はこちん!   作:輪音

132 / 347
CⅩⅩⅩⅡ:若者よ、若い内に楽しめ

目が覚めるとトランクス一丁の姿になっていて、荒縄で縛られていた。

なんじゃ、こりゃ。

叢雲(むらくも)、曙、霞、島風、吹雪、早霜といった駆逐艦たちが私を囲んでいる。

その表情は真剣で、冗談で縛ったようには見えなかった。

 

「今なら悪戯ということで不問にしますよ。」

 

言葉を選ばなくてはならない。

叢雲が口火を切る。

 

「あのさ。」

「はい。」

「大本営主導で、私たちは結婚出来るようになるんでしょ。」

「法的整備に時間はかかりますが、確実に出来るでしょう。」

「カッコカリじゃない方よね。」

「カッコカリじゃない方です。」

「あんたは……『誰』を選ぶの?」

「カッコカリじゃない方で?」

「カッコカリじゃない方よ。」

「弁護士を通してもらえませんかね。」

「ふざけている場合じゃないの。」

「こんなしょぼくれた冴えないおっさんに合わせる必要は無いんですよ。」

「私の惚れた男を悪く言わないで。」

「それは作られた感情、もしくは刷り込みなインプリンティングかも知れませんよ。」

「関係無いわ。人間だって、何故好きになったかをきちんと言える人ばかりじゃないでしょ。」

「もう少しよく考えた方がいいですよ。」

「考えたし、話し合った。結論も出た。」

「ホルマリンにでも漬け込みますかね。」

「そんな勿体ないことなんてしないわ。」

 

皆が笑顔で近づいてくる。

荒縄がほどけない。

甲賀流の先生から、縄抜けの術をもっと熱心に習っておくべきだった。

冷たい。

とても冷たい。

彼女たちは皆冷たい。

私は…………。

 

 

夢か。

春日丸と龍驤がすやすや眠っていた。

艦娘も眠るんだよな。

午前四時四四分。

日はまだ昇っていないが、かなり明るくなっている。

少し走るか。

函館鎮守府仕様のジャージに着替える。

左胸には蔦唐丸に板倉九曜の独自紋章。

蔦が絡まる如き丸の中に九つの三つ巴。

ジャージ本体は爽やかな青地に白線が左右に走る。

仮面戦士みたいだ。

岡山県の繊維会社と明石群&夕張群による共作だ。

ちょっとした耐弾耐刃機能に加え、水分を放散させて体温を保つ機能まで付いている。

近い内に五大鎮守府で正式採用されるという話も聞いた。

こんなんあったら便利だよねー、という与汰話から始まったのだが、発案者としての名誉は得られるようだ。

 

砂浜を走っていたら、運動部で蜂蜜檸檬を準備しそうな感じの艦娘から運動系飲料を貰った。

四国に本拠を置く会社の製品だ。

あそこの紅茶が好きなんだよな。

ほっと一息ついていたら、龍驤と春日丸が不機嫌そうな顔で走ってきた。

 

「こん浮気もん!」

「酷いですよ、提督!」

 

新型軽空母もこの鎮守府に随分馴染んできたようだ。

 

 

 

「『社会福祉公社』、ですか。」

「そうだ、同志(タヴァリーシチ)。」

 

小樽の提督が我が鎮守府へやって来て、暴力と暗殺渦巻くイタリアから視察団が訪れることを私に告げた。

南北間には深刻な経済格差が存在し、北の人間と南の人間とではかなり感覚が異なる。

陽気なイタリア人だけが標準的なイタリア人ではないのだ。

 

「何故、彼らは函館に来るのですか?」

「気候的に近いし、訪れやすいからかもしれんな。」

 

鉄火場に慣れたロシア女性はそう言って、ニヤリと嗤(わら)う。

 

