はこちん!   作:輪音

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深海棲艦の侵攻から『三年間の空白』に起きた出来事を書いてみましたが、社会予測は大変難しいです。
経済予想がどれくらい当たらないかは多くの評論家が書いた書物に示されていますが、社会予測もまた然りです。

希望的観測寄りで甘めの話になってしまいました。
思いつく限りの事柄を詰め込みましたが、漏れはあちこちにあると思います。
ゾンビ系のお話(某なろう)を幾つか参考にしていますが、あそこまで悲惨な状況には出来ませんでした。

さいとうたかをさんの『サバイバル』(初期)や押井監督の『紅い眼鏡』『立喰師列伝』、沖浦監督の『人狼』、藤原カムイさんの『犬狼伝説』も思い浮かべながら書きましたが、上記作品群独特の雰囲気には近づけませんでした。

小説家の阿刀田高さんによると、世の中の犯罪者が一割を超えると世情不安定になるそうです。

今回は七千文字超えで少々長めです。



CⅠ:とある地方都市の三年間

 

 

桜の花びら舞うその日の朝、自転車で出社すると社内は大騒ぎになっていた。

テロリストに航空機が落とされたとか、隣国の電子妨害でインターネットが使えなくなったとか、自衛隊の基地が襲われて炎上しているとか、第三次世界大戦が始まったとか、外出禁止令が出されるとか、石油が輸入出来なくなるとか、日本が終了するとか、嗚呼っ! 小松左京様っ! とか、てんやわんやの状況だ。

 

なにこれ?

 

あたしは向かいの席の先輩に話しかける。

色素欠乏症とかでやたらに肌の白い彼女は少し困った顔で肩をすくめ、朝からテレビの報道が迷走していることを語ってくれた。

 

「午後からは有休を取って、買い物に行った方がいいわよ。」

「なんやのん、ナンちゃん。買い物てなんか理由あるんか?」

 

社長がこっちへずんずん歩いてくる。

普段の気さくな顔は薄れ、ちょっこしこわい顔が本職なみの凄みを帯びている。

社長は興奮すると関西弁になるのだ。

 

「たぶん、買い占めが起こるわ。それと輸入食品とか雑貨とか、外国製品の奪い合いが始まる。そして、石油を使った製品の奪い合い。人の敵は人になるわ。悲しいけど、これ現実なのよね。」

「よし、千代ちゃん、ナンちゃんと一緒にワシの珈琲とウイスキーとチョコレート買(こ)うてきて。みんなの分も買うてきてや。時間勝負やで。ほれ、お金。領収証も忘れんようにな。帰ってくるのは夕方でええで。……そうか、外食もまともに出来んくなるんか。まあ兎に角、出来る限りいろんなもんを一杯買うてきてや。」

「ガソリンも近々供給停止になるでしょうね。配給制になったらまだマシだわ。或いは許可制になるかもしれないし。」

「ガソリン買い出し部隊を編成するで。速水君、小野君、神谷君、手分けしてガソリン目一杯買うてきて。灯油もな。」

 

古めかしいフォルクスワーゲンのワゴン車を運転し、買い出しを始める。

社長は『弐式』と呼んでいるが、深緑色に丸い目玉なのであたしは『王蟲(オーム)』と呼んでいた。

ひなびた地方都市の港街は、今のところ混乱していない。

地元空港の二階にある珈琲店で、珈琲豆を思いきり購入する。ここの品揃えがたぶん我が田舎でも上等に属するからだ。

飛行機の運航が停止しているので、会社員らしき人たちが払い戻しを受けていた。

小さな地方空港だからこれで済んでいるが

、関空や成田だと混乱の極致だろうな。

ごっそり買ったので、イケメン店長が目をまん丸くしていた。

買い占めはしない。

しないけど、誰かがすべて買うかもしれない。

駅方面へと車を走らせる。

 

「途中でお昼にしましょ。当分まともな外食は出来なくなるでしょうし、おいしいところへ行きましょう。」

「じゃあ、奮発して『ラス・メニーナス』へ行きましょうか?」

「ええ、よくてよ。」

 

海沿いの温泉に近い老舗洋食店で、ハンバーグや海老フライやミンチカツをてんこ盛りにした昼食を食べる。

ちっこいグラタンも付けてもらった。

サラダやポタージュも勿論おいしい。

最後の晩餐じゃないけど、当分食べられないだろうから一生懸命食べる。

先輩はあたしに微笑みかけながら、烏賊クリームパスタセットを食べた。

 

 

酒屋で高級洋酒の特に高いものを購入。

これ、一体幾らに跳ね上がるのだろう?

