はこちん!   作:輪音

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CⅩⅩⅩⅠ:おんな提督サソリ

 

 

 

サソリ女は改造人間である。

悪の秘密結社によって下校中に拉致された彼女は、改造人間に変えられ組織のために日夜働いている。

弱い毒と麻痺毒と猛毒の三種を使い分ける後方支援型改造人間で、背後からの奇襲を得意とする少女。

行き場の無い怒りを暴れることでしか解消出来ない、そんな不器用な若者たちの捕獲作戦が主任務だ。

無防備っぽく盛り場を歩き、チンピラじみた連中に声をかけ、誘導して毒で痺れさせた後に捕獲する。

捕獲後はトラックに詰め込んで、養成所へ運ぶのだ。

 

後方作戦に日々従事していた彼女は、何度かの失敗を経ていたバッタ男の征伐任務を上司の大佐から与えられた。

脳改造寸前で逃亡した彼の討伐作戦。

それはおそらく、とてつもなく困難。

 

バッタ男は手術が中途半端な状態で逃亡したから、たぶん今は後遺症に悩まされていることだろう。

脳みそを改造しないと、強化された肉体の制御は困難なのに。

おまけに彼は、試験運用中の強化服まで持ち出してしまった。

ついでに、凶悪なまでに改装された自動二輪をも奪取された。

明らかに博士側の失態である。

彼女は、未改造の脳みそに苦痛が与えられる笛を貸与された。

 

バッタ男は強靭な脚力により驚異的な跳躍が可能で、何人もの強力な刺客を返り討ちにしている。

結社の面子はズタズタだ。

サソリ女は討伐任務を受けた際に、これは死ぬよねと直感する。

ピコーンピコーンと目玉が光る鷲の紋章を見ながら、彼女は己の近い死を受け入れようと考えた。

天井付近に設置されているのであろう複数のスピーカーから、やけに渋い首領の声が流れてくる。

 

「行くのだ、サソリ女。お前がバッタ男を倒すのだ。」

 

一礼して、謁見室を退出する。

結局首領がどんな人なのかわからないままだったと思いながら、彼女は出撃することになった。

 

採石場か、スーパーアリーナか?

それとも喫茶店か?

或いは河原か?

 

逃亡者が目撃されている地域を元警察官の改造人間たちが捜査し、特定してゆく。

大体この辺りだろうと当たりを付けて、サソリ女率いる部隊は出撃した。

池袋や渋谷や新宿の繁華街から集団拉致されて初級洗脳だけ施された戦闘員たちを、マイクロバスの中でサソリ女はしばし眺める。

お揃いの全身タイツで真っ黒な強化服。

大抵は一回の戦闘で使えなくなる連中。

輸送用の車輌が他に何台も走っていた。

今回の作戦では二〇〇人の戦闘員を投入するのだ。

失敗は許されない故、彼女は人海戦術を採用した。

 

むわっと立ちこめる青春のにおいが車内に充満していたため、乗車時にサソリ女は消臭剤を振り撒いた。

 

夢も希望も無い社会で暴れ回っていた若者たち。

彼らの癒しは異世界転移・転生系小説くらいだ。

戦闘員たちはサソリ女のような改造人間に従順忠実である。

複雑な命令には対応出来ないが、元々使い捨て前提の兵隊だから問題ない。

ごく稀に、改造人間に昇格する者もいる。

頭角をあらわす者は稀少品だ。

その稀少品も戦場であっさり散ってゆく。

百戦錬磨の筈の兵が、一瞬の油断ではかなく倒される。

そうして、日本に存在する秘密結社は淘汰されていた。

 

 

何故か採石場で待ち構えていたバッタ男とサソリ女の部隊は対峙する。

男はお持ち帰りした女子戦闘員にセーラー服を着せ、共に暴れていた。

無免許の逃亡者が操る自動二輪で、次々に呆気なく薙ぎ倒されてゆく戦闘員たち。

自動操縦が組み込まれているから出来る芸当を、当然のように使いこなしていた。

大輪の花のように才能を開花する男。

対照的に命を瞬時に刈り取られる兵。

彼らの人生ってなんだったんだろう?

バッタ男はむやみやたらに強かった。

このままでは全滅するかもしれない。

貸与された笛を試しに吹いてみると、彼はもがき苦しみだした。

そんな彼の一瞬の隙を突いて、両足を別々の戦闘員に掴ませる。

サソリ女は暴れる男に忍び寄り、強力な毒針をぶすりと刺した。

ビクンビクンと痙攣(けいれん)した男の体に、麻痺毒が回る。

 

「アアーッ!」

 

ぐったりしたバッタ男の強化服を嬉々として脱がせる戦闘員たち。

どんどん集まる全身タイツの男共。

人の輪が構築されて視界を妨げる。

女子戦闘員は欠損もなく保護した。

はあはあと息を荒げる戦闘員たちを眺めながら、女子二人は生き残れたことに安堵する。

真っ黒な輪が邪神のように蠢いていた。

バッタ男を持ち帰るのは無理のようだ。

 

 

帰投後、保護した女子戦闘員はサソリ女直属に決まった。

 

ダムの破壊に失敗したり幼稚園のバスの制圧に失敗した、漢の浪漫溢れる他の改造人間たちを支援する日々は唐突に終わりを告げた。

ぶっちゃけ、資金が尽きたのである。

経済的に破綻した秘密結社は、最後の攻勢先を横須賀の大本営に決定した。

深海棲艦とやらが組織の資金に大打撃を与えたために、倒産が近い状況だ。

起死回生の一発逆転を狙う標的としては、あまりにも無謀ではなかろうか?

