンにカツが乗ってるんだよ!?」
凛「いやーやっぱり受験に勝つ!って思って!」
有「だったらラーメンを消せよ!?」
凛「ラーメンを消すなんて凛には出来ないにゃ!」
有「じゃあせめて別の皿に入れろよ!?ラーメンのスープでせっかくのカツがグチャグチャじゃねえか!?大体、カツって言うのはだな―――」
花「お待たせー!」
有「は、花陽…それは?」
僕がカツの無念を晴らすため凛に説教をしようとした時、リビングのドアが開いてテンション2倍増しの花陽が入ってきた。その理由はすぐ分かった。彼女の手には僕の片手に余るほどの大きさのお茶碗に入った高さおよそ三十センチといったご飯の山が作られていたのである。いやよく零れないなアレ…。
花「やっぱり力を付けて勉強する為にはご飯が一番だと思って!」
お前はな。よっぽどそう言ってやりたかったが、輝かんばかりの笑顔を見るとそれも出来ない…反則だろ、その笑顔…。
真「全く、無茶ばっかりして2人とも子供なんだから。」
そう言って部屋に入ってきたのは、μ's作曲担当であり、現在音ノ木坂学院副会長をしている真姫だ。
有「…。」
真「な、何よ。」
じっと真姫の体、と言うより手を見つめる。…よし、こいつは何も持っていない!
真「ゆ、有宇!?何でいきなり泣いてるのよ!?」
有「いやお前は一人まともだったんだなと思って…」
まさかコイツがここまでの量のご飯とラーメンを食べなければならない僕を気遣ってくれたとは…。感激のあまり涙してると、真姫は「そ、そう。」と満更でもなさそうに髪をクルクルしてから胸を張って言った。
真「ふっふーん。よっぽど気に入ったようね!私のトマトスパゲティ!」
有「……は?」
なん…だと…。僕の反応を見てもドヤ顔を崩さない真姫から目線を外し、思考の止まった頭を凛に向けると、彼女は不思議そうに「あ、うん。真姫ちゃんのスパゲティなら最初からそこにあるにゃ。」と言ってテーブル右を指さす。そこに目を向けると、そこには確かに暖かそうなトマトスパゲティとトマトサラダがご丁寧にフォークナプキン完備で置かれていた。て、テーブルのデカさとラーメンのインパクトのせいで全く気づかなかった…。ていうかこいつら自分の好物しか用意してねえ…。
有「こ、これ…全部食べるの?」
真・凛・花「「「当然!」」」
恐る恐る、といったように聞いてみたが、思いのほか力強い返事を頂いてしまった。
有「……。」
いや、でもこれは流石に食いきれる気がしないぞ…?僕がなおも渋っていると、いつの間にか近くに来ていた凛が僕の顔を覗き込むように聞いてきた。
凛「どうしたの?もしかして、お腹痛いの?」
有「い、いや、そういう訳じゃないんだが…。」
なおも言いよどむ僕を見て、凛が申し訳なさそうに目を伏せた。
凛「じゃあやっぱり迷惑だった…にゃ?」
有「…そんな訳ないだろ。えい。」
凛の頭の上に左の手を載せる。驚いて顔を上げる凛のおでこに、右手で用意していたデコピンを容赦なく食らわせた。
凛「にゃ!?」
僕は前後不覚になる凛に構わずテーブルに座ると箸を持って両手を合わせた。
有「頂きます。」
言うが早いか、僕は目の前の白米を一気に口にかきいれる。ひと噛みした途端、これまで意識したことのなかったコメの甘味が口1杯に広がった。僕は未だに何が起こってるか分からないらしい花陽の方を向いて言う。
有「花陽!凄いなこの米!!今までたべた中でも最高だ!」
花「えっ…あ、ありがとうございます!」
パァァ…と音が聞こえそうなほど顔を輝かせ笑う花陽。うん、やっぱり花陽は笑顔が一番だ。僕はそのまま、スパゲティ、ラーメンとどんどん食べ始める。
有「真姫。このスパゲティ酸味が聞いててめっちゃうまいな!」
真「と、トーゼンでしょ!」
真姫はフン!と顔を背けながらも、その声と口元はどこか嬉しそうだ。
