はこちん!   作:輪音

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予告なき開戦
交渉なき戦争
海の道も空の路も断たれる世界
海外に多くを依存した国は
困難の道を歩み始め
数多のものを失ってゆく
それでも人々は
たくましく日々を暮らす
消費型都市は痩せ細り続け
生産型都市は力を付けゆく

Not even justice,I hope to get to truth.
真実の灯りは見えるか





CⅢ:見せてもらおうか、村役人Aの性能とやらを!

 

 

 

東京の方では疎開が始まったらしい。

あの予告なき開戦からおおよそ一年。

既存の社会と価値観は崩壊の連鎖だ。

大混乱だった人々も冷静になりだす。

動けなくなる前に動くということか。

厳しい冬の生活が余程堪えたようだ。

愛車を手放す人が続出している社会。

都会に見切りを付ける人も出始める。

村の役場でも受け入れ体勢を進める。

数人程度の人数では収まらないとか。

中隊規模の人数が来るとの噂もある。

そんなに来たら対応しきれないがね。

まあ、噂は噂だから本気にしないが。

デマゴギーや憶測や悪意はこわいな。

木っ端役人の俺たちはてんやわんや。

問い合わせと連絡の電話で四苦八苦。

お隣さんが海で大敗したのが遠因だ。

軍事力を誇示していた連中が破れた。

また張り子の虎かと皮肉る者もいる。

それ、違うんじゃないかなと思うが。

社会的不安に食糧難も大きな要因だ。

都会の物価の上昇率は洒落にならん。

お陰で暴れ回る不届き者が増殖中だ。

大都会は一部世紀末状態なのだとか。

ヒャッハーな連中が何人も捕まった。

火炎瓶に釘バットにバールの如き物。

身近なものが凶器に変わっていった。

警察は後手後手であまり役に立たぬ。

渋谷や池袋をも巻き込んだ新宿騒乱。

その爪痕は生々しく都民を揺さぶる。

東京の人口は二〇〇万になると推測。

政府の秘匿試算が露見して大騒ぎだ。

本社を移転させる大企業まで現れた。

石油が輸入されず、輸出入は絶望的。

悪い冗談のように人が次々亡くなる。

人口が三分の二に減ったとする説も。

海沿いの街では人口が激減していた。

先の見通しが不透明で悪化する社会。

親戚や係累を頼る人たちが続出した。

 

 

しかし、都会の利便性を散々当たり前のように享受してきた人々が田舎の不便多き生活に順応出来るのかね?

コンビニエンスストアがそもそもない場所だって少なからずあるし、百貨店は昭和の世界から抜け出せない。

汽車だって一日数本の路線があるし。

洒落た店で生き残れるのは殆どない。

でーじょーぶかのう?

村役人Aとしては大変心配なのだよ。

 

 

田舎は老人の知恵で食い繋いでいる。

戦争帰りの爺さんは嬉々としていた。

婆さん連中が張り切って野菜を作る。

薪や石炭などを使った生活への転換。

異世界転移冒険譚もびっくりの生活。

欧州風中世的異世界よりはマシだろ。

たぶん。

 

 

キャンプ場をお年寄りの仮の住まいにする計画が持ち上がった。

高齢者対応可能施設にしておいたのが、目を付けたきっかけだ。

今は全国で非常事態宣言が行われている。

暴徒が絶対来ないとは断言出来ない社会。

アフリカのひっそり暮らす村人を襲う武装集団の話は、他人事ではなくなった。

人の敵は、人か。

正当防衛は、どこまで通用するのだろう?

警察は当てにならない。

 

 

俺はひのきの棒を装備した。

攻撃力が二上がった。

害獣対策と同時進行である。

日本での銃砲許可は他国に類を見ない厳しさらしいが、俺みたいな人間は地域の防衛戦力として特別許可証が交付されるそうだ。

殺人許可証(マーダーライセンス)ではない。

衛士許可証(えいしきょかしょう、セキュリティライセンス)という名目だそうだ。

随分古い言葉を持ち出したのは、言葉の印象をやわらげるためらしい。

在日米軍が保管(モスホール)していた三〇口径の軍用ライフルを提供しようかと提案してくれたらしいが、扱える人間が限られるとやんわり断ったらしい。

その提案を断るなんて勿体ない!

