はこちん!   作:輪音

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CⅩⅩⅢ:イタリア料理を堪能しに行こう

 

 

 

一時間に一本走るようになった函館の路面電車はいつも鮨詰めだが、今日は三名の艦娘と共に乗って谷地頭(やちがしら)方面を歩いてみることにした。

フローレンシアの猟犬や風魔たちは昨夜の爆弾魔との死闘で疲労困憊(こんぱい)だったから、ぐっすりと寝かせておこう。

死者が出なくてよかった。

路面電車の停留所近くには温泉があるけれども、今日は無しだ。

 

今回一緒なのは、小樽鎮守府所属のローマに大湊(おおみなと)鎮守府所属の清霜、とある鎮守府所属の航空戦艦。

清霜が先行してはしゃぎ、ローマがそれをたしなめて、航空戦艦が微笑ましく見ているのが基本の動きって感じだ。

 

ぶらぶら歩いて外国人墓地の方へ向かう。

都市伝説でこわい話の舞台にもなっているようだが、穏やかな雰囲気の場所だ。

ここに眠る新聞記者が『赤』を大変好んだ故に赤く塗られた墓は、現在『赤い墓』としてこわい話を作りたい人たちの手によって霊的なナニカとされている。

他の外国人墓地も似たような目に遭っているから、彼らの琴線を振るわせるナニカシラがそこにあるのであろう。

 

「真っ赤っかだねー。」

「赤いわね。」

「赤いな。」

 

年に一度、身内の人たちが塗り直しているのだそうな。全国的にも珍しいのではなかろうか?

尾鰭(おひれ)を付けるのが好きな人はこれを見て愉悦を覚えるのだろうなと思いつつ、左手に海右手に寺院を眺めながら歩いてゆく。

 

「ねー、司令官。この近くにイタリア料理店があるんだって!」

 

清霜が元気いっぱいに言った。

 

「行ってみましょう。」

 

ローマが腕を引っ張る。

 

「夫と食べに行けるとは、流石に高揚するな。」

 

台詞が違うし、ツッコミどころ満載だが、下手に突っ込むとややこしくなるので航空戦艦を放置した。

 

 

洒落た白亜と煉瓦の料理店が見えてくる。

その名は『トラットリア・アントニオ』。

どうやら、最近出来たばかりの店らしい。

昼の献立が五〇〇〇円とは、適正なのか?

物価高はまだまだ、是正の見込みがない。

石油や物品の輸入増が急務となっている。

他人の皿を取らないと腹ペコ続きな訳か。

なにかモヤモヤしたものを感じてしまう。

 

店主のアントニオはナポリ出身で、店ではウェイターも兼ねているのだと語った。

昼の献立は三五〇〇円くらいにしたいそうだが難しいので、その分気合いを入れて提供しているのだと言った。

彼は世界各地を料理人として調べ食べ研究し、深海棲艦の侵攻で日本にとどまったそうだ。

一時期、茨城県と宮城県でイタリア料理の普及に努めていたという。

日本生まれのイタリア艦娘が、本場のイタリア人とイタリア語で意思疎通している。

なんだか不思議な光景だ。

 

 

先ずは水が出された。

水差しから注がれる。

透明な液体。

口に含んだ。

旨い。

これは、なんというか、乾天に慈雨、或いは岩清水が体にやさしく溶け込むような。

深く染み渡る旨さだ。

 

「おいしーね、これ。」

「アルプスの雪解け水かしら?」

「私に染み渡る提督、と言おうか。」

 

 

前菜が来た。

カプレーゼ。

地産地消系のモッツァレッラチーズとトマトを主に使ったサラダ。

これ、チーズだけ食べるとなんつーかさ、あんま味しないのよな。

ところがぎっちょんはっちょん、チーズとトマトを共に食べるとまさにうんまーいなのだ。

なんてゆうか、ハーモニーなんだよな。

ホームズとワトスン博士つーか、ポワロとヘイスティングス大尉つーか、お好み焼きにカープソースつーか、まあそんな感じ。

 