二万の酒が二〇万くらいになるのかな?

もしかしたら、そんな倍率でないかも。

自分用にカシスや珈琲の混成酒を購入。

お金を後で下ろしとこう。

思いついた先で次々購入する。

 

「これも輸入品よ。これもこれもこれもこれもこれもこれも。」

 

百貨店は二軒あるけど、どちらもまだ今のところは混雑していない。

ゆうちょで自分の口座からお金を下ろし、自分自身のものも買った。

パンデミックだかパニックだかゾンビだかの映画の出演者みたいだ。

『早い者勝ち』という言葉をつくづく実感し、世界の破滅を感じた。

身の回りをなんとかするので精一杯なのが庶民の証なのだと考える。

 

「夕方になったら混雑が始まるでしょうね。明日以降は更に混乱が起きて、地域によっては暴動になるかしら。東京は戒厳令が出されるかも。SFよね。」

 

淡々と予言するように話す先輩。

 

「海外旅行が出来るようになるのは当分先になるわね、たぶん。そこの羊羮も買っておいたら? 日持ちするわよ。」

「はい!」

「米も値上がりするでしょうね。石油を使って作っているから。」

「おじさんちがこだわりの農家なので大丈夫です!」

「それはいいわね。」

 

帰りに文房具店で、少し高めの海外製品を幾つか買った。

鉛筆とか消しゴムとか、そんな感じのモノばかりだけど。

そうだ、ボールペンの替芯も買っておかないといけない。

 

カレー粉や香辛料をようけ買った。

ちり紙やトイレの紙も沢山買った。

生活雑貨系消耗品を兎に角買った。

買えるだけ買った。

これで何年耐えたらいいのだろう?

元の社会に復旧出来るのだろうか?

 

国際社会と呼ばれた砂上の楼閣はその日、呆気なく崩れ去った。

海外に様々なモノを依存していた日本は困難の道を歩み始める。

 

 

 

当たり前と

信じ続けたことも

表と裏が逆さって

本当は

誰も知らない

 

 

 

翌日。

我が社では予言めいた先輩の発言や進言で混乱がさほど無かったけれども、市内のあちこちで混乱が拡がっていた。

県内でも各地で騒ぎが起こり、東京のような大都会では暴動さえ起きているという。

昔の学生運動みたいね、と先輩は呟いた。

テレビでは、眼鏡をかけたインテリゲンチャ風の首相が節電と省エネと自家用車使用自粛の要請をしている。

不要な外出は極力控えて欲しいとのことだ。

現在、原因を調査中。

海外との連絡が取れず、食料品や石油の輸入が停止するため、節電と省エネを徹底して欲しいとの政府要請が発表された。

ガソリンは配給制になり、役所で配給切符を入手してガソリンスタンドで購入の形にするらしい。

状況次第で変更の可能性はあるそうだが。

海外との取り引きが長期的に行われない状況を想定して、夕張や北九州の炭鉱の逐次再開、地熱発電所の強化、太陽光発電の更なる研究などを行うそうだ。

また、農業は手作業になるから、国からも手伝える人員を派遣するとのこと。

状況が判明次第政府発表を行うと締めくくった首相はその直後、記者たちからの集中砲火を浴びた。

 

 

これからあたしたちはどうなるんだろう?

 

 

数日後、一気に物価が上昇した。

営業しているコンビニエンスストアに寄ると、店員が客から詰め寄られていた。

ここは夜九時までか。

店側も混乱していて営業時間はバラバラだ。

手書きの文字が確認手段というアナログだ。

煙草が軒並み一箱一〇〇〇円になっていて、その人は納得出来なかったらしい。

まあ、そうなるよね。

結局、怒っていた人は一箱買って帰った。

倍以内の価格なら可愛いものだった。

個人商店で良心的な販売をしていたところは在庫が殆どはけたようで、エグい値上げをしたところは総スカンを受けていた。

 

 

政府発表で、謎だった事態を引き起こした存在の名称が公開される。

名前は『深海棲艦』だそうだ。

目下、海上自衛隊と海上保安庁と在日米軍が共同で海の平和のために奮闘しているらしい。

米軍司令が親日家でよかった。

 

 