俺だったら喜んでM14を貰うのに。

M1Aでもいいぞ。

……言っちゃった。

まっ、いっか。

 

 

 

俺たちの村落にある店舗群。

文房具も置いている雑貨屋。

ひなびた定食屋に信用金庫。

車屋、食料品店、骨董屋。

菓子屋、理髪店、八百屋。

散髪屋、喫茶店、居酒屋。

趣味で住んでいる鍛冶屋。

半ば老人寄合所の銃砲店。

JAとガソリンスタンド。

老朽化した役場に郵便局。

こんなとこだ。

 

 

そかいしゃのだんたいがあらわれた。

むらやくにんAはようすをみている。

そかいしゃたちはあまりのようすにぼうぜんとしている。

むらやくにんAはにげだした。

しかしそかいしゃたちにとりかこまれた。

むらやくにんAはしつもんぜめにあった。

 

 

疎開者たちを歓迎する祝宴が開かれた。

約五〇人の人々。

戸惑う都会の人たち。

不安を隠しきれない人がちらほらいる。

言葉も風習も料理も全然違うのだから。

料理の味の違いはかなり影響を与える。

問題ない人ばかりではない。

塩気とか甘味とか濃さとか。

信長の味覚を笑いきれない。

猪の腸詰めやザワークラフトや米粉のパンや山羊のニューヨークチーズケーキは、彼らの口に合わないのだろうか?

子供たちにプディングは好評だった。

青い目やはしばみ色の目の婆さんたちがかなり気にしていたので、その内馴れるさと軽く言っておいた。

 

 

 

車屋の親爺がいつものようにぼやく。

買う奴がいなくて売る奴ばかりだと。

ろくに使わないのに税金は払えない。

リッター二〇〇〇円じゃ動かせない。

 

近くの市へ出掛けるのはバスを使う。

半月に一回の商業施設行きは大人気。

月一回の移動販売車は人で大賑わい。

自家用車を持てない人が溢れている。

年金だけじゃ車の維持すら出来ない。

少ない蓄えを子供孫へ送金する老人。

彼らの謙虚な姿勢には、頭が下がる。

我慢することが当たり前だった人々。

 

車をこよなく愛する親爺には逆風だ。

俺に会う度、買え買えと薦めてくる。

先日は古いドイツ車を買えと言った。

破格値だったが維持費が捻出不可だ。

車屋が次々に潰れていると言われた。

都会ではディーラーが襲われるとか。

大手も合併策で生き残るべく奮闘中。

源氏に破れ出した時の平家みたいだ。

出来る限りサービスすると言われた。

一応考えてみると親爺に伝えておく。

九〇〇万の車が九〇万となってもな。

維持費が高過ぎるので買えないなあ。

 

 

公共放送を自称する放送局が熱烈な要望に応えて、『シルクロード』を再放送した。

殺伐とした世相の癒しになったのか、視聴率が八〇パーセントを超えていろいろな意味で話題となる。

 

 

天山北路

敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)

幻の黒水城

流砂の道

楼蘭王国

熱砂のオアシス

天山南路

 

 

厳しいながらもたくましく生活する人々に、なにかしら思うところのある視聴者が多かったのだろう。

 

岡山県岡山市にあるオリエント美術館で連動して行われた『絹の道展』では、神戸京都大阪福岡長崎を含む西日本の人々が大挙して訪れたという。

美術館博物館が比較的近場に複数ある岡山市は、大都会岡山の名に相応しい展示にしようと県立美術館(『シルクロードと日本画家展』)県立博物館(『ユーラシアと鬼の世界展』)林原美術館(『シルクロードと律令制展』)で同時に展覧会を開催。

循環バスも走らせたそうだ。

倉敷市の大原美術館(『西洋画家とシルクロード展』)や高梁市(たかはしし)の成羽美術館(『絲調之路とオリエント展』)、新見市の新見美術館(『オリエントと備中刀剣展』)、瀬戸内市の備前長船(びぜんおさふね)刀剣博物館(『シルクロードの刀剣展』)でも独自の展覧会を開催してアート大国岡山を喧伝した。