有「凛!カツとラーメンってのも意外と悪くないな!」
凛「ほ、ホント?」
顔を上げて嬉しそうに笑う凛。子供のように純粋に綺麗な笑顔だ。
有「ああ!うまい!本当に美味いよ!」
最初からお世辞でも美味しいと言うつもりだったのだが、3人の作ってくれたものはどれも本当に美味しかった。量さえ考えてくれれば毎日食べたいくらいだ。その後もガツガツと食い続ける僕を見て、ようやくホットしたように顔を綻ばせる3人。その姿を確認して、僕は箸を置くと三人の方を見ながら顔を真剣なそれにして言った。
有「花陽、凛、真姫。たしかに僕は受験生だ。しかも困ったことに頭が悪い。行きたい大学に通うためには寝る間も惜しんで勉強しなきゃならない。」
凛・花陽・真姫「……」
黙っている3人の顔をそれぞれ見ながら僕はニコリと微笑みかける。
有「でも、そもそもお前達がいなかったら、僕は進学しようなんて全く思わなかった。お前達の頑張りを近くで見ていたからこそ、自分も頑張らなきゃって、そう思えたんだ。」
これはただの事実だ。きっとこいつらに会わなかったら、僕は今でもダラダラと適当に日々を過ごしていただろう。
有「だからそんな顔をするな。 お前達のおかげで頑張れてるんだ。そのお前達が僕のことを思ってしてくれた事が僕のやる気に繋がらないわけないだろう。」
有「僕にとってお前達より大事な試験なんて存在しない。それよりせっかく会えたんだし、一緒に食べようぜ?せっかくの料理が冷めちゃうよ。」
言い切ると僕は食事を再開する。恥ずかしいことを言ってしまったせいもあって脇目も振らずに食べ続けていると、後ろから凛の嬉しそうな声が聞こえてくる。
凛「よーし、それじゃぁ真姫ちゃんの家でのお昼ご飯パーティ開始にゃー!」
言うが早いか、キッチンから自分の分のカツラーメンを取り出してくる。花陽と真姫もそれぞれ僕に作ったものと同じものを追加で持ってきた。…量まで僕と同じなのは驚いたが。
有「…いや、ていうか、これを4人で分けるっていう選択肢は?」
花「えっ…でも半分だと私も有宇くんも足りないかもしれないし。」
有「花陽。お前は一体どこに向かっているんだ…。」
凛「それにたっぷり食べて元気つけて貰わないと行けないし!」
有「お前はそのラーメンを1人で食べたいだけだろ!?」
真「はいはい。情けないこと言わないの。男の子でしょ?」
有「とか言いつつ嬉しそうに人のサラダのトマトだけ取ってるんじゃねえよ真姫!!」
ぎゃあぎゃあ喚きながらも、ようやくいつもの空気で食事を始める。食べながら話すお互いの顔は笑顔ばかりだ。…まったく、昔は人と食事をすることを億劫にしか感じてなかったってのにな。一昨年までの僕が見たら腰を抜かすかもしれない。
有「あ、そうだ。3人とも、この後なんだけど―――」
こちらを向いてきた3人に事情を説明する。話を聞き終えた3人は、一瞬お互いの顔を見合わせると、揃って大きく頷いた。
凛・真・花「「「うん!」」」
そう答える三人の顔は、いつもの最高に魅力的な笑顔だった。
* * *
穂「有宇くん次これ運んで!」
有「何故だ…なぜ僕がこんな目に…。」
――1年生組との食事会の帰り道、重いお腹をさすりながら歩く僕に1本の電話がかかってきた。画面表示に映る差出人は――「高坂穂乃果」。
有「…。」
電話を切った。スッキリした気持ちで歩き出すとすぐにまたケータイがなる。液晶パネルを見てみると画面表示に映った文字は――「南ことり」
有「もしもし。ことり?珍しいな。僕に電話を掛けてくるなんて。何かあったか?」
迷わず電話にでた。
穂「なんで私の電話には出なくてことりちゃんの電話ならでるの!!!?」
有「ちっ、やっぱり穂乃果か。切るぞ。」
穂「切らないでよ!!ていうか扱いがいくらなんでも酷過ぎるよ!!?」
