初期艦
それは提督を初着任時から補佐する艦娘
叱咤激励する子
ドジっ子
はわわな子
キタコレな子
一生懸命な子
五つの個性が司令官を導く
駆逐艦の魅力を教え込むため
そうして提督は堕ちてゆく
世間知らずの箱入り娘たちは
刷り込みで司令官を信用し
提督を信頼し愛してゆく
初期艦はそのための道標
或いは灯台か一里塚
函館に遅れて着任するは
一見普通の駆逐艦
中身は開けてぞご覧あれ
北の港町を舞台に
新たな展開がおっさん提督を翻弄する
Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか
文藝的な知性派を自称する連中からは泡沫提督と陰口を叩かれ、短小軽薄な連中からは粗製提督と蔑まれ、一般的にはなんちゃって提督と呼ばれる即席提督。
或いはインスタント司令官。
それが、なんちゃって鎮守府に所属する私たちのようなテイトクカッコカリの実態だ。
戦果のためではなく、経済のための拠点。
人寄せパンダ。
張り子の虎だ。
私たちは軍属ではあるが、正規の軍人教育を受けた訳ではない。
戦争をしたくない国が否応なしに戦火に巻き込まれた結果、国内の世論は複雑怪奇になっている。
現場を知らない者は好き勝手にさえずり、被害者やマスメディアは分かりやすい標的へ何時までも弾を撃ち続けた。
最前線の将兵を叩くことが、結局自分自身の首を絞めることになることを理解出来る者は案外少ない。
そういう連中はきょとんとした顔で黄泉へと旅立つのが定番だから。
実際、危険な状況を理解出来ないままに戦場で殉職したメディアの面々はちらほらいる。
しかも、生放送で殺られた者さえいた。
その動画配信は見つけられる度に潰されているが、今もたまに見かける。
鎮守府の門前で戦争反対の抗議活動をしていて深海棲艦の的になる者もいたし、侵略者を説得すると出掛けて行方不明になる者もいた。
銃後の生活も、世紀末伝説な話に近づきつつあるようにさえ見えることがある。
納税滞納者の元へ差し押さえに出向いた役所の人間が暴行を受けたり、禁治産者や生活保護の受給者が増えすぎて破綻寸前の自治体が全国に溢れかえった。
外国製品が入ってこなくなったために、それらは高騰したり盗難に遭ったりした。
『オイルショックの再来』といわれた状況が世界中を覆い尽くしたことで、世界経済そのものが停滞した。
『空白の三年間』によって、世界はその歩みを止めてしまった。
無政府状態になって内戦の続く元国家もその数を増やしている。
そういう場所で外資系として横暴な振る舞いをしていた者たちは、軒並み酷い目に遭ったみたいだ。
悲惨な状況が、たまにネットでの画像で見ることが出来る。どこまで信用出来るかはわからないが。
艦娘が現れなければ、数年以内に日本社会はごく一部を除いて破綻していたと思う。
倒産した会社は少なくなかったし、沿岸に人が住むことは少なくなった。
国の指示に従わない人もちらほらいたし、住所不定になったり行方不明になる人もけっこう存在する。
諸外国からやって来る難民の問題も、実際根深い。
今も危うい均衡の上に日本社会は成り立っていた。
しかも、艦娘の恩恵を散々受けながら批判する者も世の中には存在する。
マスメディアが特にそうした傾向を強く見せていた。
まともな者も多少はいるが、大手は大半が困ったさんの集まりにしか見えないこともないこともない。
不幸な目に遭ったばかりの人を平気で傷付け、その傷口を拡げて塩を塗る行為は止められないようだ。
おそらく彼らは病んでいるのだろう。
矛先は精々提督までとしてもらいたいものだ。
幸いにもネット上では概ね好意的で、マスメディアは非常に嫌われている。
彼らの選民意識も批判対象だが、自らの存在意義に疑問すら覚えない者たちにはなにを言っても無駄だろう。
我がなんちゃって函館鎮守府にも艦娘が九名在籍している。
大淀は艤装を持たない秘書艦だから、実質的な戦力は八名。
駆逐艦四名、軽巡洋艦一名、重巡洋艦一名及び軽空母二名。
かなりの戦力だと思う。
張りぼて扱いの鎮守府としては、破格の戦力だ。
工作艦の明石や給糧艦の間宮伊良湖がいてくれたらいいのにと思わないでもないが、それは贅沢な考え方だ。
一、二名しかいない艦娘でやりくりしている小さな鎮守府が幾つもあることを考えたら、かなりありがたい。
酔っぱらって脱がなければ、もっとよい。
なんだって皆脱ぎ出すんだ。はしたない。
さて、そんな函館鎮守府にも初期艦と呼ばれる駆逐艦の子がやって来ることになった。
書類上の手違いで遅れたそうだ。
配属されるのは吹雪という子だ。
彼女は元気な地方の中学生という雰囲気に笑顔をたたえて、力一杯挨拶した。
可愛らしい顔立ちだが、一見して艦娘に見えない黒い髪と瞳のおかっぱ娘だ。
そんな子が戦場で暴れ回るのだ。
世に無常を感じる。
歓迎会という名の宴会を終え、彼女を執務室に招き入れる。
連絡業務と何気ない雑談が一段落した頃、不意に彼女は妖しく微笑んだ。