 

 

雪掻きをしなくて済むようになった頃、東京から二人の男が馬に乗ってやって来た。

なにもないような山奥の村なのに、そいつらは感激したようにはしゃぎ回っている。

山羊の白靴下やユキなどに早速なつかれていた。

この辺りにはホテルも宿屋もない。

俺の家は現在住人が一人だから、それでもいいなら泊めてやると言ったら大感激された。

野郎二人に抱き締められても嬉しくな……あれ、なんだか心がボカポカしてくる。

変だな。

お礼にと、焼きたてっぽい食パンと葡萄酒と乳粥を貰う。

食パンがめちゃくちゃ旨い。

葡萄酒は高級品みたいな味。

何者だろうか、こいつらは。

翌朝も食パンを貰ったので、村にいる人々に配った。

大好評になって、ちょっとした騒ぎにまで発展する。

はっ!

もしかして!

わかったぞ、こいつらはパン職人だ!

村の連中は以前より生き生きとし始め、疎開者や移住者たちも笑顔を見せるようになった。

元気溌剌なんとかみたいだ。

二人は近所の婆さんたちが作る山羊のチーズや米粉のパンやヨーグルトや漬け物やぼた餅や野菜の煮付けやまあそういった料理を、旨い旨いと喜んで食べてくれる。

それを見た東京もんたちも、こちとらの田舎料理を食べるようになった。

変な二人だ。

二人とも呑気な顔をしているのに、なんというか人徳みたいなものを感じる。

拝む爺さん婆さんたちには苦笑したが、何故か二人とも本気で焦っていたな。

 

 

 

核シェルターに住んでいる偏屈爺さんの元を訪れる。

定期訪問ってやつだ。

高齢者の独り暮らしはけっこうこわいから、俺たちみたいな人間の見回りが必要なのだ。

孫娘が茶を出してくれる。気が利く子だ。

しかも、この辺にはいないような美少女。

とても爺さんの縁者には見えない女の子。

セーラー服を着た、素朴な感じの女の子。

関東地方から疎開してきた遠縁の子とか。

ふーん。

 

 

 

数年前に害獣駆除の関係で狩猟許可証を得たのだが、鹿狩り猪狩り鴨撃ちと猟友会の爺さん連中にしばしば引っ張り回されている。

嗚呼、犬耳少女が欲し……じゃなくて、犬が欲しい。

普段は、レミントンの三〇口径のボルトアクション式ライフルを使っている。

NATO用三〇口径弾を使用する三八式歩兵銃が愛銃だという爺さんもいた。

てか、戦争帰りで今も矍鑠(かくしゃく)しているって、歴史の生き証人だ。

 

時折、戦争の話を聞く。

むごい話と笑い話を織り交ぜた話。

 

大枚はたいて趣味でドイツ製の古いG3を買ったが、こいつの動作は好調だ。

全自動射撃は出来ないし、弾倉装弾数は五発にしなくてはならない制限付きだ。

だが、戦後第一世代型軍用小銃が合法的に持てる利点は俺にとって見逃せない。

純正の光学式照準器まで買ってしまった俺は、まさに現代のうつけ者であるな。

漬け物ではない。

自然農法で近所の婆さんが育てた野菜の漬け物は、めちゃくちゃ旨いもんだ。

最近は怪しい連中が徒党を組んで現れることもあるので、威嚇射撃をたまにやる。

ボウガンなんてもんを持ち歩く輩さえいるのだから、それなんてゾンビ映画だよ。

俺の住んでいるこの過疎地域では、俺の発砲弾数と回数が断トツで一番多い。

発砲報告書を一々書かなくてはならないなんて、それなんてバカボン世界のお巡りさん?