日本海で隣国の艦隊が全滅したとの報道が成されたのは、ゴールデンウィークの前日だった。

行楽地はどこも閑古鳥で、干上がっていると報道しているさ中の出来事だった。

速報で動画が流され、その国の大使館から公式に抗議が行われたが、彼らはその事態をきちんと確認出来なかったらしい。

 

 

空港に外国旅行者がけっこう滞在しているという。

我が地方都市に程近い空港にもそういった人々が滞在していて、政府が援助しているのだ。

東京行きの予定だった人たちである。

羽田や成田に人が集中するとわやくちゃになるので、分散体勢が行われていた。

無論、出来る限り要望は聞くそうだ。

我が社でもそうした人々へ援助すべく、珈琲豆と紅茶とチョコレートを運んだ。

大層喜ばれてよかった。

空港の人からも貴重な品をありがとうございますと言われ、なんだかむず痒くなった。

珈琲店のご主人はにこにこしながら、匠の業で珈琲を淹れてくれた。

彼はなにも言わない。

困っている海外からの旅人たちに、おいしい珈琲を提供するだけだ。

流石地元人気店の店長だけある。

 

 

先輩は釣り好きだそうで、魚介類が手に入りやすいのはありがたい。

一緒に釣りに行くと、周囲には沢山の人がいた。

休みの日にはおじさんのところへ農業の手伝いに出掛ける。自転車を全面活用だ。

最近、自転車がバカ売れらしい。

車が走っているのをあまり見かけなくなった。

電車も殆ど走っていない。

ガソリンはリッター二〇〇〇円前後で、許可制に変更された。

煙草も一箱二〇〇〇円前後になった。

お金持ちくらいしか自家用車を使わず、それは現状に不満を持つ人たちにとっての恰好の標的になった。

 

 

給料が下がって物価が上がる。

生活苦で役所へ陳情に行き、生活保護を受ける人が続出した。

地方自治体でパンクしたところが幾つも現れ、テレビや新聞などで不穏当な発言をする会社の社長はほぼ全員襲撃される。

 

妊娠中の奥さんをほったらかして略奪愛な不倫をした挙げ句、その不倫相手の女優と再婚した有名人が襲われて大怪我を負った時は大騒ぎになった。

ザマアミロ、と言う人もちらほらいた。

 

 

自家農園が推奨されたが、それが出来ない人も少なくない。

野菜泥棒が多発し、捕まえてみると小学生であったという話も聞こえてくる。

 

 

自棄になって深海棲艦へ特攻を仕掛け、行方不明になる人が何人も出てきた。

中にはその敵対者への説得に向かった人もいるらしい。

そんな中、ハート様率いる木造帆船の『世紀末モヒカン艦隊』は敵駆逐艦を何隻も撃沈し、功績を挙げていた。

揃いの黒い革鎧にモヒカン。

まごうことなき阿呆者たち。

元自衛官や漁師は勇敢無比。

彼らの『大和丸』と『武蔵丸』は今日も快調だ。

対戦車ロケット砲にバズーカ砲に二〇ミリのアンチマテリアルライフル。

ちっぽけな蛮勇と誇りが、彼らを奮い立たせる。

 

 

我らは一騎当千

我らは剣にして楯

我らは人類の防波堤

戦うは勇気

我らは子供たちの未来を切り開く剣

我らは悪意あるものをすべて防ぐ楯

我らは一人に非ず

我らは一個の軍団

錆びた刃と欠けた楯を使いて皆守る

臆するな

敵とて無敵に非ず

刃の通る相手なり

旧き船はただの老朽船に非ず

魂魄の宿る存在なり

ならば戦おう

我らの古強者な英霊たちと共に

 

 

石油石油石油。

僅かな備蓄を巡って、人同士が争う。

殺人にまで発展する地域さえあった。

暴力的組織の事務所が襲われ、隠されていた武器が出回る事態に発展して警察はてんてこまいだ。

発砲事件が散発し、銀座帰りの金持ちが何人も狙撃された。

 

 

こなもんこなもんこなもん。

社長が呻く。

小麦粉を使った食べ物は高級品だ。

パンやケーキはなかなか買えない。

配給券が必要な場合さえ存在する。

お好み焼きやたこ焼きでさえ価格高騰だ。

米粉が小麦粉の代替品として出回りだすが、それでもまだ高い。

 

グルメ番組や漫画などは自粛方向である。

海が近かったり菜園がある人はまだいい。

地産地消系の地域に住んでいる人もいい。

大都会に住む人たちの生活が厳しいのだ。

料理店は軒並み高く、スーパーも高額だ。

コンビニエンスストアは少なく超割高だ。

芋ばっかり食べている人もちらほらいる。

国民の不満は溜まる一方。

女性の夜間外出は控えるよう、国から要請が行われる。

今日もまた、金持ちや芸能人が襲われた。

 