「知っています? 深海棲艦を人為的に艦娘にする計画があったことを。何度も何度も失敗を重ねて、やっと完成したのが私です。でもね、深海棲艦だった頃の記憶はある訳ですよ。失敗した子たちって、記憶の統合とか擦り合わせとか共存とかが上手くいかなくて狂っちゃったんですね。私はたまたま成功したんですけど、それには代償がありました。ベッドの上でまた今度お話しますね。研究所が無くなったことで解体処分待ちだったんですけど、司令官に拾っていただけたことで、期待しているんです。よろしくお願いしますね。」
「私の元になったのはレ級という深海棲艦で、魚雷による雷撃戦も航空機による爆撃も戦艦の装甲を貫く砲撃戦も出来る戦闘艦でした。見かけは小型艦で戦闘力や耐久性は戦艦並かそれ以上。もしそんな艦娘を量産出来たら戦局は一気に変わる。研究員や大本営の人たちはそう妄想しました。」
「結果から先にいうと、研究は失敗に終わりました。私、白雪、初雪の三名を使った第四次研究は二名の暴走によって研究機関を消滅させました。関係者はよくて左遷、悪くて自決に追い込まれました。残った私は大本営に単身斬り込みをかけるつもりでしたが、とある鎮守府の副司令に止められました。素敵な司令官を紹介していただけるとのことでしたから、過去を改竄してもらい、数あるうちの『吹雪』、単なる初期艦の『吹雪』として司令官の元に配属してもらえるように手配されました。」
「期待した以上の方で、嬉しくてドキドキしています。司令官のためなら、深海棲艦だろうと艦娘だろうと鎮守府だろうと殲滅してみせますので、頼りにしてください。みんなやっつけちゃうんだから! 司令官のためだったら、なんでもします。ふふふ。」
話に対して声がまともに出なかった。
彼女の言葉に頷くのが精一杯だった。
重すぎる荷を預けられ動けない気分。
私にはとても制御出来ない暴れ馬だ。
知らぬ副司令の所為で危機が訪れた。
彼女が何故か好意的故に救いはある。
あると思いたいところだが死ぬかも。
死ぬ気でやったら浮かぶ瀬もあるか?
呆然としつつ、談話室の前を通った。
そこでは軽巡洋艦の龍田が服飾情報誌を読んでいて、私を見かけて話しかけてきた。
無防備な姿に苦笑する。
胸元は開き、スカートは短い。
他愛のない雑談をした。
そこだけ切り取ったら平和の縮図。
いつか本物の平和を取り戻したい。
彼女は微笑みながら言った。
「私は戦わないで済むならそれがいいわー。暇な時はごろごろして、寝たい時に寝る。これって幸せなことじゃない? 傍に天龍ちゃんがいてくれたら最高ね。」
思わず同意したくなるような発言だ。
なんかおっさんサラリーマンみたいだが。
そうだ。
こういう幸せを得られるように頑張ろう。
それが海の男に求められているもののひとつだと思うから。
私室に潜り込んでいた吹雪を追い出すのが大変だった。
はしたないことをしてはいけない。
嫁入り前の体なのだから大切にしなさいと注意したら、司令官のお嫁さんになるから大丈夫ですと切り返された。
最近の若い娘には困ったものだ。
※三話の吹雪と十話の吹雪は同じ子です。
ややこしくてすみません。
【オマケ】
大淀台詞集(函館鎮守府所属版)
「提督、あいつらを殺っちゃってもいいですか?」
「それにしてもお腹が空きました。」
「私以外とのエッチなことはいけないと思います。」
「ザーザードザーザード スクローノーローノスーク!」
「今夜の料理はなんでしょうね、提督?」
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せとゴーストが囁く!」
「提督が作られたと思うと、このプリンを食べるのは勿体なくなってきますね。」
「私、意外に尽くす女なんですよ。」
「ふふふ、計算通りです。」
「くくく、計算通りです。」
「これで貴方は社会的に破滅です。やり過ぎたのですよ。」
「くっ、やられました。でも、こんなことでゲッターは殺られません!」
「殺らせはしません! 殺らせはしませんよ!」
「超電磁竜巻!」
「そう! これこそ私の本当の力! 日輪の輝きを受けて! 今! 必殺の!」
「私、提督のお側にいることが出来て誇らしいです。うふふっ。」
「補給と兵站。これこそが戦争の肝要です。」
「戦いは数ですよ、提督。」
「艦隊の作戦終了です。お疲れ様でした。慰労会の準備は出来ています。では取り敢えず一緒にお風呂へ行きましょう。」
「現在マルヨンマルマル。ふふふ。すっかり寝ていますね。さてと。」
「現在ヒトサンマルマルです。提督、私の作ったカレーは如何でしたか? 一味違うでしょう。猪を狩ってきて熟成させましたから。」
「現在ヒトヨンマルマルです。あら、足柄さん。どうされましたか? えっ? 三人で? それはいい考えですね。」
「現在フタヒトマルマルです。そろそろ夜戦の時間ですね? さっさと書類を片付けてしまいましょう。うふふふ。」
※半分嘘です。