はこちん!   作:輪音

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CⅩLⅢ:かんとく!

 

 

その自称映像作家が函館を訪れたのは、少し曇った午後のことだった。

五〇代に見える彼は、大本営の広報と組んで鎮守府の宣伝映画を撮りたいと語った。

話がやたらに長い人物だ。

既に夕暮れが迫っている。

まだ話し足りないようだ。

 

「函館を舞台にするよりも、横須賀や呉や舞鶴や佐世保で撮った方が受けがいいのではないですか?」

「国際的に喧伝するみたいで、函館みたいに和と洋の混成された街の方が受けるんですよ。それに。」

「それに?」

「今仰られた四ヵ所は、観光地として考えると今一つ魅力がありません。」

 

わー、言っちゃったよ、この人。

 

「でも、地味ですよ。案外鎮守府の日常っていうのは。」

「それがいいんですよ。日常を丹念に撮影すれば、少々派手さが無くても芸術理解者気取りの方々から好評をいただけます。」

 

ん?

この人、変なことを言い出したぞ?

 

「『おっちゃん飯』って映像作品がありますよね。」

「ええ、大好きな作品です。」

 

関西地方を主な舞台にして、個人貿易商のおっちゃんがご飯を食べに行く話だ。

確か今は第六期が好評放送中だよな。

個人的には初期の頃の方が好きだが。

 

「アレと『深夜洋食』に近い方向性で概ね撮影します。儲けは関連商品で上げればいいんです。円盤には艦娘の生写真でも封入すれば、その手の愛好家に売れます。メイキング映像をディスク一枚分付ければ、製作費用がかからず特典に出来ます。観客は鎮守府関連の人たちや自衛隊関係の人々を動員すれば、そこそこの数が稼げるでしょう。函館の陸自や海自にも協力は取り付けてあります。主題歌は那珂ちゃんが歌っていますが、既に有線で多く流れています。挿入歌は中森明菜さんに椎名林檎さんにレベッカにささきいさおさんに水木一郎さんに水樹奈々さんと話題性も豊富です。こちらも有線で流れ始めています。歌と関連商品で先行して人気を高めます。先行して話題性を盛り上げておけば、封切り時にはよい開始が出来る筈です。コンヴィニエンスストアでも関連商品は売れているようですし、初手としては先ず先ずの売れ行きのようです。」

 

言われてみると、鹿島や加賀になんか依頼が来て大淀がそれを受けていたな。

 

「既に後戻り出来ない状況ですね。」

「生憎と私にバックギアはありませんのでね、お手伝いしていただきますよ、提督さん。」

 

 

主役は島風に決定した。

数多いる艦娘の中でも、絶大な人気を誇るらしい。

彼女へ厳しくも気遣い溢れる指導を行う役に龍田。

気のいいちょいエロ系先輩役が鹿島。

アメリカからの助っ人役にネヴァダ。

大湊(おおみなと)の赤城と現教官の瑞鶴が加賀と仲よくしたり反目したり。

ローマやビスマルクやウォースパイトのような海外艦も、ちょい役で出演だ。

 

宿敵の深海棲艦役に戦艦棲姫。

彼女の補佐役にヲ級改の艤装をまとった翔鶴と、港湾棲姫の艤装をまとったキエフ。

どこかのスーパーな北上様が雷装系巡洋艦になり、どこかの色っぽい扶桑姉様がル級になった。

役がどんどん決まってゆく。

手伝いと称して他所の鎮守府泊地警備府から多数の艦娘がやって来て、函館はどんちゃん騒ぎの状態に陥った。

 

 

『フェンスを蹴って珈琲を飲みたい夜中』と名付けられた映画の試写会は函館鎮守府の講堂でも行われ、そこは鈴なりの観客で溢れかえった。

 

叙情的な始まりの場面はレベッカの曲と共に始まり、確かにそういうのが好みそうな観客を引き込む要因にはなりそうだ。

 

雷鳴。

嵐の中の戦い。

砲撃戦。

雷撃戦。

ささきいさおさんと水木一郎さんの歌が交互に流れる。

勇壮な雰囲気で深海棲艦を圧倒する艦娘。

やがて訪れる勝利。

 

映像が晴れやかになる。

そして歌われる主題歌。

那珂ちゃんの力強い曲。

コマ落としで多数の艦娘が映し出される。

走ったり砲撃したり雷撃したり食べたり。

ちょっと古い映画風の演出で魅せてゆく。

 

本編。

日常。

ただの日常。

訓練。

繰り返される訓練。

学舎(まなびや)に集まり、座学で教官から話を聞く艦娘たち。

反復される日常生活。

入浴場面も挿入されていた。

そこには、人間の少女とさほど変わらない艦娘の普通の日々が映し出されている。

椎名林檎さんの曲に合わせ、普段の暮らしが映し出される。

 

遠征。

物資を日本に運ぶ、大切な役目。

駆逐艦たちを主軸に、軽巡洋艦や軽空母が日本の人々の生活向上の為、懸命に物資を運ぶ。

そこを狙う深海棲艦。

突撃する天龍と龍田。

しかし、敵は手強い。

そこへ颯爽と現れる味方の艦隊。

短くも激しい戦いが繰り広げられ、それは艦娘の勝利で幕を閉じた。

 

そしてまた繰り返される訓練。

日常生活。

穏やかな雰囲気の老提督に甘える駆逐艦。

訓練場でひたすら汗を流す軽巡洋艦たち。

戦術の研究を重ねる、戦艦空母重巡洋艦。

駆逐艦たちもお手伝いしたり訓練したり。

中森明菜さんの曲が彼女たちの日常をより濃く描き出す。

 

 

そこへ深海棲艦現るの報。

映像の雰囲気が一瞬にして変わる。

一挙に慌ただしくなる鎮守府。

出撃する第一艦隊。

長門率いる歴戦の艦隊。

勇ましく凛々しく出撃。

島風は第二艦隊の一員として出撃の時を待つ。

そして、電波を伝って報じられる声。

第一艦隊の手を逃れた敵が、函館に迫っているという。

島風は今、出撃する。

宿敵と雌雄を決するために。

彼女の大写しに合わせて水樹奈々さんの曲が流れた。

 

場面転換。

天候不順な雲行き怪しい荒れた海。

戦艦棲姫がヲ級改や港湾棲姫などを引き連れ、ニヤリと嗤(わら)う。

向かうは函館。

世界的観光地としても知られる、北の国の玄関口。

彼女の口元の大写しと共に高橋洋子さんのエンディングテーマが流れ始めて、観客がざわついている。

これ、後編があるの?

 

スタッフロールがすべて流れ、続編宣伝映像が流れ始める。

更にざわつく観客たち。

 

 

映画が終わり、自信満々に見える眼鏡に髭の監督がノリノリの様子でマイクを持って舞台に現れた。

 

 


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