 

秋になり、心労で倒れた首相に代わってマフィアの親分みたいな人が総理大臣になった。

以前から首相になりたいなりたいと言っていた人だ。

少しは期待出来るかもしれない。

 

 

そんなことはなかった。

 

 

秋の選挙戦は荒れに荒れた。

その直前に機動隊とデモ隊が衝突したのが与党にとって痛打となった。

我が田舎でも荒れに荒れた。

ひょっとして、という微かで僅かな希望にすがり、我々日本人は野党に政権を任せる選択を行った。

 

 

それは結果的に、誤った選択を行ったと国民に思わせることになった。

 

 

日本は新たな首相のために、大混乱に陥った。

頭のネジの飛んだ発言や行動が物議を醸した。

時流を読まない首相夫人も批判対象になった。

 

石油が無いのならば松根油(しょうこんゆ)を使ってはどうかとの首相の意見に、老齢の議員が皮肉を返した。

彼は元特機隊の隊員で、昔は黒い装甲服を着用してドイツ製の機関銃をぶっ放していたらしい武闘派だ。

 

「首相は人力で松の根を掘ることがどれくらい重労働だったか、一切ご存じないと見える。私たちは子供の頃、お国のためにと懸命に掘りましたよ。だけど、結局それは役に立たなかった。同じく戦争末期に多数の飼い犬を殺して毛皮にする予定が、見るも無惨に失敗したようにね。そろそろお気楽な妄想ばかりをお話になるのではなく、真面目に国の首長としての責務を果たしていただきたい。」

 

大都会では焼き討ちやデモや暴動が当たり前になった。

希望が見えない社会では、流石に忍耐強い日本人も耐えられないのだろう。

安全神話という薄っぺらな存在はあっさり崩れた。

自衛のために自警団が国内各地に設けられ、時折暴徒とぶつかるようになる。

 

 

スローライフ、という言葉がある。

オーバーオール姿の髭親父が、斧を持って山小屋で笑っている姿を連想する。

哲学なのか、ファンタジーなのか。

自然の豊かな土地に住み、晴耕雨読して悠然優雅に過ごすことを指すらしい。

だがそれは、背景に豊かな物質文明の支援があってこそのものではないのか?

自然と親しみたいと言っても、どこにでも山の幸が転がっている訳ではない。

 

スローライフ、という言葉はめっきり聞かなくなった。

今の時代こそがそれだと熱く組まれた自然賛美系雑誌の特集号は、残念ながら返品の山を築いたそうだ。

 

 

計画停電は当たり前のことになった。

冷蔵庫は微妙なシロモノになり、氷屋が繁盛している地域もあるという。

冷蔵冷凍が長時間必要な場合は、自家発電や太陽光発電が使われている。

闇夜に紛れて悪さをする人間対策の常夜灯でも、太陽光発電が利用中だ。

 

東京の電力会社の幹部が銀座で高級シャンパンを開けたと報道があった。

電力会社の従業員の子供が、校内で言葉の暴力を受けたと問題になった。

石を投げられる人もいるらしい。

人はなんと愚かな生き物なのか。

殴った側がいけしゃあしゃあと威張る社会は病んでいるし、それを許容する人々は意外と多い。

古今東西、それはどの国でも変わらない。

今、世界中で酷い事態が進行中であろう。

神様がおられるなら今こそ現れて欲しい。

 

 

大都会はストレスの特に強い社会だし、以前社用で東京に行った時人々の顔に余裕が見られなかった。

今はそれが加速して、剣呑な顔に悪化しているみたいだ。

テレビの報道で見る大都会の人たちの表情は大抵険しい。

そういえば、上京した時にお世話になった警視庁の能登さんは元気だろうか?