「表向きの理由は、艦娘の技術を流用して障害を持つ人間に光明を与えることだそうだ。しかし、本当の用向きは当然異なる。」

「向こうにも、それなりに提督や艦娘がいるでしょうに。」

「函館ほど多種多様な鎮守府は珍しい。自国の艦娘に加えてメリケン艦娘や深海棲艦が複数所属する鎮守府なんて、滅多に無いだろうからな。」

「まあ、それはそうでしょう。」

「同志、お前自身も気を引き締めておけ。」

「狙われますかね?」

「それはわからん。」

 

函館駅近くの大門地区に最近出来たロシア料理店で彼女と食事をし、駅まで送る。

鎮守府に戻ったら鳳翔と間宮の機嫌が悪く、気の弱い李さんがおろおろしていた。

 

 

 

『担当官』と呼ばれる男性が四人。

駆逐艦にどことなく似た雰囲気の、どこかしら機械めいた少女も四人。

計八人のイタリア勢が函館へやって来た。

国籍がイタリアでない人もいるみたいだ。

男性陣は軍人ぽい人、警察官ぽい人、となんだかバラバラの強面揃いだ。

少しこわい。

女の子は生真面目そうな眼鏡っ子、儚くて病弱っぽい子、面倒見のよさそうなツインテール娘、物静かな感じの三つ編みっ子。

 

一人、気になる女の子がいる。

彼女は自分自身の担当官らしき男性をずっとずっと目で追っているのに、当の男性は知らん顔をしている。

ゾッとした。

他人事ではない。

私も艦娘たちからしたら、ああ見えるのだろうか?

 

その夜はイタリアン祭になった。

小樽から来てくれたローマが通訳を買って出てくれたために、意志疎通が順調になっていた。

立食形式にしたのもよかったようだ。

イタリアから来た女の子では、ツインテールの子と眼鏡っ子が橋渡し役みたいな感じで奮闘している。

病弱っぽい子は端でニコニコ微笑んでおり、三つ編みっ子は知らぬ存ぜぬみたいな感じで担当官に料理を運んでいた。

献身ぶりに感心したが、その担当官はよくわかっていないように見える。

なんだかもにょっとした。

叢雲、曙、霞は目で制しておく。

よそはよそ、うちはうちだ。

 

芸達者な子がいたのか、艦娘による寸劇が始まる。

『マカロニの騎士』と題された物語は、即興にしてはよく出来ていた。

つたないイタリア語だったが、気持ちは伝わったように思われる。

中でも、病弱っぽい子が特に喜んでいたのが印象的だった。

 

杖をついた大尉と話をした。

私の英検二級の語学力でもなんとか話が出来るのでよかった。

眼鏡っ子が大尉を見つめている。

提督と秘書艦みたいな関係なのかね。

ツインテール娘はドイツ人ぼい担当官にお熱のようだし、がっしり系の眼鏡をかけた担当官には病弱っぽい子がひっそりと寄り添っている。

……なにかおかしい気がした。

それぞれは特におかしいとも感じないが、複数になると違和感が強くなる。

これはなんだ?

なんなのだ?

デザートなドルチェとして間宮特製のティラミスが提供されるにあたり、女性陣の声が二オクターブくらい跳ね上がった。

大尉を含む男性陣も旨い旨いと舌鼓を打っていたのが、なんとなく可愛らしく思えた。

 

 

翌未明、射撃場へ行くと三つ編みっ子が熱心に射撃訓練をしていた。

馴れぬイタリア語で彼女を褒める。

彼女は早口になにかを言った。

早すぎて内容が聞き取れない。

そこへローマが通りかかった。

私は彼女に朝の挨拶を行った。

 

「お早う、ローマ。」

 

だが、彼女はおそるべき勢いで三つ編みっ子を怒鳴り付けた。

どうしたのだ?