いやだってお前の要件分かりきってるし絶対嫌なんだもん…。
有「気のせいだよ。てかなんか用か。」
穂「来年用のおもち作るからお店の手伝いして!」
有「やだ。断る。無理。」
穂「早っ!!私が言い終わる前にはもう言ってたよね!?」
やっぱりかよ…。コイツのお店は毎年お餅作りをして新年を迎えるのが決まりらしく、大晦日には超忙しく働いているのが毎年の事らしいのだ。去年僕も手伝わされたのだが、休み無し給料なしの重労働。上司(穂乃果の父親)は死ぬほど怖いし…。あんなブラックな職場は恐らく世界でも随一だろう。
穂「おねがーい!今年は特に大変みたいで…。」
有「去年も言ってたよな、それ。」
のらりくらりとかわし続けていると「代わって〜」と言う声とともに甘ーい声が流れてきた。
こ「もしもし。」
有「ことり。お前も行ってたんだな。」
こ「うん!毎年の事だから。でもホントに今年は特に大変で…重いものが結構あるの。」
有「海未にやらせればいいだろう。いるんだろ?あの見た目だけか弱いやつ。」
こ「ゆ、有宇くん。この場にいるからあまりアブナイことは言わない方が…。」
いるのかよ…。と思ったらことりが間にいるはずなのに電話越しから「そうですか。そんなに私は怪力に見えますか…。フフフフ…。」という声が聞こえてくる。軽くホラーなんだけど…。
有「ま、まあそんな訳だ。他を当たってくれ。」
今行ったら こきつかわれるどころか海未に殺されかねない。そう言って電話を切ろうとする僕を、ことりの「有宇くん…。」という言葉がアッサリ止めた。
こ「有宇くん…。」
2回目の名前呼びと共にすうっと息を吸う音が聞こえる。…やばいこれはやばい。次に何が起こるかありありと予測できた僕はそれを回避するために通話終了ボタンへと手を伸ばす、しかしそれより一瞬早く、ことりの切なげな声が僕の耳へと届いた。
こ「お願い…私、有宇くんに手伝ってもらいたいの…。」
有「任せろ。」
ノータイムで返事をした時には、僕はもう穂むらに向かって走り出していた。
* * *
有「つ、疲れたーー…。」
海「お疲れ様です。」
最後のお餅を運び入れ、空気が抜けたように座り込む僕に、一緒に運んでいた海未がペットボトルのお茶を二つ持ってきてくれた。…こいつ結局僕と同じ量運んだんだよな…めっちゃ楽そうに。
有「いやもう絶対明日筋肉痛だぜ…。毎年こんなことやってんのか?」
僕の情けない声に海未がクスクスと笑う。
海「いえ、本当に今年は特に多かったんですよ。注文が例年の倍くらい来ていたらしくて。多分、μ'sの高坂穂乃果の家、という認識を持ってくれている人たちがいるからなんでしょうね。」
有「ああ…なるほどな。」
そうか…こいつらももう立派な有名人だもんな。海未の顔が何となく直視しづらくなって顔を空へと向ける。今年最後の太陽はすでに半分ほど沈んでいて真っ赤な夕日が神田の街を赤く染めていた。感慨深く街を眺める僕に、海未が珍しくからかう様に言う。
海「でも有宇が来てくれたおかげで無事に終えられました…穂乃果のお父様も上機嫌だったようですよ?」
有「嘘だろ…?」
あれで?というか穂乃果のお父さん顔が怖いとか威圧感がどうとか言うより顔が全く見えないんだよな…。帽子を深くかぶってるせいだろうか。
海「ええ。「来年はアイツにも餅を作らせるか。」と仰ってましたよ?」
有「来年もやらせる気満々だなオイ!?」
人の話聞かないところは親子そっくりか!海未はそんな僕を見てまた笑い、言った。
海「でも本当に気に入られたみたいですよ?真姫のお母上や理事長とも仲がいいようですし…有宇は年上には好かれるのですね。…こ、今度、私の両親とも会ってみます?」
有「は?いや、無理だけど?」
