はこちん!   作:輪音

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CⅩⅥ:撃て! 清霜!

 

 

 

清霜は元気に叫んだ。

必ず、かの大戦艦にならねばならぬと決意表明した。

清霜には限界がわからぬ。

清霜は、夕雲型の駆逐艦である。

遠征任務に赴いて、深海棲艦を倒して暮らしてきた。

邪悪に対しては、人一倍敏感である。

今日未明、清霜は所属鎮守府のある大湊(おおみなと)を出発し、津軽海峡を越えて海で隔たれた函館へとやって来た。

 

清霜には姉が沢山いるけれども、妹はいない。

つまりは末っ子だ。

旦那もまだいない。

函館に来ると、内気な早霜によく話しかけている。

清霜は戦艦になるべく、函館で様々な武器を試す。

先ず、明石たちや夕張たちにそそのかされて試作品を撃ちまくってはひっくり返り、それから函館鎮守府の宿泊施設をぶらぶら歩いた。

清霜には姉のように慕う戦艦がいる。

佐世保鎮守府の武蔵だ。

今は先の大規模作戦での疲労を癒やすためと称し、他の武蔵や大和たちと共謀して函館鎮守府で休暇を楽しんでいた。

張り子の虎は厭だと、駆逐艦や他の艦娘たちと交流しながら言った。

ホテル扱いされたくないと、高級ホテル並の料理を作りつつ訴えた。

その彼女をこれから訪ねるつもりなのだ。

 

 

気さくな佐世保の武蔵は清霜を歓迎した。

舞鶴にも武蔵はいるし、彼女も気さくだが勿論違いはある。

違いはあるが、同様の悩みを抱えている。

そして、同様の気持ちを有していた。

姉妹の大和にもそういう部分がある。

清霜は四名の大戦艦に囲まれ、会話した。

 

 

武蔵を含む四名と歓談した後、清霜は再び工作艦たちの作った試作品を撃ちまくる。

現在の彼女は、軽巡洋艦級の火器ならばなんとか扱えるまでになっていた。

清霜にとっては通過点だが、他の駆逐艦にも真似をする者が出始めている。

撃ち終えて食堂へ行く途中、彼女は他の駆逐艦たちの様子を怪しく思った。

ひっそりしている。

本来好戦的で活発旺盛な駆逐艦たちが、静かに鎮守府の廊下を歩いていた。

既に日も落ちて暗いのは当たり前だが、けれども、なんだか夜の所為(せい)ばかりではなく、鎮守府自体がやけにさみしい。

のんきな清霜も、段々不安になってくる。

しばらく歩いて老爺(ろうや)……じゃなくておっさん提督に逢い、語勢を強くして質問した。

提督はまるでなにかをためらっているかの如く、口を開こうとはしない。

清霜は両手でガッツンガッツンと提督の体を揺さぶって、質問を重ねた。

めまいを起こした提督は頭を振って、辺りをはばかる低声で僅か答えた。

 

「駆逐艦は戦艦になれません。」

「何故、なれないの?」

「主砲を撃てたらなれる、と言う提督もいますが、どの駆逐艦もそんな、戦艦の主砲で砲撃することは出来ません。」

「沢山の駆逐艦で試したの?」

「はい、先ずは歴戦の島風を。それから、初期艦全員を。特型駆逐艦を。第六駆逐隊を。第七駆逐隊を。そして、函館に来たすべての駆逐艦を。」

「驚いた。主砲は撃てなかったの?」

「そうです、撃てなかったのです。」

 

聞いて、清霜は体の奥に燃えるものを感じた。

 

「諦めたら、そこでお仕舞いだわ。」

「先日は六名砲撃に失敗しました。」

「では、撃たなくてはならないね。」

 

清霜は単純な娘である。

工廠へ行って戦艦級単装砲を担ぎ出し、たちまち彼女は警備の鹿島に捕らえられた。

多数の艦娘がこれを見たため、騒ぎが大きくなってしまった。

清霜はすぐさま提督の前に引き出された。

 

「この単装砲でなにをするつもりだったんですか、清霜ちゃん?」

 

鹿島は静かに、けれども威厳をもって駆逐艦にそう問うた。

 

「この主砲を撃って、駆逐艦が戦艦になれることを証明するの。」

 

清霜は悪びれずにそう答えた。

 

「貴女、がですか?」

 

提督は困惑しながら、そう問うた。

 

「そうよ。私は清霜。趣味で大戦艦をしている駆逐艦よ。」

 

 

清霜は撃った。

空砲であるが、戦艦級単装砲を撃った。

一番口径の小さな、だけど駆逐艦には大きすぎる主砲を構えて撃つ。

撃つ度に、その反動でひっくり返った。

 

「まだまだ! 私はまだまだ撃てる!」

 

諦めない。

絶対に、諦めない。

それは炎。

心を燃やす小宇宙。

清霜の熱意は他の駆逐艦たちの心にも火を点け、燎原の火の如く燃え広がった。

 

 

何名もの駆逐艦たちが戦艦の主砲を担ぎ、試し撃ちを始める。

そんな光景が、函館鎮守府の日常的な風景になってしまった。

火力強化は歓迎されるが、これは異常事態と言ってよかった。

何故か戦艦たちにもこの熱意が伝播して、教導までしている。

 

 

 

 

当分、この状況は続くだろう。

風の強くて冷たい、函館の朝。

霞や早霜や足柄や大淀、最近横須賀鎮守府に着任した朝霜と共に、清霜が意気揚々と食堂に向かっている。

私は執務室の窓から彼女たちを見つめた。

いずれの艦娘も傷だらけだが、誰の目も輝きを失っていない。

いつか昇るぜ、栄光の空、という感じだ。

清霜は戦艦になるべく努力を重ねている。

私に気づいてぶんぶん手を振る駆逐艦へ、やさしく手を振り返した。

 

 

 

厳しいことをよく口にする長門も、彼女の努力を否定していない。

 

「清霜の目指す先を私も見てみたいのだ。おかしいかな?」

「いいえ、おかしくありませんよ。」

 

彼女の情熱はなにを生み出すのだろう?

今は走って、その先を目指してみたい。

艦娘の可能性を信じながら、走りたい。

メロスのように。

 

 

 


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