 

「どうしたんだい?」

 

それにも応えてくれず、ローマが一方的に言葉の砲撃を苛烈に行う。

三つ編みっ子は黙ったままだ。

いかん。

このままではいかん。

私は三つ編みっ子をかばう位置に立つ。

 

「彼女がなにを言ったのかわかりませんが、そこまでにしてください。」

「アドミラル、貴方、侮辱されたのよ! 己の立ち位置すらまともに理解出来ない者には相応の罰が必要だわ!」

 

結局、朝から苦い話し合いになった。

男性陣は激しい衝撃を受けた感じだ。

そんなに驚く程の事態なのだろうか?

これはすこぶる建設的でない状況だ。

少々なにか言われても腹など立たぬ。

それなのに双方がチリチリしている。

鎮守府の会議室は重苦しい雰囲気だ。

 

「提督は何故怒らないんです! 彼女は提督をないがしろにした発言をしたんですよ!」

「当方の担当官の手落ちであり、彼女の態度は許されることではない。責任は彼女にも彼にもある。」

 

三つ編みっ子の担当官の顔色は蒼白で、暴言を吐いた彼女はうつむいたままだ。

不味い。

非常に不味い。

私の誇りなどどうでもいいが、こういうことで日伊関係がこじれるのもよろしくない。

男性陣がひそひそ話をしていた。

 

「提督。」

 

大淀が耳元で囁く。

 

「『社会福祉公社』の男性陣の発する言葉ですが、『条件付け』だの『投薬』だのと物騒な単語が飛び交っています。」

 

流石、才媛。

イタリア語もわかるようだ。

……彼女たちは強化人間か?

薬品を使って戦闘人形に仕立てる訳か?

私の方から提案させていただくべきだ。

面倒な結論が出ない内に戦況を変える。

 

「『汝(なんじ)の隣人を愛せよ』、と聖書にあるかと存じます。」

 

ローマに通訳してもらおう。

イタリア勢の勢いが止まる。

よしよし、いい子ちゃんだ。

 

「確かに彼女の発言はよろしくないものです。彼女はそのように言うべきではありませんでした。しかし、彼女は任務に忠実で、担当官に対しても大変献身的です。」

 

戸惑うは男性陣。

頷く女の子たち。

 

「そこで、私は彼女に罰を与えたいと思います。午後から買い物に出かけますので、それに付き合ってください。それでこの件は終わりです。」

「しかし、それでは貴方の沽券が……。」

「大尉。私は軍属でしてね。地位には未練が無いのですよ。それに、彼女の気持ちはわからないでもないのです。」

 

 

友人のメトロンから貰っていた超小型翻訳機を装着し、二人でぶらぶら歩きながら駅前百貨店の棒二森屋へ向かう。

帰りはポインターで迎えに来てもらう予定だ。

自動車がたまに走る道を静かに歩く。

 

「何故、私を処罰しないんですか?」

 

唐突に彼女が話しかけてきた。

 

「貴女が一生懸命だって知っているからですよ。」

「ろくに会話すらしていないのに、なにがわかるんですか?」

「わかりますよ。貴女の担当官を見る目付きは、普段私が艦娘たちから向けられているものと同じですから。」

「……本当にわかるんですか?」

「ええ。」

「今朝、私は提督に対して非常に失礼なことを言いました。深くお詫び申し上げます。詫びてどうなるものでもありませんが、なんでもしますので、担当官には罪が及ばぬようにお願い致します。」

「大丈夫ですよ。全部わかっていますから。さあ、貴女の担当官への贈り物を買いに行きましょう。」

「え? でも……。」

「『若者よ、若い内に楽しめ』です。貴女の担当官はなかなか手強いですよ。二人でよいものを探しましょう。」

「不利な戦いであることは先刻承知です。」

 

そう言って、三つ編みっ子は初めて笑顔を見せた。

 

 




今回は『ガンスリンガーガール』の登場人物たちに出演してもらいました。
担当官はラバロ大尉、マルコー、ラウーロ、ヒルシャーの四人。
義体はクラエス、アンジェリカ、エルザ、トリエラの四人です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。