何やら俯きながらボソボソと出してきた海未の提案を即答でお断りする。海未はしばらく固まっていたが、やがてゴゴゴゴゴという音を出しながらゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって一歩踏み出しながら問いてきた。その時にコンクリートの地面から聞こえてきたビキッという音は海未が小枝か何かを踏んだ音だと信じたい。
海「…一応……理由を聞いておきましょうか?」
有「お、おおおおおう。り、理由な。理由。」
怖いから。
と言ったら僕の生命が停止するのは火を見るよりも明らかだったので、僕は受験勉強で育ててきた頭をフルにつかって言い訳を考える。ていうかなんでコイツいきなりこんな激怒モードなんだよ…。頭をフル回転させてる間にも確実に近づいてきている海未を押しとどめるように右手を出しながら言った。
有「い、今が、お前にとって大事な時期だからだ。」
海「……は?」
ポカン、と固まってしまう海未とうろたえる僕。…やべ、カッコいいこと言ってみたけど後が続かねえ。
有「ほ、ほら!今は僕もお前も受験生だろ?それに、大変なのは僕達だけじゃなくて家族もだろ?ほらお前の事気遣ってくれたり受験料出してくれたり…だから、その、なんだ、こんな所で余計に気を遣わせるより、受験のあととかに行った方がお互いの将来のためにもいいんじゃないかなー…みたいな?」
しどろもどろになりながらも言い切った僕の姿を見て海未がぷっ!と吹き出す。そのままこらえ切れない、というようにお腹を抱えてクスクスと笑い出した。いきなり切れたり笑いだしたりの海未にもはや訳が分からず唖然としていると、海未は笑いすぎて出てきたらしい涙を拭いながら言った。
海「まぁ…今日の所はそれで許してあげましょう。」
有「ほ、本当か!?」
聞くと、コクリと頷く海未。や、やったぜ!よく分かんないけど初めて海未に許されたんじゃないか!?そうか…これが大晦日パワーだったのか…。
海「ただし!」
嬉しさのせいで頭の悪いことを考えていると、海未がもしかしたら今年一番じゃないかというような綺麗な笑顔で、しかし間違いなく僕の人生最大の恐怖を感じさせる笑顔で言った。
海「約束しましたからね?受験がおわったら、“ お互いの将来”のために“ 私の両親に会う”と。」
有「お、おう…善処する。」
なんか意味が変わってきてないかそれ…?しかしこの直後に扉が開かれたせいで、その疑問が形になることは無かった。
穂「ずるーい!!!」
有・海「「ほ、穂乃果!?」」
どうやら話を聞いていたらしい闖入者、高坂穂乃果は、突然の登場に驚きの声をあげる僕ら2人に構うことなく、もう1度抗議の声を張り上げた。
穂「ずるい!海未ちゃんばっかりずるすぎるよ!有宇くん!行くならうちにも来て!!!ご両親に挨拶して!!!」
有「いやお前の家には来てるよ!?」
親御さんにもさっき会ったよ!?謎すぎる穂乃果を宥めていると、いつの間にか隣にいたらしいことりも戦い(?)に参加しようとする。
こ「それなら私の家にも来てほしいなぁ〜。お母さんと3人でケーキ作りとかしようよー。」
有「ん…まぁ別にいいけど。」
海「ゆ、有宇!!先ほど私の家に行くと言ったじゃないですか!!」
有「ええ!!?」
承諾すると何故か海未まで話に入ってきて訳が分からない。あまりの事態に混乱して何も出来なくなっていると、2階の窓がガラリと開いてそこから雪穂ちゃんが顔を出す。
雪「おねーちゃーん。お母さんが有宇くんたちと馬鹿ばっかりやってないでご飯食べていってもらいなさいってさー!」
まさに鶴の一声。一触即発の状態になっていた3人がピタリと止まり、穂乃果が返事をする。…それは確かにありがとうなんだけど雪穂ちゃん?僕が馬鹿の筆頭みたいな言い方するのはやめてくれる?
