「ちんちんぬきなっもしたなぁ。」
函館市の沖合いに停泊している鶴見艦隊の指揮艦『アトゥイコロエカシ(アイヌの言葉で海を司る翁の意。海亀のこと)』と随伴艦の『クンネ・エチンケ(海亀の意。甲羅が柔らかい)』と『フレ・エチンケ(海亀の意。甲羅が硬い)』に物資補給をして、鎮守府へやって来た提督陣に挨拶をしていたら、鶴見提督の腹心である鯉登(こいと)提督から強烈な挨拶を受けた。
意味がわからずに皆できょとんとしていたら、彼の傍にいた月島提督が苦笑しながら解説してくれた。
「鯉登提督は鹿児島弁がキツいので、気にしないでください。なに、単に段々暖かくなってきましたねえ、という意味合いの言葉ですよ。『ちんちん』とは『段々』とか『どんどん』とかいった意味合いで、普通に鹿児島では使われる言葉ではありますが、他の都道府県の方が聞かれると大概皆さんのようにギョッとした顔をされます。」
薩摩流時節のご挨拶、ってとこか。
武闘派揃いの中にあって、比較的常識人的な立ち位置にいる月島提督は稀少な人材だと思う。
鉄底海峡解放戦で暴れ回った彼らの艦隊は勇猛果敢に獅子奮迅の働きを見せたが、その分被害も酷かった。
再編成を進めながら補給を充分受けられないままに戦い続けてきた彼らには、底知れぬ気配が濃厚に漂っている。
『漂流艦隊』と揶揄する向きもあるようだが、その実力は折り紙付きだ。
「玉井は深海棲艦に捕まってバラバラにされ、三島は狙撃されて首がどこかへ行ってしまいました。野間は深海棲艦と白兵戦の末に行方不明、二瓶(にへい)は深追いし過ぎてこれも行方不明、辺見はイ級の群れに襲われ喰われてしまいました。坂本は外地で離反して現地妻らと共に強盗傷害を繰り返したので始末しました。向こうの政府を黙らせるのが大変でしたよ。」
にこやか且つ端的に、淡々と亡くなった提督たちや元部下の話をする鶴見中将。
これが彼流の弔いなのか?
「艦娘の補充ですが、外地ではなかなか融通を効かせてもらえなくてほとほと困っているのです。」
彼らが連れてきていた艦娘たちは当初かなりやさぐれていたが、鳳翔間宮の腕が冴え渡る食事を経て人に近い表情を見せるようになった。
ヒンナヒンナと言いながら食べていた。
今は確か、料理教室を開催して調理の腕を磨かせている真っ最中。
どうやら、これから彼らは大湊(おおみなと)へ直談判に行く予定のようだ。
建造設備を一時的に借りるつもりなのだろう。
戦闘工兵のキロランケも鶴見艦隊の明石と共に大湊へ技術交流に向かう予定。
情報将校の白石大尉は何故か私にまとわりついて、エッチな店や夏競馬の話を振ってくる。
「一緒に可愛い子のいるエッチなお店に行きましょうよう、提督!」
「函館競馬って確か今の時期ですよね! 万馬券を当てましょう!」
にこやかに発言する白石大尉。
この憎めない感じが、人の懐へするりと入り込む秘訣なのかもしれない。
鶴見艦隊の艦娘やうちの艦娘から白い目を向けられても平然としている。
そこに痺れる、憧れない。
鶴見艦隊は一癖も二癖もある人材の宝庫のようだ。
結局、ウヒョーと雄叫びを上げながら大尉は五稜郭方面にタクシーで向かった。
何人か一緒に行くようだ。
たぶん、抑えの名目だな。
情報収集の一環であろう。
そういうことにしておく。
「貴様は行かないのか?」
歴戦の匂いを漂わせながら、重巡洋艦の艦娘が話しかけてきた。
さりげなく私の首に手を回してくる。
これだと、即時にポキリと出来るな。
何故だかしきりに感心してしまった。
「それとも手近で間に合っているのか?」
くくく、と笑う。
もしかして、挑発しているのかな?