 

夏から秋にかけて、銃撃戦を何回か行う。

ロシア製の銃火器で武装した奴までいた。

警察がぬるいことを言ったので怒鳴った。

仕方がないので、爺さんたちと共謀する。

なに、証拠が残らなければ追求出来まい。

こっちだってむざむざ死にたくないしな。

仲間割れで同士討ちだってよくあること。

警察自体が昔から事実を改竄し放題だ。

他殺を自殺に変更するなんてよくやる。

お互い不利になることは止めましょうぜ。

 

 

 

東京は人口減に悩まされているらしい。

地方都市へ流れる人々を止められない。

そろそろ、限界が近づいているようだ。

官能小説家都知事は強気の発言ばかり。

社会的弱者へ差別発言多き汚職政治家。

公私混同が酷く現在四面楚歌真っ最中。

女性取材者への侮蔑発言で袋叩き中だ。

 

 

 

雪が溶けだした頃、艦娘と呼ばれる武装少女が現れるようになって社会に光明が差し込んだようになった。

 

ロシアは東西に分裂して、ハバロフスクに東方なんちゃら政府が出来ていた。

近い内にシヴェリア鉄道を使って様々な輸出入が行われる予定となっている。

欧州への道が開けたのだ。

アメリカ領事館はあまりいい顔をしていないが、今の彼らに大した力は無い。

 

 

車屋の親爺がしつこいので、取り敢えずその妙に高級仕様なドイツ車を借りる。

ガソリン代は親爺持ちだ。

余程困っているみたいだ。

隣に乗せる女の子でもいたらいいのだが、生憎と産まれて三〇年以上異性とお付き合いした経験は無い。

同性とどつき合いをした経験なら、何度もあるのだけど。

 

 

海が見たいな、と思って南へ車を走らせる。

閑散とした山道を走ると、車などどこにも走っていない。

緑の中を走り抜ける、真っ赤なドイツ車。

時折獣が辺りを走ってゆくだけのセカイ。

 

 

一応目撃情報は役場に書面で提出するが、害獣対策は充分出来ているとは言い難い。

燃料代に人件費と予算の都合がなかなかつかないし、銃を合法的に持つ人間は銃規制が厳し過ぎるのと警察からの度重なる嫌がらせで高齢化激減化する一方だ。

親の形見だと思って困難を乗り越え銃を所持出来るようにしても、警察が余計なちょっかいを何度も何度も繰り返し行う。

そうした事柄がすべて裏目に出ていた。

ならばボウガンだと、暴徒自警団双方が撃ち合う光景が見られるまでになっている。

警察官の殉職率はかなり高く、首都機能がどんどん低下している東京では自衛隊があちこちに配備される始末だ。

大久保利通が唱えた『大阪遷都論』に基づいて西日本を結束させようとする動きや、東京は仮の首都だから京都に遷都しようとする動きさえある。

 

 

皺寄せが来るのはやだなあ。

 

そんなこんなを考えている内に、開けた窓から潮の匂いが漂ってきた。

春の海が近い。

 

 

車を降りて、改めて眺める。

イタリアンレッドを施された車輌。

七八年式の、三〇年丹念に手を入れながら大切に乗られてきた車。

走行距離はおよそ二〇万キロ。

元の持ち主は夫婦で大切に扱ってきたそうだが、高齢化と社会不安が重なって手放したという。

八年前、エンジンの完全整備のためにメリケンへ送ったという。

それだけ手を込めた品なのだ。

愛着があるだろうに。

事態が変わっていなかったら、彼らも手放さなかったのかな?

きびきび動いて、よく仕込まれた猟犬を連想させる。

犬を飼うなら、こういう子がいい。

 

 

 

誰もいない海。

深海棲艦とやらが現れてからは、命知らずの特攻野郎Aチームみたいな連中や漁師くらいしか海に出ない。

ま、その内艦娘とやらが海上自衛隊と海上保安庁と在日米軍と提携して近海を解放してくれるのだろうな。

 

 

 

ぼんやり海を眺めていたら、中高生とおぼしき女の子三人から声をかけられた。

いずれも、見たことのないくらい可愛い子たちだった。

学生服らしい姿の子や露出度が高くて扇情的な姿の子。

俺の内に眠れる獣が、目を覚ましかねない程魅力的だ。

……なんてな。

 

「「「こんにちは。」」」

 

思わず勘違いしてしまいそうな笑みをたたえ、やさしい声で挨拶しながら三人は俺に近づいてきた。

 

 


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