穂「分かったー!今行くー!…だってさ。有宇くんも食べてくでしょ?」
有「そうだな。歩未もいいって言ってたし、お呼ばれするよ。」
むしろ行けいけと言った感じだった。そんなにお兄ちゃんと大晦日に一緒にいたく無かったのだろうか…グスッ。僕らは太陽が沈みきって冷えてきた風に震えながら、家の中にお邪魔した。
* * *
有「ふぅ…食った食った。ていうかすごい作ってたんだな穂乃果のお母さん。」
高坂家の食卓にお邪魔した僕は、お父さんの正面という中々スリリングなポジションに耐えながらも、穂乃果のお母さんの作った大量のご馳走をいたのだが、少々食べすぎてしまったらしい。僕がお腹をさすりながら夜風にあたっていると、ちょうど来たらしいことりが隣に座ってきた。
こ「毎年私達がお邪魔してるからね。それでも今年は多かったけど。結構食べてたね〜。」
有「ああ。明日のおせち料理は入らないかもなこりゃ。」
こ「大変〜。穂乃果ちゃん家は正月のお餅が凄くあるのに。」
有「本当に多そうだな…。」
適当な会話をしながらどちらともなく空を見上げる。大晦日で多くの店が閉まっているからなのか、神田の空にはいつもより多くの星が見えている気がした。
「…」
お互い沈黙のまま星を眺め続ける。気まずい
などの感情は一切湧いてこず、時々吹く夜風が気持ちよかった。やがて、ことりが呟くように話しかけてくる。
こ「今年も…色々あったね。」
有「…そうだな。」
この1年。僕は去年の四月に音ノ木坂学院生として転校してきたので、初めて1年の高校行事を同じ学校で経験したことになる。…本当に、色々あったな…。その一つ一つを回想していると、隣からことりがこちらを向く気配した。顔を向けると、ことりはこちらを真剣な表情で見つめていた。
こ「うん。色々あった。色んなことをして、でも何をするにもみんなが一緒で…とっても楽しかった。だから、ありがとうね。有宇くん。」
有「……。」
こ「…去年の留学の話があった時、もし有宇くんと穂乃果ちゃんが来てくれなかったら、私はきっと後悔してた。多分向こうに行ってもみんなの事ばっかり考えちゃって…どっちも中途半端になっちゃってたと思う。だから、ありがとう有宇くん。私を連れ戻してくれて。」
そう言って微笑むことりの姿は空に広ろがる星の一つように儚げで、美しい。僕は見とれそうになりながら言った。
有「…別にお前のためにやった訳じゃない。」
こ「……え?」
瞬間、微笑みを消し、傷ついた、という表情をすることり。しまった、言葉が足りなかった。みるみる目に涙を溜めていくことりに僕は慌てて言葉を繋いだ。
有「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないんだ。ただ、あの時お前を止めたのは僕達の為だったんだ。」
こ「有宇くん達の…ため?」
その言葉が意外だったのか、目を丸くしてぽかんと言うことりに大きく頷く。
有「そうだ。僕達がお前を止めたのは、僕達がワガママを通すために行ったんだ。お前が本当に行きたがってるのどうかは分からない、でも、僕達はこれからもお前と一緒にいたい、って。そう思ったから僕と穂乃果はお前を止めた。それだけだ。だからお前が感謝する必要なんてない。」
どうにか噛まずに言い切ると、ことりはポカンと開いていた口を微笑に変えて言った。
こ「…うん。そっか。……でもそっちの方がちょっと嬉しいかも」
その時点ですでに大分恥ずかしくなっていた僕は、最後につけ加えられたことりの言葉になんと言っていいか分からず、黙って空を見上げる。
こ「来年も、みんなと一緒にいたいなぁ…」