ちょっこし図々しくて、時折剃刀みたいな感じになる人だった。

煙草が高くってさあ、とぼやくのが何故かよく似合う人だった。

バビロンプロジェクトが失敗した跡地に建設される特務課に転勤予定らしいけど、大変だよなあ。

 

 

マスメディアの取材者の不用意な発言にカッとなって暴力を振るう人が増え、テレビ局の人員が襲われるようになってから彼らは護衛を雇うようになった。

美人の取材者がテレビの前で襲われた時は大問題に発展した。

幸い彼女は自衛隊の人に助けられたが、彼女は前から自衛隊批判をしていたので散々揶揄される。

彼女は結局、内勤になったそうだ。

犯罪が急増し、自衛隊の人たちが街中で警備に当たるのが普通になる。

そうした日々緊迫する情勢で警察署が襲われ、日本中が衝撃を受けた。

 

 

二転三転する政府発表は過激派を生み出す温床となり、遂に首相が襲われる事態にまで発展する。

一命は取り留めたものの、首相は退陣。警視庁長官を始めとする警察組織の上層部が総辞職した。

 

次の首相は国民的知名度もある人だったから、そんなに酷いことにはならないだろうとあたしたち国民の多くは楽観視した。

 

 

それは大きな誤りだった。

 

深海棲艦との過酷な戦いの中、艦娘と呼ばれる武装少女たちがこの世界に顕現した。

精霊のように美しい彼女たちは深海棲艦に対抗し得る存在として、国民に多大な希望を与える。

彼女たちに感激した社長はわざわざ舞鶴と呉まで行って、艦娘たちを激励した。

そんなことをする一般人は初めてだったようで、艦娘たちも感激していたとか。

 

 

社長は稀少な洋酒をここぞという時の決戦戦力として、戦線に投入している。

その生命の水は劇的な効果をもたらし、我が社の経営に大きく寄与していた。

そして社長は、賞味期限がとっくに切れたおじさんの絵が目印の缶珈琲を何箱も大切そうに保存して飲んでいる。

先日は東京から来たどこかの調査員な白人のおじさんと意気投合して、その古くなった珈琲を一緒に飲んでいた。

大丈夫なのかな?

 

 

インドネシア、マレーシア、ヴェトナム、タイ。

近隣の産油国へ赴いた艦娘と自衛隊は命がけの石油輸入を試み、そして成功した。

久々に石油が日本へ持ち込まれ、我々はどれだけ依存していたかを深く理解する。

三年ぶりに稼動する工場もあった。

だけど、主な輸入先だった中東はまだまだ遠い。

そして、将来的にずっとずっと輸入を続けられるかどうかなんてわからない。

わかったようなことを言う金ぴか時計の人もいるが、その理論が保証される見込みはどこにもない。

 

「気をつけなさい。人は信じたいものだけ信じる生き物よ。こんな男の言いなりになったら、簡単に足下をすくわれるわ。」

 

臆面もなく日本に都合のいいことばかり言う、テレビ番組の提灯学者に対して先輩は皮肉をぶつけた。

 

 

その学者は数日後、何者かに襲われた。

 

 

深海棲艦が現れてから三年目の早春、福島でおそろしいことが起こった。

津波と原発事故が両方発生したのだ。

東北の太平洋側は地獄絵図になった。

自衛隊の人や艦娘や在日米軍が懸命に救助活動を行ったが、その爪痕は巨大で深い。

 

 

 

新たな希望と不安。

あたしたちの世界はこれからどうなるのだろう?

焚き火で薩摩芋を焼きながら、ため息を吐いた。

おじさんから沢山もらったので、会社の裏の空き地で焼いている。ご近所にお裾分けしよう。

消防法とかで禁じられていた焚き火も、安全性を高めることで許可されるようになっている。

今の日本は昭和四〇年代に近い生活水準らしい。

いや、それ以前かもしれない。

艦娘の力でこれを五〇年代前半にしようというのが今の目標だ。

煙草の値段は一箱三〇〇〇円前後で可愛らしくない値段だけど。

社長や先輩たちと一緒に芋を食べる。

苦労して入手した北海道産バターを少し付けると、まさに絶品の味わいだ。

省エネを徹底させる生活は苦労も多いけれど、人間の生活って感じもする。

世相は暗いし、夜は早目の消灯が基本。

夜遅く出掛ける人も、めっきり減った。

だけど、皆なんとかなるさと日々暮らしている。

あたしたちはやれることをやるだけだ。

それだけだ。

 

 

個人輸入雑貨商の美濃柱さんと社長が商談をしている。

お互いニコニコしているから、悪くない結果みたいだ。

美濃柱さんは、ロシアのシヴェリア鉄道が使えるようになったら欧州へ単身赴いて買い付けを行うのだと熱く語っている。

目がキラキラしていた。

それって、男の人の浪漫なのだろう。

たぶん。

 

「明日は釣りに行きましょうか。」

 

先輩が赤い瞳をあたしに向け、やさしく微笑んだ。

 

 

 


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