「彼女たちは私の家族です。」
「貴様はぬるい。」
「まあ、そうでしょうね。」
「あら、姉さん。」
うちの重巡洋艦がやって来た。
面識は……たぶん無かった筈だ。
交流の無い初対面の姉妹艦でも『姉さん』なのか?
私にはよくわからない感覚だ。
彼女の親しげな感じが、違和感を膨らませてゆく。
「お前か。」
「スコットランドやアイルランドやウェールズの名品があるの。一緒に呑まない?」
「私にはカラメル色素のたっぷり入った、ひなびた普及品のウイスキーで充分だ。」
「青森や秋田や山形の地酒に酒の肴も沢山あるんだけど、それでも、ダメかしら?」
「干物の貯蔵は充分か?」
「ええ、勿論。会津の南京豆や、一夜干しの烏賊に小魚も沢山用意しているわよ。」
「うちの軽空母たちも誘っていいか?」
「ええ、かまわないわ。」
連れ立って我が部下の私室に向かう彼女。
その夜、酒と肴を求める艦娘は多かった。
翌日は午前四時から賑やかになった。
鎮守府前の海は滑走する艦娘で溢れかえり、鶴見艦隊の男性陣は刀を振ったり杭打ち機を試したりしていた。
……杭打ち機?
楯と一体型になった杭打ち機が油圧式やら火薬式やら電磁式やらで打ち出される。
なんぞこれ?
明石たちや夕張や、技術者らしい作業服の男性たちの姿が見えた。
なにかの実験みたいである。
昨夜遅くに大湊(おおみなと)まで出張って、建造設備を借りたようだ。
約三艦隊分の駆逐艦に軽巡洋艦三名、他一名ずつの重巡洋艦、軽空母、正規空母、戦艦と上手く建造していた。
大湊の天龍やあきつ丸がこちらに気づいて手を振っていたので、振り返しておく。
他の鎮守府の艦娘もちらほら見えた。
不慣れな長髪の戦艦にやさしくやさしく微笑む短髪の戦艦。
大きな胸を揺らしながら海上を走り回る、軽空母と重巡洋艦と正規空母。
うちの長門教官、加賀教官、妙高先生が生き生きしながら教導に当たっている。
スパルタニアン! って雰囲気だ。
「お借りしていますよ。」
「どうぞお使いください。」
鶴見中将はご機嫌のようだ。
彼の隣には陽炎型駆逐艦がいる。
無表情にこちらを伺っていた。
「基本的な立ち振舞いが我が艦隊は苦手な方でしてね。こういう機会は実にありがたい。お前もあの中で暴れてきなさい。」
「司令官をお守りするのが私の任務です。」
「あそこに行けば、私の役に立つ。それが大事なのだよ。」
「わかりました。全艦沈めてまいります。」
「その意気だ。」
まるで父娘みたいだ。
彼女たちにとって、彼は父親みたいな存在なのかもしれない。
複数の視線を感じ、首筋がチリチリする。
先程から中将に向けて、男性陣が熱い眼差しを注いでいるように見えた。
……疲れているのかな?
イタリアから来ている社会福祉公社の面々が、この様子を熱心に眺めている。
鶴見艦隊の男性陣は、彼らにも熱い眼差しを注いでいるように見えた。
ヤりたいのかな?