「ドレッシングに浸したら、もっとおいしくなるよ。」

「トマトを使わせたら、イタリア人に敵う者なしね。」

「イタリア数千年の歴史を感じるヘルシーな一品だ。」

 

 

第一の皿は娼婦風スパゲティ。

アンチョビやニンニクや唐辛子などを使った庶民派パスタ。

辛い。

辛いが旨い。

 

「辛いけど、おいしーよ。」

「シンプル且つ奥深いわ。」

「娼婦の心を奪う味だな。」

 

 

第二の皿は子羊背肉の林檎ソースかけ。

道内で生まれ育った子羊と黒石産の林檎を使った味の協奏曲が、胃袋を侵食する。

 

「お肉、おいしー。」

「肉と林檎の酸味が、巧みに融合されているわ。」

「片輪だけでなく、両輪の動きが大事なのだな。」

 

 

最後はドルチェ。

それは、プリン。

みんな大好きだろう、私も大好きだ。

 

「これ、とってもおいしーね!」

「やさしさと深みと程よい弾力が醸し出す天才の味ね。」

「提督、アーンして。ほら、恥ずかしがることはない。」

 

 

とどめはカプチーノ。

ラテアートが施された、苦みと旨みと奥底のほんのりした甘みがじわりと染み込む。

旨い。

 

「お砂糖沢山入れたら甘くなって、飲みやすくておいしーね。」

「砂糖をジャンジャン入れるのが、本場イタリアのやり方よ。」

「無糖の珈琲にこだわる者もいるが、別に甘くていいだろう。」

 

私は砂糖無しでおいしいと思うが、これは人それぞれだと思う。

 

 

いずれも旨かった。

実に素晴らしいぞ。

体の負荷が、かなりやわらいだ気さえする。

微笑む店主に、また来るよと言って別れた。

 

 

明日は函館駅近くにある百貨店の吉良さんと打ち合わせか。

艦娘の手をじっと見つめていたが、そういうフェチらしい。

一度一緒に呑みに行ったが、少し変わった雰囲気を感じた。

散々手の魅力について語られたが、そんなにいいもんかね?

 

 

近頃若い女性が行方不明になる事件にも、注意しないといけない。

道南及び青森県を含む東北が多いことから案外近場の奴の犯行か?

ロシアから出稼ぎに来ていた娘も、幾人か行方不明になっている。

客になっていた邦人もロシア人も、同時に行方不明の怪奇事件だ。

道警から協力要請が出ており、今後のことも考えて了承している。

小樽鎮守府の提督が本気で怒っていた。

近い内に犯人は討伐されることだろう。

たぶん。

 

 

函館メロンや夕張メロンや富良野メロンなどを使ったパフェを出す店が、近々駅近くに開店するので楽しみだと清霜が言った。

お前、知っているな!

駅周辺のビルヂングというと、ラキシスかな?

メロンゼリーやマスクメロンのグラニータやシャンパンシャーベットなどを使った、贅沢なパフェになるとか。

是非とも鳳翔や間宮を偵察に行かせよう。

 

 

谷地頭の停留所に着くと、何故か鳳翔、間宮、長門教官、加賀教官、妙高先生、島風、戦艦棲姫、吹雪に春日丸がにこにこしながら待ち受けていた。

やれやれだぜ。

 

 

 

 

 





「確かに緑色の果肉のメロンは存在する! だが! しかし! 北海道では赤い果肉のメロンが普通なんだよ! わかるか、億泰!? 桃は赤いのが普通だと思っている者もいる! だがしかしばってん、大都会岡山では白い桃がふつうなんだっ! わかるかっ? わかるかっ、億泰!?」
「知らねーよ、んなこたぁ。旨かったらいいんだよ、旨かったら。」


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