ひとまずの脅威が去ると、考える余力が出てくる。
その余力が建設的なものならば実にありがたいことだが、すべての人が前向きな姿勢を見せる訳ではない。
尚悪いのは、吹き込まれたか或いは囁かれた言葉を自分自身の考えだと思い込んだり、それが正しいのだと信じ込んだりすることだ。
戦争をしないように全力を尽くすことは正しい。
だが、その戦争を進めなければならない時に妨害するのは非国民的な行為ではなかろうか?
大本営の前にはいつもの幾つもの怪しげな自称憂国系市民団体が居座り、『戦争反対!』だの『深海棲艦にも生きる権利はある!』だの『女の子の艦娘を戦わせるな! 恥を知れ!』といった美辞麗句をプラカードに吹き付けて旗のように振っている。
幕末の自称官軍の如くに。
阿呆が。
人類はとっくの前に追い込まれているんだよ。
殺るか殺られるかなんだ。
日本は石油が無いと、どうにもならないんだ。
半世紀前の日本じゃないんだぞ、今は。
石油が『本当に』なくなったら、どうなるか想像すら出来ないのか?
日本国民の半数かそれ以上が、餓死する可能性だって有り得るんだ。
なんのために艦娘がオイルにまみれて硝煙にむせつつ呪詛を漏らしながら沈んでいるのか、考えようともしていないのか?
屍山血河の中をさ迷う我々は、艦娘に頼ってこの暗い夜更けをなんとしても対岸に辿り着かねばならんのだ。
それを遮(さえぎ)る者は何人たりとも容赦はしない。
奴らには覚悟があるのか?
立派な主張をするのだ。
ならば、どうなろうと構わない筈だ。
部下に内線電話で指示をしようとするが、それは断線されていた。
「随分手練れを揃えたな。」
私は振り向いて彼らに言った。
仰々しい戦力が部屋に集まる。
たかが情報将校の確保のために。
有効な手立てをご破算にする力。
時代遅れの黒い鎧を着た連中め。
骨董品を掻き集めてくるとはな。
実に野暮天極まる連中だな。
これでは対人地雷も効かん。
抵抗は一旦諦めるとするか。
「憲兵隊は常に全力で任務に当たっておりますので。」
おどけた顔で、老齢の元特機隊の腕利きが笑う。
ふざけるな。
これからが大切な時期なのに。
日本は変革しなくてはならないのだ。
つまらぬ意地の張り合いをしている場合ではないのだ。
政争のオモチャになぞされてたまるか。
「君たちはなにも理解出来ていない。」
「お話は地下でたっぷりとお伺いしますよ。時間は沢山ございますから。」
違う、そうじゃない。
思わず拳銃で頭を撃ち抜こうかとも思ったが、当たる筈も無いか。
蜂の巣になるのは趣味じゃない。
「安い飯なら喰わんぞ。」
「大和の手料理をご用意します。」
「情に訴えるつもりならば先に言っておく。それは無駄だ。」
「吹雪にも手伝わせます。」
「あいつは味噌汁くらい作れるようになったのか?」
「ええ、張り切っていますよ。」
「バカな娘だ。」
「ご同行願います。」
「致し方あるまい。」
誰もいなくなったは執務室。
重厚な机に独逸製の萬年筆。
きちんと整理された執務室。
その引き出しの中には写真。
色褪せて古ぼけた集合写真。
「艦娘は全員一六歳以上と決まった。これは大本営と政府との合意に基づく判断である。」
お偉いさんの発言に、集まった先任同期後輩などの提督たちが歓喜の声を上げる。
なりふりかまわなくなってきたな。
これで駆逐艦も合法的に結婚出来るという寸法か。
大本営での会議。
ぎらぎらした狂暴なまでの視線で会議室を埋める、無数のカリギュラたちの欲望にさらされた本日の議題。
駆逐艦とのケッコン。
いや、駆逐艦との現実世界に於ける結婚が提督たちの渇望する権利だ。
冷静に考えたら、彼女たちとの社会生活をどうするつもりなのだろう?
艦娘が人間同様に成長するだなんて、まだ誰も証明出来ていないのに。
そう思って挙手して発言したら、艦娘とケッコンしていない者たちからガミラス艦隊の如き猛攻撃を受けた。
戦乙女もご照覧あれ。
おまいらは装甲擲弾兵か。
彼らの背後に、斧を構えた勇者系上級大将が見える。
結局、私は論破された形で彼らの論理に追随することにした。
長いものには巻かれろ式である。
やれやれ。
そう言えば、泰作少年をこよなく愛するセルシウスが石油タンカーと数隻の艦艇群による輸送船団を率いて来日するつもりらしい。
函館からも護衛艦隊を派遣しないとな。
石油に変わる決定的代替エネルギー源はまだ見つかっていない。
シズマドライブとやらも研究中らしい。
明石たちや夕張たちもなにかやっているようだが、まだまだ研究成果が出ていない。
太陽光発電はかなり進歩したようだが。
明日の議題はケッコンしていた艦娘たちの処遇について、か。
また難しい問題を。
さて、どうなることやら。