呟くように発せられた言葉。それは無意識の願いだったのかもしれない。でもやっぱり僕には返す言葉を見つけられそうにも無かった。僕はことりの願いを叶えてやる術を持たない。
有「…ことり。」
こ「ん?」
―――そんな僕が口にした言葉は、今朝希に、そして、昼に凛たちに言った言葉と同じものだった。何が起こるかわからない未来で不変の願いを叶えることはできない―――
有「みんなで、初詣に行かないか?」
―――だからそれは、神様に願うことなのだろう。
* * *
有「うっげー…」
穂「うわぁーやっぱり混んでるねえ…。」
11時頃、僕達は日頃からお世話になっている神社、神田大明神へとやって来ていた。もちろん、今朝やお昼の時に頼んでおいた希たち元3年生組や凛たち元1年生組も一緒だ。驚いたことに今年は全員しっかり振袖に着替えていて、美少女、というかこの辺りでは「μ's」として有名な彼女達に多くの目線が集まる。そのμ'sを連れている僕にも好奇の目線が降り掛かっていた。というか男共の嫉妬の目線がいてぇ…。
有「まあ、仕方ない、並ぶか。」
そう言って並び始める。やることもないのでボーッとしながら順番を待っていると、隣に来ていた穂乃果が話しかけてくる。
穂「ねね!お願いごと、なににするか決めた??」
有「お前は受験合格じゃないのか……。」
凄すぎるだろう。僕が呆れながら聞くと、穂乃果は首を降る。
穂「私もそれもお願いするつもりだけどさ!他のやつ!」
有「いくつする気なんだよ!?」
穂「ええー沢山あるよー!まず、おこづかいアップでしょ?あとディズニーランドとかカラオケとか…あ、ゲームセンターも行きたい!」
有「欲にまみれすぎだろ…。」
ていうか自分でなんとかなるじゃねえか。どんな神頼みだよ。穂乃果は呆れ返った僕の声にすこしひるみながらも、言う。
穂「み、みんなこんなもんだよ!…あと、今年もみんなといれます様にって。」
有「そっか…。」
ことりと同じ願い。それはきっと全員共通の願いとなるだろう。…僕もお願いが二つになっちまうな。まあいいだろう。毎年ここの掃除をさせられているんだ。それくらいのワガママは見逃してくれるだろう。そうこうしているうちにちょうど僕達の順番が来たらしい。10人揃って神前に上がろうとする直前、穂乃果がこそっと聞いてきた。
穂「…ね、去年はどんなお願いしたの?」
有「…」
去年、か。そういえばどんな願いをしたんだったか。去年、初めてここでお参りをした時の僕の願い。そうだ、あれは確か―――
有「さてな。忘れたよ。」
―――思い出す直前で僕はそういった。答えが返ってこなかったにも関わらず、そっかと答える穂乃果はどこか嬉しそうだった。10人一緒に二礼を済ませると同時に、新年の始まりを告げる除夜の鐘が鳴り響いた。その音に混じって聞こえた小さな声は、大音量の鐘の音がなっているにも関わらずしっかり僕の耳に届いた。
穂「有宇くん、あけましておめでとう。」
有「ああ。こちらこそ今年もよろしく。」
その声に答えながら、僕達は二拍手をして目を閉じる。真っ先に出てきた願いは、図らずも去年と全く同じものだった。
―――今年も、いい1年になりますように。
目を閉じ祈る僕達。そんな僕達の背で除夜の鐘はいつまでも鳴り響いていた。
思ったより時間かかっちまったー!?そんなこんなで新年特別編です。センター試験まで約1週間。何をしてるんでしょうか私は。まあそんな訳で(どんな訳だ)今月分として正月特別編を書かせて頂きました。来月にはまたストーリーを進めようと思っています。それではここまで読んでくださったみなさんどうもありがとうございましたm(_ _)m