死合い的意味で。
朝食後、大沼まで行ってくれた子から箱を受け取って中将へ丁重に渡す。
「大沼公園名物の大沼だんごです。どうぞ皆さんでお召し上がりください。」
中将はものっそくにこにこしながら受け取ってくれた。
何故か周囲から殺気を感じる。
特に彼の隣にいる男性からだ。
彼は近すぎる位置にいた鯉登提督へそれを渡すと、皆に分けるように指示した。
「私は甘いものに目が無くてね。」
「それはよかったです。今朝出来立ての品ですから、特にもちもちです。」
「それはそれはかたじけない。」
その後、講堂から洋琴(ピアノ)の音色が聴こえてきた。
鶴見中将が弾いているらしい。
せつなくやさしい音色が響く。
艦隊の男性陣が次々に講堂へ走っていく。
彼らの艦隊の艦娘にも走り出す者がいた。
大人気だな、彼は。
穏やかな風の昼前。
試合という名の死合いが始まった。
鶴見艦隊の不知火朝潮夕立が、函館鎮守府の島風に肉薄する。
独楽(こま)のようにくるくる回りながら蹴りを叩き込まんとする不知火。
鋭い手刀を幾つも繰り出して、最速駆逐艦の動きを阻害せんと試みる朝潮。
軽業師のように軽快な動きで島風の集中力を奪って一撃加えんとする夕立。
三位一体の動きだった。
高梁(たかはし)型軽巡洋艦で試験運用されている同期攻撃の応用だった。
過酷な戦いを何度も何度も日常的に繰り返してきた、鶴見艦隊の駆逐艦群。
彼女たちが、通常考えられる駆逐艦枠に囚われた存在である訳もなかった。
普通の感覚で動いていたら、最初の任務で轟沈すること間違いなしの日常。
激烈とも言える日々の鍛錬こそが、駆逐艦群を生き延びらせることになる。
故に、その結果として鶴見艦隊の駆逐艦群はおそるべき近接戦闘者たちだ。
建造されたばかりの新人艦娘たちは皆一様に怯えた目で死合いを見ている。
一対三。
並の戦艦であれば瞬殺されるだろうそのおそるべき攻撃を見て、新人戦艦は身をすくませる。
模擬戦、という段階を天元突破していた。
こんなおそろしい先輩たちと日々を過ごさなくてはならないの?
艶やかな黒髪を震わせ、大沼だんご同様出来立てほやほやの艦娘はただ殻に閉じ籠もることしか出来ない。
大丈夫ですよ大丈夫ですよ姉様は私が守りますきっと守ります、と何度も何度も姉妹艦を失った艦娘がとろけるようなやさしい声で長髪の美人に囁きながらしっかり抱き締めていた。
その表情は至福。
聖母の顔だった。
鶴見艦隊の男性陣は感嘆している。
今までの動きを更に高めている自分たちの駆逐艦を誇らしく思うと同時に、精強の駆逐艦群の猛攻をしのぐ最速駆逐艦の動きに気持ちを荒らぶらせた。
『恥をかかせないように』と提督から厳命を受けていた島風は、ギリギリで勝ったかのように見せて激戦を皆に魅せた。
紙一重の攻防を演出したのである。
実際、それに近い場面は存在した。
だから、騙したという訳でもない。
事実、大本営から来た観戦武官と観戦艦娘は大興奮していたし、鶴見艦隊の提督たちや男性陣もなにやら危うげな感じだ。
それはまさにマグマ。
火を吹かんとする竜。
冷静、というよりもあっさりして見えるのは一部の艦娘と社会福祉公社の娘、それに鶴見中将と函館鎮守府の提督くらいだった。
青葉たちはよい映像を撮れたと喜色満面。
何故だか相撲を始める鶴見艦隊の男性陣。
相撲だ相撲だ相撲だ相撲をするんだよっ!
それに巻き込まれる社会福祉公社男性群。
大興奮しながら島風に抱きつく艦娘たち。
海へと飛び込んでゆく男子女子いろいろ。
ウォーッ! ヴォーッ! などの雄叫び。
それはまさに混沌ともいえる状況だった。
その勢いのままにジンギスカンが始まる。
北海道と言えばジンギスカン。
なにかあったらジンギスカン。
とにもかくにもジンギスカン。
ジンギスカンジンギスカンジンギスカン。
青き狼万歳!
気持ちいい天気の下ではジンギスカンに始まりジンギスカンに終わる、これ北の国の掟。
ベッカンコ。
今日は天気がいい。
暑くなりそうだな。
雲ひとつない青天。
ほんに、ちんちんぬきなっもしたなぁ。
今回は『ゴールデンカムイ』を元ネタに書いてみました。
ちなみに現在特に好きな登場人物は、ここに出てきていない山猫みたいな狙撃手でおばあちゃん子の尾形上等兵と朴訥マタギ純情派の谷垣ニシパです。