盛り上がる改造人間や幹部を見ながら、サソリ女と女子戦闘員は嘆息する。

 

さあ、戦争を始めよう。

戦争を知らない者たちはそう言って、戦いの準備に取り掛かった。

 

 

大攻勢は悲惨を極めた。

デモに見せかけた三〇〇〇人の団体で一気に襲撃したのだが、有象無象の戦闘員たちはいともあっさりと瞬殺されてゆく。

端的に言うと、艦娘の実力をなめていた幹部たちの予測がことごとく外れたということであった。

パニックに陥る改造人間たち。

こんなバカな話があるものか!

統制の取れぬまま突撃をする。

簡単に討ち取られてゆく兵士。

臆病風に吹かれる者さえいた。

敗走する改造人間たちは、容赦なく艦砲射撃の餌食となった。

長い黒髪の大柄な艦娘が、獅子奮迅の勢いで歴戦の幹部たちを圧倒する。

サソリ女は近くにいた戦闘員たちを全員突撃させ、女子戦闘員と共に逃げ出した。

やってらんないもんね。

 

その日、ひとつの秘密結社が壊滅した。

 

 

人間時代の記憶があまり無いサソリ女と女子戦闘員。

取り敢えず、秋葉原の怪しげな店でメイドになった。

東京はかつての勢いを失い続けており、昔日の残照でなんとかやりくりしている。

石油の輸入が再開されたものの、治安が悪く物価が高く給与も下がり続けていた。

経済的な勢いは西日本に集中しつつあり、相対的に東京の発言力は日増しに下降している。

同調圧力の強い社会で圧迫され続ける若者たちを癒やすべく、サソリ女と女子戦闘員は微笑み続けた。

馴染み客たちのハートをキュンキュンドキドキさせつつ、彼女たちは店の序列一位と二位を維持する。

だが半年後、警視庁の摘発を直前に察知して二人は逃亡した。

常連に警察関係者がいてよかった。

その摘発は大規模作戦だったらしく、抵抗する店側と警察の間で激しい衝突が為されてしまい、これに乗じた阿呆どもが騒乱を煽った。

自作の革鎧や鎖かたびらにハルバードやメイスやなんちゃって長剣やバールのようなものなどを装備した自称勇者たち。

今こそ、圧政的社会を打破するのだ!

今こそ、社会的弱者を救済するのだ!

立てよ、勇者!

この時を逃して成り上がりは出来ぬ!

日本の若者を締め付ける、非道な官僚たちを討ち果たすのだ!

よかろう、ならば『聖戦』だ!

 

結果、都内各地は大混乱に陥って内戦に近い状況が発生する。

事務次官を始めとする官僚たちの住所が電脳上に晒され、何人も襲撃された。

複数の国会議員が鉄パイプを使った散弾発射装置で狙撃される。

過激な発言を繰り返していた大臣や普段から不評だった大臣が、『聖戦』を掲げる勇者たちによって重傷を負わされた。

与党・野党の党本部が襲われ、焼き討ちされる。

テレビ東京を除く都内各地の全国系テレビ局本拠や新聞社や出版社が襲われ、お偉いさんたちが何人も何人もこの世から黄泉へと旅立った。

若者たちに批判的で政府への提灯記事をしばしば書いていた自称有能記者の末路が動画で晒され、同業者たちは震え上がった。

そして、東京は無法地帯と化する。

テロリズムの嵐が選民たちを襲う。

ある夜、赤坂のとある高級料亭で秘密の会合を行っていた政財界の大物たちは護衛共々肉片と化した。

放火や暴動が日常茶飯事となり、これらの鎮圧のため、遂に艦娘まで投入される事態となる。

 

 

機動隊や自衛隊を大量投入した平定作戦は裏をかかれたりゲリラ戦を仕掛けられたりして一時迷走したものの、継戦方法すら理解出来ない暴徒たちが続々逮捕されたり蜂の巣になったために一ヵ月後には急速に終焉を迎える。

これを受けて警視庁長官は辞任、何人もの幹部たちが更迭される事態になった。

皮肉にも、このあと『安心して暮らせる社会』が活発に論議されることになる。

 

 

海沿いの集落には人の気配が無い。

猪や鹿などが度々出没する、のどかな無人地帯だ。

彼女たちにとっては野生動物など獲物に過ぎない。

比較的まともな廃屋に二人は住み着き、のんびり暮らすことにした。

これこそ、エコロジーでロハスでナチュラルでなんちゃらな生活だ。

 

 

ツキノワグマを倒した翌未明、二人は海岸に漂着した娘を保護した。

中学生くらいに見える娘。

サソリ女は大本営で勇猛果敢に戦っていた武装少女たちを思い出す。

彼女たちは実に強かった。

保護された娘が目を覚まし、サソリ女に向かって言った。

 

「お会いできて光栄です、司令官。」

 

その台詞は、改造人間である彼女の新たな試練を予感させる契機となった。

 

おんな提督の誕生である。

 

 

 


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